エッセイ 「車掌と便意」
「車掌と便意」 電車の運転士、車掌は乗務中はトイレには行けない。終点まで行って、折り 返しの待機時間、大体4分から6分くらいなんだけど、その間に急いで、まあ 大なり小なり済ますと言う事になる。片道大体1時間、折り返しをいれて大体 2時間、トイレにいける機会はそれだけだ。 仮にその折り返しにトイレに行かないとしたら、2時間は確実にトイレに行 けないと言う事になる。普通の状態ならどうという事のない時間だ。が、下痢 をしている、あるいは冬の朝で、急激に腹が冷えたなど、そういう不測の事態 が起きると言うのは結構、よくある事でもある。 車掌はいよいよ駄目になったら電車無線を通じて運輸指令に連絡を入れると 言う緊急手段を取る事が出来る。車掌からの連絡を受けた運輸指令は最寄りの 駅に連絡して代わりの車掌を手配する事になる。この場合の車掌は本職の車掌 ではない。各駅の駅務指導員が乗る事になる。駅務指導員と言っても特別な人 間ではない。駅では駅長、助役に次ぐ、三番目の役職と言う事になるが、とり あえずは駅にいる人である。普通の会社で言えば主任と言ったところか。 この指導と言うのは概ね運転士が乗務を了えて、次になるものと言う事にな っている。つまり、元は運転士をやっていたわけだ。この指導が車掌として代 わりに乗務すると言う事になる。 運転士は運輸省の省令に基づいた免許制度と言う事になっているから、この ような代行は出来ないのであるが、車掌の場合は各事業者が資格を独自に決め る事が出来るので、このような代行も可能になる。 かくして腹痛の車掌は最寄りの駅でトイレに駆けこむ事が出来ると言う事に なる。 が、そういう代行を頼むのはなかなかに難しいと言う事もある。まず我慢す るべき時間が最大1時間であると言うのが曲者である。これは結構微妙な時間 である。我慢して我慢出来ない時間ではないからだ。しかも、その1時間目一 杯苦しむわけではないのである。例えば、乗務を開始する前から腹痛だったら、 先にトイレに行くなり、始めから乗らないと言う事が出来る。乗務前に何とも なくて乗務した途端に腹痛になったのだとしたら、それは下痢とか言う以前に 神経的な病気の疑い、あるいはそれに関係するのかも知れないが大腸過敏症的 な疑いがあるので、トイレに行く前に医者に行った方が良い。 これは、意外に多い乗務員の職業病でもあるので、実際、笑い事ではないの である。よく子供が小学校に行きたくないあまりに、朝になると本当に熱が出 ると言う事があるらしいが、それと似たようなものなのだろう。本人にしてみ れば、どうしてそうなるのか判らないのであるが、どうしても電車に乗ると急 な便意に襲われると言う事になるのである。これはよく聞く話であるので、割 合として、重度の人から軽度の人までも含めて、うちの会社に限らず、乗務員 には相当に多い、職業病のようなものではないかと思う。 ちなみにこういうのが重度になると腹痛などでは収まらず、心臓が痛んだり、 血圧が急激に上がったりと言う事もあるようだ。うちの会社だけでもこの一年 でそのような形で乗務中に具合が悪くなったために救急車で運ばれた者が二人 はいたのであるから。心配されないように書いておくと、そのような状態で倒 れた者は駅員として駅に戻ると言う事になる。つまり乗務不適と判断されるの である。当然の事であるが。 また運転士が急に意識を失った場合には、電車は構造として非常ブレーキが 働いて自動的に止まるような装置を備えている。この装置をデットマン装置と 言うのは、なかなか恐い話でもあるのだけど。 ついでに言えば、乗務中に腹痛になるのは運転士よりも車掌の方が圧倒的に 多い。まず運転士は密閉された空間にずっと座っていられると言う事がある。 車掌の場合は立ったまま、案内放送をし、また冬であれば寒い駅のホームに 2〜3分ごとに顔を出し、身体を出さないといけないと言う条件の違いが大き いのかも知れない。 ともかく急に腹痛に襲われたとしても最大1時間、まあ通常はそれよりもず っと少ない時間を耐えれば良いと言う事になる。だったら我慢してしまえと言 う事になる。代行を依頼すると、結局、自分が乗るべき電車の次、あるいは用 便の時間が長ければ次の次の電車で乗務区に戻ると言う事になり、その分、そ う長くもない休憩時間が減ってしまうと言う事もあるし、また運輸指令に代行 を依頼する通話が他の電車にすべて傍受されると言う事もあり、大概の車掌は 少々の腹痛はそのまま我慢すると言う事になる。 が、いずれにしてもそれはぎりぎりの我慢であると言う事も確実に言える。 ぼくの場合は車掌の時に数回、この極限の我慢を経験した。初めはちょっと した下腹部の冷えを感じるだけなのであるが、それが次第に強くなってくる。 ああ、冷えてきたなと思っていると、ふいにそれが直接的な便意に変化する。 ちょっとまずいなと思っているうちにどんどん便意は強まってくる。乗務員室 のヒーターをつけてそこの前にしゃがみこみ、いくらかでも腹が暖まらないも のかと思いつつ、我慢をしてみる。乗務員の交替まで後30分ほどと言う微妙 な時間だったりするから、何とか我慢をしようとは思うものの、ああ、なかな か今回の便意は強烈だぞと思いつつ、それでも健気に車内放送をし、また客室 ドアの開け閉めをしたりする。そうやって耐えていると、ふいに便意が消える 事がある。やれやれ助かったと思っていると、それは単なる便意の波の谷間だ ったりする。そうやって間欠的に襲ってくる便意と戦いつつ、何とか我慢をす るのである。SM小説で浣腸をされて我慢する女の人はこういう苦悶を味わう のかとか、昨日はちょっと調子にのって飲みすぎたかとか、どうして地下鉄の 車両にはトイレがついていないのだとか、今トイレに行けたらどんなに幸福な んだろうとか、その幸福のためだったらぼくはもう何もいらないなとか、結局 人間なんて身体の苦痛の前には精神はたやすく折れてしまうものなんだとか、 そういう事を考えつつ、じっと我慢しているのである。 ぼくの場合は、ああ、もう交代を頼んでしまおうと言う極限にまで至らなか ったのであるが、人に依ってはたやすく交代を頼むものもいる。まして、その 人間がいつも同じ人間であったとしたら、やはり評判は悪くなると言う事にな る。朝、布団の中でいつまでもぐずぐずして学校に行きたがらない子供がいた としたら、それが神経的な病気に近いものかも知れないと自覚しつつも、やは り周囲の大人は怒ってしまうと言うのと同じようなものだ(うちの子供は違う よ。誤解のないように)。 そいつはそういうタイプの車掌だった。毎度、毎度、電車に乗るたびにと言 うのはオーバーにしても、交代を頼む回数の多さと言う事では抜きんでていた。 確かにそういう病気に近い乗務員が多くいるのも確かだけれども、それはや はり行きすぎと呼ばれても仕方のない頻度だった。そのような大腸過敏症的な 乗務員は折り返しのたびにトイレに行ったりとかして、何とかしのいでいたの だから。 そいつ自身も医者に行くとか、乗務前には一切、飲み食いはしないとか、い ろいろの努力をしていたようだが、結局は効果はあまり挙がらなかったようで ある。 ある日、いつものように我慢が出来なくなったそいつはたまたま持っていた 新聞紙を床にひき乗務員室の中で客室との仕切りのカーテンを下ろして排便を してしまった。 折り返しで交代した時に組んでいる運転士にこれこれしかじかのわけで少し 臭いかも知れないけれど勘弁して下さい、と言った。 「いや、もうそれが臭いのなんのって、頭にくるくらい臭くてどうしようも なかった」とその無情な運転士は乗務員室の休憩所で笑って言っていた。 乗務中に乗務員室で排便をするのは奇妙な事ではあるけれど、しかし、JR などでは割とごく当たり前の方法としてあるようである。地下鉄の場合は駅間 が短いので交代を頼めば何とかなるが、在来線の駅間の長い、しかも車両にト イレがついていない路線では、ごく当たり前の方法であると言う事を聞いた事 がある。 新聞紙の上に排便して、それを丸めて鉄橋などに差し掛かった際にぽいっと 捨てるのだそうだ。そいつがそういう事を知っていたのかどうか、あるいは知 っていたのかも知れないが、実行してしまったわけである。 よその常識はうちの非常識と言う事で、結局、そいつはその日からウンコタ レと呼ばれるようになってしまったのである。 これはまあ本人以外には笑い話の範疇に入る話であるとも言えるから(言え ないか(笑))、まだ良いのであるが、排便で死んでしまった車掌もいる。 これはうちの会社の話ではない。東京の都営だか営団の車掌の話である。車 掌の研修の時には必ずといっていいほど話されているから、すでに半ば伝説化 している話である。 乗務中に排便したくなったその車掌は新聞紙の上にせずに乗務員室の窓を下 ろして、そこから直接シリを出してしまったのだそうだ。 電車が走るトンネルにはあまり余裕がない。と言うよりもトンネルの付属の 構造物と言う事まで考えると、まったく余裕がないと言ってもいいくらいなの である。 その車掌のシリはそれらの構造物にぶつかった、らしい。そのままその車掌 はトンネル内に転落して死んでしまった、と言う事だ。 本当か嘘かは知らないが、その車掌は新婚だったと言う。このような喜劇的 な死について考える事は無数にあるような気がする。 実際、人間のあらゆる行為に上品、下品の別はないと言う事も思うし、また 逆に下品な行為に潜む下品なゆえの悲しさと言う事も感じる。 いずれにしろ、そういう話がいろいろとあった。