スパイ13:DISTANCE2
スパイ13(イチサン)はとんだ裏切り者だった。当局に持ち帰るべき情報を使って“ゆすり”をやろうなんざ、スパイの風上にも置けねえ奴だ。
13はジロウという日本人外交官の事務所で熱いグリーンティーを啜っていた。
「この写真を見たら、やっこさん、腰抜かすにちげえねえ。長年背負ってきた“サムライ”の看板を“スケコマシ”に変えなきゃなんねえんだからな」
独りクツクツと笑い声をあげる13の前に、ジロウが現れた。
(なるほど、日本刀みてえに鋭い佇まいじゃねえか。ゆすり甲斐があるってもんだ)
ジロウは完璧な発音で礼儀正しく挨拶を済ませると、率直に用件を訊いてきた。
「いやね、お時間を取らせるほどのもんじゃないんですけどね。ちょいと面白い写真を手に入れまして」
13は勿体つけるようにゆっくりとした動作で、テーブルの上に数枚の写真を並べる。ジロウと若い日本人の女がホテルのレストランで食事している写真や、二人で部屋に入っていく写真などだった。
「へへ、きれいな女性ですなあ、羨ましい。ええ、もちろん、海外で戦うサムライには息抜きが必要でさあ」
13はジロウの顔色を窺う。ジロウは固く口を結んでいた。13は身を乗り出す。
「でもですねえ旦那、気がかりなのは、遠い日本で旦那の帰りを待っていてくれる奥さんですぜ……。これがサムライのすることですかい」
13はここぞとばかりに切り札のテープを再生した。お久しぶりです、元気だったか、などの挨拶がポツポツと聞こえる。
「いやあ、言葉少ななところがまた、いい雰囲気ですなあ。日本人は“秘すれば花”なんて言うそうで。パリは2年ぶりでしたっけねえ。そんなに女を待たせちゃあいけませんぜこの罪作り」
ジロウは写真を手に取って、微笑み合う二人を見ながら目を細めた。
「そうでしょうそうでしょう。まったくいい写真でさあ。何なら記念に持ち帰りますかい?」
そのとき、内線が鳴った。「ああ……うん。ちょうどいい。通してくれ。あと、急ぎじゃないけど、警察も呼んでくれ」
13は慌てた。「い、いいんですかい? 写真を週刊誌に売りますぜ」
ジロウが「売れないよ」と返事したとき、ドアのノックが聞こえた。部屋に入ってきたのは、写真の女だった。
ジロウは振り返り、「よう。こちらはしばらく娑婆にいられなくなるんだが、挨拶してやってくれ」
女は丁寧にお辞儀して、「妻のマサコでございます」。
「えっ? そんな、だってお前ら、距離が……」
スパイ13は間抜けな裏切り者だった。裏情報を掴む腕は一級品だったけど、誰でも知ってる情報を知らなすぎたのさ。
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