赤い羽の共同募金に御協力お願いしま〜す」

 2005年10月1日 土曜の朝のちょっと人の少ない朝。駅についたら、にぎやかに表題のような声が。
 改札へあがるエスカレーターの手前でボーイスカウトの少年達が、元気よく声をかけている。わきにたっている大人達はなんかどっかで見かけた顔。土曜の朝にくりだしている少年達の元気さに小銭をとりだして募金する。「ごくろうさま」と声をかけると「ありがとうございましたぁっ!!」と一斉に返事。そういわれてるのね。でも、彼等はにっこにこでかわいらしい。

 電車にのり、次におりた駅で、こんどは年齢層があがった子どもたち。小中高といりまじっている。高校生女子は制服だ。小さい子たちが募金箱を持ち、ちょっと大きい子が羽を持ち、女子高校生に渡し、その女子高生がさしてくれる。(ひとつ目の羽はシールでバックにはったらとれてしまった)
 しばらく歩いて別の路線の駅へ、そこでは大人だ。普通の大人ではない。多分福祉施設の職員とか、そういう活動をしている人たち、さらにシスターもいた。推測するに、宗教団体の開いている福祉施設があって、そこに勤める職員とボランティア、あるいは入所してる利用者の家族会、そんな感じの集団だった。子どもたちよりはずっと静かに、募金の声をかけている。しかし台詞は同じ。

「赤い羽の共同募金に御協力お願いしまぁす」  

 さらに次におりた大きなターミナル駅。職場にむかう途中に大きな広場に若い女性の声。
 20代の女性たち、職場の制服とおぼしきものを着ている。その背後にちょっと年上の女性がちらほらいる。この女性達はなんだろう。またまた推測するに商工会とかそういう団体が、社員を派遣しているのではないか。

 今年の共同募金はなんかあんのか?こんなに多様な集団が一斉にやるなんて。

 赤い羽共同募金 べつにいつものことなのね。たまたま今年竹薮にはそうみえただけみたい。

 さて、竹薮がいいたいのは、募金がどうこういうことではない。

 なんで、全員が同じフレーズを使うかということだ。
 テンポ、声の張り方、全部同じなんだ。多少の声の高低や大小はある。
 しかし、基本は同じだ。

 それが、気に入らない。

 どうして、機械みたいに、テープレコーダーみたいにくりかえすのか。
 あなたほんとに募金してほしいですか?なんのためにやってるんですか?私が募金したらその募金どう使われてあなたのためになるんですか。そういうことだ。もっとちゃんと話してほしい。お金だけ欲しいの?そういいたくなってしまう。
 竹薮なら、もっとちゃんと説明するぞ。まず自己紹介。仕事の内容の説明をして、どうして募金を必要としているのかも話す。募金をもらったら、それがどのようなルートで竹薮のところに来て、そして何に使われるのか。誰が喜ぶのか。そういうことも話す。もし、お手伝いにすぎないにしても、自分と募金と募金をしてくれる「あなた」がどうつながるのかを話したいと思う。

 「赤い羽の共同募金に御協力お願いします」

この声だけでは募金の意志は伝わらない。単なる街のノイズだ。季節の風物詩として募金する人がいれば上等かもしれない。でも、その声が季節の風物詩になったのは、だれかがそれを作りだし、風物詩になるまで継続したからだ。その時は必死の語りかけがあったはずだ。

 昭和22年戦争直後の日本が必死にたちあがろうと踏ん張った第1回


1947(昭和22)年、第1回の共同募金運動が全国的に展開されました。第1回の配分は、児童保護や育児事業などに重点がおかれ、民間の社会福祉施設や同胞援護会などの福祉団体や、生活に困っている人たちの支援に生かされました。

その背景には、戦禍による打撃がありました。戦前6700余あった民間の社会福祉施設は、戦災などで3000余に減少し、施設の運営は、物価の高騰などで苦しんでいたのです。このため、戦前の建物や旧兵舎のバラックなどで間に合わせた施設は、その後どうしても修理や改築が必要になり、共同募金は、これらの施設の整備などの復旧に大きな役割を果たしました。

第1回共同募金総額 5億9000万円(当時)

労働者の平均賃金が1950円、郵便はがきが50銭、お豆腐が1丁1円、理髪料は10円の時代で、1人あたりの平均寄付額は8円であった。

募金総額は、現在の貨幣価値に換算すると、約1200億円〜1500億円ほどであると言われている。(共同募金会のサイトから)
 

この時の声を聞いてみたいように思う。
現在の貨幣価値で1200億。それだけの募金を集める声をきいてみたいと思う。

 本気の声をださなければ、本気の語りかけをしなければ、1200億はない。それがひびくから募金する気にもなろうというものだ。別に熱く語るということではない。本気でほんとのことをそれぞれが語ったんだろうなと竹薮は思う。その声を聞きたい。

 今日のいくつもの声の中で、一番本気だったのは小学生のボーイスカウトたちだった。別に理屈もなにもなく、ただ単純に「いいことだから」「困っている人たちのために」なんだろう。子どもたちをそのように使うことの是非はおく。ただ、こどもは子どもなりに真剣だった。大人はそうではなかったな。

 かつて一度だけ、竹薮が納得する募金活動をしていた人がいる。ごくごく普通のスピーチだった。竹薮はその時、通勤中で立ちどまって聞いたわけではない。でも、通りながら大体のことはわかった。

 「わたしは、この駅から北へ二キロほどいった○○の**コミュニティーセンターの近くにあるグループホームの職員です。10人のお年寄りと毎日暮らしています。お年寄りの皆さんが最後の日々をそれぞれのかたらしくすごしてくれればとお手伝いをしています。ホームでは花見など外出をするのですが、去年までは普通のバンにのってでかけていました。でも、共同募金会からリフトカーを頂きました。そのおかげで車椅子のお年寄りの乗降がほんとに楽になりました。今まではバンに全員のって、車椅子は折り畳みのに変えてでかけていましたが、リフトカーとバンの2台になったので、歩ける人と車椅子の人が全員楽に出かけられるようになりました。本当にありがたいです。皆さんの募金のおかげです。ありがとうございました。その感謝の気持ちをつたえたい。また、他の施設にもリフトカーを届けたいと、こうして駅にたっています。募金をよろしくお願いします。」

 ひとりがこのようにスピーチし、何人かがグループホームのちらしを配っていた。

 簡単なことだ。
 やるなら、自分の言葉でかたりかけてほしい。それだけだ。

(05/10/01)

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