シリア旅行記

8日目 パルミラからダマスカスへ移動後ダマスカス観光

 7時15分シャームパレスを出発する。かって隊商が通った道を通って草がまばらに生えているシリア砂漠を南下する。このあたりもリン鉱石を採った跡が続く。35kmほど走ったところでカッスル・アル・ヘイルというウマイヤ朝の城の跡を通過する。この城の宮殿はダマスカスの国立博物館にそのまま持っていき展示されている。シリアには36の城があるがほとんどがウマイヤ朝の城だという。 

 岩山を左右に見ながら不毛の地を走り、8時10分、映画に出たというバグダッドカフェーに到着、トイレ休憩をとる。中は売店になっていて貝や珊瑚の化石が置いてあった。この化石は近くの山から採れたというので、このあたりはかって海底だったのだ。

 
バグダッドカフェー          化石

 近くにベドウィンのテントと土の家が設置されていた。テントは男用の部屋、女用の部屋、共通の居間に分かれており、部屋の広さは8畳くらいあってじゅうたんが敷かれている。土の家も8畳くらいの広さがあり壁が白く塗られていて土とは思えないきれいな部屋だった。

 
ベドウィンのテント          内部
 
土の家          内部

 8時30分発、砂漠の中を走る。小さなオリーブの木がある畑が所々あるが砂漠の緑化を行っているのだ。アンチレバノン山脈の続きであるパルミラ山脈を前方に見ながら走る。9時15分ネバックの町を通過する。ホムスとダマスカスの間の町の1つでベドウィンは羊を売って食料を買う。この辺りには隼が多く棲んでいる。サウジアラビアの金持ちはハヤブサ狩をするのでハヤブサは1羽100万ポンドもするという。
 9時50分アブルードを通過する。この町にはキリスト教徒とイスラム教徒が半々で住んでいるという。この町でネアンデルタール人の骨が発掘されている。

 10時5分マルーラ村に到着した。この村ではイエス・キリストの時代に使われていたアラム語が今でも話されている。この付近では3つの村でアラム語が話されているが読み書きはできないという。周りの丘には洞穴がたくさん開いているが、迫害を受けたキリスト教徒が隠れ住んだ住居跡だという。


洞穴

 この村にある聖サルキス教会を見学する。4世紀にキリスト今日が公認になったときゼウス神殿だった場所に建てられたギリシャ正教の教会で、世界で最も古い教会の1つである。全室にある祭壇はかっての神殿にあったものを今でも使っており、ローマ時代に彫られていた動物の絵は消されている。中央の祭壇の周りの壁には最後の晩餐を描いた500年前のイコンのほか年代不詳の古いイコンが飾られている。左側には聖マリアに捧げた礼拝室がある。聖サルキスが殉死した10月7日にはレバノン、ヨルダンから大勢の巡礼が訪れる。


聖サルキス教会

 マルーラ村を出て3分ほど走ったところでバスを停めマルーラ村の遠景を眺める。山の上には聖サルキス教会のドームと尖塔が顔をのぞかせている。

 
マルーラ村          聖サルキス教会

 11時30分シリアの首都ダマスカスに到着した。ダマスカスはパラダ川のほとりにある人口400万人のオアシス都市で、ウマイヤ朝の時代に首都になりサラディーンの時代から繁栄していった。
 まず国立博物館を見学する。正面には朝シリア砂漠で通過したウマイヤ朝の遺跡カスル・アル・ハイルの宮殿がはめ込まれてある。

 
国立博物館                  宮殿

 館内はカメラ持込禁止であるが、庭には各地からの発掘品が飾られていて、これらは撮影できる。

  
庭の彫刻

 博物館はBC2世紀以前、BC2世紀からAD7世紀、AD7世紀以降のイスラムの時代の3つのセクションに分かれている。
 まず地中海側のウガリットで発掘されたフェニキアの遺跡の発掘品を見る。長さ10cmの粘土板が展示されていたが、この粘土板はBC14世紀のもので、全部で19,000枚も発掘され政治や交易のことが書かれている。そのほか、魚を突き刺す銛を持ったバール神の像、イシュタル神が彫られている象牙の角笛、スフィンクス、BC8000年の最古の土器などが展示されている。

 次にトルコとの国境近くのテル・フーエラン遺跡の発掘品が展示されている。この遺跡はエブラ遺跡の2倍の大きさで現在ドイツが調査中である。BC8世紀のアラム語で刻まれた石碑、BS3世紀からBC4世紀の動物の像のあるペンダントヘッドなどが並んでいる。
 
 マリ遺跡で発掘されたBC2700年のイシュタル神の像、「イクシャマガン」という政治家の像はコマックスというウールまたは羽でできたスカートをはき上半身裸の男の像で背中に名前が刻まれている。「オルニナ」という歌う女の像、中庭があり各セクションに分かれた住宅の模型などが目に付いた。

 イスラムのセクションではマラッカで見つかった陶器、パルミラのイザベラの墓から見つかったシルクが展示されていた。

 別棟には東からの攻撃を防ぐ防衛地としてBC300年に建設されたイラクの国境近くのドゥラ・エウロポリスから移設されたシナゴーグが展示されていた。壁や天井は見事なモザイクで埋められ、天井は50cm角の多数の絵で埋められている。壁画の一部外国に持ち出されたが、アブラハムがイサクを山に連れて行く場面など旧約聖書をテーマにしたモザイクが残っている。
 地下室にはイザベラの墓の近くにあったアレハイの地下墳墓が復元されていた。たくさんの石棺の前に付けられた故人の肖像が壁の装飾になり見事だった。

 そのほかローマ遺跡から出土した多数のビーナス像、ハマとボスラの間で見つかった2世紀の石棺にはトロイヤ戦争でアキレスがヘクターを刺し殺す場面の見事な彫刻があった。

 博物館を出てアル・カマというレストランに行く。部屋の中央で女の人がナンを焼いていた。お供えぐらいの大きさに丸めた小麦の団子を左右の手の間を行き来させているうちに直径30cmくらいの薄板になり、これをザルの底の上において形を整えてから鉄板の上に載せて焼いている。鮮やかな手さばきには感心した。 

 
ナンを焼く女性          メインディッシュ

 食後、旧市街を歩く。パラダ川のそばに行くと猛烈な悪臭がしてきた。見ると数十人の男が川底の清掃をしている。日本人が大勢いたが、日本人会が昔のきれいなパラダ川を取り戻そうと現地の人と協力して清掃作業をしているのだ。経済援助だけでなくこういったボランティア活動も大事なことだ。


パラダ川の清掃作業

 まずアゼム宮殿を見学する。この宮殿は1749年から1752年にかけてオスマントルコのダマスカス知事アサッド・パシャールアゼムが建てた宮殿で、込み入った彫刻の施された大きな木箱や銅製の大きな飾り皿が展示されている入り口を通り抜けると中庭に出て、左側に女性用の建物、右側に男性用の建物が建っている。女性用の建物のほうが大きいが、女性は外出できないので大きく造られているという。宮殿は民族博物館になっていて、神学校、楽器、結婚式、カフェ、知事が客をもてなした部屋、ハマムなどが展示されていた。

 
アゼム宮殿入り口         中庭 

 この後、ウマイヤドモスクに行く。モスク内は裸足にならなければならないが、女性はさらに身体を隠すためフードのついた灰色のマントをかぶらなければならず、ネズミ男のようになってしまう。まず、入口の近くにあるサラディーンの霊廟を見る。サラディーンは1138年に生まれ1174年から1193年までシリアとエジプトの王として活躍し、ダマスカスで亡くなった。軍隊を組織してエルサレムを十字軍から奪還したほか神学校を多く作ったことでも知られている。霊廟の中には古い木製の棺と、ドイツのウィリアム2世から贈られた大理石の棺が並んでいるが、遺体は木製の棺に収められていて、大理石の棺は空である。

 
ウマイヤドモスク入り口           ネズミ男に変身した女性

 ついで中庭に出る。中庭は大理石で敷きつめられた長さ122m、幅50mの広場でたくさんの鳩が飛んでいる。中庭の先には礼拝堂があり、建物の正面には7世紀に造られた黄金のモザイク「楽園」が光っている。「楽園」の前には水場がありお祈りに来た信者が身を清めている。

 
礼拝堂             黄金のモザイク

 中庭の右手には寄進された金銀の財宝を火事や盗難から守るため造られた宝物庫がある。盗賊の侵入を防ぐため柱の上に乗っている。モスクの左手には花嫁のミナレットと呼ばれる塔が見える。以前の教会の塔をそのまま使用している。このモスクにはこのほか最後の審判の時にイエスが降臨するというキリストのミナレットと西のミナレットがある。

 
宝物庫          花嫁のミナレット

 鳩の餌と糞をよけながら中庭を渡りモスクに入る。モスクは4世紀に造られた教会の跡に建てられ、現在の建物は12世紀のものである。内部は長さ157m、幅97mの広さがある。中央には鷲のドームと呼ばれる高さ45mの緑色のドームがある。緑色はイスラムでは楽園の色である。

 
礼拝堂内部          ドーム

 中央付近に洗礼者ヨハネの首が収められていると言われるガラス張りの霊廟がある。ヨハネはキリストに洗礼を行った人なのでイスラムの敵ではないかと思ったが、預言者としてイスラムでも敬われている。後ろには教会のステンドグラスが残っている。

 
ヨハネの霊廟      ステンドグラス

 ウマイヤドモスクを見た後はモスクの前にあるスーク・ハミディーエを歩く。このスークは600mの道に1200の店が並んでおり、入り口にはローマ時代のゼウス神殿の門が立っている。今日はイスラムの休日である金曜日なのでほとんどの店は閉まっているが、大賑わいの店が1軒あった。アイスクリーム店で子供より大人の男に人気があるのは意外だった。

  
スーク・ハミディーエ入り口             アイスクリーム店 

 市場を出てバスに向かう。途中、道端に馬上のサラディーンの像があった。


サラディーン像

 バスに乗りローマの列柱道路だった「まっすぐな道」を通って聖アナニウス教会にむかう。この教会は目の見えなくなったパウロを洗礼して目を見えるようにし、キリスト教に改宗させたアナニウスが住んでいた家が教会になったもので、1880年からは地下教会になった。

 
聖アナニアス教会入り口           祭壇

 壁には失明して落馬したパウロ、洗礼を受けるパウロ、籠に載ってダマスカスを脱出するパウロの絵がかかっている。

  
落馬したパウロ            洗礼を受けるパウロ            脱出するパウロ

 旧市街は城壁で囲まれており、7つの城門が残っている。その城門の1つ東門から外に出る。東門には十字軍を追い出した記念に造ったミナレットが立っている。


東門 

 城門の左手の歩道の脇に低い道があった。ローマ時代の道だという。年月の経過とともに少しずつ土が積もり今ではローマ時代より地面が4mも高くなってしまっている。


昔の道

 バスに乗り少し城門の左側に走ると柵に囲われた城門があった。パウロが籠にぶらさげられて脱出した門で聖パウロ門と呼ばれている。聖書の世界が身近に感じられる町だ。


 聖パウロ門

 17時55分シャームパレスホテルに到着した。ロビーが吹き抜けでたくさんの植物で装飾されていてなかなか雰囲気の良いホテルである。夕食は中華料理のレストランに行ったが、焼きソバはふやけているし、ほかの料理も味が物足りなく、いまいちだった。

 
シャームパレスホテル


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