災難の町:Accident Town


恋模様編―by alexander_k_9


 

≪6月14日土曜日夜。

ピーター・ヴェリーは書斎のデスクの上で、絵本を広げていた。現在はアジアに留学している娘が子供の頃読んでいた『かわいいがちょうおばさん(マザーグース)』の挿絵入り絵本だ。
とにかくあと11日でヨッシュが死ななければ、遺産は永遠に彼の手を素通りしてしまうことになる。なんとかするしかない・・・のか。

『一人の男が死んだのさ。とてもだらしがない男。お墓に入れようとしても、どこにも指が見つからない。頭はごろりとベッドの下に・・・・』だめだ!知的センスがない!
『お母さまが私を殺した。お父様は私を食べている。兄弟はテーブルの下で私の骨を拾っている・・・・』うえっ!気分が悪い!!
『ピーター・ピーター、カボチャ喰い・・・』いかん!これでは自分宛てになってしまう!!

海老野郎を塩茹でにしてやるのにぴったりのはないか・・・・自分で作ればいいのができるんだが・・・
『茹で海老ロブスター鍋の中、真っ赤かの腰曲がり』ううむ・・・いま一つか?
『オーブン焼きロブスター真っ二つ、マヨネーズソースでこんがりと』ああでもない、こうでもないとページをめくっていると、残っている酔いで眠くなってくる。

「・・・ううむ・・・飽きた・・・マーサへ贈る花束のカードでも考えるか」
『麗しのマーサへ』棍棒がイメージを邪魔する。ぴちぴちのハイスクールギャルだった頃のマーサを思い出さなくては・・・そういえば、葬儀で会ったキャシーは、母親の若い頃に生き写しだ。いや、キャシ―の方がもっとナイスバディだ・・・・・いかん、妄想に走ってしまう。とりあえずは、マーサだ。
『君のことは喉に刺さった鯛の骨のようにいつもぼくの心にひっかかっていた。義理と愛の板ばさみになったぼくは、血を吐く思いできみを手放した。だが、真実の愛は途切れることなく、赤い糸がまたぼく達二人を引き寄せる日が来た・・・
真実の愛・・・リサちゃん・・・・うう・・・リサちゃん・・・』ヴェリーはわっと泣き伏した。(MSG257) ≫





そうだ、全てはあのリサへの手紙から始まった。

おれ――ピーター・ヴェリーが娘の『かわいいがちょうおばさん』の絵本から拾い出した一編の童謡。

『 靴をなくした ベティちゃん

  どこへも いけない かわいそう

  そんなら この靴いかがです?

  はけば地獄へまいります 』


ヨッシュ・ロブスターと婚約を発表したリサ・グレイに嫌がらせしてやろうと送りつけた他愛も無い悪戯の手紙――うむ、大して悪意はなかったぞ。

サインが無いと寂しいので“FOX”と入れておいた。兎(グレイラビット)を狙う狐というのはなかなかいい思いつきだし、バードウッドの森の “FOX DEVIL”の伝説を借りたのも洒落ているじゃないか。

しかし、まさかその唄を模したような殺人が起こるとは・・・当時のおれは知る由もなかった。


 

まったく不本意だったが、当時のおれは借金で首まで埋まり、ハリエットを先頭とする反対派の追求で汚職や町の公用金を使い込んでいるのがいずれ発覚するのは目に見えていた。当てにしていたヘアーズの遺産相続の順位ははるか彼方。
あろうことか、子供のころから勉強ができることをひけらかしていたがり勉のヨッシュ―ハイスクール時代におれのカンニングを告げ口して、おかげでおれは一週間の停学の上に、赤点で落第しかけた―似非(えせ)田舎紳士のヨッシュ・ロブスターに遺産が転がり込むとは。
死んだ女房のタビタは、あのインチキ骨董店で、胡散臭い品物を売りつけられては俺に支払いを回してきやがった。
そのうえ、目をつけていたリサまで掻っ攫われるに及んでは、やけくそにもなろうというものだった。


おれはリサとの恋の逃避行を企てた。こんな田舎町の町長の座など放り捨てて、リサと手に手を取って駆け落ちしてしまおう・・・問題はリサが心中深くしまいこんでいるおれへの思慕に気づいていないと言うことだった。
まあ、いい・・・いっしょになれば、すぐにおれの魅力にまいるだろう。

中国マフィアの王藍には借金の返済をせっつかれていたが、遺産が手に入りそうだからと甘言を弄して、偽ガードマンを手配させ、子供のころからの遊び仲間のフォックスヴィル高校教師、クロード・シュトラウスとケン・アルバトロスを引き込んで、大芝居を打つ手配を整えた。

『リサちゃん誘拐大マジックショー』

莫大な遺産が転がり込んだ上に、町一番の若い美人を手に入れるなんて許されることではない――日頃なにかと教養をひけらかしているヨッシュに一泡吹かせてやるのを、二人とも面白がっていた。


婚約パーティは、盛況だった。
町の顔役ぶった十傑衆の爺いどもがあいかわらず説教を垂れに来たが、俺は内心それどころではなかった。俺の運命は手品の成否にかかっているのだから。それにしてもうるさい爺いどもだ。年さえ喰ってれば偉いってのか、早くくたばれ。



≪「町長として少し品位に欠けるのではないか? 町の名士の方々もおりなんさる」
 「ゴディちゃんたら、いいじゃない少しくらいハメはずしたって。独身なんだし、おめでたい席なんだから」
 ソールがとりなす。
 ヴェリーは言葉を喉まででかかった反論の言葉を飲み込んだ。
 「でも、そのセンスはいただけないわ。ダメのダメダメよ。も少し女性に好かれるセンスを磨きなさいね」

 人ごみの中から、ホストのヨッシュが現れる。傍らにはリサもいる。
 「このたびはヨッシュ、リサ、婚約おめでとう。お祝いを述べさせてもらうよ」
 ヒポポタマスは笑顔で祝った。笑うと顔中しわだらけなのか、しわの中に顔があるのか、わからない。
 「おめでとさん、これはアタシからのお・祝・い」
 ソールはリサに小さな包みを渡す。(MSG128)≫




よし、うまくやったぞ、ソール。その中にはリサが自分を縛っているリボンを切って脱け出すための鋏が入っているんだ。
リサは何も不審を抱かず、手品のからくりを楽しんでいる。シュトラウスの指示通り、姿を隠して地下のワイン倉を回ってまた広間に姿を現して観客をあっと言わせるつもりだ。
だが、ワイン倉には俺の手引きしたガードマンが待ち構えていると言うわけだ。

スキンヘッドに金縁のサングラスを掛けた優男ジャック・ソールが、こっそり俺にウィンクを投げてよこした。「ヘアーズ記念病院」の院長は、その手腕を見込まれて十傑衆に加えられているが、おれとは幼馴染で、最近では病院改築工事の汚職仲間だ。
ハイスクール時代、秀才のソールはテストの時にこっそり答案用紙を見せてくれると言う、ありがたい存在だった。
あまり頭の血のめぐりのよくないシュトラウスとアルバトロスだけではちと不安だったので、ソールにも一枚噛ませていたのだ。
いや、まあソールがほとんど計画を手直ししてくれたんだが・・・昔から、ソールはおれの頼みは不思議と嫌がらない。
「シュトラウスには気をつけなさい、リサに気があるわよ」すれ違いざまにドキッとするようなことを囁いてよこした。おれはなぜか胃に急激で猛烈な痛みを感じた。

だが、世紀の大マジックショーがついに始まった。



早々に婚約パーティを引き払い、おれは家から大急ぎで立ち戻り、町外れの『おいなりさん』の狐の像の前で、ライトを消した車を停め、偽ガードマンがリサを連れてくるのをひたすら待っていた。
トランクには二人の逃避行のためのスーツケースを用意し、ボストン発メキシコ行きの航空券もしっかりと懐に収めていた。

誰もこなかった。リサどころか、ガードマンも、二人の高校教師も・・・
いつのまにか明け方の薄靄が広がって、おれは計画に何らかの支障がおきたのではないかと不安になった。

その時、おれは・・・ピーターを見た。いや、おれの車の前をゆっくりと過ぎていく自分の影を見た。
男は車の中のおれを振り返り、何事も無かったかのようにすたすたと白い靄の中に消えていった。町のケーブルテレビで何度も見たハリソン・フォードに似たハンサムな町長の姿を見誤るはずは無い。

それがおれのドッペルゲンガーを見た最初だった。


 


リサが死んでしまった・・・・

その傍らで、シュトラウスも死んでいた・・・・まあ、こっちはどうでもいい。
アルバトロスは姿をくらましてしまうし、ソールにもわけがわからんらしい。
「手品は上手くいったはずだけどね。シュトラウスの無理心中なのかしら。それとも、あの手紙のFOXが」
俺の部屋の俺の酒を勝手に飲みながら、ソールは考え込んだ。
「そんなはずはない!だってあの手紙は・・・・むにゅ・・・」
さすがにあの手紙を書いたのは自分だとは、隠しておきたかった。
「偶然の一致にしては、あの靴が気になるわね。まるで、唄に合わせたように送ってよこしたみたいでしょ」
そう言われて、初めて俺はそうなのかと気がついた。つい今まで、手紙を出したことも忘れかけていたというのに。

ともあれ、俺の愛の人生はリサの死とともに塵となって消えてしまった・・・・

だが、借金は消えてくれなかった。


フォックスヴィル警察のデス署長は、互いに不本意だが、おれの義弟だ。
正義感が強い上に、腕力も備えていて、子供の頃から何かとおれの邪魔をする目障りな存在だった。
おれを見るたびに『親不孝もの』と罵る謹厳実直な妹のモペットが、こいつと結婚すると聞いた時には全くお似合いだと思ったものだ。
町長になった俺に何かと楯突いて煙たい奴だったが、今度の騒ぎには為す術がない様子で無能をさらけ出していた。
次回の町議会で首にしてやるいい口実が出来たと密かに俺はほくそえんでいた。


ジマイマ・トマトに手紙を出したのは、なかなか強情そうな女なので、ちょっと脅しをかければ弱気になって、おれのプロポーズに飛びついてくるかもと思ったからだった。
アレックスの相続順位第三位は、捨てるには惜しい可能性だったし、リサに死なれておれは方向転換を余儀なくされてしまった。愛が無ければ金だ。
まあ、ジマイマ・トマトもなかなかの美人だった・・・・が、食い意地がはっていた。


『 ハートの女王がタルトを作った  とある真夏の昼下がり

  ハートのジャックが盗み出し  丸ごと全部さらってった

  ハートの王さま タルトを返せと  ジャックを手ひどくひっぱたく

  ハートのジャックはタルトを返し  もうしませんと誓ったとさ』


おれが夕食に食べようと思っていたステーキを、あの意地汚い女が盗み食いしたのを、ポッターばあさんが嬉しそうに告げ口してきた。
夕飯を食い損なった悔しさが手紙ににじんだとしても仕方あるまい。大して悪意の無い――可愛らしいマザーグースの唄だった。

ところが、ジマイマ・トマトも殺されちまった。また唄を倣ったタルトが残されていたからには、おれの手紙は殺人の予告状になってしまった。

さすがのおれも今度は唸っていた。リサのときは偶然の一致だと自分に言い聞かせた。しかし、今度は間違いなくおれの手紙を見立てたものだ。
おれは未来を予言できる超能力者だったのか、いや、おれの潜在意識が幽体離脱して生霊となって犯行に及んだとでも言うのか・・・
・・・・また、あのドッペルゲンガーを見た。

俺が遅くに帰宅してガレージに車を入れた時、裏から走り出ていった男にきづいた。リサの死んだ夜に見たおれ自身に間違いなかった。
裏庭に回ってみると、ジマイマ・トマトの死体が転がっていたというわけだ。


だが、おれはリサもジマイマ・トマトも殺す意志など万に一つも無かった。どちらとも本気で結婚する気でいたのだ。まるで、おれが幸せになるのを阻もうとする悪意が感じ取れる気がする・・・
その時おれは閃いた。
ジマイマ・トマトを滅多打ちした鈍器・・・木片・・・棍棒・・・マーサ――おれに惚れてたマーサ・ダークホウク。



マーサ・ダークホウクは俺に捨てられた後も、ずっと片時も忘れず、ひそかに俺に惚れたままだったにちがいない。
町ですれ違うたびに、俺をぎろっと睨みつけていたが、あれは断ち切れない未練を俺に見抜かれまいとする強がりだとわかっていた。

あの日、ロブスター邸でリサに迫っている俺を見たとき、さすがのマーサも嫉妬に狂って我を忘れてしまった。


≪「リサさん!」いきなりヴェリーはリサの隣りにダッシュして、その細い指を握り締めた。
「あんな海老野郎と結婚してはいけない!あいつはきっと金にものを言わせて、迫っているんだろうが、あなたを愛しているのは私だ!!」
「離してください・・!」
「去年のメイ・クイーンのコンテストで一位になったあなたに王冠を手渡した時から愛していた。金が欲しいならなんとかする。私と結婚してくれ!!!」
ヴェリーはリサをぎゅっと抱きしめて押し倒した。さらに理不尽な所業に及ぼうとした時、ぶんっと唸りを立てて重い樫の木の棍棒が彼の頭をかすめて飛んでいった。

リサは自由になると慌てて立ち上がって、部屋を逃げ出していった。

「あんたって男は・・・いつまでたっても変わんないね」
部屋の入口に仁王立ちしたマーサは、次の棍棒を投げようと身構えていた。

「やあ・・・マーサ・・その棍棒で殺されかけるのは二度目だ」
「そうよ。あんたがタビタと結婚した晩が一度目よ。乙女の純情を捧げた相手が、金に目がくらんで年上の女と結婚したんだから」
「悪かったよ、マーサ」ヴェリーは、なだめるようにマーサの棍棒を持つ手を抑えた。

あの時以来、マーサは棍棒を肌身離さず持ち歩くようになり、純情可憐だった性格もがらりと変わってしまった。
「タビタとは、フロプシー伯母さんに泣いて頼まれて仕方なく結婚したんだ。恩のある伯母さんに逆らったら、ヘアーズ一族から追い出されかねなかったんだ」
「捨てられた私はあんなろくでもないサムと結婚するはめになったのよ」
「そのサムを片付けてくれたヨッシュに恩義を感じて用心棒の真似をしてるのか」

「ふんっ!そういうあんたは、あんな小娘のリサにいれあげてるわけだ・・・
リサだって、ヨッシュが遺産を掴んでなければ、結婚を承知したか怪しいもんだね。
私だって、遺産さえ貰ってれば、あんたも粗末には扱えないだろうにさ」
マーサは棍棒でヴェリーの手を撥ね退けると、足音荒く出て行った。(MSG92)≫




あのときのマーサは確かにリサに嫉妬して真情を吐露してしまった・・・ふ・ふ・色男は辛い。
ヨッシュが死んでくれれば、遺産はマーサに転がり込む。再婚相手に願ったり、かなったりだ。
俺はせっせとマーサにラブレターを書き、バラの花束を贈った。

しかし・・・クリスマスケーキも25日を過ぎたと言うか・・・花もしぼんだと言うか・・・まあ、莫大な遺産さえ持っていれば、贅沢はいえないところまで追い込まれているおれの立場なんだが・・・
マーサの娘のキャシーを見ていると、ぴちぴちギャルの頃のマーサをいやでも思い出させる。今じゃ、くびれがないぞ・・・マーサ・・・


 


まあ、なんだかんだとは言っても、とりあえずヨッシュが死んでくれなければ、マーサへのアタックも何の意味ももたない。

しかし、実際のところ、マーサがFOXだとは思えない。リサのところに送られてきたあのサンダルはマーサが占いに使っていたものだと、ぼんやりのデス署長はいざ知らず、町の人間の半分は知っている。いくらなんでも、自分の手がかりを送りつけてくる犯人もいるまい。

では、おれの手紙のFOXを実行しているのは誰だ・・・ええい、めんどくさい。FOXが誰であっても構いはしない。超能力でも、ドッペルゲンガーでも構うものか。
閃いたのは、おれの手紙が実現すると言うことだ。これが現実なら、ヨッシュ・ロブスターに手紙を出さずになんとする!



で、冒頭6月14日のヨッシュへのマザー・グースの手紙をやっとのことで書き上げた。


『 オレンジとレモン  聖クレメントの鐘が鳴る

  あなたに5ファーシングの貸しがある  聖マーティンの鐘が鳴る

  いつ払ってくれるの?  オールドベイリーの鐘が鳴る

  お金持ちになったらね  ジョーディッチの鐘が鳴る

  それはいつ頃?  ステップニーの鐘が鳴る

  さあ、よくわからない  ボー教会の大鐘が鳴る 

  さあ、ベッドまでご案内のろうそくが来るぞ

  さあ、首をちょん切りに首切り役人が来るぞ  』



今度こそ本物の殺人予告状だ。張り切って選んだので、ずいぶんと長い奴になってしまった。いやいや、なかなか意味深、文学的、サスペンスたっぷりの唄だ。

ヨッシュの奴は震え上がるだろう。く、くっくっ・・・へっへっへ・・・
たっぷり貸しを返してもらうぜ、海老野郎。積もり積もった怨み思い知れ。


しかし、FOXは都合よく来てくれるのだろうか。女しか殺さない変態だったら、ヨッシュは殺してくれないかもしれない。あと11日以内に殺してくれないと、万事休す・・・だ。
それを過ぎれば、ヨッシュが死んでも、遺産はあのくそ生意気な小娘のリヨのものになってしまう。


ううむ・む・む・・・・・・自分でやるか・・・



≪(ヨッシュが移った寝室で、) キーリーンがサイドテーブルにケーキを並べた時、一つの塊がつむじ風のように部屋の中に飛び込んできた。ゴールデンレトリバーのシーザーだった。
 
 それを追って町長のピーター・ヴェリーがずかずかと入り込んできた。
「よお、ヨッシュ!顔色が悪いぞ。じいさんの部屋に寝たりするとくたばるのが早くなるぜ。アレックスが入院したって聞いたんでね、シーザーを引き取りに来たんだが。ここであんまりいいものを食べさせてもらったせいか、帰りたがらない」
 
 その言葉の先から、シーザーがケーキを咥えて部屋の中を走りまわり、追いまわすヴェリーと子供たちで騒然となったが、シーザーはその手をかいくぐって部屋を逃げ出して行った。(MSG362)≫




ふ、ふ、ふ・・・
あの馬鹿犬騒ぎのおかげで、ヨッシュが死んだバックスじいさんの部屋に移ったのがわかったし、おれの素早い目はあの真新しい閂錠も見て取った。
大飯喰らいしか能の無かった馬鹿犬が初めて役に立ったというものだ。

じいさんの部屋に西館の屋根裏部屋から入れるのは先刻承知。問題は内側からしか開けられないあの閂錠だ。ヨッシュに開けさせることができるのか。
だが、最近天才的に頭の働くおれはすでにそれも解決済みだ。
捕まえられずにまだ屋敷に残っているシーザーにもう一働きしてもらおう。

屋根によじ登るのに息が切れた。昔は軽々と梯子がなくても登れたものだが・・・やはり、年だ。
屋根裏部屋から通じている寝室のドアの前でおれはボイスレコーダーのスイッチを入れた。
「クゥーン・・クゥーン・・・ワン!ワン!」
本当は隣家のあほラブラドールの声だが、ヨッシュに区別がつくものか。迷ったシーザーが腹を空かせて鳴いていると思うだろう。ほら、早くドアを開けろ。

ガチャ・・・・閂錠が開けられる音がする。ドアノブがゆっくりと回り始めた。
おれは物置小屋から持ち出した手斧を握り締める。待ってろ、ヨッシュ。首切り役人が行くぞ。
ああ・・・まだ引き返せるかもしれないぞ・・・いいのか、ピーター・・・

ゴンッ!

・・・・
・・・・
うう・・・
頭が痛い。誰かが後ろから殴りやがった。
・ ・・・・
げっ!ヨッシュが死んでる!首はどこだ!
おお・・・あそこに目を剥いて転がってるのがそうだ・・・

おれか!?おれがやったのか????


おれはすっ飛んで逃げた。
転がるように屋根から滑り降り、塀を乗り越え死に物狂いで屋敷から逃げ出した。
車のライトが光ったので慌てて傍らの茂みに飛び込んだ。走りすぎていった車は、あの高慢ちきなクロノの奴に違いない。
息を切らしながら塀の角を曲がると、今度は小型のワーゲンが停まっていて、アイザックのうろうろしている姿が見える。いつも胡散臭い奴だが、いったいこんなところで何をしてるんだ。

とにかく見つかってはまずいので、反対側に逃げ出す。隠してある車まで遠くなるが仕方が無かった。
とぼとぼと暗い木立の中を歩きながら、おれはヨッシュの転がった首のことを考えた。あれをやったのはおれか・・・確かにやる気ではいたが・・・

FOXがおれを殴って、代わりにやってくれたのか・・・それとも、おれの中のもう一人のおれが・・・二重人格の悪の方がおれの体を乗っ取った瞬間の衝撃があの痛みだったのか・・・
それとも、異次元から現れたもう一人のドッペルゲ・・・

「・・・・おい、ピーター」

おれと同じ顔の男が、木陰からぬっと現われていきなり声をかけてきた。おれと同じ顔、おれと同じ声・・・
「うわーっ!!!!!!」
おれは男を突き飛ばし、やみくもに走り出した。
男が超人的な速さで追ってくるような気がした。
神様、もう二度と人殺しなど考えません!悪霊を追い払ってください!

おれは教会の敷地に駆け込んだが、礼拝堂の扉は閉ざされていた。鐘撞き堂に入って夢中で鐘を撞き鳴らす。神様、お助けを。

「おい、ピーター」うわっ、捕まった。神様、懺悔するまでご猶予を・・・
三歳のとき、隣家の家宝の壷を壊したのは・・・おれです。
四歳のとき、スネーク家の猫に花火を括りつけたのはおれです。
五歳のとき、ホース家の娘の着替えを覗いたのは―

悪霊はおれの肩を掴んだ。
「わたしだ。ベンジャミンだ・・・」

へっ!?・・・・ベンジャミン?
30年前に出奔した、従兄のベンジャミン・ヘアーズ?


 


バックス伯父さんの一人息子、従兄のベンジャミンとおれは、半年しか歳は違わない。
子供の頃から双子のようにそっくりだったが、品行方正な優等生でくそ真面目なベンジャミンとはまったく気が合わなかった。


ベンジャミンが30年前にフォックスヴィルを出て行った頃は、おれは(やっと潜りこめた)ボストンの大学にいて、経緯は後からフロプシー伯母さんから聞かされただけだった。
伯母さんがおれを贔屓にしてくれたのは、いなくなった息子におれがそっくりだったからだ。

現在も確かに良く似ている。まあ、おれのほうが数段ぱりっとしているが。他人が見たら、見間違えるだろう。
「今ごろ出てきても、おまえは遺産相続からははずされていて、一銭も貰えんぞ」
とりあえず、これだけは言っておいてやろう。

「わかっている・・・遺産なぞ興味は無い・・・わたしは娘に・・・的涼鹿に会いたいだけだ」
ベンジャミンの話はおもしろくもなかったが、異次元のドッペルゲンガーに比べれば至極まともな話だった。



1989年のロマプリエタ地震で頭を打ったベンジャミンは一切の記憶を無くしてしまった。しかし、本能的に生まれ育ったフォックスヴィルへ向かった放浪の末に、コン・コーナー村にたどり着いて、空き家だった画家の家にもぐりこんだらしい。
アトリエに残った画を、見様見真似で描いているうちに、多少の才能があったらしく、ボストンで観光用の絵を売ればそこそこ生活できるようになっていった。

数年が過ぎるうちに、記憶は徐々に戻ってきた。しかし、母親のフロプシーはすでに死亡し、喧嘩別れした父親バックスには今更どの面を下げて会いにいけるものか。
やっと思い出した妻子の住所にたどり着いたときには既に二人の姿はなく、中国に戻ったと噂に聞くだけで手がかりは無かった。

そして約一月前、『フォックスヴィル・ジャーナル』で、父親バックスの死を知った。さらに、行方の判らなかった娘の的涼鹿がフォックスヴィルに来ていることも。
ベンジャミンは娘会いたさに、町の周囲をうろうろしていたが、ついにヘアーズ邸の近くまで出てきてしまったらしい。



「なんとか娘に会わせてくれないか、ピーター・・・」
「どうせ実の娘じゃないんだろう。フロプシー伯母さんがあんたは耳下腺炎の後遺症で子どもはつくれないといってたぞ」
「生まれてすぐ貰って大事に育ててきた娘だ。目の中に入れても痛くない、実の娘と同じだ。どうしようもなかったとはいえ、長い間放っておいて、わたしを恨んでいるかもしれないが・・・一目会いたい・・・何とか会わせてくれ、ピーター」


ほ、ほう・・・うちのどら娘が留学とやらで家を出て行ってくれたときなど、おれは嬉し涙にくれたものだがね。
あの中国娘が正真正銘のファザコンなのはありありだから、ベンジャミンが出てくれば双手をあげて歓迎するだろう。
グズグズ言ってないで、とっとと会いにいけばいいものを。

いや、それにしても我ながら良く似ている。まあ、おれの方が数段ぱりっと(以下同様)
・・・☆!
天啓が降りた!



「あのな、ベン・・・・言いにくいが、的涼鹿はあんたを恨んでる」
おれはできるだけ沈痛な声で言った。

「あんたが彼女と母親を捨てたと思い込んでるんだ。地震を利用して姿をくらまし、どこかに若い女でも囲って」
「ばかな!わたしはどんなに二人に会いたかったか・・」
「わかるよ、ベン。おれに任しておけば良い。必ず的涼鹿の誤解を解いて、親子の対面をさせてやる」
「ありがとう、ピーター」
ベンジャミンはおれの手を掴んで、嬉し涙をこぼした。昔と変わらずお人よしのベン。

「そうだ、おれの屋敷のコテージが空いているから、こっそりあそこに隠れているといい。的涼鹿と話がついたら、すぐにあわせてやろう」



明け方、おれたち二人はこっそり家に戻り、おれはベンジャミンをコテージに案内してやった。
ポッターばあさんの目を盗んで当座の食料でも工面してやろう。その前にとりあえず、大急ぎで『がちょうおばさん』の本を引っ張り出す。


『 ピーター・パイパー  ピーマンのピクルスを一ペックぬすんだ

  ピーマンのピクルスを 一ペックぬすんだのはピーター・パイパーだ

  でもピーター・パイパーが 一ペックのピクルスぬすんだのがほんとなら

  ピーター・パイパーのぬすんだ ピーマンのピクルス一ペックは どこにある?』

 

ヨッシュを殺したのがおれだとばれた時のための――本当に殺したのか?自分でもわからなくなってきたぞ・・・――ベンジャミンは保険だ。
なにもかもひっかぶせて自殺を装うとか、おれもFOXに狙われた被害者に仕立て上げるとか――とりあえずあいつの存在は隠しておくべきだろう。

おれもだんだん本物の悪党が板についてきた気がする・・・・あの時、もっと懺悔しておけばよかったのかな。

手紙は封をして、ひとまず机の引出しにしまっておこう。
近いうちに役立つかもしれない。


 


一夜明けてみると、ヨッシュの死は密室殺人というおまけがついていた。

おれは頭をひねった。おれは後も振り返らず扉を叩きつけて閉めただけで、屋根裏部屋から逃げ出した。誰が閂錠を寝室の中からかけたというんだ。


そんな細かいことはすぐ気にならなくなった。マーサが――ヨッシュが死んだおかげで遺産が転がり込んできたマーサが――あろうことか、殺人容疑を晴らすために相続を辞退しやがった!!!
おれがどんなに苦労したか、あの女の首をしめてぶちまけてやろうかと思った。
おれの計画、おれの未来はどうなる!!!遺産の付いていないおばさんなど誰が再婚するものか!


次の相続順のアレックスは、既に降ろされている。となると、遺産はあの態度のでかい、何かと偉そうな若造のクロノ・レイヴンのものになってしまう。そんなことが許されていいのか。

おれは首を締めたくてムズムズする両手の指をポケットに突っ込んだまま、何とかマーサに放棄の撤回をさせようと説得に努めたが、頑として聞き入れない。

仕方が無いので、娘のキャシーに母親を説き伏せるよう入れ知恵する。最初は殺人容疑をかけられるくらいなら遺産はいらないと、母親に賛成していたが、そこは若い娘。だんだん失くした大金に未練が出てきたらしい。
おれはあふれる魅力を撒き散らして、キャシーを説得にかかった。マーサを説き伏せるより数倍楽しい。キャシーの態度もなんだか思わせぶりで、気を持たせる。


ヨッシュ殺しの容疑は、おれには全くかかってこなかったし、キャシーと××な関係になれそうな期待で元気を盛り返したところへ、あの手紙が届いた。

自分で書いた自分宛のFOXの予告状。

いや、まだベンジャミンをどうしようという案も思いついてないぞ。
慌ててライティングデスクの引出しを開けたが、当然手紙はそこに無かった。
それはそうだ、郵便で届いているのだから。いったい誰が、いつ、おれの部屋から持ち出した?
それとも、やっぱりおれ自身のやったことなのか・・・?予告状の通りに殺人が起こるとしたら、おれは殺されるのか。自分で自分を殺すことになるのか?

遺産など要らないと大口を叩いていたクロノ・レイヴンは、結局ヘアーズ邸に主顔で乗り込んだ。(最初から欲しいなら欲しいと、かっこつけるな、ぼけっ!)

ジミーの心臓手術を控え、ヘアーズ記念病院もサポートにつくことになり、病院長のソールもヘアーズ邸に滞在していた。
年下のクロノの命令に従うのは、ソールも面白くないようだが、おかげでヘアーズ邸の様子は手にとるようにわかる。
「クロノはまだW・W病で死にそうもないか」
「まあ、一月は十分持つわね」ソールはくすくす笑った。
「あんたの順番までは程遠いわ。遺産はもうあきらめた方がいいんじゃない?」


≪「これからどうするのよ、ピーター・・・マーサと再婚するの?
タビタもリサもトマトもマーサも、ろくなもんじゃないわ。あんたは女運が悪いのよ」ソールは大きく溜息をついた。
「そりゃ、あんたには病院の改築なんかで業者から贈賄もらったり、いい目も見せてもらったけど、ハイスクールからの付き合いだもの。心配してんのよ。
同級生だったシュトラウスは死んじまうし、アルバトロスもあれっきり行方不明・・・なんだか恐いわ、アタシ」
「俺は殺されたって死なんさ」(MSG426)≫




ソールには強がりを言ったものの、警察に届け、王藍の手下を借り、銃を買い込んで武装し、おれは打つ手は全て打った。
だが、自分が自分を狙っているとしたら・・・どうやって防げばいいんだ。



悶々としながら、クロノがひょっこり死んでくれるかもしれないと一縷の望みを抱いて、おれは次の順位のキーリーンにも花とカードを送っておくことにした。
切り札は多いほうがいい。

キーリーンはヨッシュに惚れていたが、まあ死んじまったことだし、弱ってるところを揺すぶってみれば効果はあるかもしれない。
昔から結構気は合ってたから、いい線をいくかもしれない。うまくいかなくても『ダブル・ダブルダイナー』の付けを払わずに済ませられるかもしれない。


王藍が手下を引き上げて町から逃げ出したのは、そんなとんでもない時期だった。
借金のチャラは嬉しかったが、おれの命はどうなる?


不安は的中した。おれは殺された。


≪ デス署長は幽霊でも見るようにヴェリーを見つめた。
 「やあ、ピーター、ちょうどいま君の家からマーサが電話してきているところだよ。ジマイマ・トマトが使っていたコテージから、ピーター・ヴェリーの死体が見つかったそうだ。発見者はポッター婆さんで、死体の傍にはピーマンが置いてあったそうだ。ところで君はいままでどこにいたんだね」
 「アリスホテルに寄っていた」ヴェリーは憮然として答えた。(MSG464)≫




いや、あの死体はベンジャミンだ。
で、わかったことがある。
おれはFOXじゃない。自分で自分を人違いすることはありえない。
FOXはやはり別の人間なんだ。――では、誰だ。


警察が逮捕したのは、おれだった!!!いつのまにそうなった?!
おれは無実だと自分で確信した途端に、逮捕されるとは!
どうせ無能なデスのことだ。証拠などないはずだ。

ベンジャミンの死体は、知らぬ存ぜぬで押し通すしかなかった。白状すれば、リサの誘拐やFOXの手紙まで話さなくてはならなくなってしまう。

ソールに泣きついて保釈金を払って貰った。ちまちまと金を溜める奴だから、結構持っているんだろう。
「五万ドルは利息をつけて返してもらうわよ。もう遺産はあきらめて、地道に働きなさい」ソールは溜息をついて笑った。
「まあ、あんたには言うだけ無駄でしょうよね。ピーター」


 


おれと間違われてベンジャミンが殺された後、なんとなくもう狙われている気がしなくなった。これは勘と言うやつだ。


おれは自分が人殺しのFOXではないと確信して、今後の見通しを立てることにした。
王藍の借金は棒引きにしてもらったが、銀行にはどっさり残っている。ロビン・コックリルが毎日返済しろと泣きついてくるのもうんざりだ。

遺産はクロノが握っている。よほどFOXの手紙を送りつけてやろうかと、『がちょうおばさん』を広げかけたが、FOXが殺してくれるかどうか、自信がもてない。
自分で犯行に及ぶのは、ヨッシュの時で懲りた。クロノは外科医だ。メスを振り回して反撃されたら、こっちが危ないかもしれない。

キャシーとの仲は、なかなか進展しない。若いくせにじらすのが上手い。金になるとわかるまで、手も握らせてもらえないかもしれない。
キーリーンは・・・貰うものは何でも貰うが、一切お返しはしないという主義らしい。ローズはおれが五メートル以内に近づくと、こそこそ逃げ出すという失礼な奴だ。
ハリエットは親の仇みたいな目でおれを見る。
リヨはガキんちょだし・・・


なんだかおれの周囲も、黄昏てきたような気がする・・・
シーザーの散歩でぐるぐる町を歩き回っていると、ベンジャミンの娘の的涼鹿と出会った。相変わらず、軽蔑したような目つきでつんけんとおれを見て道路の反対側を歩いていった。


娘に会いたいというベンジャミンの願いを知らん振りしていたので、なんとなくこの中国娘には顔を合わせにくかったのだが・・・
待てよ。おれとそっくりな男が殺された時、的涼鹿は一瞬でもそれがベンジャミンではないかと疑いを抱かなかったのか?
けろりとしているところを見ると、口ほど本気で父親を捜してないのかもしれん。所詮、遺産狙いの欲深娘が正体なんだろう。


未練がましく、いつまでも遺産相続にしがみついているわけにもいかないことは、ソールに言われるまでもなかったが、おれは生まれて初めて厭世的な気分になっていた。
が、的涼鹿に会ったことで昔聞いた『中国四千年・宝の地図』の話を思い出した。
中国人のなんとかと言う男がぽんぽこ山に宝を埋めたとかいう・・・・


「いいえ、本当のことなのよ」フロプシー伯母さんはベッドの中で微笑んだ。
「バックスは本気で調査を続けて、だいたいの場所は探り当てたはずよ。なんでも莫大な宝だとか」
「じゃあ、さっさと掘っちまえばいいのに」
「埋蔵場所の地点を書いた中国語の地図があったはずなんだけど、バックスも読み解けなくて・・・どこへやってしまったのかしらね」

それが23年前のフロプシー伯母さんの最後の言葉だった。



中国語の地図ね・・・けったいな象形文字も、あの中国娘なら読めそうだ・・・
そういえば、以前アレックスがヘアーズ邸に居候していた時に、的涼鹿がこそこそと邸内をうろついて何か探していたとか言ってたな。
どうも怪しい・・・なにか匂う。

おれはシーザーに合図した。愛犬は心得て、いかにも無邪気に走り出し、角を曲がりかけている的涼鹿に遠慮なく跳びついた。
大きな泥の足跡がスカートについた。
「これは申し訳ない、おじょうさん」おれは素早く走り寄り、有無を言わせず手を取った。
「なにぶん頭の悪い犬のやったことで・・・クリーニング代は持たせていただきますよ。お詫びにお茶でも」
的涼鹿はあたふたと逃げかかったが、もうパーラーの中に引っ張り込んでいた。
「一度ゆっくりベンジャミンの話しをしたかったんだ。兄貴みたいに仲の良い従兄だったからね。あんたとは目のあたりがそっくりだ」

まあ、お近づきになっておくのは悪く無さそうだ。



おれは気合を入れて、『徐福の宝伝説』の文献を漁りだした。やはり信憑性のある話のようだ。こんなことなら、フロプシー伯母さんの話しをもっとよく聞いておけばよかったと後悔したが、後の祭りだった。


「ぽんぽこ山に埋められているのは間違いないんだが。あの廃坑が怪しいと睨んでるんだ」
「夢物語よ。遺産の次は宝捜しとはね」おれの話をソールは笑って取り合わなかった。
「そんなことにうつつを抜かしていると、またFOXが狙いに来るかもよ」
「FOXの正体は誰だ・・・・あんがいアルバトロスあたりが」

相変わらず行方知れずの体育教師は姿を現さない。
ソールはスキンヘッドの頭をなぜながら、首を振った。
「リサは喉を切り裂かれていた。シュトラウスも手首を切られていた。ジマイマ・トマトも致命傷は喉を切り裂かれたこと。ヨッシュも首を切られる前に刃物で一突きされてた。
アルバトロスだったら、刃物なんか使わず、両手で首を絞めれば十分でしょ」
「おれは・・・いや、おれにそっくりな男は銃で撃たれてたぞ」
「あんたはでかいから、一突きじゃ殺せないせいじゃないの」ソールは大笑いしていたが、おれは鋭い刃物を振り回しているFOXの影を思い浮かべて、一瞬どきりとした。
そいつはおれの知っている顔をしていた。
メスを持たせたら、天下一品の男だ。


「もうFOXは現れないさ」おれは受けあった。
もう二度と手紙は書かないつもりで、『かわいいがちょうおばさん』の本は捨ててしまった。
あの本に呪いでもかかっていて、殺人者をおびき寄せるのかもしれないとほんの少しだけ、信じかけていた。



だから、的涼鹿に届いた手紙は当然おれが書いたものじゃない。

『イエロー・ドリー・ルゥがやって来た

 仔鹿に乗ってやって来た

 彼女は羽根つき帽子をかぶってる

 中華四千年のよい淑女♪』



FOXのサインがなかっただろう!?誓っておれが書いたものじゃないぞっ!!!


 


的涼鹿は予告の手紙を公表した上に、堂々と町を出歩いていた。
楚々とした風情なのに、やはり根はふてぶてしい娘だ。殺してみろと言わんばかりじゃないか。

「あれはFOXを誘ってるわね」ソールの意見におれも同感だった。
「薮蛇になって殺されるかも知れんぞ。宝の地図が見つかるまで、死なれては困るんだが」
「まだあきらめてないの――あんたこそ的涼鹿に入れ込んでミイラ取りがミイラにならないようにね」
ソールは慧眼だった。おれは中国娘のオリエンタル―ムードにふらふらし始めていた。
宝を見つけたら、父親タイプを装って篭絡してやろう。


宝の地図が見つかる前に、的涼鹿はFOXに襲われた。いや、殺されたのは、この一月半行方不明だったケン・アルバトロスだった。
もしかしたらアルバトロスがFOXではないかと疑ったことがあったのだが、綿密な計画性など持ったこともないアルバトロスでは、やはり無理があったか。

≪ケン・アルバトロスは喉を針を束ねたような凶器で刺されており、また、背中に切りつけられた傷が数箇所みられた。(MSG575)≫


「さすがにアルバトロスの巨体では、一突きとはいかなかったみたいね」
死体の検分に立ち会ったソールの詳しい説明に、おれは吐き気を覚えたほどだった。
「喉の針って・・・木綿針か?」
「もっとよく人間の身体に刺さるやつよ。外科手術の時、縫うでしょ」

おれは恐る恐る聞いた。
「なあ・・・今までの喉を切っていた鋭い刃物って・・・・メスじゃないのか」
ソールは黙っておれを見つめた。金縁の眼鏡の奥の薄青い眼がまたたいた。
「・・・・リサが殺された時から、あたしにはわかってたわ・・・あれは熟練した外科医の手によるものよ」

ビンゴ!
そいつは今、莫大な遺産の上に胡座をかいている――クロノ・レイヴン。


やっぱりおれが予想していたように、あの若造はどんでもない悪党だった。
飛んでいってデス署長に教えてやりたいが・・・・FOXの手紙を書いたのがおれだとわかると、町長の座が危うい・・・おまけに、リサを誘拐しようとしたことや、ヨッシュを殺そうとしたことや、ベンジャミンを騙したことや・・・あんなことや、こんなことが・・・
これでは、クロノを追い払っても、遺産の分け前には到底ありつけるとは思えない。

おれはしらばっくれることにした。宝が見つかれば、こんな町はおん出てやるから、それから手紙で知らせてやればいい。



7月21日
ローズを訪ねたクラブで的涼鹿が襲われたことが、女たちの間に不穏な空気を醸し出してたらしい。

おれがキーリーンのご機嫌伺いに『ダブル・ダブルダイナー』に出向いたのに、キーリーンはおれを放り出して、ローズと何事かひそひそと話に夢中になっていた。
クロノが逮捕でもされれば、キーリーンに遺産がまわってくる。おれとしては、まだ未練が・・・

そこへ二人のチビを引き連れた的涼鹿がやってきた。こっちはこっちでまたローズと揉めだした。
やっと手の空いたキーリーンをテーブルに引っ張ってきて、ご機嫌取りをしていると、

≪「あら、これは何?」的涼鹿は美しく塗られた箱よりもその中に入っていたぼろぼろの紙に惹かれた。彼女は今にも破れそうな紙を手にとり細心の注意を払って広げた。
「私の国の言葉のようね。読んでみてもいい?」的涼鹿の言葉にローズが頷いた。
涼鹿が時々発する言葉はりよたちには歌声のように聞こえたが、ローズにはまるでお経のようだった。中ほどまで読み進んだ涼鹿が声を上げた。(MSG604)≫



おれが毎晩寝ながら流している中国語会話のテープと同じ発音が聞こえた。
おれは飛び上がって、的涼鹿が手にしている古い紙切れを見た。

「平原広沢の宝だと!」おれは女たちのテーブルに突進した。
チビが一人ぶっ飛んだが、それどころではなかった。ローズがいきなりおれの腕を取って押さえ込み、首を絞めあげてきた。なにか、日頃の恨みを晴らさんばかりのすごい力だった。

まあ、なんだかんだで、テーブルの角にぶつかったらしいジミーを病院に運ぶのに大騒ぎになった。
おれは最近常に携帯している銃をこっそりリヨに突きつけて、的涼鹿を足止めさせた。千載一遇のチャンス!

みんなが出払った隙に、二人を外に連れ出し、自分の車に向わせた。
ちょうどその時、マーサが通りかかった。
「やあ、マーサ。元気かい?キーリーンならハリエットのところだよ」
マーサは気がつかず、そのまますれ違った。

さようなら、マーサ。
お前とはついに結ばれない運命だったな。おれがいなくなっても、毎晩枕を濡らすんじゃないぜ。


「じゃあな、お嬢ちゃん。元気でお帰り」
ぽんぽこ山に向う16号州道の交差点で、リヨを放り出す。
「先生を放さないと、警察に通報するわよ」
「子供にはわからない、大人の男と女のお話があるんだよ。ほら、飴でも買え」
リヨに危害が及ぶのを恐れたのか、的涼鹿もとにかくリヨを無事に逃がそうと必死に頷いた。
「すぐ帰るから大丈夫。腐っても町長なんだから、変なことをすれば町にいられなくなることぐらい分かってるはずよ」
「この人に常識があればいいけど・・・」小生意気なチビだ。

人通りのない寂しい交差点にリヨを残して、おれ達はぽんぽこ山に道行だ。
すぐにも宝が見つかれば、手に手を取って、このまま町をおん出てやろう。
保釈金はソールに払ってもらったから、王藍に貰った五万ドルがまるまる残っている。当座はそれで食いつないで、宝はゆっくり売り飛ばそう。
「ところで、宝はなんなんだ?そこに書いてないか」
「ちょっと待って。昔の漢字も使われているので、すぐには読み解けないわ」
的涼鹿も観念したのか、宝に興味があるのか、眉を寄せて必死に紙片を睨んでいる。
うん、なかなか可愛いじゃないか。


ぽんぽこ山の廃坑の入口に大きなカラスがとまっていた。
いや、上から下まで、黒尽くめの服を着た男が立っていた。
ついに出てきたか、クロノ・レイヴン――FOX。



ばふっ!
夏だというのに、黒いコートの裾が翻る。相変わらず、格好付けの激しい奴だ。

「叔叔(シェシェ)、!助けにきてくれたのね!」
駆け寄ろうとする的涼鹿を慌てて引き止める。
「あほう!あいつはFOXだぞ!」

クロノの手には夕日を反射した鋭いメスが握られていた。
「まさか・・・叔叔が・・」
的涼鹿の顔からも血の気が引いた。おれは急いで銃を抜き出したが、投げつけられたメスが右手を掠めて痛さに取り落としてしまった。
クロノの手には既に次のメスが握られている。コートの中にいったい何本のメスを忍ばせているのか・・・

「そんな・・そんな、叔叔が私を殺そうとしたなんて信じられない」
「おまえ宛の予告状を出したのは、確かにこの私だ」
クロノはしゃあしゃと言う。そうだ!やっぱりあの手紙はおれが書いたんじゃないぞ。
「叔叔だけは信じてたのに」的涼鹿は泣き出した。

「みんなを殺したのは、やっぱりそのメスだったんだな」
おれは、逃げ道を捜して後ずさりした。殴り合いなら負けないが、どうも子供の頃からピカピカした先端の尖ったものは苦手だ。
「そうだ、あんな見事な手際は、腕のいい外科医の仕業だ」クロノはニヤニヤしながら、前に進み出た。両方の手に握られたメスがおれの方に向けられている。刺さったら痛そうだ・・・

クロノの手から一直線にメスが飛んだ。うわっっ・・・おれはひっくり返り、額の真中にメスが刺さった・・・気がした。

「本当に見事だったよ――切り裂きジャック」
・・・えっ!?おれはジャックじゃなくて、ピーターなんだけど。

おれの背後で倒れた男の胸に刺さったメスから、血が噴き出していた。慌てて避けようとして、男の顔を見た。
男はにこっと笑っておれに投げキッスを送ってよこして、そのまま息絶えた。

フォックスヴィル記念病院の院長、“切り裂きジャック”として鳴らした外科医のジャック・ソールだった。(MSG382)


 


フォックスヴィル警察署長室

「あんた本当に気がつかなかったのか・・・」デスは長い溜息をついた。
「ハイスクールの頃から、ソールがあんたに惚れこんでたのはみんな知ってたぞ」
「おれはその気はない」おれは憮然として否定した。
「まあ、あんたが女好きだってのは有名だったが、ソールにとっちゃ辛いところだったろうよ。あいつみたいな秀才が、こんな劣等生を一生懸命庇ってたんだから、気がついてやってもよかったろうに」

う・・・む・・昔から、親切でいい奴だとは思っていたが・・・
まあ、ソールならおれの家に頻繁に出入していたから、FOXの手紙に気づく機会はあったかもしれん。
おれはパドルダック弁護士の勧めもあって、全部ばらして司法取引に持ち込むことにした。
たいして罪に問われるようなことはしていない。嫌がらせの手紙を書いたことと、ヨッシュにちょっと殺意を抱いたことぐらいで・・・・リサの誘拐だって未遂だったし・・・

「おれが婚約パーテイの手品を利用して、リサの誘拐を持ちかけたときに、ソールはFOXの手紙がおれの仕業だと気がついたんだろうか」
「だろうな。あんな子供じみた嫌がらせをするのはあんたぐらいだろうから」
横からクロノがニタニタしながら口を挟む。何でこいつが同席する。

「あんたがリサと駆け落ちして町を出て行ってしまうのが、ソールには我慢できなかったのかもな」
「ジマイマ・トマトは――」
「そっちとも結婚する気だったんだろう?おそらくソールは、最初の殺人で、箍が外れてしまった。何人でも同じことだと」
「じゃあ、ヨッシュはどうなんだ?おれは、あいつと結婚する気なんかなかったぞ」
「あのなあ、ピーター・・・ソールはあんたを人殺しにしたくなかったんだよ」デスはまた深々と息を吐いた。

「FOXの手紙どおりの殺人が起こるんで、あんたのことだからヨッシュをやりたくなるのは目に見えてる。
とうとう本気でヘアーズ邸に乗り込んでいった。ソールにしてみれば、自分のせいで、あんたに殺人を犯させたくはなかったんだ。あんたの尻拭いを買って出たようなもんだ」
「何で見てきたようなことを言うんだ」
「ソールの遺書が残ってたからさ」
うぉっ!そんなものがあったんなら、司法取引でべらべら喋る必要はなかったんじゃないか。おれは潔白だ。

「ソールは、自分のせいであんたが殺人にまでのめりこんで来たのが辛くなった。で、あんたを殺して、無理心中することにした」
「げっ・・・それで、おれ宛ての手紙が」
「そうだ、さすがに面と向ってあんたを刺し殺すのは忍びなくて銃を使った。離れた場所から撃ったんで、ベンジャミンと間違えてしまった」
「こんな男のせいで!パパが!」的涼鹿がわっと泣き伏した。
「かわいそうなパパ!どんなに会いたかったか」

ふーん、そうかね。親愛なるベン、どう見ても、あんたの娘はあんたが思ってるよりしたたかだぜ。
それより宝の地図はどうしたんだよ。あの時ぽんぽこ山で騒いでいるうちに、風に飛んでいってしまったとか言ってるが、おまえの頭の中にはしっかり記憶されてるんじゃないかね。


「ところでクロノ、あんたはいつからソールが怪しいと気がついていたんだ」デスは傍らでメスを弄んでいるクロノを振り返った。
「最初から・・・」クロノはいけしゃあしゃと言う。

「リサとシュトラウスの傷を見たときから・・・急所を一瞬で。腕のいい外科医の仕業だと思った。フォックスヴィルにいる腕のいい外科医は俺と――“切り裂きジャック”ソールだけだ。
だが、動機が皆目わからなかった・・・まさかね・・・」
クロノは含み笑いしながら、おれを見た。

「いつまでも手をこまねいているわけにもいくまいと、FOXを誘い出してみようと考えた」
「それがわたし宛の手紙だったのね。一言言ってくれればよかったのに・・・どんなに恐かったか・・・」
「いや、ちょうど町長がおまえにつきまとい始めていたから好都合だった。事前に話していれば、素振りで芝居がわかってしまっただろう」
「ソールはまたピーターが予告状を出したと思ったのかね。ピーターが手を下す前に自分がやってやろうと」
三人とも、まるでおれのせいだと言いたげだ。

「アルバトロスが逮捕されて、私はこっそり会いに行った」クロノが続ける。
「おれがソールの名を出すと、アルバトロスは観念して白状した。ソールがリサと、庇おうとしたたシュトラウスを殺すのを見てしまった。だが、自分も誘拐に一枚噛んでいたので、同罪にされるのが恐くて姿をくらましていたと。ソールの町長への恋心もそのとき初めて教えてもらったよ」
「アルバトロスは、わたしが襲われた時、命がけで助けてくれたわ。叔叔はどこにいたの」
的涼鹿はちょっと疑わしそうにクロノを見つめた。

「悪かった・・ずっと見張っていたのだが、アレックスの手術の経過を確認しに、どうしてもボストンにいかなくてはならなかったんだ。まさか、その隙を狙われるとは・・・」
「おい、アルバトロスを脱走させたのは、おまえじゃないだろうな」デスがクロノに噛み付いた。
クロノは曖昧に笑って「FOXは取り逃がしたが、町長さえ見張っていれば、いずれ取り押さえられると思っていた。
最後、ソールはあんたを殺そうとしてたんだぜ」


にこっと笑っておれに投げキッスを送って死んでいった――ソール。
数学のテストの時に、こっそり机の下から答案を見せてくれたソール。
ボストンのハーバード大から、おれの三流大のパーティに顔を出してたソール。
おれが嫌々銀行に勤めだして、タビタと結婚したころ、将来を嘱望されていたのに、田舎町のヘアーズ記念病院に戻ってきたソール。


ごめん、おれ、やっぱり女が好きだ。





三ヵ月後



遺産は結局クロノが引き継いだ。独り占めするのが気が引けたのか、一族にも結構な額をばら撒いた。
「あんたは余分な金は持たないほうがいい。持ってるとどうせろくな使い方はしないだろうから」
恩着せがましく借金だけは返済してくれたが、おれの金のない境遇に変わりはない。

こいつは絶対ろくな死に方はしない――W・W病はどうなったんだ。
あと半年の命だとか言われていたが、もうそれから半年はとっくに過ぎている・・・・
おれのにらんだ所、あのちびのアレックス同様、こっそり性転換手術を済ませて延命を計っているにちがいない。


的涼鹿は父親と判明したベンジャミンの遺体(冷凍保存してあった)を、故郷の町の見える場所に埋めたいと言い張って、ぽんぽこ山に埋葬した。
毎日花を抱えてぽんぽこ山に墓参りしている。
花といっしょに抱えているシャベルはなんだ?あっちこっち掘り返して、穴だらけにしているに違いない。
ベンジャミンもゆっくり眠っていられんだろうな。



おれは司法取引のおかげで実刑をくらわずにすんだ。

町長職はリコール。
「当然よ!」と喚いていたハリエットが、フォックスヴィル初の女性町長に当選した。
ロビン・コックリルがいそいそとタウン・ホール通いをしている。

最後の引継ぎが済んだ。
もうこのちっぽけなタウンホールに足を運ぶこともないだろう。振り返って赤レンガの建物を眺めながら、大して感慨はなかった。

大通りの向うにマーサが立っていた。
もう棍棒は抱えていなかった。
「屋敷を処分して、ボストンへ行くんだって?」
「パドルダックの伝手で、不動産屋でもやろうかと思ってる。
きみのほうは、クロノに貰った遺産で、カリブ海のクルーズに出かけるとかいう景気のいい話をちらっと聞いたぞ。」
「豪華クルーズも、一人じゃ味気ないし・・・ね」
マーサは笑った。何十年ぶりかに見る恥らった笑顔だった。
「乗客名簿にまだ空きはあるかね、きみの金でだが・・・」
おれはマーサの腕を取って、大通りを歩き出した。

うん、まあ・・・悪い選択じゃないだろう。





                        『恋模様編 完 』







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