銀色インモラル白書
  written by R.TAKEMURA / arranged by S.NUNOI   last update : 01.07.01



ビデオのレンズがカヅキを捉えている。カヅキは撮られている自分の顔を意識することができず、股間から脳天まで貫かれた快楽に目玉を鈍く光らせている。

カメラがベッドの脇に置かれ、カヅキは後ろからぶちこまれた。
ベッドのスプリングと一緒にカヅキの筋肉は激しく軋んで、喘ぎ声が天井に響いた。
棚の上に置かれたカメラが音もなく、犬のように身を伏せたカヅキの姿を捉えてる。
カール・ツァイスのレンズが、白人の目のように青みがかった色をしてカヅキを見つめている。
どうしてカメラのレンズは人の目のように丸いのだろう、映像は四角く映し出されるのに。そんな考えがぼんやりと頭に浮かんだが、思考は性器を通して伝わる高圧電流に痺れ、銀色の花火がスパークして視界が真っ白になる。真っ白になった思考が部屋を遊離して鉛のような肉体が白いシーツの上に重く沈んでいると、男がカメラを片手に持ったままカヅキの髪の毛を掴んで顔を上に向けさせてスえた臭いのする白い液体を大量に浴びせた。カヅキは目をつむっている。男の持ったビデオカメラのことを忘れて放心している。目を開くと、顔から太股に白い液体が長い糸を引いて落ちた。温かかった液体はもう冷えていた。

        *   *

トオルの家で歯ブラシを買い換えることになるとは思ってなかった。
町で優しく声をかけられて付き合い始め、トオルのマンションの方がカヅキのアパートよりもきれいで快適だったので住み着くようになった。男友達と女友達一人ずつから、似たような話を聞いたことがあった。普通で、退屈なシナリオだったが、トオルのことを退屈とは思わなかった。薄く色を抜いた髪を肩まで伸ばしてピアスをあけたトオルはホストのようで、カヅキは警戒していたが、話を聞くと出身地が一緒で、同じように東京に上京して都内の大学に通っていることが分かった。顔はそれなりだったが話が面白かった。ときどきどうしてこんなに喋り続けることができるんだろうと不思議に思うことがあっても、カヅキにとって退屈しないことがいちばん重要だった。

トオルはカヅキのカメラマンになった。
トオルは高校の頃カメラで遊んでいたが、飽きて友達に売ったと言っていた。一眼レフのカメラは、実家で埃をかぶっていたときには気付かなかったが、若いトオルが慣れた手つきに操られるとかっこいいアクセサリーのように見えた。
トオルは「きれいだね」と言ってシャッターを押す。
カヅキは写真を撮られるのが嫌いではなかった。写真を撮られるのが嫌いな子なんて友達にもいなかったが、カヅキは体の線が細く、初対面の他人に「モデルみたいだね」と言われても慣れているからさほど嬉しくないくらいだった。しかし自信のあるところを誉められて、嫌な気持ちになる人間はいないだろう。
カヅキはトオルの言うがままにポーズを決めた。
左上から見下ろすように写される顔に一番自信があった。
葬式で飾られる写真もこの角度がいい。

        *   *

トオルは新宿の電気店でデジタルビデオカメラを買ってきた。
「いやだよ」
カヅキはビデオ撮影に軽い抵抗を示したが、撮られた映像を見て自分でも芸能人みたいだと思い、かえってカメラから逃げようとしている方がみっともないことに気づいた。
カヅキは写真のときと同じように、ビデオに撮られる自分を意識して表情や動きを決めるようになった。アイドルのプロモーションビデオだ。背景にトオルの洗濯物や食べ残したカップラーメンの器が映っていても気にならなかった。
あるときベッドの中で、トオルがふざけた調子で「いいじゃんよ」と裸のカヅキをビデオカメラで撮ろうとした。
「いやだよぉ」
カヅキはちょっと怖くなって本気で嫌がったが、トオルが甘えた声で「お願い!、誰にも見せないから。友達が来ても見つからないとこに隠しとくから」と頼んできたので、どこに隠すつもりなのかをちゃんと確認してから、しょうがなく撮影を許した。カヅキは「お願い」という言葉に弱かった。
映されてみると、変に照れたり嫌がったりしている態度は醜いということに気づいて、なるべく平然とした、Natural な態度をとるようになった。
べつに裸を撮られるぐらいどうってことないよ、生まれたときはみんな裸だし、恥ずかしくなんかないよね、だって、きれいでしょ、そんな意志を込めてカヅキは裸をカメラの前にさらした。
それからセックス映像を撮られるまで、わずかな月日しか要さなかった。カヅキはポーズを決めるのもセックスを撮られるのも人に見せなければ同じだと思うようになっていたが、撮影されたテープを見る気はしなかった。
「おれたちの思い出に、さ」
トオルは笑う。
「おれたち」という言葉になぜかピンとこない。

        *   *

ある日、カヅキとトオルは激しい喧嘩をした。
きっかけは些細なことだった。
カヅキが雑誌を見てウエディングドレスの話をしたら、トオルが将来のことを、就職や結婚や子供のことまで熱く語りだした。
あまりの真剣さにカヅキは引いてしまった。全身がトオルを突き放したい気持で充満して、憎悪に興奮した。アドレナリン。
「愛してるって言ってんじゃんか」
トオルは泣きそうだ。カヅキは早口になる。
「なに言ってんの、なんで私のことを愛してると思ってるわけ?」
「口じゃ言えないけど、なんかこうさあ、ハートで感じるんだよ。わかるだろ?」
トオルの唾が飛んでくる。
「げぇっ、よくそんな恥ずかしいこと言えるね。口で説明できない何を感じるの? 感じるのはカラダでしょ? 私はハートなんて感じないよ。気持よければそれでいいよ。愛とかわかんないけど気持いいのは感じるもん。だいたいさあ、思い出とか言って写真とかビデオとか撮るのも、かなりキモいんだけど。なんなの、後から眺めてにやけたりオカズにしたりしてるわけ? やばくない? もういいよ、私は過去とか思い出とか。いまが楽しいから一緒にいるんでしょ?」
罵倒の言葉に喉を震わせるのは気持よかった。
「じゃあなんで一緒に住んでるわけ? おれのことが好きだからじゃないの?」
「べつに。いまはたまたま便利だからだよ。将来のことなんかどうだかわかんない」
「将来は結婚すんじゃないの? おれはカヅキと結婚してもいいって思ってるんだけど」
「結婚と恋愛はべつ。それに私、結婚する気なんてないよ。料理洗濯なんて私、する気ない。結婚なんてばばぁになってからすればいいんだよ。いまは若いんだから、うざいことはおことわり」
トオルは黙ったままうつむいている。
長い髪の毛で顔が隠れている。
ハイヒールで踏みつけてやりたい。
このままここにいるとトオルはいつものようにめそめそ始めると思って、そうなると余計に腹が立ってくるので、カヅキは立ち上がって家を出た。
「もうつまんないから。じゃあね、ばいばい、さよぉなら」

        *   *

しばらくの間、電話が分刻みで鳴り続けたがカヅキは無視し続けた。
新しい男ができた頃、ふとトオルの家に大量にあった写真やビデオがどうなったか考えると不安になった。どこかにばらまかれたり、インターネットで世界中に公開されたりしてはいないかと怖くなった。スウェーデンあたりの白人のじじいがアジアンプッシーとか叫びながら独りでよろしくやってるかと想像すると背筋がぞっとして、街を歩いていてもときどき不安のあまり失神しそうになった。
カヅキは、あと一度だけトオルに会うことに決めた。

待っていると電話はこなかった。
苛立たしく、ますますトオルが嫌いになった。
やっとかかってきた電話には準備通り愛想良く他人行儀に応対して、今度会うことを約束した。嬉しさを押し殺しているトオルが生々しくて嫌だった。
トオルは夏休みで実家に帰省していた。一週間後には東京に戻ってくると言っていた。
なぜかすんなり会えないような気がした。

一週間が過ぎてもトオルから連絡がなかった。
カヅキはトオルに何度も電話をしてみたが繋がらなかった。
いまの男に相談しようかと迷ったが、もう少し待ってみることにした。
電話が鳴って、トオルでなくいまの男からだと、思わず受話器に向かって「おまえじゃねえよ」と口走りそうになった。

夏休みも終わりに近づいて、突然カヅキの家に段ボール箱が送られてきた。
無造作な、無地の、引越用の段ボール箱だった。
送り主にトオルの名字だけ書いてある。
中身を予想するのはやめて、とにかく開けてみた。
輪ゴムで縛られた写真の束と、大量のビデオテープ。
ほっとするような釈然としないような気持でいると、箱の中に一枚の手紙が目にとまった。
封を切ったとき、腐った水のようなにおいがした。

  突然のことではありますが八月十日にトオルが交通事故に遭い、
  病院で亡くなりました。
  東京のトオルの家を整理していましたら写真やビデオが
  たくさんありましたので、
  勝手に処分していいものか分かりかね、
  送らせていただいた次第です。
  あなたのことは息子から話は聞いておりました。
  ご迷惑でしたら御自由に処分してくださって構いません。

送り主はトオルの母親だ。
カヅキにはどう受け止めていいのかわからなかった。
ばらまかれなかったことを喜んでいいのか、トオルの母親に見られてしまったことを恥ずかしく思えばいいのか、わからなかった。そして嫌いになったとはいえ、恋人だったトオルが死んだことも、どう気持ちを反応させたらいいのかカヅキにはわからなかった。
いまカメラを向けられたらどんな表情をすればいいのか、わからなかった。

        *   *

その日の夜、カヅキは送られてきたビデオを見てみることにした。
いままで見ることができなかった裸のカヅキがブラウン管に映し出された。カメラに向けて笑いかけている顔、自分の裸、様々な体位であえいでいる顔。
恥ずかしがってもしょうがない、今の私には関係ないと思い、意地になって全部のビデオテープを見続けた。
全身タイツを着てローション漬けにされているカヅキは、大きく喘ぎ声をあげながらさりげなく髪を整えている。尻の処女を失った瞬間も、唇をなめて紅を甦らせている。口腔で精液を受け止めるときも、鼻をつまもうとしたトオルの手を払いのけている。
カヅキはいつでもカメラを意識していた。どのビデオでも、主演と監督をかねていた。トオルはあくまで助演兼カメラマンだった。
最後のテープには星印のシールが貼ってあった。
再生すると、他のテープと同じようにポルノビデオじみた奇異なセックスが展開されている。しかしそのテープのカヅキは、他のテープでのそれと比べて異様に興奮していた。トオルの目を食い入るように見つめ、顔を紅潮させていた。トオルも途中から卑猥な言葉を発するのをやめて、正常位のままカヅキの中で尽き果てた。すべてが終わってキスしているカヅキの目尻に涙が光っている。

こんな夜あったっけ、と我を忘れて見入っていたカヅキは、ふと鏡に映った自分が疲れて年老いたように見えてアライグマのように両手で顔をこすった。

        *   *

ベッドに入って目をつぶると、長いことテレビのブラウン管を見続けたせいか、まぶたの奥で白い光がちかちかしていた。
眠りに陥る瞬間、カヅキは落ちていく意識の中で考えた。

「……トオルの顔ってどんなだっけ、
あれだけ思い出だとか言ってたトオルは、ビデオに映ってない……、
覚えていない、誰のための記憶、なんのための思い出、
なんのための……、
星印のテープはいつの映像だろう……
トオルの顔……
思い出せない、私は……
でもその方が、いいや」

 夢の中 カヅキは橋の上に一人 立っていた
 橋を越えて 河の向こうに ちかちか光るものが見えた
 それは 電気信号のノイズのように 銀色の花火のように
  冷たい色を放って 光っていた

   ……痛いよ

 やがて ちかちか光るノイズが 橋を覆い
  橋の上のカヅキを覆い 視界が
   銀色の風景の中に
    閉じ込め られた。

        *   *

次の日の朝、カヅキは生理が来ていて体がだるかったが、燃えないゴミの日だったので写真とビデオテープをゴミ袋に入れて捨てた。
騒がしい朝。



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