NAKED2.0
真昼だった。
背中にかいた汗で、斜めに傾いたソファから滑り落ちて目が覚めた。部屋の天井に開いた大きな裂け目から、夏の陽射しが射し込んでいた。ぼくはめくれあがった畳と、折れ曲がった鉄骨を跨いで、崩れた瓦礫とタイルで腰まで埋まった風呂場に行った。もぎ取れた蛇口のあった壁から、水が噴水のように吹き出している。顔を洗い、口をゆすいで、タオルで拭きながら部屋に戻った。すっきりすると、急に気取った気分に憧れて、ひび割れたCDケースからモーツァルトのCDを取り出した。奇跡的に助かったプレーヤーにセットすると、ボリュームが壊れたアンプのスイッチを入れてスタートさせた。潰れずに済んだ片方のスピーカーから、調子っぱずれのモーツァルトが響き渡る。割れた窓、崩れ落ちた壁から家の外、ぼくの住む街へ向かってピアノがメロディを奏でる。
崩れ落ちた壁の間から、埃まみれになった『アキラ』を取り出して読み始めた。沖縄でパインアップル、キューバでキューバンダンス、ハワイでブルーハワイ? 瓦礫の山で『アキラ』。マンガの世界が現実となった。瓦礫の山、むき出しのアスファルト、裸にされた街。『アキラ』よりも、さいとうたかをの『サバイバル』の方が近いか。ぼくの部屋はアパートの2階にあったが、今では下の駐車場に落下して1階に移った。直下型マグニチュード9・5が襲いかかったとき、ぼくはソファの上で眠っていた。ビッグウェイヴに飲み込まれたサーファーの悪夢が夢うつつ、地上に落下した。
腹が減ったので外に出た。『裸のランチ』としゃれこもう。とはいっても裸なのはこの街だ。アスファルトはひび割れて剥がされ、隠れていた大地が生き物のように内蔵をさらけ出している。もちろん車は走ることができない。高速道路も新幹線も陸橋もビルディングもみんな崩れて落ちてしまった。きっと瓦礫の下は人間の死骸でいっぱいだろう。最近は風が吹くと、熱せられた空気と一緒に腐臭が鼻につく。ぼくの汗まみれの体は、埃と腐臭を吸い寄せるだろう。鼻が完全に麻痺している。
水道管は破裂して新しい河と湖が誕生した。街には水が豊かにある。魚が泳ぐのも時間の問題だろう。ビルディングも屋上の貯水槽が破裂したためか、上から下へ水が流れ落ちている。水に濡れ、暗い色したビルディング。滝のようだ。コンビニの弁当は腐っていて手がつけられない。ランチは決まって乾物と缶詰。必要な分だけ袋に詰め持ち帰る。必要な分だけ、というのはいつのまにかできた街のルールだ。
途中、空に爆音が響き、見上げるとヘリコプターが数機群がっていた。今の時間、地上にぼく以外の人間は見当たらない。みんな郊外へと脱出した。それでも身寄りのない老人や、ぼくのような若者はここに残っている。あんまり暑いのでみんな夜行性になってしまった。だれも助け合おうとせず、それぞれ勝手に生活している。ときどき昼間でも人を見かけることがある。しかしアパートの隣人と同じで声をかけることはない。部屋に戻ると水を浴び、壁に立てかけられ、斜めになったソファの上に、素っ裸になって寝ころんだ。
暑さのせいでなにも考えられない。頭がバカになる。「冬になったらどうしようか」と、全身から汗を吹き出しながら、考えてみた。途方もないことのように感じる。「冬になったら思いつくだろう」と結論づけて、静かに目を閉じた。
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