醜いアヒルの子 ―アゲハの追想― 中編

 少年達は一瞬怯んだ様子だったが、声の主を見て薄ら笑いを浮かべた。
「何だよ、このガキ。正義のヒーローごっこでちゅかー?」
 自分をからかうような口調と、下品な笑い声がアゲハの神経を逆撫でする。
「じゃぁ貴方達は悪役らしく尻尾巻いて逃げてよ」
「! このガキが! やっちまえ!」
 ワンリキーがアゲハに向かって一直線に地面を蹴る。彼女は避ける事なく、ただそれを見ていた。
「ヒーローじゃなくて、ヒロインと言って欲しいわね」
 ワンリキーが腕を大きく振り上げた。しかし、その拳がアゲハに届く事はなく、ゴッ、という鈍い音と共に小さな体は宙を舞った。
「ワ、ワンリキー!」
「ありがとう、ペルセウス」
 音も無く自分と少年達の間に現れたペルセウスに、アゲハは小さくお礼を言った。
「畜生! このガキ!」
 次の瞬間、少年らは腰に付けていたモンスターボールを全て投げた。眩い光が、次第にポケモンを形作る。その数、五つ。
 ――タネボー、キノココ、それとズバットが二体。は、良いとして……バクーダ、か。この辺りじゃ珍しいわね。……あのバクーダ……レベル高そうね。五体一じゃ、少しあたしが不利だな。
 アゲハは瞬時にポケモン達を一瞥(いちべつ)し、状況を分析する。相手が正々堂々一対一の勝負をするとは始めから思っていなかったが、予想外のポケモンの出現に舌打ちをした。しかし、今更退く気は更々無い。

「やれ! お前ら!」
 二つの"つばさでうつ"がペルセウスを襲う。
「"まもる"!」
 左右から同時に攻撃を受けはしたものの、全くのノーダメージ。そこに、キノココが"たいあたり"を喰らわせようと突っ込んできたが、既(すんで)の所でそれをかわし、足払いを喰らわせる。バランスを崩したキノココは、そのままタネボーに体当たりをする形になった。
 五体相手じゃ分が悪い……それなら!
「全員に"ほのおのうず"よ!」
 炎が蛇のように地面を這い、ポケモン達に絡みつく。草タイプのキノココとタネボーはひとたまりも無く倒れ、ズバット達も甲高い悲鳴を上げて地へ落ちた。バクーダは痛くも痒くもない、と言った感じだが、一対一に持ち込むというアゲハの目論見は成功したと言えるだろう。ワカシャモ一体に四体を倒されるという事態に、少年達の顔に焦りが浮かんだ。
「ク……ッ、バクーダ! あの女に"かえんほうしゃ"!」
「!?」
 追い詰められたのか、少年がトレーナーへの攻撃命令を下す。バクーダもまた、忠実にそれを実行した。ゴゥ、と音を立て、炎の塊がアゲハへと放たれる。
 ドンッ!
 突如現れた影に遮られ、アゲハの目の前で炎が二つに分かれた。
「"とっしん"だ!」
「ペルセウス!」
 ガッ! ペルセウスの腹部に、真正面からバクーダの攻撃が入る。堪えたようにも見えたが、両手を大きく広げたペルセウスの体はぐらりと傾き、吸い寄せられるように地面に倒れこんだ。彼女にはその一連の動きが酷く緩慢で、まるでスローモーションのように見えた。
「ペルセウス! あたしを庇って……――卑怯じゃない! トレーナーを狙うなんて!!」
「……うるせぇ!! バクーダ! あの女もやっちまえ!」
 バクーダが、大きく息を吸い込む。アゲハはせめてこれ以上傷付かないようにと、覆い被さるようにペルセウスを庇った。
 ゴォォ。再び、バクーダの炎が放たれる。その時。
「"ひかりのかべ"!」
 聞き覚えの無い男の声。熱風が彼女を襲ったが、炎が当たる事は無かった。アゲハがそっと顔を上げると、そこにはキマワリと見知らぬ青年が立っていた。
「おーい、君達ー。それは卑怯なんじゃないかなぁ? ってゆーかさぁ」
 にこにこと笑いながら少年達を諌める青年。しかし、教育テレビ番組にでも出ていそうな雰囲気と口調とは裏腹に、青年は冷たい声で言い放った。
「――トレーナー失格」


小説のページへ          前編へ          後編へ