音楽スポット

◆◆ 原宿プラザ ◆◆

● 雑多な店鋪街 ●


【 カオスなショッピングモール 】

 80年代半ばまで「ラフオーレ原宿」の向いに合あった「原宿セントラルアパート」。そこはカメラマン、デザイナー、コピーライターなどの事務所が多数入った当時の「文化発信の地」だった。その最先端アパートの地下が「原宿プラザ」だった。
 「原宿プラザ」は数十軒のブティック、雑貨屋がひしめく雑居ショッピングフロアだった。どの店も狭くチープでゴミゴミしていて「アジアの渾沌」を感じさせるカオスのような場所。ひとりだけでやっている個人営業店のようなところも多く、行けば店番が客の前でラーメンやほか弁を食べてたりしていて「客商売のイロハ」もなっていないとこ多数な愉快な店鋪街だった。

 「原宿プラザ」には何軒かの「ロック系ブティック」の存在があって、音楽愛好者が集まる側面も持っていた。

 音楽洋服屋で有名だったのは、ハードロック系衣装が多かった「ジプシー・アイズ」。
 店内はラメやサテンやテラテラのロジェスタ(と呼ばれていたが、ようするにビニール)で一杯。店員も客も長髪のビジュアル系兄ちゃん多し。
 しかしここも80年代ニューウエーブブームのときにはパンクっぽい服や「ブルー・ズー仕様」の切り刻みTシャツなどが置かれていた。ただ一人のニューウエーブ系店員さんが友達だったため、一時私の作った服を置いてもらっていたこともあった。(黒の羽織を加工した、イカレジャパニーズ風ロングコートなど置いてもらった)
 天井には訪れたミュージシャン達のサインが書かれていて「いかにも」な雰囲気を発している店だった。

 そしてもう一軒「東の横綱」級の店が「東倫」。
 「東京」と「倫敦」をかけ合わせた名を持つこの店の商品は、とてもシンプルかつスタンダードなパンク服がメインだった。決してトゲトゲの武装的「ハードコア・パンク服」ではなく、オリジナル・パンク的コットン黒装束が多かった。ただのシンプルな黒のジーパン風パンツも、ここのものはなんかカッコよかった。

 あとは80年代になって出現した「バクチク」という店。ここはエスノなども取り入れたニューウエーブ系のショップで、ハイジ・ファンテイジー好きのデザイナーさんが自作の服を売っていた。私はナチュラルかつ未来的なカッティング(!?)のこの店の服が本当に好きだった。パターンの取り方からして本当にクリエイティブ!
 男前のデザイナー氏は後に自分のブランドを立ち上げたと記憶している。

 そして、ニューロマ系ファッションの「トレンディー」。
 ここでは「ドクター&メディックス」のドクターが着てたパッチワークパンツを仕入れたり、中世の貴族のようなゴブラン生地ジャケットを置いたりと楽しい店だった。表参道に姉妹店もあった。私が作った「化繊黒レ−スやシースルー特殊生地を使ったカットソーのシリーズ」なども数種常備していて、結構売れた時期もあった。
 ここの店長氏とは、毎週飽きもせずツバキハウスロンドンナイトに通った。

 忘れてはいけないのは「ア・ストア・ロボット」。
 「文化屋雑貨店」みたいなお店にツバキハウスの常連さんがいた。おもちゃ系のかわいいファッション発信の店だった。

 「原宿プラザ」内では、各店がそれぞれ勝手な音楽をラジカセで流しっぱなしにしていて、音楽ミックス状態がすごかった。

 その他、「原宿プラザ」内にあった店で、記憶にあるものを列記すると…。
 ハデハデキッチュな格好で話題になった「マヤ族」発祥の店「MAYAショップ」。ビジュアル系ファン女子と年輩女性に人気だった総レースのドレスショップ「ノコ&エコ」。仲良しになるとお姉さんがコーヒーを入れてくれたインドショップ「おせわ屋」。
 店名を忘れちゃったけど、アンティーク服の店や姉妹が経営してたコスメショップにも随分お世話になった。

 私は「原宿プラザ」で2度程バイトをしたことがある。一日店番していると、いい感じに頭がぼやけてくる場所だった。
 セントラルアパート1階にあったコーヒーショップ「レオン」はプラザ内の出前をしてくれるので重宝だった。


  

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