昭和20年、すぎやまこういち先生が中学生の頃、太平洋戦争が終結しました。
日本は戦火のつめ跡が大きく残り、苦しい時代でした。

音楽が聴きたくてもレコ−ドなどがない為に聴けない時代でしたが、すぎやま先生のご両親は、家に残っていた結城紬の反物と物々交換でベ−ト−ベンの交響曲6番、7番、そしてバイオリンのクロイツェル・ソナタを収録したレコ−ドを手に入れてきてくれたそうです。

すぎやま先生は高校2年生までの間にレコ−ドはこれしかなかった為に、この3曲を繰り返し、それこそ狂ったようにお聴きになったそうです。
そう、先生は以前こうおっしゃっていました。

今この歳になってまた「田園」を耳にすると、その時の感動したときの心の動きとか、体験がまざまざと思い出されるというか、自分の気持ちがその中学2年だった時の自分にパッともどってしまうんですね」 
(詳しくは「音楽は心のタイムマシ−ンです!」をどうぞ!)

多くの人は、「すぎやま先生は、きっと小さい頃からたくさんのクラシック音楽を聴いてきたはず」と感じられるでしょう。
しかし、高校生になるまでこの3曲しか聴くことができなかった、ということが実は現在の大作曲家すぎやまこういちを作ることになったのです。

当時は音楽は蓄音機で聴く時代でした。
また、戦争の影響で日本には鉄が不足し、レコ−ドの針は竹を鋭くしたものでした。
しかし当然、竹の針では聴こえる音に限界がありました。

すぎやま先生が手に入れられたベ−ト−ベンのレコ−ドでは、コントラバスの発する低音部が全く聴こえなかったそうです。
そこで、すぎやま少年はいろいろ工夫をされました。
木でできたみかん箱を持ってきて、その上に蓄音機を置いて音を増強させてみたり、また逆に、みかん箱の中に蓄音機を置いて音を反響させてみたり、懸命になって何とかコントラバスの音を聴こうとされたそうです。

しかし、うまくはいきませんでした。
そこで、すぎやま少年はお父様が手に入れてきてくださったというベ−ト−ベンの交響曲第6番のスコアを見て、なんとコントラバスのパ−トを自分の声で歌って補っていたそうです
レコ−ドからは、出だしの部分で、ラシ(♭)レド−シ(♭)ラソド、ファソラシ(♭)ラソ−−♪と第一ヴァイオリンの華やかなメロディ−が聴こえてくるところで、すぎやま少年は低い声で「ファ−−−、ド−、ファ−−−−、ファラソ−ファ♪」という具合にスコアを見ながら歌って、コントラバスのパ−トを自分の口で演奏されたそうです。

このようにいろいろ工夫をなさって、毎日、毎日繰り返しレコ−ドを聴いては低音部を自分で歌っていた為に、すぎやま少年はこのコントラバスによる低音部を完璧に暗記してしまいました。

現在でもすぎやまこういち先生は、この「田園」のコントラバスのパ−トをすべて暗記されているそうです。
そうして知らず知らずの間に、すぎやま先生はこの暗記によって作曲にあたって最も大切な「バス進行」の極意を身につけられたそうです。

バス進行というのは、作曲するにあたって最も大切な要素で、「西洋音楽はつまるところ伴奏(バス)の上にメロディがある」という形に集約されるわけですが、その基本をすぎやま先生は当時のレコ−ドによって身につけられたわけです。

そして大学に入ってから、「古典和声学」という本を買われて、読んでみるといろいろ詳しい解説が書いてあったそうです。
それを「ふむふむ、なるほど」と読まれていたわけですが、その本の中に練習問題があって、最初に出てくる例題は「このハ−モニ−進行にバスをつけなさい」というもので、要は適切な伴奏を譜面に書き加えなさい、という問題ですが、すぎやま先生は「ベ−ト−ベンならこうする!」っていう感覚が身についていらっしゃったので絶対に正解になったということです。

すぎやまこういち先生は以前、「作曲するにあたって、バス進行はメロディと一緒に自然と頭の中に流れてくるんです」とおっしゃっていました。
例として、ドラゴンクエストIVの街の曲のメロディを軽く歌ってくださり、そして同時にバスの進行を口で「バンッ、バンッ、バンッ・・・・」という風に段々下がっていく様子を歌って下さったことがあります。


それにしても、すぎやまこういち先生がお作りになられる曲がベ−ト−ベンやバッハに劣らず素晴らしいのは、すぎやま先生が若い頃にクラシック音楽の基本を独学できちんとしっかり身に付けられたということが大きな要因だと思います。

今でも、すぎやまこういち先生はよく、こうおっしゃっています。
僕は特に作曲の先生に付いて勉強したわけではないから、強いていえば僕の先生はベ−ト−ベンなんです

僕自身もすぎやまこういち先生がいらっしゃらなかったら、こんなにまで音楽を愛することができなかったと本当に思うので、「僕の音楽の先生はすぎやまこういち先生しかいない!」と思っています。




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ベ−ト−ベン:交響曲第6番「田園」について