向日葵は姫紫苑の夢を見るか
 
セックスと飯とビデオテープ
 
 せっかくとれるだけの有休を取って、葵と爛れた日々を過ごす、という計画だったのに、例の軽井沢の別荘に着くと、肝心の葵の姿はなかった。
 FAXに、無情な伝言が一言。
 「今夜は行けなくなった。明日の昼までには必ず行くから、待っていてくれ」
 オレはふくらむだけふくらましたこの期待とアレ、の持って行き場を失って、ただ別荘の中をうろつき歩いた。 
 考えてみれば、この建物の中を見て回るのは、初めてだった。
 いつも、寝室とバスルームとリビングくらいしか使わない。何しろ、えっちをするだけだからな。
 瀟洒なログハウスは、オレん家の3倍くらいあって、一階がエントランス、リビング、キッチン、バスルームに主寝室。二階の半分は吹き抜けだが、客室が二間と書斎らしき部屋があった。
 なんかおもしろい本でもないかと書斎の中を見て回ったが、大したものはなかった。
 葵はここを使っていないらしい。
 古くさいが、でかいビデオセットがあったので、ビデオでも見るか、と部屋の中を引っかき回しているうちに、本の間に、隠すように入っていたタイトルのないビデオを見つけた。
 「へへっ、裏ビデオかもっ」
 うきうきとテープをセットする。
 オレは男を恋人にしてるが、特に男が好きってわけでもない。葵以外の男なんか、とてもじゃないが、恋愛対象としても、セックスの対象としても、考えられない。
 ふつーの女で十分だ。
 とにかく、葵に振られた寂しい夜のオカズになればいいや、と、テレビに見入る。
 画面は暗い。
 かすかに、音だけが入っている。
 なんだ?
 まさか、ホラーとかじゃないよな。
 一人でホラービデオを見るなんて、冗談じゃない。
 貞子のビデオだったら、どうしよう。
 白状するが、オレは恐がりなのだ。
 ボリュームを上げてみた。
 愕然となる。
 聞こえてきたのは、まぎれもなく葵の声。
 しかも、切れ切れに喘ぎながら、許しを請うている、あの時の声だった。
 『お…願いですからっ、もう…もうやめて、ください…、ああぁ、許して…く、ぁっ、はあっ、はあっ、ああああっ』
 よく聞けば、幾分声が幼い。
 これは、高校生の、あの頃の葵だ。
 『ああ、映像が入ってないね。これで…』
 画面が明るくなる。と、ともに、ショッキングな映像が目に飛び込んできた。
 丈の高い椅子の肘掛けに脚を縛られ、大きく開かれたそこに何かを押し込まれている葵。
 腕は背もたれの後で縛られているらしい。
 葵は、オレの知っている今のあいつに比べて、ずいぶんと華奢だ。こんなに細い奴だったのか。あの頃は、周りじゅうが高校生だったから、そんなものだと思っていたのだ。
 こんな子供を相手に、あのオヤジは、セックスをしていたのか。
 しかも、身動きできない状態のあいつの中にあるのは、たぶん500ミリのペットボトルだ。
 わずかに飲み口に近い部分を覗かせて、そのほとんどは葵の中に埋められている。
 俺が見たこともないくらい大きく拡げられたあいつのそこが、痛々しい。
 『よく拡がる肛門だね』
 笑いを含んだ男の声。
 『まだ入りそうだよ』
 葵のそこに、指をねじ込む。反対の手に持ったバイブを、あいつのそこに這わせる。
 『あっ、ぁううっ、やっ、ああっいやだっ』
 『嫌だじゃないだろう。ちゃんと言いなさい』
 喘ぎの間に、すすり泣きのような声が交じり始める。
 『ご…ごめんなさい…、もう、ゆ…るして…くださ、い』
 『だめだよ。お仕置きだ』
 葵の絶叫。
 オヤジが、指でこじ開けたあいつのそこに、手にしていたバイブを押し込んだのだ。  
 ペットボトルを銜え込まされた上に、バイブを押し込まれた葵のそこが、アップになる。
 表情は見えなくなったが、絶え絶えのあいつの悲鳴が、続いている。
 『ふふ、いいんだろう、葵、君は、こういうのが大好きだからね。こんなに開いて…こっちも、勃ちっぱなしだ』
 ぐりぐりとバイブを動かして葵の中をえぐる。
 『あっ、あっ、あああ、あーーーっ』
 『達きたいかい、言ってごらん。肛門が悦いって』
 『はあっ、はあっ、あああ、お、おねがい…ですからっ、もう、抜いて、くださいっ』
 『違うだろう。達きたくないのかい』
 『あ、あぁぁぁ、い、きたい、で、もっ、く、るしい…はぁっ、はぁ、もう、やめ…』
 『言うんだ。素直でない子には、もっと罰が必要かな』
 『ぁ、ふ、こ…ぅ…が』
 『聞こえないよ』
 泣き叫ぶようなあいつの声。
 卑猥な言葉を言わされて、屈辱に唇を噛むあいつ。
 男の手で扱かれて、喉を仰け反らして達するあいつ。
 その頸にはあの、赤い首輪。
 信じられないような過激なセックスシーンが、延々と続く。
 どうやら一度に撮られたものではなくて、編集が加えられているらしい。
 それにしても。
 あの頃葵は、こんなことをされていたのか。
 オレはさすがにショックだった。
 
 翌日の昼過ぎに、葵はやって来た。
 「飯買ってきたぞ。おぎのやの釜飯」
 嬉しそう。
 インター出口ンとこの店で買ったんだろ。
 金持ちのくせに釜飯なんか嬉しいのか。
 「茶くらい入れろよ。ずっと遊んでたんだろ」
 遅れてきて、遊んでたはないだろ、と思うが、とりあえず、茶を入れて、釜飯を食うことにする。
 心を落ち着かせなきゃ、とてもアレのことは切り出せない。
 差し向かいで釜飯を食う。
 俺たちは、どっちも料理はからきしだったから、ここではいつもコンビニ飯だったけど、たいていベッドで裸のまま食ってた。食う時間も惜しかったから。
 ダイニングテーブルで飯を食うこと自体、初めてのような気がする。
 葵の普段の食生活は知らないが、好き嫌いはほとんどないようだった。
 オレは、ピーマンも、にんじんも、グリンピースも嫌いだ。
 テーブルで飯を食うと、生活感があるなぁとか、オレはくだらないことを考える。
 いつか、毎日、こいつと飯を食うようになったら。
 うっとりする。
 それはたぶん、幸せの構図だ。
 幸せは、チープなものだと、誰かが言ってたけど、ほんとにそうだと思う。
 「なに見てんだよ」 
 箸を置いて、茶を飲みながら、オレの視線に気づいた葵が言う。
 「おまえが飯食ってるとこ」
 「俺はパンダか?」
 「飯食ってるおまえとか、テレビ見てるおまえとか、ぐうたらしてるおまえとか、見ていたいな」
 「なんだそりゃ?変態プレイか?」
 がっくし。葵、おまえ、ちょっとゆがんでるよ。
 このローマンチックなオレの夢が、わかんないかな。
 容姿も、立ち居振る舞いも、話し方も、完璧上品な奴なのに、「変態プレイ」はないだろ。
 でも、そうか。
 葵はいつも、男達からそういう目で見られてきたんだ。
 今まで葵が寝た男達は、(女もいたようだが)おそらく両手に余るほど。
 中にはあのヒヒ爺のような変態もいただろう。
 「冗談だって、真に受けるなよ」
 ああ、そう、冗談なのか。おまえが言うと、冗談に聞こえないんだよ。
 「俺、ちょっと風呂入ってきていいか、急いで出てきたんで、夕べっから、シャワーも浴びてない」
 もしかして、完徹か?こいつ。
 「風呂で寝るなよ」
 「寝てなんか、いられねーよ。これから、お楽しみだもんな」
 上機嫌でバスルームに消える葵。
 どうしよう。
 話すべきだろうか。
 それとも、なにも見なかったことにして、戻しておくか。
 葵はたぶん、あのビデオの存在を知らない。
 大いに迷っていると、あいつが出てきた。
 「なんだ。まだ脱いでないのか、珍しいな」
 がしがしと髪を拭きながら、あいつが言う。
 ダメだ。黙ってるなんて、できそうもない。
 「葵、オレ、二階でこんなもん、見つけたんだ」
 「ビデオ?」
 「それ、たぶん、あのオヤジが置いていったんだと思う」
 「オヤジ…、ああ、田坂か」
 葵の顔が、かすかにこわばる。
 だが、思ったほどの動揺はない。
 「なんのビデオか…わかるよな」
 沈黙。
 ゆっくりとビデオから顔を上げて真っ直ぐにオレを見る。
 「見たのか」
 頷くしかない。
 軽く、ため息を付いて、葵はテープをケースから出す。
 「それ、マスターじゃないよな。もとは8ミリだろ?ほかにも、ダビングがあるのかも…」
 「ないだろ」
 「そう、なのか?」
 「こいつを使って田坂が俺を脅迫するかもしれない、とか思ってるのか?」
 俺は頷く。
 それが、一番心配なことだ。
 「それは、ない」
 「でも」
 「こいつは、俺にとってはただのスキャンダルだが、田坂にとっては犯罪の記録だ。未成年者、監禁致傷だぞ。しかもあいつが俺に暴行を働いていたことについては、証人が何人もいる」
 「そうか…」
 「嫌みなオヤジだぜ。俺への当てつけに、わざと置いて行きやがったんだ」
 腹立たしげに言うと、葵は勢いよくテープを引き出した。
 「あっ」 
 「なんだよ」
 「いや、べつに」
 「惜しい、とか思ってんのか?おまえ、こんなのが見たいのか」
 「え、いや、そんなわけじゃ」
 しどろもどろになる。ホントは、惜しい気がする。ごめん、おまえにはすっごく悪いと思うけど、俺は昨日、そいつを見ながら3回も達ったんだ。
 「おまえには、こんなもの見て欲しくない」
 そ、そりゃそうだよな。
 「こんなガキの俺なんか、オカズにだって、して欲しくないんだ」
 テープを投げ捨てて、葵がオレを抱く。
 「おまえが、欲しいなら、また撮ればいい。なんでもしてやる。縛ってもいいし、バイブでも、フィストファックでも、浣腸でも、やりたいこと、全部やればいい。今の俺を見てくれるんなら、なにされてもいいよ。おまえになら」
 信じられないような言葉が、葵の口から出る。
 「あ、葵っ」
 「おまえが好きだ。柳。おまえだけだ。他の誰にも、こんなこと言わない。おまえでなきゃダメなんだ」
 「葵っ」
 オレはあいつを抱きしめ、キスをする。 葵が愛しくて、涙が出そうだ。
 葵、おまえのその言葉に、俺はなにを返せばいい?
 どうやったら、おまえの気持ちに報いてやれるだろう。
 オレが、こんなにもおまえを好きだと、この恋のためなら、全世界と引き替えても惜しくないと思っているか、伝えてやれるだろうか。
 「好きだよ葵、おまえのこと、すごく、すごくすきだ」
 あああ、これじゃ小学生の告白だ。ひらがなになってるしっ。
 「わかってるよ。柳」
 笑いを含んだ声で言う。
 ちくしょう、どうせオレは語彙が少ないよ。
 「してくれるか?俺が、もういいって言うまで。壊れそうになるくらい、してくれよ」
 「あ、ああ」
 声が喉に絡む。
 
 いやらしいことをあんなに言って、俺を誘ったくせに、葵は2回もやらないうちにがっくり枕に伏せて爆睡し始めた。 揺すっても、全然目を覚まさない。
 いったい何日寝てないんだ。
 しかたなしに俺は、葵の体を拭いてやって、毛布にくるんだ。
 幸せそうに熟睡しているあいつの顔を見ながら、中途半端になってしまった2回目を、一人えっちで終わらせた。
 よっぽど顔に掛けたろか、と思ったが、さみしくティッシュで受ける。葵の口で受けて貰うはずだったのに。
 もしかして、あのハイテンションは、寝不足のせいだったのか?
 ううむ。あなどれん奴。
 でも、おまえの気持ちは、むちゃくちゃ、嬉しかったよ。天にも昇る心地、っていうのは、こういうことだな。足元が、ふわふわするみたいだった。
 ふふ。
 なんでもしてくれるって、言ったんだよな。
 そう、この落とし前はつけて貰わなくちゃ。
 いい考えが閃いた。
 ビデオだ。ビデオを撮ろう。
 飯食ってるあいつや、テレビ見てるあいつや、ぐうたらしているあいつをビデオに撮って、持って帰ろう。
 「オカズにするんだ」
 と言ったら、あいつはどんな顔をするだろうか。
 「変態プレイだよ」って、言ってやろう。
 俺は最高の計画を胸に、葵の横で眠りについた。
end