第2話 懺悔(ざんげ)

 青年が先程の場所へ戻ると、すでにダナを連れた少年の姿があった。母親が、しきりに礼を言っている。
「いいってば。礼なんか言われると照れるって。んな事より、何か目ぇ隠すヤツ、無い?」
「オッド。俺の手ぬぐいやるからちょっと来いや。巻いてやる」
「お、頼むわ。おっちゃん」
 少年の右目は、固く閉ざされた瞼によって隠されている。しかし、外傷も何も無い目を隠すという事は、やはり先程のは見間違いではなかったのだと、青年は確信した。
「よしっ。これで良いだろ」
「ん、ありがと」
 通りの方から、男達の歓声が聞こえた。恐らく、衛兵達が魔物を倒したのだろう。
「お、もう安心だな。良かった良かった」
 歓声を合図に、廃材置き場に集まっていた人々は、方々へと去って行った。

 傾きかけた陽が、古い角材に腰掛けた少年と、その傍に立つ青年の、二つの影を映し出す。少年が、青年の本体ではなく、その影を見つめながら、声を発した。
「……アンタ、魔王の所に行くんだったな」
「えぇ」
「場所、分かるのか?」
「――それを聞いて、どうなさるおつもりです?」
 少年が顔を上げ、青年を見据える。
「魔王を、倒す」
 力強い、声だった。
「正直言って、最初アンタの頭がおかしいのかと思ったよ。でも、今は俺も魔王の所に行きたいと思う。……もしかしたら、俺の頭もおかしくなっただけかもな」
 廃材の山を見上げ、自嘲的な笑みを浮かべる。
「高い塀に囲まれて、衛兵に守られた街なのに、こうやって魔物が入ってきた。俺らみたいな家の無い人間は、襲われても身を守る術(すべ)が無い。元凶が無くならない限り、怯えながら暮らさなきゃならないんだ」
 視線を青年に戻し、続ける。
「……ひっでぇ街だろ。華やかな反面、浮浪者が集まってくる」
 右目を包帯の上から覆うように手で押さえ、泣き笑いのような表情をした。
「それでも……俺みたいな化け物を受け入れてくれるのは、あの人達だけなんだ。物乞いや盗みで生きてる奴等だけど、俺の家族みたいなモンなんだ。だから……あいつらを、守る」
「"化け物"と言うのは……その、右目の――だからオッドと」
「あぁ、この赤い右目だ。色違いの目……"オッド・アイ"――だからオッドって呼ばれてる」
 青年が疑問を言い終わらないうちに答える。
「……よろしければ、本当のお名前をお聞かせ願えないでしょうか」

「"アスモデ"……俺の名前だ」
 数秒の間の後、苦々しい顔で、ぽつり、と言う。それを聞くなり、青年は心底驚いたのか、それとも激怒したのか、複雑な表情になった。
「アスモデ!? そんな……"破壊の魔神"なんて意味の名を付ける親が何処に!」
「正確には、俺の親が付けた名じゃないけどな。俺の生まれた村には、生まれてから一月後に村の占師に名前を付けて貰う風習があるんだ。そいつが俺の瞳の色を見て"不吉だ"と」
 吐き捨てるように続ける。
「母親は、俺が生まれるのと同時に息を引き取ったらしい。父さんは、占師に散々俺を捨てるように言われてたらしいけど、それでも俺を育ててくれてた。でも、その父さんも俺が七歳の時に、働いてた鉱山で落石事故に巻き込まれて死んだ。あのまま村に居ても、皆俺が嫌いだから……殺されると思ったから……ここまで、逃げてきた」
 少年が、彼の年齢には不似合いな、卑屈な笑い方をした。
「占師が言うには、二人の死も俺の所為なんだってさ。俺が不吉だから。何でだろうな? 俺、何にもしてないのに。目の色が違うだけなのに。何でアスモデなんだろうな?」
 少年が、自分自身の名前を、口に出すのも汚らわしいといった調子で話す。青年には、それがあまりにも痛々しく感じられた。
「だから、教えてくれよ。魔王の居場所。あいつらを守りてぇんだよ。俺一人足掻いたってどうって事無ぇだろうけどさ。何もしないよりゃマシな気がすんだよ」
 ふいに、視界が闇に包まれる。一瞬、状況が理解出来ないで居ると、頭上から声が降ってきた。
「それならば、僕と一緒に行きませんか?」
 額と背中に、青年の温もりが伝わる。
 自分が抱き締められているのだと分かった途端、少年は目の前の青年を押し退けた。
「アンタ人の話を聞いてたのかよ! 聖職者が化け物を連れて歩いてどうする!?」
 青年が屈み、少年と目を合わせる。
「化け物が、何故魔物から人を救おうとするのです? 人を救う化け物が居ますか? 先程の少女は貴方に救われましたよ」
 青年が、微笑みながら姿勢を戻し、手を差し伸べた。
「例え貴方の名前にどんな意味があろうと、誰が名付け親だろうと、それが貴方の名前なら誇りなさい。行きましょう……"アスモデ"」
 少年の頬を、雫が伝う。俯(うつむ)くとそれが地面に落ち、小さな染みを作っては、消えた。

 人として扱われた事に対する、嬉しさからなのか。
 久方振りにその名を呼ばれた、懐かしさからなのか。
 涙が、止まらない。
 ――俺は、この手を取っても良いのだろうか――。

 少年が立ち上がる。
「……後悔しても、知らねーぞ」
 少年が青年の手に、自分のそれを合わせた。青年がその手を握る。
「自己紹介がまだでしたね。僕の名は、ネツアク。よろしくお願いします、アスモデ」
 アスモデがネツアクの手を、きつく、握り返した。


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