発達に関する新しい障害

障害を持っているということをうけいれるのは大変なことです。
発達障害を持っている子の親は、
この障害が「一目見てわかる障害であったら」とよくいいます。
もちろん、この言い方はまちがっています。

だって一目見てわかる障害の方がずっと大変で、自分でトイレに行けて、お風呂に入れて、学校にもいけて、時にまるで動物のような運動神経をもっていて、ひょっとしたら成績も良かったりするなら、なんで好き好んでもっと重かったら、などというのか。

そうです。そのとおり。
でも、そう言ってしまう。竹薮もそう思った時期がありました。
つまり、ウチの子がおかしいのは、障害があるせいであって、
悪ふざけしてるんでもなく、
なまけてるんでもなく、
親のしつけがなってないせいでもないんです。

そういう気持ちの裏返しなのです。
わが子の分かりにくさ。これが受け入れがたさの原因なのですね。

 

親の受容
 
親が育てにくい子にあたった時、
 そのままうけいれることってなかなか難しい。

 そこでよくいわれるのが「個性的な子ども」だ。

 たとえば、タケノコ1号は1才くらいで字が読めて、かけた。1号は「読み、書き、はなす」が同時だったのだ。むしろ「読み、書き」の方が早かったくらいだ。一才でアルファベットは全部読めて、フォニックも理解しており、知らない単語も大体発音できて、「これまちがってる」といわれて見たらドイツ語だった(英語のフォニックでみたらドイツ語は間違いだわな)なんてこともあった。同時に漢字もカナも読み書きできて、1号が最初に書いた字は「思想」と「生命」。「思想」は1号の目の高さに岩波の雑誌、思想が並んでいたから、「生命」は、当時良く使っていたタオルが某生命保険会社のタオルだったから。これはアスペルガーの視覚優位のあらわれで、今にしておもえば「ハイパーリテラシー」(識字能力が高すぎること)のあらわれなのだが、ひょっとして頭いいのか?などと思っていた。1才というと、話す能力がそれほどないから、逆に書ける、読めるがめだつ。そこで「個性的」、他人から「一種の天才」なんていわれると、「育てにくさ」を「天才」でうめようとする。

 これは受容ではない。「頭いい」から「育てにくさ」を辛抱しているだけだ。

 何かとひきかえでなく、そのことをそのままうけいれるというのはなかなかむずかしい。なにもこれは障害のある子の話ではなく、人間すべてに同じようにいえることだ。かわいい我が子なんだから、「這えば立て、立てば歩め」ですこしでも成長してほしいというのは、親の願いとして当たり前なのだが、それでもやはり、人並みでない不安は過大に親を苦しめる。わが子だけを虚心坦懐に見つめることができないのだ。

 そこで「一目でわかる障害ならいいのに」だ。
 ああ。愚かなり親心。
 なんで人の不幸を羨むか!

 竹薮はいつから、うけいれられたのだろうか。いまでも完全に受け入れられているかどうかはわからす、以前よりはましかという程度。おいおいに受け入れてきたといっていいと思うが、その大きな要因は1号自身が自分と格闘しつつ生きていることだと思う。
 真っ正直で(社会性が低いのでずるくない)幼くて(同前)だから、あからさまに傷付いてあからさまに苦しむ。なんとか立ち上がり努力しようとするさまは親を説得せずにはいないのだ。

 人の不幸を羨むなぞ、その不幸な人にはもちろんのこと、わが子にも失礼きわまりないと、徐々にしみてくるようになる。
 なんだかんだいいながら一日一日わかるようになり、ある時ふと、「障害があるから不幸だ」とはいえない。なぜなら「障害がなくとも不幸」な人もいっぱいいる。むしろ「障害があるから幸福」を目指そうなんて思ったりするのだ。親の横暴に全身で反抗するこどもがいることは、親としては有り難いことかもしれない。「障害のない/従順な子」がどれだけ思春期に人生を失っていることか。わが子にかぎってはそんなことありえない。親のための人生を生きる程器用ではないので、どこまでも自分のための人生「だけ」を生きるから。
 

父親の受容 
 
日々の生活のなかで、父親の役割はもちろん大きい。日常生活の担い手としてだけでなく、社会との折衝という意味でも。残念ながら、学校も役所も母親と父親とでは態度が違う。だから、父親が子どもの側に立つか社会の側に立つかは大きな大きな「天と地」の差なのだ。

 父親の受容で一番大事なことは、多くの子どもをみることだと思う。

 我が家の夫は教員という職業柄、多くの子どもをみていた。だから子どもに対する過大な期待も絶望もなかった。そこがよかった。全体のなかでタケノコ1号がどのくらいの位置にあり、その位置にある子がどのような人生をおくるかのイメージがあった。つまり「どうなってしまうんだろう?」という不安がなかったのだ。メインの選択の幅がどのくらいあって、それにオプションでなにを選べるかという具体的な情報があったのだ。竹薮が診断にともなってパニクって、養護学校か普通級かなどと考えた時、夫いわく「1号が普通級にいけないようでは、日本の義務教育はなりたたない」ときっぱり断言。これは心強かった。それが理想論ではなく、目標でもなく、実践経験だったからだ。もちろん、すべての子どもが普通級にいけることが統合教育の目標だが、今現在の親は、今現在どちらがこどもにとってよいか、どうするべきか必死の判断をしなければならない。

 たいていの場合「子どもの教育はおまえにまかせてある」と父親は判断放棄する。この責任放棄は非常に重い。「お前に任せた」なら、任せたんだから責任も追求するなよ。なのに、いざ失敗したら大騒ぎして責めたりする。だから、母親は二重にくるしむのだ。

 母親がこどものことで24時間心がとらわれているなら、父親は仕事という理由で、拘束から逃れているのだから、その分外からこどもをみたいものだ。もちろん、母親も父親もともにこどもにかかわり、共に社会性を保っているのが理想だ。それでも、やはり現状では性差があるのが事実だと思う。だからこそ、その性差をプラスに転化して、すこしでもいい方向にもっていけたらなと思う。障害のないこどもでも大変なのだ。ましてや障害のあるこどもにたいして、その障害が目に見えないからといって、かかわろうとせず、社会の側に立って「お前の育て方がわるい」だの「俺のおふくろを見習え」などといわれた日にはどうなってしまうのか。

 新しい仕事をまかされたら事前に調査するでしょ?仕事と一緒にするのは良くないかもしれないけれど、調べてみたらどうか。症状、原因、対応法などいっぱいある。一般に高等教育を受けた人は多いが、それが仕事にしか生かされておらず、自分の生活/人生は精神論、他人任せその他でまったく学べていない人の多さよ!

 こどもの教育はお前に任せた。これは育児放棄以外の何ものでもない。
 虐待の一種といってもいいかも。
 こどもと母親と両方にたいするネグレクトという暴力である。

 

祖父母の受容
 
むずかしい。。。
 竹薮は1号のことでたった一度泣いたことがある。それが舅の言葉だった。もちろん陰でないたのではなく、舅の前ではっきり抗議しながら泣いたが、それでも人前で(くやしかったり、悲しかったりで)泣くなどということはこれまでの人生であまり記憶がないことなので、これは大きな経験だった。舅は1号の状態を淡々と説明する竹薮に対して、「母親としてのそういう態度が1号を普通のこどもにしない」とまあ、よくある「あんたの育て方が悪い」というお叱りであった。舅は、長く教員生活をしており、その後社会福祉協議会などで教育相談もしていた。それでも冷静な判断はできなかったということだろう。舅には通常の障害の認識はあったが、いわゆる新しい障害についての認識はなかった。アスペルガーとか高機能自閉症という診断がついたことは知らせてあったが、やはりちょっと目には普通だから、そのような発達上の問題を起こすようになったのは母親の責任ということになったのだと思う。

 一緒に暮らしていれば、なんとなくわかる。コミュニケーションの呼吸もそれぞれがみにつけていくだろう。お互いに腹に据えかねることもあれば、そんなにおこらなくてもいうこともあり、なんとなく日常の中で理解されていくのだ。でも、離れていて盆正月にしか会わなければ・・これは難しい。今後社会的に認知度が高まっていけば改善されもするだろう。しかし、その過渡期には犯罪者の病歴としてあげられたりすることもあって、一時的にはよりわるい状態になるかもしれない。そういうときに目釣り合わせてしまったら。。不幸な偶然と考えて、けっして自分を責めないで。祖父母とうまくやるよりも親子が上手くいってることの方が大事だから。

 夫婦が力をあわせて、きちんと話をしていってほしい。
 我が家の場合は夫が「親父には悪いが、俺は俺の家族を守ることを最優先する」と言い切り、1年間以上、実家には足を踏み入れなかった。もちろん音信不通ではなかったが、こどもをつれて実家に帰るということが丸一年なかったのだ。
 タケノコたちは、自分達が原因で※※に帰らないのだということを気にしていた。あのかあちゃんがおじいちゃんの前でしゃくりあげながら抗議していたんだから無理もない。ひさびさに帰った時は緊張もしていた。いまも心のどこかで気にしているかも。忘れるのは年寄りの方。ほんとにもう。。

 

学校の受容/社会の受容
 
これについては前ページ。

 こどもは親だけで育つのではない。
 多くの方に育てていただくもの。多くの方に助けていただけるように親も外へ出ていきたいと思う。竹薮は、こどもが新しい場所に出ていく時は、たいていそこのリーダーの方にお話してきた。また保護者会など普段から外へ出て、顔を覚えてもらい、なるだけ多くの方と話すようにしてきた。親同士が信頼関係ができていると、問題がおこった時も面倒なトラブルにならずにすむ。こちらも謝りにいきやすい。また直接問題に関係ない方が助けてくださる。「竹薮さんは話のできる人だから、電話すればだいじょぶよ」こういう一言がたすかるのだ。そして、他の子のときに「1号君みたいな子」として受容度があがっているかもしれない。幸い竹薮は地域で人間関係にめぐまれた。ほんとうに有り難いことだ。
 育てにくいこどもをもった親達は、ほかの子にたいしてもより感度が高くなっているはず。だから、何かおこった時はいうべきことをいう役割をもっていると思う。助けていただいた分、お返しもしたいもの。
 

LIVEさんの場合

 とても優れたケーススタディです。
 多くの方に読んでいただきたい。
 非礼にも、トップページではなく当該ページへの直接リンクをお願いし、快諾頂きました。

 育てにくい子を持つ方もそうでない方もぜひご一読ください。

 「君はいい子」 

 LIVEさんのサイト「お散歩日和」の中にあります。このサイトにはSHU語録というADHDの息子さんの語録もあります。息子さんがいかにすばらしいお子さんかよくわかります。それでも母親は非常にくるしむ。上記のレポートは、LIVEさんが息子さんのADHDを受容するようになるまで様々な問題が丁寧に記録されています。

診断という問題
 国が特別支援教育を持ち出して、新しい障害がにわかに脚光をあびたている。そこで当然一種の肩たたきが行われ、診断が行われることになるだろうなと思う。さてこの診断が問題。以前長電話で植木屋さん位の次のような書き込みがあった「母親が相談の電話をかけてきて『○○症候群の8才の息子ですが〜』という。」植木屋さんはこどもを「○○症候群」に押し込めるなといいたいのだと思う。○○症候群はこどもの名前ではない。こどものごく一部にすぎないのに、こどもの問題のすべてを○○症候群に帰してしまうことは問題だと。全くその通りだ。全面的に賛成する。障害を持つ子の親はここをよく確認したい。(こどもそのものを見られない。これは親の病理かもしれない。「東大文1にいってる20才の息子」という表現もまったく構造は同じだ。合掌)

 しかし、親が診断によって楽になることも確かなのだ。
 なんでウチの子はこうも変なのよ。アスベルガーだから。
 わけのわからない認識不能の状態に、どうしてこうなるのかわからない日常の困難にきちんと名前がつけられることの安心感。これはゆるしてもらいたい。すべての親が有り余る力量をもっているわけではなく、金銭、時間、認識そのすべてにぎりぎりで対応しているのだ。だからちょっとだけ名前をつけて束ねることを許してもらいたい。

 だから親よ。覚えておこう。
 診断によってこどもは全く楽になっていない。名前がつこうがつくまいが、こどもには無関係。逆に知識がこどもの状態を間違えてうけとらせることもあろう。ともかくこどもそのものを最優先すること。そのことを忘れてはならないよ。

前へ/次へ 新しい障害TOP