レバノン旅行記

4日目 ビブロスを経てトリポリへ

 海岸通りがウォーキングの名所だというので5時に起きてウォーキングの練習に出かける。海の方向に歩いていくとホテルの角で銃を持った兵士が警戒していた。町の中は穏やかに見えるが、イスラエルに近いので寝ずの警戒をしているのだ。10分ほど歩くと海岸通りに出た。幅の広い遊歩道があり、まだ暗いのに大勢の人が歩いている。ジョッギングをしている人がいたので後ろについて全力で歩き、3kmほど歩くと遊歩道が切れたので引き返す。寒いと思ってウインドブレーカーを着たのだが、蒸し暑くて汗だくになってしまった。

 8時15分ホテル・メリディアンを出発、海岸を左手に見ながら北上する。中東第2の港ベイルート港を過ぎると埋め立て工事が盛んに行われている。10年後に来たらベイルートはずいぶん変わっていることだろう。やがてトンネルに入る。ここはレバノン山脈が海岸まで張り出しているところで、4月にはスキーと海水浴を同時に楽しめるという。 


ベイルート港 

 出発後30分ほどで水の枯れた川に出た。この川に沿ってメソポタミアとエジプトを結ぶ道があって当時番犬代わりに犬の像を置いていたことからこの川は犬の川と呼ばれている。エジプトのラムセスがガディッシュの戦いの際にここを通ったとき、石碑を建てたことがきっかけになって、ここを通る歴代の英雄たちが石碑を残すようになった。石碑の数は全部で21あり、最近のものでは2000年5月24日にイスラエルが撤退したことを示す石碑もある。

 
犬の川              石碑

 犬の川を発って海沿いに15分ほど走るとジェニイェの町に出た。内戦時にはベイルートの南側は激しい戦闘があったが、北側はあまり戦闘がなかったのでこの町はほとんど被害を受けていない。ここには港があり、内戦時にはベイルート港と空港が閉鎖されてしまったので、金持ちはこの港から海外に逃げたという。

 9時25分ビブロスの町に到着した。ビブロスは人口4万人で、フェニキア人はジュベエルと呼んでいた。ジュベとは泉、エルとはフェニキアの女神の名前である。7000年前に造られた町で、人が住み続けている町としては世界で1番古い町である。ここの港からレバノン杉とエジプトから運んできたパピルスをギリシャへ輸出していたが、ギリシャ人はパをバと発音したのでパピルスはバビルスとなりバイブルの語源になった。
 まずマロン派の教会を見学する。カトリックではキリストは神であると同時に人であると解釈しているが、マロン派はキリストは神のみであると解釈している。洗礼は教会の中で行うのが一般的であるが、この教会では入り口前のドームの下で行う。若い人はこの教会で結婚式を挙げるのが夢だという。教会の中は意外とシンプルでカソリックの教会のように聖画や彫刻で飾り立てられていない。

 
マロン派教会        洗礼のドーム


祭壇

 次いで十字軍の砦を見学する。この砦の石垣にもローマ時代の円柱の輪切りがはめこまれていた。魔除けにでも使っているのだろうか。

 
十字軍の砦                 城壁

 砦の屋上からフェニキアの住居跡などの遺跡が見える。一段高い部分が見えるが5000年前の神殿の跡で、美の神ベールが祀られていた。塔がたくさん立った神殿の跡もあるが空の神を祭ったオベリスク神殿で、エジプトの影響が見られるという。この遺跡は1925年から1975年にかけてフランスの考古学者によって発掘され、この上に立っていた30軒の民家は立ち退かされた。

 
神殿と住居跡              オベリスク神殿

 砦を出て遺跡の中を歩く。大きな泉の跡があり、このそばに町名の起源になった女神エルの神殿があった。


 海へ向かって歩いていくと10m近い深さの四角い竪穴があちこちに開いていた。フェニキアの王の墓で、竪穴の下部には横穴が掘られていてその中に石棺が収められていた。全部で21の墓が見つかっているが、盗掘されないで残ったのは3つだけだった。石棺にフェニキア文字の碑文が書かれているアヒラム王の墓が発見されたのはここである。

 
竪穴                石棺

 遺跡の片隅に小さなローマ劇場があった。元は別の場所にあったのだが、下にある遺跡を発掘するため移設された。


ローマ劇場

 次いで町の中を歩く。土産物屋に貝紫を採る貝が置いてあった。針のたくさんある変わった形をしていたが割高に思えたので買わなかった。

 
町の道                  貝

 この後海辺まで歩く。港があり、入り口に砦があるので古くから使われていたのだろう。ビーチのそばまで歩きバスに乗りこむ。

 
港                      ビーチ

 20分ほど走るとシッカの町を通過した。右手には砦の跡が見える。この町の近くでもレバノン山脈が海まで張り出していてトンネルがあった。トンネルを過ぎたところの上り坂でバスのエンジンを切ると自然に前に進んでいく。上り坂に見えたのは目の錯覚で実際は下り坂だったのだ。


砦跡

 さらに10分ほど走ってバスは右折し海沿いの道からガディッシュ渓谷に入る。この辺りにはオリーブ畑がたくさんあり、オリーブ油を使って石鹸が作られている。左手の崖に洞穴が見えたが、シリアから逃げてきたマロン派のキリスト教徒が潜んでいた跡で、崖の上にはマロン派の教会が建っている。


洞穴とマロン派教会

 この後、山の中に入って高度をどんどん上げていく。山には杉の木がたくさん生えているのでこれがレバノン杉かと思ったが、この木はブルーシダという種類であった。
 12時ハスルームの町の手前でバスを停めて景色を眺める。目の前には深い渓谷が左右180度にわたって横たわっている。かってこのあたりの山にはレバノン杉が生い茂っていたが、乱伐されて今は禿山になってしまった。


カディシャ渓谷 

 右手に広がるハスルームの町は、赤い屋根で石灰石造りの美しい家が並んでいることから「レバノン山脈の花」と言われている。対岸には詩人で画家のハリール・ジュブランの生誕地プシャーレの町が見える。ハリール・ジュブランは預言者という詩で名高いそうだ。10分ほどして出発、ハスルーム、ドシャーレの町を通過する。ドシャーレの町は1925年に聖人に列した聖テレーザの遺物がフランスから来たということで歓迎ムード一色であった。


ハスルームの町

 13時20分レバノン杉の森に到着した。標高は1900m以上ある。レバノン杉は高地でないと育たないのだ。早速森の中の道を歩く。レバノン杉は普通の杉とは異なり松に近い樹形で枝が横に長く張り出している。成長が遅く大きくなると1年に1cmしか伸びないという。最も古い木は樹齢3500年と言われている。この木の根元に立ったクリスティーヌさんが米粒のように見える。

  
レバノン杉の林                  樹齢3500年の杉とクリスティーヌさん

 遊歩道から車道に出るとここにもレバノン杉の巨木があった。ここで2番目の古木である。幹の回りが舗装され、毎日排気ガスを浴びているので心配になったが、交通量が少ないせいか今のところ元気で安心した。


道路脇の古木

 枝には松かさのような大きな実がついている。この実は土産物屋で売られていて、フィトンチッドを発散しているのか鼻を近づけるとすがすがしい香りがする。

 
レバノン杉の実

 14時35分からサバ・レストランで遅い昼食をとる。メニューはいつもの野菜の前菜とラムのミックスグリルであった。


サバ・レストラン
 
前菜           ミックスグリル

 レストランの付近の民家の外壁や畑の中には小さなお堂がある。どこの国でも地方の人は信仰心が深い。


小さなお堂

 15時50分発、1時間弱でトリポリに到着した。。トリとは3、ポリは都市を表し、BC9世紀にサイダ、ティルス、アルワの3都市がここで争ったのでこの名がつけられた。現在のトリポリは人口45万人、レバノン第2の都市でシーア派のイスラム教徒が多く住んでいる。フェニキア時代に造られた町であるが、14世紀のマムルーク朝の時代にすべて破壊されてしまい、14世紀以降の建物しか残っていない
 まず十字軍の砦を見る。入り口をくぐると広い中庭があり、ここから屋上に登る。

 


中庭

 屋上に四角い穴が開いていた。これは牢の入り口で、ここから捕虜を突き落とし、水も食べ物も与えないで死ぬまでほっておくのである。また別の牢には壁に突起が出ていた。ここに手を縛り付けて立たせたままにしておくのである。十字軍といっても残酷なことをするものである。

 
牢の入り口               牢

 城壁には弓を射るための細長い隙間が開けられている。城壁には下に穴の開いた囲いが張り出している。飾りのように見えるが、ここから城壁をよじ登ってくる敵へ煮えたぎった油を浴びせるのである

 
矢を射る窓           煮え油を浴びせる張り出し

 屋上からはトリポリの市街が一望できるが、緑が少なく雑然としていて眺めはイマイチだ。


トリポリ市街

 このあとスークに行き金製品、香水などの店が並ぶ通りを進んでいくと、大きなヘチマを売っている店があった。値段を聞くと1ドルだという。懐かしいので記念に買ったが、かさ張って後でしまうのに困った。オリーブ石鹸の売り場もあり、色のついた石鹸や彫刻した石鹸を売っていたが、オリーブ石鹸はシリアが本場だというので買わずに引き上げた。


スーク
 
ヘチマ          オリーブ石鹸

 2階に目隠しのついた窓のある家があった。女の人が顔を見られずに外を眺めるために造られたという。


窓の目隠し

 最後にハマムを見に行く。ハマムもローマ浴場と同様に冷水、ぬるま湯、熱い湯の3つの浴室からなっている。最初に入る冷水の部屋には中央に冷水を入れた水槽があり周りに椅子やテーブルが並んでいて浴室というより休憩所という感じである。冷水で身体を洗い、ぬるま湯、熱い湯と順繰りに入ったあと最後にまた冷水の部屋に来て椅子に腰掛けてお茶を飲んだり水タバコを吸ったりしてくつろぐのである。熱い湯の部屋の写真を撮ろうとしたらあっという間にレンズが曇ってしまった。

 
冷水入れ            ぬるい湯の部屋

冷水の部屋

 帰りがけに菓子屋によってトリポリの銘菓ハラウェット・エハシブンを食べて、19時5分ホテルのクォリティインに到着した。


クォリティイン

 夕食にはライスを葉で包んだとマハシいうレバノン料理が出た。


マハシ

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