フランクフルト  (泊)
 レーマー広場、マイン川河畔の散策。



翌朝、マイン川に沿ってフリーマーケットが立ち、数え切れない店がでていた。多くはトルコ系と思われる人々が出店。
いんちきくさいと思えるほどに安いベルトを3ユーロで求めたが、これが意外なヒット品








 フランクフルト レーマー広場
ハイデルベルグ(泊)
古城と大学の町。古城から見下ろす旧市街とネッカー川の景観が素晴らしい            
ウ”ュルツブルグまでのバスの車窓から見る小さい町に、いくつもの古城が点在し、赤い屋根に白い壁の家々は正にメルヘンの世界




古城から旧市外、ネッカー川を見下ろす。
対岸に建つ住宅は川のほとりの絶好の位置にあり、最高の立地に思うのだが、日本ではこの位置は廃棄物の捨て場になっている。山国の日本では川の氾濫の危険をいうのだろうが、規制すればいいってもんでもないだろうがネ。
      
ウ”ュルツブルグ(泊)
マリエンブルグ要塞の堅固な外壁、レジデンツ(城)内部の鏡の部屋を中心とした豪華な部屋を見た。この主が中世の司教であったとは驚き。、キリスト教の教えを搾取の手段としていたのかな。特に鏡の部屋は圧倒される


夜、マルクト広場でワインフェステバルがあり、夕食後、全員で出かけた。2ユーロで専用のワイングラスを買い、それを片手にいろんな店の異なるワインを飲み歩くものだが、夕食のワインと最初のワインでほぼ出来上がり(グラスが大きいのです)いろんなワインというわけには参りませんでした。1ユーロのワインはまずく、3.5ユーロはおいしかったです。(あたりまえか)


ウ”ュルツブルグ レジデンツ内部
みごとなステンドグラスとリーメンシュナイダーという彫刻家の作品この人、左甚五郎みたいに有名な彫刻家なんだそうだ。私は知らなかったけど。

     
 
翌日、ローデンブルグへ移動する途中、バスのドライバーさんの家に案内された。私と同じ木工が趣味らしく、家の中が手作り調度でいっぱい、手作りサウナや庭の作業小屋、きれいな芝生など、大いに刺激された。
同行のミナサンから、このような家が出来るのでしょうネとの期待の声が一斉にでてきたが、私の作らんとしているのは山小屋であって、目的が異なるのですよ!

それにしてもこんな予定外のことが有るなんて、通常の団体ツアーでは考えられないこと。移動時間にゆとりがあったこともあるが、よほど好感をもたれたのかなー
ローデンブルグ(泊)
城壁に囲まれた中世の町がそのまま。第二次大戦の中でも、その価値を知る米軍の司令長官の指示で破壊を免れたという。その家々に今も生活していることが素晴らしい。
ベルギーのブルージュも似たようなまちだったな。


ワルトダッセンに向かう途中、ワーグナーの町、バイロイトに寄ってワーグナーの作った祝祭劇場を見た。ワーグナーは、かの有名なフリードリッヒ2世に熱烈な指示を受け、その後はヒットラーも熱をあげてナチのメンバーが大勢このバイロイトに集まったため、第二次時大戦にて徹底的に破壊された町であるが、それを見事に復元している。いたるところにこのドイツ国民の復元力を見ることができる。






町の中心に立つ展望タワーから見下ろした城壁内の街並
ワルトダッセン(泊)
チェコ国境に近い小さなまち。今回の研修旅行の名目となっているガラス工場が有る。しかし、観光案内にも全く情報のないこんな田舎町に、思いもかけない立派な教会があり、その内部の装飾はほかの大教会をしのぐほど。特に歴代の司教の骸骨を豪華な装飾品でくるみ10体前後安置している様は圧倒される。日本人が殆ど訪れることのない小さな田舎町の不思議な大教会だ。

この日(6月7日)は私と同居人の結婚35周年記念日だったので、夕食の席で同行の皆さんから祝福を受け、ペアーのワイングラスをいただいた。感激!


町の中心に立つMay pole
諏訪の御柱のような大きな木を立て、祈願するもので、1年間立てておくそうだ。ドイツのあちこちで見られるという。
写真奥の尖塔の左右がバジリカ教会
オーバーアマガウ(泊)
オーストリアアルプスに近い南の山すそにある小さな町。多くの家々がフレスコ画で飾り立てているメルヘンチックな町。近くに、かのフリードリッヒ2世が作ったリンダーホーフ城とノイシュウ”ァンシュタイン城がある。窓辺をゼラニウムの花で飾ったり、外壁にアンデルセンの童話の世界や宗教画を描いたり、ドドイツ国民とは家を美しく飾ることに熱心な国民だ。
戦争で破壊された建物を殆ど元どうりに復元することを、いたるところで当たり前のようにこなしてしまうドイツ国民とは、われわれの感覚とは遠く離れた感覚の持ち主だ。
ドイツを旅して感じるのは、壁に全く落書きがない、道路などに屑物などがないという環境美化の徹底だ。道路脇の無神経な広告も無意味な交通標識もない。この差はいったいどこから来るのでしょうか?


オーバーアマガウ フレスコ画の家
ミュンヘン(泊)
お城を作ることに情熱を燃やしたルードウ”イッヒ2世が、後世に名を残すことになったのは、このお城のお陰。最後は狂人の扱いとなったようだが、3つもお城を作ったりすればまともな感覚ではないのだろう。しかし、これほど美しいお城を作り、後世に残すことは、ただの狂人では出来ないことだ。ワーグナーにのめりこんだというが、かのヒットラーもワーグナーの熱烈愛好者だという。共通するものがあるのかな。
私はワーグナーはあまり好きではないから、どう考えればよいのだろう?

シンデレラのお城 ノイシュウ”ァンシュタイン城

ミュンヘンの最後の夜はビアーホール。全部で4000人が入れるというレストランで、2階フロアーの最後の客となるべく、9人が頑張り、ドイツの北から来た4人連れに勝利した。サッカーワールド杯出場決定の朗報を聞いて、途中では帰れないとなっが、よかった、よかった。

  ビアホールでご満悦の同居人

白髭に疲れが見える私。左と比べてどう思います?
●ドイツの食事
今回の旅行の食事は3食全てツアーに含まれていたので、自分たちで町のレストランで食べるということがなかった。普通なら、時々は目先を変えてということになるのだろうが、今回は同居人の強固な主張で全てドイツ食となった。ドイツ食のスタートは、先ずポテトスープが出てくる。サラダは殆ど出ない。パンも朝食のバイキングで食べるのみ。メインはポーク、ビーフ、チキン、鱒など。付け合せはザワークラフト、ジャガイモ。ジャガイモはいろいろな形で出てくるが、今回初めてポテトボールのようなものを食べた。これは、一見もち米が入っているかと思われるように粘りと弾力のある団子状のものであるが、バスのドライバーによればドイツの一般的な食べ方で作り方はいたって簡単。同量のゆでたジャガイモと生のジャガイモをミキサーにかけこれを混ぜ合わせて団子にする。これを沸騰したお湯に入れ、浮き上がったら出来あがりとのこと。食に関する好奇心の塊である同居人は早速帰国後挑戦したが、ジャガイモの種類が異なるためか、団子状にまとまらず、失敗。1Kgを犠牲にした。多分なんかの折に再挑戦するであろう。
6月のドイツはホワイトアスパラの最後のシーズン。野菜サラダはあまり食べない代わりに生のアスパラを好んで食べるようだ。市場を覗いてもこれがたくさん売られていた。このアスパラを期待していたこと大であったが、バターと塩で食べるシンプルな食べ方である。

●気候
6月のドイツは寒いのか暑いのか?1週間前には35度になったそうだが、暑かったのは着いた日のフランクフルトだけで後の行程は長袖のシャツであった。最後の3日ほどはセーターが欲しい気温で、説明によると1週間の中に四季が有るのがドイツの気候だそうだ。私は先見の明があり、1人セーターを持参したのが正解だった。

●アウトバーン
ドイツで有名なアウトバーンは、どんどん距離を延ばし主要都市は殆どこれでつながっているそうだ。税金は50%と高い代わりにアウトバーンの使用料金はただ。壊れた建築物をせっせと復元するのにも税金は必要なのだろう。アウトバーンの制限速度はないことで知られているが、バスだけは100K制限だそうだ。どこかの国のようにあちこちで道路工事というのはみかけなかったが、頑丈に作って後の修理のないようにしているのかもしれない。とにかく立派な道路だ。
ドイツ観光旅行記
6月3〜11日の間、ドイツ・バイエルン州を中心とした観光旅行を楽しんできた。同居人の主催する、ステンドグラス教室の「第三回ガラス工場見学研修旅行」のご一行様26名に加えてもらったもの。
以下報告します。




(2005年 6月3〜11日)