ヨルダン旅行記

12日目 ペトラ遺跡観光

 いよいよ今日が待望のペトラ遺跡の観光である。ペトラとはギリシャ語で岩という意味で、遺跡の多くは岩を掘って造ってある。ここにはBC8〜9世紀にセーラ族が住んでいたが、BC5世紀にサウジアラビアから移動してきたベドウィンの一族ナバテア人が支配し都として栄えた。その後BC106年にローマ帝国のトライアヌスの支配下に入り、AD4世紀のビザンチン時代にキリスト教化された。その後イスラムの支配下になったが、AD769年の大地震で廃墟になり、12世紀の十字軍が要塞を築いた外は目立った動きはなく、その跡にベドウィンが住み着いていた。
 ベドウィンは外部の人との接触を拒んでいたので遺跡の存在はヨーロッパに知られていなかったが、1812年スイスの探検家ジョンブルグ・ハットがエブラハム・アブドゥという偽名を使ってこの地に入り遺跡を発見した。

 8時クラウンプラザを出発しホテル前の道を5分ほど歩くと遺跡の入場口に到着した。ここからシークの入り口まで1kmほど平坦な道が続いているが、足の弱い人は馬に乗るくこともできる。歩いていると客を届けた馬にベドウィンが乗って次々戻ってくる。中にはすごい速さで走っている馬もあり、なかなか格好良い。

 
入場口近くの遊歩道                 馬

 遊歩道をしばらく歩くと左手の崖に4つの尖塔をつけた2階建ての遺跡が見えてきた。オベリスク墳墓だ。かなり風化しているが、それでも初めて見る岩窟遺跡だけにペトラに来たのだという実感が湧いてくる。


オベリスク墳墓 

 10分ほど歩くと橋に出た。ここにはナバテア人が造ったダムがあり、1962年の洪水の際この近くでキャンプしたスペイン人23人が亡くなった。その後政府により修復されている。
 ここから先はシークと呼ばれる絶壁に挟まれた道を行く。絶壁の高さは60mから90mもありほぼ垂直に切り立っている。岩の色はいろいろ変化しているがこの岩は砂岩で含まれているミネラル分が異なるので色が変わるのだという。
 絶壁の5mくらいの高さのところに目障りな吊り金具がついていた。これは映画「インディジョーンズ 最後の聖戦」を撮影した際に照明の電源ケーブルを吊った金具だという。撮影が終われば当然原状に戻すべきだが、映画を撮影した記念として残してあるのだろうか。

 
シーク            ケーブル吊り

 道の一部にナバテア人が造った石畳が残っている。また道の脇にはローマ人が造った水路がある。


石畳と水路

 崖の下部にヒンズー教のリンガに似た棒状の物が彫られている。これはナバティア人の神、ドシャラ神の神体で、神を丸い棒で表していたという。シークの脇の谷にはナバテア人が造ったダムが2つある。

 
ドシャラ神の神体           ナバテア人のダム

 道の左側の崖の下部に洞穴と階段があった。生贄の神殿の跡でナバテア人の祭司がここで生贄の動物を殺して血をドシャラ神に捧げたという。さらに進むと左側に2頭のラクダを連れたナバテア人の像がある。像の上部は失われているが、腰に布を巻き、足にサンダル風の靴を履いているのがわかる。この像は土に埋まっていて5年前にアメリカの調査隊によって発見された。

 
生贄の神殿             ラクダとナバテア人の像

 細い曲がりくねった道を歩いていると突然前方にオレンジ色に輝く神殿が現れた。エルカズネだ。高さ41m、幅21mあり、アレタス3世と妻のシャキラットの墓として造られ、後に神殿になった。エルカズネとはアラビア語で宝物殿という意味で、ベドウィンは神殿の最上部にある大きな壷に宝が入っていると思い、宝をとろうと思ってライフルで銃撃したことからこう名付けられた。壷の前方は銃撃によって欠けている。 


エルカズネ

 この神殿はエジプト、シリア、ローマの様式が採り入れられており、壷の脇の屋根の上端には鷲の像がある。当時鷲は魂を天に運ぶと考えられていた。中央のコリント式の柱の間にはエジプトのイシス神が彫られており、左右にはアマゾネスが彫られている。神殿の両側の壁には足場の穴がはたくさん彫られている。


エルカズネ2階

 シークを抜けると広場に出る。ここにも神殿が並んでいる。ペトラ遺跡の岩は柔らかい砂岩で容易に彫れるので神殿が600もあるという。

 
シーク出口付近           神殿群

 この広場の隅に壷絵をつくる工房があり、往きに注文すると帰りまでにローマ字かアラビア文字の名前の入った壷絵を作ってくれる。値段は大きさと模様により異なり1個5ドルから30ドルくらいである。記念のため5ドルの壷を注文する。 


砂絵の壷

 この付近にはたくさんの墳墓がある。岩窟墳墓群で金のない人は遺体を集団で埋葬していたという。この付近には駱駝を連れたベドウィンがいて観光客にラクダに乗らないかと誘ってくる。ペトラで営業行為をしているのは以前ペトラに住んでいたベドウィンだけで、彼らはここを立ち退く条件としてペトラ内の営業権を獲得した。


岩窟墳墓群と客待ちのラクダ

 さらに5分ほど歩くと左手に劇場があった。3000人収容でき、ナバテア人が造った劇場をローマ人が広げたものである。生贄の祭壇があるのでナバテア人は神聖な行事のために使ったと考えられる。正面のステージはローマ時代に造られた。オーケストラにはベドウィンがテントを張っていた跡が残っている。


ローマ劇場

 さらに進むとローマ人の街に出た。AD749年の地震で崩れ、目下スペイン、イギリス、フランスの調査隊が発掘作業中であるが、まだ30%しか進んでなく、今でも新しい発見があるという。最近イギリス隊はAD6世紀の教会跡からモザイクと200巻の皮の巻物を発掘した。
 列柱のある石畳の道が残っているが、石畳に用いられている石灰岩はヨルダン東部から運んできたという。列柱道路の前方にはラクダ型の岩が見える。

 
列柱道路           ラクダ岩

 列柱通りの端には凱旋門が立っている。門柱の上部には花が彫られている。

 
凱旋門            門の飾り

 凱旋門の斜め左側にはカスール アル ビントがある。后の神殿という意味でナバテア人がドシャラ神を祀った神殿である。 


カスール アル ビント

 フォーラムと呼ばれる一帯にあるレストランでトイレ休憩をとった後、エドディルへ向かう。険しい岩山の間の道だが、階段がつけられていて歩きやすい。途中で脇道に曲がり2分ほど歩くと風化した岩窟遺跡の前に出た。特別な儀式に使われた神殿で、入り口に2頭のライオンの像が彫られているのでライオンの墳墓と呼ばれている。

 
遊歩道             ライオンの墳墓

 再び下の道に戻り坂道をどんどん登っていく。振り返ると先ほど通ったローマ遺跡などが谷の先に見える。


フォーラム方面の眺め

 階段は全部で700〜800段あるが、トレーニングのつもりで一気に登ったら30分ほどで大きな神殿の前に出た。エドディルだ。幅50m、高さ40mあり、2階の塔の頂部には3本の縦の棒と円の模様の繰り返しがあるが、これはナバテア様式の特徴という。

 
エドディル        中央の塔の頂部
 
エドディル内部

 フォーラムのレストランに戻って昼食をとった後は自由行動になった。まず、レストランの隣にある博物館に入る。入場無料で皿、壷、人形などの土器、貴石の首飾り、石の人体像などが展示されていた。このあとトゥルクマニアの墓へ行ってみようとしたが道がわからない。それらしき方向に向かって足跡をたどっていくと洞穴の前に出たが、案内板がないのでトゥルクマニアの墓かどうかわからなかった。
 列柱道路に戻り、この道路の先の丘にある王家の墓を見るために坂を登る。


王家の墓

 一番左側には大きな墓があり、宮殿墳墓と呼ばれている。その右の墓にはコリント式の柱が彫られているのでコリント式墳墓と呼ばれている。

 
宮殿の墓          コリント式墳墓

 コリント式墳墓の右には壁が美しい色で染まった墓があり、シルク墳墓と呼ばれている。この辺りでは女の人や子供が土産物を売っているがここまで登って来る人は少ないし、来ても誰も相手をしないので何日も座っていても1つも売れないのではないかと思うほどである。コインを並べていたので見るとボタンや鍵まで一緒に置いてあった。

 
シルク墳墓             コイン

 一番右側の墓は高い位置に造られており、壷が見つかったことから壷型墳墓と呼ばれている。脇にある階段を登って墓の前のテラスに出ることができる。


壷型墳墓

 テラスからはフォーラムやエドディルのある岩山の景色が素晴らしい。


テラスからの展望

 墓の内部は正方形の広い部屋で、壁や天井が機械で削り直されていて岩肌が美しい模様を描いている。まさに自然の芸術作品だ。

 
墓室            天井の模様

 遺跡はほかにもたくさんあるし時間も余裕があるが、エドディルの坂道を全力で登ったのがきいたのかひどく疲れたので、寄り道をしないで引き上げる。来るときはたいした距離とは思わなかったシークや入り口までの遊歩道がひどく長く思われ、ラクダに乗りたくなってしまった。 


客待ちのラクダ 

 シークの岩にはところどころ草が生えている。土がほとんどなく、乾燥している場所なのに葉が生き生きしているのは不思議だ。

 

 15時50分クラウンプラザに到着、風呂に入ってベッドに横になったら、起き上がるのがいやになってしまった。夕食の時間が着たので無理してレストランに出かけると中尾さんが日本から持ってきたソーメンを作ってくれたので一気に元気が出て、後でビュッフェの料理を食べるというのに残らず食べてしまった。


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