スパイ23





スパイ23(ニサン)のことを語る奴は、誰だって遠い目をしちまう。23は「男の背中」を持ったスパイだったのさ。

23は「マグロ」と書かれた箱に入って、地下の冷蔵室に潜伏した。真夜中まで待って、食材用のリフトで2Fの厨房まで昇ってやろうって寸法だ。誰でも思いつくことかもしれないが、実行できるのは23しかいない。冷蔵室の寒さには、アザラシの生肉を頬張れるぐらいの豪傑でなきゃ耐えられない。23は頭じゃなくて、身体能力でセキュリティの壁を破るタイプのスパイだったんだ。「敵が計算できねえ身体さ持ってれば、月並みの頭でもなんとかやっていけるだよ」ってのが奴の口癖だったね。
23は晩飯の食材が運び出されるのを待ってから、箱を突き破って外に出た。最初に口をついて出たのは、「暑い」。おれも23との付き合いは長いが、奴は自分でカスタマイズした強力なエアコンを持っていて、いつでも設定温度はマイナス、部屋のドアから白い煙が漏れてるのは当たり前っていう恐ろしい体質だった。
23はポケットからタオルを取り出し、顔や首筋の汗を拭う。時計を見ると、まだ19時だ。予定の時刻まで4時間もある。23は大あくびをして、床に大の字に寝転がった。虎が威嚇しているような鼾が冷蔵室に響く。
うっかり2時間も寝過ごしちまったが、23は気にしない。頭を捻って首の骨を鳴らすと、視界に入った大根をおもむろに掴んで、豪快に食らいついた。二口、三口食べただけで、無造作に放り投げる。そして今度は白菜を鷲掴みにして、ラップの上から囓りついた。それも半分も食わないうちに床に叩きつけると、うおおと唸りながら、でかい足で踏んづけてペチャンコにしちまった。
「さあ……い、いくべや」

23はフランクフルトより太い指でリフトのボタンを押した。ドアを開けて、ドアスイッチを殺してからアップのボタンを押す。リフトは上昇し、2Fに着床した。ドアを開くと、厨房はもちろん真っ暗だ。23は懐中電灯の明かりを頼りに進む。23は岩のように黙っている。

23はその任務で捕まって死んだけど、あんなに愛されたスパイはいなかったね。



■ BACK TO "SPY100" TOP