ルーとシーは、ともに死ぬロゴ

辺見えみりと俺

「ヘンミ・エミリ?日本人だよね?」
「あ。漢字ではこう書いて…」
「ああ。あーあー。俺が呼んだんだわ。字面見てわかった。それにしても制服似合わないねぇ」

辺見は黒いフード付きのマントを纏って大きな鎌を持っている。顔はこの上ないぐらいの仏頂面。

「こんなの似合うのはガイコツぐらいッスよ」
「伝統みたいなもんだからねぇ。この格好で出てくると相手も『あ。死神だ』ってわかるだろ。必要以上にビックリしなくて済むって寸法さ」
「じゃあ、この鎌やめようよ。これが一番のビックリ要因だよ」
「伝統は伝統で守っていかなきゃなんないんだよ。芸能人を採用し始めたのも、鎌の凄みを中和するためなんだから」
「そんな理由かよ」
「いい時に死んでくれたよ、辺見さん」
「そんな感謝されたくないよ」
「芸能人っていってもさぁ、えーとキムタクとか?キムタクとかじゃ困るんだよね。死ぬってショッキングな出来事だろう?ただでさえショックなところにキムタク出てこられたトゥーマッチなわけよ。だから『顔は見たことあるけど名前は知らない』ぐらいの芸能人がベストなんだよ」
「ん?ん?ん?ん?ちょと待ってちょっと待って。私はもうちょっと名前が知れてると思うけど?」
「じゃあ君の代表的な仕事ってなによ?」
「あー?んー…」
「何も残せずに死んで悔しいのはわかるけど、自己分析ができないと死神も務まらないよ?」
「うわ。めっちゃ殺したい」
「もう死んでるけどな」
「で、死神って何すればいいんですか?」
「ああ、それなら簡単よ。ここで待ってると向こうから死んで間もない人が歩いてくるからさ、ここに来たときに…」
「来たときに?」
「大きな声で『通って良し』って言うのね」
「ん?ん?ん?ん?なんか判定とかあったうえでの『通って良し』なのかな?」
「いや、とりあえず誰か来たら『通って良し』って言っておけば問題ないから」
「いらないじゃん。私、いらないじゃん」
「んなことねえよ。大事な仕事だってば」
「あー。めちゃめちゃへこんできた。こんな馬鹿みたいな格好して無駄な仕事ってなぁ」
「だから無駄じゃないって」
「もういいって」
「だいたい、人間の世界だって形式だけの無駄な仕事っていっぱいあるじゃん。我慢しろよ」
「無駄なんじゃねえか!」
「おまえがもういいって言うから…」
「辛いよー。とても辛いよー」
「辛がってるヒマはないぞ。もうさっそく死者がやって来た」
「えっ…。あれって…」
「ああ。おまえも一緒に仕事したことあるんだっけな、浅草キッド。どっちが水道橋でどっちが博士だっけ?」
「いやいや、水道橋博士で1人だけど!そんなことよりなんであの2人が!?」
「死んだらしいよ」
「なんで!?」
「でっかい方がビルの屋上から誤って転落。その真下を偶然ちっさい方が歩いてたらしいな」
「そんな馬鹿な話ってあるわけ…」
「あるからここに来てんだよ。死なんて理不尽なもんだって」
「それにしたって…」
「お前の死因だって相当なもんだろうに。犬に吠えられて転んでポストに頭ぶつけるて」
「あー。別にいいよ。その話は」
「お前が死んだときのスポーツ新聞の見出し、どんなんだったと思う?」
「あー。聞きたくない聞きたくない聞きたくないです」
「『大爆笑…』」
「い!?」
「いや、ごめん。嘘ついた」
「やめてください。死にたくなりましたよ」
「もう死んでるけどな」
「それはともかく…」
「ああ。2人が来たら『通って良し』な。頼むよ」
「無理ですよ」
「無理じゃ困るんだよ」

霧の中を浅草キッドの2人が歩いてくる。自分のおかれている状況が把握できていないらしく、あれやこれやと話しあっているようだ。
そんな2人の顔を見ていると辺見はとても悲しい気持ちになった。
死の理不尽さを一足先に知ることとなった彼女だが、別にそれに納得したわけではない。

「じゃあ、頼んだよ」
「2人ともー!こっち来ちゃ駄目ー!」
「えええーっ!?」
「こっちに来たら死にますよー!」
「何やってんの!?」
「2人以外の皆さんもこっちに来ちゃ駄目ー!」
「おい!範囲を拡げるなよ!おまえ…なんてことしてくれたんだ」
「私の目の前で悲しいことが起こるのは嫌なんで」
「あのなあ。お前は馬鹿か。死ってのはお前の目の前で起こらなくても世界中で日常的に起こってるんだよ」
「それでも私の目の前で起こるのだけは嫌なんで」
「理性的な行動じゃないよ。それは自分の目の前で起こらなければ構わないという身勝手な行動なわけだろう?」
「ええ。身勝手でも嫌なんで」
「これだから人間は駄目な。お前の視野の狭さは人間の典型だよ」
「典型でも嫌なんで」
「…お前、泣いてるのか?」
「……」
「何で泣いてるんだ?」
「わかりません」
「わからないってことはないだろう」
「わからなくても涙は出るんで」
「…帰れ」
「え?」
「お前、もう帰れよ。もういいから、帰れ」
「帰れって、どこにですか?」


辺見が目を覚ましたのは病室だった。
体を起こそうとすると頭に鈍い痛みが走った。
ベッドのわきに置かれた鏡を覗き込むと、頭に包帯を巻いた自分の姿が映った。
白い壁と白い天井からは引き出せる情報が少なすぎるので、とりあえずラジオをつける。
ラジオから「交通事故にあった浅草キッドの容態が回復に向かっている」というニュースが流れた。
「ビルから落ちて云々って話はどうなった?」と辺見は思った。
全ては夢だったのかもしれないと思ったが、ふと手元を見た辺見はそれらが夢でないことを知った。
あれが本当であった証。
辺見の両手には大きな鎌がしっかりと握られていた。

「えーっ!?」

ガチャッ
「辺見さーん。お食事の時間で…ギャーッ!」

ち、違っ!

加護亜依と俺

がたん がたん がたん がたん がたん

「加護ー。箱の中はどうやー?」
「ああ、つんくさん。窮屈なうえにゴロゴロ転がされてるので全身が痛いですー」
「加護も1人で歌うことはあったけど、完全なソロ活動は初めてやもんな」
「えっ!?ソロ活動っつった?」
「加護ももう大人やし、『拘束される愛』みたいなのを音楽で表現してみてもええんやないかなって」
「つんくさん。音楽じゃないですー。箱に入れられて転がされてるだけですー」
「がたんがたんて音が出とるやん」
「いやいや。これ、どう考えてもCDになりませんよね?」
「加護ー。CDだけが音楽やないでー?」
「どうでもいいよ」
「どうでもいいって言われたかー。悲しいなあ。俺なぁ、嫌われたりするのはアリやと思うねん。嫌われてるってのは気にかけられてるってことやからな。でも、どうでもいいは辛いなぁ。どうでもいいってのは…どうでもいいってことやからなぁ」
「つんくさん。加護、頭打ちすぎて耳が聞こえなくなってきましたー」
「耳ぐらいどうでもええ。俺の心の傷の方が酷いねんで?」
「ていうかつんくさん?声違いませんか?」
「うん?」
「いや、異様に甲高いっていうか、いつもと全然違いますよ」
「気にしないでかまわへんやねん」
「関西弁すら怪しくなってきました」
「どうでもいいですぎょん」
「ぎょん!?しかもどうでもいいって言ったよ!」
「加護ー。シュレディンガーの猫って知ってるか?」
「知りません」
「そうか」
「はい」

「もう30分ぐらい転がされてますかねー」
「そうやな」
「いつまで続くんですか?」
「加護。俺なぁ、加護のこと大好きやったで」
「あれ?質問に答えてないうえに過去形で愛された」
「音楽は終わりがあるから聴いてる間が楽しいんや。音楽って漢字でどう書くか考えてみ?」
「あー。うん?」
「ああ。いや、まあええわ」
「え。なんかよく分かりませんでした、今の」
「分からんでええねん。これかで全部終わりなんやし」
「ええっ!?ちょっ!ちょっ!つんく?おい、つんく?」

といったところで箱の外からモーニング娘やハロープロジェクトメンバーの笑い声。
「加護、マジで騙されてるー!ははははは!」

「ああ、なんだ」という安堵の溜息と入れ替わりに肺に流れ込んでくる水。
バシャーンという水音はワンテンポ遅れて耳に飛び込み、完全な暗黒であるにもかかわらず眼前が揺らめいているのがわかる。加護の頭の中を跳ねる大量の疑問符と、全身を握りつぶそうとする水圧と、あとは果てしない暗闇。
暗闇。
暗闇。
暗闇。

暗闇。
 
暗闇。


ルーとシーの葬儀にはたくさんの有名人が集まりました。
死んでしまった2人の魂を慰めるため、参列者達は自分たちの思い出話を
棺の前で語って聞かせました。