携帯台本
最初のメールを受け取ったのは二週間前だった。
『今から会えませんか?
今、悩んでませんか?
あなたの悩みを無償で聞きます。
ぜひお試しください。
○○市在住の花子。××公園で待ってます。』
高校生活最後の夏、受験に向けて勉強をしていた秋津良太は日中メールを見ない。
飯時になってからまとめて見る。
なんせ最近は毎日何通も出会い系の迷惑メールがくるから。
毎回見ていては集中力も途切れてしまう。
そんな理由で、良太がそのメールを見たのは夕飯が終わった頃、夜十時だった。
出会い系というよりもどこかの宗教のような文章。出会い系とは別の意味で怪しい臭いがぷんぷんする。
「××公園かぁ・・・」
そこは良太の家から数分歩いただけの小さい公園だった。
勉強で机に向かい続け、凝り固まった体をほぐすため、良太は散歩を日課にしていた。
そういえば今日はまだ行っていなかったことを思い出す。ちょうどいい。
「ちょっと散歩いってくる。」
家族の誰かが聞いてくれることを願い、玄関で声を上げて靴を履いてのんびりと歩き出す。
夏らしく夜も暑い。歩いているだけでじっとりとTシャツが濡れてくる。どこかの草むらで気の早い虫が鳴いている。数メートルおきに街頭の光をくぐりながら、いつものコースからはずれ、公園のほうへ向かう。
小さな公園は入り口に街頭があるだけで中は真っ暗だった。
入り口から見回せば誰もいないのが一目でわかる。
「やっぱなぁ」
わかってはいたがどこかで落胆の色が声にでる。
暗い公園の中に入ると昼間の子供たちの遊んだあとがそこかしこに見える。
帰ろう、どうせ誰もいるわけなかったんだ。
良太がそう思い、ブランコに背を向けた時、ギィと背後から音がした。
ばっとふりむく良太の目に白いワンピース姿が映る。
「・・・嬉しいな。来てくれたんだ。」
良太の脳裏に「幽霊」という言葉が浮かぶ。さっきまで確かに人はいなかった。しかし今、白いワンピースは黒い公園にぼんやりと浮かぶようにブランコに腰掛けている。
「あ、わたし、幽霊じゃないよ?」
暗くてよくみえないが、顔の前で手をぱたぱたとふってワンピースは自己主張する。確かに幽霊にしては動きが機敏だ。
「返信がないし、ちゃんと届いたか心配になっちゃった。かなり待ったんだよ?」
ワンピースはブランコから立ち上がり、良太のほうに歩いてくる。
良太はじりじりと後ずさって入り口の街頭の下まで戻る。
「なんで逃げるの?」
光の輪の中に首をかしげながらワンピースを着た女性が現れた。ワンピースは染み一つなく白く、対照的にその髪は黒く、片手にストラップをつかんでぶらぶらと携帯をぶらさげている。
大学生?もしかしたら社会人か。ぱっと見ると良太よりも年上な印象を受ける。外見は年相応に綺麗なのだが、その仕草はどこか粗野な感じがする。
値踏みをするような良太の視線に女性は頬を染めて体を手で隠す。
「もう、まじまじと見ないでよ」
やたら親しげだが、良太には全然見覚えがない人だった。
そもそも良太の年頃と彼女のような年の人に関係があることすら稀だろう。
「・・・誰?」
彼女は光の中心で止まり、にっこりと笑って言った。
「あなたの未来の奥さん」
彼女はびしっと人差し指を立ててかわいくポーズを決めて言った。
「・・・笑えない冗談だな」
「あ、あれ?反応薄い?」
彼女にとっては改心の一撃のつもりだったのだろう。だが良太にはこれっぽっちも、というかどこに反応すればいいのかもわからなかった。
※ ※ ※
それが彼女との出会いだった。
彼女は、なんというか天然だった。
話していると、真面目なこっちの常識が間違っているのかと感じるぐらい彼女は世間知らずでマイペースだった。
絶対年上なのに年下かのような振る舞い。
勉強でいつのまにかたまっていたストレスが彼女と話して抜けていくようだった。
※ ※ ※
二度目のメールは最初のメールから一週間後だった。
『覚えてる?花子だよ。
また××公園で待ってるね。』
このメールもやはり読んだのは夜。午後九時だった。
ちょうど昨日模試を終え、うまくいかなくてむしゃくしゃしていた。
たまには長い散歩もいい。のんびりと靴をはき、のんびりと公園に向かうと、前と同じブランコに前と同じ格好で花子は座っていた。
子供用の低いブランコにそれなりの脚の長さをもつ彼女が座るとワンピースの裾は絶妙にその脚を晒す。
「で良太、今日はどんな相談事があるのかな?」
そんな姿にどぎまぎしつつも良太は彼女の向かい側の柵に腰掛ける。
「ん?あー、そうだな、別にこれといって話はないが・・・」
彼女は携帯をいじりながら良太を見上げてくる。
「ん?ないの?」
「あ・・・昨日の模試がちょっとな」
「悪かったの?まだ結果出ないんじゃないの?」
「答えはもらったからさ。・・・自己採点・・・志望校1ランク下げなきゃまずいかも・・・はは」
「んー、まだ夏休みじゃない。良太が頑張るって気持ちがあるなら大丈夫じゃない?」
彼女は携帯を見ながらぽつぽつと喋る。
「もちろん、自分の力を過信するのはよくないわよ。でも、自分を過小評価して止まっちゃうのもよくないと思う。」
良太は目を丸くしていた。
「花子ってたまにすごいこというよな。」
「えへへへ」
褒めると素直に照れる彼女。数秒前の真面目な台詞を言った人とは思えない。
その笑顔に毒気を抜かれて良太は適当に暗い話題を切り替えた。
「しっかし花子って変な名前だよな。本名?じゃないよな。でもいまどき偽名でもつかわねーよ。」
良太はからかうように彼女の顔を見つめる。
「そ、そう?・・・でもまあ、わたしこの時代の人じゃないし・・」
「はあ?」
「あ、ううん、なんでもないの」
手をぱたぱたとふって誤魔化したあと、彼女は顎に手をあててしばらく悩み、良太を見つめて訊き返した。
「じゃあ、どんな名前がいい?」
今度は良太が悩む番だった。
いきなり名前を聞かれて答えられるほど想像力豊かではない。
うんうんうなって考えた末、良太はぽつりと言った。
「・・・広子、とか?」
「誰それ?お母さん?それとも好きな子の名前?」
良太の顔がぽっと赤くなるのを見て彼女はにんまりと笑う。
「へぇ〜」
「んなっ、なわけないよ!」
暗闇でもわかるほど顔を赤くする良太を見て、彼女はそっと目を伏せる。
「ふーん、良太好きな子いるんだ。広子ちゃんかぁ・・・うん、じゃあそれにしよ。これからメールは広子で送るね。」
語尾にハートでもついてそうな甘い言葉で彼女はにっこりと笑った。
※ ※ ※
彼女からの誘いのメールはいつもいいタイミングで届いた。まるでこっちの行動を知っているかのように。
落ち込むことやうまくいかなくて精神的に不安定になったとき、いつも彼女のメールが届いていた。
いつのまにか、困ったことがあると彼女と話すことを、話せることを待っていた。
※ ※ ※
夏休み最後の日。
良太は走っていた。
携帯を握り締め、走っていた。
最後のメールを受け取ったのはついさっき。
『さようなら。元気でね。』
良太は走っていた。
携帯を握り締め、走っていた。
いつも数分で着くはずの公園になかなか着かない。胸に彼女との思い出が次々と浮かんでくる。まるで走馬灯だ。
「縁起でもねえ!大体走馬灯は俺が死ぬときに見るもんだろ!」
浮かんだ考えを振り払い、脚を動かす。
いつもどおり夕飯の後の勉強中、たまたま見た携帯がメールを着信した。
それを見てすぐに飛び出した。
夏の長い日は暮れ、公園までの道のりは闇に閉ざされる。
その道を走って走って走って走って・・・・・・・・・良太は公園に駆け込んだ。
彼女はいつもどおりブランコに座っていた。
「あれ?・・・なんでもう来るの?」
彼女は心底驚いた表情で良太を見る。
良太は両手を膝について肩で息をしながら携帯を見せる。
「え、嘘・・・メールもう届いたの?」
うなずく良太。
彼女は困ったように眉根を寄せる。
「意外・・・この時代のメールも案外早く届くんだ。・・・じゃあ、なんで今までわたしは待ちぼうけくってたの?」
やっと息を落ち着けた良太は彼女の目の前に立つ。
「今まではメールが着いてからすぐに見なかったから。今日はすぐに見た。っていうかなんだよこの内容!」
彼女はすっと立ち上がり、良太と並んで正面から良太の目を覗き込む。
「良太は明日から学校でしょ?もうわたしと会ってる時間もないだろうから」
にこりといつもの笑顔を浮かべる広子。
「それに、わたしの時間ももうないの」
「??」
「今日は早く来てくれたから特別に本当のことを教えてあげるね。本当は言っちゃいけないみたいなんだけど」
広子は時間を気にするかのように携帯をちらちら見ながら話す。
「隠してたんだけど、実はわたし、この時代の人間じゃなんだ。」
「・・・・・・・・・それで?」
「あれ?あまり驚かないね?」
良太は自分でも驚くほどその言葉に驚きを覚えなかった。
妄想ではあるが、彼女があまりにもこの時代のことを知らなすぎるのと、彼女の言動の端々にそういう傾向が見てとれたからだ。
「あまり詳しいことは言えないんだけど・・・わたしは未来からあなたのことを見に来たの。」
「一体なんのために・・・?}
広子はちょっとうつむき、考えた末。
「ちょっと耳かして」
良太の横に回り顔を近づける。そして良太に囁いた。
「今の旦那さんの子供の頃を見に来たの。」
そして離れる間際、そっと良太の頬に口付けをした。
小走りで良太から離れ、広子はブランコの脇に立った。そしてにっこりと笑った。その笑みは今までよりもなぜか大人びて見えた。
そのとき、広子の携帯が何かの着信を告げる。
「あら、やっぱり見つかっちゃった。今すぐ戻って来いって言われちゃった。」
てへ、と舌を出す広子を良太はじっと見つめる。
展開の早さに頭がついてきていない。
ふっと広子が空を見上げた。つられて上を見た瞬間、鋭い光が良太の目を突き刺す。
「!!」急な光度の変化で視力を失いうずくまる良太。
その脇に広子が来てそっと背中に手を置く。
「最後に一つだけ。わたしの本当の名前も広子っていうの。本当の名前をつけてくれてすごい嬉しかった。この時代の広子にも仲良くしてあげてね。」
そう言って広子の手は良太の背を離れ、そして気配も離れ、消えていった。
※ ※ ※
※ ※ ※
良太と別れて数分後、広子は黒塗りのリムジンの後部座席で携帯をいじっていた。
いや、それは『広子の携帯』ではない。『広子』が今いじっているのは良太も知っている今流行の最新機種だ。
彼女の正面には黒いスーツを着て、整えられた白髭の執事風の男がいる。
「お疲れ様でした。約束の報酬でございます。」
執事は脇に置いてあった鞄から厚い封筒を取り出す。
「はーい、さんきゅ〜」
彼女はさっきまで広子だった時とは違う軽い手つきで封筒を受け取り、中身を確かめる。
「うわっ、すごい。台本どおりに話しただけでこんなにもらっていいの?」
執事はうなずく。
「では、台本のほうを返していただけますでしょうか?」
「あ、はいはい」
広子だった彼女はワンピースのポケットから無造作に『広子の携帯』を取り出した。それを執事に渡さずに素朴な疑問を口にする。
「ねえ、このバイトって一体何だったの?あの男の子も台本持ってたんでしょ?台本に書いてあるとおりに走ってきたし、あの迫真の演技には驚いちゃった。」
彼女は『広子の携帯』をいじって数件前のメールを呼び出す。
『公園で待っている広子。
良太が息を切らせてやってくる。
広子「あれ?・・・なんでもう来るの?」(表情は驚きながら心底不思議そうに)
良太は息を整えながら手に持った携帯を突き出す。
広子「え、嘘・・・メールもう届いたの?」
良太うなずく。
広子は困ったような嬉しいような表情。
広子「意外・・・この時代のメールも案外早く届くんだ。・・・じゃあ、なんで今までわたしは待ちぼうけくってたの?」
良太は広子に歩み寄る。
良太「今まではメールが着いてからすぐ見なかったから。今日はすぐに見た。っていうかなんだよこの内容!」(怒ったふうに。わけのわからない怒りをぶつける)
広子立ち上がり、良太と正面で見つめあう。
広子「良太は明日から学校でしょ?もうわたしと会ってる時間もないだろうから・・・それにわたしの時間ももうないの」(普段どおり、でも悲しげに笑う)
不思議そうに首を傾げる良太
広子「今日は早く来てくれたから特別に本当のことを教えてあげるね。本当は言っちゃいけないみたいなんだけど」』
「ここここ。このシーンの彼すっごいかっこよかった。惚れちゃいそうだったわ〜」
けらけらと笑う彼女。
それと対照的に執事は無表情に答える。
「それは秘密でございます。」
「ふ〜ん、誰が書いたのかも秘密?」
「秘密でございます。」
やがて話は終わったとばかりにリムジンが止まる。
「玄関につけるとご迷惑かと思いましたので、お宅から交差点を挟んで百メートルほど離れた場所でございます。どうもこのたびはご協力ありがとうございました。」
執事は先に降りてドアを開き、うやうやしくお辞儀する。
「ありがと。こんな楽な仕事ならいつでもやるよ。またよろしく」
彼女は『広子の携帯』を執事に渡すと軽い足取りで家に向かって歩き出す。
彼女が小さくなり、交差点に差し掛かる頃、執事の手の中で『広子の携帯』が小さく振動して着信を報せる。
執事は慣れた動作で今届いたメールを呼び出す。
『広子だった女が交差点に差し掛かると、そこに酔っ払い運転の軽自動車が突っ込んでくる。
運転者は軽傷だが、広子だった女は跳ね飛ばされて死亡。
それを見ていた女性が悲鳴を上げる。』
執事がそのメールを読み終わった瞬間、交差点でドンという鈍い音がして、一瞬の静寂の後、夜の街に悲鳴が響きわたった。
『終』
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