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光の年(光年)星の明るさ(等級)星の温度星の距離(三角測量)星の距離(スペクトル測量)星座

天文学基礎についてのメールはこちら  更新:2000年11月17日
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光の年(光年)

 少しわかりづ辛い題になってしまいました。ごめんなさい。
 何等星と並んでよく聞く言葉で、何光年、と言う言葉があります。
 説明のしようがないので単刀直入に、「光の速度でかかる距離を年単位で示している単位です」、という説明になってしまいます。
 問題の光の速度は、1秒間に約30万キロメートル。地球を7周半回るスピードです。この光の速度で1年かかる距離が1光年ですから、これを1年に換算すると、9兆4630億キロメートル。おおよそ10兆キロメートルが1光年となります。
 ちょっと具体的に思いつかない距離です。

 因みに、太陽系最外縁の惑星、冥王星と太陽の距離は約60億キロメートル(激しい楕円軌道なので、太陽に最も近い時と遠い時では44.4億キロメートルから73.8億キロメートルと大幅に距離が変わる)。と、キロメートルで表すととんでもない距離ですが、光年で表す距離ではないんですね。

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星の明るさ

 「この星は非常に明るい1等星です」
 こういった説明をよく聞きます。おおよそ明るさを示している言葉だとはわかりますが、実際にはどの程度を指しているのでしょうか。1等星、2等星、3等星、それぞれれの明るさはどれくらいで、どれ程の差があるのでしょうか。

 しかし、実はこの明るさを示す言葉、だいぶ古い時代からあるようなのです。
 全天で最も明るいグループを1等星。最も暗く、やっと見える程度を6等星。その間の明るさを順に2,3,4,5等星と振り分けただけ、というだけで、しばらくはこれを慣例として使っていた様なのです。
 それから後、光というものを数量的に表す事が出来るようになった現代。改めて1等星と6等星の明るさを比べてみると、それがおおよそ100倍という結果になったのです。
 1等星と6等星、この5段階の違いで100倍ですから、1段階で約2.5倍。
 これが現代の星の明るさを示す尺度になります。
 1等星よりも2.5倍暗いのが2等星。更に2.5倍暗いのが3等星という事です。そして、1等星より2.5倍明るいのが0等星。更に2.5倍明るいと−1等星という事になります。

 具体的には、有名なおおいぬ座のシリウスが−1.5等星。このホームページの名前にもなっているオリオン座のベテルギウスが0.5等星。同じくオリオン座のリゲルが0.1等星となります。因みにこの明るさを突き詰めると、金星が−4等星。満月で−12等星。太陽となると、−26等星となります。

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星の温度

HR図 地球の年周視差によって得られる星までの距離を考慮し、その星の見かけの明るさを逆算してみると、その星の実際の明るさ、例えば太陽の位置にその星があると仮定して考えると、それは、恐ろしく明るいものから、ずっと暗いものまで様々であるといえます。従って、星の明るさで距離を測るというのは無理なのです。
 ウイリアム・バギンズというイギリスの天文学者は、太陽光をプリズムに通すと光が分散し、波長の順に帯を作るという、光のスベクトルをニュートンが発見した事に継いで、その性質が星の光にも当てはまる事を発見します。
 その後、写真技術の進歩も手伝って、ハーバード大学天文台を初めとして、多くの天文学者の観測により、星のスペクトル分析が行われ、数百万という膨大な数の星がスペクトル分析されました。
 1905年。デンマークの天文学者アイナー・ヘルツシュプルングは、恒星の光度と色を図に示し、そこからある理論を導き出しました。しかし、その理論は彼にとってもあまりにSFぽっく思ったのか、天文学会への発表は避け、写真雑誌の読み物として終わらせてしまいます。
 ところが1914年。アメリカのヘンリー・ノリス・ラッセルは、独自でまったく同じ説にたどり着き、これの説を正式に発表。縦軸に星の光度(明るさ)、横軸に星の温度としてデータを集計した表を世に示しました。これが、二人の名を冠して呼ばれるヘルツシュプルング・ラッセル図です。
 このH・R図が示す左上から右下にかけての位置を主系列星といい、全天で圧倒的な数の星がこの主系列星に当てはまります。これら主系列の星は、規模こそ異なるものの、どれも水素を原料として燃焼し、ヘリウムを生産しているのです。
 この、規模の違いは何故起こるのか。それは、星が生成される段階で、どれだけのガスを集めたかという事で決定されます。大量のガスを集めて質量の巨大になった星は、その中心部は高温高圧になり、核融合反応が激しい為に、その表面温度も高く、明るい星となり、これがH・R図では左上に位置する主系列星の星です。その逆で、ガスを余り集められなかった星はその中心も低温低圧で、核融合反応もゆっくりとした物になり、表面温度も低く、暗い星となってしまいます。この星は右下に位置する主系列星の星となります。

 大概の場合、星は主系列左上の非常に明るい状態で生まれてきますが、どれも同じようなスタートではなく、例えば太陽では、今から50億年ほど以前には、100倍程度の明るさであったということです。1万倍といった明るさを得るような質量ではないのです。
 しかし、この状態ではまだ星という状態ではなく、次第に収縮し中心の温度が100万度以上の状態になって始めて水素が核融合反応を起こします。こうして、明るさは落ち着き、星として一人前となります。内部の状態も安定し、長い年月を一様な状態で輝き続ける星の誕生となります。これで始めて主系列の星として一定の場所に留まる事になるのです。

 こうして主系列の星として落ち着いた星の中には、明るく輝く青白いものから、赤く暗い星々までの違いがありますが、これはその星の質量の違いに要因しています。どれだけのガスを集めたかにより、その大きさは異なり、その為に星の中心にかかる温度や圧力が変わり、その結果、例えば太陽と比べて10倍重い星は1000倍明るく、逆に10倍軽い星は1000分の1という明るさになってしまうのです。
 これにより星の寿命がだいたい決定してします。太陽より10倍燃料があって1000倍明るく輝くということは、1000倍燃料を消費しているということ。そう考えれば、寿命は太陽の100分の1です。太陽の寿命がおおよそ100億年と考えられているから、太陽より10倍も重い星の寿命は、おおよそ1億年という事になります。

 赤色巨星、白色矮星という別グループの星々は、こうして寿命を迎えつつある、または寿命を迎えた星々の行き着く場所です。

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星の距離(三角測量)

 私の家からあなたの家までの距離をどう求めるか。これはそれ程たいした問題ではありません。私が直ぐに思いつくのは、車で走って距離のメータを読む、って方法が一番簡単ですかね。
 しかし、これが星までの距離となるとまさか行くとは言えません。
 ところが、これを計る方法は、理論的には以外に簡単です。

 あなたの手の指先を見てください。右目で見たときと左目で見たとき。見え方が違うのがわかるでしょうか。この様な見え方の差を視差と言います。
 あなたは、右目と左目で同じ物を見たときに起こる視差を利用し、物の位置を見て知る事が出来るのです。
 立体映像の原理はこの視差を利用しています。本来スクリーンに映る映像に、あなたの視覚は視差を得られません。そこで、特殊な眼鏡をかけ、右目と左目に異なる画像を見せるのです。この映像は、右目に映る映像と左目に映る映像に若干のズレを生じさせています。眼鏡を外して映像を見ると、映像は部分的に二重になっています。この二重になっている具合がひどい映像程、眼鏡をかけたときには近くに見えるのです。近い物はズレがひどく、遠い物はズレが少ない、とは、近い物ほど視差が大きく、遠い物ほど視差が少ないという事です。
 右目と左目の間の距離と、ある物を見たときの、右目から見た角度、左目から見た角度がわかれば、その物の距離は三角法で求める事が出来ます。人の視覚はそれを自然に行い、物の距離感を視覚で捉えているのです。これと同じ理論を星に対して行えば、星までの距離を求める事が出来ます。しかし、右目と左目の距離程度では殆ど視差が起こりません。空に輝く星を見て、距離感をつかめる人はいないでしょう。
 この視差を得る為、地球上の出来るだけ離れた二つの場所から同じ星を観測する訳です。地球の半径は6378キロメートルですから地球上で同時に同じ星を観測すると、最大でも1万2700キロメートルまでしか離れられません。
 こうして、この方法で求めた視差は、金星の場合で1分(1度の1/60度)程度。お隣の惑星ですらこれだけの視差ですから、もっと遠いであろう星々の視差を求めるというのは無理があります。そこで、地球上で北極と南極以上に離れた2点間で観測する方法が考えられました。
 
年周視差 もし地球が太陽の周りを回っているとすれば、地球が半周した時に同じ星を観測する事が、最大の異なる距離での観測となります。
 この考え方で測定できれば、地球から太陽までの距離は約1億5000万キロメートルであるから、地球の軌道3億キロメートルという大きな差のある2つの観測地点を地球上で得る事が出来るのです。
 こうして求められる視差を計測し、地球から見た星の位置と、太陽から見た星の位置を特定し、そこで得られる視差を年周視差と言います。

 今から450年程前の話です。太陽、惑星、そしてその他たくさんの星達は地球を中心に回っているのだ、とする天動説が信じられていました。
 この、現在では完全に否定されてしまった説ですが、当時この説を否定するというのは大変に難しい事でした。
 当時の天文学者ティコ・ブラーエという人は、天動説を支持し、地動説を否定した最後の天文学者であるともいわれています。そして、肉眼で天体観測をした最後の天文学者であるとも言われているのです。その天体観測は極めて精度が高く、肉眼観測の限界を極めているという定評でした。彼の実績は、現在の私達の生活にも生きている程です。
 その彼が、地動説を否定した理由に、星の年周視差は無い、とする根拠もあったのです。
 この根拠は過ちですが、それは彼の技術を否定するものではありません。それが彼の時代の技術力の限界でした。

 年周視差は1840年に発覚します。これは、彼が年周視差は無いと信じた頃から200年程経ってからの事です。彼の時代より遙かに測量技術は進んだこの時の発見は、その測量技術の恩恵と、ある程度の運に恵まれていた所が大きかったと言えます。
 計測はケンタウロス座の1等星であるα星。地球に最も近いと言われている恒星ですが、それをこの時計測したのは偶然であったと言われているのです。
 こうして年周視差が発見され、既に失墜していた天動説は、更に追い打ちをかけられます。

 現在の測量技術で得られたケンタウロス座α星の年周視差は、0.76秒。つまり4.4光年とされています。
 ティコ・ブラーエが計測できなかった年周視差、0.76秒とはどれくらいでしょう。三角形の頂角が1秒というのは1度の1/3600の大きさです。この時描かれる三角形は、底辺に対して20万倍という高さの三角形になってしまいます。
 東京〜大阪の距離が400キロメートル程度ですから、東京から大阪においてある2メートルの棒の端と端を見た時の角度がだいたい同じ視差となります。

 こうして、地球から見た星の位置と、観測によって得る事の出来る太陽から見た同じ星の位置がわかれば、太陽と星と地球を見た時の垂直三角形により、恒星と地球の距離を求める事が出来るのです。
 こうして求められる計測距離の限界は、現在では200光年以内とされています。

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星の距離(スペクトル測量)

 地球の年周視差によって得られる星までの距離を考慮し、その星の見かけの明るさを逆算してみると、その星の実際の明るさ、例えば太陽の位置にその星があると仮定して考えると、それは、恐ろしく明るいものから、ずっと暗いものまで様々です。従って、星の明るさだけで距離を測るというのは無理であるといえます。
 ウイリアム・バギンズというイギリスの天文学者は、太陽光をプリズムに通すと、光が分散し、波長の順に帯を作る、光のスベクトルをニュートンが発見した事に継いで、その性質が星の光にも当てはまる事を発見します。
 その後、写真技術の進歩も手伝って、ハーバード大学天文台を初めとして、多くの天文学者の観測により、星のスペクトル分析が行われ、数百万という膨大な数の星がスペクトル分析されました。これらのデータを元に星のスペクトルと絶対等級の関係を示したのが、H・R図です。
 全天に輝く大概の星は、この図で示すところの主系列星に当たりま。従って、距離を求めたい星が主系列星の星であるのならば、その星の光のスペクトルを観測し、H・R図を元にする事で、その星の絶対等級を求める事が出来るのです。この絶対等級が分かれば、その星の見かけの明るさと比較する事により、その違いでその星までの距離を求める事が出来ます。これが、スペクトルを用いた測量です。
 この方法を使用すれば、おおよそ3000光年までの星の距離を測定する事が出来ます。
 しかし、この方法にはいくつかの問題があります。まず、この測定を行う際の前提条件となった、測定する星が主系列星である事。赤色巨星、巨星、白色矮星などの星については、スペクトルだけではその絶対等級を知る事は出来ません。従って、この測定法は成り立たないのです。また、星雲や銀河といった、個々の星のスペクトルを測定できない様な天体についても、この方法では理論の根底が崩れてしまいます。
 そして、例え主系列星であっても、星間物質等による光の吸収作用等が働いてしまった場合、やはりこの方法では正確に距離を求める事が出来なくなってしまうのです。

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星座

 「星座って何?」
 この質問、真面目に答えようとすると案外難しく、上手く説明できません。

 「星座」という日本語は、中国から来たもので、中国でも「星座」。そしてこの星座という単語は、中国史「史記」に登場します。全130巻から成るこの膨大な書物の中の、「天官書」で星の配置を星座とし、それを制度とする記述がされています。
 「星座有尊卑若人之官曹列位故曰天官」
 これは、「星座も人と同じように尊いものと卑しいものがあるから天官という」と星座の考え方を説明した文です。
 中国の星座は、総数300近くあり、非常に細かい定義がなされています。そして、それらの星座を非常に事細かく分類しているその方法は、中国の宮廷組織、官僚制度になぞられて取り決められているのです。これが、「星座に尊卑がある」という意味です。
 中国での「星座」は「星宿」と同義語ですが、日本では「星座」は西洋文学のConstellationの訳語として使用、定着しました。
 このConstellationという単語は、con(一緒に)とstella(星)が元となっています。ラテン語ではConstellatus(星をちりばめたもの)と言う言葉からconstrllatioとなり、これが星座という意味の言葉になります。この単語が、英語、フランス語ではConstellationとなる訳です。

 これが言葉そのものですが、では、一体誰が作ったものか。
 実は、誰ということはないのです。元々の星座の形は、国によって、民族によってそれぞれに作られた物です。
 夜空に輝く星々を眺めていたら、何かの形に見えました、というだけの事です。
 一番わかりやすいのは、おおぐま座。こう言うと、どの星座だか分からない人もいるかも知れませんが、北斗七星、と言うと分からない人の数は随分と減るのではないでしょうか。西洋諸国ではおおぐま座。しかし、その尻尾の部分は中国や日本ではひしゃく型として、北に輝く柄杓の形の七つ星、北斗七星と呼ばれていたのです。
 どちらが正しいと言うことはなく、これが星座というものです。

 しかし、この古くからある星座というものは、無数とも思える程に輝く星々を記録する為のグループ分けをするには非常に有用な手段でもありました。
 ある星座に属している星であれば、××座の×番星と表現できるのです。
 しかしこの時に、例に示したような事態が起こるのは問題です。おおぐま座の一部は北斗七星では、この場合具合が悪いのです。そして、同様に、ある場所に関しては星座がない、というのも困ります。
 こうして、1928年。国際天文同盟の制定という形で、どの星も何らかの星座に属し、各星座は重複がないようにと決められてたのが、現在の88星座と定義されたものです。

 夜空を見上げ、星座を見ていると、何故これがその形に見えるのか?どうしてもそうは見えないと言う場合もありますが、それには、こうした事情や、芸術的な絵を描く為に、半ば強引に星座として組み込まれた星もあるからなのです。

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