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Paul van Dyk

ポール=ヴァン=ダイクはクラブミュージックシーンに、間違いなく最も影響を与えたクリエイター/DJの一人であろう。

ドイツのベルリンの壁が壊される以前の社会主義の東ドイツで育った彼は、91年にドイツの念願の統一後、クラブシーンへ身を投じてゆく。ベルリンに拠点を構え、ミックステープを作り、それがキッカケでToresorなどでのプレイを経験を果たした後、曲作りと平行しながらベルリンのパーティE-Werkでレジデントとなり、知名度を上げていく(後にカール=コックス(Carl Cox)、サシャ、ジョン=ディグウィード(John Digweed)などをゲストに迎える)。

1992年にはコズミック・ベイビー(Cosmic Baby)と運命の出会いを果たし、ヴィジョンズ・オヴ・シヴァ(Visons Of Shiva)名義で二人は曲を作りはじめ、「Perfect Day」と「How Much Can You Take?」という二つの叙情的なジャーマントランスを伝説のジャーマントランスレーベルMFSからリリース、クラブで大ヒットした(しかし徐々にコズミックベイビーはクラブミュージックへの熱意がさめ、シーンから遠ざかっていく。それに伴い、二人の共演も途切れてしまった)。

green valley epMFSの音源を集めてミックスした「X-Mix-1 The MFS Trip」などを手がけた後の1994年、既に世界中から声がかかるインターナショナルDJとなるほどの名声を得ていた彼は、ついに本人名義でのシングル、「Green Valley EP」をジャーマントランスレーベルのMFSよりリリース。同シングルにいくつかのヴァージョンで収録されていた「My World」は、93年に手がけたHumate「Love Stimulation」のリミックスと並んで、初期のジャーマントランスを代表するアンセムのひとつとなった。1stアルバム「45 RPM」もリリースし、クリエイターとしての名声、経験を積んでいった。

96年には2ndアルバム「Seven Ways」を発表。このアルバムにおいてややプログレッシヴ&ディープな世界を展開。シングル「Forbidden Fruit」「Beautiful Place」「Word」などはいずれもヒットした。

for an angelその後長らく在籍していたMFSと音源の権利をめぐって争い、離脱。それに伴い予定されていた3rdアルバム「Avenue Stars」はリリースされることもなく完全にお蔵入りとなってしまった。また、レーベルDeviantを設立し、98年にはMFSから既に出していたリミックス集「Perspective」のリメイク盤ともいえる3枚組みリミックス集「Vorsprung Dyk Technik('92-'98)」を発表。彼がそれまでに手がけたリミックスのほぼ全てを収録したこの貴重なアルバムは日本でもヒット。また、94年にリリースした「For An Angel」をアップデートし、トランス復興前夜のUKやドイツで大ヒットを記録し、彼の最も有名な作品のひとつとなった。

out there and back98年以降仕事はますます多忙を極め、大ヒットとなったBinary Finay「1998」のリミックス、親友であるBTの3rdアルバムへの参加などを経ながら、久々のシングル「Another Way / Avenue」を、自身の作品をリリースするレーベルVanditよりトランスブーム真っ只中のシーンに投入。2000年には久々のアルバム「Out There And Back」も発表し、ややプログレッシヴよりのトランスサウンドを展開。その後も2001年にミックスCD「The Politics Of Dancing」もリリースし、日本にも数回来日している。

2003年には、いくつかのリミックスを手がけた後、2月にDVDとCDがセットになった「Global」をリリース。また、9月には5thアルバム「Reflection」をリリース予定。

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(Last Update: 2003.8)
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