杉並区 水道の歴史
1.概略
杉並区の水道の歴史といっても基本的に東京都の水道の歴史になってしまいます。
昭和7年、杉並区ができる前にあった水道が杉並町、井荻町のオリジナルということになります。
杉並区史によると(下巻P.836 より引用)
「杉並区の水道の前身は、多摩川の砧上浄水場を給水源とし、旧杉並・和田堀町を給水区域とする荒玉水道と、善福寺浄水場(後に杉並浄水場と改称)を給水源とし区の西北部旧井荻町を給水区域とする井荻町水道の二系統である。これらはいずれも昭和初期から給水を開始していたが、給水区域からはずれる旧高井戸町区域には、昭和二十年代の後半まで水道がほとんど敷設されていない状態であった。」
とあります。
ちなみに、次のような記述もあり大幅に水道が普及するのは昭和45年ごろと言ってよさそうです。(同上書 P.837)
「その結果、昭和四十年には給水普及率が九〇パーセントをこえる都心各区に対してその約半分の五〇パーセントときわめて劣っていた杉並区の普及率も、四十五年には九一・六パーセントにまで改善されたのである。」
ここでも、杉並区の発展は、東京オリンピックごろを契機として急激に進展していったように思われます。
2.荒玉水道町村組合
荒玉水道道路の散歩記録はこちら
http://www.waterworks.metro.tokyo.jp/water-news/2003/n0304-03.htm
のページを見ると次のような記述があります。
3:荒玉水道施設記念碑
荒玉水道町村組合は昭和3年10月に中野区、杉並区、板橋区及び北区方面への通水を開始しました。この碑はこの通水を記念して建てられたものです。
この荒玉水道町村組合は、大東京市ができる前のものなので、それこそ町村組合です。
本を調べると分かるようですが、荒玉水道組合の本は杉並区の図書館にはないようです。
何年の何月に給水を開始したかについては、砧上浄水場の開始などと多少のずれがあります。
インターネットの古書店では、4万円ぐらいの値段がついています。
また、
http://www.tamariver.net/jouhou/tamagawashi/parts/mokuji/index.htm
上記「多摩川誌」は非常に参考になるサイトですが、年代に微妙なずれがあるようにも思います。
どれが正しいのかよく分かりません。

荒玉水道道路の中一番深いところにあるのが、工業用水の本管

砧浄水場 現在は砧上、砧下と分かれていないようだ
3.井荻町水道
昭和7年6月開始という説もありますが、「杉並風土記 上巻」(森 泰樹 著)には、次のような記述があり、定かではありません。
「昭和五年に町営水道の深井戸が池畔に掘られ、水道水を汲み上げるようになってから、泉が涸れてしまったため、千川上水から引水して人工の滝を作ったのです。」
とあるので、昭和5年ということも考えられます。いずれにしても、区画整理、電灯の普及、水道の普及といい井荻町は最先端をいっていた感があります。
4.東京都の水道の歴史
東京都水道局のサイトを調べると分かります。もちろん杉並区について書いてあるわけではなく、東京全体(区部が中心)について書いてあります。それによると次のようなことが分かります。
- 1590年ごろ 最初の上水として 小石川上水ができる
- 家光のころ 神田上水 と 溜池上水ができる
- 1653年 玉川上水ができる
- 1696年 千川上水ができる
- 1722年 千川上水廃止
- 明治19(1886)年 コレラの猛威が襲う 死者1万人?
- 明治26(1893)年 改良水道起工式
- 明治31(1898)年 淀橋上水工場から近代水道が通水
- 明治34(1901)年 神田・玉川上水停止
- 大正13年度 第一水道拡張事業第1期工事 完成(羽村村山線(導水路)、村山上貯水池、村山下貯水池堰堤の下半分、境浄水場、境和田堀線(送水管、導水路の一部)、和田堀浄水池など)
- 昭和7(1932)年 大東京市誕生 山口貯水池通水
- 昭和28(1953)年 金町浄水場、砧下浄水場、杉並浄水場の増強工事完成
- 昭和32(1957)年 小河内貯水池 竣工式
- 昭和35(1960)年 東村山浄水場が通水を開始
- 昭和39(1964)年 荒川の水が東村山浄水場に入る
- 昭和40(1965)年 利根川と荒川の水路がほぼ完成
- 昭和40(1965)年 淀橋浄水場 その使命を終わる
つまり、杉並区ではかなりの地域で井戸水が使用されていたのではないかと思われます。「辰巳の方角の井戸」とか「井戸かえ」などという記述もあり、それらがしのばれます。地形的に見ても武蔵野台地の末端にあり、ある程度井戸を掘れば水が出てくる地域でもあります。(もちろん水が涸れることもあったろうと思われます)。かといって都心のように塩水が出てくるようなことはなかったはずです。
それが、昭和30年ごろからの急激な都市化に伴って、杉並浄水場の増強工事、東村山浄水場からの通水、荒川・利根川水系の水の利用というように、東京都の水道事業の拡充とともに杉並区内の水道普及率も急激に上昇していったのだと思われます。
杉並区で多くの水道が整備されたのは、昭和40年から45年ごろであり、それほど古いものではないということが分かります。多分50歳以上の人は、小さいころ井戸の水を飲んでいた経験があるかもしれません。(Aug. 30. 2005)