| チーム名 |
アジアで初めて自転車の世界選手権大会が開催された1990年、大塚和平氏を中心に7人の練習仲間が集まり、新しいチームを結成しようという話が持ち上がりました。そしていくつかの新チーム名候補の中から「パインヒルズ」というチーム名が選ばれました。
チーム名を決める話し合いの時、大塚氏から「結成した年をチーム名の中に入れたらどうだろうか。」という提案があり、最終的に「パインヒルズ’90」というチーム名に決定しました。
当時は東久留米市前沢のマクドナルド前に集合し、定番練習コースであった所沢市の松ヶ丘に移動して練習を行っていました。「パインヒルズ」というチーム名は、この松ヶ丘にちなんだ名前で、「松ヶ丘」を直訳(「松=PINE」・「丘=HILLS」)し名付けられたものです。
現在では考えられませんが、当時の松ヶ丘は住宅もまばらで、空き地がたくさん残っており、練習するのには最適の場所でした。
そこで毎週末、大塚氏にシゴかれ、結成時のメンバーの一人である菅原常幸氏はその後チームを移籍したものの「ツール・ド・東北」、「ツール・ド北海道」出場を果たしました。 |
| メンバー |
チーム結成時はたった7人だったメンバーも今は40人を越え、にぎやかなチームになりました。
以前JCRCの鳴嶋英雄氏が「チームのメンバーが多いのも強いチームの条件だ。」と言っていましたが、そんな意味ではパインヒルズ'90も強いチームの仲間入りができたのでしょうか。
メンバーは見た目にこだわり、新しいパーツやフレームを借金してでも買ってしまう「見た目重視・ビジュアル系」、パーツが古くても見た目がカッコ悪くても速く走れて、レースに勝てれば良しとする「結果重視・反ビジュアル系」がうまくかみ合っているようです。 |
| 練習 |
パインヒルズ'90は自転車ショップを母体としていないため、松ヶ丘を練習時の集合場所にしています。現在の松ヶ丘は住宅が増えるとともに、住民からの苦情も多くなり、数人での集団走行はできない状況になっています。
現在は松ヶ丘に集合した後、埼玉県所沢市の「早稲田大学所沢キャンパス」に移動し周辺の周回コースを使って行っています。近づいているレースの形態によってコースに上りを入れたり、平坦コースだけを使ったりし、50km〜100km程度の距離を実戦レース形式で走ります。 実業団に登録しているメンバーは奥武蔵、五日市方面などへ150km〜200kmの長距離練習に出かけています。
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| 実業団 |
チーム結成当時、実業団へチーム登録をしていましたが、93年頃登録を抹消し、その後メンバーはホビーレースを中心にレースに出場していました。
98年、実業団へのチーム登録を希望するメンバーが増えたために、再びチーム登録をし、2001年度は15人が実業団へ選手登録を行いました。 |
| ジャージ |
現在メンバーが着ているジャージは3代目のジャージです。
初代ジャージはチームを結成した翌年、紫色のジャージに白い文字でチーム名をプリントしただけの簡単なジャージで、パンツはありませんでした。
2代目は、大塚氏の生徒であり、チームメンバーだった八木くんの父上にジャージ製作費用の一部を負担していただき、現在のジャージのベースとなるスカイブルーを基調としたグラデーションパターンのジャージです。八木くんの父上に敬意を表し、ジャージの左胸に「八木かつら」(八木くんの父上の経営する会社)の文字をプリントしました。この時もパンツは作らず、メンバーの多くがお世話になっているショップ「カネコイングス」のパンツを代用させていただいていました。
そして現在のジャージは、デザインスタジオのデザイナーにデザインをお願いし一昨年に完成しました。半袖ジャージ・長袖ジャージ・ボンディングジャージ・エアロワンピース・タンクトップパンツなど、多種類を製作しました。
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| イベント |
夏と冬の2回、チームメンバーによって「パインヒルズGPX」という個人タイムトライアル大会を開催しています。現在は埼玉県戸田市の彩湖(荒川の調整池)を使い、約20kmの距離で行っています。
一部のメンバーのこの大会に対する入れ込みは半端でなく、この大会のためにTT専用マシンを作り、ディスクホイール・エアロバーを装着するのは当たり前で、エアロヘルメット・エアロボトルまで用意しこの大会に臨みます。
メンバー以外の参加者もありますが、皆一様にこれらのマシンを見て驚き(呆れているのかも?)ます。
メンバー以外の参加者も大歓迎ですので一度「パインヒルズGPXに足を運んでみてはいかがでしょうか?
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