厄介な老春期

 竹薮の母は80歳。今日も今日とて、すでに外出済み(現在朝の8時半)。書道の夏期講習に出かけた。我が家は息子ばあちゃんが夏期講習に出かけている。

 大正11年生まれもちろん戦争体験者。今が二度目の春どころか、初めての春かも知れない。まあ、世の中には寝たきりの老人もいれば、嫁を殴り殺す姑もいる。
 だから、炎天下にもかかわらず、身体中に湿布薬を貼りまくり、湿布薬でできたシャツはないものか?などと軽口を叩きながら、機嫌よく「春」をエンジョイしているのは大変結構だ。

 というわけで、今回は、上にさかのぼった「とんまの親子」です。

 戦前、母のこども時代、当時は当たり前のことだったんだろうが、生母が亡くなったため継母で育ち泣かされる。
 戦中、戦争花嫁としてソ満国境へ。夫となった人物の人品に問題があり、憲兵の妻になったはずなのに敗戦と同時に一気に孤独な難民へ。この引揚げは、筆舌に尽くしがたいものがあって、母の人格のアナーキーさはこの経験によるものと推察される。
 戦後、大正デカダンスを地で行く父と再婚。これまた艱難辛苦を重ねる。
 その後、ようやく破滅型の夫が亡くなったと思ったら、今度は娘がいつまでたっても大学をでない。延々学費を払わされ、金策に悩む。

 現在の母は、
 借金はない、お金は稼がなくてよい、家事はしなくてよい。

 好きな時に起き、好きな時に寝る。
好きな時に好きなものを食べ、好きなことだけする
という
 もう
最高の暮らしである。

 ヤなものは娘の小言だけだが、それだって馬耳東風で、へらへらかわしているから、
 とにかく最高のくらしである。

老春は一日にして成らず!
この暮らしを支えているものは、何か?
 

ある記憶:
 父と母が本好きだったので、竹薮はわりと自由に本を買ってもらえた。ある時トーマス・マンの「マ−リオと魔術師」という短編のラジオドラマを聞いた。これがおもしろかったので、その原作を読みたいとおもった。そこで母にその旨をつたえた。すると、しばらくして竹薮の書棚にはトーマス・マンのでたばかりの全集が並んだのである。翻訳は、その全集しかなかったらしい。
 当時、県内でその全集は3セットしかなく、一つは県立図書館、二つ目は某私立女子高の図書館、そして竹薮の本棚だった。

別の記憶:
 ある日、竹薮の家のおかずが突然貧しくなった。かなりの間、漬け物とか野菜の煮物だけになった。母が衝動買いしたからだ。なにを?棟方志功の「四国八十八ヶ所」の版画だ。そんなものみるほど、優雅な生活はもちろんしてなかったにもかかわらず。

お金はぬすまれるが、センスと知識と技術は盗まれない。
というのが母のポリシーだ。

というわけで、センス、知識、技術の習得に精出したわけだろうが、
それにしても買うかな?竹薮なら買わない。

さらに事件:
 ある夜、母から電話があった。「いやあ今日はびっくりしたよ。」なにが?
 無花果の木に登って収穫しながら食べていた。堪能してふと下を見ると、昨日切った竹が斜めにざっくり口をあけてたっている。だもんで、かなりの間木の上で誰か通りかかってるのを待って、助けてもらったということだった。母が60前後のことだ。
 本人はまったく反省してない。武勇伝、楽しかった思い出として報告される。

母のポジティブな性格となんでもおもしろがる姿勢
象徴しているエピソードだ。

まあ、心配しない、おもしろがるというのは、ストレスをためないわけだから良いことだ。
しかし、登るか?60のおばさんが、木に。

というわけで、現在も、

隔週に一度は必ず徹夜して、書道の課題をやり、
月に二度は観劇に出かけ、歌舞伎や新派、新劇、ミュージカルまでを楽しみ、
博物館、美術館めぐりは日常で、
年に一度は、中国へ書道の修学旅行に行くのだ。

 おそるべし、老春。

 だが、頼むから、

  1.ところかまわず入れ歯を放置しないでほしい。
 2.部屋から下着姿で出てこないでほしい。
 3.一口残ったおかずを、なんでもかでも冷凍しないでほしい。
 4.エアコン、照明、テレビをつけたまま外出しないでほしい。
 5.豆腐や納豆の空容器をもったいないと溜めないでほしい。。。
 
etc.etc.

 おそるべし、ばあちゃん。

 竹薮はかてない。
 80になったときばあちゃんのように暮らせるだろうか。
 気合いはともかく、問題は経済力だと思う。。
 展望くらいなあ。。  (020721)

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