相部屋:彼の闇の生活
彼はとても感じのいい男だった。サッカー後進国からやってきた私に対し、誰よりも先にうち解けて、気さくに話しかけてくれた。頭髪は緑色で、ちょうど中国のドラゴンのような形に結われている。顔も「エース殺し」の異名にふさわしい、コブラのような凄みがある。しかし物腰は穏やかで、礼儀正しい。私は初めての合宿で彼と相部屋になったことを喜んだ。
「おやすみ」「ああ、おやすみ」
部屋の明かりが消える。
私は暗い部屋の中で目を閉じず、翌日の練習のことを考えていた。サイドからのクロスだけではだめだ、中央に切り込んで決定的な仕事をしないとアピールにならない、最初のチャンスを逃さないようにしなければ……握り拳をつくる私の耳に、異様な音が聞こえてくる。風、いや、強力な吸気の音だ。何だろう、と私は耳を澄ます。吸気音は徐々に大きくなり、やがてその音に重なって電話のプッシュ音に似た電子音が狂ったように乱発される。私は闇に慣れた目で彼の方を見た。彼は横になったままだ。電子音がピタリと止まり、大勢の赤ん坊が笑っているような声が聞こえてくる。スピーカーの音が割れたような金属的な笑い声だ。頬や首筋に鳥肌が立った。彼が起き上がる。「もしもし」
彼は携帯電話で話し始めた。何だ、単なる着信音か、驚かせやがって……。まだ心臓が高鳴っている。どうしてあんなに不気味な着信音に? 私は音を立てずため息をついた。彼は電話に向かって「お疲れさまです」「10日以内でしたら返品可能です」などと話している。ビジネスマンのような喋りだ。こんな夜中に誰と、何を話しているのか……。通話を終えた彼は、再び横になる。私は寝息を深くして、見て見ぬふりをした。
しばらくして、ライターに火を着ける音が聞こえた。何だ煙草吸うのか、前のクラブにも煙草を吸う選手はいたけど……。私がそう思っていると、彼は「ウゥ、ウゥ」とうなり声をあげ始める。「ウゥ……アチチ」何をしているのかものすごく気になるが、見ていいものなのかわからない。やがて彼は「フフン」と鼻で笑い、また横になった。静まり返る部屋。私は彼と相部屋になった不運を呪っていた。
翌朝。彼の方が先に起きていた。彼は私のためにグレープフルーツのジュースを注いでくれた。左目が真っ赤だ。右目と較べて、異様に充血している。
「なあ、初日が大事だぜ。おれはおまえにパスを回すからな」
やっぱり感じのいい男だ。
そうだ、私には私の生活がある。今日が勝負なんだ。彼の左目が赤かろうと関係ない。いま、彼の闇の生活に興味を持っているヒマは、ない。
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