| 解決編−by SergeantVelie |
| 1 |
的涼鹿を運転席に座らせると、ヴェリーはリヨを傍らに置いて後部座席に陣取った。
「家まで送ってくれ。そこでお前達とはお別れだ」
ヴェリーは的涼鹿から取り上げた紙片に目を吸いつけられていた。
「中国文字なんか読めないくせに」リヨが拳銃を押し付けられていた脇腹をなぜながら冷ややかに言いかけた時、追越をかけてきた車がいきなり前方に回りこんだ。
的涼鹿は悲鳴をあげて急ブレーキを踏んだ。
黒のセダンから銃をかざしたターバン姿の男が現われた。
「タイガーだ!」リヨが嬉しそうに叫んだ。
以前にもリヨの危機のとき、風のように現われて助けてくれたインド人に間違いなかった。
的涼鹿は呆然とハンドルにしがみついていたが、ヴェリーは口笛を吹きながら、車のドアを素直に開けた。
「わたしはフォックスヴィルの町長だが、あんたは誰だ」
タイガーは油断なくヴェリーを見張りながら、リヨの安全を確かめるように声をかけた。
「この男がお嬢さんに銃を突きつけていたのを見たんだがね」
「あら、わたしたちふざけてただけですわ」
笑い声に驚いてリヨは的涼鹿を振り返った。つい一瞬前までヴェリーの暴挙に怯えていたのではなかったのか。
的涼鹿はすっかり落ち着き払い、にっこりとヴェリーに微笑みかけた。
「そうなのかね、お嬢さん」念を押すタイガーに、リヨは考え込みながら頷いた。
タイガーは銃をしまうと、ポケットから身分証明書を取り出してヴェリーの前に広げた。
「わたしはFBIのタイガー・ジェット・シン捜査官です。このお嬢さんの父上のロブスター氏が死の直前に友人であるわたしの上司に依頼してきたので、お嬢さんの安全を密かに見張っていたのです」
『フォックスヴィル警察署』署長室。
苦い顔のデス署長の前で、タイガー捜査官はさらに話を続けた。
「ロブスター氏はFOXからの脅迫状と殺人事件の関連を気にしておられました。正直に申し上げれば、当時はそれだけでFBIが動くことはなかったのですが、我々は以前からフォックスヴィルには関心があったのです。
藍(インディゴ)グループという中国マフィアが数年前から、コン・コーナー村とフォックスヴィルに進出している事実を掴んでいました。
インディゴはアメリカのマフィアとも抗争を起しており、我々は彼らの壊滅を意図して、秘密裡に捜査を進めていました。彼らがこんな田舎のぱっとしない町――いや、失礼、フォックスヴィルになぜ出張ってきたのか・・・いまだに謎ですが」
部屋の中には連れてこられたヴェリーと的涼鹿とリヨの三人がことさら互いに無関心を装っていた。
ヴェリーは手許の紙片から目が離せないようだ。的涼鹿もちらちらとそれに目をやっている。リヨはそんな二人をじっと見つめていた。
(的涼鹿先生はどうして急に態度を変えたんだろう・・・あの時、車が急停車して、タイガーが銃を持って降りてきて、ピーターがドアを開けた・・・あの時、まるで何か合図があったみたいに・・)
「インディゴグループの頭首王藍(ワンラン)が数ヶ月前からアメリカに、フォックスヴィルに現われた・・・」タイガーは続けていた。
「我々がそれを掴んで、ホテルを急襲したときには、もぬけの殻でした」
「田舎警察には何にも教えてもらえなかったんですね」デス署長が皮肉っぽく溜息をついた。
「その王藍は、アメリカ人ではないかという噂があります。いつも仮面をつけて決して素顔を見せない・・・」
誰かの息を飲む気配がした。振り返ると、キーリーンとハリエットに付き添われたローズが蒼白な顔をして開きかけたドアの前に立っていた。
「ジミーに対する暴行傷害で町長を告訴しにきたのよ」
キーリーンが声を張り上げて、ローズを前に押し出した。
「そうなのかね、ローズ」デス署長がやさしく声をかけたが、ローズは口をパクパクさせるだけで声も出ないようだった。
「ねえ、『平原広沢の宝』って何?!」リヨが突然叫んだ。ヴェリーと的涼鹿が動きを止めた。ローズもさらに驚愕の表情になってハリエットに縋りついた。
「それは徐福伝説だよ」答えたのはデス署長だった。
「徐福という男が平原広沢の国の王になった。その国はどことも知れず、不老不死の薬の在る桃源郷だという」
「あんたがなぜそんなことを知っている」
ヴェリーの不審そうな問いにデス署長は思わず笑みをこぼした。
「徐福伝説の話を聞くのは40年振りなのに、自分でもよく覚えていたもんだ。子供の頃、みんな夢中になってジミーから聞いたじゃないか。ジミー・ヘアーズ・・・あんたのお父さんだよ、ローズ」
ローズに微笑みかけながら、デス署長は遠くを眺める目になった。
「ジミー・ヘアーズは俺たち――ベンジャミン、ピーター、ヨッシュより10歳上のいい兄貴みたいな男だった。彼は東洋に夢中で、図書館で借りてきたライリー・ビブルオクスの『フォックスヴィルとサムライ』という本を俺たちに読んでくれた。徐福というサムライがフォックスヴィルで宝を見つけたというおとぎ話だ。だが、ジミーは本気で信じてたみたいだった。宝の地図がきっとあるはずだといっていた。そのうちとうとう日本へ行ったきり、戻ってこなかった」
「じゃあ・・・あの紙を箱に入れたのはお父さんだったんだわ・・・」ローズは呆然とつぶやいた。
「これがその宝の在り処の地図なのよ!」リヨはすばやく油断していたヴェリーの手から紙片を奪い取った。
漢字がずらりと並び、おそらく的涼鹿しか読み解けることのできない異国の文字。
「それは町の歴史資料だ。町で保管することになる」
ヴェリーが落ち着き払って手を差し出した。
リヨは署長の机のハンディコピーでさっと写し取ると、大人しくそれを返した。
宝の埋蔵伝説には興味の無さそうなタイガー捜査官の携帯電話が鳴った。
彼は短い会話を終えると、デス署長に合図した。
「コン・コーナー村へ行く途中の道路脇の木に激突した事故車がある。炎上爆発したらしい。目撃した人物の話によると、中に仮面の男が乗っていたそうだ」
タイガーが部屋を走り出し、デス署長とジョーキングも慌てて後を追いかけた。
「待って、わたしも連れて行って!」ローズはその手にしがみついた。
やっとマフィアの呪縛から逃れられる日がきたのだ。
「ちょっと、町長の暴行傷害はどうするのよ!」
キーリーンが後を追ったが、ローズは振り返らなかった。ハリエットは何か思い悩むように部屋の隅にたたずんでいた。残されたヴェリーと的涼鹿がちらりと視線を交わすのを、リヨは強い決意を秘めた目でしっかりと見ていた。
(パパの仇は私がきっと取る)
コン・コーナー村へ通じる州道の事故現場は凄惨を極めていた。
デス署長のパトカーが到着した時には、大破した車は黒焦げになり、消防車がなすすべもなく待機していた。
「まるで爆弾が仕掛けてあったみたいにぶっ飛んで、あの木にぶつかったんで」
すぐ傍らの畑で働いていた農家の男が、興奮した口ぶりでまくし立てた。
「俺が駆けつけた時には、もう車は火に包まれてて中で人がもがいていたが、また爆発して俺も吹っ飛ばされかけた」
男は火傷の跡をデス署長に見せながら「その車の中の人間がよ、驚いたことに金ぴかの仮面をかぶってたんだ。こう、すっぽりと」と声をひそめた。
残骸を検分していたタイガー捜査官がデス署長を呼んだ。その指差す先に、二つに割れた仮面が転がっていた。傍らの黒く焦げた塊は、既に人間の形をとどめていなかった。
「乗っていたのは一人のようだな」タイガーは炭化した衣類の端を持ち上げて、その下にわずかに残った肌を見やった。
「白人だ。やはり王藍はアメリカ人だったようだな」
その時傍らに膝をついたローズがわっと泣き出した。彼女が焦げた指輪を拾って握り締めているのにデス署長は気がついていた。
「ローズ・・・そろそろ何もかも話してくれる時期じゃないのか」
携帯で上司に報告しているタイガーに気づかれぬよう、デス署長は静かローズに囁いた。
| 『フォックスヴィルとサムライ』 |
『フォックスヴィルとサムライ』
ライリー・ビブルオクス著(1958年発行:彼の処女作であり、自費出版30部)
1868年(日本国年号明治元年)一人のラストサムライが太平洋を渡り、アメリカに到達した。
彼の日本名は捨てられ、自らを徐福と名乗り、彼の理想郷となる平原広沢の王となるべく野望を胸に抱いて新天地におりたった。
<『徐福伝説と平原広沢』については別項で詳細を記す>(MSG565)
その後の彼の足取りは不明だが、1905年、フォックスヴィルに現われた徐福は名の知られた天才鉱山師であった。
当時フォックスヴィルは、ヘアーズ一族の始祖マーティン・ヘアーズのデニム事業の成功により、活況を呈し始めた時期であった。
徐福はマーティンの依頼を受け、フォックスヴィル周辺の山に入り、多くのフローライト(蛍石)の鉱脈を発見した。
二年後、徐福は卒然としてフォックス・ヴィルから姿を消した。
秘密裡に重大な発見をしたのではないかと風評されたが、彼の消息は遥として掴めなかった。おそらく故国日本に戻ったのではないだろうか。
彼がフォックスヴィルに残したものは、蛍石の他に『軍人将棋』がある。
これは日本の将棋と西洋のチェスを合わせたようなゲームで、徐福は自ら考案したこのゲームをフォックスヴィルの人々に広めた。
現在でも、このゲームは少年達の間で流行している。
ヘアーズ邸には、徐福が自らの手で削った蛍石の軍人将棋盤と駒が二組残されている。
| 2 |
闇の中で、たった一本のローソクを灯したテーブルの上に広げた紙片に的涼鹿は目を凝らしていた。
「宝の地図か」密やかな笑い声と同時にさらに濃い影が傍らに落ちた。
「叔叔(シェシェ)、驚かさないで」
「お前の捜していたのも結局それだったわけだ。あの小娘がコピーを町中にばら撒いているが、読めるのはお前だけだろう」
クロノは的涼鹿の傍らに立って、紙片を覗き込んだ。
「ジミー・ヘアーズはこれをどこからか見つけ出して、解読しようと日本に渡った。そしてローズの母親と結婚して、この紙を形見の小箱に残した。やがて巡り巡ってフォックスヴィルに戻ってきたわけだ」
「ローズは・・・本当に何も知らなかったのかしら」
「おそらく・・・それよりも本当に宝の在り処が書いてあるのか」
「わからない・・・前半は平原広沢の伝説。後半は五言律詩なの。
去國狐町遠
縦横計不就
鬱紆陟狸山
遠望徐広沢
平原獨悠悠
向狼思埋福
龍在足下眠
翹思慕故郷
意味は
『国を去って遠く狐町までやってきてしまった
天下を手にする計画は成就できないままだ
曲がりくねった道を歩いて狸山に登り
おもむろに谷の川の彼方を眺める
だが、平原は悠々と広がり平穏に満ちている
狼に向って、埋まっている宝を思う
龍は我が足下に眠っている
故郷を慕う思いが湧き起こる』
「狸山・・・やはりぽんぽこ山か!」クロノは嬉しげに笑い出した。
「でも宝の地図なら、起点と方向と距離が分からなくては何にもならない。叔叔。宝ってなんだろう・・・徐福が山師なら金鉱とか・・・まさかダイヤモンドの鉱脈なんて、ね」
「そんなものと較ぶべくもない価値のあるものだろう」
じっと紙片を睨みながら、クロノは一瞬身震いした。
その時、隙間風に蝋燭の灯が揺らいだ。的涼鹿は不安そうに顔を上げた。
「ねえ、叔叔(シェシェ)・・・なんでこんな電気も停めた空家に来いなんて伝言したの?いくら、元の自分の家だとは言っても」的涼鹿の声が不安そうに響いた。
「・・・?お前がおれを呼び出したんじゃないのか?」
「違うわ・・・叔叔が・・・」
「・・・しまった!灯りを消せ!」
蝋燭が吹き消されると同時に一発の銃声が響き渡った。
クロノに突き飛ばされるように床に転がった的涼鹿は、撃たれた痛みは感じなかった。ほっとして、傍らのクロノに手を伸ばした。「叔叔・・・」
その指先がねっとりと温かいものに濡れた。「叔叔!」
息はあった。だが、その硬直した身体は、傷が引き起こした激しい発作に呻き声一つ立てていなかった。
的涼鹿は泣きながら、必死に携帯で救急車を呼んだ。
フォックスヴィル記念病院
手術室の前で的涼鹿は不安に打ちのめされていた。
病院からの連絡でデス署長が駆けつけたときも泣くばかりだった。「FOXは私の命をあきらめていなかったのよ。叔叔がわたしを庇って撃たれてしまった」
その時手術室のドアが開いて、慌しく医者や看護士に囲まれて、搬送用のベッドに固定されたクロノが出てきた。
「容態はどうだ。助かるのか」
「ずっと意識不明だ。銃弾は脇腹を貫通しているが、W・W病の発作を起している」
医者は首を振った。
「ここではなす術が無い。ボストンに移送する。ヘリコプターが待ってるんだ」
「だめよ!」的涼鹿はベッドに縋りついた。
「ボストンにずっと送られたら、アレックスのように相続からはずされてしまう!叔叔はあと四日で権利を持てるのよ!」
「命のほうが大事だ」
デス署長は的涼鹿を押し止めた。
とある建物内。
窓からさす月光が、軍人将棋の盤を照らす。
闇から伸びた手が、ある駒を動かすとともに“聖書を持つ鴉”の駒を取り除く。
そしてその手は闇に消えた。
| 3 |
23日夕刻
ヘアーズ邸の書斎には、パドルダック弁護士の姿があった。その対面の椅子に腰を下ろしているのは緊張した面持ちのキーリーン・ホワイトだった。
「ボストンの医者の話では、クロノ・レイヴン氏の容態は、意識不明のままで危機を脱したとはいえないようです。当面集中治療室を出ることはかなわないでしょう」
パドルダック弁護士は咳払いして続けた。
「レイヴン氏の容態を案ずるのはやぶさかではありませんが、遺言執行管理を担う私としては、法的な業務を優先させて頂くしかありません。レイヴン氏が一両日中にフォックスヴィルに戻れる望みは無いと医者も断言しました」
スカートの膝を掴むキーリーンの指にぎゅっと力がこめられた。
「これは遺言の『最初の一年はフォックスヴィルを離れることはできない』に抵触致します。アレックス・フォックスくんが相続権を喪失したのと同じ理由によるものとみなされます。相続順第五位キーリーン・ホワイトさん、あなたは相続の権利を執行されますか」
キーリーンのうつむいた肩が震えた。
「わたし・・・わたし・・・お受けしたいと思います・・・」
屋敷を出て行くキーリーンとパドルダック弁護士の姿を居間の窓から眺めながら、リヨ・ロブスターは深い溜息をついた。
居間ですれ違ったのに、キーリーンの目はまるでリヨに気がついていなかった。
もはやヘアーズ邸に残るのは使用人とリヨだけになった。ジミーはローズに付き添われてボストンに移送され、アレックスと同じ病院に入院している。心臓が正常に働くようになったのに引き換えてW・W病の治療が優先されたのだ。
的涼鹿もクロノに付き添ってボストンの病院に行ってしまった。自分を庇ってクロノが撃たれたことに責任を感じているようだった。
タイガー捜査官もインディゴグループの後始末にワシントンに引き返していった。
「何かあったら、ここに連絡しなさい。すぐに駆けつけるからね。きみのお父さんは、きみの安全を本当に願っていた」タイガーのくれた携帯電話の番号の書かれた紙を、リヨはぎゅっと握り締めた。
「・・・パパ・・」ずっと気丈に耐えてきた涙が両目に溢れた。リヨは初めて小さな少女に戻って心細さを感じていた。
「いつもの元気はどうした、お嬢ちゃん」振り返ると、アイザック・ビートルが微笑を返した。
「探偵に御用は無いかね。安くしとくよ」
リヨはにっこり笑って、涙を払った。
「宿無しの一文無しになりそうな子供からせびらないでよ」
「あんたを追い出したりするなんて私が許さないよ!」マーサが足を踏み鳴らしながら入ってきた。
「キーリーンのあの態度は何さ。門のところで会ったら、もうご主人さま気取りだ」
マーサは棍棒を振り回した。
「本当なら、最初に相続したヨッシュの娘のあんたが貰うべきなんだ。クロノが死にかけたおかげで、棚から牡丹餅が転がり込んできたくせに」
「なあ・・・そのクロノが庇ったというが、FOXが狙ったのは本当に的涼鹿だったんだろうか」アイザックが慎重に口を挟んだ。
「本当は最初からクロノが狙いだった・・・とでも言うの?」リヨとマーサも顔を見合わせた。
「事件が多すぎて混乱してきてるんだ。最初からもう一度考えてみよう。そう、FOXから初めて手紙が届いたリサの事件から――」アイザックは乱暴に髪の毛をかきむしった。
「巷(ちまた)でも言われているとおり、あの手品はリサも何も知らずに協力していたはずだ。行方不明になったアルバトロスと殺されたシュトラウス、それから偽ガードマンが三人も絡んでいたとなるとただ単にリサを殺すためだけの余興にしては大掛かり過ぎる。手品で一時的にリサの姿を隠したのは――誘拐を企んでいたんじゃないだろうか」
「おや、めずらしく本物の探偵みたいだね」マーサが冷やかした。
「リサを誘拐したいと思ってたとしたら、そりゃピーターだね。なにしろヨッシュに取られちまったんだから」
ふざけていたマーサも真顔になった。
「計画を立てたのがピーターなら屋敷には詳しいはずだ。フロプシーおばさんが生きてた頃はしょっちゅうご機嫌伺いに入り込んでたんだから・・・あの二人の高校教師だってピーターと岩石仲間だし、FOXの護衛騒ぎの時のようにインディゴから手下を借りてガードマンとして送りこむことも出来た」
「でも、ピーターならリサを殺してしまうはず無いわ」
「何かトラブルが起きたんだ。例えば、リサに惚れてたシュトラウスが横合いからひっ攫おうとしたとか・・・シュトラウスを殺したのはアルバトロスじゃないかと思う。それ以外にアルバトロスが姿を隠す理由が無い」
「じゃあ、リサを殺したのはシュトラウスなの?シュトラウスだって好きなリサを殺す理由なんか無いわ」
「リサを殺したがっていたのは・・・FOXだけだ」アイザックは声を落とした。
「今までの手口を見てるとFOXは単独で動いているように見える・・・あの手品のドタバタをFOXが上手く利用しただけに違いない」
「じゃあ、あの夜屋敷に残っていた人間の中にFOXがいたの」
「帰った振りをして戻ってきたって事も考えられるよ。あの屋敷には秘密の出入口が他にもありそうだもの」
マーサの問いにアイザックは首を振った。
「いや・・・あの時、屋敷に残っていた人間の中にFOXはいた」
「どうしてそんなことがはっきり言えるの」
「FOXから贈られた赤い靴に、シュトラウスのカードを差し替えた人間がいる。ガードマンの詰め所にあったプレゼントに、シュトラウスの死を知ってから怪しまれずに近づけたのは、屋敷に残っていた人間だけだ」
「パーティの夜に残っていたのはローズ、ジミー、パパと私」
「遠慮しなくていいよ、私も残ってた」マーサが乾いた笑い声を立てた。
「俺もだ・・・それから・・キーリーン」
ヘアーズ一族のあらたな主の名前が不吉に響いた。
「他の事件はみんなのアリバイの特定が出来ない。あとはヨッシュの事件だけだ」アイザックは疲れたように首を振った。
「パパは・・・パパは誰に殺されたの」
「ヨッシュが殺されたのは――屋敷の内の人間とも外からの人間とも分からない・・・内へ通じる廊下の側のドアも、外へ通じる屋根裏側へのドアも閂がかかっていた」
「その閂だけど・・・」リヨはじっと考え込んだ。
「あの日パパが閂錠を取り付けたのは誰も知らなかった。フェアバンクス夫人と執事のほかには」
「そうだ、ヘアーズ邸の旧式な鍵は慣れた人間ならピン一本で開けられたはずだ。出入りしてる人間なら事前に合鍵だってつくれただろう。だが、閂は部屋の内側からしか開閉できない」
「用心深いヨッシュが、夜に尋ねてきた人間を閂を開けて部屋に入れたりするだろうかね」
「娘のあたしなら開けてくれたわ」リヨが涙ぐんだ。
「私が用があるといっても開けてくれただろうよ」マーサも眉をしかめた。
「屋根裏から入り込んでくるような人間には開けないだろうが、屋敷の中にいた知り合いが廊下から声をかけたら、ヨッシュは開けただろうね」アイザックも頷いた。
「フォックスヴィル創立記念祭の夜だったね。アレックスが事故にあって入院したんだっけ。ピーターも来たけど、シーザーが捕まらずに一人で帰っていった。ヘアーズ邸に泊まっていたのはリヨ、的涼鹿、ジミー、ローズ、マーサ、キーリーン・・・」
指を折って考え込みながら、マーサは名前を並べた。
「また私とローズとリヨとキーリーンが重なった。あんたはセーフだ、アイザック」三人はおかしくも無さそうに笑い声をあげた。
「現在――遺産は誰の手にある?」アイザックがつぶやいた。
| 4 |
キーリーンの自宅を通り過ぎた先で車を降りたマーサとリヨは、薄闇に紛れて家の前まで走り戻った。
ウォルター・ホワイトが『ダブル・ダブルダイナー』を二軒構えて羽振りのよかった頃建てられた家は、現代的な豪邸だったが、今では手入れにまわす金もなくあちこち傷みが目立っていた。
何重かの抵当に入っているとの噂もマーサの耳に入っている。
傍らに聳え立つ楓の陰から、アイザックがのっそりと姿をあらわした。
「やれやれお嬢ちゃん、やっぱりついてきたのか」
「忍び込むのはとくいよ」
にっこりするリヨと対照的にマーサは暗い顔で灯りのない家を見上げた。
「あたしの占いで――失せものはこの方角にあると出た」
「出掛けに『ダブル・ダブルダイナー』を覗いてきた。キーリーンはキッチンで手伝っていた。今のうちに中に入ってみよう。何か手がかりが見つかるかもしれない」
「見つからなければ・・・?」
「それならそれでキーリーンを疑わずにすむ」
三人は裏口に回り、アイザックが万能鍵で簡単にドアを開けた。
「二階がキーリーンの寝室だよ」何度もブリッジをやりに来た事のあるマーサが声をひそめた。
「じゃあ、あんたはそっちを頼む。おれは居間から。お嬢ちゃんはマーサと一緒に行った方がいい。動かした跡を残さないように」
頷いた二人は急いで二階に上がった。
二階の寝室は厚いカーテンが引いてあるので、マーサは明かりをつけた。
「何を捜すの?」
「わからないね・・・FOXの手紙の書き損じとか」
「そんなもの残してる犯人なんているかしら」
それでもリヨはサイドテーブルの引出しを調べ始めた。マーサもクローゼットを開け、並んでいる服を片端から調べ始めた。
「・・・マーサ・・」
夢中になっていたマーサはリヨの押し殺した叫びにあわてて振り返った。
リヨは壁際の引出しのついたチェストから、大ぶりなバッグを取り出していた。
「キーリーンのバッグじゃないか。以前よく使ってたから知ってるよ」
「銃が入ってる・・・弾もこめたままよ」
「護身用に銃を持ってるとは聞いたことなかったけどね・・・」
マーサはバッグを広げて覗き込んだ途端、あっと大声で叫んでその中に手を突っ込んだ。
叫びに驚いてアイザックが二階に駆け上がってきた。
「どうした!」
マーサが震える手でバッグからつかみ出したのは、一枚の赤い鳥の羽だった。
「あたしの・・あたしのサンダルの飾り羽だ・・・」
「リサに届いた赤いサンダルの羽飾りね!」
アイザックがバッグをひったくって銃を傍らに置き、バッグを逆さにして激しく振った。
もう一枚の赤い羽根がふわふわと床に落ちていった。
三人が呆然と羽の動きに気をとられていたとき、
「私の家で何してるのよ!」寝室の戸口で凄まじい叫びが起きた。
キーリーンは煌々と明かりのついている部屋の中央の三人とその手のバッグ、さらにマーサの手に握り締められている小さな赤い羽根に視線を移していった。
顔から血の気が引き、開いた口から次の言葉が出なかった。
「あんたがリサにFOXの手紙を出したんだな」アイザックが震える声で言った。
「あんたがあの赤いサンダルを贈ったんだ」
キーリーンの眼は赤い羽根に吸いつけられたまま、ガタガタと震えだした。
「あんたがヨッシュを殺したのか!」
「パパを・・パパを殺したの・・キーリーン・・」
リヨの呆然とした表情を見た途端、キーリーンはわっと泣き出した。
「ヨッシュは・・私と結婚してくれると思ってた。ウォルターが死んだのは、結局ヨッシュのせいだったじゃないの!だから私と結婚してくれたっていいのに・・・あんな、あんな小娘のリサと・・リサだって、金目当てに承知したくせに、のうのうと幸せな顔をして」
「だからって・・・なぜパパを」
「リサが死んだ後だってヨッシュは私とは結婚しないと言い切ったのよ。五年前のことを思い出させてやろうと写真を送り付けてやったのに、私にこれ以上近づかないでくれと五万ドル投げつけた・・・許せなかった・・・私・・本当にヨッシュを愛してたのに」
キーリーンがふらっと動いた時には傍らに置かれていた銃がその手にしっかりと握られた。
マーサがはっとしてリヨを庇うように抱きしめた。アイザックもあわてて内ポケットの銃を取り出した。
しかし、キーリーンは銃口を自らのこめかみにあてた。
「ごめんね、リヨちゃん。本当に・・・ごめんね」
マーサがリヨの眼を覆った瞬間、引き金が引かれた。
キーリーンの死体が運び出されたあと、デス署長は居間のソファーに寄り添うように座り込んでいるマーサたち三人を振り返った。
「キーリーンの銃の条痕とクロノが撃たれた弾の条痕が一致した」
「的涼鹿を狙ったのもキーリーンだったんだ・・・」
三人は頷いて疲れた身体を引きずるように立ち上がった。
「もう帰ってもいいだろうね。なんだかこんな終わり方は後味が悪いよ。キーリーンは友達だったんだ・・・子供の時からずっと・・・」
「マーサ、お嬢ちゃんは俺が送ってく。あんたはうちに帰ってベッドに入ったほうがいい」アイザックがリヨの肩に手を置いたまま、マーサを慰めた。
「キーリーンは」デス署長は一瞬ためらい、もう一度聞き返した。
「キーリーンは・・・自分がFOXだと認めたんだな」
「私たち三人の前でね」マーサが答え、三人は深い闇の待つ外へ消えていった。
警察署に戻ってきたデス署長を待っていたのはローズ・ダイヤモンドだった。
「たった今、ボストンから戻ってきました。ジミーの手術が終わりました。W・W病も克服できるでしょう。心臓の方ももう大丈夫だって・・・あの子は元気に生きていけるんです」
「よかった」
しかし、署内は混乱を極めていた。FOXが自殺したという噂がとびかい、マスコミもかぎつけて署長のインタビューを迫っていた。
「私、全てをお話したいと思っています」
「申し訳ないが、今はとても時間が」
「キング・インディゴの王藍は死んでないわ。あの男は生きてこの町にいるに違いないの」
デス署長は立ち止まり、じっとローズを見つめた。
「こちらへ――お話を伺いましょう」
署長室のドアをバタンと閉めると、デスはローズと向かい合った。
| ローズ・ダイヤモンドの告白 |
私の父ジミー・ヘアーズはバックスの甥にあたります。
1961年20歳のときにフォックス・ヴィルを出て日本に渡りました。
父が『徐福伝説』を日本で調べたかったのかどうか分かりません。もし、あの漢文の紙片を父が持っていたとしても、現在の日本では漢文を日常に使う人はほとんどいないのですから。
漢字を少し知っている私でさえ、あれは中国のものだと思っていました。
私の覚えている父は空手のことだけに熱中していました。
父は、1963年に沖縄の私の祖父吉本空胤(くういん)の空手道場に入りました。その二年後に母と結婚、アメリカのLAに戻り空手道場を開き、1967年に私が生まれました。
私が5歳の時に、中国マフィアの抗争に巻き込まれて行方不明になったと聞いています。
母の話では、一方のマフィアの用心棒のようなことをしていたそうです。
父が行方不明になって三年後に日本に戻りましたが、その後はいろいろ辛いことが多くて・・・
アメリカに戻ってきたのは1988年21歳の時です。翌年、偶然LAで、父の弟子だった中国人と出会いました。
そして、父が五年前まで生きていたことを知りました。父は中国マフィアのボスの片腕として、かなり上の地位まで上り詰めていたようです。
それが五年前、ボスの娘と結婚した若手が台頭してきて父と勢力争いを起こし、父は殺されてしまったということでした。
母と私を捨てた父を憎みましたが、殺されたと分かればやはり辛かったのです。殺した相手を知りたいと、組織を探り始めました。そんな危険を冒したのは、父を殺した相手が父の親族だという噂があったのです。
ところが翌1989年にサンフランシスコのロマプリエタ地震があった年から、相手の消息が全くわからなくなってしまいました。
私はあきらめずに手当たり次第に中国人社会で聞き歩いていました。当然組織からの脅しや嫌がらせはエスカレートしてきました。
その頃ハリーと知り合って、何度か危ないところを助けてもらった・・・彼の子を妊娠して、結婚しました。
ハリーが強盗で逮捕された後・・・
ある日、とうとう組織の男たちに捕まって、どこかのマンションに連れ込まれて観念した時、一人の女が現われました。30代後半の白人のきれいな女性でした。
「あんた、ジミーの娘なんだね。東洋系だけど・・・目が似てる」
「お父さんを知ってたんですか」
「同郷の出身だったんだ・・・フォックスヴィルのね・・」
彼女は懐かしそうな遠い目をしました。
その時、どやどやと人の戻ってきた音がして、彼女は私を隣りの部屋に押し入れました。
その部屋は寝室で、ベッドの傍らに小さなベビーベッドがあって、生まれたばかりの赤ん坊がすやすやと眠っていました。
隣りの部屋で男の声がして、わたしはこっそりドアの隙間から覗いてみました。
金色の鉄仮面を被った男が、彼女と言い争っていました。
「お前はまた中国に戻っていた方がいい。女房の律楠が嫉妬してうるさくてかなわん」
「王藍(ワンラン)、あの子を産んだのは私よ。今度こそ、自分の手で育てるわ」
「あの子には使い道があるんだ。わざわざ白人のお前に生んでもらったのもそのためだ。アメリカで育てる」
それから男は仮面を脱いで、彼女にキスしました。
「愛しているよ。蝶々(フーディエ)。中国で待っていてくれ。近いうちにあちらに本部を移す」
男が出て行くと、彼女は寝室に入ってきて、赤ん坊を抱き上げ、私の腕に抱かせました。
「この子をお願い。身勝手に利用されるためだけに生まれてきたの。普通の幸せな生活をさせてやって」
赤ん坊は目を開けて、私ににっこり笑いかけました。
・・・その一月前に私の生んだ赤ん坊は・・・死産だったんです。私はよく似たその子が離せなくなってしまいました。
「いつかフォクスヴィルに行ってね・・・わたしの最初に生んだ子供がいるのよ」
彼女は涙を振り払うように、私を裏口からこっそり逃がしてくれました。
フォックスヴィル警察署
デス署長は長い溜息をついた。
「その赤ん坊がジミーだったのか・・・じゃあ、本当の母親は、王藍の愛人・・・父親はW・W病のことを考えるとバックスの冷凍精子ということになってしまう・・・王藍がどこで手に入れたんだ・・・」
「そんなことはどうでもいいんです。ジミーは私の子供の生まれ変わりだと信じてきました・・・あの子は私の全てになったんです」
「王藍の愛人――フーディエ・・・フォックスヴィルの出身と言ったんですね。今生きていれば、私と同年代のはずだが・・・そんな名前は覚えがない」
「中国語で『蝶々』と言う意味らしいです」
デスはじっと考え込んでいたが、はっとしたように顔を上げた。
「ローズ、あんた・・・王藍の素顔を見たといったのか!!!」
ローズはゆっくり頷いた。
「今年の三月、ジミーの心臓の手術費用がどうしても必要で、とうとうフォックスヴィルにやってきました。
町長のピーターを見たとき・・・あの仮面の男かと息が止まりかけました。10年歳を取ったらあんなふうになるだろうと・・・
でも、ピーターは30年近くこの町を離れていないことがわかって、他人の空似なんだとほっとしました」
ローズは長い間抱えてきた秘密を人に話すことが出来て、肩の荷が降りたように安らかな表情になった。
「どうして、あの事故で死んだ王藍が本物でないと思うんだ」
ローズは無言で焼け焦げた小さな指輪をテーブルの上に置いた。
「私とハリーの結婚指輪です。あの死んだ男は・・・ハリーです」
「言い切れるのか」
「一週間ほど前、私の歌うクラブの裏口に、仮面の男がひっそり立っていたと・・・赤いバラの花が一本、ドアに挿してあったとバーテンが気がついていました。ハリーがいつも私にくれたバラと同じローテローゼが」
「だが、なぜハリーが王藍の身代わりを買って出る?」
「・・・わかりません。もし王藍に捕まって、私に手を出さないことと引き換えに引き受けたのかもしれませんが・・・自分が殺されるとは思ってなかったでしょう」
「ハリーは本当にあんたを愛してたんだな・・・」
頷くローズの目から涙がこぼれ落ちた。
| 5 |
タウンホール:町長室にでんと構えたピータ―・ヴェリーはデス署長の来訪を機嫌よく迎えた。
「おめでとう、署長。とうとうFOXを捕まえたそうじゃないか」
「自殺されてしまったんでは、わからないことばかりだよ」
「キーリーンが犯人とはね・・・まあ、これで連続殺人事件はおしまいだ。町のイメージアップをはからなきゃならん。物産展でも開くか」
デス署長はヴェリーのデスクの向かいに腰を下ろし、ゆっくりと顔を上げた。
「先日あんたのところの家政婦のポッターのばあさんが署にきたんだがね・・・」
「追い出されたと苦情でも言ったかね。ばあさんもいいかげん年だ。ゆっくりしてもらいたかったのさ」
「ばあさんは・・・あんたがピーターだんなさんじゃないといいに来たんだ」
「はっ!ばあさん、とうとうボケたようだな」
ヴェリーはおかしそうに笑い声を上げた。
「ピーターの大嫌いなピーマンを、あんたは美味そうに食べるんだとさ」
「俺も体に気を使う年齢になったのさ。緑黄野菜は身体にいいんだぜ」
ヴェリーは笑い続ける。
デス署長はそれを無視して、ポケットからメモ用紙を取り出した。
「ああ・・・ここだ。
『6月10日午後5時25分 ダブル・ダブルダイナーにて
アイザック・ビートル「探偵にご用はないかね。お嬢さん。安くしとくよ。護衛は要らないか」
キーリーン「あんたを雇うと殺されるってもっぱらの評判よ」
的涼鹿「私は結構よ。デス署長にも断ったけど、シープ・ジョーキングがこっそりくっついているみたい」
アイザック「ちえっ・・まとまった金が出来たら、こんなフォックスヴィルとはおさらばするつもりなんだが」
ハリエット「町長のところに行ってみたら?間違われただけなら、FOXはまだピーターを狙っているんじゃないのかしら。タウンホールも欠勤して家に閉じこもってるらしいわよ。あの家政婦のポッター夫人もとうとう追い出されたみたい。FOXがまたやってくるんじゃないかとビクビクして、泣いてるのかもしれないわよ」
キーリーン「そうでも無さそう」
町長入ってくる。キャシ―・ダークホウクと一緒に。
ハリエット「まあ、誰かと思ったら、キャシ―・ダークホウクじゃないの?マーサは知ってるのかしら」
町長「誰かと思えば、ハティー・キャップじゃないか。今日は小判鮫のロビンは一緒じゃないのか。頭を寄せ合って、何の密談だね」』
読み上げるデス署長にヴェリーは流石に眉をひそめた。
「なんだ、それは」
「ジョーキングは馬鹿だが、言われたことはできるようだ。これはあの場での会話だが間違いはないだろうね」
「さあね、覚えちゃいないが。いや、その後マーサが棍棒を持って殴りこんできたのは覚えてるぞ」
「ハティー・キャップ」
「え・・・?」
「ハティー・キャップ・・・あんたは子供の頃のハリエットをいつもそう呼んでただろう」
ヴェリーはちらっと考え込む表情を見せた。
「ピーターは決してハリエットをそんな風に呼ばなかった。ハティー・キャップと呼んでたのはたった一人――ベンジャミンだけだ」
ヴェリーは笑い飛ばした。
「突っかかってくるハリエットをからかっただけさ。あんたが覚えてるんなら、俺だって覚えてるさ。
もし俺がベンジャミンだとしたら、まずハリエットに気づかれてしまう昔の呼び方の危険を冒すかね」
デス署長は煙草に火をつけ、禁煙の町長室の灰皿代わりに花瓶にマッチの軸を投げ入れた。
「あんたはハリエットに報せたかったんだと思うよ。自分がピーターと入れ替わったということをね。あの新聞広告『尻尾は押さえた。箱から出るには5万ドル』――そっくりな男が二人、そのうち一人が殺されたのに、子供の時からベンジャミンにのぼせていたハリエットが騒ぎ立てもしなかった。ハリエットは、ベンジャミンが帰ってきたことを薄々感じ取ったんだろう。死んだのはどっちだ――その上、的涼鹿にFOXからの脅迫状がきたことでハリエットは混乱してしまった。で、あの広告を載せた。箱の中にいるキツネ――あんたはあの時、檻の中にいた。保釈金は五万ドルだったな。
ハリエットにしてみれば賭けだったろうが、あんたは気づかれたと思った。だから、ハリエットに警告したんだ。
ハリエットは、子供の頃のヒーローの薄汚い正体を知っても、警察に売ることだけはしないだろうがね」
「ハリエットの妄想に付き合う気にはなれんね。この部屋にも、家にも俺の指紋だけしかないだろう。何なら調べてみるか」
デス署長は煙草も花瓶に放り込むと、ゆっくりと口笛を吹いた。
ヴェリーの表情から笑みが消えていく。
「リヨ・ロブスターがやってきて、このメロディーを私に聞かせて『これ何の曲?』と尋ねた。
私がフォックスヴィル高校の応援歌だと教えてメロディを吹いたら、『少し違う、こんな風だった』」
デス署長の吹いたメロディは11小節目の弱起の三連符の同じ音を外していた。
「これはあんたがFBI捜査官に制止された時、吹いてたそうだな。それを聞いた途端、的涼鹿があんたに友好的になったとリヨは気がついたんだよ。
半月ほど前に、的涼鹿がベンジャミンの音をはずす癖を懐かしそうに聞かせてくれたのを思い出した。あんたは口笛を吹くことで、自分が既に入れ替わってることを的涼鹿に伝えたんだ」
「もうろくした耳の遠いばあさん、素性の怪しい中国娘、11歳の子供、妄想好きな町長反対派の女・・・・さて、まともに裁判所が取り上げる話があるのかね」
平然と笑みを消さないヴェリーに、デス署長は指を突きつけた。
「あんたはベンジャミンだ・・・そして、キング・インディゴの王藍だ。ローズは王藍の素顔を見ている」
「ははっ!脱獄囚の女房の戯言だ」
「あんたはおそらく10年ぐらい前からコン・コーナー村にベンジー・フォックスとして出没している。中国系のマフィアがあの周辺に出てきていることからもそれは確かだ。当然、フォックスヴィルの様子もうかがっていたんだろう。
それからキング・インディゴとして徐々にフォックスヴィルに食い入り始めた。ヘアーズの土地もかなりの部分を手に入れたはずだ。ピーターを利用しながら、入れ替わる隙を窺がっていたんだ」
ヴェリーはゆっくりと腕組みしながらデス署長に向って微笑んだ。
「誰か俺をピーターだと証明してくれる人間はいないのか。悲しいことに、愛妻は既に死んでいる。二人の子供は海外だ。遠いアジアとアフリカで遍歴中では、連絡がとれるかどうか・・・。
さて・・・それとも俺はベンジャミンなのか?」
二人の男は睨みあった。
「あんたは、ベンジャミンだよ。高校の頃見事なハムレットを見せてくれたじゃないか。いや、表向きの優等生の顔の陰で、何を考えていたのか・・・生まれつき芝居上手な人間なんだ。
ピーターはろくでもない奴だったが・・・あんたに較べれば、ずっとましだったと思えるよ、ベンジャミン」
デス署長は帽子を被りなおすと、荒々しく町長室のドアを開けて出て行った。
| 6 |
キツネの巣穴を探ってごらん
そこにはいないよ
キツネは裏口にきてる
骨をしゃぶりながら
Put your finger in Foxy’s hole
Foxy’s not at home
Foxy’s at the back door
Piking at a bone
FOX
7月25日 一通の手紙がひっそりと郵便受けに落ちた。
狭い部屋の破れたソファーに腰をおろしたまま、男はノックの音に顔を上げた。
「入れよ。鍵はかかってない」
男は上着の内ポケットに封を切った手紙を収め、抜き出した銃を傍らの汚れたテーブルの上に置いた。
「ああ、やっぱりあんたか。お嬢ちゃん」
リヨは無言で戸口に立ち、後ろ手にドアを閉めた。
「一人か?棍棒レディは一緒じゃないのかね」
「マーサは親友だったキーリーンがあんなことになってショックで毎日泣いているわ」
「俺だって、キーリーンがFOXだったなんて、今でも信じられない」
リヨはぐるりと部屋を見渡した。薄ら寒い事務所兼用の住まいだった。
「パドルダック弁護士がさっき来たでしょう。相続順位が回ってきったって・・・」
「ああ・・・クロノもキーリーンもあんなことになって・・・で、ついに6番目の俺に回ってきちまったよ」
アイザック・ビートルは深い溜息を吐いた。
「で・・・どうするの?受け取るつもり?」
「くれるというものを無下に断るのも・・・ね。考えてみると返事しておいた。お嬢ちゃんはヘアーズ邸を出る必要はないんだぜ」
「現在――遺産は誰の手にある?」リヨがつぶやいた言葉を聞きとがめて、アイザックの目がきらりと光った。
「あんたが前に言った言葉よ、アイザック」
「キーリーンがFOXは自分だと認めたのを、お嬢ちゃんもその耳で聞いたろう。ヨッシュを殺したのも自分だと認めた」
リヨの小さな顔が苦悩にゆがんだ「ええ。パパが結婚してくれなかったから殺してしまったと・・・パパと婚約したリサにFOXの手紙を出したって・・・赤い羽根のサンダルを送ったって・・・でも、」
リヨは戸口から動かないまま、アイザックを睨んだ。
「でも、それ以外の事を聞いていたら、キーリーンはyesと答えたかしら・・・ジマイマ・トマトの殺害やピーターのそっくりさんの殺害、的涼鹿先生やクロノに対する襲撃・・・それから、リサを殺したことも・・・
私、考えたの・・・確かにキーリーンはyesと言った。アイザック、あなたが問い掛けたことにはね」
「1から10まで聞けばよかったってわけか」
笑いながら近づいてくるアイザックにリヨは昂然と頭を上げた。
「ええ、そうすればキーリーンはnoと言えたに違いないわ。キーリーンがyesとしか言えなかったのは、自分のしたことだけを突きつけられたからよ。だって、FOXなら自分のしたこと以外はキーリーンがしたってわかってるからよ!
あなたがFOXよ、アイザック!」
アイザックは立ち止まり、声をあげて笑い出した。
「やれやれ、相続の順番が回ってきたからってFOXまで押し付けられるとはね。まあ、お嬢ちゃんのことだから、根拠もなしに言いがかりをつけることはないだろうが」
リヨは声も震わせずに真正面からアイザックを見返した。
「婚約パーティのリサ殺しは屋敷の内にいた人間だと言うのはあたってる。でも、パパが殺された時、あなたの言った屋敷の中の人間だと言うのは間違いよ。
パパは部屋の中から二つの閂錠をかけていた。廊下側のドアと屋根裏部屋へ通じるドア。
キーリーンは廊下から部屋に入って(多分、パパが入れたと思う)、争いになってパパを刺した。
キーリーンはパパを刺したあと、外から進入した犯行を装おうと思って、屋根裏部屋の閂を開けてから、廊下のドアを出て合鍵を使って閉じることはできた。でも、閂を部屋の内側からかけることは無理。
ところが、翌日、廊下側の閂がかかっていたのは、廊下から入った私たち全員が知っている。
FOXはマザーグースを歌に倣って首を切るつもりで斧を持って屋根裏部屋から入り込んだ。閂があいていたのは、FOXにとっては偶然の幸運だった。そのうえ、既にパパが殺されていた-――それともまだ息はあったのかもしれない・・・
首を切り落としたあと、廊下側の閂を部屋の内からかけてしまった。FOXは慌てたんだと思うわ。だって、パパが刺されていたなんて予想外だったはずだから・・・
それとも、外からの侵入者の犯行の跡を残したかったのかも。多分、その頃はクロノを犯人に仕立てようとしてたのかもしれない・・・
朝、みんながドアを破って部屋に飛び込んだ時は混乱していた。私だって、部屋の様子なんか覚えていない。
廊下側の閂をかけた覚えのなかったキーリーンは、さらにパパの首が切り落とされているのに仰天して、みんながパパの死体に殺到している隙に屋根裏部屋の閂を閉めてしまった。
こうして密室ができてしまったのよ」
アイザックの笑い声が大きく広がる。
「残念ながら想像部分が多すぎるね、お嬢ちゃん。それはみんなあんたの頭の中で作り上げたでまかせだ。俺によこしたこのFOXの手紙もお嬢ちゃんの仕業だろう」
リヨはしっかりとこぶしを握った。
「ええ・・・でも、たった一つ、廊下側の閂が部屋の中から閉まっていたことは紛れもない事実だと言うことがあるわ。
それだけで、パパの首を切り落としたFOXは屋敷の中に戻れず、外にいた人間だと言うことがわかる。
リサが殺された時屋敷の内にいて、パパが殺された時屋敷の外にいたのは――あなただけよ、アイザック!」
リヨの眼には怒りより悲しみがあった。
「今ならわかる・・・キーリーンの寝室のバッグの中に銃や赤い羽根を入れておいたのは誰だったのか。キーリーンがなぜあんなタイミングよく戻ってきたのか。なぜ銃をキーリーンの手の届くところに置いたままだったのか・・・自殺しないまでも、彼女が銃を手に取ったら、正当防衛で撃ち殺すつもりだったのよ」
アイザックが両手を広げ一歩前に出た時、背後の窓ガラスを蹴破ってタイガーが飛び込んできた。手には既に銃が握られている。
アイザックは大きく肩をすくめて、笑い出した。
「お嬢ちゃんのことだから一人で来るはずはないと思っていたさ。さて、弁護士を呼んでもらおうか。パドルダックでいい」
| アイザック・ビートルの告白 |
バックス・ヘアーズの爺さんは死ぬ一月前、俺のボロ事務所にやってきた。全くあの時はよたよたしていたとは言え100まで生きそうだった。
バックスはコン・コーナー村にいるフォックス母子に会って、書類一式を持ってくるように言った。
弁護士事務所の人間をコン・コーナー村にやりたくないようだった。
「その子供はベンジャミンの息子なのか?」と聞くと、爺さんは笑って、「いや、わしの息子だ」と答えた。
「まさか!10歳の子供では、あんたが80のときの子だ」
バックスはそのとき初めて冷凍精子の話を俺に聞かせた。
13年前、高校生のクロノ・レイヴンが町の検診を受けたとき、ヘアーズ記念病院の院長だったG・ヒポポタマスがバックスの遺伝子との相関に気づいて報告したらしい。
バックスは50年も前の冷凍精子から生まれた息子の存在を知った。ところが、クロノはもう十分に大人でバックスの意に従うような性質ではなかった。で、バックスは昔の冷凍精子の行方を捜した。
一本はフォックスヴィル病院ですでに使われ、リヨが生まれている。一本はその最中に紛失した。最後の一本をバックスは夢の息子を作り出すことに賭けた。それがアレックスだった。
ところが13年後に俺のところにきたときには、バックスは自分の息子のアレックスに興味を失っていた。
2年前にクロノがW・W病を発症したことを知ったバックスは腎臓移植の話を持ち出して、クロノに詳しい検査にかけた。W・W病が古い冷凍精子で生まれた男児に頻発する不治の病だと知ったバックスは、アレックスにも未来は無いと捨ててしまったはずだった。
ところが、ジマイマ・トマトが乗り込んできたんで、バックスも慌てたらしい。マスコミにでも持ち込まれたら、大スキャンダルになると金を出したんだが、女は強欲だった。
ところで、バックスが13年前にクロノの事を知るまで――自分の冷凍精子で息子を作ろうと思い立つまで――遺産相続者は俺だったのさ。
なぜかって?
おれがベンジャミン・ヘアーズの実の息子、バックス爺さんのたった一人の孫だったからさ。
ベンジャミンが高校生の頃、年上のカフェの女との間に俺が生まれた。爺さんはもちろん腹を立てて、ヘアーズ籍になんて入れるわけもない。仕方無しに、一族の端っこに押し込んだってわけさ。
それでも、爺さんは小さい頃の俺をかわいがってくれた。なんせ、たった一人の孫だったんだから・・・
多分、フロプシー婆さんは何にも知らず仕舞いだったろうよ・・・
俺にこの話を聞かせたのは、あのパドルダック弁護士のやつだよ。ご丁寧に、俺がはずされたときに教えてくれたのさ。
ベンジャミンは町を出て行くとき、自分は廃嫡されてもかまわないから、俺のことを認めて相続させてくれと頼んでいったんだ。
ところがいつのまにか爺さんは冷凍精子で自分の息子作りにのめりこんでしまった。それがW・W病ででぽしゃってしまって頭がおかしくなったんだろうな。それであんな遺言書を残してしまったんだろう。
夢の息子作りに失敗した爺さんは、今度は自分の不老不死を追い求め始めてたらしい。
ふん、俺はあんな『徐福伝説』の夢物語には興味はない。
俺は自分の当然の権利を取り戻すつもりだった。俺の順位の前には五人の邪魔者がいた。
リサに届いたFOXからの手紙が俺には、天の声に思えたよ。
子供の頃遊んだヘアーズ邸内部のからくりは、俺にはお手の物だった。リサには気の毒だったが、相続絡みの殺人をごまかすためにも最初に死んでもらうことにした。
とりあえず肝心のヨッシュは後に回して、第三位のアレックスをはずすつもりで、ジマイマ・トマトに近づく算段をした。チビ一人ならなんとでもなるが、あの女は知りすぎていた。売り込みに行くまでもなく、向うから依頼してきた。
食い物で手なずけて、俺たちはいい仲になった。
ジマイマ・トマトは子供の頃の記憶がないが、匿名の援助で看護婦学校を出たようだ。
2年前、昔世話になった画家を訪ねてコン・コーナー村に行ったところ、画家は既に死んでいて、その親戚だと言うベンジー・フォックスと言う男に出会った。男は彼女にバックス邸に入り込んであるものを捜して欲しいと頼んだ。それが何かは知らん。
ジマイマ・トマトはバックスの看護婦としてヘアーズ邸に住み込んでいたが、アレックスの母親が病気になって看病にさし向わされた。
いい金づるを掴んだと思ったに違いない。
俺たちは仲を疑われないように、みんなの前で喧嘩別れをした芝居を打ってから、こっそりコテージで落ち合うことになっていた。
ジマイマ・トマトは死んだ時、裸足だったろう。女が靴を脱ぐのはバスルームかベッドの中に決まっている。待ちかねてたのさ、俺を――いや、食い物かも(笑)
アレックスの事故は偶然だったが、上手く除外できた。
マーサもヨッシュ殺しの嫌疑がかかって、幸運にも相続から降りた。確かに幸運だった・・・殺されずにすんだからな。
的涼鹿に手紙を出したのは、クロノを直接狙うのは手強かったからだ。
あの二人は一緒にいることが多かったから、的涼鹿が狙われていると思えば、クロノの方は油断しているところを襲う機会ができると見込んだからだ。相続狙いのカムフラージュにもなる。
的涼鹿に一度脅しをかけておこうと、ローズの楽屋口で待ち伏せている時、アルバトロスが現われた時は俺も驚いた。
あいつは彼女に「王藍に『あの石はもうない。俺が破棄した』と伝えてくれ」と言った。「俺はずっとインディゴグループの仲間と一緒に隠れていたんだ。あんたが王藍の養女だということは聞いている。王藍にもぽんぽこ山から手を引くように言ってくれ」
的涼鹿は「王藍なんか知らない」と言って二人はもみ合いになった。彼女が押し倒されて、気絶したのを見計らって、俺は背中からアルバトロスを刺した。間を置いて、捜しに駆けつけた振りをした時、あいつがまだ息があったんで喉を潰しておいた。
アルバトロスはとばっちりを食ったわけだが、これで恐くなった的涼鹿は、クロノにくっついて動くことが増えるだろうと踏んだとおり、互いの名前を使って呼び出したら、簡単にのってきた。
あとはキーリーンに全部押し付けるだけだった。
リヨの推察どおり、キーリーンがあの時帰宅したのは、もちろん俺が知らせておいたからだ。
あのお嬢ちゃんは――ヘアーズ一族を背負って立つ人間になるだろうな・・
ピーター?
あれは俺じゃない。キーリーンでもないと思ってた。俺のように誰かがFOXに乗じたんだろう。
ベンジャミンが生きていたら?
興味ないね。・・・バックスの爺さんもひでえもんだが、ベンジャミンも俺を捨ててったんだ。おふくろのメリッサ・バタフライだって俺を置いてどっかに行っちまった。
ノーウェマン・ビートルが俺の親爺でかまやしないよ。
| 7 |
アイザックの事務所のデスクの脇に置かれた将棋盤を、リヨはまじまじと見つめていた。ヘアーズ邸にある将棋盤とそっくり同じものだった。
タイガーに連行される時、アイザックはリヨの問いに、
「俺の親爺は――ノーウェマン・ビートルはバックスが事業を盛んにやっていた頃の片腕だったんだ。たぶん、昔バックスに貰ったものだろう。俺が物心ついたときには家にあったからな」
興味無さそうに首を振ると、手錠を掴むタイガーを促して部屋を出て行った。
翡翠に似た薄緑色の蛍石を丁寧に磨きこんだ盤面には、8×10の升目が刻まれている。
まじまじとそれを見つめていたリヨは、重い盤を力いっぱい裏返した。
――徐福の銘があった。
「・・・やっぱり、二つあったんだ・・」
リヨは慎重に裏面を探り、わずかな引っ掛かりをゆっくり押してみた。
薄い石板面が開き、その隙間に黄ばんだ紙片が覗いた。
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v k l 0 n
f 2 g q :去國狐町遠
縦横計不就
鬱紆陟狸山
遠望徐広沢
平原獨悠悠
向狼思埋福
龍在足下眠
翹思慕故郷
傍らに漢詩のコピーを置いてみながらリヨは深い息を吐いた。
「ああ・・・二枚で盤面と同じ升目になった」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
キーリーンの葬儀は暗い雨の日だった。
まばらな参列者の中央に、町長のヴェリーが傘もささずに濡れて立っていた。
棺を覆う土が投げ込まれ始めると、彼は踵を返してゆっくり墓を離れた。
墓地の門の前に停めた車に寄りかかったままデス署長が帽子の雨を振り払った。
その眼前を平然とヴェリーは通り過ぎる。
「あなたは誰・・・」女の声がした。
「あなたはピーターじゃないわ・・・」
ヴェリーの足が止まった。
「ピーターはどこ?・・・わたしの兄さんはどこ?」
デス署長の病みつかれた妻は、車のドアから身を乗り出して、夫の手に抱きとめられた。
「ピーターを返して!」モペットは絶叫した。
愕然と立ち尽くす男に向って、FBI捜査官のタイガーがゆっくりと歩み寄っていった。
終
| ジャバウォック医療財団極秘文書 |
1907年、徐福という日本人が故国に帰ろうとして果たさず、アメリカの港町の小さな病院で死んだ。
彼の懐には、たった一つの鉱石のかけらが大切に仕舞い込まれていた。その病院で保管されていた鉱石は、やがてその病院を傘下に収めたジャバウォック医療財団の手に渡り、近年の研究でとんでもなく貴重な効力を秘めていることがわかった。(MSG566参照)
その徐福という男がアメリカ中を渡り歩いた鉱山師だということはわかったが、どこでその鉱石を手に入れたか――一切の書類は残されていなかった。だが、彼の最後の地がフォックスヴィルだということは判明した。
30年前、ジャバウォック医療財団は秘密裡にバックス・ヘアーズに近づいた。徐福の発見した蛍石の鉱脈の大半があるぽんぽこ山の大規模な調査を開始する許可を求めた。
医療関係者ばかりでなく、地質学者や物理学者を初めとする多くの科学者がこの計画に参加した。
フォックスヴィル高校の化学教師だったアナベル・Y・レイヴンも参加し、彼女はジャバウォック財団の勧めもあってバックスの冷凍精子を使って子供を作った。後のヘアーズ一族の所有権を把握しておく必要もあったからだ。
しかし、この鉱石が発見されれば、小さな田舎町フォックスヴィルの平穏は失われる。山も森も掘り尽くされて、自然は跡形もなく消滅してしまう。欲望に目がくらんだ人間が大挙押しかけ、周辺全てが混乱と搾取に呑み込まれる恐れがあった。
フォックスヴィル出身のジャバウォックの科学者ルシフェル・ザナドゥ・グラディウスは開発に反対し、財団と袂を別った。
彼は町の有志と反対運動を展開し始めた。
1980年、一向に進展しない開発にバックスは苛立っていた。彼の妻のフロプシーが死の床についていたからだ。
ぽんぽこ山の坑道に人為的な妨害と思われる小規模な落盤が相次いだ後、ある日突然採掘現場のほとんどを壊滅状態にする大崩落がおこった。数多くの関係者が生き埋めとなり百人を越す死者と行方不明者が出た。
この惨劇はジャバウォック財団の力で闇に葬られたが、計画は中断され廃坑だけが残った。反対派も自分達が引き起こしたかもしれない惨事の大きさに沈黙を守るしかなかった。
この計画に参加していた地質学者夫婦も行方不明となったが、彼らの娘と思われる少女が奇跡的に町の人間に救出された。記憶喪失となっていた少女は、バックスの手配で病院から抜け出し、コン・コーナー村の画家(後に村人に殺害される)の許に身を寄せ、財団の匿名の援助で看護婦の道を進んだ。
2002年、バックスは近づく自らの死を恐れて、ジャバウォック医療財団に再びの発掘を要請してきた。
ところが、既にぽんぽこ山はキング・インディゴグループの手に渡っていることが判明した。バックス・ヘアーズの財産管理・事業経営を委任されていたパドルダック&ケップ法律事務所との合法的売買契約が既に成立していた。
さらに、バックスの手に保管されていたたった一つの“鉱石”がいつのまにか盗み出されていたことも発覚した。
財団の調査で、インディゴグループが中国マフィアであることが判明し、財団はその力で政府機関を動かしFBIがグループの殲滅計画を進め始めた。
その調査経過途上判明したことは、1983年、フロプシー・ヘアーズが死亡した時、彼女自身の遺産がベンジャミンに遺され、パドルダック弁護士事務所は中国人と結婚していた相続人を見つけ出していたということだった。
当時のベンジャミンは従兄のジミー・ヘアーズと中国グループの中で対立関係にあり、ジミーの死に関係していたのではないかと思われる噂もあった。
そのジミー・ヘアーズは、彼が徐福伝説の手がかりを持っているのではないかとジャバウォック財団も興味を持っていた人物だった。彼はコピーしたと思われる紙片を周囲の中国人に見せたことがあり、その一部は財団の知るところとなっていたが、解読はなされていなかった。
ベンジャミンに関しては、ロマプリエタ地震以後行方が不明である。
しかし、パドルダック&ケップ法律事務所が依然としてベンジャミン個人資産の管理委託を受けたままであると思われる。
盗まれた“鉱石”は、看護婦として入り込んだジマイマ・トマトの手によって持ち出されたと推測された。彼女がそれを誰の手に渡したかは不明であるが、おそらくそれはぽんぽこ山に隠されていたと思われる。
ケン・アルバトロスの死体検分により、彼の爪先に入り込んだ土などから、彼が長くぽんぽこ山の廃坑に入り込んでいたことが判明した。
さらに司法解剖により、その内臓に例の鉱石の痕跡が認められたが、鉱石そのものは見当たらなかった。
留置所の監視カメラにより、彼が吐き戻した鉱石を握りつぶして水洗トイレに流した映像が残っていた。
アルバトロスは町の反対派同盟に近く、おそらくその鉱石の正体を感づいていたと思われる。
唯一の現存証拠だった鉱石は消滅してしまった。
ジャバウォック財団としてはこの計画を根本的に見直し、次回の理事会において破棄の道議を提出し、可否の採決を行うものとする。
| エピローグ |
三人の子供たちは、ぽんぽこ山頂上近くの、大きくせり出した岩の上に立っていた。
眼下にバードウッドの森をぬって裾野に流れ出すグリポン川がのぞき、広がる森の向こうにキティの崖のある岩山が向かい合う。
「ぽんぽこ山で広沢――グリポン川が見えて、狼岩――キティ・ウルフの崖と向かい合えるのはここだけよ。
つまり、ここが徐福の宝の基点に間違いないと思う」
地面に地図を広げながら、リヨがコンパスと磁石をおく。
「リヨちゃん、すごいね。東洋の漢字が読めたの?」
ジミ―の頬も健康そうに輝いている。今や彼の母親のローズ・ダイヤモンドがヘアーズ一族のすべての遺産を手に入れのだ。
ジミ―は自分の出生の秘密を知らないままで十分に幸せだった。
「馬鹿ね、今はインターネットの世の中だわよ。ちょっとヤフーの掲示板で聞けば、知ったかぶりして教えてくれる人間が五万といるんだよ・・・だわよ」
「やめなさいよ、アレックス。無理して女言葉を使うのは」
「アレクサンドリアって呼んでよ、リヨねえさん。未来のカノー三姉妹なんだから」
憮然とするリヨとジミ―を尻目に、アレックスは伸ばし始めた金髪を風になびかせながら、周囲を見渡した。
「でも、方角はどっちなんだろ」
「ハーヴァード大の中国文学教授コンコン・リーによると、一枚目の漢詩には方角を表す漢字が一字入っているて教えてくれたの。二枚目はアルファベットと数字だから、距離単位と実際の距離ね。それほど考えずに解けたわ――そして、あれが徐福の宝の場所よ!」
リヨが指差した方角には、すでに大掛かりな掘削現場の足組みが組まれていた。
「あんたたちが入院していた間に、工事を進めていたのよ」
その場所から、いきなり激しい蒸気と水柱が高く吹き上がった。
三人の子供たちは歓声を上げて立ち上がった。
「石油だ!」
「違うわ――温泉よ!ラジウム鉱泉よりもっと健康と美容に効能があるはず・・・」
「なんだ、金鉱とかダイヤモンドとかじゃないのか」
「日本人の徐福にとって――温泉は何にも増して宝だったはずだって・・・ゆったり温泉につかれば、命も永らえるんだって」
なんて、平和で穏やかな宝だったのだろう・・・醜い遺産争いや、飽くなく求めた不老不死の残骸を忘れさせてくれるに違いない・・・
吹き上がる水柱にかかる虹を見ながら、リヨは両側の兄弟の手を握り締めた。
その頃、三人の子供の兄でもあるクロノ・レイヴンは、ボストンの病院で目の前に立つ医者に苦渋の選択を突きつけられていた。
「銃創は癒えたが、W・W病の発作は辛うじて抑えているだけだ。このままでは、君の命はあと一月と持たない。子供たちは無事に手術が成功した。君の場合は年齢的に可能性が低いが、手術を受けてみないか――わずかでも、可能性は残されている。どうする、クロノ」
『完』
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