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フォックスヴィル沿革
フォックスヴィル年表
フォクスヴィル観光案内
町内ガイド



★ 沿 革 ★               matorjiska

アメリカ・ニューハンプシャー州、フォックスヴィル。

 初めてこの地に白人の入植団が現れたのは、17世紀前半のことである。
 彼らは川を遡り、奥地へと分け入り、インディアンと友好関係を結んで交易を始めた。美しい自然に恵まれたこの地は、鳥も獣も魚も多くとれ、冬の寒さは厳しいものの、居住には最適の場所だった。他の部族に対しては好戦的なインディアンも、彼らに対しては鷹揚な態度をとり続けた。それはこの地に住む先達としての誇りがなせる業だったかもしれない。
 共存は順調に進むかに思われた。

 だが、インディアンがあまりに純朴なのを見抜いた入植団のリーダーは、彼らの迷信深さを利用して、土地をまるごと乗っ取ろうと計画を立てた。
 彼は長老が「9」という数を病的に嫌っていることに目をつけ、魔物がこの地を狙っていると吹き込んだ。そして新月から9日目の晩、彼らは見た。月明かりを浴びてまだらに光る得体の知れない生き物が、9本の尾をふりながら野を駆けるのを。
 慌てて卜占を行った彼らは一様に青ざめた。どれもこれも出た卦は凶。恐るべき災厄の前触れだ。
 すかさずリーダーは交渉を持ちかけた。自分たちには強力な魔術師が控えている。何ならわれわれが替わって悪魔祓いを行ってもよい。ただし、信仰の違うあなたがたが傍にいたら、神通力も効果があがらないであろう。悪魔はそこにつけこんで、あなたがたに憑り依くかもしれない。しばらくこの地を離れて隠れていてはどうか。悪魔が退散したら、必ずお迎えにあがるから。
 震え上がったインディアンたちは荷物をまとめ、夜明けも待たずに先祖伝来の地をあとにした。
 かくして老獪な男は、鏡のかけらを縫い付けた網を身体に巻き、ビーバーの尻尾を8本束ねて尻に括りつけた狐1頭で、豊かな土地をまんまとせしめたのである。“フォックスヴィル”の名はこの男の姓にちなんだとも、魔物に仕立て上げた狐に由来するとも、またその狡賢い“フォックシー”なやり口から来たのだとも言われているが、真相は定かでない。

 それからほぼ2世紀の間に、フォックスヴィルは林業や製材業を中心に着実な発展を遂げていた。しかし南北戦争勃発に先立つこと約3年、“キティー・ウルフ(Kitty Wolfe)事件”が起こる。
 町の有力者の息子が、キティー・ウルフという若い娘を見初め、熱心に口説いた。だが娘は若者の野卑な性格を嫌って、首を縦に振ろうとはしなかった。可愛さ余って憎さ百倍の彼はついに爆発し、娘を魔女として告発する。かつて独立前のマサチューセッツやサウスカロライナで、黒人奴隷の暴動に怯えた市民が恐慌状態に陥り、首謀者と看做された多くの無辜の民が魔女の烙印を押されて虐殺されるという事態が頻発したが、その悲劇が200年も時を経た今になって、再び繰り返されたのだ。
 哀れな娘は捕えられ、裁判にかけられた。黒猫を飼っていたことと、ほっそりした体型が空を飛ぶのに好都合だという、愚にもつかない理由で死罪判決が下った。死に物狂いのキティーは獄を破って山中へ逃げ込む。だがか弱い女の足で追っ手を振り切れるはずがない。進退窮まった彼女は絶望のあまり、谷底めがけて身を躍らせた。

 数日後、町でこんな噂話が聞かれるようになる。キティーが投身自殺した断崖の岩は、もともと人間の顔形に似た、所謂“人面岩”だったのだが、ちょうど目の辺りに深い亀裂が2本走ったせいで、あたかも嘆き悲しんでいるかのように見えてきたこと。あの日からなぜか風が強く吹くようになり、谷を抜ける時に立てる音が、まるで女のむせび泣きのようであること。キティーの無念の思いが山に憑り依いたのだと、人々は囁きあった。
 間もなく1861年、リンカーンの大統領就任と同時に南北戦争が始まる。町の男は老若問わずことごとく徴兵され、そして多くが物言わぬ姿で帰郷した。働き手を失ったフォックスヴィルの産業は大打撃を受けた。そして戦闘の長期化に伴って、町そのものにも被害が出始める。ひとり、ふたりと櫛の歯が欠けるように、人々は町を捨てて逃げ出した。戦争が終結した1865年には、町は昔日の面影もなく、すっかり寂れ果てていた。

 それからさらに二十数年が過ぎた1890年のある日のこと。ひとりの仕立て屋がフォックスヴィルの町に降り立った。彼の名はマーティン・ヘアーズ(Martin Hares)。その奇抜な発想からしばしば本名をもじって“march hare”(三月ウサギ)と仇名されていた人間だった。
 彼にはひとつの腹案があった。戦争の痛手から国は少しづつ回復してきているが、今後なお一丸となって復興事業に取り組むだろう。その時の作業員の衣料が必要だ、それも大量に。折りしも合成インディゴで染めた丈夫なデニム地の作業ズボンが開発され、爆発的な人気を博していたが、1890年はその特許権が切れた年でもあった。
 彼はブルーデニムの生産に取り掛かり、努力の甲斐あって、大手製造会社と独占供給契約を結ぶ。フォックスヴィル産の生地は丈夫で肌触りがよいと評判になり、たちまちのうちに主要産業となった。噂を漏れ聞いて、元の住人も少しずつ戻ってくる。マーティン・ヘアーズは復興の父と呼ばれ、みなの尊敬を受け、町長に選ばれた。その後土地の娘マデリーン・ハッター(Madeline Hatter)と結婚、5人の子供の父親となる。以後も精力的に町の発展に貢献した彼は1939年、多くの子や孫に囲まれて静かに息を引き取った。75年の生涯だった。

 ただし、鉄道の誘致には失敗した。良質の製品を大都市に供給しても、町自体にはセールス・ポイントが見当たらず、線路を引くほど多くの客足は望めないという理由で申請が認められなかったのである。
 その後住民の根強い運動が実を結び、ようやく敷設が行われたが、今でも電車の運行はわずか1日に10本程度だ。それも悪天候の場合は運休となる。

 現在のフォックスヴィルは、ジーンズ生地以外の織物産業も伸びてきている。畜産農家の増加にしたがって毛織物の生産も行われるようになり、結果住民の約4割が町の織物工場で働いている。他は伝統の林業従事者が多い。最近になって、特産の蛍石(フローライト)を使った宝飾品をみやげ物として売る者も現れた。

 住民の生活に深く関わる買い物は、高級品以外ならメイン・ストリートの商店街で事足りる。その他フォックスヴィル銀行、新聞社フォックスヴィル・ジャーナル、テレビ局FBI(フォックスヴィル・ブロードキャスティング・インターコース)。どれもなくてはならない存在だ。
 来訪者用には、中心部に大きなホテルとやや小ぶりの宿屋が1軒づつある。

 毎年5月と11月には草競馬が行われ、町全体がにわかギャンブラーとなって燃え上がる。収益金は一部教会に寄付される。また6月には創立記念の祭りがあり、丸太投げ競争やロデオ、フリーマーケットなどが催される。なかでも腕自慢の主婦たちが開くケーキの品評会は、参加者が目の色を変えるほどの熱狂ぶりで有名である。時にはトロフィーを争って、掴み合いにまで発展した回もあったという。

 つまり、フォックスヴィルはどこにでもある、至って平和な町だった。
 ……バックス・ヘアーズが亡くなるまでは。




★ 年 表 ★                     matorjiska


《簡易年表》  ※印はフォックスヴィルに関連した出来事

【1429】コロンブス、アメリカ大陸発見。
【1623】ニューハンプシャー州に最初の移民団入植。
【1630頃】フォックスヴィル創設※
【1692】マサチューセッツ・セーラムで大規模な魔女狩り起こる。
【1711】黒人暴動が起こる。
【1775】独立戦争の戦闘開始(〜1783)。
【1776】アメリカ独立宣言。
【1783】イギリスと平和条約締結。
【1808】アメリカ南部への奴隷貿易を公式に禁止。
【1848】カリフォルニアで金鉱発見、ゴールドラッシュが巻き起こる。
【1858】キティー・ウルフ事件※
【1861】エイブラハム・リンカーン、第16代大統領に就任。南北戦争勃発(〜1865)。
【1863】奴隷解放宣言公布。
    フォックスヴィル、ゴーストタウンと化す※
【1864】マーティン・ヘアーズ誕生※
【1890】マーティン、町の復興に着手※
【1892】マーティン、マデリーン・ハッターと結婚。翌1893年長男誕生※
【1900頃】デニム生産本格化※
【1913】マーティンの孫、バックス・ヘアーズ誕生※
【1914】第一次世界大戦勃発(〜1918)。
【1915】ルシタニア号事件。
【1917】アメリカ参戦。禁酒法成立。
【1929】ニューヨーク・ウォール街で株価暴落、世界大恐慌。
【1939】第二次世界大戦勃発(〜1945)。
    マーティン・ヘアーズ死去※
【1941】真珠湾攻撃。日米開戦。
【1950】マッカーシー旋風吹き荒れる。朝鮮戦争勃発(〜1954)。
【1954】アメリカ、フランスの要請を受けてヴェトナム戦争に介入(〜1975)。
【1968】インディアンのレッド・パワー盛り上がる。
【1973】ベンジャミン・ヘアーズ、父親と衝突してフォックスヴィル出奔※
【1989】ロマプリエタ地震(サンフランシスコ)。
     ベンジャミン行方不明に※

【1991】ペルシャ湾岸戦争にアメリカ参戦。
【1998】“fox-year”と呼ばれる、キツネの異常増加した年※
【2003】バックス・ヘアーズ死去、後に“災難の町”事件とよばれる連続殺人の火蓋が切って落とされる※



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★ 観光案内 ★

Stray Fox (迷子のキツネ)  SergeantVelie

町の東端を通過する州道16号から、『キティーの岩』のある渓谷に入る枝道の脇に置かれた古い狐の石像。

第二次世界大戦前、農場の働き手に雇われていた日系人たちが、日本の宗教的神の住居(O-inari)を建立し、そのガーディアン(守護像)として、狐の石像を置いたとされる。

大戦中、収容所に強制収容されるとき、日系人は神の本体を持って引き上げたが、どういうわけか、狐の石像は残された。
町の名前フォックスヴィルにちなんでシンボル化され、町の人に愛されている。
古老は、昔キツネが赤いエプロンをしていたことを覚えており、催し物がある時にはエプロン姿を披露することもある。

本来一対の狐があったようだが、いつのまにか一匹だけになった。
恋人同志でその前を通ると間もなく別れると言い伝えがあり、若者には敬遠されている。

娯楽施設の建設予定の土地に建っている。


Con Corners Village (コン・コーナー村)  matorjiska

フォックスヴィルの南西方面にある寒村。
 村の名については、とうもろこしの栽培が盛んで、コーン・コーナー(corn corner)と呼ばれていたのが訛ったとも、フォックスヴィル同様インディアンから詐欺(con)紛いの手口で奪い取ったからだとも言われているが、詳しい経緯は不明。

 かつてフォックスヴィルが軍需景気に沸いた時、臨時雇いの織工用ベッドタウンとして一時的に繁栄したが、その後需要が落ち込むにつれ衰退。現在の人口は2003年時で50人程度。フォックスヴィル方面行きのバス停付近の商店数件(雑貨屋・書店・ガソリンスタンド等々)を除けば、住民はみな所有の畑による自給自足の生活を送っている。

 中央広場には村の公共機関が集中しており、交番・消防署・診療所などがあるが、高校はもう長いこと存在していない。3年前には中学校も閉鎖された。ふたつあった小学校がひとつに統合され、その一角を借りる形で中等教育そのものは続いているが、最後の生徒が卒業すれば遅かれ早かれ、廃校になるものと見られている。

 十数年前、この地方でひとりの画家が殺される事件があった。事件そのものは無事解決したが、村の住人が望んだ結末ではなかった。自ら唱えた正義の主張を打ち破られた結果、厳格な清教徒精神をますます募らせた村人はおのれの殻に閉じこもり、以後完全に孤立することになる。したがって、よそ者が移り住んでも排斥されはしないが、歓迎されることもない。
 以前、フォックスヴィルの軽食堂が中央広場に2号店を開いたが、この住民気質を完全に読み違えていたために経営不振に陥り、時を置かず赤字撤退を余儀なくされた。

 交通はフォックスヴィルとの間にバスが1日1往復。また村を抜けると州道16号のはずれに出、その先はアパラチア山脈へと通じている。
 半年ほど前、フォックスヴィルとの合併案がどこからか浮上したが、村の顔役でもあるライオネル&ベアトリス・コン夫妻の激烈な反対運動で立ち消えになった。しかし最近になって、某中国系開発会社の関係者と見られる人物の出入りが頻繁になり、住民と小競り合いが生じているという話も聞かれる。

 なお、件の画家の死後はその弟子が移り住み、創作活動を続けている。



Forest of Birdwood(バードウッドの森)――北部地域   kuronoyuuwaku

『フォックスヴィルの伝承・風習:ライリー・ビブルオクス著』
 P.132より
 フォックスの悪魔
 フォックスヴィル北部、バードウッドの森の奥に奇妙な生物が目撃されている。
 キティー・ウルフ事件(前述P97)に先立つ2年前、独りの老インディアンがこの森に住むようになったことに端を発する、と伝承では語られている。
 いわく、あの老人は魔術師であると。
 いわく、あの老人は部族の故郷に骨を埋めるためにここに住んでいたと。
 いわく、狩りの邪魔をされて怒った若者らによって瀕死の状態にさせられたと。
 いわく、最後の気力をふりしぼり、魔物に変じて彼らに報復したと。
 そして、バードウッドの森の奥は彼の支配する土地となったと。
 その姿は、黒い剛毛に覆われ、吊り上った金色の瞳、細長くとがった鼻、大きく裂けた口が特徴である。
 大きさは、熊ほどもあるとも、仔犬程度だったとも言われている。
 その容姿や町の名をもじって、いつからか『フォックスの悪魔(Fox Devil)』と呼ばれるようになった。


 フォックスヴィル・ジャーナル 1967年11月付けより抜粋
フォックスヴィルの北部、バードウッドの森で目撃された未確認生物。
  仲間たちと狐狩りにきていたトマス・ライノスは、60ヤード先に草むらにうずくまる生物を見つけた。
 大柄な体、黒い剛毛に覆われた姿から、クマと思ったトマスは、威嚇のためライフルの空砲を空に向けて撃った。
  刹那、その生物は直立するや、二足歩行で逃げていった」

 フォックスヴィル・ジャーナル 1951年7月付けより抜粋
脱獄囚、バードウッドの森に逃げ込む!!
 一家5人を殺害した罪で護送中のジャック・ベアード(36)は看守の隙をつき、24日10時頃、逃走した。
 捜査官によると、逃走した囚人は土地勘がなく、山岳生活・野外生活に慣れているため、フォックスヴィル北東部に逃走したとみられる。
 また、逃走に使用した車両は、バードウッドの森入り口のロッジにて乗り捨ててあった。
 近く、州警察、自警団に捜索部隊を組織の上、山狩りを行うと警察では発表された。」

 フォックスヴィル・ジャーナル 1978年5月付けより抜粋
釣りが趣味のペリー・カーンは、グリポン川の上流で渓流釣りを楽しんでいると、対岸より「テケリリ、テケリリ」と耳慣れぬ野鳥の声を聞いた。
  真似をして「てけりり、てけりり」と呼びかけると、一匹の獣が返事をしながら木の枝の繁みから顔を覗かせた。
  黒い体毛、細く吊りあがった金色の瞳、長く伸びた鼻、大きく裂けた口。
  おもしろがって、弁当のハムを投げてやると、器用にキャッチする。
  次のハムを投げようとした瞬間、木の枝の繁みから20近い同じ顔が現れた。
  驚いきのあまり、川に転落し流されていくペリーの耳には『テケリリ、テケリリ』の大合唱が聞こえていた。

 フォックスヴィル・ジャーナル 1980年7月付けより抜粋
謎の少女、発見さる。
 フォックスヴィル北部のぽんぽこ山の麓の廃坑跡にて、放心状態の少女が発見された。
 発見したのは林業を営む、ロッキーとチャックのウィーゼル兄弟。
 発見時には、薄布一枚しか身につけていなかったため、身元も不明である。
少女は精神に著しいショックを受けたと見られ、激しい錯乱状態にあるとのこと。
 現在、ヘアーズ記念病院にて治療中。
 少女についての情報提供は以下まで〜」
sorry
no photo

 フォックスヴィル・ジャーナル 1951年8月付けより抜粋
脱獄囚、いまだ見つからず!!
 本日、10時、州警察本部長のボリス・ハウンド警視より、『第2回目の山狩りは失敗に終わった』との公式談話が発表された。
 それによると、『捜索隊600名による山狩りによって、森の2/3は捜索したが、発見できなかった。森の奥に隠れていると考えられる』とのこと。
 森から脱出、もしくは町に潜伏の可能性については、「非常線を随時はっているので、それは絶対にない」と断言した。
 今後は、州警察の精鋭200名によって残りの部分を捜索すると、締めくくった。」

sorry
no photo
フォックスヴィル・ジャーナル 1980年8月付けより抜粋
 「消えた謎の少女!!
 前回、お伝えした、廃坑跡にて発見された少女についての続報です。
 7月31日の朝、少女の看護にあたっていたメグ・ナイチンゲール(43)が、病室を訪れると、そこに少女の姿はなかった。
 治療について、暴れて逃げようとするので、やむなく鍵をつけておいたため扉から出ることはできない。また、少女の病室は4階にあり、窓からの逃走も不可能である。
 ベッドや壁には、無数の引っかき傷がみられ、また動物の毛が散乱し、動物の体臭が充満していた。
 病院長である、ゴダード・ヒポポタマスは、謎については一切言及せず「非常に残念、誠に残念」との談話を発表した。」


 フォックスヴィル・ジャーナル 1976年6月付けより抜粋
現代に甦る悪魔?
 先日お伝えした、キャンプ中に行方がわからなくなったマサチューセッツの大学生3人の捜索について、昨日、郡警察本部長のイワン・シェパード氏は、バードウッドの奥の廃屋にて、51年に護送中に脱走したジャック・ベアードの死体を発見したと発表した。
 氏によると、ベアードの死体は死蝋化しており、死体には保存のためか、石灰がまかれており、また四肢は8つのパーツに引き裂かれ、規則的に並べられていたとのこと。
 また、死体はところどころ、動物の噛み傷がみられた。
 大学生の失踪にも関連性があると見られ、山狩りを徹底的に行う、との言葉で会見は締めくくられた。」


Hares Mansion (ヘアーズ邸)   SeargeantVelie

デニム生産で財を成したマーティン・ヘアーズが1900年に、フランスの領主の館を移築して建てた邸宅である。
彼は五人の子供たちに恵まれ、富の増加に伴い東館を増築した。
二代目のラーブル(rable)は更なる事業の拡大に成功し、自分の三人の子供たち(バックス・バーニー・モプシー)や、結婚した弟妹たちのためにさらに新たな西館を建て増した。
第二次世界大戦前は、毎晩のようにパーティが開かれ、邸内の隅々まで人声の満ちた、ヘアーズ邸のもっとも華やかな時代であった。

しかし、三代目のバックスが屋敷を引き継いだ頃には、時代の趨勢で一族は分散し、夫婦(バックスとフロプシー)と一人息子のベンジャミンの三人だけが住まうこととなっていた。
バックスは東西の館を閉じた。
その頃から、閉じられた東西の館に幽霊の話がつきまとうようになる。

東館には若い娘の姿が窓越しに浮かんで見えたり、すすり泣く声がふさがれたドア越しにもれ聞こえるという噂が、召使の間にまことしやかに囁かれた。
東館が出来た当時、ヘアーズ一族の一人と恋に落ちた召使の娘が捨てられて、居間のシャンデリアに首をつってぶら下がった事件があったため、その娘の幽霊ではないかと言われている。

西館には、白い寝巻きを着た首の無い女の幽霊が、台所や食堂をさ迷い歩き、「おなかが空いた・・・でも口が無いから食べられない」と嘆き悲しむ声がどこからともなく聞こえてくるという噂だった。
フォックスヴィルを追い立てられた先住民の飢餓から生まれたのではないか。
この幽霊は時々正館にも出て、冷蔵庫を開け、何がしかの食べものをくすねるという。


フロプシーが死んだ1980年頃から、正館の階上の部屋の大部分も使用されることはなくなっていた。




Jabberwock(ジャバウォック)    kuronoyuuwaku

 その前身は、神聖アスクレピオス教団に由来するともされている、巨大医療複合体の通称.。現在のシステムは19世紀後半に完成した。
クロノ・レイヴンはこのジャバウォック出身の外科医である。

 その活動内容は医療技術の向上のみに向けられている。アメリカの医療産業の70%はこれの活動に支えられているといっても過言ではないし、そこに所属している医師はまず、一流といって間違いない.
 その反面、規律や不法行為すれすれの治療も行っている.。医療システムは一種の軍隊である。軍隊並みの厳しい訓練、規律。法律無視の医療行為。またその実情を隠すための政治力。そしてその技術にみあった莫大な治療費を取ることも含めて。
いまだかつて、ジャバウォック側のミスで患者が死亡した症例は皆無に等しい。

フォックスヴィルの十傑衆の一人ルシフェル・ザナドゥ・グラディウスは、ジャバウォックを追放された天才科学者である。
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