DISKの思い出 其ノ一
タイトルのdiskとは、T.エジソンの発明による録音再生技術(フォノグラフ)円筒型からE.ベル
リーナによって改良されて、(グラモフォン)平円盤”DISK”になり、さまざまな技術改良によって、
SP盤(ラッパ管吹き込み→電気録音)からLP盤(モノラル録音→ステレオ録音)を経て、現在の
CD盤(アナログ録音→デジタル録音)に至る所謂レコードのことで、このディスクを通して今まで私
が関係し、出会ったレコード音楽に就いての思い出を記るしてみたいと思います。
衝撃的な5.15事件の翌年、東京は大森の久が原に私は生まれた。軍国主義、経済恐慌
等、時代の暗さには、幸い幼い私は頓着なく、平和で暖かみのある家庭と家族の中で生活
していた。そんな我が家の応接間から、ときおり洩れてくる美しい音楽に興味を覚える様
になったのは、小学生になる直前の頃だろうか。当時父と兄がレコードの蒐集をしていて、
それをテレフンケンの電気蓄音器(チコンキ)で、日曜日等によく聴いていたので、それが
聞こえていたのであった。その中で幼いなりに特に好きな曲があり、それを度々ねだって
リクエストしていたのだが、これはモーツァルトの「セレナーデ」だよと聞かされていた。そし
てこれが私とディスクとの初端(ショッパナ)の出逢いだったのです。
後年にこの盤を調べてみると、Wolfgang Amadeus
Mozart作曲の
”Eine Kleine Nachtmusik in G KV525で、演奏はBruno
Walter指揮、Winner Philharmoniker
と判明した。この私にとってレコード音楽体験の原点に当たるものは、以後今日に至るまで、
モーツァルト*ワルター*ウィーン・フィルと三位一体の神の如き存在となり、私の音楽鑑賞
の美的な好みを決定したものとして、忘れる事が出来ない。
このレコードに就いて、音楽評論家でワルター研究者、宇野功芳氏の書から引用したい。
「ワルターが録音したあらゆるモーツァルトの最高傑作。これほどまでに美しいと、もはや批評
する気も起こらない。ただただ陶酔するのみである。優美、典雅、上品、ロマンティックな情感
など、何万語を費やそうとも、これ一曲だけでワルターの名前は不滅である。もちろんこれには
ウィーン・フィルの、情緒がしたたり落ちるような音色が力となっていることは疑いない、それに
輪をかけるのがムジークフェライン・ザールの長い残響であり、ロバート・マーシュが<ウィーン
の心地よい店の泡立ちクリームのような楽しさ>と書いたが、それ以上であろう。」
まさにこの言葉どおりのことを私も感じた。この様に最高のレコード音楽に、最初に接し得たこと
は、私にとってとても幸いであった。現在このレコードは、LPの復刻盤で聴くことが出来るが、SP
盤の感激を再現することは出来ない。
此の曲は名曲中の名曲なので、現在のカタログにも80種以上収載されていて、その中で10種類
位私は持っているが、しばしば取り出して聴いているのは、コレギウム・アウレウム合唱団と、ホグ
ウッド指揮*エンジェント室内管弦楽団による、古楽器のアンサンブルの演奏したものが多い。
ワルターも最晩年アメリカに於いて、ステレオ録音を残してくれたが、シンフォニックすぎて此の曲
の愉快感を味わえないのが残念である。
東京には小学4年の夏迄いた。近所に池上本門寺や、文士村で名高い馬込などがあった久が原
のその頃は、田や畑、森も小川もある田園地帯だったので、終日トンボやザリガニ捕りなど遊び呆
けていたが、雨の日は家の中で私専用の手巻き箱型の蓄音器で、3匹の子豚や白雪姫の絵の画
いてある童謡の輸入レコードや、森の水車、トイ・シンフォニー等を聴いていた。しかし応接間の電
蓄には触れることは禁止されていたので、家人の留守に入り込んで、当時新品だったらしいピカピ
カの電蓄の木肌のぬくもりにそっと触れ、ニスの香りに酔った。その電蓄と並んでヴィクトローラー
8-30通称クレデンザと言う本箱程もある、大きな手巻きの蓄音器があった。
つづく
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