理科研プロジェクト 第1話

スターリングテクノラリー

 

発端は‥
 本校に赴任した97年春にルアー研究同好会を立ち上げた。その年の秋、部員の一人が持って来た本が兵働務著「スターリングエンジン」(パワー社)である。19世紀の古いエンジンだが、近年、脱石油・省エネ・環境配慮の観点から見直され、研究や試作が盛んに行われている事などが書かれていた。
 エンジンは、どれも金属材料から旋盤などの加工機によって作られていた。ところが、当時の理科室には、旋盤どころか、まともな電動ドリルさえ無かった。それなら、空き缶などの廃材を使って、手加工で作ろう。
 1ヶ月後、まったく非力で低速回転だが、なんとか回転するものが出来た。
 インターネットで検索して見ると、初の全国競技会がその年の夏に開催されていた。自作スターリングエンジンによる模型自動車のアイデアと速度を競う全国大会、スターリングテクノラリーである。翌98年秋に第2回があるという。目標は決まった。


'97土工ガンマ型第1号エンジン
  空き缶と木材、流しの排水口フタなどのガラクタが材料

 


第1回から出場の羽田工業高のマシン
 ピストン擦り合わせは注射筒だが、その他はすべて金属製。旋盤、フライス盤での美しい加工。

敵は東大?
 東京大学工学部のHPに大会の報告を見つけた。東大チームは第1回大会で3位に終わり、第2回大会では優勝をねらっていた。
 そのページには小さな模型自動車の開発費として2百万円もの予算がついたこと、また、彼らは学内に専用コースを設けてもらったこと、自分達で出来ない部分の加工は専門技官に依頼したことなども書かれていた。
「ものづくりとはそういうこと?」そんな疑問が湧いてきた。

 東大の車は毎秒2メートル以上の速度で走っていたらしかったが、その時、私達の車はせいぜい毎秒2センチの速度で理科室の床をジリジリと移動しているに過ぎなかった。


'98東大 Excaliburエクスカリバー号 
 4つのピストンには石英シリンダとカーボングラファイトのピストンの高価な空気圧シリンダを使用している。

この写真は東大Webページからお借りしました。

改良につぐ改良
 他チームと似たエンジンを作っていては加工精度に帰着してしまうので、私達に勝機はない。今まで誰もやらなかった方法、全く別の方向からのアプローチが必要だ。
 たとえば材料である。加熱部分は金属を切削加工して作るのが普通だったが、それでは壁づたいにムダに熱が流れる。そこで、熱の伝わりの遅いガラス製試験管を使ってみた。その内部にあるピストンについても、空き缶、木材、ガラス、グラスウール、軽石など、次々に試し、とうとうスチールウールを見い出した。
 そのようにして、私達独自のスタイルが生まれて来た。それ以外にも何度かブレイクスルーがあり、そのたび車が速くなった。
 多くのチームは数人で1台の車を出場させる。しかし理科研では向こう見ずにも、顧問を含め参加した全員が1人1台の車を製作していた。走るも走らないも自分の責任である。大会前日まで各自の悪戦苦闘が続き、ほとんどの部員は宿泊した旅館で工作しながら夜を明かした。


'98エンジンを組み立てる部員
 初期の試験管とスチールウールによるエンジンである。フライホィールは草刈機の刃。


'98土工ノーマルクラスの車
 車輪に使われているのは不要CD、重いフライホィールはなくなった

ついに当日
 98年11月14日朝、私達は会場の本田技研朝霞研究所に到着。まず受付・車検である。ところが、声をかけても、部員達は背を丸めて座り込み、少しも荷物をひろげようとしないのであった。
 会場のそこここに、全国から集まった工業高校や高専、大学や企業、合わせて百数十チームが自慢の精密マシンを並べてスタンバイしていた。それらのエンジンはどれも製品のような放熱フィンを持ち、誇らしげにピカピカと金属光沢を放っていた。部員達はそのようなカッコイいマシンの数々に圧倒されてしまい、自分達の車を取り出す勇気が出なかったのだ。
 再三うながされ、部員達はおずおずと各自のマシンを取出し、受付けに向かったが、その時、かたわらの練習走路で一台の車がカタカタと音を立てて走り出した。部員の全員がクルリとそちらを向くのを待って、部長がこう言った。
「先生、あの車‥‥、意外とノロいっすね。」
 これ以降、部員達の背筋は伸びたのである。
 この大会で土工の車は大いに健闘した。ミニクラスで高校6位、人間乗車クラスでは高校初完走を果たした。そして、大学・一般部門では例の東大を百分の2秒差で破り優勝することができたのである。
 多くの出場チームにとって私達の車の出現はショックであった。旋盤などの加工機を使わずに作れるが、熱の効率が良い、つまり高性能である。大学・高校のチームはもちろん中学生でも製作可能なことから、これ以降、土工方式のエンジンは多くのチームに取り入れられ、大会への新たな参加者を生み出すこととなった。


'98スタートさせようと位置につく部員
     フレームの材料は折れた釣りざおである。


'98,'99 土工ミニクラスの車 SingleGAO
  
後輪はシングルCD


'98土工人間乗車クラスの始動風景   
   廃物の自転車2〜3台から三輪の車を作った。
 

 

それから5年
 今では、土工理科研究部は全国で最も数多く金賞の盾を保有するチームとなってしまった。その間、新しい方式のエンジンを次々と開発・発表して来た。雑誌やTV等でも紹介された。

 さて、今年も11月にはスターリングテクノラリー(第7回)がある。1人1台製作して参加することは今も変わらない。会場に到着すると、部員達の背筋は伸びている。

1年生諸君! 我こそは、と思う人は、ぜひ私達の仲間になりなさい。


最新の結果
 2003年3月28日 精密工学会のイベント「小さな^3 ロボットコンテスト」で優秀賞を受賞する部員。

受賞後の弁‥「初めて参加するコンテストだったし、このコンテストでスターリングは初登場。果たして審査員の皆さんが分かってくれるか、内心ドキドキでした。」

2003年6月発行の土浦工業高校「学校だより」(学校新聞)に掲載した文章。文章責任は小林義行にあります。