The History of Suginami City

最終更新 2003/11/03

杉並の歴史 人口の推移

その1 明治以後の人口の変化

その2 江戸時代までの人口変化 その3 江戸時代の人口へ

杉並区の人口
化政年間(江戸時代) 推定 7,763人
明治5年 9,463人
大正10年 18,148人
平成15年 512,882人
平成15年は、10月1日の住民登録者数を示します。
外国人登録者 11,396人 を加えると
総人口は、524,278人となります。

1.明治以後の人口の変化

このページで特に出典が明記されていないデータは、総務省統計局のデータによりました。

1) 大きな増加は関東大震災以後


資料11(新修杉並区史 上)、14ページの表をグラフ化して転載

上のグラフを見ていただくとお分かりのように1921(大正10)年を過ぎたあたりから急激に増加をはじめます。約1万8千人だった人口が13万5千人と、10年間で7.5倍になっているのです。これには理由が大きく二つあります。

その第一は中央線に新しく駅ができたことです。甲武鉄道(今の中央線)は、明治22年に新宿ー立川間が開通し、新宿、中野、境(今の武蔵境)、立川の4駅が開業、その年に八王子まで延長され国分寺と八王子の2駅が開業しました。さらに明治39年に国有化(鉄道省の管轄であったため省線と呼ばれました)されました。最初の頃は中野駅の次は荻窪駅(明治24年開業)、そして境駅となっていたため杉並区内には駅は一つでした。

その後、大正8年に中野−吉祥寺間が電化され、大正11年高円寺・阿佐ヶ谷・西荻窪の3駅ができ、それに伴って宅地開発の計画ができたのです。井荻村土地区画整理組合は大正14年(1925)に設立が認可されています。

その時期には、大正2年に現在の京王線、笹塚−調布間が開通、大正10年(1921)に西武電車(のちの都電杉並線)が開通し、昭和2年(1927)には西武新宿線が開通しています。井の頭線が開通したのは昭和8年(1933)となっています。

西武新宿線と井の頭線の開業も人口増加に大きく関係していることは確かですが、その間の事情については、後日調べます。

もう一つの理由は、大正12年(1923)に関東大震災があったことです。関東大震災によって被害を受けた方々が、すでに宅地開発の計画ができていて都心からも近い杉並に移ってたと考えられます。また、築地あたりのお寺が被害を受けたために杉並に移り、それに伴って檀家の方も杉並に越してきたという話もありますが、事実関係は調べていません。

1921年の日本の人口は約5,670万人、1931年のそれは、6,546万人です、また、1921年の東京都は383万人、1931年は552万人となっています。それに比べると大変なことです。

2) 戦争による人口の減少

昭和6年(1931)満州事変の始まりから、長い戦争の時代に入ります。そして、その後10年は増加を続けます。しかし、昭和16年(1941)の太平洋戦争の始まりから終戦の昭和20年(1945)の間に人口が減ります。

この理由は、戦争への出征疎開(強制疎開・学童集団疎開を含む)、そして戦争による出生率の減少によるものと考えられます。杉並区も空襲を受けますが、記録によると死者は624人参考文献3です(181人という記述もあります参考文献14参考文献26。東京都全体では92,778人、そのうち区部では91,444人参考文献26)。学童の集団疎開の詳しい記録が手元にないのですが、1万人近くは疎開したと思われます。

東京都は昭和20年に人口が半減していますので、それに比べると杉並区の減少はそれほどでもなかったともいえます。

3) 戦後復興とベビーブームによる人口の急増

戦後の10年間も人口が急増する時代です。1945年から1955年までに約20万人増加し、しかも2倍になっています。戦争から杉並に戻ってこられた方、戦争が終わって東京に住んだ方、ベビーブームと呼ばれる人口の増加、そして農業国から工業国への移り変わりの中で全国から人が集まったのが原因と考えられます。

ちなみに日本全体でみると1945年7,215万人、1955年8,928万人で、約1.2倍の増加となっています。また、東京都では1945年348万人、1955年804万人ですが、1944年が727万人であったので、昭和20年に急激に減少したことがわかります。

それにしても10年間で2倍、しかも20万人の増加は大変なことだったと思われます。このことは土地利用の変化からも分かるはずですが、現在資料を探しています。

4) 東京オリンピックまでの人口の増加

その後も人口は増えつづけます。そして昭和38年(1963)ついに50万人を超えます。その頃の杉並は中杉通りができたり,環状七号線ができたりと大変な頃でした。その後はほぼ横ばいに推移しています。

約1万人の人口が50万人。もちろん杉並で誕生した人も多いと思われますが、その増加のほとんどが、農業以外とすると社会も大きく変わったことになります。

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ありがとうございました
(open2003.6.29)