『地震予知学』は生命の大切さを基盤に成立する多元的厳密科学である
日本地震学界の金字塔
(その2)
五十嵐丈二博士の論文”測地データに現れたプレート境界の応力臨界状態の兆候”及び”東海地域の測地データ:その後の推移”を地震学の素人が読む。
五十嵐丈二助教授  東京大学大学院理学系研究科附属地殻化学実験施設の五十嵐丈二助教授は、2001年6月6日に、地球惑星科学関連学会合同大会で東海地方に予測されている地震予知のデータを発表した。五十嵐助教授が計算に使っているのは、世界で最も精度と測定密度が高いと言われている国土地理院による御前崎の水準測量データで、ここ二十年間ほどの変動を地殻が破壊に向かう過程と見て、非線形の自己相似関数型を持った方程式をこの測定値に当てはめてコンピューターで計算すると、臨界点(地殻の破壊=地震の発生時期)が算出できる。
   図1・掛川に対する浜岡(御前崎)の標高の経年変化が一次式=線形で表現されたもの。赤のオリジナルデータはその周辺に分散している。従来はこのように沈降の経年変化はリニアーなものとして捉えられる傾向にある。ここに図2の解析を五十嵐博士は今回新たに提示した。
勇気ある地震学者の系譜に新たな地震予知理論家登場
フラクタル理論  この応力臨界破壊理論はフラクタル理論をデータ解析に適用したもので、多元的厳密科学の方法の一つである。河角博士は統計学に「繰り込み半群」の理論を導入することによって、五十嵐博士とは別の側面から臨界破壊予知理論をうち立てたが、これも同じく多元的厳密科学の一手法である。
 そして、この両者に共通していえることは地震の専門家から白眼視されるということではないか? 五十嵐博士はいわゆる地震学の専門家ではなく境界領域に属する地殻化学の専門家だ。
 また河角博士は地震学者の領域を超えて(当時の学者からはそう非難された)仕事をしたと言ってよいと思う。
緊迫する関東・東海地方の地震情勢,多元的厳密科学の手法による地殻解析がその実態を予知した。今村博士、河角博士、力武博士、石橋博士の伝統が二十一世紀へかく引き継がれる 地震学者にとってのタブー  地震学者にとってのタブーと言われるものがある、それは地震発生の時期の明示である。河角博士も五十嵐博士もともにこのタブーを破っていると専門家にみられてもいる。
 市民である我々にとって、時期の明示は大切な情報公開に当たる。理論的に確信のある結論は、その当否とは別にすべての市民の共有財産でもあるのだ。それをどう生かすかは専門家の枠の中だけの問題ではなく、ひろく市民が自己決定するための情報としてある。地震学は市民の生命と財産を守るという使命が負わされている、この大事なポイントを河角博士、五十嵐博士ともに分かち持っていると評価したいのである。
    図2・ 図1のリニアーな関係を、よりオリジナルデータに近づけるものとして、高次自己相関関数=フラクタルを導入することによって臨界点を算出することの出来る揺らぎ曲線を得た、これは多元的解析法の成果である。
単純な数理モデル 「単純な数理モデルを測地データの時間変動に適用することにより, 東海地震が数年以内に起こる可能性があることを指摘する。」と前置きして、五十嵐丈二助教授は全く新しい手法で地震予知に挑む。
 図1は掛川に対する浜岡の相対的な標高の経年変化で,測量は1981年から年4回行なわれている(図では1980年1月を基準にとって示す)。浜岡観測点は年間約0.48センチの割合で掛川に対してほぼ単調に沈降していることがわかる。しかしこの沈降は永久に続くとは考えられない。」ここで、単調な沈降と呼んでいるものは数学的には最も単純な構造をもった「一次方程式=線形方程式」と言われるもので、「線形=リニアー」な関数という。こうして、数理モデルをグラフ化した。
東海地震発生は2004.7±1.7年  次に、「図2に示す曲線は,地殻応力が臨界点に近づいていると考えた数理モデルを,最小二乗法でデータにフィットしたものである。臨界点の時刻tcは,2004.7±1.7年と求まる。」
 まず最初の論文では、計算値から地震発生の予知時間は「2004.7±1.7年」とでた。この論文から1年半経過した時点では次のような経過をたどって、この理論数値は修正された。「東海地域の測地データ(国土地理院による)に地殻応力の臨界状態を示す徴候が現れている可能性を指摘してから約1年半経過した。この間,3ヶ月ごとに年4回行われる水準測量データは新たに6個増えた。図2に示すように, 2000年1月〜2001年4月の計6点のデータは,ほぼ,1999年10月までのデータを使って最小二乗法で求めた臨界現象のモデル曲線に沿って推移している。」
東海地震発生は2004.2±0.8年  つまり、1年半の間に、観測精度が上昇し、その観測値と数値モデルの予知値とがほぼ予想したものに一致したのである。この結果「1999年10月までのデータを用いて得られた臨界点の時刻tcは,2004.7±1.7年であった。2000年1月〜2001年4月の計6点のデータを加えて臨界点の時刻を再計算すると,その値2004.2±0.8年となる。両者の値は誤差の範囲で一致しているといえる。また,新たに加えたデータがほぼ予測通りの変動を示した結果, 臨界点の時刻の推定精度が向上し,誤差が1.7年から0.8年と半分以下に小さくなった」のである。
緊急情報!!
河角廣博士
五十嵐丈二博士
松村正三博士
山岡耕春博士
四者の予知の一致
理想的な数理モデルを使った予知理論から東海地震の発生する時期は2003年6月から2004年10月頃と予知できる。この地震はかなり規模の大きなものになり、関東南部直下型大地震と関連する動きが予想される。これは、河角廣博士の69年周期理論とも符合する結果となっており、さらに松村正三博士および山岡耕春博士の予知時期とも合致する。こうして、現在では3種の理論値が一致して東海・関東地方に巨大地震発生の近いことを警告していることとなった。
五十嵐丈二助教授 ”測地データに現れたプレート境界の応力臨界状態の兆候”2000 ”東海地域の測地データ:その後の推移”2001/6 より本号は制作されました。最初の論文では予知される期日は〈2004年7月±1年7ヶ月〉でしたが第二論文で改訂された。報道によっては改訂前のデータを使用のもあります。
69年の2倍の150年周期  69年周期とはべつに150年周期ということがいわれる。これは、69年周期の2倍の周期で関東・東海において超巨大な地震が起こるというものである。
 この意味から、安政大地震に関心を持たざるを得ない。その規模は聞き書きなども含めた、我々の広い意味でのすべての地震体験を超えたものである。
 関東大震災の震源地はいまでは市民で知る人がほとんど居ない。私の子供の頃は多くの人がそれをよく知っていて、地震への心の備えをしていたものだった。それは、小田原の沖合いに始まって、平塚近辺で陸上に入り戸塚、保土ヶ谷、横浜、横須賀、そして東京湾を横断して、館山へと約10分かけて走り抜けた活断層の破壊であった。従って、大地の揺さぶりはその間永いこと続いたのである。
69年周期理論は拡張されて、その倍数の周期に於いても威力を発揮する。東海地域の状況はいよいよ69×2の安政大地震、69×4の宝永大地震を視野に入れて考えることを要請している。河角理論と五十嵐理論がここに出会うこととなった。
69年の4倍、300年周期  ところが、江戸中期元禄時代に起きた宝永の大地震は安政大地震の規模を大きく上回っているのだ。まず、東海地域の海底で始まった大地震はM8.4が2回立て続けに起こり、これが富士山の小さな活動を巻き起こし、1年後に東京下町、江戸川周辺から亀有に震源をもつ直下型大地震をひきおこしたのであった。 こう考えてくると、更に問題は拡大する。69年周期の4倍ではどうだったか、これは元禄・宝永の大地震だ。その規模は安政の大地震を更に上回るものだ。関東・東海を越えて、中部・関西・四国にまで及ぶ広域のプレート破壊だった。このとき富士山はとうとう噴火活動を開始したのである。
 五十嵐博士の解析結果は東海地域の地殻の状態をリアルに捉えていると私は感じる。そして300年の地殻のストレスがどのようになるか注目されるのだ。
『地震予知学』は生命の大切さから成立する多元的厳密科学である
図1,図2,及び地図は五十嵐丈二博士のホームページから引用改変した。
URLはhttp://lec.eqchem.s.u-tokyo.ac.jp/~iga/index.html
図に付した説明は五十嵐博士の文章を基にして私が改変した。
同サイトには表記の第1論文
第2論文が収録されている。