私の名前は、慈愛に満ちた子に育つようにとつけられたものだと聞いていた。小学校の頃はそれに何の疑問も抱かずに過ごしていた。それどころか、より多くの人に慈愛を注ぐことができる仕事は何かと悩んだ末、教師を目指してひたすら勉強の毎日を送るほどだった。しかし中学生になって「慈」の字をどう捻り回しても「めぐみ」とは読めないことに気付いた時に、私は頭を使う仕事につくのを諦めた。馬鹿が産んだ子は馬鹿。そういうわけで、高校生になった頃には私はすっかり馬鹿になっていた。怠惰からくる馬鹿ではなく、心の底からの諦観の末に漂着した馬鹿の彼岸。馬鹿の果てで獣たる私が叫ぶ言葉は「あー」とか「うー」とかであった。無音無風の無限馬鹿地獄が延々と続くかと思われたある日、いつしか「あー」とか「うー」にリズムが生まれ、わたしはR&Bのシンガーになることを決意した。LIL'KIMの面構えにビッグシンパシーをうけた私は、着替えと乾パンの詰まったズタ袋を背負うと、東京行きの夜行列車に乗っていた。自己鍛錬に明け暮れる日々、幾度も繰り返されるオーディションの落選。そんな時、審査員の男に「君にピッタリの仕事があるんだがねぇ」と言われて紹介されたのが水着グラビアモデルの仕事だった。微塵もR&Bとは関係ない仕事だったが、私は一瞬たりとも悩まず首を縦に振った。何故って馬鹿だから。
しかし馬鹿も魂は捨てない。むしろ馬鹿の魂ほど重い。右乳にR、左乳にBの心構えだ。焚かれるフラッシュの音がリズミカルであればあるほど私は扇情的にポーズをとった。
「MEGUMIちゃん、もっと肩を落として前傾姿勢」「ハイ!」「そのまま顔だけカメラをグッと睨む」「ハイ!」「キリストっぽい表情でー」「ハイ!」「パントマイムで壁を作ってー」「ハイ!」「見えないロープを引っ張ってー」「セイ!」「見えないロープを引っ張ってー」「セイ!」「ここは意地でも負けらんねぇ」「セイ!」「どうした みんなが ついてるぞ」「セイ!」
引っ張ってもいないロープのあとが手のひらにくっきりと残っているのを見て、カメラマンさんは「MEGUMIにもプロ意識ってもんが出てきた」と褒めてくれた。六時間の間ロープを引っ張り続けて、実際に使われるのはワンカットかツーカットだという。大変な仕事だ。撮影の休憩時間に、私は何の気なしに幼い日のことをカメラマンさんに話した。私の名前の話だ。カメラマンさんは少し考えるような調子で言った。「それは『慈』の方じゃなくて『愛』の方をメグミって読ませるんじゃないの?」その日、私は所属事務所を辞めた。売り出し中だった私を懸命にに引き留め、強い語気で理由を問いただす社長に、私はこう答えた。
「私、学校の先生になりたいんです」
大検を取得し、教育免許を取得するまでにはそれなりの年月がかかり、そのころにはグラビアアイドルMEGUMIのことなど誰も覚えていなかった。しかし、私は今、本当の夢を叶え、こうやって教卓に立っている。都内某小学校六年B組。R(OKUNEN)&B(GUMI)だ。そう、私は夢を叶えた。慌ただしく席につく生徒達。ピタリと止むおしゃべり。始業の号令をかける私の頭上で最高にリズミカルに響くチャイム。チャイムアンドブルース。
『僕たちを縛りつけて、一人ぼっちにさせようとした全ての大人に感謝します。1985年 日本代表 ブルーハーツ』
「 生まれた所や皮膚や目の色で一体この僕の何がわかるというのだろう」と彼等は歌ったが、2003年の今も差別や偏見は無くなっていない。昨日、久しぶりに聴くブルーハーツに心を揺さぶられ、単身渋谷駅前での路上ライブ決行したのだが、道行く人々は俺を狂人扱いし、笑いものにした。ここで俺が主張したいのは、何故にギターを持ってるとストリートミュージシャンで、手ぶらで歌ってると笑いものなのかということだ。なんだ?ストリートミュージシャンの本体はギターの方か。
まあ、ギターの方なんだろうな。俺が歌ってる時、後方から「ギターなし」という名で呼ばれたもの。憎い。ギターあり共が憎い。人の価値がギターにあるなら、この街はなんと虚ろなのだろう。無人の街。死都TOKYO。かくて俺はストリートライブを中止し、「生と死は等価である」といった内容の演説を開始した。が、顔が怖い若者に殴られたので中断した。慌てて「等価じゃないです」と言った。以後は後ろ手にねじり上げられた我が腕の角度が急になるにつれ、俺の意見が「ちょっと違います」「だいぶ違います」「別物です」と変化していくストーリー。でも結局、腕が折れるまで続いた。発言内容関係なかった。ここで俺は私刑と路上パフォーマンスの差異について考える。少なくとも俺にとっては大違いなのだが(パフォーマンスで腕折られてたまるか)、道行く人にとっては同じようなものであるようだ。むしろ歌よりウケが良かった。だとしたら、差があると唱えているのは俺1人ということになり、なんつうか劣勢。つうか完全に敗北者サイド。ありゃー、駄目だわ。もう命があって良かった!とか最低限のことを喜ぶ以外にないわ。とか言ってたら、折れた腕がボトッて地面に落ちた。
僕の右手を知りませんか?
行方不明になりました
指名手配のモンタージュ 街中に配るよ
今すぐ捜しに行かないと
さあ早く見つけないと
夢に飢えた野良犬 今夜吠えている
見た事もないような ギターの弾き方で
聞いた事もないような 歌い方をしたい だから
僕の右手を知りませんか?
世界中のギターなしへ。世界中のブルーハートへ。
〜あらすじ〜
ASAYANの収録中、会議室で第三期・新メンバーの到着を待つ娘たち。新メンバーが最年少であることや、金髪であることで盛り上がる中、1人のADが血相を変えて飛び込んでくる。
「死んじゃいました」
「え?あの…主語?」
「新メンバーの後藤さんを運んでいたロケ車が事故に…即死だそうです。」
ASAYANは打ち切られ、活動予定も白紙に。迷走するモーニング娘。
本来用意されていたラブマシーンを使うわけにもいかず、新曲は急遽『I WISH』が使用されることになる。
メインボーカルには安倍が選ばれるのだが、事故のストレスで思うように声が出ないうえに、つんくに「おまえの歌からは何も伝わってこない。」と厳しい批判を受け、失意のどん底に陥る。
つんくの言葉の真意が理解できぬまま、部屋で1人落ち込む安倍の前に後藤が現れる。
「誰?」
「モーニング娘。の新メンバーになれませんでした、後藤真希です。」
敬語ながらも辛辣に安倍の欠点を指摘していく後藤。
安倍の行動を俯瞰できる後藤は、驚くほど的確に彼女のウィークポイントを掴んでいる。
だが、安倍はプライドから後藤に心を開くことができない
「あんた、モーニング娘のメンバーじゃないじゃん!…っつうか生きてないじゃん!」
しかし時を重ねるに連れて心が通じ合っていく2人。
いつの間にか安倍の表情は輝きを取り戻し、声にも生気が戻っていく。
そして迎えた新曲発表の日。
バックステージで円陣を組み、恒例の「がんばっていきまっしょい!」を叫ぶ娘達。
1人1人が差し出し重ねた右手。明らかに1人分多い。でも誰も何も言わない。
恐れることはない。私たちは1人じゃないんだから。
「ひとりぼっちで 少し 退屈な 夜 私だけが 淋しいの?Ah Uh」
絶望の中、膝を抱えた夜が思い出される。
「くだらなくて 笑える メール 届いた yeah
なぜか涙 止まらない Ah ありがとう」
辛い時には後藤がいてくれた。喧嘩もしたけど、色んなことに気付かせてくれたのは後藤だった
「誰よりも 私が 私をしってるから 誰よりも信じてあげなくちゃ yeah」
その歌詞を口にする時、驚くほど自然に感情を表現できることに気付く安倍。
舞台袖のつんくが満足そうにほほえむ。
「人生って素晴らしい ほら誰かと 出会ったり恋をしてみたり
Ah すばらしい Ah 夢中で泣いたり笑ったりできる。」
でも後藤は死んでいるのだ。私と一緒にこの曲を練習してくれた後藤はどんな気持ちだったろう
後藤をちらりと見る。優しい笑顔。私も楽しかったよ。ホントに人生って素晴らしいね
「でも笑顔は 大切にしたい yeah 愛する人のために…」
安倍は自分にとって大切な人がメンバーのみんなやファンであることをハッキリと認識する。
「ありがとう…ごっちん…」
安倍は自然とそう呼んでいた。それを聞いた後藤は満足そうに微笑むと、静かに天に昇っていった。
エンディングテーマはラブマシーン。