NAKED





サラックの実を口いっぱいに頬張ると、口元から果汁が溢れ出てきた。飲み込んだサラックの水分はぼくの身体の中を、真夏のベッドの中で冷たい場所を探す足みたいに、隅々まで触って、濡らして、冷やしていった。肩のあたりから逆流してきた水がぼくの首筋を通って、頬を通り過ぎて、内側から目玉を濡らす。そよ風が眼球を撫でて、ひんやりと心地好い。目薬の CM みたいに視界のピントがぴったり合って、ジャングルの奥の、そのまた奥まで見通せそうな気がする。ぼくは汗に濡れた前髪をかき上げて、ナルシスティックに顎を突き上げ、森の天蓋に顔を向ける。「THE FOREST」、ぼくはそう呟いた。続いて「森の生活」、「THE WOODS」など、思いついた言葉を次々と口に出してみた。一つ一つの言葉の間にどれだけインターバルを置いても、誰も急かしたりはしない。猿や鳥や蝉の声が折り重なって雨音のようにナチュラルなノイズを作り出しているだけだ。あとはぼくが呼吸する音。それだけだ。涼しい。汗がひいていく。最高だ。きみはいま、どこにいるのだろう。木々がつくる屋根の影には、温度があるようだ。薄い影のフィルムを地面からそっと剥がして、身体に巻き付けて眠りたい。完全な自由だ。猿の鳴き声を真似て大声で喚いてみる。振動した大気が渦を巻いて、龍のように空に舞い上がっていく。広い、とてつもなく大きなジャングル。満員の山手線は山と河に変わってしまった。丸井やパルコは咲き乱れるデイジーに取って代わられた。でも残念とは思わない。ぼくにバーニーズ・ニューヨークやダナ・キャランの服はいらない。完全な裸だ。ネズミを捕まえて、カリカリの天ぷらにしよう。新宿御苑や浜離宮恩賜庭園の草花だって、沖縄やプーケットやオーストラリアの木々だって、ここの緑ほど鮮やかな緑色じゃない。バイクは大好きだったけど、椰子の木はもっと好きだ。東名高速はなくなって、どこまでも続く森林のフィールドに変わったんだ。熱帯は、終わりなく続いている。
数年前、ぼくは怒れる青年だった。本の中からナイフや毒ガスやバズーカ砲を探し出してきて、カボチャたちを斬りつけたり、腐らせたり、木っ端微塵に砕いたりしていた。夜の通りに立って、どす黒い隈の上に血走った目玉をぶら下げていた。禁欲的で冷酷な顔をしながら、燃える血飛沫の熱で連中をドロドロのパンプキンスープに溶かしてやった。カボチャたちの亡霊は毎晩、部屋の壁際にぼくを追いつめた。ぼくは部屋の隅で凍えている青年だった。ぼくは恋に落ちた。魚の跳ねる湖の中心に向かって小舟を漕ぎ出した。オールは軽くて、どこへでも行けそうだった。彼女と暮らすなら何区がいいか考えた。でも、彼女はいなくなってしまった。間違って文学部の卒業式に出席したあと、内定していた教職の仕事はゴミ箱に捨ててしまった。
和民やアコムや松屋の看板は消えて、いまぼくの手には、甘い匂いのナッツや木苺が溢れている。マクドナルドもミニストップもないが、代わりにランセップやパイナップルがある。誰がぼくを止められるだろう。無限の自由。森の生活だ。大きな蜂が花の蜜を吸っている。800 MHz の電波やケーブル回線の代わりに、瑞々しい大気と曲がりくねった蔦がある。恐竜でも現れそうだ。そしたらそいつの頭に乗って、ジャングルじゅうを練り歩こう。ここには何もない。箱根そばもアサヒ芸能もベーグルも TSUTAYA もガリガリ君も、何もない。でも、花が咲いている。鮮やかな原色の花々が、深く力強い緑に明るい彩りを添えている。ジャングル。裸の生活。すばらしい。ここは天国じゃないのか。あとはウォシュレットさえあればなあ……。



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