2003.09.02 updated
おとうちゃんの古本(?)日記
8月31日(日)
 子供を連れてとしまえんのプールに行く。何とかプールに入れる暑さ。
今日までの優待券を持った人々が、プール最終日に押し寄せる。まあまあの人出。
 その前に古本屋で止まる。自転車で走り去る息子に、「ちょっと待って!」と叫ぶ。なんちゅう親や。
あきれ顔の小学校4年生が戻ってくる。「珍しいのがあったの?」
「ヒッチコック スリラー・シリーズ死霊の館」(ケイブンシャ)
「ストロベリーフィールズ」(萩尾望都 新書館)
の2冊を均一価格で。
帰りにも寄ろうと思ったが閉まっていた。
 帰宅後、始業式に持っていくものをそろえさせていたら、
漢字と計算の復習ドリルをしていなかったことが発覚。罰ゲームとしてやらせる。
工作のドールハウスは、妙に味のある小道具を自力で作り、へえと思う。


8月30日(土)
 息子を散髪に連れて行く。「お父さんは?」と尋ねられるが、「来週か、再来週来ます」と答える。
 椅子に座った子供を放り出しブックオフへ行く。
ああやっぱりあったよここには。
『世界のかなたの森』(晶文社ウイリアム・モリスコレ・クション)
悩んだ末に買おうと思ったこのシリーズ、それでも単価の高さに途中でくじけてしまった。
本書は既訳があるのだが持ってはおらず、しかも名作の誉れも高く、欲しかったのは欲しかった。
読めよ。
創元文庫『浜尾四郎集』も買う。『殺人鬼』を持っているのでパスしていたものだが、
よく考えるとこの作者の短編はあまり読んだことがないような気がするので、
半分以上はダブり名のだがと思いつつ買う。といっても『殺人鬼』は未読である。
最近ちょっと読みたい虫がうずいている。
だから読めよ。
 床屋に戻ると、頭を洗ってもらっている所で、すぐに終った。ふう、危ない危ない。
 そのあと一緒にラーメンを食べに行く。夏も終わりである。


8月29日(金)
 あれ? 壁紙の色が変わってら。どうしたのかな。
 奥さんといっしょにやっているテレビゲームが面白くて止まらない。
日記も書かずに遊びほうけている。
 中学生のころ、「推理小説は筋だけの読み物だから、読書のうちには入らない」とか、
「推理小説で読書感想文を書いてはいけない」とか、先生や生徒に言われた。
でも読書は趣味だったから、そんなことを言われても、ちっとも気にならなかった。


8月27日(水)
 
ようやく『魔法人形』(マックス・アフォード)を入手。
とっくの昔にでたように書かれていたのだが、いつまでたっても店頭に現れず、ちょっと心配だった。
とりあえずよかった。

 『葉桜の季節に君を想うということ』 歌野晶午(文藝春秋) 読了。

 引っ掛けがあるということは聞いていたので、注意して読み、もう少しの所まで追いつめたが、
やられてしまった。しかし、そんなことにこだわらずとも十分に面白い作品である。
叙述トリックというと、読者を欺くためのあくどさに、最近少々嫌気がしていたのだが、
これは読者をだますものではなく、素直に楽しめた。
ただこの作家は、一人称での文章に艶というか潤いというか、
何かそういったものが不足しているのが残念。


8月25日(月)
 産業系の新聞に、ある製紙会社が本を分厚く見せる紙を開発したという記事が載っている。
ページが少なくても価格を高く設定しやすいため、出版社がそういう紙を望んでいたのだそうだ。
うーん、なんかバカにされているような気がする。

 『被害者のV』 ローレンス・トリート(HPB) 読了。

 職業として警官を選んだ二人の男。一人は、組織により正義感が押しつぶされそうになるのを、
失点を重ねず出世するためと言い訳しながらも、一匹狼ぶりは隠せない。
 もう一人は、学者肌で鑑識の仕事に誇りを持ち、腕は一流だが人の評判は気にしない。
そういう二人の、つかず離れずの活躍が面白い。
 それにしても今でこそ鑑識全盛の時代だが、
昔とはいえ、アメリカでも、信用されなかった時代があったのだなあ。


8月24日(日)
 
子供の夏休みの自由研究(工作)に付き合う。はたして完成するのか。
息子は他人事みたいな態度をとって、朝からマンガを読んでいる。
こっちが工作したくなって困るのである。


8月22日(金)
 『ひは被害者のひ』じゃなかった『被害者のV』を読み始める。なんか『被害者の勝ち!』という感じである。
なかなか面白い。
 そのころは、阪神の優勝を、ほとんどの人がまだ信じていたのであった。


8月21日(木)
 そろそろ夏かな。
 ワゴンの教養文庫がかなり減っている。我慢できなくなって
『ウォー・ベテラン』(P・K・ディック)と『こわされた少年』(D・M・ディヴァイン)を、
おそらく今後再版されることはないだろうと確信的ダブり買い。
そう言って買った途端に再刊されるのが世の常だが、それはそれで良いことである。
 『ウォー・ベテラン』は、仁賀克雄が最後に編集した短篇集で他とのダブりが少ない。
ディックは、長編はさほどではないが短編は大好きである。
短編を多作した三文作家から始まり、長編で有名になると短編が激減するという外側から、
類似テーマのバリエーションが多く、自分が何者なのか自身もわかっていないという作風まで、
ウールリッチと似ている。

 『オリエント急行戦線異状なし』 マグナス・ミルズ(DHC) 読了。

 いわゆるゲンダイブンガクの不条理小説であるが、この程度であれば、
筒井康隆やラテン・アメリカに慣らされてきた身としては、まだまだ平気。
 若者が、田舎の住人の目に見えぬ蜘蛛の巣に捕らえられ、ずるずると深みにはまっていくのだが、
主観描写を排し、会話が中心でストーリが展開する所など、まさにハードボイルドで、
読み進むに連れ、主人公の気の弱さは見せ掛けだけではないのか、という気もしてくる。
一作目は読んでいないのだが、それもなかなかの傑作らしい。


8月20日(水)
 
断酒は4日で終わり。エビスの黒ビールを飲む。
 
『リトル・シーザ』 W・R・バーネット(小学館) 読了。
 古典本格ミステリを好きではない人が、無理して国書刊行会や晶文社のシリーズを読んだ時の感想に近いかも。
その時代を反映するような衝撃的かつ斬新な文体・表現なのかもしれないが、
そのころのアメリカになじみがないし、プロットにひねりがあるわけでもないので、「ふーん」てなもんである。
 ただし、ハードボイルド小説を系統づけ日本に紹介しようとする小鷹信光の地道な活動は素晴らしい。
執念すら感じる。古典本格の分野は、そういう活動が徐々に根を広げてこの十年のブームを造ったのであるが、
ハードボイルドの分野では今だただ一人という印象を受ける。


8月19日(火)
 断酒4日目。えらいえらい。でもそろそろ無理かも。
 駅のワゴンに教養文庫が均一価格でどっさり。社会思想社のデッドストックが流れ出したのか。
久生十蘭や夢野久作、ディックの『ウォー・ヴェテラン』など、ミステリやSF系のタイトルも混じっているが、
とりあえず持ってはいるので時を止めることはせず。
 近所の古本屋さんを久しぶりに覗くと、カウンターの近くの山の中から
ボアロー&ナルスジャックのポケミスが消えていた。目利きが抜いていったようだ。
なんだよ、あれ買っても良かったのか? 整理中かと思ってたよ。


8月17日(日)
 ポプラ社の南洋一郎訳のルパンシリーズが何とか集まったので、収録作品を調べていた所、
全15巻とされている版と後の全24巻または全30巻としている版とでは、
『怪盗紳士』『七つの秘密』において中身が異なっていることを確認。
このことについてはSRの南洋一郎ルパンのファンであるSさんから聞いてはいたのだが、
「この目で見たんだ」という感じである。
このシリーズご存知の方も多いと思うが、謎の多いシリーズである。
第30巻の
『ルパン危機一髪』は、ボアロー&ナルスジャックのアルセーヌ・ルパン名義による第5作目の、
現在の所唯一の日本語翻訳であるし、
第29巻
『ルパンと殺人魔』に併録されている『女賊とルパン』は翻訳ではなく南洋一郎の作品らしい。
第13巻
『ピラミッドの秘密』は、「短編をまとめたもの」と前書きにかかれているが、
元の短編が何か(私には)よくわからない。
『七つの秘密』に収録された『怪巨人の秘密』もオリジナル不明である。
この秋に出るであろう『ミステリ作家辞典』のモーリス・ルブランの項、書誌リストが楽しみである。
もちろん児童書まではカバーされてはいないだろうが、上記の謎が解明されるのではと思うのである。

 MASAKAさんから、コミケ本
『緋晶館の殺人』(綾辻行人ファンブック)をいただく。
ありがとうございました。所々に知った方のお名前がみえる。
内容は・・・コアなファンではないので、かなりの部分が意味不明である。
しかし、綾辻行人の存在の大きさはひしひしと感じる。
綾辻行人がいなければ、『金田一少年の事件簿』も『名探偵コナン』もなかったかも知れない。
そして綾辻以降の新人はほとんどが綾辻を真似して綾辻を越えていない。


8月16日(土)
 いくらなんだって寒すぎ。これでは農作物はたまらないだろう。
奥さんと
『ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル』をやる。
このゲームは複数のプレーヤーが、ゲームボーイ・アドバンスをコントローラとして
自分のキャラクターを動かせるのである。
大変に面白いが、一つ間違うと家庭不和の原因になるかもしれない。
 そうそう、メースンの小学館版
『四枚の羽根』と創元文庫版『サハラに舞う羽根』を比べてみると、
創元の訳が正しいのであれば、小学館版は確かに抄訳であった。
全てについては調べていないが、ストーリに関係ない部分は大幅にカットされ、
半分位の分量になっているところもあった。全体として三分の二位の抄訳か。
ご覧になればわかることとは存じますが、ご一報まで。

 『十字路』 江戸川乱歩(講談社乱歩文庫) 読了。

 新幹線で東京に戻ってくる旅の連れとしたもの。真面目な作品で、アイデアも面白いのだが、
倒叙でもなく、犯罪小説(クライム・ノヴェル)でもなく、謎解きでもなく、中途半端な印象。
などと今さら言わなくても、誰もそう思っているだろう。


8月13日(水)
 お盆なので実家に帰省。1月から今月までに読んだものを含めて送りつけていた本を書庫に詰め込む。
2列ではあるが、背表紙が見えるように、立てて収納できている。
しかし、「ミステリマガジン」を並べるスペースがなくなってきた。さてどうするか。
持っていたはずだがちょっと記憶があやふやという本の所持を再確認する。
本の痛みというか汚れ(カビ?)が激しいのもある。
書庫は通常締め切りで、帰省した時しか風を当てられないためであろう、まあ、しかたない。
時間を経た今みると、不要な本がたくさんある。棚がもったいないので処分したいが、
半径30km以内にはブックオフを含めて古本屋はない。送料を払って東京に送り返すのもばかばかしい。
どうすべえなあ。

 『幽霊塔』 黒岩涙香(別冊幻影城) 読了。

 読み始めてから終るまでに、やや日にちがかかったが、それは、語り口が不慣れであったり、
まとまった読書時間が取れなかっただけのことで、つまらなかったわけではない。
文章は意外なほど読みやすかったし、謎の美女、幽霊塔の秘密の構造、宝のありかを示すと思われる暗号、
殺人事件の真相など、謎が謎を呼び、ぐいぐい引き込まれていく。
 新聞連載という形式で、読者の心を離さないように、短い章立ての中に必ず何らかの事件が起きるという、
現代の作家には真似できないようなストーリテリングの上手さにも舌を巻く。
謎の美女が、美しいゆえに信じられたり、主人公がやたら結婚を迫るのに辟易したが、
こういう物語は好みである。旺文社文庫は本作以外も涙香を出していたと記憶する。
現役の時買っておくのであった。悔やまれる。


8月8日(金)
 忙しくて『黒岩涙香』は少しも進まなかった。残念。イギリス人の名前がみんな日本名なのが面白い。
明治の東京かと思ったら実は倫敦でありました。
 帰り際に本屋による。
『犠牲者のV』『氷川ろう(漢字が出ない)集』を買う。二冊で2500円を越える。ちょっとびっくり。

8月4日(火)
 駅の構内にワゴンが出ていて、ちょっと立ち寄る。文庫本は200円均一。多少珍しい本がある。
『幻想博物館』日影丈吉、『危険な関係』新章文子、『ハメット 死刑は一回でたくさん』(全て講談社文庫)
 明日から金曜日まで主張。旅の友に何を連れて行くか。
軽いもの、かさばらないもの、そう簡単には読みきれないものなどなど考えて、
『別冊幻影城 黒岩涙香集』を持っていくことにする。重くてかさばるのに。
 少し読んでみると、面白いのだがなかなか手ごわい。

8月2日(土)
 夜更かしをした割には早く目がさめる。燃えるゴミを出して、洗濯をして(洗濯機が)、掃除をする。
郵便で本が届く。
『別冊シャレード74号 天城一特集9』『別冊シャレード76号 天城一特集10』
天城一特集はこの第10集を持って終りとのこと。結果としてみると、結構なお金にはなったが、
日本では他に類を見ないような存在であり、作品も読めば読むほど味がある。
こうして手元において読めることを感謝したい。
 そうこうしているうちに昼過ぎになったので食事に出かけるが、古本屋に吸い寄せられる。
『私は前科者である』橘外男(新潮社)を見つけ迷った末に買う。
後で欲しくなっても、二度と見つけられないように思ったので。

 『眠気をあやつる本』 監修=筒井康隆(PHP) 読了。

寝る前にちびちび読んでいたのだが、読み終わった。
眠気はあやつれても、眠りをあやつれるわけではない。そこがなかなか難しい所である。
帯のへたくそな似顔絵が好きになれない。


8月1日(金)
 『狼は天使の匂い』 デイヴィッド・グーディス(HPB) 読了。
古い作品の初紹介だからといってやみくもに買うものではないな。
好きな人にはたまらないノワールな作品かもしれないが、こういうのって、部外者から見ると、
気取ったガキの勘違いした行く末を見ているような気分になる。
ちょうど、酔っぱらったオヤジが、自分では真面目に世を憂い、人生を語っているつもりでも、
周りの素面が見ると、バカにしか見えないのと同じようなものである。
 別に気取っているわけではなく、自分には合わなかっただけである。
結末近くに明かされることなので、詳しくはいえないが、たとえ主人公のような立場に追い込まれたとしても、
自分ならそのような行動は取らないと思うので、立場や心情に共感することができない、もしくは、
そちら側に立つかもしれないという「さむけ」を覚えないのである。

7月31日(木)
 おっと、ひどい勘違いをしていた。
昨日買った
『サハラに舞う羽根』は97年に『四枚の羽根』として小学館から出ていて、しかも読んでいるではないか。
下に「昔の名前のほうがなじみがある」なんてばかなこと書いているけれど、そりゃそうでしょうよ。
ここまで忘却が激しいとは、いよいよですなあ。
しかし創元も創元だよ。
ほんの数年前に翻訳されていることを、知らないはずはないのに、これっぽっちも触れていない。
小学館のあのシリーズは、ワルタリの
『エジプト人』を抄訳で出したりしているので、
「初の完訳」は嘘ではないのかも知れないけれど、こういうやり方はどうかと思うな。
題名を変えたのも、インターネットで検索すると同じ作者の同じ題名の本が出てくるのを防ぐためじゃないのかと、
下衆の勘繰りをしてしまう。

 『呪いの塔』 横溝正史(角川文庫) 読了。

 まだこんな作品も読んでいなかったのです、といういつものセリフはおかせていただくとして、
横正若しを思わせる作品である。
視点が、由比耕作、南條記者、白井三郎と移り、それゆえ冗長な感じは否めない。
しかし、その一方で後の長編に表れる多くの特徴が内包されている。
発端の意外性、錯綜する人間関係、連続殺人、犯人の正体、
そして読者を引っ掛けるためとしか思えない不可思議な叙述トリックなどなど。
横正は、クイーンのような論理的なミステリを書くつもりはなかったに違いない。
ワクワクしてドキドキする物語を書きたかったのだ。そういう点でカーに似ている。
本作も面白かったですよ、とても。



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