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作成日:2000年10月15日 |
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改訂日:2001年 3月 7日 |
| 伊能忠敬記念館蔵 重要文化財 |
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| 伊能忠敬遺書并遺品 目録 全八十五点、うち二点は省略 |
全85点、うち2点は省略 |
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『伊能忠敬記念館(昭和五十三年佐原市)』及び『伊能忠敬遺書並 |
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遺品目録(編著:佐久間達夫)』より伊能忠敬研究会史料室で編集。 |
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| 第一部
著書 |
第一部 著書 |
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| 大部分は根気よい観測や計算の結果を記したものであり、まとまった論文といえば「仏国歴象編斥妾」ぐらいといってよい。 |
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| 1. 山島方位記
自筆 自寛政十二年至文化十二年
六十七冊 |
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諸町村から遠望される目だった山頂、島嶼、岬、天守閣等の方位を精密に測定したデータの記録。導線法による距離と方位の誤差 |
| を修正するために、測線上の約六万箇所から交会法によって測定した方位が記入されている。 |
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| 2. 諸国測量地図北極高度井東西度 自筆
一冊 |
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諸国のおもな地点の緯度差から、地図上の南北の寸法を、また経度差(これはこの表には記入されていない)から東西地点の寸法を |
| 計算したもの。 |
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| 3. 文化五年四国、大和地測量・文化七年九州之一部測量、東西南北距離記 自筆
一冊 |
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指定番号2と同じで、それぞれの地点と江戸原点との経緯度差から地図上の東西・南北の長さを計算している。 |
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| 4. 北極高度測量記 自筆 享和二年
一冊 |
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測量中に、各地点で観測した諸恒星の視高度を、江戸黒江町で観測した視高度と対照して、その地点の緯度を算定した表。もとは |
| 数十冊もあったらしいが、享和二年のものが一部残っているだけである。江戸時代は、星座や星の名前は中国のものを用いていたので、 |
| この記録も中国の「三垣(セイ)二十八宿」に分類した星の名前で、その高さが記されている。 |
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| 5. 享和三年癸亥諸国沿海測量行程 自筆
一冊 |
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享和3年に測量した沼津、江尻、糸魚川、佐渡、長岡など、それぞれの宿駅間の道程を記録したものである。 |
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| 6. 北極高四十度之地冬夏至昼夜時刻 自筆
一冊 |
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北極高度40度の地点における冬至と夏至の昼夜時刻を記したものである。 |
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| 7. 一里六分図東西之経度并自北極下国直円経差 自筆
一冊 |
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これまでの経緯線の記入法を修正し、緯線を曲線で描き、各経緯線ができるだけ直交するような新しい投影法を考案した。そして |
| 一里を六分の割合で表し、北緯二十九―四十四度の各緯線と、これと交わる各経線の描き方の計算を試みたもの。文化十二年ごろに |
| 行った。これは地図として描かれるまでには至らないで終った。 |
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| 8. 国郡昼夜時刻 上下
自筆稿本
二冊 |
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24節気について5日毎に本邦各地における太陽の出没時刻、及び昼夜の時間を計算して表にしたものである。 |
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| 9. 国郡昼夜時刻
自筆清書本
一冊 |
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日本諸地点の太陽出没時刻と昼夜の時間を、各季節につき、球面三角法によって五日ごとに計算したもの。 |
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| 指定番号8の内容を清書したものである。 |
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| 10. 国々居城陣屋附 自筆
一冊 |
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| 測線沿道の大小名の、その居城、陣屋などの所在地を列記したもの。 |
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| 11. 黄赤経緯互推法 上下 自筆
二冊 |
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| 諸恒星の高度と赤経、赤緯の換算法を述べ、次に諸恒星の黄赤経緯度、歳差を計算した表。 |
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| 12. 太陽在交所図解 自筆 一冊 |
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| 黄道と白道(月の軌道)との交点の関係、およびそれが日月食に及ぼす影響を図解したもの。 |
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| 13. 交食推歩数 自筆 文政二年八月 十二点一袋 |
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文政6年十二月16日、月帯食、京師之数。 ・ 文政7年6月、朔食、東都立算。 |
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文政8年10つき6日夜、月食、佐原・東都の数。 ・ 文政4年2月朔日、日食、東都之数。 |
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| 14. 恒星経緯表 自筆 寛政九年所当
一冊 |
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| (暦元、寛政丁巳所当、歳差、星府) |
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| 15. 恒星経緯表 自筆 文化七年
一冊 |
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| (文化7年所応、赤道緯度実測、推歩赤道緯度、推歩赤道経度) |
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| 16. 恒星表 自筆
文化十年応
一冊 |
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| (文化10年応、赤道緯度実測、推歩赤道緯度、推歩赤道経度) |
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***指定番号13、14、15、16は、それぞれの年における赤緯実測値と儀象考成の数値から推算した赤緯、赤経値を記したものである。*** |
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| 17. 恒星南北視高度、太陽黄赤経緯度
自筆
享和三年二月
一冊 |
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| 恒星について、南北視高度、並びに太陽黄赤経緯度を記したものである。 |
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| 18. 対数表紀源術并用法 自筆
一冊 |
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| 安島直円が案出した対数算出法によって、諸数の対数を小数点以下十位まで計算した一覧表である。 |
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| 19. 地球測遠術問答 自筆
一冊 |
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| 地球面上における測量に対する三角法の応用につき、間重富と往復した諸文書。 |
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| 20. 仏国暦象編斥妾 自筆稿本
一冊 |
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| 仏教天文学の唱導者であった釈円通の著書である仏国暦象編の内容について、忠敬が各章毎に、自己の知識や全国測量から得た資料 |
| を基にして誤記のあることを述べたものである。特に、巻二の「西洋に定める所の地球経緯之里数甚非を論ず」の章では、忠敬が全国測量を |
| するまでの経過や十次の測量のようす、子午線1度の長さの決定に至るまでの過程などが詳しく記され、オランダ、フランス等西洋で定めてい |
| る地球経緯度の長さがまちがいであることを指摘している。 |
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| 21. 文化十四年丁丑為仮元 自筆
一冊 |
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文化14年を仮元にする為の用数(日周、度法、周天度、歳周、気策、候策、土曜策、太陽最卑毎日平行、朔周、月閏など)が記されている。 |
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| 22. 雑録 子午線一度長計算其他
自筆
一冊 |
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| この中には、次の5点が記されている。 |
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| ・ 享和元年に測量した資料を基にした子午線1度の長さの計算。 |
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| ・ 享和元年に測量した江戸と野辺地間の諸地点の東西距離。 |
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| ・ 享和2年に測量した沿道各地間の里程。 |
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| ・
享和2年に測量した江戸と白川間の測量資料による子午線1度の長さの計算。忠敬の歩間。 |
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| ・ 享保2年2月の望月食観測録。 |
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| 23. 測量雑書 辰弐 自筆
一冊 |
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| 垂搖球儀のかけなおしの日時と太陽心中、織女大星、火星の時計数が記してある。 |
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| 第二部
測量図 |
第二部 測量図 |
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| 24.
沿海地図 (中図)
三幅 |
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陸奥・出羽(上)、東海道・北陸道・東山道(中)、蝦夷地(下)これは文化元年(一八0四)に上呈したもので、蝦夷地から東日本へ |
| かけての全図である。 |
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| 25.
東海道歴紀州中国到越前沿海図 (中図)
上下二幅 |
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| 文化四年(一八0七)上呈図のなかの中図である。 |
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| 26.
歴尾州赴北国到奥州沿海の一部(関東南部、大図)
一幅 |
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| 27.
琵琶湖図
二幅 |
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| 28.
安芸国厳島図
一幅 |
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| 29.
天橋立図
一幅 |
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| 30.
八丈島并属小島沿海図
一舗 |
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| 31.
大島沿海図
一舗 |
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| 32.
利島沿海図
一舗 |
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| 33.
三宅島沿海図
一舗 |
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| 34.
御蔵島沿海図
一舗 |
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| 35.
新島沿海図附式根島地内島
一舗 |
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| 36.
神津島沿海図
一舗 |
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| 37.
寛政十二年測量小図 自江戸至蝦夷西別 一舗 |
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| 最初の上呈図の一つである。蝦夷地南岸はよく描かれている。 |
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| 38.
自豆州加茂郡吉佐美沿海図(大図) 一舗 |
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| 至相州足柄下郡小田原宿 |
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| 39.
歴尾州赴北国到奥州沿海図(大図)
三十舗 |
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| 40.
奥州街道図(大図)
十三舗 |
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| 41.
自江戸至奥州沿海図(大図)
十七舗 |
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| 42.
自白川至出羽国図(大図)
五舗 |
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| 43.
自高崎三国街道図(大図)
二舗 |
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| 44.
気賀街道図(大図)
二舗 |
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| 45.
河州若井群西郡村 (首))(大図)
二舗 |
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| 至和州式上郡吉陰村 |
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| 46.
和州式上郡吉陰村 (尾)
二舗 |
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| 至勢州一志郡市場村 |
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| 48.
東海道四国大嶋等下書
六枚 |
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| 49.
佐渡国沿海全図(大図)
一舗 |
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| 50.
寛政十二年 実測図(北部二、南部一)(中図)
三舗 |
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| 享和元年 |
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第三部 日記・書簡 |
第三部 日記・書簡 |
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| 52.
測量日記(沿海日記)
自寛政十二年二月至文化十三年四月
二十八冊 |
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寛政十二年(一八00)二月十五日、蝦夷地測量に関する幕府との交渉から書き出し、文化十一年の九州第二次測量までの二十六冊は |
| 忠敬先生自身が清書したもの。文化十二―十三年の伊豆七島方面のもの二冊は測量隊員の筆になり、結局、伊能測量隊の日記として、 |
| 欠けたところがない貴重な資料である。なお第一冊には「蝦夷干役志、啓行策略」、「蝦夷御用集録」、第二冊には「蝦夷干役志」、第三冊 |
| には「啓行策略」の名がそれぞつけられているが、第三冊には「沿海日記」の名も付記されている。そして第四〜第十三冊までは「沿海日 |
| 記」、第十四〜第二十六冊は「測量日記」、第二十七〜第二十八冊は「量地日記」と表題がつけられている。 |
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| 53.
伊能忠敬先生日記(江戸日記を含む) 自寛政十二年四月至文化十四年二月 五十一冊 |
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測量日記の稿本。江戸滞在中の日記には、毎日の天候、来客、自分の行動などが記されている。 |
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| 54. 奥州紀行
自安永七年五月至六月
一冊 |
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忠敬が34才のときに、妻達(みち)と従者2人を連れて奥州の塩釜・松島へ観光旅行に行ったときの紀行文である。日記には、各駅宿間 |
| の公称里程や人馬駄賃が記されている。又、参詣した寺社の縁起、石碑などに刻まれていた古歌なども丹念に記載されている。 |
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| 55. 関西旅行記 寛政五年
一冊 |
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| 前者は夫人と同伴で奥州松島へ旅行したとき、後者は伊勢神宮から京阪神方面へ旅行したときの紀行文。宿駅間の里程や山島の方位 |
| を記入したところもあって、早くから測量に関心があったことを示す。 |
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| 56. 大和寺社霊宝目録 一冊 |
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| 大和の国にある寺社の縁起や宝物などを記したものである。 |
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| 57. 偶記
一冊 |
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忠敬が、9月10日(年代不詳)に佐原を出立して江戸へ行ったときに、途中で月や風景を見て作った歌が7首記されているものである。 |
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| 58. 書籍目録
一冊 |
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| 忠敬先生が江戸へ出る以前の蔵書目録で、長男の敬景が作ったもの。 |
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| 59. 伊能忠敬筆書簡 二十五巻 |
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おもに景敬(三郎右衛門)、長女稲(剃髪して妙薫)、お里て(長男景敬の妻)にあてて、自分の近況を知らせたり、こまかい指示を与えて |
| いるものが多い。 |
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| 60. 贈間宮倫宗序
一幅 |
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忠敬が、文化8年11月25日に第2回の九州測量に旅立つ日に、江戸深川の富岡八幡宮へ見送りに来た間宮林蔵に贈った惜別の言葉 |
| である。 |
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第四部
遺品 |
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| 61. 象限儀 大中小
三個 |
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天体の高度を測り、それによって諸地点の緯度を算出するときに使われた。又、坂の勾配を測るときや星の動きから正確な南北の位置 |
| を求めるときにも使われた。先輩の間重富が霊台儀象志その他の記述から考案したものである。 |
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| 62. 垂揺球儀
一箇 |
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秒程度の単位で時刻を測定する振子時計である。星や太陽の南中時刻などを測定した。霊台儀象志の図から示唆を得て、間重富が設 |
| 計したといわれる。 |
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| 63. 半円方位盤
一箇 |
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| 半円形の方位盤で、運搬や使用を簡便にするために考案した方位を測る道具である。本器は、度盛を施した半円形の真ちゅう盤、磁石 |
| を装置した盆箱、それに視準器の3つの部分からできている。 |
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| 64. 測触定分儀 一箇 |
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日月食の食分を測定する道具である。望遠鏡の焦点部に装置して日月食の食分を測定するので、交食前より太陽の運動を追従し、その |
| 影像を常に望遠鏡の中の八角形縦横線上に正中させなければならないので、これを使用するには高度の技術を必要とした。 |
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| 65. 量程車
一箇 |
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車輪を回転させて、その回転数によって距離を算出する道具である。第二次測量の三島宿以後の測量に使われたが、当時の海岸や街 |
| 道はおうとつが激しかったので測定値に誤差がでたので、あまり使われなかった。 |
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| 66. 弯か羅鍼(杖先方位) 一箇 |
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使用に簡便なように巧に作られた小方位盤である。杖の先に方位盤を取りつけた形をしているので、杖先方位盤ともいった。円形をした |
| 羅針盤の基底には円周を360等分して1度毎に分割線が刻んである。方位は12支で示してあり、左まわりに記してある。方位を測定する |
| ときは、始めに目盛の子極(北極)に磁針の北極が一致するようにらしん盤を廻し、その上で目標物の方向に視準器をあわせ、方位を読み |
| とる。 |
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| 67. 羅鍼
一箇 |
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磁石のことで、方位盤の磁針として使われた。針の形は、扁平状のもの、独鈷状のもの、柿種状のものなど、いろいろあった。忠敬は、 |
| 方位の測定に狂いが生じないように、軸受に水晶を用いたものを使用した。 |
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| 68. 渾天儀
一箇 |
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もとは天体の位置を測定する器具であったが、江戸時代の後期には太陽と月の動きを説明する器具として利用された。 |
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| 69. 中星儀
一箇 |
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俗にいう星座早見盤で、円盤の表裏に中国流の星座が木版で印刷され、南中のようすがわかるようになっている。忠敬先生が使ったか |
| どうかはわからない。 |
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| 70. 観星鏡(望遠鏡) 大、小
二箇 |
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| 日月食や木星とその衛星との交食・俺蔽時刻等の天体観測に使用した器具である。 |
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| 71. ゾンガラス(サングラス)
二箇 |
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太陽の明るさを暗くするフィルターで、子午線儀で太陽の南中時刻を測定するとき等に使われた。日本では、天明年間に麻田剛立の弟 |
| 子であった山本彦九郎が、ガラスに油を燃やしてすすを付着させて作ったのが始まりといわれている。 |
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| 72. 地図用具
一箱 |
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| 記念館には烏口と点線器がある。いずれも距離、方位、天体観測の資料を基にして地図を作成するときに使われた道具である。 |
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| 73. 携帯用磁石
一箇 |
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| 全国測量のときに携帯して使用した磁石である。 |
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| 74. 忠敬先生が用いた尺(折衷尺) 大小(真鍮製)
二箇 |
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種々のものさしがつかわれていたが、距離測定や地図作成に困乱が起きるので忠敬は享保尺と又四郎尺を基にして、折衷尺を作らせた。 |
| 測量器具の長さの検定に使用した。 |
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| 75. 算盤 大小
二箇 |
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| 記念館にある算盤(2個)は、両方とも枠は木製で、珠は一方は木製、他の方は磁器で作られている。 |
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| 76. 組立机
一箇 |
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| 机は全国測量のときに使用した。運搬に便利なように、抽出付の両脚は取り外しが出来るようになっていて、一方は棚付となっている。 |
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| 77. 宿泊木札 一枚 |
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| 測量隊が幕府御用であることを知らせるために、宿泊所であった本陣や脇本陣の入口に掲げたものである。 |
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| 78. 御用旗
一本 |
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| 宿泊木札と同じように、測量が幕府御用であることを知らせるために測量先で携帯して歩いたものである。 |
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| 79. 扇
一握 |
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| 扇の表面には日本略図、裏面には中国の略図が印刷してある。 |
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| 80. 伊能忠敬画像 久保木清淵賛
一幅 |
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| 絹本着色の坐像で、第六次七次測量に同行した青木勝次郎(勝雄)が描いたものであるといわれている。 |
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| 81. 家訓書 忠敬自筆
一幅 |
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| 忠敬が隠居して出府する前の寛政3年に、作成して長男・景敬に与えたものといわれている。 |
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| 82. 伊能忠敬名乗
宝暦十二年仲冬佳辰林怒
一通 |
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宝暦11年12月8日に、忠敬が伊能家へ婿養子に入るときに、神保・伊能両家の親戚に当り、当主が江戸の昌平校へ入門し、林大学頭 |
| の門下生であった南中村の平山藤右衛門李忠が林大学頭鳳谷に依頼して選名してもらったものである。 |
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| 83. 伊能景敬書簡
三巻 |
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| 忠敬の長男・景敬が、江戸の隠居宅にいた父忠敬宛に佐原のようすなどをしたためた書状である。 |
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| 84.
高
二巻 |
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江戸の天文方であった高橋景保が、第二次九州測量の旅先にいる伊能忠敬と坂部貞兵衛宛に、測量に関する指示や忠敬の佐原宅の |
| ようすなどをしたためた書状である。 |
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| 85. 江川太郎左衛門以下諸家書簡
四巻 |
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