讃岐うどん
  written by R.TAKEMURA / arranged by S.NUNOI




私の彼はとても蘊蓄が多い。
けれど私はそんな彼が大好きだ。
端から見れば彼は嫌な奴に見えるかもしれない。
そして私は、そんな嫌な奴におとなしく従っている頭の悪い娘と思われるかもしれない。
でも彼は私にとって最高の芸人だと思う。
彼はいつも私を笑わせてくれる。
みんな誰だって彼のような人が傍にいるはずだ。
他人からはとても面白いとは思えない、身近な関係だけで通じる笑い話は人の数だけあるのだろう。
それはなんでもない、例えば弟や妹が、少なくとも自分にとっては代わりのいない貴重なお笑い芸人であるように。
そのとき私は、彼らにとって唯一の、喜ばしい観客となるだろう。

そんなわけで讃岐うどんである。

彼はテレビや雑誌の影響をとても受けやすい人で、テレビでラーメンの特集をやっていればその日の夕食はラーメンになるし、取り上げられることの多いチャーハンは幾通りもの作り方をマスターしていた。
だから彼に「旨い讃岐うどん食わせてやるよ」と言われたときは、またテレビかなにかで特集されていたのを見たんだなと思い、その思惑は正しかった。

そんなわけで讃岐うどんなのである。

彼の家に行くと彼はエプロンを付けて、頭にバンダナを巻いてそれらしい佇まいで私を迎えた。
格好から入るのがいつもの流儀だ。
テーブルには買ってきたばかりの材料が並べて置いてある。
私は荷物を置くのも急かされ台所へと連れ出された。
彼がいつものように説明を始める。
「讃岐ではうどん食わない日がないくらい、うどん食うらしいけど、今日は家でもめちゃくちゃ簡単に作れて、しかも旨い讃岐風のうどんを作るよ」
そしていつものように私のことなんかお構いなしといったふうに事を始める。
私は微笑んで見守るばかりだ。
「材料はこのパックに入った茹でうどんと、生姜と醤油、これだけ。チューブでもいいから生姜は絶対に必要で、これだけで今まで食ったことのないような旨いうどんが食える」
あまりの材料の少なさに私は不安になる。
彼は私の不安に気づく様子もなく自信たっぷりだ。
「まず麺を茹でる。箸でほぐしながら、同時に器に醤油と生姜を適当に入れておく。麺がほぐれたら一分くらいでざるに上げて、冷たい水で麺をごしごし洗う。これが大事。すると麺のぬめりが取れて、同時にしこしこした腰が出る。それで微妙に麺についた水で醤油を薄めながら、あ、これは意識しなくても勝手に調整されるんだけどね、器に盛る。ゴマ油なんかを垂らすとさらに旨くなるんだよ。あとは箸で麺をざくざくかき混ぜて出来上がり」
渡された器を持って言われたとおりに箸でざくざくかき混ぜる。
「食ってみな」
滑りやすいうどんを一、二本捕まえて口に持っていく。
口に入れてもぐもぐ食べる。
彼が口を挟んだ。
「違うんだな。食い方が重要なんだよ。本当はそうやって座って食うんじゃなくて、立ったまま食った方がいいんだけどね」
そう、材料を見たときから薄々気づいていたが、こんなに少ない材料では味はそこそこでしかないはずだ。
蕎麦の旨さが啜るときの音にもあるように、このうどんにも、なにかプラスアルファがあるはずだと思っていた。
「お上品に一本一本もぐもぐ食うんじゃなくて、このうどんを三回くらいで食ってしまうくらいの勢いで、そう、がばっと箸で掴んで、器に口を付けて、こんなふうに、かき込むようにして口に押し込むんだよ。それでそのまま噛まずに呑み込むんだ。うどんは喉越しだからね。こんなふうに」
彼がずずずぅーとすごい音と勢いでうどんを喉の奥に詰め込んだ瞬間、

「う゛ふぉっ」

と今まで聞いたことのない変な音を立てて、彼の蘊蓄が爆発した。



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