参考文献:『マイダス王と黄金』 穏やかな水を湛える大河の岸に、豊かに栄えている国がありました。 国を治めている王の名は翡翠。 歴代の王の中でも、稀にみる優れた手腕と容姿と軍功を持つ彼のことを、称えない国民はいませんでした。 王様が、少々飽きっぽかったり、珍しいもの好きだったり、供もつれずにふらっと旅に出てはなかなか帰って来ず、近臣たちを慌てさせていたりすることがあっても、さておきました。王様が、国と人々とをとても愛していることを皆よく知っていたので。 ところが、ある日のこと。 事態が一変しました。 王様が、旅の途中たまたま助けた妖精に、御礼ですと勝手に魔法をかけられてしまったのです。 それは、その手で触れたものがみな黄金に変わるというものでした。 普通の人なら、それを大変嬉しいことと喜んだでしょう。大儲けできる機会だと、片端からいろんな物に触れていたに違いありません。 ですが、この翡翠王は普通の人ではありませんでした。 もとい。 普通の感覚の人ではありませんでした。 黄金なんて、たいして興味がなかったのです。 黄金だけではありません。ほかの何に対しても、たいして興味を持っていませんでした。愛着や執着を持つものが、なかったのでした。 +++ 「困ったな。」 たいして困っていないふうに王様が言うと、すぐ近くに立って書類を読みあげていた大臣が、これみよがしに溜息をつきました。 「本当にそう思っていらっしゃるのなら、もう少し本気で言ってくださると、私も頷けるのですが。」 「おや、そうは聞こえなかったかい。」 「全然です。」 それは参ったねえと笑う王様の顔にも声にも焦燥はありません。周囲にいてこの様子を見ていた衛兵隊長や近衛連隊長は、大臣に負けず劣らず溜息をつきました。 −− この調子では、本当に王は餓死してしまう −− そうなのです。触れるものすべてが黄金になってしまうのですから、食べ物だって飲み物だって例外ではなかったのでした。 酒を飲もうとすると、手にした杯だけでなく、なかの火酒までかちこちの黄金に変わってしまいますし、野菜だって肉だって、みんなそう。 なので、王様は一昨日から本当に何も食べてないし、飲んでいないのでした。 「早く、”最後の一人”の手から食物を得てください。でないと本当に死んでしまいますよ。」 「解ってるよ。」 「解っていらっしゃらないようだから申し上げているんです。」 「・・・君がこんなに世話焼きだとは知らなかったな。」 「私だって好きで焼いているわけではありません。国のためです。私が”最後の一人”であれば、今すぐあなたの口にこのパンを押し込んで差し上げるのですが。」 幸鷹が・・・そう、大臣の名前です・・・彼が、王様の目の前のテーブルにずらりと並んだ料理の数々を見ながら言いました。王様がいつでも食べられるようにと、料理人が朝昼夕せっせと作っては並べているそれを。 「試しにやってみましょうか。失礼ですが、陛下、口を・・・・」 「遠慮しておくよ。君を黄金の彫像になんてしたくない。」 「陛下。」 「そんなものにしてしまったら、私のかわりにせっせと仕事をしてくれる人間がいなくなってしまう。さあ、もう戻ってくれ。」 まだ何か言いたそうな幸鷹を部屋から追い出すと、王様は後ろを振り返って、衛兵隊長と近衛連隊長にも言いました。 「君たちもそんなところで情けない顔をしていないで、持ち場に戻りたまえ。」 「ですが。」 「しかし。」 「私はね、彫像は女性にかぎると思っているのだよ。頼忠も勝真も、彫像姿はきっと彫刻師たちは垂涎するほど立派だろうと思うのだけれども、あまり見たいと思わなくてね。」 「・・・・・では、御用がございましたらお呼びください。」 「・・・。」 その後、何人も何人も、王様のもとには、心配をした人々がやって来ました。 女官長、侍医長、料理長、給仕長。 筆頭魔道師の泰継、大神官の息子のイサト、お抱え宮廷楽師の泉水、数日前からこの国に滞在していた隣国の王子の彰紋まで。 が、王様は、彼等や彼女等を全員さっさと追い払ってしまいました。 下手にちょっとでも触れたりしたら、あっという間に黄金に変わってしまうからです。 帰城したときに駆け寄ってきて自分の手を嘗めた犬がそうなったのを見ていましたから。 王様は、誰もいなくなったのを確かめてから、ごく小さな息を漏らしました。 今度こそ、本物の溜息を。 「”最後の一人”ねえ・・・・。無茶を言うよ。」 翡翠さんに王様って似合うと思う。 Writer キリ |
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