| 私がニューヨークに行くことがほぼ内定したのは今年(注:2003年)の初秋。実は今年の3月に東京で英語読上算大会が行われ、読上算部門と読上暗算部門の優勝者が、この大会の運営をされており、NPO国際文化交流協会の理事長である鈴木功二先生とともに海外での珠算の普及のための研修旅行を行うということであった。その大会の読上算部門で優勝した高柳恵利加さんと、読上暗算部門で優勝させていただいた私が、11月6日〜11日にかけてニューヨークに行くことが決まったのである。 ここで簡単に引率の先生および参加者を紹介しておきます。引率の鈴木功二先生を始め、サンライズの読者の方々なら誰でもご存知の高柳和之先生、そして高柳先生の長女にあたり、英語読上算で見事優勝された高柳恵利加さん、鈴木功二先生の妹にあたる金枝右子さん、金枝右子さんの娘にあたり、ツアーコンダクターの資格を取得しておられる金枝絵里さん、神奈川県で珠算教室を経営しておられる高橋敏子先生および土屋明美先生、と私の合計8名である。 私は海外に行くのは今回が始めてである。そのため当然不安もある。旅先でパスポートを無くしてしまわないだろうか。スリにあったりしないだろうか。飛行機であの噂のエコノミークラス症候群にかかったりしないだろうか、そもそも私の英語は通じるのだろうか・・・などなどである。しかし、出発日が近づくにつれてそういう不安よりも、初の海外旅行、そしてニューヨークに対する期待の方が大きくなっていった。 ■11月5日。出発日の前日。しかし大阪を出発するのは今日。その日は夜東京の友達の家に泊まることにしていた。別に6日の朝に大阪を出ても悪くはなかったのだが、このごろの自分の生活のリズムが非常に乱れており、東京に6日の13時に到着するためには朝早く起きなければならず、それが少々自信無かったのである。どういう生活のリズムであったかというと、昼過ぎに起き、気がついたら夜も更けており、眠れないから深夜1時か2時くらいからソロバンの練習をし、終わるとおなかがすくのでコンビニで買ったおでんとビールで一杯やり、朝刊を読んでから寝るという感じで、全く誉められたものではない。私の実家では当然許されない行動である。 その日は夜遅く友達の家に着き、向こうの時差に慣れるために(?)徹夜で「信長の野望」といういかにも日本っぽいゲームをやり、1時間くらいしか寝ていない。自分としては飛行機が離陸する時にちょうど眠たくなればよいと考えていたので、あまり寝ないほうがいいかという感じでした。ちなみにこの友達は、私の高校の同級生であり、珠算1級を持っており、子供の頃は私と珠算大会で張り合っていたこともあるため、珠算の大会等で東京方面に行く折にはかなりお世話になっています。中学では野球部のエースで市の大会で優勝したこともあります。ちなみに西武ファンでアンチ巨人です。 ■11月6日。いよいよ初めて日本から出ることになる。前日あまり寝ていないためいかにもテンションが低い。11時に友達の家を出て、13時過ぎに東京発の成田エクスプレスに乗車。そこで鈴木先生と合流し、様々な説明を受ける。1時間後、成田空港に到着。成田市付近は今まで都会だと勝手に思っていたが、以外にも田畑が多い地域だった。空港で、金枝さん親子、そして高橋先生、土屋先生と合流。全員で様々な手続きを受ける。鈴木先生は何回も海外に行っているためさすがに慣れている。私は初めてであるため、ただ人の後をついていくだけであった。荷物検査(機内に持ち込まない荷物)で、スーツケースの中の物が何か引っ掛かってしまったらしい。中を開けて確かめられたが何とか大丈夫だったみたいだ。海外線は国内線と違って非常にチェックが厳しいんだなぁ。その後、ボディチェックと手荷物検査(機内に持ち込む方)等を行い、搭乗ゲートへ向かう。そして17時40分、コンチネンタル航空008便で、成田空港を出発した。もちろん前日は寝てないため、飛行機の中では機内食を食べる時間以外、ほとんど寝ておりました。おかげでヒマを持て余すことはなかったです。機内食で特に珍しい物といえば、キッシュというオムレツを扇形に熱く焼いて中に肉とかマッシュルームとかはさんでいて、かなりおいしかった物がありました。そうそう、私が寝ている間に小さいカップラーメンが出てきたらしく、私はそれをもらい忘れてしまい、近くにいた土屋先生がわざわざ外国人の客室乗務員さんに頼んでもらってきてくれました。先生、ホンマにありがとうございますっ。 ■11月6日(ニューヨーク時間)16時過ぎにニューアーク国際空港に到着。到着後、日本人が初めて英会話を試されるといってもいい、税関が待ち受けている。さすがにかなり緊張したが、キレイなおねえさんで、英語も聞き取りやすく、無難に受け答えすることができた。さすがに私のファーストネームである"SEIJI"を、「シージ」と言われたときには、最初何のことを言っているのかと思って戸惑ったが向こうが間違いに気づいて言い直してくれたらしい。その後、バスで1時間くらいかけて、私たちが泊まる、「ホテル・ペンシルベニア」に到着。ロビーは非常にキレイだったが、日本のホテルと比べて部屋の方は今ひとつ。タオルと石鹸とシャンプーはあるが、日本のホテルと違って歯みがきセットはない。家から歯ブラシと歯磨き粉を持っていってよかった。お風呂のシャワーも昔タイプの感じで要するに今の手に持って動かすシャワーではなく、壁に固定されているのである。ホテル自体が良く言えば伝統があるため仕方ないのかな。そして一番困ったのは暖房だ。私の腕時計には温度計がついているのであるが、室温が30℃を超えており暑い暑い。しかもどうやったら暖房を弱くしたりスイッチをOFFにできるのかわからない。同じ部屋の鈴木先生といろいろやってみたが、結局わからなかった。 小休憩のあと、6人で夕食のため近くのレストランへ向かう。タクシーを待っている間、私たちより2時間ほど先に到着し、同じホテルに泊まっている高柳先生と娘の恵利加さんとばったり会い、挨拶を交わし、夜の練習のお願いをした。しかしなかなかタクシーに乗車できない。日本ではタクシーの方がなかなか客をつかまえられないのに、こっちでは客がなかなかタクシーをつかまえることができないらしい。やっとこさタクシーに乗車して驚いたことがもう一つ。初乗りがたったの2ドル!チップを入れても3ドルだ。日本円だと330円くらいの計算になる。これは安い。大阪のタクシーの半額や!こんなに安かったらタクシーを待つために人が並ぶのもムリはない。だから白タク(法外な金額を取るタクシー)が出没するんだろう。その安さを日本のタクシーにも分けてもらいたいものである。ウチから新大阪駅(約10キロ)までは3000円以上かかった。ニューヨークなら同じ距離を10ドルくらいで行けるんじゃないだろうか? そしてレストランに到着。私が食べたのはTボーンステーキ。アメリカに来たらまずステーキを食べたかった。焼き具合はレア。かなりサイズは大きかったが、空腹感もすごかったので、完食できた。しかし、メニューには写真を入れて欲しいなぁ。そこは日本のレストランの方が優れていると思った。その後、高柳先生の部屋でおもに読上種目(日本語・英語両方)を中心に練習した。高柳先生はさすがに速く、しかも非常に聞き取りやすい。その後、夜遅くまでいろいろと話をし、部屋に戻った。すぐに寝ようと思ったが、飛行機で寝すぎたのか、部屋が暑すぎたのか、眠れそうにないと思い、1時間ほど練習をし、寝たのは午前4時くらい。次の日朝早いというのに、果たして大丈夫なのだろうか・・・。 ■11月7日。今日のメインはニューヨークのHillside Schoolという小学校での珠算指導と模範演技である。朝はニューヨークのマクドナルドで朝マックをし、電車で小学校へ向かう。途中、ヤンキー・スタジアムを発見。東京ドームが間違いなく世界一の球場であることを自分の目で確認するために是非見ておきたいが、我慢しよう。あの東京ドームでさえ、行ったのは今年が初めてだし。電車での時間がたつに連れ、都会の風景から郊外の紅葉が美しい風景へと変わっていった。ニューヨークはどこまでも都会だと思っていたが、どうやらそれは違うようである。「世界の車窓から」のテーマソングと石丸謙二郎さんの声が頭をよぎったのは言うまでもない。しかし一緒に行った先生方は私以上に感動を覚えていたようだ。私の大分の実家には似たような風景をみられる場所が多く、「紅葉台」という地名も近くにあるため、もしかしたら見慣れていたのかもしれない。 学校の最寄駅に到着し、ニューヨークで珠算の指導をしておられる、佐藤タカ子先生夫妻と合流し、小学校に到着。緑に囲まれ、校舎が木造で非常にきれいな作りをしており、グランドは芝生であるため転んでもケガをする心配がない。到着後、校長先生を始め、数名の先生方と挨拶をし、珠算指導の会場へと向かう。3〜4年生、2年生、1年生の順で、各30〜40分ずつの授業である。まもなく3〜4年生の生徒が入ってきた。授業はまず鈴木先生が英語でソロバンの簡単な説明をし、生徒がソロバンを見ながら仕組みを理解し、簡単な計算をするという感じである。みんな興味深そうに学んでいるところがとても新鮮でした。そして、いよいよ緊張の模範演技である。私は読上暗算で、高柳恵利加さんが読上算で(もちろん両方とも英語で)やり、高柳先生、土屋先生、高橋先生、そして校長先生に読んでいただき、7桁の読上暗算を無難に正答することができました。その時の小学生の驚きの表情が非常に印象的でした。この中の一人でも多くの小学生にソロバンに興味を持ってもらい、ゆくゆくは日本の全国レベルの珠算大会で上位に入賞する子が出てきてくれないかなと、小学校での指導が終わった後、ふと思いました。 終了後、みんなでブラジルのシュラスコ料理を食べに行った。まず、セルフサービスでのサラダバーを各々食べ、その後がすごかった。コックさんがいろいろな種類の肉を、大きいスティックに突き刺して持ってきて、複数種類がある場合は、肉の種類を選べるのである。牛、豚、鳥の肉はもちろん、羊、うさぎ、ダック、七面鳥など、普段日本では食べることのない肉も出てきて、またステーキはコックさんが席まで運んできてくれたサーロインステーキを目の前で切って出してくれる、映画のレストランのシーンのような感じである。私はもちろん、日本ではそんなに食べられない羊、うさぎ、ダック、七面鳥を食べた。羊はいわゆるジンギスカンの味である。これは日本でも食べたことがある。うさぎとダックは鶏肉に近い味がした。美味しかったのは七面鳥。いい具合に油が乗っており、鶏肉とはまた違った味であり、かといって牛肉や豚肉のような味ではなく、当然魚のような味でもなく、とにかく初めて出会ったいい肉の味であった。 その後、マンハッタンに戻り、ニューヨークで鈴木先生や高柳先生の知り合いである、日本人の小林さんという人が経営する「カメラのドイ」という写真屋さんで、全員で写真の現像をしてもらい、ホテルに戻った。小休憩の後、中華料理屋で夕食を取り、お土産を少し買って、ニューヨークで一番高いビルである、エンパイア・ステートビルの展望台に登った。金曜日の夜ということで、かなり並ばされたが、さすがにマンハッタンの夜景は非常に美しかった。この日は非常に疲れたので、ホテルに戻ってすぐに休んだ。 ■11月8日。この日市内観光である。ホテル付近のセルフサービスの朝食屋で朝食をとり、タクシーで自由の女神を訪問。この日は非常に寒かった。気温は3〜4℃くらいであり、日本の真冬の寒さである。コートを持っていって正解だった。自由の女神では、像のあるリバティ島へのフェリーに乗るために、かなりの時間並んだ。原因はそこでのボディチェックである。やはりテロの影響なのであろう。飛行機に乗るのと同じくらい厳しいチェックである。「テロのせいでこんなに長い時間並ばなければならない。われわれも被害者だよね」と高柳先生が言っていたが、全くその通りである。フェリーで自由の女神のリバティ島に行き、自由の女神やマンハッタンをバックに全員で写真を撮影。やはり、近くで見ると自由の女神には言葉では言い表せない凄みを感じた。 その後、タクシーでグラウンド・ゼロ(9・11での世界貿易センタービル爆心地)に向かった。マンハッタンの高層ビル街の中ではやはりこの光景は違和感を感じる。やはり2001年の9月11日の夜、日本で臨時ニュースが流れ、それに見入ったのを思い出した。アメリカではその日、1日中ニューヨークのテロのニュースを流していたらしい。犠牲者となった方々にはご冥福をお祈りいたします。 マンハッタンに戻り、日本風の店で、おにぎりや丼物、緑茶等を売っているレストランで食事をし、「カメラのドイ」で写真を現像してもらった後、カーネギーホール、ロックフェラーセンター等を回り、お土産を買って、ホテルに戻った。そして、この旅行のある意味最大の難関(?)と言ってもいい、一人でレストランで夕食をとり、マクドナルドで鈴木先生に頼まれたハンバーガーとコーラを買ってくるというミッションを行うこととなった。別に高柳先生と一緒に行ってもよかったのだが、それではあまりいい勉強にはならない気がして、あえて一人で行くことにした。行った店は、「タッズ・ステーキ」というステーキ屋さん。無難に注文することができ、サーロインステーキを食べ、ぶどうのカクテルを飲んだ。ただ、周りを見ていると、誰もチップを置いて帰っていないし、店員さんも、それが当たり前という感じで接している。じゃ、俺もチップを置かないで帰ろうっと。この店は半分セルフサービスっぽいところもあるから大丈夫だろう。分からないことは周りを見て真似すればよいのである。食べ終わり、少々マンハッタンを散歩し、マクドナルドで頼まれたビッグマックとフィレオフィッシュとコーラを買ってホテルに戻った。その後、高柳先生の部屋で練習をし、また夜遅くまで話して、部屋に戻って休んだ。高柳先生、すばらしい読上算の練習と、貴重なお話をありがとうございました。 ■11月9日。この日は第21回ニューヨークそろばん大会の見学と模範演技である。電車とタクシーで大会会場へと向かう。一昨日お世話になった佐藤タカ子先生とその息子さんたちが中心になって運営されており、出場者もどちらかというと日本人っぽい顔をした人が多く、小学生から高校生までが参加していた。まず個人総合競技が行われた。問題の内容は乗算が2桁×1桁〜3桁×3桁程度の問題を15問、除算は乗算の逆を15問、見取算は1桁そろいから始まり3〜4桁までの問題を15問、合計45問を制限時間7分です。速い子は見直しをしている子もいました。満点者が複数出ており、同点決勝もありました。そしてグループ対抗の読上算が始まりました。8グループくらいのグループを、各グループの力が均等になるように分け、小さい子から一人ずつ出てきて読上算を行い、間違えたら次の人と入れ替わるという方法で、最後の一人が一番最後まで残ったチームが優勝ということです。その中で、私も英語で読上算を読ませていただきました。大会で読上算を読むというのは後にも先にも今回が初めてでしたので、緊張しましたが、なんとか聞き取れていたみたいです。 読上算終了後、模範演技が始まりました。10桁の読上暗算を正答してホッとしたのもつかの間、日本人の選手が多いこともあり、日本語で高柳先生の速い読上算をすることになりました。これもなんとか無難に正答することができ、最後に先ほどの個人競技の問題を私が何分でできるかやることになりました。やっている途中で選手が寄ってくるのが分かり、私がやっているのを興味深げに見ているのが嬉しかったです。1分15秒くらいで終わったでしょうか。本当ならここで手を上げて大きい声で「ハイ!」と言うところだったんですが、かなり私に接近してみんなが見に来ていましたので、上げた手が見ている選手に当たるといけないですし、大きな声で「ハイ」と言って怖がられるといけないのでやめました。そのプリントは個人競技で優勝した岡田将洋選手に、日本語と英語で私のサインをしてあげることにしました。確認しましたが計算は1問も間違っていなくて安心しました。数字はもうすこし丁寧に書いた方がよかったかもしれませんが・・・。 かくして大会は終了し、お菓子を食べて、会場の片付けを手伝った後、大会会場の上の階にある、佐藤先生の珠算教室を見学しました。椅子や机もソロバンをするのに不都合なところはなく、非常に環境の整った教室だと思いました。 その後、マンハッタンの夜景が美しく見える「松島」という日本料理の店で夕食をすることになった。ちょうどその日は満月であり、ハドソン川の向こうの夜景と満月のマッチした風景が非常に美しかった。私は佐藤先生のご次男さんとその奥さんの前に座り、この機会にいろいろなことを話すことができた。印象に残ったことは、今年の松井はヤンキースファンから見て少々期待はずれであり、もう少し打って欲しかったということ、日本にいた頃にはクロマティやガリクソンが巨人で活躍していたのを覚えているということ(私が巨人ファンになった頃の選手だ!)、SMAP×SMAPは、アメリカでも放送されていること、アメリカでは歩行者は赤信号でも車がこなければ堂々と渡るのに、日本では律儀に信号を守っている人が多くてびっくりしたということ(私は赤信号でもアメリカ人のように平気で渡るが)、アメリカでは商売は売る人も買う人も対等な立場なのに対し、日本の「お客様は神様」的体質を象徴する、「いらっしゃいませ〜」、「何になさいますか〜」は非常に気持ち悪いということなどが印象に残った。最後まで楽しく語り合い、日本らしい抹茶アイスをデザートに食べて、店を後にした。そして、佐藤先生のご主人様の車でホテルに戻り、荷物を片付けて、ニューヨーク最後の夜が終わった。 ■11月10日。今日でニューヨークともお別れである。朝早く出るため、朝食は空港でとるようだ。荷物をまとめてロビーに行き、私たちよりも後に出る高柳先生親子にお別れの挨拶をし、小型バスで空港へ。空港到着後、最後にして最大の難関が待ち受けていようとは、私はまだ知る由もなかった。スーツケース等の大きい荷物を預けるまでは順調だったが、ボディチェックと手荷物検査の時である。手荷物の中の何かが引っ掛かってしまったらしい。おかしいなぁ、行くときは何も引っ掛からなかったのに。しかも相手は190センチ130キロ以上はありそうな黒人のヒゲを生やした大男。彼が私のバッグから取り出したのは、伝票ホルダーとアバカスサーキットの文鎮。当然私は何らかの尋問を受けた。しかもこういうときに限って相手の言う英語が聞き取れない。「これは何に使うんだ?」みたいなことを言っていると勝手に私は判断し、バッグに入っていた練習問題と鉛筆を取り出して、暗算をやっている真似をしたらようやくわかってくれたみたいで何とか突破することができた。それもこれもすべてあのテロの影響なんだろう。その後、朝食に向かうところでまたハプニングが起こった。高橋先生が日本人用の紺色のパスポートを拾ったのである。この6人の中で紺色のパスポートは私だけで他の方々はみんな赤色だ。ひょっとして落としてしまったのだろうか・・・。ポケットをあさってみたが自分のパスポートはちゃんと入っていた。どうやら先に行った誰かが落としてしまったようである。しかし拾ったのが高橋先生だったのは安心である。よからぬ輩が拾おうものなら悪用も十分考えられうるわけで・・・。警備員らしき人に高橋先生が拾ったパスポートを渡した。無事に持ち主の手元に戻ることを祈ります。やはりパスポートの紛失ほど恐ろしいものはない。命を半分失うようなものである。 ようやく朝食にありつくことができ、メキシカンタコスを食べ、お土産を少々買って、成田行きの飛行機に乗った。少々忙しかったが、逆にいえばヒマを持て余すこともなく、未知の世界を十分楽しむことができ、充実したニューヨークでの日々であった。日本に戻る飛行機がついに離陸。もうしばらくしたらいつもの現実に戻ることになる。16日の日曜には簿記の検定試験があるのに全然勉強できなかった・・・(帰国後勉強して受けましたが落ちたようです)。30日には天商大会があるというのに予定の3割くらいしか練習できなかった・・・(皆様のお手元に届いたサンライズに成績が掲載されていると思います。もしかしたら先月号かも)。いやいや、もっと楽しいことを考えよう。早く帰ってビデオが見たい。土屋名人の出演した番組はどんな感じだったんだろう。「白い巨塔」の財前助教授と東教授の展開はどうなっているんだろう? 高津はFAで巨人に入ってくれるんだろうか(どうやら入ってくれないみたいです)。早稲田の鳥谷と広陵の西村と東京ガスの内海はちゃんと巨人に来てくれるんだろうか(残念ながら鳥谷は阪神入りしちゃいました)。ひょっとしたら小久保同様に福留とか、豊田とか、小林雅英とか、岩瀬とか、石井弘寿が巨人に5人とも全員無償トレードで入ってくれたりしてないだろうか(全然ひょっとしませんでした)。そういえば、相撲はどうなってんの? ん、これはあの松井秀喜選手もテレビのインタビューで言っていたような・・・。そんなことを考えながら太平洋上空を日本に向かって進んで行きました。 ■11月11日(日本時間)午後3時過ぎ、成田空港到着。無事にゲートをくぐり、荷物を取り終えた。ここまでくればもう安心である。言葉も通じるし、パスポートもカバンの中に入れておけばいいだろう。そして簡単に解散式をして、各々の帰路についた。私はその日は日本を出る前に泊めてもらった友達の家でまた徹夜で「信長の野望」をすることになり、12日、大阪の家に着いた。 今回、自分は初めての海外旅行という経験になったわけですが、日程的にはやや忙しかった中にも非常に充実しており、楽しさからくる心地よい疲労感という何ともいえない気分を味わうことができたように思います。また、ニューヨークの小学校での珠算指導と、現地のそろばんの大会は、アメリカならではの明るさと積極性みたいなものを感じ、珠算の楽しさの原点のようなものを見たような気がしました。この貴重な経験を今後の珠算界の発展のために少しでも活かすことができればと思っています。それから、日本ではめったに食べられないものを食べられたことがよかった。七面鳥はもう1回、できればもう少し大きいサイズのを食べてみたい。また、これは帰ってから感じたことですが、日本にもアメリカにはないたくさんのすばらしいところがあると思いました。やはり、電車はスピードがあるほうがいいな。目的地には少しでも早く到着したいですし、電車が遅いと家もそれだけ早く出なければなりませんから。 最後になりましたが、私にこれほど素晴らしいニューヨーク研修旅行を経験させていただいた鈴木功二先生をはじめ、一緒に参加し、いろいろな点でお世話になった高柳和之先生や恵利加さん、金枝右子さんや絵里さん、高橋敏子先生や土屋明美先生、そして日本で私のニューヨーク行きを応援していただいた両親をはじめ、多くの珠算の先生、NPO関係の方々、知人、友人の皆様にお礼を言いたいと思います。本当にありがとうございました。 だらだらと長い文章で申し訳ありませんが最後までお読みいただき大変感謝しております。 ●ご意見、ご感想等あればよろしくお願い致します。 阿久根誠司 |
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