今回は、すぎやまこういち先生の出身校である成蹊高等学校についてお話しましょう。

東京・武蔵野の閑静な住宅街にある成蹊学園。
小学校・中学校・高等学校・大学が1つの広いキャンパス内に配置されています。

すぎやまこういち先生は高校時代をこの成蹊学園で過ごされました。

当時の成蹊学園はいわゆる「おぼっちゃま学校」。
広い正門から高校の入り口までは長い並木道があるのですが、以前僕が成蹊学園を訪れた時も「あぁ、すぎやま先生はこの道を通られていたのかぁ」としみじみ感じたことがあります。

実は僕も高校受験の時に、この成蹊高校を受験しました。(ちゃんと合格しましたよ〜 ^^!)
受験科目に筆記試験と面接試験があったのですが、面接の前に自分で調書を作成しました。

その中に「本校を志望した理由について」という項目があったのですが、僕はそこに「すぎやまこういち先生の出身校だから!」と書きました。
・・・・・・そうしたら受かっちゃった!!!

本当にすぎやま先生のおかげ(+自分の少しの努力)で受かったようなものです!
そのことを以前すぎやま先生にお話したことがあります。
 みぎ− :「本当に先生のおかげで合格できたんですよ!」
 先生   :「イヤイヤ・・・・」

まぁこれは先生にしても「そんなこと言われてもなぁ・・・・」って思われたかもしれませんね・・・・(苦笑)

でも僕はこの成蹊高校には進学しませんでした。
理由は成蹊大学には医学部がなかったからというだけですが・・・・
将来、絶対に医師になりたいと思っていたので、他の高校へ進学しました。

ただ、成蹊学園の校風はすごく好きです。
都会にありながら、とても落ち着いた雰囲気のある学校です。

僕が高校で成蹊を受験した際にもらったパンフレットに「成蹊」の持つ意味が書いてあります。
「成蹊」という名は、司馬遷が「李将軍列伝」(史記)において李廣の人物を述べるため引用した桃李不言下自成蹊(桃李もの言わざれども下おのづから蹊を成す)という諺から採ったものです。
意味は「桃や李(すもも)は、口に出してものを言うわけではないが、美しい花やおいしい実があるから自然と人がやって来て、そこに小道(蹊)ができる。つまり、桃や李は、人格のある人のたとえで、そういう徳行のある人には、その徳を慕って人々が集まってくる」ということです。

まさしく、すぎやま先生はここでいう「桃」や「李」のような方です!
すぎやま先生のお人柄、そして先生の作品に惹かれて多くの若者が先生を慕っているわけですから!
すぎやま先生は成蹊学園に進まれてよかったなぁ!
僕も成蹊に進学しておけばよかったかも・・・・・と今さらながら思います。

成蹊学園の学生服は学習院の制服のようなチャックで開閉するタイプの、いかにもおぼっちゃまらしい制服なのですが、すぎやま先生は在学中に一度もその制服を着なかったそうです。
「お金がなかったから・・・」だそうですが、学校からはよく注意されていたようです。(笑)

また、すぎやま先生はこの高校時代に音楽部を作られて、ある人物と出会うことになります。
その話は、また別の章で(こちらをどうぞ!)・・・・

というわけで、すぎやまこういち先生の高校時代についてのお話でした!




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先生の母校・成蹊高校について