脱窒を考える

 嫌気環境について

 水換え以外の方法で硝酸を減少させるためには、硝化と同様にバクテリアの働きを利用します。ただし、
ここで働くバクテリアは硝化細菌のような独立栄養細菌ではなく、従属栄養細菌と呼ばれるグループです。
従属栄養細菌とは有機物を基質(餌)とする細菌群で、アンモニアや亜硝酸(さらには二酸化炭素)などの無機物だけで生活できる独立栄養細菌とは根本的に栄養摂取の様式が異なるものです。また従属栄養細菌のすべてがその能力を持つのではなく、溶存酸素の濃度に応じて臨機応変に生き延びる術を持った通性嫌気性細菌というものが主役となります。
 彼等は通常の溶存酸素濃度のもとでは遊離酸素(O2)を使いますが、酸素不足の状況下においては、硝酸に結合している酸素を利用して生活をすることができます。その結果として硝酸は結合している酸素の一部が奪い取られることで、亜硝酸や亜酸化窒素などに姿を変えられ、見てくれ上は硝酸の絶対量が減少するのです。ただし、硝酸が減っても亜硝酸やアンモニアが増えてしまうのであれば、生物に危険が及ぶだけで何の利益もありません。私たちが望む脱窒のメカニズムは飼育水の中から窒素(N)が減少することで、最終的には窒素ガス(N2)として大気中に放出されるステップまでを含める概念が必要です。
硝化が窒素に酸素を結合させる酸化反応であったのに対し、脱窒は窒素酸化物から酸素をはずす還元反応と見ることができます。

 還元させるためにはまず嫌気環境が必要となります。嫌気環境と一口に言いますが、実際のところ溶存酸素がゼロでなければならないということではないようです。溶存酸素がゼロから飽和状態までのどこを境に脱窒が始まるのかは定かでありませんが、多少の酸素があっても脱窒は行われると考えておけばよいのではないでしょうか。秋田の鈴木信愛氏はこの点について酸化還元電位という尺度で丁寧な解説をされています。興味のある方はホームページを覗いてみてください。

 いずれにしても脱窒装置のような脱窒を促すための特殊な空間の中を飼育水が通過する過程において、入り口と出口では溶存酸素量にさほどの差はできないようです。従って、装置の通過経路に沿って溶存酸素が消費されて行くのではなく、装置内部に充填された従属栄養細菌のための濾材(付着基盤)の表面部と内奥部に溶存酸素の濃度勾配が形成され、その濃度に応じた脱窒が行われると考えるべきです。なぜなら従属栄養細菌は酸素が豊富な環境では本来の姿である好気性細菌として代謝を行い溶存酸素を消費しますから、彼等が濃密なコロニーを形成するに足りる有機物の供給があれば、豊富にあった酸素も表面部に生息する細菌に消費されてしまい、内奥部には行き届かない状況が出現するからです。酸素不足となった内奥部で生き残るためには、必然的に通性嫌気性細菌としての振る舞い(脱窒)を始めるものの割合が増えてくるはずです。

 当初は大量の従属栄養細菌を好気エリアに増殖させることに専念するだけで、やがて隣接したミクロな嫌気環境が必然的に備わると考えるべきでしょう。幸いにも従属栄養細菌の増殖スピードは硝化細菌をはるかに凌駕しますので、嫌気環境も速やかに構築され、短期間のうちに脱窒(還元)作用を確認することになります。

 まず最初に現れる現象は亜硝酸の上昇です。亜硝酸が持ち上がり始めたら嫌気環境ができつつあると考えて良いでしょう。ただし、亜硝酸は猛毒物質ですから、上昇限度をほどほどに抑える必要があります。この辺の「匙加減」がポイントと言えるでしょう。

 独立栄養と従属栄養

 硝化細菌を独立栄養細菌として分類しました。彼等は水中のアンモニアや亜硝酸などの無機質の窒素と二酸化炭素を利用して生活をしています。水槽の飼育水には飼育生物が放出するアンモニアや飼育生物の呼気からの二酸化炭素が恒常的に供給されます。そのことは硝化細菌が安定した生活環境を構築する大変有利な条件と考えられます。濾過槽のように硝化細菌が高密度に棲息している環境は自然界にはないはずです。それは自然水に含まれる窒素化合物の量を考えれば自ずとわかる話です。

 一方脱窒に寄与させる従属栄養細菌は無機物から彼らの体を構成する有機質を作り出すことができません。水槽内にも餌の残渣や飼育生物の排泄物など一定量の有機物の供給はなされているわけですから、その供給量に比例した分の従属栄養細菌が生活できるわけです。たとえわずかな棲息量であっても、そこにミクロな嫌気環境が存在すれば、脱窒も行われているはずです。その結果が私たちに認識されないのは脱窒量が硝化量に及ばないからです。

 目に見えた脱窒量を期待するのであれば、従属栄養細菌の棲息量を増やすことがまず必要となります。そのためには彼らの餌となる有機物(炭素源)を人為的に供給しなければなりません。 例えが適当かどうかわかりませんが、独立栄養細菌は植物のようなものです。放っておいても雑草は生えてきます。従属栄養細菌は植物を食べる草食動物またはさらに草食動物を食べる肉食動物のようなものです。動物を人間の管理下に置こうとするならば彼らに餌を与えなければなりません。このように考えていただければ理解がし易いかと思います。
有機物という餌が必要な栄養方法を従属栄養と呼びます。

 水槽内の窒素循環に関与する細菌の分類



硝化に関わる硝化細菌はアンモニア酸化細菌と亜硝酸酸化細菌の2群だけで、ともに独立栄養を行う好気性細菌です。脱窒に関与するものはすべて従属栄養を行う通性嫌気性細菌もしくは嫌気性細菌に限定されます。工業的に脱窒を行う場合メタノールを添加しますが、それは通性メチロトローフを活用するためで、生物を飼育する水槽内では問題を引き起こす可能性があり一線を引いておく必要が有ると思われます。このほかに硫黄脱窒菌(チオバシラス)と呼ばれる硫化水素や硫酸イオンを電子供与体とする菌群も脱窒に関与しますが、硫酸イオンの多い海水水槽では重要な役割を演じます。話がかなり複雑になりますので別項を設けて考察を加えたいと思います。


 炭素源として何を用いるか

 細菌が取り込める炭素源の分子構造は水溶性の状態でなければなりません。細菌は口があって有機物を咀嚼しているわけではありません。あくまでも細胞膜を経て体内に取り込むのですから、有機物も細胞膜を通過できる分子構造にまで小さなものでなければなりません。
 大きな分子構造の有機物を小さなサイズにまで分断するには細菌個々が放出する分解酵素の働きが大きな鍵を握ることになります。自然界では細菌群以外の様々な微生物が複雑に関与しあいながら大きな有機物が徐々に小さな分子構造にまで分解されていくのですが、水槽内という特殊な環境の中では限られた細菌群によって分解可能な有機物を炭素源として選択しなければならないということはご理解いただけると思います。


 候補としては、アルコールや糖類など身近なものがいろいろあるのですが、日々、一定量を投入することの煩わしさは否めません。できればそれらを自動的に微量添加してくれるものがあれば良いのですが、輸液ポンプのようなもので仰々しいシステムにするのは本意ではありません。もっと簡便で無精のできる素材を模索すると、行き着く先は「デニボール」ということになってしまいます。昔はN商会の一手販売でしたが、現在は数社から出されているようです。デニボールはバイオポール(バイオボールではありません、ポールです)という生分解樹脂が主成分だと言われていますが、その組成についてはつまびらかでありません。





当社が販売するバイオポール樹脂板(上)とペレット(下)


バイオポールについて

バイオポールはポリヒドロキシ酪酸という微生物由来の脂肪族ポリエステルから作られます。簡単に言いますと、ポリヒドロキシ酪酸は菌類の体内貯蔵物質、人間で言うところの脂肪やデンプンと同じような役割を持つ物質で、多くの菌群がその合成と分解能力を持つ(分解や合成に関与する酵素を持っている)とされています。つまり多くの細菌群や微生物が餌として利用できる有機物ということになります。

 水中ではバイオポールの表面に様々な従属栄養細菌が取り付き、コロニーを作ります。樹脂の表面は細菌の持つ分解酵素によって徐々に侵食され、細菌群が餌として取り込める小さな分子構造にまで分断されます。これはとりもなおさず、炭素源が脱窒装置を通過して水槽内へ流出する可能性を示唆します。炭素源は病原性の細菌の繁殖にも利用されますし、これまで硝化細菌の独壇場であった濾過槽内部で繁殖速度の速い従属栄養細菌が大増殖をし、硝化細菌の活性を阻害する可能性もあります。しかし、脱窒に寄与する細菌群は脱窒装置や濾過槽にだけ生息するとは限らず、水槽内のあらゆる場所にコロニーを作る可能性もあるわけですから、炭素源がそれらの場所に供給されることは脱窒の総量を高めることにもなると考えられます。

 脱窒装置内であるならば、脱窒に関わらない好気性菌としての従属栄養細菌に炭素源が利用されたとしても、脱窒の条件である溶存酸素濃度の低減という環境構築には寄与するわけですから、あながち無駄と考えるには及びません。炭素源の水槽への流出を抑えるには、好気、嫌気を問わず、炭素源を速やかに利用してくれる十分な細菌量を装置内に維持することが理想でしょう。そのためには、装置内における通過水の滞留時間や従属栄養細菌の増殖基盤としての濾材の選択肢など、いまだ未解明な課題が残されています。従来の濾材は硝化細菌への相性が優先されていますから、従属栄養細菌にもそのまま転用できるかどうかは何とも言えません。近年、脱窒用濾材と称されるものが市販されるようになりましたが、その内奥部に嫌気環境が併存できるような大きめの多孔質素材であることが多いようです。

 炭素源の流出を極力ゼロに近づけるため、装置への送水を間欠的に行う方式も考えられますが、一般的には終日一定量を処理し続ける方が装置の構造はシンプルで、当然製作コストも安価になります。前述したとおり脱窒エリアの外に炭素源が出ても、脱窒能を持った細菌群が利用する可能性もあるわけですからあまり律儀に考える必要はありません。後段で述べますが、むしろ水槽内に意図的に炭素源を供給するような発想を持った脱窒素材もあるのです。

 安全な脱窒を実現するために

 脱窒装置に炭素源を添加し、従属栄養細菌の増殖を促した場合、雑多な菌群が一斉に活動を始めます。好気性、嫌気性を問わず、装置を通過する基質のボリュームに従ってコロニーが形成されます。バイオポールはそれ自体が水に溶けるのではなく、表面に定着した細菌が分泌する分解酵素によって侵食され、徐々に分子量の小さい水溶性の形状に変えられます。炭素源の下流側にある脱窒用濾材にはこの分子構造の炭素源を取り込む細菌群が急速に増殖し、濾材表面を覆うことで内奥部に嫌気的な環境を作り出します。この状態で初めて脱窒が開始されるのですが、当初は様々な菌種が雑居する状況ですので呼吸酵素のレベルの違いにより、還元を受けて生成される物質の中にはアンモニアや亜硝酸のような有毒物質も混じることになります。

 脱窒をする細菌の中にはもっぱら硝酸のみをターゲットにするものばかりでなく、亜硝酸や亜酸化窒素までをも還元できる多能なものも存在します。彼等は環境への適応力に優れた菌株と言えますから、やがて脱窒槽内部での優占種となるのではないかと想像しますが断言することはできません。また還元によって生じたアンモニアや亜硝酸は従来の硝化槽に送られますから、硝化菌の菌量も増加します。結局それやこれやで、脱窒槽が脱窒を始めた当初に必ず増加するアンモニアや亜硝酸はやがて従来の検出量に戻りますが、一時的に危険なレベルに達する可能性もありますから、これに対する注意は十分にしなければなりません。

 未然に危険を回避する方策があるのであれば講じておくべきでしょう。デニボールの説明書には投入前に水換えを推奨する下りがあります。もともとの飼育水中の硝酸濃度が低ければ還元によって増加する危険物質のレベルを低く抑えられるということなのでしょう。投入量を少量ずつ追加せよとの注意書きも見られます。おそらく危険物質への大量な還元を危惧してのことだと思われます。またデニボールのバイオポール含有量が100パーセントでないのは成形のための方便ばかりでなく、「こなれにくくする」ことで、従属栄養細菌の爆発的な増殖をコントロールし、硝化細菌とのすり合わせを容易にしているとも考えられます。

 還元の結果もたらされたアンモニアや亜硝酸の速やかな硝化を促す意味で、脱窒槽からの処理水は既存の濾過槽へ導く方が安全でしょう。硝化槽では脱窒の初期に上昇するこれらの還元物質の絶対量に従って、硝化細菌の菌量も必然的に増加します。硝化槽のコンディションがそれを許さない状況にあるとするならば、脱窒は危険きわまりないものになります。硝化槽内の濾材や溶存酸素が不足気味の場合には、くれぐれも注意が必要です。また脱窒槽に投入するバイオポールの量も、できることなら段階的に増やして行きたいところです。そのためにも形状の加工が容易であることは脱窒用炭素源としての重要な要素となります。