ブルースリーと俺

粗忽者の俺が師父・リーの教えを話半分に聞いていた結果、すなわち「Don't think」。思考停止を超えた無思考の境地に達する代償として得た苦痛に耐えかねて、今日も今日とて布団の中で、なるべく世界と接する体表面積を小さくするべく必死に体を縮こまらせる。それにしてもあれだ。「考えるな。感じろ。」における「感じろ」とは何を感じろということなのか。単純に敵の気配を感じ取れというわけではあるまい。自分の動き、相手の動き、それからくる戦いの流れの組み立て、それらを理屈で考えるのではなく、空間まるごと感じとれということなのだろう。空間の支配者に思考は不要。無我の境地とは言ったものだ。周囲と自分の境目を無くし、水が下流に流れるのが当然であるが如く、繰り出した一撃は当然の勝利に帰結する。素晴らしい。しかし、師父の教えを一歩進めて、feelの力を戦いを回避する方向に使えないだろうか。なぜって、相手も考えずに感じてたら勝敗はどうなるかわからないんだもの。自分が相手より感じてるっていう保証なぞ、どこにもない。感じ比べで負けたら、相手は俺を踏んづけて悲しそうな顔して「ホアーッ」とか言うだろう。実は俺の方が悲しそうな顔をしてるのだ が、踏まれてるので画面には映らない。地面に這いつくばりながら、「痛みは俺の方が感じてるかも」とか呟いたりもするだろう。それは嫌だ。ならば逆に、全く感じないという逆転の発想はどうだろう。つまり、外界と内界の境を無くそうとするのでなく、内界に完全に閉じこもり、外部からの干渉をシャットアウト。これだ。リー風に言うならば「考えなーい、感じなーい。」ちょっと拗ねて見せた感じがまた良いじゃないか。かくて俺は修練を積むべく、今日も今日とて布団の中で、なるべく世界と接する体表面積を小さくするべく必死に体を縮こまらせる。顔だけはブルースリーそっくりの悲しげな顔で。

広末涼子と俺

広末涼子が針の穴を通るより難しいと言われている。何と比べて難しいのかは知らない。

 電車内にあるYAHOO-BBの中吊り広告で薄ボンヤリとした微笑みを浮かべる広末の虚無感は、空前にして絶後だ。あの広末の顔が貼ってあるあたりの空間がベロリと剥がれて、そこを中心点として世界の崩壊がはじまりでもしそうな冷たさ。針の穴どころか、どんな大きな穴ですら広末を通過させてはくれないのではないだろうか。あらゆる場所で許可を得られない雰囲気。許可を望むことすら許可されないような雰囲気。それが今の広末にはある。広末の顔と太ゴシックの天国という文字が交互に明滅するヴィジョン。眩暈。使ったこともないダイエット食品の広告塔として写真を使用されているような哀れさ。全てのCMタレントが、その商品の愛用者であるわけなどないということは承知しているつもりだが、それにしてもこのうら寂しさは何だ。広末はBBが何の略であるかもわからず撮影に望んだのだろう。意味を知る事を望まず、ただただ状況を受け入れる広末。仮にBBが「バリカンで坊主に!」の略だったとしたら、流石の広末も騒ぎ出したかもしれない。でも、もしかしたら騒がなかったかもしれない。俺が広末をどうでもいいと思うのと同じぐらい、広末も広末の事をどうでもいいと思っているかもしれないんだから。『大人になったヒロスエ』だとか『本当のヒロスエ』だといったフレーズの無魅力さ加減。ド ングリでさえ、『綺麗なドングリ』とか『激うまドングリ』などといった具合に形容詞をつけてやれば魅力が増すというのに。ヒロスエ、ドングリ以下。レスザン・ドングリ。ドングろうとしてもドングりきれずバランスを失って失速する広末。尾翼をもがれ、破片をまき散らしながらきりもみして地面に突き刺さる広末。地に落ちた広末の残骸に巣を作るリス。俺達にとっては極小である雨粒をリアルなサイズで感じるリス。ぼんやり口開け天を仰ぎ、飛び込んできた雨粒に咽せるリス。リスは小さい。リスは小さいので、森で見つけた針の穴を易々とくぐる。針の穴をくぐって天国へ向かう。天国は暖かくて優しい風が吹いていて、争いごとがなく、病気がなく、YAHOO-BBもない。

ルーシーブラックマンと俺

ふと、ルーシーブラックマンという名前が浮かんだ。殺された外国人女性だということはわかる。 ただ、それ以外の情報が全く思いだせなかった。しばし黙考。まず、新興宗教に入信という言葉が記 憶の底からたぐり寄せられる。ただ、これは殺した側が操作を撹乱するために流した情報だったよう な気がする。そして両親が来日したんだっけ。そうだ、イギリスから来たんだ。ということはルーシ ーブラックマンさんはイギリス人であろう。イギリス人女性ルーシーブラックマンさんというフレー ズを口にしてみると、まるでひとかたまりの単語のようにしっくりくる。いまだルーシーさんが、誰 によって、どうのような理由で殺されたかは思い出せないが…。ああ、たしか殺した人は異常性愛の 趣味を持つ人だったような気がする。誰だったかは帰宅してからGoogleで調べてみることにしよう。 しかし、何故こんな小春日和の空の下で、ふいにルーシーブラックマンさんのことが思い起こされた のか。 再び黙考。 さきほど入店したピンクサロンのせいであるような気がする。 風俗店の空気とサ ービスを施してくれた女性のキャミソールが、脳の底に沈殿していたルーシーさんの残滓を浮かび上 がらせたのだろう。 それにしても、俺についた女性は色黒で、体格も小柄、ルーシーさんのイメー ジとは程遠いが、まあ、ほかに思い当たることもない。 ピンサロ嬢の餅みたいな内頬の感触を思い 出しながら、ゆっくり自転車のペダルを漕ぐ。ソニンと千秋という俺の好みとは外れた2人を掛け合 わせて生まれたのは、なかなか愛嬌のある造作の娘で、褐色の肌とほどよく華奢な体が可愛らしい、 人形のような子だった。 小柄な体を擦り寄せ、俺の睾丸をふにふにしながら携帯の新機種のことを嬉 しそうに話す人形。←イメージとしてはクルミ割り人形とかみたいな感じ。
「ルルルルルrrrrrrrゥゥゥシィィィィッブラックマァンヌ」 上機嫌の俺は、巻き舌で死者の 名を呼んだ。 死者の力でペダルが軽くなった。 道の傍らに1人の幼女。 眉をひそめ、口をすぼめて 俺は言う。「ルゥシィ」 幼女は身構える。 俺は、主人に待遇の改善を訴える中年黒人メイドの顔つ きで言う。 「ブラックマンッ」 幼女はビクッと肩を震わせ、不安そうにこちらを見る。 そこで俺は ニコリと笑う。 つられてニコリとした幼女の顔にペッと唾を吐きかける。 そして、再び自転車を走らせた。