ルキオ的小説
『 太陽のカプリース 』
ルキオ 作
男は、窓外の景色に視線を泳がせていた。代わり映えのしない緑色の荒れ地が流れ、時折、重くねっとりと波打つ海原が見え隠れする。男は、ぐったりと窓に頭をもたせかけて、怠惰な視線を窓から室内へ移動させた。車両には、他に乗客は誰もいない。先ほどの駅でたった一人いたビジネスマン風の男が降りてしまってからは、この車両には、男と女の二人だけになっていた。女は、先ほどから、男に身体をあずけ、頭を男の肩に乗せて目をつぶっている。ふと、視線を窓外に戻すと、緩やかにうねる波の上に、海鳥が一羽浮かんでいる。吹きすさぶ強風のなかで、冷たい飛沫を浴びながら、うずくまるようにしてじっとしていた。その時、突然、雲の切れ間から一条の光の帯が海鳥の上に差し込んだ。すると、光に照らし出された海鳥は頭をもたげ、ゆっくりと羽を伸ばすように広げて全身を震わせた。そしてまた、羽を休めようとするかのようにそれを折り畳むのが見えた瞬間、一気に太陽を目指して飛び立った。
「かわいそうな鳥ね」いつの間にか、隣から女がのぞき込み、そう呟いた。男は怪訝そうに女の方を振り返り尋ねた。「かわいそうだって?」女は、悲しみを湛えた瞳で、それに答えると、また視線を外へ向けた。男は女の視線につられるように、また視線を窓外へやった。そこには、太陽の気配など欠片もないどんよりとして暗くて重い、もの悲しげな海が広がり、波にもてあそばれるように漂う一羽の海鳥の死骸が浮かんでいいるだけだった。男は驚きと、不安の陰りの混ざった視線で、じっと浮かんでいる白い鳥の死骸を見つめた。突然、鳥の姿が人間の女の姿に見えたと思った瞬間、男は、強烈な吐き気を感じ、目を背けると、席を立った。しばらくして、男は女の隣で、窓に頭をもたせかけて座っていた。しかし男は、それから駅を降りるまでの間、外へ視線を向けることは一度もなかった。
★★★
椰子の木が海岸線に並ぶ緩やかなカーブを、ヒロはスロットルをゆっくり絞りながら走り抜ける。塩と焼かれたアスファルトの匂い、走馬燈のように行き過ぎる椰子の木の影をすり抜けながら走る自分の影法師、女たちの露出した原色のコントラストが、ヒロの五感をくすぐり、覚醒させる。ヒロはバイクの前を走る自分のイメージを感じながら、その幻の後を軽やかにバイクを走らせた。
カーブの終わりのあたりで、ヒロは、ひとりの女に気づいた。女は真っ白いワンピースを着て、黒色のストレートのロングヘアーを海風になびかせながら、ガードレールに腰掛けて、じっとこちらを見ていた。その視線に捕らわれて、ヒロは、危うくセーフティラインを外し、車線をはみ出して後ろのドライバーの不興を買った。恥ずかしさで顔をうつむき加減にして、女の方を見ないように走り去ろうとした時、一瞬、ヒロは女を見た。すると女は、左手をすっと上に伸ばして、ヒッチハイクのまねをして、ヒロの方を見て微笑んだ。
女は、ヒロがバイクを止めると、恥じらいもなくスカートをたくし上げて、バックシートにまたがった。女は、「飛ばして」とだけ叫ぶと、ヒロの身体に腕を回して、ぎゅっと抱きついた。ヒロは女が胸に下着をつけていないことを知って、驚いたが、女の胸の感触を楽しみながら、スロットルをゆっくり開けていった。道路は白い岩肌が見える断崖の下を、なぞるようにくねくねと曲がりながら、遠く入り江に消えている。ヒロは女を乗せて、左にエメラルドグリーンの海を見ながら、リズミカルなラインディングを描いた。ヒロは、スロットルを強く絞ると、女の腕も強く締まり、身体を押しつけてくることに気づいた。ヒロは、意図的にスロットルを絞り、女の腕と身体の感触を楽しんだ。
頭上に昇りきった太陽が、ヒロの露出した肌をじりじりと焼き、塩混じりのねっとりとした風がその痕を舐めるように触れていく。ヒロは肌に軽い火傷のようなヒリヒリとした心地よい痛みを感じて、身内に沸き起こる高揚感に押し出されるように、バイクのスピードを上げた。それとともに、腹部が女の腕に、苦しいくらいに締め付けられるのを感じながら、ヒロは何か分からない充実感が心を満たしていくような、微かな嬉しさに気づいた。
★★★
女は、寝返りをうつと男に背中を向けた、ヒロはゆっくりと女の頭の下から痺れ始めた腕を引き抜いた、名残惜しげに女の長い髪がヒロの腕に巻き付いてサラサラと離れていった。ヒロは、そのまま、痺れた腕を伸ばして、煙草を取って火をつけた。ゆっくりと吸い込むと肺の中に、心地よい刺激がひろがって、それが頭をすっきりさせるような気がした。ヒロは女の髪を手で梳き、その感触を楽しむように弄んだ。部屋の中は暗く、木でできた鎧戸を閉めると、ほとんど外の強い日差しと熱気は遮られた。ぼんやりとした闇の中で、ヒロは、煙草の灯りが明滅し、蛍のように寂しげに歌うのを聞いた。ヒロは静かに起きあがりベッドから降りると窓のところへ行って、鎧戸を開けた。突然、まぶしい原色のスペクトルがヒロの脳髄を射抜いた。それぞれのスペクトルは、ゆっくりと具体化していき、その意味をヒロに教えていった。窓の外には、エメラルドグリーンの海が広がり、キラキラと乱反射した数え切れないほどの光の粒子が海面に踊っている。その上を海鳥が、落書きをするようにすいすいと飛んでいる。ヒロがその光景をしばらく眺めていると、いつの間にか起き出してきたナオミが、ヒロの腕にすがりついて、顔を見上げていた。「ねえ、泳ぎに行きましょ」彼女はするりと腕を抜くと、そのまま水着だけをを着て部屋を出ていった。ヒロは、煙草の煙に霞む遠い波の上で、大の字になって浮かんでいる少女を見つめていた。
★★★
ヒロが、バイクを止めると、女はするりとバックシートから降りた。そのまま、すたすたと何も言わずに歩き出す。ヒロは、急いで女の後を追った。女は、家と家の間の狭い路地を入っていく。薄暗い路地は湿った塩の香に満たされていた。そしてヒロは、黙って女の後をついていった。急に、ふっと女の姿が消えた。ヒロは驚いて、路地の出口の方へ走り出した。突然、薄暗い路地からヒロは、光の中へ、一面のエメラルドグリーンの前に飛び出した。そこは、有名な観光地から離れた、プライベートビーチ的な浜辺だった。砂浜には、ぱらぱらと地元民らしき人たちがいるのみで、観光客らしき人影は見あたらなかった。ヒロが驚きをもって、茫然と立ちつくしていると、「ねえ、なにしてるの。そんなところで突っ立ってないで、あなたも脱いだら?」ヒロが、後ろを振り返ると、女が長い黒髪を豊かなふくらみを帯びた胸の上に垂らして、ビキニの下だけ付けた格好で立っている。ヒロは目のやり場に困りながら、ちらちら視線を落ちつかなげに移動させた。「なに恥ずかしがってるの?周りを見てみなよ」ヒロは言われた通り周りを見回した。驚いたことに、今まで気づかなかったが、目に入る女は皆、胸を露わにしたトップレスの格好だった。しかし、そこにはいやらしい感じはすこしもなく、周りの景色と調和し、それがあたかも普通のように見えた。そうして、目の前の女の方を見ると、その格好が自然でなおかつ普通に上下のビキニをつけている姿より、より素敵に見えた。ヒロが、納得したように頷いてみせると、女は「分かった?」と言って、屈託のない笑顔をヒロにしてみせた。ヒロがシャツを脱いで上半身裸になると、女はヒロの手を握って、波打ち際に引っ張っていく。「おい、待って」そう言う間もなくヒロは、どんどん女に引っ張られて、そのまま、海に飛び込んでしまった。女はヒロの手を離すと、沖の方へ向かって泳いでいく。ヒロは、思ったより海の水が冷たかったので少し躊躇していたが、ジーンズを脱ぎ捨てると、女を追って泳いでいった。海の水は透明に澄んで、光をキラキラと乱反射させて、ヒロの頭をぼうっとさせた。女はとても泳ぐのがうまく、ヒロが一生懸命泳いでも全然追いつくことができず、それどころか、どんどん離されていった。ヒロが後ろを振り返ると、浜がかなり遠くに見え、少しヒロは不安を感じたが、女はなおも沖に向かって泳いでいく。ヒロは意を決して女を追うことにして、ストロークに力を入れて泳ぎ続けた。ヒロは、泳いでいきながら、跳ね上がり、流れ落ちる水しぶきが、太陽の光線を反射させて、網膜を通り抜け、脳の奥底へ突き刺さり、それとともに訳の分からない焦燥感が、心に沈殿していくように降り積もっていくのを感じた。
★★★
ヒロは、ごつごつした冷たい石の感触を背中に感じながら、浜辺で寝そべっている。肌をじりじりと焼くような強烈な日差しを感じながら、耳に心地よく響く波音に眠気を感じ始めていた。「寝ちゃだめ、死んでしまうわ。起きるのよ。さあ、起きてわたしを見てちょうだい」ヒロは、重くなった瞼をやっとの事で持ち上げた。そこには、にっこりと笑ったナオミの顔があった。彼女はそのまま、瞼を閉じて、ゆっくりと顔を近づけてヒロにキスした。ヒロはまた、眠気の渦に飲み込まれていくのを感じる、もはや、抵抗をあきらめて渦の中に身を任せると、ふわっと身体が浮き上がるような感じと共に、魂が身体という呪縛をとかれて、奴隷解放の賛歌を奏でる。産声を上げたばかりの無垢な魂を導くために、舞い降りた天使たちがヒロの周りをふわふわと浮かび踊り、ラッパを吹き鳴らす。古くさい錆だらけの広がった筒からは、さらさらと降誕のメッセージが流れ出す。「おい、もっとゆっくり吹け、字幕が早すぎて読めないじゃないか」それを聞いた天使たちが、急にざわめき出したかと思うと、無垢な笑顔はその顔から消え去り、代わって醜くひしゃげた見るもおぞましい顔とも言えない顔になった。その口からは呪いの呪文がだらだらと流れ出し、異臭を放ちながらぽたぽた垂れ落ちる。異形の餓鬼たちは、お互いの臭気に鼻をつまみ、お互いの醜い顔を見ては吹き出してしまう。ヒロはその異臭と餓鬼たちの醜さに吐き気を感じて目を背けた、その視線は横にいた一匹の餓鬼とぶつかった。視線が合った途端、餓鬼はヒロを指さして、ぷっと吹き出して笑い転げた。それを見ていた他の餓鬼たちが同じようにヒロを指さして笑い出した。その口からは、異臭を放つ呪文がだらだらと流れ、ヒロの上に降り注ぐ、ヒロは餓鬼たちの耳障りな笑い声の中で、汚物まみれになりながら自分を呪った。「こいつ自分を呪ってやがる。こりゃめでたい。祝いだ!祝いだ!祝祭だ!」そして、餓鬼たちは、先程天使たちが吹いていたラッパをどこからか取り出して、一斉に吹き鳴らした。餓鬼たちのラッパは鼓膜を突き破るほどの大音量で鳴り響き、空にひびが入ったかと思うと、ガラガラと崩れだした。餓鬼たちはそれを見ると、泣き叫びながら逃げまどったが、落ちてきた大きな空の固まりの下敷きになって死んでしまった。突然、ヒロは胸の底から悲しみがこみ上げてきて、冷たい涙を流した。そして、ヒロは、自分を呼ぶ声に目を覚ました。ちょうど真上にギラギラと輝く真白い太陽が上っていた。ナオミの黒い影が日蝕のように太陽を隠し、ダイヤモンドリングのようにピアスが輝いていた。そしてヒロは、自分の頬をなぞっていくナオミのしなやかな指に気づき、光の源へ手を伸ばした。
★★★
ヒロは、まぶしすぎる太陽から網膜を守ろうとして、瞼を閉じた。頭ががんがんと痛み、ヒロは手で、頭を押さえつけるようにして、痛みを紛らわそうとした。「どうしたの?」「ちょっと、頭が痛くてね」「ここの日差しは強いから」「そうみたいだ」「とくに、こんな場所じゃ、よけい紫外線も強いのかもね」ヒロは、自分たちが、入り江のちょうど入り口あたりに浮かぶ筏のような浮き台の上に寝そべっていることを思い出した。浮き台は、静かな波に揺れ、母親の手で優しく揺らされる揺り籠のような心地よさを与えた。ヒロは、横で寝そべる女と共に、しばらくの熟睡を満喫していた。「よく寝てたわね」女は、ヒロの胸に手を置いて、心音を指でなぞるようにトントンと優しく叩きながら言った。「ああ、夢を見ていた」ヒロは女の方に顔を向けた。そこには、よく日に焼けた小麦色をした胸と同じ色をした顔に、やわらかく盛り上がった桃色の唇と、かわいくつんとした鼻、潤んで光を湛えた透き通った琥珀色の瞳がヒロを見つめていた。ヒロは、そっと胸に置かれた女の手に自分の手を重ねた。女の瞳がゆっくりと瞼に覆われていくのを見ながら、ヒロは女に口づけした。そして、女の手のひらに少し力が入っていくのを感じて、ヒロは、やさしく女の指に自分の指を絡めた。緩やかに波に揺られる浮き台の上で、真っ白い太陽の下で、ヒロと女は抱き合った。ふたりの、激しい息づかいは太陽に蒸発し、熱い吐息は波にさらわれて、激しく抱き合うふたりのもとには、何も残らない。ふたりは、なにも得ることのできない真っ白い太陽の下で、ゆらゆらと波に揺らぐ筏の上で激しく求め合った。ふたりは、お互いの身体から、何かが奪い去られ、それを取り戻そうとでもするかのように、貪欲な白い太陽の下で、お互いを求めあい、奪い去っていった。
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ヒロは、夢から逃れるように、むりやり瞼を開き、視線を解放した。実際に走った後のように、心臓が早音を打ち、はあはあと息をつき、身体は汗だくになっている。ヒロは、視線が定まってくると、ゆっくりとベッドから起き、裸足のまま、開け放してある窓のそばの長椅子に、ぐったりと倒れ込んだ。昨夜、飲みかけていたウィスキーのロックがすでに水割りになっているのを見つけると、それを手に取り、一気にぐいっとあおった。生ぬるいアルコールが乾き切った喉に染み込みながら、胃の腑に流れ込んで行くのを感じる。ヒロは、空っぽのグラスを手に持ったまま、長椅子に身体を預け、目を閉じた。突然、悪夢が蘇るような寒気を感じて、閉じかけた瞼を急いで開けた。
開け放たれた窓から、海を渡り塩気を含んだ冷たい風が吹き込んでいた。ヒロは、自分へ向けられたなにものかの悪意の根源を探るような視線を、窓外に放った。遠く、いびつな月の光が、おぼろに反射して海面を銀色に揺らめかせている。ヒロは、冷たい銀色の波間に浮かぶ裸の少女を見つめていた。少女は大の字になり、緩やかな波のままに浮いている。ヒロは、おもむろに立ち上がると、テーブルの上のボトルに残っていたわずかなウィスキーをコップに乱暴に開けると、それを持って、窓のそばに戻った。銀色の冷たいビロードのような緩やかな波の上を、びゅうびゅうと音を立てて風が吹きつける。ヒロは、もはや少女を見つけることはできなかった。そして、ヒロは、そのまま視線を落として、コップの中のねっとりとした液体を見つめた。そこに、いびつな月の影を見つけると、ふっとよぎる不安を無視して、それをごくりと飲み込んだ。空っぽのコップをテーブルの上に投げ捨てるようにして置くと、コップは転がり床に落ちた。ヒロは、コップの行く末などどうでもよいと、そのままベッドに横になった。ヒロの傍らでは、安らかな寝息を立ててナオミが眠っている。ヒロは、そっと、女の静かな夢のそばにうずくまるようにして目を閉じた。
★★★
ヒロは、身体の上で踊る女を苦しげにうめきながら、見つめていた。女は髪を振り乱し、真っ白い太陽の中で、踊る影絵のように薄っぺらになっていく。ヒロはまぶしさに目を細めながら登りつめていく快感から遠ざかっていった。女がヒロの腹部にぎゅっと爪を立てたとき、ヒロは快感の高まりが遠く解放していくのを感じた。女はヒロの身体に倒れ込むとそのまま荒い息づかいをヒロの胸に投げ捨て、横に転がるようにして寝そべった。ヒロは、すべてを奪われた抜け殻のように、心がカラカラに渇いているのを感じていた。ヒロは、だんだん自分の視界が古ぼけた映画のようにかすれていくのを、遠く見つめていた。
闇の中静かな湖面に浮かぶ美しい光に包まれた女、ヒロは涙を流す、衝動は抑えられない、もうどうすることもできない、イメージに埋め尽くされた心は肉体を欲し、崇高なる魂はあるべき姿を要求する、ヒロはしもべとなる、未完成の現実は完成された芸術にならなければならない、ドラロッシュの若き殉教者もミレーのオフィーリアも未完成だった、ヒロは完成された現実を創造する、女の首を両手で締め付ける、うめき声、もがき苦しむ生命の鼓動、爪による痛みの協奏、上り詰めてゆく表情、破裂する心臓、束縛する肉体からの解放、ヒロは女にまたがり上昇する魂を追う、真っ白い太陽の中に吸い込まれていく魂、獣の叫びとともにこだまする賛美歌、跪き両手を差し伸べる、悲しみが瞳からこぼれ落ちる、ヒロはまた悟る、自分は残されるのだ、そして完成。
ヒロは、女の肉体をそっと海に流した。女は波面に浮かび、仰向けになって虚空を見つめていた。ヒロはだんだん視界が、はっきりとしていくのを感じた。すると、急に猛烈な吐き気におそわれて、胃の中のものをすべて吐き出した。ヒロは、そのままぐったりと筏に仰向けに転がった。ヒロは、重く沈む後悔のなかで、すべてを終えた充実があるのを見つけた。そして、白い太陽は、蒸発していく涙にまた霞んでいった。
★★★
男がそれに気づいたとき、女は優しかった。ベッドの上に横たわる男の足下で、女は男の目を見つめ優しく微笑んでいた。男は、口から出かかった詫び言から逃げるように、ベッドから降りると、そのまま冷たい夜風が吹きすさぶ荒海に面したテラスに出た。テーブルの上から煙草の箱を取りあげて、一本だけ残っていた煙草を取り出すと、それを口にくわえた。空箱を足下に投げ捨てるとテーブルからライターを取って、震える手で火をつけようとした。何度か火をつけようとして、風に邪魔されたが、やっとかすかな赤い光を見てライターを置いた。ライターは、テーブルに触れるとカタカタと音を立てた。男は、女の温もりを背中に感じながら、月明かりに照らされた荒れ狂う波を見つめた。裸の少女は、月明かりで銀色に光る荒れ狂う波間に、見え隠れしながら浮かんでいた。女は、冷たい強風の中で、男が火のついていない煙草をくわえながら、じっと目の前の虚空を、狂気を含んだ瞳で見つめているのを見た。そして女は、白い太陽がまた昇るまでのわずかな間、奪われてしまった男を抱きしめ続けていた。
Fin
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