| 解明篇−by black |
長距離バスから降りたその乗客は、空の眩しさに目を細める。
夏の日差しが強かったせいもあるが、南欧風にデザインされた真新しい街並に驚きを隠せなかったせいだ。
大規模な資本投下によって、改造された街は昔の面影をわずかに残すのみ。
今では、薬効のある温泉の保養地と、ジャバウォック傘下の総合型医療・介護都市に生まれ変わったのだった。
的涼鹿は、3年ぶりにここフォックスヴィルの地に降り立った。
5年前の大災害はフォックスヴィルの町に大きな爪痕を残していた。住宅地や商工街は地盤沈下で軒並みやられ、高級住宅地と呼ばれた「ヒルズ」も土石流に飲まれていった。
しかしながら、被害として最も大きな被害は人的被害が大きかったことが挙げられる。
死亡者こそ最小限に抑えたものの、復旧活動による疲労で倒れる者、街に見切りをつけて出てゆく者、人材の流出は避けられなかった。
本来であれば、それを止めるべき十傑衆ですら大幅な欠員によって、弱体化していたのだ。
それを救ったのは、ヘアーズ邸の新しい当主だった。
私財を投げうち、また人脈・影響力を駆使してジャバウォックの施設を誘致したのだった。
涼鹿は、慰霊碑に献花を捧げて、瞑目する。
婚約パーティや創立祭で知り合った人たちの面影が浮かぶ。
ヴァールやヒポポタマス老、マッカレルは最後まで街を、住民を守ろうとして、命を落とした・・・・。
ハリー・ダイヤモンドはローズとジミーを守って死んだそうだ・・・。
そして・・・・・・。
「・・・・・・ハティ」
ハリエット・キャプランは、町長・議長不在の行政に代わって、婦人会を中心として精力的に復旧活動を行っていたそうだ。
それこそ献身ぶりに目を見張るものがあった。だが不眠不休で復旧活動にあたり不慮の事故に遭遇した。普段のハティであれば、避ける事も可能だったろう、とロビンは言っていた。
ロビン・コックリルももはやこの地にはいない。
マーサの棍棒が風を切る音を聞くこともなければ、ローズの歌声を聞くこともない。借金に悩む探偵の姿も街にはなかった。
一族の当主たる叔父は、相続確定後、その財産について4分の1を、生き残った一族に分配し、残り全てを街の復興のために使ったのだった。
その彼もまた常しえの眠りについている。
「いらっしゃい、涼鹿さん。お待ちしてましたよ」
アルマンは涼やかに言葉をかける。復興による区画整理によって、穴蔵は解体され、「ハンプシャー・ダンプシャー」はもまた移転となったが、その内装は昔のままだった。アルマンもその笑顔は変わっていない。
涼鹿が今度の来訪を決意させたのは、一通の手紙だった。
“的涼鹿さま
五年前の事件について、また父上の消息についてお話したき儀あり。
至急、連絡いただきたし
F・W・ハンター”
半信半疑ではあったが、書かれた連絡先はクロノの顧問弁護士の事務所に繋がった。どうやらクロノが手を回しておいたらしい。
奥に一人の男性が腰掛けている。長身の白いサマースーツに身を包んでいる。
「的涼鹿さん、だね。私がハンターだ。身分は・・・・・。そうだな、クロノの代理の探偵、クロノ代理探偵、と思ってくれればいい」
「・・・でも、なぜ私が? 関係者は私だけじゃないはず」
涼鹿は疑問をぶつける。被害者の身内であるリヨやアレックスに連絡をとってみたが、通知は来ていないという。
冷ややかに答える。
「・・・依頼主が必要ないと認めたからだ。すでにあの事件は過去のことで解決はおまけにすぎない。望むなら、君の父親の消息を書いた紙だけを渡して帰る、それでも一向にかまわないそうだ。で、どーする?」
「・・・・・・。消息を聞いたらすぐにでもこの目で確かめたくなると思うから、まずは事件について聞かせてください」
少しの逡巡の後、涼鹿は答えた。
「まずは第一の事件だ。まず手品はリサの協力なしには考えられん。
つまり、白布に包まれた時点で、テーブルクロスの下へ逃げる。テーブルの下をつたって、ワゴンに隠れ、部屋の外へ。そしワインセラーからグロッタへ行き、再登場というのがあの手品の段取りだ」
「石像はあらかじめ、包装し、さらに暗幕をかぶせておく。で、一気に暗幕をはずし、一瞬の隙をついて、リボンを持ちかえる。
身代わりは高速コンプレサーを使った風船で、針を使えば、一瞬でテーブルの下に隠すことができる」
見てきたように、代理探偵は語る。懐からメジャーを出す代理探偵。
「犯行はこの、メジャーのようなもの。つまりバネ式の刃鋼線を使う。これなら非力な女性でも犯行は可能だ。
この手品は時間が勝負なのだから、リサは考える暇も無く、駆け下りていたはずだ。喉の高さにそれを張っておく。あとは衝撃でフックがはずれ、刃は引かれる。逆に、シュトラウスも今度は扉を閉めて、ドアノブ付近に設置しておけば、手首は切れるという寸法だ。これなら長居をする必要はない。」
「でも証拠は残るわ?」
「ワインが割られていたのは、飛び散る血痕を隠すためだ。また刃鋼線も小さい隙間があればよいし、本体も掌に隠れるくらいの大きさだ。解体でもしない限りみつからない」
「じゃあ、二人の教師は無実なのね?」
涼鹿は、あの快活なコンビが共犯者だとは信じたくはなかった。
「あぁ、逆に。犯行を知らなかったからこそ逃げた、と考えられる。脅迫状が
着たこと自体は隠されていたはずだ。あの金髪はそういう茶目っけも持ち合わせているというのが見解だ。それとも逆にリサには内緒で、犯人から花嫁が逃走するのに力を貸してくれと言われたかもしれない」
代理探偵はにがり水で喉を潤す。
「第2の事件、第4の事件それから貴女の事件についてはとくに話すこともないな。誰でも可能だし、興味深い謎があるわけでもない」
一刀両断である。これでは死んだ人間も浮かばれまい。
「ちょっと待って。第4の事件で死んだ人は誰って謎があるわ。なぜ町長に顔がそっくりだったのかも含めて」
「訪問者かもしれんし強盗かもしれん。逆に共犯者の仲間割れかもしれない。しかるに見立ては完成したから、ピーターは難を逃れた。そっくりなのは事件とは関係ない。ただ似ていただけだろう・・・」
「・・・・・・・」
それでもわだかまりは消えない。ただ目の前の代理探偵は真実を隠している、そんな気がする涼鹿だった。
「さて、第3の事件、これはまずヨッシュに窓を開けさせる。テラスに出ればもっといい。方法としては、怪我をした梟でも放り込んでおく。まさか動物までは警戒すまい。で、姿を確認できたら、ボーガンのようなもので狙撃する。狙うのによいのは頭だが、結局、心臓にあたった。ここまではいいかね?」
「えぇ、でも密室はどうするの?」
「まず、当主の部屋に確たる避難経路がないというのが不自然だ。なにしろバックスらは大企業の主でもあったのだから。テラスに非常用の隠し梯子がついていた。それを登り、ヨッシュに止めをナイフで刺す。そのあと首を切り、退出する。密室は古典的な「針と糸」の要領で締めればよいだけだ」
「さて、それでは犯人の絞込みをしよう。まず遺産相続候補者もしくはヘアーズ邸にいる人間である。これは第2の事件でとトマトの居場所を知っていたもしくは第3の事件でヨッシュの部屋を知っていたことからだ」
「???」
「・・・つまり、アレックスと一緒に、ヘアーズ邸に泊まるという選択肢もあったはずだ。また婚約パーティの時点では、荷をほどいていなかった。だからこれもまた不確定。計画的犯行であるなら当然、知っていなければならない情報だ。では知っているのは一族および常勤雇用者のみだ」
「でも新しい当主なんだから、当主の部屋に住むのは当然じゃないかしら?」
「婚約パーティ時には、まだ引越しの荷解きはしていなかった。ゆえに部屋割りは未確定だった」
「でも、知っている誰かから聞いたのかも・・・」
「なんのために中年男の寝室の場所を知りたがるのか、教えてもらいたいな」
「・・・・・・・」
涼鹿は言葉もない。
「・・・ちょっと待って! そもそもFOXは単独犯なの? 便乗犯とかの可能性は?」
「それはない、全ての犯行が同一人物の意思によって行われている。なぜなら君が狙われていたからさ」
「???」
涼鹿には訳が解からない。
「・・・つまり、最後の脅迫状、あれは私の依頼人、クロノ・レイヴンが送ったものだからさ」
「ええぇーーーー!!」
「いいかね、FOXにしてみれば、犯行をやる必要はなかったんだ。しかし行ったのはFOXは予告行為に心理的に大きな意味を見出しているためだ。
であるなら、偽のFOXが存在したならそいつらに対するなんらかの本物からのアクションがあってしかるべきだ」
そんなことより涼鹿は囮にされた事実のほうが衝撃だった。
「それは見立てに忠実であることからもそれは言える。最後のフレーズ、マカロニじゃなくてヌードルだから、殺害に針(ニードル)を使うなんて、ベタ
すぎもいいところだ」
「なんで、叔父は私に脅迫状を?自分でもよかったじゃない」
「・・・それじゃ遺産を狙う不届き者まで出始めて、狐退治どころではない。
あくまで動機の薄い者、また絶対的にFOXではないといえる者でなければならなかった」
涼鹿の胸に別の感情が湧く。叔父はそこまで信頼していてくれていたのか・・・・。
そんな感慨を打ち砕くハンターの言葉。
「依頼人によると、大人の容疑者の中で交通手段を持っていないのは貴女だけだったからだそうだ。たしかに犯行には車がないと厳しいな」
「そしてまた第3の犯行当日、ヘアーズ邸にいた人間は除外できる。なぜなら血痕のついた服を処分するのに外に出なければならない。仮に出たとしてもいつなんどき部屋を訪れる人間がこないともわからない、心理的に無理だな」
そこでハンターは言葉をきって喉を潤す。
「そして、また犯行時刻が確定している貴女の事件についてアリバイのある人間も除外できる」
涼鹿は、今まで挙げられた条件から、ある回答へと焦点を結び始める
「で、条件は
@ 遺産相続候補者および常勤雇用者
A 被害者ではない
B 自前の交通手段を持っている
C 第3の犯行当日、ヘアーズ邸に宿泊していなかった者
D 第4の犯行時、アリバイがなかった者
まず、Aの条件から、@のうちリサ、ヨッシュ、それからピーターも(警官がへばりついていたというアリバイから)除外できる。
次にBの条件から、的涼鹿、貴女も除外できる。そのほかにはリヨ、ジミー、アレックスもそうだ。
さらにCからマーサ、キーリーン、それから雇用者全員を除外。
そしてD、クロノは送迎、ローズは出番待ち、デスはアルバトロスが脱獄のため、捜索中につき除外できる。またアイザックも微妙だが、その姿を店内を出て行くところまで、防犯ビデオで確認されている・・・・」
涼鹿の動悸が激しくなる。
”そんな、そんなことって・・・・・・”
しかし反論の言葉は出てこない。言えば、自分の推理を認めてしまうことになるからだ。
そんな涼鹿をやさしく見守る代理探偵。
アルマンがレモネードを涼鹿の前にそっと置く。
沈黙に耐え切れなくなった涼鹿は悲痛な叫びをあげる。
「・・・・・・ハティじゃない!! ハティじゃないわ!!!!」
落ち着くのを待ってから、代理探偵は残酷な真実を告げた。
「それでもハリエット・キャプランがFOXという事実は揺らぎはしない。まず@、遺言状に名前が記されている。A、脅迫状も受け取っていない。B、当然、町に住む、自営業者として車は持っている、C、事件当夜、ヘアーズ邸に宿泊していない。D、第5の事件のアリバイはなかった」
「でも、でも・・・・・・」
「条件以外にも、婦人会、商店街のリーダー的存在であるハリエットにリサが相談を持ちかけるのは不自然ではない。ドレスを仕立てる都合上、余興で何を行うか、知っていたはずだ。またピーターの家の家政婦もまたピーターに不信感を持っていることから、反町長派であるハリエットに親近感はあるだろう。
なおかつピーターを殺す動機には困らない」
「でも、でも・・・ハティはリサさんが死んだことを聞かされて、かなり錯乱したのよ!ハティがFOXであるはずがないわ!!」
「錯乱したのだね? 呆然としたのではなく?」
猛然と弁護する涼鹿に代理探偵は冷ややかに質問をあびせる。
「そうよ! 私とロビンがついていなかったら、どうなっていたか!」
「・・・・・・。ご対面番組の「キンジー・ジャスミンショー」を見たことは?」
「??? 知ってるわよ、お涙頂戴番組でしょ?」
涼鹿は父親を探す術として、マスコミに頼るという手のひとつ、として当然知っていた。
「あれの収録の際に、生き別れの肉親をいきなりぶつける、ということはまずない。事実を理解し受け入れるのには時間を要する。TV的に当惑の表情を映すのはつまらないからな。収録前に一度、対面は済ませているんだ。そして今までの苦労を思い出させることで、対面の感動を呼び起こしている」
言葉をきる。涼鹿が理解するのを待つ。
「ハリエットは知っていたからこそ錯乱したのさ」
「・・・・・・でも、でも・・・動機がないわ! 遺産相続にしても、リサさんやヨッシュさんを殺害するにしても。トマトだって・・・殺害するほど憎いと思う時間はなかったはずよ!」
「トマトを憎悪していた人間の言葉とは思えないな。そしてハリエットは的涼鹿サイドの人間だ・・・」
「でも、脅迫状がきたのは、私が彼女に話をする前よ!」
ため息をつき、天井を仰ぎみる代理探偵。
「・・・いいだろう。私は動機なんてものは考慮する必然性を感じないのだが、納得できないというのであればしょうがない。憶測でかまわないのなら、私見を述べさせてもらう」
うなずく涼鹿。
「まず、ハリエットが貴女に親切にする理由に、貴女の父親に恋愛感情をもったことがあり、今でも未練があるから、ということらしいがこれは本当だろうか?」
「???」
「快活で社交的で姐御肌。自身が洋品店を精力的に切り盛りするほど派手好きでお洒落・・・。性別は違えど、誰かを連想しないかね?」
「・・・・ヴェリーのことをいっているの? 似てないわよ!」
「そうだろうか? じゃあ銀行員を夫に選んだのはナゼだろうか?」
「愛し合っていたからでしょ!」
「ふむ。結論から言えば、ハリエットが好きだったのは、貴女の父親ではない。ピ−ターのほうだったんだ。二人は双子と間違えるくらい似ているのだろう?」
「・・・・・・」
「だからこそ一因として銀行員を夫に選んだ。対抗心を燃やすのは振り向いてほしいことの裏返しだ」
「邪推よ! それじゃロビンがあんまりだわ!」
「・・・憶測だといったはずだ。それに殺害の動機としては辻褄が合う。リサはピーターの想い人だったから。トマトはピーターが妻にしようと考えていたから。ヨッシュはピーターが殺害計画を立てていたから(何故、それを知ったかは、マザーグースの本を買って読み出すのは、犯人探しより遺産狙いなのがバレバレだ) そしてピーターは愛するがゆえに殺す、というロマンチックな理由なのだろうな」
理性はハリエットFOX説に傾きかけている。それでも感情は納得がいかない涼鹿だった。
「・・・ちょっといいですか?」
アルマンだった。困った表情を浮かべている。
突然の割り込みに驚きつつ、二人はアルマンをみつめた。
「・・・・・・センパイから固く口止めされていたんですが。ハティさん、脳の中に大きな腫瘍があって、脳を圧迫していたそうです。『フォックスヴィルの呪い』だってセンパイは言ってましたが、何が呪いなのかは教えてくれませんでしたけれどね」
「・・・初耳だな。で、あれば記憶や、情動の制御の異常がありうるかもしれないな・・・・」
涼鹿はハティのことを考えていた。
思い出がどんどん蘇える。
たぶん、この代理探偵のいうことは本当なのだろう。
でも、それでも涼鹿はハティが嫌いになることはできなかった。
それでも思い出が砕けることはなかった。
| あるエピローグ |
とある地方都市。
一軒の花屋の前で、白いリムジンが止まる。
初老の運転手はうやうやしくドアを開ける。
シートから、黒を身にまとった女性が降りたち、花屋の店先を覗き込む。
「いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」
二十歳前の若い女性が奥から現れる。店名入りのエプロンは、店員であることを示していた。
「・・・えぇ、父にあげる花を探しているの」
「明日は父の日ですものね!」
若さと笑顔がこぼれる。快活さにあふれている。
いくつか選んで花束にしてもらう。店員の作業の合間、店内を見渡す。レジにおかれた写真立てを見つける。
「・・・・ご家族かしら? 仲がいいのね」
「えぇ、自慢の父です。・・・・・・ホントのお父さんじゃないんですけれどね」
「・・・。ごめんなさい」
店員の、さびしげだが、それを恥じることのない笑顔は羨ましく思えた。
「いえ、ホントのことですから。それより20ドルになります」
会計をすませる。店の奥から「リカ、リカ〜」と誰かを呼ぶ声がする。
動揺を抑えながらも、花束から一本抜いて店員の胸元に刺す。
「いいお父さんのようね。これはおすそわけ」
「ありがとう。父が配達から帰ってきたんで失礼しますね。それではまたのご来店をどうぞ」
店を出る。そのとき、彼女は一度として振りかえりはしなかった。
「・・・これでよかったのか?」
ハンターは涼鹿に尋ねる。
「仕方ないよ、記憶をなくして、新しい生活を始めてるんだったら」
「・・・・・・」
そう言って報告書に目を落とす。
そこには記憶を失い、ある子連れの未亡人と結婚したことが書かれていた。
莫大な財産、そして権力、といった王国を引き継ぐ立場にありながら、愛の為に去った父。
そして記憶を失った父が見つけた幸せは、過去を取り戻すことではなく、新しい未来を築くことだった。
だから、それを喪わせることは私にはできない。
「・・・・・きっと、ハティも私も父の蜃気楼を見ていたのよ」
その口調にはまだ固さが残っていた。
車が発進する。報告書の残骸が、雪のように舞って消えた。
完