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  日々早々エッセー

バックナンバー集(2007年7-12月分)

2007年下半期各月バックナンバー:6月7月8月9月10月11月12月


<<タイトル>>   
12/28
年末所感 12/27 新年のカレンダー 12/26 逆転世界地図 12/25 十二進法 12/21 古くからの競馬ファン 12/19 体感天気予報 12/14 はじめてのこと 12/11 金子みすゞの著作権 12/10 うらをみせ 11/28 どんぐりころころ 11/26 日本人の舌 11/22 湯たんぽ 11/16 うちの嫁が 11/14 早くもクリスマス準備 11/09 大食い番組と見世物小屋 11/01 人の一生と45億年 10/31 盗まれた方が悪い 10/26 男の一人旅 10/19 日本人町 10/12 ラヴィアンローズ 10/11 相撲の常識、世間の非常 10/05 歳とともに 9/28 Jazz Country 9/25 天国と地獄 9/21 裸の小父さん 9/18 柔道場の神棚 9/14 サービスの世界標準 9/07 辛いピーマン 8/31 土左衛門の話 8/29 それは通りませんよドルジ君 8/24 日本人の語学力 8/17 朝のフルーツ 8/16 夏の甲子園 8/15 お盆休み 8/10 もうすぐお盆 8/03 遅すぎる! 7/30 梅雨明け宣言 7/27 縄文の人口 07/20 夢のプロジェクト 07/17 早明浦ダムはどうなった 07/13 東洋人の女 07/09 ふくよかな方が 07/06 ON砲を知らない世代


2007年12月28日

年末所感

タカさんにとって還暦の年でもあった亥年も残り数日、まもなく新たな年、子年が明ける。

今年は、春の終わりに罹った日光敏症なるアレルギーで遂には入院までしなければならないなどと言う、とんだ目にあった年でもあったが、こうやって年末を迎えてみればまあまあやりたいこともやってきたし、家族も平穏に健康に過ごせたし、過敏症ももうほとんど治ってきた(ように見える?)ことを思えばやはりトータルでは幸せな年だったと言えるような気がしてくる。

年末年始はこれと言って特別な計画がある訳ではないけれど、こうやって平穏に静かに新年を迎えることができることが何よりの幸せという気もしてくる。タカさんも還暦となれば、随分と丸くなってきたということだろうか。

このまま、新しい年になだれ込み、来年の末にも同じような気持ちになれたらなぁと思う。

まあ、そんな年越しという訳です。

 

さて、「日々草々」は本稿を以って本年最終稿となります。

このホームページ「タカさん大いに語る」も98年に開設以来、遂に来年からは次の10年に入ることになります。土日を除く平日にはほぼ休みなく更新してきたその延べ数は2500回余り、又、「タカさんの読書日記」で取り上げた本の数も累積約1300冊になった。

もっともさほど労力と時間をかけたわけでもなく、日記をつけているような気持ちで気楽に続けていたものが、いつの間にかこんな数字となってしまったのだから、まさに「継続は力なり」ということなのだろう。

新しい年にも肩の力を抜いて気ままに続けていくつもりです。どうか、引き続き御愛読のほどを。

新しい年2008年が皆様にとってより良い年でありますように。

(12/27/07 11:30pm S.T.)

 

2007年12月27日

新年のカレンダー

年末の大掃除というのが嫌で、一時期は口実を作って外出し、行くところもないので年末の公営競馬に行ったこともあったけれど、最近は、観念して妻の指示に従うことにしている。

部屋の壁の高いところを拭くとか、窓ガラスを外側から拭くといった身長がものをいうような分担は、腰が痛いのなんのと言って逃げようと試みても結局は妻の指示(?)に従ってやらされていた。

そんなに嫌いだった大掃除だが、最近は大掃除の後のカレンダーの架け替えという仕事が結構、楽しいことだということを知ってそうそう逃げ回ることもなくなった。

来るべき新年のカレンダーというのは書店などで見ていると早ければ10月中には売り出しが開始されているが、まだその頃には切迫感もなく買い求める人は少ない。12月の声を聞く頃にはこのカレンダー売場もかなり活況になる。企業が取引先やお得意さんにカレンダーを配り始めるのも、その時期ではないだろうか。そして新年まで1週間を切ったクリスマス過ぎの今頃になると架け替えるべき新しいカレンダーの目処がついていないとちょっと焦る気持ちになる人も多かろう。

カレンダーの種類は実に多く千差万別だがその家なりの好みがあるし、多くは例年と同じ種類のカレンダーを飾りたいという気持ちも強いようで、例えば書店のカレンダー売場にそれこそ100種類以上ものカレンダーがあっても、どれも気に入らないなんていうことは良くある。それだけにお気に入りのカレンダーを確保しておくということが意外と重要なのだ。

タカさんの家では、リビングには昔から富士通の「世界の車窓から」のシリーズを架けているのだが、このシリーズは世間でも評判が良いようで、例年ちょっと早めに声をかけておかないと確保できないこともある。今年は、先日どうにか手に入れることが出来てほっとしているところだ。

又、亡き娘の部屋には例年近所の花屋で年末花を買った際にくじ引きの賞品として配られている花のカレンダーを飾っているが、これは年によってはくじにハズレてどうしても手に入らないなんていうこともある。そんな時には妻が、くじを引き当てた近所の奥さんに、お願いして譲っていただいたなんていうこともあった。(これも今年は家内が無事くじを引き当てたというから安堵している)

カレンダーも正月の松飾などと同じで「一夜飾りは縁起が良くない」なんていうこともいわれるから、新しいカレンダーの架け替えは29日か30日に大掃除が終わってからということにしている。

大掃除に駆り出され、日頃はめったにしない所まで拭き掃除をし、窓ガラスもきれいになったところで、見違えるように綺麗になった部屋に新しいカレンダーを架ける。

外した古いカレンダーに、一年の様々な思い出が走馬灯のように浮かび、新しいカレンダーを眺めれば新しい年には大いなる希望が湧いてくる。

この瞬間の清々しい気分がなんとも捨てがたくよいからこそ、年末の大掃除がそんなに嫌ではなくなったという訳だ。

(12/26/07 10:00pm S.T.)

 

2007年12月26日

逆転世界地図

南半球の小学校で使っている世界地図は南が上になっている。というのは壮大なジョークだが(そういうジョークがあることを知ってオーストラリアなどの土産物屋では実際に、南が上の世界地図を観光用に売っているらしいが)、このジョーク笑っているばかりではなく、実際に見てみると結構色々なことに気がつくし、大げさに言えば世界観が変わるかもしれない。

先ず、手元に見開きサイズの世界地図があったら上下をひっくり返して見て欲しい。

日本がどういう地理的位置にあるか、目から鱗のような感覚を得られるのではないだろうか。

ユーラシア大陸の東端にある大きな湖(日本海)の太平洋側に砂州のようにある陸地が日本列島だ。ロシアの極東、あるいは北朝鮮からすれば太平洋への出口にある邪魔な堤防みたいなものが日本なのだから昔から彼らが日本を邪魔に思い、ロシアなどはできればこの邪魔な堤防を自国の領土にしたがるのももっともだ。北方四島は、ほんの小さな島でしかないが、ロシアにとってはあの広い領土の中で唯一太平洋に突き出た出島なのだから、日本が手に入らない以上は、この四島を手放す訳がないということがよくわかる。

同じような地政学的、戦略的な意味からみれば、中国にとっての台湾も同じだ。地図をひっくり返してみると、中国が太平洋側に勢力を拡大していこうと思った時、いかに台湾が目障りな位置にあるかが理解できる。できれば台湾を懐柔して、懐柔が無理ならば軍事力を使ってでも我が物とすることが、世界覇権を狙う中国の野望であることに疑いはない。又、逆の意味で中国の軍事的拡張を抑えたい米国にとって、中国の鼻先にある台湾を同盟下においておくことが必須になるだろう。もし、中国が台湾侵攻を企てるようなことがあれば、米国は本気でこれを軍事的に叩くだろう。

上下逆さの世界地図を見た瞬間に、この二つの事実に気が付いただけで、日本という国が、実は地政学的、軍事的に相当際どい位置にあり、のんびりと「世界情勢など気にしないで自分達だけが平和であればよい」なんていうことは言っていられないという事態であることが直ちに理解できるだろう。

更に、南北アメリカをこの逆転地図で見ると、アメリカという国にとって近くて大切なのは大西洋とその向こう岸にある欧州、アフリカなのだということも一目瞭然だ。西海岸地区などは、太平洋という大きな海に面した辺境の側であり、一般の家で言えば裏口、勝手口だ。アメリカ人にとってヨーロッパ諸国は身近であり大事だが、太平洋のかなたの堤防の裏にある北朝鮮が子供のおもちゃのようなちゃちな核を持っていても、たいして気にはならないはずだし、まして日本人が北朝鮮に拉致されて泣いていてもどうしても他人事に聞こえるに違いない。

日米安保におんぶにだっこしていれば、何事も上手く行くだろうなどという甘い考えもこの逆転地図を見れば吹っ飛ぶだろう。

そう、やっぱり日本という国は相当危うい地理的位置にあるのだし、少なくとも自国を守ることぐらい、自分でやらなければ誰も助けてはくれないことも良く分かる。

(12/25/07 10:00pm S.T.)

 

2007年12月25日

十二進法

英国に赴任した当初、英国の通貨単位はややこしくて、1シリング=12ペンス、20シリング=1ポンドになっているという古い知識を持っていたところ、実際は1ポンド=100ペンスというすっきりとした十進法がつかわれており、シリングという単位のコインも紙幣もないのにちょっと戸惑った記憶がある。

何のことはない1971年に通貨単位の改革が行われ、英国通貨は十二進法を捨てて十進法になっていたとのことで、小学校か中学校で習ったことというのは人間の記憶に相当強く焼き付けられているものなのだということをつくづく思ったものだった。

そんな訳で日本の皐月賞にあたるイギリス伝統の競馬レース「2000ギニー賞」の「ギニー」も古い通貨単位であって日本で言えば皐月賞のことを2000両賞、などと言っているようなものだということを知った。

この1ギニーは21シリングに相当したというからここでは十進法でも十二進法でもない単位が使われていることを考えると昔の英国の通貨単位相当にややこしいものであったことがうかがえる。(ギニーの他にもクラウン、フローリン、グロウトなどというややこしい単位があったらしい)

こう考えると十進法以外の進記数法はいかに不便で、十進法がどれほど便利なものなのかと思いがちだが、逆に現在でも十二進法を使っている時間の単位などは(1分は60秒、60分で1時間、24時間が一日、一年は12ヶ月といった風に)、十進法であらわそうとすると結構ややこしい。ちなみに「5時間は何日に当るか?」などと問われるとその答えは0.208333---日、などという変なものになってしまうことを考えれば、両方ともに要は「慣れ」の問題なのかとも思うが。

そもそも十進法は人間の指の数が両手で10本というところから始まったらしいが、そんなことを言えば十二進法も、片手で数を数える際に親指の先を使って他の指の関節をあてはめて数えれば3x4=12になるところから来ているのだと言われれば、こちらの方も「なるほど」と思うし。

ビールなどを買う時の単位として使うダースも12が基本だが、確かにビールを10本買うよりも12本あるいは6本買った方が持ち運び易い。これは12の約数が1,2,3,4,6,12と6つもあり (10の場合には、1,2,5,10と4つしかない) 分割し易いことに由来しているらしいが鉛筆箱やビールケースをみれば、なるほどこれが10だとすると並べ方に困るだろうな!と合点がいく。

日本でも干支とか、大安、仏滅などの六曜なども十二進法を今でも使っているのは、一年で月の満ち欠けが12回起きることから来ているのだと聞けばなおさら十二進法の方がよほど自然だという気がしないではない。

そうそうタカさんも、単に「60歳になった」といわれるよりも「還暦を迎えた」といわれる方がいくらか落ち込まないで済むところをみると、意外と十二進法好きなのかもしれない。

(12/24/07 10:00pm S.T.)

 

2007年12月21日

古くからの競馬ファン

今週はいよいよ有馬記念。競馬にさほど興味がない人でもこの年末グランプリレースだけは買ってみようかという人は多かろう。古くからの競馬ファンとしては、その収支が年間トータルでどれだけへこんでいようとも、有馬記念を取ればその年は勝ったような気にもなれるから、ここ数日ははやる気持ちを抑えきれない。

競馬はタカさんの趣味の一つだ。この趣味は飽きっぽい性格の割には40年近く続いている。生来の臆病のおかげ(?)で大金を賭けることもせず、自分の小遣いの範囲でやっているから長続きしているのだろう。

競馬歴も長いが、中央競馬9競馬場(小倉はまだ行ったことがない)はもちろん、地方(ローカル)競馬場も随分と行ったし、アメリカ、イギリス、香港等々と訪ねたことのある競馬場の数は、結構自慢だ。

タカさんの馬券術の基本は何しろパドック(下見所)で出走前の各馬の状態を見ることに尽きる。(過去の成績や、展開、血統などのデーターの重要度はずっと下の方だ)この馬券術だと、どこの競馬場に行っても直ぐに応用できる。(極端な話、パドックさえみればデーターはいらないし、レースそのものさえ見ないことも多い)

もっとも最近は競馬場に足を運ぶ回数は極端に落ちた。現場には今年は中山に数回、船橋に一回行っただけだからもはや正統派の競馬ファンとは言えないかもしれないが、ほぼ毎週テレビ中継でパドックを見て電話投票で馬券を買っている。もっとも中継だと一頭の馬あたり精々数秒の画面だから中々その馬の状態をつかみにくい。これが最近の競馬成績低迷の理由だと思っているのだが。

競馬場から足が遠のいているには一つ理由がある。それは特に最近の中央競馬や大井などの競馬場の雰囲気に親しみを感じ難くなくなっていることだ。かれこれ30年、40年前の競馬場といえば、雑然としていて施設も古く、決して綺麗ではなかった(はっきり言って汚かった)。場内にはもぐりの予想屋やコーチ屋といったえたいの知れない連中がうろうろしているし、観客はオジサンばかり、たまにいてもヤクザの情婦風の女性が多かった。

昔は地方競馬に限らず、煮込みだの、イカ焼きの店があって(競馬場の煮込みは美味かった)、飲み物もホッピーなんていう安酒が中心で賑やかだった。今、中央競馬の中山や府中にでかけてみると観客層が昔と全然違う。女性の数が格段に多くなっていて、ボーイフレンドあるいは女同士で来ている若い女性も多い。勿論、みるからにオミズという女性は見当たらない(もっともオミズと素人の服装が同じようになっている所為もあるが)。家族連れも多く内馬場では幼い子供たちが遊園地にでもきたかのように嬉しそうに遊んでいる。

競馬場の建物は立派で、清潔だ。ゴミも散らかっていない。ある意味、立派過ぎて、清潔すぎてちょっと戸惑うところもある。煮込みで一杯やろうかと思っても最早あの猥雑な店のムードはない。マックもあるし、高級寿司店が立派なレストランを開いている競馬場には、ホッピーで煮込み、なんていうのは最早場違いだ。

いやあ、競馬場は本当に良くなっている。良くなってはいるけれど、古くからの競馬ファンにとっては、何だか淋しい気持ちもないではない。

そんなことがタカさんの足が現場から遠のいている理由の一つなのかもしれない。

まあ、相変わらず関東周辺なら船橋、浦和は十分(?)汚いけれど、これは土日には開催がないからまず行くチャンスがない。もっとも、汚い競馬場を選んで出かけるというのも今時倒錯しすぎかとは思うが。

(12/20/07 10:00pm S.T.)

 

2007年12月19日

体感天気予報

ここのところ冬晴れの日が続き天気予報も「晴れ」か「晴れ時々曇り」といった程度の予報を出しておれば「当った」ということになるから、関係者もほっと胸をなでおろしていることだろう。(もっとも「冷え込む」とか「比較的温かい」、といった気温の予報になるとこれは相変わらずハズレが多いような気もしないではないが)

本欄では、余りにしばしば当らない天気予報の話を持ち出すから、タカさんは気象庁に何か恨みでもあるのかと思われる向きもあるかもしれないが、別にそういうことはない。何事につけても「予報」「予想」の類には科学的根拠が薄く、あとになって「結局インチキだったじゃないか」と思わされるものが多い所為だ。

天気予報などという物がなかった時代、人々は天気を経験や体感で予測していた。海に出て行かなければならない漁師や、天候によって収穫に大きな影響を受ける山や野良で仕事をする人々は、命にも関わる天候には本能的な感覚をもっていた。今でもこういった職種に従事する人には天候に優れた感覚を持っている人は多い。

タカさん自身はそういった体感天気予報感覚を磨けるような人生体験は全く積んではこなかったけれど、朝出がけに曇を見上げれば、その日の天気予報が「午後から雨」あるいは「曇りのち晴れ」などと言っていても、「これは、降りそうもないな」あるいは「予報は晴れと言っているけれど、一雨来るかもしれないから傘は念のために持って出よう」などと自分なりの勘で判断することが多いが、これが不思議と当る。

それは「晴れているところでも、午後からは雨の予報ですので傘を持ってお出かけ下さい」とか、その逆に「今日は朝の内は曇っていても、午後からは晴れて暑くなりますので、お出かけの際に傘は不要でしょう」なんていう天気予報に何十回、何百回と騙され続けて来た為に、「その日の天気の予測は、自己責任による自己判断をする」方がベターと思うに至った結果だ。

無限と言ってよいほどある天気を決定するファクターのエントロピーが複雑に絡み合う天気の予報は、いかにコンピューターの能力が増したところで無理である事は「熱力学第二法則」という科学の大原則から明らかだ。

朝、雨が降っているときに、今日は一日降り続くだろうか、それとももうそろそろ雨も上がりそうかは、天気予報が何と言おうが人間の勘のようなものの方がよほど的確に言い当てることは、読者諸兄もきっと思い当たる節はあるのではないだろうか。

今日の天気、明日の天気ですら当らないのに、3ヶ月先、半年先の予報が当る訳がない。しかし、如何いう訳か世の中は「天気予報」とやらが好きで、テレビもあちらでもこちらでも、各局が競い合って当らない天気予報をやっている。あの天気予報の的中率はどうも感覚的に言えば「今日の運勢」といった占い番組といい勝負ではないだろうか。

そうなると10年先、30年先の地球の温度がどうのこうのという予測は、ノストラダムスの「空からの悪魔」と同じようなものでもうこれは科学とは言えない代物に思えてならない。

以上、尚再度申し上げるが、別に気象庁に意趣があっての見解ではありませんので念のため。

(12/18/07 10:00pm S.T.)

 

2007年12月14日

はじめてのこと

間もなく誕生日が来る。

今年の誕生日はいつもの年とちょっと感じが違う。数え年では正月からそうだったのだけれど、実年齢、満年齢の還暦となるからだ。

巨人の長嶋監督が宮崎キャンプで還暦を迎えた時に記者に感想をたずねられ「感想といわれても、何せ還暦ははじめてなもので」と答えて皆の笑いを誘ったけれど、自分がそういう身になってみると、まさにあの長嶋の言葉こそ還暦を迎えた人々の偽らざる心境なのだということが良く分かった。

喜びとか何とか言う以前にあるのはやっぱり戸惑いだ。

確かにお祝い事ではあるのはよく分かるけれど、還暦を迎えたのは自分の努力の結果という訳でもないから祝いを述べられても面映いばかり。丈夫に生んでくれた両親や、60歳を迎えるまで元気に過ごさせてくれている家族には感謝はするけれど。

昔の風習では還暦祝いには赤いちゃんちゃんこと赤い頭巾を身につけたそうだが正直言ってまだ還暦という覚悟が出来ていないからとてもじゃないけれどそんなチンドン屋みたいな衣装をつける気はさらさらない。

ちゃんちゃんこや頭巾でなくても現代は赤いネクタイだとかセーター、あるいはハンカチなどを祝いに贈られたり、身につけたりするとのことだが、元々から赤という色が嫌いだから「絶対にいらない!」と家族には言っている。

「それでも赤い物をくれるとしたら、それは嫌がらせと取るからね!」などと妻に言ったら「そこまで意固地にならなくても」と呆れていた。

「村の渡しの船頭さんは、今年60のおじいさん」というのは唱歌「船頭さん」の歌いだしだけれど、昔はともかく今の自分は「孫以外にはおじいさんと言われたくない!」という気持ちだ。

本来、喜ぶべき誕生日だけれども、こんなに心に迷いや戸惑いがあるようでは、精神年齢的な還暦を迎えることができるのはまだ随分先のような気がする。

(12/13/07 10:00pm S.T.)

 

2007年12月11日

金子みすゞの著作権

日本における著作権の存続期間は著作者の死後50年となっている。

従って、夏目漱石の小説の場合は、既に文化的な公有財産(パブリックドメイン)となっていると考えられ、例えば「ぼっちゃん」を映画化したとしても原著者への著作権料の支払はない。

しかし、もし映画「ぼっちゃん」を作ろうということになれば、この映画は製作者、監督、あるいは出演俳優などによって新たに創られた作品として製作者側には著作権が発生する。したがって新作映画「ぼっちゃん」を勝手にDVD化して販売すると勿論著作権法違反となる。

童謡詩人金子みすゞは昭和5年、今から80年近く前に自殺しているので、金子みすゞの詩を新たに出版したとしてもみすゞ本人に対する原著者著作権料の支払は必要ないはずだ。

ところが現代の金子みすゞブームのきっかけになったと1982年に刊行された「金子みすゞ全集」を刊行した出版社内にある「金子みすゞ著作保存会」は、金子みすゞの埋もれていた資料を収集してきたのだから、二次的著作権は彼らが有すると宣言している。

さて、この著作権料が幾らかは別にして金子みすゞの詩は、彼女の死後80年を経過しているのに公有財産ではなく一部の人が著作権を所有しているということになり、もし彼女の詩に曲を付けCD化して販売しようとするならば、著作権料として金子みすゞ著作保存会に対価を支払わなければならないということになる。

「金子みすゞ全集」無くして金子みすゞはその死後再び人々に愛唱されるようにはならなかったであろうし、これ等の埋もれた資料を苦労の末に発掘した童謡作家という肩書きの方の努力は大いに賞賛されるべきだが、さて、金子みすゞの詩は既にパブリックドメインになっているはずなのに、この童謡作家氏が主宰するという「金子みすゞ著作協会」がみすゞの亡霊のように著作権を主張するということには、なんとなく納得がいかないという人もいるのではないだろうか。

「金子みすゞ著作協会」には、みすゞの娘さんも加わっているそうだから、母親の作った詩の著作権を、その子が引継いでいると言えば、多少は納得できるかもしれないが、そうなると、死後80年経っている漱石の子孫が「漱石著作協会」を作って著作権を主張することもあながちノーとは言えないということになりはしないかといった疑問も湧いてくる。

そうなると、狩野永徳の洛中洛外図屏風の図柄を使った織物を作り販売したら、今も続くといわれる狩野派の一族に著作権料を払う必要があるなんていうことに段々エスカレートしないだろうか。

勿論、多少の歯止めがないと洛中洛外図の図柄を使って下品な商品を勝手に作って売るなどというふとどきな者が出て来て国の宝を傷つけることまで自由というのではこれもやはり問題ではあるけれど−−−−。

創作者達の権利を守るために知的財産権は尊重されるべきではあるが、あまりに権利、権利と主張するばかりの世の中になっては、公有財産という観念が薄らいでしまいはしないだろうか。

百年も二百年も著作権を主張する人ばかりになっては、文化を守るための知的財産権が逆に文化を萎縮させることになりはしないかと心配だ。

(12/10/07 10:00pm S.T.)

 

2007年12月10日

うらをみせ

12月も月半ばになろうとしているというのに、都内の芝公園や日比谷公園のもみじは先週末が最盛期、見ごろだったという。

もう雪が降り始めたどころか積もっているところもあるというのにやっぱり日本というのは南北に長い上に、結構広いのではないかなぁなんて思ってしまう。

紅葉の季節といえば9月か10月、遅くても11月の初めなどという歳時記的な季節感は地方々々によって随分と修正の必要がありそうだ。

今年の紅葉は例年に比べると色合いが今一つだなどともいわれたが、だからといってもみじ狩には行かないというのもやはり淋しい。

結局、奈良、京都へのそれぞれ日帰りなど、3回ほどの遠出を含め、近郊への散策など例年通りに紅葉を楽しんできた。

以前、伊那の山奥のもみじの名所といわれる渓谷に行った時、地元の方から「何十年もこの土地に住んでいるけれど、これ以上はないというほどに見事な紅葉は、十年に一度しかない」と言っておられたのを思い出す。

そうだとすれば紅葉の当り年でなければわざわざもみじ狩に出かけないなんていう贅沢なことを言っていると、死ぬまでにもう何度も紅葉を楽しむことができない、なんていうことになるかもしれないからと思い、色合いがどうのこうのと言われていても、毎年、秋にはもみじを見にでかけるべきということになる。

さくらも好きだが、秋のもみじはやはり良い。心にしみじみと染み入る静けさがある。

そんなもみじを見ていると、その美しさだけではなく良寛の辞世の句といわれる

「うらを見せおもてを見せて散るもみじ」

にあるような日本人はこうやって生き、こうやって死んで行くべきだという思いが込められているのだと最近しみじみと思う。

(12/09/07 10:00pm S.T.)

 

2007年11月28日

どんぐりころころ

もみじを見に行くと良くどんぐりを見つけることがある。先日もみじ狩りに行ったところにも夥しい数のどんぐりが落ちていた。

どんぐりはシイ、カシ、トチなどのブナ科広葉樹の実の総称で、もみじと同様、日本の秋の風情にはかかせないものだ。

縄文時代、人々の主食はどんぐりであったという。縄文遺跡の周辺には今もシイやカシなどの木が生い茂っていることが多いのは、これらの木々は数千年前にもこの周辺に茂っており、我々の祖先は貴重な食糧の集め易い場所に集落を編んでいたからだろう。

もっとも、どんぐりはタンニン分が強く、そのままでは食べられない。殻を取り除き、実を粉砕し、何度も水にさらすことによってタンニン抜きをしていたのだそうだ。

そのどんぐり水洗いの為に、細かい目の竹篭が必要であったらしく、それらの縄文遺跡からは現代の作品かと思わせるほど美しい目のつんだ竹篭やムシロが発掘されている。

現代ではまずどんぐりを食べようという人はいないだろうが、どんぐりに似たトチの実などは今もトチもちなどにして結構食べられているようだ。これもタンニン、いわゆるあく抜きが大変だという話を聞いたことがある。

そうそうゲルマン民族も昔、森に覆われた地で畑を耕すことも出来ず、食べる物に困り森のどんぐりを食べて育つブタを飼育してそのブタを食べることで食糧問題を解決していたのだとか。

洋の東西を問わず人類が今日の繁栄を築けたのはどんぐりのお陰といえるのかもしれない。

その所為だろうか、どんぐりが落ちているのを見ると今でも人は本能的にそれを拾おうとする。大きなもの小さいもの幾つか拾って手にのせてみると、そのつやつやとしたどんぐりの表面は磨き上げられたマホガニーの木肌以上に美しい。

我々の祖先が生きて行く上で欠かせない存在であった上に、これだけ美しいとなれば、我々が今もこのどんぐりに親しみを感じてしまうのは当然だろう。

そうそう、漸く幾つか言葉を覚えだした2歳になる孫も、近所の公園に行くと熱心にどんぐりを拾い「どんぐり!」と言うそうだし、たどたどしく「どんぐりころころ」を歌うそうだ。

(11/27/07 10:00pm S.T.)

 

2007年11月23日

日本人の舌

ミシェラン東京版が発行され随分と話題になっている。東京は以前から美食の都などと言われていたのだから、世界に誇るミシェランの東京版が今頃漸く発行されたというのでは寧ろ遅すぎたと言えなくもない。

しかし、発行のニュースが伝わるや日本全体が、ミシェランの権威にひれ伏したかのように大騒ぎをしているのはいかがなものだろうか。

ミシェランのレストラン格付けは元々フランスのタイヤ会社が、郊外ドライブをするタイヤのユーザー達の為に、それぞれの土地ではどんなレストランに行ったらよいかを案内した無料のパンフレットがはじまりだった。以後百年近くに亘ってフランス料理、及び他の西欧料理の格付けをおこなってきたという歴史を忘れてはなるまい。

確かに今やヨーロッパの一流レストランは、ミシェランの格付けの権威にひれ伏しているが、しかしその格付けはあくまでもフランス人などの欧米人の舌を基準とした判定だということなのだ。

彼等が、東京のフランス料理店、イタリア料理店などの格付けを行っても文句は言うまい。しかし、日本料理、寿司となると彼等の舌が格付けした店が三ツ星だの星なしだのと格付けされ、日本料理や寿司を一番良く知っている日本人が、外国人の舌による評価を鵜呑みにしてしまうのはどういう訳だろうか。

外国人の富豪が自家用ジェット機に乗って東京の寿司店に食べに来たいというなら、同じ西洋人の舌を基準にしたランク付けであるミシェランは参考になるかもしれないが、寿司のことをもっとも良く知るはずの日本人が、何故外国人にどの店の寿司が美味いかを教えてもらわなければならないのかがさっぱり分からない。

日本料理、例えば懐石料理の良さが分かる超グルメも外国人の中にはいるだろうが、それでも懐石料理というものの由来、歴史、素材の繊細さなどを取り巻く日本文化を知っている日本人の美食家の評価にはとても及ぶものではあるまい。

それはどれだけ日本人が食通ぶってみても、フランス料理やイタリア料理の味を評価する能力においては、その料理の本国で育った美食家たちには到底かなわないのと同じ事だ。

ニューヨークで一番美味しいといわれる中華料理は、アメリカ人の舌に好まれるようにアレンジされているし、それは本物の中華料理ではない。すなわち中国人にとっても一番美味しい店とは言えないかもしれない。

味の評価は相対的な物であって、絶対的な評価などできるものではないということは、人気ナンバーワンといわれる店のラーメンをみんながみんな美味いと言う訳ではないという例などで知っているのに、どうして東京の日本料理や寿司の格付けは、フランス人の舌による評価を日本人があがめてしまうのか理解できない。

格付け調査を行った判定員の中には日本人もいるとの話しだが、それでもやはりミシェランがフランス起源のガイドブックである以上、その判定員の舌もフランス人迎合の舌になってしまっている可能性は否定できない。

アメリカ人はミシェランを、「あれはフランス人が作っているから」とさほどあがめることはしない。あの味バカのアメリカ人がそれでも自分達の舌に自信を持っているのだから、繊細な味覚を持つといわれる日本人は、自分達の舌にもう少し自信を持って良いのではないだろうか。

(11/25/07 10:00pm S.T.)

 

2007年11月22日

湯たんぽ

小さい頃の冬の朝といえば家の中でも寒く、蒲団から抜け出すのが辛かったものだ。顔を洗おうにもお湯など出ないから冷たい水道の水をちょっと顔に付けただけでごまかそうとして母親に「ちゃんと顔を洗いなさい!」なんて叱られるなんていうこともあった。

そんな時に羨ましかったのが、母が湯たんぽの残り湯を注いで準備した温かそうな洗面器のお湯で髭剃りをする父だった。冷気の中を温かそうな湯気が昇っていくのを見ると「いいなぁ〜大人は。温かいお湯で顔が洗えて!」と思い、「大きくなったら湯たんぽのお湯で顔をあらうぞ!」なんて心に誓ったものだったけれど。あの洗面器から立ち昇る湯たんぽの湯気が、自分にとっては小さい頃の冬の記憶だ。

そんな情景も随分前の話で、あれから日本の冬の朝はどんどん変わっていった。瞬間湯沸かし器、石油ストーブなどが普及したのでさえもう40年以上前のことだろうか。最近は多くの家庭で全室冷暖房完備、蛇口をひねればお湯が出てくる。冬の朝、蒲団から抜け出すのが辛いと感じたりすることもないだろう。火鉢や炬燵も見なくなったし、まして湯たんぽなどは見たこともないという世代が大半だろう。

さて、タカさんはもの凄く寒がりだ。暖房を夜中中、点けっぱなしにして、その上、毛布と厚い掛け布団だけでは足らず、電気毛布まで敷いて寝ているのだが、それでも時には寒いと感じてしまうほどだ。

冬の暖房費がバカにならないと妻には、チクチクいわれるし何せ温暖化防止の為にエネルギー節約をしないと社会の敵みたいな目で見られるご時世だから、どうにかしなければと先日、最近リバイバル復活しているという湯たんぽを探してどうにか手に入れた。最近の湯たんぽは紅色のプラスチック製で、昔、父が使っていたブリキ製と違って随分とスマート(?)なものだ。

これが使ってみると実に便利だ。寝る前にお湯を入れておけば、電気毛布も暖房も要らない。しかも湯たんぽは、明け方まで十分温かい。まさに省エネの優れ物グッズである。

すっかり気に入って、愛用しているのだが、朝、湯たんぽのお湯を空ける時にちょっと迷った。家中の蛇口からはお湯がでるのだから、髭剃りの為にわざわざ湯たんぽのお湯を使う必要もない。か、と言って「大きくなったら湯たんぽのお湯で顔をあらうぞ!」という幼い日の心の誓いを思い出すと、そのまま捨ててしまうのもちょっともったいないような気もする。

結局、「洗濯機の中に空けておいてくれれば洗剤が溶け易くなるかも」という妻の案で、残り湯の行き先は決まったのだが。

しかし、これでは「冬はつとめて」と枕草子にあるような日本の冬の朝の情緒は全く感じられないし、幼い頃の美しい思い出の情景とは随分とかけ離れている。

便利になった分だけ失うものもあるということなのだろう。

(11/21/07 10:00pm S.T.)

 

2007年11月16日

うちの嫁が

他人に対して自分の妻のことを何と言うだろうか。

妻、家内、女房、かみさん、時には、奥さん、ワイフ、なんていうところがタカさんのレパートリーだ。そうそう親戚などと話す時などに、時にはファーストネームを使うこともあるけれど、まあこんなところだろう。

最近、良く自分の妻に対して「嫁」という人が増えているような気がする。

関西発祥の言い方だとも聞いたが、関西でも「嫁」という言い方は、20年ぐらい前に一部のお笑い芸人たちが使いはじめた言葉で、昔は使ってはいなかったという。(じゃあ「嫁」が出てくる前は、何て言っていたのだろう?)

関東でも、勿論、舅、姑などが息子の妻のことを「うちの嫁が」「うちのお嫁さんが」という言い方をするし、辞書にもその様な語意が書いてあるが、自分の妻のことを「嫁」という語法は新しい辞書ならともかくタカさんの手持ちの辞書には載っていない。(まあ、新婚間もない内は、「うちの嫁さん」なんて言ったこともあるかもしれないが、今現在の彼女の御歳を思えば、「嫁さん」(やっぱり花嫁さんといったイメージがどうしてもある)というのは面映いし、彼女自身も喜ばないように思う)

国語などというものは、どんどん変遷していくものだし、こういった新しい言い方や言葉が使われだすことには、別段目くじらを立てるものではないのだが、どうも古い感覚から抜け出せない為と、関東人気質が強い所為か自分の妻のことを「うちの嫁が」と言う人には、何となく違和感がある。

もし、この「嫁」という言い方が本当に関西の吉本辺りの芸人が言い始めた言葉だとしたら、関西、いや吉本が日本語を変えてしまったということになる訳で(関西弁の全国化などはその一つだろう)、そこまで行くと何となく関東の人間として抵抗がある、というのも違和感の原因の一つだろう。

いや、タカさんは、関西弁や関西が嫌いだということはない(寧ろ、関西の風光とか、若い女性の関西弁などは好きな方だが)。

しかし、巨人ファンとしては、どうしても関西イコール阪神タイガース、という刷り込みがあって、特に男性の関西弁に、無闇と反抗したくなるからなのだと思う。悪しからず。

(11/15/07 8:00pm S.T.)

 

2007年11月14日

早くもクリスマス準備

週末ホームセンターにちょっとした物を買いにいった。広い店内を見渡すと、季節の商品として冬支度関連の用品が随分目立ったけれど、中でもクリスマスツリーやらオーナメントあるいはクリスマスリースなどのコーナーが随分と賑わっていた。

アメリカでは11月末のThanksgiving Dayが終わってから、クリスマスの飾りつけが始まるが、キリスト教国でもない日本では、ハローウィンバージョンが終わった11月初めからもう早々とクリスマスの飾りつけをあちこちで見かけるようになったし、ディズニーランドもクリスマスイベントは先週位からスタートしている。まさに、クリスマスは既に始まったといった感じだ。

クリスマスという行事がこうやってすっかりと日本の冬の行事として定着したのは一体何時頃からのことなのだろうか。

タカさんが子供の頃から確かにクリスマスという行事はあるにはあったけれど、精々12月に入ってから商店街などでジングルベルが鳴り、サンタクロース姿のサンドイッチマン(今でもいるのだろうか?)が安売りの呼込みをやっているなどという町の風景にクリスマスを感じる、あるいはクリスマスイブにクリスマスケーキ(不二家辺りの)を食べられるのが楽しみだった、なんていう程度の物ではなかったかと思う。

三角帽子をかぶって、クラッカーの紐を引っ張る酔っ払いがバーなどで大騒ぎをしているなどという風景(実際には見たことはないが)が漫画などには描かれていた時代であり、クリスマスを家庭で祝うなんていうことは、タカさんの家ばかりではなく一般の家庭ではめったになかったと思う。

しかし、時代とともに大人の男たちだけがバーなどでバカ騒ぎするクリスマスというものも、何故か下火になり(まあ、景気の悪化などが原因だと思うが)、その分家庭で祝うことが段々と主流になってきたようだ。子供たちが、親や親戚からクリスマスプレゼントなんていう物を貰えるようになったのは、昭和の40年代か、50年代の話ではなかっただろうか。

更には、バブルの頃からは若い独身者がクリスマスイブを、家族とあるいは一人で過ごすのは恥ずかしいこと―――、などという話になって行った(らしい)。一流ホテルが若いカップルで満員になるなどという話を聞いて、「おい、おい、趣旨が違うだろう−−−−!」なんて思ったものだった。

そして、昨今である。タカさんがホームセンターで見た通り、一般家庭でもクリスマスツリーを飾り、垣根などにもクリスマスの電飾を飾る家も多くなってきた。

タカさんも子供達が幼くてアメリカに住んでいたころは随分気張って大きなツリーを飾り、窓にも電飾をきらきらと輝かせていた時代もあったけれど、そういうことも面倒臭くて止めてしまって久しい。

欧米では多くの家々がこうやってクリスマスの飾りつけを競い合うが、中にポツリポツリと全く飾りつけをしない家がある。これはユダヤ人の家だと聞いたことがある。彼等ユダヤ教徒にとってキリスト教のお祭りを祝うのは背信になるからだと聞いたことがある。

その点日本は仏教徒であろうが神道であろうが、あるいは無宗教の家もクリスマスを年中行事として何の抵抗もなく受け入れているのだから、なんとも宗教に関してはおおらかな民族といえよう。今や、クリスマスがキリストの誕生を祝う祭りだということを知らない日本人もたくさんいるのだろう。日本人のこういう異国の宗教や文化を我物にしてしまう能力は中々たいしたものだと思った。

(11/13/07 10:00pm S.T.)

 

2007年11月9日

大食い番組と見世物小屋

真似をした中学生が急死したという事件があって大食い番組は一時中止になったこともあったけれど、たちまちの内に復活し、今や毎週どこかのチャンネルでこの手の番組をやっていて、まさに大食い花盛りといった活況だ。

大食いクイーンギャル曽根嬢などは、旅番組や、グルメ番組にも引っ張りだこ、彼女の大食いによる年収は普通のOLの数倍になるのだとか。

最近は、この種のゲテ物番組をみているとなんだか気味が悪くなってくるので滅多にみることもないけれど、大食い番組と聞くと、幼い頃の神社の縁日に出ていた見世物小屋を思い出す。

今から半世紀近く前には、神社の祭礼には多くの露店と、必ずと言ってよいようにテント張りの見世物小屋が出たものだ。

電球を噛み砕いて食べてしまう男だの、ろくろ首、一つ目小僧、なんていうどくどくしい看板が並んだテント小屋の前では呼び込みが客を誘っていた。「さあ、さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、親の因果が子に報い、醜い一つ目に生まれたのがこの子でござい!」「さあ、お代は見てのお帰りだ!」なんていう啖呵が面白くて小屋の前で聞きほれていたものだ。(直ぐに「お金のない子は帰った、帰った!」と啖呵をきっていた男に追い立てられるのがオチだったけれど)

親にせがんで一度小屋に入ったことがあるけれど、何のことはない一つ目小僧は、おどろおどろしい色の一つ目小僧の絵だったり、電球を噛み砕いた男は、そのガラス片を水と一緒に飲み込むと見せてどんぶりの水の中にガラス片を吐き出してしまっている―――なんていうインチキな代物だったけれど、クラスの仲間たちには「あの見世物小屋に入った」ということは自慢できたし、時間が経つと本物の一つ目小僧を見たような気分になってきたものだった。

大食い番組も、この見世物小屋と同じ仕掛けなのではないかなぁ〜と思う。

番組の審査員(?)として現場に立ち会った某タレントが、実はロケ現場では出場選手たち(フードファイターというらしい)が真っ青な顔をして「あ〜あ、気持ち悪ぅ!」「うっ! 吐きそう!」とのた打ち回り、中には本当にゲーゲーと吐き、あるいはドクターストップで救急ベッドに横たわっている人もいるというまさに阿鼻叫喚の状態だったという。

テレビ放映される番組内ではそんな場面や絵は全てカットされ、出場者全員が超人的な胃袋を披露してケロリとしているということになるのだそうだ。

う〜ん、これっていわゆる「ヤラセ」にならないのか、放送倫理上どうなのよ〜と思わないではないが、この手の番組は別に「報道の使命」を果たす必要もなく、「ヤラセ」というべきではなく「演出」とか「編集の範囲」ということなのだろう。

まあ、いずれにせよタカさんの見世物小屋の記憶と同じで、大食い番組も視聴者が「本当に世の中には超人的な胃袋の持主がいる」信じて喜んでいるならば、それはそれで別段放送の倫理云々を持ち出すような話ではないことは確かだし、この手の番組をやっているのは民放だけだから、お代を払っている人はいないのだから文句いう筋合いでもないということなのだろう。

(11/08/07 10:00pm S.T.)

 

2007年11月1日

人の一生と45億年

地球誕生から現在まで45億年経っているという。一言で45億年というけれど、とてつもない時間であって容易にそのイメージを掴むことができない。

先日、ある本を読んでいてこの45億年をビジュアル化した面白い挿絵を見た。45億年という歳月を、オリンピックの50メートルプールに置き換えた絵である。一人の泳者がまさにゴールしようとしている。このプールの長さ50メートルというのが45億年という時間の物差しだ。従ってゴール板が現在であり、ゴールの反対側のプールの端が45億年前である。

生命が誕生した35億年前は、この絵ではゴールまでまだ39メートルの地点だ。カンブリア紀の大爆発といわれる多様な生命体の出現は、今から5億3千万年前、ゴールまであと約6メートルの地点だ。

恐竜の絶滅、6千5百万年前は、ゴールまであとわずか60センチ余り、ゴール板にいままさにタッチした泳者の胸の辺りだろうか。ホモサピエンスの登場25万年前はゴール板の手前2.8ミリ(センチではありませんよ)、泳者の爪の先っぽということになる。

こうなってくると4-5000千年という文明の歴史などは50メートルプールの絵の中では描けない細かさになってくるので、虫眼鏡やら顕微鏡をとりださなければいけなくなってくる。

今から、1400年前の聖徳太子の時代は、泳者の指の先の毛細血管を流れるヘモグロビンの直径と同じ1.5ミクロンだという。

そう、地球誕生の45億年を50メートルの長さの年表にしてあらわせば、我々の人生、精々7-80年なんて、わずか0.1ミクロンにも満たないということをこの時間スケールの絵は教えてくれている。

中国の故事に「邯鄲の夢」というのがあるが、あれは「人の一生なんて粟が煮えるほどのはかない時間でしかない」というものだが、この絵が言っていることは人の一生は邯鄲の夢どころか、それよりも遥かにはかないということなのだと思うと、言葉も出なくなってしまった。

(10/31/07 11:00pm S.T.)

 

2007年10月31日

盗まれた方が悪い

エジプトで暮らしていて最初は日本との違いに戸惑ったけれど、その内に日本の方が変なのかもしれないと思うことは結構多かった。宗教観とか道徳観なんかもそうだけれど日頃の挨拶というものに対する考え方がその一例である。

「こんにちは」と日本で言えば、それは相手に対する自分の気持ちであり、「ありがとう」も相手に対する自分の気持ちだ。

エジプトで「サレマレーイコム」はこんにちは、「ショクラン」はありがとうと訳されているけれど、元々の意味は唯一の神アラーに対して「素晴らしい日を感謝します」とか、「こういう機会を感謝します」と言っているのだそうだ。

インドに詳しい人に聞いたところではインドではインド人同士で「こんにちは」と挨拶し合うことはめったになく、いきなり会話に入るのが普通だし、買物をしても店で「ありがとうございました」と言われることはないという。

エジプトも似たような考え方からか、買物した人は欲しい物が買えて助かったはずだから、店と客はお互い助さまであり殊更「ありがとう」という必要はないというのが彼等のコンセンサスだ。

こんな調子でやられると、日本の常識に染まっていた人間にとっては、エジプトもインドも腹のたつことばかりということにもなる。(まあ、最近はこれらの国でも外国人客にはちゃんとThank You!というけれど)

その国の文化や習慣から考えれば、確かにこの方が納得はいくような気がしてくる。長く住めばその国の習慣の方が当然で、やたらと心にもないうわべだけの挨拶ばかりして、ぺこぺこ頭を下げている日本人がバカみたいに見えてくるなんていうこともある。

アメリカでは知らない人間同士がエレベーターに乗り合わせると、How are You? などとにこやかに挨拶を交し合うから、日本よりもアメリカ人は挨拶し合い、フレンドリーで礼儀正しいと思ってしまうが、あれも何時どこでお互いがズドーンとやられかねない殺伐とした社会だからこそ、にこやかに挨拶することによって「私はあなたの敵ではありませんよ、だから襲わないで下さいね!」と言い合っているのだ、と聞いたこともある。

どこの国でもその国の道徳観やら、風習があって、それが日本の物と全く違っていたからといって、道徳観に欠けているとか、非常識だ!と怒ってはいけないようだ。

中東では物を盗む奴よりも、盗まれる方の不注意の方がとがめられる。中国人は自分に加えられた危害を、あやまられようがどんなに賠償金が払われようが、絶対に「水に流す」ということはしない。

何もこれらの国々のやり方を日本が真似たり、取り入れたりする必要はないけれど日本の常識が世界標準だと勘違いして、やたらと愛想よく、相手に譲歩ばかりしていては碌なことはない、ということだけは知っておいた方がよいだろう。

(10/30/07 10:00pm S.T.)

 

2007年10月26日

男の一人旅

秋の旅行シーズンもたけなわで、色々な旅行会社からパンフレットを送ってくる。

やはり、秋はちょっと遠出して紅葉の中でしみじみ旅愁に浸り、夜はひなびた温泉でゆっくりと越し方、行く末を思ってみたい、などとロマンチックな気分になる。

そう思って、これはと思うツアーをパンフレットから探してみると、中々良さそうで料金もリーズナブルなものが幾つかある。しかし、いざ申し込もうとするとほとんどの紅葉探訪ツアーや温泉宿の予約は「二名様より」となっている。

二名様で申し込むとなれば、中年女性ならば、文句ばっかり言っている出不精の夫を誘うよりも、親しい女友達、あるいは娘といった選択肢があるから別段問題はなかろう。

しかし、男は妻以外に「二名様」になってくれそうな相手がいない。まさか愛人と二人というのでは「旅愁に浸り、越し方行く末を思う」どころではなく、生々しくなりすぎるだろうし。(それに愛人を持っている中年男なんて、渡辺淳一の小説ではあるまいし、そんなにごろごろいる訳ではない)

出張者用のビジネスホテルならば「お一人様」で行けるものの、「秋の旅」となると、ゴルフの為の一泊旅行などの場合を除いて、「男同士で行こうか!」などという話にはならない。

かと言って、息子あるいは娘を旅に誘ったりしたら、「お父さんは余命が残り少ない病気にでもなったのだろうか」といらぬ大騒ぎになりかねない。

所詮、男は中年を過ぎかみさんに構われなくなったら淋しいもので、一緒に旅愁を味わうために付き合ってくれる人はいないということなのだ。

勿論、割り増し料金を払えば男の一人旅でもOKというツアー、あるいは観光地のホテルや旅館もある。しかし夫婦者と女性客で賑わっているツアーや温泉宿に男一人で行くのも、どうもうら淋しい感じがして気が向かないし、宿の方でも「この稼ぎ時に多少の割り増し料金をもらっても一人客はありがたくないなぁ〜」と思われているに違いなく、それを思うと尚落着かない。

夫に先立たれた女性の平均余命は有配偶者の女性と変わらないが、妻に先立たれた男、あるいは独身者の平均余命は有配偶者の平均余命の半分でしかないという統計もある。

ということは、どんなに小うるさいかみさんでも、男にとっては元気でいてくれることが、どれだけありがたいことなのかということではないだろうか。

少し、態度を改めようかなと思った次第だ。

(10/25/07 10:00pm S.T.)

 

2007年10月19日

日本人町

世界各地にそして日本の各地にも中華街といえる地区がある。横浜の中華街のような大きなところになれば、まるで中国にいるかのような町並みに驚かされるし、ここには中国系の子弟たちのための学校まであるというのだからまさに中国租界だ。中華街(China Town)だけではない。各地に多くのエスニックグループの町があり、日本にもあちこちにコリアンタウン、静岡の方にはブラジル村といわれる区画もある。

アメリカには、チャイナタウンとかコリアンタウンに比べれば少ないが、三つのジャパンタウン(日本人町)がある。いずれもカリフォルニアにあり、ロスのリトルトーキョー、サンフランシスコのジャパンセンター、サンノゼのジャパンタウンである。以前、ロス、サンフランシスコに住んでいたのでこの三つの日本町には良く通ったものだし、日本食がなつかしくなった時、あるいは家庭の日本食材を求めて、お世話になったものだ。

しかし、最近ではこれらの日本町が日系人のアメリカ社会への同化が進み、又、日本からの駐在員の減少などともあいまって地盤沈下が甚だしく、いずれも消滅の可能性がささやかれているという。

リトルトーキョーのシンボル的存在であった日系ホテル「ホテルニューオータニ」は最近米系資本に身売りした。全米で唯一、畳敷きの和室があり、檜の日本式の風呂があるというので、日本からの「畳の上でないと眠れない」という老舗企業のオーナー社長さん一向の宿泊に使って喜ばれたこともあったし、日本人観光客が、ブランド物を一堂の下に買い揃えることができる日系デパートや、みやげ物展が軒を連ねていて随分賑やかだったあの地区も、早晩、消えて行く運命にあるのだとか。

サンフランシスコのジャパンセンターには、まだカラオケなんていう物がない時代、ピアノ弾きが客の歌いたい曲を次々と伴奏してくれるピアノバーといわれる店が何軒もあり、客を連れて、あるいは同僚達と連夜のように通い続けたものだった。全米最初のサッポロラーメン店がジャパンセンターに出来た時は感激したものだった。

サンノゼは、観光客や駐在員家族は少なくて、日系人の2世、3世、あるいは4世といった人たち中心の町で、日本語はめったに聞こえず、英語オンリーの変な感じの日本町だった。雰囲気はどちらかというと、サンパウロの日本町(行ったことはないが)といった感じだった。

これらの日本町には邦字新聞というものがあり、ロスでは羅府新報、サンフランシスコでは北米毎日などという新聞が、日本の新聞がまだ一週間遅れで日本から輸送されているような時代(ほんの2,30年前まで)には、我々駐在員でも重宝していたものだった。(時々、旧漢字、旧仮名遣いにであうことがあったのも懐かしい)

ユダヤ、中国や韓国、そしてメキシコやブラジルといった国々でも、その国を離れた人たちが、同じエスニック同士で結婚し、その母国語をいつまでも大切にして、それぞれのエスニックに基づくコミュニティーを海外でも維持しているのにくらべ(シカゴには、ポーランドコミュニティーがあり、NYにはイタリア、チャイナといった区画がある)、日本人は移民したとしても2‐3代で、どんどん他のエスニックとの混血を進め、日本語、日本文化とは縁もゆかりもなくなってしまい、その内に日本人町といったコミュニティーすら失ってしまうのはかねてからなぜだろうと思っていたが、故郷とか故国にあまり固執しないというのが、日本人の国民性なのだろうか。

ユダヤ人は今も家庭内では2000年前に滅びた故国ユダヤの言葉ヘブライ語をしゃべっている。それに比べて、ハワイや南米に移り住んだ日系人の子孫は、ほとんど日本語をしゃべれなくなってしまう。この違いはなんとも不思議だ。もっとも、日本に住んでいてもまっとうな日本語をしゃべれない日本人が多いというのが実情なのだから、海外ならば無理もないのかもしれないが。

(10/18/07 10:00pm S.T.)

 

2007年10月12日

ラヴィアンローズ

歓びの歌を聞けば気持ちも明るくなるし、悲しい歌を聞けばなんだか表情まで悲しげになってしまうというのは良く経験するところだ。

その逆もまた然りで、滅入っている時には明るい歌をきけば少しは気分もよくなるし、それまで明るい気分でいたのに悲しい歌を聞くと何だかちょっとメランコリーな気分になってしまうなどという経験をしたことはないだろうか。

随分以前のことだけれど、気分が滅入った時には「ラヴィアンローズ」を鼻歌で口ずさんで少しは気分を明るくするように試みていたことがあったが、案外効果があったことを映画「エディット ピアフ―愛の賛歌」を観て思い出した。

ピアフがフランスの伝説的国民歌手だといっても、死後40年ともなれば日本ではその名を知る人は随分少なくなっているようで、三連休中だというのに観客はパラパラと十数人といったところで、これでは早々と上映打ち切りになるのではないかとすら思ったが。

ピアフの代表曲といえば日本では越路吹雪がカバーした「愛の賛歌」が有名だが、映画のオリジナルタイトルが「LA VIE EN ROSE」であるように、本国フランスでは彼女の代表作はラヴィアンローズ(バラ色の人生)の方だろう。

「愛の賛歌」は彼女が飛行機事故で亡くなった恋人のことを思って作詞した悲しい恋の歌であるが、「ラヴィアンローズ」の方は、彼女がこの人こそ生涯の恋人とおもった男性との恋の歓びを詞にしたもので、作曲も彼女自身がしたともいわれている、まさに人生の歓びを歌ったものだ。

なるほど、かつて「ラヴィアンローズ」を口ずさむと不思議と気分が晴れやかになったのは自分には生まれ付いてのシャンソン魂があったとすら思った次第。(それとも、前世でフランス人だったことがあるのかも)

そういえば、かつて日本でもシャンソンブームというのがあった。古くは芦野宏、丸山(美輪)明宏、あるいはミステリー作家の戸川昌子などシャンソン歌手と言われる人々の歌声が、ラジオ、テレビから良く流れてきたものだし、シャンソン喫茶などというシャンソンを聞かせる喫茶店なんていうのもあったけれど、今やシャンソンを日本で聞くチャンスは随分少なくなってきたように思う。

本場フランスでもピアフやモンタンといったシャンソンの代表的歌手が亡くなり、日本でも越路吹雪辺りが亡くなってから、段々と衰えていったのかとも思うがどうだろう。

映画は、波乱万丈のピアフの48年の生涯を描こうと、あれもこれもと盛り込み過ぎ(それでも随分とはしょっているが)といった感じがあり、更にそこにピアフの歌を何曲もいれようとしたために、2時間50分というちょっと長すぎる映画になってしまった点など、難点はある。

それでも48歳なのに老婆のようになって死んで行くピアフの生涯を演じたマリオン コティアールの熱演と、ピアフの歌の素晴らしさが全てを帳消しにしてくれて十分楽しめた。

あれから時々「ラヴィアンローズ」を口ずさんだりしている。

(10/11/07 10:00pm S.T.) 

 

2007年10月11日

相撲の常識、世間の非常識

朝青龍の仮病問題、時津風部屋での若手力士急死事件と相撲界は大騒動になっている。確かに、こういった相撲界での出来事は一般社会のルールや常識からみれば、おかしなことだらけとも言えるかもしれない。朝青龍が職場放棄をしながら首にもならないとか、時津風部屋の力士が急死では相撲協会が「弟子の指導は各部屋に任せている」と他人事を決め込み、「相撲界の名誉を傷つけた」まるで相撲協会は被害者だといわんばかりに一人の親方の首を切って済ませたことなど、常識外れの出来事にも見える。

しかし、ここで考えなければいけないのは、果たして相撲界も全て一般社会の常識やルールに従え!というべきかどうかということだ。

例えば「番付が一枚違えば虫けら同然」だとか「十両以下の力士は無給」なんていう相撲界の常識は、一般社会から見れば非民主主義的だとか労働基準法違反、なんていうことになってしまうだろう。

こういう社会から見た非常識の部分を全部あらためさせたとしたら「日本の国技、相撲」が守られるものだろうか。相撲を守るべき日本の伝統だというならば、相撲を構成する裾野でもある「相撲界のルール、常識」にも配慮があって良くはないだろうか。

女性は舞台に上がれないという大歌舞伎の伝統を、男女同権だからとあらためたとすれば、それは歌舞伎ではなくなるように、相撲にも尊重すべき社会では非常識なルールがあってもよいのではないか。

以前にも書いたけれど、神棚を奉っている道場で発祥した日本の柔道に、国際化の名の下に、「伝統」の部分をどんどん捨てさせ、「世界の常識」である体重別や、「一本」以外の変な判定を取り入れさせた時に、柔道がプロレスのようなJudoという格闘技になってしまった例もある。

高砂親方がどれほどダメな親方であったにせよ「師匠は絶対」という伝統的な相撲界のルールを朝青龍に守らせていれば、これほどの騒動にもならなかっただろう。

武蔵川部屋で後輩をいじめていたちゃんこ番の先輩力士を、部屋付きの山分親方が箒の柄で叩いたという事件も、相撲界の常識からみたら当然だったのかもしれない。それを問答無用で「傷害罪で書類送検」なんていう話にしてしまったのは一体誰だ!

暴力やいじめを肯定する気はさらさらないが、朝青龍や時津風を100人とも200人ともいわれるメディアスクラムで24時間取り囲み、正義の味方宜しくなんでもかんでも「謝れ」「謝罪会見しろ」とせまるマスコミと、そういう風潮に乗って訳知り顔に相撲界を非難しまくるタレントコメンテータたちの言っていることだけが正義という訳でもあるまい。

「愛の鞭」としての教師による生徒への体罰が一律に「暴力」として禁止されたことで、果たして教育の現場は良くなっただろうか。

「相撲界の常識、世間の非常識」ということはある程度あってもよいのではないだろうか。

(10/10/07 10:00pm S.T.)

 

2007年10月5日

歳とともに

年齢とともに体力が低下するのは避けられない。人の総合的な体力は17歳ごろをピークとして最初は徐々に、そして段々と速度を増して衰えていくこと

多くのデーターが示している。

男女ともに29歳ごろでさえ17歳の時の体力の92%から95%といわれており、40代を過ぎてからは急激に落ちはじめ50代後半になればピーク時の50%近くにまで落ちている筋肉もあるという。

世の中には元気な中高年といわれる人がいて、横浜の工藤投手のようにまだまだ体力的にも衰えておらず、更に経験と技術が伴って若手以上の活躍をする者もいるが、これはやはり数少ない例外といわざるをえない。

今、平均寿命が男でも79歳、女ならば85歳といわれるような時代になっただけに、その年齢までには後30年も40年もあるという40代、50代の人々にしてみれば、この「体力の衰え」の数字はなんとも受入れがたいものがあるのではないだろうか。

「まだまだ若い頃と大差ないほど元気だし、この先20年や30年は死にそうもない」にもかかわらず「あなたの体力は若い頃に比べもう50%(あるいは40%)ぐらいしかありませんよ。あなたはもう老人なのですよ!」と言われているように感じてしまうのだから。「若い頃ほどには体力もないのだ」と素直に受入れられるのは一体何歳ぐらいからだろうか。

タカさんの経験から言えば、50代の前半ぐらいまでは妙に抗っていたような気がする。しかし、50代ももうそれほど残ってはいないというこの頃になると、「やっぱり衰えたかなぁ〜」と嫌々でも認めざるを得ない気分になってきた。

その、一番大きなきっかけだったのは、歩く速度が遅くなっていることに気付かされることが多くなったことだった。40代ぐらいまでは、歩く速度は速い方だったと思う。朝の通勤時、駅までの道で先を歩いている人を追い抜くことはあっても、追い越されることはなかった。

しかし、50代に入ってきたころ、別段急ぎ足とも思えない若い男性に時々追い抜かれ、あわてて対抗上、急ぎ足になるケースが出てきた。そして歳とともにその頻度が多くなってきた。50代も後半になると、時々20代、30代の女性にまで追い抜かれるようになり、その頻度がどんどん増えてきた。

そして遂には、「いい歳をして、若い女と歩く競争をしたってしょうがない」と年寄りじみた諦観をもつようにすらなってしまったのだ。ここに至っては、やはり自分の衰えを認めざるをえなくなってきた。(それでも時々、同年代の男性が追い抜いて行きそうになる時だけは、「負けてなるものか!」と早足にはなるけれど)

最近、妻は椅子の上で正座するのが一番楽だという。もちろん若い頃、妻はソファーなどで正座していたことなどなかったのに−−−−−−。そういえば、電車のシートで正座しているおばあさんを昔はよくみたものだったが−−−−。(若い女性が電車で正座しているのは見たことはない)ひょっとして、椅子の上で正座するようになるのは女性が歳をとった(おばあさんになった)しるしなのでは−−−−。

(10/04/07 10:00pm S.T.)

 

2007年9月28日

Jazz Country

60年代後半から70年代初めにかけて学生生活を送った全共闘世代の多くにとっては「モダンジャズ喫茶」は懐かしい思い出の一頁ではないだろうか。

ここでジャズ喫茶といわずモダンジャズ喫茶と言ったのは、当時ジャズ喫茶という名称の「ACB」(アシベ)のようなグループサウンズの演奏が聞けて女の子たちがあつまるような店と敢えて区別するためだ。

モダンジャズ喫茶とは、モダンジャズのレコードを数千枚持ち、それらのレコードを立派な音響システムで聞かせる店のことで、コーヒー一杯200円ぐらいで一日中でも粘ることが出来るような喫茶店のことだ。概してどの店もさほど大きくはなく、店内は薄暗く、会話禁止、客はただひたすら「考える人」のような格好でモダンジャズを聴いていた。

学校がバリケード封鎖されてしまった時期、アルバイトにもあぶれてしまったような日とか、あるいは単純に講義をサボりたくなった時などに、安い料金で時間を潰せるモダンジャズ喫茶に良く通ったものだ。

マイルス・デビス、ジョン・コルトレーン、チャーリー・ミンガスなどが好きなのだが、レコードは高価でそう何枚も手にいれられなかったから、ジャズ喫茶で、彼らのレコードがかかるのをひたすら待つなんていうことをやっていた。

当時は、渋谷の百軒店にはモダンジャズ喫茶がひしめき合っていた。中でも「スウィング」「デュエット」「オスカー」なんていう店にはよく通ったし、その帰り道に新宿に寄って「Dig」という店をはしごするなんていうこともよくあった。

会社勤めをはじめてそんな時間もなくなったし、自分でモダンジャズのレコードも買えるようになってからは、偶に行くぐらいになってしまい、その内段々とジャズ喫茶とも疎遠になってしまった。

ジャズ喫茶全盛のあの頃と違いいまや東京都内にはジャズ喫茶は、数軒あるだけと聞いていたが、今年の初めごろだっただろうか、銀座に今も古いスタイルのモダンジャズ喫茶があるという話を聞き、時々、時間を見つけて行っている。

もっとも「Jazz Country」というその店も喫茶をやっているのは昼だけで、夜はバーになるという。酒を控える身になってしまったので行くのは昼だけだが、あの当時のジャズ喫茶の雰囲気に浸れて楽しい。

マスターが一人で切り回しているその店のスペースは昔のジャズ喫茶よりも随分小さいが、アナログのレコードを大きな音量で聞かせ客は皆無言で曲に聞き入るというスタイルは昔のままだ。

マスターも、数少ない客も、中年というよりも初老といった人たち、同年代が多いし当時のジャズ喫茶同様女性客がいないところなんかも妙に気が散らなくて良い。マスターの選曲も中々よいけれど、マイルスやコルトレーン、ミンガスなどはマスターにとってちょっと定番過ぎるのか余りかからないで、もう少しマニアックな感じが強い気がするのはタカさんの長い間のジャズブランクの所為かもしれないが。

モダンジャズのCDなら何枚かもっているし、自宅で聞くこともできるのだが、やっぱりアナログレコードを昔のジャズ喫茶の雰囲気で聴くと沸々とJazz魂のようなものが蘇ってくる。

(9/27/07 10:00pm S.T.)

 

2007年9月25日

天国と地獄

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教といった一神教には、「最後の審判」という教えがある。世界はいつか終末を迎えその時に、神が全ての霊魂に対して最後の審判を行い、永遠の棲家として天国か、地獄かに振り分けるというものだ。

現世で、良い行いをしておれば霊魂は永遠に天国で過ごせるし、神のおめがねにかなわない行いをしていた者は、永遠に地獄で苦しむという訳だ。

しかし、この最後の審判によって天国行きの切符を得る権利については、この三宗教間には微妙な差がある。

キリスト教、イスラム教はそれぞれの宗教の言う「神」を信じていたものだけが、天国に行けるが、ユダヤ教では「ユダヤ人であること」が絶対条件だ。イスラム教徒はキリスト教徒の天国にはいけないし、イスラム教徒もまたしかりだ。

16世紀日本に布教に訪れた宣教師達がその努力ほどには、日本人を中々改宗させられなかったのは「キリストの教えを知らずに死んだ私の亡き父母はどうなるのですか」との問いに対する宣教師の答えが「生前良い行いをしていても、キリスト教の神を知らなかった魂は天国にはいけない」というものだったので、「亡き父母や先祖が行けない天国に自分一人で行ってもつまらない」と、改宗を諦める者が多かったからだ。

ユダヤ教の場合、選民(エリート)思想というものがあり、「ユダヤ人だけが選ばれた民として最後の審判で天国行き切符を得る権利がある」と考える。極端に言えばユダヤ人のみが最後の審判の場にいけるのであって、それ以外の宗教(キリスト教、イスラム教、仏教など)を信じる人たちは、犬や猫と同じで最後の審判の場に出る権利すらない、ということになる。(ユダヤ教に改宗すれば誰でも一応最後の審判の場に出る権利はあることになる。もっとも民族としてのユダヤ人になるためには、「母親がユダヤ人」であることが必要とされている)

まあ、三つの宗教がそれぞれの天国やら、地獄を持っているという事だろうか。

その点仏教はどうだろうか。仏教思想の根本には輪廻思想があるけれど、霊魂は永遠に輪廻を繰り返すから、来世では人は牛に生まれ変わるかもしれないし、あるいは金魚になって狭い水槽の中で一生を過ごさなければならないかもしれない。こういう苦しみを何度生まれ変わっても繰り返さなければいけないとすると、生きている事自身が地獄だともいえる。その苦しみから抜け出すためには悟りを開き輪廻の輪から解脱することが必要で、輪廻を解脱した魂は、極楽(天国)に行くことができるという。(輪廻の解脱の方法が仏教の各派によって随分とことなるが)

「人は死んだらどうなるのか」今まで実体験として語った人は一人としていないというのに、人々はどうしてもその事が知りたくてたまらない。

そここそが、スピリチュアルのデブおじさんが人気者になり、又世界中のほとんどの人々が宗教というものにとりつかれしまう最大の理由だ。

(9/24/07 10:00pm S.T.)

 

2007年9月18日

裸の小父さん

関口知宏が中国を鉄道で旅するという番組をNHKハイビジョンで最近、毎晩のようにやっている。通しで見た訳ではないけれど、偶々チャンネルを合わせた時、ちょっと面白い画面に出くわした。

それは彼が寝台列車に乗っている場面だった。三段の蚕棚式の寝台車では、昼の間も一二段目を座席にするといったスタイルではないらしい。昼間寝台車の客は、通路側にあるベンチのようなところに座って過ごすか、蚕棚でごろ寝するしかないらしい。その画面では関口知宏はカーテンを開け放った蚕棚ベッドに寝転がり、何人かの乗客は通路側ベンチにすわり、あるいは立ったままおしゃべりに余念がないようだ。その内の何人かはズボンを穿き上半身は裸だ。中国の列車には冷房がなく、こうやって乗客は長旅の暇と暑さに耐えているのとのナレーションが流れていた。

これを見た日本人の多くは、「経済躍進が著しいとは言え、列車に冷房がないなんて中国も随分と遅れている」なんて思ったのではないだろうか。タカさんも一瞬そう思った。

しかし、考えてみると日本でも客車に冷房が完備されるようになったのはそんなに遠い昔ではない。通勤電車でさえも冷房なんてなく、天井から吊るされた扇風機だけが頼りだったから、雨が降っている蒸し暑い日の通勤なんか、乗客全員が汗だくになっていた。(東京の地下鉄車両の冷房化がはじまったのでさえ1988年、全線全車両の完全冷房化が達成されたのは1996年とたかだか今から10年ほど前でしかない)

タカさんの年代、あるいはもう少し年下の年代ぐらいまでは中国の鉄道旅行は、昔の日本を思い出すノスタルジックな旅になるのではないだろうか。

それに、昔の日本にも町内には裸の小父さんや子供が一杯いた。裸ではなくても、上にはランニングシャツ、下は半ズボンなんていう子供たちや小父さんもいたし、上下共に縮みのステテコといわれる肌着にサンダル履きなんていうおっさんが店屋にも横丁にも一杯いた。だから中国の裸の小父さんだって別段びっくりするほどのことはないのだ。

日本人が海外旅行に盛んに行き始めたころ「海外のホテルの廊下をステテコ姿で歩くのはマナー違反です!」なんていうことをわざわざ注意しなければならなかったことだし、中国が今盛んに「立小便をやめよう!」キャンペーンをやっていることを揶揄するのもおこがましいかもしれない。

近年はタカさん自身、家でくつろいでいる時でさえも裸ということはなく、せめてTシャツ位は着ているから、客車の中で上半身裸のおっさんや、市場でランニング一枚で物を売っているおやじを見ると、一瞬「中国もまだまだ遅れているなぁ〜」なんて思ってしまうけれど、なあに、全てちょっと前の日本を思い出せばそんなにえらそうなことが言えたものでもないのだ。

裸の小父さんで、一ついい事を思い付いた。あれを今、流行っている「地球環境を守ろう!」のエネルギー節約バカ騒ぎに活用できないかということだ。

中途半端に「冷房温度は28度に」なんて言わず、全ての企業も家庭も冷房を止めてしまい、通勤通学の電車も上半身裸、オフィスの中でも男はステテコ、女はシミーズ(古いねぇ〜)という超クールビズスタイルでOKなんていうことにしたら、マイナス6%なんてあっという間に達成できるのに違いない。

(9/21/07 10:00pm S.T.)

 

2007年9月18日

柔道場の神棚

柔道は、中学、高校の体育実技でやった程度でしかない素人だけれど、大惨敗に終わりそうなリオで行われている世界柔道はちょっと気になってはいた。

100キロ級の鈴木、そして100キロ超級で井上康生が2回戦で敗れた試合の判定は、明らかな誤審に見えたが同時に現在の柔道のおかれた立場についてあれこれ考えさせられた。

特に鈴木がリトアニアの選手に一本取られたと判定された試合、鈴木がきれいに大外刈りを決め、相手は体を落としている中で鈴木を道連れにしたに過ぎないように見えた。しかし、判定は相手選手の一本勝ちである。

斉藤監督も猛抗議していたが、贔屓目なしにあれはどう見ても鈴木の勝ちに見える。日本のマスコミなどでも判定に対する怒りの声で埋まっている感じだ。

世界選手権というひのき舞台で何故あんなことが起きたのだろうか。

日本の柔道場の大半にはいまでも神棚が祀られている。柔道はそんな日本の伝統、文化の中で育った武術であって、世界各国で盛んになったスポーツとしてのJudo とは元来異なるものなのかもしれない。

しかし、日本人は柔道がすでにインターナショナルスポーツとなった今日も、「柔道は日本発祥の武術」という意識が抜けず実際は「Judo」であるにも関わらず「柔道」という幻影を抱いているのではないだろうか。

世界柔道連盟から日本人の理事がいなくなったとか、最後近くなって漸くやわらちゃんなどが金メダルを取って帳尻あわせはしてくれたものの一時は世界選手権での未曾有の大惨敗もささやかれるような日本柔道の地位低下という現状が見えていないのかもしれない。

今回、井上や鈴木の勝ちだ、と思うのは、日本人が考えている柔道のルールであって、世界Judoのルールからは負けなのだと納得するしかないし、北京を控えた日本代表選手は、神棚のある道場で稽古した柔道のことを忘れるべきなのかもしれない。

「柔よく剛を制す」の武術が、重量別制を引き、「有効」だの、「効果」などという判定ポイント制が敷かれ、カラー柔道着が取り入れられるなどして最早K-1などと同じ格闘技になってしまった以上、世界の舞台に出て行くためにはJudoへの頭の切り換えも必要だ。

神事の一つとして発祥した相撲も、外国人力士が幕内上位の大半を占める国際化が進んでいる。そんな中「相撲には品格が必要だ」などと日本の伝統としての「相撲道」を幾ら説いても、外国人、いや若い世代の日本人にすら理解されないのかもしれない。

横綱は「日下開山」、民の代表として神前で五穀豊穣や、家内安全を祷る神聖な立場なのだ、などということを朝青龍やモンゴルの人々には多分理解できないのだと思う。

柔道は、かれこれ半世紀前に国際化の道を選んだ。それによって柔道界も得るものも多かった。しかし日本の伝統武道としての姿は失われた。それが今回の世界柔道での判定なのだ。

そう考えると相撲はまさに今、大相撲として残るか、Sumoになるかの岐路に立たされているということも言える。ひげもじゃで刺青をいれたポニーテールの巨漢外国人力士同士が、まわしならぬタイツをはいて土俵上で戦うSumoなんてみたくはないけれど。

(9/17/07 10:00pm S.T.)  

 

2007年9月14日

サービスの世界標準

世界の飲食店での中でも日本のサービスは良い方だ。従業員の愛想が悪く、年中不機嫌な顔をしていてこそ本場の正統派の広東料理だとも言わるぐらいで広東のレストランのサービスは酷いし、養鶏場のブロイラーに餌を配っているようなサービスしかしないアメリカの三流レストランなどに比べれば、確かに日本の飲食店のサービスレベルはそこそこだとはいえるかもしれない。

店員が国家公務員で給料が決まっているから何も笑顔を振りまく必要がない中国の飲食店の愛想無さはまあ分かるけれど、チップが収入の大部分を占めるというのに愛想の悪いアメリカの店員なんていうのは、何故そこまで不機嫌なのかといぶかしく思うことがあるけれど、そもそもサービスという観念がないのかもしれない。ロンドンでも飲食店のサービスが悪いのは「英国の伝統だ」なんていう説もあるけれど「サービスの悪さに文句を言わない」というのも客の側のマナーであり、英国の伝統なのだとも聞いたことがある。客がよほどサービスに不満であれば、後で新聞に投書するのがマナーだともいうが、なんだか紳士の国も随分と陰湿なことをするものだ。

それに比べれば日本の店では一般的にチップ収入をあてにしている訳でもないのに、まあまあ愛想がいい店員を置いているところがあるのは、あれはやはり店主などの指導の賜物だろうか。(もっとも、最近は広東並み、アメリカ三流レストラン並みの店も増えたし、マニュアル通りのサービスを機械的にやっているアルバイト店員のそれも却って腹の立つこともあるが)

そうそう、愛想もまるでない「頑固オヤジの店」などというのにファンが並んでいるなんていうちょっと倒錯した世界があるのも事実。以前、ある有名ラーメン店に入ったら、散々並んだ挙句に、食券、水もセルフサービスで、漸く出てきたラーメンに入れるコショウの量まで、オヤジがあれこれ口を出す店があった。「こっちは客だぞ!」と文句の一つも言いたかったけれど「それなら帰ってくれ、二度と来るな!」なんてどなられそうで、惨めな思いをしてラーメンを啜って帰ったなんていうこともあった。(その後、その店は潰れたけれど)

料理に髪の毛が入っていたので店員を呼んで注意したら、「あっ そうですか」とその皿を奥に持って行き、物の一分で同じ料理が出てきたことがあった。奥で髪の毛だけを取り除いて同じ皿を出したに違いないと思い気持ち悪くて手をつけないで金だけ払って(気の弱いこと)出てきたが、店側から謝罪の一言もなかった。

中国の食品の安全性が云々されているが、フジヤや、ミートホープ、あるいは「白い恋人」にしたって、中国の段ボール入り肉まんを笑ってはいられない。まあ、こういう言語道断の話は別にしても、最近昔のように店に入ったときに「いらっしゃいませ」、出るときに「ありがとうございました」の一言すら言わない店がひと頃より増えてきているような気がしないではない。

日本の飲食店のサービスレベルも世界標準に近づきつつあるということだろうか。

(9/13/07 10:00pm S.T.)

 

2007年9月7日

辛いピーマン

しし唐を食べていたら偶々その内の一本が「当り」だった。なんだか懐かしい気がした。

しし唐というのは名前の通り、頭のところが獅子頭に似ていることから名付けられた唐辛子の一種だから辛いのはべつに変わっているという訳ではない。本来しし唐は辛くて当たり前なのだ。しかし、最近はどんどん品種改良され万人向けの辛くないしし唐ばかりが出回るようになり、偶に辛いしし唐なんていうのに出くわすと変なのではないかと思う人まで出て来ている。

偶に辛いしし唐に一つでも当たると昔を思い出し、それが家での夕食時ならば、同年代の妻と「昔のしし唐はもっと当りが多かったよねぇ〜」なんていう話題で盛り上がる。

そういえばピーマンだってちょっと前まではかなり辛い「当り」があった。いや、子供の頃の記憶では、ピーマンは全部それなりに辛かったような気もする。

ピーマンも唐辛子の一種なのだから、原種は辛かったのだと思うが、これもどんどん品種改良されて大人も子供も食べられる辛くないピーマンがあたり前という時代になってしまった。昔はピーマン嫌いな子供も多かったけれど、こんなに辛くないピーマンが普及すれば多少はピーマン嫌いの子供も減っているのではないだろうか。

いやあ、それにしても食べ物全てが、大量生産、大量販売に向いたもの一色になってしまったのはちょっと味気ない気がしないではない。

青首大根全盛となり、練馬大根はほぼ絶滅したというし、梨も豊水だ幸水だという新品種ばかりで、長十郎梨なんて今日本に何本もないそうだ。ぶどうやみかんは種がないのが当たり前になった。

キュウリはコンビニなどが大量生産のサンドイッチ用には、いぼが無い方が効率よく洗浄できる、という理由で曲がりのないまっすぐで、表面に「いぼ」のない品種なんていうのが市場を席巻しつつあるという。百年前の人がタイムマシンに乗って現代に現れたとすれば、いぼがなく表面がつるつるでまっすぐな現代キュウリなんてキュウリとして認めないかもしれない。

加工食品にしても、例えば梅干や沢庵、タラコなども塩辛いものはスーパーには置いてなくて、皆「甘口」とか精々「塩分控え目」やら「薄塩」ばかり。たしかに塩分の摂り過ぎは体に良くないことは良く分かっているけれど、月に一回食べるか食べないかの塩ジャケ位、昔ながらに切り身の表面から塩が吹いているような塩っ辛い奴を食べてみたくもなる。しかし、いまやなんでも塩分控え目でなければ大量販売には向かないようで、必死に探し回っても「塩っ辛い塩ジャケ」なんてお目にかかれない。

甘口の梅干や沢庵、塩ジャケやら、辛くないピーマンやしし唐、自然のほのかな渋味や苦味が無くなってしまったナシや柿なんていうのが大量販売され、人々がそれで季節感を感じるような世の中になってしまったのだもの、香りのない外国産のマツタケなんか食べる気がしないなんて言っていたらバチが当るかも。

(9/06/07 10:00pm S.T.)

 

2007年8月31日

土左衛門の話

今日は随分と涼しくなったけれど、一昨日まで猛暑が続き熱中症で気分が悪くなる人が続出したようだ。お年寄りの中には家の中にいても熱中症で病院に運ばれたとか、亡くなったという方までいたという。

どこかの動物園ではレッサーパンダが熱中症で死亡したらしいし、余りの暑さに水をがぶ飲みしたキリンが死んだなんていう記事もあった。キリンのふるさと、アフリカのサバンナよりも日本の夏の方が暑いとでも言うのだろうか。

熱中症の予防策としては、日盛りに外に出ないとか、止む無く外にでるにしても帽子をかぶったり、日傘をさしたりすることなども大事だが、こまめに水分を補給することが一番だそうだ。

もっとも水分といっても、ビールなどのアルコール類なんかは却ってよくないのだとか。アルコールや紅茶などのカフェインの強いもの(コーラなども?)は利尿作用によって却って体内の水分を奪うから熱中症予防にはならないらしい。又、水が予防になるからといってもがぶ飲みすると、水分は短時間に排泄されてしまうので何しろこまめに少量ずつ飲むのがよいという。水の飲み方も難しい。

タカさんは昔から水分は人並み以上に摂る口だ。暑い日が続くと、愛飲しているアルカリイオン水だけでも一日3リットル近くは飲んでいるかもしれない。

水を多く飲む人といえば一つ思い出すことがある。

机の上に水差しをおいて一日3,4リットル近い水を飲んでいる偉いさんがいた。彼は「随分と水を飲まれますねぇ〜」と人から言われると「酒と違って、水は沢山のんでも体に悪いわけはない。いや体に水分が少ないと血がどろどろになって体に良くない。」と意に介していなかった。

ある時、この偉いさんの同期の取締役が、「良くそんなに一杯水を飲むねぇ〜」と言った時も例によって「水を飲みすぎても体を壊す奴はいない!」説を堂々と述べたのだけれど、この時このライバル氏が「えっ! そんなことないだろうよ。土左衛門って、水の飲みすぎで死んだんだろう?」と即座に言った。その時のあの偉いさんの苦虫を噛み潰したような顔を今も忘れない。

(8/30/07 10:00pm S.T.)

 

2007年8月29日

それは通りませんよドルジ君

朝青龍対相撲協会の一戦、多少勝負が長引いたものの朝青龍の圧勝に終わった。決まり手は朝青龍の「ゴリ押し」だ。

相撲協会理事会は主治医の解離性障害という診断およびモンゴルでの帰国治療の進言を受け入れ横綱朝青龍(本名:ドルゴスレン・ダグワ・ドルジ)の帰国治療を承認した。ドルジ君(もう横綱と呼ぶ気になれない)は29日にも帰国するのだとか。

解離性障害の治療にとって何故日本国内ではなくモンゴルが良いのか、モンゴルにはこの病を治療できる医者がいるのかといったことの説明はなく、要するに「モンゴルに帰って、母親の手料理を食べたい!」というドルジ君の要望(というか要求)を協会が全面的に受け入れたということらしい。

気の毒なのは、当事者能力ゼロといわれ、ジャージ姿やガードマンの制服のような変な格好をしてうろうろするばかりで男を下げ、挙句モンゴルに同伴することを協会から申し渡された高砂親方だ。

日本でも師匠をないがしろにしてきたドルジ君のことだからモンゴルに帰ったら師匠の面倒なんか見る訳もないし高砂さんも周りから相当邪険な扱いを受けるに違いない。見も知らぬモンゴルに行き、言葉も分からず一人ポツンと滞在となれば、今度は親方が「解離性障害」になって「日本での帰国治療が必要」なんていうことになりはしないだろうか。もしそんなことになったら次は北の湖理事長がモンゴルにドルジ君の見張りに行くしかなかろう。

それにしても、今回の顛末、なんともお粗末限りない。そもそも、朝青龍が処分を受けた原因である腰骨の骨折治療はどうなっているのだろう。骨折の診断書を提出して地方巡業をサボっていながらモンゴルでは元気にサッカーをやっていたということだが、謹慎処分後の1ヶ月、腰の治療をしたとは聞いていない。やっぱり骨折は仮病だったということだろう。ということは解離性障害だって仮病を疑われても仕方あるまい。帰国後ドルジ君がモンゴルで元気にラグビーでもしていたら大笑いだけれど。

相撲界の頂点にある横綱が仮病による職場放棄で謹慎処分を受けたというだけでも、これは実質的な引退勧告だと思うが、謹慎処分以降一度として謝罪の言葉を述べるではなく、「モンゴルに帰りたい」の一点張りでその思いがまかり通るなんていうことは、やっぱりいくら何でもおかしい。

モンゴルに帰るな! 詫びろ!と言っている訳ではない。モンゴルだろうが、北朝鮮だろうが好きなところに行けばよい。自分は悪くないと思うなら何も意思を曲げてまで謝る必要もない。ここは自由の国日本だ。しかし、それもこれも横綱という最高位を返上してからの話だ。

横綱の地位は離さない、それでいて自分勝手なわがままを通しモンゴルに帰国、ファンにも理事会にも何の釈明もしないというのは、それは通りませんよドルジ君。

(8/28/07 10:00pm S.T.)

 

2007年8月24日

日本人の語学力

世界で一番難しい言葉はアイスランド語だそうだ。名詞の格変化だけでも余りに複雑過ぎて他の言語で育った人には中々覚えられるものではないのだとか。

ハングル(朝鮮語)の発音は複雑で、ハングル文字で書けない発音はないとすら言われるほどだそうだ。(日本語では例えばVacationを書く場合、バケイションとかヴァケイションなどと書くけれど特にVaやtionを正確に表す書き方はないし、慣れない日本人はVacationを正確に発音するのは難しい)

頭が固くなってしまった中高年になってからアイスランド語やハングルを習得することはどこの国の人にとっても相当難しいのだとか。

日本人の外国語能力は低いと言われている。ほぼ全員が日本語だけをしゃべる島国で育った日本人にとって日本語以外の言語に接する機会は極めて少なく、外国語をしゃべる必要性を感じる場面が少ない。必要性がない語学に対してはその語学を習得すること自身至難の業である。

しかし、そんな日本人でも、アイスランド人と結婚し、レイキャビックに住むことになったり、韓国で一人現場作業に携わることになった建築士なんていう環境にほおりこまれれば、ネイティブ並みにしゃべれて、難しいか発音もこなせるようになるというから、決して日本人が語学能力に劣っている訳ではなく他言語を学ぶ能力が眠ってしまっているということのようだ。

とは言うものの大半の日本人は、世界でもっとも簡単な言葉といわれる英語でさえ中学、高校でみっちりやった(やらされた)筈なのに全くダメという人は多い。外国映画は字幕や吹き替え、書籍などにしても訳されたものが容易に手に入る日本の環境におかれれば、わざわざフランスの恋愛映画を字幕なしで、あるいは外国のサスペンス小説を原書で読もうということを考える人さえ、少ないことが原因だとは思うが。

要するに、外国語を習得するために必要な条件は、その語学に対する人々の必要性が高いか低いか次第ということのようだ。それはそうだろう、アイスランド語も、ハングルも、その言語が母国語ならば3歳、4歳の子供達でもちゃんと使いこなしているのだから。

逆に言えば、中学、高校での外国語も「カリキュラムに組み込まれているから」とか「受験に必要だから」程度の理由付けではとても身につかないはずで、「好きになった女の子が待っているロスアンゼルスで仕事を見つけたい」とか、「韓流スターと親しくなりたい!」なんていうモチベーションの方がよほど外国語学習には望ましいのだ。

そうそう、詐欺紛いの数十万円もする英語教材だとか、インチキ商法で今や青息吐息のNOVAのような英語スクールなんていう存在が、外国語教育を、スポイルしてしまっていることということも、日本人の低い外国語能力の元凶の一つでもあるのだが。

(8/23/07 10:00pm S.T.)

 

2007年8月17日

朝のフルーツ

フルーツが人間の体によいというのは、人類の祖先が木の上で果物を食べていた猿だった太古の時代からなんていう話はちょっと眉唾っぽいけれど、フルーツが人間の体には悪いなんていうことは無さそうだし、やっぱり何か医学的な根拠もありそうだ。

我家でも朝食には果物を欠かさないのは、「朝のフルーツは金、昼は銀、夜は銅」なんていう言葉もあるし、確かに糖度の高いフルーツを夜食べてから寝ると、血糖値が上がるなんて脅された所為もある。

果物にはクエン酸やカリウム、ビタミンCなどが豊富に含まれており朝食べるならば、その日の活力が生まれ、繊維質は野菜同様に腸の動きを活発にするから便秘などにも効果があるのだとか。

まあ、そんな体への効用ばかりを気にして食べている訳ではないけれど、何しろ毎朝たべていても飽きないのは、果物の糖分が甘いもの好き(両刀使いではあるが)のタカさんにぴったりだからかもしれない。

今の季節、ナシが出回りはじめたし、ぶどう類、メロン、それに桃なんていうところが旬のようだ。もっとも最近は輸入フルーツが増えているから果物に旬という感覚が大分うすれてきたけれど。

輸入フルーツの多くはタカさんが子供の頃には、珍しくて価格も高かったものだけれど、今や国内産の桃やナシなどよりも安く手にはいるようになった。

ガッツ石松ではないけれど、バナナは一年に数回しか食べられない貴重品で、値段も随分高かった時代を知っている世代は、今やスーパーなどで、バナナが一番安い果物になっているのを見て隔世の感を持つだろう。

バイナップル、マンゴーなんていうものも中々お目にかかれなかったもので、生のものとなれ千疋屋か三越ぐらいでしか手に入らないなんていう時代がついこの間まであったような気がする。

それがどうだろう。それほど品種を問わなければパイナップルも丸ごと一個で500円ぐらい、マンゴーにしても先日COSTCO辺りでは9個で2000円程度で売っていたから、一個数千円という宮崎産アップルマンゴーのことを思えばタダみたいなものだ。

そうそう、そうやって考えてみると国産の果物の価格は最近、高くなってしまったようにも思うがどうだろう。スーパーですらスイカ大玉一個5000円なんていうのをみると、子供のころ毎日のように食べさせてもらっていたスイカもこんなに高かったのだろうか、なんて思う。

国内産のりんごなどは今スーパーでも一個300円ぐらいはする。季節外れという所為もあるから高いのは致し方ないのかもしれないけれど、こんなに高いと最近は余りみかけないがオーストラリアやニュージーランドからの輸入物でもいいやとか、それならマンゴーかパイナップルの方がいいか、なんて思ってしまう。

みかんも輸入物の安いグレープフルーツやオレンジにおされて生産が落ちている所為か、昔にくらべればちょっと割高になったような気もするが。

もっとも、中国、香港あるいは台湾などの富裕層向けに日本の高級りんごや巨峰などが輸出されており、評判はすこぶるよいのだとか。その内に、日本人は輸入フルーツを食べて、国産のフルーツは輸出専用なんていう時代がくるのだろうか。

(8/16/07 10:00pm S.T.)

 

2007年8月16日

夏の甲子園

夏の甲子園大会がいよいよ佳境に入ってきている。

今年は今のところ雨による順延もないようだが、その分連日猛暑にさらされて既に球児4人が熱中症でダウンしたのだそうだから、応援にかけつけたスタンドの女子高校生などの中からは相当の熱中症患者が出ているにちがいない。

それにしても、いかに若くて元気な球児達とはいえ、直射日光を受けグラウンド上では40度も越えているという中で約2時間の激しい戦いというのだから、これは見方によっては大人たちが高校生を虐待していると言ってもよいようなものだ。

「連日の猛暑をものともせず高校球児たちが青春の汗と涙で戦う姿は素晴らしい!」なんてクーラーの効いた部屋で大人たちは気楽に賞賛し、高野連やら朝日新聞はこの高校生たちの苦闘をネタに金儲けをしているのだけれど、球児達の本音はどうなのか一度聞いてみたい気もする。案外「もう少し涼しい時期にやらせてくれよぉ〜」なんて思っているかも。

かつて、タカさんは「甲子園も貧乏たらしく古くて汚い屋根なし球場を建替えて、冷房完備のドーム球場にしたらどうだ」なんてこの欄で書いたことがあったけれど、意外や「伝統ある甲子園がドームになるなんて許せない」「あの暑い陽射しの中でやるからこそ、甲子園の高校野球はいいのであって、あれがドーム球場だったら甲子園じゃない」なんていう反論が多かったのに驚いたことがある。

高校球児は丸刈りが基本(別に大会規約にはなっていないようだが)とか、茶髪やピアス禁止なんていうのも一般の高校生やら、他の高校スポーツのことを考えれば変だし、長髪や剃り込み、ピアスの高校球児がいてもいいではないか、なんていうことも言ってみたことがあったがこれも賛同者は皆無であった。

高校野球だけが絵に描いた餅のアマチュアリズムを標榜しながら、実際は高校野球が商業主義の大きな波の中で運営されているという事実を隠すような体質が、「高校野球は丸刈り、ピアス禁止」といったちょっと時代離れした風潮を生んでいる。

西武の裏金騒動の時に高校野球だけが野球特待生を禁じているのは、他の高校スポーツではスカウトも特待生も大っぴらに認められているのに、変だという世論は結構盛り上がったと思うが、夏の甲子園がはじまれば結局元の木阿弥で「表面的なアマチュアらしさ」に皆が異様に固執している。(建前と実体が余りに違いすぎることを、野球関係者のみならず一般もよく知っているというのに)

ツタの絡まる甲子園球場がよくて、ドーム球場なんかへの建て替えは許さない!という阪神ファンがいてどうにもならないというなら、昼日中にやる高校野球はこの際、涼しい北海道で開催することにしてサッポロドーム辺りでやることにしたらどうだろう。これなら、熱中症続出なんていうこともないとは思うが。

まあ、そんなことを言おうものなら「夏の甲子園」が「夏のサッポロドーム」になっては丸で気分が出ない!なんていう人達に袋叩きにされそうだけれど。

(8/15/07 9:00pm S.T.)

 

2007年8月15日

お盆休み

通勤時間帯の混雑振りがウソのように電車が空いていて、いつもなら押し合いへし合いしている車内が、乗客全員が座っていけるほどになっているのもお盆休みの真っ盛りということなのだろう。

その割にはいつも乗っているバスが中々来ないなぁ〜と思っていたら「お盆の期間中は土日スケジュールで運転します」なんていう張り紙がされていた。おかげで20分は会社到着が遅れてしまった。

昼食に出てみるといつもの馴染みの店はことごとくお盆休み中で、開いているのはファミレスや、マックなどのファストフード店だけだ。コンビニも開いているからコンビニサンドイッチと牛乳とかおにぎりで済ませればまあどうということはないのだけれど。お盆のおかげで少しはダイエットになりそうだ。

オフィスも閑散としているのは夏休み中の人が多い所為だが、取引先企業も長期の夏休み休暇に入っているところや、大半が休暇中というところが多いようで、何しろ外から電話がかかってくることが少ない所為もある。

電話が鳴らないということがいかにオフィスを静にするか、あらためて気付いた。もっとも、電話に追われていさえすれば「仕事をしたような気に」なれるというところもあるけれど。

今年は記録的な猛暑が続いているのだとか。これだけ暑いと満員電車に揺られて会社に行き、クールビズとやらで冷房温度も随分高目に設定されているオフィスでしゃかりきに仕事をするのはかなり体に悪いかも。こういう時は取れるものなら、お盆休みを取るに越したことはないともいえるかもしれない。

もっとも、タカさんの家のように夫婦二人だけの暮らしとなれば、お盆休みには外にも出ないで家でクールビズ推進派が目を回すほどに冷房温度を下げてごろごろしていればよいけれど、夏休み中の子供を抱えたお父さん達はそうもいくまい。

家族はお父さんが夏休みをとってくれる日を心待ちしていたのだから、どれだけ暑かろうが、遊園地やらプールやらに家族を連れていかない訳にもいかない。

車で出かければ高速道路は大渋滞、子供がトイレに行きたがっても渋滞に巻き込まれれば高速ではにっちもさっちもいかない。プールも遊園地も大混雑で、入場料だの食事だのを考えれば大散財もあっという間だ。

電車で出かけたら出かけたで、帰りの電車では子供が疲れきって寝てしまいこれを抱いたりおぶったりすれば、子供の体温は高いからこちらも汗だくになってしまう。

しまいには、お互い疲れきっているから些細なことで夫婦げんかになってしまう。

行楽帰りの電車の中で、険悪ムードになっている子連れ夫婦のいかに多いことか。

まあ、そんなこんなを考えると、この猛暑をおしてでも出社した方がマシなんて考えるお父さんも世の中にはいるかもしれないけれど。

(8/14/07 10:00pm S.T.)

 

2007年8月10日

もうすぐお盆

来週13日から16日の間は旧盆だ。我家では例年お盆は旧暦でやっていので来週15日を中心にした数日は仏壇もお盆のお供えやら飾りつけをすることになる。

お盆提灯(余談だが、提灯と行灯の違いは何だろうか、昔から疑問に思っているのだが)や、お仏壇には真菰を張ってほおづきを吊るし、ナスとキュウリで作った牛馬などを備えて盆飾りをする。

我家ではお供えには果物(長持ちする所為なのかお盆のお供えというと例年ナシはかならずあるように記憶するが、あれも何か他に意味があるのだろうか)や花などを普段よりも多くして亡き人達の霊を迎えるようにしている。(お酒好きだった父母のために酒も欠かせない)

お墓が比較的自宅から近い地方では13日の日にお墓に霊を迎えに行くらしいが、お墓がそんなに近くではない我家では、13日の夕方に迎え火をたいて霊をお迎えするだけで済ませている。(東京では我家同様、迎え火だけというところが多いらしいが)

この迎え火もほうろくなんていう今はこんな時にしか使わない器の上におがらを並べてこれを焚き、おがらの煙が家の中に流れ入るようにして煙とともに霊に家の中に入ってもらうようにしている。迎え火を消すのにも蓮の葉を敷いて水を張った容器の中にナスを賽の目に切って浸し、その水をミソハギの小枝を使ってふり掛けるという何とも秘密めいた手順を取る。これなんかきっと、何か意味があるのだろうけれど、そんな意味も長年知らぬままにやっている。

伝統行事だとかしきたりなんていうものになじみが薄いままに育って今日まで来てしまったタカさんだけれども、父母そして長女を相次いで亡くした7年ほど前から、お盆のしきたりだけは随分と律儀に守ってきたような気がする。

それもこれも、一年に一度、遠いあの世のかなたから我々に会いに帰ってきてくれる亡き人を迎えるというお盆の行事が亡き人たちを静かに忍びたいという自分の気持ちにしっくりと合っているからかもしれない。

お盆には亡き人たちと会えるし、自分だって死んだ後にはお盆には家に戻ってくることが出来るのだと思うと、何だかほっとした気分になれる。こんな情緒ある行事を作ってくれた日本人の祖先に感謝したい気持ちになる。

ところで、何時だったかお坊さんに「お墓参りはするし、毎朝仏壇に手を合わせるし、いつもはお墓と仏壇のどちらに亡くなった人はいるのかと迷うのですが?」とちょっと理屈っぽい質問をしたことがある。坊さんの答えは「いつもはお墓の方にいらっしゃいますが、仏壇からは目に見えないワープホールがお墓につながっているようなものなので、仏壇にお参りをすればお墓にそしてあの世につながります」なんていうものだった。

そうだとすると、魂が三途の川を渡ってどうのこうのとか、「遠いあの世」とお墓の関係はどうなっているのか、なんていう疑問も湧いてくるし、そもそもお墓と仏壇がつながっているなら迎え火だの送り火なんか焚かないで、トンネルをくぐって瞬間移動してきてくれれば良さそうなものになんて思わないではない。

やっぱり死者の霊に年一回帰って来て貰うというお盆の行事が、死者の為の行事ではなく、我々生きている者のための行事だからこそこういうしきたりがあるのではないか、などとも思った。

(8/09/07 10:00pm S.T.) 

 

2007年8月3日

遅すぎる!

相撲は日本の伝統文化の一つであり、他の格闘技とは違ったものであることは本欄でも何度か書いてきたとおりだ。

相撲の起源が元々は神事の一つであったという点にまで遡る必要はないけれど、それでもいまでも「日本の心」とか「日本人の美意識」といった日本的な精神性をもった伝統的な部分を否定してしまっては相撲は商業的な見世物である他の格闘技と変わらなくなってしまう。

外国出身の力士たちに多くを頼らなければこの日本的な伝統競技の継承が難しくなっている現状は別段嘆くべきことではなく、相撲のそのような日本的で精神的な面を外国人力士たちにも十分理解してもらい、日本の伝統、日本の心を彼等にも理解し、尊敬してもらうようにすることで相撲を日本のみの特殊な文化としてではなく、日本発の世界スタンダードとしていけばよいのである。そういう展望に基づく努力を相撲に携わる全ての関係者、相撲を愛する人々に望みたいところである。

例えば柔道は確かに国際化したかもしれないが、体重別性などという本来の柔道の精神「柔よく剛を制す」の原則を捨てたことで、柔道はJudoという本来のものとは全く違うものになってしまった。一旦そうなってしまえば、カラー柔道着だろうが、異種格闘技との見世物興行だろうがなんでもオーケーだけれども、相撲が、タイツをはいてやるようなSumoという新しい格闘技にしたくないのなら、やはり相撲本来の礼儀作法、所作は大切にしてもらわなければならない。

それを何も朝青龍をはじめとする外国人力士に対してのみ望んでいるのではない。今一番相撲道に近いところにいる現役力士、そういう力士たちを育てる親方たちであり、相撲協会に対しても望みたいのだ。

今回の朝青龍の仮病疑惑に基づく厳しい処分についていえるのは、この不行跡の責任は相撲精神を無視した朝青龍一人に負わせて済む問題ではない。

度重なる無断でのモンゴル帰国、勝手な巡業や協会行事に対する無断欠席、目に余る稽古不足、本場所中の乱暴な振る舞い、横綱の品位にかける行動をとってきたのは朝青龍本人だが、長い間、そういった朝青龍の目に余る行為、相撲道を汚す行為に対し厳しい処分を課す事無く、せいぜいおざなりな「厳重注意」を出してきた相撲協会、そしてそういった協会からの注意を弟子である朝青龍に伝えることも、反省させることもできなかった高砂親方の責任は朝青龍本人と同じ位重い。

事務所経費不正とバンソウコウの赤城大臣を、選挙が大敗に終わってから漸く首にした安倍首相同様に、白鵬が横綱になり、琴光喜の大関昇進も決まって朝青龍に用がなくなった今やっと、漸く重い腰をあげて処分した相撲協会も、何しろやることが遅すぎる!

しかも、厳正処分とは言ってもこれは相撲協会が支配下の親方と横綱を叱ったというだけのことであり、いってみれば身内での帳尻あわせに過ぎない。

国の予算からの庇護を受けている、すなわち国民の税金を使っている相撲協会、そしてその支配下の親方や朝青龍自身は、国民、特に相撲を愛するファンに対しては、いまだにまったく詫びてはいない。

朝青龍の度重なる品位を欠いた行為によって又、最近の余りに乱れた土俵マナーの欠如によって愛する相撲を汚されたことを怒っている多くのファンに対して、朝青龍、高砂親方、北の湖理事長はあらためて雁首をそろえてファン謝罪をすべきではないだろうか。

(8/02/07 10:00pm S.T.)

 

2007年7月30日

梅雨明け宣言

今日(7月29日)、関東各地は猛暑に見舞われ東京都心でも32度を記録したという。いやあ、何しろ暑い!まさにこれこそ典型的な日本の夏の蒸し暑さではないかなんて恨めしく空を見上げていると3時すぎには、「一天にわかにかき曇り」ぽつぽつと雨が降り出した。神奈川の方では大雨、洪水警報まででたという。と、いうことはこの雨は、まさに真夏の夕立、熱帯で言えばスコールに相当する雨ではないか。

ところで東海地方までは27日に梅雨明け宣言が出たが関東地方はまだだそうだ。まだ梅雨明けしていないというからには、今日の雨は梅雨の雨ということなのだろうか?

理屈から言えば梅雨明け宣言前に降った雨なのだから、たとえそれがどんなに蒸し暑い真夏のような気温の日に降った夕立のような雨だとしても、しとしとと降り続く梅雨時の雨の変形というべきなのだろうが、どうも変だ〜〜?

そもそも気象庁がやっている梅雨明け宣言なるもの一体、あれは何なのだ? お役所である気象庁が、「梅雨入り宣言から梅雨明け宣言するまでが梅雨」と決めるなんて何だか変だ。

時計が午前0時を指せば、確かにそれが今日と翌日の分かれ目ではあるけれど、気象庁がこの日から夏です、あるいは秋ですと宣言したからといってそこから季節が変わる訳ではないように、気象庁の梅雨明け宣言なんかで気候の何かが変わるなんておかしい!

天気予報なら例えそれが当たらないにせよ、それなりに例えば明日の運動会の弁当を作るべきか、止めておくべきかの決断をしなければいけない弁当屋のようにそれを必要とする人間もいるかもしれないけれど、梅雨明け宣言は今日か明日かと待っている人間なんて世の中にいるものだろうか?

梅雨明け宣言があろうがなかろうが、梅雨時に梅雨時の雨のような雨が降ればそれは梅雨の雨だし、夏の時期に夕立やスコールのような雨が降ればそれはあくまでも夕立とか、驟雨というだけの話しだ。

たしか今年は梅雨入りが平年より10日ほど遅かったとさわがれた。しかし、梅雨に入ってからの雨量は、大型台風の所為もあって随分と多く、多分平年を大きく上回ったようだし、梅雨明け宣言がこの調子で8月にずれ込むとしてもそれは梅雨入りが遅かったのだから結局は「行って来いのチャラ」ではないか。別に異常気象でも地球温暖化の所為でもあるまい。

日本人の平均身長、平均体重、平均座高とぴったり同じなんていう人間は千人に一人もいないように、平均気温だの、梅雨入りや梅雨明けの時期が全て平年並みなんていう年は千年に一度だって来るものではない。天候なんて毎年、何かの記録が「気象庁始まって以来!」になっても別に驚くことではない。

要は、誰かさん達の口車に乗って、気象が異常だ!天候が異常だ!という話しに一々反応しない方がよいということではないだろうか。

少なくとも気象庁は来年から無用の梅雨入り宣言と、梅雨明け宣言は止めた方がよいと思うのだが。

(7/29/07 10:00pm S.T.)

 

2007年7月27日

縄文の人口

我々の祖先が未だ農耕を知らなかった縄文時代、大きな人口を支えるだけの生産力がなかったから日本の人口は縄文後期ですら20万人程度であったと推定されるのだとか。

その後日本の人口は、農業生産が行われはじめた弥生時代に徐々に増え始め、聖徳太子の時代には500万人を越えていたのだそうだ。

その後は、関が原の戦いのころで1200万人、明治維新で3300万人といった伸びを見せそれからわずか140年ほどで1億3000万人に達したという訳だ。

キリスト誕生の頃の世界人口は約400万人程度であったらしいが、それが今日既に66億人になっているという急激な伸びからすれば、日本の歴史的人口増加率はそれほどに高くはないということも言えるのだが。

一体、世界の人口はどこまで増え続けるのだろうか、自ら地球の人口扶養力には限界があるだろうから、そろそろ100億ぐらいで止まるだろうという説もないではないが、なにせ人口予測なんて天気予報同様にそれほど当る訳でもないことから考えれば、まあ何ともいえないだろう。

民間のシンクタンクである総合開発研究機構が最近発表した将来の日本の人口予測によると、今から500年後、日本の人口は15万人と、縄文時代の人口にまで落ちるというシミュレーションも成立つのだそうだ。

いかに狭いといわれる日本の国土でも15万人ではとても守り得ないだろうから、当然そのころには日本という国家が消滅し、スペインに侵略されて人口を90%も失ったインカ、アステカ、マヤの末裔、すなわち南米インディオのように、かつて日本国ともいわれた四つの島々には日本人以外の他民族が住み、日本人はインディオのように少数民族として細々と生きているのだろうか。

もっともいまから500年後の世界の全体人口だって、減っていることだってあり得るだろうから、一概に「世界人口は増えて、日本だけ人口が消滅間近」というシナリオが成立つとも限らない。

そんなことを考えているとわずか数十年後、自分達の受け取る年金は少子化が進むと危うくなる、程度の心配は、もう少し長い時間スパンで見れば、どうでも良いことのようにも思えてくる。

(7/26/07 10:00pm S.T.)

 

2007年7月20日

夢のプロジェクト

うろ覚えだけれども、バブル華やかなりし頃に、愛読している科学雑誌に「夢の巨大プロジェクト」の特集が出ていた。

アラビア半島に四つぐらいの巨大な(九州がすっぽり入ってしまうぐらいの大きさの)湖を掘り、そこにペルシャ湾やら紅海の水を引き込むとあの砂漠地帯の気候が変わり、適度な雨も降るようになり砂漠の半島が巨大穀倉地帯になるし、その四つの湖同士を運河で結べばアラビア半島を縦断する水運網もできるという一石二鳥のプロジェクトとか、大気圏にまで届く超高層タワーを作り、てっぺん辺りまで運び上げた資機材で宇宙船を作れば安全でコストも低く宇宙船を大量生産できるようになるからそのてっぺん辺りまでエレベーターで昇った乗客が宇宙船へ乗降すれば安全な宇宙旅行の大衆化が可能になる、なんていう本当に真面目に考えたのか、それとも冗談なのか分からないプロジェクトも随分あったように記憶する。

それらのプロジェクトの中には、海抜マイナス400メートルといわれる死海に地中海の水を落としこみ、その落差を利用した水力発電で中東の電力を賄おうというプロジェクトのように、イスラエル政府が、真剣に実現を研究しているといわれるプロジェクト(イスラエルには石油がないから、産油国アラブに囲まれたこの国にとっては電力の確保は喫緊の課題らしい)とか、北極の巨大氷山(東京都の面積とおなじぐらいの面積を持つ氷山がごろごろあるらしい)をタグボートでペルシャ湾まで引っ張ってきて浮かべておくとこの氷山から取れる真水によって10年ぐらいはアラビア周辺の水供給が賄えるようになるプロジェクト、地上500階建の超高層ビルなんていうのは、お金持ちアラブが現在本当に実現に向けて検討しているらしいから、満更、全てのプロジェクトが荒唐無稽という訳でもなかったのかもしれない。

そのプロジェクトの中で、日本でもできそうなプロジェクトが一つあって、それは日本を取り囲む海中に極細の光ケーブルを張りめぐらせ地上の太陽光を中深度の海底まで引き入れ海草を育成すれば海中に広大な海草林を出現し、海草が光合成によって海水に溶け込んでいる二酸化炭素から発生させる酸素を発生させることによって空気中の温暖化ガス濃度を下げ地球温暖化を防ごう、というプロジェクトだった。

なるほど光ファイバーなんてほんの少しの原料でもの凄い量ができるものだし、大量生産すれば随分とコストは安くなるだろう。海を使って海草を育てるという話なら、陸地面積は狭いが海に囲まれている日本にとっては持って来いのプロジェクトではないかなぁ〜なんて思ったものだった。

さて、先日、バイオエタノールがらみの話をある人から聞いていたら、バイオエタノールの原料としてとうもろこしなどの農作物を使うと、食糧問題とのバッティングを起こすが、エタノールを海草から作るというアイデアを農水省の関連団体が検討しているとのこと。

この構想によると、日本を取り巻く海面のわずか1%にのりの養殖のように網を浮かべ、昆布やホンダワラなどの海草を養殖、この海草からエタノールを生産すれば国内ガソリン消費の10%を賄う量のエタノールが生産可能だという。この構想に先の光ファイバーによる中深層での海水養殖のアイデアなどを加えれば、もっと大量の海草養殖も可能かもしれない。

確かに海草なら食糧とバッティングしないし国産エネルギーとしても海にかこまれた日本にとっては好都合とも思える。

もちろん、このエタノール生産は相当コストが嵩みそうではあるが、ひょっとしたら面白いかもしれないと、バイオエネルギーに関しては余り現実性を感じていなかったタカさんとしても、ぐぐっと来た次第。

夢のプロジェクトというやつは、実際に動き出すと変に役人が絡んだり、その利権も巡ってのどろどろの不正などが横行しがちだが(関西や中部の新空港建設なんかは、随分と色々な連中が捕まったりしたことを思い出す)、こうやってまだ夢のプロジェクトとして語っている内は、聞いているだけで人を楽しくさせるということは言えそうだ。

(7/19/07 10:00pm S.T.)

 

2007年7月17日

早明浦ダムはどうなった

あれは2-3週間前のことだっただろうか、各地では今年記録的な少雨で特に九州、四国地方では水源池が底をつきはじめており、今年の夏は未曾有の水不足が懸念されるとのニュースがマスコミではやし立てられていたのは。

エルニーニョ現象による海面の温度上昇の影響で年平均気温が数度上がり暖冬、極夏なのだと説明されていたのが昨年までの数年間だったけれど、うまい具合にこのエルニーニョ現象も解消したとの報にほっとしていた。しかも今年エルニーニョの反対に海面温度低下を招くといわれるラニーニャ現象が発生しているとの報もあったから、しめしめ今年の夏は涼しくて済むぞと暑いのが大嫌い(寒いのも大嫌いだが)なタカさんとしてはほくそ笑んでいたのに。

それがどうも、「地球温暖化」で折角世論を盛り上げたのに「ラニーニャ現象で涼しくなります」という話はどうにも都合がわるいとでもいうのだろうか突然、温暖化カルトの連中とマスコミが一緒になって「今年はラニーニャ現象もあって、夏は極暑となる」とのご宣託が出たのにはいささか戸惑ったものだ。

彼等のご宣託によれば、「地球温暖化による異常気象によって今年は極端に雨が少ないのだ、このまま地球温暖化が進めば日本も水不足の国になる、その兆候が今年の九州、四国の水不足だ!」ということになるらしかった。

確かに、四国のどこかにある早明浦ダムとやらの貯水量は20%ほどに減ってしまったという映像などを見せられ、「讃岐うどん店では、水不足に頭を痛めています!」なんていうアナウンサーの声を聞けば、「いやぁ〜、やっぱり地球温暖化って進んでいるのかも」なんていう気にもなってきたものだった。

しかし、その内に九州では集中豪雨が続くは、四国でも例年なみの雨が降り始めたという。そして先週末には大型の台風が豪雨をもたら土砂災害の恐れは出てくるは、あちこちで水が溢れて被害はでるは、の大騒ぎになった。

こうなってくると、散々、四国の水不足による讃岐うどん店の苦境を吹き込まれたタカさんとしては早明浦ダムの貯水量はどうなったのかと気になるところだけれど、大雨被害で大騒ぎしているマスコミには早明浦ダムのさの字も出てこない。そして今度は言うに事欠いて「巨大台風が大雨をもたらしたのは、地球温暖化の影響!」なんて言い出している。

ちょっと待ってよ! そもそもラニーニャって低気温を招くって昔言っていたよねぇ〜。異常渇水は温暖化の所為だっていっていたよねぇ〜。何でラニーニャが気温上昇を招き、温暖化が大雨を降らせるわけ?

エルニーニョだろうが、ラニーニャだろうが、記録的少雨だろうが、多雨だろうが、暑かろうが寒かろうが、何でもかんでも地球温暖化の所為、しかも温暖化は、全て人類が発生させている温暖化ガスの所為だ!なんていうカルト宗教のハルマゲドン説みたいなことを、一部のトンデモ科学者と、マスコミがはやし立てているだけではないか、なんていうことをちらっとでも言おうものなら、「環境に理解のないとんでもない奴!こういう奴がいるから地球は温暖化するのだ!」なんていって石でもぶつけられそうな最近の風潮もどうにかならないものか。

地球の自然という奴は偉大なメカニズムで、暑さも寒さも、少雨も多雨も結局大きなサイクルの中ではちゃんと帳尻を合わせているのだというガイア説の方が、ハルマゲドン説よりも真実っぽいような気もしてくる。

ちなみに、インターネットで調べてみたら、早明浦ダムの貯水量は既に100%に回復していた。それならそれで、マスコミもちゃんと「お騒がせしましたが、早明浦ダムはもう目一杯になりました。うどん屋さんも喜んでいます」位のニュースは流して欲しいものだ。

(7/16/07 10:00pm S.T.)

 

2007年7月13日

東洋人の女

映画「ダイハード4」を見た。1988年に「ダイハード」の第一作を見たときには、まさにハリウッドならではの迫力あるアクションが斬新で時代を一段も二段も上回っていただけに、うなったものだが、ハリウッドのアクション物は、その後どんどんとスケールアップしていったため、最近は多少のアクションでは驚かなくなっていた。

ダイハードの第二作も第三作も、十分に面白かったし迫力もあったけれど全体のアクションもののスケールが余りに大きくなってしまったこともあって、今一つ記憶にはのこらなかった。

しかし、この第四作には再び度肝を抜かれた。今回又、現在のハリウッド映画のレベルを数段上回っていて、度肝を抜かれるという言葉がぴったりかもしれない。

第一作に比べればこの18年間にCG技術も格段に進歩している所為もあって、実写とCGの区別がつきにくいから、特に破壊場面などの迫力は凄まじく全編リアルの実写かとみまごうばかりだ(そんな訳はないのだけれど)。

しかも、ごちゃごちゃとストーリーに時間を割き、愛だの酢だのこんにゃくだといったアクション映画にはどちらかというと不必要な場面とか、教訓的に考えさせるような部分を極端にカットし、ひたすらアクション、ひたすら破壊に徹した電気紙芝居的映画だから、エンターテイメント性は抜群だ。

今回のダイハードの大まかなストーリーは、全米のインフラシステムに破壊的なダメージを与えるサイバーテロをしかける一味に、ブルース・ウィルス演じるNY市警警部マクレーンと、サイバーおたくのさえないあんちゃんのコンビが果敢に挑戦するというもので、弱っちいけれどサイバーの知識においてはスーパーマンともいえるあんちゃんと、サイバー知識はどうも皆無らしいが、身体能力は抜群、不死身のウィルスの組み合わせが随所に笑いを提供している。

ボンド物以来、アクション物には、悪漢の側に一人は女性がいるというのがパターンだが。今回この「ダイハード4」でも、サイバーテロ集団のボスの愛人かつテロ集団幹部の役どころを一人の東洋系の女性がいる。

前身黒ずくめ、笑い顔を見せないクールな女なのだが、この東洋女、やたらめったら強いし、ちょっとやそっとダメージを与えても中々死なない。

美人ながら笑わない東洋女は、憎たらしいほどに強くてマクレーンともほぼ互角というのだから凄い。観客も「早くやられてしまえばいいのに!」という気持ちになってくる。しぶとい彼女も遂には主人公との壮絶な戦いの末に敗れるのだけれど、その場面では思わず場内から拍手が上がったほどだ。それだけこの東洋女を演じたベトナム系のマギーQの演技が良かったということなのだろうが。

ハリウッドのアクション映画ではダイハード4のように、悪役の女の役どころに、最近では中国や、韓国、ベトナム系の女性が使われている。かつての007などでは黒人女性や南米系といった有色人種の女性が多かったし、白人女性の悪役となれば以前はロシア系、すなわちスラブ系などが精々で、純粋にアーリア系などの白人女性が悪役に使われるケースは少なかったか、皆無だったような気がする。

戦争映画なら、ドイツやら日本人が悪役、スパイ映画ではかつてはロシア人、最近ならアラブ人が悪役をやっているのは白人社会のハリウッド映画なのだなぁ〜と思ったりもしたが、北朝鮮の映画では必ず日本人が悪役をやっているのと同じなのだろうか。

「ダイハード4」中々面白い映画だった。お暇な方は、是非観ておかれるようにお勧めします。

(7/12/07 10:00pm S.T.)

 

2007年7月9日

ふくよかな方が

先週末、ウン十年ぶりに高校時代の学年クラス会があって参加した。

タカさんの高校は男女共学で女性は学年の1/4程度だったから(フォークダンス〜古いねぇ〜の時などは、中々女の子と組になって踊るチャンスがなかた)クラス会に集まった約120人の約1/4は女性であった。

そういう女性の中には学年のマドンナだった女性やらタカさんが胸をときめかせた女性などもいて、まさにウン十年前の青春の胸のときめきが蘇り、実に楽しい会であったのだが。

このかつての(?)美人女子高校生たちだけれども、還暦も近いお歳となると正直言ってまあ間違いなく昔のはじけるような健康美は随分と失われ(!)、皆がいいおばさん(いや、見方によってはおばあさん)になっていたのが、タカさんもおじさん、いや、ジジイになっているのを棚に上げて、何だか妙に可笑しくて仕方なかった。

特に、女性はある程度歳をとると、痩せている、あるいは細身の人はいけませんねぇ〜。首には肉がないものだから、妙に筋張ってしまっているし、細い分だけ顔もたるんでしまい何だか随分としわが目立つ。女性は男のように禿げる訳ではないけれど、歳とともに髪の勢いがなくなるから、やせぎすな女性に限って髪の勢いが特になくなるのが早く、尚更老けて見える。

クラスの男の子の憧れの的だった美人といわれた女の子たちは、ほとんどの子が当時からちょっと細身、いや寧ろやせ気味だったから、この歳になると、昔の美人ほど、随分と老け込んだ感じに見えた。

中に何人か、太っている訳ではないけれど、すこしふくよかな感じの女性もいたけれど、こういう女性は今でも、とてもタカさんと同い年の女性とは思えないほど見かけ若々しかった。結局、女性の長い一生で見ると、多少ふくよかな方が、容色のトータル量は、痩せている女性より多いと思う。

それで、タカさんの結論なのだけれど、現代は痩せている女性がもてはやされると、女性達は思い込んでいて、痩身だとかダイエットだとかビリーズブートキャンプだなんていうのに熱心だけれども、世の男たちが細身の女性を美しいと思うかどうかは、はなはだ疑わしいし、そして、何しろ細身の女性ほど中年を過ぎると老け込みが早いということを考えると、余りに体重を気にしすぎる女性は多くの物を人生から失うのではないかということだ。

そもそも、細身の女性が美しいという価値観は、長い人類の歴史の中ではほんのつい最近出てきたもので、世界中で太古の昔からふくよかな女性が美しいとされてきた(平安時代の女性もお多福顔が美人と思われていたように、ふっくらした女性が美人だったし、浮世絵美人も日活青春映画時代の吉永小百合も最近の女性たちにくらべれば随分とふっくらしているではないか)。

いまでも、世界では暑い国(南アジア、南米、アフリカ)を中心に、太った女性が美人の第一条件だし、女性といえば皆、必死にダイエットに励み、あたかも栄養失調か、それとも回虫でもわいているのかと思わせるような細身が美人だといわれるようになったのは、ほんの最近のしかも日本だけの特殊な価値観ではないかと思う。

まあ、そんな訳だから、世の中年以上の女性たちには敢えて申し上げるけれど、多少、ふくよかな方が痩せているよりもずっといいですよ。

(7/8/07 10:00pm S.T.)  

 

2007年7月6日

ON砲を知らない世代

ベトナム戦争が終結したのが1975年、今から32年前である。ドイモイ政策という名経済開放政策により、この社会主義国の最近の経済発展は目覚ましく年率8-9%という高経済成長が続き、一人当たりGDPは630ドルと、まだタイの1/5に過ぎないが、ミャンマーやカンボジアよりははるかに高い。

経済発展もあってベトナムの人口は戦争終結時の約2倍、8300万人に達している。この総人口に占める戦後生まれの比率は既に60%を超えており、終戦時まだ幼児であった年代を含めた「戦争を知らない子供達」の人口比率は70%に達する。(これは、約30年前に起きたホメイニ革命を知らないイラン人の人口比率とほぼ同じだ)

ベトナムは「米帝国主義打倒!」のスローガンの下アメリカと戦ったが、現在ベトナム輸出相手国第一位はアメリカであってその関係は強まっている。

戦争を知らない世代にとって、豊かな国アメリカへの憧れは強く、又、音楽や映画、ファッションといったアメリカ文化はこの世代で人気は高い。(終戦後の日本、そして革命後のイランの若者たちも同じだ)

ベトナム戦争を知らないベトナム人がいるということは、あの戦争当時、開高健の「ベトナム戦記」を読み、岡村昭彦や沢田教一といった従軍カメラマンの戦争現場の写真を見ていたタカさんにしてみれば、ちょっと信じられない気もする。

考えてみれば、タカさんも「戦争を知らない」子供だ。戦争はそれを体験した世代にとって、語るには余りに苦い思い出ばかりがあった所為かもしれないが、親達の世代から、戦争の話を聞いた覚えはあまりない。かろうじて、文献などで先の戦争についての知識は多少あるから、「えっ! 日本がアメリカと戦争したことがあったの? それでどっちが勝ったの?」なんて仰天するようなことをいうタカさんより更に下の世代よりは、多少はマシといえるに過ぎない。

世代が違うことによって随分と認識がことなることなんて、なにも戦争にかぎらず数限りなくある。

先日、「二度も東京でオリンピックをやる必要なんかないのに!」なんて言う話をしていたら若い子が「えっ 東京でオリンピックやったことがあるんですか?」と言った時には随分とたまげたものだ。

そうそう、見るともなくNHKの「きよしとこの夜」を見ていたら、中尾ミエとグッチ祐三がソフトバンクの王監督の現役時代の話をしていたら、それを聞いたビッキーと氷川きよしが「えっ! 王さんて昔、巨人軍だったんですか?」と驚いていた。確かに彼等の世代に、ON砲だの、9連覇なんて言ったところで生まれる前の話なのだから知る訳がないのは当然かもしれない。二人とも王さんといえば、ずっと昔からダイエー、そしてソフトバンクの監督をやって来た人と思っていたのだとか。

まあ、そんなこんなを考えると、久間さんの「しょうがない」発言も、なぜけしからんのか、よく分からない世代なんていうのも結構多いのかもしれないな、とも思った。

(7/05/07 10:00pm S.T.)


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