トップジャンル解説/トランス(前編) Surfin' On Sinewaves
ライン
トランス

はじめに

この項では、トランスに焦点を当てていく。「トランス」という言葉こそ現在では知名度も高く、私たちにとっても何か特別なものであるという認識はそれほどない。しかし、より深くこの言葉を、この状態を掘り下げていくと、その終着点は、日常生活を超えた世界にあることが分かる。この項の説明が、その世界への扉にでもなれば幸いである。

なお、分量が多いため、この項だけ2ページに分けて解説をさせてもらった。前編(つまり、このページ)は主に本来の意味での「トランス」を扱い、後編(下の方にリンクあり)はクラブミュージックのジャンルのひとつである「トランス」を扱っている。

全てを読み終えたとき、「トランス」がいままでとは違ったものに見えてくるかもしれない。

トランスという言葉の意味の二重性

トランスが一般層に広まり、知名度が上がる一方、一般層だけでなく、この「トランス」という言葉がどんな音楽を指すのかしばしば困惑を呼んでいることが分かる。その理由として考えられるのが、「トランス」という言葉の持つ意味の二重性である。

その二重性とは、「そもそもの意味としてのトランス」と「音楽ジャンルとしてのトランス」である。よって、クラブミュージックにおけるトランスを見る前に、まずはそもそも「トランス」がどういうものであるのかを見てみよう。

1. そもそもの意味としてのトランス

辞書で「トランス」という言葉を引いてみると、多少の差こそあれ、基本的に「恍惚感」という説明がのっている。当然ながら昔から「トランス」という言葉はあったわけで、「トランス状態」という状態もまた当然ながら存在した。

「トランス状態」とは?

そもそも「トランス状態」というものはどういうものを指すのであろうか。

大脳生理学的に言うと、「視聴覚器官を通して脳内神経が刺激され、脳内麻薬物質(エンドルフィン)が作用し、ドーパミンと呼ばれる神経伝達物質を多量に放出された状態」である。

もう少し親切な言い方をすると、「目や耳などを通して刺激を受け、日常的に働いている自意識や自己防衛の働き、すなわち理性が沈静化し、本能が突出した状態」のことで、結果として、潜在的な否定的情動が解放されやすくなる(もっと言えば、リラックスできる)。

「トランス状態」になるには?

では、こうした「トランス状態」に人間がなるには、どういう条件が必要なのであろうか。

「トランス状態」と一口にいっても、そのレベルによって様々だ。例えば浅いトランス状態は「夢中」「没入」とも言い換えられ、あなたが好きなこと(例えばそれはお酒を飲むことかもしれないし、本を自分の部屋でゆっく読むことかもしれないし、クラシックのコンサート会場で美しいヴァイオリンの調べに身を委ねることかもしれない)をしている時には浅いトランス状態に入っていると言えよう。そしてあなたは心地よい状態になり、結果的に意識的であれ無意識的であれストレスの解消などの心の調節を行っているのである。

では、より深いトランス状態、つまり自我を失い、ただ本能を剥き出しにするような深いトランス状態になるにはどうすればよいのだろうか。

大まかに分けて二つの道がある。

まずひとつの道が、トランス状態の説明時に出てきたドーパミンなどの神経伝達物質が大量に放出されることである。いまひとつのトランス状態への道が、精神変容物質を体内に取り込むことである。これはすなわち、いわゆる「ドラッグ」のことである。

他人の言い方を借りれば、前者は本物のカギ、後者は偽者のカギ、とも言える。

本物のカギ、偽者のカギ 〜宗教と音楽とトランス〜

本物のカギを手に入れるひとつの手段が、音楽である。民族音楽について興味がある方ならば、音楽とトランス、もっと言えば宗教と音楽とトランスの関係性の強さについては既にご存知かもしれない。

例えばインドネシアのバリ島には有名な民族楽器として「ガムラン」という金属系を中心とした楽器群があるが、宗教儀式などでガムランを用い、精神を高揚させている。その結果、脳内伝達物質が多量に放出され、演奏や踊りをしながら薬物を用いずにトランス状態になる例が見られる。このような宗教と音楽によってトランス状態になる文化は主に欧米以外の地域で見られることができるが(他には朝鮮やチベット、トルコなど)、日本でも巫女が「神がかり」として神が乗り移り、別人のようになることがよくあった。

脳内伝達物質が放出されるためには脳内神経が刺激されなければならないわけであるが、先の説明では「視聴覚器官を通じて」とあった。では、どういったものが脳内伝達物質を多量に放出するほど脳内神経を刺激するのであろうか。キーワードとなるのは、「非日常性」である。

宗教の儀式的な場においては様々なところで「非日常性」を感じることができる。視覚面においては、(時には派手な)仮面や衣装、儀式の場を彩る飾りつけなどの小道具、そして儀式が行われる場そのもの(聖域など)があり、また聴覚を刺激する音楽に関して言えば、単調な展開、太鼓や大きな笛(チベット密教で用いられるトゥン・チェンは長さが5mもある)の低い持続音、金属系の高い高音、複雑な倍音構成の音色(ガムランはこの点で非常に優れている)、細かく刻まれる太鼓などのリズム…。これら全てを満たす必要はないし、どこまでが必要かという境界はないが、こうした要素は深いトランス状態になるためには重要である。さらに場合によっては、単調な動作の踊りなども加わってくるかもしれない(例えばトルコのイスラム神秘主義集団であるのメヴレヴィー教団は、一晩中音楽と共に非合理的な、なんとも不思議なポーズ・衣装でグルグルとその場で廻りつづけることによって神との合一を目指している)。

こういった場は非常に特殊性に満ち溢れており(といっても意図的にそうしているわけであるが)、限定的な場と言えよう。精神変容物質、つまりドラッグ類は、そういった自然な過程を経るのではなく(という言い方は不適切かもしれないが)、強引にトランス状態に持っていかせようとするものである。しかしアフリカなどでは今でも宗教的儀式においてドラッグを用いる慣習が残っている。

最後に、バリ島の奉納劇の様子を収めたCDのライナーノーツにあった「トランスを誘起する視聴覚情報の例」を参考のため転載しておく。

【 視覚情報 】
強い色彩コントランスト
原色/金属色
反射性素材
人工的照明
誇張された造形
仮装/仮面
威嚇の表情
【 聴覚情報 】
16ビート
高周波
非定常性持続音
低周波衝撃音

※ 上のデータは「憑爛のテクテカン(ビクター、VICG60351)」より転載させていただきました。

小括

後編に入る前に、軽く前編のまとめ的なことをして、後につなげたい。

トランスとは、大雑把に言えば自我の放棄であり、深いトランス状態に入るためには脳内伝達物質の大量の放出が必要であった(ドラッグというもうひとつの方法もあるが)。そしてその状態自体は極めて非日常的な状況の中で起こりやすく、昔から限定された場所で行われてきたことであった。そしてそれは、宗教と音楽と古来より密接な関係にあったのである。

80年代にハウステクノが生まれた。マシンビートのリズムとシンセサイザーを用いたループが基本のこうしたクラブミュージックは、基本的には「いかに人を躍らせるか」「いかに聴いていて気持ち良いか」という目的の元に作られた音楽であり、「恍惚感」を呼び起こさせるという意味においては、現在まで続くクラブミュージックのほとんどが「トランスミュージック」であると言える(特にミニマルは単調な展開と4つ打ち、重低音と高音…。そうした中での単調な踊り。これは宗教音楽で出てきたものと、似ている部分がある)。ただし、先述したとおりクラシックコンサート会場でも似たような状態になる人がいるということもまた事実である。ということは、条件によっては、どんな音楽でもトランス状態(もしくはそれに似たもの)になり得るということである。

では、クラブミュージックのジャンルとして90年代初頭に生まれ、今もなお一定の存在を保ちつづけている「トランス」とは一体どういうものなのであろうか?

次のページでは、「音楽ジャンルとしてのトランス」ということで、話を進めていく。

(Last Update: 2003.01)

次のページへ

ジャンル内ジャンル解説

ゴアトランス
ジャーマントランス
ダッチトランス
UKトランス
ライン
トップページへこのページのトップへおたよりへサイトマップへ