望美たちが温泉を堪能し、帰宅の途についたあと。 一足遅れて、九郎、弁慶、景時が入っていた。 「浸かる湯というのもいいものだな。」 「そうだね〜。出湯なんて滅多に入れないから、気持ちいいねえ〜。」 「ここの湯は、切り傷や火傷にとてもよく効くんですよ。二人とも、大怪我をしたときには来るといいかもしれませんね。」 「・・・・縁起でもないことを言うな、弁慶・・・・」 「あははは。」 星空を見上げながら、三人三様、のんびりと、無色透明な湯に身体を任せる。 普段使っている蒸し風呂とは違う、ゆるゆると体躯を取り巻く浮遊感は、慣れればなかなか心地良いものだった。 「これで戦のことがなければ、もう少しゆっくりしていけるのにね〜。」 「・・・・景時。」 「冗談だよ、冗談。」 慌てて手を振る景時を庇うように、弁慶が笑んだ。 「出湯に浸かると、憂さを忘れるという効能もあるんですから、景時は悪くないですよ、九郎。」 「それは・・・・・・・そうなのかもしれないが。」 「九郎が気にしているのは、平家の者が熊野に入り込んでいるらしいという情報ですか?」 「そうだ。」 「僕のほうで調べてみますよ。地元ですから、教えてくれそうな人に少々心当たりがあります。」 「そうか。そうしてくれると助かる。」 暫し堪能したあと、湯からあがり、さっぱりとした身体に着物を着こむ。 三人は夜道を帰路へつきかけた。 ---- そのとき。 「きゃっ」 「おっと。」 ちょうど出湯のほうに来た二人連れの若い女性と弁慶が、肩をぶつけあってしまった。 とっさに、転びそうになる彼女を支える弁慶。 「大丈夫ですか。」 「ご、ごめんなさい。足元がよく見えなくて・・・・。」 「いえ。あなたが転ばないで済むのなら、僕はここにいてよかった。お怪我がなくてなによりでした。」 「・・っあ・・・・い、いえ、ぁ・・・・・」 謝っていた女性は、顔をあげて弁慶の顔を見た途端、頬を赤らめた。 顔に、 ”素敵なひと・・” と書いてある。 にこり、と、弁慶が微笑んだ。 「--------- この近くにお住まいの方々ですか?」 「「は、はい。」」 「どうりで、綺麗な方々だと思いました。こちらの龍神温泉は美人の湯で有名だと聞いてきたのですが、噂は本当なのですね。あなたがたのような美しい女性がいらっしゃるなんて。」 「「・・・(ぽうっ)・・・」」 「輝くような肌ですね。数日こちらに滞在しようと考えているのですけれども、僕でも恩恵に預かれるでしょうか。」 「まあ。きっと大丈夫ですわ。他の土地からも、都からも、時々この湯に浸かりに来る方がいますけれども、肌の荒れや怪我がすっかりよくなったって話を良く聞きますもの。」 「そうそう。先日も都から武士の方がいらっしゃって、傷を癒していかれたし。」 「武士の方ですか。それは、怖くありませんでしたか。あなたがたのようななよやかな女性に、刀など恐ろしいものでしょう。」 「まああ・・・・」 「 「-----」 「九郎!」 「あ、ああ。なんだ、景時。」 「先に帰ろうよ。」 「あいつをおいてか?」 少し先に行ったところで、弁慶と二人の娘のやりとりを見聞きしていた九郎は、景時と話をしながら、目線を弁慶のほうへ向けた。 「待っていなくていいのだろうか。」 「まだかかりそうだし、情報収集は彼に任せたほうが効率良さそうな気がしない?」 「そ・・・・」 そうだろうか、と。そういうわけには、と。 どちらの言葉を言おうかと一瞬言葉に詰まった九郎は、 「・・ ----------------- ・・・いいんですか、他のところも見せてくれるなんて という、一見遠慮していそうで実は押している、弁慶の誘うような科白を聞いて、くるりと背を向けた。 「そうだな。先に帰ろう。」 「でしょ〜。」 九郎と景時は、二人の娘の注意をひかないように、そっとその場を離れるのだった。 ◇ 九郎と景時が先に帰ってきたのは、ある意味正解だった。何故なら、弁慶が帰ってきたのは、かなり夜が更けてからだったから。 「・・・・・・・・・・遅かったんだな。」 足音を聞いて、戸の外へ出た九郎が話しかけると、 「起きて待っていてくれたんですか、九郎。」 咎めるような言葉とは裏腹に、表情はにこやかな弁慶が返事をした。 「先に寝(やす)んでくれていてよかったのに。」 「軍師が帰ってこないとなれば、将としては気になるだろう。」 「すっかり湯冷めしてしまったので、もう一度入ってきたんですよ。」 「そうか。」 「もう一度くらい、ゆっくり入りに行けるといいですね、九郎も。・・・・もっとも、今のままで十分美人ですから、九郎の場合はそう何度も浸からなくて大丈夫だと思いますが。」 「! 俺のことまで口説かなくていい・・ッ」 顔を赤くして明後日のほうを向いた九郎に、くすっと笑いを零したあと。つ、と弁慶は声を潜めた。 「・・・・・少し前ですが、揚羽蝶の紋をつけた太刀を持った男がここを通ったそうです。」 顔を弁慶のほうへ戻し、九郎が真顔になる。それへ微笑んだまま弁慶が続ける。 「雑兵らしき者も何人か。心当たりの者にも尋ねてきたのですが、間違いないようです。」 「・・・」 「先を急ぎますか?」 「明日出発しよう。」 「解りました。」 「弁慶。」 「はい。」 「適材適所という言葉を、俺は最近よく考える。」 「効率が違いますからね。」 「おまえには、俺が出来ないことばかり頼んで悪いと思っている。・・・・・すまない。」 「いえ。僕で役に立てることがあれば、そのほうが簡単に済みますから。九郎は九郎にしかできないことがたくさんありますからね。」 「・・・・・そうだな。」 ぱたん、と。 部屋へ戻った九郎の後姿を見送ったあと、弁慶は自分の部屋に戻っていった。 頭のなかに、今日出湯で会った娘たちに、 「「また、ここで会えますか?」」 と聞かれて、 「こちらに滞在するかぎりは、また来たいと思っています。」 と答えたことがちらりと掠めたが、嘘はついていないから、特別、咎める良心はない。 それよりも、 「さて。こちらの宿主への御礼はどのくらい包みましょうか。」 そちらのほうが大事だった。 なにしろ、旅の道連れたちときたら、そういうことに疎そうな人間ばかり。リズと敦盛は浮世離れしているし、九郎は良い意味でそういうことに頓着がないし、望美たちは論外だ。相談できるとしたら、唯一景時だが。 「朔殿がなにやら気落ちしていて彼も大変そうですから、僕が決めてしまいましょうかね。」 弁慶はおもむろに荷物を開けると、預かっている財布の中身を確かめるのだった。 軍師だったり、情報収集者だったり、お財布係だったり、お母さんだったり。 今日も忙しい弁慶だった。 本当は、彼の本業は薬師なのだが。 ・・・・・何故か、忘れられがちだけれども。 彼は理由あって軍師をやってるけど、本業は薬師なんですよね。時々忘れそうになるのは私です。 Writer キリ |