ヨルダン旅行記
11日目 アカバ湾、ワディラム観光後ペトラへ
朝食前にウォーキングをする。海辺の道を歩こうと思ったが、海岸沿いは私有地になっていて道路がなく、仕方がないので海岸から離れた道を30分ほど歩いて引き返す。まだ時間が早いのに大きな白っぽい岩を5,6個載せたトレーラーがつぎつぎと走っていく。砂漠で採った石灰岩を都会に運んでいるのだ。
8時半ホテル発、20分ほど歩き観光船の港からグラスボートに乗って湾内を巡る。アカバ湾は紅海の先端にあるが、水は青く透き通っている。船底のガラスから下を覗くと海底には戦車や難破船などの残骸が見え、周りに色とりどりの熱帯魚が泳いでいる。
アカバ湾の海岸 グラスボート
対岸には白い建物が密集しているのが見える。夕べ灯が見えたイスラエルの町エイラートである。アカバ湾ではエジプト、イスラエル、ヨルダン、サウジアラビアの領土が数kmの間隔で並んでいる。
エイラートの町
船の脇を水しぶきが走った。よく見ると小さな魚が群れになって飛び跳ねながら泳いでいるのだ。水中には珊瑚礁があり、ウニやイソギンチャクの間を熱帯魚が泳ぎまわっている。珊瑚の上に石のように見える魚がじっとしていた。小魚が上を通るのを待っていて来たら一気に飲み込んでしまうのだろう。珊瑚の中には赤紫色のものがある。沖合いにはこの珊瑚がたくさんあって水が赤く見えるので紅海という名が付いたという。
跳ねる小魚 珊瑚礁
橙色の熱帯魚 獲物を待つ魚
やがて対岸に上部が斜になった白いビルが見えてきた。エジプトのホテルでこのホテルを基点として左側がエジプト領、右側がイスラエル領になる。
エジプトのホテル
船を下りたところに砦があった。14世紀に建てられた砦でローレンスがアカバを攻略したあと、軍事拠点としていた。ホテルにもどる途中商店街を通った。食品店に死海の塩が置いてあったので値段を聞くと浴用の塩は1kg2ドル、食用の塩は450gで1ドルだった。日本では1kg3,000円で売られているので重くなるがお土産用に買った。
アカバ砦 商店街
12時30分ホテルアカバガルフを出発する。すれ違うトラックのナンバープレートには青いものと緑色のものがあるが、青いものはイラクのトラックでアカバ湾まで石油を運んでいるのだ。この石油はシリアやエジプトへ輸出されている。
やがてバスは山の中の道に入る。山肌に緑色の縞が見える。豊富に含まれているミネラル分が地震などの際凝縮したもので、この岩を研究したオランダ人の地質学者ダイクスにちなんでダイクスと呼ばれている。このあたりの山からは大理石や花崗岩が採掘されている。
緑色の縞のある山肌
山道を抜けるとバスは砂漠の中の道に入る。左手に線路があり貨物列車が石油やリン鉱石をアカバまで運んでいる。さらに進むとベドウィンのテントがあり、そばでラクダが放牧されていた。
貨物列車 放牧のラクダ
地面が熱せられて上昇気流ができているのだろう、山の麓には竜巻が発生していた。
砂漠の中にあるホテルのレストランに入り昼食をとる。ここはベドウィンのテント生地を使ったテントがあり、その下でベドウィンの服装をした従業員が給仕する。彼らの外見は怖そうに見えるが、なかなか人懐こい。
キャンプホテル レストラン
食事中に民族音楽の演奏とデッカというベドウィンの踊りが始まった。クードゥーという楽器で日本の琵琶に良く似た形をしている。この楽器がシルクロードを通って中国に伝わり、さらに日本にも伝わったのだろう。ただ、音色や演奏は日本の琵琶とは大きく異なり、フラメンコギターに良く似た弾き方と音であった。フラメンコギターもこちらから伝わっていったのかも知れない。
クードゥー ベドウィンの踊り
14時50分発、砂漠の中の道を走る。10分ほどすると左手に割れ目のある山が見えてきた。柱が7つ立っているように見えるのでアラビアのロレンスが書いた「7つの誓いの山」にちなんでロレンス山と呼ばれている。
砂漠の道路 ロレンス山
ロレンス山を過ぎて10分ほどでワディラム・ツーリスト・インに到着した。ワディ・ラムとは高い谷という意味で、高い山に挟まれた幅5kmの渓谷が25km続いている。「月の谷」とも呼ばれているが、この方がぴったりする風景である。このあたりにロレンスは長く滞在しベドウィンを訓練を行っていた。ツーリストインの裏手には一番高いラム山(海抜1754m)がそびえている。このあたりの山は下部が花崗岩、上部が砂岩でできている。ツーリストインの近くにはベドウィンの子供が大勢いて、ラクダに乗る客を待っている。座るとき地面につくので、ラクダの前足の付け根や腹の下はタコのようになっている。
ラム山 客待ちのラクダ
ツーリストインからは4輪駆動のトラックの荷台に置かれたベンチに座って砂地の上を進む。15分ほど走たところで崖の下に停まる。この崖の中腹にロレンスの映画の撮影に使われた泉があり、源泉のそばには木が生えている。近くの岩にはサムディア人が書いた碑文が残っている。
ロレンスの泉 ナバテア人の碑文
再びトラックに乗って先に進む。砂が深くなり1台のトラックがスタックしてしまい、タイヤの空気を抜いて切り抜ける。右手にはベドウィンのテントが見える。このあたりに住んでいるのはベドウィンだけだ。
砂漠の道 ベドウィンのテント
25分ほどでガザフ渓谷に到着した。赤い山の肌が雨で浸食されてデコレーションケーキにチョコレートをかけたように見えるのでチョコレートケーキと呼ばれている。
赤い山 チョコレートケーキ
カザソ渓谷は2つの山の間にある狭い渓谷でここを隊商が休憩所として使っていた。
カザソ渓谷
谷の壁には隊商たちが彫った岩絵が残っている。BC3世紀からAD3世紀にかけて彫られたものだという。
岩絵
狭い谷の底に丸い穴が開いていた。かって水が流れていたとき石が回転して穴をうがったのだろう。
丸い穴
足下の岩に丸い穴がたくさん開いている。地質調査をした跡だという。この穴は外にも目立つところにあちこちあったが遺跡なのだから岩陰などに開けてもらいたいものである。
地質調査の跡
来た道をワディラム・ツーリスト・インまで戻り休憩した後、17時に出発、18時30分にペトラのクラウン・プラザ・リゾートに到着した。ホテルはペトラの遺跡のすぐ近くにあり、客室の窓からは遺跡と反対側の山が見えるが、ここにもたくさんの洞穴が削られている。
クラウン・プラザ・リゾート 客室からの眺め