昨日から休みで、フリーセルを解く時間が3時間もとれ2日で300個ほど進んだ。この冬はまだ近所の梅が咲かず、鳥の写真も撮れない。これまでは冬の休日とはいえ、鳥が来ると気になってパソコンに集中できなかった。また、いまは寒くて外で自転車に乗る気がしない。前はそれでも無理をして鼻水をたらたら流しながら走っていたものだ。冬の自転車は最初の1時間ぐらいはつらくてもそれなりに面白くなる。札幌や金沢のことを思えば雪と氷がなくて走れるだけでもラッキーだと思えた。しかし、この冬はもっぱら室内で乗っている。心拍計というハイテク装置を手に入れたため、室内でもじゅうぶん楽しく、もしかしたらもう全く外で乗らなくてもだいじょうぶなのではないかという気がするぐらいだ。外だと前を見て、後ろの音を聞いて道路に沿って走らねばならないが、室内だとそういういっさいの余計なことと無縁だ。体を動かすことだけに集中できるので1時間ぐらいで満足してしまう。こうした数々の好条件に恵まれ、女房と神社につきあったり、上京した母と東京で昼食をしたりするほかはもっぱらフリーセルに熱中できた。集中してやると一段高いレベルの技を続けることができるようになる。ただ解くだけではなく、解き方やスタイルということまで意識してできる。そうするとミスをして行き詰まるたびに「まだまだ下手だ」と悔しさがこみ上げてくる。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 8'30" 14.1km/h 未計測
区間2 2.0km 9'30" 12.6km/h 未計測
区間3 0.7km 4'00" 10.5km/h 53rpm
ここのところ、天気図を見ていると春のようだ。シベリアの高気圧がぐっと張り出しそうになるとくびれて低気圧ができて日本の上を通過していく。そのせいなのかどうなのか寒気がゆるんでがぜん暖かくなる。今日もそういう天気で、空はくもり東南の風がゆるく吹いて暖かい。
ならばということでナカガワを持ち出して半原越だ。デザインの問題でナカガワのギアは重いものをつけている。半原越は2倍のギアでもすんなり越えられることがわかっているので、それは問題ない。練習というよりも葉を落とした山の風情を見ることを楽しみにした。スピードメーターも心拍計も使わない。区間2の 9分30秒は計測まちがいかも知れない。ゴールしたときにちゃんと数字を覚えていなかったことに気づいたがあとの祭りだ。
帰路、オオミノガが大量に発生している梅の木を確認しており今年はどうかチェックしてみた。相変わらずたくさんミノはついていたものの、中身があるかどうかは疑わしかった。手の届くものをいくつかさわってみたところ、まったく弾力はない。どれも幼虫は入っていないようであった。
思わず、三寒四温などと口走ったぐらい春めいた天気だ。昨日は冬のように晴れたかとおもうと、今日はもう雨だ。1月としては暖かい雨なのだが、さすがに半原越に出かける気になれなかった。お昼頃、いつものようにフリーセルに取り組んでいると、窓の外でしきりにジェイジェイと鳥の声がする。シジュウカラの地鳴きだ。彼らはどんなに冷たい雨が降ろうと食べ物探しをやめるわけにはいかない。代謝を下げ冬を眠って過ごすという芸当ができない鳥類の宿命だ。
しばらく眺めていると、シジュウカラは目の前のムクゲにやってきた。実をつまみ取って、中の種をつついている。シジュウカラがムクゲの種をつつくのは初めて見た。ムクゲもそれなりに食べ物として役に立っているものと見える。それにしても降りしきる雨の中、入れ替わり立ち替わりずいぶんやってくる。必ず2,3羽の群れだ。同じグループが巡回しているのかはたまた違うグループなのか。シジュウカラのほかには、メジロ、ヒヨドリ、ツグミ、アオジが来た。冬の鳥を雨脚といっしょに撮ればかっこいいのだが、どうにも暗くていいカットにはならなかった。
ムクゲは種を鳥に食べられるのは不本意かもしれない。殻を割って中を食べてしまうので発芽はできない。しかし、シジュウカラが食べるのは種だけではない。ムクゲ以外にも桜や梅やらの枝でなにやら見つけて盛んに食べている。冬の木の枝にだってカメムシの卵やら蛾の蛹やらアブラムシにカイガラムシなど、いろいろな虫がついていることだろう。春になったら樹木の脅威となるそれらの虫は冬の間に相当量が鳥に食われてしまうのだろう。鳥は害虫駆除にかかるよけいなコストを減らすことに貢献しているのだ。将来は野鳥との共生が都市の住宅地設計の必須項目になるだろう。
朝、窓から西の空を眺めると雲一つない青空が広がっていた。その一点に筆でちょんとついたような雲が現れた。それは短く筋を引いて不定形に成長しながら東の方に流れていく。みるみる間に成長し同時に現れたほかの雲とくっついて、雲塊を形成した。雲が発生してから写真の状態まで3分といったところだろうか。いかにも冬らしい空である。
風は強いのだが気温は高く、日だまりにいると暖かい。ナカガワを持ち出して半原越だ。4キロまで2倍のギアで行ってみるとにした。さすがに2倍は重たくてだめだ。乗ってて楽しくないのだからどうにもしようがない。
初期型のジュラエース8段のギアと末期型のシュパーブプロのディレーラーが相性ピッタリでうれしい。野良猫女のブログをみていて、シマノの最低ランクのSORAのSTIレバーがなんだかよさそうに思えたのでひとまず買ってみることにした。ひとまずというのは、いま半原1号につけているラピッドライズのXTRがうまく動くかどうかちょっとわからないからだ。うまく動けばフライトデッキもつけたくなる。ああいう測定器っぽいものはかなり好きである。安いし。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 08'25" 14.3km/h 56rpm
区間2 2.0km 10'17" 11.7km/h 46rpm
区間3 0.7km 04'16" 09.9km/h 49rpm
風も弱く良く晴れて穏やかな冬の日になった。午前中はメジロの観察をして過ごす。このへんのやつはぜんぜん人を恐れない。人が敵だという文化がないのだろう。最近、夜になると蛙の鳴き声がするという噂がある。よく聞いているのは次男なのだが、私は全く聞いていない。アカガエルだと冬に繁殖期を迎えるので、このころに鳴いていても不思議ではないと思うが、日中の庭に蛙が来ている気配はない。
午後の半原越は、38×24T(1.58倍で1歩3.3mにあたる)という私としてはやや重めのギアで登ってみた。坂を登るときに3通りの方法があって、回す・踏む・立ちこぎの順に高い斜度への対応になる。回すというのはペダルがどこにあっても推進力を得ているやりかた。とくに前に踏み込むときに上半身も使えれば力強いペダリングができる。ギア比1.6で回すとおおむね14km/h から20km/h ぐらいのスピードになる。回転数は70rpm以上だ。登りに強くなり勝てる選手になるためには、この回す力をどれだけつけられるかが勝負だ。
自転車の場合、すこしの斜度の増加で難易度はがらりと変わる。どんなに強力な選手でも必ず回せなくなる斜度があり、私の場合は7%ぐらいからもうだめだ。半原越は平均で7%の斜度だが、かなり波打っており、全区間を回して乗り切るのは無理である。
踏むというのは、ペダルが前にあるときに全身の力をこめて推進力を得る方法だ。自転車乗りではない普通の人はずっとこの方法で走っている。踏んでいるところは10km/h〜12km/h ぐらいにスピードダウンしている。立ちこぎは、踏みでも60rpmを維持できなくなって、やむなし体重を動員するやりかただ。そう長くはつづかない。さて、1.6倍ぐらいのギアで半原越のどの区間を回せるのかを確かめるのが今日のタスクだ。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 8'35" 14.0km/h 70rpm
区間2 2.0km 9'47" 12.3km/h 62rpm
区間3 0.7km 3'41" 11.4km/h 57rpm
区間1で回せないのは、丸太小屋の激坂を含めた3か所。2キロのうち400mぐらい。区間2では3キロの二連橋の手前のごく短い数か所と二連橋からの1キロ弱で、1000mぐらい。区間3はまったく回せないから700m。38×24Tだと合計2キロほどは踏まなければだめだ。コースの半分弱にあたる。24×27Tという冗談みたいなギアだとずっと回せるが、それだと回してはいても10km/hを越えないので、回す乗り方の意味がない。自転車乗りが回すことにこだわるのは、あくまで早く走りたいからだ。
なにがしか、真理と認められる程のことを言おうとするならば、唯物論か唯心論に突き進んでいくほかに道はない。ただし、唯心論の奥底は闇であり、唯物論の奥底は宇宙の深淵であるから道は険しい。それに、せっかく手にした真理がぬくもりある活気を帯びるためには、物と心の間を矛盾をはらみつつ行き来しなければならない。論に矛盾があるというだけで、唯物論者、唯心論者双方ともに嗤うけれども、人が人として生きるというのはま、そういうことだから、道半ばの唯物論者唯心論者諸君は、嗤いつつもその矛盾をそれぞれの立場から解釈するぐらいの余裕がないと、先行きは暗い。
というような次第で、いま問題なのはシジュウカラはミカンを食わないが、メジロはミカンを食うということだ。シジュウカラにとってミカンは決して毒ではないだろうに、それが食べ物であるかどうかなど確かめる気すらないようなのだ。それはいったいどういうわけだ? 今日この頃、鳥にとってのミカンの意味をはっきりさせないと気持ちが悪くなって来ている。
たとえば、私がヒトである私の意識を有したままシジュウカラの体になったとする。シジュウカラの習性として、この季節のエサはヒマワリの種とか蛾とかだから、そういうものを探して食べるに違いない。神奈川の住宅地には野鳥にエサをやる家庭が多くてありがたい。野鳥の餌台にはいろいろな食べ物が並んでいる。米、パンくず、ミカン、カルピス、ヒマワリ等々。そういうところでエサをあさっていると、ちょうど同じような体型の緑色をした自分に似たやつが、うまそうにカルピスを飲み、ミカンをつついている。
私は人間の意識を持ったシジュウカラであるから、ちゃんとそういうことにも気づく。メジロがいなければミカンなど泥団子も同然だが、似たような体型のやつが先を争って食っているのだ。「ゲテモノ好きめ」と最初は軽蔑するに違いない。なにしろ、体はシジュウカラなのだから。シジュウカラの体にはミカンが食い物だという情報はインプットされていない。人間と違って、シジュウカラぐらいのレベルの動物ではどのようなものが食べ物であるかという情報は、生身にすり込まれているにちがいないのだ。
シジュウカラは腹が減る。冬場になるとそうそうエサなんてないからだ。そうなると私の心を持ったシジュウカラは、ミカンを食うメジロに注目するにちがいない。あいつがミカンを食っているのだから、俺も食えるのではないか? あの変な臭いのするどろどろした物はもしかしたうまいのではないか? その程度の発想は起きて当然だ。なにしろ記憶はないとはいえ心は人間なのだから。
かといって、とうていミカンが口に合うと思えず、最初にそれを食ってみたのはある雪の積もった朝のことだった。ミカンのふさはねばねばした液体に包まれており、くちばしでつついた感じは青虫のようでもある。青臭さ、脂肪の甘み、タンパク質の芳香はない。歯ごたえもなく特段味もしない、うまくも何ともない物だが飢え死ぬと思えばなんとかなるものだ。
もし、シジュウカラが彼らにない文化のものを食うならばそういう感じだろうと思う。私が庭で観察している限り、シジュウカラがメジロの食生活に何らかの関心を払うそぶりは無い。その無関心さは異様ですらある。いうまでもなく、メジロのほうもシジュウカラのヒマワリには何ら興味を示さない。鳥は別種の鳥の行動に関心がないというわけではなく、それぞれの食文化が異なっているための無関心さだと思う。生ゴミが捨てられている場所では、カラス、カモメ、トビ、オジロワシなんかが熾烈な勢力争いを繰り広げるのだ。
半原越はナカガワで22分41秒。最初重いギアを使いすぎて、最後の1500mは完全に死んでいた。それにしても1月の半ばにこんなに暖かくていのだろうか。道ばたではハコベやオオイヌノフグリの花が珍しくない。相模川から見る夕日は例年通りちゃんと丹沢大山の左肩に落ちているのだが。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 8'12" 14.6km/h 非計測
区間2 2.0km 9'51" 12.2km/h 非計測
区間3 0.7km 4'38" 09.1km/h 非計測
半原越に行ってきた。ついにシマノのSTIを導入して半原1号に取り付けた。ブレーキレバーで変速するSTIのシステムが鳴り物入りで登場したのはもう10年以上前になるだろうか。高価、重い、壊れそう...という批判的なマニアの声もあったけれど、あっというまにレース界を席巻し、いまやそのシステムを使わないロードレーサーはレースに登場してこない。
私はメカがけっこう好きで裕福なのだけれど、ずっとSTIを使う気はしなかった。どうにもあれは無粋で自分の自転車につけるとかっこわるいと思っていたからだ。しかしながら、現在もっともグレードの低いSORAは格好を捨て機能のみで勝負している。ロボコップのようなデザインで、不細工なところがなにげに風流ですらある。あれなら使ってやってもいいかな?という気になった。シフトダウンをブレーキレバーの耳でやるのも半原1号にあっている。ドロップバーの下をカットしてあるので、下を握ってシフトダウンする必要もないからだ。それに、SORAでラピッドライズ式のXTRがうまく動くのかという興味もあった。
使ってみるとなんの問題もない。シフトアップなんてなんの音もショックもないので変速していないのかと心配になるぐらいだ。しばらく半原1号はこれで行こう。タイムは23分6秒もかかってしまったが、これはSORAが悪いのではなく、昨日の疲れで勝負する気にならなかったからだ。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 09'03" 13.2km/h 65rpm
区間2 2.0km 10'07" 11.9km/h 58rpm
区間3 0.7km 03'55" 10.7km/h 53rpm
近所に立派なアロエの株があり、オレンジ色の花をいっぱいつけている。花の一つ一つは細いラッパ型をしており、あれの受粉はどうなっているものか少し気になっていた。今日、一匹のメジロがアロエの花にくちばしをつっこんで盛んに蜜をあさる仕草をしていた。ちょうど椿のようにメジロがアロエの受粉に一役買っているのだろう。ただし、それでこのへんのアロエに種ができるのかどうか知らない。アロエの種が発芽できるのかどうかもしらない。そもそも、野生のアロエなんてこの地球上のどこに行けばあるのかを知らない。メジロの様子を見ていて、もしかしたらメキシコあたりにアロエの故郷があってハチドリがポリネーターになっているのかもしれないなどと思った。
朝、外に出ると、空には見事な飛行機雲があった。神奈川県の中央部、大和市では飛行機雲はありふれたものだ。発生する条件の整った日であれば絶対に見られる。というのは、ひっきりなしに羽田でジェット機が離発着し、ここは西日本、四国、九州へ向かう航路の真下に当たるからだ。今朝のように全天を横断して幾筋も飛行機雲ができているときは、東から放射状に立ち上がり、西へ放射が収束するような軌跡に見える。つまり平行なのだ。
今朝の飛行機雲はその形が非常に珍しいもので、あえて携帯電話で撮る気になった。両脇に刷毛でこするように細い筋が雲のラインとは直角に伸びている。全体的にはちょうど背骨のような格好になる。中心に1本の軸があり左右に筋をのばすタイプの飛行機雲を見た記憶はない。その成因を考える必要があると思った。
左右への筋は氷の粒だろうが、吹き飛んで風に流されていることは考えにくい。5000m上空で左右に風が吹くなんてことはないだろう。ましてや東西方向の風ではないだろう。雲の厚み自体はなさそうだから、上空は無風でしかも上下の対流も起きていないのかも知れない。それで平たく左右に、まるで和紙にインクがしみこんでいくように雲が発達しているのだろうか。
折しも、数機の白い機体の定期便が西に向かっていたが、すでに飛行機雲はできていなかった。どうやら、空に描かれているものは早朝に作られたものらしい。すでに気象条件が変化して飛行機雲が作られなくなっているのか、それとも、飛行機雲ができている高度が極めて限定されているのか。通勤の足を止めて観察する時間はなかった。
あわてて不二家の商品を買いだめに走ったのはいうまでもない。といっても、ミルキーだけだ。私は商業に極めて無知で、不二家が洋菓子なるものを製造販売していることを知らなかった。その製造工程でのインチキが明るみになり製造自粛、販売拒否で不二家の洋菓子が出回らなくなっているそうだ。そのあおりでミルキーもなくなっているそうだが、それは消費者の買いだめが原因ではなく、もののついでで小売店が置かないようにしているということだ。かえって売れると思うのだが群集心理が働いた便乗型のいじめというやつだろうか。
私が不二家の製品と意識して食べたことがあるのは、その有名なミルキー、そしてト音記号と花びらを組み合わせたような意味不明のマークのある黄色い箱のLOOKというこれまた当時(10歳ぐらい)には名前の意味が不明だったチョコレートだけである。その2種までがどういうわけだか店頭から消えつつある。LOOKはうまいものではないので、なくなってもかまわないが、ミルキーは残っておいて欲しい。女房が時々買ってくるから年平均1回ぐらいは食べており、まわりの女の子にもミルキーファンが多い。ここは一つ買いだめをしておいて得点を稼ぐチャンスである。
ところで、不二家にはポコちゃんという男型のマスコットもいたはずだが、今回の騒動でもいっこうに顔を見ない。ずいぶん昔に引退したのだろうか。ペコちゃんポコちゃんについては35年ほど前に出回った小話がある。ペコちゃんが風呂に入っていると、そこにポコちゃんがやってきた。その姿をペコちゃんに見咎められ、彼女がひとこと言った。見る気ぃ〜。というようなやつだった。シチュエーションが特殊で切り出すタイミングが難しいから繰り返して耳にするような小話でもない。もはや記憶する人も少ないだろう。
なにやら芋虫のような体型の猫が歩いていると思ったら、タヌキだった。深夜に帰宅するときのことである。今、このあたりはタヌキに過ごしやすい所なのだろうか。入り組んだ住宅地であり、幸いにして自動車による轢死体は少ない。ただ、彼らの生態からすると、徘徊しながら落ちているエサをあさって食っているはずだ。ミミズを掘るところも少なくなり、柿の木なんかもない。おそらく人からエサをもらって生きながらえているのだろう。性格上、堂々とそういうことをするのは苦手そうだから、少し気の毒だ。
現在24時であるが、先ほどから盛んにカエルが鳴いている。「ココココ」と4音鳴いて、10秒程度休むのが基本の型だ。場所は家の庭である。おそらく、夏から住み着いていたアカガエルがうまく生き延びて繁殖期を迎えたのだろう。今年は冬が遅く今でも気温が高い。この部屋の温度計が10℃をさしているので、庭も大差ない気温なのだと思う。しかも、今日は一日中小雨。アカガエルがまどろみをやぶり産卵する条件は整っている。
庭で何かが鳴いていることは、去年の11月から暮れにかけてわが家で噂になっていた。一番最初に聞いたのが次男で、カエルだと言い張っていたが、鳴き方が断片的でなかなか確認ができなかった。鳴くのはカエルぐらいしかありえないのだが、12月からカエルが鳴くのはいくらなんでも早すぎると思った。それが、今日はずっと鳴き続けているので、彼としては自説を証明するチャンスの到来だった。先ほどこの二階にまで知らせにきて、二人で「たしかにカエルだ」と確認した次第である。
そこで次なる問題は彼の声が彼女に届くのかどうか、ということになる。わが家で確認できているアカガエルは1匹だけだから、いくら産卵環境が整っても卵は産めない。さて、近くに腹をふくらませたメスが息を潜めているのかどうか。いなければちょっと気の毒だ。
小鳥たちの食に対する切実さはわれわれの想像を絶していると思う。軽量小型で無駄をはぶいた極めて優秀な筋肉を持ち、食べ続けながら飛び続けるのが彼らの宿命だ。24時間の絶食は死に直結することだろう。食える可能性はどん欲に追求するだろう。それなのに、シジュウカラはメジロの食生活を無視する。それが解せない。
シジュウカラがひとまねのできない馬鹿鳥というわけではない。どこかの外国で牛乳瓶のふたを開け、中の牛乳を飲む文化を獲得したのはたぶんシジュウカラの類だったと思う。あれは、1匹のシジュウカラがたまたま運良く発見したことを他の個体が模倣し、一気に同地域に波及したのだろうと思う。このあたりにも、窓ガラスをたたくシジュウカラがいる。どこか近所の家庭でシジュウカラにエサを与えており、そこではエサがないとガラス窓をたたいて家人に合図を送ると、家人がエサを台にセットするような、そういう習慣がついた群れだろう。奴らはじゅうぶん賢い。冬期にシジュウカラ類が混群と呼ばれる小さなグループを作って動き回っているのは、エサの発見と食べ方の文化の継承ができることが主たる理由でないかと思う。彼らはお互いに相手の行動を観察し合いながら、必死でエサを探しているのだ。
その模倣がどれだけの間で成立するかが私がかかえている問題だ。同じシジュウカラの間ではどうか。親子限定なのか、それとも成鳥の間でも起きるのか。混群をつくるシジュウカラとコガラの間ではどうか。たまたま鉢合わせるだけの間柄のシジュウカラとスズメの間でもあるのか。ヒガラとハシブトガラのように極めてよく似ている鳥の間ですら、ヒマワリの種の割り方が異なっていたりして興味深い。そして、模倣によってどれだけ新規のエサを開発できるかだ。
人間にとって模倣は朝飯前だから、ほかの動物もひとまねするだろうなどと無批判に考えてはだめだ。近年、都市では梅や桜の花を食べるスズメが目につくようになってきた。その行動の広がりがめざましく、スズメがメジロやヒヨドリを模倣しているのだといった学者もいた。つまり、花に顔をつっこんで蜜をすうメジロやヒヨドリの様子を見て、エサのありかを知ったものの、蜜を吸うという行動ができないから、自分流に花の付け根を食いちぎって蜜を絞り出して飲むのだ、ということだ。
私はその仮説を人間的な考え方にとらわれたための誤解だと退けている。あのスズメの行動は秋のはじまりに稲穂を食害するのと同じものだと私は思う。蜜に引かれたものではなく、桜の花で将来種になるコアの部分を吸っているのだ。もし、メジロの模倣で蜜目当ての行動であるならば、スズメの体の構造でも蜜を飲むことはたやすいと思う。スズメが液体を飲めないわけではなく、ミカンだって食うのだから。
シジュウカラがミカンを食べないのは、食べ物だと感じないからだ。臭い味が悪く食品とみなさないからだ。これは気持ちの問題ではなく体の問題と言って良いだろう。臭いは食品と体の化学反応である。臭いの善し悪しはその化学反応の結果である。化学反応がたよりのシジュウカラは極度の唯物主義者なのだ。
私は唯物主義者とはいえ、人間だから、シジュウカラに比べ柔軟な心を持っている。だから他人が何か見知らぬものを食べているところを見るだけで「うまそうだな」と感じることができる。テレビで見た、エスキモーの少女がアザラシの生のはらわたを手づかみで食っているシーンがうまそうだった。アフリカのおやじが牛の生血を飲んでいるシーンもうまそうである。その共感力がなければ、絶対に他人の食べている未知の物を試食しようなどという気は起きないだろう。それはきっとシジュウカラに備わっていない心の機能だ。
人間以外のものが食べているものもうまいのではないかと想像することすらできる。4月のクヌギは透明感のある薄緑色の葉をぴんぴん伸ばす。ヤママユガの幼虫はその新緑の化身といえるような、緑のギザギザの体を持っている。そして、夜も昼も一心不乱にクヌギの葉を食べる。その食べっぷりは見ていて気持ちがよい。何匹も飼っていると葉の補充がたいへんなのだが、その食べっぷりは苦労を忘れさせる。ある日、「もしや、クヌギは人間が食ってもうまいのではないか」と思いついた。ご存じのようにクヌギの臭いは決して悪いものではない。それに開いたばかりの葉は柔らかそうだ。まずは生で試してみるべきだろうと、一枚取って齧ってみた。残念ながら、それは苦く、極めて堅くぱさぱさし、いくら噛んでも決して飲み込めるような代物ではなかったのである。
シジュウカラは自分たちが食べるべき「植物の種」というものはどのようなものか、どこにあって、どんな形状のものかを知って生まれてくるのだろう。その臭いも味が心地よいということを知っているだけでなく、その姿も知っているに違いない。ムクゲの種とヒマワリの種はずいぶん姿が違うのに、シジュウカラにはそれと理解できる共通のサインがあるのだ。そして彼らはためらわずその固い殻を破って中身をついばむ。
人間も食品に対してアプリオリな嗜好性を持っている。糖類一般が甘いのは、何百万年ものあいだ人間が糖類を含むものを主食としてきたことを物語る。未知の果物であっても一般に甘ければ食べられるものだ。酸っぱかったり苦かったりすると食品には適さない。それは唯物主義者としての食品に対する態度だ。
人間は生まれつき嗜好するものだけでなくありとあらゆる物を食う。炭水化物やタンパク質であれば、そのもの自体の味が嗜好に合わなくても味付けして食べる。シジュウカラにはできないその手の芸当ができることの基礎には、臭いや味で直接確かめることなく、間接的に心で物を味わい、うまそうまずそうということを想像することができるからだ。その能力がなければ文化は発達しない。
餅はうまいが自然界にはなく、人間が加工して作らねばならない。その加工方法はいちいち始めから創意工夫して編み出されるものではない。餅は餅自体によって伝承されるだけではなく、文化によって伝承される。餅は食べれば消滅する。食べなくてもいつかは黴びて餅ではなくなる。餅というものがどのような物か、直接人から人へ作り方とともに伝えられる場合もあるけれど、絵に描いた餅とその製法によって唯心論的にも伝えられる。餅を食べたことがない人にも絵に描いた餅、餅をついて食べている人達のVTR、餅のレシピが渡れば、早晩、新天地で餅が食べられることになるだろう。絵に描いた餅は食えないというけれど、絵に描いた餅がなければ、きっと餅が滅びてしまう。人間は餅がどんなものかを知って生まれてくる生物ではない。餅は母乳ではないのだから。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 08'42" 13.8km/h 80rpm(推定)
区間2 2.0km 10'14" 11.7km/h 75rpm(推定)
区間3 0.7km 04'09" 10.1km/h 71rpm
春の陽気に半原1号を引っ張り出して半原越に行ってきた。しばらく走っていないので調子はイマイチだなと思う。清川村のコンビニが気になった。昨日、携帯電話をワンセグのものに変えて、edyも利用できるようになったので、使える店をネットで検索したところ、サイクリングコースにある清川村煤ケ谷のコンビニが使えると出ていた。なんと神奈川にたった8つしかないedy対応コンビニの1つを私が使ったことがあるらしいのだ。今日、そばを通過しながら横目で見ると、確かに店のガラスにはedyが使えるというシールが貼ってあった。携帯電話を持って走ることはないのだが今度持ってこようかと思った。今日コーラを買った店は山田商店だったが。
半原越はどこまで80rpmを維持できるかにトライした。当然、ギアは前が24、後ろが12〜21という軽い物を用意している。緩い坂は重いギアで 80rpm、きつい坂は軽いギアで80rpm。3.5kmの南端コーナー手前まではなんとかいけたが、そこから1キロあまりは24×21Tで70rpmがやっとだった。それでも70rpmを維持してシッティングで回しきったのだからたいしたものだ。半原越に来始めたころ、等倍ギアでも60rpmいかなくて愕然とした覚えがある。
10%越えの区間は等倍ぐらいの軽いギアにしても80回まわすと非常にこたえるが、それに耐えられないようでは優れた自転車乗りとはいえない。私の場合はいえなくてもかまやしないんだが。
日が長くなり、4時頃に帰宅しても庭の観察ができる。庭に出て雑草や鳥の様子を見ていると、隣の梅の花びらがぱらぱら散っている。散らかしているのはシジュウカラであった。まさか、梅の蜜を飲んでいるのか? はたまた子房あたりを食っているのか? 大事件の予感がする。
ヒトが鳥よりえらいところがあるとすれば、それは餅の絵が描けることにある。餅そのものと、絵に描いた餅と、個々人とその三者が人の世界を作っている。餅自体に次の餅を生み出す力はない。人だけでは餅を発明するには何千年もかかるだろう。ましてや、餅の絵単独では青カビの食い物にもならない。ある個人が餅の絵を見てうまそうと思える能力が文化あるいは芸術とよばれるものを牽引する。
シジュウカラは餅の絵を解釈できず、心から心へ文化を伝えることができない。窓ガラスをノックしてエサをゲットする文化はかなり高度であるが、それは、即物的に鳥から鳥へ伝えられる。その程度の共感力は彼らももっている。ある鳥が窓をたたき、エサをもらえ、それを見た他の鳥がまねしてうまくいけば伝わるだろう。この神奈川の住宅地の住人がほんの数年きまぐれに、シジュウカラが窓をたたいても無視しつづければ途絶えてしまう。
また、これが大事なことなのだが、文化の運搬ができるのは個人に限られる。それは文化が畢竟心の問題であるからだ。ひとりひとりがこの世に生まれて感じ学んだことを離れて文化を支えるものはない。「人は何のために生きるのか」「人の生きる意味とは何か」という問いの答えは、文化を学び次世代に伝えることにある。どんな立派な餅があり、どんな立派な餅の絵があっても、それらが個人にどう解釈されるかで、餅も画餅も値打ちが変わる。たいていの人間はとくだんの才能もなく、人を楽しませることもできず、いなくたって誰もこまらない。だけど、ヒトという種が創造している文化とは、そういう個々人の心の総体以上でも以下でもない。
私は歌舞伎を見たことがないし、そんなものはないほうがよいと思っている。かといって積極的に滅ぼそうとも思わない。こういう私は歌舞伎という文化の創造に関わっていないかというと厳密にはそうでない。この地球上で60億の人間が歌舞伎なんて関係ないと思い、1000人ぐらいが、歌舞伎をなんとかしようとしている。そんな集合的雰囲気こそが、歌舞伎という文化である。けっして演者や学者たちだけが歌舞伎の文化を支えているわけではない。個人が生まれ育つたびに人間の文化は変わっていく。ニジェールで放牧を営み、日本国の存在すら知らないおじょうさんも歌舞伎文化のすみっこを担っている。彼女がいるといないとで地球上の歌舞伎文化がほんのちょっと変質するのだ。
庭でカエルが鳴いている。冗談のように暖かい雨がしょうしょうと降り、今日鳴かないでいつ鳴くのかと言わんばかりに、ココココ、ココココと鳴いている。これまでに聞いているよりも黙っている時間がずっと短い。
このカエルについては先日次男がついにその姿をみつけ、私も見てアカガエルであることが確認できている。どうやら夏から居ついている個体に間違いないようだ。ざんねんながら他の個体は影も形も見えず繁殖できるチャンスは極めて小さい。それどころか、すでに彼の声の届く範囲では仲間は絶滅しているのかもしれない。
ところで、やつは自分が鳴く理由を自覚しているのかということが私の疑問である。2月の暖かい雨が降っている夜なのだから立派なオスガエルとしては鳴かないわけには行くまい。思わず歌もでる気持ちの良い日のはずだ。しかも歌えばもっと気持ちよく、夜明けまで歌い続けるだろう。
一方、私は彼の鳴く理由がわかっている。その声に引かれて恋人がやってくるのだ。彼女はえもいわれぬ暖かく優しい声に引かれて彼の元にやってくる。そして自分が生きてきたことの意味を知り、浅い水たまりで産卵することになる。というように、(間違いかも知れないが)私は彼らの行為の意味を理解している。もっとも私はどんなにその意味、目的を知っていてもその行為を代行することはできず、彼らは無自覚であっても必要な全行為をまっとうすることができる。
人間であってもその根本を支えるのは無自覚な行為だ。たとえば子どもを持ちたいという願いは心の奥から勝手に湧き出てくるものではない。女であることを知り、異性を知り、恋を知り、愛を知り、性を知り、妊娠を知るという順序があって真に子どもを持ちたいという衝動を感じるものだ。前半をすっ飛ばして妊娠するだけでもよいかもしれない。そういう大切な衝動は社会だの文化だのを待つ必要がない。ただし、ヒトの場合、子育てはカエルや昆虫に比べると格段にややこしく、まるでそれを見越しているかのように極めて複雑な配偶行動を持っている。
今日も湿度が高く暖かい。すでにスイレン鉢のメダカは泥の中から出て泳ぎ始めている。日中に庭のカエルはどうしているのかと探し回ったが、ついに見つからなかった。たまたまスイレン鉢に飛び込んでいれば見つかるものの、落ち葉かなにかの下に潜っているときは気配を感じることができない。日が落ちるとすぐにカエルは鳴き始める。彼が自分の鳴く理由を自覚するのはメスに出会ったときだ。図鑑によると、アカガエルの産卵期はとても短いものだという。準備には何週間かかけても、いざ産卵をすませばすぐに再冬眠し、5月頃まで息をひそめているのだそうだ。この季節だとエサをとるのも難しいから、毎日のように隠れ家から出入りをしてココココと鳴き続けるのは身体への負荷も大きいことだろう。こいつはいつまで鳴き続けるのだろう。
本来動物は自分の行動の意味など知らなくても良いはずである。もし私のアカガエルが、冬の雨の夜に鳴いている理由を、「メスを呼び交尾をして自分の子孫を繁栄させるため」などと自覚してしまったらもう破滅だ。その時点から彼にはありとあらゆる不幸が押し寄せてくるだろう。
もう1か月以上も鳴いているのに、ちっともメスが来ない。
メスどころかオスも来ない。
もしかしたら、この水たまりは産卵に不適なのではないか?
もっと良い産卵場所があって
みんなはそこに集まっているんじゃないだろうか。
第一、
この水たまりでは私の子どもたちがすくすく育つ保証がない。
とりあえず、他の水たまりを探すべきだろう。
以上のような結論になるのは自明である。そうして彼がこの神奈川の住宅地で、よりよい水たまりを探してさまようならば、数日後にぺしゃんこになった蛙の死体がアスファルトで発見されるだろう。または、どこかの塀の下に蛙のひからびた死体が横たわるか、蛙を食ってちょっと腹がふくれたカラスかタヌキが見つかることだろう。自然の山野でもその状況はあまり変わらないかもしれない。アカガエルの移動能力、探索力、視野からすれば、直感が教える産卵に適当な水場があればそこで待ち続け、静かな雨の夜に澄んだ声で鳴き続けるのが、おそらくは最適な方法である。彼は自分の目的を知らないからこそ、この貧相な庭に12月から居座って鳴き続けられるのだ。
洞察力をもって行動するには人間のようなフレキシブルに動き、多様な情報を収集できる体が必要である。身の丈に応じた洞察力は当面生き残るにはたいへん役に立つ。事実、この地球上でヒトは圧倒的な存在感を示している。ただ、洞察力を持つことも進化の試行錯誤の一結果にすぎないことは、人間以外の動植物がけっこうそれなりにやっていることでわかる。それどころか洞察力こそが動物進化にかけられた最も悪質な罠かもしれないのだ。
蛙やタヌキを出し抜いて生き残る能力としての洞察力は副作用を伴っている。不安と後悔と希望の出自は未来の予見である。冬の雨が気持ちよくて鳴いている。鳴くことが気持ちよくて鳴き続ける。そうすれば、芋づる式に春になると子どもがすくすく育っている。なんてことはもう人間にはない。長い目で観察すれば大差ないのかもしれないが、ひとりひとりは常にありもせぬことに不安を感じ、悔いてあせって生きている。裏返して言えば、豊かな未来を信じて日々切磋琢磨し充実している。どっちで表現しても唯心論的または唯物論的には同じことだ。キリスト教では知恵の実を食ったといわれ、仏教では煩悩といわれる。無明というのはちょっと違う概念だ。無明にとらわれているのは蛙。無明は人間も動かしている。
ついにフライトデッキの投入に踏み込んだ。試しに使ってみたSORAのSTIレバーがたいへん良いものだったので、本格的なSTIデビューを決心したのだ。といっても、新品の競技用STIレバーはたいへん高価なので、数年前の105という廉価版の9段式のものを中古で買った。それでも1万円ぐらいする。ブレーキレバーとシフトレバーをあわせて買ったと思えば、妥当な線か。STIにしたいのは、ブレーキレバーで変速できることよりも、フライトデッキというサイクルコンピューターを使ってみたかったからだ。
サイクルコンピューターは速度またはケイデンスを計る機械で、両方がいっぺんにできるキャットアイの無線式最高級品は高機能だが電池を食いすぎ不安定。1年使って捨てた。キャットアイの初期のケイデンス計は極めて安定したよい機械であるけれど、速度とケイデンスをいっしょに表示できないという弱点がある。という次第で、ケイデンスを計りたいときは、速度計とは別に、ケイデンス専用に旧型のキャットアイをつける必要があった。ハンドルバーに2個のコンピュータをつけるのもいまいち風流ではない。
フライトデッキにすればそういう面倒は一気に解決するはずだった。しかも、私の買った105のSTIレバーは旧式で、右レバーに2個のボタンがつき、有線式で速度を拾う仕様のものだ。有線式というのは大事なポイントで、計測は安定し電池切れも故障も1か所を疑えば済む。また、心拍計と混信する心配もない。ただし、私の105にあうSC-6500という有線式のブラケットセンサーは、すでに製造中止になっているらしく、なかなか見あたらなかった。しかもフライトデッキはモデルチェンジが頻繁で、その説明も極めて不親切だ。あえて旧式のものを欲しがると思わぬ苦労をする。「ユーザーは黙って最新式のものをひと揃い用意しろ」というのがSTIの思想なので、それを使いたければシマノに文句は言えない。結局、二子玉川のサイクルフォーラムSUDAがインターネットで投げ売り特価!しているのを見つけ、そんなに安くはないものの、本体と合わせて5000円で買った。おどろいたのは本体がST-6500ではなく、ST-6501がついてきたことだ。ST-6501とSC-6500がマッチするのはうれしい誤算だ。おそらくST-6501のほうがST-6500より高機能だと思う。
フライトデッキはギア比とタイヤ周長、ホイールの回転数から計算して、速度とケイデンスを表示する。ケイデンスは本来はクランクの回転で直接はかるものだが、フライトデッキはギア歯数をデータとしてもてるので、ホイールのピッチから計算できる。これまでは帰宅してからMacintosh にやらせていることをリアルタイムにできるのだからうれしい。試しに、キャットアイのケイデンス計もいっしょにつけて合わせて見たが、ごくまれにギアが変わっていることを認識できずに誤った数値を出すもののおおむね良好であった。その他にも、ブレーキレバーブラケットのボタンで操作できるストップウォッチもあり、私が半原越で遊ぶためには必要にしてじゅうぶんである。
神奈川県の自転車乗りとして、一度もヤビツ峠を秦野側から登ったことがないというのは、ちょっとまずいんじゃないか、という気はしていたが、どうにも決心がつかなかった。あそこはほとんど地獄である。一度、俗に言う裏ヤビツから登って、表ヤビツに下ったことはあるが「もう二度と来るもんか」というのが正直な感想だ。上の方は許すとしても、蓑毛のバス停から下はもうだめだ。自動車の多い急な下りで、しかもセンターラインには鉄製のぼつぼつがついている。死ねといわんばかりだ。しかも、アプローチはニイヨンロクを使わなければならないとなると、近づく気がしない。
ところが、『林道浅間山線』を使うと、丹沢大山の南に延びる尾根をまいて蓑毛のバス停に出ることがわかった。浅間山林道の登り口の近所は何回か迷ってうろうろした覚えがある。であれば、自宅から蓑毛のバス停まで、うまいルートを取ればほとんど自動車にも信号機にも悩まされずに行けるはずだ。難所は「森の里団地」という奇妙な住宅の集合体で、あそこさえうまく避ければきっと快適だ。念のため、航空写真と地図をじっくり見て、距離や交差点を頭にたたき込んだ。
というわけで、今日、浅間山線を走ってきた。実に快適な山道だった。自転車で走るために特別に整備したのかと誤解するほど舗装が良い。落石もないから、半原越のように命の危険とパンクにびくびくすることもない。雰囲気は夜昼峠の大洲側に似たところがある。惜しむらくは、コース全域に檜と杉が植林されており、山の美しさという点で物足りない。
登り口で自転車乗りにあって「ときどき車が来るから気をつけてね」と注意された。はて、一般道なのだから、車も来るだろう。なにが危険なんだ? と、若干不審に思いながら登っていく。車も極めて少ない。というか、1台も来なかった。半原越のように水くみ場がないのが幸いしているのだろう。あそこも、水くみ場さえなければ誰も行かないだろうに。
ところが、ついに私は身の毛もよだつ光景を目の当たりにした。谷に乗用車が落ちているのだ。シルビアか何かのスポーツ車で、明らかに林業には使わないものだ。20mほど落ちたところで樹木に引っかかっている。コーナーの谷側だから、オーバースピードでコースアウトしても滅多なことではあっちには落ちない。普通は斜面に乗り上げてひっくり返るぐらいだ。それなのにガードレールもあるところで、谷に落ちるということは、ものすごいスピードで思いっきりジャンプしてつっこんだのだろう。イニシャルDっぽい遊びの末路だ。そんなものに来られた日にはこっちはたまったもんじゃない。日中はやらんと思うが万一のことがある。幸い静かな山道だから、排気音が聞こえたら迷わず逃げようと決意した。
先週、良い感触を得て今日もヤビツ峠へ向かった。ヤビツ峠の上まで行って往復するとちょうど100kmになる。もう3月、じゅうぶん日は長く、100kmなら昼に出発しても足下が明るいうちに帰ってこられる。
前回の探索で、森の里団地を通過しないのは無理だということがわかった。南の方に逃げようとしても、そこは新興住宅地で、旧来の道が幹線になってしまっている。狭い道にやたらと自動車が多い。それを避けようとすれば迷うだけでどうしようもない。北の方は、清川村のゴルフ場をつっきる道。広くてぺろんとしている登り下りで、私がもっとも風流ではないと感じる道路だから通りたくない。結局、これまでも使っていた巨大な墓場のそばの田舎道をバンと上って、森の里団地の端っこを通って、一度谷に降りて浄水場に登って行くルートがもっとも気分がよさそうだ。
順調に蓑毛のバス停に到着して、先週と同じように自販機で120円の飲み物を買った。天気予報では晴れだったが、それは外れると思っていた。どう考えても晴れる要素はなかった。峠は小雨の可能性もあったので、冬用の手袋をはめ、女房が20年前に使っていたヤッケも着てきた。ところが気温が高くて、ちょっとした登りでも汗をかくので、手袋を外してヤッケを脱いで腰に巻いた。寒いのはつらいので、気象条件で迷ったときはもっとも寒い場合に合わせておけばよい。脱ぐことはできるがないものは着れない。前回はこの冬一番の冷え込みとかで、下りで足先が冷えて痛くなったしまったので、つま先を覆うシューズカバーもつけてきた。このカバーと指先まではいる手袋は今年になってはじめて投入したものだ。ずっと気温が高くて、いまひとつその効果を実感できずにいた。
ヤビツ峠は意外にも交通量が少ない。ひまをもてあます貧乏な人達が車に乗ってレジャーに来そうなものだが、冬期はキャンプや釣り堀もなく寄りつかないのだろうか。まだ3月の始めで、自転車も酔狂な者しか来ない。噂通り、蓑毛のバス停から上は緩くてだらだらした登りなので、アウター(ただし36T)を使って70〜80rpmの時速15kmぐらいですいすい走る。だらだらだらだら登るのでいいかげん飽きる。距離はたしか8kmぐらいのはずなのだが、10kmにも20kmにも感じる。半原越の4700m以上の長い登りを走ったことがないからか。表ヤビツは勝手TTのメッカで、12kmを40分とか35分!とか、ずいぶん威勢がいいのだが、それはちょっとやめとこうと思った。私なら1時間かかるだろう。
ヤビツ峠は標高が760mもある。頂上は霧で風もすこしあった。下りも長く、毛糸帽子と手袋とヤッケとシューズカバーの恩恵をじゅうぶんに感じることができた。指、つま先、耳が冷えてもげそうになると、自転車が嫌いになる。今日のコースは標高、距離で考えれば八幡浜の金山(郷の峠)コースに匹敵する。松尾→古谷→高野地→大平→日土→郷の峠→下須戒→平野→夜昼峠→松尾。ヤビツ峠に色気はないが、走ったなあという満足感は得られる。とにかくたくさん走りたいときに重宝なコースだ。
そろそろスイレン鉢や衣装ケースのそうじもしなきゃなと、庭に出た。冬の間にどちらの池も藻がはびこってかなり見てくれが悪くなっている。これから水温が上がりメダカが泳ぐのにじゃまになる枯れた水草を撤去して、藻をすくいとる必要がある。スイレン鉢をのぞきこむと、すばやく動くものがいた。今日の陽気でずいぶん活発にメダカが泳ぎ始めているのだ。今年は越冬も楽だったろう。水面にたくさん浮いている花びらや枯れ葉を網ですくった。
さて、衣装ケースのほうはと、目を転じて、驚いた。大きな蛙が浮いているのだ。ちょくちょくやってきているヒキガエルらしい。オレンジ色の細身のやつだ。産卵場所をこの衣装ケースに決めたのか。アカガエルのほうはこちらの衣装ケースではなく、もっぱらスイレン鉢で鳴いている。ヒキガエルだとスイレン鉢には跳び乗れないだろう。念のためにその辺をうかがうと、もう1匹、ヒキガエルがいた。黒っぽい個体で腹がまるくふくらんでいるから、卵を持ったメスかもしれない。ということは、うまくすると庭の衣装ケースでヒキガエルが産卵するかもしれない。
昼からは春の陽気に誘われて自転車に乗ってきた。がんがん乗るよりもゆるゆる乗って新しい道を見つけようと思った。荻野川から小鮎川に出るところでもっと気のきいた道があればよい。気温は20℃ほどもありそうで、田んぼの脇は早春の花盛りだ。モンシロチョウやキチョウも舞い、テントウムシも歩いている。携帯電話で少しばかり花を撮ってみたが、満足できるものは一つもなかった。使い慣れていないこともあるが、携帯電話のカメラで1cmの花の接写はちょっと無謀か。
どういう気象条件でそうなったものか、わが家の上空を厚い雲が覆っていた。気象庁のレーダー画像で確認してみると、丹沢の中央部から町田にかけて、雲の帯が細長く伸びているのがわかる。ちょうど私の家はその雲の下になり、北の方20kmほど先は青空に白い雲が浮かんでいる。東京の多摩地区はすっきり晴れているのだ。
今日は朝から鳥たちの動きが活発だった。シジュウカラが追いかけっこをしたり、ツグミ、ヒヨドリ、オナガ、ムクドリが入れ替わり立ち替わり桜の木にやってくる。ムクゲにムクドリがとまるのを初めて見た。そばにはキジバトもいる。このところ、キジバトはいつも庭にいる。ムクドリもキジバトもしきりに下の方を気にしている。窓からは見えないが下には数羽のシジュウカラがいるはずだ。地面に落ちているヒマワリの種を拾っているのだ。キジバトたちもシジュウカラがおいしそうなものを食べているのが気になってしようがないのだが、さてキジバトはヒマワリが食べられるのだろうか。やつらも種食いの鳥だが、ヒマワリの殻は固くて厚い。豆のように丸呑みするわけにはいかないように思う。
さて、午後2時をすぎると、雲行きがいよいよ怪しくなった。雲底がもこもこと垂れ下がり、不完全ながら乳房雲の様相を呈してきた。乳房雲の消長は早いので空から目が離せない。最もそれらしい形の雲を探して家の中を西から北へ行ったり来たりだ。そして2時30分、あられが降ってきた。「なかなか降らないけれど降れば土砂降り」というのが乳房雲からの雨の特徴だという。あられが落ちると、それまで7、8羽はいたシジュウカラは一斉に雨宿りで姿を消した。雨は苦にしない彼らもあられは苦手らしい。
あられは10分ほどで雨に変わり、雨もすぐにやんで夕方には快晴になった。乾ききらない道路に出て1時間ほど自転車に乗った。
平成教育委員会というテレビ番組に出された算数の問題で、解説ミスがあったような気がするので指摘したい。平成教育委員会というのは、スタジオで大勢のタレントが中学校入試程度の問題を解き、彼らのリアクションを楽しむ娯楽番組である。神奈川県では日曜夜の放送で、わが家の子どもたちも楽しみにしているらしく時々見る。左の図は今日出題があった算数の問題。長方形を図のように面積が等しい4つの部分に切断したとき、Xの長さは何センチメートルか? という問題だ。
小学生用の簡単な問題なので普通の大人は15秒で解けると思う。スタジオゲストも過半数が正解している。とくに面白くもない問題だから解いたあとは気しないで、皿にのったタラの骨をとることに集中していた。ところが、「三角形が合わさった図形は正方形だ」という解説があったように聞こえたから、ちょっと気になった。まじめに聞いてなかったので私の聞き間違いかもしれないが、もし正方形と言ったならば解説のミスである。
この問題ではたまたまその図形は正方形であるが、それは図から自明なものではなく、問題を解くのに必要な条件でもないから無視すべきである。実際には、Y:Z=1:2 であることさえ気づけば、難なく解ける。それが「正方形」になるときの条件を求める問題はもうちょっとハイレベル。とりあえず、「正方形」というのが私の聞き間違いなら謝る。
今日は春分。1年のはじまりの日だから、池の掃除をした。冬の間、水草の成長は悪く、貝類の活動も少なく、藻がはびこり放題になっている。みてくれもわるく、水草や魚にもよい影響はなさそうなので、できるかぎり撤去した。まだまだ水は指を切るように冷たい。
午後からは半原越。半原1号をタイムトライアル仕様に戻して試運転。半原越は早春の木の花が盛りで地味ながらも美しい。コースも体も自転車も良い感じ。今までの仕様でもっとも走れそうな予感がある。時計は20分56秒。TTをする気はなかったが、涼しくて気持ちがよいのでちょっと走ってみたらこのタイム。ギアはかなり重い39×21でチェンジはしなかった。全体的に向かい風だったことも思うとずいぶん良い記録だ。4月にコンディションを上げて、今年も5月〜6月にTTをやろう。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 07'50" 15.3km/h 64rpm
区間2 2.0km 09'15" 13.0km/h 54rpm
区間3 0.7km 03'51" 10.9km/h 51rpm
田園都市線に乗り込んで車内の広告を見ていた。「精霊の守り人」を今朝の通勤で読んでしまって見るものがなくなったのだ。「本気だったら城南予備校」という広告に東大の入学試験で出された数学の問題が書いてあった。
円周率が3.05より大きいことを証明しなさい
たしか、4年ぐらい前に出題され話題になったという記憶がある。そのとき私はそれを解かなかった。解くに値しない愚問だとみなしたからだ。というか、一時問題そのものを「円周率が3より大きいことを証明しなさい」と誤解していたせいもある。ただ、3.1ならともかく、3とか3.05なら3分もあれば暗算で解けるはずだ。この季節にこんな愚問を出して藁にもすがりたい親の気を引こうとする城南予備校のレベルもしれるというものだ。
今日は手持ちぶさたであり、ひとつ解いてみようと思った。頭の中で円を描いて半径を引いて、三平方の定理と相似で解けるはずなのだが、どうにもうまくいかない。何度やっても円周率が3.5ぐらいになってしまう。明らかにまちがいだ。思考がぐるぐる同じところを行ったり来たりしている。かなり焦る。頭の中で描いている図を心の目で追うことができない。冷や汗がでてくる。単純な比の式を分数に直せない。焦燥が絶望になり開き直りで終わった。この数年はどんどん頭が悪くなっていることを自覚しているが、こんな問題ですら紙と鉛筆が必要になるとは。こういうのを「しょんぼり」と表現するのだろう。かつては「がっくし」とも言った。
ハコベの葯がどういうふうに割れるのか去年から気になっている。ちょうど今がその調査の旬にあたり、午前中は庭のハコベに張り付いていた。日陰で春が遅く、たまたま庭で開いているハコベはまだ1つしかない。肉眼では葯は紫の点にしか見えず、地面に寝転がってずっとルーペで見続けるのも苦しい。結局、カメラで数分おきに接写して、パソコンのモニターでチェックして割れ方の想像をすることになる。
この写真には一つヒントがあり、画面一番上の葯が半分だけ割れている。葯は2つの袋が合わさった形をしており、それぞれの袋には割れ目がある。その割れ目にそってそれぞれが裂けるらしい。だが、その後の動きについてはまだ確認できていない。10時頃から11時ごろにかけて写真を撮り続けていたが、葯が割れる課程らしきものが写っているのは、その中でこの1枚だけだった。割れる動きはかなり速いようだ。
午後からはナカガワで半原越。低気圧が発達しながら近づいており、ハコベを撮っていたときにさしていた薄日ももうない。高層雲が降りてきて南風に乗って層積雲も飛んでいる。絵に描いたような温暖前線の接近だ。気象台の天気図やレーダーを見て、午後6時まで降雨はないと判断して出かける。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 08'36" 14.0km/h 70rpm
区間2 2.0km 09'59" 12.0km/h 60rpm
区間3 0.7km 03'29" 12.1km/h 60rpm
やはり春はそわそわして落ち着かず、半原越だけでは飽きたらずに、浅間山林道のほうも回ってこようと思い立った。清川村から回るルートの道を探りながら、浅間山林道の入り口に到着したところで、雨粒が落ちてきた。冷たくはなかったが、けっこう大粒である。思ったよりも低気圧の移動速度が速かったのか。すぐに引き返してもここから40km。あわててどうなるものでもない。雨は好きだが、それも広葉樹の新緑が開ききってからの話だ。幸い、山から下りるのと東に向かうので、雨脚からは逃げることになる。期待はせず、覚悟を決めて平然と走っていくことにした。
午前中、能登半島の沖を震源とする大きな地震があった。そういうときの常として、テレビでは地震が起きたときの手近な映像が繰り返し繰り返し流される。そういう映像のなかで、 NHK富山放送局のお天気カメラが気になった。放送されたのは30秒程度だと思うが、画面を10個ばかりの影が横切るのだ。最初は、木の葉だと思った。ずいぶん風が強いから木の葉も舞うのだと考えたのだ。しかし、何度も見ているうちにどうも怪しくなった。その影の動きが自立して飛んでいる生き物みたいなのだ。
それがもし生き物なら、あの感じはトンボである。フライフィッシュでなければトンボである。トンボであるなら、ああやって群れてビルの屋上付近を飛ぶやつはウスバキトンボ以外にない。季節的に、わずかな可能性を考えてもウスバキトンボしかいない。大半のトンボはいま卵かヤゴだが、ウスバキトンボは成虫もいるのだ。
ただし、いるとはいっても今の季節は沖縄かせいぜい鹿児島だ。富山に到達するのは6月、最盛期は8月のはずだ。いくら暖冬であったとはいえ、3月の富山の空をウスバキトンボが飛び交うなんてことがあるだろうか。この低気圧の強風に乗って九州から飛んできたとしても約500キロを2日ほどで北上したことになる。しかも大きな群れを維持しつつ。そういう仮説はちょっと無理がある。
かといって、木の葉だという説も、それに負けず劣らず無理がある。いまは1年でいちばん風に舞うタイプの木の葉が少ない季節なのだ。おりからの雨で落ち葉はぬれていて飛ばない。いま葉を落としつつあるのはクスやカシなどの常緑樹であるが、そういう葉はあまり飛ばない。しかも富山には少なそうだ。NHK富山放送局のお天気カメラのすぐ横にクスの大木でもあればべつだけど。
午前中は雨も降らず、ときおり薄日が差す天気だった。気温は高くはないが寒いというほどではない。庭に出てハコベの花の観察をし、ようやく葯の開き方を確認することができた。10時ごろから、庭にいくつか咲いているハコベの葯をルーペで見回っていた。ぜんぜん裂けていなかったはずの葯が2回目に見るとすっかり開いたりしていて、その裂ける速さはけっこうなものだと感じていた。午後になってから、うまいぐあいに裂ける途中のものが見つかった。
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13:07
午後1時7分。格好の花が見つかる。ほかの雑草の陰で咲いていた花。普通のハコベよりも二回りほど小さい。2つの袋を合わせたような形の葯の画面右側だけが裂けている。 |
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13:08
見つけてから1分後。もう片方の葯も裂け目にそって裂け、中の花粉が見える。 |
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13:09
見る見るうちに裂け目は広がり、中の花粉がむき出してくる。ルーペを使えば動いていることがはっきり視認できる。 |
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13:13
裂け目はめくれてそり返る感じ。 |
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13:15
10分ほどでほぼ開ききるようだ。 |
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13:23
開いた葯を上から見たところ。このあと、紫色の袋はくしゃっとつぶれてしまうように思われる。 |
まるで蛙のように地面にへばりついて、じっと写真を撮っていると、そばでごそごそ音をたてるものがいた。それは本物の蛙、アマガエルだった。灰色の体をしているけれども、そのアマガエルはよく知っている個体だった。名前はタンゲ。右目がないからすぐにわかった。一夏の間、飼育をしてさまざまな面白い習性を見物させてもらったあと、去年の秋に庭に放したアマガエルだ。放して数日で姿が見えなくって、帰ってくることもあまり期待してなかっただけにたいへんうれしい。よく元気で冬を越したものだ。
ナカガワに乗って半原越。昨日、チェーンが クランクのアウト側に外れた拍子にスポークがディレーラーを巻き込んだ。ディレーラーは粉々に壊れ、リアエンドが曲がってしまった。一瞬青ざめたが、エンドは近所の自転車屋で簡単に直してもらえた。はじめて行く店だが優秀そうなので、ついでに後輪の振れ取りもお願いした。
今年はレンゲが早い。相模川の田んぼはもうかなりレンゲが咲いていいにおいがしている。いたるところでアマガエルが鳴き、雨を予報している。荻野川ではカジカガエルも聞いた。ツバメも多い。富山のビデオ以来、もしやウスバキトンボがいないかと注意しているが、さすがにそれは見ない。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 07'56" 15.1km/h 非計測
区間2 2.0km 09'54" 12.1km/h 非計測
区間3 0.7km 04'06" 10.2km/h 51rpm
半原越のソメイヨシノはほとんど散っていた。今年は3月半ばに天候不順でソメイヨシノの開花がばらばらだった。これからしばらく清川村はアカヤシオの季節が続く。日没後、アマガエルの予報が的中して雨になった。
ハコベの花は何回開くのか? いま話題の桜だと一度開けば開きっぱなしだが、タンポポのように数日にわたって開閉を繰り返す花もある。ハコベは日中に咲いており、夜には必ず閉じているから、1回きりの開花なのか日周運動をしているのか、微妙である。
花開く回数はすでに去年から気になっている。読者の中にも「あれはどうなってるんだ」とやきもきされている人がいるかもしれない。もちろん、去年にもそれなりにマークをつけてやってはみたものの、2回以上開くという証拠がぜんぜん得られなかった。だからといって1回と結論づけるわけにはいかないことは何らかの研究をやったことのある人なら周知のことである。宇宙人がいないことも、幽霊がいないことも、ツチノコがいないことも証明は不可能だ。
ツチノコを引き合いに出す以前に、私は数日にわたって1つのハコベを観察する余裕がない。庭のハコベは私が出勤するときには開いてないものが多く、帰宅はおおむね深夜だから全部閉じている。したがって、マークしたものがたまたま複数回開花の最後のものであった可能性や、もう開かなかったと見逃した花が、そのときはたまたま天気などの関係で開花の条件がそろわなかっただけで、どこかで人知れず咲いたかもしれないのだ。このていたらくであるから、こんな簡単な観察でも10年仕事になってしまうのだ。
1枚目の写真は今年の観察のもの。31日の午後にその日の朝に咲いたばかりであろう花にチタンの針金でマークをつけた。新鮮な花だと決めつけたのは写真にも見えるようにまだ裂けていない葯があるからだ。この花は朝から観察を続け、その葯の開く様子を見たかったのだ。結局、3つの雄しべのうちの1つの葯だけが裂け2つが残った花である。いかにも翌朝には再度開いて全部の葯が裂ける気がする。それで針金でマークをつけた。ちなみに、チタンにしたのは屋外に放置しても錆びないので来年も使えるからだ。
そして、これが翌日、4月1日の写真である。一日中この調子で開く気配もない。このまま閉じたままでいるのか? やっぱりハコベの花は1回しか開かないのか。残念ながら今日も明日も明後日も朝早くにしかチェックできないので、本当のところはわからないのである。
写真は南端コーナー付近からのぞむ今日の半原越。女房と行ってきた。女房は体が弱くほとんど自転車には乗れない。リッチランドに車を置いて、南端コーナーまでの半原越でもっとも緩い1.5kmだけ自転車で行く計画だった。そこからはほとんど押し。乗らないかわりにウグイスを聞いたり、マムシグサを撮影したり、ヒオドシチョウやツマキチョウを見たり、正統派の半原越遊びを満喫した。
さすがに走り足らず、一人で阿夫利林道を走ってきた。浅間山林道から分かれてからがけっこうきれいになる道だった。終点がお寺というのがちょっと興ざめ。息も絶え絶えの半原越のソメイヨシノとタメといえる。
写真は南端コーナーからの登りの半原越。女房に撮ってもらった。一見して太っていると思う。体脂肪率は15%もある48歳の中年おやじなのだから、がりがりのわけはない。しかし、そういう数字は見て見ぬふりをしつつ心の中ではもっと細くしなやかなイメージがあった。ヨーロッパのプロ選手ほどでないにしても、もうちょっと自転車乗りらしい体つきだと思いこんでいたのだ。それは根も葉もない妄想に過ぎないのだが、いつしかそういうことになっていた。こうやって写真にしてみると全身にくまなく贅肉がついてふっくらしている。あと3キロぐらい落としても大丈夫そうだ。
私には、その名が絶対に出てこない樹木がある。ただし、すぐに出てこないだけで必ずその名を思い出す木である。その名をさきほど渋谷駅で電車待ちしているときにふと思い出したのだ。日曜日に半原越に行ったとき、女房から「あの木は何?」と問われた木がそいつであった。そいつは割と早く美しい緑の葉を広げ、この季節はけっこう目立つ。しかも、種を飛ばしたあとの真っ黒に枯れた球果を未練がましく枝にとどめていることで目も引くのだ。その木を目にするたびに「あの木だ」と思うのだが、その名が出てこない。簡単な名前だけどすぐには思い出せない。オオミズアオの食草で湿地を好む木で....というようなことは知っているから調べれば簡単にその名は見つかる。だからといってわざわざ調べることも滅多になく、放っておけばひょっこりと出てくるのだ。今日のように。
その木は「ハンノキ」という。名を知ったのは実に40年も前にさかのぼる。当時、千丈小学校の樹木にはことごとくネームプレートがかけてあった。そのネームプレートのおかげで、モミ、プラタナス、ソテツ、メタセコイヤなどとともに最も早くその名を覚えたのである。ハンノキはプールの千丈川側にたくさん生えていて、プールサイドには枝ごと落ちるあの特徴ある球果がごろごろ転がって踏むと痛かったからハンノキの印象は強かった。
その後もハンノキの名にも木にも接することは多かった。環境関連の書物や報告書には必ず登場する木でもあり、ハンノキと聞けば、各地の実物や写真やイラストなどいくらでも思い起こせるのだ。それなのに、ハンノキを見るたびに、ハンノキを思い起こすたびに、その名を呼ぼうとして名が一度たりとも出てきたことがないのだから不思議なものだ。じつは、半原越のハンノキで名が出てこなかったのは今回がはじめてではない。おそらく10回は下らないだろう。道路でオオミズアオらしい蛾の死体を見たとき、アスファルトでオトシブミを見つけて見上げたとき、看板でミノムシを見つけてその食草を探したとき...その名が出てこなかった場面は次々に出てくる。半原越でもキブシやカツラやヌルデやウツギなど、ずっと年取ってから覚えた植物名が出てこなくて困ったことはないのだが。
たくさん走りたくてヤビツ峠の100kmコースに向かう。春も爛漫で雑木林は新芽のモザイクが美しく、どこにいても蜜の臭いがしてくる。小鮎川から荻野川へ越える道路の脇にある谷戸に作られた田んぼはレンゲの盛りでカエルがうるさいほど鳴いている。3種類いて1つがよくわからない。シュレーゲルアオガエルかヌマガエルか、もしかしたら姿も見えるかもしれないと、自転車を降りて田のあぜ道を歩く。すると水を打ったようにカエルの鳴き声が止む。ミツバチが2種類レンゲに来て、草の間にはおびただしい数のクモやらなんやらの虫がわさわさしている。わが家の庭でもこんなに虫は多くない。カエルもいるはずだ。
5分ほど息を殺していると、カエルが鳴き始める。遠くからはじまって合唱はだんだん近づいてくる。レンゲの田んぼはまもなく耕耘機が入り、レンゲを土にすき込むことになる。まだ水はなく簡単に入っていける。カエルの姿を見たいので、その鳴き声の場所を見極めて歩いて行くけど、当人は飛び出しては来ない。慎重だ。もう一度息を殺して樹木のふりをする。また鳴き始めるが姿は見つからない。本気で調査をすれば見つかるのだろうけど、今日はカエルの日ではない。30分であきらめた。
ヒヨドリが蕎麦屋の店先に植えられているドウダンツツジの白い花を食べていた。ちょうどヒヨドリの一口サイズで、食べやすい花にはちがいない。はて、味はどうなんだろうと一つつまんで食べてみた。期待した蜜の甘さはない。かといって、草の苦さもなく、おしゃれなサラダという感じだ。
土曜ほどではないにしても、日曜も高曇りで暖かい日だった。上流の津久井から自転車に乗って、相模川の左岸を走って帰ることにした。南の向かい風が強くてなかなかしんどい。昭和橋を過ぎて土手道を走っていると、ジーッと長く伸びる虫の声が聞こえてくる。クビキリギスだ。ちょうど春爛漫のこのころ、むっとするぐらい暖かな夜にあいつはよく鳴く。
クビキリギスは昼間でも鳴いていることは珍しくないが、どこででも聞かれるものではない。今年も昭和橋の南の土手でこの声を聞いて、去年も同じ場所で同じような天気のときにクビキリギスを聞いていることを思い出した。改めて思い起こすと、私の30キロほどのサイクリングコースで、クビキリギスを聞く場所はその一か所だけなのだ。
実は今年すでに、自宅の風呂でもクビキリギスを聞いている。こんな貧相な場所にいるということは、どこにでもいる虫ということだ。いればその存在はわかる。その声は非常に高くて大きく騒音のなかでもよく通る。時速60キロで走る急行電車の車内からもはっきりそれとわかる。田園都市線では青葉台の付近で必ず鳴いている場所がある。
いろいろな条件を考えると、もっといろいろなところで聞いても良さそうなものだ。相模川のあの場所だけでなく、荻野川や小鮎川でも聞いていいではないか。どこに卵を産んで、何を食べて、どうやって越冬しているのかは知らないけれど、あれはわが家にも近所にもいるのだ。私に理解可能な範囲ではこの神奈川東部から中央部の一円はクビキリギスの生息に適しているということになる。
だのになぜ、毎年、私のサイクリングでは相模川のあの場所でしか声がしないのだろう。でかい声が象徴するように、彼らには移動を嫌う習性があるのか。それとも、特殊な食料か寄生虫か何か私が気づかない要因で彼らの生息が制限されているのだろうか。
プラケースの池は汚く濁っている。茶緑色となって底はぼんやりとしか見えない。この濁りの原因は植物プランクトンによるものだ。この池も1年ほど放置しているのだから、濁って当然だ。明るい野外に水を放置しているとすぐに植物プランクトンが発生し緑水になる。学校のプールのような巨大な水たまりでも夏場だと底が見えなくなるまで2週間もかからない。いくら掃除してきれいな水道水を入れても、空中を飛び交っている植物プランクトンのタネが落ち、それがあっという間に1億倍1兆倍に増えていくのだ。
一方、スイレン鉢の水は水晶のように澄み切っている。こちらは同じ庭に3年ほど放置しているものだ。去年の秋ごろに、水が薄赤く濁ってきて、いくぶん緊張したが、この春になってそれもなくなった。こちらのほうはまだ緑水になったことがない。
この両者の差にはいろいろ原因が考えられる。直接の原因は、発生する植物プランクトンを食べるやつがどれだけいるかということに尽きるだろう。ただし、遊泳性の動物プランクトンはどちらにもいない。ミジンコなどは速やかにメダカが食ってしまうからだ。そうなると、植物プランクトンを食っているのは、もっともっと小型で付着性のラッパムシみたいなものになるだろう。スイレン鉢には圧倒的に動物プランクトン(泳いでないものをプランクトンとは呼べないかもしれないが)が多いのだ。
ということになると、動物プランクトンの量を左右しているには何かということになる。おそらく土だろうと思う。スイレン鉢のほうはその7割が土である。スイレン鉢を購入したときに大きな土の袋が5袋ほどついてきたのだ。容量からいえば100リットル以上になるだろう。その土はどろどろ状態で、その中に潜む虫がせっせせっせと植物プランクトンを食っているのではないかと思っている。秋に赤く水が濁ったのは、赤いプランクトンを食う虫がまだわいていなかったのだろう。水が濁ったプラケースのほうは、カナダモとスイレンの植木鉢を一つずつ沈めているだけで、土の容量では5リットルに満たないだろう。こっちは、冬のおわりにカナダモの大半を除去したあと緑水がひどくなった。水中の表面積が減って動物プランクトンも少なくなったからかもしれない。ちなみに、次男が冬にもらってきた金魚をバケツで放置飼いしており、それはみごとな緑水になっている。大きな赤い金魚が10センチも潜るとまったく見えなくなってしまうのだ。それには土は全く入っていない。
ようやくわが家の庭も春爛漫である。レンゲが満開になった。といっても1株しかない。数年にわたって1株だけが花をつけている。いつ消えるかわかったものではない。
レンゲといえば、今日もカエルを探してみた。あの谷戸田のレンゲの中で鳴いているカエルだ。今日は畦に腰掛けて、カエルが鳴き始めるのを待って、鳴いている場所をしっかり確認して探すことにした。鳴いている所に腹ばいになって、それこそレンゲをかき分けて根掘り葉掘り探索するのだ。それならば絶対に見つかるだろう。ところが、それでもカエルが見つからないのだ。レンゲに手を入れてもあわてて飛び出してくる気配もない。どうも尋常ではない。
その谷戸田以外にももう1か所、同じ鳴き声のする場所がある。それはきれいな水が流れているクレソンの田んぼだ。当然、カエルは水に浸かってクレソンの間から顔を出して鳴いているものだとばっかり思っていたから、今日、畦に降りて探してみた。やはり見つからなかった。
こうなると、そのカエルはレンゲの草むらの中で鳴いているのではなく、地面の穴にでも潜っているのだと考えるのが自然だ。いまから15年ぐらい前になるが、トンボ学者からカエルが岸の穴ぼこに潜って鳴く金沢の渓流を教えてもらったことがる。あれはモリアオガエルかなにかちょっと珍しい種類だった。小さな狭い穴でかなり奥の方で鳴いており、その姿を見ることはできなかった。いまその姿を見たがっているカエルもそういう習性があるやつなのか。田んぼにはモグラやネズミがあけた穴が無数にあるから、カエルも日中はそういう穴に潜んでいるのかもしれない。
タンゲに引き続き、もう一匹アマガエルが帰ってきた。そのサイズからみて、おそらく飼育していた4匹のうちの1匹だろう。昨夜は庭で鳴いていたアマガエルを次男が確認しているから、これはオスかもしれない。去年、オタマジャクシから育ったものらしい個体は確認できていない。
さて、カエルがやってくるならば、そのエサとして期待されるのはアメリカミズアブである。コンポストにはおびただしい数のウジがわき、それがカエルのよいエサになってきた。冬の間はカエルもおらず、アメリカミズアブもわかないので、しばらくコンポストに野菜くずを入れるのを中止しておいた。そろそろ再開するかと覗いてみると、20センチぐらい土が溜まっている。分解しきれなかったゴミだ。アメリカミズアブはトウモロコシの芯でも何でも速やかに水と二酸化炭素と一握りの土にしてしまう。その活動が止まったのでゴミが溜まったのだと思われた。
そのゴミくずを崩してみると、驚いたことにほとんどがウジの死体であった。その体は腐敗耐性があるのか、分解することもなくウジの色形を保ちつつ堆積している。蛹にもなりきれずに命を落としてしまっているようだ。当初の設計では地面に浅く埋めて、ウジはちょっと下に潜ればプラスチックの壁を越えて外に出て蛹化できるはずだった。実際、付近にはたくさんの脱け殻が転がり、アブも元気に飛び回っていた。それがいつの間にかゴミくずが溜まりすぎてウジが外に出られず蛹化もできずに死んでしまっている。なにしろ相手がウジなので、かってにわくだろうぐらいのつもりで世話を怠ってしまった。豊富なエサがあるから、母親は産卵し生まれた子は順調に育つけれど、いざ蛹になろうとしたときに、適当な生乾きの場所がないのだ。そうなると、歩き回って疲れて自分たちが作ったべちょべちょの不廃物の中で命を落とすしかない。ウジを育てるための装置がいつのまにかトラップになってしまった。
この手の残酷さは人間活動に付随していやというほど目にしている。人はいじめるつもりもなくなにかと虫を虐待しているものだ。かわいそうなことをしてしまった。たかがウジとはいえ、殺す気がなく殺してしまったうしろめたさもある。腐敗臭がもれなかったり、わんわんと飛ぶハエやアブがそれほど目立たなかったりで、コンポストタイプの飼育装置は近所の手前もよいのだが、肝心な虫が死ぬようでは本末転倒だ。装置の設計を考え直そう。
いつの間に終齢になったのかミノウスバの幼虫が駐車場の壁をはっていた。ハルジオンもいつのまにか咲いている。時間の進行がものすごく早い感じがする。
午後からはチネリで半原越。ここのところうまくコンディションを上げることができないので普通に走る。チネリはギアも車体も重くて半原越でTTをやる気にはならない。23分7秒は普通のタイムだ。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 08'56" 13.4km/h 71rpm
区間2 2.0km 10'21" 11.6km/h 61rpm
区間3 0.7km 03'52" 10.9km/h 57rpm
縦型Cレコードのリアディレーラーの調子が悪い。一度、追突されて曲がってから絶好調にはならない。注意してチェックしてみた。下のプーリーにチェーンがずれて入っている。そこでしゃかしゃか音がしている。プライヤーで力任せに曲げておいた。最近のリアディレーラーはちょっとおかしくなると使い物にならないが、こういう20年も前の機材はだましだましでもそれなりに辛抱して使える。
午前中は庭で草や虫の撮影。写真はヘビイチゴ。こういうものを撮るには前玉をはずしたNikonの古くてぼろっちいズームレンズとケンコーの影取りの組み合わせが最高によい。
ヘビイチゴは花も実もかわいいといって女房が移植したものだ。けっこう丈夫で順調にはびこっている。ただ、この庭もだんだん森林化が進んで乾いた明るい場所が少なくなっているから、ヘビイチゴとしてもうかうかはしておれないだろう。ちなみに、ヘビイチゴの実は味も素っ気もない。酸っぱくもなければ甘くもない。水気もなくてすかすかだ。俗に毒だと思われているようだが、毒はない。蛇という名がついているのは蛇がいそうな所に生えるとか、毒があるとかそういう意味ではなく、匍匐するということらしい。
午後からは昨日に引き続きチネリで半原越。昨日にも増してやる気なし。下っているときにキビタキを見る。半原越で声は聞いていたが姿を見たのははじめて。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 09'33" 12.6km/h 66rpm
区間2 2.0km 10'57" 11.0km/h 51rpm
区間3 0.7km 04'28" 09.4km/h 44rpm
今日も例の場所でカエル探しに挑戦。やはり見つからず。ほんとうに地面の下で鳴いているのだろうか。昔、ケラの鳴き声をミミズだと教わったことを思い出した。クビキリギスはあちこちで鳴いている。それらしい草むらがあればいいようで、局地的な発生という仮説は捨てよう。夜にはわが家の近くでも鳴いている。
チネリで半原越。少し思うところがあって、アウターで登ってみることにした。52×21。ときどき重いギアのほうが速く走れるのではないかという妄想にとらわれるのだ。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 08'00" 15.0km/h 48rpm
区間2 2.0km 10'18" 11.7km/h 37rpm
区間3 0.7km 03'51" 10.9km/h 47rpm
いわゆるTTをしているわけでもないのに区間1は8分だからやはり速い。特に坂が緩いところは20km/h以上出ている。ただし、坂のきついところではペダルに全体重をかけても落ちていかず、8km/hぐらいにしかならない。区間2であきらめて、区間3はインナーに落として39×21T(これでもけっこう重いが)で走った。
今日の半原越は自転車乗りが多かった。ほとんどがレース指向っぽい連中だが、一人だけ実用車を押して上がってきたおじいさんがいた。かれが何をしようとしているかは不明。
天気予報通り、峠の頂上付近で雨になる。雷も鳴ってけっこうな降りになった。ただのにわか雨だから雨宿りをすることにした。3kmの二連橋のところにアラカシの茂みがありちょっとした雨宿りに好都合だ。ガードレールに腰掛けて、雨粒がアスファルトにはねたり、葉っぱを流れたり、カゲロウがふわふわ飛んでいるのを眺めているとすぐに時間がたつ。昼頃からけっこうアマガエルが鳴いていたことを思い出す。やつらはどうやって雨を知るのだろう。水蒸気の臭いかもしれないと思った。人間は水蒸気を無臭だと思いこんでいるけれど、カエルには花の蜜のように甘いのかもしれない。カエルにとっても水蒸気が無臭だと考えるほうがかえって理不尽だ。
もし昆虫の姿を目の当たりにすることなく、変態の記述に接したならば、それは虚偽だと思うだろう。じっさいに虫がいて虫を見ているから、その事実を認めているけれど、昆虫の変態は全く理解しがたいものだ。また、変態がいくら不可思議で複雑怪奇であろうと、数少ない者がかろうじて行っているようなものではない。この地球上では無数といえる数の昆虫のすべてが、数パターンに分類できる変態を行って生きている。この大成功をおさめている変態という生き様は、昆虫の祖先に生理的な素養があり、環境的な幸運(あるいは不幸)があってはじめてこの地球上に生まれたことはまちがいない。
変態は一般的なものであり不思議で目を引くものなのだから、誰もが納得できるなにがしかの科学的な解答を作り上げるべきである。現在はそのようなものはないが、そのうち誰かが発明するかもしれない。その誰かとは決して私ではないが、私も唯物論を信じる科学者の一員として「変態は永遠の七不思議だ」などとうそぶいているわけにはいかない。少しずつでも手がかりを求めて生きたいと思う。
一般に進化の問題はおおむね時間が解決してくれることになっている。2本足だったタコの足が8本になったり、カバの足がひれになってアシカになったり、豚ぐらいしかなかったゾウの鼻が伸びたりするようなことはぜんぜん不思議ではない。すごいなあと思うけれど不可思議ではない。3000mの海底が少しずつ盛り上がってヒマラヤになったというお話同様に突拍子もないものではない。そうなるためには両者とも突拍子もないだけの時間がかかったというのだから、それもアリだろう。
オタマジャクシの季節になった。冬期産卵組のオタマジャクシはもうかなり大きくなっていることだろう。カエルも大胆な変態をする生き物だ。オタマジャクシは水中でえら呼吸をして尻尾で泳ぐ。数日で尻尾が短くなり足がはえ手がはえ肺呼吸をはじめて、やがて陸上をぴょんぴょん跳ね回るようになる。昆虫の変態にも劣らない見事な変身だ。
カエルやサンショウウオなどの両生類は直感的に魚とトカゲの間の生き物という感じがする。その昔、水中の魚が陸上に進出したときの名残をとどめている生き物のような気がする。カエルは何千万年もかかった進化の過程を一週間でかいま見せるのだ、というような表現を目にしたことがある。私もその感覚は納得ができる。ただし、じっさい問題としてはそれは大きな考え間違いと思う。
魚が陸にあがってトカゲになるには、やはり肺魚のような‘立派な魚’が完全陸上化をはたしたのだろう。何億年かまえにも、ヒレで歩いたりエラ呼吸でありながら空気からも酸素を取り入れることができるような魚がいて、そいつらが乾季雨季や干潟のような激烈な環境にもまれて水から離れ、は虫類・恐竜・鳥・けものになったのだろう。両生類のオタマジャクシ変態は陸上化の再現というよりも、肺魚のような水陸両用類のなかの特殊な一派が進化して獲得した能力ではなかろうかと思う。私が考えるその特殊な一派というのは、乾燥に耐える卵を産み出すことはできなかったけれども、それ以外の能力で他の水陸両用類を圧倒していたやつらである。私が妄想しているシナリオは以下のようなものだ。
水陸両用類がおそるおそる陸にあがりはじめたころは、すでに陸は植物で覆われ昆虫の祖先の節足動物はこの世の春を謳歌していたことだろう。そういう無尽蔵の餌食を求め浅い水辺を足がかりにして水陸両用類はぐんぐん上陸をはたしていく。なかでもやがてカエルになる一派は足が速く、目がよく見え、エサを捕る能力が高く、しかも成長が速く繁殖力旺盛であっというまに陸上の水辺を席巻して行く。そうした水陸両用類のなかから次第に乾燥に耐える卵を産むことができるものが現れ、より乾燥に耐える生活を身につけて、脊椎動物のフロンティアをより内陸へと拡大していった。そいつらはトカゲやヘビになっていくけれど、カエルの祖先達は水辺を離れることはできず、またその必要もなく別個の進化の道をたどることになった。
私は乾燥に耐えられない卵しか産めない両生類が繁栄するための決定打はオタマジャクシだと思っている。ちょうど今頃の季節に山中の林道を歩いていると、水たまりが真っ黒になっている光景を目にすることができる。その黒いものはよく見るともぞもぞ動いていることがわかる。オタマジャクシのかたまりなのだ。その水たまりは未舗装の道路にできた車の轍である。たまたま春の雨がたまった轍にカエルが産卵して、その卵が孵ったのだ。5月の太陽は容赦なく水たまりを照らし、日に日に水は少なくなっていく。オタマジャクシは水の残された所に集まって明日をもしれぬ命をつないでいる。干上がるかカエルになるかぎりぎりの勝負になっているのだ。
人間の目から見ればかれらは哀れである。母親はどうしてその水たまりが一時的なものに過ぎないことに気がつかないのか。やがて産まれてくるオタマジャクシの命に配慮してもっとましな所に産卵すべきではないのか。そういうことを繰り返しているとカエルは絶滅してしまうのではないか。30年ほど前、山歩きに熱中していた私は水の乾いた轍で干上がって死んでいるオタマジャクシの群れを見つけるたびにそう考えていた。しかし、今ではそう思わない。運が悪ければ干上がるぐらい危うい水たまりにすら堂々と卵を放り込めるのはカエルの強みなのだ。
まちがって650cのレーサーを買った。まちがったのは店が700cだと言い張っていたからだ。ただ、650cも一度乗ってみたいとは思っていた。こういうまちがいでもないと買わないだろうから、まいいかと思った。このフレームは詳細不明の十数年前のサビ傷へこみ満載の中古でたった15500円である。ヘッドに600がついているからキャノンデールの中級クラスのものらしい。ところが、どういうわけかほぼ新品のデュラエースのBBがついてきたので、けっこうお買い得だったような気がする。
ホイールは堅めのものをつけて昨日試乗してみた。思ったよりも素直でぐいぐい前に出る感じがある。以前乗っていたアルミのフレームはアンダーステアがひどくて怖かったがこいつは素直で、どちらかというとオーバーステア気味だ。フロントセンターが短いことが主因かもしれない。路面のギャップはがちがち来るが半原越のTTにはこれぐらい堅いほうが良さそうにもみえる。
というわけで、今日はこいつで半原越。昨日の試乗でがんばりすぎて明らかに疲れている。はなっからTTなんぞする気もなく、かといって多少はがんばらないとどれぐらい走る自転車なのかわからない。今日は、チネリの39×26Tとほぼ同じ34×21Tで回してみることにした。おおむね脚力が推進力になっている感じはある。このギア比で回して22分は半原1号に匹敵するタイムだ。冬頃には「半原2号」と呼んでいるかもしれない。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 8'40" 13.8km/h 73rpm
区間2 2.0km 9'32" 12.9km/h 66rpm
区間3 0.7km 3'48" 11.1km/h 58rpm
半原越はウスバシロチョウが多かった。夏の初めのこの季節しかお目にかかれない蝶だ。次男が愛川からアマガエルを何匹か連れてきた。庭で産卵させることを画策しているが、さてどうなることか。
母ガエルが轍に産卵する理由は簡単だ。彼女もそこで生まれたからである。危うい場所に見えても事実自分が育ったのであればそれ以上確実なよりどころもない。林道の轍は乾きさえしなければ安全な所である。そこで考えられるオタマジャクシの外敵は? といえば、オタマジャクシを好むヘビ、タイコウチやマツモムシなどの水生昆虫である。それらは、その水たまりで生まれ育つものではなく、たまたま他所からやってくるものだ。カエルにとってはいないに等しい敵である。タイコウチが毎日1匹ずつオタマジャクシを食べ続けたとしても犠牲者はせいぜい20匹程度。昆虫ですら轍のような場所では安定的に発生することは難しい。ましてや魚類、甲殻類は無理である。何億年か前、すでに水中を席巻していたやつらから礫もて追われるごとくに陸を目指したかもしれないカエルなのだから、魚がいそうもない水たまりを選びたいだろう。乾きさえしなければ、轍はオタマジャクシ天国なのだ。
さて、そもそもこの話は‘オタマジャクシとは何者か?’というところから始まっている。一見してわかるように、あれは半端者である。食うにしても泳ぐにしても防御するにしても、もうちょっとなんとかならないかと思う。私は、オタマジャクシのあのか弱さは早く生まれすぎていることが原因だと思っている。ヒトの胎児もごくごく小さいときは尻尾とエラがあってオタマジャクシのような体裁だという。まさしくそんな状態で、発生の途中の胎児が外界にでてきてしまった感がある。
オタマジャクシは超未熟者。ひとまず水が乾くのに対抗できるぐらいの速度で移動できるのがやっとの半人前だ。いずれは乾いてしまう水たまりで、ぴくりとも動けぬ卵で何週間も過ごすのは自殺行為である。ほとんど精子レベルとしても、尻尾を振って泳げれば生存の確率はぐっと高まる。ヘビ、トカゲは卵の期間が長く産卵数も少ない。そのかわり、ひとたび卵から出てきた子どもはいっちょまえである。足腰丈夫で元気に走る。は虫類は未熟なまま外界に出てくるのはまず無理だ。乾燥や重力や空気呼吸や噛み砕かねばならぬ食料....卵の中身にとっては解決不能な試練が多すぎる。その点、水中であれば軟弱な体でも藻類が食えればまあ何とかなる。私は両生類は乾きに弱い卵しか産めなかったは虫類だと思っているが、そのことも超未熟児でありながら、物を食い尻尾を振れるオタマジャクシという生き方を発明するのに効果的だったはずだ。というか、いずれが原因結果ではなく、あのぶよぶよの卵とオタマジャクシは歩調を合わせて進化したものだろう。外と内を厳密にしきることなく、水を緩やかに行き来させる柔軟な卵があってこそ、どこまで半人前でも世間で通用するかという進化のトライアルができるのだ。オタマジャクシとは発生途中の卵の中身のようなものである。
昆虫の変態には、不完全変態と完全変態があると小学校で習う。この完全不完全というのは、遺伝の優性劣性と同じぐらい不適切な表現だ。不完全変態は完全変態への移行の途中ではなく、完全変態がより優れているというわけでもない。おそらく、完全変態のほうが新しい生き方なのだろうとは思う。より複雑であるし優雅であるから。また、昆虫がムカデに羽の生えたようなものだと思えば、鶏よりも卵が先だったのと同じ理屈で不完全変態のほうがより早かったと考えられる。
不完全変態は納得しやすい。卵から幼虫が生まれたときにおおむね成虫と同じ形をしている。セミやトンボは違うように見えるかもしれないが、ヤゴをスマートにして羽を4枚つければトンボに見える。完全変態の虫に比べれば等しいも同然である。ひとまず不完全変態の虫は羽を持ったムカデだと思っておこう。ちなみにムカデは足を持ったミミズだ。
完全変態する虫は種類も数も極めて多いが、グループとしては少数派である。蝶・蛾、ハエ・アブ・蜂・アリ、甲虫の3タイプぐらいであろうか。他にもあるかもしれないが、昆虫学者ではない私の関心事ではない。関心はもっぱら、彼らがいかにして完全変態という偉業を成し遂げたかである。まず、上記の3タイプを一つとして考えてよいかどうかが問題だ。というのはもともと完全変態は1つの昆虫から発展してきたものか、複数の昆虫が多発的に発明した方式なのか、これは極めて重大かつ答えを得ることも可能な問いであるからだ。
誰でもわかるように完全変態の鍵は蛹にある。あの蛹がどうにも不思議だ。蛹自体がどのように発明されたかは永遠の謎として残る気もする。あれが、環境への適応の要請から出てきたものでないことは確実だ。たとえば、空を飛ぶために必要だった、敵から身を守るために必要だった、寒冷あるいは乾燥した気候に耐えるために必要だった、などなどは端から意味をなさない説明だ。蛹はどう考えても昆虫の内面からわき上がってきたものである。ひとたび蛹が発明されれば、地球上で繁栄するためにたいへん有効なのである。
完全変態する昆虫の特徴は蛹の前後でぜんぜん違う姿をしていることだ。甲虫、蝶、蜂など完全変態の虫は成虫の姿もちがうが、幼虫をひとくくりにできるような特徴もない。しいてあげれば、イモムシ、毛虫、ウジとよばれる軟弱でうすのろで大食漢の幼虫が多いということだろうか。それらはカエルでいうオタマジャクシに匹敵する。昆虫や多足類の発生途中で卵の殻をやぶってしまった未熟児である。ただし、そこは昆虫であるからやはり例外がいて、テントウムシの幼虫はヤゴやハサミムシなどの不完全変態をする肉食幼虫に匹敵するほど強力である。それはクサカゲロウ幼虫に似ているから草にたかるアブラムシを補食するための適応だと思われるかもしれない。しかしながら、同じく完全変態をするヒラタアブはウジのままアブラムシを食っているのだから、説得力はない。おそらくテントウムシの幼虫も他のたいていの甲虫と同様にイモムシ系の体をしていたのだろう。それがどういうわけか堅くなる方向に進んで、まるで不完全変態の幼虫のようなシャープさを身につけたにちがいない。
とにかく甲虫というやつは考えられる限り、ありとあらゆることをやっているのだ。その何でもできるということこそ完全変態の強みと思う。甲虫が地球上に現れたのは3億年前の古生代のことらしい。これは勝手な憶測にすぎないが、私は甲虫はもともと一種だったのではないかと考えている。どこかのハサミムシみたいなグループから突然降って湧いたように甲虫が現れ瞬く間に、百万年とか1千万年とかで、地球上に広がって百万種に増えたのだと思っている。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 8'38" 14.3km/h 83rpm
区間2 2.0km 9'23" 12.8km/h 74rpm
区間3 0.7km 3'41" 11.4km/h 66rpm
まちがって買ったキャノンデールの650cで半原越に行ってきた。ものすごくさわやかな良い天気で自転車乗りもやたら多かった。雨上がりの晴天で、元気なのは人間ばかりではない。いつも休憩する清川村の棚田のわきで、ペプシコーラなんぞを飲んで座っていると無数の虫たちが目についた。田んぼはちょうど代掻きが終わって水をはったばかり。私が腰を下ろしているのは水が勢いよく流れる水路の脇のコンクリートで、目の前の雑草は芝生のように短く刈り込まれている。そこは休耕田で田んぼの側は5mばかり帯状に草刈り機がはいっているのだが、残りは数年放置されているらしく草が伸び放題で背の高いハルジオンの白い花が目立つ。
風もなく日だまりになっている草の合間を蝶や羽虫やアリやクモやシデムシがせわしなく行き来している。毛むくじゃらで腹の長いミツバチデザインの蜂が目についた。ツチバチの一種らしい。しきりに草の根元を気にしている。こういうタイプは秋にセイタカアワダチソウの花に来ているのをよく目にしたものだが、さて今日は何をしているのだろう。しばらくして、ツチバチは穴を掘り始めた。穴掘りに夢中で近づいても気づかない。水路の水の流れが私の気配を消しているのかもしれない。5分もすると、掘り出した茶色の土はうずたかくつもり、蜂の体はすっかり穴に入り込んで見えなくなった。もこもこと動く土塊だけが蜂の活動が続いていることを示している。
すっかり蜂に夢中になって、息を殺していたのが幸いしたのか、田んぼでカエルが鳴き始めた。荻野川に続く谷戸田で聞いて、その正体を知りたがっているあのカエルの鳴き声だ。幸い棚田の回りは草刈りがされたばかりで、土手の土も露出している。やつが土の中に潜って鳴いているとしてもすでに田は水が張られているので、その場所は畦だ。ツチバチよりもそっちが気になるので、田んぼのほうに歩いていく。
やはりここでも姿は見えない。鳴き声は畦の中から聞こえる。そのあたりを注視すると穴が見つかった。覗いても奥までは見えず、すこし指で掘ってみたが生き物の気配はなかった。この穴であったとしても相当深いところに潜っているはずだ。畦を壊すわけにはいかず、顔を上げ、ふと乾いた水路に目をやると、色鮮やかなカエルが見つかった。わざとらしいほど鮮やかな緑の体だ。斑点だのラインだのの装飾はなく緑一色のからだである。一見してアマガエルに似ているが、ずっと大きい。体長にして2倍以上あるだろう。私の人差し指と比較してみると第2関節までの長さがあった。どうやら噂に名高いシュレーゲルアオガエルである。まじまじと見るのははじめてのカエルだ。よく似ているモリアオガエルはけっこう見ているが、あれの産卵習性からすれば、こういう開けた場所にはいないだろう。鳴いているのもどうやらシュレーゲルアオガエルのようだ。穴で鳴くわけも少しわかった。腹の模様などをチェックするため、捕まえようと手を伸ばしても無抵抗だ。捕まえるのは石を拾うようなものである。この鈍重さでは明るい日の下でケロケロと鳴くわけにはいくまい。
これから梅雨明けまで、半原越はもっとも美しい季節だ。降ってよし晴れてよし。タニウツギは花が終わり、ウツギには黒い蝶が来ている。ミズキもちょうど満開だ。草むらにはウスバシロチョウが多い。アサギマダラも見た。今日のギアは34×23T。ホイール周長が1952cmだから、クランクの1回転で2885cm進む。通常のレーサーだと39×28Tに匹敵する軽いギアだ。このギアで平均ケイデンスを82rpmにすれば20分を切れる。今日は76rpmだった。
数年前、脚が根本からもげて2本脚になっているクモを拾ってきたことがある。なにげなく飼育していると、そのクモは数回の脱皮を経て脱落した6本の脚がしだいに復活し、ついには美しい8本脚の成虫になった。その復活劇は衝撃だった。いろいろな節足動物の脱皮の様子を観察した経験から、節足動物の脱皮後にでてくる脚は古い脚の中で作られるのだろうとばくぜんと考えていたからだ。クモでも、脱皮するときは、するりと新しく白い脚を古い脚から抜くので、正常時には脚は脚の中にあると考えられる。それが、びっこのクモでは、脱皮後に現れる新しい脚は胸の中に折りたたまれるように発育していたのだ。この両者を比較検討して得られる結論は、新しい脚は脚で作られるのではなく、その基になるものは胸にあり、正常なときはその新しい脚は古い脚の中に伸びていくように発達するということだ。
そうなると、かえって正常な状態のほうの脱皮がわからなくなる。新しい脚は古い脚の中に、古い脚の活動をじゃましない形で発達していって、結局は外殻を残して古い脚の中身が新しいものと入れ替わることになってしまう。いったいそれはどういう仕組みになっているものだろう。外骨格の動物はずっと殻のなかにこもって生きているようなものなので、卵の殻を破っても幼虫の殻、幼虫の殻を破って成虫の殻、というわけで変態という生き方は卵の発生のように成長してもどんどん分化する組織があるらしい。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 8'50" 13.6km/h 87rpm
区間2 2.0km 9'50" 12.2km/h 77rpm
区間3 0.7km 4'07" 10.2km/h 64rpm
キャノンデールの650cで半原越。今日は34×25Tという軽いギアで登ってみることにした。いくら軽くても1分間に90回以上も回しているとけっこうこたえる。15分過ぎるとまったく脚が回らなくなった。半原越ではどんな走り方をしても15分で力尽きることがわかってきた。
夜明け前、4時ぐらいであろうか、ホトトギスが小さく二声鳴いた。近所にあった庭では毎年カッコウが渡ってきて繁殖していた。庭といっても小学校3つ分ぐらいはあったから、それなりの平地林である。2年ほど前にその庭も宅地として造成されて庭の半分ぐらいの木が伐採された。その年の初夏にもカッコウはやってきた。ただ目当てのオナガの巣も営巣木も見つからなかったのか、一声大きく鳴いて去っていった。それ以来、カッコウはこの近くには来ていない。ホトトギスの声も久しぶりだ。
わが家の小学校百分の1個分の庭もめまぐるしく変化して面白い。ハコベ、タチイヌノフグリ、レンゲはもうすっかりタネができあがっている。ヘビイチゴもおわりだ。ハルジオンはよく咲いた。しかし、花に昆虫が少ない。チョウもアブも甲虫もあまり姿が見えない。少ないながらムクゲの新芽にアブラムシやカイガラムシのコロニーができている。ああいう虫も庭生態系の重要な一員だから去就には注意しておかねばならない。今年は、雑草にもアブラムシが少ない。これからはカタバミが咲く。チヂミザサは少し抜いた。あいつのタネはズボンについてやっかいだ。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 8'23" 14.3km/h 非計測
区間2 2.0km 9'22" 12.8km/h 非計測
区間3 0.7km 3'49" 11.0km/h 非計測
午後からは今日もキャノンデールの650cで半原越。今日は34×15Tという重いギアで登ってみることにした。そのギアならば1分間に60回も回せば時速16kmぐらい出る。けっこうなスピードだ。昨日のめちゃ軽ギアよりも1分早いタイムだが、この乗り方はいまいち楽しくない。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 8'44" 13.7km/h 79rpm
区間2 2.0km 9'29" 12.7km/h 73rpm
区間3 0.7km 3'33" 11.8km/h 57rpm
午後からはキャノンデールの650cで半原越。今日は34×23Tという1回転で2.9m進む軽いギアで登ってみることにした。 このギア比は標準の700cで39のインナーをつけているレーサーであれば、後ろのギアが28.5というありえないほどビッグなものになる。そのギアならば「踏み」は入るけれども、4kmまではけっこう良い調子で回していけた。残りの700mは後ろのギアを19Tに上げてダンシングで登ることにした。1回転で3.5m進む重いギアだ。1分間に60回も回せば時速12km以上出る。こういう感じの乗り方で、22分程度ならば半原越は心臓にも脚にも辛くない。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 09'45" 12.3km/h 71rpm
区間2 2.0km 10'32" 11.6km/h 67rpm
区間3 0.7km 03'51" 10.9km/h 63rpm
今日もキャノンデールで半原越。今日もギアは34×23Tにした。いろいろくたびれて睡眠不足でもあり、普通になんの努力もせずに半原越を越えようとすればどうなるのか試してみることにした。スタート時に大まかに考えていたラップは10分・10分・5 分の25分だ。ゆるく走ると、回し方に注意が行く。ふくらはぎを使って踏みつけることには何の意味もなさそうだということを再認識した。区間3でも体がしんどくないので頂上まで回しきることができた。途中、若いアオダイショウを見る。
午前中で雨は上がり、次男と庭に出て遊んでいた。庭でアマガエルを飼っており、そのエサ集めにけっこう苦労する。ハコベの葉を食い尽くしている青虫、毛虫、やたらと発生しているガガンボあたりがねらい目だ。ごそごそと草むらをかき分けていると、大きな黒いヒキガエルが見つかった。本当は庭全体をかこって、池も広くしてヒキガエルを飼えるとよいのだが、そこまでの決心はまだついていない。ときおり庭で見つかるヒキガエルは自動車に轢かれないことを願うだけで目下は放し飼い状態で相手にしていない。
午後3時ごろには日も差して道路も乾き、さてと半原1号をひっぱりだして境川に出かけることにした。いまいち気力がわきあがらず半原越でTTをやれない。境川の40キロは楽に走りたいときには重宝だ。境川はいつも追い風か向かい風で、今日は北から涼しい風が吹いている。海のほうに向かえば最初は追い風だ。半原1号には速度とケイデンスを計るコンピューターがついている。楽に走るとはいえ、多少は力もださないと面白みがない。そういうときは90rpmと決めている。1分間に90回クランクを回す。追い風で力を入れて90回も回すとすぐに40km/hぐらい出てしまう。それは非常に危険なので、39×17Tで26km/hぐらいのスピードにする。帰りの向かい風も同じペースだとそれなりに力も使い、少しは汗もかく。夜のBS2の熱中時間で今中さんが、登りでも160bpmぐらいまでで、平地を走るときは心拍数140ぐらいでないと、というように解説していた。おそらく1日で200kmを走るときの目安だろう。感覚的には今日の追い風時は120、向かい風時が150bpmぐらいだと思う。めんどくさがらず心拍計もつけるようにしようか。
境川では246と東名の間にまとまった林があり田畑がある。その林の入り口でヘビをひきそうになってあわててハンドルを切った。茶色の細長い子どものヘビだ。いつも虫やヘビを引かないように注意をしているからうまく避けられるとうれしい。そのまま行き過ぎようとし思い直してブレーキをかけた。何年か前、娘らがヘビを飼いたがっていたのを思い出したのだ。サイズも手頃で、ちょうどプラケースで飼えそうだ。人工環境にうまくなじめなければ放せばよい。ちょうどコンビニのゴミ袋を持っており、それにヘビを捕まえて入れた。ポケットにいれると窮屈でかわいそうだから、手でぶらぶら持って帰った。
ヘビの子はけっこう大物っぽい。ケースに入れた直後からパニックになることもなく、ふ〜んという感じでケースの中を探検していた。剪定したムクゲの枯れ枝を止まり木にいれており、その枝をつたって行ったり来たり、舌をちょろちょろ出して、降りたり登ったり。ヘビらしい動きを見せている。
餌付きは困難が予想された。次男が蛾・クモなどを捕ってきて入れたがまったく見向きもしない。テファニーやカルチィエの入っている店でコオロギ(なんと1匹100円!)を3匹ばかり買ってきて入れてもみたが、こちらも見向きをしない。たとえコオロギがぶつかってきても全然注意を払うそぶりがない。水は飲むので鬱病になっているわけではない。ということは話は簡単で、このヘビは昆虫食のものではないのだ。夜に、次男が小型のヤモリを捕まえてきた。さすがにヤモリは友達なのでヘビにくれてやるのは憚られた。ましてや飼育中のアマガエルはもっといやだ。連れて来たヘビを餓死させるのはいっそう嫌だ。エサなしでそう長くは飼っておれない。ヤマカガシの子の可能性が高いから、オタマジャクシに餌付くかもしれないので、今度の土曜にオタマジャクシ(アマガエルだけど)を採集に行くことにした。それで駄目なら放そうと考えていた。
虫系がだめならあと試す価値ある手頃なエサにミミズがある。今朝は、次男に庭のミミズを掘って与えてみるように指令を与えて勤めに出かけた。次男はそれを忠実に実行したところ、小型のミミズを2匹食ったという。どれどれと捕獲しておいたミミズを近づけると、手に持っている間から関心を示してきた。口元に落としてやると簡単に食う。ミミズのねばねばは嫌いらしく、ほっぺたを枝にこすりつけてしきりにぬぐっている。あっけないぐらいの餌付きの良さだ。ひとまず食って落ち着いたのか、きのうまでのうろうろ歩きはやめて動かない時間も多くなった。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 09'35" 12.3km/h 69rpm
区間2 2.0km 10'42" 11.6km/h 59rpm
区間3 0.7km 04'08" 10.9km/h 56rpm
2週間ぶりの半原越になった。いつもの棚田にはすでにおびただしい数のオタマジャクシが泳いでいる。後ろ足がはえているものもおり、サイズはバラエティにとんでいるが、まだカエルになったものはいないだろう。畦からは例の声も聞こえてくる。オタマジャクシはシュレーゲルアオガエルかはたまたアマガエルか。他の生き物は小さなヤゴがいたきりで、ミジンコの姿もない。田の泥に円形の黒い影がくっきりついており「何かな?」と思った。その影はかなり多く、稲一株に10個ほどの割合でできている。稲の葉は細い影を落としているが、丸い影ほどはっきりしてはいない。しばらく観察していて、水面にレンズができていることを発見した。稲の葉や茎が水をはじいて水面のところに凹みが作られているのだ。その凹みがほぼ真上にある太陽光を屈折させて円い影をつくっているのだった。
今日は心拍計をつけてきた。力を使いすぎないようにするためのめやすだ。気持ちよく90rpmで走っているときは140bpmで25km/h。登りになると楽にしていても160〜170bpm。半原越ではなるべく心拍数を上げないように注意したが、スタート時からすぐに160bpmまであがる。ギアは39×27Tで今日はこれ以上かるくはならない。
丸太小屋の急坂になると、どれだけ遅く走っても170bpmから落ちない。ペースは50rpmぐらいだ。そのまま170台をキープして2km 、4kmのチェックポイントを過ぎる。途中の特別斜度のある所はシッティングでゆっくり走っていても、ごく短い間180bpmを越える。そんな調子でゴール。タイムは24分25秒。遅い。けれども、さすがにしんどくない。体の痛みはまったくないばかりか、脚力を使った感じもない。呼吸が苦しいということもない。ぜんぜんがんばっている感じがない。この調子なら永久に登り続けれそうな気さえする。
無酸素の運動ではすぐに180bpm以上に心拍があがって体が痛くなってくる。半原越ではセーブしているつもりでも急坂で少しずつ無酸素運動をして疲れがたまり15分を過ぎると一気に力がでなくなっているのだろう。筋肉は消耗品で回復がきかないから長い登りでは無意識にも力をださないようにすることが肝心だ。39×27Tはちょっと重いので、次回はもっと軽いギアで同じようなことを試してみようと思う。
今日も半原越に行った。いつもの棚田は少し水を少なくしている。何かいないかとしばらく観察した。下の方の田にはすでに緑のカエルになっているものもいる。小さなオタマジャクシサイズのゲンゴロウがいた。この辺にはナミゲンとかコガタノゲンゴロウとか大型のものもいるのだろうか。稚魚が1匹いてすいすい泳いでいるのにはびっくりした。ドジョウすら登ってこれないような急な水路だから魚類には期待していなかったのだが、どうやら上流の用水から流れて来ているらしい。思わぬところで水系はつながっている。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 09'11" 13.1km/h 82rpm
区間2 2.0km 09'59" 12.0km/h 76rpm
区間3 0.7km 04'26" 09.5km/h 85rpm
今日の半原越は軽いギアを回すことを心がけた。心拍計はつけて、180bpmを越えないようにしようとしたが、丸太小屋の坂で175bpm以上にあがり、南端コーナー以降180bpmから落ちることはなかった。がんばりすぎだ。185bpmぐらいに張り付いて1分もすると酸欠で息は苦しいし体も痛くなってくる。4kmのチェックポイントでギア比を変えてみた。24×27というマウンテンバイク並のギアだ。これだと、85rpmを維持できるのだが、スピードは10kmもでない。今日は24×19でスタートした。これでも少し重いかもしれないので、24×21も試して見るべきかもしれない。
帰宅してから、次男といっしょに近所の田んぼでオタマジャクシを捕ってきた。いうまでもなくヘビのエサである。今飼育しているものは、ヒバカリかもしれない。オタマジャクシへの反応を見たい。先週までどっちゃりオタマジャクシがいた田んぼが閑散としている。はて除草剤がはいったか? それともアマガエルの成長は極めて早いので1週間のうちにカエルになったか。
なんとか10匹ほどを確保して1匹だけ水入れにいれてみた。すると、ヘビは目の色を変えてオタマジャクシを飲んだ。最高の好物らしい。食べたあとも「もういないのか?」と言いたげに水入れをのぞき込んでは水中に顔を入れ、オタマジャクシを探っている。こいつがカエルの手強い天敵だというのは間違いない。
高松からの帰りの飛行機は進行方向右手の窓側席だから、うまくすると梅雨前線を見ることができるはずだった。飛行機は上空9500mを飛んでいるというが、その高度も雲が多い。眼下の1500m付近には層積雲や積雲があり、その上3000mぐらいには高層雲がある。さすがに梅雨前線北側の空だけあって雲のオンパレードだ。ちょうど飛行機の飛んでいる直下も巻雲の層になっている。天気図では、いま梅雨前線は四国から東海沖の太平洋上、飛行ルートから200kmぐらい南にあるはずだ。
梅雨前線らしいものは、ちょうど飛行機の高さぐらいまで発達している積乱雲か乱層雲の雲の堤だ。雲底は中層の雲に重なっていて見えない。もこもこした雲頂はまだ高い日をうけて、雪のつもった山脈のように白く輝いている。見た感じでは2〜3段ぐらいのひな壇のような格好になっている。東西は数百キロにわたってつらなっている。東京にちかづくとその堤も消滅しているから、おそらく梅雨前線の尻尾をみていたのだろう。
今日の圧巻は、飛行機よりもはるか高空にある筋雲だった。成層圏の青黒い空を背景に幾筋もの分厚い白い雲が東西に伸びている。飛行機の高度が機長の言うように9500mであれば、雲の高さは13000mぐらいになる。飛行機自体が梅雨前線にあるジェット気流に乗って飛んでいるのだから、その雲もジェット気流にともなってできているのだろう。飛行機を降りてから東京で見上げた空にもその雲らしいものがかかっていた。うすらぼけた雲の層を通してみているので、上空で見たほどはっきりしたものではなかったが、東の地平から放射状に立ち上がってるように見えることから、その高さと大きさが想像できる。飛行機から見ても地上から見てもその規模が変わりないのはちょっとした衝撃だ。梅雨空の上にはいつもあの雲があるのだろうか。
中期予報では今日は雨とのことで、久しぶりに雨の中を走れるのではないかと期待していた。残念ながら、空はからっと晴れて梅雨明けのようだ。わりと涼しい風が吹いている。いつもの田んぼに行ってみる。まだオタマジャクシはたくさんいる。ただし、サイズが大きめにそろっているから、最近新たに産まれたものはいない。産卵期は過ぎたようだ。畦を歩くと上陸したばかりの小さなカエルがぴょんぴょん跳ねる。田の中にも同サイズのカエルの姿がある。オタマジャクシもカエルも見た感じではアマガエルみたいだ。シュレーゲルアオガエルは観察経験がなくよくわからない。田にはけっこう子ガエルの死体もある。田の水中にはホシミドロかなにかが緑色のかたまりを作っていて、それがけっこう子ガエルのトラップになっているのだ。柔軟な藻類の繊維とはいえ、からみつくと子ガエルは脱出できないらしく、かたまりの中でおぼれ死んだのだろう。
ミジンコが多く、ヤゴもかなりいる。クサカゲロウを巨大にしたような体長2cm程で牙を持つ虫がいた。ガムシかゲンゴロウかの幼虫だろうか、ミジンコも捕らえて食うようだ。例の稚魚も4匹見つかった。梅雨時の田んぼはワンダーランドだ。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 09'30" 12.6km/h 88rpm
区間2 2.0km 10'50" 11.1km/h 75rpm
区間3 0.7km 04'02" 10.4km/h 72rpm
今日の半原越は極めて軽いギアでやってみた。24×21Tだから、クランク1回転で2.4mしか進まない。これだけ軽いと坂の緩いところでしんどくなる。90rpmでも13km/hに達しない。丸太小屋の坂で180bpm以上にあがり、リッチランド以降180bpmから落ちることはなかった。南端コーナーでは16分が経過してガス欠だ。ゆるいところでも80回まわせなくなる。半原越でこのギアは必要ないな。
途中、ヒバカリらしい赤いヘビの轢死体があった。いま飼っているやつがどうやらヒバカリということもあって、もったいないなと思う。ヒバカリは肉食動物とは思えないほどフレンドリーなかわいいやつだ。道路を子ウサギがはねる。半原越でウサギの食痕はずいぶん見ているが姿を見たのははじめてだ。禁猟区でもあり、たいして天敵もいないからウサギも増えているのだろう。半原越ではないが、砂の積もった狭いコーナーでいきなり足下から2羽のカラスに飛び立たれ思わずブレーキをかけ前輪から滑ってあっけなく転倒した。人や自動車には注意していても、鳥獣までは気が回らない。先週は藪から飛び出してきたサルを危うく轢くところであった。
渋谷から乗った東急田園都市線は窓がよく濡れる車両だった。今日は梅雨らしい雨が降り続いており、電車の窓硝子にも雨滴がついている。ただ、目にとまったのは雨粒ではなかった。電車が駅にとまっているとき、大粒の水滴が窓硝子をつつっと伝わって落ちていく。どうやらこの電車は屋根に落ちた雨が窓硝子をつたうような構造になっているらしい。
電車が停止している間は水滴は垂直に落ちていく。電車が出発すると、それが斜め後方にそれるようになる。普通車両とはいえ時速50kmぐらいまでは加速していくから、水滴の軌跡もだんだん横向きになっていく。水滴が窓を伝う速度と加速する速度がちょうどいい案配とみえて、水滴の軌跡は斜めの直線ではなく放物線のような微妙なカーブを描いている。それが面白くてしばらく観察していた。
水滴が後にそれていくのは風の影響だろう。窓硝子にはほぼ電車の速度に等しい風があたっている。水滴はその風に飛ばされる。その風とは転向力みたいなものかもしれないと思った。車外に降っている雨の粒も、見かけ上は後方へ流れている。もし窓にはりついている水滴が摩擦などなく落ちるとすれば、水滴のずれは降っている雨粒の角度に等しくなるはずだ。水滴の方が大きくそれているのは摩擦などで落下速度が小さくなっているからだ。
さて、静止する車両に扇風機で時速40kmの風を当てたときと、無風時に電車が時速40kmで疾走する場合、その両者で窓硝子を伝う水滴の軌跡は同じなのか、それとも違いが出るのか、差が出るならばそこに働く力はなにか。そういうことを考えていた。
先ほどNHKの番組で、クマゼミが増えているという(ような)番組をやっていた。音声は消して見ているので詳しい内容はわからない。私もクマゼミは増えているという実感がある。西日本の都市にそれが著しく、夏の朝、街路樹のある通りはクマゼミのシャワーで耳が痛くなるほどだ。
クマゼミなんて、ちょっと気の効いた樹木が1本もあれば100匹ぐらいは養えるのだから、1平方キロで100万匹ぐらいが発生しても不思議ではない。ただし普通の山野でそうなっていないのは、なんらかのブレーキがかかっているからだ。40年ぐらい前、私の育った愛媛県八幡浜市のみかんが優先する樹林帯ではクマゼミはけっして少ない虫ではなかった。ただし、履いて捨てるほどはいなかった。ましてや街路樹なんかにはいなかった。松山市も同様である。まあ現状のクマゼミの多さはなんらかの異常事態といっていい。
私はその一番の原因を「クマゼミが街路樹に気づいたから」だと思っている。私はクマゼミは明るく乾いた所を好むと思っている。街路樹はそんな場所だ。八幡浜でも、クマゼミが多いのは海岸線である。その他は校庭、墓地など比較的開けた所だ。杉桧の針葉樹は好まない。腐葉土が厚く堆積している昼なお暗い照葉樹林にも少ない。じめじめした所は何か彼らの幼虫にとってまずいことがあるのかもしれない。
都市の街路樹は彼らが好む環境にあると思う。ただし、それらの街路樹は戦後の復興のこの数十年で整備されたに過ぎない。クマゼミは生息地を求めてさまよう虫ではないから、好適環境があったからといって爆発的に増える虫ではない。生まれた所からあまり動かずに、お互いに呼びあって群れを作り、その中で安住して世代を繋いで行く虫だと思う。たとえば松山だと城山に多く生息しているが、千舟町あたりの街路樹は数百メートルも離れているので、城山から飛んで行った個体がいたとしても、回りにクマゼミの声がないのであわてて城山に引き返していたような状況ではなかったかと思うのだ。
それがこの数十年は都市の整備が進み、けっこう緑が点々とつながるようになり、クマゼミも安心して街路樹に進出できるようになってきた。住んでみれば、そこはまさしくクマゼミのために用意された世界なのだろう。街路樹は頻繁に枝を払われたり、虫が駆除されたりするがクマゼミはそうした人の圧力から無縁でもある。
久しぶりにキャノンデールで半原越。買ってからしばらく放っておいた105とフライトデッキのSTIシステムを組み込んだ。今日の虫はウスバキトンボにニイニイゼミ。いよいよ夏本番という感じがする。
いつもの田んぼはどういうわけか水がなかった。このシーズンに田の水を落とすのはへんだ。取水口は勢いよく流れている用水にさしている太い塩ビのパイプだ。パイプは90度に曲がっており、回転させて口の角度を変えることで水量の調整ができる。取水口を上に向ければ水は全く入らなくなるので田に水は供給されない。パイプの口は完全に上がっているわけでもなく、水面すれすれの中途半端な位置で止まっている。どうも何かの事故かいたずらくさい。
理由はどうあれ田んぼの水生動物は壊滅である。オタマジャクシも巻き貝もすっかり乾いてひびの入った泥に張りついている。人為的な環境ではこういう理不尽は容易に起こるものだ。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 8'20" 14.4km/h 76rpm
区間2 2.0km 9'24" 12.8km/h 67rpm
区間3 0.7km 3'56" 10.7km/h 56rpm
今日から、1kmおきにラップをとることを決意していた。1kmでは3分55秒。2kmでは8分20秒。ラップの回数が多いと数字を記憶するのがたいへんだ。これまで2か所を覚えるだけでも四苦八苦していた。心の中で数字を復唱しながら走っていたのに3kmのタイムを見落とし初回はあっけなく敗退することとなった。使ったギアは34×21T。一回転で3.16m進む重めのギアだ。60rpm以下になってしまうけど、なんとか上まで回せたような気がする。
シマノのオクタとスギノのコスペアは相性が悪く、チェーンラインが無茶苦茶でインナーに落とすときにチェーンが外れる。Wレバーだと手加減で対処もできるけれどSTIでは無理だ。脱落防止の小物で外れはしないものの気分が悪いのでクランクを換えよう。次回は38×25Tだ。帰りは雨になった。今年はじめての雨だ。
今日もキャノンデールで半原越。チェーンラインの関係で、クランクを変更し後輪のギアスプロケットもそれに合うものに換えた。前が48×38T、後が14〜25Tである。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 4'08" 14.5km/h 82rpm
区間2 1.0km 4'44" 12.7km/h 71rpm
区間3 1.0km 4'12" 14.3km/h 80rpm
区間4 1.0km 5'17" 11.4km/h 64rpm
区間5 0.7km 4'18" 09.8km/h 55rpm
今日は昨日の決意通り、1kmごとにタイムを記憶することにした。いやはや4つも数字を覚えておくのはたいへんだ。頂上までは覚えていたとしてもいつの間にか忘れているかもしれない。ただラップを細かくとるのはTTの練習には効果的だ。半原越えではちょうど1kmの所に15%ほどの激坂があり、1キロ台に丸太小屋の12%の坂があり、3.4km以降は10%超の坂が連続する。従って区間1と区間3は6%程度の緩い坂になっている。
今日はツマグロヒョウモンも見た。いつもの棚田ではウスバキトンボも多い。夏の虫が続々登場である。
今日は半原1号で半原越。新記録に挑戦するつもりはないが、回す方法でどれぐらいのタイムが出せるかにトライする予定だった。ところが、荻野川でトラブル発生。後輪のタイヤに釘が刺さってしまった。金ぴかの小さな釘が見事にタイヤサイドを貫通しリムにまで深い傷をつけている。ひとまずチューブの交換だ。ところが、取り出したチューブが650cのものだ。いつかこれをやるだろうとは思っていたものの今日だとは思わなかった。なにしろ、出かける前にバッグを点検して、入っていた650cチューブと交換して持ってきたものが650cだったのだ。しかもバルブがノーマルの長さでリムからほんのちょっとしか頭がでない。空気入れは古来のフレームポンプだ。さあ弱った。
ひとまず700cのホイールに650cのチューブは使えるか? という実験の始まりだ。700cと650cではタイヤ周長にして15cmの差に過ぎない。だからチューブにちょっと延びてもらえば済む話だ。とりあえずちょこっと空気を入れて引っ張ってリムにはめてみる。それほど無理やり感もなく収まっているからまあいけそうな気がする。だめでもともとでもある。
つぎの問題は、リムからちょっとだけ頭を見せているバルブだ。実は緊急避難用として、バルブに継ぎ足せるアダプターも買っているのだが今日は持ってきていない。そのかわり、仏式→英式変換アダプターを持っている。これも緊急避難用として、一般の自転車屋にある空気入れを使うためだ。仏式のフレームポンプでも英式のバルブから空気を入れることができることはすでに確認済みである。なんなく6キロぐらいまで空気が入ったので走行には問題ない。もし問題が起きてもそこから引き返せばよい。何事もなかったように半原越に向かう。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 3'45" 16.0km/h 73rpm
区間2 1.0km 4'35" 13.1km/h 72rpm(推定)
区間3 1.0km 4'05" 14.7km/h 76rpm(推定)
区間4 1.0km 5'20" 11.3km/h 72rpm(推定)
区間5 0.7km 4'01" 10.5km/h 71rpm
区間2〜区間4までのケイデンスが推定となっているのはギアチェンジをしたからだ。ラップを取りつつ平均ケイデンスを記録する高級品は使っておらずギア比を変えるとケイデンスがわからなくなる。今日はあくまで「回す」乗り方でのトライアルである。ギアの設定はこの数年の研究の末たどり着いた、前26T、後の最大が23Tである。これで、26×15Tから26×23Tまでフルに使って70rpm程度の一定ペースを維持しようという寸法だ。立ちこぎは使わない。立ちこぎした方が記録がよいことはわかっているが、あえてやらない。走行後1分で心拍数は170bpmに上がり、1kmを越えてからは180bpmのレッドゾーンから落ちることはなかった。とりわけ南端コーナーからはずっと188bpm付近をうろうろしている。どのみち半原越は限界でどれだけ辛抱できるかという勝負なのだ。
いつもの棚田には再び水が入ったが水中に動くものは見あたらない。水面をアメンボが泳いでいるだけだ。田に隣接する草むらには小さいアマガエルが多い。1分間ざっと見渡しただけで5匹見つかった。アマガエルを見つけるのは得意なほうだが、それでも異常なくらいの高密度だ。そのカエルを見ているうちにどうにも辛抱できなくなって捕まえてもって帰ることにした。気の毒だがヘビの餌である。カエルも大好きだけど、いま育てているのはヘビだ。
今日も半原1号で半原越。テレビで見たカンチェラーラに刺戟され昔やっていたクォーターレコード方式でやってみることにした。スタートダッシュをいれて15分までは重いギアでぐいぐい回して、15分からは34×19Tで立ちこぎ。ただし、攻撃的な立ちこぎではなくあくまで守備的な立ちこぎだ。体は死んでいてもその方法なら10km/h を維持できるので、もし新記録を狙うのなら、最初から自滅覚悟でがんばって力尽きたら立ちこぎにすればよい。今日は区間2と区間3は攻めなかったけれど、そこで30秒短縮して区間5で無理をすれば20分は切れる。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 3'30" 17.1km/h 非計測
区間2 1.0km 4'30" 13.3km/h 非計測
区間3 1.0km 4'00" 15.0km/h 非計測
区間4 1.0km 5'00" 12.0km/h 非計測
区間5 0.7km 3'42" 11.4km/h 非計測
満開になったムクゲの木がなにやら騒がしい。小さな鳥がやってきて何かをついばんでいる。メジロが多いようで、まだ背がグレーのシジュウガラの若鳥もいる。メジロは枝から枝へしきりに行ったり来たり何かを探し出している。ときおりパチンッという音がして何か白いものがこぼれて落ちる。
何を狙っているのかはすぐに想像がつく。カイガラムシだ。このムクゲにはアブラムシとカイガラムシがたかるが、年々アブラムシは減ってカイガラムシが優占的になって来ている。いまやおびただしい数のカイガラムシがたかっており、彼らの分泌している白い蝋質で真っ白になる枝もある。メジロはそのカイガラムシを食っているようだ。
なんとかそのシーンを撮ろうとして愛用のフジS1プロに200−400mmの望遠を取り付けた。葉が茂る枝の中で動きの早いメジロだからなかなかシャッターチャンスもない。たった1枚だけそれらしいものが撮れ、メジロの口元をトリミングしたものが今日の写真だ。
パチンという音はメジロが出しているには違いないが、どういう場面なのかはよくわからない。わかるのは音が出ているのはくちばしで、そのとき必ずカイガラムシの白い蝋質の固まりが飛ぶということだ。それを追ってメジロがダイブすることもある。くちばしを鳴らす必要性はいまのところ謎であるが、その様子を観察していて、カイガラムシのあの蝋はけっこう鳥に対するめくらましとしても有効ではないかという気になった。本体を蝋の中に隠しておくことももちろん、蝋と本体が分離したとき、鳥に蝋の方を追わせて本体は雲隠れすることも可能ではないかと感じたのだ。
ヘビは脱皮してからいよいようなじのラインがはっきりしてヒバカリに間違いないようだ。相変わらず囚われの身を気にする様子がない。一度、ケースのふたを閉め忘れ脱走したことがあるが、そのときもこれチャンスと遠くに逃げたわけではなかった。せっかくケースの外に出られたのに、すぐそばに置いてある胡蝶蘭の鉢でくつろいでいたのだ。胡蝶蘭の鉢にはミズゴケが入れてあり、ヘビはその中にもぐっていた。そこまでミズゴケが好きならと、ミズゴケを満たした植木鉢を用意してケースの中に入れてみた。
最初に隠れ家として用意したのはトイレットペーパーの芯と蛍光管の筒袋だった。それではあんまり貧乏くさいので、ひょろながいおしゃれな花瓶を入れると、ヘビはその花瓶の中に3重ぐらいに折りたたんで入り込み、それなりに落ち着いているように見えた。ミズゴケの植木鉢をいれるとヘビはそれがたいへん気に入ったようで、中にもぐってほとんど顔を見せなくなった。この1週間ばかりは顔を見ない日もあった。花瓶にはまったく入らなくなり撤去した。この数日捕食にもそれほど熱心ではなくなった。
目の白濁など、脱皮の兆候はみられていた。脱皮については抜け殻がうまく引っ掛けられるようにムクゲの枯れ枝を用意している。ただ、脱皮したのもミズゴケ内で、半透明の薄い抜け殻がミズゴケにからまって2つばかり見つかった。脱皮の様子が見られなかったのは残念だが、ヘビとしては落ち着いて一皮脱ぐことができたのだろう。
ヒバカリはけっして木登りは下手ではないようだが、もっぱら草や落ち葉の中で過ごすヘビのような気がする。ミズゴケを用意してからは、ケースに手を入れるとすすっとミズゴケにもぐり込むようになっている。
昨夜、玄関の前に体長2センチのカミキリムシっぽい甲虫が死んで転がっていた。わが屋には灯火に虫が来ることは皆無といってよく、こういう小甲虫ですらけっこうな珍客なのである。ただし名前も生態もわからない。各種図鑑等で調べはするが、ただの虫好きオヤジふぜいの力でこの手のものの種名が判明することはまずありえない。貴重な出会いにはちがいないのだから記念として遺影を「たまたま見聞録」にのせ、末代まで語り継ぎたいと思うのだ。
そこで問題になるのはどのように撮るか?ということになる。生き生きした生態なら、それはそう撮ればよいのだが、死体となるとその姿形がもっともよくわかるようにパリッと撮ってやるのがよいだろう。ちょうど図鑑の標本写真のような案配だ。
これまではこういう記録写真はニコンのクールピクス990でやってきた。レンズの周径がちょうどフィルムケースの内径と同じなので、フィルムケースの中に虫を入れレンズでフタをするような形でストロボをたいて接写していた。虫も逃げず、360度から光があたるので影もできず一石二鳥だ。生きた甲虫などは実に具合がよい。ただし、虫が3センチ以上になると使えないことなどから、一眼レフでもきれいに撮る方法を確立しておくべきだと思った。そこでやってみたのが今日の写真である。
台紙は再生紙を利用したコピー用紙でじゃっかんくすみがある。ストロボはサンドイッチ方式で2灯たいた。カメラ側にはケンコーの影とりという布の拡散板をセットしている。私の机はガラス製で、スレーブ方式のストロボは三脚にのって足下にころがっている。それをひっくりかえして紙の下からあてた。そうすると前後からほぼ等量の光を当てることができるから、影はなくなるはずである。こういう接写でなによりまずいのが影ができることだからその点は簡単にクリアーできる。恥ずかしいことに、この方法は今日になってやっと思いついたのだ。
じっさいやってみると、それなりに虫の感じは捉えているものの、思ったほどには美しくない。紙を変えたり、光量の案配、ホワイトバランスをいじればもう少し写るのかもしれないし、カメラのレンズに強い光があたってしまうのを偏光フィルターなどで防ぐ必要があるのかもしれない。非常にお手軽でそれなりの効果がある方法なので、もう少し工夫を続けようと思う。
1か月ほどヒバカリを飼育してみて、このヘビの好む獲物がいくつか判明した。こいつは昆虫は食べない。コオロギやクモにはなんの関心もはらわなかった。ミミズはよく食べる。オタマジャクシはミミズより好きだ。きっとカエルも食べるにちがいないと、わざわざ清川村くんだりからアマガエルの幼体を連れてきた。まず2匹食べさせた。カエルを見るとヘビの目の色が変わるのがわかる。同時に、カエルの目の色も変わるのがわかる。それはまさしくヘビが天敵であることを知っている変わりようだ。個体にとって未経験の敵の姿形をいつ知ったのかというのは人間である私にとって大問題だが、その謎を解こうとするまえに、カエルとヘビが出会ったときの様子をまなこを開いて見ておく必要がある。
ただし、ヘビかカエルかというのはわがやでは大問題である。私も女房子どももヘビはかわいいのだが、それと同じぐらいにカエルもかわいいからだ。とくに女房は前世にカエルだったこともあるらしく、アオガエルに並々ならぬ愛着をしめしている。だから、ヘビを前にしておびえきっているカエルを見るのはつらく、カエルがヘビに飲み込まれるのはわがことのようにおぞましいらしい。女房はこいつでも食わせればどうかとナメクジを捕まえて来てヘビに見せたが、当人はまったく食指を動かさない。
ひとまず残りのアマガエル数匹は後日の餌にすべくミミズを蓄養しているプラケースに入れておいた。すると、翌日になってその全てがこつぜんと姿を消したのだ。家人のだれかがやつらを憐れむあまり縄を解いて放したのかと、次男に聞いてみると「土にもぐっているはず」とのこたえだった。アマガエルが枯葉にもぐったり、冬眠時にけっこう硬い赤土にもぐっていたりすることは確認しているけれども、ほんの2週間ばかり前に上陸したばかりの幼体が土にもぐれるとは思わなかったのだ。アマガエルというと天気が崩れるときに木の上で大きな声で鳴くというイメージが強く、樹上性のカエルだと思い込んでいたのだ。
どれどれと、土を返してみるところころとカエルが出てきた。これではまるでミミズである、と感心してヒバカリとの関係に気づいた。ヒバカリは好んでミミズを食い、好んで水苔にもぐる蛇である。木にも登れるがどちらかというと、地面生活者のようだ。アマガエルも小さい時分から乾燥時などは土にもぐって過ごすことも多ければ、ヒバカリと出会うことも多かろう。ともあれ、アマガエルとヒバカリが出会ったときの異常なまでの緊張感は地質学的な時間を経なければ生まれないはずだ。
ともあれ、オタマジャクシもいなくなり、ミミズも安定的に供給できる体制にあり、次の餌として魚類を試してみようと思った。調べたところ金魚やドジョウなども食うらしい。ではと、「小赤」と呼ばれている金魚を与えることにした。女房は「金魚だと犬のエサより高いんじゃない?」と費用のほうを心配する。私が知っているもっとも近所の小赤屋はティファニーやカルチィエと雑居している建物にあって、そこでなら1匹150円もする。1匹150円というと立派な観賞魚の値段だ。ホルモンの投与で大量繁殖できるようになったネオンテトラよりずっと高価である。そんなものをやっていたら金がいくらあっても足りない。インターネット通販で10匹150円で購入できる店を見つけてひとまず30匹買ってみた。
ヘビのエサ入れは娘が焼いた抹茶茶碗である。そこに体長3センチの小赤を数匹泳がせてヘビに食わせるのだ。ヘビは早朝と夕方に活発にエサを探す。その時間をみはからって、茶碗に小赤を入れておく。敏感な反応をみせるわけではないが、茶碗に小赤がはいっていると感づくようである。ヘビの特徴の舌をぶるぶるさせる動作が激しくなり、水苔からするするとでてきて、茶碗を覗き込む。目はいいのか悪いのか、水面近くに顔を近づけ首をくっと曲げ攻撃姿勢をとって小赤の動向を見ている。けっしてすぐには襲わない。タイミングをはかっている様子だ。
攻撃は素早い。しかしながら、必殺のタイミングをはかっているわりには一発目ははずして、茶碗の中をぶざまに追い回していたりする。ヘビは小赤が大好きだ。2匹でも3匹でも連続して食う。10匹入れておけば10匹食うだろう。3匹食ったあとでも「もしかしたらまだ沸いて出てくるかもしれない」という顔をして1時間ぐらいはまるで水面上に張り出した木の根のふりをして茶碗の中を注視している。
小赤が好みの獲物ならば自然界でも魚類を食べているのだろうか。私はそれをいぶかしく思う。というのも、こいつはまっとうな魚を捕まえるほどには素早くないからだ。およそ魚なんてものは一撃必殺でないとつかまらないものだ。ドジョウだろうがメダカだろうが1回失敗すれば1時間はチャンスがない。オタマジャクシとか、乾期にひあがりつつある水たまりの魚ぐらいなら捕まえられるけれども、魚類を日常の主食にできるほどの器量はこのヘビにはないと思う。
いろいろ工夫して2灯の無影写真はこんなもんでいいだろうというところまで来た。昨日のへビの抜け殻の写真は紙をひかずにグレーのガラスだけでやってみたものだ。ストロボの角度の関係で抜け殻の青い構造色がでているようだ。ヘビの皮が青いわけではないが、ちょっときれいなので保存しておいた。
土・日は仕事で自転車に乗れなかったが、今日はナカガワを降ろして境川に行ってきた。半原越に行かなかったのは体がけっこうしんどかったからだ。さすがに梅雨どきの台風だけあって、台風一過の青空がない。どんよりした雲からは霧雨が落ちている。境川は珍しく無風である。風がないのははじめてかもしれない。力を使わずに普通に走ると時速32kmぐらいになる。無風だとその程度のスピードでは風圧を感じずけっこう楽だということがわかった。これまで、多摩川にしろ豊平川にしろ境川にしろ、1km以上も平地で巡航できる場所はいつも風が吹いていたので、追い風か向かい風かでしか走れなかった。追い風だとけっこうスピードが出ていても「追い風だからな」と割り引いて、向かい風だとけっこう風圧を受けてスピードがだせなくても「向かい風だからな」と自分を慰めていたところがある。今日の感じだと、無風であれば力をつかえば時速40kmぐらいで走れるんだなということがわかった。ただし、境川あたりでそんなスピードを出すのはつつしまなければならない。境川ではびゅうびゅう吹く向かい風にむかって時速20kmぐらいでぜいぜいとがんばるのがイキというものだ。
ヘビの位置づけが気になってちょっと調べてみた。30年ぐらい前にはヘビというのは手足の退化したトカゲだということになっていたような気がするが、今ではDNAの調査も進んで新知見も得られているだろうと思ったのだ。あらかじめお断りしておくと、私は相当説得力ある説明がない限り、ヘビが手足の退化したトカゲだと信じることができない。ヘビの体の美しさ無駄のなさを見ていると井川遥の体だってイマイチかなと思う。きっぱり手足を捨てて海に帰ったイルカの覚悟が分かるような気がする。ヘビにはトカゲと同等の地位を与えたいのだ。
ざっとウェブで調べた限りでは、やはり未だにヘビはトカゲから分化したと見られているようだ。その説明として、穴や水中生活により適応するためとある。たしかにヘビは穴にも水中にも、空中(そいつらはいま鳥とよばれている)以外のありとあらゆる所に適応している。イルカならば手足の退化したけものだということに違和感はない。水中生活には不適当な肺呼吸なんぞをやらかしているからだ。
しかしヘビはちがう。そもそも爬虫類は両生類が水を離れ乾燥に耐えて大成功をおさめた種族とされる。トカゲといえばサンショウウオが乾いたようなもののはずで、そのことについては全く異論はない。そうであれば、トカゲにとって強く柔軟な手足があることがメリットになるはずだ。浮力を失っても大地にしっかり立ち、すばやく動いて餌をとったり敵から逃げたりしなければならない。両生類の時代から手足を獲得することは水を離れることと同時だったはずだ。もちろん、トカゲの中にはミミズを追って穴にもぐるために手足がじゃまになったものもいるかもしれない。ただ、そんなものが主流になれるだろうか。もともと手足を鍛えるのが信条の生き物が手足を退化させるような生き様を選び、しかもそれが主流のトカゲを圧倒するほどの地位を手に入れるというのは進化のプロセスとしてあまりに不自然ではないのか。サルとイルカのように生息地を分けているのならそれも考えられるが、トカゲとヘビは明らかに同じ環境を利用している。
もともと両生類が魚類から進化したとすれば、その過程で手足を獲得したはずだ。ムツゴロウや肺魚なんかのようすを見ていると、かつての両生類もこうだったのかなと思うが、ひたひた歩くためのヒレが頑丈になって手足になったのだろう。一方で、ヒレが丈夫にならずとも上陸することが可能ではないだろうか。魚がヒレを失いヘビになることは手足を獲得してトカゲになるよりも簡単ではないのか。それがあまりに簡単で、その途中形態のヘビ型両生類が短期間で絶滅して、生きた化石はおろか化石すらも残さなかったので、その上陸ルートが学者の目に止まっていないだけなのではないのだろうか。
玄関のわきにあるツユクサの茂みにバケツの水をぶちまけるとガサゴソうごくものがいる。まるまるしたヒキガエルだ。ここのところの雨続きでこいつをよく見る。わがやは全体的に草茫々で近年は森林への遷移も進んで、ヒキガエルも潜みやすい環境になっている。しかも、収納ケースの池がずいぶん気に入っているようで、我がもの顔でしょっちゅう水浴びをしている。いきなり水をかけられたそいつは、多少慌てた様子でフェンスのコンクリートブロックの上にはい出してきた。まさに捕まえてくれといわんばかりだ。手を出しても逃げる様子もなく、つかんでも暴れるでもない。ぎゅっとつかんで女房がそばにいたので、かわいいのがいたぞと見せてやっても喜ばない。彼女はアオガエル系は好きだがヒキガエル系はあまり好きでないらしい。
捕まえたからといってどうするわけでもなく、その辺に放っておく。普通の感覚なら人間にぎゅっとつかまれてしまった日には生きた心地がしないはずである。それなのにヒキガエルは放しても一目散に逃げるわけでもなく、半日後に水をかぶったその場所に戻ってきていた。そのふてぶてしさというか諦念というか危機感のなさは尋常ではないと思う。一説によれば、ヒキガエルは毒だから食われる心配がないということなのだが、しょっちゅうヤマカガシに呑まれているのを見ているし、カラスに食い破られているのも確認している。
そういえば同じこの季節、雨の半原越でやけにヒキガエルの多い日があった。生きて動いているヒキガエルなんて自転車で走っているときにはまず見ることはないのだが、3匹ほども立て続けにアスファルトの上で見つかったのだ。そのうち一匹はまさに自動車にひいてくれといわんばかりの絶妙な場所にたたずんでいたのでさすがにそれはまずかろうと、自転車を降りて谷に捨てようと拾い上げたところ、5匹ばかりのヒルが吸い付いていることがわかった。これじゃ痒いだろうと、おせっかいにもそれをとってやろうと思った。
わたしはいつも気分で野性動物と接している。虫けらなんかはときにかわいがり、簡単に殺す。ヒキガエルに吸いついたヒルをひっぺがすのはヒルにとってはいい迷惑である。雨が降っているとはいえアスファルトに放り出されるのは死を意味するだろう。一方、ヒキガエルにしたって、そのヒルの除去の意味なんてわからないはずだ。鶴の恩返しじゃないにしても微塵も喜ばれることではない。私の手で自動車事故をまぬかれ、ついでに痒さから解放されることなんて意識できないはずだ。なにか気づくとすれば、巨大な生物に弄ばれまさに食われんとしているという程度のことだろう。で、どうやってヒルをはがしたかというと、カエルをアスファルトに仰向けにごろんと転がして、腹に吸い付いているヒルを一匹ずつ自転車の工具でかきとったのだ。その間、カエルは手足をお行儀よくたたんで為されるがままである。強く腹を掻かれるとさすがにイヤイヤと脚をばたつかせるのが唯一の抵抗だ。
いま観察しているヒバカリにしろヒキガエルにしろ、そのお人好しさ加減はあきれるほどだ。それが葉っぱを食っているイモムシだったらわからんでもないが、かれらは他の動物を襲って食べなければ生きていかれない肉食獣なのである。より弱い者を食い、より強いものから逃げなければならない。血で血を洗う闘争を日々くりひろげているのではないのか。俗に言う「弱肉強食」とはいったいなんなんだと考え込んでしまう。
みごとと言ってよいものかどうか、この7月はまさに梅雨らしい天気が続いてほとんど空が見えない。曇り空ばかりで雲も見えないと言って過言ではない。全天を雲が覆っているとどんな雲なのかさっぱりわからないので空を見ても雲を見ていない事になる。そんな調子で今年はまだベガとアルタイルを見ていない。どちらがどちらなのか知らないけれど、ベガとアルタイルはひこ星と織り姫星で、七夕の夜に年に一度のデートをするという伝説がある。
子どものころ私はその伝説を信じていた。ベガとアルタイルが実際に天空で一つになると、素朴に信じていたのだ。7日の夜はわくわくして空を見上げていた。ただし、雲がかかると二人は出会えないということだから、雲があるとベガとアルタイルの移動もないのだと思っていた。
当然ながらというべきか、私はその天体ショーを見ることができなかった。7月7日は今も昔も梅雨である。だいたい雲が出ているものだ。1回か2回はよく晴れて目を皿のようにして夏の大三角を注視していた。天頂にかかる星を見続けると首が痛くなり地面に寝転がって見ていた。言い伝えにあるのは「7月7日の夜に出会う」ということだけだ。時刻は不明で、一方が一方の所へ行くのか、天の川の中央で会うのか、その移動速度はどれほどのものか全くわからない。とにかく見逃さないように注視することだけがただ一つの手段だった。わたしは2つの星のデートは見れなかった。だからといって、現象が起きないことを確認できたわけではない。ちょっと目を離した隙に動いたかもしれないし、あきらめて眠ってしまった後に動いたのかもしれないのだ。お楽しみはまた一年後となる。
一度だけ「おっいよいよか」と緊張したことがある。注視を続けるベガがすうっと動きはじめたのだ。星が確かに空を移動している。じつはそれは光点の自動運動という現象学では良く知られた錯覚に過ぎないのだが、そういうことを自力で発見したのは我ながらたいしたやつだと思う。
早朝、けっこう強い雨が降っていた。天気予報通りである。この調子だと今日は半原越だなと、ぼやぼやしていたら雨があがった。無風で光がよいので庭のヤブガラシに来るスズメバチやクマバチを撮っていると昼になった。雨ではないが、半原越に行こうとナカガワをひっぱり出していつものコースを西へ向かった。途中、ふと思い直して多摩川へ行くことにした。広々した所を走りたい気分だったのだ。多摩川は北東にあるから、ちょうど反対側に向かって走ればいずれは到着する。
ところが私はかなりの方向音痴である。彩雲国物語の李 絳攸ほどではないにしても、もう20年以上も利用している職場のエレベーターを降りて部屋が右か左かで迷っている。高校時代にあの細長い佐田岬半島の尾根を縦走していてワイドリングワンダリングをしたのは伝説といえよう。今日もふと気づくと太陽が正面にあった。これはさすがにおかしい。タイガーモス号でラピュタに向かっているはずなのに夜明けが横からくるよりもおかしい。いくら最後の草刈りはまだ先の真夏とはいえ北半球の午後である。太陽に向かえばそれは南西だ。多摩川は北東にあるのだ。そもそもここはいったいどこだ? という疑問もある。相模原市だというのは標識でわかるが、相模原市は広い。ぜんぜん知らないところである。
とりあえず太陽を背から受けるように注意して走る。迷っているにもかかわらず、車の流れに乗って時速40キロ近くで疾走している自分がかわいい。そんなに急いでどこに行こうというのか。そんだこんだで迷ったあげく多摩川に到着したときには2時間が経過していた。思い起こせば朝食もあまり食っていないし、食べずに2時間も疾走したらハンガーノックになるに決まっている。肝心の多摩川では息も絶え絶えで、ビリーズブートキャンプの代用に自転車に乗っているらしいおっちゃんの後をよたよた走る始末。こうなったら慌てて食っても今日はだめだ。メーターで走った距離を確認するともうすぐ60キロ。最短距離で引き返しても100キロコースになるのか。ひとまずアイスクリームでも食おうとコンビニを見つけることにした。
深夜24時に帰宅すると女房が青ざめた顔で「蛾が羽化した」といって、床を探している。私は一瞬のうちに事情を理解し、これはたいへんなことになったとおもった。蛾というのは、しばらく前に玄関で拾ったスズメガの蛹だ。窓際に置いてあるコチョウランの鉢に転がしておいた。羽化のときにはコチョウランの茎にでも登ると見越していたのだ。ところが、出てきた蛾は予想以上にせっかちで鉢から落ち、さらに1mほど下の床に落ちたのだ。それを目撃した女房は、助かるだろうか死ぬだろうかとおろおろしている。私も「まだ間に合うかもしれない」と行方を探しつつも内心ではあきらめていた。
一般に昆虫の羽化は繊細なものである。殻を脱ぐ前後はほんの些細なショックでも命取りになる。羽化や脱皮のとき、あと一歩のところでダメになった虫をいやというほど見ている。蛾が1mも落ちて助かるとは思えなかった。腹部にまあるい茶色の汁の球をつけ、脚をひくひくさせている姿が予想された。ところが、ほどなくして床に置いてある篭につかまっている蛾を見つけることができた。翅はまったく開いてなくて、確かに2分ほど前に殻から脱したのだとわかった。床に落ちても元気に歩きまわり、篭を足場にして羽化の体勢にはいったのだ。まったくけがもないようで、正常に羽化できる希望もでてきた。
ひとまず飯を食って、30分ばかりして撮ったのが今日の写真だ。床に落ちたショックはないようだ。では、何で助かったのか、なぜそれほど丈夫なのかというのが気になった。おもえば、スズメガは地中で蛹になっているのだから、翅をしっかりたたんだ状態でけっこう硬い体としっかり固まった脚をもち、土をかき分けて地上に出てくるのだ。その間、かなりのストレスも時間もかかるだろう。それに耐えられるのだから、多少の落下で羽化不全を起こすようなヤワな虫ではないということなのだろう。
また、スズメガはハの字型にひらいた三角形の翅の印象が強いけれども、羽化のとき最初はまず普通のチョウのようにぴたりと合せたかたちで翅が延びてくることがわかった。トンボやヤンマも同じような形式で翅が延びていく。そういうことも虫を拾って来なければ気づかない。親父はヘビでも蛾でもなんでも拾ってきて、大抵は殺してしまうと評判は良くないが、そういう非難を受けるだけの成果はあるものだ。
中央林間駅を出ると強い雨だった。天気予報によると上空に冷たい空気が入ってくるということだから、こういう夕立もあるのだろう。いかにも梅雨が明けたかのようだが、天気予報ではまだ梅雨明け宣言は聞いていない。また気象台泣かせの夏になるのだろうか。
夕立の中歩いて帰宅するわけにはいかない。明日配らねばならない紙の資料を大量にかかえているのだ。女房に電話して車で迎えに来てもらうことにした。待ち合わせ場所にきめた中央林間駅のタクシー乗り場付近に向かうと、鳥の声がずいぶんやかましい。ちょうど日が落ちるころで、スズメがねぐらに集まってきているのだ。ねぐらになっている街路樹はおそらくケヤキで4mほどの高さしかない若いものである。街路灯に照らされて枝葉を出入りするスズメの姿も見えている。3本ばかりの木に百羽ほどは集まっている気配だ。スズメがこういうひとけのある所をねぐらに選ぶのはここ最近のことのように思う。都市のスズメは次第に人間を恐れなくなっている。
40年も前の田舎のことであるが、スズメは人をおそれ絶対に近づこうとはしなかった。当時はニホンカワウソですら養殖魚を盗むという理由で撲滅が推奨されていたぐらいで、野鳥保護なんて考えはまるでなかった。罠をしかけてスズメを捕って食べることも普通だった。私も罠でスズメを捕まえたり、石を投げつけたりして遊んでいた。さらには、巣立ち直後のよく飛べないヒナを捕まえて飼育しようとしたり、ひどいときには巣ごとヒナをさらってきてそれをカゴに入れ親が決死の思いで給餌する様子を観察しておもしろがっていた。
そういう社会状況であれば、スズメ社会の中には人間は天敵だという文化が広く浸透するのは当然であろう。文化の形成に文字は必要ない。スズメ社会に人間=敵という文化を作るためには、人間をみたスズメが恐怖・警戒の叫びをあげるだけでよい。特に親スズメの絶叫は子スズメに絶大な影響力を持つだろう。子スズメは人間にいじめられることなしに人間に対する恐怖を刷り込まれるのだ。人間の社会でもゴキブリを恐れる者が増えているが、それは乳幼児のときに母親のゴキブリパニックに接してトラウマを持っているからである。私にはその恐怖は滑稽なものでしかないし、ゴキブリを嫌ったり恐れたりする合理的理由はないのだが、人間ですらもひとたび恐怖心を刷り込まれると正常な行動はできなくなる。もはや日本社会からゴキブリ=敵という誤った文化を取り除くことは無理である。
スズメはふと気づくと人間の友達になってしまった。藤沢市は境川のサイクリングコース脇にちょっとした休憩場所を用意している。そこでコーラなんぞを飲んで休んでいると、すぐに数羽のスズメが足下までやってくる。ドバトよりもスズメの数が多い。弁当を食べている人がいるとおすそ分けを期待する飼い犬のように首をかしげている。パン切れなんぞを投げる人がいると争って食べている。じつにほほえましくかわいい。彼らは人間に対するトラウマのないスズメだ。もう10年も20年も人に襲われたことがなく、人間=敵という文化が途絶えてしまったのだ。
今日の写真はスズメはスズメでも、わがやで羽化したスズメガ。クチバスズメのようだ。大きくて太くて立派なガなのに、いまいち名前がはっきりしない。ウェブで検索しても模様がぴったりという写真がない。幼虫から飼育しておけば、特定もしやすいだろう。
昨日正午ごろ、群馬県前橋市の駅前の道路を歩いていた。アスファルトの舗装も黒々として真新しい駐車場があり、そのアスファルトの割れ目に根を下ろしているスミレがあった。周囲数メートルはアスファルトの駐車場と歩道で植物の姿はない。まったく孤独なスミレである。私はそれが目にとまって「こいつはアリが植えたんだな。こんな餌の少なそうなところでご苦労なこった」と合点して歩みを遅くすることもなく通りすぎた。しかし、10歩も行かないうちに胸騒ぎに襲われた。
スミレの種はエライオソームというアリに好まれる部分がありアリを集めることができる。アリはスミレの種を巣に運び、エライオソームを食べ種の部分は捨てるから、スミレの種は新天地に根を下ろすことができる。その場所はアリの巣の近くでアリが捨てるゴミの養分もあり成育に適した環境である。道端のアスファルトの割れ目で元気に花を咲かせているど根性スミレはたいがいアリが植えたものだ。というような解説にマッチするスミレは無数に見ている。ためしにスミレの種をアリに与えて運ばせ観察したこともある。ちなみに、今わがやの玄関にはそうやって育ったスミレが一株あって種をつけている。
さて、前橋の駐車場で見つけたスミレもアリが運んだものだろうか? いくらその確率が高いからといって、それでわかったつもりになるのは馬鹿ではないか? そのスミレがそこで根を下ろした原因はいまとなってはけっして解明できないはずである。アリが運んだかもしれないし、誰かが蹴飛ばしたかもしれないし、群馬のスミレじじいがせっせと種を播いているのかもしれない。目にとまった自然現象について、定説を当てはめることで満足して通りすぎるような態度は、まっとうな科学者としては恥ずかしいことである。あるスミレからは、そのスミレに特有の何かを教わることができるはずだ。その何かが見つからないとしても、それを追求しないようでは人間をやっている値打ちはない。胸騒ぎとはそんなことだった。
※ちなみに今日の写真は、今日の昼に静岡県の路上で撮影したスミレで本文とは関係ありません。
たいへん暑い一日でほうほうのていで半原越から帰ってきて自転車の片付けをしながら植木をみると、おおきなイモムシがはっていた。スズメガの幼虫だが種類はよくわからない。先日もまだ種名が特定できていないスズメガが羽化したばかりである。要チェックである。
幼虫はぜんぜん落ち着く様子がない。見たところ終齢のようだから蛹化の場所を探しているのかもしれないし、もうちょっと食べたいのかもしれなかった。残念ながら見つけた木は隣のものなので、イモムシも隣人のものだ。勝手にもっていくわけにもいかず、ひとまず写真にとって名前を調べることにした。
保育社の「原色日本蛾類幼虫図鑑」は優秀である。ちゃんと知識のある人ならスズメガぐらいはこれで見当がつけられるだろう。自信はないがトビイロスズメのようだ。とすると、先日羽化した蛾はクチバスズメということにしておいたものの、トビイロスズメのほうが近い感じがする。
トビイロスズメであれば幼虫で地面に潜って冬を越すという面白い習性があると書かれている。30分後、幼虫はどうしているかと発見した木に戻ってみたが、影も形もない。根元に潜っている様子もない。そのへんの草むらにもぐったにちがいない。決定的なシーンを見逃してしまったかもしれない。
地上から見る雲は後ろ姿みたいなものだから、本当の雲の表情を確かめるためには飛行機を使わなければならない。ただし、飛行機はいつでも好き勝手に乗れるわけではない。5日は極めてラッキーな経験をすることができた。
松山空港を出発したのは午後6時。空港で愛媛県中予地方に大雨警報がだされたのを聞いた。事実、松山を飛び立って四国山地のほうに向かうとかなりの雷雲ができていた。飛行機がさしかかったときには衰えており、機体はすんなり雲の中をつっきって青空の下に出た。北西にまだ日はあって、雷雲の名残りの雲のベールにはっきりしたハロができ、左右の幻日はまぶしいぐらいだった。四国から太平洋岸に沿って、天気は比較的よかった。ところどころ積乱雲の峰が夕日をあびて山脈のように見えている。席は進行方向にむかって左側だから、山間の夕立雲を見ていることになる。
羽田が近づくにつれ左前方に写真の雲が見えてきた。堂々たる体の巨大な積乱雲だ。独立峰のように層積雲の海から吹き上がっている。後ろのほうは金床状になっており、手前のほうが若いことを示している。GPSも高度も何の情報もない機体(JAL)で雲の場所も高さもよくわかない。時刻は7時を回っているから場所は富士山か丹沢か。飛行機は10000m付近を飛んでいるはずだから、背丈は13000mほどもあるのだろう。幅は5〜10kmといったところだ。
いよいよ最接近して北50kmぐらいで写真を撮った。雷雲の発達は最高潮でひっきりなしに雷光が見え稲妻も走る。下は激しい雷雨になっているはずだ。写真をとってすぐに電子機器の使用を注意するアナウンスがあって機体は降下をはじめた。下をのぞくと車のヘッドライトの列が確認できる。どうやら三浦半島のようだ。飛行機は東京湾上を北上し、房総半島沿岸にそういつものルートで羽田空港に向かう。
機体が雲の下にでたときにも、とうの雷雲はあった。すでに真っ暗で雲の形はまったく見えなかったが、数分の間に3回の落雷が見えたのだ。その場所は左前方30kmぐらいだ。ということは滑走路の方向からいっても、ちょうどわが家の上に雷雲があることになる。午後7時半、飛行機を降りて家に電話すると、はたしてすさまじい雷雨になっているということだった。はからずも住んでいるところの雷雲を横から見たことになった。
今日は時間がなかったので境川。夏の日中は相模湾から海風が吹き込んでくる。向かい風の中を時速27km、90rpmでくるくる楽に進む。そのぐらいだと汗もかかず運動してつらいという感じもない。強度はおそらく中高年の間ではやっているというウォーキングぐらいだと思う。時速50kmの強風を正面から受けて涼しい。涼しいということは気温は36度を超えていないのだ。太平洋高気圧から吹き出す南風は相模湾上では暖まらない。海水温は30度を超えず、海風はいつも涼しいのだ。ただし、信号待ちのために自転車を止めているとアスファルトの照り返しがもわーっときてめまいがする。かんかん照りのこの道路で風を受けないウォーキングだと自殺行為だ。犬の散歩もヒトイヌともに自殺行為だ。犬だって足が焼けるのでアスファルトを歩きたがらないだろう。こんな日なら自転車や犬や人間でいつも混雑している境川も閑散としてすいすい走れる。盛夏とか雨とか真冬とか、気象条件の悪いときこそ境川だ。
最近はテレビが暑い暑いと言っているけれど、その実感はない。もともと大和市〜藤沢市はぜんぜん暑くならず、わが家ではこの夏、一度もクーラーを使っていない。この部屋は西日が入り、夕方は40度を超え汗ばんでいたけれど、深夜のいま温度計は32度ぐらいをさしていて快適このうえない。一年中こういう気象だと寒くて夜中に目がさめることもなくぐっすり眠れてありがたいのだが。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 3'57" 15.2km/h 非計測
区間2 1.0km 4'45" 12.6km/h 非計測
区間3 1.0km 4'23" 13.7km/h 非計測
区間4 1.0km 5'19" 11.3km/h 非計測
区間5 0.7km 4'27" 09.4km/h 非計測
半原越にいってきた。じつはこの夏、けっこう半原越にも出かけているけど、過去2回は30分をぎりぎり切るぐらいのていたらくだった。さすがに暑く、スタート地点に着いたときにはまったく意気地は残っていなかった。区間タイムを見る気にもなれず、ゆるゆるとただ走っていた。
今日はちがう。気温も25度しかない。涼しい。登りだって大丈夫、汗もかかないだろう。昨日に引き続きキャノンデールを引っ張り出して元気いっぱいだ。タイムは全般的に遅く、区間5が特に悪い。それはチェーンが外れて、自転車を降りてセットし直さなければならなかったためだ。
編集方針が変わって以来、15年ほど読んでいない雑誌「バイシクルクラブ」を書店で手に取ってみた。峠をうまく登る秘訣が書いてあるらしかったからだ。中をざっと見ると「心拍数は80%を越えないこと」というのが秘訣だという。私では80%なら160bpmぐらいになる。その程度で半原越を登るならば30分ぐらいかかるだろう。そのやり方なら1時間でも2時間でも登っていられるが、永遠に速くはなれず上達もないだろう。90%以上で死ぬ思いをして5分でも6分でもがんばるところから道は開けると思うのだ。80%というのは強い選手がレースの駆け引きをやっているときとか、自転車をビリーズブートキャンプの代用にするときの数値だろう。
ついにヘルメットを買った。自転車に乗り始めて40年。いままで何度も転んでいる。川にも落ちた。自動車にもぶつかった。BMXなんてこともやった。しかし、転んで頭を打ったことが一度もない。この20年は非常に慎重に走っているのでひやっとすることもない。力を出すのは土手の向かい風のときと半原越の登りだけだ。絶対ヘルメットなんて必要ないと思うのだが、ついに我慢できなくなった。
というのは、ノーヘルの自転車乗りが100%へたくそだからだ。この1年、ノーヘルで上手な人は一人も見ていない。ヨーロッパのプロが着用必須になったためか、上手な自転車乗りはどんどんヘルメットをかぶるようになった。着用者の5%ぐらいはけっこうな乗り手だと思う。私にも矜恃というものがあり、みてくれも気になる。へたくその仲間とは思われたくないのだ。
今夜は雨風が強い。にもかかわらずけっこうアオマツムシが鳴いている。夏の終わりに鳴き始めるにもかかわらず、蒸し暑さが必要なようで、涼しい夜には鳴かない。コオロギの類は5種ぐらいいるようだが、その区別はほとんどできない。特に、昨日はじめて意識した虫はなにがなんだか見当もつかない。音質はアオマツムシに似ているけれど、力強さが圧倒的で、 ビッビッビッ ビッビッ ビッビッビッビッ というような感じにきれぎれに2〜4音ずつ鳴く。
この夏には、収納ケースのメダカが全滅した。夏の盛りにぽつぽつと斃死がはじまり、2週間ほどで1匹もいなくなった。斃死のしかたが奇妙で、3匹ほど浮いている一方で生きているものは元気にエサもよく食べていた。水質の悪化や酸素不足もなさそうだから、放っておいたのだ。
唯一思い当たる原因には「ヒキガエル」がある。メダカが死に始めたころ、ヒキガエルがずっと池につかっていた。数日にわたってわが物顔で池に浮いているのを確認している。ヒキガエルの体には毒があって、狭いケースで他の蛙といっしょにしていて、他のカエルが全滅したこともあるようだ。収納ケースのように小さい池だと、ヒキガエルから流れ出る毒が魚を殺すこともあるのだろうか。
山と渓谷社が出した日本のは虫類の楽しい図鑑を買ってきた。
台風の影響が心配で半原越に行ってきた。数年前に崖が崩れて1年以上通行止めになったこともあり、半原越ファンとしてはいてもたってもいられないところだ。半原越の道路は土砂崩れの影響をうけやすい。急斜面を切り開いた道路でもあり、排水も万全とはいえない。雨が降ると川になる部分もあるのだ。
さすがに大小無数の石ころがころがっている。新鮮で角張っているものが多い。上から落ちてきてアスファルトに当たったときに割れたものだろう。それらが川になった道路の水に流されて堆積している。大きいと言ってもスイカ並のものはないから思いのほか崖は崩れなかったようだ。バーストには細心の注意が必要で、しばらくはタイムトライアルどころではない。交通量の多いところだと自動車が速やかに石を削ってくれるのだが、半原越では自動車には期待できない。
道路の脇でヒヨドリがばたばたしていた。自転車に乗って近づいて行くと、何をしているのかがわかった。緑色をしたカマキリの成虫を食べようとしているのだ。カマキリのほうでは、鎌を構えて腹をぐっとU字に曲げ羽を立てて威嚇のポーズをとっている。ヒヨドリはくちばしで攻撃をしているものの若干の躊躇がある。カマキリの剣幕にそれなりの注意を払っているのだ。
私がその様子を観察できたのは2秒ほどに過ぎなかった。私が自転車でそばを通過することで水を差したのだ。ヒヨドリは素早く道路脇の木に飛び上がっていった。カマキリは凍りついたように威嚇のポーズをとったままだ。その場を行きすぎて、自転車を止めた。その勝負の結末が見たかったからだ。
カマキリにちょっかいをだすと威嚇のポーズをとることはよく知られている。ただ、その効果についてはいぶかしく思っていた。絶対に鳥には効かないだろうと考えていたのだ。鳥、猫、トカゲなどの天敵とカマキリでは分が悪すぎる。何をやっても無駄だろうと思われる。
試合再開を期待したもののヒヨドリがカマキリのもとに帰ってくることはなかった。彼にとってはちょっとしたおやつを逃しただけで未練もなかったのだろう。いっぽうのカマキリは九死に一生を得たことになる。威嚇することでヒヨドリがひるんだ数秒間にたまたま私が近づきヒヨドリを追っ払った結果になったのだ。もし威嚇のポーズがなければ死んでいたかもしれない。威嚇が功を奏した実例が少なくとも一つ存在したと言って良いだろう。
私のほうは引き返してカマキリの種類を確かめた。ハラビロカマキリのメスだ。近づくとカマキリは一目散に道路脇の草むらに逃げていった。それが正しい選択というものだ。圧倒的な敵に向かっては威嚇なんぞしないほうがいい。
ひさびさに半原1号で半原越に行ってきた。かといってタイムをねらったわけではない。やはり、サンツアーのコマンドーをつけるのが半原1号にはあっているのではないかと思い直したからだ。コマンドーでのシフトの機能はそれほど重要視するほどのことはない。ハンドルバーの手元に支えができるのが魅力に思えたのだ。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 4'22" 13.7km/h 非計測
区間2 1.0km 5'58" 10.1km/h 非計測
区間3 1.0km 5'06" 11.8km/h 非計測
区間4 1.0km 6'14" 09.6km/h 62rpm
区間5 0.7km 4'36" 09.1km/h 59rpm
心拍計をつけて、160bpm台を維持するように心がけた。いわゆる無酸素域を使わない走り方だ。現在は体がけっこう弱っており、無理にがんばっても仕方がない。結果は26分以上もかかってしまった。そのかわり、息が苦しいということはまったくなかった。この調子だと1時間ぐらいは余裕でいけそうだ。
清川村ではモズの高鳴きが聞こえ、アブラゼミですらなにやらもの悲しい。今日はヤマカガシだけで4匹見た。全部アスファルトの轢死体である。とりわけ1頭は大きく1mに達するほどの立派な体をしていた。先週まではヘビはまったく見なかった。ヘビたちも涼しくなって活発になってきたのだろうか。
しばらく見なかったかったヒキガエルがひさびさに収納ケース池に浮かんでいた。夏のものよりも一回り小さく、体色も黒っぽくて別個体と思われる。こちらはいっそうのほほんとしていて触っても全く逃げない。池の掃除をするついでに網ですくって外に出すと、めんどくさそうに一二歩あるく。野生動物なのだからもうちょっと危機感をもつべきだ。ところで、収納ケース池のメダカが全滅してその原因がヒキガエルではないかと思っていたが、それがとんでもない濡れ衣の可能性が出てきた。メダカは全滅しているわけではなく少し生き残っているものがいることが判明したのだ。
今週は庭の草刈り週間である。風呂の脇にある名も知らぬ実生の木を切った。ヤブガラシを刈り、ウキツリボクを刈り、ぼうぼうのツユクサとドクダミを刈った。少し歩きやすくなった。ただし、クモの巣を壊さないよう慎重に歩く必要がある。
今日はキャノンデールで境川に行った。朝から南風が強く楽しく走れそうだから。幸いなことに手持ちの心拍計とシマノのフライトデッキが干渉しないことがわかった。無線式のサイクルコンピューターと心拍計は干渉して誤作動を起こすらしいという噂を聞いており、自分のものもだめだろうとキャノンデールでは使ってこなかった。
風に向かって時速25キロぐらいで走る。52×19Tあたりで90回まわすか、52×16Tあたりで70回まわすか、いろいろ試してみた。心拍計の数値は同じ170bpmでも、高回転で走った方が体は楽だ。重いギアだと体のあちこちが痛くなって続かない。帰りは追い風でも25キロ。その速度で無風状態になる。心拍計の数値はずっと小さくて120bpmぐらい。追い風で170bpmまであげると40キロ以上出てしまう。
昨夜はほとんど眠ることができず元気がなくて山に行く気がしなかった。そこで携帯電話をもって境川。この秋のはじめの季節にもちょっとした撮影ポイントがあり、それを記録しておこうと思った。その一つが、白いヒガンバナである。畑のわきに一株だけそれとなく咲いている。周囲のヒガンバナは一般的な赤いものだ。白い筋が入るようなピンクのヒガンバナもときどき見かける。こいつは純白ではなく少し黄色い。ソフトクリームのような色合いだ。境川では1キロほど離れて2株確認している。
走り始めるとまあそれなりに快調である。気温が高く向かい風が気持ちよい。林では夏を追い立てるようにツクツクボウシが鳴いて、水田では稲穂がみのり収穫が始まっている。いつもと変わらぬ秋の景色だ。ちょっと力をいれるとすぐに170bpmまで心拍数があがる。中村あゆみのスモールタウンガールなんかを歌えるぎりぎりまでスピードをあげる。
おくればせながらドーキンスの利己的な遺伝子というアイデアは無視してよいと結論する。あれは数学的に行動を記述する助けにはなるかもしれないけれど、生命について何ら新しいアイデアをもたらすものではない。「なぜこいつはここにこうして生きているのか?」という問いに対して「なぜならばここにこいつがこうして生きているからだ」という解しか得ることができないのだ。進化の原動力は快楽主義者として不愉快をさけ快楽を追求するパッションとダーウィン流の適者生存が絡み合ったものだ。その結果として個体の遺伝子が残っている。残らないものは滅んでいるというだけのことだ。だから遺伝子の保存状況を調べても、現象としての「なぜこいつはここにこうして生きているのか?」という疑問に対し、数学的な記述で「なぜならばここにこいつがこうして生きているからだ」という解答を返すことでしかない。人間的な感情として「なるほど、だからこいつがこうして生きているのか」という答えでなければ私には意味がない。
こちらは撮影ポイントその2。私のサイクリングコースにはウスバキトンボが群れるポイントがいくつかあり、この場所は代表的なものだ。境川のそばの小さな社がある鎮守の森で、この季節になるとこの茂みの北側によくウスバキトンボが群れている。写真は北側からとっている。茂みの影になる部分にトンボがごっちゃり群れるのだ。それが、エサを追ってのものなのか、風などの気象条件によるものなのか、その複合、つまり気象条件によってアブラムシなどのある昆虫が集まるのをウスバキトンボがねらうものなのか。今日は暑い日にふつうの南風が吹く晴れの気象条件であったが、午後2時から3時にかけてトンボは見あたらなかった。
荻野川から見上げると半原越は霧の中だ。もう雨になっているらしい。思えば、今年は気持ちよく雨の中を走った日がなかった。今日は最後のチャンスかもしれない。今日は半原1号に乗ってきた。いまいちコマンドーがしっくり来ない。レバーが堅すぎてシフトに力が必要なのだ。しかも後ろギアを変えて重くするのに手前に引かなければならない。これは逆だ。さらなる工夫が必要だろう。
距離 斜度 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 3'58" 15.1km/h 74以上
区間2 1.0km 5.8% 4'30" 13.3km/h 65以上
区間3 1.0km 6.2% 4'17" 14.0km/h 69以上
区間4 1.0km 8.4% 5'07" 11.7km/h 57以上
区間5 0.7km 9.1% 3'52" 10.9km/h 53以上
半原越は本降りだった。やっぱり雨が好きだ。渋谷の雨には一滴たりともぬれたくないのに、どうして山の雨はこんなに気持ちがいいのだろう。
今日は、後ろのギアは変えないようにしてみた。坂の緩いところは34×21T。クランク1回転で3.4m進むやや重いギアだ。坂のきついところは前ギアを変速して26×21T。クランク1回転で2.6m進むかなり軽いギアだ。ちなみにタイヤ周長は2.1mとして計算しているので、後ろを21Tにすれば前ギアの歯数がそのまま1回転で進む距離になって計算がやさしい。登りで前ギアを変えるときに恐いのはチェーンが外れることだ。今の半原1号はチェーンの脱落防止もしっかり考えていて、1度も落としたことはないのだが。
インナーギアを使ったのは、1kmの激坂、丸太小屋の急坂。南端コーナーを過ぎて杉林の暗がりコーナーから4kmまで。区間5はアウターにしてダンシングでやってみた。息があがりそうなところで心拍計をみると162bpm。「そりゃないだろう、ぺしぺし」と機械につっこみを入れる。電池切れだろう。キャットアイの初期型のケイデンス計をみると0rpm。こちらは今朝電池切れが判明して交換したばかり。きっと雨でショートしているのだ。まったくどいつもこいつも。フィニッシュタイムは雨で涼しいこともあって久々の21分台。この辺が実力だろう。しゃかりきにがんばっても1分短縮するのが関の山という感じだ。
ファインダーが狭いという弱点をかかえつつもオリンパスのE-500は優秀な接写用カメラだ。特に内蔵ストロボの背が高く、マクロでもよく光が回るのがよい。その能力をもっと活用するためにストロボの拡散板を自作してみた。この方式は昆虫写真の海野さんが小諸日記で公開しているもので、ずいぶん前からまねさせてもらっている。
今回は、ED 50mm F2.0 Macro に合わせて作った。材料は2つ。0.3mm厚の無色透明な塩ビ板と、やや厚めのトレーシングペーパーだ。ED 50mm F2.0 Macro はいかにも塩ビの板を切ってはめ込んでくれと言わんばかりに溝が切ってある。その溝の外径に合わせて円く切り取り、一方の端はクリップオンタイプのストロボを挿入する部分(ホットシュー)に差し込んで固定する。これだけで十分安定する。ケンコーの「影取り」は市販品だけあって、光がよく回る布を使っておりたいへんすばらしいのだが、鏡筒が短いレンズではじゃまっけだ。
トレーシングペーパーは塩ビに合わせて切り取って両面テープで貼り付ける。汚れたら紙を交換する。塩ビ板に細工をして紙を挿入できるようにするというアイデアもある。そうすると、そのサイズに合わせて紙を切る必要がでてきたりするから、もうちょっと慎重に考えて改良していこう。
そのテスト用に撮ったのが左の写真。2Bの鉛筆だ。このレンズは35mm換算で等倍まで寄れるけれども、この写真では70%ぐらいにトリミングしてある。上が拡散板をつかったもの。下が内蔵ストロボを直に当てたもの。絞りはF16でストロボ発光量などは、ぜんぶカメラにお任せだ。一目瞭然、影のでき方がぜんぜんちがう。細い足が何本も写りこむ昆虫のような小型の被写体では、影がないだけでずいぶんきれいな写真になる。
E-500は女房のカメラで、マクロレンズは台所にわいた虫や傑作料理などを撮影している。料理だと50mmのレンズでは50cm以上の距離を置く必要がでてくるので、拡散板はぜんぜん意味をもたない。雑誌に出ているようにきれいに料理を撮ろうとすれば気の遠くなるほど大がかりな設備が必要になる。白ビニールの雨傘でもよいのかもしれないが、女房はまだ試していない。
CC-CD300DWは2004年の5月に買って、2005年の5月に調子が悪くなり捨て置いていたサイクルコンピュータである。それを再投入する必要に迫られた。写真中央上のものだ。こういうごちゃごちゃのハンドルもいかがなものかと思うが、それぞれの計器にはそれぞれの良さがある。一番左のものは格安の心拍計で、その時点の心拍を計る以外はなにもできない。それで十分である。中央下のものが市販されたのは20年ほど前、おそらくこの世で最初の有線式ケイデンス計である。故障知らずでいまなお現役。ただし、雨には弱い。右のものはごくごく基本的なサイクルコンピューター。これらの3つが半原1号に搭載されて、それぞれ役割分担をこなしてきた。それでなおかつ、CC-CD300DWをつけなければならなくなったのは頭が悪くなったからだ。
キャットアイ社はなぜか安いモデルでラップを計れるものを売っていない。それで、4.7キロの半原越で1キロごとのラップは記憶しておかなければならない。1キロは4分7秒、2キロは8分57秒、3キロは13分34秒、4キロは19分8秒というように、帰宅してエクセルのファイルにその数字を打ち込むまでは、忘れないようにときどき思いだしながら走っていなければならなかった。
先週の月曜日、いつものように半原1号に乗って、半原越の白線をスタートした。スタートと同時にケイデンス計のスタートボタンを押す。ケイデンス計は半原越のストップウォッチだ。常時ケイデンスとタイムを表示するモードにしており、自動ではなく手動スタートにしているのだ。その場合は速度と距離がわからないので、右のマイティ8が活躍する。
ケイデンス計のストップウォッチ機能は万全だった。ゴールタイムも記録されている。ただし、気がつくと3キロと4キロのラップタイムを忘れていた。これまで見落としは何度かあるが忘れたのははじめてだ。これはショックだった。ボケが進行しつつあるこの頭では、この先何度も同じことが起きるだろう。対策として、一番楽なのはラップを記録できるCC-CD300DWの再投入だ。
CC-CD300DWは機嫌良く動いているときは優秀だが、ときどき狂いがあって完璧には信用できない。それは無線式だからだろう。有線式でCC-CD300DWと同機能かつ心拍計つきのモデルを市販してくれれば、それ1台でOKなんだが。
近所に一株だけツマグロヒョウモンが集まるキバナコスモスがある。この2週間ばかり毎朝観察をしており、多いときには5〜6頭のオスメスが群れ飛んでいる。私はこの花以外ではツマグロヒョウモンが集まっているところを見ることがない。彼らはよほどこのオレンジの花が好きなのだろう。
因果関係はあるのかないのか、キバナコスモスの花を飛び回っているツマグロヒョウモンはよい隠蔽擬態になっている。花の色合い、形、しぼんだ花びらなどがその翅によく似ているのだ。
オレンジの蝶がオレンジの花に来てカムフラージュが発達することは合理的に理解できる。第一にツマグロヒョウモンにとってその花が自分に似ていることが「理解」できるだろう。なぜなら、彼らは自分の異性もそうして認識しているからだ。異性に似ているものは他のものから区別できるにちがいない。キバナコスモスは「別格に好きな花」になる資格がある。第二に、似ている花のなかに紛れておればそれだけ捕食者の目を逃れやすいだろう。一般に隠蔽擬態は、「死にたくないから隠れよう」としてそうなっていると誤解されてるけれど、本当は好きでいる場所にだんだん体が似ていくことなのだ。
夕方、キバナコスモスからは100mほど離れている植木でツマグロヒョウモンを見つけた。わかりにくいが写真右上すみの枯れ葉のようなものがそれだ。たまたま同じ木にアキアカネがいたのでツーショット写真にした。トンボは左下すみに枝のように止まっている。彼らは一夜を過ごすねぐらとしてこの木を選んだのだ。
おもしろいことに、この木では数年間のあいだに多種多様な虫が見つかっている。付近の他の木、とくに同時に植えた同種の木とくらべても、めぼしい虫が見つかる頻度は圧倒的だ。そういう目で注意するからこそ、薄暗い中で蝶やトンボが見つかるのだ。この木のように、なぜか虫から好まれる場所というものは確かにあって、その「なぜか」こそが擬態の秘密と合同なのである。
念のためにお断りしておきますが、私はツマグロヒョウモンの色合いが、キバナコスモスあるいは類似のオレンジ色の花の隠蔽擬態によってできあがったなどとは思っていません。くれぐれも誤解なさらぬよう。
最近の気温の低下で風邪をひいたらしい。肩がこり節々が痛い。それでも体を動かさないとかえって弱る気がして、半原越に行くことにした。半原1号にはキャットアイのCC-CD300DWを再搭載してからまだ走っていないので、ただしくセッティングできているかどうか確かめたい気持ちもある。しかも、「手元スイッチ」なるものも新たにつけてみた。単にハンドルバーから手を放さずにラップのボタンを押せるという小物だ。こいつで2秒ぐらいはタイムをかせげるか。そういう新しいものを確かめるのはちょっと好きだ。
もうヒガンバナは終わりで、稲刈りもほとんど終わっている。いつもの田んぼは前に来たときは刈り取った稲をはさがけしていたけれども、もうそれも片付けられて乾ききった土に切り株がのこるだけになった。空には巻雲が流れトビが舞っている。田んぼのわきの草むらに腰掛けコーラを飲む。鳴き声の主役はコオロギだ。ときどき遠くアマガエルも聞こえる。アブラゼミにツクツクボウシまで鳴いている。今年はいつまでアブラゼミを聞くことができるだろう。
距離 斜度 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 3'59" 15.1km/h 76
区間2 1.0km 5.8% 4'42" 12.6km/h 69
区間3 1.0km 6.2% 4'16" 14.2km/h 69
区間4 1.0km 8.4% 5'39" 10.6km/h 57
区間5 0.7km 9.1% 4'35" 09.2km/h 未計測
CC-CD300DWは正しく作動してくれるかぎりたいへん便利である。ぼけた頭でラップタイムを覚える必要がない。エクセルを使わなくても平均時速、平均ケイデンスを計算してくれる。シマノのフライトデッキにはない機能だ。区間5が未計測なのはラップのボタンを押さずにストップボタンを押したからだ。それでもラップの計算ができると思いこんでいて失敗してしまった。
走る前から体調の悪さに自覚があったのに、ちょっと無理してみたくなった。区間2で心拍計は190bpm以上を表示している。「うそでしょ〜」と思う。CC-CD300DWの電波との干渉も疑いたくなる。残念ながら、計測は正しかったらしく区間4からはもう体が動かなかった。
今年は庭にジョロウグモがいる。メスは2頭が育っており、写真のものはそのうちの1頭だ。右下に見える小さなクモはメスの巣に居候しているオスだ。この巣はメダカのスイレン鉢の近くにある。だから、メダカにエサをやるときに巣を壊さないように注意して歩く必要があり、毎朝よく見ていた。
8月に見つけて、獲物もそれなりにかかるようで順調な生育を見せていた。ところが、いつの間にかメスの脚が脱落している。いったい何がおきたのか。庭にはメジロやシジュウカラが来る。そういう鳥につつかれたのか。右の第3、4脚がもげて6本脚のクモになってしまっている。脚がもげてもけっこう元気で歩いている。致命的ではないのだろう。
いつか、徘徊性のクモで2本脚になってしまったのを飼育して8本脚に戻るのを確認したことがある。網を張るタイプでは2本脚では生きていくことはできないだろうが、6本あればなんとかなるのだろうか。また、ジョロウグモでも落ちた脚は再生するのだろうか。体のサイズからしてまだ成体にはなっていないようで、この先脱皮もするだろう。要注意である。
朝、通勤途中にルリタテハを見かけた。近所のコミュニティーセンターの掲示板に止まったので、ポケットから素早く携帯電話を取り出して撮影した。先日のツマグロヒョウモンも、すぐ近くの花で携帯電話を使って撮影した。携帯電話で虫を撮るのは易しくはないけれど、使ううちにだんだん慣れてきた。カメラ自体は35ミリ換算で28ミリ程度のワイドな単焦点レンズ仕様で、かなり近づかないとチョウの写真にはならない。これで60センチぐらいまで寄っている。
ルリタテハというと、樹液や熟した柿が似合う里のチョウという印象があり、食草もサルトリイバラであるから、都市の住宅地には似合わない。ちょっと珍しくて撮ってみようかという気にもなる。
じつは9月14日に、たまたまこの撮影地点から20メートル離れた道ばたでチャーミングな毛虫を見かけ、それも携帯電話で撮影しておいた。その毛虫が調べてみるとルリタテハの終齢幼虫だということがわかった。食べていたのは、もちろんサルトリイバラではなく、ホトトギスだった。サルトリイバラには似ても似つかぬ草なので、その毛虫とルリタテハがにわかには一致しなかったのだ。ホトトギスはこのあたりにはたくさん植えられている。じつはわが家にも数株あってこの季節になかなかチャーミーな花をつける草だ。食べ物があれば、蝶もやってくる。
このルリタテハは羽化まもないようで、きれいな翅をしている。もしかしたら、あの毛虫かもしれないと思いながら撮影をした。
距離 斜度 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 3'49" 15.7km/h 72
区間2 1.0km 5.8% 4'30" 13.1km/h 59
区間3 1.0km 6.2% 4'06" 14.8km/h 68
区間4 1.0km 8.4% 5'44" 10.4km/h 50
区間5 0.7km 9.1% 4'05" 09.9km/h 51
半原1号のハンドルバーをやや深曲がりなものに変えて半原越にいってきた。TTをする気はまったくなかったのだけど、なんとなくがんばってみた。風邪気味で鼻から息ができず、いらいらする。今日は重いギアで乗った。26×15T と26×17T。重いったってそんなものだ。15年ぐらい前のツールドフランスのビデオを見ていると、選手達はいまよりもずっと重いギア低いケイデンスで登っていることがわかって影響を受けたのだ。
いつものように庭を巡回して、いろいろな動植物をチェックしていると、ジョロウグモその2の巣にオオカマキリがひっかかっているのが目にはいった。空中に不自然にぶら下がって風に揺れている。まだ元気なようで手足を動かしているものの、逃げようと暴れている感じはない。すっかり困り果てたというていだ。まだかかったばかりなのか、クモの巣もそれほど破れておらず、カマキリの体に糸もからみついていない。
オオカマキリの成虫ならばクモにはたいへんなごちそうにはちがいない。ただし、相手も虫を食う虫である。ジョロウグモだって網の上でなければいちころだ。さて、このジョロウグモはカマキリがかかったときにちょっかいをだしたものかどうか、今は写真左下に写っているように定位置にいて知らんふりだ。もしかしたらちょっと手こずって恐れをなしたのかもしれないし、腹がいっぱいで余裕をこいているのかもしれない。この先どうなるか、それを待つひまは今朝の私にはなかった。ただ、結末を想像することは難しくなさそうだ。ジョロウグモはそれほど巣を張りかえるクモではないから、痕跡を見れば何が起きたのか推理できるだろう。明日以降の楽しみにとっておこう。
ちなみに、わがやのジョロウグモその1はまだ6本脚である。こころなしか元気がないようだ。数日前にホタルガとカメムシがかかってそれを食っているのを見ている。そのあと、3日ばかりはめぼしい獲物もないようだ。巣をよくよく見てみると、横糸がずいぶんゆがんでいる。小学生が宿題で作ったぞうきんの縫い目のように不規則なジグザグなのだ。もともとジョロウグモはそれほど整然とした網を作るクモではないが、ジョロウグモ2と比べてもかなりへたくそだから、脚がもげた影響がでているのかなと思った。
いつの間にかもう1匹ジョロウグモが巣を張っている。ジョロウグモ3とでもよぶべきもので、サイズは6本脚のジョロウグモ1と同じぐらい。夏にはジョロウグモは幼体が5匹ぐらいいたはずで、このジョロウグモ3もどこか他所の庭に行ったものが出戻ったのかもしれない。巣はちょうど庭の入り口に当たるところで、ちょっと歩きにくい。
ジョロウグモ1は久々に獲物を捕まえていた。緑色の虫をぐるぐるまきにして噛みついている。カメムシのようだ。問題はジョロウグモ2の巣にかかったオオカマキリだ。今朝も昨日と変わらぬ体勢で巣にぶら下がったままだ。24時間以上もおそらく飲まず食わずで逆さ吊りの姿勢でいまだに正気を保っているのだからたいしたものだ。しかも、カマキリの目は明らかにクモを見ている。鎌を揃えた姿勢からすると、近づけば食ってやろうとしているみたいだ。クモはずっとわれ関せず。ただし、クモのほうでも新たな獲物はゲットしていないようで、腹はへっているはずだ。
また、巣のオオカマキリがかかっているあたりを観察すると、オオカマキリの手の届く範囲の糸がきれいに切られて、円く穴になっていることがわかった。当然、カマキリが暴れて壊したものだろう。これだけ壊せば、クモは知らないはずがない。ただ、この穴によってクモがカマキリに近づくコースが限定されたものとなる。カマキリの上方、カマキリから見て後ろから近づくしかない。そのコースはカマキリに反転を許し鎌の攻撃を受けることになるだろう。クモとしてはこういう大きな虫は相手がパニックになっている所を速やかに簀巻きにして反撃を許さなくするのが常套手段のはずだ。さあ、いよいよ井伏鱒二の山椒魚のようなことになってきた。
さて、カマキリ対クモであるが、1泊の出張で観察の時間が48時間もあいてしまった。今朝、いそいでジョロウグモその2の所にいってみると、もう巣にカマキリの姿はなかった。そして巣の様子もすっかり変わっていた。いったい何が起きたのか?
現状として、ジョロウグモ2は巣を張りかえている。巣のメインになる垂直の円網は、18日とはぜんぜん様相が異なっており、全面改装を行ったようだ。もちろんカマキリはいないし、カマキリが破ったあともない。カマキリとクモのにらみ合いなどはなっからなかったかのようである。
一方で娘が窓の下にカマキリを見つけた。写真のものである。これがひっかっていた例のカマキリかどうかは定かではない。翅の傷を18日にとった写真のものと照合してみたけれど、特定できるような傷もなかった。姿形からすればかかっていたやつと言ってもよさそうだ。また、このカマキリはかなり消耗している。捕まえても抵抗するでもなく逃げることもしない。その原因はしばらく蜘蛛の巣にかかっていたからかもしれなかった。
さらに、ジョロウグモ2も写真に撮って検証して、小さな変化に気づいた。こちらも6本脚になっているのだ。じつは、18日の段階でも脚が1本もげていたが、今朝になるともう1本がもげ昆虫のような3対の脚を持つ虫になってしまっていた。その脚の脱落の原因がカマキリとの死闘によるものであって欲しいのだが、見ていないのでどうしようもない。また、昨夜は前線が通過してかなりの風雨になった。わずか数本の糸にひっかかっていたカマキリならあの風と雨で糸が切れて落下したのかもしれない。念のために、蜘蛛の巣の下を丹念に調べてもみたが、カマキリの死体は落ちていなかった。
今日は一日穏やかな快晴だった。ジョロウグモその1が網の修繕をしているようで、その様子をしばらく観察していた。写真のように網はけっこうぼろぼろで決して美しくはない。脚が2本足りないから、それなりに不自由はしているはずなのに、その行動に迷いがない。人間的な発想では、あの複雑な網を張ったり修繕したりすることは相当の論理的な思考が要求されると思う。それなのに、クモは一連の動作で迷いをみせない。それぞれの局面では観察していても何を行おうとしてしているのかが読ず、巣の修繕だというのも、その結果をみて、ああそうだったのかと考えを追いつかせたのである。動物の行動は、滞りがあり試行錯誤があればかえってその意味を理解しやすいのだなと感じた。これは人間の理解力の可能性と限界を示すものだろう。作業を終えたクモは定位置に戻り頭を下にして、悠然と写真のような待機の姿勢をとっている。
台風が行き過ぎてすばらしい天気になった。少し早いかもしれないが小春と言いたくなるような日和だ。南の風が強くて暖かい。ナカガワを引っ張り出して境川に向かう。後輪のギアを9速にしてアルテグラをつけた。チェーンも新品のものにした。50×21Tでくるくると85rpmを維持して走る。それで速度は25キロぐらいになる。気持ちよく走るこつはチェーンを交換することだな、と認識を新たにした。向かい風を受けており、心拍は160〜170bpmぐらいになっている。最大心拍数の80%以上のはずだが、それほど苦しくない。1時間ぐらいは平気だ。きっとシリンダの小さい高回転型心臓なのだろう。
台風一過はめでたいとして気になるのはジョロウグモのことだ。強い風雨はクモにとっても打撃のはずで、巣がどうなったか気になる。朝一番に見に行くと、ジョロウグモその3はぜんぜん無事だった。ジョロウグモ1も平気だった。しかし、ジョロウグモその2の姿が見えない。台風にやられたか? そうでもないように見える。というのは、巣が一切合切消えてなくなっているからだ。巣をたたんでどこかで産卵でもして卵を守っているのかもしれないと周囲を探してみたものの、見つかるわけがない。一から追跡することなくそういうクモを見つけようとするのは無謀なこころみだ。
ところで、写真は今朝のジョロウグモその1であるが、腹はずいぶん大きくなって、成熟の印である深紅のマークも広くはっきりしてきた。ということはもう脱皮はしないのかもしれない。脚が足りないことに気づいてから、脱皮をした気配もない。写真の角度からはもげた右第3、4脚がよくみえる。観察しているときにたまたまユスリカぐらいの小さな虫が網にかかった。このクモはすばやく駆けつけて一口に食べてしまったようだ。あまりに獲物が小さくて私の目には捕らえられなかった。獲物が小さいと糸を使わずに食べるのだろうか。ともあれ、そうした様子をみていると脚の不足によるハンディはぜんぜん感じられない。
いつものようにジョロウグモを見に行った。ジョロウグモ1とジョロウグモ3は相変わらずであったが、失踪していたジョロウグモ2が再び巣を作っていた。これまでの場所からはいくぶん手前になっているので、いつもの調子でぐぐっと近寄って危うく網にかかってしまうところだった。こいつは少なくとも24時間以内に網を張っている。ただし、ジョロウグモのあの複雑怪奇な網ではなく、1枚の垂直円網である。似てると言えばコガネグモに怒られるかもしれないが、ちょうどコガネグモのような案配だ。まず、1枚の円網を作ってから増築工事にはいるようだ。それにしても、どういう理由でどこに行って何をしていたのだろう。腹のふくらみ具合からすれば卵を絞り出したわけではないようだが。
それにしても携帯電話でクモの撮影は難しいな。ずぼらをせずに毎日一眼レフを持っておればよいのに。
この季節には動きの遅い虫によく出会う。気温の低下でにぶくなっているだけかもしれないが、秋の物寂しさをもっとも感じるのはそういう虫たちの姿からだ。そもそも、虫たちの死因は大半が捕食によるものだと思う。天寿をまっとうして弱って死にいくさまを目にする機会はめったにない。住宅の回りにべらぼうにいるアブラゼミを見かけるのがせいぜいであろうか。
毎朝「やあ、きょうはどうだい?」と声をかけていたジョロウグモその1がいなくなった。残っているのは大きく破れた網だけである。彼女がいなくなってもしばらくは物欲しげなオスの姿があったが、今朝にはそれもいなくなった。きっとどこかで卵を守っているのだろう。来年の夏に彼女の子どもたちと再会することを楽しみにしておこう。クモ1匹がいなくなっただけでこれほど庭が寂しくなるとは思わなかった。
10年ぶりぐらいに歯医者に通っている。最近は虫歯の治療もずいぶん楽になったと思う。小さいものならちょっと削って、白い樹脂を詰めて固めて終了だ。ものの5分もかからない。接着剤などがこの数十年で飛躍的な進歩をとげたのだろう。
歯医者の窓からは青空がよく見えた。シュークリーム型とでも言おうか、東京の空に濃密なかたまりのでかい積雲がぽっかと浮かんでいる。風にながれるでもなく1点にとどまって成長している。雲頂は鋭い波のような突起が伸びて渦を巻いている。のどかな雲に見えるが、その中はかなりの気流が発生しているのだ。こういう積雲を見ると、まちがいない冬の到来を感じる。もうじたばたしても駄目だ。歯医者の治療台に寝かされたようなもので、しばらくは辛抱するしかない。
空気が澄んですばらしい天気になった。しばらく半原越に行ってなかった。途中の道、鳥の他はあまり動くものが見つからない。ユスリカの群れか、自動車に轢かれたカマキリか、虫はそれぐらいのものだ。すでに指定席になった棚田のわきも、2時前だというのに日陰になっていた。ずいぶん日が落ちるのが早くなったものだ。
山に葉は残っているものの、いよいよ景色は殺風景だ。休耕田のカラムシが一斉に枯れて灰色になっている。カラムシは奇妙な草で、晩秋の終わりまでみずみずしさを失わずに成長を続けるように見えて、冷え込みが来ると一気に枯れて汚くなってしまう。寒さに強いのか弱いのか不明だ。フクラスズメの幼虫らしい毛虫が道路を歩いている。カラムシを食べる毛虫だ。おそらく蛹化の場所を探しているのだろう。一夜にして食べ物が消え失せる寸前でぎりぎり間に合ったのかもしれない。
距離 斜度 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 3'52" 15.5km/h 84
区間2 1.0km 5.8% 5'12" 11.5km/h 78
区間3 1.0km 6.2% 4'26" 13.5km/h 77
区間4 1.0km 8.4% 6'13" 10.4km/h 74
区間5 0.7km 9.1% 4'42" 08.9km/h 74
半原越のタイムは24分44秒。遅いけれども、平均ケイデンスは77rpm。最小26×27Tという極めて軽いギアをつけて臨んだ。この仕様で半原1号を落ち着けようと思っている。
午後4時に帰宅すると、すでに夕方のようで1匹だけ残っているジョロウグモその3が元気なくぼろぼろの巣にぶら下がっていた。寒くて巣を修繕する余裕もないのだろうか。
気温が高く風もなくすばらしい陽気になった。半原1号で半原越だ。今日の目標はゆっくり走ること。はやる気持ちを押さえて、時速15kmで走れる所も12kmで走る。踏まずに回す。26×27Tに入れることをためらわず75rpm以上を維持する。ダンシングはしない。座って回す。タイムは24分54秒。平均ケイデンスは79rpmだった。
距離 斜度 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 4'43" 12.7km/h 79
区間2 1.0km 5.8% 5'22" 11.1km/h 79
区間3 1.0km 6.2% 4'42" 13.2km/h 84
区間4 1.0km 8.4% 5'39" 10.2km/h 77
区間5 0.7km 9.1% 4'28" 09.9km/h 74
今日は虫も多かった。枯れたカラムシにはナナホシテントウが這いチョウやトンボまで飛んでいる。キチョウなんかは成虫で冬を越すはずだからこういう暖かい日には飛び回ることもあるのだろう。なんとなく、魚露目8号という冗談レンズを買ってしまった。
きのう、早朝ののぞみに乗って京都へ出かけた。空気は良く澄み富士山もきれいに見えた。これは一つ写真にと、携帯電話で撮影を試みた。携帯電話だとシャッターボタンを押し込んでから2秒後(体感時間)に写る。のぞみの車内からだとシャッターチャンスなどというものはなく、写真のできは偶然が支配する。
撮って面白かったのは、近くの被写体は形がつぶれて長方形が平行四辺形になることだ。フィルムのカメラでも画像は流れるけれど、これほど顕著にゆがむのは新鮮だ。左下すみの電柱にいたってはもとから斜めに立っているのではないかと思えるほどだ。この写真を分析するに、私の携帯電話では横長写真にすると、下の方からCCDを走査して画像を記録する仕掛けになっていることが推理できる。
日本に住む虫にとって、この冬をどう過ごすかは生死に関わる問題だと思う。ちゃんと越冬の方法をもっていないのは死に絶える。まれには鳥のように南に飛んでいくものもいるらしいが、おおむね虫は種ごとに冬を越す決まったスタイルを持っている。
チョウ、ガなどの鱗翅目のようすを思い浮かべてみても、だいたいあれはこれこれはあれと、決まったスタイルを思いつく。モンシロチョウは蛹。アゲハチョウも蛹。ヤママユガやミドリシジミは卵。オオムラサキは幼虫。ムラサキシジミやキチョウは成虫。
はて、どうしてみんなバラバラなのだろう。単純に考えれば卵が一番寒さには強そうだから、みんな卵で冬を過ごせばよさそうなものである。バラバラなのはおそらく成り行きでそういうことになったからなのだろうが、それはもともとの(おそらくは冬のない地域での生活で獲得した)生活の必然としての越冬態にちがいなかろうと思うのだ。どういう原因からアゲハは蛹で冬を越し、ヤママユガは卵で冬を越すのか、そのあたりをちょっと考えてみる気になった。
ところで卵越冬って本当に有利なのだろうか。そういう研究は知らないし、誰かがそんなことを言っているのも聞いたことはない。私が勝手にそう思っているだけなのだから、その理由を挙げておかないと、のちのち自分が自分を批判する上での不手際になるだろう。
第一に、卵は製造コストが安い。虫は卵→幼虫→蛹→成虫と経るうちにぐんぐん数が減っていく。苦難をかいくぐって成長したものを数か月にわたって、ただじっとさせておくのはもったいないような気がする。モンシロチョウの蛹なんか夏場だとすぐに羽化するのに、越冬蛹は3〜5か月も惰眠をむさぼることになる。幼虫や蛹、成虫は鳥にとってよいエサなのだから、動けもしないのに長期にわたってそういう姿ではいないほうが良いと思う。その点卵なら鳥のエサには不適だし、多少食われても数が多いから生き残るものも多いだろう。
虫の体で寒さや乾燥に一番強いのは卵じゃなかろうか。孵化していたとしても、卵の殻の中で幼虫になってじっとしているのが冬をやりすごすのに適していないか? 体積が小さいほど、乾燥は早く凍結も早いのかもしれないが、卵には殻がある。殻ならば乾燥低温に耐える仕組みにすることも易しそうだ。
距離 斜度 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 4'00" 15.0km/h 76
区間2 1.0km 5.8% 4'30" 13.3km/h 68
区間3 1.0km 6.2% 4'30" 13.3km/h 68
区間4 1.0km 8.4% 5'30" 10.9km/h 60
区間5 0.7km 9.1% 4'16" 09.8km/h 54
天気が良くてあたたかく、久々にキャノンデール650cを天井から下ろして半原越に行くことにした。清川村はちょうど山の紅葉が見頃だ。いつもの棚田からは集落の谷をはさんで向かいの山並みをのぞむことができる。半原越のある経ヶ岳、華厳山そして高取山に続く主尾根から分岐して清川村に落ちてくる尾根である。山の斜面は半分ぐらいが杉などの植林で、のこりはコナラなどの雑木林だ。赤や黄色の派手な木は少ないけれど、西に傾いた日を受けて鮮やかな晩秋のいろどりを見せている。
キャノンデールはよく走る自転車で、ギアも前が52×39という普通のロードレーサーになっている。700c換算だと、コンパクトギアを使っているぐらいの案配だ。平地を高速巡航するのに向いている。しかもギアが重い分、半原越を普通に走ったら半原1号よりもタイムはよい。半原越のタイムトライアル専用車よりもよいタイムが出る自転車を、なぜ「半原○号」として認めないのか? というむきもあるかもしれないが、タイムトライアルとはいえタイムがすべてではない。半原越を走っていて、挑戦していて、気持ちの良い仕様の自転車というものがあるのだ。それは数字には現れない。
半原越を降りて、日が落ちて、コースが日陰になってもまだ寒くはないので快調に飛ばしていた。手放しでクランクをくるくる回して30mほど続くちょっとした登りをスイスイと越えようとしていたら坂を登り切る直前で思いっきり右ふくらはぎが攣ってしまった。とうてい乗り続けられる痛みではなく、崩れるようにアスファルトに倒れ込まなければならなかった。その場に寝ころんで空を見上げて、「この程度で攣るってのはやっぱり冬だなあ。重いギアでスピードにのれる自転車って要注意だ」と痛みがとれるまで考えていた。
考えといえば、この数日仕事(給料をもらっている方の)で気がかりなことがあり、夜も明け方まで寝付かれないような状態が続いている。自転車に乗っていても、そのことばかりをぐるぐる考えて不愉快きわまりない。車上での思考は「哲学」でなければサイクリングの妙味はない。少なくとも私が自転車に乗る意味は皆無になる。
わがやにはまだジョロウグモが1匹生き残っている。それを今朝撮影した。カメラはFinePix S1proでレンズは魚露目8号という円周魚眼の冗談レンズを使っている。シグマの24-70mmの先に魚露目8号をつけて、望遠いっぱいにズームすると四隅やや蹴られつつ全画面に写る。
魚露目8号を買ってから1週間ぐらいたっているけど、まだ本格的には遊んでいない。ちょっとずつテストして今朝はじめて冗談とはいえ見られる写真ができた。どうやらF22ぐらいまで絞り込んで、シャッタースピードは45から60ぐらいに落として明るい日の下で撮るのがよいようだ。むろん、接写するのだからストロボは必須だ。この写真でクモの手前10cmぐらいのところに魚露目8号のレンズがある。巣を壊さないようにしなければならず、ピントはノーファインダーオートフォーカスにまかせた。どちみち、魚露目8号を使えばピントの確認なんてできはしない。そんな高性能なカメラでもなく、眼でもない。
距離 斜度 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 3'52" 15.5km/h 非計測
区間2 1.0km 5.8% 4'36" 13.0km/h 非計測
区間3 1.0km 6.2% 4'22" 13.7km/h 非計測
区間4 1.0km 8.4% 6'02" 09.9km/h 非計測
区間5 0.7km 9.1% 3'48" 11.1km/h 非計測
急に寒くなったと思ったら、ここしばらくはまた暖かい日が続いている。先週に引き続きキャノンデールで半原越。とちゅう、モンシロチョウらしきチョウが飛んでいるのが見えた。本来越冬するはずの蛹が羽化したのだろうか?
半原越は普通にがんばってみた。わりと重いギアでダンシングを多用した。区間3でちょっと張り切って飛ばしたらすぐに息切れしてしまった。このキャノンデールはもらい手が見つかり、まもなくお嫁に行く予定。
ここでは仮に卵が越冬に最も適するステージだとしよう。そうすると、あえて有利なはずの卵で越冬しないものには、卵ではうまくいかない理由が見つかるはずだ。その一つをあげるのは簡単だ。
チョウやガには食草上に産卵するものがいる。彼女らは非常に注意深く食草を選び卵を産み付けていく。幼虫は孵化するとすぐに食べ物にありつけるのだから、うまい手だと思う。ところが、日本には冬枯れになってしまう草木も多い。食草が冬にはすっかり枯れてなくなってしまう場合は、秋の食草に産卵してはいけない。蛹か何かで冬を乗り切って、春がきて食草が芽吹いてから活動を始めるべきだ。
逆に、卵越冬するチョウやガの卵は食草のそばに注意深く産み付けられている。食草産卵以上の母の愛が感じられるものも少なくない。しかも、孵化そして幼虫の成長は、とてもうまく芽吹きと同調しているように思う。卵は芽のそばに産み付けられ、孵化した幼虫は芽吹いたばかりの、いかにもうまそうな葉を食う。葉の成長に合わせるかのように幼虫も姿を変えて、カモフラージュするものも少なくない。
私は、産卵習性が越冬ステージに大きく関わっていると思う。この仮説の信憑性をはかるのは簡単で、食草のそばに産卵するタイプでなおかつ卵越冬するものを数えあげればよい。そのタイプのもので蛹、幼虫、成虫で越冬するものがけっこういれば、産卵習性が越冬のステージに関係があるとはいえない。なにか別の理由を探そう。
距離 斜度 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 4'04" 14.8km/h 81rpm以下
区間2 1.0km 5.8% 4'36" 13.0km/h 72rpm
区間3 1.0km 6.2% 4'53" 12.3km/h 68rpm
区間4 1.0km 8.4% 5'31" 10.3km/h 57rpm
区間5 0.7km 9.1% 4'05" 10.3km/h 57rpm
半原1号を近所の自転車屋に預けた。中古で入手したカーボンフォークを元からのチタンフォークと交換してもらうためだ。できる限り自転車は自分でいじりたいのだが、さすがにヘッドの小物交換は無理だ。あきらめてプロにやってもらうことにした。
そして今日もキャノンデールで半原越。39×25T、700c換算では36×25Tで普通に走った。この冬枯れの殺風景な半原越もけっこう好きな気がする。
わが家からは最後のジョロウグモも消えた。巣はそのままでクモだけがいなくなっているので、力尽きて死んだのだろう。いよいよ、庭も殺風景だ。池に落ちている葉をすくって、繁茂している藻を取り除いた。
午前中まで降り続いていた雨は昼にはすっかりあがり快晴の空が拡がった。さっそくカメラに望遠レンズをつけてミノムシを撮ってきた。このミノムシは先日、通勤途上で見つけたものだ。その形状からオオミノガでまちがいないだろう。ついている木は私の記憶では梅だ。
午後からはキャノンデールで境川をゆっくり走ってきた。気温が高くゆるい北風でたいへん気持ちがよい。走っているうちに、ちょっと足を伸ばして新江ノ島水族館でダイオウグソクムシでも見てこようかと思ったけれど、財布もなにも持っておらず、水族館に入れないことに気づいて断念した。
境川の道ばたの木の枝にもミノムシがいた。オオミノガは今世紀の初めにはほとんど見られなかった。しばらく見ていないことに気づいて、改めて探した冬にはじつに1個も見つからなかった。オオミノガヤドリバエの寄生によって絶滅が心配されていたころだ。
この数年ではサイクリングの途中でもぽつぽつと見られるようになってきた。今日なんかも時速25kmで走っている老眼ですら見つかるのだから、かなりたくさん生息しているのだろう。
やはり、ダイオウグソクムシは見ておかねばならないと決心して、ミネルバを引っ張り出した。ミネルバはフロントバッグと前照灯まで装備されている撮影用自転車だ。フロントバッグにS1proを入れ、境川を江ノ島へ向かって下っていく。
冬らしい追い風が吹いている。時速25kmで走っているのに背中に風を感じるからかなりの北風だ。「こりゃ帰りは生き地獄だな」と覚悟する。道すがら、柿をついばむムクドリ、ずっと気になっていた境川のミノムシ、日だまりに咲いているハコベにオオイヌノフグリなんかを撮影する。フロントバッグに一眼レフがあるとスピーディでよい。
勝手知った境川〜引地川のルートをたどって湘南に出る。ずいぶん富士山が大きくてきれいだ。新雪が中腹まで積もっている。土曜の雨は富士山では雪だったと見える。それにしても、この冬にずいぶんな人が海水浴をしている。さすが湘南だ。
さて、新江ノ島水族館はたいへんな混雑である。そのほとんどが若者だ。最近の若い人は魚類に関心が高くて頼もしい。館内の展示によると天皇陛下も秋篠宮殿下も魚類の研究をされているとあったから、その影響かもしれない。
新江ノ島水族館は相模湾の海を再現していることで名高い。入館するとすぐに人工波が起きる磯の展示があり、強力なライトでカジメやアオサを繁茂させている水槽もある。大水槽にそって海にもぐるようにスロープを降りていくと、深海の生物の展示場がある。チューブワームなど深海の生物は地味なものが多いのだが、娘さんたちは食い入るように水槽を眺め、熱心に説明書きを読んでいる。
目当てのダイオウグソクムシの前は黒山の人だかりになっている。世界最大のダンゴムシの仲間で、1000mほどの深海にしか生息しない生物。現展示のものはアメリカから来たという。一抱えほどもある大理石細工のようなボディは一目見ておく価値十分だ。2匹の虫は深海用の暗くて赤いライトの下でじっと動かない。どの見物人も虫が動くのを今か今かと見守っている。5分ほど注視していると、これは置物?と不安になってくる。そのとき、手前の虫が足をちょっと動かして尻尾をふら〜とさせた。若者たちの間にどよめきが起こった。
「行きはよいよい帰りは恐い」という思いがあったのがいけなかった。少しでも北風を避けるため住宅地を縫って帰ろうと思いついたのだ。いつもの川ルートはふきっさらしの向かい風を受けることになる。もっと賢い行動ができるはずだ。これまで藤沢では常に迷っているが今日は大丈夫という自信があった。西日がはっきり見え北は明確だから迷うはずもない。北と東にさえ向かえばルートを失うはずがない。単純明快なはずであった。ところが30分も行くと、自分の方向感覚を信用してはいけないという、過去何十回となく言い聞かせてきたことを思い知らされることとなった。
ときどき見える富士山がどんどん大きくなっていくのは気のせいか。2回渡ったはずの引地川が2回とも右から左に流れていたような気がするのはなぜか。どうして1時間も走っているのに国道1号線なんぞにぶつかってしまうのか。いつものように数々の疑問を残しつつ、既視感のある道路にたどり着いた。いつも迷って未知のコースをたどるのに結局同じ道に出るのはなぜだろう。
住宅地ルートの開拓はあきらめて境川に出たときにはもうすっかり暗くなっていた。そういえば、けっこうな北風も辛いものではなく、それなりに楽しめる体質だった。夕闇の境川も風情があるし、途中の丘で富士山がよく見える場所があることもわかったし、なによりもでっかくて赤い満月がのぼってきたのがうれしかった。撮影してみたが、月が月とわかるサイズの望遠で10分の1秒のシャッターではぶれないわけがない。三脚なんて持ってないから、ガードレールを利用して気合いで撮った。
卵越冬するものたちの特徴は孵化したばかりの幼虫が若葉を必要とすることにあるかもしれない。それは完全に食草に適応していることを示している。適応というよりも、むしろ落葉樹あるいは冬に地上部が枯死する草本に依存しているともいえる。
むかし、ヤママユガを飼育していたとき、外よりは暖かい室内で卵を保存していたものだから、2週間ばかり早めに孵化してしまったことがある。クヌギもコナラもウラジロガシもようやく冬芽がほころびかけたころで、小さな毛虫は食べるものがなかった。冬芽を切断してほぐして与えても無駄だった。食草である常緑樹のカシの葉を与えても駄目だった。成長しきって固くなった葉は刻んでもすりつぶしても全く食欲をそそらないようであった。結局、孵化した幼虫の大半が餓死してしまう結果となった。春の芽吹きは爆発的に進行するから、それに合わせて孵化するのは綱渡り的職人芸だ。
春に芽吹き、夏に葉を拡げ、秋に落葉する食草に生活環をピッタリ合わせれば年に1回しか発生できないことになる。一方、年に複数回発生するチョウは、食草に直接産卵するタイプが多いようだ。直接産卵する蝶の幼虫は固い葉も食えるようで、アゲハはかちかちのミカンの葉に産卵するし、モンシロチョウも人間が捨てるようなキャベツの固い葉に卵を産む。彼らの生き様であれば、年に数回の発生をすることができる。
卵越冬のチョウはめまぐるしい四季の変化にみごとに適応しているようにみえる。ただし、食草直接産卵型のチョウでサナギ越冬をするタイプも適応が不十分であるとはいえない。アゲハはおそらく南のチョウであるが、北海道にもけっこういる。アゲハは四国ではミカンを食うチョウだが、寒冷地で育つキハダなどの落葉広葉樹も食い、ミカンのない札幌でもよくみかけた。ミカンは寒さに弱くて札幌の冬だといちころだ。いっぽう、アゲハのサナギは氷点下10℃でも凍らないというから、札幌でも十分に定着ができる。越冬態は必ずサナギで、アゲハのサナギはある程度寒風にさらされないと羽化しないという。11月ぐらいの小春にだまされて羽化することもないのだ。
それでもアゲハは完璧な寒冷地仕様とはいえない。アゲハのサナギは氷点下20℃ぐらいに冷え込んで、凍ってしまえば死ぬのだが、北海道には体が凍っても死なないタフなチョウがいる。アゲハはもともと南のチョウで、北上の試行錯誤の過程で低温に強かったのがたまたまサナギであったから、サナギ越冬に固定したのだと思う。そして、固定しているということが長い歴史を物語り、じゅうぶんな適応の証拠となる。
直接産卵のタイプは食草の四季に合わせる必要もなく、一年に何回も発生できるという強みがある。四季にあわせて年に1回だけ発生するよりも、できることならアゲハのようにサナギ越冬して、年複数回の発生ができたほうがいいに決まっている。熱帯であれば複数回発生するのが自然だろう。そもそも虫は熱帯のものというイメージがあり、アゲハに限らずどのチョウのルーツも熱帯だろうと思う。
ツマグロヒョウモンは今現在も北上しつつある南のチョウである。冬期の低温が北上のネックになっているようで、関東地方では定着にはいたっていない。ツマグロヒョウモンは定まった越冬態がない。最も低温に強いステージは幼虫らしい。5℃ぐらいまでの温度には耐えるのではないだろうか。ツマグロヒョウモンの北限を争う各地で厳冬期に大きい幼虫がスミレを食っていることが報告されている。スミレ類も冬に緑の葉を保っているものがけっこうある。
ツマグロヒョウモンが本物の神奈川のチョウになるためには冬眠の能力を獲得しなければならないだろう。現時点では、冬でも暖かいときには活動して、寒くなると動けなくなり、体が凍ればそれっきりというようなことを繰り返しているのだろう。わが家でも秋に蛹化したメスがいて、アゲハのように、そのまま越冬するのかな?と思いこんでいたら、厳寒の12月に羽化してしまい、チョウは羽ばたくこともできずに脱け殻の直下で横たわっていた。おそらく凍死であろう。
この先、数万年の時を経てツマグロヒョウモンが温帯のチョウになるかもしれない。そのときはおそらく、幼虫越冬するチョウになっていることだろう。少し調べてみると、鱗翅目で卵越冬をするのは主流ではないように思えてきた。蛹、成虫どころか幼虫で越冬するものも少なくないようなのだ。
幼虫越冬するチョウとして最も有名なのがオオムラサキだろう。私はオオムラサキが幼虫越冬する必然性を見いだせない。落葉広葉樹である食草(エノキ)に直接産卵するタイプだから卵越冬は無理である。しかし、アゲハのように秋までに十分成長して蛹になり、そのまま越冬して春に羽化してエノキの芽ぶきを待って産卵すればよいのだから、幼虫でなければ絶対駄目というわけではない。ただ、成虫のエサが夏の樹液であるから、そのままの食性を維持するとなるとサナギの休眠期間が長くなりすぎるかもしれない。
エゾシロチョウは最も寒冷地に適したチョウだ。エゾシロチョウは集団で樹上に巣を作り、幼虫で越冬する。冬期の幼虫は耐凍性を有しており、比較的高い温度で体が凍るが、凍っても死なないという。やがて来る厳しい冬を見越すかのように、夏にゆっくり成長し非常にながい休眠期間をもっている。
いかにも低温に弱そうな幼虫で冬を越すのは、ねらってそうなっているとは考えにくい。行き当たりばったりで、それこそ適者生存という有名な法則によって、ふるい落とされ生き残ったものが越冬の技を磨いて今日に至っているのではないかと思う。
庭に生えているコケの写真を撮っている。この写真のものは、チョウチンゴケっぽい葉の広いタイプのものだ。肉眼では土の上に緑の点々となって見える。ちょうどいっせいに芽吹いてきたところらしい。背丈は1mmほどしかない。
いざコケの撮影にトライしてみると、おもわぬ難しさに気づく。まず、どこらあたりがきれいなのか、コケの特徴を捉えるカットになるのかよくわからない。もはや肉眼ではこのコケの葉は見えず、拡大鏡でそれとなくあたりをつけ、35mm換算で2倍ほどになるファインダーで見て、えいやっとシャッターを押す。構図は半分以上運任せ。どんな風に撮れているかはパソコンのモニターに映してはじめて明らかになる。いうまでもなくピントは難しい。地面にはいつくばる姿勢を保つ体力もいる。カメラがぶれないように一脚の工夫も必要だ。
そういう予想された難しさ以外に、ゴミの問題の大きさに気づいた。コケには枯れ葉やら石ころ(砂粒)やらがやたらとついている。特に、犬猫の毛は写真の中で目立って不愉快だ。そういうゴミに撮影前に気づいたとしても、除去は容易ではない。ピンセットは大きすぎて役に立たず、気休めにブロワーで吹き飛ばす程度のことしかできない。
また、今日のコケは葉が非常に薄く、後ろが透けて見えるほどだ。そういう葉の透明感は照明の工夫によって表現が可能なはずだ。この写真では正面からリングストロボ2灯、左上逆光気味に補助灯をあてているけれども、全体にベタな照明となり、葉の透明感と草体の立体感に乏しい。自然状態の地面に生えているコケでもかっこよく撮れるのか撮れないのか、プロの写真も参考にして研究を続けよう。
ひとまず東海大学出版会のフィールド図鑑コケなどを参考に、身の回りに生えているコケの名前をしらべてみた。ぜんぜん正確ではないがひとまず記録しておこう。目につくものを徹底的に覚え、あらゆる状態でその種名を即断できるようになっておくことが、こういうものを覚えるこつだ。
| この3つは自宅の庭に生えている。 | ||
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| ハマキゴケ | ハネヒツジゴケ | ヒロクチゴケ |
この3つは近所で見つけた。 | ||
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| ヘラハネジレゴケ | ギンゴケ | スナゴケ |
半原1号ツーリング仕様で半原越。フロントフォークをミズノのカーボンに変更した。これまでのチタンフォークはフロントセンターが短すぎた。ハンドルを切ったときにタイヤがつま先に当たってぎくっとすることもあったが、このフォークではその心配もない。普通のレーサーのサイズになった。
距離 斜度 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 4'30" 13.3km/h 70
区間2 1.0km 5.8% 5'05" 11.7km/h 66
区間3 1.0km 6.2% 4'17" 13.2km/h 73
区間4 1.0km 8.4% 5'23" 11.3km/h 63
区間5 0.7km 9.1% 4'06" 10.5km/h 61
リッチランドまでの区間の半原越はコケワールドである。道路脇のコンクリートには各種のコケが生い茂っている。自転車に乗りながら、ざっと眺めただけでも5種類ぐらいは区別がついた。ちゃんと調べればいろいろ見つかるだろう。
リッチランドを過ぎてからは、黒っぽいぐすぐすのコケが多くなる。ハリガネゴケであろうか。南向きの斜面のコンクリートにモザイク状に生えている。そのコケの多寡はどうも日の当たり具合によるらしい。広葉樹はすでに葉を落としているが、その枝の影がちょうどコケに落ちている。どうやら樹木の影になるところに密生しているようだ。あまり日当たりが良すぎるとコケの生育には適さないのだろう。昨日のギンゴケは「校庭のコケ」によると、ホソウリゴケのようだ。ギンゴケはあんなに葉が開かないらしい。
コケが気になるとはいえ、この辺の住宅地でこそこそコケを探し回ることは女房から禁止されている。不審者の嫌疑がかかるから。そこで撮影はもっぱら自宅の庭のコケになる。数少ない被写体を撮り飽きるほど撮って、だんだんコツもつかめてきた。
今日の写真は、カメラ市場で買ったジャンク品のマニュアル式 Nikon 28mmF3.5 を逆さまにつけて撮った。いまの私の手持ちの仕掛けではこのレンズがもっとも大きく解像感も高く撮れる。この写真はトリミングはしていない。ピントの合うところで画面の高さは5mmだから、葉の長さは2mmほどになる。ぶつぶつに見えているのが個々の細胞だろう。コケの葉は単純で厚みは細胞1個分しかないという。その葉の薄さと透明感も十分に表現できている。一般的な機材で野外で手軽に撮る方法ではこのあたりが限度か。
地面に寝そべってコケを撮っていると目の前にアリが現れた。トビイロケアリか。寒くはないが、まさかアリが活動しているとは思わなかった。凍りつきそうなのろのろ歩きではなく、それなりにエサを探してけっこうなスピードで歩いている。風がなく日が当たる地面は20℃ほどにもなっているのか。大あわてで3枚撮ったけれど、どれにもアリの目は写ってなかった。ワイドレンズ逆さま方式の接写でF22まで絞り込むと、たとえ日の当たる屋外でもファインダーは真っ暗なのだ。
距離 斜度 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 4'10" 14.3km/h 70
区間2 1.0km 5.8% 4'39" 12.8km/h 63
区間3 1.0km 6.2% 4'09" 14.4km/h 70
区間4 1.0km 8.4% 5'26" 11.0km/h 54
区間5 0.7km 9.1% 4'05" 10.4km/h 51
午後は半原越。風がなく暖かくて絶好のTT日和だ。しないけど。今日は26×16Tで臨んでみた。ノーマルレーサーの39×24Tと同じギア比だ。6%程度の斜度であれば70rpm までなんとか回せるが、8%以上だとがつんと足に来て、てきめんに回転数が落ちる。
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| A | B | C |
Aはたぶんラン藻だろうと思う。その昔、水槽で水草をやっていたときはずいぶんラン藻に悩まされた覚えがある。庭にはびこるぶんには問題ない。去年まで犬がいたあたりで富栄養でもあり、朝夕しか日が当たらず湿っぽいところだからラン藻もはびこるのかもしれない。最初は「これがコケの原糸体ですか?」とちょっとどきどきしたけれど、撮影してみると絡み合う糸のような体は直径0.1mmもあった。原糸体にしては太すぎる。
Bはおそらくゼニゴケの一種。蘚苔類だけど、やはりコケといえばふさふさ感が欲しい。
Cは門のコンクリートの上面を覆っている。ダイダイゴケという名前の地衣類らしい。生きているのかいないのかはっきりしない。コケ以上に生命感の薄いやつだけど、色あざやかなので存在感は相当なものだ。ちゃんと光合成をしている生き物だということは、しばらく皿をのせていた部分が円く抜けている(枯死したらしい)ことからわかる。
空は快晴、風は微風。いつもの棚田はすっかり日陰になっているけど、ぜんぜん寒くない。向かいの尾根の広葉樹はすっかり葉を落としている。わずかばかり残った枯れ葉も一陣の風を待つばかりだ。冬枯れの雑木林の中に数本だけ葉を残している広葉樹はカシワだろうか。葉を落としにくい種類の木のようだ。また、常緑広葉樹も数えられるほどあることに気づいた。大半は背の低いものでツバキの類だろうけど、シイかカシと思われる高木もある。
半原越の尾根の上にはトビが3匹舞っている。その遙か高空を白く光る飛行機が2機飛んでいる。一機は垂直翼が赤いからJALのものだろう。空の青が均一で、飛行機はゆっくり飛んでいるように見える。よくよく注意してようやく爆音が聞こえてきた。このあたりは羽田から西への航路にあたり、いつも飛行機が見つかる。
距離 斜度 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 4'17" 14.1km/h 74
区間2 1.0km 5.8% 4'57" 12.0km/h 70
区間3 1.0km 6.2% 4'14" 14.1km/h 73
区間4 1.0km 8.4% 5'33" 11.0km/h 66
区間5 0.7km 9.1% 3'59" 10.8km/h 48
とにかく回すことに神経を集中した。リアは17-19-21を使い、踏まないよう踏まないよう、それだけを考えた。区間4はおおむね21T。筋肉に余力を感じたので区間5はアウターを使って踏み倒した。26Tのインナー換算では14.4というやや重いギアだ。ただし、守備的な立ちこぎで、パンターニやシモーニが得意とする攻撃的ダンシングとは似ても似つかない。
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朝から冷たい雨がそぼ降って半原越に行くにはかなり辛い。雨なら雨で今日はコケの観察日にしようと決意した。まずは私の一番近くにいるコケ。玄関の門柱に生えているダイダイゴケをみる。写真の左の方が今朝撮ったもの。比較のため先日撮ったものを右におく。縦の長さが約5mmだ。
撮影しようとカメラを持ち出して、肉眼で一見し、コケの部分が多くなっているように思えた。色もこころなしか緑っぽくみえる。ファインダーでのぞくと、コケの一つ一つがふくらんでいることがわかった。晴れ続きのときは赤血球のように中央がくぼんだ形をしていたが、今日は餅のようにまるくふくらんでいる。色のちがいは、太陽光の色温度が原因かとも思うが、コケ表面の透明度も増しているようで、それが差を生んでいるのかもしれない。
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これまではずっと門の上のダイダイゴケを撮ってきた。上の写真のオレンジに見えている部分だ。しばらく皿を置いていた所はまるくコンクリートの地肌が見えている。その側面のコンクリート部分を2平方センチぐらいカメラで切り取ってみると、けっこうコケがついていることがわかる。こんな具合に地衣類はいないようでもいろいろな所にいるようだ。
15日にゼニゴケといったのはシダの前葉体かもしれない。
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コケの名前調べは想像以上に難航している。難しいことは覚悟していたけれど、これほどとは思わなかった。各種の図鑑が整備され、インターネットでは玄人および好事家がコケを図鑑的に公開してくれているからなんとか当たりをつけられるものの、一時代前ならすぐにあきらめていたことだろう。ともあれ、本当にやろうとすれば顕微鏡的調査と長期的な観察が必要なことは変わらない。
写真の右は、先日雨上がりに撮影したもの。近所の公園のケヤキにちょっとだけ張り付いていたのをみかけて何の気なしにスナップしておいた。それほど、きれいなものでも大きなものでもなく特徴もないので名を調べるのはあきらめて放っておいた。そして左は今日撮影した同じコケ。昨日の雨は夜には上がっており、再び何の気なしにケヤキのコケを見に行ったら、先日よりもずっと貧相になっていた。ルーペでのぞくと葉が閉じた状態になっている。これで、名前も調べられるかなと撮影してみた。どうやらヒナノハイゴケというのが該当するようである。ヒナノハイゴケならばサクがつけば確認できそうだ。また一歩「コケのわかるおやじ」に近づいた。
距離 斜度 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 3'55" 15.3km/h 78
区間2 1.0km 5.8% 4'38" 12.9km/h 67
区間3 1.0km 6.2% 4'06" 14.7km/h 65
区間4 1.0km 8.4% 5'54" 10.1km/h 52
区間5 0.7km 9.1% 5'39" 07.3km/h 49
半原越に行ってきた。13時だといつもの棚田はもうすでにかなり日が高い。風がなくて暖かい。どうやら今日から春のようだ。
やはり春になれば気分も高揚するのだろう。ちょっとオーバーペースになった。スタート1キロで4分を切るのはTTペースである。とうてい最後まで持つはずもないが、区間3までは重いギアでぐいぐい行ってしまった。区間5はほとんど死にかけだ。事実、両脚がつっていた。
ずっと気になっていた半原越のコケを採取してきた。最も多い黒いコケは「ハリガネゴケ」であろうと当たりをつけていたので、それを確かめたかった。コケ採集用のフィルムケースを持っていると思いこんでいたが、はたしてサドルバックには入ってなかった。しかたなく財布の小銭をズボンに移し替えて財布にコケを入れて持ち帰ることにした。
今日は走り始めてから北に気が向いたので多摩川へ。年に何回かこういう日がある。多摩川に行くには、境川を北上し、戦車道路から60号線の八王子バイパスを下って湯殿川から浅川を経ればほとんど自動車に悩まされずに済む。ただ、このルートは毎回うんざりする。多摩川は大河で広々と気持ちがいいはずなのだが、なぜか道中がっかりするものばかりを見せられるのだ。東京の近郊はこの地球上で一番つまらない地域かもしれぬ。
4時間走って距離はたぶん80kmぐらいだろう。
今日の写真は写真機。手持ちでコケをスナップするコケ観察専用機。本体はニコンの古いデジタル一眼で、このセットで横12mm、たて7mmぐらいの範囲が撮れる。それ以上も以下も撮れない。というのはレンズがフィルム時代の古い28mmをひっくり返してつけているからだ。ピントが合う距離は、レンズ前数センチで固定だ。その距離は本来はフィルムとレンズの距離である。このレンズで撮る限り被写体のサイズが容易に把握できるというのが唯一の利点。昨日のたまたま見聞録のように物差しを写り込ませなくてもよいのだ。貧乏だからこういうレンズを使っているというわけでもなく、最新型のマクロレンズはどうにも魅力的に見えないのだ。
ストロボはパナソニックのもの。数少ない下の方まで首を振ってくれるやつ。世の中のストロボはなんで上ばっかりしか向かないのか? というのはこの10年来の疑問。光量はマニュアルで32分の1から16分の1ぐらいで使う。このニコンはかつて30万円もした高価なものなのに外部ストロボ用の汎用接点がない。それでホットシューにあやしげなアダプターを装着している。カタログではX接点だと250分の1秒まで同調するとのことだが、パナとニコンの相性のせいか、250分の1秒だと上が5%ぐらい蹴られるため、200分の1秒にしている。ストロボは1灯でかまわない。コケに近いところで発光するため、影が目立たない。
レンズはF22かF16に絞って使うのでファインダーは真っ暗だ。太陽光が期待できないコケが相手だとピントがとれない。そのため白色LEDの強力な懐中電灯は必須だ。コケが全部地べたに生えているなら懐中電灯を転がして置けばその方が手っ取り早い。コケは木の幹にもブロック塀にも生えている。それに先日、ファインダーに突然現れたアリを撮り逃したのが悔しくて意地でカメラに固定することにしたのだ。撮れる場所が1点しかなく懐中電灯も固定でよいから工作は楽だ。家具用の金具と文房具のクリップを組み合わせただけ。ファインダーにはしっかりピントがわかるように拡大鏡を装着している。ゴムを目にしっかり当てれば屋外でも外光が入らないのがよい。ただの目当てゴムだけでもあるとないでは大違いだ。
接写は高価な機材を投入すればうまくいくというものではない。最低限の機材があれば、あとは腕がすべてといって過言ではないだろう。コケの撮影の妙味は写真をパソコンで見てからでないと良し悪しがわからないところにある。ファインダーや液晶モニターでは細部は見えず、ピントの確認もできない。コケだと慎重に画面を構成したつもりでも、ピントの位置が1mmの半分ずれただけで、ぜんぜんだめになってしまう。逆に、ずれてくれたおかげで良くなったことはまだ一度もない。また、コケの体はおおむね光を吸収するのだが光を反射する部分もある。黒につぶれたり白にとんだり、光の計算もちょっとできない。
走り始めて、丹沢の峰をみあげるとすっかり雪景色だ。半原越の上の方が凍結していたらやだなとおもった。今日はあまり日が差さない。ただし風がないので寒くは感じない。もう1月の終わりで冬も終わっているのだ。途中のコンビニでコーラとアイスクリームを買って、いつもの棚田脇で食う。風がゆるく南から吹いているので、北斜面に少しくだって風を避ける。足下にはハコベやヒメオドリコソウが咲きはじめている。
距離 斜度 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 4'17" 14.0km/h 83
区間2 1.0km 5.8% 4'58" 12.0km/h 83
区間3 1.0km 6.2% 4'23" 13.7km/h 82
区間4 1.0km 8.4% 5'40" 10.6km/h 77
区間5 0.7km 9.1% 4'22" 09.8km/h 56
今日は80rpmを目安に回すことに徹した。そのため、後輪は25Tをつけてきた。26×25Tだとほとんど1対1だから、80回まわしても 時速11kmに届かない。逆に考えると、60rpmで時速10kmで走っているところを25Tを使えば80rpm出せるということだ。
帰りに橋1の手前にある新しめのコンクリート壁にはえているコケを拾ってきた。今日はちゃんとフィルムケースを持ってきた。壁はコケの展覧会の様相をていしており、各種のコケが美しさを競っている。その中で見栄えはそれほどでもないが、一番大きなコケをとってきた。
東海大学出版会のフィールド図鑑コケでしらべて、名前は「ナガヒツジゴケ」ということにした。わが家にもこれと似て貧相なコケがあるが、それはハネヒツジゴケということにしている。アオギヌゴケの一種だ。これからしばらく、半原越のこの手の立派なコケはナガヒツジゴケと呼ぼう。
今日は飛行機雲が発達する日だった。時間が経過した飛行機雲は横に拡がって高積雲の太い帯が幾本もできていた。半原越で青い鳥を見る。それほど派手ではない鳥であり、サイズからしてジョウビタキのメスかな? と思ったが羽が妙に青い。腹は白くサイドに赤い模様がある。私の知る限りではそういう鳥はコルリのオスなのだが??? 不明だ。
距離 斜度 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 4'46" 12.5km/h 79
区間2 1.0km 5.8% 5'22" 11.1km/h 77
区間3 1.0km 6.2% 4'53" 10.1km/h 81
区間4 1.0km 8.4% 5'54" 09.8km/h 74
区間5 0.7km 9.1% 4'41" 09.3km/h 71
回して軽く乗ったものの、久しぶりに25分を越えてしまった。半原越ではコケが気になってラップどころではない、というのを言い訳にしておこう。半原越ではコンクリートの側壁に赤茶けたコケが張り付いている。それにボトルの水をかけるとみるみるうちにみずみずしい緑に変色していく。くしゃくしゃにねじれていた葉が水を得て一瞬のうちに開いていくのだ。水の垂れた跡が緑の線になり、傾いた日を正面から受けて水滴が光っている。魔法のような光景だ。
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今日拾ってきたのも地味である。これは清川村のいつも休憩する棚田の側溝に生えていたもの。その側溝には少なくとも3種のコケがあり、こいつは最も底に近いところに生えていた。水のあるときにはいつも濡れている環境だ。
拾ったときから、こいつの名はわからんだろうな、と覚悟していた。いろいろ調べたもののやはりわからなかった。左が乾燥状態。右が洗ったもの。葉の長さは1mm程度である。
あまり日が照らず、涼しいというよりも寒いぐらいの一日になった。比較的脚が良く回っているから、今日は26×17Tの固定でやってみようと思った。「回している」とみなせる回転数をひとまず60rpmにおいて、60よりも下がると守備的なダンシングに移る作戦だ。
区間4にある南端コーナーあたりからはやはり回すのが難しくなり、区間5は全面的にダンシングになった。回せなくなるのは自転車が悪い(つまりギア比が高い)のでもなく、道が悪い(つまり斜度がきつい)のでもなく、体が悪い(つまりスタミナ切れ)であることは明らかなので、タイムトライアルなれば、あれこれとギアをいじるよりも、17〜19Tぐらいに固定しておくほうが効率は良さそうである。
距離 斜度 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 4'07" 14.4km/h 75
区間2 1.0km 5.8% 4'36" 13.1km/h 67
区間3 1.0km 6.2% 4'14" 14.1km/h 73
区間4 1.0km 8.4% 5'17" 11.3km/h 58
区間5 0.7km 9.1% 4'07" 10.4km/h 54
コケは美登里園下の県道歩道のガードレールの下にある緑白色のものを拾ってきた。おそらくギンゴケだろうとねらいをつけての採集であったが、あまりに簡単にはがれ、あまりに簡単にバラバラに分解することには驚いた。
昨日拾ってきたコケは、フィルムケースの中でばらばらになって砂まみれになっていた。そこで、水をはった瓶の中に取り出してピンセットを使ってじゃぶじゃぶ洗って葉の様子を調べてみた。予想のギンゴケならば、葉の先端半分に葉緑素がなく白く透けて見えるはずだ。さてこれはどうだろう?
この10日ばかりの私のタスクはギンゴケを見つけることといって過言ではなかった。朝の通勤時に、いくつかギンゴケであろうと当たりをつけているコケがあり、その中の一つを採集して写真に撮った。
今日は雪も降り、道ばたのコケは濡れている。コケは乾いたときと湿っているときはその姿が異なる。おおむね、乾いたときは縮れたり茎にくっついたりしているが、湿ると葉を開き遠目にも美しくみずみずしく見えるようになる。
ギンゴケは幸いなことにこの決まりが当てはまらず、濡れても葉が開かない。しかも葉の先端半分は葉緑素がなく白く透けて見える。だから、こうして写真に撮って、今日の状態で棒のようになっているコケはたぶんギンゴケなのだ。無性芽らしいものがたくさんついていることもギンゴケの図鑑記述と合致する。
そして写真に写っている葉の開いたコケは、ギンゴケと混生しているという噂のホソウリゴケなのだ、と言いたいところだが、どうも開いているほうはホソウリゴケとは葉の形が違うように思う。12月30日に撮った近所のコケがホソウリゴケだと思うのだが、それよりもずっと葉が細くて尖っている。このタイプの葉を持つコケは近所のいたるところにある普通種である。草でいうとメヒシバみたいなものだ。しかしながら、どうにも名前のわからない難易度の高いコケなのだ。もちろん、それらが同一種なのかどうかすらわからない。
さらに、本日ギンゴケと特定したものよりももっとギンゴケらしいコケも12月30日に撮っている。乾燥状態とはいえ、今日のギンゴケよりもずっと葉がしまってずっと緑白色である。あれをのぞいてギンゴケはないだろうと断言できるぐらいギンゴケなのだが、じつは今日の写真のコケのそばにもそのタイプの「ギンゴケ」が生えており、肉眼ですらその姿は異なって見えるのだ。
今日はついにとっておきのコケを採集して写真に撮った。これをギンゴケとよばずに何をギンゴケとよぶのか、というぐらい銀色のコケである。
採集地は先日もコケを採った渋谷の石がけである。見た感じ昨日のギンゴケと同じものがその石がけにはあり、昨日の採集場所にもこれと同じような白緑色のコケがあるからややこしい。同じギンゴケでも年齢差で姿が変わるのか? 湿度などちょっとした環境で姿を変えるコケなのか? 個体変異の多いコケなのか? 全く別種なのか? こういうわからないことだらけだからこの世は楽しい。
今日の写真のコケは6日に公開したものと同じである。距離にして5mmほどしか離れていない。それをあえてもう一度のせるのは、不愉快な「毛」というものをお知らせしたかったからである。
この写真は道の脇に生えているコケを採ってきてそのまま撮影したものだ。おびただしい数の毛がまとわりついている。その数は10本を下らないであろう。面積からいえば1平方センチに満たない範囲に10本の毛がある。毛の多い部分をあえて撮ったわけではない。それどころか、なるべく少ない所を撮ったつもりでこれである。
毛の落とし主の大半が犬であり、残りの大半が猫であることは疑いようもない。コケはあつらえたように毛をからみつかせる構造になっている。こうしてひとたびコケがからみついたら風に飛ばされることも、雨に流されることもない。動物の毛というものは非常に強固で分解されないらしい。形がなくなるまでに10年以上もかかり、コケには毛が溜まる一方なのではないだろうか。近年は狂気のように犬猫が飼われており、そういう社会の病理が路傍のコケに集まっているのだ。
いうまでもなく、コケの生えている道ばたは犬猫の糞尿の溜まり場でもある。そうしたところにはいつくばってルーペでコケを見たり写真を撮っているおやじは、争って犬猫を買い求める人以上に変人に見えるらしく、女房子どもは他人のふりをして寄りつかない。
通報されない程度であれば変人でも不潔でもかまわないけれど、写真に毛が入っているのは我慢がならない。砂粒や落ち葉のかけら、コケの枯れた茎や葉はじゃまでも味がある。毛というやつには微塵も色気がないのだ。娘さんの陰毛ですら、カーペットあたりにからみついているものは不毛である。この写真は数枚の試し撮りの中の1枚だが、ここまでやられると手の施しようもなく修正する気にならなかった。即座にデスクトップのゴミ箱に放り込み、被写体のコケのほうはルーペとピンセットを駆使して取れるだけの毛を除去して撮影しなおした。それでも1〜2本の毛は各カットに入り込んでおり、そういう毛はデジタル技術を駆使して消去している。老眼で目もよく見えず、集中力も持続力も弱くなり震えの来ている指で取り除くよりもPhotoshopで消すほうが早いかもしれない。
フィルムだと毛が写り込んでいるコケの写真なんてどうにも救いようがない。一時代前なら現像したフィルムを全部ゴミ箱に投げ捨てて、二度と町なかのコケを撮らないと決意していたことだろう。技術革新ってどうよ? というような話をすることもあるけれど、こと写真術に限っては、社会の変化と自分の楽しみが合致した数少ない例といえよう。
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左は近所の家の軒先にあるコケ。近所の砂利をしいた駐車場にも同じ形のコケがある。そちらのほうはこれまでスナゴケとよんできた。同種だと思うのだが、写真の軒先のほうは乾燥して縮れた状態を見たことがなかったので別種かもしれないと考えていた。
今日また女房の冷たい視線に耐えながらこのコケを撮影して図鑑などで名前を調べ、どうやらナミガタタチゴケにたどりついた。スナゴケとよんでいる駐車場のやつもナミガタタチゴケの可能性が高い。
コケの同定には普通の草なら花にあたるサクという胞子の入れ物の形が決め手になるそうだ。今日のナミガタタチゴケのそばには写真右のコケがあり、秋からサクをたくさんつけていた。今日見るといっそうきれいなサクがついており、これできっと名前もわかるに違いないと、大喜びで自慢の撮影セットを持ち出して気合いを入れて撮影してきた。
カビのような繊細な葉をつけている非常に特徴あるコケなので専門家が見れば種名も一瞬で判明するのであろう。ところが、手元の図鑑(フィールド図鑑コケ、校庭のコケ)とインターネットを使っても検討すらつかないのだ。どうにもこうにもならない。名前調べの手強さはいよいよ増すばかりである。
コケを撮ろうと庭に出ると、昨日降り積もった雪が解けておらず、コケが見えなかった。雪をどかしてまで撮影するほどでもなく、もてあましたカメラでツタにへばりついている雪を撮った。
関東地方で雪が降るということは南の海上を低気圧が発達しながら通っていくということで、つまりは春がめぐって来たということなのだ。今年も苦手な季節をうまくやりすごすことができた。昨日から小さなハエらしき虫が部屋の中をぶんぶん飛び回っている。あれも私と同類だ。
太陽は強く屋根やアスファルト道路の雪はみるみる解けて乾いていく。冬の北海道では積もった雪は解けることなく春を迎え、3月には1年ぐらいは解けそうもない量になる。それが驚くことに4月には魔法のようにあっさり消えてしまうのだ。神奈川県の2月の太陽をもってすれば数センチの雪なぞものの数ではないだろう。
春の日が気持ちよく、午後3時から自転車に乗ることにした。さすがに半原越は雪が残っているだろうから、境川に出かける。もう強い北風もつらくない。気持ちがざわざわするのはやはり春なのだ。
1月13日に見つけた近所のコケは「ヤノウエノアカゴケ」と判明した。確実ではないが図鑑の記載等とあわせてそう判断した。こいつは、集合住宅の脇にある形ばかりの広場の小石混じりの地面に生えている。その広場はかつては広大な屋敷林に隣接していた。現在住人のゴミ置き場になっていることと浮浪者の寝泊まり場となっていることもあり、いつもゴミをかき分けながらの撮影となる。ゴミを膝と肘にあてて置けばクッションになる。ずっと肘膝を酷使しないなまった生活を続けている身にはちょっとありがたい。ちなみに9日のサクをつけたコケはツチノウエノコゴケと見ている。
今日は昼頃に東京で仕事があり、あまり遊べなかった。帰宅してからわが家のハマキゴケを観察していると、赤黒い毛虫が見つかった。ツマグロヒョウモンの4センチほどに成長した幼虫である。幼虫を見つけたところはあまり日があたらず、寒さのためか動きも鈍い。終齢ではなさそうだから、もうちょっと食べなければならないだろう。食草になるスミレ類も見あたらない。この先、わずかばかりのタチツボスミレが芽吹くまで半冬眠状態で生きていかれるか、あるいは暖かくなって隣家のパンジーのところまで這って行かれるか、かなりぎりぎりの線であろう。
関東のツマグロヒョウモンは幼虫で越冬するようだが、はっきりした越冬態が定まっているわけではないと思う。今年の冬はけっこう暖かかったものの、けっこうな積雪もあった。多少の雪はやりすごせるようだ。いずれにせよ、けっして好適環境とはいえないわが家で幼虫が生きているということは今年の関東平野では相当数のツマグロヒョウモンが生き残っているはずだ。
ぼわんとでも表現しようか。青空に浮かぶのは冬の雲である。上空はかなり西風が強いらしく小さな雪片まで落としている。丹沢の上の方では雪なのだ。天気予報では気温は5度ぐらいまでしか上がらないというが、2月半ば午後1時の5度といえばぽかぽか陽気だ。こうして棚田の草むらに座って風を受けていてもちっとも寒くない。足下にはオオイヌノフグリが咲きそろっている。
田んぼの用水の脇には緑の餅のようなコケのかたまりが少しだけある。ふとそのコケ餅をみて、すくなくとも3種類がモザイクを作っていることがわかって思わずにやける。ギンゴケ・ホソウリゴケ・ハリガネゴケ。ひとまずそれらに似ているものはそうよぶ。しかもギンゴケはわずかながらサクまでつけている。
距離 斜度 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 3'51" 15.5km/h 83
区間2 1.0km 5.8% 4'56" 12.1km/h 78
区間3 1.0km 6.2% 4'12" 14.3km/h 82
区間4 1.0km 8.4% 5'55" 10.5km/h 72
区間5 0.7km 9.1% 4'11" 10.0km/h 77
半原越は今日も回して23分。膝から下、ふくらはぎにはぜんぜん力を入れないギア比と走り方に全神経を集中した。2かしょばかり、解け残った雪が道いっぱいに凍りついているところがあり、けっこう滑った。今日ぐらいの回転数で脚に負荷をかけずにあと3分短縮できれば、いっぱしの自転車乗りだろう。それはできないことではないようにおもう。
自転車に乗っていてもやはりコケは気になる。帰りに、コンクリの防護壁に生えているきれいなヤツを拾った。匍匐型で頻繁に枝分かれする繊細なものだ。たまたま赤いので、この写真でみると枯れた杉の葉のようだ。ただし、写真の幅は8mmほどである。
コケは拾ってみたものの、どうせ名前はわかるまいと半ばあきらめていた。この半原越の道ばたにある全部のコケを記録できたら、いっぱしどころかひとかどであろう。とはいってもこの一生の残りの時間を全てつぎ込んでも無理だろう。あと、2サイクルぐらいの人生を用意しなければ間に合いそうもない。というようなことを下りながら考えていた。
久しぶりにカメラをもって半原越へ。コケのある風景なるものを撮影しようと目論んだからだ。いっぱい撮ったものの整理が追いつかないまま深夜を迎える。コケは撮影も処理も難しい。というわけで写真はついでに撮ったオオイヌノフグリ。この季節の定番。いつもコーラを飲みながら休んでいる棚田の脇の草むらに咲いている。一見どってことない写真だが、これはこれで普通には撮れないカットだと詳しい人にはわかる。
半原越では今日も回すことを心がけた。ふくらはぎに力をいれないように。昨日の疲れが残っているようで、思ったほどに脚が回らなくなると、自転車に接触している部分、つまりペダルのほうに神経がいって踏みつけてしまう。たちが悪い間違いだ。自転車はふとももの裏と尻の連結して動かすことを思い描かなければならない。今日はそれに気づくと、田代さやかの驚異的なハムストリングを意識することにした。ばかげているようで、これが意外と効果的で内心驚いている。
距離 斜度 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 4'07" 14.5km/h 77
区間2 1.0km 5.8% 5'07" 11.7km/h 71
区間3 1.0km 6.2% 4'22" 14.0km/h 74
区間4 1.0km 8.4% 5'43" 10.2km/h 69
区間5 0.7km 9.1% 4'44" 09.2km/h 66
途中、ルリビタキを2度見た。今日は至近距離から3秒も見たので間違いない。前は0.5秒ぐらいだった。さらに、トラツグミらしいのが前を横切っていった。これは0.5秒ぐらいしか見ていないから、いまいち自信がない。
復路は写真機のテストもかねてコケの写真を撮りながら帰った。普段から数打つ方ではないが、ついつい100カット以上も撮ってしまった。
それなりにコケの種類がわかりなおかつ環境も表現するとなると、普通の写真機ではなかなか難しい。簡単にそういうスナップをものにしようとすれば、ちょっとした工夫が必要になる。この写真はニコンのCOOLPIX 990 という旧式のカメラに魚露目8号という特殊なレンズをつけて撮った。魚露目8号は小型の円周魚眼レンズで、COOLPIX 990 の望遠側でならけられなく撮れる。レンズが被写体に触れるぐらいまで近づいてもピントが来る。この写真ではレンズがコケのサクに触れている。COOLPIX 990 には純正の円周魚眼レンズがあって画質は圧倒的によいけれど、首からカメラをぶらぶら下げてロードレーサーに乗る場合は不向きだ。でかすぎるし、レンズ前1cmではピントが来ない。軽快さで魚露目8号に軍配があがる。
COOLPIX 990 は今でも優秀なカメラだと思う。ニコンの最高級機でありながら300万画素というのが時代を感じさせるが、使い勝手の良さは特にマニュアルで圧倒的である。レンズ部が可動式なのは、地面すれすれとか目線以上から俯瞰する場合に威力を発揮する。ねじ込み式の円周魚眼レンズなんて付属品があるのもすごい。ピントの合わせやすさとか画質とか感度とか電池の持ちとか手ぶれ補正とか、テクノロジーの部分ではカビが生えたような代物であるけれど、デジカメはこうあるべきというコンセプトはぜんぜん古くないと思う。なぜニコンがこのタイプの開発をやめたのかはけっこう謎である。
いつもの棚田はこういう場所だ。奥にはこの田んぼのオーナーの住む清川村の主たる集落とメインストリートがある。さらに小鮎川の谷を挟んで向かいの山が半原越がある尾根だ。半原越の峠はこの写真では左の上のくぼみのあたりだ。後ろは道路をはさんで数件の集落があるほかは、畑に杉林といったこの地域らしい山林が広がり丹沢の奥山まで続いている。
この田はおそらく自家用米を作っているのだと思う。米の作り方はオーソドックスなものだが、秋にはさをかけて天日干しをしているから丁寧に作っておられることは確かだ。これだけの田があれば一家5人の一年分の米が取れるだろう。左のほうは草ぼうぼうで、この数年は田をやっていない。しばらくは草も刈っていなかった。ここだけではなく清川村の田んぼはふるわない。転作したらしい茶畑や休耕田の草むらばかりが目につくのだ。
私はこの数年、1週か2週に一度はここに来ている。週2回来ることも少なくなかった。半原越に行くには清川村のメインストリートである県道60号線を行った方が楽で近い。しかし、その道路は生活車、工事車、行楽車、暴走族でごったがえしている。当初はそのけたたましい車列からほんの少しでも逃れるために、この奥の道に入ってきた。そして、私の習い性となっている「水を見たらのぞき込まずにはおれない」という習性にしたがってこの田を見て、思いのほかの虫の多さが気に入って毎回立ち寄るようになった。
12月から1月は午後1時ともなるとすでに日陰で、風があたるとけっこう寒いからそうそう長居もできなかった。この冬、ここでアイスクリームを食う気になったのは1回だけである。飲み物もコーラではなく、ホットレモンなんてものにしたことすらある。もうその辛苦の季節も終わった。春の清川村はまるで桃源郷である。村の人達は木の花がずいぶん好きらしく、3月から4月には梅、桜、桃、ツツジなどが咲き乱れる。この田の周辺でも菜の花や各種雑草がいろどりを添え、広葉樹が多い向かいの山は七色の新緑に包まれていく。田に水が引かれると、アマガエルやシュレーゲルアオガエルが集まって産卵し、田はオタマジャクシでごった返すようになる。同時に、ミジンコやらゲンゴロウやらヤゴやら正体不明の虫けらがうようよわいて、除草剤が入るまでつかの間の楽園が出現する。半原1号をごろんとねころがして、草むらに座ってコーラを飲みアイスクリームを食いながらカエルの声を聞くのだ。
春らしい低気圧が近づいているようで、暖かい南の風が極めて強い。半原1号で半原越に向かう。今日は、コケを1種採取してこようと決めている。目的のものではないが、いつもの棚田から少し行った路上にハイゴケのかたまりが落ちていた。けっこうコケははがれやすく、コンクリ壁の泥の集まる部分に生育するものは育ちすぎるとぼろぼろ落ちるものである。ハイゴケはそういうタイプでもなく、こんなものをわざわざむしる人もいないだろうに、と不審に思った。ハイゴケの周辺には落ち葉や木の枝も散乱しており、どうやら風で飛ばされたものと結論づけた。ここのハイゴケはコンクリ壁の上部から側面に垂れ下がるように生えているものが多い。そういうやつは下から吹き上げる風に引きちぎられて落ちるかもしれない。突風でもきたのだろう。
距離 斜度 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 3'56" 15.3km/h 63
区間2 1.0km 5.8% 4'48" 12.5km/h 51
区間3 1.0km 6.2% 4'40" 12.7km/h 72
区間4 1.0km 8.4% 6'18" 09.5km/h 55
区間5 0.7km 9.1% 3'46" 11.1km/h 45
そろそろTTの練習もしておかねばと、かなり重いギアで乗ってみた。その結果、区間3でもうだめだ〜とばかりに力尽き、区間4はだらだら走った。区間5は気を取り直してダンシング。重いギアを使いこなすことはTTには必要だ。
予定通り、2連橋の先にあるコンクリ壁のコケを拾ってきた。縮れた葉をつけ、ひものように垂れ下がっているのが気になったからだ。うまい具合に路上にたくさん落ちており、壁からひっぺがす必要がなかった。ここも風が強かったらしく木の枯れ枝なんかが散乱しているから、なにかにあたって落ちたのかもしれない。その近くにある黒っぽくて細長い直立型のコケもついでに拾った。さらに、30分前には捨て置いたハイゴケもポケットにいれて持ち帰ることにした。
帰宅して写真を撮り、名を調べたが2つともわからなかった。チョウチンゴケのグループかな?と当たりをつけるのが精一杯だ。
昨日は春一番が吹いて、今日は快晴ながら強い風が非常に冷たい。目を覚ますやいなや今日はだめだ、と観念した。だめだというのは自転車のことだ。こんな日にはもう乗れない。一度春気分を味わっているのに、こんな冷たい風の中なんて楽しく走れるもんじゃない。
魚露目8号とCOOLPIX 990の取り合わせが思いのほかよく写ることに気をよくして、近所のコケをいろいろ撮った。被写体のシチュエーションとしては悪いものばかりである。その悪さは住宅地でのコケの生息環境を良く物語る。そうした写真としては極めて難しいシチュエーションを、どう料理してコケの種類と環境を一枚に収めるかがカメラマンとしての腕の見せ所だ。
写真は近所の家の軒下にあるナミガタタチゴケ。てのひら2枚程度の群落である。北側の道路に面しており、杉の木もあってほとんど直射日光はささず、かなり湿った環境にある。葉を巻いているものと開いているものが半々だ。この数日の乾燥状態を思えば、これらが全部ナミガタタチゴケ一種とすれば、全部が巻いていそうなものであるが。
午前中に時間があったので風呂に入って近所のコケを魚露目8号で撮ってくることにした。この辺でもホソウリゴケとかギンゴケとか、都市の住宅街で普通に見られるというコケが都市っぽい姿をして生えている。そういう姿を撮っておくのも面白いものだ。
今日の収穫は、近所の公園の浮浪者の寝床のそばにあるノミハニワゴケだ。写真にあるように、冬の間棒のようだった胞子体のサクが乳房のような風合いにふくらんできている。こういうサクが2つ見つかった。じつは、このコケは1月に見つけてからどうにも種類がわからなかったものだ。2月11日のこの日記では「ヤノウエノアカゴケ」といったこともある。それは近所のアパートの駐車場から拾ってきたのがヤノウエノアカゴケで、いろあいがよく似ているために口が滑ったのだ。冷静に見ればこの2つはあまり似ていない。ノミハニワゴケはポピュラーな種類なので手持ちの図鑑にもちゃんと出ているのだが、季節の違いか何かで写真がちっとも似ていないので候補にも上らなかった。インターネットでコケのファンサイトをいろいろ見てようやくそれらしい名前が判明したのだ。この先、サクが熟せばもっとはっきりするにちがいない。
ついでに、住宅地で道ばたにかがみ込んでコケを愛でるのはかなり後ろめたいものである。愛媛県八幡浜市の山道を自転車で走るぐらいの後ろめたさがある。何をしているのかと尋ねられ、ストレートにコケを撮っているのだと答えると、だいたいはコケの名所を教えてもらえる。愛川町のどこそこの谷の岩にはきれいなコケがついていたからあれを撮るべきだ、とか。それもいいけど、大和市の犬の毛まみれのこれもいいと納得してもらうのはちょっと難しい。今日はたまたま浮浪者が別のベンチで収穫物の雑誌の整理をしていたので、このコケを撮影をすることができたが、たとえ相手が浮浪者であっても後ろめたい気分にはかわりがない。彼が定位置に転がっているときは、後ろ髪を引かれる思いで引き下がってきたのである。
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コツがわかって魚露目8号+COOLPIXでの撮影が面白くなってきた。午前中は近所のコケの撮影。左上から時計回りに、軒下のナミガタタチゴケ・通路の石の隙間のハマキゴケ(たぶん)・駐車場の敷石のスナゴケ・道ばたのブロック塀のギンゴケ。
魚露目8号はもともと円周魚眼で180度の画角を持つ。それをズームのテレ側で撮ることでけられをなくしている。そうしても歪曲はかなりうるさい。人工環境では縦、横の直線が多く、直線はまっすぐに写っている方が気持ちがよい。魚露目8号で直線をまっすぐに写すには、中央にもってくるしかない。今日の写真はぜんぶそうやって魚眼っぽさを薄めている。縦横の比は2:3でトリミングはしていない。全部中央から放射状の構図ではまぬけに見える場合も多いから、3:4や正方形で撮って、トリミングして掲載するのがよいだろう。
距離 斜度 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 3'41" 16.3km/h 75
区間2 1.0km 5.8% 4'32" 13.2km/h 61
区間3 1.0km 6.2% 4'09" 14.5km/h 66
区間4 1.0km 8.4% 5'39" 10.6km/h 49
区間5 0.7km 9.1% 4'09" 10.1km/h 46
午後は半原越。26×15Tという重いギアで登った。途中で変速しようと、コンピュータを見たらケイデンス計が動いてなかった。センサーがずれて磁力をキャッチできていないのだ。あとあと計算ができなくなるから、そのまま上まで行った。
COOLPIXも持ってきて前回失敗したコケを撮り直した。リッチランドのコーナーの清水の出る岩壁には各種の美しいコケが生えているが、撮影は難しい。支えがなく手ぶれする。急斜面なので上の方には近づけない。前回は手ぶれでひどかったが、今回は露出がオーバーだった。前回一段半アンダーにして、それで良かったのに、補正なしで撮ってしまった。明るいところは白飛び、暗い生息地の感じもでていない、どうにもうまくない。自転車でくたびれていて手は震えてるし、頭がぼうっとしてどうでもいいやという気分になっている。酔っぱらいみたいなものでたちが悪い。それに、COOLPIXの液晶モニターはこの老眼にはほとんど見えないから、現場でとれだかを確認することができない。また撮り直しだ。
コケの胞子体が火のように赤い。胞子体は普通の草でいうと花に当たる部分で、春に成長するものがけっこうあるようだ。こうやって見つけるコケの大半は名前がわからず、わからなくて当たり前という気になっているものの、胞子体が見つかれば名前に行き当たる確率は大幅にアップする。普通の草木も花に種の特徴が現れるのとよく似ている。
夜にけっこうな雨が降った。日中はそんな気配が全く感じられなかったのでいささか驚いている。まだ春の天気になじんでいない。
渋谷の道ばたの花崗岩で作られた石がけに張り付いていた茶色のコケを拾ってきた。採集したときは名前の検討はつかなかったが、拡大してみるとすぐにハマキゴケだろうと推測はついた。ハマキゴケは乾いたときには葉は水牛の角のような形に巻いて、両手の掌をすぼめたように萎縮するから、肉眼では汚らしいぶつぶつにしか見えない。このコケもほとんどただの土塊であり、拡大してみると無数の毛が絡まって非常に汚らしい。それだけゴミが多く葉も古いということは、かなりの年数を経ているということが推測できる。
写真を撮って気になったのは、その葉の痛み具合である。どうも虫に食われたように見えるのだ。植物に虫の食痕があることは珍しいことではない。しかし、それがコケとなるとあまりお目にかかったことがない。しかも採集場所が殺風景な道路脇で、微少な虫ですら生息していそうもない所だ。ハマキゴケを食う虫がいるのか、それとも食痕ではなくこの傷がついたのか。虫が食っているならばそれを目撃すれば良いだけのことだが、この写真の横幅は5mm、葉の長さは2mm程度であるから、そう簡単なことではない。
半原越のリッチランドコーナーの岸壁を広く覆っているコケである。なんの因果でこういう姿になってしまったものか。名前もそのままネズミノオゴケという。まさしく大きさ形といい模様といいねじれ具合といい、ネズミの尻尾と形容されるべくしてこの世に生まれたとしか言いようがない。これが一面に密集している様子は少々おぞましいものがある。もしネズミノオゴケという名でなければ、アオミミズゴケとか、もっとろくでもない形容のされ方になったであろうと想像する。
朝起きたときから、水のような鼻水が止まらない。手の指が腫れたようにむくんでいる。のどが痛い。花粉症の症状だ。半原1号で走り始めると目が痛くて涙が止まらない。鼻水と涙でぐしゅぐしゅで、春になったことがうれしくて感涙に咽ぶようにも見えなくもないが、ただのアレルギー症状である。目、鼻が痛くても、まいいか、と走り続ける。目の痛みもずっと続くわけではなく波があるから、どうしようもないときは放っておいてやりすごせばいい。途中、この春初記録のモンシロチョウを見る。暖かくなったから、グローブもシューズも夏仕様に変えた。
今日は、回すことを心がけた。半原越では、おおむね15分ぐらいの所から脚が上がらなくなる。脚というのは片方で15kgもあるそうで、15分というと、それを1200回も持ち上げていることになる。つまりは、この脚を持ち上げる力を鍛えることがタイムアップにつながるのだ。今日は、3.8kmのところで、もう脚が上がらないとギブアップした。そこからは軽いギアでくるくる回すことはあきらめて、アウターに入れて守備的ダンシングに移った。
距離 斜度 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 4'25" 13.6km/h 81
区間2 1.0km 5.8% 4'59" 12.0km/h 77
区間3 1.0km 6.2% 4'17" 14.0km/h 81
区間4 1.0km 8.4% 5'35" 10.6km/h 69
区間5 0.7km 9.1% 4'19" 09.9km/h 52
今日の写真は1kmのケヤキ。スタートからちょうど1kmの道路左わきにけっこう立派なケヤキがたっている。北側は各種のコケがびっしりついて、なかなか勇壮だ。
平凡社から出ている「日本の野生植物 コケ」という図鑑を買った。2万円もする大型本で、すでに絶版になっていることもあり、入手は楽ではないが購入に迷いはなかった。
図鑑のタイトルはかねてから方々で見聞きしていた。しかし、内容がかなり専門的なので必要はないであろうと思っていた。使いこなすには修練が必要で、私にはそこまで躍起になってコケの名を特定する必要はないからだ。それが一月ほど前、たまたま図書室で見かけてぱらぱらと開いてみて驚いた。書物を開いて魂がぶっとんだのは久しぶりである。即座に「これはもう買うしかない」と思った。
もちろん、図鑑としての内容はオーバースペックで私には必要ない。欲しくなったのは写真のせいだ。写真は昆虫図鑑によくあるような標本写真を切り出すタイプではなく、野外の生態写真が使われている。その写真がことごとくすばらしいのである。図鑑であるから写真の役割は種類の同定であろう。その種の特徴が良く写っていればよく、それが必要十分条件のはずだ。「日本の野生植物 コケ」の写真はそんなものではない。いわばそれはコケのお見合い写真とでもいうべきもので、個々のコケがもっとも美しく光り輝くときを見計らって撮影している。しかも、丁寧にお化粧をほどこし、種々の撮影技術を駆使して、本人が逃げ腰になるんじゃないかと心配になるぐらい綺麗に撮られている。そういうのが1枚や2枚ではなく、全てのカットがそうなのだ。これだけの写真をものにするためにどれほどの労力がかかったことだろうと想像するとめまいがしてきた。しかも、それだけのお値打ちものが「きれいなのあたりまえじゃん」といわんばかりに無造作に並んでいるのも好印象だ。世にいう写真集なるものは複雑なレイアウトが施されている。そこにちょっとでも破綻があると、それはもう手元に置くには耐えないしろものになる。
1986年に山と渓谷社から出た「野外ハンドブックシリーズ13 しだ・こけ」を手にしたときも、同様の衝撃を感じた。あれはお見合い写真だとは思わなかった。芸術写真だと感じた。コケの種類や生態を説明するためのもので、その用途を満たしているのに芸術的であった。普通、石碑が写っていれば石碑の写真になり、樹木が写っていれば樹木の写真になるのに、そういうカットでも主役は地衣・蘚苔・シダだった。スチール写真でそういう表現も可能なのだと目から鱗が落ちる思いがした。ちなみに、2つの図鑑には撮影者として同じ写真家の名前が記載されている。
午前中はいつものように庭で過ごす。わが家にもようやく遅い春がめぐってきてハコベが咲いた。ハコベの花は何回開閉するか? ということを突き止めようとしてから2年が過ぎてしまった。簡単なことも間の悪さや怠慢で解決できないことがある。
半原越はシッティングで最も速く走れそうなギア比でやってみた。回転数にはこだわらずスピードを重視した。途中、カナブンの轢死体を見たような気がして帰りに探してみたけど見つからなかった。この季節にカナブンの成虫がいるはずもなく、カナブンと間違えるような虫も珍しいから、あれはなんだったのかと気にかかる。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 3'47" 15.9km/h 79
区間2 1.0km 4'42" 12.7km/h 66
区間3 1.0km 3'58" 15.0km/h 77
区間4 1.0km 5'22" 11.1km/h 68
区間5 0.7km 3'57" 10.8km/h 60
リッチランドを過ぎたところの並木の下に、ホウオウゴケらしいものがあったので拾ってきた。詳細に調べるとはたしてホウオウゴケには間違いないのだが、種名は特定できなかった。ホウオウゴケは難しいらしい。
昨夜から庭でアズマヒキガエルのカエル合戦が始まった。庭に水たまりを作ってから3年以上たったが、ヒキガエルが産卵場所にこの水たまりを選ぶのははじめてのことだ。この1、2年でも近所の宅地開発はかなり進んでヒキガエルの生息が難しくなりつつある。私の庭で産卵できたとしても、その子どもが親になる可能性は極めて低いだろう。ただ蛙には蛙としての喜びを味わわせてやりたいと思う。
半原越には地衣類も多い。写真は、橋1手前右手に生えている桜に着生している地衣類だ。ウメノキゴケかムカデゴケか、その類だと思う。地衣類の同定は端からあきらめている。
地衣類は影の薄い存在だった。子どもの頃からこのたぐいのものがあることは意識していたが、それが生物なのか無生物なのか、生物としても生きているのか遺骸なのか、判別はつかなかったしつけようという気にもならなかった。とくだんじめじめしているところにあるわけでもなく、からからの日差しが照るところにもなく、なにやら「古い」臭いのするところになんとなくあるもの、という程度の印象であった。
ところが、そういうあっけらかーんとした地衣類に牙をむかれたことがある。四国の四万十川の源流の一つに滑床渓谷がある。中学生の頃から滑床が好きでよく遊びに行った。蘚苔類にはじめて好感をもったのも滑床だった。
滑床渓谷には沢沿いに美しい原生林が続いている。四国では極めてまれな場所だ。その登山道のない滑滝という沢をつめて尾根に登っていくのが毎回の楽しみだった。最初は川の中を歩き、ときどき藪をこいで尾根が近づくと、やや緩やかな場所に出る。表面はごろた石が敷きつめられ、沢は伏流して見えない。雨で増水するとけっこうな流れになるらしく石は研磨され角がとれている。空は木々がまばらに覆い明るい。山深い山中とは思えない奇妙な場所だ。
多少、足下が悪いものの、藪をこぐのとルートを失うのを嫌ってそのごろた石の上を歩くことになる。その石はことごとくなにかに覆われていた。ちょうどペンキを塗ったように、石の地肌が見えなかった。いま思えばあれは地衣類の一種だと思う。少なくとも白と青白いのとの2種類は区別ができた。
その地衣類がくせ者であった。たしか、白いのはぜんぜん滑らないのに、青白いのが魔法のように滑るのだ。青、白は逆かもしれない。東京人のお約束として、冬の札幌を革靴で歩いてこけたことがあるが、そんなものは比べ物にならないぐらい良く滑った。アイススケート場なんて、あれに較べれば砂場みたいなものだ。
あそこで転ぶと周辺はごろた石である。肘だの尻だのいろいろな所を打ち付けて痛い。幾度となく痛い目にあっているから、青白いのは踏まないように細心の注意を払うのだが、いかんせん青白いのと白いのは極めてよく似ており、その中間のものもある。3度4度と滑るうちに疑心暗鬼となり神経症の様相を呈してくる。おそるおそる万全の態勢で臨んで、しっかと踏みつけ、一安心と思った矢先にすってーんと滑っちまうと涙もでてくる。かかわりたくない生き物ってのはあまりいないのだが、あいつばかりは苦手だ。
今日は雨で観察ができなかったものの、ちょっと集中して調べて、ハコベの開花回数は1回だということが明らかになった。1回しか開かない花をすくなくとも1つ見た。ハコベは草のてっぺんに次々とつぼみをつける。それが順番に開いていく。花は午前中に開き、同時に葯が割れて花粉がむき出しになり、アリやアブなどの虫によって受粉されるようである。花は、夕方には固く閉じ、同時に花柄が伸びて花は垂れ下がるようになる。翌日の明け方には水平よりも下向きになっている。そうして花の中で種が熟していく。
今日は、春分。1年のはじまりのめでたい日だ。残念ながら昨夜から冷たい雨が降っており外に出るのがつらかった。カエルたちも同じように辛かったのか、今日はまったくなりをひそめている。今のところ数頭集まっているのはオスばかりのようで、気合いは空回りするばかりなのだが、メスも来るのだろうか?
いつもの棚田の向かいの山の木々はぼうっとけむるように色づきはじめている。広葉樹の新芽の赤や黄の色合いだ。そうした林を眺めていると、これからは楽しいことばかりだ、と素朴に明日を信じる気になった。
半原越はとにかく回してみることにした。緩いところもきついところも、90rpmを維持してみようと思った。ギアは26×27Tという1対1よりも小さいものがあるから激坂でもなんとかなるのではないかと考えていた。しかし、15分ももたずに断念した。それなりの強度で高回転を維持するのは、高強度で低回転を維持するよりも難しい。トレーニングが必要な乗り方だ。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 3'58" 15.1km/h 90
区間2 1.0km 5'04" 11.8km/h 81
区間3 1.0km 4'10" 14.4km/h 81
区間4 1.0km 5'29" 10.8km/h 54
区間5 0.7km 4'16" 10.3km/h 56
帰宅して、近所の集合住宅の歩道のコケを撮りに行った。昨日、ケヤキの下の砂地でナミガタタチゴケが夕日に光っているのを見つけて驚き、歩道のコンクリートブロックの隙間にたまった土に5種類以上ものコケが生えていることに気づいてまた驚いた。写真はその中でも黄緑色が鮮やかで美しいコケ。どうやらネジクチゴケのようだ。サクがつけば名前もはっきりするだろう。
ネジグチゴケのついでに近くのハリガネゴケも撮っていたら、ファインダーの中で何かが動いた。コケの中にはトビムシなどの微少な生き物がけっこういる。ただし、屋外の自然状態で写真にすることは難しい。よいチャンスだと、その虫にピントを合わせて撮っておいた。パソコンで見ると、とうの虫はちゃんと写っていた。ダニだろうか? ところが、その右上にもっと大きくてかわいい虫も写っている。そちらは撮影時にはまったく気づかなかった。残念。千載一遇のチャンスだったのに。
午前中はハコベの開花をしっかり見極めることにした。日曜も休みなので、今日ちゃんと記録をしておけば開花の回数を確認することができる。わが庭では日当たりが悪く、午前11時ころにはまだハコベは開かない。11時になってようやく半開きだが、そのときにもう葯はすっかり開いて花粉はむき出しになっていた。
ハコベのついでに近くのコケも撮っておいた。冬に見つけて成長を楽しみにしていたのだけど、霜柱なんかにやられて息も絶え絶えな感じでもうだめか、とあきらめていたやつだ。それが、少し緑が回復しているようなので、魚露目8号つきのクールピクスで1枚だけスナップしたのだ。
その画像をパソコンで見て驚いた。なんとサクができているのだ。小さな球形のもので、この形のサクということはヒロクチゴケらしい。じつはわが庭でのサクは記念すべき初記録なのである。
午後からは半原越。サンツアーコマンドーの8Sを使って、9段のデュラエースをXTRでシフトさせるというマニアックな仕様にした。けっこううまく動いている。スタートから38×24Tを使って攻め気味に走ってみた。区間2までは快調だったけれども、後半おもいっきりたれてしまった。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 3'38" 16.4km/h 84
区間2 1.0km 4'36" 13.1km/h 70
区間3 1.0km 4'05" 14.6km/h 72
区間4 1.0km 5'42" 10.4km/h 59
区間5 0.7km 4'11" 10.0km/h 51
帰宅してもう一度、ハコベを見に行く。5時前にはもうすっかり花は閉じている。このまま開かずに、花柄が伸びて花が垂れ下がるようであれば、ハコベの開花は1回ということになる。ハコベを撮ったついでに、ヒロクチゴケのサクをレンズでのぞいてまた驚いた。なんとサクに小さな虫が登っているのだ。先日撮り逃したあの虫と同じ種類のもののようだ。思いも寄らぬシャッターチャンスの到来だ。どうやらマルトビムシらしい。本来だと、こういう虫は撮ろうと決めて周到な準備をしないとものにならないものだ。
午前中はハコベの開花におつきあいするつもりだったが、庭のハコベが開かない。気温が低く太陽もあたらないから咲かないのだ。こういう日でも開けた畑なんかだと咲いている。わが家ではお手上げだ。
ぐずぐずしていると冷たい雨が来そうである。正午前にはハコベはあきらめて荻野川に撮影にでかける。じつは昨日、荻野川の堰堤に謎の草を見つけており、速やかに撮影する必要があるのだ。というのも、ちょうど田んぼに水を引き込む季節であり、可動式の堰堤がどうなるものかわかったものではないのだ。「どうなるものか」というのは具体的には掃除されて草が撤去されるということに過ぎないが、そうなってしまっては私としては悲しいのである。数時間後には雨になるらしく空は厚い雲に覆われ暗い。もしかして帰路あたりで降られるかもしれない。風景を撮るにはぜんぜん光がないがしかたがない。ともあれ、丹沢大山の頂が見えることだけが頼りだ。もしかしたら雲のきれた所から薄日が差すかもしれない。
ひさびさに自転車を移動の手段に用いて目的地にやってきたものの、雲は切れずどうにもいい写真にはならなかった。ただの証拠写真を数枚撮った。昨日、ホトケノザが群生する畑を見つけており、そこにも寄ってみた。学校のグランドほどの広さをピンクの花が覆い尽くしてなかなか壮観である。ホトケノザはいわゆる畑の雑草だから広範囲に放置されることはない。これを最初見たときはレンゲかと思った。ただし、ぜんぜん光が足りなくて見られる写真にはならない。こちらも謎の草とどうように人の都合で消えてしまう光景だから、証拠としてしぶしぶ撮っておいた。
今日は一眼レフカメラを携帯した。この季節はいろいろ撮りたいものがある。風景の移り変わりが速く、週に1度の頻度でしか遊べないこの身では、数少ない機会を逃すと5月に悔やむことになるから。
いろいろなポイントで撮影しながら、ゆっくり半原越の入り口に入った。走り始めると、妙に気がせいて重いギアをぐんぐん踏んで2kmのチェックポイントを8分で通過した。いくらなんでもやりすぎで後半だめだろうな、と覚悟はしていたが案の定、久々のギブアップ状態になってしまった。区間4からは両足ともふくらはぎがつってペダルが踏み込めない。26×27Tを使ってだましだまし息も絶え絶えに頂上にたどり着いた。
半原越では中腹のソメイヨシノが満開だ。下りはキブシやコケを撮りながら下った。カメラはニコンのD70sでレンズはフィルム時代のシグマの24ミリをつけた。ちょうど、35ミリの標準のように撮れる。かなりの接写が効くレンズでコケもいける。軽量コンパクトでウエストバックにちゃんと収まる万能セットだ。さいわい例のホトケノザの畑はそのままで、撮り直しをすることもできた。
じつは、D70sで風景を撮影するのははじめてで、しあがりだけは「鮮やか」にして、なるべくオートで露出補正もしないようにやってみた。おおむねきれいなのだが、数枚だけ、色温度や絞りがあり得ない写真が出てきた。バッグの中に入れたり首からぶら下げて自転車にのっておりいつの間にか設定ダイヤルが動いてしまったのだろう。
今日も昼から半原越。昨日のやり方とは全く変えて、かるくゆるく登ってみることにした。2キロのチェックポイントで昨日よりも1分半ほど遅い。それだけ押さえていることになる。区間4・5でもふくらはぎやふとももを使わない走り方をこころがける。けっして速くはないけれど楽だ。クランクの回転数は60〜80rpmぐらいでなるべく一定になるようなギアを使う。けっきょく、ギブアップした昨日よりも1分ほどタイムがよく、疲労感もない。これが賢い乗り方であるが、非力な人はかなり軽いギアを装備した自転車を用意しなければ練習ができない。半原越だと私の力では26×24Tが必要である。一般的なロードレーサーではトリプルにしてもっとも軽いギアでも30×27Tだから、それでもまだ重い。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 4'23" 13.7km/h 74
区間2 1.0km 5'01" 11.9km/h 78
区間3 1.0km 4'11" 14.3km/h 75
区間4 1.0km 5'27" 10.9km/h 70
区間5 0.7km 4'17" 10.2km/h 70
帰宅しても日が高く、先月に見つけたコケのポイントを撮影しておくことにした。この辺ではちょっと珍しいスギゴケらしいコケが生えている所だ。撮影してアップでみると、どうやらメインになっているのはナミガタタチゴケらしい。コスギゴケらしいものも一部あり、葉が著しく萎縮している。発見時は湿って葉がひらいていて美しかった。
これは、コケやハコベを撮影するのに大活躍しているカメラである。軽量コンパクトで接写なのに失敗がない。普通は1〜2mmぐらいのものを撮る場合は特殊なレンズとストロボ、三脚が必要になる。そういう大げさなことをせずに、手軽に撮影ができるようにこのセットを工夫した。毎朝出勤前に庭に寝ころんでハコベを撮ったり、近所で公園の浮浪者に紛れてこそこそコケを撮ったり、自転車のバッグにこいつを入れてちょっとした遠征をしたりする。
一番の特徴はレンズに水道管を縛るバンドでとり付けた三角の半透明プラスチック。一番長い斜辺の内側には、アルミのテープを貼ってある。内蔵ストロボから発せられた光は微妙に計算された角度のもと、アルミテープに反射してレンズ前数センチにほぼ真上から落ちる。いうまでもなくそこに被写体がある。この写真ではカエルの右前足の爪あたり。ピントが来る場所は、レンズ前2センチ〜4センチ程に限られる。反射板がレンズ前に突出している長さが最も遠い焦点にあたる。逆に言えば、その範囲しか撮れないので、アルミテープ反射式の照明でじゅうぶんなのだ。
レンズも改造(壊)したものである。といっても前玉を外しただけだ。ケンコーの1.4倍テレコンをつけて、35ミリ換算で等倍から6倍ぐらいまで楽に撮れる。昆虫写真の海野さんがホームページで紹介されていたのを見て感激し、すぐさま使い道がなくなったニコンのフィルム時代の旧式ズームレンズでやってみた。ケンコーだったか、市販品にも同じ構造のものがあるが、中古・ジャンクのものを改造するほうが楽しいと思う。
このレンズはもともとはオートフォーカスにも対応している電気製品である。ためしにいろいろなネジを外して分解しようとして、電気の配線がぞろぞろ出てきたのにはびびった。もはや素人はカメラレンズの中を見てはいけないものになっているらしい。そういう複雑なテクノロジーのおかげで、撮影は極めて楽である。露出はマニュアルで絞りはF22〜16。シャッター速度は160分の1秒。内蔵ストロボが同調する上限だ。ストロボはTTLという涙が出るぐらいすばらしい仕掛けが使える。ファインダーは解放のF3.5で覗けるので明るい。ピント合わせの補助として強力な白色LEDのライトをクリップオンしている。日影の撮影が多いコケには重宝する。花が閉じた夜間のハコベもこれで撮影した。
こいつを手持ちでパシャパシャ撮って、ピントと構図以外でNGカットがぜんぜん出てこない。今は庭にぜんぜん虫がいなくて試す機会がないが微細な虫にも軽快に対応できると思う。まあ最近のデジカメはたいしたもんだと感心しきりだ。
午前中にハコベB(ビニールで印をつけたほう)が開いていることを確認した。葯がムラサキに見えているから今朝開いたばかりだ。ハコベAは花開く気配なし。そして昼から半原1号で半原越。
しばらく雨が続いており、コケはたいへん綺麗になっている。いつもは灰色の道路脇のコケも膨満して緑があざやかだ。なんとなくそういう一般的なコケは名前の見当がつくようになった。雨上がりの半原越はコケの道になる。速く走るよりも回すことを心がけて登る。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 5'07" 13.8km/h 84
区間2 1.22km 5'55" 12.3km/h 83
区間3 1.14km 5'18" 12.9km/h 78
区間4 1.20km 6'52" 10.5km/h 77
全体 4.75km 3'12" 12.2km/h 80(1860)
今日は、ラップの計測法を変更してみることにした。今までは1キロごとにラップをとって区間5は720mぐらいになっていた。その方法に特段の意味はないということに気づいたのだ。どのみち、ラップをとる場所は覚えておればよいのだから、1.18kmごとに4等分するほうが合理的に思われた。
帰り道、荻野川を渡る橋の手前のガードレール下には、ギンゴケがいっぱいはえている。ギンゴケの中にとりわけ色鮮やかな緑の餅型コケ群落があった。ホソウリゴケでもハリガネゴケでもないようで、よくわからないものだから採集した。どうやらエゾスナゴケであるらしい。
帰宅して通勤途上で見つかるコケで気になるものをスナップしてきた。ヒョウタンゴケっぽいサクをつけたコケ。オレ的に新種。だけど状態が悪くて画にならない。小さいゼニゴケ。クレーターのような円形の無性芽器がついているのが面白かった。
ここのところずっと午前中はハコベの観察に明け暮れている。開花の回数問題に決着をつけたいのだ。まだ一度も2回以上ひらくという可能性はみていないものの、1回だけだという確信ももてないでいる。この4月は天気の移り変わりが激しく、花が開かない原因が雨によるものなのか、ハコベの性質によるものなのかが今ひとつはっきりしないのだ。そうこうするうちに季節は初夏である。ハコベの季節が終わってしまう。
午前中は風がつよくて雨もぱらついていた。半原越はあきらめて境川に行くことにした。半原1号はアウターを36Tに変更している。その調子も見たかった。行きは追い風でかるく30kmを越えるので、力を入れないようにした。帰りは正面から北風。36×17Tで90rpmでちょうど気持ちよかった。夕方には快晴となり、開きはじめたムクゲの葉が逆光で綺麗だ。
今朝、ハコベがどうやら2度開くらしいということを発見してけっこう驚いた。ここしばらくは、ハコベA・ハコベBと名付けたハコベを観察してきた。ハコベAのつぼみはすでに全部咲き終わっており、ハコベBが最後の一つのつぼみを昨日咲かせたところである。今朝も、いつものように庭のハコベを見に行った。ハコベBは昨日開いていたので今日は咲いておるまいと予想していたため、その白い花を見たときは目を疑った。他のハコベをとり違えているのではないか? 見落としたつぼみが残っていたのではないか? という疑念もあった。とりあえず証拠写真を撮っておいた。
今夜にもハコベBを観察した。今朝開いていた花は閉じており、他のハコベの花も一切開いていないことを確認した。そして、この3日間のハコベBの記録を以下の表にまとめた。
| 19日(土) |
| 撮影せず |
| 午前 | 午後 | |
| 20日(日) |
|
|
| 午前 | 午後 | |
| 21日(月) |
|
|
| 午前 | 夜 |
19日は午前中は天気が良かったがハコベBは咲いていない。写真ではわかりにくいけれど、3つの花が咲き終わって実を結ぶ段階にあり、最後の1つのつぼみは固く、19日には開きそうもなかった。写真では画面一番下に見えるつぼみである。ハコベBがまさかこういう異常事態になるとは思わず、とうのつぼみにはピントを合わせていない。午後には雨も降り帰宅は夜で、夜の観察は怠った。
20日は気温も高く晴れており、午前の遅い時間にハコベBの開花を確認した。早朝から開いていたらしく、葯もすっかり裂けて花粉も少なかった。午後3時過ぎにもう一度観察したときに、花は閉じ始めていた。ハコベBがまさかこういう異常事態になるとは思わず、アングルも適当に撮影している。おまけに夜の観察も怠り、この花が完全に閉じていることの確認は怠った。
今朝も気温は高く晴れており、午前9時にハコベBが開花していることを確認した。この異常事態に念のため夜の観察も怠らなかった。花は閉じていた。19日からの写真を見比べて、確かに20日に開いていた花が今日も開いていることを確認した。
今朝、またまたショックを受けた。ハコベBのあの花がまた開いていたのだ。オシベはつんつるてんで、いかにも3回開きました!という風情である。昨夜は閉じていることを確認しているから、開きっぱなしではなかったことは確かだ。ハコベは数日にわたって開閉するらしい。まだ私の庭にはハコベの花が少しだけ残っているから、株を変えて引き続き観察してみよう。
|
|
| 午前9時 | 夜9時 |
引き続き別の株を選んでハコベの開花状況を調べているが、2回開くような気配は全くない。3度開いたハコベBの例はかなり特殊なのだろうか。特殊ならばそれなりに原因もあるはずだ。仮説として思い当たるのは、ハコベBの3度開いた花が、ハコベBの最後の花だったことだ。ハコベは枝分かれしながらけっこうな数の花がつき、一枝では順繰りに一つ一つ花を咲かせては実を結ぶ。もしかしたら、最後の一つは次の花分のエネルギーまわってきて複数回開くようなことになるのかもしれない。
また、雨の朝には花が開かない。その理由は漠然と「暗いから」だと思いこんできた。わが庭でも朝からよく日が差すところのハコベの開花は早く、午後になってようやく日が当たる場所の開花は遅れるからだ。それだってまだ確かめたわけではない。もしかしたら湿度かもしれないし、雨の当たる刺激が開花を抑制するのかもしれないし、気温の上昇が必要なのかもしれない。そういうことは実験できないことではないけれど「そこまではなあ〜」とおっくうだ。
気象庁のレーダーを読み間違えて、スタートして30分で雨だ。それもけっこうな降りである。今年はじめての雨のサイクリングになった。もうすでに雨が気持ちのよい季節になっていることに気づく。チネリという自転車は乗るたびにうれしくなる。まっすぐ走ること、思うように曲がること、力を入れただけ進むこと、という楽しく乗るための基本がしっかりしている。境川は雨の日はすいている。酔狂な自転車乗りと、ランニングのトレーニングをしている人ぐらいしかいないからだ。犬と子どもがいないのはありがたい。今日は境川には珍しく無風で、行き帰りともに30km/hのペースですいすい走れた。
帰宅して自転車と体を洗って二階の窓から庭を撮った。冬の間から、オリーブの枝に数個のカマキリの卵らしいものを見つけており、新しいものならばそろそろ孵化しそうなものだと気になっているのだ。この付近もどんどんカマキリが生息できない環境になっているから、今年もカマキリが見られるかどうかは微妙だ。
周辺の事情はともかく、庭は順調に森林へ遷移しつつある。カエデやイチョウや柑橘類などが勝手に生えてきたり、女房がいろいろと木を植えたり。下草は日の光が必要なものはどんどん衰退し、ツタ、シダ、チヂミザサなどがはびこっている。レンゲも今年は消えている。
ハコベの撮影のついでになんとなく庭を撮ってみるのシリーズ第2弾。4種類のぐらいのコケがいつの間にか生えている。毎日観察しているつもりのコケ群落もめまぐるしい変化を見せる。心が現象についていけないのだ。
コケの回りには、ハコベの茶色い種がばらまかれている。ついでに種の容器になっている萼も落ちている。おそらくはハコベを食べているなにかの幼虫も落ちている。こいつはアマガエルを飼育していたときに貴重なエサになってくれた。
ハコベは2度開いた花を確認した。昨日の朝、曇り空の下で開いてるのを撮影した花だ。撮影後、ちょっといたずら心をおこして、開いている花の周辺にある咲き終わった花をはさみで切り取った。花が終わると花柄が伸びて垂れ下がることでつぼみとは区別できるのだが、どれが最後に咲いていたものかが特定しづらくなるのが嫌で、切ってみることにしたのだ。午後からは雨になって、どうせ早々に閉じているだけだろうと観察を怠った。
それが今朝、再び開いているようだ。写真で比較して2個の花で確認した。それらの枝にはまだつぼみがあるから今後も観察を続けられる。
午後からはチネリで半原越。21分58秒は最近ではとてもよいタイムだが、TTをしたわけではない。チネリは車体も重いがギアも重く、ちょっとがんばって走る分にはタイムがよくなるのだ。いつもの棚田ではシュレーゲルアオガエルが鳴いていた。今年もいよいよだと思う。何がいよいよなのかはわからないけれど、なにかが始まる季節だ。その希望とはうらはらに、春という季節の節目で年々体の衰えを自覚する。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 3'55" 15.3km/h 81
区間2 1.0km 4'35" 13.1km/h 69
区間3 1.0km 4'25" 13.6km/h 72
区間4 1.0km 5'00" 12.0km/h 63
区間5 0.7km 4'03" 10.4km/h 55
とくにこれといったあてもなく半原1号で半原越。いつもの棚田でやすんでいるとウスバシロチョウが飛んでいた。初見。登りはこれといったあてもないので普通に走る。だらだらでもなくがんがんでもなく。なんとなく物足りなくてもう一度登る。26×19Tを60回ぐらいまわして力が均等にかかっていることに気をつけた。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 4'54" 14.5km/h 77
区間2 1.18km 5'40" 12.5km/h 72
区間3 1.17km 5'31" 12.7km/h 68
区間4 1.19km 6'48" 10.5km/h 66
全体 4.74km 2'53" 12.4km/h 70(1610)
近所のナミガタタチゴケが少し変な形に見えたので自慢のカメラで撮影してきた。もしかしたら雄花なのだろうか。ツボ状の形をしているため、真上からのぞき込むときに、自慢のカメラではストロボ反射板の角度の関係でツボの中に光が回らない。よいカメラではあるが、こういう弱点もある。
ナミガタタチゴケのツボ状の葉の中が気になって開いてみた。すると、写真のような房状のものが出てきた。普通の葉よりも広くまるまるとした葉に包まれているような形状になっている。どうやら葉は包葉であり、この房状のものは造精器らしい。写真の幅は3ミリほど。
今日も雨がちで湿った一日になった。窓の外ではカエルが鳴いている。この声は、一週間前から家の周辺で聞かれるようになったもので、気になっていた。そのケロケロという声は私の知る限りではシュレーゲルアオガエルなのだが、どうみたってこの住宅地はシュレーゲルアオガエルの生息地ではないからだ。へんだへんだと思いつつ、確認できるチャンスを待っていた。
昨日はけっこうな雨が降って、それにうかれたかとうのカエルもやかましいぐらいに鳴いている。懐中電灯を持って出かけ、その鳴き声の主を捜してみると、運良く隣の住宅造成地のビニールシートの上で鳴いており、すぐに見つけることができた。やはりシュレーゲルアオガエルだった。
どうして周囲1kmにわたって田んぼも自然の池も沢もないこの乾いた土地にシュレーゲルアオガエルがいるのか、それは大きな疑問だ。わが家に来るのはうれしいけれど、それほど歓迎すべきことではない。数が増えて新天地を求めてやってきたというよりも、本来の彼らの生息地が壊れ、住処を追われてたどり着いた結果という公算が大きいからだ。
鳴き声を聞いていると、ときどきケロケロという澄んだ声の直後にゲエエエ、またはゲッゲッゲッゲという低く濁った声が続くことがある。場所も1mぐらい離れているように聞こえるので、最初は「もしかしたらオスメスの鳴き交わし?」などと期待した。この2日ばかり観察していると、その濁った声が発せられるタイミングは毎回同じで、どうやら同一個体が腹話術のように鳴いていると結論してよいようだ。
夏になると午後の境川は南風が吹く。今日は低気圧の影響もあり10メートルぐらいの風が吹いていた。追い風だと30km/hでもまだ後ろから風を感じる。向かい風では30km/hを出すのも容易ではない。その向かい風を利用して、ぎりぎり70rpmが維持できる程度の3倍の重いギアに入れて、踏まずに回すことに専念した。膝から下を使わずに、腰の回転だけでクランクを回すイメージだ。半原越の普通の斜度の所の練習のつもりなのだ。今日は積年の課題であった重いギアを回すコツをついにつかんだような気がした。しかし、境川の練習は半原越では通用しないことを過去何度も味わっているので、また幻覚を見ているだけかもしれない。
半原越に行かず境川でおとなしく走っていたのは、ずっと原因不明の下痢と腰痛におそわれているからだ。どうも悪い物を食ったか、菌かウイルスかなにか悪いものにとりつかれたらしい。ばい菌といえば最近話題の硫化水素。あれは猛毒でとても臭い。毒であって臭いのは、ヒトと硫化水素の長い歴史を物語るものだ。ヒトがヒトになる以前から硫化水素は恐ろしいものなのだろう。硫化水素は嫌気的に腐敗するときに発生するから硫化水素に無神経な動物は死んでしまう。ヒトがまだ単細胞生物だったころから、あの臭さは「相当やばいぞ。これは食わないほうがいい」というサインなのだ。
写真はスギゴケの一種。女房子どもが山梨の友人の所に遊びに行って、隣人から大量にコケをもらってきた。ゴミ袋で2杯ぶんぐらいある。造成の都合で庭一面に生えていたコケを全部持って行っていいという話になったらしい。スギゴケが数種、アオギヌゴケ類、コツボゴケ、ハイゴケなど普通の種類ばかりだが量が圧巻だ。芽の出たドングリをくるんでコケ玉にしたり、コケを鉢植えにして売ると言っている。
朝恒例の庭回りをしていると、草の茎にぶら下がっている小さなクモが目に入った。昼間から草むらをうろつくタイプのクモではない、何か異様だと感じた。逃げられないようにそっと近づくと、動く様子がない。大胆に手を出しても動かない。草にぶら下がったままこときれているのだった。体に目立った外傷はない。アリもまだ見つけていないから、そう長い時間ぶら下がっているわけではなさそうだ。
写真を撮りながら、種類は庭に多いジグモのメスだろうと判断した。念のために図鑑と写真を見比べてみると、どうもジグモではなくトタテグモの一種らしかった。庭ではまだトタテグモを見ていない。どうやらクモは他所で殺されてここに運ばれてきたのに違いない。
そういうことをしそうなヤツの心当たりはまずはカリバチだ。クモを捕まえて幼虫のエサにするハチはいろいろいる。ハチが獲物を運ぶ途中で何らかの事件に巻き込まれてクモを庭に落としたのだろうか。いま庭ではひっきりなしにシジュウカラがヒナのエサを運んでいるから、シジュウカラがハチを襲ったのかもしれない。もしそうだとしても私はその種のハチをここでは全く見ていない。トタテグモの生息地も近所には心当たりがない。そう遠くないはずの彼らの巣はどこらへんなのだろう。こうしてぼんやり日々の生活を送っていると、それらを確認するチャンスがめぐって来ることはない。
朝から小雨が降っている。こんな日に庭に出るとひときわめだっているのがハルジオンだ。暗い中で背の高い薄いピンクの花はいやでも目に入ってくる。ただその花の様子がきのうとはちょっとちがう。なんだろうと目をこらすと、花に雨水がたまっている。強くないとはいえ風も吹いて、ハルジオンは左右前後によく揺れている。運よくこぼれなかったものだと、他の花も見れば、むしろ水がたまっている花の方が多い。ハルジオンの花は水をよくはじき、花びらの間からこぼすことなく受け止めるようになっているようだ。
こいつは撮りようによっては面白いかもしれないと、コケハコベ接写専用写真機を持ち出して撮影したのがこの写真。期待したほどではなかった。
境川に行った。川に沿った道路を走っていると、大きな白い蝶が視界の端をすっと横切った。巨大なスジグロシロチョウという風情だ。あまりのことにブレーキをかけて引き返し、蝶の姿を追った。幸いにも蝶は産卵をしたがっているようで盛んに植木の葉を物色している。その姿は大きいスジグロシロチョウというよりも、むしろ小さいオオゴマダラである。こいつはいったい何者だ? としばし考えて、アカボシゴマダラに思い至った。鎌倉や藤沢ではけっこう増えて川崎にもいるということだから、境川にいても不思議ではない。ただ、アカボシゴマダラはゴマダラチョウのような翅に深紅の斑点が特徴のはずだ。こいつは、余計な色のない白蝶で、黒い筋が細く色も薄い。また、そのある種緑味をおびた白の風合いも私がしっているどの白蝶にもない独特のものがある。まあそれでも蝶だから種名調べは簡単だと思われた。
帰宅してからも庭で虫を見たり金魚やコケの世話をやいた。枝に小さな虫がとまっていた。じつは私の目にはそれが虫なのかなんなのか、そもそも生物なのかよく見えない。左右対称らしいことから虫らしいと結論して写真に撮った。
あらためてその写真をみてまた困った。翅があるから昆虫の成虫にはちがいないのだろうが、なにがなんやらさっぱりだ。こいつはいったい何者だ? としばし考えるも、科や属はむろんのこと目の見当もつかない。手持ちの図鑑を最初から最後までくって似た虫を探すけれども近いものすら見あたらない。
ところが、その種名探しから思わぬ収穫があった。4月29日に撮影した不明の虫の名前がわかったのだ。うかつにもずっとアブハチの類と当たりをつけていたそいつはカメムシだったのだ。そこさえ見当がつけば、オオメナガカメムシを引き当てるのは難しくなかったはずだ。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.37km 10'10" 14.0km/h 68
区間2 1.18km 5'42" 12.4km/h 61
区間3 1.17km 6'59" 10.0km/h 56
全体 4.73km 2'51" 12.4km/h 63(1430)
2週間以上も半原越に行ってなかった。いつもの棚田はすっかり田植えが終わって短いイネが濁った水から顔を出している。田んぼの生き物はアメンボ以外は見つからず、シュレーゲルアオガエルの鳴き声が元気に響いていた。
今日は、26×16Tという重めのギアで乗ってみることにした。ひとことで言って「やっぱりだめか」という印象だ。シッティングで時速10km程度なのに、丸太小屋の300mで心拍数が190オーバーになっていた。そんなことでは後半がどうにもならなくなる。夏のスキー、畳の水泳みたいなもので、半原越もしばらくやってないと強くなっているという妄想にかられるのだ。やはり26×19Tあたりが適当だろう。
半原越ではヘビと出会える季節になった。今日は2頭見た。1頭は赤くて美しいジムグリだが無惨に轢死していた。1頭は飼育していたこともあるヒバカリ。思わず捕まえてビニール袋にいれ持ち帰ろうとしたけれど、思い直して田んぼの草むらに放した。子どもたちもそれほどヘビを喜ばなくなっているから。
17日の全くわからないやつというのはこの写真の虫である。いまだにわからない。まったくわからないとは言いつつも、当初はミミズクとかツチカメムシとかの類だろうと当たりはつけていた。ところが手元にある学研や保育社の図鑑をくってみてもぜんぜんヒットしないのだ。
むろん、虫の名前を見つける必要は私にはない。やらなくてもよいが、それなりに楽しい作業だからやる。もともと図鑑が好きだ。ひまにまかせてとっかえひっかえ眺めたり、ポケット版を通勤電車に持ち込んでいる。図鑑で覚えた動植物の実物を目の当たりにしたときの喜びは図鑑好きにはわかるだろう。
私の庭には微少なハエや甲虫もいるけれど、そういうやつの名前調べは最初から放棄している。自己満足のレベルのマッチングも絶望的だから。こいつは決して希な虫ではないだろう。わが家の庭で私の目にとまるぐらいで、ごくごく普通にその辺にいるものにちがいない。サイズだって5ミリほどもあり、決して小さいものではなく、それなりに高級な私の図鑑で調べきれないはずはないのである。
もしかしてガの仲間かもしれないと、原色日本蛾類図鑑上下を最初の1ページからめくってみた。かすりもしない。ガというのは標本の写真や図絵と生態写真は異なって見える場合がほとんどだ。ガだとすれば長期戦を覚悟して運に期待するしかない。
図鑑好きといっても所詮は下手の横好きで、検索の専門的な手ほどきを受けたこともなく、どういうところがポイントになるのか、図鑑の記述をどう読めばよいのか、という基本がぜんぜんなっていない。下手な鉄砲、あるいは犬も歩けばという感じで運よくヒットすれば、それはそれでけっこううれしかったりする。この虫は、やがておとづれる「あっ、これか!」という喜びをプレゼントしてくれた愛すべき同胞なのだ。
さて当の虫がクロヒラタヨコバイであることはわかったが、図鑑で何度も見ながら見過ごしてしまったことがいくぶんショックである。クロヒラタヨコバイに行き着いたのはインターネットだ。googleでは画像検索があり、カメムシとかヨコバイで検索すると、クロヒラタヨコバイの写真を見るのは容易だ。その写真が自分の撮ったものにそっくりで、それとわかったのである。
ではなぜ図鑑では見つからなかったのか? 中学生の頃から使っている「保育社の標準原色図鑑全集2 昆虫」にはそもそもクロヒラタヨコバイは載っていない。これで用は足りるからとプロに勧められ、メインに使っている「学研生物図鑑昆虫III」にはクロヒラタヨコバイは載っている。基本は標本写真で構成される図鑑であるが、なぜかイラストである。そのイラストが生態写真をうまく反映しておらず、よっぽど確信を持って眺めなければ、それが写真の虫だと断定するのは困難であろう。黒い虫だから難しいのかもしれないが、今一歩がんばって欲しかった。
それにしても、クロヒラタヨコバイのような「つまらない」虫の写真が何十枚もインターネット上に置かれている日本は、まだ捨てたもんじゃないと思う。
午前中は仕事があって東京に行かねばならなかった。夕方から半原1号で境川。5時でも日が高い。いつもの調子で走る。今日はほぼ無風で、ギアは36×16Tの固定にした。ケイデンスを90rpmにはり付けると時速27kmになる。心拍は140bpmあたりをうろうろしている。風を受けないときは、130ぐらいで向かい風になると150近くまであがる。
この心拍数は高すぎるのではないか? とよむ人もいるかもしれない。自転車のトレーニング教科書によると最大心拍数を求める簡易式は220-年齢で、私の場合は170になる。そして、LSDトレーニングが最大心拍数の70%程度だというから、120bpmぐらいになる。そういう心臓のライダーだと150bpmなんて値はAT領域といってよい。
私はちがう。140bpmぐらいだと呼吸はまったく平常で、頭の中をめぐっている永井真理子の「レインボウ」を口ずさんでも走っていられるだろう。じっさいに歌えないのは単に音痴だからだ。私が「さあ、ここからだ苦しいぞ」と感じるのは170bpmだ。半原越ではいつも190bpmを越えている。安静時はさすがに60bpmを下回るけれど、立ったり座ったりしていれば100bpmから下がることはない。もしかしたら最大心拍数は200に達するかもしれない。
数値にしてみると、どうやら途方もないノミの心臓らしいことがわかる。動物は生涯拍動数が一定で、寿命と拍動ピッチは反比例するそうだから、長生きは期待できない。そういえば体力測定のときに踏み台昇降運動があって、女子生徒が脈をとってくれるのだが、200bpmを軽く越えるため「測定ミスか?」と心配させたものだ。
今日の写真は胡蝶蘭の部分。ドラクエっぽい。ちなみにこの花はつきあいの広い女房が極道の妻からもらったものだという。あまり手をかけず年々小さくなっているものの花はつけている。胡蝶蘭は高価なぶん頑丈らしい。
なんだか変な心臓だなあ、と思いつつ、自転車のトレーニングについていろいろ調べてみた。ちゃんとひとの言うことを聞くことが、楽して結果をのこすことにつながることが身にしみている49歳である。
そんな中でマフェトン理論なるトレーニング法があることを知った。一言でいうと「楽して速くなる」というものらしい。理屈はともかく、やりかたは簡単で、マフェトンゾーンという心拍数を維持して1回30分以上、週に数回のトレーニングを行うだけで画期的に強くなるらしい。私のマフェトンゾーンは130〜120bpmであるから、経験的にそれはかなり楽だとわかっている。ただし、それを維持して30分以上自転車で走り続けるのは容易ではない。道路には坂があり、信号があり、車があり、人がいる。そこで、頼りになるのはローラー台だ。
さっそく半原1号を固定ローラーにセットしてやってみることにした。はじめてから後輪がパンクしていることに気づいたけれど、直すのも面倒なので負荷をかけず空回し状態でやることにした。まずは、15分かけてマフェトンゾーンまで上げるということだ。そして、ゾーンに達したのち、120bpmを維持するためには93〜95rpmで回し続けることになる。空回しなのでけっこうせわしない。ものぐさせずにパンク修理して負荷を強めれば低いケイデンスでも120bpmに達するはずだが。
ひとまず30分間やってみた。この強度だと、締め切った部屋でのローラーにもかかわらず、汗すらしたたらない。息も普通で「本当にこんなに楽でいいんだろうか(ただし退屈)」という感想だ。同じように物足りなく感じる人はけっこう多いようだ。とりあえず実績ある人のアドバイスは聞くのが近道なのでしばらくマフェトン理論でやってみようと思う。
それにしてもついに「トレーニング」か。いったいなにを焦っているんだろう。ちょっと自分を見失い気味である49歳。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 6'25" 11.0km/h 69
区間2 1.17km 7'02" 10.0km/h 70
区間3 1.17km 6'46" 10.4km/h 70
区間4 1.20km 8'37" 08.4km/h 67
全体 4.75km 28'50" 09.8km/h 69(1990)
半原越も久しぶりの感がある。いつもの棚田にはすでに小さなオタマジャクシが泳いでいる。ちょっと大きなもので死んで浮いているものがけっこういるのが気にかかる。除草剤か何かをまいたのだろうか?ミジンコはまだそれほど発生しておらず、水中は閑散としている。
半原越の今日のテーマは、はあはあせずに登ることだ。心拍数でいえば170を越えないようにして登りきることだ。ちゃんと26×26Tという1対1のギアも用意してきた。タイムは28分50秒とかなりかかっているけど、体は余裕綽々である。もとはといえばこういう走りを夢見ていたような気がする。
今日はずいぶんイチモンジチョウが多かった。モンキアゲハも見た。季節はもう真夏である。南風は涼しいが、日差しは焼けるように暑い。そういえば半原越の春を象徴するウスバシロチョウやツマキチョウは見なかった。そのシーズンに来られなかったのだ。路面にはところどころ、ピンクのラッパ型をした落花が敷きつめられている。すでにタニウツギの季節もすぎていたのだった。
梅雨は虫たちの活動の最盛期に当たる。ささやかな私の庭もいくぶん賑やかだ。毎朝の観察ではちょっとした発見が相次いで、いまの関心事は「クモの子のボール」がこの後どうなるか、ということだ。これまでの経験では、ボールのようなかたまりは巣の中でお互いが距離をおくように散らばり、次第に数が少なくなるように散っていくという記憶がある。実際はどうだろう。観察3日目、まだボールのままだ。このクモの子は、おそらくは去年近くに巣を構えていたジョロウグモの子だろうと思う。
今日は、ドクダミにトビイロケアリらしいアリが来ているのを見つけた。ドクダミは花が極めて美しく、この季節にはなくてはならない彩りだ。花の美しさと形状から見て虫媒花なんだろうけど、虫と絡んでいる記憶があまりない。ドクダミのそばにはジャノメチョウやコウカアブが飛んでいるという印象があるが、蜜を吸っている場面の覚えがない。どうやら、アリは蜜をなめるらしいから受粉にも一役買うのだろう。
写真はヘビイチゴの実。なにかが齧った跡が歴然だ。はて、何者だろう? ヘビイチゴはカメムシの類に人気があって、私の庭でも少なくとも3種が来ていることを確認しているが、カメムシはこういう食い方はしない。
今朝、ジョロウグモの子どもの巣はもぬけのからになっていた。巣は原形をとどめており、脱皮殻もそのまま残っているから事故ではない。どうやら昨日から今日にかけて散っていったらしい。私は、しばらくはボールではない状態で巣の中にとどまるものと考えていたがそれは誤りのようで、旅立つ気になれば一気に分かれてしまうようだ。
この子グモボールを見つけてから一週間目、クモたちは一斉に脱皮した。一昨日のことである。そして昨日は2齢とみられる子どもが同じ位置でボールを作っていた。そのボールがいつはじけるのかが興味の焦点であり、それが今朝であった。
こうした虫たちの速やかで合目的な行動はいつみても感動物である。おそらくは、孵化まもなくの風雨にも耐えられない体のときは互いに寄り添い、最初の脱皮を契機として分散するプログラムなのであろう。しかも、脱皮直後ではなく1日置いて体が硬くなってから、決して楽とはいえない一人旅に出向くのである。
私は虫たちを動かしているのは、われわれと同種の「感情」だと思っている。快不快、好き嫌い、なんとなくいらつく、どうでもいい、というような非人間的な心が彼らを突き動かしているのだ。子グモたちは最初はお互いが触れ合うようにかたまっているのが気持ちよく、離れると不安でしょうがないのだと思う。それが、最初の脱皮から1日たつと、それまで愛し合っていた仲間たちの体臭やもぞもぞ感が我慢ならないものになってしまうのだ。それはヒトの恋愛に必ず起きる心変わりと完全に同種のものである。
秋葉原の殺人事件の報道をテレビでみた。小学校を襲うとか、隣のお嬢さんをばらばらにするとか、この類の事件に必ず感じることが2つある。一つは精神鑑定についてだ。今回のように犯人が明らかに心神耗弱状態とはいえない場合、彼が精神疾患であるかどうかが問題になる。で、そのために専門家が調査を行う。その調査はどんなものなのだろう? 歩行者天国にトラックで突っ込んで次々に人を刺す、ということ以上に狂気を証明する方法があるのかどうか、それを知りたい。
また、犯人の育ちを調べたり、親の顔をみたがるようであるが、それが何か意味を持つのだろうか? イデオロギーもドグマもなしに歩行者天国にトラックで突っ込んで次々に人を刺す、というような人物を作り上げる教育を、親や学校がやろうとしてもできるとは思えないのだが。
そして、とある人物に歩行者天国にトラックで突っ込んで次々に人を刺すかもしれないという臭いを感じ取ることはできるかもしれないが、思想があるテロリストとちがって、そういう人物を監視したり隔離したりすることは不可能である。私はこの日記で2000年5月30日に「渋谷のセンター街の雑踏に自動車でとび込んでくるヤツが出るはずだ」と予想した。冗談ぬきで、いつそういう事件が起きてもおかしくないイライラ感があそこにただよっている。
今朝庭で撮影したギンメッキゴミグモである。このクモは数週間にわたってここで営巣しているおなじみの個体だ。今日、新たな発見があった。それは「隠れ帯」だ。時計の針にたとえるならば、写真の4時55分の位置に白く太い糸で作られた帯が見える。これまでも、ギンメッキゴミグモの巣は数え切れないぐらいの回数をみてきた。ただし、この帯の存在を意識したのは今日が最初だ。
隠れ帯はいろいろな種類のクモが作る。このギンメッキゴミグモのものははっきりしていないほうだ。幅広いX型にしたり、獲物の遺骸などのゴミの帯をもうけたり、渦巻き状にしたり、わりと普通にみられる。
この帯の意味についてはまだ定説がないと思う。少なくとも私は定説を知らないし、それほど研究されているものでもないのだろう。いちど、どこかの論文か図鑑かで、クモ本体を敵や獲物の目から隠すためという説を目にしたことがある。自分の体の縁取りを曖昧にして存在を消すという理屈だ。私はそれを読んで即座に誤りだと思った。
クモというのはけっこう目立つものだ。このギンメッキゴミグモも、てかてか光ってすぐに見つかる。赤や黄色に彩られたクモも多い。そもそもクモを狩るやつらが隠れ帯ぐらいで目くらましされるような気がしない。また、クモに捕まるチョウ、ガやアブはクモもクモの巣のことも知らないだろうと思う。「あ、あそこにクモがいるから避けよう」という行動様式を持っていないはずだ。
私は、隠れ帯というのは「あえて巣の中心を目立たせる」ものだと思う。アピールの相手は獲物だ。空飛ぶ虫は目がいいやつらばかりだから、空中に障害物があれば、うまくかわしてぶつからないように飛ぶだろう。隠れ帯をかわして飛んだ先は、網の罠がまっているという案配だ。強力な虫に闇雲に飛ばれて、クモ本体に体当たりされるもの困りものであろうし、もしかしたら空中に目印があるほうが虫にとっても近づきやすく飛びやすくなり、結果的に罠に呼び込む効果があるのかもしれない。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 5'15" 13.5km/h 77
区間2 1.18km 5'51" 12.1km/h 70
区間3 1.17km 5'36" 12.5km/h 72
区間4 1.18km 6'59" 10.1km/h 59
全体 4.73km 23'42" 11.9km/h 69(1630)
ドロップハンドル8段仕様の半原1号で半原越。いつもの棚田には小さいオタマジャクシが群れている。オタマジャクシの他にはヒルやアメンボがいるぐらいで賑やかさが今ひとつ、とがっかりしていると、ちょっと小さめのゲンゴロウのような甲虫がいた。もっとも好きな生き物はなにか? と尋ねられれば、それはゲンゴロウかもしれない。大きくシャープなゲンゴロウは少年の日のあこがれだった。そいつはけっこう素早く泳ぎ、イネの株から株へ渡っている。後ろ脚がオールになっていないから、ゲンゴロウではなくコガムシあたりだろう。
半原越は26×19Tで固定にして前半ハイペースにせずにそれなりにがんばってみることにした。リッチランド手前のコーナー付近に巨大なヤマカガシが轢死しており、ぎょっとした。ヘビもあれだけでかいとびっくりする。
2kmのところでメーターをみると10分近くかかっており、がっくりする。普通に走ればこんなもんだ。区間4はずっと185bpmぐらいに張り付いていた。息はしんどいが脚はかろうじて回りダンシングは必要ない。脚よりも肩と背中がしびれてしまった。
帰り道、県道60号線で白髪太郎(クスサンの幼虫)を拾う。来るときにアスファルトの路上にいたので、帰りにまだ轢かれていなければ道路脇に投げてやろうと思っていた。拾い上げるとずっしりと重みがありふさふさした毛が心地よい。毛虫のなかではもっともエレガントな部類だ。ただ、もう虫の息で死んではいないもののほとんど動けない状態だ。道路の反対側をみると、栗の木があり枝が歩道にかかっている。道路の下2mは栗畑になっているのだ。白髪太郎はどうやら蛹になる場所を探して枝から道路に伝わり運よく轢かれずに道路を渡りきったものの、完全に疲労してしまったらしい。
回復の見込みもないが、ひとまず栗の枝に止まらせて、他にもいないかと探してみる。すると、すぐに3匹見つかった。いずれも終齢でばくばく栗の葉を食っている。クスサン程度で栗の収穫に影響がでるはずもなく、農家もこの美しい虫は見逃してやってるのだろう。
今日は午前中に永田町で仕事があり、半原越に出かけるだけの時間がなかった。午後遅くから、ドロップハンドル8段仕様の半原1号で境川。たいへん涼しい南風が吹いて快適だ。後ろのギアを真ん中下よりにして、90rpmを維持すると24km/hほどになる。時速20キロ程度の向かい風を利用して下ハンで風の抵抗が少なくなるようなポジションを探った。下ハンでの走行は意識して練習しており、かなり慣れてきた。向かい風が強いと低速でも40km/hで激走しているような錯覚を覚えて楽しい。ただ、いまだに下ハンで風圧が少なくなるという実感がわくほどには走れていない。
帰宅して半原1号を片付けてゼニゴケの撮影に向かう。以前に見つけておいたゼニゴケの造卵器を昨日撮影しておいたが、その近くにはゼニゴケの雄株がないらしく造精器の写真が撮れなかった。この季節に撮り逃すと1年待ちになる。たまたま半原越の帰りに、ナシ畑のわきにずいぶんゼニゴケがはえているのをちらっと見かけ、今日はそこに遠征して撮影することにした。
遠征といっても自慢のカメラを首から提げて自転車で4分である。その場所はナシ畑の中央を突っ切る形の狭い舗装道で、左右は風よけなのか青いネットがかけており、ナシ畑の様子は外からほとんど見えなくなっている。畑と道路を隔てるブロックとアスファルトの狭い間に土があり、日当たりの関係か南側をゼニゴケが覆っているのだ。
そこにも造精器は少なかった。ゼニゴケの雄株はあまりないのだろうか? 感覚的割合からすると5:1程度だ。撮影にはプロ根性を出して、造精器と造卵器をワンカットに収めようと思った。ただ、造精器はずっと背が低いため、同時にピントがあうポジションが取れない。自慢の改造レンズには幅2センチ以上に引くことができないという弱点がある。それでなくても、両者が並んでいる場所は極めて少ないのだ。おもいのほか時間を食う撮影になった。
ところで、そこはけっこう良い裏道であるらしく、自転車や犬連れの人がひっきりなしに通る。道が狭く、地面にはいつくばっているおやじはじゃまである。しかも、大きなカメラをもってなにやら無意味な物を撮影している。フツーに考えて怪しい。意味不明の殺人事件が連発しているこのご時世である。じゃまでも関わり合いたくないのだろう。通りすぎる人全員が「どーもー」とか言って、腹も立てず問いかけるでもなく、見ないふりをして足早に過ぎ去ってくれるのはちょっとありがたい。
写真はここのところますます入れ込んでいるムラサキカタバミである。わが家にも2株ほどがある。夜には花を閉じて、いわゆる日周運動をするようだ。その開花回数はどれぐらいか、ハコベのように調べることもできる。ただ、そうした調査すら無粋として手をつけないほど惚れ込んでいるのがムラサキカタバミなのだ。ましてや好いた理由など端から問題にはならない。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 5'05" 13.9km/h 83
区間2 1.18km 5'47" 12.2km/h 78
区間3 1.18km 5'43" 12.3km/h 76
区間4 1.19km 6'58" 10.2km/h 72
全体 4.74km 23'33" 12.0km/h 77(1810)
天気予報は雨、最高気温は25℃。そんな情報を見るまでもなく朝から雨が降っている。しかも風がない。絶好の半原越日和だ。500円の雨合羽を着て半原越に向かう。雨だと道路も空いている。車が少ない、日曜名物の暴走族もいない。自転車もいない。自転車乗りたちはもっと夏の雨の楽しさを知った方がよい。
いつもの棚田はまだ殺風景だ。貝類とオタマジャクシがでれーとしているほかは生き物の姿がない。去年のこの季節にはわさわさといろいろなやつらがうごめいていたような気がする。雨粒がむなしく水面をたたく。冬にこの田の水路のコケを採集した。夏には水が通って浸かる所に生えているコケだ。今日同じ所をのぞいてみると、薄緑の色鮮やかなコケがあった。見違えるようだが同じコケに違いない。手に取ると、水を強力にはじくらしく濡れていない。水に入れると発泡スチロールのように軽く浮いて流れていく。コケはふつうあんな撥水性をしめすだろうか? もしかしたら、夏は水に浸かり、冬は乾燥する特殊な環境に生育することと関係があるのかと思った。清川村の小学校を過ぎたあたりの道路にクスサンの毛虫が歩いているのを見つける。車にひかれるのがかわいそうで保護を試みる。自転車を降りて毛虫をつまんで栗林の方に歩いていって驚いた。ざっと10匹ほども道路に毛虫が落ちている。きりがなさそうでわずらわしく、3匹投げて他は放っておく。
予想通り半原越は美しかった。ふだんだと赤黒いコンクリートの壁が緑色に輝いている。コケが雨に濡れて葉を拡げているのだ。こんな日にハアハアするのは粋ではない。クリアーのグラスを外して、肉眼で景色を楽しみながら登る。雨は強くなる一方で道路は半分ぐらい川になっている。一度登って、もったいなくてもう一度登った。半原越えでは1対1のギアを装備すれば80rpmで楽々行ける。土砂崩れの恐怖さえなければこんなに楽しいサイクリングはない。
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朝、庭に出て、まっさきに気づいたのが左の群青である。ツユクサの花についた虫だと思った。何かな? と近づくとどうも様子がおかしい。明らかに左右対称ではない。よく見てそれは植物だと気づいた。ツユクサの花の終わったものがぐしゃぐしゃに巻いて縮んでてかてかになっているらしい。写真はストロボをたいた光線の加減か、赤っぽくなっているけれど、肉眼では群青だった。
そのすぐ近くには本物の群青の虫がいた。ルリクビボソハムシだろうか。群青のてかてか光る丸い虫は決して珍しくはない。それだけに昆虫がこうした金属光沢を普通にもっていることを不思議に思う。人類はこの輝く群青の謎を解くことができるのだろうか。
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札幌への日帰り出張で朝早く家を出て深夜の帰宅になった。昨日撮影したツユクサの花が、今朝の観察でも咲いているようで慌ただしく撮影した。ツユクサの花は二枚貝の殻のような葉?に包まれている。写真はその貝殻を取り去ったものだ。ツユクサは同じ花が2回開くことはないはずで、昨日のしおれたのはどうなっているか気になって貝殻を裂いたのだ。貝殻の中には花が2つ入っているようで、咲き終わったぶんは種にあたる部分がふくらんでいた。その部分がぐんぐん大きくなって、数日後には再び貝殻を開いて艶めかしくむき出しになるはずだ。
忽然と姿を消したアゲハの幼虫がいた柑橘の枝にアブラムシが群れていた。アリも寄ってきて甘露をなめている。この枝は毎朝みていたはずである。昨日も見たはずだ。それなのに、このアブラムシの存在にまったく気づかなかった。アブラムシだから、群が一挙に押し寄せるわけがない。一匹が大きくなって少しずつ増えこうなったに違いない。はて、どうして見落としたものか。このように自分の眼力を疑う瞬間はかなり頻繁に訪れる。
先週に引き続き今日も雨。そこでいそいそと半原越。とにかく自動車が少ない。もともと私の走っているコースと時間帯の自動車やオートバイは、貧乏な人達がすることがなくて乗っているだけだ。ガソリンが高くなって雨が降れば、彼らの気分も萎えるだろう。道路が貸し切り状態なのは歓迎だ。
いつもの棚田は目を伏せたくなる惨状であった。田の水が抜かれて今日の雨が水たまりを作っている。その水たまりには数か所深いところがあり、腐乱したオタマジャクシが折り重なっている。水が抜かれたのは先週で、オタマジャクシは水位が下がるにつれて深みに集まり息絶えたのだ。水底の泥土はひびが入っているから、数日間の乾きがあったろう。
この田は去年も同じ頃に水が涸れていた。そのときは事故だろうと思っていたが、どうやら意図的な中干しのようだ。ふつう中干しは梅雨明けにじゅうぶん成長した稲の根張りを促進させるために行うものだ。この田は私の知らない農業技術が投入されているようだ。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 4'19" 16.4km/h 58
区間2 1.17km 5'23" 13.1km/h 51
区間3 1.18km 5'21" 13.2km/h 50
区間4 1.20km 7'48" 09.2km/h 51
全体 4.74km 22'51" 12.4km/h 52(1190)
半原越にかかると雨は小降りになってきた。尾根にかかっている霧がよく見える。どういう気分なのか重いギアでぐいぐい行ってみようと思った。1kmで時計をみると3分30秒。早い。ところが、2kmでは8分10秒。気分は7分半ぐらいだったからそこで一気に萎えてしまった。そもそもこういう走り方では15分で死んでしまうことは身にしみているはずだった。区間4では脚は生きている感じ。しかし心臓はだめだ。心拍計はつけていないが、おそらく1kmあたりで190bpmを越えているだろう。ウルトラマンよろしく190bpmを越えて生きていられるのは3分だ。
折角の雨なのにつまらぬことをしてしまった。口直しに等倍ギアでもう1回登る。70rpmで時速8km台だが、これなら楽しく走れる。途中、クスサンが道路に落ちていたので救助しようと近寄ると、体は扁平で内臓がでていた。轢かれたにしては原形をとどめておりけっこう頑丈なんだと感心した。
帰りに棚田によって、水路のコケを採集した。
写真は昨日のコケである。いつもの棚田脇にある水路の水に浸かるところに生えている。水路はかなりの傾斜があり、水は音をたてて流れている。じつは冬にも採集しているが、あらためて採ってきたのはあまりにもこのコケが綺麗だったからだ。
そして、いつもやってるように写真に撮ってみると、様子が変である。まるで電子顕微鏡で撮った昆虫の体表写真のようだ。いくつかのコケを同じセットで撮ったが、このなまめかしさはただごとではない。
このコケが生えているコンクリートの壁面は主に2種のコケがついており、もう一種は水がかからないより広い部分を占めている。そっちは、ま、変哲もないコケだ。こいつも冬期には一般的なコケだと思っていた。夏になって水をはじくことがわかり、それは特殊だと感じた。さらに、こうしてストロボをあてて接写してみると、光線の反射についても特別な機構がはたらいていることが推理できる。
こいつに限らず、コケは見る角度によって微妙に色や明るさが変化するものが多い。半原越でも、自転車で通りすぎるある瞬間に光り輝くコケがある。そうしたコケの色や明るさの変化はミドリシジミに似ているところがある。その原理は相似なのかもしれない。
ちなみに、私のコケ同定力はいまだ弱いままである。こいつの名は冬に調べたときは引き当てられなかった。じつは今回も端から名前調べは手をつけていない。
ちょっと気になっているツユクサ。2つめの花が咲いているところを上からのぞけば、1つめの種がふくらんでいる様子もいっしょに見える。なかなかおもしろいアングルだと喜んで撮影した。
夜になって改めてその写真を見ると、小さな虫が写り込んでいるではないか。撮っているときは、種とめしべにピントを合わせることだけに集中していてこの虫に気づかなかった。儲けたといえばそうであるが、ちょっと悔しい。
ところで、この花のめしべをみるとちゃんと受粉していることがわかる。他の花も同様で、わが家ではツユクサの受粉は毎朝とどこおりなく完了している。ポリネーターはこんなヤブ蚊のようなやつではあるまい。おしべの形状がアリにはあっていないと思う。おそらく夜更かし?をした蛾ではないだろうか。とにかく、私はいまだツユクサにマッチする虫が来ているところを見ていない。朝寝坊の怠慢とツユクサに対する無関心が原因だ。ひとたび虫とツユクサの関係が気になれば無視し続けるわけにもいくまい。
今日、SuperMacFreecell(フリーセル)を解いた数が30000個を越えた。それほどよいペースではない。もっとピッチを上げて、50000ぐらいは解いていないとやばいのだが、テレビを見たりパソコンで他のことをしたり、自転車にかまけたりして進まない。今日もこれからツール観戦だ。
ただし、腕はずいぶんあがったという自覚がある。おおむね1つ20秒ぐらいのペースで解ける。また、15000個ぐらいのときは小一時間も解けないヤツに頻繁に出くわしていた。この半年ぐらいはそういう目にあっていない。ともあれ、1から30000までの間には解けないものはないことが判明した。
いつの間にか庭に生えていた柑橘に、いつの間にかアブラムシが住み着いていた。そして、いつの間にか透明感のあるライムグリーンの卵が写真のように産み付けられている。
この卵のことをはじめて知ったのは、もう40年近くも前のことになる。たしか「ウドンゲの謎を解く」というタイトルの絵本だった。ウドンゲとは科学的にはクサカゲロウの卵をさす。宗教的に優曇華と書けば、それは滅多に咲かない幻の花で吉兆とも凶兆とも言われるという。その本は、科学的にウドンゲの生態を解き明かすもので、内容のおもしろさにひかれて、さっそく自分でもクサカゲロウをとらえ、その一生をつぶさに観察した。この卵の行く末は本にあったとおりに面白く、書かれてなかったこともたくさん発見した。この写真の卵はその色形から見て、おそらくあのときのものと同じ種類だ。
こいつらは、あと数日で孵り、アブラムシを専食する虫になる。そんなことになっているとはつゆ知らず、アブラムシたちはのんきに枝の汁を吸っている。知ったとしても彼らの行く先はない。優曇華で吉凶を占うならば、アブラムシにとっては確実な凶兆といえよう。また、アブラムシにたかられていくぶんか葉がいじけはじめている柑橘にとっては吉兆である。さて、私に何か良いことがあるか、悪いことがあるか。この卵のしったことではない。
今日も柑橘の枝を見に行くと、ほとんどのアブラムシが姿を消し、壊滅状態になっていた。さては、クサカゲロウが孵化して食いまくったのであろうと、クサカゲロウの卵を見て回ると、確かに半分ほどの卵が壊れている。幼虫はどこかと付近を探すが、影も形もない。なにやら想定外のことが起きているようだ。
クサカゲロウの卵は昨日の早朝にチェックして、孵化間もないことを確認している。半透明な殻を透かして幼虫がぼんやり見えていたのだ。すぐに孵ったとして、今朝までは約24時間である。孵化したはずの仔虫は約10匹。かたやアブラムシは数百。孵化したての小さな幼虫が食い尽くしたとは思えない。じつは昨日の夕方にはテントウムシの姿も確認している。ただし、テントウムシに対してはアリが執拗な攻撃を仕掛けるから、やつが自由に食えるとは思えない。
アブラムシ消滅の原因を探っていると写真の虫が見つかった。ヒラタアブの幼虫である。こいつもアブラムシを食う。ちょうど食事中だ。枝にはこの幼虫が数匹いる。けっこうなサイズに成長していままさに食べ盛りである。それにしても、ヒラタアブだけでアブラムシの群れを食い尽くしたとも思えないのだ。
柑橘を入念に探すとクサカゲロウの幼虫が見つかった。写真の虫である。幼虫は背中にゴミをまとっている。そのことを知っておればかえって目立つ。こいつはアブラムシだけでなくカイガラムシも食っているようで、純白の蝋質までまとっている。これはかなり大きくなっており、新しく孵ったものではない。ねらいの仔虫は見つからない。私の目ではとらえきれないサイズでもあり、柑橘の枝はアブラムシの死骸やら脱皮殻やらいろいろ類似物があって特定は難しい。しかも、クサカゲロウの卵を何者かが食った形跡まであるからことは複雑だ。
そうこうしていると、アゲハがとんできた。どうやら当の柑橘に産卵するつもりらしい。チョウと私の距離は30センチもないが、そんなことなどおかまいはない。よっぽど産気づいているのだろう。1分ほど葉を物色して私の目からもよく見える場所に卵を産みつけた。よい機会だからと、コケ専用のカメラを部屋に取りにいって卵のアップを撮ることにした。
2分後、カメラを抱えて卵を見ると、小さなハチらしい虫が卵に止まっている。アゲハの卵に産卵する寄生蜂のようだ。ハチは卵を慎重に物色し、産卵している気配だ。これはまた千載一遇のチャンスと大喜びでシャッターを切った。
どんな様子で産卵しているものかと、CFカードをリーダーに挿入して、フォルダを開くとファイルが1枚もない。カードが壊れたのではなく、記録してある数百枚とともに今日の写真も消えたのだ。フォルダは異常がなく、中のファイルだけが跡形もなく消えた。これが噂のファイル消失かとがっかりした。デジカメを使いはじめて10年になるが、この手の事故は初体験だ。
今日のカットは私のような行き当たりばったりの観察をしていると、もう二度とチャンスがないだろう。いつもは撮り直しのきくものばかりなだけに、こういう決定的なときに限って事故が起きるというのも教訓的だ。いつもと違うことをやったのは、このシーンは撮り直しができないからと、撮影直後にちゃんとピントがあっているかどうか,カメラ内で再生して確認したことぐらいだ。それもこれまでにいくどかはやったことなのだが、その際に、たまたまデータの全消去の命令を出してしまったのだろうか。
日曜に消失した写真が復活した。PhotoRescueというソフトがあり、不用意に消した写真も取り戻せるというから、わらにもすがる気持ちで利用することにした。そのソフトの優れているところは、ダウンロード後に試用して、復旧見込みがたったところで購入手続きをすればよいということだ。ダメ元でやってみたところあっけなく解決した。値段もたいへん安い。ここのところ買い物には失敗続きだが、このソフトはよかったと思う。これで、ひとまずは同じトラブルに見舞われてもパニックにならずにすむ。
ところでそのシーンなのだが、この後、蜂は方向を変えて右手のほうから同じポーズでしばらく止まっていた。卵が傷ついているようには見えないけれど、産卵しているのだろう。
庭の柑橘には、寄生蜂が産卵したらしいもの以外にも、アゲハの卵がたくさん見つかっている。大小多数の黒い幼虫もいて盛んに葉を食っている。アゲハだけでなくクロアゲハが産卵しているのも確認しており、この卵がそのときのものであれば産卵後5日たっていることになる。こっちのもついでに撮っておくかと、レンズを向けたら、たまたまアリが卵をつんつんしに来たところで、あわててシャッターを切った。
それにしても、この卵は那智黒のように真っ黒で異様だ。幼虫の色が黒いのだから孵化前には黒く見えるということもありそうだし、腐敗して黒ずんでいるとも考えられるし、寄生されてこうなっているとも考えられる。そういえば、いまだかつてアゲハ類の卵をちゃんと観察したことがなかった。
今日もいそいそと庭に出て、れいの卵はどうなったかな、と柑橘の枝を見て、息をのんだ。卵が消えているのだ。卵だけがなくなったのではなく、葉自体が消滅している。
じつはこういう事態も想定はしていた。つまり、ほかの幼虫が食ってしまうことだ。その葉の近くには黒い幼虫が鎮座している。他の枝をみると、すでに緑色になった幼虫も2体いた。育ち盛りの食べ盛りだ。柑橘は腰丈ばかりの幼木にすぎない。いずれ彼らも食糧難に陥ることは目に見えている。卵のまま食われたものも、孵化したとて明るい未来があるわけではない。
午後おそくから、チネリをひっぱりだして半原越。乗った時点で疲れている。だめならだめでゆっくり走る手がある。1.5倍の重いギアを踏んで時速10キロで走る。こういうのも楽でいいわいと開き直った。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 5'52" 12.1km/h 64
区間2 1.18km 6'10" 11.5km/h 61
区間3 1.18km 6'01" 11.8km/h 62
区間4 1.18km 7'25" 09.5km/h 51
全体 4.72km 25'28" 11.1km/h 59(1504)
昆虫に多く見られる寄生(内部捕食)というのは、きわめて特異な生態だと思われる。人と回虫のように通常の寄生であれば、両者が仲良く生きていくことができる。お互いの健康を保証しながら生活を続けるという、いま流行の持続的な発展が可能な生き様だ。
しかし、これが内部捕食となると危険極まりない綱渡り人生に思えてくる。内部捕食を成功させるにはけっこう繊細な捕食計画が必要なようだ。ファーブルが観察したように、まずは脂肪などの生命維持に不要な部分から食って、食べ物を新鮮な状態に保つ必要がある。また、捕食者は被捕食者よりも優勢になることがない。被捕食者が滅んだ場合には必ず捕食者も滅ばなければならない。
こうした繊細で危険な方法が、蜂やハエの間にふつうに広まっていることがちょっと解せない。ファーブルのジガバチの例は、冷静に考えると実現不可能に見える。ファーブル自身は、ジガバチの一連の行動で、どの一つも間違いがあってはならないと指摘している。さらに、その行為には完全性が求められ、じょじょに進化することは許されないと断言している。
私もファーブルと同じ驚異を蜂やハエの内部捕食に接して感じている。しかしながら、人類の義務として、ファーブルが本能とよび、その起源の探求を断念したところに踏み込んで行く必要はあるだろう。内部捕食の生態は化石には残らず、DNAを調べてもらちが開かない。その歴史は完全に失われているから、プロの仕事の対象にはならない。さて、内部捕食は本当にいっぺんに成立しなければならないのか。じょじょに発展するのは無理なのであろうか。
ねらいの卵が消失してからは、近くの黒っぽい卵を観察していた。今日にはその卵に小さな穴が開けられていた。おそらくアゲハの卵に寄生する蜂が羽化して脱出した穴だろう。卵は小さいけれど、蜂はもっと小さくて数匹ぐらいは養えるのかもしれない。
それにしても、芋虫の内部捕食者に限定しても多種多様なやりかたがあるものだ。卵をねらうものもあり、幼虫をねらうものもある。
ヤママユガを室内で飼育していたある日のこと、終齢ぐらいの芋虫に微細な蜂が止まっているのを目撃した。当時は中学生だったが、すでに寄生蜂の存在はしっており胸騒ぎを感じた。しかし、とうの芋虫が蜂の存在を気にしないように見えたから、そのことはすぐに忘れてしまった。
幼虫は10匹ほどおり、その後もみな順調に生育しすべてがきれいな繭を作った。やがて、巨大なメスをかわきりに次々と立派な蛾が羽化してきたが、1つだけはだめだった。その繭を子細に見ると、小さな穴が見つかった。やはり寄生蜂か、と中を開いてみれば、はたしてサナギはぼろぼろの残骸となりはてていた。
ヤママユガの繭は極めて堅牢なものである。人の手で破ろうとしても破れるものではない。肥え太った終齢幼虫に卵を産みつけて繭を作らせ、そのシェルターの中で主人を食らうというのは、素敵な生き様にちがいない。しかしながら、それも繭から脱出する算段あってのものだねだ。中学生の私は、初めてヤママユガの繭を見たときに、その頑丈さ精巧さに感動するあまり、中のヤママユガ自体が絶対出てこられないほうに千円賭けたくなった。もちろんそんな心配は無用で、驚くべき手段で羽化してくるのだが、寄生蜂のほうでも、それに匹敵するぐらいの技を身につけていなければ、文字通りミイラ取りがミイラになるほかはないのだ。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 4'52" 14.5km/h 77
区間2 1.18km 5'41" 12.1km/h 64
区間3 1.18km 5'57" 11.9km/h 63
区間4 1.18km 6'51" 10.3km/h 55
全体 4.72km 23'21" 12.1km/h 64(1498)
チネリで半原越に行ってきた。赤城の白い彗星、高橋涼介の最速理論に倣って、普通のところでもっとも速くなるやりかたを追求してきた。最近ようやく、やるべきことの方向がつかめたように思う。上り坂でも、膝から下のほうに力を入れてはいけない。膝下を使えば力強くなるけれども持続しない。脚全体をつかったり、立ちこぎするのは激坂用のとっときで、基本は脚を回すことに集中すべきだ。
回す場合に、もっとも力が入っていると感じる部分は、太ももの裏側の付け根である。その部分をとりわけ意識するように、田代さやかのふともも、田代さやかのふとももと、心の中で呪文をとなえている。最速理論の神髄は、斜度に応じて田代さやかのふともも方式で1分間に80回転が維持できるぎりぎり重いギアを選択して回しきる技を身につけることにある。そして、そのトルクを上げることができればタイムも縮まる。
丹沢方面では午後の比較的早い時間から雷が鳴り始めた。半原越の頂上ではぽつぽつと雨も落ちてきた。その後、雨脚から逃げる方向に帰宅し、雨はずっと小降りだった。夕立はあったのだろうか。途中で振り返った丹沢山系は黒い雲に覆われていたが。
日没時、西の空が異様な赤に染まっているのに気づいてあわてて撮ったのが、この写真。ここしばらく、蟲師の大禍時を読んだせいで、夕方は寂しいものだと感じるようになっている。
他の虫の内部を食い破るタイプの寄生昆虫界を見渡してみるならば、ハエや蜂の類が非常に多いことがわかる。また、蜂類では極めて特異な生態が見られることがよく知られている。
まずは、宿主の得難さ。葉っぱの上にごろんと転がっている芋虫なら産卵も容易だろうが、水中、地中、樹木中に隠れている虫を探し当てて卵を生み付ける蜂も少なくない。よくこんな連中に卵を産むものだと感心する。そういう得難い相手とあえて密接な関係を結んでいる理由は、簡単に説明ができそうだ。
寄生するからには、その宿主が鳥などに食われてしまえば元も子もなくなるから、寄主にはしとめられるが、一般の捕食者には見つかりにくい相手がよい。ウマノオバチは信じられないほどの長さの産卵管を使って、樹木の深いところに隠れ住むカミキリムシの幼虫を探り当てて卵を産み付けるという。カミキリムシの幼虫は鳥に見つかることも希有だろうから、よい宿主である。
体の10倍から20倍もの長さの産卵管を持つハチは美しくも異様である。彼女がこの地球に誕生したときから、それだけの長さの産卵管を持っていたとは信じがたい。きっと、宿主であるカミキリムシと、逃げる追うを繰り返しながら百万世代を経てできあがったものだろう。
宿主と寄主が1対1で決まっている関係はかくれんぼのようなものだ。得難い虫を宿主としている寄生虫は、もともとは産卵しやすかった相手が少しずつ逃げて行くのを追いかけながら、深みにはまっていったのだと思う。もちろん、宿主がオニである寄主から逃げるというのは必要条件ではない。宿主が隠れる技を開発すれば、オニもそれなりの対処が必要になるはずだ。たとえば、もともと地面の植物を食べていた虫が、鳥から逃れるために地面を掘る能力を覚え、地中の草の根を食べるようになったり、夜にだけ地上に現れたりする生態を身につけた場合、その寄主である蜂も同時進行的に地面を掘る能力を発達させねば滅んでしまう。
現在、われわれが観察できる生態の複雑怪奇なものは、長い年月をかけて、さまざまな偶然と虫の体内に秘められた能力がたまたま合致して花開いたものだと思われる。カミキリムシが捕食者を逃れて、ぐんぐん樹木の髄を食べられるように進化する虫であったために、産卵管が伸びるという変わった宿命を持つウマノオバチが優美な姿を保って生き残ってこられたのだろう。
卵が先か鶏が先か? というのは、笑い話として有名なアポリアであるが、科学的には決着がついている。すなわち卵が先である。というように明快に内部捕食の起源も探れればよいのだが、そうは問屋が卸さない。卵のような確実な証拠はないからである。
私は、内部捕食が始まった頃の様子を想像してみる。時は7000万年ぐらい前の恐竜時代としよう。ハエ、ハチの幼虫すなわちウジの餌は豊富である。50トンもある恐竜の腐肉はどれほどのウジを養うことができるのだろう。100キロもある恐竜の糞はどれほどのウジを養うことができるのだろう。あんな大きな動物が化石になるぐらい闊歩しており、鳥類というかなり手強い敵もいない。その頃にもしハエ、ハチが現在のような飛翔力をもっていたならば、同類以外に敵はなかったろう。ぶんぶんぶんと飛び回り肉の臭いのするものにじゃんじゃん産卵して行けばよいのだ。白亜紀は恐竜の時代であったが、ウジだって数ならその1000億倍もいただろう。
私は小山のような恐竜の腐肉にウジがびっしりたかっているところを想像している。肉はよい食べ物とはいえ菌類だって黙ってはおるまい。死肉食いの恐竜ですら見捨てた肉は日に日に腐臭が強くなり食べるのに適さなくなってくる。腐敗に耐え、腐肉を餌とできるウジはよいが、内臓の弱いウジはすぐに餌がつきてくる。
ところが、遅かれ早かれ腐肉の中に極めて新鮮な肉が混じっていることが判明するだろう。それは、同類の生きた体である。新鮮な肉しか食えないウジにとっては、腐臭ぷんぷんのナントカザウルスよりも、ウジの方がよっぽど魅力的な食べ物に違いない。もともと奴らには相手が生きているかどうか、ウジなのか恐竜の死体なのか、そんなことを知るすべさえないのであるから。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 5'52" 12.1km/h 77
区間2 1.18km 6'18" 11.2km/h 64
区間3 1.18km 6'50" 10.4km/h 63
区間4 1.18km 7'13" 09.8km/h 55
全体 4.72km 26'13" 10.8km/h 63(1653)
今朝は起きたときから疲れていた。昨日眠る前にすでに疲れていたといっても過言ではない。それでも半原越に行こうと決めていた。しかし、暑かった。それでも半原越にはナカガワで行く気でいた。
スタート時点でもう負けていたといってよい。いつもと同じぐらいがんばっている感じなのに、速度にして3km/hぐらい遅い。先のない中年のおやじとしては、この先永久にこのスピードでしか走れないのではないかという恐怖を感じる日である。
おそらくアズチグモらしいカニグモが、菊の花(たぶんユリオプス)で待機していた。こういうシーンを目にするたび、虫けらどものすごさに圧倒される。この模様の体でこの花の上で待機するのは合理的である。この花にはシジミチョウやアブがけっこうやってくる。花の色や形はクモの身を隠すのに好適である。で、その合理性を彼女はどうやって手に入れたのか? 白い花や、赤い花、あるいは葉上にくらべて黄色い花の上にいることが、圧倒的に有利であることを意識できているのかどうか。わからないのならなぜ? わかるのであってもなぜ?
また、ネイチャーガイド日本のクモの記述によると、これがアズチグモであるならば、体色は白から黄まで変異が大きく、斑紋も多彩らしい。そしてこの黄色いクモを隠すのならば黄色い花の上なのだ。純白のこの手合いを白い花で見かけた記憶もある。
替え歌ではないのだけれど、しばらく考えていた「フーリッシュ」というタイトルの狂歌が完成したので、ここに発表したい。
咲いた咲いた
フーリッシュの花が
並んだ並んだ
赤白吉兆
どの花みても
期限切れ
もはや吉兆の黄色いプリンが記憶にある人もおらず、赤や白が何を意味しているか、ピンと来る者もおるまい。この狂歌の妙味は、歌自体がすでに賞味期限を超過していることにあると思う。
ところで、ハエやハチの成虫はどんなものをうまい食べ物だと思うのだろう。腐肉にしても皆同じではなく、少しずつ味も違うだろう。彼らの食性にも進歩の余地があるならば、それは幼虫期に食ったものの記憶が影響するかもしれない。つまり、幼虫のときにもっともよく食べたものを選んで産卵する可能性があるのだ。
はじめは恐竜の死肉を食っていたウジが、死肉が腐るにつれて、同類のウジを食い始め、それがとりわけうまかった場合、そのウジが成長し母親になると、自分が食ったウジの臭いのある場所を好んで産卵するかもしれない。
私はハチとハエはもともと一つだったと思う。それが分かれたのは産卵習性の違いだ。ハチはかつて産卵管が伸びるタイプのハエだった。腹をぐっと死肉に突き刺して、肉の内部に卵を産み込むことができたハエだった。それは、卵の孵化率があがるとか、仔虫の死亡率がさがるとか、けっこう有利な方法だったのだ。
産卵管が伸びる宿命を背負ったハエが、ひとたび餌の内部に卵を産み付けるようになると、食物と種との1対1の関係が生まれる。自力で餌を集めてどこかに隠してそこで幼虫を養うようなことも起きる。社会性もそこから生まれるだろう。
そして、ウジムシに餌付いたハチがいた場合、ウジムシの内部に産卵管を差し込んで卵を産み付けるだろう。それは最初から完成された寄生形態でなくともよい。たまたまハチのウジはウジムシが好きなだけで、そのウジムシが食べている死肉も多少のまずさを我慢すれば生きていくことができるのだ。
105のクランクの175のトリプルが安く入手できて、さっそく半原1号にとりつけて半原越に出かけることにした。懸念は、トリプルだと自転車のセンターからの距離が80mmあってちょっと広すぎるのではないかということだった。ただ、乗ってみるとそれほどでもなく、私の脚にはちょうどいい広さのような気もする。175mmの効果は今ひとつわからない。平坦なところでも90rpm回せず、時速21kmぐらいでしか走れない。これは、いくらなんでもクランクや半原1号のせいではないだろう。体が弱っているのだ。
いつもの棚田もすでに出穂し順調に育っている。ウスバキトンボが稲の上を舞う。占有行動のようなこともしていたが、あんなにびゅんびゅん飛ぶトンボもそんなことをするのか、ちょっと疑問。今年はアブラゼミが静かだ。そのぶんかどうかニイニイゼミが目立つ。ツクツクボウシも盛んに鳴くようになった。キツネノカミソリもツユムシも秋の風情だ。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 5'08" 13.8km/h 74
区間2 1.19km 5'45" 12.4km/h 72
区間3 1.17km 5'38" 12.4km/h 65
区間4 1.20km 7'38" 09.4km/h 69
全体 4.72km 24'09" 11.8km/h 70(1690)
新しいクランクは快調だ。びっくりするような変化はないけれど、悪くもない。今日のように脚が回らない日に24分なら自転車としては上出来だ。橋1の手前でへたくそな自動車に幅寄せされてコースアウトしたので15秒ぐらいのロスがある。
ぽかぽか陽気で風もあって気持ちがよく、もうちょっと走りたくなった。久しぶりに土山峠を通って、宮ヶ瀬ダムを回ってこようと思った。あの道の険悪さを忘れていた。自転車3Kのトンネルとか、暴走行為防止用のアスファルトがたがた嫌がらせとか。ツールのシャンゼリゼじゃあるまいに、道路の端いっぱいによって、路側帯の白い帯の上を走る。頂上近くのけっこう斜度のあるところで、ものすごいスピードのロードレーサーに抜かれた。こちらは10km/h、向こうは20km/hぐらいだろうか。私は何をどうやっても一生あのスピードでは走れない。
この窓の外にはムクゲの木がある。梅雨のころからやたらと花をつける。盛夏はさすがに暑いのか中休みで、写真のような状態になる。ムクゲの花にはけっこう虫が来ている。甲虫類が花に潜り込んで花びらを食べたり蜜を吸ったりしているようだ。先日、大きな羽音が聞こえてムクゲを見ると、ハシブトガラスが花にくちばしをつっこんでいた。どうやらハナムグリらしい甲虫をくわえて屋根に降りた。強力な足で甲虫を押さえつけながら首を曲げてくちばしでつついている。ほどなくして、甲虫は2つにちぎれ、カラスは外殻を避けて中身をついばんでいた。ハナムグリ程度のものがどれほど腹の足しになるのかわからないけれど、甲虫類にとってカラスは脅威であるようだ。
庭はほったらかしである。そろそろ草がはびこりすぎて歩くのもままならない。このムクゲにもヤブガラシやカラスウリが巻き付いている。ムクゲにはそういうツルはじゃまかもしれないが、ヤブガラシはよい蜜源でスズメバチなんかがよく来ている。夕方、カラスウリがみるみるうちに純白の花を広げていくのは、よい見物である。
場所はとある温泉の大きな露天風呂。夜間であるが照明があり、闇ではない。客はまばらに数名。その中に宮沢りえと本木雅弘のペアがいる。恋人か夫婦のようでたいへん仲よくしている。
「ここでやろうか」と薬丸。
同意する宮沢。
カメラ俯瞰引き気味になって、湯垢が浮く半透明な赤黒い湯の中で絡み合う二人。宮沢の乳首や本木の勃起したペニスがぼんやり見える。私はテレビにしちゃ大胆だな、と感じている。
宮沢が、吸って、というしぐさで乳房を差し出す。
本木、応じて顔を近づけ乳房を大きく口にふくむ。
本木の動きで白い乳房が柔らかな餅のように伸びる。
あえぐ宮沢。
「いいわ、来て」
シーン変わって、温泉場の湯のわき。こちらでも数名が酒を飲んでくつろいでいる。中に、浴衣の水谷豊とその連れの男たち。
「ところで、姫はどちらかな?」と男A。
「しばらく、みあたらんな」と水谷。
さっと不穏な空気が立ちこめる。どうやら姫とは宮沢りえのことらしい。
「探しに行きましょう」と一同立ち上がる。
高温多湿が生んだ今朝の夢である。極めて不愉快な気分で目が覚めた。というのは、このタイプの夢の存在が悪いことだと直感したからだ。夢の中で私は主役になるはずではないのか。しかるに、もっとも重要なセックスの部分が、縁もゆかりも興味もない第三者で、私はそれに立ち会うこともなく、フィクションのワンシーンであることを自覚している。通常の性夢であれば、本木さんか水谷さんの立場にいて、自分でセックスしようとするはずだ。どういうわけで夢の中で第三者を演じてしまうのか。作り物のビデオを見物するという、存在リアリティーが希薄な夢は危険ではないのか。
夢と無意識の関係がまじめに考えられたのは、いまから100年前、ユングやフロイトの頃である。ユングの功績は、無意識の自立性を世界に認めさせたことにあった。当時も、夢の中で事象を見物するタイプの夢もあったはずだ。ウロボロスやホムンクルスのような想像上の怪物が演じる夢などは、シンボリズムとのつながりが研究対象になった。
夢は荒唐無稽であっても象徴的に機能して、個人の無意識形成に一役買っているものだ。彼らの時代にはテレビがなかったから、ビデオ映像を鑑賞する経験もなかった。ウロボロスが出る夢も、少なくとも夢を見ているそのときは、作り物の映像を見物しているという発想が起きるはずがなく、リアリティー充分に見られたにちがいない。
私は「心」は体と同様に、意識とは自立的に成長するものだと思っている。無意識はどんな物をどう愛すべきかということを遺伝的に自覚しており、性夢は無意識がそれを意識へ伝達するものだ。ビデオの氾濫は、夢のたまものをテレビの中の作り物といっしょくたにする危険をはらむ。性のような人間としての根本的な生理ですら、リアリティーのないものとして意識によって軽視させる傾向を生んでいるかもしれないのだ。いうまでもなく、そうしたパーソナリティーの形成は無自覚に進行する。
いまや、ビデオ映像は空気のように存在している。そのことが、性にも何ものにもリアリティーを感じない若者の心を形成する原因になっていそうな恐ろしさを今朝の夢に感じたのだ。
午後2時頃ナカガワに乗って外に出ると、すでに空の半分は雲に覆われていた。八王子の方で発達した積乱雲のかなとこが、大和の方にも広がってきている。このきのこの傘のような雲を下から見上げるのは久しぶりだ。一部は乳房状になり、けっこう凶悪な感じがある。すぐに、稲光が走り雷鳴が響いてきた。風も積乱雲の方から強く吹いている。覆われ方からして、驟雨に襲われることはなさそうだが用心して走る。
それにしても疲れている。普通に乗っているだけで腰が痛い。右のくるぶし、左の膝が痛い。そして両太ももにけっこうな筋肉痛がある。そんな状態でわざわざ半原越を目指すのは、いまちょうど何かをつかみつつあるような気がしているからだ。何か、というのは筋力を推進力に変える技術である。これまで何十年も自転車に乗ってきて、太ももの筋肉痛という経験がなかった。その痛みが、鍛えるべき場所を示しているのだろう。いまにしてようやくどの筋肉どう使うのかがわかったようだ。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 4'52" 14.5km/h 76
区間2 1.18km 5'34" 12.7km/h 66
区間3 1.18km 5'34" 12.7km/h 66
区間4 1.18km 7'00" 10.1km/h 53
全体 4.72km 23'00" 12.3km/h 64(1479)
1.5倍ぐらいにギアを固定して、できるかぎり田代さやか方式を貫いた。このしんどい日にそれほど無理をせず23分は上々だ。
今日はずいぶん暑かった。部屋の中にいるときから汗をかいていた。それでも半原1号で半原越。走り始めて1時間もたたないうちに腹が減っていることに気づく。空腹で出てきたわけではない。毎日遊びすぎて体内のエネルギーが枯渇しているようだ。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 4'50" 14.6km/h 75
区間2 1.18km 5'45" 12.3km/h 70
区間3 1.18km 5'44" 12.3km/h 69
区間4 1.18km 7'27" 09.5km/h 61
全体 4.73km 23'00" 11.9km/h 68(1610)
前回と同じように、中程度のトルクで登る。区間4はパニックになっていてタイムが悪い。チェーンも落としてしまった。
ついに保育社の「原色日本蘚苔類図鑑」を入手した。日本のコケのことを調べたい人間には必携の図鑑なのだが、残念なことに絶版であった。しかたなく、しょっちゅう図書館に足を運んでこの図鑑を見てはいたものの、やはりコケの検索は拡大鏡を使って実物と照らしあわせないと無理だ。
中古の「原色日本蘚苔類図鑑」はアマゾンなどでときどき見つかるが、どいつもこいつも「投機の対象ですか?」と言いたくなるぐらい高価すぎて手がでなかった。30000円ぐらいなら勢いでぽんと買うかもしれない。しかし、その倍以上の値がついているのだ。それがどういうわけか、だるま書店から発売当時の値段で出てきた。9刷が昭和62年とあるから20年ぐらい前で、定価は4400円である。一も二もなく飛びついて買った。そして届いた本を見てまた驚いた。新品同様で開いた形跡すらない。
さっそく、6月30日の水路のコケの標本を実体顕微鏡で見ながら照らし合わせることにした。ほどなくして、サワゴケのグループがひっかかった。おそらく、原色日本蘚苔類図鑑のよいところは、記述が正確でプロにはとっても使いやすいことだろう。一方、私にとってよいところは、図版が写真ではなく手描きのイラストで、標本が実物大から2倍程度で示されていることだ。これは見栄えとしてはたいへんしょぼいものだが、そのしょぼさが検索に適している。
サワゴケまでわかれば、あとは顕微鏡レベルで記述と照らし合わせることになる。いかんせん、私にはそこまでの技能がない。そこで登場するのが、平凡社の「日本の野生植物・コケ」である。こちらは極めて美しい生態写真で構成されている。サワゴケのグループをみると、カマサワゴケの写真がぴったりである。2つの図鑑の記述をあわせ読んでも、いつもの棚田の水路のコケはどうやら、カマサワゴケか、そうでなくともサワゴケの一種で間違いなさそうだ。
かなり体はまいっている。どれぐらいまいっているかというと、明け方に左のふくらはぎがつった激痛で目が覚めたぐらいだ。それでも気分は絶好調で半原越もすいすい登って大記録が出せそうな気がしている。この根拠のない自信はいったいなんなのか。ともかく、12-21Tというちょっと重めのギアを装備した半原1号で半原越に向かう。
1.5倍よりも大きなギアを選んでスタートする。最初の20mの10%は攻撃的なダンシングだ。丸太小屋の坂も腕力まで使ってぐいぐいいって区間2までのタイムは9分台だから、そのペースを維持できれば新記録だが、そういうことが起きるわけもない。息があったのは南端コーナー手前までで、区間4では完全に息絶えた。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 4'35" 15.5km/h 76
区間2 1.15km 5'17" 13.1km/h 64
区間3 1.19km 5'37" 12.7km/h 57
区間4 1.20km 8'02" 08.9km/h 51
全体 4.75km 23'31" 12.1km/h 60(1420)
確かに、私は力の入れ方がわかってきた。しかし、入れるべき力がないことをもっとちゃんと自覚するべきだというのが今日の教訓としよう。それにしても今日の区間1の快走をゴールまで続けられればいっぱしなんだけどなあ。
内部捕食の起源はなんとなく想像がつくけれど、そこから現状に至るには途方もない道のりがある。あるハチはヨトウムシを狩り、あるものはクモを狩りして、極めて高い専門性を持っている。そのような状況に追い込まれなければならないような原因がわからない。どうしてクロアナバチはツユムシばかりを狩るのか? クロアナバチの獲物を横取りするハエはどうやって生まれたのか? また、クロアナバチはなぜそのハエが天敵であることを知っているのか? 私の10年来の疑問である。
そういう疑問を一気に解決する仮説として、クロアナバチはハチである前から、ツユムシがツユムシである前の、ある虫を食べていたということを考えていたことがある。寄生関係は、虫が昆虫になる以前に成立しており、その関係が種が変わっても維持されているという着想だった。
しかし、すぐにそれはありそうもない仮説として捨てることにした。クモになる虫と、ジガバチになる虫とがいっしょくたになって同じものを食べている、その一方ではやがてクモとはほど遠いツユムシになる虫と、ジガバチに近縁のクロアナバチになる虫がいっしょに同じものを食べているというような姿がどうにも不自然で受け入れがたいものだったから。
けっこうな雨が降って、気温もそれほどあがっていないが、出てきてよかったと思った。日本には夏の始まりと終わりに長雨がある。この季節を過ぎるともう雨の中で遊ぶことは難しくなる。荻野川から見上げる半原越は山腹を霧が半分ほど覆っている。べったりしたものではなく、谷筋を駆け上がっている状態なので、降雨に伴うものだろうと想像した。
山中に入っていよいよ雨は激しく、法論堂川は濁流になっている。腕にあたる雨の一粒一粒を感じる。雨が木々と道路をたたく音をのぞけば半原越は静かである。野ウサギが出てきたのも雨だからだろう。ウサギはたくさんいるはずだけど滅多なことでは日中の道路に出てきたりはしない。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 4'56" 14.4km/h 83
区間2 1.18km 5'32" 12.8km/h 75
区間3 1.17km 5'46" 12.7km/h 75
区間4 1.21km 6'57" 10.5km/h 67
全体 4.76km 23'11" 12.1km/h 74(1730)
今日は26×19Tをベースにしようと、水曜から決めていた。7%程度の平均斜度区間をどこまでその軽いギアで80rpm以上維持できるかが、現状のポイントである。今日は3kmの2連橋までが限界で、そこからはもっと軽いギアにしても回転を上げることができなかった。
雨は降っているけれどたいしたことはないだろうと、出かけたとたん、けっこうな降りになった。引き返してクリアーのゴーグルと自慢の雨合羽を着ることにした。最近の雨は降ると土砂降りになるから準備はしといたほうがよい。
さすがに半原越は恐い。これだけ雨が降っていると土砂崩れの危険も高いだろう。境川に向かう。昨日の雨で境川がどれほど増水したかという野次馬根性もあった。こちらに来てからもう2回ほど境川は氾濫している。ある夕立の日に鉄砲水のように増水した様子を目の当たりにしたこともある。小高い丘の杉林を源流として住宅地を流れる境川は氾濫の危険が高い河川だ。要所要所に遊水池がもうけてあり、サイクリングロードの中間地点あたりのものは非常に立派で、野鳥の観察所まである。
今日も気温が高く、サイクリングは快適だ。乗っているときに雨はよいものだが、後始末はおっくうだ。雨で乗ったまま自転車を放置しておくといっせいに錆が出てくる。とりわけチェーンは一発でおかしくなる。また、フレームに水がたまるからそれを抜くのも面倒だ。
半原1号にはBB部に水抜き用の穴がない。おまけにどういうわけか、ダウンチューブに水がたまるというファニーな作りになっている。あるとき、フレームを振るとちゃぷちゃぷ音がするので、なんだろなと確かめるとダウンチューブの水だった。はて、どこから水が入ったものかと調べてもヘッド側にもBB側にも穴が見つからない。どうやら、ボトルケージのボルトをねじ込む穴から進入するらしい。しかたなく、そのボルトをはずして傾けると、コップ1杯分ぐらいの水がじゃあじゃあ出てきた。特筆すべきは、その水がきれいだったことだ。普通、自転車のフレームにたまった水は赤さび色になっているはずだが、さすがに半原1号はチタン。雨で錆びることはない。ただし、重量増にもなるからたまった水を放置するわけにもいかない。いちいちボトルゲージを外して水を抜くのはおっくうだ。私は自転車掃除が好きではない。
さて、乗ってるうちに雨はやみ日まで差してきた。そうなると自慢の500円雨合羽がじゃまだ。暑くて死にそうになる。前のジッパーを開けて風を入れると、落下傘のようになって向かい風をいっぱいにはらむ。境川から帰って合羽をおいて、走り足らないので相模川に向かう。アマゾンのようには行かないまでも、大河が濁流となって流れるさまは圧巻だ。
そして、自転車への浸水で異例なのはリムだ。最初、ホイールを振ってたぷたぷ音が聞こえたときは何事かと思った。普通に雨の中を走っている分にはリムに水は入らないだろう。半原越のように川の中を走るようだと、リムの心配もしなくてはいけない。タイヤとリムの高さは5センチほどあるのだが、それよりも水が深くなると、ニップルのところから浸水するらしい。ニップルは防水対策はまったくなくて、一度入った水は出ていかないような構造になっているので、豪雨の半原越を楽しく走ったときには気をつけなくてはいけない。パンクするまで気づかずに水入りの重いリムで走ることになる。
今日はナカガワで半原越に向かった。落石の心配からヘルメットをしっかり装着した。久しぶりに初秋らしい気持ちのよい風が吹いている。積雲がぽんぽんと浮かび、その背景に高積雲が見えるのも秋らしい。いつもの棚田は水が落とされ、収穫を待つばかりだ。田んぼの水がなくなると、そこからはエンマコオロギの声が聞こえるようになる。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 5'11" 13.7km/h 71
区間2 1.18km 5'40" 12.5km/h 65
区間3 1.18km 5'32" 12.8km/h 67
区間4 1.18km 6'48" 10.4km/h 54
全体 4.72km 23'11" 12.2km/h 64(1479)
今日はちょっとした作戦があった。区間1から4まで、それぞれ6分かけて24分で登ろうというものだ。いつも区間4で死んで、時速8キロぐらいになっている。それは賢い方法とはいえない。体力温存しつつ全体で力を出し切るクレバーな走り方をしたほうが結果的にタイムはよいはずだ。
結果は惨敗といえよう。今日は区間4で6分48秒かかった。区間3まではけっこうスローでいったはずだが、タイムは縮まらない。そういえば3年ぐらい前に、どんなに元気でもラストの1.5kmのスピードは上がらないということを確認していたような気がする。もうちょっと別のペース配分を検討する必要があろう。
心配した落石はなかった。土砂が崩れた形跡もなく、路上に散乱している石ころも思いの外少なかった。半原越にはそれほど雨は降らなかったと見える。
毎朝観察しているスミレのそばにはではでしいお客さんがいた。まもなくサナギになろうというツマグロヒョウモンの幼虫である。ツマグロヒョウモンはここのところの温暖傾向で、この神奈川でも一年中みられる虫になった。成虫についても今頃から晩秋にかけては、キチョウなどを差し置いて、もっとも目立つ蝶という感がある。春から夏にも飛ぶ姿をみかけるが、やはり秋の蝶である。
こういう玄関先のスミレで育つのだから、ツマグロヒョウモンのたくましさは抜群といえる。この幼虫は、観察を続けていたこのスミレで今日まで見つからず、それほど食い跡もみられないから、もしかしたら近所のスミレを食い尽くして歩いてきたのかもしれない。だとすれば、少なくとも10m以上のアスファルト、コンクリートの荒野を渡り切ったことになる。
食草であるスミレ類もたくましい植物だ。自然の山野でも掃いて捨てるほど生えており、冬でも緑の葉を開いている。また、パンジーは花壇にも用いられる。そして、花壇から抜け出したパンジーが野生種かと思うような小さい花を路傍で咲かせている。私のスミレもおそらくアリが種を運んできて植えたものだ。芽生えから数年が経過しており、春の花が終わった今でも、ぽつぽつと種を結んでいる。
都市でも山野でもどちらでも生きられる食草と蝶という関係はそれほど多くはない。モンシロチョウやスジグロシロチョウですら、ある程度の緑地がないと発生できない。クロアゲハは渋谷の東急ハンズの傍らのミカンでも見かけるけれど、あの食樹も実生ではあるまい。ミカンはアスファルトの隙間では育たない。ツマグロヒョウモンたちの対抗馬をあげるならば、筆頭はヤマトシジミとカタバミであろうか。
週刊少年ジャンプに馬鹿の定義が発表されたこの機会に、その定義の批判をしてみようと思う。同誌によれば、馬鹿とは「必死にノート取って先生に質問して帰っても勉強してるのに下の奴」ということであり、この定義はほぼ一般にも通用するものと思われる。しかしながら、この定義は不確かなものに過ぎない。なぜならば、「必死にノート取って先生に質問して帰っても勉強してて上の奴」もけっこう馬鹿だからだ。同誌に先の定義が立てられたあと、舌の根も乾かぬうちにこのことが言及されており失笑を買う。同じ条件で異なる結果が生じ、その両者が成り立つようではその定義は破棄すべきである。これは形式論理的批判。
また、この定義は前提条件選択にさいして誤謬を犯している。勉強における成績の上下とはテストの点数で決まるものである。一般に授業のノートとテストの点数はほとんど相関関係がない。また、先生に質問することと、テストの成績とは相関関係がない。家で勉強することとテストの成績も相関関係はない。むろんテストの成績を上げるためには、家で勉強しなければならないのだが、その勉強の内容が、学校で学んでいることを復習しているのならば、点数を取ることにはつながらないので、勉強しているというだけでは成績とは無関係といってかまわない。原因と結果が無関係なものを結びつけている命題は無意味である。
本題からそれて、ついでに頭がいいとはどういうことかを確認しておこう。人間としてものを考えるということは「○○とはそもそも何であるか?」ということの答えを見つけることと等しいのだが、
そもそも苦とは何かというような大それた問いにお釈迦様やニュートンやアインシュタインは立派な回答を見いだした。彼らは頭がいい。彼らのノートには学校の授業の内容など書かれていなかったろう。
学校で習う教科単元は、場当たり的で体系性を欠いている。体系化されていない知識は認識を生まない。場当たり的に知の所産をつまみ食いしても真にものを考える力は育たないのである。それゆえ、どうやって山ができたのかとか、風はなぜ吹くのかとか、なぜ異性を愛するのかというような、極めて基本的で簡単な疑問にまともな回答ができる者がいない。我が国では学習しても頭はよくならない。
また、学校の先生は彼が教えている単元のことについて何も知らない素人である。素人に質問したところで、満足できるような答えが返ってくるわけはない。試験の点数につながらず、人間としての知力があがりもしないことに対して努力を惜しまぬ者は馬鹿だと断定できるかもしれない。そいつは確かに馬鹿かもしれないが、それを馬鹿の一言で片付けるようでは、踊る阿呆に見る阿呆、五十歩百歩なのである。
成績がよければテストも楽しいものだ。満点とか1番とかは誇らしい。そういう喜びを糧に勉強するものもあろう。それは馬鹿でも利口でもない。イルカや犬も褒美につられて芸を覚えるぐらいだから、動物にとっては普通のことなんだろうと思う。
「必死にノート取って先生に質問して帰っても勉強してるのに下の奴」にはその喜びがない。その対極の劣等感にさいなまれるかもしれない。勉強はその中身にぜんぜん面白みがなく、知的な好奇心が満足させられることはない。誰にでもできるように手加減してあり、中途半端なものにすぎないからだ。他人に優越する喜びも学ぶこと自体にも喜びがなければ、せめて勉強の課程でテクニックがあがったり、記憶がうまくいったりしなければ、楽しみもないだろう。ここで定義されている馬鹿には、それらの喜びがいずれも見あたらない。なんで彼らは勉強するのだろうか。
私にはその気持ちが少しだけわかるような気がする。私自身は「必死に半原越に登って、トレーニングの教科書を熟読し、テレビ放送されるプロのレースをかじりつくように観戦し、解説者の栗村さんのアドバイスを聞き逃さないようにして、家の中ですら自転車に乗っているのに下の奴」である。競走はせず、半原越でしかタイムを計らないから、どれほど遅いかは正確にはわからないものの、有名な乗鞍や富士山のレース、ヤビツ峠の勝手TTのタイムと比較するならば、かなり下位に位置していることは間違いない。大学受験の偏差値でいえば近所の神奈川大学に一浪でやっと受かるレベルである。この数年は年齢とともにタイムは悪くなる一方だということに心の隅で気づきながら、自転車に乗る時間は増える一方だ。日夜試行錯誤を重ね、もしかしたらまだ伸びるかもしれない、明日はもっと速くなるかもしれないと、淡い希望を捨てきれないのだ。
ただ、半原越にはカエルや蛇がいて、季節の花が咲き雨が降ってコケが育つ。体が動くということは、それだけで爽快感があり、中年おやじには希なシャープできれいな体をしている。それらの快感優越感は、遅いということを補って余りあるだろう。成績下位のガリ勉にはその手の喜びはなさそうだ。私は学生のころ、ひたすらがんばる劣等生の子が好きだったから、ごくまれにクラスのかっこいい異性から愛されるというサプライズがあるかもしれないが、おそらくは異例だ。奴らはなぜ勉強を続けられるのか。
われわれはここにきて馬鹿の定義なるものをひっくり返して検討する必要に迫られる。「成績が下位なのに、家でも勉強し、先生に質問して必死にノートを取る奴」ってのはいったい何者であろうか。無味乾燥でくだらないことに集中し持続できる人は馬鹿なんだろうか? 内容を理解できず、点を取るコツも身につかないのに勉強し続ける苦痛に耐えられる人が無能者であろうか? 誰もがうらやむ大それたことを成し遂げるのはそんなパーソナリティーを持つ者ではないかと今一度考えたほうがよいと思う。少なくとも私は要領のいい気の利くやつよりも愚直な馬鹿でありたいし、そういう者を友としたい。
半原1号で半原越。もはや夏の名残は蒸し暑さだけである。いつもの棚田の周辺にある休耕田は草刈りがはいった。折しもフクラスズメの成長期であり、おびただしい数の毛虫が、食べ物を失って右往左往している。溝のコンクリートを這い、水の落とされた水田に入り、稲を登る。そんな努力の一切が無駄であることを私はわかる。彼らの唯一の食料であるカラムシは50mの彼方にほんの少し刈り残されているだけだ。毛虫たちの死に向かうあがきが暑苦しさを増加させる。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 5'34" 12.7km/h 81
区間2 1.18km 5'46" 12.2km/h 79
区間3 1.17km 5'48" 12.1km/h 78
区間4 1.18km 6'56" 10.3km/h 66
全体 4.74km 24'04" 11.8km/h 75(1820)
今日は26×21Tという軽いギアで6分、6分、6分、6分というタイムを目標にしていた。区間4を6分で走りきるには死ぬほど無理をしなければならないから、区間3までは力をセーブする必要がある。それなのについつい80rpmで行きたくなって飛ばしてしまう。だましていけばタイムはよくなるけれど、このギアで80回まわせないうちは絶対に強くなったことにはならない。
このギアなら立ちこぎの必要はない。ペダルに全体重をかけなくてもよい。しかし、区間4では66rpmまで落ちている。回らないのは斜度がきついのではなく、力がなくなっているのだ。通常なら11km/hで楽々走れそうな斜度でも60rpmぐらいしか回せず10km/hを越えない。下半身だけでなく、腕や肩、背中にいたるまでむずがゆくなるほどの無力感だ。背中が火を吹いているように暑い。
昨日のコピーのように半原1号で半原越。夏の名残の蒸し暑さのなか、おびただしい数のフクラスズメが右往左往している。今日も6分ペース。最後のコーナーを曲がってからラストスパートをいれてみた。そのときの速度は11km/h台でしかないが、区間4が10秒ぐらい早くなった。ちなみに、それぞれの区間を6分で走るためには、11.8km/hで走る必要があるが、区間4でそのペースは相当きついと感じている。午後5時過ぎてから空が凶悪な感じになり驟雨があった。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 5'48" 12.2km/h 78
区間2 1.18km 6'09" 11.5km/h 74
区間3 1.18km 5'53" 12.0km/h 76
区間4 1.18km 6'44" 10.6km/h 68
全体 4.73km 24'34" 11.5km/h 74(1810)
さて、今日も半原1号で半原越。先週に引き続き、26×21Tでそれぞれの区間を6分で走ることにする。今日はかなり涼しくて気持ちよく、もっと回せそうでも自重しながら12km/h ぐらいで走る。1.18kmを6分で走るというコツはつかめてきた。
余裕がなくなったのは20分ごろ、距離にして4kmのあたりからだ。それまでは空回しのようにくるくる走れていたのに、ちょっとした斜度で踏みが入る。それまでは、もっと早く回せるなと感じていたのに、そこからはこれ以上回すと力尽きると感じている。速度は10km/hあたり。
なんとなく、もっと重いギアを回すことも練習しておいたほうがよいだろうと、36×21Tにしてもう一回登った。ケイデンスは40〜60程度になるが、重くて回しきれないというほどではなく、ゆるゆると楽にこなせる感じだ。こっちのやり方では速度を上げると数秒で限界に達する。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 5'55" 12.0km/h 76
区間2 1.18km 6'06" 11.6km/h 74
区間3 1.17km 5'54" 11.9km/h 76
区間4 1.18km 6'33" 11.0km/h 70
全体 4.74km 24'28" 11.6km/h 74(1810)
写真はオオアレチノギクの花に止まっているクモ。おそらくハナグモと呼ばれているものの一種だと思う。じつは、しばらくはこのクモがいることに気づかず、オオアレチノギクを撮っていた。オオアレチノギクは花びらがぜんぜん目立たない。アップにしてはじめて満開の花の形が面白くみえる。そうした写真を見ていくと、このクモが頻繁に写っていることに気がついた。たいていはピンぼけで、妙な形の花があるなあ、というように見逃していたのだ。ところが、ちゃんとクモに焦点をあわせて観察すると、いつもこの写真のように、擬態していますといわんばかりの姿勢をとっている。偶然ではない頻度だ。この姿勢では花を訪れる虫を反転して捕まえる必要があるのだから、なんらかの不自然な力がクモの意識に働かないとこうはならないだろう。
今日の半原越は26×19Tでやってみることにした。21Tだと空回しの時間が多すぎてさぼっている感があるからだ。19Tだとかなり緩いところでも足にかかる感じがある。また、今日は6分を意識しないことにした。普通に登る感じでギア比によってスピードや疲労感がどう変わるかを確かめておきたいのだ。区間4では回すのは無理で、上半身も使って踏むことになる。激坂を登っているときに前輪が浮くということをときおり耳にするけれど、そういうことが起きる力の入れ方だ。今日は心臓に来る感じがなかった。この案配なら、21Tよりも19Tのほうが良さそうであるし、18や17も試したくなる。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 5'30" 12.8km/h 75
区間2 1.18km 5'59" 11.8km/h 69
区間3 1.17km 5'44" 11.7km/h 71
区間4 1.18km 6'40" 10.6km/h 61
全体 4.73km 23'53" 11.8km/h 69(1640)
半原越をするすると下って、1台の自動車とすれちがった直後、路上にのたうちまわる蛇を見つけた。かなり大きなジムグリだ。頭から腹にかけて轢かれており動いているのは尾だけだ。半原越ではこれから冬にかけて、こういういやなものを見ることが増える。秋は虫けらたちも焦燥感にかられる季節で、道路には蛇やらカマキリやらがやたらと出てくる。
ヒナタイノコズチという聞き慣れない名の花だ。今日調べてこういう名前だと知った。草はブタクサのジュニア版という風情でいかにも雑草、庭のじゃまものという感じだ。ただ、この花にもずいぶんと虫が来る。とくにツチバチが好んでやってくるから、蜜も多いのだろうと思っていた。
そこで、自慢のコケ接写用カメラを持ち出して花を撮ってみた。意外や意外、けっこうシャープでかっこいい形をしている。肉眼ではぜんぜん見えなかったけれど、ヒメアリの類もよく来ている。この写真のアリは撮影にも全く動じることがなく盛んに蜜をなめていた。
ところで、庭の動植物の撮影はほぼ毎日行っているのだが、けっこうな苦行である。というのは、庭にはおびただしい数のヤブ蚊が生息しているからだ。風に揺れるヒナタイノコズチの花に向けて、カメラを構え、息をとめて風が止むのを待っていれば、それはもう蚊の餌食である。2分もそうやっていると、10か所ぐらいは食われている。手が空いているときは叩きつぶすけれど、毎回1〜2匹がせいぜいだから、まさしく我が庭はヤブ蚊天国といえよう。
蚊としても、一回人間の血をたらふく飲んでしまえば、あとは産卵に入れるはずだ。私の血を吸ったやつは他の人間は襲うまい。それに、蚊も資源である。スイレン鉢に産卵すれば卵をメダカが食うだろうし、成虫もクモの餌になるだろう。せいぜい血を提供して蚊にも繁栄してもらおう。
昨日発見した5本脚のジョロウグモは今朝には姿を消していた。昨夜はけっこうな雨が降ったので、どこかで雨宿りをしているのかもしれない。ただ、昨日の時点で腹はぺったんこ、ずいぶん長いこと餌にありついていない様子だから、生き残っていかれる可能性は小さいと思う。うまくすると、ジョロウグモのもげた脚も再生するのかどうか確認できるかと期待したのだが。
勉強のできるヤツには共通した特徴がある。それはしょっちゅう勉強のことを考えているということだ。本当に勉強をする姿をして寸暇を惜しんで勉強しているヤツもいるが、充分眠ったり部活をしたりゲームをしながらも1日に12時間ぐらいは勉強をしているヤツがいる。
勉強で最も効果が上がるのは、頭の中での想起と整理である。数学の試験の点数は9割方条件反射の結果で、パブロフの犬がベルを聞くとよだれを流すのと同じだ。反射を身につけるのは良問を繰り返し100回ぐらい頭の中で解いておくことが常套手段となる。参考書や鉛筆はないほうが効率がよい。あくまで学習の筋道を心中でなぞって叩き込んでいくのだ。勉強のできるヤツはもれなくこれをやっている。ほんの数秒間であっても日々幾度となくトライしている。それができるためには、思い出す契機になるポイントをいくつか保持しておく必要があるし、できないときに悔しい思いをする必要もあろうし、できるまであきらめない持久力も必要だ。
そういう勉強は思いもよらないのか、やろうとしてもできないのか、できないヤツはこれをやっていない。俗に言う丸暗記というのは似て非なるもの。目前のノートを頭に書き写す行為では勉強とはいえない。数学の試験が条件反射とはいえ、自分が覚えている解答をそのまま書き写して得点になることはまずない。しかも悲しいことに、できないヤツはどいつもこいつも勉強していない格好のときは本当に勉強していない。できないヤツは睡眠時間を削り、運動もせず、ゲームを我慢して12時間机に向かったとしても、いわゆる頭のいいヤツに勉強量で及ばない。机に向かっていても勉強以外のことを考えておれば、勉強していることにならないからだ。量で及ばなければ成績でかなうはずもない。そもそも大学受験程度の内容がわからないような者は論外として学校の勉強は量をこなさないヤツにはできないようになっている。
効果のあがる勉強ができるヤツには2タイプある。1つは、その勉強法ができるように生まれついている者だ。物心ついたときから、他人から聞くこと、書物で読むこと、テレビを見ることで、心に障ったことを何度も何度も反芻する癖を有するものだ。彼らはその手の見かけ上不毛な行為にどういうわけか憑かれ快感を感じている。そういう者が学校の試験で点をとることに喜びを感じるならば、実質12時間/日の勉強をこなし、フツーにガリ勉優等生になれる。もう1つのタイプはコーチによってその勉強法をやらされている者だ。学力試験程度なら天賦の才は不要で、プログラムを忠実にこなせば効率的に得点ができる。いずれのタイプであれ、勉強以外にも、人付き合いがよいとか、粋なジョークをとばせるとか、サッカーがうまいとか、美人だとか、取り柄があれば頭がいいヤツとよばれる。
雨はしょうしょうと降り、半原越の頂上は雲の中だった。山腹から煙のように細く昇る霧が蟲師にあった描写のようだと思う。稲をはさにかけてあぜにはヒガンバナが咲きエンマコオロギの声が聞こえている。日本の秋の風景だ。いよいよ半原越が近づくと雨がやんだ。こうなると自慢の500円雨合羽がうっとうしい。雨で体が冷えるか、合羽でむれるかの選択を迫られる。これから登りになるのだからと、半原越の入り口にあるゴミ置き場に合羽を置いて登ることにする。
道路を走っていると、霧のかたまりがふわふわ浮いている。なんだか霧のしっぽをつかまえられそうな気がする。3キロほど走ったところで雨が強くなってきた。今日もギアは26×19Tだ。6分で押さえて走る作戦はとらない。昨夜のベルタでみたライプハイマーに影響されている。下りはずいぶん寒かった。雨の中で楽しく走ることができなくなってきた。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 5'08" 13.8km/h 80
区間2 1.17km 5'31" 12.7km/h 74
区間3 1.17km 5'28" 13.0km/h 75
区間4 1.18km 6'28" 11.0km/h 64
全体 4.73km 22'35" 12.5km/h 73(1640)
ライプハイマーのような達人は登りでも90rpm出している。ダンシングのときも回転数が落ちない。物理学の法則によって、私にはそういう走り方はできないことが証明されている。軽いギアだと90回まわせるけれど、そのギア比だと軽すぎてダンシングがうまくいかない。1回踏み込むごとにすこんすこん落ちて、速度のわりに力を使いすぎてしまう。半原越ではダンシングはひとまずおいて軽いギアを回すことに専念しようと決意しているのだ。
午前中、ナカガワをひっぱりだして境川にいった。40kmをだらだら走る。休日の朝は自転車が多い。しかも中高年。夫婦者らしいのがずいぶんいる。アサギマダラを見たようだが自信がない。というのはここのところずいぶんアカボシゴマダラが多いからだ。こちらは時速25kmぐらいで走っており、あっちも飛んでいる。視界にはいるのは2秒程度だ。アカボシゴマダラと自信を持っていえるのは3匹見たのだが。
日差しが強くて気温が低い気持ちのよい日で、午後もはしりたくなった。というわけで半原1号で半原越。いつもの棚田の脇には草刈り跡からカラムシが力強く伸びているのだけど、それを食うフクラスズメはいない。食い跡もない。黄色い田んぼのずっと上空をトンボがまっている。向かいの山はほんのりと黄色みがかってきている。半原越の道路にはずいぶん落ち葉が多かった。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 5'43" 12.4km/h 72
区間2 1.18km 5'57" 11.9km/h 69
区間3 1.19km 5'48" 12.3km/h 70
区間4 1.18km 6'40" 10.6km/h 62
全体 4.75km 24'08" 11.8km/h 73(1640)
今日、実生のムクゲが咲いた。親木のムクゲは夏の初めと終わりに大量の花をつけて実を結ぶ。その種が庭に落ちて芽吹いて育っている。その数はざっと数本だから、それほど発芽率がよいものではなく、日陰だということもあって、芽吹いてもうまく成長ができないのかもしれない。とはいえ、この3、4年で私の身長程度の高さまで成長したものもあり、その最高に育った株が花を開いたのだ。
その花は明らかに親木のものとは異なっている。親は白の八重というべきものだが、こいつは赤が強く、花びらは一重と縮れが合わさったものになっている。近所には一重やピンクのムクゲもたくさん咲いているから、虫がその花粉をもってきたのだろう。より成長がよくいち早く花を開いたのは、他の血が入っているものだったということは、ちょっと注意すべきだ思う。もしかしたらムクゲにも自家不和合の機構が働いているのかもしれない。
気象学的には今日から秋なのだそうだ。秋というのは夏と冬とが交互に来る状態で、冬はなめらかにやってくるのではない。秋も世間から認められれば一味ちがうのか、普通に走っていてもずいぶん風が冷たい。半原1号はじゅうぶんな手入れもせずに雨の中を乗りまくっているだけに、方々からいやな音がする。チェーンもBBもタイヤも替え時をとっくに過ぎている。左のペダルが踏み込むたびにきゅっきゅと鳴る。その原因がわからなくて対処のしようもないが、鶯張りということでこのまま気にしないで乗ることにしている。重大な故障の原因になるきしみとも思えず、抵抗になっている感じもないから。
今日の半原越は、ひさしぶりに2倍のギアを使ってみることにした。昨夜、田園都市線の車内で「ヒルクライムバイブル」を読んでいた奇遇な方がいらっしゃって、ちらっと盗み見した部分がちょうど「シッティングとダンシングをうまく使い分けましょう」の章だったからだ。
ダンシングを長時間やるためには、軽いギアでも重いギアでもうまくいかない。坂の斜度に応じたギアの選択が必要になる。半原越ではダンシングに適するギア倍数は、2倍から1.4倍ぐらいの間にあるはずだ。ひとまず2倍を使って、どこが重く感じるのか確かめておくこともよいだろうと思ったのだ。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 4'17" 16.5km/h 65
区間2 1.18km 5'05" 13.9km/h 55
区間3 1.18km 5'03" 14.0km/h 55
区間4 1.18km 6'34" 10.8km/h 43
全体 4.72km 20'59" 13.5km/h 53(1120)
TTをやったわけでもないのに、区間1〜3がやたら速い。ただし、これは普通にロードレーサーを乗りこなせるようになった初心者のタイムだ。昔のロードレーサーは一番軽いギアが2倍だったから、そういう自転車でがんばればこの程度のタイムがでる。恥も外聞もかなぐり捨てて時計だけを気にするのなら、こういうギア比で死ぬ気でとばせばよい。区間4では死んでいても守備的ダンシングで6'30"ぐらいはなんとかなるから、4'00"、4'45"、4'45"、6'30"というラップを刻めば20分だ。ただし、そんなことばかりやっていると自転車が嫌いになるだろう。
毎朝庭のジョロウグモを見るのが日課になっている。ジョロウグモは同じところに巣をはってあまり移動しないから発見しやすく観察が容易だ。小型のカメムシ、ツマグロオオヨコバイと並んで庭で必ず見つかる虫だ。そんなジョロウグモの一つが妙な獲物をつかまえていた。灰色の枯葉のようなものだ。食らいついているようなので、なんだろと近づいてみれば、それはヤモリだった。捕まえてからずいぶんたっているらしく、もうすでに干からびたようになっている。クモにとってみれば思わぬごちそうであろうが、どんな偶然が重なればヤモリがクモの巣にかかるのだろう。世の中には奇妙なこともあるものだ。
また、このジョロウグモは左の第3脚がとれている。昨日まではそろっていたはずだ。これで、脚のもげたジョロウグモは2匹になった。クモにとって脚がもげることはよくあることなのだろうか。ジョロウグモの脚が復活するかどうか確認するチャンスの到来だ。ただし、こいつは先日脱皮したばかりで、終齢になっていればかなわぬ夢だが。
なにやら寒くて冬のような重苦しい天気だったが、午後からは境川に出かけることにした。気楽に90rpmで50kmばかり走った。風は弱く北寄りで、追い風で時速30km、向かい風で時速25km。
帰り道、サイクリングコースの路上に海の幸がぽつんぽつんと300mおきに落ちているのが気になった。カニが5匹と小魚が1匹。カニは一見したときモクズガニの小型のものかと思ったが、赤くて毛のない海のカニだった。魚はキスのようなやつで、どちらも食いでのなさそうな代物だ。まだ湿っており落ちてから時間もたっていない。いったい何者がいかなる理由でこういうことをやったものか、仮説を立てることすら不可能だった。世の中には奇妙なこともあるものだ
何の変哲もない今朝のジョロウグモであるが、何の変哲もないだけに異常事態なのである。というのは聡明な読者諸君はすでにお気づきのように、こいつは右の第4脚がもげてしまっていたはずの個体なのだ(28日に紹介しているのは別個体)。23日に撮った写真でそのことを確認し、毎日観察を続けてきた。26日の写真でもやはり脚がもげている。
じつは、昨日このクモはいなかった。雨が降っていたので雨宿りでもしているだろう、最悪の場合は今生の別れかもしれないと、空の巣の写真も撮っておいた。写っている小さなクモは、そいつのだんなさん候補である。後ろにピンぼけで写っているツマグロオオヨコバイの亡骸が位置関係を示す有効な証拠になっている。
この事態のもっともうれしい解釈は、昨日の朝、私が空き巣をみたときにはこのクモは脱皮のため、草陰に潜んでいた。それが今朝には元気に定位置に戻った。しかも、脱皮によってもげた脚が回復したというものである。うれしくない解釈は、これはぜんぜん別個体で、たまたま近くに巣を構えているものを私が気にしている脚のもげたクモだと勘違いしているという可能性だ。ただし、今朝の巣はかなりボロになっているから24時間以内に作られたものではないと思う。また、ジョロウグモに巣の乗っ取りがあるとは思えないし、2匹のメスが糸が絡まるほど接近して巣を構えるということもないと思うのだが、さてこの真相はいかなるものなのだろう?
午後、境川にでかけて40kmばかり走ってきた。今日は暖かくアブラゼミがずいぶん鳴いていた。わが庭でも、虫が最後の活気を見せている。写真はコムラサキの枝上で戦うオンブバッタのオス。一匹がメスの上に乗っているところにもう一匹がやってきて勝負が始まった。まずは、横恋慕のほうが触角にかみついた。やられた方も負けじと振り返って組み合いがっぷり4つの体勢だ。熱い抱擁に見えないこともないが、お互いがちがち噛みつき合っているのだから、殺伐としたもんだ。かなり力が入っており噛みつきにも容赦がない。こうして写真でみても両者共にずいぶん傷だらけである。あまりの剣幕にメスは早々に退散している。
カマキリも目立つ。昨日は窓の下に腹がぱんぱんになったハラビロカマキリがいた。今朝にはそこに卵嚢があった。家の壁にもムクゲの木にも、そこらじゅうにハラビロカマキリの卵がある。庭が森林化しているからハラビロカマキリの生育に適しているのかもしれない。また、コカマキリがジョロウグモの巣にかかっており、助けようかどうしようかと近づくと自力で脱出した。ごく普通にジャンプしてはねで飛んだのだ。簡単に逃げられるのなら、糸に引っかかって困ったような顔はしなけりゃいいのに。
どうも調子の狂う一日だった。チェーンが鳴るのでチェーンを換えて、ペダルがきゅうきゅう鳴くのはクリートがすり減ったからだろうとクリートを換えて、準備万端スタートしようとすると前輪の空気が抜けている。チューブを取り出して調べると小さな穴が開いている。仕方なく井上ゴムの丈夫なものに交換して走り出す。いまいちすいすい行かない。後輪にブレーキのシューが当たっているような気がするが、目視するとそうはなっていない。
朝から高積雲が広がりどうも秋らしい天気の崩れ方をしそうだと予想したが、思ったより雨が早い。相武台から丹沢を見れば山頂は黒い雲の中ですでに雨が降っているはずだ。目指す半原越の尾根筋はまだ見えている。荻野川を横切る道路にさしかかり、うつむき加減に車の列が通り過ぎるのをまっているとき、路面にぽつぽつと雨粒の模様がつき始めた。もう雨かと川を見る。水面をたたく雨粒の波紋が青黒い水に広がりきれいだ。可動堰でためられた水が深くよどんでいるのだ。問題は雨が降るかどうかではなくどれほど冷えるかだ。自慢の雨合羽は持ってきていないが、大丈夫そうだ。気温は高い。生き地獄にまではなるまい。
途中でメーターが動いていないことが判明する。キャットアイの無線式の装置であるが、混信を避けるためのID設定を促す点滅が出ている。どうやら送信機の電気が寸断されたらしい。無線式はこういうところが不便だ。なんでキャットアイは、有線式でラップの機能があるものを売らないのだろう。キャットアイ以外の物を買う気は全くないのだが、言いたいことは山ほどある。
それにしても煙い。神奈川の田舎はまさに稲刈り真っ最中で、ほうぼうでいろいろ焼いている。低気圧が近づき重苦しくよどんだ空気に煙がとけて、景色が青かぶりして見える。からっと晴れて煙がどんどん空に昇っていくときはたき火も風情なのだけれど。雨は強くならないまま、半原越のスタートだ。例のごとく、26×19Tで走ることにする。道ばたには成虫になったジョロウグモが目につく。ぺたんこになった蛇の死体も多い。あまりやる気が起きないががんばる。左の膝が痛いのは気にしないようにする。幸い、メーターはつつがなく動き、ラップも記録されている。ちゃんと動けばCC-CD300DWは便利だ。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
全体 4.72km 23'18" 12.2km/h 70(1640)
記録は23分ちょっとだから膝が痛いにしては上出来だ。帰路、下り坂でクランクをくるくる回すと、1回転ごとにかくんかくんとショックがある。いよいよBBも限界か。まだ8割ぐらいは引っかからずにいけるのだが。さらにまた、メーターが動いていない。たぶん、送信側の電池にガタがあるのだろうと、道ばたに半原1号をとめて、500円玉でケースのふたを開けて電池をいじってみる。こういう程度のことで回復するのはよくあることだ。しかしながら、ぜんぜん無反応で、うんともすんともいわない。そのかわり、ブレーキのシューが後輪にこすっていることがわかってうんざりする。メーターも人間も焼きが回ってきたなと、あきらめて走り出す。5分ほどして、ID設定を促す点滅が出はじめた。警告にまかせてIDを再設定するとうまく動き始めた。もうちょっとだましだまし使えそうだ。ただ、そのときはIDを再設定すると、ラップのデータが飛んでしまうことに気づいていなかった。23分18秒はあやふやな記憶の数値だ。ラップはメーターを信用して走行時には確認していなかった。膝はますます痛くなり、普通に走っていても痛みが走るようになっていた。濡れ鼠にならなかったのが本日唯一の幸いか。
徳島線の穴吹駅のプラットホームはちょうど川の中州のように線路に挟まれている。単線の上下線がすれ違える構造らしい。空港からバスに乗って徳島駅に着いたとき、あいにく池田まで行く汽車がなかった。時刻表を見れば、一番近い時間の徳島線の汽車は穴吹が終点で、池田行きのものには30分の待ちがある。徳島で待つか、穴吹で待つか、迷うことなく穴吹で待つことにした。徳島ではよい時間つぶしができない。日のあるうちに穴吹まで行けば吉野川でも見物できるかと思ったのだ。もくろみはうまく当たった。穴吹駅は幹線道路をはさんで直下を吉野川が流れている。30分の待ち時間に改札を出て吉野川を見物してきた。日は四国山地に沈み残照があわく川面に映り、何の用途か手こぎの船が浮かんでいる。予想通り、いくぶんやんちゃなところが残っている青年というイメージの大河だった。
川を見て駅にもどり、プラットホームに登ろうと線路を渡っているときマツムシを聞く。思い返せば、マツムシを最後に聞いたのは30年以上前だ。ビービービーとやかましいのはアオマツムシだ。いつ四国の田舎にまで到達したものか、穴吹駅でもアオマツムシがうるさい。その騒音にまじってチンッチ、ロリンというのどにひっかかるようなマツムシの声がはっきりと聞こえる。線路の向かいはいくつかの集落がある斜面で、その草むらからだ。すくなくとも2匹が鳴いている。30分早くこの駅に着いてよかったとあらためて思った。
プラットホームには電柱が立てられ、照明のための蛍光灯が2つ取り付けられている。明かりに引かれて何か虫が来ていないかと見上げると、すぐに小さなクモが見つかった。目につくものだけでも4、5頭はいる。小型のオニグモらしい。ちょうど巣作りの時間で、いづれもせわしなく動き回っている。そのなかの1匹が観察最適な場所にいた。角度を加減すれば、青黒い空を背景にして蛍光灯に照らされた糸がはっきりと見える。池田行きの普通列車が来るにはまだ10分ほどあるから、それまで巣作りを見物することにした。
巣は、工事人が電柱に登り下りするための鉄製の足場を利用して張られている。長いほうの三角定規を電柱の足場にぶら下げるような格好の巣だ。三角形の外枠はすでにできあがって、巣の中心と外枠をつなぐ縦糸を張っている最中だった。クモはすでに張ってある縦糸を足がかりに中心と外枠を行き来している。後足を引きずる不自然な歩き方は、後足の先で糸をたぐっているからだ。腹から糸を出すだけでは、足場にも使っている縦糸にからまってしまい、新たなものが引けないだろう。けっこう繊細で計算が必要な作業に思われるけれど、クモの動きにはみじんのためらいも感じられない。外に向かうときも、中に向かうときも糸は繰り出されており、するすると3往復もすれば縦糸張りが終わった。縦糸は全部で10本ほどある。
引き続きクモは縦糸をつたわって巣の中心から渦を巻くように歩きはじめた。横糸張り用の足場の作成だ。渦巻きは4回転ほどで完了する大まかなものだ。続いて獲物を引っかけるための細密な横糸張りに取りかかるはずだ。たしか中心から外に向かって張り始めるはず、と予想しておれば、動きがおかしい。
クモが向かったのは巣の中心ではなく、一番下に突き出た部分だ。クモは縦糸間を往復しつつ巣の外側から順次中に向かって横糸を張っている。横糸の間隔は狭いから獲物を引っかけるためのものに違いない。横糸で埋められているのは、三角形の下の頂点から伸びる縦糸とその左右の計3本の縦糸で作られる隙間だ。相変わらず後足を巧みにあやつり、その動作には迷いがない。クモに焦りが見えるのは製造中の巣に虫が触れたときだ。巣作りの最中にも、蛍光灯にひかれてずいぶん虫が飛んでくる。特に吉野川で発生したと思われるカワゲラの類が多い。そうした虫が糸にかかるとクモの心中は穏やかではないようでいらいらした様子が見られる。早く巣を完成させて獲物をゲットしたいと焦っているようでもあり、作成中の巣を壊されることを嫌っているようにも見える。7、8往復でクモの隙間埋めは終わった。
ここにきてようやくその作業の合理性が理解できた。巣の三角形は縦長だから、中心から同心円の渦を巻くように横糸を張っていけば、最後の方では角のとがった部分が残ることになる。そこを空間のままにしておくか、埋め合わせるか、いづれかを選ばなければならない。埋め合わせる場合は、横糸の足場作りのときは中心から外に向かうのだから、やがて必要となる作業であれば、あらかじめ片付けておくほうが理にかなっている。このクモの場合、電柱の足場を利用した狭い巣だ。横糸の渦の大きさには好適サイズというものがあって、枠が小さい場合には角っこも利用するという設計図が引かれているのかもしれない。なかなかどうして賢いもんだと感心していると時間切れだ。観察を始めてちょうど10分。下りの池田行き2両編成の普通列車が来た。通学の高校生でにぎわう明るい車内に向かいながら、穴吹駅で待ってよかったともう一度思った。
よい自然というものは確かにあるが、絶対的によい自然というものはなく、社会的によい自然というものもまだない。つまりひとりひとりの心の中によい自然があり、それはその個人が物心ついたときに彼の周囲に存在した自然であり、その時点で彼の想像の中にあった自然をいう。自然環境の悪化や保護を論じるときに、少なくともこの点だけは押さえておく必要がある。
外来種の定着は絶対的に自然環境の悪化と結論してよい。というのは、ある人がある種を外来と認めるからには、その人が物心ついたときにはその種は、その人の自然観の中に入っていなかったことを意味するからである。つまり、どの個人にとっても外来種の定着は自然環境の悪化となる。
こんなことを考えたのは、アサギマダラだかアカボシゴマダラだかわからない蝶をまた境川で見たからだ。自転車に乗って時速30kmで走っていると、左の視界の隅をアサギマダラと思われる蝶が横切った。アサギマダラは昆虫少年だったころに最も好きだった蝶だから格別の思い入れがある。白黒まだらと後翅の赤はアサギマダラの特徴で数年前には似た蝶はいなかった。ところが、今年あたりから私の周辺にアカボシゴマダラの夏型が飛ぶようになった。飛んでいるところを1秒程度見ただけでは、その両者を確信もって見分けることができないのだ。
アカボシゴマダラはどこかの誰かがいたずらで持ち込んだとも言われている。また、このまま定着すると他種に悪影響があると心配する人もいる。具体的にはゴマダラチョウが餌などの環境がかぶっているのでニッチの圧迫を受けるのではないかということだ。それは杞憂であるにしても、私にとっては迷惑しごくなことである。
半原2号で半原越。前は48・34T、後ろは12〜27Tというコンパクトで軽いギアを用意した。ひとまず軽いギアで乗ってみないと新しいフレームの調子はつかめないと思ったからだ。コース全域を34×27Tで走る。半原1号なら26×21Tに相当する軽いギアだ。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 5'10" 13.7km/h 86
区間2 1.18km 5'30" 12.9km/h 81
区間3 1.18km 5'24" 13.1km/h 83
区間4 1.18km 6'29" 10.9km/h 69
全体 4.72km 22'33" 13.5km/h 79(1785)
半原2号はカーボンモノコックのフレームだ。車体の重量を計測すると8.4kgあったからそれほど軽いものではない。乗った感じは独特のものがある。といっても未知の感覚ではないな、はてどの自転車に似てるんだろう? とよくよく思いめぐらせてみると、鉄のチネリだった。ペダルをぐんと踏み込んで、後ろに引いて引き上げる間、力がべたーっとかかっている感じがある。ペダルからクランク、クランクからチェーン、チェーンからホイール、ホイールから路面と力がどこかに逃げる感じがない。ひとこぎして即座に「半原2号」とよぶことにした。
22分33秒は平凡なタイムだけど、79rpmでこの記録はなかったように思う。ダンシングの感じも悪くないので、膝の痛みが消えたらチャレンジしてみよう。踏み倒したときにどうなるか楽しみだ。
今日の半原越ではアサギマダラをみた。目撃時間は0.5秒程度だったが、上空1mあたりで真下から見たから間違いはない。
またまたクモが困ったものを見せてくれた。写真は今朝撮ったもので、花はアカマンマ、その花穂の最下にクモがしがみついていた。これも8月4日のキクや9月14日のオオアレチノギクにいたのと同様にハナグモの一種と思われる。アカマンマは地味な花だが、これでけっこう虫が寄る。それで毎朝注意しているからこそ、このクモにも気がついた。この姿勢で写真の位置にとまっていればクモはアカマンマのつぼみの1つに見える。アカマンマにこの種のクモがいることは初見だが、これまでの観察からこの姿勢は偶然とは思えない。
この事象の意味するところは人間の言葉で言えば簡単だ。「アカマンマには獲物がけっこう寄ってくるし、私のこの体であれば、こうして逆さまにしがみついておれば、獲物もまさかクモが潜んでいようとは思うまい。動かなければカナヘビも素通りだ。まさに一石3鳥、4鳥。」ということになる。それは結果から見れば間違いではないだろう。だからこそ私は困るのだ。
このクモは絶対にそういう意識はないのだ。このはかない生き物がどうしてアカマンマにけっこう虫が来ることを知ることができるのだろう? こいつは自分の体の形、色模様が見えているのか? アカマンマのつぼみと比較して合同であると判断できるのか? トカゲや鳥の天敵を意識できるのか? できたとして、奴等が視覚的な攻撃者だと判断できるのか? そうした一切合切のことが無理に思える。無意識な行動の結果が極めて合理的な生き様を見せているところにただごとならぬ気配を感じるのだ。
ジョロウグモは稼ぎによってずいぶん成長に差があるようだ。私の庭にはざっと10匹のジョロウグモ♀がいて、そのサイズはざっと10倍の差がある。もっとも成長がよいのはムクゲとザクロの間の巣のものだ。先日、ヤモリを捕まえたり、脚が1本もげていたりと、この日記にもずいぶん登場している。思えば去年も同じ場所のジョロウグモ♀の成長が最もよかった。オオカマキリと見合いをしていたあいつである。
その気になって思いをめぐらせると、ジョロウグモ♀は毎年同じような場所に巣を作り、同じような成長を見せるような気がしてきた。私の庭では去年と等しくオリーブとイチョウの間の巣のやつはやっぱり中型で、犬小屋わきのものは小型だ。最も小さいものはオスと同じ程度しかなく別種かと思うほどだ。庭外でも、去年1月まで巣があったところには今年も巣がある。どうやらジョロウグモ♀はたまたま巣が張れる条件のところに巣を構え、あとは運任せでがんばってしまうのではないだろうか。
私の庭のジョロウグモ♀は全部がおそらく1つの卵塊から散っていったものだ。気流の関係などからどこにでも巣を張れるというわけではない。同様に草木の配置や気流によって餌になる虫の通り道もあり、そのコースにうまく巣が合致しているものは稼ぎもよく成長も早いのだ。ジョロウグモ♀の世界は不公平で、富めるものはますます富み、困窮するものは成り上がりの見込みもなく脱落していくものと思われる。というのは、よく食べるものはより大きい巣を作ることができるからだ。近所で見かける最大のものは、外枠の三角形が1辺3メートルに達する巨大なものもある。それだけのポテンシャルはどのジョロウグモ♀も持っているのだろう。ジョロウグモは一度張った巣は修復拡張しながらずいぶん長く使うようであるから、罠が大きく複雑になるにつれて懸かる獲物も増えていく道理だ。
私のかわいいジョロウグモたちは、正法眼蔵随聞記にある禅僧のように、稼ぎの多寡などはなから問題にせずに巣の中心で只管打坐をしているように見える。虫がかかればそれはよし、かからずともそれもよし、ひたすら座禅をすることがクモの道である、とでも言いたげだ。一方、穴吹駅のオニグモのように毎日巣を張るタイプのものは、巣を張る場所についてジョロウグモとは別の見解があるにちがいない。少なくとも一晩ぼうずだった所にまた巣を張るということは考えづらいものがある。
穴吹駅の蛍光灯の電柱にはクモが集まって競うように巣を張っていた。明かりのない場所に巣を作ろうしているクモはいない(見えないだけかもしれないが)。少なくとも、蛍光灯の下の密集度の高さには解釈が必要だ。解釈その1は、虫がぶんぶん飛び回っているのを見て、よしとばかりにクモが集結してきたというもの。これはちょっと受け入れがたいものがある。そんなに眼がいいか? というのが第一の理由で、他にもいろいろ理由があってこの見解はとらない。その2は、もともとクモはランダム均一に巣を構えていたのだけど、稼ぎの悪いやつから脱落していって、蛍光灯の下のヤツだけが生き残っているというもの。これもあの賢そうなクモにしてはあまりに間抜けで受け入れがたいものがあるから、結局は1と2の中間をとって無難な解釈に落ち着くことになる。
最初に網を張る場所は適当だ。そこで充分な獲物がゲットできた場合は、巣のそばに陣取って翌日も同じところで巣を張る。いまいち稼ぎが悪い場合は、ちょっと移動して新たな場所でやってみる。というように試行錯誤の上で費用対効果を勘案しているのではないかと思うのだ。そうすれば、穴吹駅の蛍光灯の下のように吉野川の水生昆虫やら線路脇のガやらが網を張る行為を邪魔するほどに飛んでくる場所には結果的にクモが増えることになる。
写真は今朝撮影したものだ。15日にも同じような写真を掲載したけれど、そのときと同じアカマンマの同じ位置に同じ種類のクモがいる。じつは金曜の朝(観察不能だった)をのぞいて、毎朝同じ所にクモがいることを確認している。こうなると同じ個体がこのアカマンマにこだわっていると考えるのが自然だ。もしそうであれば、このハナグモもまた独特の人生観をもっていると想像したくなる。
ジョロウグモ♀は多少獲物が少ないからといって焦って場所を変えることはしないようだ。それは、体が小さいままのやつが同じ場所に居座っていることから推理した。ジョロウグモ♀の一度張った巣を使い続けるという方法も理にかなっている。逆に言えば、現在の虫で理にかなっていない行動をとるものは一種類もいない。虫の心理を考える上では、どれほどばかばかしく見えようとも、それこそが合理的なのだと受け入れるところから始めなければならない。ジョロウグモ♀の場合、虫が行き交う空中に罠を張っているのだから、獲物がかかるかからないは運が大きく左右するだろう。うまく虫の通り道に当たっているかもしれないし、当たっていないかもしれない。また、巣に近づく虫の動きを見ていると、ホウジャクなんかは完全にジョロウグモ♀の張った糸を認識して避けているから、虫だってそうそうかかるものではないはずだ。私が歩いたのに驚いてツマグロオオヨコバイが飛び上がって巣にかかることはよくある。そういうハプニングが必要なのかもしれない。
ジョロウグモ♀のひたすら運を信じる方法も成功への一つであるし、だめなら毎日巣を張り替えてより可能性の高い所に行き当たることを期待するのも成功への一つの方法だ。
では、このハナグモの場合はどうなのか。巣を張るタイプではないから場所を変わるコストはオニグモと同じようなものである。場所の候補は、けっして少なくはないように思う。アカマンマの花穂の一番下と限定した場合でも、アカマンマの花はたくさん咲いているから場所はよりどりみどりだ。また同種のクモらしいヤツが他の花で待機しているのもよく見るから、アカマンマでなければ絶対だめだということでもない。
それで、このクモが現在絶好調で、餌食べ放題でここに満足しているというのなら問題はない。しかしながら私が見る限りでは、あまり商売は繁盛していないようである。アカマンマにいつもいるのは小型のカメムシぐらいだ。私の目に見えないダニとかアリはともかく、駅の蛍光灯の下のように虫がぶんぶん飛び回っているという状況ではない。いずれにしても、他のアカマンマでも餌を獲得する確率は変わらないのだから、かなり頻繁に移動する方法をとっても良さそうに思えるのに、現状の観察ではなるべく移動しないことに決めているようなのだ。
庭のジョロウグモたちは彼らなりにがんばっている。5本脚になりながらもちゃんと獲物をゲットして腹がぱんぱんに膨れたものがいる。いつの間にかまた1本脚がとれて6本脚になったものもいる。昨日から今日にかけて、大胆不敵にも玄関のドアの真ん前に巣を構えたジョロウグモ♀もいる。これはいくらなんでもそのうち退去命令が下されるだろう。アカマンマのクモは相変わらず同じ所にいる。撮影のためにカメラを近づけると、迷惑そうに3ミリだけ後ずさりする。
ハナグモにとっては移動をしない戦略が好適であるが、逆に移動をすることが好適なクモもいる。ハナグモと似た形態で、巣を作らず、しかも頻繁に動き回るタイプにハエトリグモがいる。これもまた違った人生観を持っているに相違ない。
ハエトリグモとハナグモは小型で巣を作らないという共通点があるものの、その体はずいぶん違っている。ハナグモの特徴はなんといっても花やつぼみに似ているということだ。その擬態の進化は待ち伏せ型の戦略をとっていることから生じた。擬態は捕食者の選択淘汰によって発達する。ハエトリグモのように動き回る虫にはめざましい擬態は発達しない。ある場所に固執するからこそ、そこに似てくる。似れば似るほど鳥、トカゲの目を逃れ、チョウやアブの目をくらますことができるようになる。
執着するためには2つの条件が必要になる。1つは、その場所が特別のものであることを認識できること。人間ならば、オオアレチノギクもヒメジョオンもサルビアもアカマンマもその花は、植物体の先端についたり、色形に特徴があったり、ある時期にだけ咲いたりするという特徴から「花」だとわかり花には虫が寄るということも予測できる。ハナグモも自分が待機する場所は人間がいう「花」にあたる所だと認識しているけれども、花を花として他のものから分ける要素はわれわれのものとは全然違っているはずだ。正確なところは実験するなりして、クモに聞いてみるほかはないけれど、花の明度、色、つや、丸まった形状、サイズなどから判断するのだろう。
2つめの条件は、その場所にしがみつくこと自体が人生の目的になっていること。気にめした場所が確保できれば、花が枯れたりして状況が変わるまではそこに居続けること。人生の目的は虫を捕まえることではなく、花に居続けること。虫媒花には虫が来るという法則はまったく知る必要がない。虫が来ればはっと気づいて虫を捕まえればよい。「ここはどこ?」「私はだれ?」なんて自問は無用だ。そうでなければ、擬態できるほどの体を手に入れることはできない。
先週は風邪が原因と思われる下痢が続いていたが土曜に治まった。膝の痛みもない。という次第でいそいそと半原2号で半原越。予定通り、踏み倒してみることにした。ギアは39×21。ザンクノニーイチといえば、強い選手が半原越ぐらいの坂で使うギアだ。彼らはそれを80回以上回し、時速20キロ以上で駆け上がっていく。私はそんなことができるわけがないが、半原2号でその重いギアを使ったらどうなるかまずは試しておきたいのだ。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 4'28" 15.9km/h 68
区間2 1.18km 5'03" 14.0km/h 60
区間3 1.18km 5'06" 13.9km/h 59
区間4 1.18km 6'33" 10.8km/h 46
全体 4.72km 21'10" 13.5km/h 57(1210)
区間1は無理しているつもりもないのに4'28"だから途方もなく速い。ただし、すでに区間1で心拍は180bpmにまで上がり、丸太小屋の坂では190bpmに達した。うまく脚が回るのでついつい行ってしまうのだけど、体は正直に反応している。それでも、これまでの経験から死ぬことはないだろうと行ける所まで行ってみる。区間4では心拍はずっと190bpm付近だ。193を越えないのはそれが私の最大心拍だからだろうか。まだ目の前が真っ暗にもならず、太ももに激痛も来ていないので限界には達していない。今日は限界ぎりぎりまで行く日ではない。こういうつまらない走り方はひとまずやめて、次回からは素直に39×27を使おう。
帰り道、登っているときには気づかなかったジョロウグモの面白い巣を見つけた。道路を横断する巨大な巣だが、単に大きいだけではない。半原越では道路をまたぐ巣はけっこうたくさんある。道路は5mほどの幅があって左右に樹木が生え、その枝を使って巣を張っている。高いところに位置するために、自転車や自動車に壊されず、獲物を待つことができる。
今日見つけたのは、なんと一つの巣を2頭のジョロウグモ♀が共有するものだった。とはいえ、獲物をゲットするための円網に2匹が仲良く並んでいるわけではない。両者は2m近く離れており、お互いの存在に気づいていないかもしれない。こうなったのは1頭が道路を横断する長さ5mの巣を張り、その後もう1頭が断りもなくすでに張られている外枠の糸をちゃっかり借用して巣をかけた結果だと思う。普通サイズの小さな巣でそんなことをやれば大げんかになるのだろう。2頭とも体が大きく腹も膨れているから稼ぎはよいようだ。
今朝はアカマンマのクモが少しだけ場所を変えていた。写真のように花穂の花のとぎれたところに位置している。いつまでこの花にこだわり続けるのだろう。そして、この擬態の効果はどれほどのものなのだろうか。
巣を張るクモにとっては、たとえ移動を好まない種類とはいえ、擬態はそれほど発達していない。ゴミに隠れたり、だんだらまだらの木漏れ日模様であったり、隠れ帯をもったりと、それなりの工夫はあるようだが、驚くほどのものではない。そもそもジョロウグモがどれほど鳥に襲われるかということが疑問だ。
ジョロウグモは鳥に襲われることは少ないようだ。そのことはそもそもジョロウグモが目立つクモだということが証明しているように思う。ジョロウグモが鳥の標的になるのなら、清川村の道ばたに無数のクモの巣が並ぶわけがない。あれだけ堂々と巣を張ってこれでもかと目立ち、あれだけまるまる太っているのに、鳥にずっと見逃されているというのが不思議だ。なぜか鳥はジョロウグモを襲わない。たとえジョロウグモが鳥にとって有毒のまずい虫であったとしても、鳥は1回は食べてみないとそのまずさを認知できないはずだ。その試食ですら行われていないと思う。
また、鳥がジョロウグモを襲わないなら、ジョロウグモの脚がもげる原因が不明である。脚のとれたものは決して少なくはない。当初はその原因を鳥のせいにしていた。ジョロウグモが襲われたときにとる行動は「速やかに落ちて動かない」というものだ。草むらに落ちて脚を縮めているジョロウグモは意外に目立たないものである。私はそういう様子を見て、漠然と、鳥の攻撃に対する防御として発達した行動だろうと思っていた。しかし、無数のジョロウグモがこの世の秋を謳歌する様を見る限り、彼女等が鳥の標的ではないと考えるのが自然だ。それなら、どうしてクモの脚がもげるのか。ジョロウグモを好んで襲うハチはいるけれど、私の庭にはそんなスター選手はいそうもない。鳥が間違ってジョロウグモにぶつかるようなこともないと思うけど。
玄関前のジョロウグモ(写真左)は腹がぺったんこで体も小さかった。わが庭でも成長のいいものはすでに腹には卵がいっぱい詰まってあとは産卵を待つばかりなのだから、もうこれから追いついて子を残すことは不可能と思った。こういう事態に陥ったのは彼女の不運としか言いようがない。夏に巣をかけたのがたまたま虫の通り道ではない悪い場所でじゅうぶんな栄養がとれなかったためだろう。ジョロウグモの世界では富めるものはますます豊かに、貧しいものはますます窮する。
しかも、秋たけなわの今頃になって流れ着いたのが、よりによって玄関とは。玄関は虫が少ない場所だということを私は知っている。この辺は灯火に虫が寄らない地域なのだ。さすがに哀れになって、昨日、月曜の朝に捕獲して庭のイチョウの木に移しておいた。今朝には、放虫したそばに同じぐらいのジョロウグモ♀(写真右)が巣をはって2、3の虫もゲットできているようだ。もしこれが玄関のクモであれば、少しは腹もふくらんでいるようだから、産卵は無理でも飢え死には避けられるかもしれない。
今朝はもう1件ややこしいことが見つかった。衣装ケース池の上のムクゲの枝には昨日の朝まで5本脚のジョロウグモ♀(写真左)が陣地を持っていた。脚が少ないとはいえ地の利を得て獲物は多く、この数日は腹もぱんぱんで、悲喜こもごもに観察を続けていた。
今日も、いつものようにその巣を眺めると、慣れ親しんだスタイルのクモの姿がない。そのかわり、痩せた五体満足のジョロウグモ♀(写真右)がいる。どうやら脱皮して脚が生えてきたわけではない。いくらなんでも突然立派な脚が生えるものでもなく、脱皮して小型化するはずもないから。
ところで、私はジョロウグモの脚が再生するかどうかについて、どういう観察事例を発見すれば再生を結論できるか心に決めているものがある。それは、巣に脚の数がそろわない脱皮殻がぶらさがっており、その近くにちょっと成長の悪い脚がついているジョロウグモを発見した場合、というものだ。この巣には脱皮殻は見つかっていない。ジョロウグモはどうやら巣内で脱皮するらしいということを掴んでいるから、その脱皮の証拠とともに見つかれば、再生するという結論が出せる。脱皮の現場に立ち会えれば最高なのだが、それは現状の100倍の観察時間が必要になる。脚のもげた幼虫を大きなかごに入れて飼えばいいのかもしれないが、それは現状の100倍の手間が必要になる。7月にジョロウグモの脚を片っ端から切り取ってしまえばいいのかもしれないが、それは友人にたいしてむごい仕打ちというものだ。
さて、このジョロウグモ♀入れ替わり事件の解決にあたって、ちょっと不愉快な仮説を導入する必要に迫られている。巣の乗っ取りだ。微妙に円網の位置がずれているようだから巣自体ではなく、巣をかける場所の争いによって交代が起きると考えるべきかもしれない。10月1日の日記に見つけたのも再生ではないという感触があった。
しばらく5本脚のジョロウグモ♀(写真左)の巣の1m下に陣取っていたちょっとスリムな♀が行方不明になっていることも仮説を裏付ける状況証拠になる。さらに、その手の場所取り喧嘩を起こしているならば、脚のもげる有力な原因になる。さて、乗っ取りがあるとすればいろいろなことが解決つくのだが、喧嘩の現場に立ち会うには現状の100倍の観察時間が必要になる。とりあえずは5本脚の彼女がどこかで見つかることを期待するのだが、生きてはいてもあの状態で新たに巣を張ることができるかどうかが心配だ。
行方不明の5本脚のジョロウグモ♀に再会できないかと、近所を探しているものの発見できる見込みはなさそうだ。しかたなく、彼女のいたあたりをもう一度眺めてみると、空き巣が見つかった。半分以上が引き裂かれたように消失しているけれども、3点支持は切れておらず、かろうじてジョロウグモの巣だということがわかる。その空き巣の場所は、以前5本脚のジョロウグモ♀がいたところだ。彼女の作ったものにまちがいあるまい。
そうであるなら、この壊れ方では、ジョロウグモの巣の乗っ取りの結果というよりも何らかの事故を想定する方が良さそうに見える。いかにも、巣を破壊されつつ鳥の捕食にあった、という状況なのだ。それにしても、主を失った建物がとつぜん精気を失い、みすぼらしく見えてしまうことは人の部屋も虫の巣も変わらないようである。
重苦しい天気で、半原越の山並みがやけに近く見える。紅葉もけっこう進んでいる。気温も低く蝉も聞こえない。今日は半原2号で半原越。いつもの棚田の道路の壁に奇妙な卵を見つける。単なる垂直のコンクリートの壁に褐色の袋が同じ色の糸で貼り付けてある。最初は巨大なトックリバチの巣かと思った。袋のサイズは巨峰の粒ほどもあるのだ。子どもの頃この形状のものをずいぶん見た記憶がある。家屋にもあり、畑にもあった。これはクモの卵である。しかもこれだけの大きさのものを作るクモは多くはない。さて母親はだれだろう。
半原越はコケが一段ときれいだ。道路の壁に生えているやつが輝いている。路傍のコンクリの隙間に根付いているやつが緑に盛り上がっている。雨上がりということもあるけれど、気温が下がって元気を取り戻した感がある。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 4'54" 14.4km/h 79
区間2 1.18km 5'13" 13.6km/h 75
区間3 1.18km 5'14" 13.5km/h 74
区間4 1.18km 6'44" 10.5km/h 非計測
全体 4.72km 22'05" 12.8km/h 非計測
前回は重いギアで踏み倒したので、今回は適切設定でやってみることにした。前は39で後ろは21、24、27を使う。全体的に27Tを使えば回せるが、緩いところでは軽すぎる。27Tで回せず立ちこぎする場合は24Tがよいようだ。21Tはタイムアタックをするときに必要だろう。
以上のように、いろいろとクモについて考えてみてはいるものの、これらがどこかいい加減なものであることはいうまでもない。どこかで決定的な誤りをおかしているはずだ。私はそのことを数学的に証明することができる。
左の図は、球の表面積を求めるために私がフリーハンドで描いたものである。アイデアは、ちょうど独楽に糸を巻くように、球の表面に糸をびっしり巻いていけば、その糸が作る面積が球の面積に等しくなるであろうというものだ。これは、古くからよく知られている円の面積(π・r・r)の求め方を応用したものだ。
そして左の図は、巻き上がった球の糸を、天から地への大円にそって切り開いて伸ばしたもの。糸はそれぞれの場所で球を一周しているから、それぞれの場所で水平に球を切った断面の円の半径をr'とすれば、糸1本の長さは円周に匹敵して2πr'となる。つまり、比較のために描いた半径rの円を図のように水平にカットすると、それぞれの場所で長丸の水平の長さは円のπ倍あるのだから、面積もπ倍となる。円の面積(π・r・r)にπをかけて、(π・π・r・r)が求める球の表面積となる。
この証明が誤っていることはいうまでもない。球の表面積は(4・π・r・r)であるから、私の求めた式では8割ほど小さく算出してしまうことになる。公式を知ってるにもかかわらず、どこが間違っているのか、1週間たってもわからない。つまり、球の表面積の公式すら求められないやつが、虫の心を正しく理解できているとみなすわけにはいかないのだ。
写真は、毎朝庭で虫を撮っているカメラ。ちょっと旧式のニコンの一眼デジカメでD70s というモデルだ。レンズはフィルム時代のタムロンSP90ミリ。軽量安価できれいに写る。マニュアルでも使いやすく、とってもよい中望遠の接写レンズだと思う。ストロボはサンパックのPF30X。絞り込むことが多いので内蔵ストロボでは光量不足の場合がある。軽量コンパクトで安価なのがよい。
このセットは庭虫に対して無敵である。庭は午前中ほとんど日が差さないから全カットストロボを使用する。D70s は500分の1秒までストロボが同調し、タムロンはf32まで絞れるから、被写界深度は自由自在だ。露出はTTL測光で行われるストロボに完全に任せてある。しかも、色温度までオート。手動なのはピントと絞りとシャッタースピード、それにときおりアンダーに露出補正するほかは全部カメラ任せである。それで全くOK。写ったJPEGをフォトショップかニコンのCaptureNX でちょこっと補正をかければきれいな写真ができあがる。最近のカメラの技術はものすごいものがある。
レンズフードに取り付けてある紙はストロボの拡散版。最も寄るときは被写体がフード前10cmになり、拡散板なしではストロボ光がそこまで回らない。また、虫の接写では直接光が当たると影が強く出てきれいな写真にならない。なんらかのデフューザーは必須アイテムだ。しばらくはケンコーの影とりという市販品を使っていたけれど、あれは多用途に設計されておりちょっと大げさだ。私の場合は、タムロン90ミリ1本というか、レンズに組み込みなので、その画角に合わせた試行錯誤の結果このサイズになった。
拡散板は大きければ大きいほどよい。また、被写体に近ければ近いほど効果が大きい。しかし、相手が虫であると嵩張りが致命的な局面もでてくる。ジョロウグモの場合、下手をすると拡散版で巣を壊してしまうおそれだってある。それで、厚手のトレーシングペーパーを用意してあれこれと形を変えこのサイズに落ち着いた。レンズフードに穴をあけて、文房具のクリップをねじ止めして、クリップで塩ビ板を挟み、塩ビ版に両面テープでトレーシングペーパーを貼るという単純なものだ。ランニングコストは1コあたり4円ぐらいだろう。
最近の思いつきは針金。トレーシングペーパーだけでは腰が弱く、ぶらぶらするので応急措置で細い針金を使った。この針金がけっこう功を奏する場面があることに気づいた。2mぐらいの距離にいる虫なんかが相手だと拡散版は単なる光量落としでしかない。そういう場合は拡散版を外すのだけど、この針金のおかげで1つの動作でそれが可能になった。すなわち、紙をクリップから引きはがして、そのままレンズにぶら下げておけるのだ。地面に投げ捨てたのを忘れて踏みつけ作り直すなんてつまらない失敗がなくなった。つぎなる工夫は、クリップに蝶番みたいなものをつけて、紙を使わないときは手前にパタンと倒して「リトラクタブル!」なんてのもクールだなと、そういうアイテムを探している。
風はややあるものの、空気が澄んで暖かい。今日は風景が撮れる日だ。という次第で、ニコンD100をもって半原1号で半原越。半原2号の登場以来半原1号は写真のようにツーリング仕様にしてある。ハンドルを上げてバッグを装着し、ペダルはシュパーブプロ改にして普通の靴で乗れる。これまでもTTをしない冬期はツーリングに使うことが多かった。
時計をまったく見ずに半原越を走るのは久しぶりだ。ジョロウグモだの道だの葉っぱだの、気になったものをどんどん撮りながら走る。スピードを気にせずゆるゆる走れば半原越ほど気持ちのよい道はない。いつの間にか道を外れてしまった自分を反省する日だ。ミンミンゼミの新鮮な轢死体があったのには驚いた。少なくとも今朝までは生きていた模様だ。アサギマダラに遭遇し、あわててシャッターを切るもピンぼけぶれぶれで見られる写真にはならず。
半原越にわざわざ一眼レフを持ち込んだのは、噂の二連ジョロウグモの巣を撮影するためであることはいうまでもない。しかし残念。巣はすでに壊れていた。そういう季節だ。なじみのやつもぽつぽつと空き家になってきている。半原越のジョロウグモ♀は大きいのが目立つ。電線の間とか、高い場所に漫然と巣を張っているようにしか見えないのだが、あれでけっこう虫がかかるらしい。
秋の日はコントラストが強くスナップ写真がおもしろい。夏の間はめったなことでは自転車にカメラを積むことはなくなったのだが、また何か月かは撮影用のサイクリングが増えそうだ。
途中、アメリカ軍の基地を突っ切る道路にシギらしき鳥が死んでいるのを見つけた。血を吐いているからおそらく自動車事故だと思われた。羽はまだ美しく体は原形をとどめている。これ以上轢かれるのもかわいそうだと、拾って草むらに投げた。思いの外羽毛は暖かい。何の気なしに鳥の死体に触ったけれど、渡り鳥であればインフルエンザのおそれもある。鳥の死体に触るのはもうやめよう。
クモの写真にストロボは必須だ。よっぽど日の加減のよいときで情緒的なものをねらう他はストロボを使用したほうがよい。左の写真のように、青空背景でクモが日影に入っている場合でも、ストロボをあてれば糸が写ることもある。巣の補修をしているジョロウグモをねらっているのに糸が写らないのでは話にならない。しかし、ストロボが強すぎるとこの写真のようにクモの体が白飛びしてしまって失敗になる。何も考えずにTTLでストロボを使うとたいがいこうなる。右は対照として撮ったもの。同じ光条件でストロボを使わず、プログラムオートで撮った。いつもものぐさなものだから、光の条件が難しい場合はこのどちらかの写真になっている。いまのカメラは撮影後にモニターでチェックできるのだから、もうちょっと工夫して取り直せばよかった反省している。
こちらは今朝開いたスミレの種。「親はなくとも子は育つ」などというけれど、スミレは花がなくとも種は育つ。この写真はうまく撮れていると思う。強烈にストロボをあてているが、それを感じさせず、普通のくもりの朝の種に見える。こういう写真が手軽に撮れるのが現在のセットの利点だ。自慢の影取りもどきを使い、絞り込んで、手ぶれを起こさない限界までシャッタースピードを遅くした。工夫といってもその程度のことだ。
娘が学祭で釣ったというアメリカザリガニを持ってきた。1週間を経て、環境にもすっかり慣れて、人がちかづくとこうやって餌をねだるような仕草をするところがなんともかわいい。私はこいつが大好きだ。赤い体、堅い体、シャープな体、適度なサイズ、心技体がそろった健全さ。非のうちどころがない。子どもの頃にはあこがれの生き物ですらあった。愛媛県の八幡浜市は、どいなかだから都会の生き物であるアメリカザリガニはいなかった。テナガエビとかモクズガニとか親戚筋のものはいたけどアメリカザリガニはいなかった。こいつはテレビとか子ども向けの書物に登場する夢の生き物だった。いまでもアメリカザリガニは八幡浜にはいないだろう。こいつは淡水系の魚類の放流など、人為的な措置をこうじないと海山を越えることができない。
アメリカザリガニといえば、とある筋ではずいぶんな嫌われものだ。たしかにこいつは生態系を変える。それだけの生命力がある。非常に食欲旺盛で巻き貝なんかもぼりぼり食ってしまう。何万年かのあいだ、外部捕食者の脅威にさらされなかったその手のベントスは大迷惑だろう。ただし、私はアメリカザリガニひいきだから、彼らの生態系攪乱はわりと低いレベルで安定するだろうと思っている。こいつが住むのは人がいじりまくって、むちゃくちゃになっている所である。水田、水路、沼沢なんてところはこの2000年、何かが起きて、なるようになってきた。トキ、コウノトリ、カワウソはアメリカザリガニを食う前にそういう所から姿を消し、いまもカメ、ドジョウやアマガエル以外のカエルが消えつつある。しかしながら、彼らの餌であるミジンコやボウフラやモノアラガイはたくましく生きている。また、アメリカザリガニは草でも肉でも何でも食うから、その辺の水辺では特定の種に圧迫が集中することはないだろう。もしかしたらハッチョウトンボのヤゴのような、片隅の限られたところで細々と余命をつないでいるような虫はやられるかもしれないが、そういう所はごっそり水たまりごと消滅する危険のほうが大きい。
私は正直、アメリカザリガニがいるほうがよいと感じて育ってきた。それが私の自然観であるから、アメリカザリガニを守ろうとは思わないが養護する。かえってこの30年ばかり大流行している鯉の川流しには怖気を感じている。生物の息づかいがない都市や田舎の川で、大きな鯉が腹を川底にこすらんばかりにして群れているの見るたび、なんと無邪気で残酷なしうちかと悲しくなる。ベントスへの捕食圧など、鯉の自然破壊力はアメリカザリガニを凌駕するのではないだろうか。鯉は放流をやめればすぐに死に絶えてしまうだろうから、始末に困ることはない。だから、その筋の人も黙っているのだろうけど。
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上の写真は今朝庭で撮った2匹のジョロウグモ♀である。偶然ではあるがとてもよい比較写真になった。見所はクモでも糸でもなく、巣にひっかかっているゴミだ。
庭は11月の声をきいてますます寂しく、毎朝の観察でも動くものが見あたらなくなっている。もう頼りになるのはジョロウグモばかりだが、もっとも成長のよいものは早々と姿を消し、逆に成長の劣悪なものはひとつまたひとつと脱落していった。そして、いま残っているのは、この2匹を筆頭にほどほどのサイズのものたちである。彼女らも獲物に困窮しており、希望ある明日を迎えられそうにない。チョウもバッタもとうの昔に姿を消して、ツマグロオオヨコバイやカメムシすらいつの間にかいなくなっている。
さて、左側の写真でまず気づくのは、星はすばるのようなゴミくずである。これらはジョロウグモ♀がゲットした虫の亡骸だ。しかも、クモが主体的に配して残しているものである。ということを引っかかっている場所がいわゆる垂直円網の部分ではないことから推理した。ジョロウグモの巣は単純な円網の平面ではなく、複雑な三次元構造をしている。補強のためかなんなのか、円網からつなぎの糸を伸ばして、少なくとも私の目には、ただランダムに糸を張っているとしか見えない部分がある。ゴミがかけられているのは、そのランダムな場所だ。獲物がかかるのは垂直円網であり、クモはかかった獲物をその場所か待機の定位置である円網の中心部で食べるから、ランダム部分にゴミがかかっているからには、あえてそちら側に運んだと考えなければならない。
このゴミのことはよく知られており、いくつか学術的な解釈も書物等で見聞きしている。定説はカモフラージュというものだ。捕食者への目くらましという意見が大半であるけれど、獲物を導くための用途という線も無視できないと思う。いずれにしても、そういう説明では納得できないから、よい写真が撮れたこの機にジョロウグモのゴミ問題について考えてみたい。
今朝、庭のジョロウグモが申し合わせたように横糸をはっていた。昨夜はけっこう雨が降っており、早朝まで続いていた。横糸張りは雨で痛んだ巣の修復作業と思う。気象台の予報は「雨のちくもり」で、私もそれを疑わなかった。ところが、午後からは快晴になって気温もあがった。久しぶりに庭で虫が飛んでいるのを見た。天気予報ではクモの勝ちか。そういえばクモが巣をはる時間帯で天気を予想する言い伝えがあったような気がする。
さて、ジョロウグモ♀が巣にひっかけているゴミには食うとか繁殖するというような生きることに直結する意味はない。しかしながら、なんらかのカモフラージュに役立っているのは確実だ。そして、彼女はあえてそうしているのだから、何か考えがあってのことだ。どういう気持ちなのだろう。そこんとこがわからないとジョロウグモのゴミの意味は理解できない。単純に以下3つの仮説をあげてみる。
1)カモフラージュのためにゴミをひっつけておこう
2)何かが回りにあると気持ちがよいからゴミをひっつけておこう
3)何かが回りにないと落ち着かないからゴミをひっつけておこう
1)だとは思わないことが大切だ。1)はあくまで人間がジョロウグモを研究して到達する境地だ。クモご本人はゴミの効果を絶対に知らない。意味など知らなくても、2)3)のような理由から同様の行為をし、生存価を高めることができる。ゴミを巣に架けておくことが無意識の行為であっても、それが有利に働くのであればやる値打ちがあり、ひきつがれる。
クモとはいえ、何かやる以上は動機があるだろう。2)と3)はその動機が消極的か積極的かのちがいだ。その違いをあのクモの無表情から見分けることは難しい。そこで、右側の写真の出番だ。左右両者を比較することでジョロウグモの秘められた気分が読み取れる。ちなみに右側のクモは左側のものよりも若干大きい。両者はおそらく同じ卵嚢から生まれた姉妹である。
左側のクモは円網の中心に待機してゴミのすばるを背負うかっこうになっている。多数のジョロウグモ♀を見てきた印象から、このスタイルはもっとも一般的なものだといえる。ゴミのないものは巣が新しいもので、複雑に増改築されているものはこの形でゴミがひっかかっている場合が多い。右のクモの巣にもゴミがたくさんひっかかっている。そのゴミは枯葉だ。ゴミはしとめた獲物の亡骸である場合が多いが、枯葉などが飛んできてひっかかっていることもある。
右側の巣に枯葉が多いのはムクゲの木の下にあるからだ。秋も深まり、ムクゲは小型の葉をぱらぱらと落とし、その葉がクモの巣にひっかかっているのだ。左のクモの巣は常緑樹であるオリーブの下にあり、あまり葉が落ちてこない。右のクモにとって、枯葉ゴミを片付けることは造作もないことだと思う。それでもついているということは、クモがあえて枯葉を残しているのだと考えるべきである。
右側の巣はけっして新しいものではない。左右の巣は同程度の期間利用されているものだ。右側の巣をさらによく見ると、遺骸がかかっていないことがわかる。どうやら右側のジョロウグモ♀は、ゲットした虫の遺骸を次々に廃棄して巣には残さないようにしているらしい。となれば、もっとも単純な解答は、右側のジョロウグモ♀は巣に枯葉がかかっていることで満足し、あえて遺骸を並べておく必要を感じていないということになる。つまり、星はすばるのように亡骸を配置する動機は消極的なものではないかと思われるのだ。
また、クモが自分の気に入る場所に枯葉をもっていって貼り付けるかものかどうか、そういう行動はまだ目撃していない。つまり、遺骸は積極的に利用するけれども枯葉を積極的に利用している例を私は知らない。
少しはカモフラージュの勉強もしなければと、30年ぐらい前に出版された書物を再び開いてみた。エドムンズ著の「動物の防衛戦略」というものだ。15年ぐらい前に読んだときには見逃していたのだけど、中にアゲハチョウについて眼をむくような記述があった。アフリカオナシアゲハ(Papilio demodocus)というアフリカのチョウは、ミカンまたはセリを食う。その幼虫には2タイプあって、記述によると日本のアゲハのようなものとキアゲハのようなものらしい。キアゲハタイプの幼虫は、おそらく鳥の補食によって、ミカンの上では生き残るのが難しいらしいということだ。
以前から気になっていたことの答えがそこにあるよう思った。それは、「アゲハとキアゲハは似すぎている」ということだ。どう見てもあれは同じ蝶から最近分かれたものに違いないのだが、生息地も重なっているし、幼虫の食い物も人参と蜜柑では隔たりが大きいし、幼虫の姿が全然違う。ミカン系のアゲハは幼虫がけっこう似ているのに、蝶はけっこう違う姿をしている。その辺の事情の整理がつかなかったのだ。
もし、アゲハとキアゲハをたばねる祖先がまさしくアフリカオナシアゲハのようなものであれば簡単に解決がつく。アゲハもキアゲハも体質的にはミカンとセリと両方食えるのだが、ひとたびセリを食った♀蝶はミカンを食って育った♂蝶を、柑橘系の香水がキショイという理由で愛せなくなるとか、遺伝的にキアゲハ型のほうはやっぱりセリが好きで、セリに産卵する傾向が強く、しかもセリの葉が隠蔽的に働くので生き残りやすい、などということがあるのならば、アゲハからキアゲハが分化するのが自然だろうと思われる。
天気は悪いが暖かく、雨の心配もなさそうで、ニコンD100をもって半原越へ。レンズはシグマの旧式24mm。風景も虫も撮れる万能レンズだ。半原1号はマニアックな(ただし安価)ツーリング仕様にしてある。
まだまだジョロウグモはたくさんいる。産卵のための最後の一稼ぎを待っているのだろうか? 走り始めてすぐのジョロウグモが多いポイントで、はからずも二連♀の巣を見つける。ジョロウグモの人口密度は粗密のばらつきが激しく、やはり一つの卵塊から生まれた子蜘蛛たちがそれほど遠くへ散らないと見える。二連♀の巣もそれほど珍しい現象ではなさそうだ。モズがしきりに鳴いている。
走っていると暑い。15年使っている自慢の500円ウインドブレーカーをバッグに入れる。今日はやけに自転車が多い。いつもコーラを買うコンビニには高校生の男女の集団までたむろしていた。それもレース指向ではなくツーリングだ。30歳ぐらいの若者はけっこう走っているけれど未成年は珍しい。コーラを飲むのは例の棚田脇だ。すっかり農作業は終わり、水路の周辺もきれいさっぱり掃除されている。コンクリの壁に貼りついていたクモの卵も跡形もなく撤去された。草むらは夏のようにカラムシが繁茂している。もうフクラスズメはおるまいと探してみれば、簡単に数匹見つかった。カラムシは強そうに見えて寒さには弱い。来週に来るという寒波でいっぺんで枯れるかもしれない。
ぽつぽつ雪虫が飛んでいる。半原越の入り口でジョウビタキのオスを見る。冬はそこに来ている。と、そこにぽつんと不吉なものが落ちてきた。日のあるうちは雨にならないという天気予報を素直に信じていた。11月の半原越で雨に降られるとは。気温は高いので生き地獄にはならないけれど、D100を濡らすのはまずいだろう。雨がつよくなった場合、小雨で済む場合、いろいろシミュレーションをしながら走る。途中、エノキの葉がいい感じに色づいているのを撮ったりして休み休み登る。休んで登れば体も楽で、走り足りないまま頂上だ。雨は相変わらずだから、少しでも雨脚から逃げようと、ひさしぶりに愛川側に下ることにした。写真は愛川側で撮ったもの。葉が小雨にぬれて美しい。
中央林間から半原越へ、私のサイクリングコースは古くからある狭い道をたどって続く。先週の寒波で沿線は一気に冬の風情だ。クズが枯れた。アレチウリが枯れた。イタドリも枯れた。中でもカラムシはあきれるばかりだ。焼けて灰になった紙みたいなくしゃくしゃの葉が茎にひっかかっている。いつもの棚田脇も殺風景この上ない。午後の1時だというのに日は山際に近く、風を遮るものもない。風下にあたる棚田の法面に降りてアイスクリームを食べる。小春ではあるけれど、さすがにこういうものを食べる日ではないなと後悔する。新発売になった白いペプシを飲んでみるもいまいちだった。
半原越は全然風が吹かず、日影でも寒くはない。ゆっくり登っていても汗をかく。どんなに暑い日でも汗がしたたり落ちることはないが、着込んでいる冬はだめだ。額をつたわる汗が目に入って痛い。汗といっしょに何かのアレルギー物質が流れ込んでくるらしい。
今日の半原1号は輪行仕様、ということにしている。峠のふもとまで電車でいって、登って降りてくるのに便利なように組んだものだ。ただし、一度もそういうことをやったことはないし、当面やる計画もない。ギアは最小が26×19Tで、歩道橋でもないかぎり楽々座って登れる。ペダルはロード用のシュパーブプロをマウンテンバイク風にアレンジしてハーフクリップを装着したものだ。引き脚がきかず、田代さやかのふとももが使えない。正確な時間ではないけれど、頂上までは29分半ぐらいかかった。ふだんはよっぽど手を抜いても26分だ。あらためてビンディングペダルの威力を感じる。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 5'10" 13.7km/h 70
区間2 1.18km 5'39" 12.5km/h 64
区間3 1.18km 5'39" 12.6km/h 64
区間4 1.18km 7'16" 09.7km/h 50
全体 4.72km 23'42" 11.9km/h 61(1441)
ちょっと重いギアを装着した半原2号で半原越。今日は天気もよくて暖かく、虫も多かった。モンシロチョウ、赤とんぼ、ゴミムシ、アオダイショウらしい幼蛇の轢死体など。今日の半原2号のもっとも軽いギアは39×25T。私の力ではとても回しきれるものではない。特に区間4に対応しきれない。緩いところを回して、きついところをダンシングで、というような技を使いこなせる筋持久力がないと、このギア比では楽しくない。区間4を6分で走りきる方法を考えなければ。
11月も下旬になって、秋の山道の風物詩といっていいカマキリもろとも轢かれたハリガネムシというやつを見なくなった。半原越付近で交通事故にあうカマキリのうち、ハリガネムシの寄生を受けているものの割合は相当な数値になりそうな気がする。ただ、その数字がそのまま半原越カマキリの被寄生率というわけではないだろう。一説によれば、ハリガネムシに寄生されたカマキリは秋になると水を求めてさまようようになるという。それは、沢に戻らなければならないハリガネムシに操作されての行動だということだ。さまよい歩いておれば、道路に出て轢かれる危険も高くなるはずだ。
ハリガネムシがカマキリを操作して水辺に向かわせるとして、それは騎手が馬を操って歩かせる方法とはぜんぜん違うものだろう。そもそも、ハリガネムシ本人に水辺の方角を知る手だてがない。おそらく、カマキリの感情を操作し水への渇望を最大限に高める方法にちがいない。その方がシンプルだ。また、ハリガネムシはカマキリの前は、アブの腹の中にいるのだから、そのときはアブを操作してカマキリに食べられやすいようにしているのだろう。その操作もカマキリ同様に、外敵への警戒心をなくすほどに花への渇望感を最大限に高めれば、カマキリに捕食させる確率を上げることができる。
明らかに雨になる空模様で半原越は断念。境川で2時間だけ走ることにした。半原2号は快調そのものである。昨日39×25Tでは重すぎることがわかったので、コンパクトクランクに変更して、34×27Tを最小のギアにした。海に向かっての行きは追い風で48×17・19Tを使用した。そのギアで90rpmなら30km/hぐらいになる。心拍数は130〜140bpmだ。
帰りは向かい風だ。来るときには気づかなかったが、これがけっこうな風速だ。雨雲が近づいて強くなっているのかもしれない。山に向かうのだからごくごく緩い登りでもある。これはチャンスだ。けっこう力を入れてもスピードがでない。しかも、雨まで落ちてきたから、もっとも効率のよい方法で1時間走ろうと決心した。
選択したギアは48×19T。それを70〜80rpm、23km/hぐらいで走る。そうすると心拍は160bpm台になる。風が強くなったら回転数を落として170bpmを越えないようにする。いわゆる有酸素域ぎりぎりの走り方だ。半原越では1対1以下のスペシャルな軽いギアで止まりそうな速度で走ればこれぐらいの強度になる。「これって、半原越で手抜きをするための練習?」という疑問符が点灯したものの、上手にペダルを踏むトレーニングということに気持ちを切り替えた。
ところで、半原2号は私にはオーバースペックである。高級過ぎる自転車というわけではない。もう先が見えて、それでも速く走りたい中年おやじであれば、30万円で時速300mが買えるなら迷わず札ビラを切るべきだと思う。オーバースペックなのはギア比だ。もう下りで回すことはない。追い風で踏み込むこともない。集団で走ることもない。どう考えても48×17Tよりも大きなギアは必要がないのだ。12・13・14・15Tはただの重りでしかない。そういう無駄なものがあると我慢できない性分である。競走用の自転車は大きなギアを使いこなすことを前提に設計されているから、アウター42Tを標準にするクランクを作らないメーカーにも文句は言えない。半原2号も半原1号のように、前のギアを36×26Tにする方法を自分で考えよう。すんなりと移し換えれればよいのだが、フレームの違いでそれはうまくいかないはずだ。Qファクターをダブルと同程度にしてトリプルの小中ギアだけを使えるようにするのはけっこうやっかいな問題だ。それが可能になった半原1号は奇跡の自転車だ。
写真はレンズフードである。毎朝クモたちを撮っているタムロンの90ミリについてきたものだ。フードには錐で穴をあけてちょうねじで文房具のクリップを止めてある。そのクリップにトレーシングペーパーを挟んで簡易ディフューザーにしている。
距離の近い被写体であれば、ディフューザーは有効だけれど、2〜3メートルも離れた対象であれば、効果がなく無駄に光量を落とすだけになる。それで、この1か月ほど、ワンタッチでトレーシングペーパーを倒せるリトラクタブル方式にすべく幾らかの工夫を施してきた。しかし、特段うまくいったものはなかった。
今日は今日で、魚露目8号という簡易魚眼レンズとニコンの旧式リングストロボSB-29を組み合わせることにトライしたものの、いまいちうまくいかなかった。あきらめて風呂に入って、ぼんやりSB-29の処置のことを考えていると、突然、タムロンのリトラクタブル方式のほうにすばらしいアイデアがひらめいた。まさしくアルキメデスのユリーカ!である。
そのアイデアとは、フードの下の方にもクリップを取り付けて、ディフューザーを使わないときには、下向きに付けとけというものだ。これはいわゆる180度のコペルニクス的転回といえよう。いや、なんとすばらしいひらめきであることかと、アルキメデスよろしく風呂を飛び出して、レンズフードを外して、工具箱の中の錐に手を伸ばした、そのとき、いっぺんに熱が冷めてしまった。レンズフードを外すとき、180度回して反対向きにも装着できることに気づいたからである。
雨もこれだけ冷たいと、ジョロウグモたちのことが気になる。朝、目が覚めると真っ先にジョロウグモのところに駆け下りていった。このひと月あまりは餌もとっておらず、そうとう体は弱っているはずだ。これまでの観察から、彼らは雨宿りをしないようであった。こんな寒い朝でも巣にいるだろうか?
はたして今朝も、ふだんと変わりがないようであった。ほぼ定位置に止まって動かない。雨脚は写真に写るほどではないにしても、巣や巣にかかっている枯葉の水滴は写っている。ちょっと変わったところがあるとすれば、それは彼らの姿勢だろうか。前足をいくぶん下に垂らすように伸ばしているように思う。こうすれば雨滴を速やかに落とすことができそうだ。たしか、ジョロウグモの体は防水機能完備で水ははじくはずだ。雨はこれから本番で明日まで降り続くと、市川寛子ちゃんが言ってた。
昨日の朝には、2匹のジョロウグモが雨にもかかわらず巣の修繕を行っていた。そして、今日になるとその巣をはっていた2匹だけになり、残りの2匹は姿を消している。天候から考えても産卵の移動ではなく力尽きたのだろう。ジョロウグモがいなくなるとコケぐらいしか見るべきものがなくなる。冬には冬だけに見られる生物がたくさんいることは知っているけど、そういうやつらはこちらからアクティブに見に行ってはじめて出会えるものだ。いまの私のすることではない。
昼から半原2号で半原越。半原2号は半原越専用の自転車であるから、それらしく前のギアを28T、36Tの2枚にした。清川村まで走らなくてよいのなら28Tだけでも充分である。28Tを使うために、クランクはトリプル仕様にできるSuginoのコスペアにした。BBは四角テーパーのものを5本ぐらい現物合わせして、SuntourのCBU501-68Eに決めた。手持ちでもっともQファクターが小さくできたからだ。これだと、Qファクターは5mmばかりダブル仕様よりも大きくなるが違和感がない範囲に留まっている。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 5'03" 14.0km/h 非計測
区間2 1.18km 5'43" 12.4km/h 非計測
区間3 1.18km 5'53" 12.0km/h 非計測
区間4 1.18km 6'55" 10.2km/h 非計測
全体 4.72km 23'35" 12.0km/h 非計測
前を28T、後ろを12〜27Tにするとありとあらゆる練習ができる。今日は斜度に最適と思われるギアを選んで普通に登った。シマノのSTIはシフトチェンジがおっくうでないというのが唯一の利点だ。とにかくがちゃがちゃと10回以上変速した。この自転車ならケイデンスを75rpmにはりつけて速度だけを変えて登るなんて練習が、体力面からも理論上からも可能である。
思いの外、下りが寒かった。あまりの寒さに途中で嫌になって、引き返してもう1回登った。ただし、登ったらまた降りなければならない。2回目の下りのほうがよけい寒かった。
昼から半原2号で半原越。天気がよくて暖かく、北よりの弱い風が吹いている。いつもの棚田脇でコーラを飲みながら、今日はどんな作戦でいこうかと考える。ケイデンスを75rpmにはりつけて速度だけを変えて登る方法はかなり高度で、かえってつらくなるように思う。坂の緩いところは回して、きついところは立ちこぎというのが普通だが、逆に、緩いところを重いギアで立ちこぎして時速20kmぐらいで無理して、10%超のきついところを軽いギアで時速5kmぐらいにして休んでみるのはどうだろう? などといろいろな妄想が浮かぶ。だいたいそういう妄想はやってみたとたんに単なる妄想にすぎないことが明らかになる。
結局すなおに28×21Tにギアを固定して走ることにする。ゆるいところは80rpmぐらいにして、きついところは60rpmぐらい。区間4に入るまではセーブして力を温存しておくことにした。心拍数が180bpmに行かないように気をつけた。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 5'33" 12.8km/h 76
区間2 1.18km 5'54" 12.0km/h 71
区間3 1.18km 5'51" 12.1km/h 72
区間4 1.18km 6'34" 10.8km/h 64
全体 4.72km 23'52" 11.9km/h 71(1686)
半原越の難しさは斜度では測れないものがある。平均斜度は7%弱だから普通の峠だ。しかし、全区間で傾斜が波打っているため、ペースの維持が難しく、多様な走法ができなければならない。また路面が荒れてタイヤがきれいに転がってくれないのもかなりタイムに響いていると思う。区間4をなんとか6分で回し切りたいという野望があるのだが、速度計は最高でも11.8km/hぐらいを表示している。その数字は平均でなければならない。また、今日のギアだと1分間に70回まわす必要がある。それもけっこう難しい。6分半を6分にする持久力と技術を身につけるのは並大抵のことではない。
帰宅して、まだ明かりがあったので、魚露目8号でいろいろなものを撮ってみた。この手のレンズは栗林さんが使い始め、その圧倒的な表現力にたまげた写真家たちがこぞって追従したものだ。その特徴は被写界深度の高さにあるが、魚露目8号はドアスコープのレンズを応用したおもちゃで、深度という点ではいまいちだ。かといって本物は目が飛び出るほど高価で買えるわけがない。
12月の声を聞いて、庭はますます寂しい。ジョロウグモを撮った写真を確認して、日々寂しさはつのる一方である。しかしながら、その寂しさこそが私の目を節穴にしている原因かもしれない。
というのは、なにげなく枯れ草や植物の種を撮った写真を見て、虫が写っていることに気づくことが増えているからである。この写真は、ストロボと魚露目8号という特殊なレンズのテストのために撮ったものだ。被写体は枝についたまま枯れているザクロの実だ。で、写真をモニターに映して見るならば、ザクロになにやら虫がぶら下がっているではないか。シャッターを押したときにはこいつに全然気づいていなかった。私にはなじみのない虫で、それゆえ貴重な虫だ。残念ながら、この写真でこの虫を調べて行くことは難しい。ザクロを撮っているときに虫の存在に気づいておれば、虫の写真にできたはずだ。近年、非常に目が悪くなっていることもあるけれど、冬になって、期待感をもって虫を探してはいない。ただただ寂しくなったと、眼に鱗を貼り付けて世界を見ているから起きた失敗だと思う。
私の写真はあくまで記録で、庭にあるときあるものがいたことを留めておければよい。だから「これはつまらない虫だから撮るのをやめよう」などとは思わない。蜘蛛だって、ジョロウグモというスター選手だけではなく、クサグモやギンメッキゴミグモも見つかれば撮っている。草だって同様だ。芽があったり、つぼみがあったり、花があったり、実があったり、とにかく気がつけば、気がついたことが記録になるように撮っている。そうした記録を幅ひとまたぎの狭い庭で7年も8年も続けていると、おのずと歩留まりも見えてくる。それに加えて、冬は寂しいなどと凡庸な感傷に酔っておれば、鱗の上にまた鱗を重ねるようなものだ。
さて、ハリガネムシは宿主であるカマキリに水辺に向かわせることはできると思う。ハリガネムシは沢の方角を知ることができなくても、カマキリは水とは何かを知っているし、水も飲む。だから、カマキリの水への渇望を高めるだけで、カマキリは沢に向かうだろう。具体的にどうだというのは見当もつかないけれど、カマキリの腹の中に住む虫ならばそれをやってのけそうである。
ただし、カマキリの体内から脱出するタイミングは難しそうである。出ること自体は、彼らの体は硬く意外と力強いのだから、内臓や腹の膜ぐらいは一瞬で破くことができるだろう。問題はいつ出ればよいかだ。
カマキリの水への渇望を高める方法で沢に誘導できるならば、カマキリが沢に着いて安堵しているときが脱出のタイミングだと思う。カマキリの「安堵」もまた、化学的に知るすべはあるだろう。また、実際にカマキリが水を飲んだときはもっとよい脱出のタイミングになりそうだ。水を飲んだことぐらいはハリガネムシなら簡単に察知できそうだ。私が見る限り、ハリガネムシは歩くのが非常に下手だから、沢に近ければ近いほどよいのだろう。
私がハリガネムシだとすれば、上記のようなことだけではかなり不安である。カマキリがゲットした水がハリガネムシの生息に適したものかどうかがわからないからである。カマキリはおそらく、ハリガネムシの生息に適した沢がどんなものかを知らない。さすがに、腹の虫もそこまで宿主に教えることは無理だと思う。あの灰色の虫が住み着いたとたんに、ハリガネムシのふるさとである森の浅い沢の風景が、この世の楽園としてカマキリの心に忽然と現れるというのはありそうもない。のどの渇ききったカマキリに必要なのは1ccの水である。雨でもよいし、朝露でもよいかもしれない。そういう類の水ではハリガネムシの生息には適さないから、その場合はハリガネムシは出てきてはいけない。
ハリガネムシはなんらかの手段で、カマキリが飲んでいる水がヤクルトジョアの空き瓶にたまった雨水ではなく、自らの生息に適した沢の水であることを確かめるにちがいない。
昨日の寒冷前線の風雨でムクゲの葉は一気に落ちて丸坊主だ。明日の朝からは収納ケースで作った池にたまる落ち葉を取りのぞく作業から解放される。最後に残ったジョロウグモがどうかと心配したが、今朝はまだ巣に留まっていた。すでに主がいなくなった巣は撤去した。ジョロウグモの巣の糸は思いの外強い。特に、外枠になっている糸は少々引っ張ったぐらいでは切れない。この弾力と強度であれば、支えの枝が風で揺れてもふんばれる。
ふんばるクモにくらべて、こちらはいまいち乗り切れない。寒くなると自転車に乗るのもおっくうだ。半原越に入っても、やる気がでない。28×21Tの軽いギアを使ってハアハアしないで走る。ゴールしてメーターを見ると、25分をオーバーしている。そこまでゆっくり走った覚えはなく、ちょっとショック。そんなこと寒いからもういいやと、すみやかに半原越を後にした。小鮎川から荻野川に向かう下りの浅いコーナーで、曲がるつもりが自転車に直進されてゾクッとする。コーナリングに影響がでるまで前輪のスローパンクに気づかなかったのだ。1年以上パンクはしていなかったように思う。パナレーサーの軽量チューブは高性能だが穴があきやすいのか、やる気のないときはこんなものなのか。
距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.18km 5'50" 12.1km/h 72
区間2 1.18km 6'17" 11.3km/h 67
区間3 1.18km 6'20" 11.2km/h 67
区間4 1.18km 6'47" 10.4km/h 62
全体 4.72km 25'14" 11.2km/h 67(1686)
葉が落ちれば、葉の落ちた痕跡や冬芽が面白い。ちょうど、ジョロウグモの張った糸が芽から伸びているのを見つけて撮ってみた。S1/100、F11ぐらいだから、風のないときに、よっぽどうまくシャッターを切って、アングルを考えないと見られる写真にはならない。それと、こういうものを撮りたくなったら、三脚は必須だ。この写真では手ぶれはともかく、いくらなんでも暗すぎる。背景に日があたっていないだけで、夜ではないのだから。
ギンメッキゴミグモは私の庭ではもっとも普通に、しかも春から晩秋まで長く見られるクモだ。小型であるけれど、巣の造作が多彩でなかなかの存在感をみせている。頭を上にする止まり方もちょっと異質だ。
こいつは被写体としてけっこうくせ者である。銀色の体は本当に銀色で、光線をよく反射する。直射光が当たっても、ストロボをたいても、「飛んで」しまうのだ。今日の写真は比較的よくできたほうだ。条件は晴天日影で、ほぼ無風。ストロボはTTLオートだが2段階(ー1EV)光量を落とし、絞りはF16、シャッタースピードは1/60....というようにしたのは、銀の反射をなるべく押さえて巣の糸も写し、しかも背景の生け垣をなるべく明るくしたかったからだ。そのためには三脚が必須なのだが、手抜きをして一脚ですませた。1/60ぐらいならぎりぎりいける。ためしに1/20秒もやってみたが、被写体ぶれ、手ぶれがひどく、見られたものではなかった。
デジタルカメラでは、そういう撮影データが逐一残っているから、無駄なシャッターを切ることが減ってありがたい。
昨夜は雨だった。日中はよく晴れて、今夜も雨だ。朝の観察に行くと、いつも最初に挨拶するジョロウグモがいなかった。巣の下に落ちていないかと、まだ水滴の残る草むらをかき分けてみたが、発見はできなかった。これで、私のジョロウグモはすべていなくなってしまった。通勤途中で見かけるものもすべて姿を消している。わが家のジョロウグモたちが卵を産んだかどうかは確認できていない。最初にいなくなったやつには期待大だ。今年孵化した卵塊は推定1コだった。来年はどうなるだろう。
クモもいなくなって、葉の落ちた跡でもと撮ったのが今日の写真。枝先に「顔」を探すのは、その道のプロにとっては冬の定番である。私も自分の庭の「顔」ぐらいは集めておいてじゃまにはなるまい。庭ではサンショウの「顔」がとびきり面白かったが、いつの間にか木自体が消滅している。今日のはムクゲ。それほど面白いとはいえない。
金曜日に市川寛子ちゃんが、着ていく服に悩みそうです、とせっかく言ってくれてたにもかかわらず、全く悩むことなく冬至用の格好で出かけていってしまった。暑かった。境川は非常に強い南の温風が吹いて、風に向かって走っているとふうふういってしまう。
今日は、半原2号に新型のサイクルコンピューターを導入して試運転だ。キャットアイ社のV3というやつで、速度計、ケイデンス計、心拍計が一体になったものだ。残念ながらワイヤレス。有線式のものもあるが、値段が2倍もする超高級品なのでちょっと買えない。それでも、CC-CD300DWにくらべて、装着やセッティング、電池の持ちなどが洗練され、買い換えどきかな?と思わせるに充分な仕様だ。思うに、キャットアイの新企画品はことごとく買っている。それも、あまり壊れないので古いタイプがごろごろしている。廉価版のものにラップ機能がつけばそれも買ってしまいそうだ。
さっそく、境川で計らなくてもよいラップをとってみる。この機械はボタンがやたらと小さくて固く、指が痛くなるぐらい押さねばならないから、ちょっとぎくっとした。ラップボタンもその操作性だと捨てるしかないのだけど、ラップだけは軽く押せるから安心した。画面の文字が小さいのも老眼にはきつい。ケイデンスはぎりぎり見える。また、ラップデータの読み出しに意外とてこずった。2回とったはずなのに1回のデータしかない。私の常識とは少しずれた仕様になっているみたいだ。すぐに慣れるだろうけど。
性というものがどういう風にしてこの世の中に誕生したものか、皆目見当もつかないけれど、一度できてしまえば、それを持った生物は一気に他を駆逐することだろう。
細胞分裂をして増える単細胞生物でも、単為生殖をする多細胞生物でも、それはそれでかまわないはずだ。彼らは死に変わり生まれ変わりしてゆるやかに生きていけるだろう。いわば無限の命を持っているようなものだ。そんな不死身の生き物でも、動物であれば、生きている上でいろいろと思うところはあるだろう。もう少し足が速いほうがよい、とか、もう少し背が欲しいだとか。環境の中で物を食い食われして生きる以上はそういう野心からは無縁ではない。しかし、単為生殖する場合は、生きている間に特に何かできるわけではない。生まれ変わるか、生まれ変わらずに死ぬかしかない。生まれ変わったとしても、おおむね自分だ。やはり同じくらい足が遅くて同じくらい背が低い。どんなにがんばっても獲得形質は遺伝しないらしいから、原則的には1万年たっても背が低い鈍足のままだ。
しかし、性というシステムがあれば、生きているうちに策を講じることができる。背が高くて足が速い異性をゲットすれば、次に生まれ変わった(産んだ子)ときには自分よりましになっているかもしれないのだ。じっさいましになるからこそ、性を持った生き物がこの地球を席巻しているともいえる。一目惚れというのは、ゲットすべきイメージを体現した異性に出会ったときに発生する感情だ。その辺の虫も一目惚れにどぎまぎしているはずだ。
ヒトも性の動力に突き動かされ進化した動物だ。ただですら、進化の袋小路に追い詰められて、頭の中であれやこれやとシミュレーション(取り越し苦労)して、あくせく死なない工夫をしなければならない動物なのに、恋という名の、よりましな異性を求める渇望にも囚われている。しかも、その異性たるや、もともとの動物として持っている最適イメージに、個人的社会的に育成されたイメージが複合し、本当に良い相手なのかどうかも自信が持てない。結果、そこここに不定愁訴がヒトの皮をかぶって歩くことになる。
今日は長津田駅にJRの切符を取りに行った。えきねっとというので申し込んでいるから、切符の受け取りには最も近所でも長津田駅に行かねばならない。東急線の定期で行けばすぐだけど、天気もよいからD100を持って自転車で行くことにした。長津田というのは、都心から25キロほど離れたところにある住宅地である。東急田園都市線ができてから畑と雑木林の中に住宅ができたのだろう。そういう歴史はよく知らないが、この写真が私が長津田に対して抱いているイメージだ。
歴史は知らなくても、自転車で走れば、どういうところか思い知らされる。とにかく迷う。随所に10%超の短い坂がある。行き止まりになる。道がループしている。パッチ状に漫然と住宅開発を行い、その都度道路を造ったのだ。もともと方向感覚が悪く、太陽の方角と地名だけをたよりに走っている。迷わないわけがない。泣きそうになる。北から行ったはずなのに、なぜか十日市場に出て、だったら北だろうと「南長津田台」と名付けられた住宅地に出た。こういう名前はありがたい。長津田駅はきっと北、すぐ近くにあるのだ。かくて、駅に向かうらしいお嬢さんの自転車を発見して、こっそり後をつけ、ようやく長津田駅についた。ほとんど彩雲国物語の李 絳攸である。
長津田駅のみどりの窓口には3人が並んでいた。けっこう待たされることになる。しかし、自販機でえきねっとの切符を受け取るのはかなり難しい。えきねっとは予約も受け取りもトリッキーで、いまだかつて一発で成功したことがない。時間がかかっても窓口にしようと並んでいた。すると係のお嬢さんがやってきて、自販機の利用を勧めてくれた。「機械が苦手だから・・・」と断っても、大丈夫だからとほとんど手を引かんばかりに誘導された。実は、向こうは覚えていないだろうけど、そのお嬢さんとは旧知である。たぶん3度目。えきねっと受け取りは初。彼女に自販機を操作してもらえば、恐いものなしだ。ものの30秒ほどで発券できた。自分でやると、受け取れなかったり(6回買って1回やってる)余計な切符を買ったり(6回買って2回やってる)余計なキャンセル料を払う羽目(6回買って2回やってる)になったり、さんざんな目に遭うのだ。
さて帰りは、太陽を左前方に見ながら進めばよい。来るときはたかだか直線5キロの行程に1時間以上かかってしまった。今度は、その反省をふまえ、なるべく線路に沿って行こうと決意した。やっぱり、長津田・中央林間の最短は田園都市線なのだ。スタートしてすぐに、電車がいっぱい並んでいるのが見つかって、なんだかうれしかった。その喜びもつかの間、この辺の道路はまったく線路にそってないということに気づいた。すぐに行き止まりになるは、ループはあるは、10%超の上り下りは頻発するは。それでも大きな幹線道路の誘惑を振り切って、なんとか線路を外さずに走っていった。その線路が東急田園都市線ではなく、JR横浜線だということに気づいたのは日が暮れかかった頃のことである。
庭のムクゲの木の下にどういう加減か落ち葉が積もらず土がむき出しになっている所がある。写真はそこに出ていた植物の芽。おそらくハコベだと思う。去年の春もこの場所で少し貧相なハコベの開花状況を調べた。
この芽は成長のようすから見て、一週間ぐらい前に芽吹いたものだろう。この冬に発芽するのはせっかちだ。例年だと今頃は庭に初氷が観測される。そして2月にかけて、2週間ぐらい融けないこともある。この場所もあまり日の差す所ではないから、頻繁に霜が降りる。この芽が春まで生き残って花をつけ実を結ぶことはないだろう。
ただ、私の目から見れば、このせっかちさも必要なのだろうと思う。ハコベの種はそれこそ無数にできて無数に蒔かれるのだから、個性は広い方がよい。多少寒くても芽吹くヤツ、暖かくて湿った土でも芽吹かないヤツ。いろいろあってこそ100万年にわたって繁栄できるというものだ。もしかしたら、この冬は歴史的な大暖冬で、来週から春になるかもしれない。そうなればフライング気味に芽吹いたこいつの勝ち。並み居るライバルを出し抜いて大穴万馬券ゲットである。
3年ほど前から、人類が二酸化炭素で気候を変えているといわれるけれど、そんなものはたいていの植物にとっては取るに足らないゆらぎなのだろう。
八幡浜に置いてある自転車のペダルをビンディングタイプに変更した。ありえないぐらい速く走れた。夜昼峠でも、金山の郷の峠でもすいすいだ。何十年も徒歩やぼろい自転車で苦労していた道だけに、その違いがはっきり感じられたのだろう。これまでも、半原越ではビンディング有りでゆっくり走れば26分、無しだと29分という経験もあり、ビンディングの威力は感じていたが、再認識することとなった。
これまで、自転車に乗ってみたいという友人にはひたすら高価な自転車と周辺機材一式を勧めてきた。高価なというのは、その人の経済力に応じた最大という意味である。おおむね30万円ぐらいだろうか。それには私なりの理由があって、競技用に製造されたロードレーサーに乗ってはじめて自転車に乗ることの快感が得られると信じているからだ。いろいろ使い勝手がよいからと、クロスバイクのようなものを選択したり、シティーバイクや折りたたみ式のものに乗っていても、面白みはない。軽快に走れるし、風も心地よく、運動にも、減量にもなるかもしれないが、そんなもの長続きするわけがない。続けられるようなら真性マゾヒストだ。サドルにまたがり、ハンドルを握って、ペダルを一踏みしたときに、ビビッと来るものがあってこそ妙味というものだ。また、凶暴さも必要だ。速度を出せば出すほど安定し、さらに速く走ることを要求してくるような、嫌みが必要だ。しゃかりきになってペダルを踏み倒して時速40kmぐらい出したときに車体がぐらぐらしたり、曲がれなくて恐い思いをするような自転車では話にならない。
一般にプロ用の機材というものは素人には使いこなせないものである。高価なものではフォーミュラーカーから安価なものでは、Photoshop(けっこう高価だが)のようなアプリケーションまで、選ばれた人だけがその良さを堪能できるのがプロ用機材だ。プロが競技で使っているロードレーサーは例外である。ロードレーサーはしょせん自転車で、競輪用のものとは異なり、だれでも乗れよく曲がりよく止まるから危険もない。ただし、ビンディングは慣れが必要だから、全くの初心者には勧められない。高いサドルと前傾姿勢に慣れればビンディングも使えるようになる。
はじめてロードレーサーに乗った人は速く走れることに驚く。普通の自転車はせかせか走って時速19kmぐらいだ。テレビ中継があるようなマラソンのビッグな大会のとき、選手の奥の歩道を走っている自転車の子ども状態がそれだ。ロードレーサーだとおなじぐらいの気分で時速22kmぐらい出る。超一流マラソンランナーだって楽々置き去りだ。ビンディングを使いこなせるようになると、それが時速25kmぐらいにはね上がる。登りだとその効果はもっと大きい。
となれば、もし買い物用の自転車にビンディングを付けたらどうなるのだろう? 時速25kmで巡航できるのではないか? という興味がわいてきた。娘が通学用に使っていたボロボロの婦人車にビンディングを付けて試してみようか。
ビンディングペダルのことを考えていたのは、羽田空港からたまプラーザに向かうバスの中だった。夜の横浜の町並みを眺めつつ、ペダルのこと以外にも、SQLを使っているデータベースのこととか、とりとめもないことを次々に考えていた。そのときにふと頭の中に浮かんだのが左の写真の風景である。ハウルの動く城のような奇妙な建物だから写真にも撮っておいたものだ。ただ、頭に浮かんだのはこの建物ではなく、正確にはその脇の水路だった。コケの生えたコンクリートの狭い水路に、青いミカンがいくつか転がり、水深1センチばかりの水がちょろちょろと流れている。四国の西のほうではごく普通の光景だ。その光景とともに、「あの水はこうしているいまでも流れているんだろう」などと意味もないことに考えが至った。
その想起は唐突だった。ぼんやり見ている景色とも、考えている内容とも全く関連がない。理由のない想起だ。こういう経験はけっして珍しいことではなく、以前から気になっていたことだ。「どうして脈絡も意味もないことがふっと心に浮かぶのだろう?」今回、その仕組みの解決に見通しがたってきた。
その答えは、記憶のメカニズムを解くことで得られる。どうやら、ヒトの記憶は脳の中に書き込まれているものではないようだ。コンピューターの記憶装置は、ある場所に記録が書き込まれており、それを随時読み出すことで記録が再生される。つまり覚えていることを思い出すことができる。なんとなく、ヒトの記憶もそのようなものだろうと思いこんでいたが、もっとダイナミックなものであるらしい。
人間はその個人の記憶の全てを常に読み出しているのだ。読み出すとはいってもそのデータは膨大であるから、そのほとんどを意識する暇はない。全記憶を走査して確認する作業は意識下で行われている。全記憶とはいえ、その走査には数秒とか数分とかしかかからないのだと思う。
こう考えると、羽田発のバスの中で、田舎の道ばたの水路がふと思いだされたわけもわかる。単調な景色の中で身動きもとれず数十分もつらつらと考えているうちに、意識が半分眠った状態になり、記憶走査中のデータの断片が意識に顔を出してしまったのだろう。
記憶は地層のようなものではない。過去の記憶の上に新しい記憶が積み重なっているような代物ではない。古い記憶はどこかに保存されており、使用されないと次第に風化して曖昧になって忘れ去れていくようなものではない。どうやら、何十年も前に経験したことであっても、記憶は「今」と考えたほうが良さそうである。記憶は一巻の絵巻物だ。生きている限り、秒単位で繰り返し繰り返し読まれている絵巻物だ。その作業によって、個人の同一性と継続性が無努力で保たれている。
記憶には当然、古いものも新しいものもある。古いものは古いと知っており、新しいものは新しいと知っている。古い記憶について次のように考えるのは誤りである。「古いものでもありありと覚えているのは、その印象が強烈であり、よりくっきりと脳内に刻み込まれているからだ。」そういう風に考えると、いろいろ不都合が生じてくる。そして、その仮説には利点もない。
記憶の鮮明さとは、おそらく想起の頻度である。絵巻物は意識下で走査されることによって、気づかれずに保持されている。その保持されている断片を意識する、つまり思い出すことは記憶の機能にとっては体験したことと同じになる。思い出すたびに絵巻物の中には、断片が書き込まれることになる。ヒトはそれらを同じものだとみなすけれども、記憶の絵巻物の中には、別の物として記録されている。同じことを10回想起すれば10か所に書き込まれることになる。意識下の走査は1から100まで忠実に馬鹿正直に行われているから、同じことが何度も何度も引っかかってくることになる。それが古くても鮮明さと強烈さを失わない体験が存在する真の理由だ。
ちなみに記憶の絵巻物には時間的な幅があるだろう。その幅が何年なのか何か月なのか何日なのかはさっぱりわからない。それは自省によって知りうることではない。聞きかじった知識によると、脳には無数といってよい神経細胞があって、日々ネットワークを広げつつ、これまた無数といってよい数が死滅しているという。絵巻物の幅は細胞の寿命に等しいかもしれない。細胞の死滅は記憶の消滅と対応つけられるのだろう。ただし、記憶は毎秒毎秒読み出され複製されているはずである。しかも、その断片のうちの重要なもの、つまりは意識上に登ったものは複製されるだけでなく、新規に書き加えられているのだから、原初のファイルが消えていても、そのことに気づくことはない。
久しぶりに半原越。思い返せば1か月ぶり。下りの寒さにおびえて敬遠してた。今日は新型のサイクルコンピューターV3を搭載した半原2号だ。V3は心拍計もついているのがウリだが、さっそく心拍の信号を受信しない。前のモデルでもちょくちょくあったIDの不一致だろうと、IDをよませるとあっさり受信した。これからも頻繁にこの問題は起きてきそうだ。ID照合の作業が若干簡単にはなっているものの、バッテリーの消耗や接触不良など、ほかの原因と区別がつかないのには弱る。
この1か月も自転車には乗っていたが、金山やら境川やらでお茶を濁していただけのことはあって、半原越にかかるともういけない。「半原越ってこんなにしんどかったっけ?」状態だ。心拍は1kmもいかないうちに170bpmを超えている。今日はターゲットゾーンを170bpmにセットしているから、アラームは鳴りっぱなしになる。有酸素域に収めて170bpm以下で走りたい。そのために、前は24T、後は27Tをつけている。軽いギアでもついついケイデンスをあげて無理をする。あとで記録をみると、区間4での平均心拍数は180bpm。最高は193bpmだった。ずっとATは超えているのだろう。
距離 タイム 平均時速 心拍数 ケイデンス
区間1 1.18km 5'50" 12.1km/h 168
区間2 1.18km 6'17" 11.3km/h 172
区間3 1.18km 6'20" 11.2km/h 173
区間4 1.18km 6'47" 10.4km/h 180
全体 4.72km 24'38" 11.5km/h 77(1897)
こうやって心拍数が記録として残るとますます半原越の難しさが明らかになってくる。半原越は私の出力ではAT以下の強度では満足に進むことすらできない。だけど、力を出す練習はけっこう難しい。たとえば境川あたりでも、けっこう力を使って走れるのだが、170bpmを超えることはあまりない。かなりの向かい風に戦いを挑んだときだけだ。しかも20分も連続することは無理だ。ましてや、向かい風のないときは、とてもじゃないけど危なくて170bpmなんかには上げられない。言わずもがなではあるが、普通に遊んでいるだけでは速くはなれないのだ。
アメリカザリガニのタカハシは最近ちょっと変である。12日にまさかの脱皮をしたのだが、事件はそれだけではなかった。なんと、脱皮に失敗があり、はさみが1本もげてしまったのだ。以来、行動がおかしい。
以前は水槽の主(といっても彼しかいないのだが)として君臨していた。腹が減っているときには、人が近づくと、餌をよこせとばかりにはさみを振り上げ、水替えでがさごそしているときも泰然とした姿勢を崩さなかった。そして、この1か月ほどは、隠れ家にしている筒に入ったっきりで、ほとんど外界に興味を示さなかった。わが家は暖房をほとんどしないので、タカハシの水槽も冬眠最適温度にまで下がっているのだろうと思っていた。ともかく、人にも良く慣れ自信満々の雰囲気がありありだった。
それが今では、落ち着きなく歩き回ることが多くなった。腹が減っているのかと餌を投げ入れても、以前ほどがつがつ食べるようすがない。水面にまで登れるようにと設置してある煉瓦の影にこっそり隠れている時間が長い。死にかけているのではない。というのは、餌をやろうと水槽のふたを開けたときなどに、驚いてびゅっとばかりに隠れ家に逃げ込むからだ。死にかけたザリガニはあんなに元気に逃げない。しかも、あれほど執着していた隠れ家にあまり入らない。まるで、これは私のようなものが使うものではありませんと遠慮しているかのようだ。
その明らかな行動の変化の原因について、はじめは、脱皮後で体が柔らかいから慎重になっているのだろうと思っていた。今日になって、ますます弱腰だから、もしかしたらはさみがもげてしまったことで、ザリガニとして生きる気力が失せたのかもしれないと心配になってきた。オスのはさみといえば、アメリカザリガニのシンボルである。闘争にも交尾にも欠かせないアイテムだ。その片方がないのだから、オスとしての自信も半分なのか。
春の雰囲気である。いつもの棚田脇に腰掛けて、腰掛けたその瞬間に枯れ草が暖かい、殺風景な田んぼを眺めている。まだ動くものの気配はないものの午後2時の太陽は力強い。あっけにとられるほど空は青く風がない。冬用の手袋が無骨に見える。さて、今日も半原2号でやってきた。前回よりもハンドルの高さを3.5cmほど下げたが、この方がよいようだ。自然に脚に力が入るようなポジションになった。ハンドルが高いと中程度の力を出すのに少しの決心が必要だ。
今日の作戦は24×21Tという軽いギアで普通に回して登り切ることだ。区間1の7%以下の所だとほとんど空回し状態で100rpmぐらいで回っている。ただし、これまでの経験から、このギアでも15分を経過するとけっこう重く感じることがわかっているから、力を過信しないようにする。
区間2のはじめのほうにある丸太小屋の坂も70rpmぐらいで楽々登っている。ところが、心拍の数値をみると180bpmを超えているから、息も脚も苦しくなくても強度は高いことがわかる。ここが心拍計のいいところだ。もし、調子に乗って時速にして1kmほど上げただけでも1分後には息が絶えてしまう。
区間4に入るとずっと185bpmぐらいだ。このギアで70rpmならちょうど時速10kmだ。区間1の空回し感覚が嘘のようにペダルが重いが、これより落とす気はない。どのみち5分もすれば体が動かなくなるのだから、ゴールまで行けばよい。
距離 タイム 平均時速 心拍数 ケイデンス
区間1 1.18km 5'41" 12.5km/h 161 87
区間2 1.18km 6'01" 11.8km/h 177 82
区間3 1.18km 5'59" 11.8km/h 176 82
区間4 1.18km 6'48" 10.4km/h 185 72
全体 4.72km 24'29" 11.6km/h 80(1967)
冬はやはりコケの季節だ。清川村の道ばたにコケのかたまりが落ちていたので拾ってポケットに入れる。畑の脇にたくさん生えている一般的なものだが、きっと名前はわからないだろうなあ、と半分あきらめモードだ。図鑑がたよりの疑心暗鬼自己流同定には限界がある。こういうものも、屋外の生息地で専門家からこれは○○と教わればあっけないほど簡単に覚えられるものだ。葉が良く光っており、中肋がないからツヤゴケかな。
丹沢の頂あたりに雪を降らせているはずの雲が厚く覆い、昨日とは打って変わった寒々しい天気になった。いつもの棚田のあぜにモズがいて何かを食べている。草むらに潜んでいる虫だろうが、ああいうハンターたちの獲物を見つける能力にはいつも舌を巻く。人の目であれば、この季節に食いでのある虫などそう見つかるものではない。もっともモズと人間の体の大きさ比べをするならば、人間がサルとか猫とかを見つけるようなものかもしれないが。
今日の作戦は24×17T〜21Tを使うものだ。区間1は17Tしばり。2、3は19Tしばり。4は21Tしばりだ。半原越は波打っているけれど、その波にあわせてこまめにギアチェンジをしていくのは、あわただしくて賢い方法とはいえない。それよりも高回転で回す方法と、低回転で踏む方法を併用したほうがよさそうだ。それでもベースにすべきは高回転式のほうだ。ベースは超がんばって90rpmでいける程度のギア比で、それが17〜21Tあたりだ。
距離 タイム 平均時速 心拍数 ケイデンス
区間1 1.18km 5'18" 13.4km/h 161 75
区間2 1.18km 5'51" 12.1km/h 174 76
区間3 1.18km 5'48" 12.2km/h 176 77
区間4 1.18km 7'05" 10.0km/h 181 69
全体 4.72km 24'02" 11.8km/h 174 74(1779)
昨日よりも30秒ほど早いが、ひとえに区間1の空回し時間が減ったためである。この程度の差であれば、全区間21Tしばりも悪くないように思う。
今日は、半原越入り口付近にあるでっかいコンクリートの吹きつけ護岸にたくさん生えているコケを拾ってきた。コンクリート壁に付着している土が凍り付いたり融けたりしてはがれたものか、壁のコケがずいぶんと転がっている。けっこうきれいなので名前でも調べてやろうとポケットに入れた。
コケの葉は螺旋状に巻いて萎縮していたが、水をかけると開いた。少なくとも2種の混合だった。葉の丸い方がハリガネゴケ、とがったのがコバノスナゴケかなと思うが、例のごとく確信は持てない。
かなり長編の夢を見た。以前、夢の研究をやっているときは、しっかり記憶する習慣がついていたが、この20年ばかりは夢など気にもとめないようになっていたため、それほど記憶に残ることがなかった。しかし、たまたま記憶のメカニズムを考えており、内容も非常に印象的で、目が覚めてからも夢のストーリーをかなり思い起こすことができた。
前半部もかなり長いストーリーがあったが覚えていない。記憶にあるのは、とあるバーの一室のようなところで、うさんくさい導師から憑き物を落とす術をかけられるところからだ。私はかなりの能力者であったが、しばらく力が使えないでいた。それをバーの美人ママ紹介の老導師が治療してくれるというのだ。その治療は、導師の両手から放出するオーラを含んだ気を全身に受けるという荒療治だった。容赦のない気のパワーで皮膚がもぎ取られるかと思われるぐらいだったが、痛みはない。ストロボ閃光のようなオーラのまばゆい光に照らされ、私のひずんだ顔が他人事のようによく見える。内心では憑き物なんかじゃないんだけどなあと、疑っている。
憑き物落としはうまくいったようだ。うっすらと力がみなぎっている自覚がある。では試験、ということで、黒板に向かい、そこに書いてある字を読むことにする。黒板は各種の言語が殴り書きされており、消されたり重なったりで、ほとんど判読できない。中に1行、動物の学名らしきものがラテン語で書かれてある。それを集中して読むことにする。しかし、Kで始まるその20字ほどの綴りは目でも確認できず、どの動物を指すものかも記憶にない。
しかし、私にはできることがわかっている。手をかざすとものすごい勢いで指先がその綴りを宙に描いていく。その指の動きが正確にイメージの中に書き留められる。黒板のかすれた元の文字と合わせて見れば、まさにその単語に他ならなかった。同様にして他の判読が難しい字も、私の右手はすらすら書ける。すでに消されて痕跡すら見えないような字ですら書ける。私はついにものまね師になったのだと自覚する。
そして、すぐにこの力は世のため人のために使えると確信する。その第一歩がある少女の治療だった。その娘は優秀なピアニストなのだが、スランプに陥っており演奏がうまくできず自分を見失っている。私は彼女を救えると思った。まず、彼女にピアノをひく指の動きをやってもらう。その通りに私の指が動く。数秒もすれば彼女が指をどう動かしたいのか、その意図が読める。私が意識してそれを読むのではない。私の指が勝手に彼女の気持ちを汲んで反射のように動くのだ。
私は彼女に、私の指の動きをまねしてやってみるように促す。私の指は彼女が理想としている動きを忠実に再現しているはずだ。それに合わせることで、カンが取り戻せるだろうという期待がある。私の指の動きはどんどん速くなる。すぐに残像しか見えないレベルになる。彼女の指はそれについてきている。どうやら私のものまね師としての能力は、相手に自分をまねさせることまでできるようだ。彼女の表情を見ていると、どんどん弾き方を思い出しているようであった。
目が覚めて、なかなか良い物を見たという充実感があった。記憶の実体は繰り返し読み出される絵巻物みたいなものだというアイデアを思いついていたときでもあり、夢に出てきたシーンの出生地を洗っておこうと思った。というのも、絵巻物は無意識に走査されるものであり、睡眠中もその走査によるイメージがわき上がり、それらのイメージの断片のつじつま合わせの結果が夢になるはずだからだ。
私が憑き物落としを受けたのは、「もやしもん」に出てくる酒屋の2階のバーである。「もやしもん」には菌が見えるという主人公がその力を一時的に失うというエピソードがあるが、それに影響されたストーリー展開であるらしい。「ものまね師」というのは、週刊少年ジャンプのコピー忍者カカシかドラクエ?の最終職業からだろう。治療のイメージは、ナショナルジオグラフィックTVで見た、ハリケーンの強風体験の実験映像。なんと、秒速50mの烈風を体に受けるというとんでもないものだ。リポーターである被験者のむき出しの顔の皮膚が波打って飛ばされんばかりだったのが印象的だった。
力試しの黒板は、国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)の結果をプレゼンしたときに使った資料。かすれて判読できない文字には、金山サイクリングの途中で見かけた「←出石寺」が入っている。ものまねして書いたラテン名は、これまた「もやしもん」の欄外にたくさん出てくる菌類の学名から来ているようだ。
ピアニストの治療というのは、米子空港で「漁り火丼」なるものを食べながらちらっと見たNHK?のニュース番組。左手しか使えないピアニストがドイツに渡ってプロになる修行をするというもの。片手だけで演奏する指の動きを見て、すごいと息を飲んだ。
夢判断ではキーになるイメージを突き止めるのが第一歩だ。この夢では、それらのキーイメージは夢を見る前1週間程度の体験が出生地になっているようだ。
写真は正月から観察を続けている庭のハコベである。1月4日にもハコベを取り上げたが、今日のものはそのすぐ近くで兄弟のように仲良く生えていたものだ。残念ながら、4日のハコベはある寒い朝に根っこから抜けて枯れてしまった。こいつもそう長くはあるまいが・・・と、毎朝ようすをみて写真を撮ってきた。
わが家の庭は日当たりが悪く寒い。しかし、例年にくらべるとずいぶん温暖なようで、池が凍結することがない。氷が張っても2日もすれば融けている。それでもこのハコベが根を下ろしている地面はしょっちゅう霜柱がたっている。草体を見れば、3分の1はむき出しになった根だ。これは霜柱によって土ごと草体が持ち上げられて、そのまま露出してしまったものらしい。土から出てしまった根からも分岐した根が伸びて土の中に入って行かれるものかどうか、それはわからない。ハコベは茎から根が伸びて地面をとらえることができるのかどうか、それも知らない。そういうことができなければ先行きは暗い。
ハコベはそれほど寒さに強くないようだ。開いたばかりの葉で、地面に近いところにあるものは凍って枯れてしまうようである。こいつも4対の葉が枯れている。霜が降りた日には、翌日になると明らかに葉に精気がなくなる。そういう姿をみて「ああ、ついに」と何度かあきらめたが、そのたびに復活し今日をむかえたのである。
半原越は久しぶりだ。もう下りの寒さを恐れるような季節ではない。午後2時になってもいつもの棚田にはかろうじて日が差している。風のない日だまりに座っていると毛糸の帽子も冬用グローブも不要に思える。モズが電線に止まってしきりにさえずっている。おそらく前回もみかけた個体だ。センダイムシクイかキビタキか、歌のうまい鳥の鳴き真似にいそしんでいる。ということはオスか。彼女はどこかでそのものまねを聞いているのだろうか。春である。杉の木が赤い。
距離 タイム 平均時速 心拍数 ケイデンス
区間1 1.18km 5'00" 14.2km/h 164 82
区間2 1.18km 5'37" 12.6km/h 178 73
区間3 1.18km 5'04" 14.0km/h 183 59
区間4 1.18km 6'58" 10.2km/h 186 43
全体 4.72km 22'39" 12.5km/h 179 62(1404)
半原越はちょっと余計なことを考えて、前半は26×19T、後半は36×19Tで行ってみようと思った。区間4をダンシングするにあたり、2倍ぐらいのギアが使えるのではないか?と錯覚したからだ。
タイムをみれば区間3が速い。区間3はかなり緩く、2倍のギアだと20km/hぐらい出せるところもあるから、倍数をかけた方がタイムは良くなる。ただし、183bpmという数値を見落としてはいけない。区間4は7分ぐらいかかっているから全然だめだ。登ってから降りて引き返し、ギア比を変えてダンシングの具合を確かめてみた。やはり10%超のところは1.5倍、36×24Tぐらいがよいようだ。
カーボンモノコックという自転車をはじめて見たのは、いまから20年以上前のことだと思う。ジロデイタリア(たぶん)のTTにビアンキが持ち込んだものを雑誌で見た。その自転車にはシートチューブがなく曲線で形成された平行四辺形をしていた。自転車の基本はダイヤモンド型とよばれる三角形を組み合わせた形状で、剛性と軽量化のバランスをとるのに最適だとされる。当時はカーボンのフレームはその伝統にのっとり、鉄と同様の丸パイプを接着剤でつぎはぎするものが主流だったから、ビアンキのモノコックにはずいぶん驚かされた。軽くしなやかな理想のフレームが自由な形状で作れるのがカーボンのウリと聞いており、その最先端がビアンキだった。当時は自転車にも、新しいというだけで興味がもてた。プロトタイプから市販品まで、雑誌でライディングインプレッションを読むたび、いつかはカーボンに乗ってみたいと思っていた。どうせカーボンならモノコックにだ。ただし、ビアンキのフレームはレギュレーション違反とかで、生産される見込みもなかった。ついでに、当時のカーボン車は信じられないぐらい高価で、市販されても買えるわけがなかったのだ。
写真の自転車も正真正銘のカーボンモノコック車である。台湾の聞いたこともないメーカーのもので、日本にはほとんど出回っていないと思う。おそらく世界で最も安価なカーボン車。安くとも軽くてソフトでスタイリッシュ。もくもくと半原越を上り下りするにはぴったりだ。部品はほとんど半原1号から流用し、半原2号と名付け、すでに数回半原越を走ってポジションが決まり、フレームのしなりが体に馴染んできた。
自転車も普通ではつまらないから、半原2号にはいろいろなオリジナリティーを盛り込んでいる。その一つがこのシフトレバーだ。現在のロードレーサーのシフトレバーは、おおむねシマノのSTIタイプになっている。こいつは、STIの黎明期、まだSTIが海の物とも山の物ともつかなかったころに、サンツアーが市販していたものだ。名はコマンドーといい、使用していた選手も少なくはなかったが、STIの流行に押されて消えてしまった。
このコマンドーは20年ほど前の発売当時から愛用しているものだ。もともとはサンツアーの7段式のものだから現行のギアには合わない。工房赤松がコマンドーをシマノの9段に対応させる部品を作っており、それを取り寄せて組み込んだ。そのほか、ちょっとした改造を加えてある。STIも使って、その楽ちんさには舌を巻いたが、ブレーキレバーがぐらぐらするのにはいまいちなじめない。しかも大げさだ。重量がかさみ構造が複雑で高価なSTIは、1秒の何分の1かで勝負をしているレーサーのみに必要な部品だと思っている。最大でも4回ぐらいしかシフトチェンジをしない半原越ならコマンドーのほうが良い。たんにハンドルから手を離すことなくシフティングしたければ、安価で軽いコマンドーのほうがずっと優れている。第一にかっこいい。
今にして思えば、私はコマンドーの正常な進化に期待していた。使いながら若干の改良が必要だと感じていたのだ。リターンスプリングを内蔵して引きを軽くすることとか、ケーブルをハンドルバーに沿わせることとか、あと一歩で使い勝手がぐんと良くなり、世界中の自転車乗りに愛用される可能性をもっていたのだが、はかない夢に終わったようだ。
半原2号のチェーンホイールは正直言ってたいへん不格好である。PCD74のローギアをつけ、なおかつQファクターをダブル相当のものにするとこうなった。チェーンホイールはスギノのコスペアで、BBはシマノのデュラエースオクタのW用だ。この取り合わせでコスペアはフレームとのクリアランスがとれるほうだが、それでもたいていのインナーでは、ボルトやギア歯がフレームに当たってしまう。インナーはシマノのXTRの26Tをつけているが、数あるインナーを現物あわせして、唯一収まったのが、それだけだったのだ。しかも、BBに1mm厚のスペーサーをかませてある。そのスペーサーは、シマノの10段のリアカセットを9段のフリーに装着するためのものだ。たまたま内径がBBに一致しているのを幸いに流用した。もしそのスペーサーを見つけなかったら、この組み合わせにはできなかった。フレームの塗装を削りはしたものの、カーボンに達するぎりぎりに収まっている。
フロントディレーラーはシマノのトリプルであるが、これがまたぶざまだ。機能的にも問題がある。インナーがフレームに寄りすぎているものだから、なかなかチェーンがインナーに落ちていかないのだ。そのぶん、少なくとも内側への脱線はさけられる。外側へは脱線防止用のガードを付けている。これも怪しげな代物で、もともとはスギノのチェーンホイールだったものの歯を削ってガードにしているらしい。自分でやったのではないから詳細はわからない。フロントギアのチェンジは1日2回しか行わない。つまり、半原越の登りでしか26Tはつかわないのだから、本当はフロントディレーラーなどなくてもかまわない。自転車を降りて手でチェーンを移動させれば済むことではあるが。
ここまで不格好でめんどくさいものにしているからには、それなりに思うところがある。じつは、コンパクトギアの48×34Tでも実用上は充分である。大きい方の48Tは必要ないから34Tのシングルでもかまわない。ただ、半原2号は単に半原越を速く走ればよいという自転車ではない。2倍から1倍までの多様なギア比で、いろいろな走り方を試してみたいのだ。やってみたくなるとその衝動を抑えきれずにこんなことになってしまった。
なんだか気持ちがざわざわしている。適応という考え方を一切使わないでも進化を説明できるのではないかという疑念が浮かんでいるからだ。ダーウィン流の進化論(ランダムな突然変異のうち、より子孫を残すことに適した変化が積み重なって進化が起きる)というのは、適者を生存させる原因となる「適応」を無視しては成り立たない。ひとたび適応という視点を受け入れるならば、さまざまなことが説明可能である。進化の原動力ですら、そこから説得力をもって説明できる。だからこそ主流の考え方なのだが。
いま息づいている動植物の形態、行動の説明について「適応しているから」「より適応するものだから」というのは原理的に無敵だ。その理屈は一種のトートロジーを形成するから反駁は難しい。動植物に不可解な形態や行動が発見されたときに、「これはどういう適応なのだろう」という設問を立て、何でも証明することができる。20年ぐらい前に話題になった利他行動については、自分を犠牲にしても確率的に自己の遺伝子を残すことができるから適応的な行動であるという結論が数学的に導かれたはずだ。これはプトレマイオス流の難解な天動説を思わせる、素人目にも気持ちの悪い説明である。
むろん、生きているからには適応している(これもトートロジー。なにしろ不適応=絶滅であるから)ことは間違いないし、異性の獲得競争や環境への適応によって生物の形や行動が変わっていくだろう。それは人の目に大変感動的かつ合理的に写る。オスクジャクのしっぽは無茶であるし、鳥の目を逃れる昆虫の擬態は驚くべきものであるし、陸から海に戻っていったというイルカは本職の魚類を凌駕する遊泳力をもっている。動植物の適応が人目をひくのは、それを見ている人間個人がそれぞれの創意工夫によって環境に適応することを強いられているから、というのが原因だろうと思う。自分の身につまされることは、たとえ相手が獣や虫けらであったとしても共感しやすいのだ。その手の感動は科学的にインチキであり、注意深く扱わねばならない。感動的な適応例はいくらでもあるけれど、それだからといって適応を進化の原動力に祭り上げるのは無理がある気がする。もし、その視点から全てが説明可能であるとすれば、まちがった道から引き返すことができないではないか。適応を十分条件から必要条件に格下げして進化を説明してみる必要があるのではないだろうか。
キリンの首が長いのは高いところにある枝を食べるのに有利だから。有利な体を持った個体がより多く繁殖し、100万世代を経るうち今日のあの立派なキリンができあがった。こういう説明は本当だろうか? キリンの首がまだ短いときに樹木はきっと高かったろう。世界中に高い樹木があり、世界中に木の枝を食う動物がいるのだから、キリンの他にも収斂によって首が長くなった動物がいてもよさそうではないか。また、無理して高いところの枝を食うよりも足下の草を食う方がずっと簡単であり、キリン以外の動物はみなそうしている。キリンというのは、不幸にも首がどんどん伸びてしまう宿命を背負った動物であり、その異変になんとかやりくりをつけて絶滅せずにすんでいる動物だと考える方がずっと自然なように思う。
ともあれ、いま困っている昆虫の変態の起源について、どうにもうまい説明が見つけられずにいる。当面専門家から納得いく説明が聞けそうもなく、ここは自分勝手にへりくつを考えなければならない。
昆虫の変態の起源を探るためには昆虫の起源を決めなければならないと思う。昆虫はムカデとかダンゴムシと同グループの節足動物から進化したことは間違いないだろう。100万とも1000万ともいわれる種類の多さ、形態、生態の多様性を思えば、この地球の歴史上で、昆虫の祖先は何回も誕生したように見える。チョウとバッタとカブトムシは別の節足動物を祖先に持つと思うのが自然だ。ところが、昆虫は6本の脚をもち成虫には翅がある。この特徴は多足類、クモ、ダニとずいぶんかけ離れている。あんなに種類が多く多様な生態を持っている昆虫が共通の仕組みを持っているのは奇妙なことだ。もしかしたら昆虫の起源は、もとはたった一種類であり、その節足動物は基本的な構造を除けば、体が非常に変わりやすいという特徴をもっていたのかもしれない。
暖かいということはこんなにもうれしいものなのか。半原越にもついつい力が入ってしまう。今日は久しぶりに16Tを用意したのでそれで行ってみることにした。標準なら39×24Tという私としては大変重いギアだ。
距離 タイム 平均時速 心拍数 ケイデンス
区間1 1.18km 4'38" 15.3km/h 170 75
区間2 1.18km 5'17" 13.4km/h 184 65
区間3 1.18km 5'14" 13.5km/h 184 66
区間4 1.18km 6'42" 10.6km/h 187 65 (推定)
全体 4.72km 21'51" 13.0km/h 182 68 (1486)
区間1をすぎて、丸太小屋の坂をすいすい越えていくが、力がみなぎりもっともっとびゅんびゅん行けそうな気がする。ただし、これは1.5倍程度のギアを使っているとき毎度おなじみの錯覚だ。すぐさまがつんと反動が来て体が動かなくなる。丸太小屋の坂はダンシングで越えたほうが楽だが、それはずっと無酸素域の運動を続けることになる。心拍数は190bpmを超えている。
気持ちははやっているけれど、今日はタイムトライアルの日ではないから区間3はかなり押さえた。そして、区間4で迷いが生じた。16Tだとほとんど回すことができず、踏みの走りになってしまうから、19Tに落とした。そうすると、ダンシングのときに19Tでは軽いから、16Tに戻すか、それとも23Tで回すか、などと余計なことを考えて、走ることに集中できなくなってしまった。たかだか数分のことなのだから、踏むなら踏むで押し通した方がたぶん良い結果が得られるだろう。
翅があるというのは、昆虫類の顕著な特徴で、しかも変態の最後の成虫だけが翅を持っているのだから、どうやって昆虫が翅を持つに至ったのかを考えなければならない。すくなくとも昆虫の翅がいきなりこの世に登場したわけではないだろう。いま、わが家にはタカハシという名のアメリカザリガニがいる。ある日、そいつの背中がぱかっと割れて、中から翅を持った虫が現れ、ぶ〜んと飛んでいった、なんてことはありえない。事情が4億年ぐらい前でも同じことだ。昆虫の祖先である節足動物にいきなり翅が生えるわけがない。
トンボ類はザリガニに翅をはやすぐらいの離れ業をふつうにやっている。ヤゴとトンボとアメリカザリガニをくらべるならば、のけ者はトンボだろう。ヤゴが進化してザリガニになることはあってもトンボになることはありそうもない。それぐらい昆虫の翅はオリジナリティがあり完成度が高い。翅をうまく使って飛ぶための目や脚などの体の装備も良くできている。この地球上に昆虫が現れたときに、翅がトンボほどの完成度だったということは考えにくい。それは漸進的に発達したはずだから、あまり使えない翅の役割ということも考えなければだめだ。
昆虫というのは翅の生えたムカデみたいなものだとしても、私は今のムカデサイズの虫が翅を持つことを想像できない。ムカデは大きすぎて、10%しか完成していない翅みたいなものは単なる邪魔でしかないはずだからだ。ひ弱な翅であれば、それに見合った小さな虫がふさわしい。ヒトはビッグサイズの動物だから、空気の抵抗なんて自転車にでも乗らないかぎり意識しない。しかし、1mmぐらいの虫にとっては空気は相当に粘っこいものにちがいない。薄め?の水みたいなもので、魚がひれのひとかきで水中をびゅっと進めるように、脚で空気をひとかきすれば体がふわっと浮くことを感じるかもしれない。クモ類もごく小さいときは糸を使って空を飛ぶ。最初に翅で空を飛んだ節足動物は微少な昆虫だったと思う。
もし、最初に翅を持ったのが大きめの昆虫であったなら、その翅は昆虫の祖先が別の用途に使っていたモノだろうと思う。別のモノとしてもっとも可能性が高いのは水中を泳ぐことに使っていたヒレだ。古生代の海中では、ちょうど昆虫のような生態を持った甲殻類が誕生した可能性もあったと思う。三葉虫の時代には外骨格の水中生物は大繁栄しており、脱皮によって成長するという方法も当たり前に普及していたはずだ。甲殻類には大小様々なものがおり、水中をすいすい泳いだり、岩をはったり、泥に潜ったり、まさに我が世の春として地球の海の隅々を利用していたにちがいない。
海中で昆虫のような生態を持つというのは、幼虫期と繁殖態である成虫で生態を異にする生き方の発明だ。幼虫期はひとまず食って育つことに専念し、成虫になると大幅に移動能力をアップし、異性との出会いと生息地の拡大をはかるという生き方だ。たとえば、ゴカイのような体の幼虫は海の泥の中にいて藻類や他の動物の死体などをあさっており、成虫としての脱皮をすると、いきなり翅のようなオールが生えて巧みに水中を遊泳し、海中で交尾をして潮の流れにのせて卵をばらまくというようなやりかただ。そういうものもありと思う。
やがて、陸上が植物に覆われるようになると、海中生物たちはやおら陸を目指しはじめるだろう。ナメクジやミミズのようなやわらかいものは、比較的簡単に湿地に上陸できたろうが、乾燥と重力はけっこうな足かせになるはずだ。それにくらべると、甲殻類はまるで地上で生きることを想定していたかのような丈夫で乾燥にも強そうな体を持っている。現在のアメリカザリガニですら常に陸地をうかがっているから、水槽にはちゃんとふたをしておかないと台所でザリガニの乾燥標本を作ることになりかねない。
海生昆虫のようなものがいたとして、それが上陸を果たした暁に、昆虫の祖先としての栄冠を勝ち取れるだろうか。成虫のそのヒレは使えるだろうか? けっこうな力でかくことはできるが、水と空気では勝手がちがう。甲殻類が水中を泳ぐ場合は、オヨギピンノやガザミのようにけっこう大きくてもすいすい進むことができる。しかし、空は飛べまい。せいぜいがグライダーのように滑空する程度だろう。地球最初の陸の王者は、慶応ではなく、節足動物だったと思う。ダニ、フナムシ、ワラジムシ、ヤスデ、ムカデ、そのたぐいの祖先が、コケ、シダ、藻で覆われた見渡すかぎりの大地を埋めつくさんばかりにうごめいていることを想像する。他に動くモノはいない。両生類の上陸なんてものは、あと1億年も先の話だ。そうした虫けらどもの大地でシダの枝や岩場の高いところから滑空できるということがどれほどのアドバンテージになることだろう。のちのちトカゲやイモリが現れたとしても、モモンガのように滑空できるムカデなんてものは、際物として消え去るのみではないだろうか。
走り出してから気づいたのだが、左の膝が痛い。昨日はそれほど無理をした覚えもないのだがどういうわけだろう。ともかく痛みがあるのは弱ったことだ。それに追い打ちをかけるように後輪がパンクする。アスファルトの角に打ち付けたようでもあったが、一気に空気の抜けるパンクではなく小さな穴があいて徐々に漏れるものだ。今日は、イタリア製のNANAという、チタンとカーボンでできている小型軽量の空気入れを持ってきている。はからずもそいつの実戦投入ということになってしまった。
ロードレーサーのタイヤは高圧でないと面白くない。8気圧ほどは欲しいところだ。その親指ほどの太さのNANAは、小さいが9気圧まで入るとカタログには書いてある。気体に関しては中学校で習うパスカルの原理というものがある。つまり、空気入れは小さいほど高圧にできるのだ。正確にはピストンの面積が小さいほどよい。その点ではイタリアらしからずきちんと設計してある。実際使ってみると、7気圧ぐらいでも余裕でピストンを押し込めたから実用上はじゅうぶんだということがわかった。あとは耐久性だ。
距離 タイム 平均時速 心拍数 ケイデンス
区間1 1.18km 5'10" 13.7km/h 159 75
区間2 1.18km 5'39" 12.5km/h 176 69
区間3 1.18km 5'39" 12.5km/h 178 69
区間4 1.18km 7'00" 10.6km/h 185 56
全体 4.72km 23'28" 12.1km/h 176 68 (1549)
半原越の主目的は18Tを試すことだ。今日は、デュラエースとアルテグラをブレンドして18Tをつけてきた。26×18Tが、急坂部分でのダンシングとシッティングに好バランスのような気がしていつか試してみようと思っていた。ただ膝が痛いのではどうしようもない。とくに最後の1kmのダンシングを試せないのでは意味もない。出直そう。
庭のハコベが咲いた。この1か月あまり、ほとんど惰性で写真を撮り続けたハコベだ。毎朝、まだ生きているということだけを確認し、死を看取るつもりだったハコベだ。厳寒期に芽を出して、幾たびかの霜柱攻撃によって地面から持ち上げられ、葉を枯らしつつも芽を伸ばして息も絶え絶えだったはずのハコベだ。
いっしょに芽をふいた兄弟はとっくの昔に跡形もなくなっている。こいつも春までもつまいと達観していたけど、この世にはまだまだ不思議があるものだ。こうして花が咲いたいまでも、ちょっと強い風が吹けば茎はよじれ、いまにもねじきれそうである。おそらくは、細い1本の根でかろうじて土にしがみついている状態だ。
こうなれば、この花が実を結ぶかどうか、さいごまでしっかり見届けねばなるまい。
人生の目標のSuperMac Freecellであるが、先日ついに「これこそ解けない配列だ」と確信するものに当たった。31084番である。ただし、解けなさそうで解けるのであれば、それを解けないと発表することほど恥さらしなものはない。万全を期して、数日をかけて見込みのなさそうな解法も試み、最後には中村君の援助も得て満を持して不可解宣言を行うつもりだった。土日のパソコンに向かえる時間は全部31084番につぎ込んだといって過言ではない。日曜日は半原越をめざしたものの、体が思うように動かず清川村で引き返すという屈辱的な敗退をしてしまったが、それも31084番が気がかりだったからにちがいない。すくなくとも、31084番のせいで飯を食わずに飛び出してしまったのだから。
それが、日曜の深夜に解けてしまった。一般に、フリーセルというのはスタートから何十本もの道筋があって解法に至るものだ。上手な者は、確率的に道筋が増えるコースを選ぶことができる。その選択の余地が少なければ少ない配列ほど難しい。31084番は第1手からようやく30手ぐらいで解決の見込みが出るまで1本道といってよい。しかも序盤の数手は悪手と思えるトリッキーなものを選ばねばならない。直接的には数時間かかったにすぎないが、これまでに最も手強いものだった。
古生代の地上にすんでいた最初の昆虫がムカデ大であった場合は飛行できそうもないというのが私の結論だ。卵から生まれた幼虫が脱皮して成長し、成虫になると翅を得て空を飛ぶというスタイルを、陸に上がってから獲得するというのはどうにもありそうにない。その方法が適応的だというのは明らかだ。しかし、よいこととできることは違う。どれほど想像力をたくましくしても、どうすればそんな素敵なことができるようになるのか、その条件がわからない。少なくとも、そのスタイルを水中にいる間に確立しておかねばならないと考えた。
三葉虫の時代はたぶん今よりずっと豊かだったことだろう。浅いところの海は植物プランクトンで緑茶状に濁り透明度はなかったろう。その濁り水の中を柔らかいもの固いもの得体のしれぬ生き物がひしめき合い、甲殻類もびゅんびゅん泳いでスピードを競っていたのではないかと思う。その中に昆虫そっくりにぱたぱたと水をかいて泳ぐエビがいただろうか?
現在の海には、海生昆虫とよべるような生活スタイルをとっているエビやカニはいない。彼らは見事に変態するから、その点では昆虫になる資格はある。ところが翅がない。昆虫のように左右に開いてはばたいて水中を進むヒレをもったエビカニがいない。この点は断言したけれども、私はエビカニの超素人で確信はない。いてくれればもちろんうれしい。とりあえず私の知っているエビカニはみんな脚や尻尾で泳いでいる。びっくりして後ずさりするタカハシのスピードはかなりのものだ。ただしエレガントではない。エビカニは流線型のマグロやイルカ、ジェット推進の発明者であるイカに比べると泳ぎは専門ではないな、という感じがする。生活スタイルを維持したまま上陸して昆虫になるような甲殻類なら、泳ぎ専用の器官をもって、イカに負けないぐらいエレガントに泳いでいて欲しい。そういうヤツが昆虫になるのはおとぎ話としては面白いのだが、その遊泳器官がそうやすやすと陸で使えるとは思えないのだ。
現在、昆虫は地球上に軽く100万種はいると見積もられているらしいが、そのおおもとは1種類の節足動物だったのだろうと想像している。古生代のあるときに、ただ1種の甲殻類が翅をもって空中を飛行することに成功した。その子孫が驚くべき繁栄をとげ、陸の王者として君臨しているのだ。その前後数億年にわたって、何種類もの甲殻類たちが大空に挑戦したかもしれない。しかし、それらははかなくも敗退し、ひとり昆虫のみが生き残ったのだと思う。そのように想像する理由は、生態の多様さに反して、昆虫の形態的な共通性が高すぎると思うからだ。全昆虫の脚が6本でなくともよいであろうし、翅は4枚でなくともよかろう。そうなっているのは、たまたま最初に空を飛んだ甲殻類が6本脚で4枚翅だったからだ。かつて、2枚翅で10本脚の甲殻類が空を飛んだかもしれないがそいつは古生代に滅んだのだ。
私は、最初の昆虫は地上から飛び立ったと信じているけれども、海から直接飛び出す方法だってある。その方法は現在の鳥類が行っている。空を飛ぶための翼はちょっと改造を加えれば、水中を泳ぐヒレとして立派に機能するようだ。いくらかの水鳥は水陸両用であり、ペンギンにいたっては水中を飛ぶスペシャリストだ。その逆だってじゅうぶんありえるはずだ。
甲殻類だって、あのペンギンと同じようなヒレを持てば、水中をすいすい泳げるだろう。泳ぐことにかけては、現在多くのネクトンが行っている尻尾を左右か上下に振る方法が優れているのだと思う。その方法では時速100kmで泳ぐことは可能になっても、空は飛べない。揚力を得ることができないからだ。水中ではどんなに大きな生物でも体重は0kgだから純粋に水を蹴った反動で進めばよいけれど、空に飛び立つには揚力が必要なのだ。トビウオは滑空の名人で、胸ビレは揚力を生んでいるようだが、彼らが飛行する日は来ないだろう。推進力と揚力が同時に得られる羽ばたき方でないと空は飛べない。ひとたび水中で尾を振る推進方法を身につけたなら永久に空への窓は閉ざされるはずだ。
左右に伸びる突起物をぱたぱたさせて泳ぐ方法を身につけた甲殻類がいたとすれば、かれらを原始海生昆虫と名付けたい。彼らは他の甲殻類を圧倒して素早く泳いだかもしれない。アマエビなんか目じゃないくらいに、流線型の体でびゅんびゅん泳いだかもしれない。体だって大きくできる。ヒレはどんどん強くなる。泳ぐ勢いで水から飛び出せば何メートルも飛び上がれるだろう。ヒレは揚力を得て滑空もできるだろうし、羽ばたけば飛べるようになるかもしれない。空中を飛ばなくても良いが飛べる。飛べればより明るい未来が開けるというのは進歩へ妙薬だと思う。
それでも私はかれら原始海生昆虫が現在の昆虫の先祖になったとは思えない。昆虫の翅が4枚というのもひっかかりだが、そればかりではない。海上を自在に飛び回れるほど成功しているエビがあえて陸上動物になるのか? という疑念がぬぐいきれないのだ。イルカは、地上で生きていたほ乳類が海に帰っていったものらしい。その陸イルカが、サバンナを時速100kmで疾走できるチーターのような動物であれば、まちがっても水生動物にはならないだろう。陸イルカは陸上ではどちらかというと愚鈍な獣だったのではないだろうか。
久々に暖かく日も差して春の陽気になった。春の遅い私の庭でもコツボゴケの春芽が立ち上がり、タネツケバナがようやく咲き始めた。玄関のタチツボスミレもつぼみをつけている。春のキリギリスであるクビキリギスが路上で息絶えていた。誰にも平等に春が訪れるわけではない。こういう住宅地で大型の昆虫が生き続けることは困難だ。
午後からは絶好調の半原2号で半原越。毛糸の帽子も冬のグローブも暑苦しくて、つけたりはずしたり。いつもの棚田ではアイスモナカを食う。今日は、26×18Tで行ってみることにした。前回にできなかった区間4の立ちこぎは、18Tだとやや軽い感じだった。15か16あたりのほうがよいかもしれない。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'58" | 4'58" | 14.3 | 165 | 78 | |
| 区間2 | 10'24" | 5'26" | 13.0 | 186 | 72 | |
| 区間3 | 15'49" | 5'25" | 13.1 | 185 | 72 | |
| 区間4 | 22'56" | 7'07" | 9.9 | 187 | 55 | |
| 全 体 | 12.3 | 182 | 66 | (1514) |
古生代の海は多種の甲殻類が栄えていた。後にヒトによって発見されてヒーローとなる三葉虫やアノマロカリスのような大型のものもいた。甲殻類よりももっと巨大化し繁栄していたのは、外にも中にも骨のない生物だ。クラゲとか、コケムシとか、アメーバとか、そういう輪郭すらはっきりわからないふにゃふにゃしたものが、古生代の海の主役だったのだと思う。海というところは骨格を持たない生き物に優しい所だ。現在の海は洗練された種が増え、殺伐としているけれど、それでも、先鋭かつ殺伐の代表であるヒトの目から見れば、ずいぶんのほほんとしたやつが生きながらえている。
私の想像する昆虫の直接祖先は、4枚のヒレと6本の脚を有して、古生代の海中をへらへらと泳ぎ回っていた。いまでいえばブラインシュリンプやミジンコのようなミリ単位の小さなプランクトンだ。岸に近い浅いところをすみかに、ゴミのようなものをあさる、特段見所のある生物ではなかった。ふにゃふにゃしたもの、固いもの、そのほか多くの動物に手当たり次第に捕食されるあわれな餌生物だったろう。
そのうち陸にあがるのが古生代の動物のトレンドとなる。藻類の後を追って、柔らかいものも固いものもどんどん陸を目指すようになる。ミミズやムカデの先祖にまじって、海生昆虫も上陸を果たした。いうまでもなく、最初の住処は汀線か干潟のような所だ。甲殻類は当時もっとも陸に適応した生物だったにちがいない。それでも、重力への対処と空気呼吸、それに乾燥と紫外線対策も日本のお嬢さんがた並に難しかったと思う。それでも、1万〜10万世代も経れば、けっこう陸でも様になっていったのではないだろうか。無数の生物がひしめきあう海中に比べ、無人の上に無尽蔵の食べ物がある陸は、とっても素敵なフロンティアだったはずだ。
低気圧が通過しても冬にならない。気温は高くないけれど昼の風は南から吹いている。ポタリング仕様の半原1号をひっぱりだして相模川にでかけることにした。川も早春が一番きれいだと思う。斜光のもとで枯れた荻と芽吹いたばかりの柳のとりあわせが絶妙だ。ルートはいつもの通り相模川の左岸に沿うぎりぎりの道を行く。相模川沿線の道路はどこも車が多く、他のルートはけっこううんざりするのだ。
写真は、小倉橋の下500mぐらいのところで見つけたヒキガエル。相模川の左岸に湾処のようになっている水たまりがあって、そこで産卵していた。真っ昼間というのに20匹ぐらいがあつまって蛙合戦だ。昨日の雨に浮かれて集まったやつらのうち、欲求不満組が居残ったのだろう。どの個体も大きくて手足が太く、わが家に来るものの2倍以上はある。何年か前に半原越の川で超ビッグサイズのヒキガエルを見つけて驚いたことがあったが、あれに次ぐ大きさだ。周辺には、田畑と無縁の藪もあり、餌もたっぷりありそうだ。そばの道路はほとんど車も来ず、特に夜間は皆無だろうから、大型に成長できるのだろう。わが家に来るものは全員が明日をもしれぬ運命だ。産卵場所も餌場も年々減少している。猫のおもちゃにもなる。木曜の雨の夜に若いのが1匹車に轢かれた。
今日見つけたのは、アズマヒキガエルのビッグサイズのものにちがいないと思う。ただ、八重山ではオオヒキガエルという外国の種類も移入されて野生化しているらしいから、もしかして・・・と思った。相模川流域では、そういうカエルをわざわざ持ち込む理由もなく、オオヒキガエルが蛙合戦をやるようなことにはなるまい。
特段みどころのなかった昆虫の祖先は、他の甲殻類とは一線を画す武器をもっていた。4枚のヒレである。そのヒレは水中では遊泳に力を発揮した。そして、地上に出るとそのヒレでジャンプすることができたのだ。ジャンプは地上を瞬間移動するのによい方法だ。すばやい移動のためには脚を鍛えて走行速度を上げるか、ジャンプするか、そのどちらかの選択をすることになるはずだ。
現在のエビも水中ですばやく逃げるときに尾ビレで跳ねる。タカハシの跳ねもなかなかのものだ。同じ動作によって、陸上で跳ねることだってできる。いまの陸上甲殻類では、トビムシが跳ねのスペシャリストだ。トビムシは林の中にやたらといる。地面の石とか木とかをめくると無数に見つかる。見つかるが次の瞬間消えている。トビムシは腹の下に跳躍器というエビの尻尾のようにたたまれた器官をもっていて、跳び上がることができるのだ。そのスピードはすさまじいもので、体の小ささとの相乗効果によって、目で追うことは不可能だ。加速装置をつかったサイボーグのようなものだ。
陸に上がった昆虫も、ちょうどトビムシのように跳ねていたのだと思う。陸は海に比べるとほんのちょっとのことで環境が激変する。温度も湿り気も食べ物も一定のものが保証されている海中とはえらいちがいだ。汀線ともなれば、数十センチメートルの違いが天国と地獄になるはずだ。甲殻類はそんな環境に強い生物だと思う。古生代でも、柔らかい生物は上陸したとしても、植物遺骸や土壌に潜り込まなければならなかったろう。もしくは貝がらをかぶって乾燥や日光から体を守らなければならなかった。甲殻類自体が海と陸の境で生まれた可能性だってある。
昆虫が乾燥や空気呼吸に適応しながら上陸を果たして行く上で、4枚のヒレで跳ねることができたのは、大きなアドバンテージになったにちがいない。しかも、そのヒレは跳ねることに留まらなかった。彼らが水中で行っている動作を空中で行うと、体を浮かせることができたのだ。トビムシ型のジャンプ虫には絶対にできない芸当だ。どれほど速く尾を振り続けても揚力は生まれない。ひとたび陸に上がったなら、左右に伸びる翅を上下に振る者たちだけにその神秘の力が与えられる。自力で飛行できるなら、地上生活においてそのメリットは計り知れない。別の方法で脊椎動物が空を飛ぶまで、あと1億年。空は昆虫のためにあった。クモという彼らの隣人が網を発明し、飛ぶ虫を捕まえはじめたけれど、そんなものは脅威のうちに入らなかった。
昆虫のうち、完全変態をするものをざっと見渡してみると、チョウ、ガ、ハエ、ハチ、アリ、甲虫といった感じで、みなそれぞれ美しく洗練された生物ばかりである。その生態は多岐にわたり複雑怪奇なものが少なくない。彼らは昆虫のなかでも最近になって出現したグループだろうと思う。
多種多様な完全変態昆虫であるが、その根本には共通した特徴がある。そのもっとも際だっていることは、幼虫は食うこと以外に芸のない能なしばかりだということだ。その形態は、青虫、毛虫、ウジ虫、いも虫、地虫であり、やっていることは身の回りにある無尽蔵の食物をひたすら食いあさるばかりだ。アリやハチのウジにいたっては、ごろんと寝転がっているだけで、おねえさんたちが口元まで食べ物を運び体を拭いてくれるというまことにうらやましいやつらだ。
いかにしてこの世に完全変態なる奇天烈な技が生まれて来たか、幼虫のそういう姿が一つのヒントを与える。つまり、進化史上では、最初に成虫ありきで、幼虫は後から生まれたのだ。このことは考えるまでもなくあたりまえのことに思えるけれども、これを押さえておかないと、考えは袋小路に入ってしまう。ポケモンではないのだから、いくら成虫のほうがより美しく複雑で洗練された形態をしているからといって、完全変態昆虫の幼虫が成虫に「進化」することはありえないのだ。
生きる上での特段の技能もなく、ただ食べるだけでよいのなら、そのままそこで生き続ければよい。そこで交尾して卵を産んで死んで永久に世代を重ねればよい。そういうやつらから大空への渇望が生じるゆえんもない。幼虫というある意味うらやましい生き様は、不器用でも成長の短期間ならじゅうぶん耐えていかれる場所を成虫が発見してくれているからこそ許されているのだ。
昆虫の変態は脱皮によって行われる。この脱皮という成長の方法は甲殻類の登場と共に隆盛を極めたにちがいない。 その大元は殻をもった卵と同時であったと思われるから、かなずしも節足動物がその発明者というわけではないだろう。ともあれ、昆虫をはじめ節足動物は脱皮によって成長する。昆虫は脱皮の回数がきっちり決まっているけれども、カニやエビはあまりはっきりしない(たぶん)。
脱皮は諸刃の剣である。脱皮に失敗して、あるいは無防備な脱皮時の事故により命を落とす虫は少なくない。アメリカザリガニのタカハシは1回目の脱皮によって、はさみを1本失った。2回目の脱皮で回復するかと期待もしたが、そうはいかなかった。クモでは、2本脚になってしまったやつが2回の脱皮によって、正常な8本脚にまで回復した例をみている。脱皮という生き様は致命的なけがですら回復させる可能性があるのだ。まさに、人生のリスタートには最適な方法であり、完全変態の基盤も脱皮にある。
大人だろうと子どもだろうと、生きているのなら脱皮をして大きくなることが悪いということはないはずだ。タカハシはじゅうぶん大人の顔をしているのに2回も脱皮したが、昆虫は成虫になるともう大きくはならない。空を飛ぶ翅も成虫しか持たない。不完全変態ならば幼虫に翅を禁止する理由が見あたらない。カゲロウは例外的に亜成虫という極めて短期間の奇妙な段階があり、翅の生えた虫から翅の生えた虫が出てくる。少なくとも1例はそういう昆虫もいるのだから、絶対ダメというはずはない。
昆虫は、幼虫を成長マシーン、そして成虫を生涯の最終段階として徹底的に無駄を省いた繁殖マシーンと位置づけているようである。成虫たちは新天地を求め子孫を繁栄させることのみから幸福が得られるようになっているらしい。エビ、カニ、クモは(たぶん)卵や子虫を新天地に送り込むことが一般で、ムカデやダンゴムシなど脚の多い虫は、幼虫と成虫では移動能力において不連続な差は認められないから、昆虫は特殊である。おそらく、昆虫の直接祖先となった甲殻類が特異な虫であり、昆虫の目は地球の生物史上で幾度か別々に誕生したというわけではなさそうだ。
ようやく私は自転車をつかみかけているという気がしている。つまりはペダリングのことだ。少なくとも栗村修さんのいう「シッティングとダンシングはまったく別の筋肉を使う」ということを今日ははっきりと理解できた。とりわけシッティングで回しているときにどこの筋肉を使っているのかを自覚できている。座っていてもダンシング時に使用する筋肉を動員する場合もあるが、それは別の運動だと意識できている。
昨日はそれがわかったことがうれしくて、今日の半原越を楽しみにしていた。ところが、うかつにも眠れぬ夜を過ごしてしまった。ドキドキすると眠れないという悪い癖があるのだ。体調は悪かったものの、理解したことを半原越で試せることへの期待感は高く、チェーンを26×17Tという1.5倍よりやや重いギアにかけてスタートラインにたった。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'47" | 4'47" | 14.7 | 165 | 77 | |
| 区間2 | 10'13" | 5'26" | 13.1 | 179 | 68 | |
| 区間3 | 15'37" | 5'24" | 13.2 | 179 | 68 | |
| 区間4 | 22'08" | 6'31" | 11.0 | 188 | 56 | |
| 全 体 | 12.8 | 179 | 66 | (1461) |
タイムは平凡だが、前回よりも速くて前回よりも心拍数が低いということが、今日の乗り方の正しさを証明しているように思う。
写真はいままさに我が世の春を謳歌している玄関のスミレ。機材はニコンのクールピクス990という300万画素ぐらいの旧式デジカメと魚露目8号という際物レンズの組み合わせ。こんな楽しい写真が、オートフォーカスで手軽に撮れるところがすばらしい。
被写界深度が深いコンパクトデジカメとはいえ、魚露目8号だとf11ぐらいまで絞らないと見られた絵にはならないから、ざらざらには目をつぶってiso400にしなければならない。それでも、シャッターは4分の1秒でしかきれないから通常のレンズではアウトだ。超ワイドな魚露目8号はそれぐらいのシャッターでもぶれない。もしかしたら、庭の植物を記録するには最適なセットかもしれない。
今日の写真も引き続き魚露目8号で。1月に芽吹いたハコベが種を結びつつある。相変わらず髪の毛のように細い1本の根だけで地面にくっついており、少し強い風が吹くたびに右によれ左に転がってなんともこころもとない。それでも、ここまで来たのだからたいしたものだと思う。いわゆる雑草根性というのはこういうことをいうのであろうか。
今日の半原越はちょっと重いギアで乗ってみようと思った。ここしばらくは重いギアを回す練習をしており、36×21ぐらいのギアなら回しきれそうな気がしているからだ。やってみれば、田代さやかの太もももさえて、練習の成果は出ているように思う。膝から下に無駄な力を入れてペダルを踏みつけている感じはなくなってきている。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'37" | 4'37" | 15.3 | 164 | 71 | |
| 区間2 | 10'05" | 5'28" | 13.0 | 179 | 60 | |
| 区間3 | 15'24" | 5'19" | 13.3 | 179 | 62 | |
| 区間4 | 22'02" | 6'38" | 10.7 | 187 | 49 | |
| 全 体 | 12.9 | 178 | 59 | (1300) |
平均して22分で60rpmならば、力にも余裕がある。半分だけ降りて、車止めの柵があるところからもう一度登ることにした。勝手に半原ハーフとよんでいる区間だ。ギアは同じく36×21T。今度はゆっくり走ることにした。速度でいえば最大で10km/h。ケイデンスでは40rpmぐらい。そういう方法を試みたのは、36×21Tならハアハアせずに走りきることができるという確信があったからだ。
首尾良く頂上まで行って、次は軽いギアで同じくらいの強度で登ってみようと思った。26×19Tに入れて半原ハーフ。心拍は150bpm台だから、強度は80%程度。それなら2時間ぐらいは行けそうな感じだ。ところが、西端コーナーあたりから、その強度では回せなくなってきた。しかたなくギアを落とそうと、下をむくと、前ギアが36Tにかかっていた。軽く登るつもりが、逆に1段重いギアを選択していたことになる。走っていれば気づきそうなものであるが。
今日は久しぶりにハアハアせずにゆっくり登ってみて、その乗り方もいいなと思った。心拍数をAT領域の170bpmまで上げずに25分程度で登れたらなかなかだ。
ニコンのクールピクス990+魚露目8号の組み合わせが楽しい。以前同じセットでコケを撮影していたときには、ライティングに工夫をこらそうとして深みにはまってしまった。今回はノーライトで撮っている。今日も庭に出て、いろいろな虫や草を撮った。
虫といってももともとろくなものはいなくて、写真のものはコツヤエンマムシだろうか。他にはハコベに来ていたハエを撮った。ハエがハコベの受粉に一役かっているというのは新発見だ。
クソムシとかハエとか、そういうものしかいないわが家の庭がどういうところか想像がつきそうであるが、もっとましなものも来ている。耳元で「ホーホケキョ」がやたらと響くので、何事かと窓をあければ、芽吹いたばかりのムクゲの枝にウグイスが来ていた。この辺ではウグイスは珍しくはない。ただ、庭に降りたのは初記録だ。メジロはすっかりメダカの池に馴染んでしまった。私が庭にいても恐れる様子がない。小鳥もいじめられなければ人に慣れるようだ。
写真のエンマムシは、75%ぐらいにトリミングしてある。5mm以下の虫であるから、ほとんどレンズに触れるぐらいまで寄っている。魚露目8号は被写体がレンズに当たっていてもピントは来る。データによるとシャッター速度は1/27秒だが、それぐらい寄っておれば手ぶれも目立たない。小さなカメラだと、虫の呼吸をはかりながら手を伸ばしていくと相当近づけることもある。これぐらいのサイズまであげてもかろうじて背景にコツボゴケが生えていることが確認できるのは魚露目8号の威力だ。
自転車を上達させるのには素振りが欠かせないと決心した。素振りというのは固定式ローラー台での練習のことだ。これまでの経験から、ローラー台での練習は畳上の水泳のようなもので、半原越ではちっとも生きないと感じてきた。ただ、それはやりかたが悪かったのかもしれない。卓球だって野球だってみな素振りをする。一番よいときのラケット、バットの軌道と力の入れ具合を確認しながら素振りを行う。素振りの通りに玉が飛んできて素振りの通りに振り抜けることはないかもしれない。それでも素振りをする。それはよいイメージを体に叩き込むためだと思う。ならば、自転車だって素振りをするべきだ。
自転車というのは極めて簡単な原理で動く。すなわち、重いギアを速く長く回せるやつが強い、というただそれだけのことだ。ほかには何もない。素振りの場合でも、つまるところはそこだけ考えればよい。
じつは自転車に乗るに当たって、これまで全く意識しなかった運動がある。それは、重いギアをきれいに回すことだ。半原越は上り坂なので、いやおうなくギアは重くなる。重いギアはきれいに回らず、畢竟タイムの増減は体力気力勝負になる。そんな運動は次につながらず、1000回やっても空虚な達成感がのこるだけだ。かといって軽いギアをつかって時間をかけて走れば、そもそもなんで半原越を登っているのかが不明瞭になる。つまり、軽いギアをたくさん回すということは、坂を緩く長くすることと同じ、というものすごいことに気づいたのだ。私の目的は坂を登ることであって、坂の向こうに行くことではない。
私はローラー台を使って体力増強をするつもりはない。あくまで、重いギアをきれいに回す感覚を体に、とりわけ田代さやかの太ももに叩き込みたいのだ。田代さやかが覚えたことは軽く速く回す場合にも生きるはずだ。練習時間は1時間程度。もっとも重い負荷をかけて、最高でも40rpmぐらいでゆっくり回す。心拍は130bpm台だから私としては中程度の運動になる。練習中には、スピードを落とさずにより楽をすることを目標にするが、一時的に楽なだけで結果的には長続きしないやりかたになっている恐れがままあるから、心拍計からは目を離さないでおく。こういうことができるのも屋内だからで、路上では気が散って、というか気を配ってないと5分で交通事故だから無理な相談だ。路上は常に実戦であり、野球でいえば敵投手の都合に合わせてバットを振るようなものだ。
そして、もうひとつ。よいペダリングの目安に「音」がある。ペダリングは踏み込むときにもっとも力が出るから、出力に波ができる。ローラー台は負荷の増減にあわせて、うわんうわんうわんうわん、といううなりを上げる。ギアが重ければ重いほど、力不足また技量不足によってうなりが大きくなる。いまやっている練習の強度は、出力や心拍計から推測するに、半原越を30分で登る程度のものである。もし、半原越を楽々20分程度でこなせるならば、60rpmで回って、うぅぅぅぅぅ〜っという音がしているはずだ。←道は遠いぞ。
ちなみに、いまでは自転車のしなりから出力を計算して表示するハイテク装置が市販されている。それを使えばもっとよい練習ができると思う。いかんせん、その装置は20万円もするからちょっと手がでない。あれは0.1秒のちがいが数千万のちがいになる競輪選手のツールだと、指をくわえて見ておこう。
完全変態を考えるにあたり問題になるのはサナギだ。当然至極だ。サナギはいかにしてこの世に誕生したのか? という問いに答えれば、完全変態の謎は明らかになったといえるだろう。
サナギの出現原因については、環境への適応という考え方は全て捨て去って良いと思う。寒さに耐えるため、乾燥に耐えるため、捕食を逃れるためetc。気候変動や他の動物との競争が原因ではないことは明白だ。サナギは昆虫自身の都合だけから生まれたにちがいない。その都合とはぶよぶよ能なし幼虫と成虫を結ぶことだ。そして、幼虫は成虫の後から出現したのだから、サナギの成立は幼虫と同時か幼虫より後ということになる。むろん、完全変態は不完全変態よりもずっと後に誕生したことも自明だ。
いま、完全変態をする昆虫を見渡してみると、全然違う姿と生き方をしていることがわかる。それにもかかわらず、私は完全変態する昆虫はもともと1種類しかいなかったと考えている。アゲハチョウとカブトムシとニクバエはわりと近い親戚なのだ。これは明らかなことではないけれど、そういう直感がある。
そうであるならば、現在あまたいる完全変態昆虫のうちで、どいつが一番元祖完全変態昆虫に近いのだろう? という疑問はすぐに起きてくる。これは難問だ。いろいろな動植物には、こいつはこいつと同類で、かつこいつはこいつより古そうだ、などとと感覚的に思えるものがけっこういる。ところが、完全変態昆虫となると、どいつもこいつもエレガントで、どれも古そうな感じがない。ヒラタクワガタはミヤマクワガタより古そうだが、これはクワガタの中での話だ。もしかしたら、元祖完全変態昆虫は今の昆虫とは似ても似つかない虫で、それがまたたくまに現在の昆虫に進化したため、元祖の痕跡はすっかり失われてしまったのかもしれない。
今日は先週にまちがって入れてしまった36×19Tで半原越。重いギアを回す練習をしているので、ちょっとぐらいはその成果もあるかなとあえてそのギアを選択した。実は、この2倍ぐらいのギアが楽である。脚は重いけれど呼吸が楽なのだ。区間4に入っても息が切れている感じがしない。ただし、心拍計は192bpmなどという絶望的な値を表示している。
坂が緩かろうがきつかろうが、結局のところは3つの走法を組み合わせるしかないのだなと気づいた。3つというのは、「くるくる回し」「田代さやか」「座り立ちこぎ」である。くるくる回しというのは、腰だけでクランクを回している感じ。ギア比2倍で半原越だと、半分近くはそれでもいけそう。速度にすれば15km/h、ケイデンスでは70rpmぐらいになる。
田代さやかは、太ももの裏を使ってペダルをぐいっぐいっと押し下げる方法。くるくる回しはペダルの位置にかかわらず推進力をかけている感じだが、田代さやかになると、上死点から水平点のところに重点が置かれる。ケイデンスは60rpmは保持したいところだ。田代さやかはあくまで太ももの裏だ。太ももの表やふくらはぎを使って踏みつける感じがあるとNG。そちらは、青木裕子(アナじゃないほう)になってしまう。
4分の1ぐらいは、座り立ちこぎを導入しなければならない。サドルには座っているのだけれど、上死点のときに上体をつかってぐっとハンドルを引きつけ、左右交互に半身全体でペダルを踏み込む感じ。出力は大きいが多用は無理。腕なんてすぐに疲れ切ってしまう。15%ぐらいの坂で40rpmにまで落ちても、しかたがないなあとあきらめて力を出しすぎないように注意する。坂が緩ければくるくる回しの時間が長くなるし、坂がきつくなれば座り立ちこぎの時間が長くなる。田代さやかを鍛えて、緩いところをもっと速く、きついところをもっと楽に走るべし、というのが半原越最速理論である。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'29" | 4'29" | 15.8 | 167 | 66 | |
| 区間2 | 9'56" | 5'27" | 13.0 | 182 | 54 | |
| 区間3 | 15'20" | 5'24" | 13.1 | 182 | 55 | |
| 区間4 | 21'53" | 6'33" | 10.8 | 190 | 45 | |
| 全 体 | 12.3 | 181 | 54 | (1182) |
昨日はちょっとがんばりすぎた。気合いを入れて100km以上走ってしまって満腹状態。走る意欲がわいてこない。ならばゆっくりやってみようと半原越。ギアは普通に走れるはずの36×21Tを選択した。これで、AT未満で走ったら何分かかるかのチェックだ。素振りをした感触では30分を切るぐらいのはずだ。
とりあえず、ケイデンスも心拍数も見ずに素振りと同じぐらいの強度で走ってみる。もちろんハアハアもなし。区間1でラップをチェックすると6分だったから、6+7+7+8=28分ぐらいだなと、そのままのペースを維持する。21Tだとどれだけゆっくり走っても坂がきついところでは田代さやかが必要になることは変わりない。それでもゆっくりなら余裕のゆうちゃんだ。丸太小屋の坂では、溝にある旧知のコケを見る余裕。ゼニゴケが造卵器をつけていた。
このゆるゆるペースは主観的にはハンガーノックになってずるずる下がるコンタドールだ。しかし、客観的には、志高くザンクのニーサンのロードレーサーを買って、そのままの勢いで峠に来てしまった初心者オヤジである。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 6'05" | 6'05" | 11.5 | 141 | 54 | |
| 区間2 | 12'54" | 6'49" | 10.4 | 154 | 48 | |
| 区間3 | 19'32" | 6'38" | 10.7 | 155 | 49 | |
| 区間4 | 28'45" | 9'13" | 7.7 | 155 | 36 | |
| 全 体 | 9.9 | 152 | 45 | (1294) |
いまの季節、半原越も清川村もきれいである。清川村には春にピンクの花を咲かせる木を植えなければならないという規則でもあるのだろうか。今日も非常に暖かい。そろそろウスバシロチョウが飛んでいないかと注意しているけどまだ見ていない。あれは私にシーズンインを告げるチョウだ。
さきほど珍しくテレビで自転車のCMをやってた。7段変速でアルミの通勤自転車とのことだ。上り坂も他の自転車をぶっちぎってすいすい走れるらしい。そういう表現はいいとして、正面からの映像はイケメンのサラリーマンなのだが、後ろから撮った脚には田代さやかが入っており、きれいに回っていた。明らかに別人である。アイドル系でもCMなどで脚だけをみせるときは別人を使うことが多い。自転車もきれいに乗るのは思いのほか難しいから、そんなめんどくさい撮影になったんだろう。
昆虫の変態を考える上で、絶対に見逃せない点がある。それは成虫の寿命の短さだ。昆虫の成虫の寿命はほかの節足動物に比べて短いように思う。正確なデータをとっているわけではないけれど、おおかたの昆虫は成虫になると数日から数週間で死んでしまう。おおむね動物は小さいものほど短命だ。その中でも昆虫の成虫はそろって命が短く、数年生きるものは例外中の例外だ。野外では老死した動物を見ることは極めてまれだが、ケバエ、羽アリ、カゲロウの類は掃いて捨てるほどの死体にお目にかかることができる。彼らは来る日が来ればせっせと繁殖しさっさと死ぬ。
ダーウィンも言うように、ぱっと開いてぱっと散って、次の世代に命を託すのが成功の秘訣だ。体が強いことも、賢いことも進化の上では無力で、変化するものだけが勝ち残れる。昆虫は、その決まりをきっちり守っているようだ。だからこそ、地球上でもっとも成功している動物になっているのだと思う。
残念ながら、動物にとって力への意志と長寿への執着は避けがたいものがある。そのことは動物の一員として身に染みて理解できる。ようやくにしてヒトは、ただ強く生きることの無意味をおぼろげながら悟ることができるが、他の畜生どもはそういう心境にはなれまい。
そうした悲しいパッションも理由のないことではない。強く長く生きようとすることは、進化という点でも半分の利にかなっている。ある程度強くないと繁殖するまで生きられないという制限が根源的に存在するからである。くわえて、同種のうちでライバルと競争があるならば、より強くてより長命な個体が子孫を残すだろう。他種との競争でもよりライオンに食われにくいシマウマのほうが子孫を残すであろうし、よりシマウマをしとめられるライオンのほうがより子孫を残すかもしれない。そうなるとより速い脚を作るため、より強力な牙を作るため、個体が成熟するまでの期間は長くならざるをえない。おそらく少子化も進む。
強力で長命な個体ほど有利に生きられるタイプの動物は絶滅しているも同然である。ひとたび、そちらの方向に種の梶取りが行われたならば、引き返すことはもはやかなわず、次の進化へのチャンスを失うだろう。安定的な環境でその傾向は加速され、地獄へ向かって一直線だ。そして、100kgの巨体で、繁殖可能になるまで数年かかり、生涯に5〜6頭の子しか産まないような動物は天変地異があれば真っ先に滅ぶだろう。強力な爪も牙も狡猾な頭脳もむちゃくちゃになった自然環境の元ではじゃまなだけだ。現にこの1万年たらずの間、ヒトが天変地異を起こしており、弱肉強食の強グループの動物から先に滅びつつある。ライオンはかろうじて人為的絶滅から免れているのかもしれないが、もし、ライオンやトラなどネコ科の猛獣が絶滅したとして、この世にヒトのあるかぎり、イエネコあたりがライオン並の山猫に進化を遂げることはありえないと思う。
個体の強さと種の強さは動物には避けられないアポリアだという気がする。種の保存なんて知ったことではないと達観するか、気づかずに滅ぶか、いずれかの選択になるはずだが、虫たちはこれを1億年前に乗り越えてしまっているのだろうか。
写真は庭のコツボゴケ(たぶん)である。春に芽をふいてきれいな葉を広げたから毎朝楽しみに見てきた。コツボゴケに混じって、萎縮したビニールゴミか海草みたいなものも見えるが、これもコツボゴケで、同じときに芽吹いたものである。この場所には3種類ぐらいのコケが混在しており、しばらくはこの萎縮したのを別種かなと思っていた。ところが、この4、5日で萎縮組がぐんと増え、明らかにコツボゴケに覆われていたところもくしゃくしゃになっているから、これもコツボゴケにまちがいないと安心した。
写真をよく見ると萎縮組にも2タイプあることがわかる。色の濃いのと薄いのだ。薄い分は2日ほど前に萎縮したばかりのもので、濃いのはいつこうなったかわからないぐらい前のものだ。萎縮の原因は乾燥で間違いないだろう。この4月は雨が少ないから、どんどん萎縮組が増えてきたのだ。
萎縮のしかたは少し常識からかけ離れている。これでもかといわんばかりにくしゃくしゃになってしまうところもおもしろい。それに加えて中間段階がないというのも面白い。通常、植物がしおれる場合は、少しずつ元気がなくなっていくものだ。こいつの場合は、ピンと開いているか、くしゃんとつぶれているか両極端なのだ。そして萎縮して時間がたつと色が濃くなる。
コケが萎縮して乾燥をやり過ごすというのは常套手段だ。ここまでくしゃくしゃになっても、おそらく本人はいたって健康なはずだ。今夜の雨で水を吸って、明日の朝にはあっけらかんと開いた葉をみせているだろう。
ところで、今日から画像のファイルサイズを75キロバイトまで上げることにした。貧乏性のために前回までは40キロバイトに押さえていた。それだとJPEGのしわくちゃが目立ってしまい、特に今日のようなしわを見せたい写真には有害になるからだ。むろん写真の見栄えが悪くてへたくそに見えるのも前々から気になっていたところだ。
予想通り、今朝のコツボゴケは葉をひらいていた。
さて、アリはそのアポリアを克服している数少ない動物の一つだと思う。大半の個体は成虫になっても繁殖しないが、女王だけは別格で、10年にわたって生き続け1万個の卵を産むという。アリは無敵だ。システマチックで強固な社会をつくっており、女王は産卵に専念して長生きすることができる。原理的には10年といわず、100年でも1000年でも生き続けてよいはずだ。女王が長命なことによるデメリットは思いつかない。中生代の女王アリも長命だったと思うけれど、恐竜を滅ぼした天変地異だってアリの快進撃の障害にはならなかった。
実は、長命が弱点にならないことは他の昆虫でも同じことで、成虫は繁殖の機会をうかがいながら何年でも生きればよいように思う。産まれた卵は1か月から1年ぐらいで成熟して繁殖に参加できる。さらには、卵から成虫にまで生き残れるのはかなり難儀で、せっかくそこまでいったのだからあえて早死にさせることもないだろう。私は昆虫が長命を自粛していることに適応的な理由は見いだせない。昆虫は恐竜を滅ぼした程度の天変地異だって幾度もその生き様を変えずに乗り越えてきたはずなのだから、いのちだいじにモードに入ってもよいように思う。
あえて長命禁止の理由を探すならば、昆虫の成虫という生き様が、細く長く生きることと真っ向対立しているということに思い至る。節足動物のうち翅を獲得したのは昆虫だけ、しかも、最終的(古生代には幼虫も飛んだかもしれない)には、成虫だけが飛ぶ。飛行は昆虫の存在証明だ。距離的に遠い所の異性にあうのも、子孫のために新天地を切り開くのも飛行のたまものだ。昆虫は4億年にわたってがんがんいこうぜモードに入っており、ごくありふれたミジンコみたいなものが、100万種類にわかれて地上を征服しているのだ。
飛ばない虫はただの虫だが、昆虫の中でも長命なものは隠れてこそこそしているように思う。アリの女王は巣の奥深く隠れて、飛ぶことはおろか地上に顔をだすことはない。オオクワガタのオスを丸3年飼育したが、徹底した隠者であった。部屋の明かりが消えてこちらが気配を消すまで巣穴から出ようとはしなかった。オオクワガタは飛べるはずだが、飛びたいという意志はついぞ見せなかった。
飛べば目立つ。捕食死も事故死も増える。無駄も多い。揚々と新天地に向かっているつもりで地獄への片道切符をつかまされている例も多い。そもそも、飛ぶことはエネルギーも使い筋肉や関節の消耗も激しいだろう。長生きしたいやつのすることではない。
昆虫がはじめて飛んだ頃は地球の大陸は1つだったと言われている。その大陸のどこかで最初の昆虫が誕生した。それから昆虫が陸を征服するまでどれくらいの期間が必要だったのだろう? 私は1万年もかからなかったと思う。カタツムリはミミズよりも速い。ヤスデはカタツムリよりも速い。ゴキブリはヤスデよりも速い。トンボはゴキブリよりも速い。地球上で最も早く地上に完全適応したのはおそらく節足動物だと思うけれど、その中で昆虫は圧倒的に速く陣地を拡大することができる。不毛の岩山や移動の障害になる大河も昆虫は楽々越えていくのだ。1年に10キロも進めば、4000年で地球を一周してしまう。半分ずつ反対側に進めば2000年で地球の裏側まで陣地になる。この時間は生命史の中では一瞬にすぎない。昆虫に続いて動物は幾度も躍進の機会をもった。人類が文明を持ったとき、鳥が空を飛んだとき、は虫類が陸を歩いたとき。それらもけっこうなものだが、古生代の昆虫には及ばないと思う。
植物や藻類に覆われた古生代の陸地で昆虫は自由だった。当初は肉食性の節足動物すら少なかったのではないだろうか。もともと海でそれなりな生物が生まれたとき、そいつは肉食性だったはずだ。海は生命が生まれてこのかた、ずっと殺伐とした世界だったが、陸上はちがう。動物は植物の後を追って陸の奥へ進んだ。肉食動物あるいは雑食性のものは植物食の動物が栄えない限り生きて行かれない。
進化は自由な生物に味方する。他の動植物との競争や協力や、環境との摩擦で進化が起きるのではない。それらは進化への制約として働くのみだ。昆虫も最初に地球を席巻したものは植物食だったろう。食べ物は無限にあったはずだ。食べられることもなかった。卵から孵れば、足下の草を食い、脱皮をして変態をして、成虫になれば異性とであって卵を生む。昆虫は地球史上、本物の自由と平和を享受した唯一の動物かもしれないのだ。
昨日は40kmほど走ってもうまく回す感覚がつかめなかったので、なんやらかやらと100kmほども走ることになってしまった。下腹と太ももを近づける感じにすると感触が良いのだが、その走り方は膀胱を刺激するらしく頻尿になってしまうのが面白かった。ともあれ、昨日の練習が功を奏したのか今日は走り出しからうまくペダリングできているように感じられた。やはり時々は1日に200kmほど走ってへろへろになって、そのときのペダリングをしっかり体に叩き込んでおくのがよいのかもしれない。
今日は、少し軽いギアで36×24Tの1.5倍を選択した。半原越の最終目標(達成の見込みはない)は1.5倍のギアを75rpmで回しきることだ。風は南東から吹いて暖かく快適である。南風は半原越では向かい風になるようだ。山荘みさきあたりの向かい風はつらいけれど、最後の最後では追い風になるから、ラストスパートの背中は押してもらえる。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'49" | 4'49" | 14.7 | 157 | 78 | |
| 区間2 | 10'17" | 5'28" | 13.0 | 174 | 69 | |
| 区間3 | 15'36" | 5'19" | 13.3 | 176 | 70 | |
| 区間4 | 22'04" | 6'28" | 10.9 | 183 | 58 | |
| 全 体 | 12.8 | 174 | 67 | (1478) |
タイムは22分程度でまずまず。1.5倍なら区間4はほぼ全域を田代さやかと座り立ちこぎを交互に使うことになってしまう。座り立ちこぎは立ちこぎとはちがって軽めのギアでも使える。21や19を使って同じぐらいのタイムで走ったときより心拍も低く、呼吸も楽だ。しばらくは1.5倍を目安にして乗ってみようと思う。
関東の山は一年でもっとも美しい季節だ。1回だけではもったいないので、軽いギアに落としてもう1回登る。歩く速さで走れば鳥もコケも虫もよく見える。蒼光りする体を引きずるようにしてツチハンミョウが道路を横切っていく。こいつはどくとるマンボウ昆虫記でずいぶん厚く扱われているあこがれの虫だった。最初に目にしたときはずいぶんうれしかった覚えがある。そろそろウスバシロチョウが出ていないかと、白いチョウを見かけると目をこらす。もう少し日にちはかかるようだ。
ダーウィニズムの正統派が主張するように、進化はランダムな突然変異の積み重ねの結果であるならば、必然の帰結としてより自由な生物のほうがより多く早く進化することになる。自由というのは、より多くの子孫が生き残るということであり、それが意味するのは弱者が脱落しないということだ。粗食に耐え、すばらしく成長が早く、多産で、病気に強く、そのほかありとあらゆる良い素質をもったシマウマが、たまたま遺伝的に劣性のはずの鈍足が発現したために、生まれて半年でハイエナの餌食になってしまうようなことは普通に起きるだろう。現代のサバンナでシマウマが生きていくためにはバランスのとれた体が要求される。その高い完成度は、成獣になれるシマウマはどいつもこいつもしょせんシマウマで、より良いシマウマかちょっと悪いシマウマでしかないという八方塞がりを招くと思われる。適応度の低さは、親たちとは別の生き方を強いられるということだ。そういう個体でも生き残り、別の生き方が定着するようだと新種の誕生、つまり進化につながる。
古生代の昆虫はまさしく弱者生存とよべるような状態だったにちがいない。内からわき出るパッションにしたがって、地上のありとあらゆる場所に生息地を求め、あらゆるチャレンジと無茶を繰り返す。親とはちょっとちがったいびつな子でもじゅうぶんに生き残るチャンスがあった。いな、フロンティアであればむしろ親とはちがうほうが良い場合もあったろう。前翅が固くなってしまい、飛ぶ能力の低い不肖の子ですら、その落ち葉の中に潜り込むに適した体を生かして命をつなぐこともできたろう。
餌は地平線の端から端まで生えており、向かうところ敵は同種と自分だけ、という希有な世界の中で完全変態という生き方も成立したにちがいない。脱皮をして変態するという生き方は既に海中でも発明されていたけれど、それを好き放題に行えたのが昆虫だ。
ウジムシというのは、口と腸だけの化け物だ。卵の発生の途中で口と消化器系ができた段階で殻を破って出てくるのがウジムシだ。古生代の地面はその程度のやつでもじゅうぶん生きて行かれる自由があった。いくら食い太っても口と消化器だけでは大人にはなれない。手足と知恵と勇気と生殖器をもった大人にならなければ未来はない。彼らの世界での大人というのは、途方もなくエレガントで繊細な飛行虫なのだ。こればっかりは譲れない。羽化のためには、全身が腸の化け物は再び卵に戻って発生をやり直さなければならない。もともと発生の途中で殻をやぶって出てきて、手足を作るかわりに食いまくっていただけのことだから原理的には簡単だ。ただし、でかくなった分の時間はかかる。無防備にごろんと寝転がって動けない状態が何日か必要になる。それでも全然危なくない。サナギを食う輩すら登場していない頃の話だ。
まるで真冬のように空は青く澄み、風がびゅうびゅう吹いている。新緑に彩られた山は陰影が濃く、はるか彼方までくっきりと見える。田んぼのレンゲは盛りを過ぎて鋤き込まれるのを待つばかりだ。シュレーゲルアオガエルの合唱が聞こえ、いよいよ夏だ。今日は半原越。じつは先週から思い描いていた走法があった。しばらくギアチェンジをしなかったので、次の機会にはギアを変えて登ってみようと決心していたのだ。区間1を16T、区間2を18T、区間3を18T、区間4を21T、それで70rpmで回して22分ぐらいというもくろみであった。
ところが、走り出してふと気づくと、スプロケットの交換をしていなかった。16Tも18Tもついてない。けっこうショックを受けたけれど、とりあえず17-19-19-24で行ってみることにした。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'53" | 4'53" | 14.5 | 161 | 75 | |
| 区間2 | 10'32" | 5'39" | 12.5 | 173 | 73 | |
| 区間3 | 16'03" | 5'31" | 12.8 | 174 | 74 | |
| 区間4 | 22'45" | 6'42" | 10.6 | 183 | 77 | |
| 全 体 | 12.4 | 174 | 74 | (1684) |
やってみると、区間4が平均ケイデンス77rpmで一番回っている。タイムも6'42"だから、このあたりのギア比が最適のように思う。21Tも選択できたけれど、それだとたぶん重いのでけがの功名とでもいっておこう。区間2と区間3で19Tだと、丸太小屋の坂とラストの500m以外はずっと休むことになり、80rpmぐらい回っていても余裕がある感じだ。たぶん緩いところは16Tぐらいにして、10%超のところで21なり23なりを使うのがよいのだろう。ギアを変える走法も研究しておかねば。
風があまりにも強く楽しそうだったから、チネリをひっぱりだして境川にも行ってきた。向かい風の中を52×19Tにかけて25km/hぐらいで走る。風は30km/hぐらいあるから、対空速度は55km/hだなどとつまらぬ計算をして楽しく走る。追い風でも速度は同じぐらい。意識してゆっくり走る。
日曜日にはスプロケットの選択をまちがったので、今日はうっかり忘れたりしないようにちゃんと昨夜に交換をしておいた。で、12〜21Tのホイールでいそいそと半原越。気温は20℃、南西の風がやや強い。半原越は夏には夏の風が吹く。高気圧にすっぽり覆われると日中は海風が吹くのだ。相模湾と丹沢の間にある南斜面の谷をまく林道だから風はややフォローになる。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'36" | 4'36" | 15.4 | 160 | 75 | |
| 区間2 | 9'57" | 5'21" | 13.2 | 177 | 73 | |
| 区間3 | 15'14" | 5'17" | 13.4 | 177 | 74 | |
| 区間4 | 21'35" | 6'21" | 11.1 | 187 | 71 | |
| 全 体 | 13.1 | 177 | 72 | (1554) |
全体的に踏まずに回しきるという思惑通りの走法ができた。区間3までのケイデンスは判で押したように、前回といっしょ。ギアが1枚重い分だけ速度があがり、心拍数も上がっている。それでもけっこう余力を残しながら区間4に入っているから、あと0.5枚ぐらいギアをあげてもよいかもしれない。現実問題としてどれほど余力を持って最後の1.5kmに入ったとしても、それほどのタイム短縮にはならないことが判明しており、TTでは前半の余力は無用だ。区間4は6'21"で71rpm、ペダルが脚にかかって無駄なく力が入っている感触もあり最適のギア比のようだ。このケイデンスを維持して26×19Tが使えるようになれば自分で自分をほめてやろう。
つい先だってまで冬枯れだった庭がすでに夏草ぼうぼうになっている。足下を手探りするとなにやらぱちぱちはじけ飛ぶものがある。タネツケバナの種だ。春の花は一足先に種をまいているのだ。
ここしばらくやっかいなウイルスにつかまっているらしく体調がすぐれない。喉は痛いは、鼻水は出るは。そのくせ普通に動けるところが中途半端だ。おとなしくしているのも性に合わないから、午前中は庭で草や虫の観察をして、午後からは境川に出かけた。
軽く50キロほど流すだけのつもりだったが、境川には挑発的な南風が吹いている。追い風だと楽々時速40kmが出せる風だ。結局がんばってしまった。向かい風をうけて52×16Tに入れて時速25kmで走るとき、ケイデンスは60rpmになっている。これは座り立ちこぎの練習のつもりだ。今日もペダルへのかかりが悪い。2時間ほどやってようやく体と自転車がシンクロしてくる感じだ。
高トルク低ケイデンスのときに注意しているのは脚の力を抜くことだ。膝下だけでなく脚全体を弛緩させる。上死点から踏み込んで、ペダルが一番前にいったときに、すっと力を抜いて、下死点を過ぎたときにぐっと力を入れ直し、上死点の直前でもう一度力を抜く。特に、下死点で下に踏み込むことは百害あって一利ないから気をつける。力を抜くのは10分の1秒程度だからほんとに一瞬だ。だけどそれができれば持久力が増すように思う。向かい風や上り坂で力を抜くのはスピードが落ちるという不安があるけれど、速度はあくまでケイデンスに比例し、加えた力とは直接的関係はないことを自分に言い聞かせる。
自転車理論では引き脚なんてものはないのではないかということが20年ほど前から言われている。選手はけっこう引き脚を使っているつもりでも、測定してみると引き脚は仕事をしていないという結果が出るのだそうだ。私は、それでも引き脚は使っているはずだと思う。
もし、スーパー上手な自転車乗りがいて、ベクトルが円を描く理想的なペダリングができたとする。彼の場合でも、人間であるからには、もっとも力とスピードが出せるのは踏み込むときだ。脚は蹴るようにできているし、脚自体にけっこう重量があることも大きい。そういう事情があるから、100%の配分で仕事をしている場合は、サイクリストの自覚としては踏み込むときに軽く、引き上げるときに重くなるはずだ。引き脚は余計に力を入れるようでないと、踏み込み脚と同じ仕事をできないのである。その結果として、うまく回っているときは引き脚を使う感覚があるはずなのだ。そういうことを考えながら、ペダルを押したり引いたりして走っていた。
写真はおなじみ乾燥して萎縮しているコツボゴケ。今朝は写真にちょっと色気を出してストロボを当ててみた。ここしばらく使っているセットは、FujiのS2proにレンズはタムロンSP90、ストロボはニコンのSB29というリングタイプだ。それだけでじゅうぶん写る。もう少し色気が欲しいなとスレーブ発光式のストロボを用意したのだ。このカットには乾いた感じがあるから、それなりに効果的といえる。しかしながら、全体的にはわざとらしさが鼻につくカットが多い。今朝はくもりで日差しがない中で太陽光を出そうとしたが、なかなかプロがやっているようにはいかない。コケなどの小さい植物を撮るにはしっかり三脚をすえて自然光をつかうのが王道だ。
午後は昨日と同じく境川。今日もよい風が吹いており同じくペダリングの練習。私は運動選手ではなかったからトレーニングというものをしたことがない。筋持久力が足りないことは明らかであるが、そこを強化せずにタイムを上げようという不遜なことを考えている。筋持久力をあげるにはインターバルだとか高負荷だとか、自転車が嫌いになるようなトレーニングが必要だろう。それはいただけない。ただ自転車が好きなだけで競技に出るつもりもない並の中年おやじにはそれにふさわしい練習があるだろう。
幸い、まだまだ自転車に乗るのがへたくそで、とくに高トルクのペダリングが全然なっていないという自覚がある。そこを矯正するだけでも、10%程度は速くなるように思う。今日は向かい風も追い風も52×18Tを使ってともに時速30kmで走った。数年前には平坦でも52×18Tは重くて使えないと思っていたのだから、素振りをはじめとする練習がきいているような気がした。しかしよくよく考えると、そのギアで時速30kmなら80rpmでしかない。数年前に重いなと感じていたのは90〜100rpmを出せないという意味だった。進歩しているとは言い切れない。ただ、向かい風練習のおかげで下ハンを使うのはうまくなった。また、時速50kmの向かい風の場合、ステム近くを持つDHポジションをとれば時速にして3〜4キロは速くなることもわかった。速く走る才能は皆無だけれど、清志郎さんの遺志を継いで、強くて正しい自転車乗りになるのだ。
向かい風を3本やったあと、帰りに追い風にのってすいすい走っていると、とつぜん軽い目眩におそわれ、全身から力が抜けた。一瞬、循環器系の発作かとたまげたが、ただのハンガーノックだった。空腹感もなくハンガーノックに陥ることもあるようだ。朝昼食べずに、コンビニのゼリー2個で80kmもがしがし走ればそりゃだめだ。
走り出してみるとどうにもうまくいかない。ペダルに足がかかっている感じはいいのだが、体のなかからパワーがわいてこない。昨日、ハンガーノックをくらってしまった影響がでているのか。3日連続向かい風練習をしたことで疲労が貯まったのだとは信じたくない。
この5月のはじめに南から強い風が吹くのは例年のことらしい。というのは、相模川の流域一帯で、凧揚げが盛んだからだ。相模川ではおそらく子どもの日の行事として相模の大凧祭りというのがあり10畳敷ほどもある凧をいくつも揚げる。その準備は3月ぐらいから始まるらしく、河川敷や田んぼで骨組みだけの凧が転がっているのをみる。境川でも凧揚げをやっている。そういう風習も風があってのものだねだ。
あわよくば走っているうちに好調になってもらえないかと期待していたがだめだった。中津川の坂もよれよれで老人ホームの坂もふうふうだ。清川村の緩い坂もいつもより5km/hほど遅い。今日はもともとねらいがあったわけではないから、開き直って2倍のギアで行ってみることにする。36×18Tは相当重いのだが、TTのときはそれぐらいのギアを踏み倒している。坂を登るだけでよいなら、素振り練習の要領でゆっくり回せば重いギアのほうが楽なはずだ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'49" | 4'49" | 14.7 | 152 | 58 | |
| 区間2 | 10'10" | 5'21" | 13.2 | 171 | 53 | |
| 区間3 | 15'18" | 5'08" | 13.8 | 173 | 55 | |
| 区間4 | 21'45" | 6'27" | 11.0 | 180 | 44 | |
| 全 体 | 13.1 | 170 | 51 | (1109) |
やってみると、これが予想以上に楽で、心拍計を見て「これ、誰の心臓ですか?」というぐらい値が小さい。丸太小屋の坂でMAXが180bpmを超えない。区間4でもMAXで190bpmを超えない。脚に力は入っているけど呼吸は楽だ。ともかく効率よく回すことだけを考えて走る。急坂で踏み込むときに力をいれる座り立ちこぎと、田代さやかのふとももと、緩いところで引き脚に力を入れるくるくる回しをバランス良く使う。田代さやかとくるくる回しを同時にやり続けることができれば上手い自転車乗りになれると思うが、短時間で力を抜いて方向を変える必要があり、50rpm程度であっても簡単にやり続けられるような技術ではない。
脚にはきてても呼吸が楽だと不完全燃焼っぽい。ギアを1.75倍ぐらいに落としてもう一度ハーフをやった。じつは、坂の斜度とライダーの体重によって最適ギア比というのが物理学的に決まるのではないかと疑い始めている。それは個人の力によらない。ツールで優勝争いをする選手も私も同じだ。そのギア比は、半原越を私が走る場合は1.5倍から2倍の間にある。今日のように不調な日に重いギアで楽に登ったりするとそういう迷いが深くなる。今日は路上にオサムシが多かった。どいつもこいつも妙にせわしなく歩き回っていた。
庭の草はひさびさの雨を歓迎しているようだ。コツボゴケも水を吸って葉をひらいた。雑草もぐんと成長するだろう。写真は、そういう庭の一画。半日影にあるコケのマットの中からオオアレチノギク、ドクダミ、ハコベなどが芽吹いて成長している。私はこういう生物たちの奔放でありながら整然とした様を美しいと思う。そして、しょっちゅう写真機でスナップしているのだけど、ほとんどの写真は失敗している。その失敗は、ピンボケとかブレとか露出とか色温度とか、写真術の基本的なものではない。そういう失敗は10年以上も前にデジタルカメラが登場したことで起こらないようになっている。
失敗の原因は一言でいうと構図の問題だ。肉眼では漫然と広く風景を見て、集中して部分を見ることを交互に無意識に行っている。茫漠とした草むらのきれいさはその作業と無縁ではない。この作業をできあがった写真では行うことができない。光景を切り取ってしまえばそれが全てだ。写真はある意味固体である。確固とした対象が被写体としてある場合は、失敗と成功も明らかで構図も作りやすいかもしれない。草むらのよさは被写体がはっきりしないことに良さがあり、写真にするときの難しさがある。私は、いわゆる風景写真でもなく植物生態写真でもないところに美しさを認めているのだから、そこが表現されねばならない。
草むらには明るいところと暗いところがあり、その配分で全体の画面構成が決まる。その画面構成の中で、近いところと遠いところがあり、どこにピントを合わせるかを決める、植物群落で市松模様のようなぺたんとしたものなら正対しても奥行きをもたせても難しくはない。でこぼこした画面構成のなかで、中央部が最も近くてコントラストが明確だとそこにピントを持ってくれば失敗はないだろう。特定の植物の生態、環境写真ならば最初からその構図をねらえばよいが、そうしたくない場合が多い。なんとなくいろいろ生えて、それでいて各個体が絶妙の位置を占めているのがよいのだ。そんな意図通りに撮った場合はまさしく雑草がただ写っているという漫然としたつまらない写真ができあがってくる。シャッターを押したときには成否はわかならないのだけど、あがってきたものが良いか悪いかはよくわかる。こっちの葉っぱにピントがあってればなあ・・・などといつも後悔している。
この雨は草木にも、草木ファンの写真家にもよいのかもしれないが、自転車乗りにはありがたくない。ふだんならこの程度の雨は歓迎だ。ところが、しばらくわが家の風呂が壊れたままだ。マイコン制御の湯沸かし器が無反応になってしまい湯が出ないのだ。雨の中を3時間も乗ってると体が冷え、湯船にでもつからないとやってられない。せめてシャワーでもないと雨の中に出かけていく気がしない。この雨は気持ちを切り替えて部屋の中で3時間ばかり素振りだ。技に集中して練習する好機だ。
この季節には珍しく雨は三日三晩降り続いた。それにうかれたものかどうか、今朝、庭でカタツムリが交尾していた。軟体動物らしさを存分に発揮して、珍妙な交尾体勢だ。ずっと観察したかったけど、仕事に行かねばならず、証拠写真だけを撮って、その場を離れた。
種類はおそらくミスジマイマイだと思う。私の庭にはカタツムリは少ない。ナメクジはたくさん生息しており、雨の夜なんかはうるさいぐらいだが、カタツムリは少ない。唯一、キセルガイの一種が、探せば見つかる程度。ミスジマイマイは木に良く登っている目立ちたがり屋にもかかわらず、年に2、3度目にする程度だ。いつも見つかるのは最大級と思われる個体で、何年生きるものか知らないけれど、もしかしたらロンサムボーイではないかと心配していたほどだ。とりわけ、幼体と思われるものは目にしてない。子どもと見えたのは、小さくても巻き数が多い別種だった。これで産卵が行われれば小さいのもぞろぞろ生まれてくるかもしれない。
今日は半原2号で半原越。強い南西の風が吹いて暖かい。代掻きが至るところではじまって、シュレーゲルアオガエルの声が聞こえる。アマガエルもぽつぽつだ。はて、しばらく雨は降らないはずだけど、田んぼの泥水の臭いをかぎつけて胸が騒いでいるのか。
半原越のスタートにたってCATEYE V3のスタートボタンを押すも、ぜんぜん反応がない。以前にもこのトラブルはあった。もともと押しにくいボタンで、困ったものだ。しかたなくATモードにして出発。このモードだと全区間の平均ケイデンスと心拍数が記録できなくなる。
スタートしてすぐは右手に法論堂川を見ながら走ることになる。川沿いにある杉林のシャガは年々増えている気がする。今日は前回と同じく、36×18Tの2倍で行ってみることにした。やりかたはちょっと変えて、最初からがんばり気味に走ろうとしている。1kmのケヤキの坂なんか、ダッシュで突入して最初の10mを稼ごうというがんばりやさんだ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'18" | 4'18" | 16.5 | 164 | 65 | |
| 区間2 | 9'28" | 5'10" | 13.7 | 182 | 54 | |
| 区間3 | 14'41" | 5'13" | 13.6 | 181 | 54 | |
| 区間4 | 21'10" | 6'29" | 10.9 | 187 | 43 | |
| 全 体 | 13.4 | 180 | 54 | (1148) |
タイムは30秒ほど縮まっている。これは序盤に飛ばした貯金が効いているだけだ。後半はだめだめでタイムどころではない。丸太小屋の坂に入る前に心拍数は180bpmを超え、以降180bpmから落とせなかった。区間4の平均は187bpmで、ほとんど自殺行為といえよう。しかも、最初のがんばりのせいでいまいちペダリングへの意識が散漫となり、うまく踏めないままゴールしてしまった。こういう力任せではいけない。前回は2倍で楽々だったから調子に乗ってしまった。下りでヤマカガシの若いのを轢きそうになる。半原越に蛇の季節が到来だ。今日もウスバシロチョウは見えず。今年ははずれ年かもしれない。
今期はじめてアスファルトの照り返しを感じる。今日はチネリで半原越。重いギアで登る練習をしており、ならば、重いギア、重い自転車でもよいだろうとチネリを持ってきた。インナーが42Tだから、一番軽いギアでも42×23Tで、昨日の2倍よりもやや軽い程度。今日はこれで行ってみようと思う。チネリにはCATEYE V3がついていないから、ケイデンスも心拍数も記録できない。ゆっくり走るつもりだからそれでも問題ない。ラップ用にCC-CD300DWの本体だけをつけてきた。
いつもの棚田から眺める向かいの山の斜面はすっかり夏だ。2本ばかり花をつけているらしい木が白っぽく見える。若葉のさいごの名残りは椎だろうか。自転車を転がして草むらに座っているとアリをはじめとしていろいろな虫が体にも自転車にもはい上がってくる。噛みついてくるやつもいるから、巣の上にでも腰掛けているかもしれない。こういうところにも夏が来ている。
棚田を過ぎた道路脇にやけにきれいなコケのかたまりを見つけた。ビッグサイズのスギゴケふうなのだが、葉が丸く、なによりも薄黄緑色の鮮やかさが尋常ではない。この道路脇はいつも注意していたはずなのにどうしてこんなに目立つコケを見落としたものかどうか、やや自己不信に陥る。この手のコケには心当たりがない。名前調べのため、帰路に採集していくかどうか迷うところだ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 5'00" | 5'00" | 14.2 | 非 | 62 | |
| 区間2 | 10'31" | 5'31" | 12.8 | 非 | 56 | |
| 区間3 | 16'00" | 5'29" | 12.9 | 非 | 56 | |
| 区間4 | 22'56" | 6'56" | 10.2 | 非 | 44 | |
| 全 体 | 12.3 | 非 | 54 | (1249) |
半原越はまあこんなもんかなと軽く登って、やっぱり例のコケを拾っておこうと道ばたに自転車をたてかけて、コケをつまんだ。その茎はやけに柔らかい。その瞬間にコケではないことがわかった。丸く肉厚の葉を持つコケはない。かといって、それが何かは見当もつかなかった。
今年、ついにわが家の裏庭にクサイチゴが大きな赤い実をつけた。この家は30年ぐらい前に薪炭林をひらいて建てられたものだ。近所に残る林にはクサイチゴも生えているから、開発時に地面に残っていた種から芽吹いたか、近所から種が運び込まれたものだろう。数年前まではタヌキがけっこう生息していた。そういう動物や鳥によって種が運ばれたのかもしれない。
私はこの実をこの世で2番目にうまいものだと思っている。小学生の頃は、この季節の最高の楽しみがクサイチゴ採りで、近所のガキどもと競って集めた。当時も栽培イチゴは出回っていたが、高価で酸っぱく、食べられたものではなかった。栽培イチゴがクサイチゴを入手しやすさと味で凌駕したのはこの10年ぐらいのことだ。私はいまでもクサイチゴを毎年一つ二つとかじっている。半原越をはじめとして、この辺の道路の脇にはずいぶん実がなっているから採取にはなんの苦労もない。イチゴを食べるというよりも郷愁をつまんでいるようなものだ。
いまこの家にはクサイチゴが実り、庭の片隅にヒキガエルが眠り、睡蓮鉢にメダカが泳いでいる。なんと豊かな生活だろう。年齢を重ね、子どものころには願いもしなかったような高価な市販品をいくらでも手に入れることができるようになった。それでも、少年の日に欲しかったものの価値は別格だ。
けっこうな低気圧が近づいているらしく台風のような烈風が吹いている。風には雨も混じっており、本格的に降り出しそうな気配も満点である。喜びいさんで自転車で出かけていく天気なのだが、風呂がない。濡れ鼠になったらあとが嫌だなと躊躇してしまう。それでもこの風を放っておくのはもったいない。これこそ天然の風洞ではないか。一生縁がないはずの風洞実験ができる風ではないかと、半原1号を担ぎ出して境川に行くことにした。
走り出してみると、境川で経験する最強の南風だ。川の水が逆流しているのではないかと錯覚する。川下から外洋を思わせる波が寄せているのだ。田んぼへ供給するために可動堰をあげて水をためてプールのようになっている場所だ。
いくら向かい風が強くても時速20kmは楽々維持できる。ギア比を2倍に落として90rpmを維持すればよい。その点は上り坂とは負荷がちがう。風を体に受けるだけでは進んでいかないのだから当然だ。坂だと1%ぐらいでも自転車は勝手に進んでいく。
向かい風が楽しいのは、バーチャルに時速50kmの激走体験ができることだ。プロ選手がやっている個人TTの風圧を手軽に受けることができる。時速30kmに届かない速度とはいえ、下ハンで頭をさげて空気の壁に体当たりしていくのは楽しいものだ。しかもこういう天気の日には境川もすいている。犬は1匹もいないし、女子どもの自転車もいない。境川を歩くことが習慣になっているらしい御老人とランニングに人生をかけている中年が1kmあたり1人いる程度だ。全力を出してもはた迷惑にならない。普段のサイクリングロードや一般道で時速50kmを出すのは自殺行為だ。
いつも通り藤沢までいって折り返す。今度は追い風になる。時速40kmを出しても風が顔に当たらない。こんな強風は久しぶりだ。多摩川で時速50kmの風を経験したが、あれは厳冬期、追い風でも寒かった。今日は南風、しかも夏だ。そういえば太田裕美に南風 -South Wind-という名曲があった。あれほどのさわやかさはないものの追い風の良さも再発見した。集団走行の中は無風だから、プロ選手はいつもこんな感じで走ってるんだなと思う。
雨は折り返しのあたりからだんだん強くなり始めた。最初は霧雨のような感じで体半分がしっとりぬれるぐらいの降りだった。夏山で雲がかかっている尾根を歩いているときの懐かしい感覚だ。ずぶ濡れにはなることは避けられそうもないが、雨粒は暖かくて、それほど悲しい思いはしなくてすみそうだ。
昨日から背中が異様に痛い。寝違えたような感じで、左の肩胛骨の下が痛い。体を左右上下にねじることもままならず、左腕までもしびれるようだ。おそるおそるローラー台にセットしてある自転車にまたがると、幸い違和感なく乗れるようだ。女房は素人ながら優秀な整体師なのでちょっと見てもらうことにした。5分ほど押したり引いたり骨をぐるぐる回したりして、軽傷だから自力で治すようにという診断が下った。それではひとまずというわけで、久々に半原1号で半原越。
走り出すと背中はどうってことない。ただし、ラップ計測用のCC-CD300DWをつけ忘れていることに気づき引き返す。よけいなことを気にしているとだめだ。それにしてもどうも靴がぶかぶかするなあと再スタートして、途中で中敷きを入れてないことに気づく。先週は雨の中だったから中敷きを取り出して干していたのだ。また、引き返す。
半原越は2週間ぶりだ。いつもの棚田は田植えが完了している。水の中をのぞいても、田植えのゴミが見えるだけで動物は見あたらない。オタマジャクシもミジンコもまだだ。田植えから1週間はたっていないようだ。どこから飛んできたものか、アメンボはたくさんいる。毎年のことだが、この棚田の上を走る道路は凄惨なことになっている。おびただしい数の蛙が轢死しているのだ。その数は、田んぼを挟むわずか30mばかりの間に10や20ではきかない。上の林から田んぼを目指して道路を横断しているときに轢かれるものらしい。まだ生々しいものもあれば、紙のように薄くアスファルトに張り付いているものもある。最も多いのは、影のような赤黒い痕跡になっているものだ。そうなると蛙の死体だと気づく人はまずいない。この道路は10戸ばかりの地元民と、上流にある釣り堀の客ぐらいしか利用せず、交通量はけっして多くない。それを思えば、かなりの数の蛙が田んぼを目指してくるようだ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'23" | 4'23" | 16.2 | 非 | 64 | |
| 区間2 | 9'26" | 5'03" | 14.0 | 非 | 62 | |
| 区間3 | 14'35" | 5'09" | 13.7 | 非 | 61 | |
| 区間4 | 20'55" | 6'20" | 11.2 | 非 | 62 | |
| 全 体 | 13.5 | 非 | 62 | (1293) |
半原越は正統派の走り方にしてみた。前は34T、後ろは17Tから23Tまでフルに使ってケイデンスを一定に保つ。区間4が6'20"なのは重いギアを太ももで回す練習が効いているのだと信じたい。
今日の半原越は自転車が多かった。小柄な娘さんもいた。けっこう強いがほれぼれするほどきれいな走り方でもなく、あの雨の中を走っていた人とはちがう。途中、ウスバシロチョウを見、アオダイショウの轢死体を見る。走りながら背中の痛みはまったく感じなかった。帰宅後、ナカガワをひっぱりだして境川へ。屋外で走れるときには100kmぐらいはやっておいた方がよいだろうという算段だ。
今日はさすがにまよった。雨の中を自転車で遊びに行くかどうか。雨は昨夜から降り続き、ときおり強い。気象庁のレーダーは一日中この調子だと言っている。昨日から玄関に起きっぱなしにしてあるナカガワのチェーンに油をさしてもまだ迷っている。家の前のアスファルトはしっとり濡れて小雨が降り続いている。門柱に立てかけたナカガワのサドルにもスピードメーターにも小さな水滴がつく。やっぱり今日はやめようと、タイヤの空気を抜いた。
気が変わったのは、フロントフォークにこびりついた汚れを見たときだ。そろそろ掃除をしたほうがよいが、そのきっかけとして雨の中を走ることに勝るものはない。それに、もう残り少ない人生で、たかだか濡れ鼠になって風呂に入れないという程度の理由で楽しみな自転車をあきらめる必要はない。思い起こせば雨のサイクリングを悔いたことは一度もない。
出てきてやはりよかったと思った。田植えが終わったばかりの田んぼや道路の水たまりをたたく雨粒の波紋を見ているだけで愉快だ。畑で餌をあさるカラスの羽に白い部分が見えるのは幼鳥だからか。カラスも独り立ちする季節か。そういえば先日、わがやからシジュウカラが巣立った。そのとたんに一羽のカラスがしつこく家の回りを飛び回り、シジュウカラの神経質な鋭い声が響いていた。ヒナがカラスにつけねらわれているらしい。カラスから逃げ通したヒナは強い親になるだろう。捕まればカラスが1日生き延びられる。鳥も虫も草木も自らの気持ちの赴くままに生きて死んでいく。私もいまは感情にまかせ、よりしっくりくるようにペダルを踏むことに全力をかけている。人にとっても動物に対しても、気持ちの良し悪しの起源を探るのはかなり難しそうだ。感情の起源も数学的に記述することなら可能だろうけど、その説明ではきっと私が納得しない。人間が得意なのは、感情のままに生きることの意味づけ程度に限られる。シジュウカラの親子がカラスを嫌悪しなければ死ぬことになる。私が最高に気持ちよくペダルを踏むことができたときには半原越を1分30秒ぐらい速く登っているはず、という程度のことなのだ。
雨は強くならず止みもしない。風はゆるく北から吹いている。そうか、今日は雨だから夏の午後の名物の南風が吹かないのだと気づく。水たまりをタイヤが切るたびに背中に飛沫がかかって冷たい。今日の気温と降りではかえって不快なはずと、自慢の500円雨合羽は着てこなかった。それも正解だった。
この夏の雨を望んでいるやつらもたくさんいるはずだ。毎日見ているコツボゴケ(写真)が造精器らしきものをつけている。かれらの繁殖形態はよく知らないけれど、文献の記述などから推察するに、造精器で作られた精子が雨水の中をメスの草まで泳いでいって造卵器にある卵子に受精して胞子ができるはずだ。ずいぶんややこしいことをするもんだと思う。
ところどころ道ばたの茂みからアマガエルの合唱が聞こえる。やつらも体が乾くのを嫌うから雨を歓迎しているはずだ。あと1億年ぐらいたったら、カエルが進化して文明を持ち、現在のヒトに相当する地位を得ることができるかどうかと考える。そうなるには、ヒトがいてはだめだろう。ヒトどころか哺乳類、鳥類、爬虫類(とりわけ蛇)がいてもだめだ。地上が暖かくて雨ばっかりで水浸しでカエル以上に気の利いた動物がいなくなってはじめてカエル文明の誕生だ。やっぱり無理でしょうなカエルさんと腹の中でつぶやいた。
夏草ぼうぼうの庭で今いちばん目立つ生き物は写真のササグモのような気がする。物欲しげなようすでドクダミやらヒメジョオンやらの葉にとまっている。私の存在もそれほど苦にするようではなく撮影はしやすいが、あまりにも多く写す意欲も薄い。写真のクモはたまたま写しやすいところにいて、何となくレンズを向けた。マクロレンズを通すと肉眼よりもクモがよく見える。モデルとしてはチャーミングじゃないなあと思う。
ピントを合わせていると、ヤブ蚊かなにか微少な虫が飛んできてクモに近づいた。その瞬間、クモは見事にその虫を捕らえていた。いくらでも見つかるクモだけど、思えば、こいつの生活環を私は知らない。ほんのちょっと注意を払うだけでいろいろなことを教わるだろう。これまでに100枚ほど撮ったこいつの写真は何かを食べている場面が多い。けっこうな捕食名人でもあり、この庭はやたらと虫が多いということだ。そろそろヤブ蚊天国になって毎朝食われまくることになるが、ササグモのおかげで被害がちょっと少なくなる。
昨夜は寝付きが悪かった。7時ごろに目が覚めたものの気分もすぐれず昼まで眠ってしまった。ぐずぐずしていると2時を過ぎてしまい、自転車をどうしようかと迷うことになった。けっきょく、前が42T、後ろが12〜27TというTT仕様の半原1号で半原越に行くことにした。
走り出してみると妙に体が軽い。清川村までの緩い坂を2倍のギアですいすいだ。いつもの棚田ではオタマジャクシが泳ぎはじめた。ほかにも水中には小型のガムシが泳いでいる。意外にもミジンコが見あたらない。これからだろう。虫の少なさが心配になるのは、このしばらくの天気で、すでに梅雨入りしていると錯覚しているからか、年をとったせいか。ただし、今年は庭にはジョロウグモとカマキリは期待できそうもない。
半原越は21Tに架けてスタート。やっぱり体は軽い。区間1はギアを変えず、区間2以降は24Tと27Tを使い分けた。重いギアだから、全体的に引き脚が使えず踏む感じにはなってしまうけれど、膝下に余計な力を入れないことには気をつけた。区間4で6'00"はレコードだ。立ちこぎは24Tを使った。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'12" | 4'12" | 16.9 | - | 67 | |
| 区間2 | 9'13" | 5'01" | 14.1 | - | (推定)61 | |
| 区間3 | 14'04" | 4'51" | 14.6 | - | (推定)63 | |
| 区間4 | 20'04" | 6'00" | 11.8 | - | (推定)58 | |
| 全 体 | 14.1 | - | (推定)62 | (1252) |
ゴールして、20'04"というタイムを確認して微妙な気分になった。今日ほど体の軽い日は人生最後かもしれない。TTの日ではなかったけれど、その気になれば2年ぶりに20分を切ったろう。走っているときにはほとんどタイムを見ないが、もし見ていたら、区間4を昨日のディルーカのようにしゃかりきに飛ばしたはずだ。そうすると、死ぬほどしんどい目にあう。つらい思いをしなくて済んだと喜びつつも、チャンスを逃したことを悔やむ気持ちもある。悲喜こもごも。
サイクリングコースは栗の花が盛りで、ほうぼうからあの特有の臭いがしている。清川村のガソリンスタンド近辺の栗林は丸裸だ。何者かが葉を食い荒らしたらしい。花穂だか、食い残された葉の葉脈だか判然としないものがつんつんと空しく天を指している。それをやったのが、クスサンではないことを祈ろう。ちょうど先週と同じように半原越にやってきた。違いは体の重さだ。明らかに重くてだるい。今日はたいして面白くないだろうなと、いつもの草むらにこしかけてコーラを飲む。
久々の晴れ間で虫もよく騒いでいる。やたらとモンシロチョウが多い。春に羽化した成虫の子が蝶になるピークを迎えているのだろう。春のアオムシは寄生峰の被害も少なくよく育つらしい。田んぼの中はまだ寂しい。カノコガが一匹ふらふらと現れて、まだ小さい稲に止まった。再び飛び立とうと葉を登ると、葉がしなり水面に落ちそうになる。蛾はあわてて飛び立ち別の葉に止まる。そして、同じことを2度3度と繰り返し、けっきょく私の座っている草むらに落ち着いた。
半原越は先週と同じく21Tに架けてスタート。同じ仕様の半原1号で、同じようにやってみることにした。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'21" | 4'21" | 16.3 | - | 65 | |
| 区間2 | 9'32" | 5'11" | 13.7 | - | (推定)59 | |
| 区間3 | 14'42" | 5'10" | 13.7 | - | (推定)60 | |
| 区間4 | 21'09" | 6'27" | 11.0 | - | (推定)54 | |
| 全 体 | 13.4 | - | (推定)59 | (1255) |
毎回20分で走れるはずもなく、この程度が普通なんだろうなと自覚する。半原1号は駆動部からキシキシといやな音がするようになった。奇妙なことに立ちこぎをするとその軋みが消える。かといってシート部がおかしいわけではない。ペダルのベアリングか、チェーンの劣化か、ギアか、原因不明だ。
今日はクスサンの厄日であった。清川村ではところどころおびただしい数の毛虫が道路を横断している。大きな薄緑の体に白い毛がびっしり生えているクスサンの幼虫だ。生まれ育った栗林から蛹化の場所を探すための移動をしているのだろう。自動車はクスサンの横断を待つでも避けるでもなく、あっけなく轢いていく。同じヒトとしてちょっともうしわけないなと思う。
草むらに座ってコーラを飲みながら、あいかわらず殺風景な田んぼを眺めていると、水底をのたうつ肌色の生き物が見つかった。誤って入水したミミズのようだ。日が落ちる前には命を落とし、まもなく生まれるオタマジャクシの餌になるだろう。ミミズは焦っている。田植えのときの踏み跡の深みにはまって進退も極まった。尋常ならざる事態だということはわかるらしい。ただ、どうなんだろう。ミミズにとって死とはなんだろうか。それは意味をもつことなのだろうか。ヤツには主観と客観の区別はないだろう。おそらくはその場の主観のみで生きていられる。まもなく死のうという今でも自分が陥っている事態やその顛末が把握できているとは思えない。必死のあがきと見えるのは単なる違和感につつまれて体が厭々と反応をしているのか。田んぼに落ちたミミズの心境なんて、主観と客観を行き来して「ものがわかる」としたり顔のヒトという生き方をしている私にはなかなか想像に難いことだ。
川底をちょっと探せばミミズの水死体はすぐに見つかるものだ。ミミズが水中で死ぬことはごく普通のことだろう。その普通も彼らの性根を変えるほどには普通ではなかった。たくさんの同胞が水死しても問題ではないのだ。水なんかに気をつけなくとも、人類よりも遙かに長い時間を生き抜いてきたし、人類が滅んだ後も当たり前のように水死を続けるにちがいない。
ミミズなんぞにシンパシーを感じるのはこの1週間ばかり調子が悪いからだ。仕事の関係で心身ともにまいっている。今日も自転車をやめようかと思ったぐらいだ。私が自転車に乗らなかったら鬱病と診断して良いと思う。いざ、走り出しても先週以上に体が重い。25km/hぐらいで走っている荻野川べりも20km/hそこそこ。清川の登りもいつもより5km/hほど遅い。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'36" | 4'36" | 15.4 | - | 61 | |
| 区間2 | 9'42" | 5'06" | 13.9 | - | (推定)62 | |
| 区間3 | 14'46" | 5'04" | 14.0 | - | (推定)62 | |
| 区間4 | 20'57" | 6'11" | 11.5 | - | 56 | |
| 全 体 | 13.5 | - | (推定)60 | (1261) |
うかない気分のわりにはタイムはよい。帰宅して風呂に入り、いつもと同じように体重計に乗って驚いた。58kgで体脂肪率12%。しばらく測っていなかったが、2kgほど体重が落ちている。しぼった覚えはない。やつれているのだ。気分が重くても体が軽ければタイムはあがるのか。
駆動部のキシキシはBBとクランクが原因だった。チェーンを換え、ホイールを換え、ペダルを換えても軋みはとれなかった。残るはBBかディレーラーだ。50%の確率だが、BBとクランクを同時交換してヒットした。あとは、BB自体か、BBとクランクとの接点なのかどうかだ。
いやな軋みはなくなった。少しは気持ちよく走れるかと境川。体が重くて半原越に行く気がしなかった。昨日は100kmほど走ってその疲労もとれていない。夏らしく海へ向かうときはやや向かい風。約28km/hで走れる風だ。しかし、今日は23km/hがやっと。いくら何でも遅すぎると、半原1号を道路脇に止めてハブが壊れてないか、BBがきつすぎないか、リムにブレーキが当たっていないかと調べた。そんなわけがない。そして、走り出して45分で腹が減って体がしびれてきた。「そんなはずない。朝飯も食った」と言い聞かせても確実にハンガーノックだ。
1時間ほど走って、大清水高校の向かいの休憩所でコーラを飲む。いつもたいていこうしている。ちょうど半原越の田んぼの草むらみたいなものだ。モナカを食っているとめざとく見つけたスズメが2羽近づいてくる。2つ3つかけらを与える。ここのスズメはヒトとの距離がどんどん近づいている。ひときわ小さい個体がいちばん近づいてくるのは今年生まれの幼鳥だからだろうか。コーラを飲みながら乗り切れない言い訳をあれこれ考えてみる。前輪がパンクしていたからスペアのホイールをつけてきた。パナレーサーツアラーという太いタイヤがよくないのか? 軋み取りのために、20年ぐらい前のカンパニョーロのコーラスをつけてきた。50Tが重すぎるのか? 今日は暑いのか? いずれも違う。
北に向えば追い風だから、すこしはすいすい行くかと思ったがダメだ。風の具合では軽く32km/hで走れるはずが26km/hぐらいしか出ない。ケイデンスも70rpmだ。「あ、そうかスピードメーターが変なんだ」と最終言い訳を思いついたが、これもダメだ。げんに、どう考えても速くなさそうなおじさんたちがどんどん追い越して行く。そもそも1時間ももたずにハンガーノックになるのは、昨日の100kmで体内に蓄えられていたエネルギーが枯渇し、もどっていないからだ。やはりやつれているらしい。
iTunes Store から楽曲が安価手軽に入手できてたいへんうれしい。レコード屋に行くのがおっくうな私には大助かりだ。とはいっても、年間3つぐらいしか買わないプアなユーザーだ。最近、買ってよかったと思っているのは夏川りみの涙そうそう。唐突におもひでぽろぽろのエンディングのThe Roseの都はるみバージョンが聞きたくて、検索してYou Tubeに当たって、都はるみ→手嶌葵→夏川りみというThe Roseつながりのあげくのはてが涙そうそうである。
涙そうそうのプロモーションビデオは衝撃であった。最初見たときこれはいったい何事か?と思った。場所は霞ヶ浦のような池の畔の葦原である。川漁師ぐらいしか立ち入らないような草むらで、純白のドレスを着た少女が朗朗と歌い上げている。ステージ衣装としか見えないその衣装は効果の風が強く当たりひらひらとたなびいている。歌い手は新人っぽい少女なのにやけに堂々としている。かわいい顔も不敵である。太っているし。
私はその少女がいっぺんに好きになってしまった。目元から沖縄の子かなと思った。楽器も沖縄チックな音がしている。ただ楽曲も注意して聴くと変だ。私は曲よりも歌詞にひかれる。歌詞のつまらない歌はつまらない。涙そうそうの歌詞ははっきり言って陰気だ。なのにメロディやアレンジはずいぶん陽気で軽い。そのパラドキシカルな歌を表現するには、バケモノのような歌唱力で正々堂々で勝負するしかあるまい。有無を言わせず。ともかく、何もかにもがばらばらで突っ込みどころ満載のビデオがたいへん気持ちよかったのだ。
りみちゃんはすぐに人気者になってテレビで見る機会も増えた。その活躍を横目でみながら今頃になって涙そうそうをダウンロードした次第。ちゃんとしたファンとはいえない。
今の日本では美女はやせているということになっているらしい。しかし、美女のうちでやせているものは少数派だと私は思っている。やせていても美しさを振りまける女なんてのは希少種と言って良い。東京で生活していると毎日2000人ぐらいの女性を目にすることになるが、やせ美女にはめったにあわない。見かけたとしてもたいてい芸能人かモデルだ。すれ違う2000人のうち10人ぐらいは美女であるが、やせてはいない。私の女房は美女でやせ型ではあるが標準には入っている。
つまるところ、とんでもなくきれいな娘だけがやせていても美女なのだ。私はそういう女の子も好きである。ただし、標準まで太ればもっと好きだと思う。やせ美女がやせていることを良いと思っているようなら思いっきり否定することにしている。←よけいなお世話だ。
こういうくだらないことを言っている本人はただいま激やせ進行中である。体脂肪率はついに10%台になってしまった。体脂肪率一桁なんてのは30年前の数字だ。俗に言うところのダイエットなんてものはしていない。半原越TTのためにやろうかと思ったけど、夜中にチョコレートをむさぼる習慣をやめただけだ。それも3年ぐらい前のこと。いつも腹が減っているのはつらい。つらい思いをしてまでも体重を落とす必要は感じなかった。そういう状態で走って楽しいかも疑問だったから。
鏡に映すと鎖骨が浮いて首にかけて筋が走っている。大胸筋にもカットが入り、周囲に肋骨が浮いている。ヌードモデルの肋骨ってのは、みょうに生活感があって興ざめなのだが、自分の肋骨はいっそう見たくないものだ。体調に違和感はないけれど胃と十二指腸がボロボロになっているんじゃないかと不安になる。病気でなくとも、このまま痩せ爺一直線かと悲しい気分になる。
今日の目標はやつれていても走れるかどうかにつきると言えよう。クランクも交換して、ペダルの鶯張りをのぞけば絶好調になった半原1号で半原越。梅雨の晴れ間で青空がのぞけば、もう盛夏の趣だ。川縁のススキ群落からはキリギリス類の声がしている。今日は少し早めに午前中から半原越にやってきた。すると、ルートの途中でいっぱい自転車乗りに出会う。私の走っているのは、けっこういいルートとはいえ、1kmあたり1人ぐらいの割合でいそうな気がする。半原越まで25kmだからその間を25人が走っている計算だ。というようなことを考えてもしかたないのだが。
例の田んぼではようやくミジンコなどのわけのわからない生物がうようよするようになってきた。田植えの踏み跡が均されたように薄く泥をかぶっているのは、そういう生物たちの活動が活発になっている影響もあるだろう。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'10" | 4'10" | 17.0 | - | 67 | |
| 区間2 | 9'05" | 4'55" | 14.4 | - | 57 | |
| 区間3 | 14'03" | 4'58" | 14.3 | - | (推定)63 | |
| 区間4 | 20'33" | 6'30" | 10.9 | - | 59 | |
| 全 体 | 13.8 | - | (推定)59 | (1213) |
半原越は最近こっている2倍のギアで入ってみた。区間3の後半まで2倍で行った。区間2と3で5分を切っているのは近年にないがんばりだ。区間4に入るところでラップを見ると、14分とちょっと。「区間4であなた6分切れますか?」と自分に尋ねたら「無理です」とそっけない返事が返ってきた。
午後は境川に行くことにした。久しぶりにマイヨを着る気になった。私は通常、マイヨもレーパンもヘルメットも使わない。500円の短パンとTシャツだ。たまには、みんなと同じ格好もいいだろうと思った。10年ぶりに着るマイヨは、アリオステアのものだ。20年ぐらい前にあったイタリアのチーム。ソレンセンという選手の活躍に刺激されて買った覚えがある。鉄のナカガワといい、なかなかどうして、枯れた渋さがあるではないか。
ちゃんとした格好で走れば、それなりに空力もよいものだ。向かい風でもなんなく30km/hで走れる。やはり短パンとかTシャツとかがぱたぱたしているとうっとおしい。それに背中にあるポケットがなかなか便利だ。いまさらそんなことに気づくなよ、というようなことばかりだが。
気持ちの良い雨が降っているから半原1号で境川へ。境川に行ったときに飲み物を買う自動販売機には福山雅治さんの写真に「嘘は嫌いだ」と書いてあるポスターが貼ってある。キリンのFIREという製品のものらしい。最初に見たのはずいぶんと前だった。見るとそのコピーが気になって、すぐに忘れ、また見ると気になっていた。気になる原因がちょっと考えて明らかになった。
「嘘は嫌いだ」という言明について考えてみると、正直をモットーとする人がそう言った場合、それは文字通りの意味でよいだろう。では、その反対に病的な嘘つき、嘘が好きで好きでたまらない人が、同じく「嘘は嫌いだ」といった場合はどうか。少し考えるとわかるように、その人は「嘘が好きだ」とは言わないのである。本人のモットーとしてそうであると同時に、その言明を受ける者もそこに矛盾はないとせざるをえない。正直者の村と嘘つきの村への道を尋ねるパズルみたいなものだ。
このように、俗に抽象的とよばれる言明は、それが強い調子ではっきり宣言された場合でも無意味である。それでも問答として成立する理由は、聞き手が内容を補完しているからだ。抽象化された一つ下の階層の具象を発言者と聞き手が共有しておれば正しい補完も可能である。敷衍すれば、「嘘は嫌いだ」という場合では「○○さんが、△△について××と言ってるのは嘘であり、その行為は気に入らない」というように、言明の元になった事象の共通理解があるからだ。そうなれば、○○さんの発言を聞き手が吟味することによって、言明者が正直者か嘘つきかを判定することができる。
おそらく缶コーヒーと思うが、キリンのFIREという飲み物のキャッチコピーの場合では、具象が何かという推測がまったく不可能なのであるから、その発言は命を持たない。たとえば、他社の缶コーヒーが「コーヒー農家が厳選した高品質の豆だけを原料にしている」ようなことをウリにしているのを、暗にキリンが嘘だと告発しているのだなどと穿った見方をしなければ、意味がない。FIREが正直なのであれば、愛媛のポンジュースのように「まじめな缶コーヒーです」と素直に宣言すればよいことである。このあたりのことがしばらくひっかかっていたようだ。
最近、オタマジャクシや小魚が空から降ってくる現象が、新聞テレビを賑わせた。実はこの類の話はそれほど珍しいものではない。私も何年かに一度は耳にしている。歴史的には、飛行機が飛ぶ前からたびたび報告されている。
テレビを見ながら、そういう現場に一度は立ち会いたいものだが確率的に難しいだろう、などと空想していた。ところが、今日になって、その現象を目撃していたらしいことに思い至った。この日記の2008年9月28日の記述に次のようにある。
帰り道、サイクリングコースの路上に海の幸がぽつんぽつんと300mおきに落ちているのが気になった。カニが5匹と小魚が1匹。カニは一見したときモクズガニの小型のものかと思ったが、赤くて毛のない海のカニだった。魚はキスのようなやつで、どちらも食いでのなさそうな代物だ。まだ湿っており落ちてから時間もたっていない。いったい何者がいかなる理由でこういうことをやったものか、仮説を立てることすら不可能だった。世の中には奇妙なこともあるものだ。
そのときは完全に人為的なものと考えていた。彼らの本来の生息地である海からは15kmも離れた内陸である。風や鳥が運ぶにしては遠すぎる。しかしながら、人が運ぶに足るような、言い換えれば捕獲して持って行きたくなるような魚介ではなかった。どうやら、あの海の幸もオタマジャクシたちと同じく気象現象の一つと考えるほうがよさそうだ。
私は犯人はおそらくつむじ風だと思っている。本物の竜巻ほどではないにしても、つむじ風の力はすさまじいものがある。子どもの頃、川で遊んでいたときにつむじ風が発生し、その渦によって川の水が1mほども持ち上がったのを見たことがある。砂漠ではつむじ風は日々いくらでも発生していた。遠目に見る分には砂煙の柱が立ってよい見物であったが、近くで起きると、そのすさまじい音と風で恐怖を覚えたものだ。それでも、水中にいる生物が水もろとも巻き上げられて、何キロも運ばれていくということはちょっと信じがたいものがある。
久々に半原2号で半原越。走り始めてすぐにウスバキトンボを見る。こいつが現れると夏本番だ。夏のサインはいろいろあるけれどウスバキトンボほどはっきりしているものもない。荻野川あたりにもいるかな?と探してみたが、見つからなかった。よっぽど気のせいたやつがジャンプするように何百キロか飛んできたのだろうか。
わりと快調なペースで清川村にはいり、いつもの棚田脇に腰掛ける。ずっと一番上の田んぼ見続けている。意外にもオタマジャクシがまったくいない。先週は数匹いて、今日あたりがピークだろうと思っていた。何が起きたのだろう。アマガエルは近くで鳴いている。田んぼの中は閑散だ。この田がこれほど寂しい梅雨を迎えているのははじめてだと思う。唯一のなぐさみものは、田の上を舞う2匹のトンボだ。たぶんオオシオカラトンボとウスバキトンボ。田の上の空間はほとんど無尽蔵だろうに、なぜか近づきすぎて追いかけっこをしている。お互いに相手の存在が気に入らないとみえる。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'10" | 4'10" | 17.0 | 170 | 73 | |
| 区間2 | 9'04" | 4'54" | 14.4 | 184 | 68 | |
| 区間3 | 14'00" | 4'56" | 14.4 | 185 | 67 | |
| 区間4 | 19'58" | 5'58" | 11.9 | 192 | 60 | |
| 全 体 | 14.2 | 184 | 65 | (1298) |
今日のギアは前が39T、後ろが14〜25Tである。区間1は21T、区間2と3は23T、区間4は25Tで行こうと決めていた。区間3までのラップは最近の傾向通りの4分、5分、5分で来ている。区間3で14分。新記録をねらってスタートしたわけではない。しかし、半原2号はペダルの掛かりがよくて行けそうな気がした。区間4を死ぬ気一歩手前までがんばって、ラストスパートのスノコを19分で越える。これなら楽勝で20分を切れると確信し少し力を抜いたら、19分40秒を過ぎたあたりから冗談のように時計の進みが速く感じて思いっきり焦ってしまった。調べてみれば、20分を切ったのは実に3年ぶりだ。ただし、区間4の192bpm は自殺行為だ。最大値が197bpmというデータが残っており、それは何かのまちがいだとしても、最大心拍数で5分も6分も走れば心臓も困るだろう。梅雨の半原越でぽっくり息絶えるという死に方は理想ではあるけれど。
昨日なんとなく撮ったアゲハの卵に寄生蜂らしい小さな蜂が写っていた。すでに老眼が進み、こういう数ミリの生き物はその存在すら認めることができなくなっている。撮影時に気づかなかったのはちょっと残念ではあったが、今朝、気を取り直して写真も撮り直しておくことにした。すると、昨日と同じ場所に同じように蜂がいた。どうやら息絶えているらしい。
産卵後に力尽きたものか、うまく産卵できたものかどうか不明だ。また、この近くには3つ4つアゲハの卵があるから、それらにも産卵が済んでいるかもしれない。いずれにしても経過を見守りたいと思う。
しかし、去年のような事故もある。ほぼ1年前にも同じような蜂がアゲハの卵に産卵したところを目撃し、その卵の経過を見届けようとしていた。ところが、ある日、当の卵が葉っぱごと消え失せていた。その原因は十中八九アゲハの幼虫による捕食だ。卵が葉ごと食われたものと思う。今日もすでに幼虫がすぐそばに来て、この写真にも黒々とその姿が写っている。この卵の明日もしれたものではない。かといって幼虫を除去するのは、たまたま見聞録のポリシーに反する。
ニイニイゼミが鳴いている。ちょうど梅雨の中休みの晴れ間に鳴く。例年通りだ。今年はあきらめていたジョロウグモが見つかった。玄関のところに1匹。道路を隔てた向かいと、隣家にはけっこういる。ジョロウグモの子グモの拡散の仕方を思えば、どうやら向かいに産み付けられた卵からかえったやつが私の家にやってきたものらしい。網にはすでに1個の脱皮殻があるから、少なくとも3齢ということになるだろう。
今日は半原2号で半原越。39×24Tしばりで行ってみることにした。今週はいろいろとつらい日々を過ごしており、全く練習ができていない。半原越までのウォームアップもいまいち乗り切れてないなあと感じている。タイムは気にしないで、普通にがんばってどんなもんかと試すことにした。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'31" | 4'31" | 15.7 | 163 | 77 | |
| 区間2 | 9'36" | 5'05" | 13.9 | 178 | 68 | |
| 区間3 | 14'38" | 5'02" | 14.1 | 179 | 69 | |
| 区間4 | 20'40" | 6'02" | 11.7 | 187 | 57 | |
| 全 体 | 13.7 | 178 | 68 | (1398) |
前回よりはずいぶん遅いが、私としてはよい時計である。心拍数は6拍ほど少ない。いずれも無酸素域に入っているとはいえ、この領域の6拍はしんどさに天地の差がある。平均で184bpmならば、上げたくても上げられない最大心拍数でかなりの時間を走っていることになる。178bpmであれば、上げようと思えばまだ上げられる強度でこなしていることになるからだ。しかも1度も立ちこぎを使わなかった。けっこうきついところでも、39×24Tですわって60回まわっている。区間4も座り立ちこぎと田代さやかを交互に使って6分だ。この登坂力アップについては重いギアを回す練習が効いてきたのだと思ってきた。しかし、それはちょっと違うようだ。というのは、平地のスピードはぜんぜん上がっていないからだ。
めざましい変化は急坂で起きている。坂が緩く感じられるのだ。その原因はただ一つ、体重の減少である。この夏は体重で3キロ減って、体脂肪率で5%落ちた。軽いということが登りで有利だということは知ってはいても、じっさいに違いを体感すると、驚きも新ただ。やつれるのは勘弁だが、60kgには戻りたくないと思う。
今から30年ほど前、体重がいっしょで体脂肪がたぶんもっと少なくて、ぴょんぴょん跳ねていた頃があった。筋力、持久力は今の比ではない。あのとき半原越を走っていたらどんだけ速かったんだろうと、ふと思ったが、それはなしとすぐに考えないことにした。私はそう遠くない将来に、去年までは半原越を休まずに登ったもんだとか、自転車で半原越を登ったころもあったとか、そういう回想をしなければならなくなる。肝心なのは、今本当に楽しめているか、最善を尽くしてチャレンジできているか、ということに尽きる。それは30年前の今も10年後の今も変わらない。その時々で手にした数字を陳列して比較して、最後に手に入るのはむなしさだろう。
ところで、痩せた原因だが、食事制限はしていないと思いこんでいた。しかし、それは誤り。思い起こせば、この数年、毎日昼飯の後すぐに菓子パンかうどんを食っていた。夕食後に、まんじゅう、かりんとう、スナック菓子などの甘いものを食っていた。6月から生活環境ががらっと変わり、そういう習慣をぴたっとやめたのだから痩せるのも当然といえば当然だ。「半原越を軽快に登りたくば体重を落とすべし」という、この数年の試行錯誤創意工夫をあざ笑うような結論が出た。いや、これはあくまで経過発表の一つに過ぎない・・・・と信じたい。
昨日は棚田の脇でラミーカミキリを見た。今朝は庭でマメコガネを見た。両方とも、私が虫というものに興味を持ち始めた頃に、四国の片田舎の夏の草っぱらを席巻していた昆虫である。とにかくやたらと多かった。二種ともそこそこきれいなのだが、あまりにも数が多く、あまりにも捕まりやすいために、特段相手にすることもなかった。それがいつの間にか数が減って落ち着き、大発生することもないようだ。見つけると級友に会ったような懐かしさをおぼえる虫だ。
今日も半原2号で半原越。区間1は39×23T、それ以降は25Tで走ろうと思っている。ただそれだけ。速くもなく、遅くもなくてまあいいかな、という感じだ。今年の半原越にはオトシブミの数が少ない。しばらく前には道路一面敷き詰めるようにオトシブミが落ちていたものだが、今年は数個しか見ていない。ラミーカミキリやマメコガネといい、私のあずかり知らぬところで虫も消長している。
区間4の中間あたりでニホンザルの比較的大きな群れに合う。道路を挟んで食べ物を探しているようだ。昨日も同じ所にいた。同じ群れらしい。1歳と思われる子も多く50頭ほどもいるのだろう。自転車が近づくと速やかに逃げる。人慣れはしていない。半原越は鳥獣保護区であるが、区を一歩離れると駆除の対象にもなっており、人にいい思いは抱いていないのだろう。ニホンザルとわれわれとのあいだには、近づきすぎたことによる悲劇が多く生まれている。ちょうど半原越ぐらいの距離感がよいのだ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'40" | 4'40" | 15.2 | - | 71 | |
| 区間2 | 10'02" | 5'22" | 13.2 | - | 67 | |
| 区間3 | 15'23" | 5'21" | 13.2 | - | 67 | |
| 区間4 | 21'44" | 6'21" | 11.1 | - | 57 | |
| 全 体 | 13.0 | - | 66 | (1424) |
午後は境川を流す。ここのところはいつも午前に半原越、午後は境川と100kmほど走ることにしている。ただ、どうも境川がいけない。今日のように晴れた休日はもういけない。私はサイクリングロードは子どもと年寄りのもので、私のような元気者はじゃまだと自覚している。相当注意を払って事故がないように気をつけているが、向こうからぶつかって来られるともういけない。追い越すときは20km/hぐらいに落として、歩行者や自転車から最大の距離をとるようにしている。それでも、後方確認をせずに道路の端から端へ進路変更をされたりするとかわしようがない。前を見ずに蛇行されるとこっちが止まっていても正面衝突だ。昨日今日で1回ずつ子どもに肝をつぶされた。これまで一度もぶつけたことはないけれど、それはラッキーだっただけだ。多摩川ではとっさに土手から落ちることで事故を避けてきた。しかし境川には両側に鉄のフェンスがあるから逃げ場もない。
また、この数年でロードレーサーに乗る人間が一気に増えた。それはそれでよいのだが状況はわきまえなければならない。今日はけっこうな南風が吹いており、その追い風にのって35km/h ほど(全然速くないですから)でふうふういいながら追いかけっこをしている5人ほどの車列ができていた。抜きつ抜かれつしているうちに熱くなったものだろう。気持ちはわかる。しかし、子どもと年寄りのためのサイクリングロードで、しかも追い風で力を出すのはかっこわるい。自殺行為であり、殺人未遂でもある。たとえぶつからなくても、歩行者には相当恐い思いをさせているはずだ。私も彼らと同じ格好をしているので同種の危険人物と思われる。たのむから駆けっこしたいのならヤビツ峠にでも行ってくれ。
早朝、ムクゲに小鳥が来て枝から枝へ飛び渡っている。メジロだ。目当ては餌だ。花の蜜ではなく枝にたかっている虫を探している。メジロはちょこまかと枝を歩きながら、その鋭いくちばしで枝をつつく。時折、パチッという鋭く小さい音がして、純白の塊が放物線を描いて落ちていく。同時にメジロも飛び立ってその後を追って落下していく。白い綿のような塊は虫で、メジロはそれを狙っているらしい。そのことに気づいたのは数年前だが、怠慢をしてそいつの正体をあばかなかった。
幸いなことに、今年の庭はやたらとそいつが多い。ムクゲにもナツツバキにも、オリーブにまで枝が真っ白になるぐらい蝋質がついている。メジロはその蝋質の中に虫を探り当てているようだ。さっそく、メジロのまねをしてナツツバキをつついてみることにした。ムクゲは背が高くて木登りが必要だが、ナツツバキならまだ幼木でちょうど胸の高さに純白の蝋質がついている。足元のシダを折ってメジロのくちばしの代わりにする。蝋質の盛り上がっている部分をつつくと、はたして白い虫がぴょんと跳ねて柑橘の葉に落ちた(写真)
さて、こういうものの正体を突き止めるのはそれほど簡単なことではない。蝋質を大量にまとって枝に吸いつくなんてのはカイガラムシの類かと思うけれど、カイガラムシだとピンピン跳ねたりしないように思う。アブラムシはどうか? アブラムシも跳ねないだろう。それにアブラムシには1センチほどもある巨大なものはいない。一昔前なら、その辺で頓挫したところだ。ところが今はインターネットがある。Googleの優秀な検索エンジンがあり、日本人はそのへんの地味な動植物の写真を撮ってインターネットで公開するのが好きという愉快な国民性を持っている。ほどなくして、当該の虫がアオバハゴロモの幼虫らしいことが判明した。
アオバハゴロモならば思い当たる節が2、3ある。パチッと跳ぶのは成虫の得意技だ。幼虫時代にもそれができるらしい。しかも、翅ではなく脚でジャンプするということになる。「パチッ」という撥音は虫からのものか、メジロのくちばしからのものか今一つ確信がなかったけれど、これで、虫のせいにすることができる。また、私の庭でのアオバハゴロモ成虫の発見場所は、白い蝋質のついている枝によく一致している。
それにしても、近年のインターネット事情はものすごいことになってきた。10年以上前に「日本産アリ類画像データベース」に出会って大きな可能性を感じた。それは、専門家集団が構築している本格派で、同様なものはありとあらゆる虫や雑草や鳥などで可能になると期待していた。その期待は大きく喜ばしい方に外れた。現在では素人が勝手に上げた写真とコメントが検索エンジンの元で巨大な図鑑を構成している。素人丸出しのいいかげんなもの、素人ゆえに玄人では追いつけないレベルにまで達しているもの、玄人が片手間にやっているもの。玉石混交だけど私程度の愛好者にとってもっとも有効な自然図鑑がインターネットの蜘蛛の巣の一部を形成している。
となると、心配になるのが書籍として市販されている図鑑だ。あれはちゃんとした人たちが寄ってたかってしっかり作るものだが、いかんせんページ数や信憑性、価格と利益などのしばりがある。今日のように、アオバハゴロモの幼虫を速やかに引き当てられる程度のスーパーな雑虫図鑑を作ることはおそらく非常に困難で、それが市販され利益を上げる見込みはない。何だがよくわからないどうでもいい虫をちょいと生半可に調べたい人に書籍は不向きだ。
私は図鑑が好きで、自然関係のものは200冊ほども所有している。これからは、図鑑作りが技術的にもアイデア的にも難しくなって、普通のものが新刊されなくなるのではないかと心配になる。
生物の進化(種分化)について、系統樹というもので示されることがある。まさしく、それは樹木のアナロジーである。図は1本の幹から順次枝分かれして樹木を形成する。木の頂点が現在で、根元の近く下に行く方が時代が古くなる。まあ、なるほどよくできているなと感心できる図だと思う。しかしながら、よくよく考えると現代の結果論でみたご都合主義的な臭いがぷんぷんしてくるのだ。
まず、一目で直感できるのは、種類がどんどん増えているということだ。大昔は生物の種類も少なく地味だったのが、界・門・綱と種類が別れて現在の絢爛豪華な生物界ができあがったかのように見える。それは図が引き起こす目の錯覚だ。古生代のはじまりに昆虫の直接祖先が誕生したとして、それは確かにたった1種類の節足動物に限定されるかもしれない。ただ、そいつと似たような節足動物は何万種もいて、わさわさとうごめいて多様性のある海中世界を作っていたにちがいないのだ。確かに鳥や桜は古生代、中生代にはいなかったろう。それは新生代を彩るグループだ。けれども門や綱だって、大昔にもたくさんあって、途中でごっそり絶滅したり、新しいものが生まれたりしたのではないだろうか。先カンブリア代以降は生物環境こそ陸上から空へと多様化したものの、肝心の生物の門や種の数が増えたかどうかは自明ではない。
どんな樹木も最初は1個の芽から始まる。そのアナロジーそのままに系統樹を形成する生物種も最初は一つだったと考えられる。「最初」というのが私にとってまず問題である。冒頭の図で示したように、完全変態をする昆虫が出現したのは古生代の石炭紀らしい。完全変態昆虫群の石炭紀を最初とするならば、そこには(将来、蝶や蜂や甲虫になる)完全変態する昆虫がたった1種類いたことになる。その1種類だけが、他のバッタやゴキブリやトンボと一線を画する珍妙奇天烈な突然変異体であったとすれば話は簡単だ。天から落ちる無数の白い雪片の中に深紅の雪が混じっているようなものであれば、単純に理解できる。しかし、おそらく事情はそんなものではないのだ。
たしかに現在の蝶や蜂や甲虫の共通の祖先は1種類に限定されると思う。種は分化するけれども結合はしないという大原則を考えれば、近似のものを過去にたどっていけば根は1つになるはずだ。しかしながら素直に考えて、そのオリジナルとみられる1種に近い種類は100万種ぐらいいたに違いない。そして100万年ぐらいの時間の幅をとるならば、その中には当然、その種類と見分けが難しい、交雑も可能な亜種が何千何万といたはずだ。系統樹のどこの幹、どこの枝をとっても、1種1種を判別できるまでにズームインするならば、きっとその図は大木を描いた絵のように見えるだろう。それはまだ完全変態昆虫が出現していないデボン紀のある瞬間を切り取ってきても同じはずだ
甲虫目カブトムシ亜科だけをとっても、絶滅種も含めれば何千種もいるはずだから、その系統樹はケヤキの大木にも比するようなものになるだろう(左図)。現在日本に生息している虫の王様であるカブトムシTrypoxylus dichotomusはその先端に伸びた1本の細い枝だ。ところがその枝が無限の広がりを見せたとしよう。つまり、かつて甲虫が何かの虫から分かれたように、Trypoxylus dichotomusが遠い未来に甲虫目から一線を画する10万種の巨大なグループに分化するのだ。仮に日本列島をカブトムシ天国にして、他の生物からの圧力を徹底的に排除して、1000万年ほどカブトムシの好き勝手にさせてやれば、それも夢ではないかもしれない。他の甲虫は繁栄と衰退を繰り返しながらも100万種ほどいる現状を維持しているものとする。そうなった状態を系統樹で表現する場合は、甲虫目の枝からカブトムシ目という枝を1本はやせばよい。しかしながら、全種が見える図ではケヤキの細い1本の枝先に、サクラの大木を接ぎ木するような奇妙なことになるのだろうか。その辺が系統樹に不満であり、何かいい方法がないものかと思案しているところだ。
なんだかいろいろなものが重いなあと感じている。体も重い。自転車も重い、チネリだから半原1号、2号と比べて2kg 以上重い。ギアも重い。もっとも軽いので42×23Tだから2倍とちょっとだ。それよりも重いのは頭だ。午後の授業のジョバンニのように、頭の芯がぼうっとしている感じがする。この違和感はここしばらく続いている。たぶん睡眠不足。
いつものように棚田の脇に座ってコーラを飲む。田んぼはあまり見ないようにする。今年も中干しがあって、干からびた地面と稲しか見えないから。私は水が見たいのだ。この中干しは去年よりもやや遅い。
半原越は最初から最も軽いギアで走る。といっても42×23Tだからけっこう重い。どのみち今日はダメだろうとチネリでやってきたような気がする。チネリだと遅くても自分に言い訳ができるとずるい計算をしているふしがある。そんな理由でチネリを引っ張り出してはいけないと反省する。
区間4で親子らしいタヌキに遭遇する。親が1頭に子どもらしいのが3、4頭いる。半原越にはタヌキも多いはずだが、真っ昼間の道路に出てくるのは珍しい。自転車が来たから親はさっさとガードレールをくぐって藪に消える。子らもそれを追ってわらわらと藪に向かって歩き出す。1頭だけがうなって威嚇してきた。腰はおもいっきり引けているけどたいしたもんだ。元気に生きろよと声をかけようとしたが、息が苦しくて声もでない。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'43" | 4'43" | 15.0 | - | 65 | |
| 区間2 | 10'00" | 5'17" | 13.4 | - | 58 | |
| 区間3 | 15'10" | 5'10" | 13.7 | - | 60 | |
| 区間4 | 21'25" | 6'15" | 11.3 | - | 49 | |
| 全 体 | 13.2 | - | 58 | (1244) |
午後からは、同じくチネリで境川。ゆるい南風が吹いている。52×18Tと19Tを使って下ハンで走る。境川ではここのところ無理なく下ハンのポジションを取れるように練習している。腰が固くていまいち感があるもののだいぶん楽になってきた。特に首がすわってつらくない。これで上半身もつかってペダルに力を伝達できるようになれば、35km/hぐらいで余裕の巡航も夢ではないだろう。今はせいぜい30km/hをちょいと越える程度だけど。
帰宅してチネリを拭く。自転車掃除はあまり好きではないのだけど、いかがわしい理由でチネリを引っ張り出した後ろめたさもあった。CRC5-56を吹き付けてボロ切れでこする。こいつもずいぶんサビ傷が増えた。思えばずいぶん乗ったもので、もう20年以上になる。こいつがボロボロになるのと私がボロボロになるのと、歩調が合っていてお互い様だ。
そんなことをしていると日もすっかり傾いて暗くなってきた。1匹のアゲハがねぐらを探してうろうろしている。目の前にある植木がずいぶん気になっているようで、止まっては風に吹かれて飛びたって、戻って来るという動作をしばらく続けている。どうやら、その木をねぐらにしたいようだ。当の木は赤トンボやツマグロヒョウモンがねぐらに選んだこともあり、なにか虫を引きつけるものがあるらしいと気になっている。
今週の週刊少年ジャンプに、ユーラシア大陸の面積が6桁ぐらい小さく記載されていた。巨大なものは思い描くのが難しいものだ。1億2000万平方メートルといえば大きいような気がするが、ユーラシア大陸の2倍どころか、1辺が11kmの正方形ぐらいしかないのだから愛媛県の八幡浜市ぐらいだろう。
巨大なもの、極小のものは数字にしてもわからない、ピンと来ないのだ。時間のスケールも同様だ。山ができる仕組みもよくわからない。地層ができる仕組みもわからない。地層の中に入っている化石ができる仕組みもわからない。系統樹といって、進化といってもそこで起きる実態はなかなかピンと来ないものだ。
私は虫も(を)殺さぬヤツとして有名である。特にクモは殺さない。地獄に落ちてもお釈迦様が糸を垂らしてくれるかもしれないという最後の希望がある。そもそもクモは有益無害だ。かみ付く毒グモもいるけれど、それは非常に珍しいもので、よっぽどがんばらないと咬まれないものだ。
わが家ではクモは大事にされている。アシダカグモなどはアイドル扱いで室内を歩くと、家人の注目と笑いを誘う。あれはあれで愛嬌のある動きをするから。嫌われているのは、ゴキブリとアリと蚊だ。もちろん、私自身はそいつらにもシンパシーを抱いている。アリとゴキブリは見て見ないふり。やつらは見つかると殺されることになっているからだ。ゴキブリは無害だと思う。アリにかみ付かれるとうっとうしい。そういうときはためらいなくつぶす。蚊はたらふく血を吸うとおとなしくなることがわかっているので、殺すのが面倒なときはそのまま血を吸わせる。夜に眠ろうとしてるときなんかはそうだ。毎朝、庭で10か所ぐらい刺されるけれど、最初のチクリで殺すチャンスを逃したときは放置したほうが無駄がない。数が多くていちいち相手にしていると撮影や草むしりの作業がはかどらないのだ。
そういえば、日曜の半原越でミミズを救出した。青くて大きく重いやつ。シーボルトミミズという奇天烈な名前がついている種類だとおもう。道路の真ん中でうろうろしているから自転車で踏みそうになった。そのままだと轢死か干からびるか、いずれにしてもろくでもない運命が待っていそうだった。ちょうど餌を探しているタヌキの親子を見たこともあり、ちょっともったいないと思った。ミミズはタヌキの好物でシーボルトミミズはかなりの食いでがあるだろう。拾いあげると、すでにかなり乾いていることが分かったので、谷側の草むらに投げてボトルの水をかけた。虫を殺さないのはたぶんに節約心のあらわれのようだ。
ツールもたけなわであるけれど、今年の勝負は「ところで、アスタナの誰が勝つの?」みたいなところに落ち着きそうで嫌だ。自転車競技は結局個人戦であるから、怪物を集めればそのチームの誰かが勝てるに決まっている。サッカーではカカとロナウドを買ってくれば勝てるかというとそうでもないところが面白い。ともかく、ツールは総合優勝よりもレースシーンそのものを見ることに楽しみをみいだしている。
テレビでレースを見れば、遅くてもいいからせめて見かけだけでも選手のように走りたいと思う。それができないのは自覚している。だけど、なぜできないのかがいまいち謎だ。プロ選手と体型が違うのは当然だ。横から見たときの尻、胸、背中の厚みは走り込んではじめて身につくものだ。それは無理としても基本的な体のアングルは簡単になんとかなりそうな気がする。体格が似ている170cm、60kgの選手よりも手足が数センチ短いとしても、そこは目をつぶる。自転車はペダル、サドル、ハンドルの3点で体を支える。その位置はプロと同じものにできる。固定された位置でペダルを回すだけの動作なのだから、誰がやってもそうかけ離れたものにはならないと思える。型を作る上でダンスや体操のように死ぬほど柔軟性が必要なわけではない。基本動作に瞬発力や筋力が必要なわけでもない。ゴルフのスイングなんかは無理だ。石川遼のようにびゅっとクラブを振るのは難しいに決まっている。だけど自転車だ。レーサーとはいえしょせんは自転車なんだから。
股下寸法×0.895 までサドルを上げて、サドルをいっぱいに後ろに引いて、ハンドル高さを5cm下げて・・・と指導書通りにセットして、彼らのポジションをとったつもりで下ハン持って走ると悲惨である。体の各部がばらばらに動き力が入らない。3分で腰やふくらはぎがつっぱってくる。痛い首を振って「ぜってームリ」と叫びたくなる。10年前にそう確信した覚えがある。ところが、なんだかんだと練習するうちに、今はそれに近いポジションで普通に走ることができている。しかも、それができないと、私の素質では52×16Tを90rpmで回せないことも理解できるようになった。プロの型は効率よく力を出せるように収斂していった結果なのだから、それも当然だ。
よくよく考えてみれば、モデルの歩きとか、日本舞踊の立ち方とか、お坊さんの座りとか、実は簡単そうに見えるありとあらゆるものが難しく奥が深いものだということがわかる。プロレーサーのまねごとも結局は届かない目標のようだけど、あきらめずにがんばることで発見もある。
柑橘にいっぱい群れていたアゲハの幼虫がことごとくいなくなっている。はてさてどういうわけだと原因を考えるけれども、忽然と消えうせたあとでは本当のことはわからない。アシナガバチにやられたかもしれないし、鳥にやられたのかもしれない。彼らの命なんてはかないものだ。だれにやられるにしても、この数年は私の庭からアゲハは飛び立っていないように思う。順調に育っている終齢幼虫を見たことがないので、そう考える。
アゲハの幼虫は体が大きくなってからは嫌な臭いで敵を遠ざけ、若く小さいときには鳥の糞に擬態しているといわれている。鳥の糞に擬態するということは身を隠す手段として大変優れていると私は思う。私が思うぐらいだから、私と同じような目を持ち、鳥の糞とはいかなるものかを見分けることができる動物からも身を隠す効果があるということだ。その主たる対象は鳥だろう。
いうまでもないことだが、アゲハは鳥の糞に似て身を守るために、そういう体を発明したわけではない。きっと自発的には何もやっていない。きっと自分が糞に似ていることを知らない。そもそも鳥の糞など見たことも聞いたこともないはずだ。それでもあんなに鳥の糞に似ているのは、もともと鳥の糞に似る素質があったからだ。黒と茶のつやかかな体に白いラインを入れる粋な体になる素質があったからだ。その素質は、蝶の幼虫を食べるけれど鳥の糞は食べないという目の良い動物の圧力で開花した。その点ではアゲハの糞擬態は鳥が作ったものと言える。
アゲハに限らず、昆虫の擬態はほぼ100%鳥が作ったものと結論してよいだろう。鳥から逃れられなかったものは絶滅し、何らかの方法で鳥の攻撃をかわした虫だけが生き残っているのかもしれない。その勝負は人類がこの世に誕生する以前に決しており、昆虫の形態は確定したはずだ。
朝、二階の窓からジューンベリーの木をみると、その葉にカマキリが止まっていた。ハラビロカマキリの幼虫のようだ。これには驚いた。実は昨日の朝にも同じ場所、同じ姿勢でとまっているハラビロカマキリの幼虫を見ているからだ。まあ、同じ個体と見るのが自然である。昨日の朝は雨が降っていた。それから24時間以上も同じところにいたのだろうか?
ハラビロカマキリは樹上性であまり歩き回るタイプではないらしい。ただ、このジューンベリーはどうだろう? それほど稼げる場所ではないように見える。私の庭なら、ムクゲかそれに巻き付いて花をつけているヤブガラシのほうがずっといい狩り場だと思われるのだ。なにがこの幼虫をこの葉に固執させたのだろう。
午後は境川を流してきた。4時間走って100km。向かい風が強いとついつい勝負してしまって疲労困憊してしまうのだが、今日の風はゆるかった。下ハン姿勢をいろいろ試しながら、52×19Tか18Tを使って終始30km/hペースだった。ケイデンスは80〜90rpmだ。これぐらいだと息も苦しくなく疲労感にもおそわれない。下ハンで腰や首が苦しくならない秘訣は、肩を下げつつも胸を反り気味にする姿勢ではないかと思う。そして、背中の下の方から太ももの裏まで、体の中心の裏側の筋肉を意識して出力すれば、強い力を長時間維持できるような気がする。それ以外の部位、肩、腕、手、ふくらはぎ、足首などは下ハンでもできるだけリラックスさせることだ。
梅雨が明けて盛夏とはいえ、今日は日差しもなく気温も低かった。こういう日よりだと汗もかかず日焼けでひりひりすることもなく、目がちかちかすることもなく快適だ。たったひとつの問題は朝から軽い頭痛に見舞われていたことだ。体が揺れなければどうってことはないのだが、路面のギャップにのってがくんと来るたび、頭の芯がずきっと痛む。これにはよわった。ステージレースならばこういう体調の日でも素知らぬ顔をして走りきらなければならないのだと耐えた。死ぬまでステージレースに出るようなことはないのだけど。
午前中までは半原2号にしようと思っていたが、思い直してチネリにした。理由は半原2号に空気を入れるのがめんどくさかったから、という消極的なもの。昨日と同じ52×18Tを踏み込んだ瞬間、重いと感じた。こんなギアを90rpmで回していたのが信じられない。それほど自覚はないのだけど、昨日の4時間の疲れが残っているのかもしれない。とにかくチネリで半原越だ。効率的に出力する姿勢を練習しているのだから、重いギアでそれを試してみよう。
善明川から東の空を見れば、けっこういい感じで乳房雲が発達している。輪郭はややぼんやりしているものの、けっこう大きなかたまりが丸く垂れ下がっている。カメラを持っておればと軽く後悔した。羽田から西に向かう飛行機が雲の下を通過していく、そうすると乳房雲は高度2500m ぐらいの高層雲にできているということになるのか。
いつもの棚田にはまた水が入った。中干しの影響で水の中には動くものは見あたらない。ノシメトンボとおぼしき黄色いトンボが稲の上を低く飛んでいる。ノシメトンボだとすればまだ成熟前なのだろう。時々吹く強い風が稲の葉裏の白い波を田んぼに作る。葉がこすれ合ってさわさわと硬い音がする。向かいの山も森全体が揺れている。乳房雲はまだ残っており、その中に旅客機が突っ込んでいくのが見えた。乗客にちょっと嫉妬した。ただし、一人でもその幸運を自覚した人がいるだろうか。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'42" | 4'42" | 15.1 | - | 65 | |
| 区間2 | 10'11" | 5'29" | 12.9 | - | 56 | |
| 区間3 | 15'23" | 5'12" | 13.6 | - | 59 | |
| 区間4 | 22'00" | 6'37" | 10.7 | - | 47 | |
| 全 体 | 12.9 | - | 57 | (1250) |
22分は悪い時計ではないけれど、タイムを気にして少し焦っていたように思う。半分下って口直しに半原ハーフ。背中を丸めすぎないように。背中と太ももをハサミのように使う要領で、力むことなく力強く。それにしても42×23Tは重い。半原2号にすればよかった。
半原越は強風のときでもタイムにはそれほど影響しない。どんな風でも終始向かい風、あるいは追い風になることもない。ただ今日のように山鳴りがするほどの風だと少し恐い。というのは自動車が来る音が聞こえなかったり、木の鳴る音が自動車に聞こえたりするからだ。下りのコーナーは特に注意して走らなければならない。
ハラビロカマキリの幼虫がまたジューンベリーの木の葉にいた。先日の葉とは少し離れている。どうもこの辺がやつにとっては快適らしいのだ。今回は姿勢が気になる。先日と同じく頭を下にする体勢で、腹を反っている。こうやると、腹の先が頭にも見えて前後があべこべになる。前後を不明確にしている昆虫は少なくないが、ハラビロカマキリがそういうことをして何か適応的な意味があるのかどうかはわからない。
午後はチネリで境川。今日も風は弱く、しかも西から吹いているようで、境川は上っても下っても逆風だったり順風だったり。というわけで、52×19Tに入れっぱなしで鼻歌混じりの30km/hペース。歌は永井真理子の最新アルバム Sunny Side Up から。夏川りみではないことが快調さを物語る。ただし、まだ歌詞を覚えておらずあくまで心の中で同じフレーズを繰り返すだけ。
向かい風は80rpm、追い風は95rpm(推定)ぐらいにして力を入れずひたすら姿勢(カマキリのではない)を気にして下ハンで走る。ついに下ハンの極意は胸にあると見つけた。チネリはサドルとハンドルの落差が25cmぐらいになるから、下ハンだと背中は水平になる。これまでは、不覚にも低い姿勢をかんちがいして、肩を丸め胸を縮こまらせていた。その姿勢で首を上げるのは非常につらく何分も継続するのは無理だと思っていた。確かにそれではダメなのだ。
肩は下げなければならない。それでも胸はなるべく開いて反るのがよい。青木裕子(アナじゃないほう)のように腰を折って、ぐっと胸を突き出して巨乳を見せびらかせ、にっこり顔をあげるのがよい。パイレーツのように胸をしぼめて乳の谷間を強調するような乗り方はだめなのだ。青木裕子ふうだと首が楽だ。感覚として背中は水平なのに、垂直に立っているような感じで首を反らなくても前を向ける。境川では、向かい風で前を向いたり下を見たり、はりこの虎のように首を上下させているライダーが多い。あれは姿勢が悪く首がつらいからだろう。ロードレーサーではブレーキブラケットを持っていても胸がパイレーツだと首が相当つらくなるはずだ。
また、下ハンだとデビュー時の優香のように上目遣いになってしまいがちだ。ツールの個人TTで頭も下げて60km/hで勝負をかけるのなら優香でよいが、25km/hで走る境川のおやじには無用だ。せっぱ詰まった感じを周囲に振りまくのが粋ではない。おっちゃんなにそんないきがっとんのや? というはた迷惑な目線だ。目は井川遥ふうの上から癒し目線で大人の色気を漂わせながら余裕しゃくしゃくで走ろう。そうできないようだと姿勢が悪いのだ。
ライディングフォームを語るとなぜかグラビアガールになってしまうが、イグナチェフやカンチェッラーラを手本にしよう!なんて思ってもまず無理。私のレベルではあんなバケモノは参考にならない。胸は青木裕子(アナじゃないほう)、目線は井川遥、力を入れるときは田代さやかの太もも。これで4時間100km走って体のどこにも痛みもこりもない。乳も太ももも豊かなお嬢さんが好きで、いつかは半原越を20分で、と志高い中年おやじ諸君は参考にして欲しい。ちなみに私は立位体前屈が0cmの腰がかなり固いおやじである。
ついでに、レーパンってのはやっぱりいいもんだ。パールイズミのかなり高価な新型レーパンを買ってはいたものの、選手じゃあるまいにと1年ほど使ってなかった。この3連休を走りっぱなしで、短パンがなくなって、しかたなくタンスの奥から引っ張り出した。使ってみると脚は回るは尻は痛くないは、良いことずくめだ。私はどんなサドルどんなパンツでもOKという希有なライダーだが、さすがにぺらぺらの短パンで1日中走ると尻の皮がむけてひりひりしたこともあった。
今日も風が強かった。風があると走るのが難しくなる。一定のペースがつかめないのだ。それは起伏のある登り坂と同じだ。今日は半原2号で起伏の激しい登り坂の半原越。
途中、荻野川あたりでおびただしい数のウスバキトンボを見る。視界にはいる数でざっと500。この爆発的な数の増え方の原因はなにか。南から飛んできたものか、近所で羽化したものか。見ているだけでは判断をつけられない。しかし、調べる方法はある。例年ウスバキトンボが発生する場所をつきとめておいて脱皮殻を数えればいいことだ。本格的に全国調査をする場合、各県単位で2か所ぐらいはそういう所を押さえておきたいものだ。
半原越は39×25Tで行こうと決めていた。タイムよりもうまくクランクを回すことに集中する。青木裕子(アナじゃないほう)のポーズで余計な力が入らないように注意する。区間3までは押さえて走ったが、区間4はがんばってみた。時速10kmから落とさないようにしようとすると立ちこぎを使う必要が出てくるから、もう1枚ぐらい軽いギアのほうがいいかなと思った。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'21" | 4'21" | 16.3 | 163 | 76 | |
| 区間2 | 9'15" | 4'54" | 14.4 | 181 | 68 | |
| 区間3 | 14'10" | 4'55" | 14.4 | 180 | 67 | |
| 区間4 | 20'24" | 6'14" | 11.4 | 185 | 53 | |
| 全 体 | 13.9 | 178 | 66 | (1348) |
20'24"はまあまあで、今日ももっとがんばれば20分切ったろう。といっても、走り出してすぐに180bpmまで上げて、そのまま落ちないのだから、ぎりぎりいっぱいにはちがいない。ハンドルの角度が決まっていない感じがして、少ししゃくる感じにして半原ハーフ。区間4でいまいちかなとなにげにリアを見ると、チェーンは23Tの歯にかかって25Tが余っている。まちがって1枚重いギアでやっちまったらしい。ま、いいか、それよりもハンドルだと、次は下げて半原ハーフ。やはり水平のほうがよさそうだ。などと走っているうちに何回登ったか分からなくなる。これで、沈んだはずの月がまた昇っていれば蟲師だが、月はまだ沈んでおらず高積雲が広がる天頂にかかっている。
帰りは鼻歌まじりの30km。今日の歌も当然永井真理子のSunny Side Up。ところが、いつの間にか「七つの子」になっている。いったいどういうわけかと注意してみるならば、鳥の雛がしきりに鳴いている。川沿いを走っているからカルガモかなと思う。ところが、その声がずっとついてきて離れない。ピョーィ、ピョーィと音もテンポも雛の鳴き声なのだが、どうやらその音の出所はBBだ。クランクを回さなければ音はしない。ゆっくり普通に回しても音がする。いったいぜんたいどういう仕組みで鳴る音なのか理解に苦しむ。これも軋みの一種なのか。こんなのははじめてだ。
カラオケ屋、飲み屋の次に嫌いな風呂屋から帰って、窓の外をみると月がまさに沈もうとしている。この月は午前中からよく見えていて、撮ろうかどうしようかと迷った末、そのときは撮らなかったものだ。昼だろうと夜だろうと、いまだに月がきれいに撮れたことがなく、どちみちうまくいくわけがないと敬遠していた。ほのかな赤みと、薄い雲がかかる風情に負けて撮ってみた。あえて言うまでもなくうまくいかなかった。研究して月が撮れるようになろうか。結局、無限遠をまともに撮りたきゃ高価な望遠レンズをゲットすべし、などという所に落ち着くと寂しいが。
脚をみると汗をかいている。暑いとき登りだと汗が顔を流れることがあるけれど、めったに脚や腕がだらだら発汗することはない。どうやら今日は相当暑いらしい。しかも、まだ半原越にかかっていない。わずかな日影を見つけて、いつもの棚田わきに座り込む。青々としげる稲の上を連結したウスバキトンボが飛んでいる。精子を受け渡す体勢の輪を作ったままだ。うまく風をつかむもんだとその姿を見ていると、ふと疑問が起きてきた。ウスバキトンボは移動したがるトンボだけど、そのタイミングがいつなのか。トンボは羽化してしばらくは成熟期があるはずだ。まだ産卵ができない成熟期に一気に飛んで、産卵できるようになると落ち着くのか。それとも、産卵しながらも移動するのか。
今日こそは39×25Tで行こうと決めていた。体の汗を見ていると、どう考えても速くは走れそうにないから、余裕を持って走ることにする。4つの区間を5・6・6・7分だ。この24分がゆったりペースのつもりだ。しかし区間4では平均心拍数が180bpmを越えている。39×25Tでシッティングだと全然進まなくて、立ちこぎしてしまう。それでもたいした強度ではないと心では思っているが、体はゆったりではないと主張している。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 5'08" | 5'08" | 13.8 | 158 | 76 | |
| 区間2 | 10'55" | 5'47" | 12.2 | 172 | 68 | |
| 区間3 | 16'32" | 5'37" | 12.6 | 176 | 67 | |
| 区間4 | 23'47" | 7'15" | 9.8 | 182 | 53 | |
| 全 体 | 11.9 | 173 | 59 | (1403) |
半原越からの下りに清川村でアカボシゴマダラを見た。清川村にもいるとなれば県下全域に分布しているのだろう。鎌倉あたりで見つかったのがつい数年前のような記憶がある。フロンティアスピリットにあふれる蝶のようだ。
暑い中、じゅうぶん走った感じはあったけど、南風が良さそうで境川にも行く。半原2号で境川はいまいち快調感がない。重くてもチネリのほうが速いのか、単に体がバテているのか。北に向かうとき、前方に積乱雲を見る。多摩の山間部だ。吹き上がった雲がきれいに金床状にひろがっていた。夕立はあったのだろうか。下水処理場の丘でカラスがオスのカブトムシを咥えているのを見る。カブトムシはけっこうカラスに食われるという話は聞いていたが、じっさいに見たのははじめてだ。
日曜日に撮った月、いわゆる三日月だ。手持ちの機材ではここまでだなという気がする。これ以上のものを撮る必要はまずない。このレンズは安価な、というか、もらったタムロンの望遠ズームにケンコーの1.5倍テレコンをかませて、35mm換算で1000mmぐらいの倍率で撮った。それをこのサイズに合わせてトリミング縮小したものだ。私の用途では安いレンズで充分だ。
そういえば、先日ヤフオクで落札した1600円のニコンのプラスチックズームレンズがそれなりに写るのでびっくりしている。高価なレンズなんて使ったこともないので比較する対象がもともとチープなのかもしれないが、手持ちのレンズの写りにぜんぜんひけをとらない。壊してスーパーマクロにする予定だったのだが、壊すのがもったいなくなった。しばらくは普通のズームレンズとして活躍してもらおう。
この季節にしては思いもよらぬ冷たい雨だ。今日は自転車はやめようと決めた。冷えた体を温める風呂がない。昨日は100km走っている。
窓からムクゲに降る雨をぼんやりと眺めていると5羽のスズメがやってきた。夫婦とその子どもらしい。巣立って間もないらしく餌をまだ親からもらっているのだ。5月に春の子育ては終わっているはずだから、今年2回目の子どもなのだろうか。このあたりではスズメは比較的少ない。ウグイスのようにけたたましく鳴くこともない。めだたない鳥だ。
今年は梅雨が明けても雨が降り続き、気温が上がらない。毎年、8月はムクゲの花が一休みする。7月にはこれでもかというぐらいに咲き続けるけれど、梅雨明けとともにぽつぽつとしか咲かなくなる。秋になってまた涼しくなると幾分か挽回してくる。これまでは気温が高すぎると花芽が作られないのだと単純に思ってきた。ムクゲは短日性らしく、花芽の形成には春の高温が必要ということだ。その気温も高すぎると抑制に働くのだと思ってきた。今年は気温が高くなくても例年のようにぴったり花がなくなった。ムクゲの開花の機構は単純なものではないらしい。
ツールで選手を見ていると、腕の筋肉が発達していることに気づいた。上腕の外側の筋肉の盛り上がりが異常だ。ハンドルを引くのは、いわゆる力こぶをつくる筋肉だが、それは、力こぶとは逆にハンドルを押して体を支えるほうの筋肉にあたる。ためしに下ハンを持って走っているときに、その筋肉を触ってみると、固く緊張していることが分かる。スプリントを得意とするようなー部選手だけではなく、世界のトップの選手のことごとくについているのだから、自転車に乗るのに相当大切な筋肉のはずだ。
私にはその筋肉がない。そもそも腕を曲げて体を支えるような運動をした覚えがない。ブラケットを持って腕を直角に曲げ前傾姿勢で走ろうとしても、肩や腕がかゆくなってきて長持ちしない。上体を見ても、自転車選手に必要な特殊な筋肉が鍛えられていないということに改めて気づいた。
久しぶりに半原1号で半原越。なんとなく軽く走ってみたかった。今年は、かぁ〜と来る暑い太陽をほとんど受けずに夏が終わってしまった。こういう年もあるんだろうなと清川村の緩い坂をくるくる走る。気温は30℃ほどで、けっこう涼しいが汗はかいている。朝青龍のCMにひかれて新発売のファンタを買ってみる。サイダーということだが砂糖が入っていないのが残念。
今年の作況は全国的に良くないらしい。私が見る限り神奈川県はひどいことにはなっていないようだ。いつもの棚田はまだ花が咲いていない。天候不順の影響というよりも、平野部より2週間ほど田植えが遅かったからだろう。境川の周辺ではすっかり出穂していた。8月ともなれば田んぼの水の中は殺伐としたもんだ。稲の葉に害虫やカマキリが目につく程度だ。田んぼのそばを赤トンボが低く飛んでいる。翅にバンドがあるミヤマアカネだ。今日は6〜7頭もいる。若いのも成熟したのも混じって賑やかだ。ウスバキトンボは1匹しかいない。あれは気まぐれだ。
半原越は予定通り軽いギアで普通に走る。半原1号はインナーが26Tだから、リアの真ん中の17Tにかけてもかなり軽い。36×24Tに相当する。区間3までは15〜19Tまでを使って、区間4は21Tを使った。そのギアなら回して乗りきれる。71rpmで6分半なのだから、重いギアをダンシングするよりも効率はよいだろう。今日選択したギアを使って80rpm以上で行けたらいっぱしだ。疲労もなくハーフを2回やる。今日は自転車も虫もいなかった。夏枯れか。イチモンジチョウ、モンキチョウ、スジグロシロチョウ、ジャコウアゲハ、ウラギンシジミが物欲しげに路傍の草むらを物色しているのが目についた程度だ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'48" | 4'48" | 14.8 | - | 72 | |
| 区間2 | 10'13" | 5'25" | 13.1 | - | 72 | |
| 区間3 | 15'40" | 5'27" | 13.0 | - | 71 | |
| 区間4 | 22'06" | 6'26" | 11.0 | - | 71 | |
| 全 体 | 12.8 | - | 71 | (1579) |
6時を過ぎて帰宅すると、玄関の前をウスバキトンボが低く飛んでいる。さては、と気配を消して目だけでその姿を追う。ウスバキトンボはやはり例のねぐらの木に止まった。なぜかこの木なんだよなと近づいたら、先客が目に入ってきた。シオカラトンボらしい。この近くには水がなく見かけないトンボだ。
なんだか半原1号はスピードの乗りがいまいちのように思う。境川をいい感じで走っているから、30km/hほどかなとメーターを見れば、27km/hを表示している。いくらなんでも遅すぎるのではないか? と不安になる。車輪の周長の入力ミス....26インチに設定しているとか、キロとマイルの設定ミス....いろいろ原因は考えられる。そんな間違いならいくらなんでも気づいているだろう。念のために、ケイデンスとギア比で暗算してみる。前が36T、後ろが16Tで95rpm、これはぴったり27km/hだ。安心しきってよいが、遅い。追い風だと、健康のために自転車をはじめたおじさんと同じ速度だ。低いポジションでしゃかしゃかとペダルを踏み、クロスバイクのおじさんを振り切ろうとやっきになっているロードレーサーというのは境川らしいほのぼのしたいい感じの絵だと思う。半原1号は小さいギアがウリなのだ。そのケイデンスで、いい風だなあなどと息も普通に楽々100kmをこなしているのだから、遅くて当然だ。もし前を52Tでそれがやれればプロの領域だ。時速は40kmに達する。
この2年ばかり、半原越と境川しか走っていない。ちょっとだけ金山にいったりしただけだ。前はもっといろいろな所にいってた。ヤビツ峠周辺の丹沢とか多摩川とか、それなりに名のある所にも出かけたけど、そんな気もなくなった。自転車はますます面白く、同じ所をぐるぐる走っているだけで楽しい。体に負担が少なくうまく出力できるポジションを追求するだけでも奥が深く、徐々に腕が上がっていることを自覚している。特にこの夏は腰と首にまったくこりがこない下ハンポジションを見つけた。
現状、唯一の課題は足の裏の痛みだ。境川は非常に舗装が悪く、風のある水面のようにさざ波がたっている。波頭をがこがこ、あるいはぼよんぼよん越えるたびに、足の裏に振動がびんびんと来て痛い。SIDI純正のインナーソールだと4時間も乗ってるとかなりつらいことになってしまう。インナーソールは各種市販されている。高いの安いのいろいろよさげなものを試しているが、いまだに決定打は見つかっていない。そもそも自転車のシューズというもの自体、メーカーは決定的な思い違いをしているのではないかと思う。シマノなんかは、足に合わせた形状にできる高価なシューズを市販している。とてもじゃないがそれが最適解とは思えない。足に合う合わないの問題以前にペダリングに適した形状は今のものとは根本的に違うはずだと確信している。シューズはもっとも重要な部品だから全力で開発したほうがよい。
文句を言うばかりではあれなので、少しばかりメーカーに助言をしてみよう。普通の靴と自転車のシューズは全く異なるものと考えるのは当然だ。そこを出発点にしなければならない。靴は歩行やランのためにあるが、サイクルシューズはペダリングのためにある。ペダリングに不要なものは一切いらない。
ペダリングの力を考慮するならば、もっとも重要なのはペダルに接触する部分。その部分の靴底は堅牢でなければならない。その部分から踵にかけては一体感があり剛性が高い方がよい。土踏まずの部分がしなる必要はなく、むしろ踵で引き上げる場合に力が逃げないほうがよい。また、前に押し出す場合に甲の部分はしっかりホールドしなければならない。締めたときに甲とシューズがすれたり伸びたりするようではいけない。この点は一体設計のシェル状にするなりして見直した方がよいと思う。個人的には今のシューズは踵が上下に動き過ぎるから、その動きを制限してでも、くるぶし部分を高くしてホールド感をあげるほうがよいと思っている。以上は、ペダリングに絶対必要な部分であり、現在市販されているシューズはこの課題をクリアしている。だからこそメーカーは現状のものを改良していけばよいのだとかんちがいしているのだろう。必要十分条件を満たしているものが完全とは言えない。
ペダリングの動きは前後と上下のみである。左右への足の動きは無駄、つまり推進力にならない。したがって、足が左右に動くときは、シューズはそれを支える必要がなく、動きを逃がしてやればよい。逃がすというのは、足がシューズ側面にあたるストレスを軽減することにもつながる。現在のシューズは、普通の靴と同じく固定された「幅」がある。私が思うに、足の一番幅広の部分にあたるシューズの「幅」は必要ない。横の動きも支える普通の靴とちがって、サイクルシューズは踵と土踏まずを支えに甲が固定されるならば、サイドの強度は不要だ。特に横幅を制限する要因となる親指の付け根の内側には丈夫な皮がいらない。また、シューズの内側の皮を薄くすることはQファクターを小さくすることにもつながる。
そして、つま先がおそらくいらない。普通の靴につま先があるのは、走るためであったり、指を保護するためである。自転車以外の靴には非常に重要な部分である。しかし、自転車にはその機能がいらない。現状では指の下も堅牢な靴底になっている。自転車では足の指で大地を蹴る必要がなく靴底はいらない。現状では指を保護するかのように、トウが固くなっている。自転車では指をぶつける心配がなくトウはいらない。ペダルを前に押すときに、つま先は使わないと思うのだがどうだろうか。むしろ、指は上下フリーに動く方がペダリングには向いているように思う。
つま先は靴を設計する上では不可欠ゆえにありとあらゆる悪夢がそこから生まれる。指は人によって形状の変異が大きい。万人に合う靴を作る難しさのかなりの部分を占めている。また、靴のサイズなるものが必要なのはつま先が必要だからだ。自転車のシューズであれば、現状の靴が靴紐やベルクロで締め加減を調整している高さ・幅と同様に、つま先に自由度を持たせることが可能だ。そうなればサイズがなくなる。自転車のシューズには幅も長さも不要になるから、S・M・Lの3種類ぐらいで事足りるはずだ。数年後にはそういうシューズが主流になっていることだろう。
青空に積雲が浮かび南風に乗ってツバメが舞っている。その下にはウスバキトンボ。さらにその下には伸び放題のカラムシ。夏はこうでなくてはと思う。今日も半原1号で半原越。やっぱり70回ぐらいは回して軽く登るのがいいよね、と思い直している。田んぼを見る気もせずに、農業用水の水路のふたになっている鉄製のスノコにすわってコーラを飲む。水は渓流から引いているものでけっこう冷たい。田んぼにはあまり良くないのかもしれないが、すわって休むぶんには気持ちがいい。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'31" | 4'31" | 15.7 | - | 77 | |
| 区間2 | 9'32" | 5'01" | 14.1 | - | 73 | |
| 区間3 | 14'33" | 5'01" | 14.1 | - | 69 | |
| 区間4 | 21'10" | 6'37" | 10.7 | - | 69 | |
| 全 体 | 13.4 | - | 72 | (1520) |
半原越の入り口までは距離にして25kmあり、時間にして1時間あまりかかる。それぐらいがウォーミングアップによいのだと思ってきたが、少し短いのではないかとも思えるようになってきた。ここのところ、まず半原越に行って、境川に行って、ということを続けているが、3時間ほど走ってからようやく脚が無駄なく回っているという感じがするようになってきた。1時間程度ではペダリングにどこか無理があり、乗り切れてないなあという気がしている。
いつもの棚田も出穂していた。田んぼは7段あって、いつも見ているのは一番上のものだ。下の方に目をやると、やや黄色みがかった穂が天を指しているのがわかる。下の方に行くほど穂が多く、しかも右手のほうに多い。その偏りの原因は明らかに水温だ。この棚田には、左手上から水が入り、左手下から出るようになっている。田んぼの水は入るときはほぼ沢から直接落ちてくるので冷たい。その冷たい水も田んぼで温められて順繰りに下に降りていく。2段目から下の田んぼにも直接沢水は入るけれども、上の田の排水分が混じってくるから、下に行けば行くほど、右手に行けば行くほど水温が高くなっているはずだ。ちなみに、最上段の冷水があたるところの稲は他のものに比べて半分ぐらいしか成長していない。一番上の田で出穂しているのは奥の方の2株ほどだけだ。
半原越は昨日と同じ調子でやってみることにした。ただし、心拍計をつけている。せっかく買った物を使わないのも惜しいと、昨日もつけてはいた。ただし途中で電池が切れて使い物にならなかった。おまけに単なるストップウォッチとして使っているCC-CD300DWの区間3のラップを押し忘れてデータがとれず推定値を入力していたが、それが誤りだと気づき修正した。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'51" | 4'51" | 14.6 | (推定)150 | 71 | |
| 区間2 | 10'11" | 5'20" | 13.3 | (推定)165 | 69 | |
| 区間3 | 15'33" | 5'22" | 13.2 | (推定)170 | 66 | |
| 区間4 | 22'18" | 6'45" | 10.5 | (推定)175 | 67 | |
| 全 体 | 12.7 | - | 69 | (1538) |
22'18" は回して乗ったとしては普通の時計だ。ただ、心拍数が私としては極めて小さい。おそらく最大でも180bpm を越えなかったと思う。押さえて走ったわけではない。どうやら疲れているらしい。ステージレースに出る選手も疲労が蓄積すると心拍が上がらなくなるという。ここのところ連日100kmほど走っているから、いつの間にか心臓に来ているのだろうか。
今日はウスバキトンボが多い。ざっと100匹ほどは飛んでいる。風に乗ってつんつん、つぃーと飛ぶ様子にしばし見とれる。ときどきすっと上下に動くのは何か獲物を追っているのだろうか。私の目には虫らしいものは見えない。ツバメも虫を追っているらしくさかんに田の上を飛び回っている。矢のようなスピードでびゅんびゅん飛ぶ。自由自在だ。こちらもときおり予期せぬ動きを見せるのは虫を捕らえようとしているときだろう。ツバメはウスバキトンボを狙うものかと、15分ぐらい見ていたけれど、いっこうにその気配はなかった。お互いに関心を示していないように見える。田んぼの稲に多いミヤマアカネもツバメとは関係ないようで、ひらすら同種の動向ばかりを気にしている。
心拍計はどうもだめだ。最初は快調に動いていたけど、すぐにデータを拾わなくなり、表示も消えてしまった。もともと安物で以前から不安定であった。もうあきらめた方がいいだろう。こういう機械は調子が悪くなると捨てる以外にどうしようもない。
半原越は目標70rpmで、なるべく重いギアでやってみることにした。スタートは15Tに架ける。きつい坂も19Tでしのぐ。最後の400mは16Tに入れてダンシングをやってみた。タイムアタックのときは、ラストスパートも必要だ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'41" | 4'41" | 15.1 | 69 | ||
| 区間2 | 9'56" | 5'15" | 13.5 | 70 | ||
| 区間3 | 15'01" | 5'05" | 13.9 | 72 | ||
| 区間4 | 21'04" | 6'03" | 11.7 | 64 | ||
| 全 体 | 13.7 | - | 69 | (1449) |
一時帰宅して、チネリに乗り換えて境川。30km/hペースで普通に走る。気温が低くて風が涼しく秋の気配が満点になってきた。走りすぎると後々つらいことになりそうだけど、走れるうちに走っておこうと120kmばかり乗ってみた。
今日は涼しかった。ただし、日向のコンクリートの上に六角レンチを5分も放置しておくと触れないぐらいに熱くなる。8月の中旬とはいえ日差しはまだまだ強い。
午前中、部屋で過ごしていると盛んにスズメの群れがムクゲにやってくる。お目当てはアオバハゴロモだ。物欲しそうに首を振りながら梢を飛び回って、ときおり飛び出すアオバハゴロモを追いかけている。見つかればかならず捕まえているというわけではないようだ。毎回しつこく狙っているわけではなく、うまく捕まればOKという調子だ。うまくいってもいかなくても、すぐに立ち去って何十分かおきにやってくる。そのたびに私はスズメたちが気になって窓からムクゲに目をやることになる。スズメやメジロがアオバハゴロモを食べている様子を見ることは少ないが、今日はたまたま屋根の上におりたやつをスズメが捕まえて食べているところを観察できた。かなり好きな虫のようだ。
午後からは半原2号で境川に行った。少し思うところがあって、半原2号は登り専用というよりも、オールマイティな自転車として使うことにした。ハンドルもドロップバーにしてSTIも装備した。久々の半原2号で境川に行くと、その良さを再認識した。路面のデコボコががつがつ来ないのだ。最初はタイヤの空気が抜けているのかと心配したほどだ。ホイールも堅めのはずなのに、がたがた道の上をぬめーとまとわりつくように走っていく。チネリも半原1号もこうはいかない。これがカーボンの特性なのだろうか。スピードが落ちているわけでもないのだから、そうだとすれば、いくら高価でもカーボン以外は買う気がしなくなる。
走り始めてしばらくして気づいたのだが、風が北寄りだ。それも一定しているわけではなく、ところどころ追い風になったり向かい風になったりしている。このかんかん照りの日中に海風が吹いていない。いつも入道雲が出ている北の山間部には積雲のかけらさえない。青空には筋を引いた巻雲が浮かんでいるだけだ。あれは氷の雲で、白い筋はすさまじい風に吹き飛ばされている氷晶や雪だという。
それにしてもどうして積雲ができないのだろう。触れないほど地面が暖められているのだから、対流は起きているはずだ。それなのに対流に伴う雲がない。上昇した空気を補うはずの海風も吹いていない。どういう気象条件ときに今日のような天気になるのだろう。巻雲をみれば高層は強風だということが分かるけれど、関係があるのだろうか。それはともかく、日が落ちる頃の雲がきれいで何カットか撮ってみた。写真の巻雲はホウネンエビのようだ。
この部屋は西日が差し込むから、けっこう暑くなる。今でも室温計は35℃をさしているが、今夜は涼しく感じる。湿度は40%しかなく、それがしのぎやすさの原因だろう。スズメが飛び交っていたムクゲからは夏の終わりを告げるカネタタキの声がする。この夏は自転車ばかり乗って、他は何もしなかったと45秒だけ反省した。
蒸し暑さだけはいっちょまえに夏である。腕にも脚にもだらだらと汗をかいているのは気温が高いからだ。もしかしたら、普通に汗をかく体質に変わっているのかもしれないが。
今日はオールマイティ仕様の半原2号で半原越。走り方もオールマイティ風にすることにした。ギアは一番軽いものでも39×25Tだから、1.5倍よりも重い。ちなみに前が39なら後ろは26で1.5倍になり、そのギア比で80rpm回せば時速15kmになる。5%ぐらいの坂を快調に登っているときの目安だ。スタートは21Tにかける。波打つ短い急坂はダンシングで軽く登る。丸太小屋の坂はシッティング。区間2からは23と25を併用した。
あと1分ぐらいでゴールというところでV3の数字を盗み見ると18分38秒と表示している。20分は楽々だなと、にやつきながら走る。ところが、ゴールしてからチェックした数字は20分をオーバーしていた。これにはちょっとがっくり。何を間違えたのだろうか。V3の小さい字を見まちがえたか。そろそろ遠近両用のゴーグルが欲しくなる。下の方が老眼用になっていて、ハンドルあたりと先の路面の両方にがピントが合うヤツ。東国原知事風の老眼鏡でもこの問題は解決できるけれど、それじゃあまりにもかっこわるい。とりあえず、区間4の平均速度が12km/hを越えたのが新境地ということで満足しよう。区間4を6分切るためには? という問いの答えは、体脂肪率を10%ぐらいにして、1.7倍のギアでダンシングするべしというところに落ち着いた。ただし、平均心拍数は188bpm。目の前が暗くなっただけのことはある。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'18" | 4'18" | 16.5 | 167 | 70 | |
| 区間2 | 9'15" | 4'57" | 14.3 | 179 | 64 | |
| 区間3 | 14'10" | 4'55" | 14.4 | 180 | 64 | |
| 区間4 | 20'02" | 5'52" | 12.1 | 188 | 59 | |
| 全 体 | 14.1 | 179 | 61 | (1291) |
半原ハーフをやって、愛川側に降りた。愛川側は風流さに欠けあまり好きではなく2年に1度ぐらいしか行かない。その昔、ブレーキをおもいっきり握っても止まらなかったコンクリートの坂を登ってみた。39×25Tあれば普通に登れる。
午前中はいろいろと用事があって、午後から境川に行く。自転車は半原2号だ。境川は大和藤沢自転車道ということで整備されている。北は町田の外れまで、南は藤沢の町中にまで伸びている。大和市から北の方はあまり行きたくない。幅が狭く混んでいるからだ。南の方は半分ぐらいは自動車の走る公道になっているけれど、川沿いで交差点が少ないからすいすい走りやすい。いつも、国道246号線を過ぎたあたりから自転車道に入り、大清水高校の前まで走ることにしている。
他の自転車に比べて速めに走っているから、抜かれることは少ない。今日は川沿いの公道を走っているときに「暑いですねえ」と声をかけられざま抜かれてあっという間に置き去りにされた。60歳ぐらいのおじいさんライダーだ。向かい風で時速35kmほど出ているからけっこうな乗り手だ。しかし私は彼を知らない。たぶん相手は私のことを知っているのだろうと思う。おそらく私はけっこう知られている。この5〜6年ばかり、かなりの頻度で休日の午後に出没し、一人ストイックに走り続けている。いわゆる自転車乗りの格好をしなくて、冬は長ズボンの裾を縛り、夏はTシャツ短パン、ヘルメットもかぶらず、布きれを頭に巻いている。ちょっと変なおじさん入ってるライダーだ。私が知っているライダーは3人程しかいない。全員が「こいつぁ速ええな」というほぼ毎回目にする人なのだが、正体不明で何が楽しくて境川でくんだりでうろうろしているのかがちょっと謎だ。
今日は南風が弱く行きも帰りも30kmペースだ。ただし、鼻歌まじりではない。何か考え事をしているときは歌が頭の中を巡ることがない。ここしばらく、私にとって、日本人にとって、人にとって良い自然とは何かということを考えている。今日もそのことを考えていた。
終点は境川を挟んで大清水高校の向かいにあるたまり場だ。近所のコンビニでコーラとアイスクリームを買って、そこで1回だけ休む事にしている。コーラが好きだが、家で飲むと女房が悲しそうな顔をするので隠れて飲む。たまり場にはおじいさんが多い。休日の午後ともなれば3〜4人は自転車を止めてたむろしている。たまり場で自転車好きが集まっていろいろな世間話をするのが楽しみなのだろう。元プロの競輪選手というおじいさんも何人かいる。私はそういう輪には入らずに、スズメなんかと遊んでいるのだが、ごくまれに話しかけられる。今日はその希な日だった。半原2号はカーボンモノコックで、詳しくない人には高価なスーパー自転車に見えるのだろう。「これは何十万するんだ」とか「軽いだろう、持っていいか」などと興味津々だ。ただし、明らかに健康と長生きのために自転車にのっておられる方のようだ。ロードレーサーに乗ることはなさそうだから適当に相づちをうっておいた。半原2号は高価でもとびきり軽いわけでもない。境川には、ピナレロとかキャノンデールとかの目玉が飛び出るぐらい高価な自転車に乗ったおじさんがいっぱいいる。
大清水高校の向かいのたまり場から自転車道は北に10kmほど続いている。そこを往復する。2本やれば80km、3本やれば100kmコースになる。近頃は、2時間ほど乗らないとしっくりこなくなっている。なんだかんだと工夫しながらがんばっているうちに100kmコースになることが多い。今日は1本やったところでいい感じに回るようになった。80kmコースで完了だ。境川を走る目的はいい感じで走ることに尽きるといえよう。
春の心配をよそに、ジョロウグモはたくさんいる。少なくとも6頭が見つかっている。どこからわいて出たものか、卵を見落としていたのか、近所からやってきたのか、そのいずれかだろう。
その中には脚がもげているものが2頭いる。写真のものはその一つで、2本の脚が脱落している。この写真では右後方に脱皮殻も写っている。脱皮後1週間から10日というところだろうと推測しており、この調子だとジョロウグモの脱落した脚が再生するかどうかの検証がこの個体でできるかもしれないと期待している。
確実にそれを調べたいのなら、この個体を隔離飼育すれば一発だ。当初はそのことも考えた。ジョロウグモの飼育となればけっこう難しそうで、やればそれなりに楽しいにちがいない。以前、NHKの教育番組でコガネグモ科のクモをケースで飼育しているおじさんを特集していた。それはインドネシアの話で、農薬依存に疑問を持ったそのおじさんが、クモを使って害虫駆除を奨励し効果を上げているというような内容であった。おじさんは、一抱えほどしかない小さな塩ビケースのようなものに数頭を密育して成長させ、田んぼに放すのだ。網グモをそのような方法で飼えるとは思っていなかったから、そのシーンが非常に新鮮だった。もしかしたら、ジョロウグモも同じようにやれるのかもしれない。
ただ、飼育研究は最後の手段ともいうべきものだ。いまは素直に毎朝観察を続け、この個体が次に脱皮するのに立ち会えればそれでラッキーぐらいに構えたいと思う。これまでの経験では、そんなやり方ではまず確実な証拠は得られないことは承知している。きっと、クモの移動や行方不明の発生など不確定な事件に悩まされるにちがいない。しかし、そのやり方が今の私にあっている。ものぐさでもあるし、それほどクモの脚の再生に入れ込んでいるわけでもないから。
クモといえば春から初夏にはやたらと多かったササグモやワカバグモがぱったり姿を消している。夏休みをとるクモなのだろうか。それとも、庭に花がなくなったため、花のあるところに移動したのだろうか。現在、虫の来る花はムクゲを覆うヤブガラシに尽きる。ヤブガラシの花にササグモが潜んでいるのはまだ見たことがない。たかだかクモとはいえ、確かめたいことは次々でてくる。
私にとって「良い自然環境」というのはどういうものだろう。そもそも私だけが良いと思っているだけではだめで、回りのみんなもそう思わなければならない。自然環境は一人で作れるような代物ではないからだ。すくなくとも大和市レベルで考えるべきことだ。
「爽快さ」は良い自然の指標にならない。なぜならば、人によって爽快、不愉快の幅がありすぎるからだ。私は線路の脇にヒメムカシヨモギやクズやススキがこれでもかと勢力争いをしている様子を爽快だと思う。そういう雑草を不愉快だと思う人もいるだろう。私は街灯にマイマイガがぐるぐる飛んでいる様子を愉快だと思う。虫のいない大和市の街灯を死後の世界のように不気味に思っている。今日、岩手県ではマイマイガが来るのを嫌って街灯をつけない地域があるというニュースを見た。その理由は蛾をいじめないため、ということでは絶対にないと思う。境川自転車道には鉄製のフェンスが張り巡らされている。それはクモに対して網を張ってくれと言ってるようなものだ。その網を丁寧に除去してまわっているおばあさんがいた。クモをいじめるのが趣味だというのなら大いに共感できる。そういう趣向の人間だっていていい。しかし、おそらくは単に美観のために掃除をしているだけなのだ。私にとっては暴挙と見え、たいていの人には無意味に見え、本人にとっては善行に見える行為なのだろう。芥川を読んだことがないのか、絶対天国に行けるという自信があるのか。
不愉快な虫けらなんて文化的にいくらでも捏造できる。たいていの虫や草は無害なしろものであるけれど、それらを害虫、雑草として教育することは簡単だ。今の日本ではそうしているのだから、虫がうごめき夏草がはびこる景色は爽快なものではない。しかしながら、虫や草がない自然は、それが住宅地としても、けっして良い自然とはいえない。存在しない方が爽快だと感じる人が多いのは教育の過失というべきだろう。普通に良い自然と考えられているものが全然爽快とはいえないことぐらいは誰でもちょっと考えれば分かることだ。だから教育の過失という。ともかく、「爽快さ」という不確かな指標をひとまず脇においといて、よい自然というものを考えてみたい。
人と自然がかかわる環境をテーマにする場合は、手つかずの自然をどう位置付けるのかが問題だ。全く手つかずの自然を最もよいものだとするのは、それこそ自然だが無理がある。神奈川県大和市下鶴間に人の手が入っていない場合、どういう自然環境になるかはわりと容易に想像できる。おそらくは全域が森林である。照葉樹、広葉樹がある塩梅で生えて土壌の条件等で針葉樹が混じっているだろう。神奈川一帯の鎮守の森や急峻な崖など斧が入っていないところでは現状でもそうなっている。大型の獣は、クマ、シカ、サル、イノシシなどが生息しているだろう。
そういう原始自然の状態を理想として、なるべくそこに近い環境が良いとする考え方もある。悪くはないが最高のアイデアとは思わない。堅守絶対でカウンターが下手なサッカーみたいなことになって面白くないからだ。現状からそこに向かってスタートするならば、風致地区を増やすこと、住宅の庭には手を入れないこと、そこにあり得ない動植物(家猫も含む)を持ち込まないこと、入っているものは駆除すること。というような、よっぽどのものぐさで猫嫌いか、我慢強く猫嫌いの人向きの行動計画を立てなければならなくなる。そのプロジェクトが大和市の住宅地で実現し、雑草も樹木もみごとに原生のものに置き換わったとしても、クマ、サル、シカは戻ってくるわけではない。鳥や昆虫なども際立った増加は期待できない。その計画が実現するころには、住民たちは猫が嫌いになり、そういうもろもろと一緒に暮らしたいと願うように教育されているだろうから、なんだこんなもんか、と落胆するかもしれない。
現状をざっと見渡すならば、このあたりは二通りの方向で環境が作られているようだ。一方は、上記の理想を追ってかどうか、緑地や空き地、庭に手を入れず成り行きに任せてあるもの。私の庭はけっこうこれに近い。一方は、外国にある砂漠か草原環境を目標にがんばっているように見える。砂漠や草原はからっと爽快な植生かもしれないが、夏の高温湿潤、冬期の低温乾燥とその間にもかなり雨が多い気候下では難しい。それらを大和市で実現するためには莫大なエネルギーがかかる。草の種はどこからともなく侵入し、初夏の高温多湿で一気に成長して茫々だ。たとえコンクリートやアスファルトで固めようと、雑草はその隙間をひろげて芽吹いてくる。そのへんの道路ですら、50年も放置すれば立派な林に変貌するだろう。砂漠風の環境は絶えず手を入れて光景を維持することに喜びを感じる人むきだ。
住民たちが、自分の立っているその場所がもともとどういう自然環境にあったのかを意識することは大切だ。自然の、その遷移の力は強いので、それに逆らった環境を維持しようとすれば、それに見合うだけのエネルギーを注がなければならない。原生自然の知識はその努力の大きさを量る目安になる。
自然あるいは環境保護で「多様性の維持」というのがトレンドになっている。種のなかで遺伝的変異は多いほうがよい、ある範囲で生物の種類は多い方がよい、ある範囲で生態系は輻輳しているほうがよい、というようなことだろうか。それはきっと正しい考え方だと直感できる。
「多様=良い自然環境」という視点で大和市の住宅街を考えられないものか。どんな自然環境が生物の多様性に富んでいるのか、わかりやすいのは大型獣、希少種がいるかどうかだ。日本なら、クマやシカやサルがいるような環境は良いものだ。ツキノワグマが持続的に生きていくには大きなスペースが必要だ。この近辺で見渡せば半原越のあるあの山塊ぐらいは最低限必要だろう。それぐらいの面積でクマを養う区域には山あり沢あり木あり草ありで必然的にいろいろな自然環境に恵まれているだろう。クマがいれば、シカもサルも、もっと小粒のリスやネズミは無数に生きている。クマ1匹の後ろには1万匹の獣がうろついていると見て間違いない。
クマがいる自然環境を大和市の住宅地に求めるのは難がある。そもそも道路をクマやシカがうろつくようではアラスカや奈良ではないのだから迷惑このうえない。ただ、クマがいなくてもクマが住む自然環境に匹敵する多様性を持っている場所がある。四国、九州ではツキノワグマは絶滅しているらしい。環境はあっても歴史的に人間が追い詰め殺したのだろう。クマがいないからといって、四国九州ひっくるめても自然環境で半原越にかなわないのか、というと決してそのようなことはない。また、良い環境とはいってもそのスケールの問題でクマやサルの群れを養うことができないエリアもある。クマを養える環境がぽつぽつと離れ小島のように点在していてもクマは生きられない。日本の平野部のほとんどがそういう環境であろうと思う。大きな獣がいれば、その周辺の自然環境は多様性に恵まれているといえるが、逆は必ずしも真ではないのだ。
ぼんやりと「開発で自然が失われる」などといわれることがある。私の住むところでも、そのようなことが起きている。目立つ生物のうち、この数年で姿を消したのはタヌキとカッコウだ。両方とも宅地開発で住みかがなくなった。森が切り開かれ動物が追われるというわかりやすい現象だ。カッコウはたぶんオナガに托卵していたのだろう。林がなくなりオナガの巣もなくなった。両者とも移動を余儀なくされた。オナガとカッコウは飛んで渡って行かれるけれど、タヌキの方は生き続けるのに厳しいものがある。ドングリを拾いミミズを掘れる緑地は近所にはない。もっとも近いところは国道246号線を越えなければならない。移動の途中で車にひかれる危険性は大きい。ゴルフ場ならなんとかやっていけそうな気がするけれど、うまく入りこめるものなのだろうか。
ここ数年でそうなのだから、私の家が建った30年ぐらい前だと、もっと多くの動物がいただろう。キツネ、イタチ、ウサギ、ムササビ、リス、鳥だとオオタカなんかもいたはずだ。私はそういう動物がいなくなったからといって、この大和市の自然環境が悪くなったとは思わない。生息場所が分断され、餌がとれなくなり、♂♀が出会えず繁殖できなくなり、少ない子どもは交通事故で死ぬといったことで動物は滅ぶ。ただ、それは当の動物にとっての環境が悪いだけで、人間にとっても自然環境が悪くなったとはいえない。
タヌキたちだって、人間をむやみに恐れたり、逆に無批判にすり寄ってはいけないとか、食っちゃまずいものを拾い食いしてはいけないとか、道路を歩くときは気をつけるとか、育児用の穴を用意してもらうように市役所に働きかけるとか、そういう甲斐性があれば現状の自然環境でもきっと生きて行かれるはずだ。タヌキにそれができないようなら、ある程度までは人間のほうで用意してやることもできる。ツキノワグマのように人間の住宅がない20平方キロの山林などを要求されると無理だ。大和市から住民がいなくなってしまう。
大和市下鶴間では、どの動物を排除して、どの動物と共存して行くかは人間の算段にかかっている。問題は、だれも算段していないところだ。そもそも、どの動物と共存したいかというぼんやりとした意識もないだろう。
いつもの棚田脇から向かいの山を眺める。ちょうどバリカンの最初の一撃のようになっている部分がある。数年前に皆伐されたところだ。幅は30m、長さは300mほどだろうか。おそらく、紙の原料のために二束三文でうっぱらったのだろう。伐採後も植林するでなしほったらかしだ。この辺の林は大半が何十年かごとに更新されてきた二次林だ。一昔前なら杉や檜を植えるのがよかったが、今ではどうなんだろうか。
現状では伐採跡の全体は低い樹木で覆われている。薄いピンクに見えるのは成長の早いクサギだろうか。ずいぶん数が多い。クサギはパイオニアで、開けた所にいち早く入り込み成長をとげる。クサギ以外にも樹種は多いようだ。遠目にも枝振り葉の色がずいぶん異なっていることがわかる。最初は赤茶けた土と切り株と枯れ枝しかなかったところが、速やかに緑の林に変貌しつつある。あと30年もすれば周囲の林と区別がつかなくなるだろう。
この一週間ばかりは明らかに体調不良だった。今日の半原越は最初からもっとも軽いギアだけで普通に行こうと思っている。自転車は半原2号。ギアは39×25Tで1.5倍よりやや重い。半原越ならこのギアがあればダンシングは不要だ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'40" | 4'40" | 15.2 | 152 | 77 | |
| 区間2 | 9'56" | 5'16" | 13.4 | 168 | 68 | |
| 区間3 | 15'06" | 5'10" | 13.7 | 168 | 70 | |
| 区間4 | 21'23" | 6'17" | 11.3 | 176 | 57 | |
| 全 体 | 13.2 | 167 | 68 | (1457) |
丸太小屋の急坂を過ぎてV3の心拍数を見ると170bpmにしか上がっていない。そのまま、180のレッドゾーンに上げないで行ってみようと思った。かつてAT以下で登ったらどうなるかやってみて29分ぐらいかかった覚えがある。区間4で今日もニホンザルの群れに会う。ここは君たちの場所だと胸の中で言う。心情的にもそうであるし、法律的にもそう定められている。私は週に1時間ぐらい自転車でおじゃまさせてもらう。
180bpmに行かなければ楽なもんだ。ひとたび180を越える強度でがんばってしまうと止まるまで心拍数は落ちない。170程度であれば、ちょっと力を抜くと数字もすすっと落ちていく。その辺でやってくのが上手な走り方なのだろう。TTのときはそんなことは言ってられず、燃え尽きる寸前でゴールできる案配でやらなければならない。ところで次はいつ半原越TTをやるのだろう? それはともかく、この心拍数でこのタイムはけっこうやるじゃんオレッと感じた。
人が生活すれば生物の多様性は小さくなる。アマゾンなどの熱帯雨林はテレビで見るほどではないけれど、獣、鳥、昆虫がうようよいる。スマトラ山中の一泊500円ぐらいのバンガローだと、それこそ信じられないぐらいの数の虫けらが部屋に入ってくる。飛び回るもの、かさこそ這うもの、くっついているもの、さすがに私もうんざりし、巨大ムカデにおびえることになる。そういう場所に比べると神奈川の住宅地は寂しいかぎりだ。部屋の中にいるのはゴキブリ、クモ、カマドウマ、ショウジョウバエ、メイガ、迷い込んだヤモリぐらいのものだ。
人のせいで生物多様性は必ず損なわれるかというと、そうでもない。人の生活によって多様性が増す場合もある。近年、里山という奇妙な名称がついている「里」はその例だ。人が住むと森を切り開き、田畑と住宅を作る。動植物には森林には適応できないものも多い。氾濫原や焼け跡、地滑り跡などの草地、灌木林に細々と生きているものどもが、人が森を切り開くことで大きな生息地を得ることになる。田畑や住宅にはえさ場もできる。人為的環境は農業害虫であったり、ゴミだめや富栄養の水をすみかにする陰気系の虫けらの住処である。そういう陰気系を狙って陽気系もやってくる。スズメ、ツバメは里を住処とする生き物の代表格だ。
人の生業にともなって多様性を増す環境の最たるものは田んぼだろう。北海道と愛媛県の一部地域をのぞけば、日本の里ではもれなく田を作り稲を育てる。田は山から水を引き一時的に浅い止水ができる。すると、もともと数限られた水たまりで生きていた虫けらが田に集まってくる。浅い止水は危うい環境で、彼らは危うさに適応し、耐久力、移動力、環境発見力にたけている。水辺という、もともと存在しなかった特殊な環境が作られるのだから多様性は増す。森林棲のものたちは少しばかり里から山へ追われることになる。ただ、日本の田の面積からすれば、田によって失われる自然は多くないと思われる。里から山に追われたものも、里の環境になれて山から下りてくる場合もある。シカやサルは近年では半分害獣である。キジバトやヒヨドリは今ではすっかり都市鳥だが、つい50年ほど前は山里の鳥だったという。
人が息づけば環境が変わる。それは何をどうしようと必然として起きる。変わった環境には、そこに適応した生き物が住む。適応とは、その場所を見つけそこで命を繋いでいくことをいう。最近つかわれているビオトープという言葉はそういう意味だ。人の目線から環境を見れば、それは裏山であったり里であったり都市であったりするけれど、虫けら目線で同じものを見たときに、それをビオトープという。
田んぼは、アマガエルビオトープであり、ウスバキトンボビオトープであり、イチモンジセセリビオトープであり、ツバメビオトープである。かつてはドジョウビオトープでもあった。農家のゴミ捨て場はダンゴムシビオトープ。排水路はイトミミズビオトープ。住宅はゴキブリビオトープになる。
大和市のような都市の住宅街でも同じ事が言える。どんな環境であれ生物は適応してくるから、そこはビオトープである。ただ、それを普通はビオトープと言わない。かんかん照りのコンクリートは放置しておくとダイダイゴケという地衣類がつくが、それをダイダイゴケビオトープとは言わない。日影のコンクリートは放置しておくと緑藻がつくが、それを緑藻ビオトープとは言わない。ビオトープと言うか言わないかは意識するかしないかだけの差だ。生物を意識して呼び、守れば、何がいようとそれはビオトープだ。私の家の門柱はダイダイゴケビオトープであった。日の当たる庭の土を耕してどんな草が生えるかな? と楽しみにしておればそれはきっとメヒシバビオトープになる。
水たまりを作って草を植えたものをビオトープとよぶけれど、それは効果がよく見えるからだ。微生物は移動力にすぐれ、環境発見力がある。水は瞬く間に植物プランクトンでいっぱいになり、ミジンコが泳ぐようになる。すぐにカやユスリカ、ガガンボ、アブが産卵し、こまかい虫けらがわいてくる。トンボもすぐにやってくるだろう。カエルも来るかもしれない。見栄えがよいから、そういうものはビオトープとよばれやすく、業者もそれを売り込み、行政も業者に乗っかる。かくて、学校やら公園やら企業やら一般家庭やらに水田雑草とメダカの池が広まることとなる。
私にとっては家屋も庭もビオトープだ。雨水タンクとか気のきいた池とか誘致樹なんてものはないけれど、草木も虫もそれなりに寄って来る。アマガエルが欲しくて雨水を貯める収納ケースを庭に埋めた。降水量を蒸発量が上回る場合は砂漠気候になるというが、わが家では日本各地と同様に降水量が上回っており水は涸れない。アマガエルの誘致は実現していないが、トンボやガガンボはそれなりに発生し、アシナガグモが巣を張り、アズマヒキガエルが産卵している。浅い水たまりというのは非常に危うい環境だ。人工的に水をためて草を植えた環境は不安定で刻々と変化する。だからこそ、水辺ビオトープは商売にもなり面白くもある。私は微小な費用と取るに足らぬ手間で、水たまりからさまざまなことを学んだ。
生ごみビオトープも愉快だ。野菜や果物のくずをコンポストに入れ、密封せずに出入り口を確保してやると無数のショウジョウバエ、コウカアブがわく。当初の目的はカエルの餌の確保であったがカエルがいないこと、ときどき野菜くずを補充するのが面倒で1年で中断した。こちらはやる気になれば速やかに再開できると思う。枯れ木ビオトープも愉快だ。ムクゲやモッコウバラは年に2回ぐらい剪定が必要だ。コケとハコベの観察用に背の高くなる草を除去する一角がある。ヤブガラシは1本を残して他の芽は引き抜く。チヂミザサはズボンに種をつけることに腹をたてて抜くことにしている。アサザは夏場はすぐに水面を覆うから、週に一度は除去しなければならない。そういう木の枝やら草やらを積んでおくと、その中に虫けらが住みつく。ねらいはハサミムシということにしているが、本当のところは草木をゴミとして捨てるのが面倒なのだ。
古い航空写真を見るならば、この敷地は平地林だった。その時点のレベルの生物多様性は確保できない。建物は一度さら地を作ってから建てるものだ。道路は地面を削ってアスファルトを敷いて作る。水路はパイプを通すかコンクリートで作ってふたをして太陽光が届かなくしてある。住宅街は生物多様性が根本的に失われたところから出発する。そこに人が住み活動を始めることで、対応した生物が住みつくことになる。中には住人から歓迎されないものもあるだろう。生垣には蜂が巣を作り、芝生には雑草が混じり、くぼみの水たまりから蚊がわき、台所にゴキブリが住まうだろう。
「良い自然」と言ったときに、それを最大の多様性を追求することとすれば、感情的な反発がある。もちろん論理的にも破綻している。無理な生活を強いられる環境が良い自然なわけがない。人はパンのみに生くるにあらぬように、虫けらの幸福を第一に生きることはかなわないからだ。
住宅地の自然は、完全に人の選択による結果だ。人は自分の都合と爽快さをもとに自然環境を作る。多様性は0からスタートして、住民の都合と爽快さに応じてどれほど大きくなるかが決まる。近所の宇都宮さんのように広大な庭をもっておれば、1戸の私邸でもタヌキが繁殖しカッコウが巣立つことも可能だ。わが家にやってきたアカガエル、シュレーゲルアオガエル、アズマヒキガエルの供給源だったかもしれない。
タヌキはともかくとして、ヒキガエル程度の虫けらであれば、たいていの住宅地では努力によって共存可能だと思う。やつらが必要とするのは、繁殖用の小さな水たまり、トビムシ、ワラジ、ヤスデ、ミミズが豊富にわく茂み、隠れ家となるくぼみ、越冬用の柔らかい地面だ。それはあきれるほどささやかなものでよさそうだ。コウモリより大きな哺乳類は難しいかもしれないが、爬虫類、両生類ぐらいはうろついていたほうが住宅地にも艶がでると思う。
私が物心ついたのは高度経済成長期にあたる四国の片田舎だった。ちょうど人間と虫けらが手を取り合って生きた時代の末期で、風景はいまとそれほど変わりなくとも、住宅周辺の生物多様性は異次元の大きさがあった。そして、昭和40年代の半ばから、生産活動、生活廃棄物の処理、上下水道、電気、交通手段など人のライフラインの変化が、ことごとく虫けらを追いつめて行くのを目の当たりにしてきた。
人にはおそらく物心ついた頃の環境がよいものだという意識があるだろう。間接的な体験も加わり、原体験として自然観の根底を形成していることと思う。私には、いま里山とよばれている田舎の環境も半端物としか思えない。ましてやヘビもカエルも見当たらず、蛾も飛ばない大和市の住宅地は居心地が悪くてしょうがない。きっと今の若者たちはこの自然環境を悪いとは思っていないだろう。私の想起するよい自然ですら、江戸時代の住人からすれば殺風景なものでしかないように、次世代は私が物足りなく感じる現状の自然環境をスタンダードとして生きていくことになるのだろう。
生活空間なのだから、そこに虫けらがいなくてもよいのだろう。自然環境は、人が意識しようとしまいと、人の活動にともなって形成されるものだ。これまではそれで良かった。もしかしたらこれからもそれで良いのかもしれないが、どうにも気持ちが悪くてしかたがない。他の生物の存在を無視し人の都合のみで造った環境にたまたま適応できる虫けらとだけ共存していくのでかまわないのだろうか。自然のことは自然に任せればよいという発想は仏教でいう悪取空みたいなもんだと思う。なぜならば、ヒトがヒトらしく生きる原点は自然の理解にあるからだ。農業がまさしくそうであるように文明は自然を理解し利用することを礎にしている。自然を理解した上で、特定の動植物を不必要あるいは有害と決めつけて排除するならかまわない。それは万物の霊長であるヒトの特権だ。けれども、虫けらの存在を無視している間に生物多様性が小さくなってしまうのは悲しいことだと思う。いてもかまわない虫なら意識していさせてやればよいではないか。アオダイショウやヒキガエルなんかはまさに無害で愛嬌のあるよき隣人だ。住宅地の生物多様性を大きくするためには知識も技能も必要で、民度も高める必要がある。挑戦しがいのある事業と思うのだが。
ステムとハンドルバーを換えた半原1号で半原越。最初は、あれっと思った。なんだかずるずる後輪を引きずる感じがする。ブレーキがかかっているわけでもなく、空気が抜けているわけでもない。タイヤはすり減って扁平だ。タイヤかフレームによる気のせいかにして気にしないことにする。ところが、登りにかかると異常に調子がよい。力が出すぎて速すぎると感じる。この1週間ばかりステロイド(ただし塗り薬)を使っているから、もしかしてドーピング? などと疑う。
荻野川の田んぼではヒガンバナが咲いている。稲も色づきすっかり秋だ。気温は32℃。私にとっては涼しいほうだ。昨夜は、26×19Tで行こうと思っていた。やってみると軽すぎる。まずは16Tにかけてスタートだ。それでギア比は39×24Tに相当する。とりあえず、区間1は16Tのままで過ぎて、区間2の入り口の丸太小屋の坂は19Tを使う。やっぱりこれぐらい軽いギアがあると楽だ。坂の出口は左右を秋海棠のピンクの花が埋め尽くしている。秋海棠はどんどん増えている。丈夫な花なのか、誰かの好みか。15T、16T、17Tを適当に使って、区間4は19Tで通す。20'48"と72rpmは悪くない数字だ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'33" | 4'33" | 15.6 | - | 76 | |
| 区間2 | 9'37" | 5'04" | 14.0 | - | 73 | |
| 区間3 | 14'31" | 4'54" | 14.4 | - | 73 | |
| 区間4 | 20'48" | 6'17" | 11.3 | - | 65 | |
| 全 体 | 13.2 | - | 72 | (1491) |
帰宅してから、こちらもハンドルバーとステムを換えたナカガワで境川。苦労した甲斐あって、ものすごくかっこいい自転車になったと思う。ポジションもばっちりで、向かい風を32km/hほどで快走していると、左の膝が痛くなってきた。「ちょっとがんばりすぎか、ドーピングの副作用か?」ぐらいの感じであまり気にせず、折り返し点で自販機のアミノサプリなんぞを座って飲んだ。さてと立ち上がり、ひとこぎすると激痛だ。左脚に全く力が入らず右脚だけで回す。力を入れなくても伸縮だけで痛いのだから困ったもんだ。ピキッと来たのではないからおっかない故障ではないと思う。
今日はスタートから左右の脚がばらばらに動いているような違和感があって、その修正のためにいびつな膝の使い方をしたかもしれない。過去に同様の痛みといえば、30kg ぐらいの荷を背負って山を縦走しているときに感じたことがある。札幌時代に、重いギアで無理に支笏湖に通っていたときも同じ箇所に同じ痛みが来た。普通に歩く分には支障がないが、ペダリングはだめだ。自転車も1日3時間ぐらいに止めておいた方が健康面ではよいのだろう。
次男がこの夏生まれのヤモリを飼育している。そいつ用の餌をいつも探している。餌はメイガなどの小さなガが主なものだ。田舎の田んぼあたりではいくらでも手に入る虫だが、住宅地ではめったに見つからない。
たまたま午後7時ごろに渋谷の代々木公園に行く用があって、ついでに虫を捕まえようとフィルムケースを準備した。代々木公園ぐらいの面積の草木があれば、小さな蛾ぐらいはいくらでも手に入るはずと皮算用していた。ところが、代々木公園ですら街燈の下には全く虫が回っていない。蚊もたかってこない。
かといって代々木公園に虫がいないわけではない。姿は見えないけれど、おびただしい数の虫が鳴いている。木の葉にすむアオマツムシだ。そのやかましさは恐るべきものがある。右からも左からも前からも後ろからもビィービービーッという耳障りな連続音が鳴り響く。鳴き声の主がどの木、どの枝にいるのか特定することは全く不可能で、もはや虫が鳴いているというよりも林が鳴いているという様相だ。
市街地で夜に鳴く虫ではコオロギがいる。コオロギのうちの数種類は都市環境にも良く適応している。代々木公園にはコオロギが少ない。公園管理の方針からか大木の下草は短く疎で、土は固くなっている。食べ物や隠れ家の不足からコオロギの生息に適さないのだろう。代々木公園でも背の高い草や灌木が茂っているところではエンマコオロギなどの声が聞こえる。アオマツムシとは音域が違うためか数が少なくても声は通って来る。コオロギの声は足元から1つか2つ聞こえてくるぐらいが風流だと思う。
アオマツムシの、もっぱら樹木を住処にするという生き方は、土も草も穴も少ない都市にマッチしている。活発に飛び回ることもないから交通事故の心配もない。明りに集まる習性もないから光害の心配もない。街路樹等にはクモやカマキリ、スズメバチなど食虫性の虫は多くはない。鳥から身を隠す方法も心得ているようである。アオマツムシの幼虫〜成虫期の梅雨から秋にかけては、ちょうど都市の鳥は子育てが終わって梢の虫をやっきに探索しないシーズンのようにも思う。
アオマツムシの隆盛を脅かすものとしては、アオマツムシを内部捕食する寄生虫ぐらいのものであるが、そいつが吸蜜する必要があるとか街燈に寄ってしまうとか、都市に不向きな虫であれば、代々木公園のアオマツムシは手がつけられないことになってしまうかもしれない。数さえ多くなければおじゃま虫ではないはずだけど。
空はすきっと晴れて青く風もない。半原越のある山並みの空をトンビが飛んでいる。いや、遠すぎて尻尾の形が見えずトンビかノスリか自信がない。あちらにはこっちの目の動きまで見えているだろう。すっかり秋景色になってしまった神奈川のいなかを半原2号に乗って半原越。いつもの棚田の一番上の田もようやく花が咲いている。稲にはちゃっかりイナゴがはりつき、イチモンジセセリもいる。いわゆる害虫だけど、農家が気にする数でもない。ミヤマアカネが連結したまま穂の高さでホバリングして腹を振っている。用水の取り入れ口で、ちょうど一株分の稲がなく空間がひらけているところだ。きっと産卵しているのだ。しかし、私の目には卵らしいものはさっぱり見えない。ミヤマアカネはまだ赤色ののっていない未熟な個体もちらほら見える。発生期が長いのだろうか。
半原越は普通にやってみる。39×25Tに入れてシッティングだ。ときどき短く(3秒ぐらい)ダンシングを入れてインターバルをかけるほうがタイムが良くなるかもしれないと妄想したが、つらそうでやめた。今日のような調子で20分台をうろうろしておればまずまずだと思う。体力増強をはからずに技だけでタイムを縮めようという目論見はどこまで通用するのだろう。道路をアオダイショウやらカマキリやらがぽつぽつとうろつくようになっている。半原越も秋である。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'32" | 4'32" | 15.6 | 162 | 79 | |
| 区間2 | 9'37" | 5'05" | 13.9 | 177 | 71 | |
| 区間3 | 14'25" | 4'48" | 14.8 | 179 | 75 | |
| 区間4 | 20'18" | 5'53" | 12.0 | 187 | 61 | |
| 全 体 | 14.0 | - | 72 | (1454) |
半原越から帰って庭をチェックすると、ヒキガエルが見つかった。朝に池の中に入っていたやつだ。昨夜の雨に浮かれてミミズでも食べにやってきてそのまま池に浸かっていたのだろう。メダカの子にエサをやるのにじゃまだから手ですくい上げて池の脇に置き、たまたま枯れたスイレンの葉が2枚あったから、いたずらしてカエルの上にかけてやった。そのまま放置し4時間後に再び見に来ると、まだその場所にいる。半分土に埋まっているから、どうやら潜ろうとしたらしい。危機感のなさはさすがヒキガエルだ。この庭にはこんな感じで常時何匹か潜っているのかもしれない。
庭のヒナタイノコズチにクモがいた。ハナグモの一種だと思う。ヒナタイノコズチは地味な花だがよい蜜が出るらしく各種の虫がやって来る。このクモがこの花にこの姿勢で待つのは理にかなっている。いかにも「擬態しています!」という表情がなんともユーモラスであるけれど、クモにしてみれば大まじめでこういうポーズをとっているのにちがいない。この花には虫が多いこと、このポーズは気付かれ難いこと、私にはそのことがわかる。クモの気持ちがわかるというのも不思議なもんだ。
私は毎朝30枚ぐらいはこんな写真を撮っている。デジカメになって撮影コストが下がり、フィルムのころの100倍ぐらい撮るようになった。数を重ねれば歩留まりを上げるコツもわかってくる。この写真はニコンD100にタムロンの古い90mmマクロで撮った。常用している取り合わせだ。ストロボは自作デフューザをつけたものを正面から1灯。手持ちだからぶれないように1/160秒で、F22まで絞っている。暗くなりがちなスポット測光でも、この距離だと花が白飛びするから、1段ほどアンダーにしている。
プロはこういう写真は撮らない。同じシーンを撮ったとしても、こういう写真にはならない。とくに背景が真っ暗なのは不自然で陰気だから、三脚をつけてシャッタースピードを落として背景も明るくするだろう。それができなくても、ストロボをもっと増やして朝の太陽光を演出するだろう。もしかしたら、背景にピンぼけの草むら写真を置いて雰囲気を出そうとするかもしれない。そういうわざとらしいことをやった方があがった写真は自然に見えるからだ。いくら花とクモがちゃんと写っていても、夜のように雰囲気の悪い不自然な写真では売りものにならない。プロにとってはそういう写真は手持ちに無いことに等しい。
素人でもプロのまねをしてプロっぽい写真を撮ることは難しくない。機材だって素人のほうが高価なものを揃えていたりする。運が良ければ感動的に綺麗な写真があがるかもしれない。できあがった写真でプロと素人の区別をすることは不可能だと思う。だけど、プロと素人は決定的な差がある。
プロは自分の写真の隅々まで、なぜそういう風に写っているのかを説明できる。自分のカメラやレンズの特性を熟知している。たとえば、ニコンD100+タムロンSP90mmマクロの取り合わせだと、レンズ前25cmというように、そのセットが最も得意な撮影距離というものがある。もっとも綺麗に写るシャッタースピードと絞りの組み合わせがある。それを外せば画質がどう変わるのか熟知しているのがプロだ。私もこのレンズで10000カットぐらいは撮っているから漫然と相性のようなものがあることは気付いているけど、その原因を理論的に説明できないし、相性をいかした撮影をしようとも思わない。永遠に素人であり、それでいいと思っている。
ハナグモの気持ちがわかると言っても、それは独断に過ぎない。私個人の独断ではなく人間の独断だ。そもそもわかるということの全てが人間の独断である。科学でもそれはまぬかれない。わかるというのは、悪い言葉でいうならばつじつまをつけるということに等しい。カントは物自体のことはわからないといった。それは真理だ。しかし、カントが何を指して物自体と言ったかということもわからない。物自体が何かということをわからずに、その言葉を発明したのだ。結局人は物自体が何か永久にわからない。どこからが物自体の世界か知ることができずに、物自体の世界に向かって無限に遡及して行くことになる。
8月はちっとも夏らしくなかったのに、9月はこんなに秋らしくていいのだろうか。空の青さも筋雲も台風も秋だ。いつもの棚田も水が落とされた。いよいよ収穫だ。ミヤマアカネはあれっ?という感じで黄色くなりかけた稲の葉に止まっている。
今日は半原1号だ。スタートは26×16Tに架ける。軽いのか重いのかいまいちわからない。区間1はそれで行って、区間2の入り口の丸太小屋の登りは19Tを使う。その後は15Tか16Tを使ってそれなりに。区間4は19Tか21Tかと予想していたが、入ってみると17Tで行けることがわかった。この1.5倍くらいの少し重いギアで行けるというのは、そのままのギアで立ちこぎができるというメリットがある。区間4で5'42"は新記録だ。登る秘訣はやっぱり体脂肪を落とすことか。3%で時速1km。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'28" | 4'28" | 15.9 | - | 77 | |
| 区間2 | 9'31" | 5'03" | 14.0 | - | 71 | |
| 区間3 | 14'23" | 4'52" | 14.5 | - | 70 | |
| 区間4 | 20'05" | 5'42" | 12.4 | - | 64 | |
| 全 体 | 14.1 | - | 70 | (1421) |
帰宅して軽く昼飯を食って半原2号に乗り換えて境川。半原越でけっこうがんばったので40kmだけ走る。1.5倍でいいのならと、半原1号のフロントを34Tのシングル、リアを12〜27Tに変更した。
いつもの棚田は下の6枚が刈り取られ稲架がけされた。成長の悪い一番上のだけが田に植わっている。その稲の間をタンデムになった赤とんぼが飛んでいる。どうもナツアカネらしい。タンデムのまま腹を振っているのは産卵だろう。色づいた稲が立っている田に水はない。卵は乾いた土の上に落ちることになる。ナツアカネならば土の中で冬を越して、春に水が入って孵化すればよいから、彼らの産卵は無駄にはならないだろう。
水田に象徴されるように湿ったり乾いたりすることは、浅い水たまりのさだめといえよう。そういう環境を利用するトンボも多い。問題は乾いた所に産卵する親の気持ちだ。彼らが羽化したときは、そこには水があったはずだ。通常であればトンボの産卵は水があるところに行われるべきである。水がなくても、つやつや光る自動車とかビニールシートとか、水の属性を有するものに産卵するべきである。それなのに、乾いた場所に産卵できるのはなぜか。この地上の大半は乾いている。その乾いているところの大半はヤゴの生育に適さない。産卵のときには乾いていても春には水がたまるという、ごく限られた場所だけが利用可能なのだ。
いうまでもなく、トンボはやがてそこに水が来ることを知らない。それどころか自分が産卵していることすら知らない。稲の間を飛び交うナツアカネを眺めているうち、その気持ちは二通りが考えられることに気付いた。一つは、自分が生まれた場所に忠実に産卵することだ。水があろうとなかろうと、生まれたところに帰ってきて卵を産み落とす。そういう習性であれば命をつなぐこともできる。一つは、田んぼには水があるもんだと感づいていることだ。いまは乾いているが、数週間前には水が張られており湿り気は残っている。少し雨が降れば水はたまるだろう。ナツアカネがその辺の山から下りてきたときはまだ水があったはずだから、水田と水は連結して意識されているということもありえる。しばらく観察していたけど、刈り取りが終わった田では産卵していないようでもあった。その観察が正しいならば、後者が可能性として高いかもしれない。
半原越は半原1号のギアを変更したのに伴って、重いギアで攻めてみることにした。スタートは34×17T。2倍だ。スタートの10mの急坂をダッシュ。橋1までのうねり道路で重いギアを無理に踏んでスイッチが入り、完全にTTモードだ。丸太小屋の坂も2倍のままダンシング。心拍数はたぶん190bpmに達しているだろう。今日は測ってないけど。私のTTモードというのは、行けるところまで力一杯やって、動けなくなったらあきらめる、というシンプルなやりかただ。時計だけ欲しければ一番手っ取り早い。区間3を14分以内だから20分は切れるペースだ。ただ、区間4で死んで完全に脚が止まるかもしれない。ともかく17Tではぜんぜん踏めないから19Tに落とす。そのままほとんどダンシングでゴール。時計は19分23秒。新記録だ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'12" | 4'12" | 16.9 | - | 67 | |
| 区間2 | 8'59" | 4'47" | 14.8 | - | 59 | |
| 区間3 | 13'44" | 4'45" | 14.9 | - | 59 | |
| 区間4 | 19'23" | 5'39" | 12.5 | - | 56 | |
| 全 体 | 14.6 | - | 60 | (1165) |
帰宅して半原2号に乗り換えて境川。南風が強く小雨もぱらついて来た。いくらか青空も見えており軽い通り雨だ。それなのに雨粒は大きく冷たい。上空はけっこうな上昇気流があるのだろうか。100kmほど走って、風もないところでどれぐらい出るかと回してみた。瞬間最大速度で46km/hだった。これにはちょっとショック。衰えるものだ。若い頃は通学用のミヤタの黄緑色カルフォルニアロードで踏めば50km/hは越えていた。当時はサイクルコンピュータなんてこしゃくな物はなかったから、オートバイとの併走だ。もう30年も前の話である。
この3日ばかり、ぼけ症状を連発した。銀行の現金自動払い機でキャッシュカードを使えば、出てきた現金を取り忘れて、紛失。新宿駅で定期券とパスモを使って乗り越し精算をすれば、定期券を紛失。あきらめてその日のうちに定期を買い直したところ、すぐに紛失定期が見つかり駅で保管してあると連絡が入った。しかし、買い直して重なった分は戻らない。けっこうイタイ出費となってしまった。
女房はやさしいから「そんぐらいぼけたほうが普通になっていいんだよ」というけれど、この頭の悪さはかなり深刻なものと自覚している。現金等の紛失はよけいな損失であるし、昼間に東急ハンズで買ったものを夜には覚えていないというのもまずい。同僚の名前をど忘れしているのも気まずいし、話題になった新しい人物の名前を30分後に思い出せないようだと、これで社会生活が営めるのかと不安の入道雲がむくむくとわき上がる。
ぼけるとか頭が悪くなるのは年齢のせいか、何かの病気のせいだ。だからしかたがない。としても致命的なミスは避けたい。現金や定期券の取り忘れは、現状程度のぼけなら防げるミスだ。それは何十回、何百回と行っている単純な作業で、そこに心がなかったために起きた失敗だ。禅でいうところの、迷いがあるからそういう失敗が起きる。この2つの取り忘れには共通点がある。現金の場合は領収書をとって、それに気をうばわれた。定期券では精算券をとって安心していた。領収書や精算券に気を回すのは普通のことだが、そのとき私は未来のことを考えていた。思考内容は、券を見ながら心捕らわれるような筋合いのものではなかった。現金や定期券を回収した後にやればよいことだ。そういう迷った行動をしていても頭がしっかりしておれば痛い失敗にはつながらないものだ。いまや頭のよい人間ではないのだから、これからは簡単な作業でも指さし確認風にこなしていかなければひどい目にあうはずだ。
9月も終わりになって、庭のジョロウグモがジョロウグモらしい姿になってきた。横から見たときに腹が四角形になり、赤い色が目立つようになってきたのだ。ジョロウグモといえば秋のクモ。今年も私の生活圏ではこのクモが無数に育っている。ただし、私の庭ではメスはこの1匹だけである。
夏の初めにはけっこうな数がいた。そのうち何匹かは脚が欠け落ちていた。うまくすれば脚が再生する様子を確認できるかと甘い考えも持って、毎朝観察をつづけていた。ところが、台風が最接近したあの日の朝、彼らはことごとく姿を消してしまったのだ。雨風によって巣が破られ、木陰に避難したものの、そこで何かに食われて命を落としたか、生き延びても巣を再建するだけの体力はなかったものと見える。成長したジョロウグモの巣はかなりの風雨に耐える。クモ自身も堂々と巣の中心に居座って、風に揺れ雨に濡れて悪天候をやり過ごす。それが彼らのやりかただ。丈夫な巣を作れないやつは小さな台風程度でも命取りになる。
今年は、彼らのあっけない失踪をうけて少し反省するところがあった。クモの死は私の敗北でもある。ジョロウグモの欠けた脚が再生できるかどうか見届けるには実験的環境を用意し彼らの事故死を防がなければならない。
現金や定期を取り忘れたことからもわかるように、私は悟っていない。今朝も、駐輪場に自転車が見あたらず、盗まれたのだとがっくりしていたが、夕方になっていつも駐輪しているのと少し離れた所に当の自転車を発見して、ほっとするとともに、朝には見つけられなかったことにいっそうがっくりしてしまった。やはり禅でいう悟りの境地は遠い。
禅のことをいろいろ調べてみると、悟りというのは理論的には全然難しくないことがわかる。もとより、禅は無意味である。昔からある公案という有名な禅問答のなかで意味のあるものは一つもない。無意味なはずの問答を普通の人間のことばで解釈すると極めて難しいものになる。
普通には、わかるわからないということは、その対象の理由や目的を明らかにすることをいう。または、何かのグループ(集合)の包含関係を決めることをいう。たとえば、このチョウはアゲハの一種だな。というとそのチョウがわかったことになる。そういうわかり方の一切を禅は拒否しているように見える。そういうわかり方をしないように厳しい訓練を積んでいるのではないかと思う。禅問答とはそんな境地にある人達のものの理解のしかたなのだとすれば、難しいことは何もない。難しいのはそこに至ることだ。
物自体はわからないというが、理由や目的、包含関係を使えば、それはわからないに決まっている。過去のこと、未来のこと、空間的に離れた所にあるもの、そういう異次元のものから、その対象を浮き彫りにしたとて、その対象自体が何かがつかめるわけがない。つかめないからといって、それが無であるかというと、決してそうではなく生々しい存在感は、まさしくそのつかめない対象そのものとして、そこにある。それこそが物自体。ほんとうはそれのみが意味のあるもので、実際に日常に形成しているものなのだと禅は気づき、それをダイレクトにつかみ取る、つまり、悟りの結果があの荒唐無稽な問答になったのだと私は解釈している。
空模様も天気予報も雨が降る気配満点だ。雨の日は自転車が少ないなあと、半原1号で半原越。それほど気温が低いわけでもなし、みんなもっと雨の楽しさを知った方がよい。車輪は滑るけど。立ちこぎするだけで後輪が空転するけど。
いつもの棚田は下の6枚の稲がもう撤去されている。先週来たときは、稲架に掛けられていたのだが、今日はその稲架だけが残っている。大工仕事に使うような鉄製のものだ。木や竹のものよりは作りやすいのだろうか。情緒はないなと思う。
半原越は34×21Tの固定でやってみることにした。区間1ではこのギアは軽すぎるように思う。軽ければ90rpmぐらいに上げれば良さそうなものだが、そうは行かない。なぜだ?としばし悩む。おそらくトルクの問題だろう。中程度の負荷をかけなければならないとき(今日の例では5%程度の登り)では80rpmがやっとだ。時速16kmぐらいしか出ていないのに脚が綺麗に回っておらず力が逃げている感じがする。回転数を上げればもっと悪くなりそうだ。前回の2倍のギアでは、同じ所を同じ速度でもうまく足にかかっている感じで踏んでいけた。私の場合、半原越では60〜70rpmで走るのが最適らしい。無理にスピードを出したわけではなかったが、区間4は6分を切っている。立ちこぎもラストスパートまで使わない。この秋、一皮むけた走りになっているという自覚がある。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'44" | 4'44" | 15.0 | - | 73 | |
| 区間2 | 9'42" | 4'58" | 14.3 | - | 70 | |
| 区間3 | 14'37" | 4'55" | 14.4 | - | 71 | |
| 区間4 | 20'25" | 5'48" | 12.2 | - | 60 | |
| 全 体 | 13.9 | - | 68 | (1397) |
降り続いた雨で路面は濡れて落ち葉がアスファルトにはりついている。秋の風情である。ときおり目につく緑のものは自動車に轢かれたハラビロカマキリだ。ハリガネムシもろともやられているものが多い。ハリガネムシにとっては「秋まで来てこれかよ。もっとしっかり生きてくれよ」と文句の一つもいいたいところだろう。ただし、カマキリにとってはハリガネムシが腹に入った時点で死んだも同然なのだから、自動車に轢かれることで来年の脅威を減らす結果になっている。無自覚な自己犠牲だ。
今日も道路にはカマキリが多い。ひきつづき半原1号で半原越。カマキリが増える善明川あたりから半原越の頂上まで、カマキリの轢死体を拾っていったら100や200は簡単に集まるだろう。道ばたではコオロギが鳴き、木々ではミンミンゼミ、ツクツクボウシ、アブラゼミが鳴く。稲刈りが最盛期の田の上にはウスバキトンボが舞っている。いつもの棚田ではヒガンバナが種を結び、ナツアカネとミヤマアカネがしきりに産卵している。
棚田の上には道路を一本隔てて一軒の民家がある。その家がなかなかうらやましいことになっている。毎年のことだが、家の周囲がジョロウグモの巣で埋められるのだ。庭木の茂り具合、電線の伸び具合、屋根のアンテナの張り具合が絶妙なのだと思う。蜘蛛の巣の数は10や20ではきかない。とにかく、家全体が巣でくるまれているという案配だ。クモはまるまる肥えている。獲物が多く稼ぎがいいらしい。わが家のクモは10月というのにまだ貧相でちょっと気の毒になる。その家にもわが家と同じようなムクゲがあるのだが、巻き付いているつるが違う。私のところはしょぼいヤブガラシ。そこはアケビ。でかいインゲンマメみたいな実の殻が道路に散乱しているのを見つけて気付いた。アケビはちょっとだけ甘くて好きだった。それほどうまくはないけれど、子どものころには貴重品だった。山形の人はけっこうアケビの殻を食べる。いくらかもらって食べてみたがうまくもまずくもなかった。
半原越はがつがつ行く気が失せてしまった。カマキリの亡骸を見過ぎて諸行無常モードに陥ったのか、本来の自分に帰る季節だ、などと後ろ向きな気分になった。道路にアオダイショウの小さいのが転がっていたので捕獲。ただし、蛇入れを持っていないからその場で放した。こういう行為が本来の自分だと思う。
ともあれゆっくり走る。ギアは34×24T。6分、6分、6分、7分目安で楽に走る。しばらく雨が続いて道路脇のコケがきれいだ。二連橋手前の橋(犬小屋のあるところ)には道路を流れる雨で集められた泥がうず高く積もっている。そこに1本だけ新しいロードレーサーのタイヤ跡があった。今日も一人はここを行ったらしい。近年、自転車乗りは爆発的に増えているように思う。それでも半原越に来る人数は増えていないようだ。レース指向の連中にはもの足りず、健康のためというにはきつすぎる。そういうところが不人気の理由だろうか。私にとってはちょうど良い具合の峠道だ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 5'40" | 5'40" | 12.5 | - | 70 | |
| 区間2 | 11'39" | 5'59" | 11.8 | - | 66 | |
| 区間3 | 17'35" | 5'56" | 11.9 | - | 67 | |
| 区間4 | 24'01" | 6'26" | 11.0 | - | 62 | |
| 全 体 | 11.8 | - | 66 | (1590) |
これぐらいのタイムだと楽だ。半原越TTをはじめた頃は、生涯の目標が25分を切ることだった。それを思えば化け物のように強くなった。下りの途中でアサギマダラを見る。足下にいたから見間違いはない。もう一度見ようと、ブレーキを引いて自転車を止め、振り返った。そこにはもう蝶はいなかった。
PowerMacintosh G4の通称MDDというのを自分的最強のマシンとして使っていたのだが、そいつが壊れてしまった。電源ボタンを押しても白いランプがつくだけでうんともすんとも言わない。もちろん、バッテリーの交換など簡単な手立てはすみやかに講じた。どうやら電源部の故障らしい。同様のトラブルは激発しているらしく、ちょっとググるだけで山のように事例が集まった。「MDD=電源が故障する機械」は定説らしい。このMDDはOS9で立ち上がる最後の機械ということなので、数年前にちょっと無理して中古で買った。12万ぐらいした。うるさいとか光学ドライブのメディアの取り出し方がわからないとか、いろいろ文句はあるもののけっこうなパワーがあり、一生こいつでいいかな、と思ってきた。
さて、MDDの電源修理ならば14000円という驚くほど安価でやってもらえるショップがある。しかし、このさいだからと新型の機械も探してみることにした。すると、PowerMacintosh G5というワンランク高級なのがずいぶん安く出回っていることに気づいた。MDDに毛が生えた程度の最低ランクのものなら2万以下で買えそうだ。OS9起動の必要性は相変わらずあるものの、それは友人からG4の通称DigtalAudioというやつを引き取っているので問題ない。近頃はOSXにも慣れてきた。だったら、MDDを修理するよりG5の方がいいだろうと、山形のショップから送料込み2万でG5の最低ランクのやつを買った。
届いたG5はやたらと大きい。しかしいまさら驚くようなことでもないはずで、心の中で知らぬふりをする。さて、機械の移行というのはけっこうな手間である。これまでずいぶん苦労した。ハード的には、MDDとG5の最低ランクのやつはけっこう互換性がある。メモリの種類が同じ。DDR-PC2700である。残念ながらハードディスクはIDEとSATAで種類が違うから、MDDに入っているのを取り出してG5に入れるだけではことがおさまらない。G5が内蔵IDEで起動できるようにするATAカードは高価すぎて買う気がしない。
そうなると、ソフト的な移行が必要になる。OSのインストールからはじめて、アプリケーション、データ・・・とやると気が遠くなる。中身を移すのにMacOSは基本コピペだけで済んでいたが、OSXはそうはいかない。幸い、Personal Buckup X4というバックアップ用の優秀なソフトを持っている。そいつには、クローンという完全に同一のハードディスクを作ることができる機能があるから、それでやることにした。じっさい、2回ほどクローンを作った経験もある。
まずはMDDからハードディスクを取り出して、外付けハードディスクに入ってるやつと入れ替えようと、外付けケースをあけてIDEケーブルを外そうとしたら、ケーブルを破壊してしまった。ピンから抜けるよりも小さい力でケーブルが切断されるという奇妙な仕様であった。どうやらこいつにハードディスクを入れることはできても出すことはできないようだ。安物のケースだからしかたがない。そうなると、DigitalAudioとG5をFirewireでつないでターゲットディスクモードでコピーだ。これがけっこう時間がかかる。コピーは37ギガバイト程度なのだが、たっぷり4時間かかった。
作業終了して、さあ起動だ、とG5の電源ボタンを押すと白にリンゴマークのある例の画面が出る。そして、1秒、2秒、10秒、1分、2分、変化がない。しかも冷却ファンが途方もない勢いで回りだしてMDDを上回る爆音がとどろき始めた。これは絶対おかしいと、もう一度電源ボタンを押して終了。何が悪いのか? DigitalAudioをFirewireでつないでG5で起動させるとか、インストールDVDを使って、そこから起動させてみるとか、トリッキーな試行錯誤も改善なし。
1時間ばかり格闘して、以前にも同じ目にあったことがあるような気がしてきた。所有権とアクセス権がどうも変なことになっている。クローンの作り方に問題があるのだ。冷静になって操作マニュアルを読み返す。コピーの前に「ディスクの情報を見て、所有権を無視するというのにチェックを入れる」という手順が抜け落ちている。思い起こせば、同じ失敗を半年くらい前にやって痛い目にあっていたのだった。ケーブルを切断するという馬鹿げたミスをやって頭に血が上っていたのだろうか。さあ、あと4時間。もう眠ってあとはマックにまかそう。
いよいよ寒くなってTT気分も抜け、チネリで半原越。稲刈りが最盛期の相模川流域をゆっくり走って清川村に向かう。ギアはもっとも軽いもので、42×23T。時速は25km/h。アウターの52Tは必要ない。秋は気のせいか音がよく聞こえる。とりわけ風景のベースになっている環境音の一つ一つが体の中に入ってくる。鳥の声、虫の声、稲刈りのコンバイン、喫茶店の風鈴。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'28" | 4'28" | 15.9 | - | 69 | |
| 区間2 | 9'36" | 5'08" | 13.8 | - | 60 | |
| 区間3 | 14'38" | 5'02" | 14.1 | - | 61 | |
| 区間4 | 20'40" | 6'02" | 11.7 | - | 51 | |
| 全 体 | 13.7 | - | 60 | (1245) |
42×23Tはやっぱり重い。ハイケイデンスは私には無理と思い直して、重めのギアを使って70rpm付近で登ることを目指しているけれど、2倍あたりでは難しい。10%超が断続的に現れる区間4では、立ちこぎを多用しなければ10km/h以上出せなくなる。
帰宅して一休みして境川。ゆっくり目に走る。境川で速いのは初級者。私のようなベテランは、ぴしっとした姿勢で一定ペースでまっすぐ走るのだ。境川のような、お年寄り、女子供、犬がひしめくところでは、美しく走ることが第一だ。残念ながら、我が国の自転車文化はまだ幼児並だ。自転車という機材の扱いも、乗り方も、もうちょっとなんとかならんもんかと寂しくなる。境川のサイクリングロードでは、自転車は走り方(歩行者をよけさせてはいけない)を知らず、歩行者はよけ方(自転車をよけてはいけない)を知らない。あれでは互いにぎすぎすする。事故も起きる。
それにしても、こんなに自転車に入れ込んでいていいものかと、ふと疑問に思う。競技選手でもなく、なにか自転車に関係することをやっているわけでもない。ただの素人、サンデーサイクリストというやつだ。それでも暇さえあれば自転車に乗り、ひたすら半原越を楽して速く登る方法を考えている。こういうオヤジの存在も自転車文化の向上にちょっぴり寄与しているにはちがいない。
ニコンから発表された新型カメラのスペックを見て目をむいた。いったいこりゃなんなんだ。パチカメってのはどこまで進歩するんだ。こんなカメラがたかだか60万ぐらいで入手できていいのだろうか。もう一声の進歩を期待するならば、100分の5秒前ぐらいのパスト録画機能とか、拡大機能付きの電子ファインダー(ボディの液晶はどれほど大きくても老眼のためよく見えんのです)か。こいつの電気系が強化されてそれらが搭載されればカメラに求めるものがなくなってしまうと思った。
とはいえ、私は新型ニコンを買わない。今のカメラは私にとってとっくの昔にオーバースペックなのだ。デジタル一眼なんて最初の機種から私の要求を遙かに超えている。はじめに手にした富士フイルムの S1-pro にはファインダーが狭いとか、黄色がすぐに飽和するとか、雲が白飛びするとか、ストロボ同調速度が遅いだとか、いろいろ不満をもったけれど、そんなものは重箱の隅をつつくようなものだ。これでもかと、次々に売り出される新型を横目で見ながら、ま、次のは買ってもいいかな、と S1-pro を使い続けた。そうこうしながら、プロの使い古しを自転車と交換したりして新しいものを買うタイミングを逸した。
いまや、私が買おうかなと心動かされた3世代ぐらい前の中古カメラが発売時の10分の1の価格で買える。現状もっとも気に入っているカメラは19000円で買った S2-pro だ。一部壊れているけど修理は不能。する気もない。この感じで古いのを使い捨てながらやっていくんだろう。いまの調子でカメラを使い続けていれば、ニコンD3Sは15年後、65歳ぐらいのときに順番が回ってくると思う。この進歩の早さだと5年後かもしれない。本当のところ、画素数は200万もあれば十分であるし、オートフォーカスも、オートアイリスもいらない。TTL測光も不要で、ストロボなんてマニュアルだけでもよい。いわば全手動のフィルムカメラと同じぐらいの機能で十分。その場で写真の確認ができるだけでも夢のようなのだから。
あまり知られていないが、境川は坂である。自転車がかってに転がるほどではないが、水がけっこうな勢いで流れ下っていく程度には坂である。それゆえ湘南から緩い風が吹いているときには行きも帰りも同じ強度で同じスピードで走れることになる。
今日は半原2号で境川。得意の90rpm 走行だ。半原2号のフロントアウターは50Tだから、後ろを19Tにすると時速30kmになる。これが今の私のちょうどいい強度だ。1時間ぐらいは余裕で続けられる(はずだ)。今日の風だと行きも帰りもそのペース。風がちょっと強いときには力を入れて90rpmを維持する。
平坦なところで1時間も同じペースで走ることは実際問題として不可能だ。境川は歩行者、ランナー、自転車、犬がひしめく自転車道だ。時速30kmを維持できるのは数分に過ぎない。やってもいないのに、1時間ぐらい楽勝と言えるのは心拍計があるからだ。いわゆるサイクリングペースでは心拍数は130から140bpmぐらい、90rpmで時速30kmにすると、数値がぐんぐん上がり160bpm付近で落ち着く。普通のおじさんならそれはほとんどMAX、でなくても無酸素域かもしれない。しかし蚤の心臓を持つ私には有酸素域、「けっこう乗ってるよね」くらいなのだ。道路ではだめでも、ローラーならその強度で1時間やれている。この平坦90rpm走法は、今のところ50×19Tまでしかできない。52×19Tでもぎりぎり行けるか。このギア比をすこしずつ上げて、最終的には50×17Tでできるようになるのが目標だ。
ところで、さまざまなしがらみによって「あなたはなぜ走るのか?」という質問をVIPの自転車好きに投げなければならないはめになった。他人に尋ねるのだから自分でも答えられなければならない。それが筋だ。本当の答えは禅問答風になる。有名な、なぜ山に登る? 山があるからだ。みたいなことが本当のところだが、人間にわかる言葉で説明が求められるのがつらいところだ。
私が人間の言葉で説明するならば「自転車は乗れば乗るほど強くなる気がする。進歩する自分が愉快だから。」ということになるだろう。50年も生きていると、ありとあらゆる事で限界を感じて無力感にさいなまれてきた。勉強でもスポーツでもゲームでも、やり込むうちに限界が見える。伸びるときは楽しいけれど、すぐに伸びは止まり飽きてくる。私は大学生のときもロードレーサーに乗っていた。あの頃は、今よりはるかに速かったにもかかわらず、強くなれる気がしなかった。ところがこの数年、自転車では限界を感じない。いま、この時点が生涯最強だという確信がある。たんに馬鹿なのだろうか?
自転車というのは不思議なもので、好調の波が頻繁に訪れる。乗るたびに「うん、昨日より上達した。明日はもっと強くなる。」という気がしている。ちゃんと練習すればコンタドールにも勝てるんじゃないかという気がする。それは幻覚だ。私には競技選手としてはもちろん、その辺のおじさんにも勝ち負けできるほどの素質はなく、年々老化は進む。それが現実だ。でも、ハンドルをぐっと握ってペダルをぐんと踏み込むと、そんな現実は置き去りだ。私の自転車には何かの呪いがかけられているかもしれない。
朝起きると電線か何かがぴゅうぴゅう鳴っている。かなりの強風だ。寒冷前線を伴った低気圧がずいぶん発達したらしい。ということは半原越ではなく境川の方がおもしろそうだ。半原TTの気分も萎えている。昨日の続きで90rpm走行を試してみたい。
風は南風だ。海に向かうときは50×21Tを使う。そのギアで90rpmだと時速27kmになる。風は一定ではないからところどころ楽でところどころしんどい。心拍数にして140bpmから170bpm。問題は170bpmまであがったときだ。そのときうまくいってないような気がする。気がするぐらいだからうまくいってないに決まっている。体から絞り出す力の半分ぐらいしか速度に変わっていないように思う。動きがスムーズでなく、腰に痛みがきて太ももが熱くなる。
自転車は重いギアを速く回せば速く走るというシンプルな乗り物だ。向かい風や上り坂では重いギアを使っているのと同じことになる。ただ、坂は風に比べて圧倒的に抵抗が大きい。何もしなくても風下に走っていく風は滅多に吹かないが、何もしなくても下っていく坂はそこらへんにいくらでもある。だから、向かい風程度でがんばることは、たんに愉快なだけで、半原越TTの練習にはなってないと思っていた。しかしそれは早合点のようだ。
たしかに半原越では90rpmというケイデンスにこだわっていてもらちはあかない。わざわざ90rpmで回せるギア比で半原越を走る意味がない。ぎりぎり90rpm回せる強度は半原越まで行かなくても容易に実現できる。今日の程度の向かい風だと時速27kmでOKだ。風がなくても時速35kmを出せるならOKだ。実際問題としては怖くてできないけど。
また、登り坂にはその斜度に応じて最適なギア比は決まっていることがぼんやりと見えてきた。ライダーの力ではなくてあくまで斜度に応じてそのギア比は決まるのだ。そして強いライダーは同じギア比で高いケイデンスを出せる。そう考えるのが合理的という結論だ。
平均斜度7%の半原越ではそのギア比は1.6倍程度だ。いまはそのギア比では70rpmに達しない。それを90はともかく75ぐらいにまでは引き上げたい。であれば、平地でも75rpmを維持できるぎりぎりのギア比で練習すれば良さそうに見える。たとえば、50×14Tで時速34kmを目標にすればよいように見える。ところがそれだと10分ぐらいしか続かないのだ。それぐらいの時間しか継続できないと体がその動きを覚えない。毎回、毎回やるたびに動きがぎこちなくしんどくてがんばったというだけのことに終始すると思う。上達につながる練習は、何十分も維持できるレベルで強く速く回すことを体に覚え込ませることのほうだと思う。
雲は低くたれ込めて風は北から弱く吹く。空気が澱んでいるようでけむい。田畑のたき火の煙が空に登って行かず地上付近にとどまっているらしい。昨日の夜から半原1号で半原越に行こうと決めていた。その決心が変わらないように、フロントフォークをMIZUNOのカーボンに変更した。デザインの関係ではフォークもチタンの方がいいから、しばらく使っていなかった。MIZUNOにすると、フロントセンターが20mmばかり大きくなり、やや操作性がよくなる。ショックの吸収もよいようだ。
半原越は34×17Tの2倍で入った。最初から力を入れて回す。区間1では20km/h近くでる。1kmの激坂をダンシングで越えて快調に飛ばす。速くて気分がよい。いくらなんでも後半もたないだろうと、丸太小屋では21Tを使う。あそこでいっぱいになって、区間2の後半の緩いところで失速するのが通例だった。区間2から3にかけても15km/h以上を維持する。新記録が出そうだけど、こんな調子で最後まで行けるわけがないと、自分を信じる気になれない。いくらなんでも区間4で2倍は無理だろうと、19Tを使う。斜度のある所で短く攻撃的に立ちこぎを使った。シッティングは座り立ちこぎという感じでもなく、田代さやかで行けた。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'10" | 4'10" | 17.0 | - | 67 | |
| 区間2 | 8'55" | 4'45" | 14.9 | - | 67 | |
| 区間3 | 13'33" | 4'38" | 15.3 | - | 63 | |
| 区間4 | 19'20" | 5'47" | 12.2 | - | 55 | |
| 全 体 | 19'20" | 14.6 | - | 63 | (1221) |
19分20秒は新記録だ。しかも、これまで20分を切ったなかで最も楽だった。半原越を速く走りたい一心で食事制限をして体重を落としている。ついに体脂肪計は10%を割る数字を出し始めた。測りはじめたときは15%ぐらいだったから落ちたものだ。境川に行っても、かなり重いギアを使って前を見据えて黙々走る。友人にそそのかされ龍勢ヒルクライムという秩父のレースにも参加登録してしまった。山岳での個人TTスペシャリストのはずが、ヒルクライムとはいえマスドスタートのレースに出るとは。己を見失った私はどこに向かっているのだろう。半原越の頂上でぽつぽつと降り始めた雨が、帰宅すると本降りになった。
本屋に行くと、サイクルスポーツが目を引いた。ダンシングが上達するひけつが書かれてあるらしい。すぐさま購入した。サイクルスポーツは数十年ぶりだ。さっそくホテルに入って読んでみると、いろいろと役立ちそうなことが書いてある。
私は常々ダンシングが下手だと思っている。もともと自転車には天分がない。普通のぺダリングだと無能がわかりにくい。つまり、体力不足で遅いのか、技術不足で遅いのかがはっきりしない。ダンシングのような派手な動作になってはじめてうまくいっていないことを自覚できる。登り坂での80rpmぐらいを維持したダンシングが全然できないのだ。ギア比を高くして、50rpm以下でなら25分(半原越全部)は続けられる。ところが、ギア比を小さくして、70〜80rpmに上げようとすると、ペダルがすこんすこん落ちて、体がぎくしゃくしてしまい続けられない。大きなギア比で全身の力を動員すれば、スムーズにできないこともないけれど、それは30秒ぐらいしか続かない。7%ぐらいの上り坂で、75rpm、170bpm。それを持続時間20分は無理としても5分ぐらいはこなしたい。その練習をするとしても、なぜできないのかがはっきりしていないと、間違った方向に進んでしまうだろう。私には間違った方向に進む時間がない。
なぜできないのか、原因その1)物理学的に不可能である。この可能性も考えた。人は自転車で空を飛べないように、登り坂で高回転型のダンシングを有酸素域で行うことは不可能かもしれない。しかし、これはアーティスト、ロベルトエラスや怪物ランスアームストロングたちがあっさりと否定してくれる。彼らは鳥でも鹿でもない。あくまで人間である。
原因その2)持久力がないからできない。裏返せば、持久力を上げればできるようになる。この原因であるならば、1分続けることは無理でも10回ぐらいはできるはずだ。でもできない。ちなみに、アルベルトコンタドールは現在最強のクライマーといってよいけれど、彼のダンシングはぎくしゃくしてカッコ悪くまねしたくない。あんなヘンテコなダンシングでめっぽう速いのだから、彼には次元の違う天分があるのだろう。
3)何かの秘儀があるのにそのことに私が気づいていない。←こいつの可能性が高い。
サイクルスポーツは秘伝の書とはいえないけれど、600円ぐらいで何かがつかめれば安いものだ。その記事に書かれてあるようなことは、まあまあできていることだった。上半身を力ませないこと。グリップはゆるくし、自転車を振りすぎないこと。重心を前に運ばないこと。腰の高さを一定にすること。これは基本だ。それでもランスやエラスみたいにできないから困っているわけです。彼らは10%ぐらいの登り坂を90rpmですいすい走っていく。シッティングならともかく、ダンシングであれができるわけがわからんのです。
サイクルスポーツには、まず試しにハンドルから手を離してダンシングの姿勢でペダルの上に立ってみよとある。サーカスの玉乗りのようなものだが、ペダルは前後にしか動かないのだから、ずっと簡単なはずだと思った。帰宅して部屋に常設してある固定トレーナーでやってみると、意外にも難しい。10秒ぐらいしか立っていられない。前後、上下だけでなく左右にもけっこう体が振れる。なるほどこれは基礎がなっていない。体軸がぶれて重心が決まっていないようではぎくしゃくになるのも当然だ。手放しスタンディングでの重心を維持したままクランクを回せるのなら、ハイケイデンスダンシングも行けそうだ。ロベルトエラスもそうなってるように見える。
記事によると、そのためには体幹の筋肉を強化する必要があるということで、効果的な体操も紹介されていた。腕立て伏せのような姿勢で耐えるというやつは、まずは10秒からはじめて1分できればまずまず、とのことだが、最初から楽々1分できた。あとは、ペダルに立つのに必要な動きを筋肉に書きこむことだ。それができて、まだエラスみたいにできないようだと、さらなる奥義を求めなければならない。
ところで、5分も10分も持続可能なハイケイデンスダンシングの意味を改めて考えておきたい。筋肉の負担だが、余計に踏みつけたりしないという前提で、サイクルスポーツが指導するように踏むよりも「置く」感じでペダル操作するという前提で、なぜハイケイデンスのほうが効率的かをしっかり自覚しておく必要がある。そうしないと、タイムが悪くなり、習得が難しい技の練習をまじめにする気がなくなるからだ。
私は60kg近くもの体重があるのだから、片足で立つだけでも負担である。ダンシングはその片足立ちを交互に続ける技だ。後足を蹴らずに早足で階段を登るのに等しい。その場合、片足立ちの時間は短いほうがよい。急な階段よりも緩いほうが結果的に高度を稼げるものだ。自転車でもケイデンスが大きくなればそれだけ片足立ちの時間は短くなるから、足の筋肉への負荷も小さくなるはずだ。市川さんの頃は、坂道ダンシングは50rpmぐらいだったらしいが、ランス以降は90〜100rpmで走る選手も珍しくない。私はできないけれど、きっとその方がいいのだ。
10%ぐらいの登りでアタックしたエラスの走りを見ていると、スタンディングもダンシングも90rpm。ギア比も速度もいっしょと思えた。両者を使い分けているのは、斜度の違いに対応するためか、筋肉の負荷を分散させるためかはわからない。私が彼のまねをしたことは言うまでもない。その結果、頭を抱えてしまった。エラスがそんなことができる理由がさっぱりわからなかったからだ。
10%を90rpmでダンシングするためには、ギア比が1ぐらいでなければならなかった。理由は単純である。全体重をかけても、ペダルがそれだけの速度で落ちていかないからだ。下死点までどんと落ちれば、ペダルを蹴るようにして脚を上げなければならなくなる。ばたんばたんして最悪のダンシングだと思う。しかも速度は時速10kmぐらいだから話にならない。体重を乗せるだけで90rpmになるくらいの軽いギアでエラスのように走るには、スーパージェッターの反重力ベルトを持っているか、見えないスカイフックで吊されるかしかない。それならと、ギア比を2倍ぐらいにしてペダルを重くして90rpmまで上げようとすると、もう全力疾走だ。体重だけではペダルが落ちないのだから、腕力も動員して踏みつけるしかない。座り立ちこぎの必死バージョンだ。それだと30秒ほどで限界だ。エラスがその方法をとっているようには見えない。上半身はあくまで支えで、腰と太ももを中心にクランクをぐるぐる回している。実際、エラスのギアは重いのだ。時速25kmぐらい出ているのだから、39×25Tか39×23Tあたりだろう。
そこんとこの謎を解明すれば、きっと一皮も二皮もむけた切れた走りができるだろう。残念ながらサイクルスポーツには、その奥義に通じる道は描かれていなかった。私には、その入り口に当たる「まずは立ってみよう」がうまくいかないのだから、その練習をしつつなんらかの光明を見いだすしかない。
小春である。これは何をおいても半原越だ。半原1号でいそいそと出かけていく。サイクルスポーツの記事を読んで、イメージトレーニングは充分。すっかりダンシングがうまくなった気でいる。
ギアは1.5倍よりもやや重い34×21Tを選択した。これで最初から最後まで行く。回していくのが基本だが、斜度のあるところでは田代さやかを動員し、もっとしんどくなると座り立ちこぎ、さらにきついところは最近話題のダンシング。60rpm回せない所では積極的にダンシング。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'17" | 4'17" | 16.5 | - | 81 | |
| 区間2 | 8'56" | 4'39" | 15.2 | - | 75 | |
| 区間3 | 13'36" | 4'40" | 15.2 | - | 74 | |
| 区間4 | 19'20" | 5'44" | 12.3 | - | 61 | |
| 全 体 | 19'20" | 14.6 | - | 73 | (1404) |
区間3を終えて13分半ぐらいだからかなり速い。ただし、ダンシングを多用して脚に来ている。しかも、このダンシングというやつがいまいちわからない。軽いギアだと、前脚がすこんと落ちる。重いギアだと、前脚がペダルに乗ってぐんと踏み込むことになる。さて、どっちがいいのだろう?
重いギアの方式だと、60rpmに達しない。これは物理的にそうなる。そうならないようにするためには、腕力と脚力を動員してスプリントのような格好にしなければならない。これはたぶん違う。軽いギアの方式だと全く前脚にかからず、つまり上半身にも太ももの表(まさしとは言わないことにした)にも負担をかけずに、70rpm以上が出せる。ところが、下死点を通過するときに、足を蹴るようなことをしなければならない。これもしんどい。重いギアがボッカの山登りだとすると、軽いギアは階段駆け登りだ。そのどちらもが最初の1歩から無酸素域に突入する運動のはずだ。本当に有酸素域のダンシングなんてあるのか。いったいどうすればいいのだ?
迷いにとらわれつつ、それまでダンシングを多用してきたことの反動を背負って、区間4はけっこうつらかった。久しぶりに止まるんじゃないか、ふくらはぎが攣るんじゃないか、と心配になった。タイムは自己タイでケイデンスは73rpmなのだから、たいへんけっこうだ。ただし、ダンシングは諸刃の剣だ。半原越では両足あわせて3000歩ほどになるのだが、その間に何回できるかの勝負となる。100回か200回か。
昨日はダンシングに迷いが生じて、夜にツールドフランスの再放送を穴が開くほど見てしまった。たまたま、最難関と前評判の山岳ステージだったので、なにかダンシングの練習のヒントが得られるのではないかと思ったのだ。最大の収穫といえば、そんなにケイデンスを上げなくてもいいんだ、ということがわかったことだ。トッププロだって登りで90rpmなんてめったにやってない。勝負のかかっていなところでは、60〜70rpmだ。ダンシングだって、60rpmぐらいでわりと前足がペダルに乗っている感じだ。あれでいいんだと、ひとまず安心した。ただ、アルベルトコンタドールだけは、けっこう階段駆け上り方式で足を蹴り上げているように見える。あれはちょっと無理。試しにビルの10階、200段ほどを1分半ぐらいで駆け上がってみたことがあるけど、太ももが張ってしばらくぴくぴくしていた。
とにかく今日も半原越だ。昨日は小春、今日は南風が強く異常に暖かい。青空には巻雲。アブラゼミが鳴いてチョウが飛ぶ。いつもの棚田に寝ころんで向かいの山を眺めれば、強風に広葉樹の葉がめくれ、いっせいに白い葉裏を見せている。太陽の前を雲が通過するらしく、山の麓から陰が頂めざして駆け上っていく。この暖かさは今年最後かもしれない。風を吹かせている低気圧が太平洋に抜ければ、冬の空気が入ってくる。次にまた同じような低気圧がくれば、向かいの山は丸裸だ。
結局、ダンシングというのは、斜度とギア比と私の体重が奏でるハーモニーだ。その3者がぴったり合ったときにきれいに脚が回るのだ。軽くても重くても失敗だ。半原越の斜度と57kgの体重は一定なのだから、勝負はギア比。そして、ダンシングできる回数は体力の限界で決まるから、ダンシングを要する急坂の距離に応じて最適ギア比が求められる。では、私の最適ギア比とは。というわけで、今朝一番に、クロナガアリの撮影すら後回しにして、フロントを36Tに変更して1.5倍ぴったりのギアを作った。
半原越に着く前の20kmにもところどころ10%程度の登りがある。そういうところで1.5倍のダンシングを試してみる。緩いところでは落ちる感じがあるが、10%ならかかる。無理に力を入れなくとも重力で落ちて60〜70rpmになる。その調子で、シッティングで60rpmから落ちるぐらいの所でダンシングを使えばよいのだ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'33" | 4'33" | 15.6 | - | 82 | |
| 区間2 | 9'34" | 5'01" | 14.1 | - | 75 | |
| 区間3 | 14'31" | 4'57" | 14.3 | - | 76 | |
| 区間4 | 20'30" | 5'58" | 11.8 | - | 63 | |
| 全 体 | 20'30" | 13.8 | - | 74 | (1513) |
昨日よりも70秒遅いが、これは疲れているからだ。それも当然。昨日は調子に乗って半原越を2本やってしまった。20分切った上にそんなことをしたら翌日に残る。1.5倍は緩い所でも軽過ぎない。そういえば数年前、1.5倍で75rpmっていうのを最終目標に掲げていたような記憶もある。今ならそれもできるんじゃないだろうか。
わがやのクロナガアリの巣はそれほど大きくはないと思うけれど、もう数年の寿命を維持している。いまちょうど収穫の真っ盛りで、巣口に張り込んでいると、次々に種を運び入れる様子が観察できる。
クロナガアリは中型のアリで、荷物を運ぶときでも、けっこうな速さで歩くから撮影はけっこう難しい。歩いているのを無理に追いかけても徒労に終わることも多い。こうして巣口で寝そべって粘っておればそれなりのカットも撮れる。機材は自慢のスーパーマクロカメラだ。改造レンズと自作デフューザー+内蔵ストロボという簡易な組み合わせでコケからアリから何でも手持ちで撮れる。むろん、アリぐらいのサイズになると、その背の上と下でピントがずれており、これはというシャープな写真は難しい。また、ストロボのチャージに2、3秒かかるからシャッターチャンスを逃すことも多々ある。
クロナガアリは私の事を気にしない。ピント用のライト、ストロボ、10cmの距離にあるレンズも全くお構いなしのようだ。集めてくる種は、アカマンマ、メヒシバ、チヂミザサなど。まあ、その辺にいくらでもある草の種である。クロナガアリはそういう雑草の種ばかりを秋に集めて、それだけを自らも食料とし、巣の中の幼虫も育てるのだという。
わが家には素人目で区別できるだけでも5、6種類のアリが生息している。その中にはけっこう悪さをするのもいる。人間を噛み、台所の魚にたかり、電気器具の中に巣くって故障も起こし、女房子どもの敵役だ。私はそういう悪さの一切を大目にみているけれど、アシナガバチの巣を襲ったりするアリには困りものだ。クロナガアリはそんな悪漢とは全く無関係で、イソップ的に良い奴らである。
しかもクロナガアリの気持ちになって、この草ぼうぼうの庭を眺めてみれば、けっこうお宝満載に見えてくる。お宝といえば人間にとっても本物のお宝、水稲の種がわが家の庭にある。今年も100粒ほどのあきたこまちが劣悪な環境の中でみのったのだ。彼らがどうするのか試すつもりで巣の近くに10粒ばかりまいてみた。米粒はクロナガアリの食料としては最上級の贅沢品だと思う。大きすぎるかもしれないが。
雲一つない天気だが、冷たい北風が吹いている。いよいよ冬だ。こういう日にはこういう日の遊び方がある。というわけで境川。南に向かうと時速27kmでも風を受けず暖かい。そのままおもいっきりゆっくり走る。南は下り坂だから脚を止めていてもけっこう進む。刈り入れが終わった田には切り株からひこばえが伸びて緑の草むらになっている。その草むらに蟻塚のようにたてられているのは稲わらだ。相模川流域のこのあたりは、稲わらを束ねて田に立てて干すようだ。そう教わって作業を手伝ったことがある。
勝負は北に向かうときだ。36×15Tにかけてぐいぐいがんばる。下ハンで肩を下げて風を切る。時速30kmの向かい風の中を時速30kmで走れば、対空時速は60kmになる。主観的には爆走だ。時速60kmといえば、世界選手権のカンチェラーラと同じだ。今年のカンチェラーラは怪物のように強かった。テレビ画面を3秒見ただけで誰よりも速いことがわかった。まさに自転車競技史に残る爆走であった。あのカンチェラーラと同じ風を体に受けている。脚のスムーズな回転を徹底的に意識する。回りの景色があまり流れないのに目をつぶれば、気分はカンチェラーラ。脚だって100回まわっている。客観的にはばたばたがんばっている自転車好きのおじさん。これでも少しずつ上達している。主観的には他選手に圧倒的な大差をつけてゴールを目指すカンピオニッシモ。
写真は今朝のクロナガアリ。プレゼントした籾は全く相手にされない。アリまたぎである。やはり大きすぎるのだろう。
クロナガアリがかれらとしては大きな白い物を運んでいた。いったい何事かと注視すれば、それはダンゴムシの亡骸のようだった。正確には脱皮殻かもしれない。クロナガアリは植物の種を専食するアリだが、こうやってダンゴムシを運ぶ様子はしばしば見ている。殻だけでなく、死後間もないものを運んでいるのも見たことがある。
気になるのは、ダンゴムシの殻が食物として有効なのかどうか。そもそも巣の中に入るのか、ということも気になる。「こんなものを拾ってきてどうするつもりか」と叱られることはないにせよ、どうも異質だ。
おそらくクロナガアリは臭いで食べ物を感知している。熟した種が発散するなんらかの化学物質に反応しているにちがいないのだ。われわれの目には植物と動物は全く異なる物として写る。ピーマンと牛肉は同じ食べ物としても異質だ。そのスタンスからは、アリにとってもダンゴムシとメヒシバの種は異質なはずだ。しかし、植物と動物はかなりの化学物質を共有しているということだから、アリに運ぶ意欲を起こさせる臭いをダンゴムシが持っていることはじゅうぶん考えられる。その上で、形状やサイズが合っておれば運搬行動が喚起されるのだろう。ダンゴムシの脱皮殻は、少なくとも私が投げた米粒よりは雑草の種に近いということになっている。
プレゼントした米が昨日になって忽然と消え失せていた。はて何者が、といぶかしく思ったが、犯人はクロナガアリ以外に考えられない。まる2日相手にされなかったから、米は巣に運び込まないと決めつけていた。それならと昨日の朝、もう一度同じように10粒ほどの籾がついている稲穂をちぎって来て巣のそばに置いた。それが今朝にはなくなっている。巣を調べてみるとご丁寧にも1粒の籾がついた穂が巣の入り口にひっかかっている。これで状況証拠は万全だ。クロナガアリは籾を1粒ずつ切り取って運ぶらしいが、最後の1粒は軽くなったものだから切り取らずに運び込もうとして、穂の茎が巣口にひっかかってしまったようだ。
では、実験だ。まず、同じように穂をとってきて同じように置いてみる。すると、クロナガアリたちはすぐに興味を示して穂にやってくる。無視する者も多いが、数匹は執拗に穂にまとわりついている。彼らのやることは一つだ。写真のように、茎にかじりついて籾を切り取ろうとしている。人間でいうなら脱穀だ。
なるほど。次は脱穀した籾の運びかたを見よう。アリがかじりついている穂を取り上げて、籾をちぎってまいてみる。結果は拍子抜けするほどあっけなかった。1匹のアリが籾をくわえて後ずさると籾はずるずると引きずられていく。なんという力だろう。みのった籾を持ち上げれば10個でも指に重みを感じる。アリの10匹はまったく重さを感じないだろう。それでも米粒はアリに比べて巨大すぎるという判断は誤りだった。数匹が協調する形になることもあるが、それは必須ではないようだ。
こうなると問題は、どうして最初の籾が2日間にわたって放置されていたか、ということになる。私の仮説は、「まさかそんなところにこんな良いものがあると気づかなかったから」というものだ。穂はアリの通路に置いていたから、行くアリも帰るアリも穂をまたぐ。収穫して帰ってくるアリが穂をまたぐのは理にかなうが、これから収穫に向かうものが穂を無視するのは理に合わない。何か理由を考えるならば、彼らの心にはすでに目標が書き込まれているから、ということになる。
私の貧相な庭にもけっこうな数の種は落ちている。ただし、それは人間の目から見てけっこうな数があるというだけで、アリにしてみればどうだろうか。アリの心はより効率的に種を集めるようにできているはずだ。種は必ずまとまって落ちているものだ。草についているものもまとまっている。したがって、1粒の種を拾ってきたならば、もう一度その場所にまっすぐ向かえば、2粒目を拾えるのは確実だ。最初の穂をまたいでいったハタラキアリは、記憶と目標をもって庭と巣を行き来していたのだろう。そして、一か所で拾える種の数は無数ではないのだから、いつかはその場所を忘れて次の場所を探さなければならない。そういう探索モードオンのアリによって私の稲穂が発見されて運ばれていったのではないだろうか。一度、穂の場所を覚えたアリは速やかに新しい籾にも気づくことになる。
さらに、仮説を付け加えるならば、ハタラキアリ間で情報交換が行われているのかもしれない。各種のアリで確認されているように、有望な餌場は臭いの道がつけられる可能性がある。ただし、クロナガアリは栄養交換をしている様子がないし、いわゆる行列を作らないから、その可能性は小さい。また、巣に運び込まれた種を他のアリが知って、その臭いのする種を見つけに行くというようなこともあるかもしれない。
クロナガアリがおもしろくて午前中はずっとアリと遊んで過ごす。巣のそばにしゃがみ込んで何を運んでくるのかな、と見ているだけで楽しい。運んでくるのはだいたいは庭に咲いた草の種だ。芒のついたイネ科のものが多い。ときどき虫の死骸とか、クモの脱皮殻とか、種じゃないものも運んでくる。
ただ見ているだけで楽しいけれど、私もいい大人なのだから、ちょっとした実験をしたり写真を撮ったりもする。好物のはずだからと、ススキの種をちぎってきて置いてみる。全然興味を示さない。ちょうど最初に米を置いたときの反応と同じだ。米はまだ100粒ぐらい残っている。穂を置くとやっきになって脱穀し籾を運んで行く。雑草の種だと軽々持ち上げることができる。今日のように気温が高い日には足が速くて撮影もたいへんだ。籾だとさすがに持ち上がらず、後ろ向きに引きずっていく。歩みも遅く撮影もしやすい。それでも、アリの目にピントを合わせながらフレームを決めるのはけっこう難しい。それぐらいのスピードは出ている。
クロナガアリの巣の中ではいったい何が起こっているのだろう。ちょっと考えただけでも、種運び、幼虫育て、ゴミ捨て、巣の拡張工事などの専門的な仕事が必要なはずだ。そういう分業体制はどうやって成立するのだろう。少しばかりアリと遊ぶだけでも奥深いこの世界の一端に触れることができる。
昼からはナカガワで境川に出かける。昨日もナカガワで走った。寸法を決めてオーダーした最初で最後の自転車だ。もう20年も前のことになる。当時は自転車は鉄のパイプを溶接して作っており、体の寸法に応じて、最適なフレームスケルトンは決まっていることになっていた。それが本当ならば、各人に合う本物の自転車はオーダーメードしなければ得られない。
実際は決してそのようなことはなく、フレームの寸法なんてだいたい合っていれば問題はない。いまのように、計算尽くに設計され、カーボンやアルミを機械が設計通りに加工してくれるようだと、どれでも走るフレームになっているのだろう。寸法なんてSMLぐらいでOKだ。しかも一昔前は御法度だった、ヘッドチューブからフォークコラムが突き出ることもやっていいことになっているらしい。さらに、ハンドルやサドルは星の数ほどの種類があるから、標準から多少外れた体型の人でもしっくりくる自転車を組み立てることは難しくない。さらにさらに、ちかごろのシートチューブを短く作るロードレーサーに目が慣れると、水平の直線がないものだから、自転車自体の美しさが変質する。
日本では競輪が盛んで腕のいい職人も多い。鉄パイプで美術品のような自転車を作れる人もいる。それはそれでたいへんけっこうで、欲しい自転車もいくつかあった。ところが、20年前に女房に説得され悟ってしまったのだ。自転車の美しさはあくまで人車一体のもので、乗り手がきれいでないと、また、乗りこなせてないと、どんな自転車もこっけいなだけだと彼女は言うのだ。自転車に50万も100万も使われちゃかなわんと苦肉の策だったのかもしれないが、それは正解だ。というわけで、ナカガワは私がオーダーした最初で最後の自転車になったのだ。
そもそも天地無朋というのは、夢と現実の境界を見極めることを目途とした日記であった。夢と現実の境界を見極めるというのは理性の起源を探るということに等しい。理性とは人間の一面であり、夢とは生物の一面である。もちろん私が人間である以上は、その両面を知っている。知っているに決まっているが、それをどれほど自覚できるかどうかはわからない。自覚できても記述できる保証はない。というわけで、私のトライアルは、理性から夢を見、夢から理性を見る、ということで互いにそいつはなにものかと気づくことから始まる。それが手っ取り早い自覚の方法だ。実際の行動としては、アリを見たり草を見たり雲を見ることになる。彼らは人間精神にとっては鏡である。体を見るのに鏡が必要なように、心を見るにも鏡は必要なのだ。余計なことを言えば、人間を見ることは無駄である。他人とは、夢と現実の境を曖昧にする存在でしかない。
というような、非常にまっとうな日記であったのが、ふと気づいてみれば、自転車トレーニング日記みたいなことになっている。なってしまえば、なってしまったで、ならば、そのトレーニングみたいなものを振り返ってみようと、今日のグラフは天地無朋を見返して、2003年からの半原越のタイムを集めたものだ。2003年の夏は、がんばれば25分を切れるかもしれない、とふるいたったときだ。それいらいタイムを計測したときは、この日記に残してきた。最近はエクセルも使っている。ゆっくり走るときはタイムをとらず、とってあっても抜かして、それなりにがんばった100件あまりをグラフにした。
これをみると、最初から20回足らずで25分はおろか、夢(上の方にある夢とは違う意味での)の大台の20分も切っている。ものすごい進歩のように見えるが、実際は1年近くかかっている。その1年はタイムだけをねらってがむしゃらにがんばったような気がする。途中なぜか全然力が入らずに25分以上かかったときがあった。今思えばオーバーワークになっていたかもしれない。20回ぐらいに2回20分を切っているけれど、その2回の間には1年間の開きがある。その間は台風の影響で土砂くずれがあり、半原越が通行止めになっていたのだ。その間も何度も通っていたけれどタイムは取らなかった。半原越再開通記念にうかれてアタックしたのが2回目の19分台だ。以降、数年にわたって記録は横ばい。
私は自転車の素質がない人間なので、どうしても迷いが出る。その迷いがその後の数年間のグラフに現れている。本当の幸せとは何か? タイムだけが自転車だろうか? 記録が良ければうれしい。しかし、それは真の喜びだろうか。20分も切ったんだからタイムはもう気にしないでおこう、などと反省してしまうのは、無能の証明。それでもやっぱり時計が気になる下手の横好き。
お釈迦様は人類で最初に「因果」ということに思い至った。それが(たぶん)「大悟」。釈迦の時代には原因と結果の連鎖という考えは(たぶん)なかった。自然現象を原因→結果という視点で見ることがなかった。つまり、現象の原因、理由を求めなかった。あったとして、それを超自然にまかせて事足りていた。超自然は何でも一発で解決してくれる。あまりに便利だから原因追究の鎖がない。質問は一回こっきりで終わってしまう。「なぜ太陽は毎日同じように昇って来るのか」「なぜ雨が降るのか」「なぜ種は芽を吹きみのるのか」これらの答えは一つである。すなわち、超自然の存在者がそう決めているから。
人の営みも同様である。不幸も幸福も喜びも悲しみも超自然の仕業であり、畢竟人知の及ばないものである。なにせ超自然の存在者がそう決めているのだから。種をまくことはできるけれど、雨を降らせることはできない。沈む太陽をとどめておくこともできない。同じように人の幸福も不幸も人の手の届かない所で決められている。原因と結果という論法がないころには「なぜ私は不幸なのであるか」と問うことは無意味であった。なぜという問いに答えはあっても、その答えに対してもう一歩なぜと問うことは許されなかった。アリもスズメもサルもやっているように、父や母がやっていたことを繰り返しておれば命をつなぐことができた。そこには英知もあり工夫もあり文化文明もあり喜びも悲しみも不安も苦悩もある。むしろ漠然とした焦燥感、喪失感、疎外感(因果の誤った適用でこいつらは育つ)とやらが生じる余地がないぶん、現代人よりも大きな幸福感と小さい不幸感で生きていられたかもしれない。
原因と結果は自然に偏在しているものである。森羅万象に因果は見つかる。しかし、現象に内在しているものではない。驚くべきことにお釈迦様はそのことにも(たぶん)気づいておられた。原因と結果は自然現象ではなく、人が創作するものである。そして、創作するときに快感が生じる。快感が正しさの証拠であり、その能力を伸ばす原動力になる。因果の創作能力は生得的なものではない。訓練で伸びるものだ。体の動きも練習しなければものにならないものがあるように、ものの考え方も練習によって開発され鍛えられるものがある。カントは純粋理性批判で、さまざまなものの考え方を人間精神への生得的割り当てとしてカテゴリー分けした。しかし、それは(たぶん)誤りで(たぶん)不十分。考え方の代わりに体の動かし方のカテゴリーを研究するならば、人間の移動する能力は、這う、歩く、走る、跳び上がる、泳ぐ、自転車に乗る、自動車に乗るの7つのカテゴリーがあり、泳ぐはさらに細かく、いぬかき、平泳ぎ、背泳ぎ・・・・に分類される。こうなると明白に滑稽だ。同様な具合でカントは大まじめに悟性理性を研究したように思う。
おそらくはヒトの精神にはまだ発見されていない能力がある。1万年前までは使っていたけど、いまは捨てられている物事の説明法もある。そのときの社会事情によってどのような論法が実用的かが決まる。現代では、すべての因果にはそれをつかさどる法則があるという論法がもてはやされている。お釈迦様が発見した因果というものの見方は科学になった。仏教の教えは脈々と息づき巨木に育ったのだ。科学以前に発明発見された論法はもう全部ダメだ。神は死んで妖怪は溶解して久しい。「この科学の時代に」って言葉すら今や死語だ。ホンモノの科学的思考法を身につけるのは困難で、その思考法で現象を解釈できたときに生じる快感は(たぶん)強力だ。科学には目覚ましい実績もある。子どものころから鍛えられるし、私も含めてみんな真似する。
しかしながら、本当は現代社会事情にとっては、未発見のビックリ論法が科学よりも有効なのかもしれない。残念ながらそれに気づくことはできない。論理的に導き出せるものでもない。お釈迦様の時代に、物事は原因結果で説明すれば愉快だということに誰も気づいていなかったようなものだ。たまたま正鵠を射た考え方ができたとしても気づかない恐れだってある。それは非常識なビックリ論法であり、科学的に説明できなかったり、歪んだ科学の適用で説明されたり、従来型の神仏や精霊に頼る説明の類として見落とされるだろう。とにかく、現状ではそれがどういうものか予想することもできず、500年ぐらいたってようやく人類に浸透し、その暁には、21世紀の人間たちがその論法を知らなかったことが奇妙ということになっているはずだ。
庭には二階の窓の高さまでに成長したイチョウの木がある。ここに移ってきたときから、そのイチョウはあった。雑草の中にその木を見つけたとき葉がわずか数枚だった。10年ほど前のことである。どんな経緯で銀杏が運ばれ芽吹いたものかも気にすることもなく、あえて成長のようすを気にとめることもなかった。他の草木と同様に一年に数回はカメラを向けて写真に撮ったはずだ。しかし、どんなカットがあるかも思いだせない。くるぶし程度の幼木がふと気付くと身の丈をはるかにこえる木に成長していた。
イチョウの木は毎日少しずつ伸びるというものではないはずだ。おそらくは、春先一気に数十センチ伸び夏に太る、の繰り返しだったにちがいない。伸び盛りであれば、朝晩でその伸長差が目に見えるだろう。ちかごろ折に触れてイチョウが気にかかるのはじゃまになっているからだ。2年ほど前の冬、すっかり葉を落としてあっけらかんと立っている木を眺めていると、ついに夏の日陰のことがうっとうしくなった。のこぎりを持ち出して背丈のところでばっさり切り、低いところにある枝を払った。その程度でイチョウがひるむはずもなく、いっそう速やかな成長をとげ、いまに至っている。
イチョウはつまらない木だ。どういうわけかイチョウを食べる虫がいない。葉に穿たれる穴もなく、新芽にアブラムシがたかることもない。イチョウは自然の山野には生えていない。地球上からは絶滅し虫や鳥からも相手にされない樹木のはずだ。となりに植えたオリーブですらまだましな評判だ。枝にはアオバハゴロモがとりつき、カマキリが産卵している。私のイチョウは単なる場所ふさぎだ。ただじゃまなだけなら切り払って根を掘ってしまえばよい。幹はまだ腕の太さ程度だから、のこぎりを使えば10分で終わる。情が移ってなければとっくの昔にそうしている。
イチョウは冬を感じる木だ。千丈小学校には大きなイチョウの木があり、12月の風が吹くと黄色い葉が一斉に舞い散った。休み時間には落ちてくる葉を空中でつかまえる競争になった。青空に舞う無数の葉の一つにねらいを定めるのは思いのほか難しい。ねらっても不規則に揺れながら思わぬ速さで落ちてくる。目移りするともういけない。十中八九は手に触れることもなく校庭におちたものだ。落ち葉は隅に吹き溜まり、踏みつけて歩けば、あの独特の弾力が足にここち良かった。イチョウの葉が散るたびに秋が深くなる。枝に葉がなくなり落ち葉が雨に濡れ色あせるともう冬なのだ。
小学校のイチョウは私の家にまで運ばれてきた。風の吹いた夜明けには屋根に黄色い葉が点々と張り付いていた。当時の私は小学校と家は全く違う世界だとみていた。小学校にいるときの私と小学校から出たときの私は別人格の子どもであった。屋根に張り付くイチョウの葉は、そんな子どもに学校と家がつながっていることを告げていた。イチョウの葉は学校と家を結ぶ特殊な存在者、二つの世界の媒介者として記憶されたのだ。
今年は池が失敗だった。目に見える失敗は春先にヒキガエルが産卵したけれど、おそらくはそれが原因で水が腐敗し、高等動物(目に見えたものは金魚1匹)が軒並み斃死した。金魚が死んだ水からは嫌な匂いがして、底の泥をさらうと油膜が浮いてきた。それで一度池をリセットし、失敗を繰り返さない決意だけはしている。
池といってももとは衣類収納用のプラケースである。それを庭に埋めて水をため、換水することもほとんどなく、雨にまかせて放置しているだけだ。池には4年ほど育てているスイレンを沈め、ボウフラ対策にメダカを入れている。メダカは水質悪化の物差しにもなる。ただの溜り水だから、ムクゲの花やいろいろな葉が落ちると有機物がたまり腐敗が起きる。ある程度の腐敗は起きて当然だ。放置している水たまりが腐らない方がおかしい。メダカが生きているうちは腐りきってはいない。死ぬようだとリセットが必要だろう。
いまの季節はけっこうな量の葉が落ちてくる。池の汚染源になるから、さらっておいた方がいいだろうと、網を入れた。ひとたび掃除をはじめると、いろいろなことが気になって来る。スイレンもずいぶん痩せてしまったから捨てることにした。池の底には半年分の植物遺骸がヘドロ化してたまっている。それだけでなく、ドロドロした藻類もずいぶん生えている。匂いの感じでは藍藻ではなく緑藻の類だと思う。それもある程度は除去しておきたくなる。残すべきものを判断するためには水中の有機物がどのような過程を経て無機物に変わっていくのかという知識も持っておくべきだと思いつつ。
ゴミをさらうときに、注意しなければならないのはメダカだ。今年の春に入れたものの生き残りと彼らの子どもがけっこういる。やつらは網を入れるとゴミといっしょに簡単に掬えてしまう。メダカを入れずにゴミをすくうのは至難だ。子魚とはいえ、緑藻や植物プランクトンではないのだから庭の肥料にしてしまうのはちょっとかわいそうだ。ぴちぴち跳ねない植物はあっさり殺せるけど、メダカはできるだけ生かしてやりたい。
また、泥の中には数匹のヤゴも見つかった。シオカラトンボタイプのものだ。この池にはアブやユスリカが産卵するところを目撃しており、赤虫もいる。そういうものを食べて育っているのだろう。そうなるとヤゴも生かしておいてやりたい。かくて、安易にヘドロ掬いをするわけにもいかず、根本的な掃除の方法を考えなければならなくなった。この庭にはヒキガエルがうろついている。腐り水ではない水たまりを用意して、せめて産卵ぐらいはさせたいのだ。
来春からプロとして走るという自転車乗りからサトウ製薬のサロメチールをもらった。サリチル酸メチルがはいっている筋肉への塗り薬だ。筋肉痛等の緩和に効果があるという。「○○止め」などをうたう薬品に対しては食わず嫌いの傾向が強い。しかしながら、いざ試してみると驚くほどの効果があり、早く使わなかったことを後悔するものもあった。先日は自転車に乗る前にベルギー製のウォームアップジェルを使ってみた。ぽかぽかしてなかなか気持ちよかった。1瓶5000円のサロメチールで何かよいことがあればもうけものだ。
ふたを開けると、あ、これねという臭いがした。30年ほど前に知ったタイガーバームという薬品に似ている。大学生のときに家庭教師をしていたお宅の主人がゴルフ好きで、タイガーバームを愛用していた。運動前に塗っておくと筋肉痛を予防し、攣ることもないとのことだった。ただし、あのころタイガーバームは国内では販売しておらず、香港で買うにしても目が飛び出るほど高価らしかった。1瓶いただいたものの、大事にとって置きすぎて一回しか使わなかったような覚えがある。そういうことも思い出しながら、サロメチールを脚に塗って出かけることにした。かなりの刺激臭がする。女房は虫や小鳥並にこの手の薬品に弱く、それは毒だと騒いでいる。
今日もナカガワで境川だ。気象予報士の三ヶ尻さんが、北の風が強いと言っていたから、向かい風インターバルをするつもりだった。川に出てみると、残念ながら風はそれほど強くないようだ。最初は南に向かうから追い風だ。踏み込めば楽に40km/hにあげられるくらいには吹いている。それではと、ギアは48×17Tに固定して、速度も30km/hに固定する。追い風では力を出さずに休憩、向かい風ではがんばる。80〜90rpmで、下死点のところだけでふっと力を抜いて引き脚も使って回すことを意識する。その動作がうまくできないようでは半原越のタイムもあがらない。
境川は寒くなってくると次第に人も少なくなって、今日はすいすい走れた。4時間ちょっとで100キロちょっと。この程度ではもともと筋肉痛になることはなく、攣ることもないので、肝心のサロメチールがどれほどの効果があるかはわからない。ベルギー製のウォームアップジェルの良いところは、塗るとぽかぽか熱くなるところだ。耳だの顔だのはともかく、脚が冷えると自転車に乗るのもしんどい。筋肉痛はかまわないから暖まるだけでありがたい、というかその効果をうたった薬品だ。残念ながらサロメチールにはぽかぽか効果はないようだ。
雨が降るのは夕方からという予報は信じてもよさそうだった。それでも、絶対に雨に濡れるのはかなわないと、午前中早めに出かけることにした。坂を登る気は失せており、今日も境川。チネリを使うことにした。川に出ると風は東寄りでやや強い。この風は北に向かうときが向かい風になる。昨日よりも強い風だから、52×19Tを使うことにした。向かい風では、そのギアで27km/hぐらいになる。ケイデンスは80rpm。
今日もサロメチールを塗ってきた。風に負けないようにとペダルを踏み込むと太ももが痛くなる。今日はその痛みが来るのが若干遅いように思う。サロメチールの効果だろうか。こいつが効かなければ塗る意味もない。効くとしても、その結果、脚が甘えてしまって薬なしでは走れなくなっても困る。いや、そうなっても死ぬまで薬を使い続ければ良いのだ。などと、しょうもないことを考えながら走っている。頭に血が回っていない証拠だ。
境川で面白いのは向かい風だ。残念ながら集中して走れるのは立石から今田の5km弱しかなく、15分程度で終わってしまう。やはり30分ぐらいは走りたいものだ。冬型になる季節はこの近くでは多摩川がよい。少し遠くて途中の道もつまらないので行くだけでうんざりしてしまうのが難点。いっそ、登戸か二子玉川まで輪行、いや246なら1時間足らずだなどと考えてもしょうもないことを考える。今日はどうも集中できない。自転車の錆も気になりはじめた。20年以上も使っており、錆るのは仕方がないにしても、汚れも目立つ。掃除がおっくうだというのはよくない。早めに帰って自転車と池の掃除をしようと決心する。
相鉄線の線路をくぐる手前の緩い坂でまた視線を感じてしまった。神社と寺がどういう加減か隣り合っているところで、以前はヤツデの木が老人に見えていた場所だ。そのヤツデも1年ほど前に切られて今は影も形もない。視線を感じたのは道路を挟んでヤツデの向かいに立てられている不法投棄禁止の看板だった。ヤツデとちがって、どこをどう見ても人の顔や姿になるような代物ではないが、たしかに凝視されている感覚があった。やはりあそこには「なにかいる」のだろう。
けっきょく池は水の中に手を突っ込んで、泥や藻をつかんで捨てるのが手っ取り早いという線におちついた。藻や汚泥を捨てるにしても、捨てきってはいけないと思う。目写りのすがすがしさと環境の良さはけっして一致しないということを胆に銘じている。汚らしいとしか見えない汚泥や枯れた藻も、そこは微生物の住処であり、水質浄化に重要な役割を果たしているかもしれない。少しだけ藻を捨てて水を入れ替えることにする。葉が落ちきるまでにあと1回ぐらいは掃除しなければならないだろう。
池のあとは自転車だ。ナカガワとチネリを掃除する。両方ともずいぶん錆も汚れも多い。こちらは池と違っておもいっきり掃除してもかまわない相手だ。オイルとボロ布で拭く。最初に手を付けるのはチェーンとギア。まず注油。そして最も汚れが強い所からきれいにしていくのが自転車掃除のコツだ。もちろんチェーン用とその他用のボロ布は別のを使う。午後の住宅街は静かだ。なにやらコツコツと音がする。小鳥が何かをつつく音のはずだとその方向を見れば、柿の枝をシジュウカラがしきりにつついている。なにか食べられる虫でもいるのだろうか。しばらくすると子どもたちがスケートの練習を始めて路地がにわかに騒がしくなり鳥もいなくなった。子どもたちがいなくなると前よりいっそう静かになり、今度は反対側から鳥の気配がする。わが家の庭でヒヨドリが水浴びをしているようだ。鳥の水浴び用にスイレン鉢を設置したのではないけれど、人の思惑をうまく利用することも、住宅地で野鳥が生きるためには必須のことだ。16時を過ぎるとあたりはどっぷり暗くなり、鳥の気配もなくなった。
モーニンググローリーは数年前にギャヴィンという人の著書でその存在を知り、どういう加減でそんな奇妙奇天烈な雲ができるのか大いに気になった。オーストラリアの限られた地域に限られた時にしか発生しない雲であるから、一生見る機会はないと思っているものの、その発生原因は知りたい。ギャヴィンの著書からは解明の手がかりすら得られない。運よく、先週の土曜日にたまたまNHKのワンダー×ワンダーという番組と、世界ふしぎ発見!でモーニンググローリーが取り上げられ、それを見ることができた。とくにワンダー×ワンダーでは成因についての解説もあった。残念ながら番組中の解説は不十分である。おそらくは未解明なことと、気象現象を視聴者に説明することの限界から半端に済ませたものと思う。それでも番組のおかげで発生原因解明の糸口はつかめ、今後の研究の方向は明らかになった。
ワンダー×ワンダーの取材は非常に運が良く、立派なモーニンググローリーを空と地上から写し、しかも交差するモーニンググローリーという珍種もとらえていた。飛行機乗りがらみだけでなく専門家のデータや解説もついているという豪華な番組だ。発生場所はヨーク岬半島の付け根の西側、季節は春先の乾期から雨期への移行期、時間帯は早朝、前夜の高湿、雲の規模や移動速度などはギャヴィンの著書を読んだ記憶と一致している。さらには、観測データとして雲の進行側では500m、後ろ側で1000mのところに空気塊の不連続面があり、上は湿度が高いとあった。また、オーストラリア全土にわたる規模の砂塵嵐を起こした風が南方から来る珍種のモーニンググローリーを生んだという新情報もあった。
以上のようなテレビ解説と私が受験勉強で培った気象学の知識を合わせると、おぼろげながらモーニンググローリーの正体が見えてくる。湿度の不連続面が階段状にできているというのは、湿った空気の下に乾いた重い空気が潜り込んでいるからだ。ちょうど寒冷前線のようなものである。数百キロに及ぶという規模からすると、それは前線なみの気団のぶつかりが想定される。ただし、前線でできた雲としてはやけに小さく鋭くまとまりすぎている。寒冷前線と同じような不連続面はできているけど寒冷前線ではない。
地上付近に湿った空気があることは、モーニンググローリー発生前夜は必ず露が降りるという住民たちの証言からも確かだ。湿った空気は海から内陸にやってくる。テレビで言ってたように海風かもしれないし他の要因かもしれない。ともかく春先のオーストラリア大陸北部を海由来の暖かくて湿った空気が覆うことは珍しくはないだろう。そこに、そのじめじめした空気を持ち上げる空気の塊が夜明けとともに時速60kmでやって来ればモーニンググローリーができるのだ。
その時速60kmの風の方が問題だ。その風の正体を突き止めることがきっと核心になる。時速60kmで移動する空気塊、つまり風というのはそれほど珍しいものではない。木枯らしも春一番も台風もそれぐらいの風は吹かせる。ただし、モーニンググローリーとそれらの風は決定的な違いがあると思う。木枯らしなんかは気圧傾度で吹く風で、低気圧が吸い込むことがその原動力だ。モーニンググローリーの風は吸い込まれているものではなく、直接的には、押されたものだ。押す風といえば南極大陸のブリザードを例に挙げることができる。オーストラリアに砂塵嵐を巻き起こした風も大陸に吹き下ろす高気圧が押す力が最も近い動因であろう。番組中では砂漠からの南風、おそらく冷たく重いその風でもモーニンググローリーが起きていた。しかも、通常の東から来るものと南から来る特殊なものとの交差もとらえていた。低気圧が吸い込んでいる風ではおそらく交差は起きまい。全く別の二つの空気塊によって別々に押されているはずだ。
冬のオーストラリア大陸は高気圧に覆われると思う。そうなると、ヨーク岬半島の付け根あたりでは南東の風が吹く。北半球とはちょうど逆方向の風だ。さらに、あの辺は貿易風帯にあたり南東よりの風が卓越するはずだから、その両者と、ヨーク岬半島の地形、気圧配置等がからみあって、幅1000kmにわたって時速60kmの風が突発的に吹くという条件がそろうかもしれない。問題はその条件なのだが、さっぱりわからない。私は満たすべき要件の中から「早朝に吹くこと」というものは除外してかまわないと思う。モーニンググローリーは必ず夜明けに発生するけれど、その風はいつ吹いてもかまわない。たぶん地上付近に湿った軽い空気がでんと居座っておれるのは夜間から夜明けに限られる。そこにたまたま烈風が潜り込んでくればよいのだ。
以上はテレビから聞きかじった知識と35年前に入学試験用として勉強した危うい知識をあわせて考えたものであるから信用には足らない。本当は、長江やアマゾンで知られる大海嘯に匹敵するような驚天動地のメカニズムが働いているのかもしれない。じつは、そうあって欲しいと願っている。
この3日ばかり口の中が痛い。ほっぺたの内側に傷があってしみる。口内炎のような症状だけど口内炎ではない。誤って食べ物といっしょに噛んでしまえばこうなるが、その覚えもなかった。今朝、まだ夜明け前、歯茎の痛みで目が覚めた。右前歯の付け根の激痛だ。虫歯ではない。歯槽膿漏のようなものか? なにやら尋常ならざる事態である。
いったい何事かと、布団の中で胸に手を当てて考えてみる。どうも眠っているときに歯を食いしばっているようだ。数日前にはほっぺたの肉を挟んで歯を食いしばり、肉をかみ切ってしまった。今朝は、歯だけであったが、あまりに強く噛んだもので目が覚めるほど歯茎が痛くなったのだった。そうなった理由はけっこうはっきりしている。涼しい顔をしているけれど明らかだ。「龍勢ヒルクライム」での惨敗が、くやしくってしょうがないのだ。若い頃にはしょっちゅう同じ目にあっていた。
この20年ほど知らんふりを続けて来たけど、私は博打やスポーツ、ゲームなどの勝負事が好きである。自分でやるほうだ。ただし、その全てで下手の横好きを露呈して来た。惨敗するのはゲームそのものに才能がないからではない。器用であり頭も良い。向上心も創意もあってよく練習をする。しかしながら勝ち負けにこだわるあまり、とくに些細なことでも負ける自分が許せないあまりに、冷静さを失ってしまうのだ。勝負事での運は平等で、いくら強くても負ける事がある。拮抗した相手ならば勝ち負けあって当たり前で、失敗したり不運にみまわれても頭を切り換えて次に臨めないようでは、はじめる前から負けているのも同然だ。その弱さが克服できないことがまた悲しくて、勝負事は嫌いです〜なんて顔をして何事も避けて来た。なのに先月、ひょんなことから龍勢ヒルクライムを走ってしまったのだ。30歳の頃に較べると、ちょっとは成長もしているかと思いきや、もっとダメになっているかもしれない。
龍勢ヒルクライムは輪行で使った横浜線の電車ですでに負けていたのだが、一番大きな負けはレースそのものである。体調は万全であり、半原1号も絶好調。じゅうぶんアップして体も軽くスタートラインに立っていた。はじめてのレースでもあり、実力はビギナークラスであるが、ちょっと見栄を張ってシニアのクラスで登録した。シニアは、かつてばんばん走っていた選手が衰えても夢覚めやらずにがんばっているという、かなりいかすおじいさんのいるクラスだ。そういう人達を含めたシニア90人のなかで、最近はじめたらしいおじいさんと「いやぁ、ぼくは完走しかねらってないですから」「そんなこと言ってる奴は100人知っているよ。どうせスタートするとびゅんびゅん行くんじゃないの?」なんていうお約束の会話をしてにこやかに過ごしていた。シニアは、エキスパートという年齢関係なしの最速グループと、レディスというこれも年齢関係なしの女性陣ともいっしょのスタートだ。
もちろん勝ち負けには参加できないけれど、それなりに走れるつもりでいた。16kmの登りのレースだが、コースプロフィールを見ると、じゅうぶん実力を発揮できれば1時間は切れると思っていた。そのために作戦も立ててきた。本当は試走をしてコースを見ておけばよいのだが「ふん、そこまでしなくても1時間切りなら」とちょっとなめた上での作戦だ。
地図上でコースを3つに分けた。スタートから龍勢名物の「大鳥居」までの緩い登りを区間1。大鳥居からピークまでの斜度のある区間2。ピークからの下りをふくんだゴールまでの区間3。区間1は集団はハイスピードで行くはずである。はじめてのレースなのだから冷静さを失って、そのハイスピードに乗っかると勝負の区間2を前にしてばててしまうだろう。ここは手綱をしめて最後尾にくっつくつもりで行こう。区間2は得意のはずだ。私は半原越のスペシャリストであるが、区間2の距離と斜度は半原越に近い。半原越よりは緩そうだから区間2を20分以内で走れれば1時間切りは可能である。半原越をやってるつもりでおもいっきり走ろう。区間3は下りや緩い所も多いから、区間2までのタイムを見てからの出たとこ勝負でOKだ。この作戦で走った結果は以下の通りである。
| 距離 | ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 7.2 | 25'40" | 25'40" | 16.7 | - | 61 | |
| 区間2 | 5.2 | 47'59" | 22'19" | 14.0 | - | 64 | |
| 区間3 | 4.0 | 65'52" | 17'53" | 13.6 | - | 47 | |
| 全 体 | 16.5 | 1.5'52" | 15.0 | - | 58 | (3860) |
区間1は当日朝にウォームアップを兼ねて試走していた。全体的にゆるい登りだから注意が必要だと思った。強い連中は、スリップストリームを利用して引っ張り合って高速で行くだろう。平均時速は30kmぐらいになるはずだ。私はおそらくそれについて行ける。けれど、ついて行っただけで終わりで、そこでばてて、区間2でとんでもない遅れをとって完走すらおぼつかなくなる心配があった。何もかも初めてだ。初レースで舞い上がってペースを崩してはいけない。とにかく、区間1はゆっくりと。800人で一番遅くてもいいからゆっくり行こうと決心した。
スタートから押さえたので、当然、三者混合の第一グループで一番後ろを走ることになる。60歳ぐらいだけどビギナーっぽいおじさん。20歳ぐらいの「カレシに誘われて来たの」的なかわいらしいおじょうさんと3人で最下位トリオを形成する。平坦でのパレード走行、時速25kmにもついて行け(か)ず中切れ。じりじりと差は開く一方。それでも私はあまんじて最下位集団を走る。
2車線の道路を右側通行できるのがレースの醍醐味といえよう。ちょっとうかれて、センターラインをまたいで、やらなくてもいいジグザグ走行をやっていると後ろからけたたましいクラクションが響いて車が迫ってくる。一般道ならこちらが悪いが、これはレース。当然関係車両だと思い、さては、けが人でも出たかと左に避け、追い越していった車を見れば、軽トラである。どうやら地元民のおじいさんが突っ込んできたのだ。それも怒って。そういや、スタート時の注意で、交通規制はしてるけど、車が入ってくることがあるから気をつけてね、などと軽く言われてたが、本当に来るとは思わなかった。参加規定を読んだときに「たとえ事務局のミスで死んだとしても訴訟はしないこと」と書かれてあって、はて、どうすればそんな事故が起きるのか?と悩んだが、このことかと合点がいった。腹をたててもしょうがないので、かる〜く笑って「ホントに車が来るんだねえ、あれ、審判が乗ってるのかね」とおじょうさんと話しながら、余裕を見せることにする。一般道では自殺行為のブラインド右コーナーのアウトインアウトをやってみようと目論んでいたところだったが、恐くてできなくなった。そのためにエントリー料の5000円を払ったようなものなんだが。
盆地の朝霧が晴れて青空から日が差し込んで谷間の紅葉を照らし出す。なんとさわやかな秩父の晩秋なんだ。そんなこんなでいつしか集団も見えなくなり、3人で(少なくとも私は)のんびり走っていると、3分遅れでスタートした男子A、6分遅れでスタートした男子B、9分遅れでスタートした男子Cと、つぎつぎに後続にも抜かれ、いよいよ焦る気持ちも高まってきた。それでも意地でがまんをつらぬき、おそらく参加選手中最下位から2番目ぐらいのタイムで大鳥居をくぐることになった。でも、区間2を20分なら1時間を切れると、そのときは思っていた。
区間2からは勝負だ。はっきりと声にも出して力も入れる。斜度も距離も気分も半原越TTで、前に進むことに集中する。じつは区間2のことはほとんど覚えていない。鳥居の下で36×21Tに入れて踏んだ。そのあと、どういう路面でどういう景色で脇にどういう木が生えているのか。当然、選手はいっぱいいるのだが、その人たちのことも覚えていない。坦々と最速で頂上を目指した。
頂上でキャットアイのボタンを押して、タイムを見て無情にも22分かかっていることを知る。ラップは48分だ。完全に息は上がり脚も回らなくなっている。残り4kmを12分で走れるか? 平均時速は20km以上だ。1km足らずの下りもあるが、3kmの登りはけっこう斜度があるはずだと計算して、というか計算が働いて、1時間以内は無理だとあきらめてしまった。
走ってみれば区間3はそれほど難しくはなく、あきらめなければ1時間2分ぐらいでフィニッシュできただろう。それにしたって負けにはちがいない。レースを終えて下ってからもサイクリング以外の事で大きな負けを喫してしまうのだが、この1時間切りができなかったことの方が悔しい。
あまりにも悔しくて次の土曜日に輪行して秩父に向かい再挑戦することにした。情けなくも朝寝坊して出発が遅れてしまった。それでもぎりぎり間に合う時間だったが、西武秩父線の車内から外の景色を見ていると、ずいぶん気持ちが良さそうで、正丸で降りて自転車で行くことにした。それがまた間違いで、正丸からは多少の登りがあるうえ、交通量の多い頂上のトンネルは地獄である。自転車が走っているとダンプだとセンターラインを越えて追い越すことになる。それは気の毒だからと、トンネルにはお約束の歩道みたいなところを走ると、嫌がらせのようにコンクリの蓋で車輪がガコガコ跳ねて不愉快だ。けっこう泥濘も多い。
這々の体で299号線を走り、45分ロスで秩父市内にたどりつく。もう大丈夫なはずだ。秩父からは龍勢ヒルクライムまでのコースは10kmほどで、一度は走っているところだから間違えるわけもない。ところが、何を焦ったのか市街地で299号線を離れ、荒川にかかる妙に立派な橋を渡ってしまった。はて、先週に渡ったときはこんな立派な橋だったかしらん、と疑問はおきたものの、まあ、橋1本ちがったぐらいで致命傷にはなるまい、とそのまま走ることにする。橋を渡れば登りだ。これは記憶と一致する。前回は下って降りてきたのだから、今回は登るのだ。ところが妙に登りがきつく長い。ぜんぜん覚えのない所を走っているような気がするものの、登っていれば楽しいという悲しい性もある。けっきょく、上まで登ってわけのわからん公園のような所に出て、リカバリーできるような道路はなく、引き返す他はないと知ったときに、龍勢ヒルクライムコースの個人TTをする時間もなくなっていることに気付いた。
というような次第で負け続けている。このままではいけない、ちゃんと練習しなければ。龍勢ヒルクライムでの失敗は明らかに区間1で押さえすぎたことだ。緩い登りでスピードを維持できるようなペダリングをマスターするんだ。ということで今日もいそいそと境川に出かけた。20kmも走らないうちにけっこうな雨が降り始め、あわてて引き返すも、時すでに遅く濡れ鼠になってしまった。午前中から雨が降るとは予想してなかった。雨雲レーダーをインターネットで確認し、3時間は降らないという自前の予報をしていたのだ。一方、気象予報士の三ヶ尻さんの「けっこう大粒の雨ですよ」という予報はぴったり当たっていた。12月の雨としては暖かく、どうせびしょ濡れになるのなら、雨の装備をして走ればよかった。
今日はすばらしい天気だった。暖かくて風もない。11月15日がこの秋最高の天気だと思っていたけど、今日の方がよい天気だった。こんなに暖かいと越冬を決め込んでいるはずのモンシロチョウなんかがうっかり羽化してしまわないかと心配になる。
陽気に浮かれて出かけていったのは境川。昨日は大粒の雨に降られて這々の体で引き返したのだが、今日はおもいっきり走れる。しかも境川ですら無風という年に数度の異常事態だ。52×17Tにかけて35kmで巡航、と思ったけれどそれはいろいろと無理があり18Tを使う。休んで30km/h、はりきって33km/h。サロメチールは塗ってないけど今日は快調。12月なのに鼻水の心配が無用。毛糸の帽子も無用。汗で発熱するというふれこみのパールイズミのアンダーウエアがなかなかよい。
好事魔多しとはよく言ったもので、90kmほど走ったところでふと寒気を感じてウインドブレーカーを着た。なぜ寒い? はっと気付いたときにはもう遅い。ハンガーノックだ。朝飯は食ったとはいえ、コーラとラクトアイスと缶コーヒー(微糖)で4時間は無理だ。あわててコンビニでいちご大福を買ったがもう遅い。休憩する気にもならず、そのまま走ることにする。さっきまでの快調が嘘のようで、力が完全に抜けて25km/hも出ない。これも一つの教訓だ。
現在のところ、解いたフリーセルの数は35000個を少し越したところだ。ペースはどんどん遅くなっている。解く技術自体は上がっているのだが、当てる時間が減っている。これほど自転車に入れ込まなければ・・・と反省することもあるけれど、自転車をやっていなければ他にもやってることがあるような気がする。たとえばテレビを見たり彩雲国物語や精霊の守人シリーズを読んだり。フリーセルはやらねばならぬのだが、それはそれでけっこう辛いものがある。集中してやらなければ、いたずらにカードを繰るばかりで、無駄に時が流れていく。行き当たりばったりで何かを学べるレベルはとっくの昔に卒業している。残り寿命を考えれば、いまは集中を持続できる10分から20分の時間をうまく見いだして数を重ねて行く必要がある。
もともとフリーセルというものを知ったのは10年くらい前だろうか。数か月後に定年退職という先輩がパソコンでやっているのを見た。ウインドウズ2000か何かの機械だった。先輩の腕は傍目にも初級レベルで、たぶん1000個かそこらしか解いていない状態だったと思う。そのときに教わったことでは、フリーセルはOSの付録で、ゲーム数は32000個ほどがあり、うまくやれば全部が解けるようになっているとのことだった。そして彼は、退職したら本気で取り組んで全部解くのが目標なのだといった。解き方を教えてもらって、ひとつやってみた。たまたますぐに解けたものの、それを32000個解くのは易しくはなさそうだった。うらやましい人生目標だなと思った。
それ以来、ウインドウズのフリーセルにはほとんど触れていない。マシンは、2000からビスタまで職場で強制的に使わされてきた。フリーセルもついているはずだが自分の機械で起動したことがない。私のやっているフリーセルは今や遺物となってしまったMacOSのものだ。こちらのフリーセルはウインドウズに比べてかなり洗練されている。有料ソフトでしかもマックなのだから、デザインや操作感が優れているのは言うに及ばない。大事なのは、履歴が残せることだ。解いた後でもゲームを保存して第一手から振り返ることができる。その機能によって、技の研究もできるし難しいのも楽に解ける。解いた証拠も残るから何個解こうという目標も立てやすい。
だから、私はフリーセルを35000個解いたからといって、10年前に退職した先輩に勝っているとは思わない。ウインドウズのフリーセルは凶悪なしろもので、あれにつきあうだけでかなりの苦痛を強いられる。あんなものには触りたくもないのだ。そんな隙間があれば、階段登りとか漢字の書き取りとか、少年ジャンプを読むとか、もっと楽しいことでそれを埋める。ワードやエクセルにも通じるような、何か人を苛立たせるものが、あのゲームにはある。あれを32000個解くというのは、頭の体操かんたんパズルから喜びを見いだせない人、つまり知能指数の低い人には拷問であり、先輩のように知能指数が高くひまをもてあます人には真性の修行に他ならない。彼がいまいくつまで解いているかを私は知らないが、その決意を途中で投げ出すような人ではないことを知っている。つまり、変人だが尊敬できる人物ということだ。
朝、目が覚めて、こんなに暖かくていいのだろうかと思う。半袖にするか長袖にするか迷うぐらいだ。風も弱いようで、いまいち勝負の日ではない。それならと多摩川に行ってみることにした。まずは246を一路東へ。246は多摩川への最短コースだ。自動車にぶつかることを恐れなければ246は快適な道路だ。むしろ、神奈川の農道、林道よりは安全だ。少なくとも全車両が前を見て走っていることは信用できる。
45分走って多摩川に到着。二子玉川から登戸へ。途中、腹が減りそうだったから、宿河原あたりのパン屋で焼きそばパンなどを買って食べることにする。パン屋の向かいが焼鳥屋で、100円!の焼きそばをパックで売っていた。焼きそばにしようかパンにしようか迷って入ったパン屋に焼きそばパンがあった。どうもその焼きそばは焼鳥屋のものらしい。次の機会には焼鳥屋にパン焼き鳥なるものがあるかどうかを調べる必要があろう。パンは多摩川の河原に降りて食べる。本流と離れて池のようになっている水たまりがあった。小魚が群れている。大きな魚も跳ねる。鯉らしい。水が出たときに取り残されたのだろう。河原でトランペットの練習をしている人がいる。音が聞こえるけれど姿は見えない。枯れ草の背丈が高いのだ。
多摩川サイクリングロードは久しぶりだ。多摩川は広々と見晴らしが良い。天気のわりにずいぶん自転車が少ないように思う。サイクリングロードは何も変わったところがないようだったけど、府中のほうでは路面にガタガタの嫌がらせがずいぶんたくさん作ってあった。ここのところ、自転車が歩行者をはねて死なせたりする事故が多いから、その対策なのだろう。事故は他人事ではなくじゅうぶん注意しなければならない。ただ、ガタガタの嫌がらせは不愉快だ。自転車が少ないのもあの嫌がらせのせいなのだろうか。
浅川、湯殿川と多摩川の支流をさかのぼって八王子。16号線のバイパス沿いに多摩美大まで緩やかに登る。尾根緑道を通って桜美林大学へ下って境川のサイクリングロードに出る。境川の両側のフェンスはどうもいけない。やっぱり閉塞感がある。好きこのんで走るところではない。境川の嫌がらせは舗装のでこぼこではなく、道路に埋め込んだ鉄柱だ。でこぼこはがまんすれば減速しなくても走れるが、鉄柱は無理だから抜群の減速効果がある。ただし、あれで怪我をした人を何人か見ている。自転車道路は限りなく快適なものにして、自転車乗りのモラルと技術で安全を守るのが本来の姿だ。道路にわざわざ嫌がらせを作るのは狂人の発想だと思う。
ぐるっと1周して80kmほどのサイクリングコース。手放しで楽しめるわけではないが嫌でもなく、かといって毎週行く気にはとてもなれないビミョーなコースだ。
荻もセイタカアワダチソウもすっかり枯れて冬の装いだ。その白いふさふさの穂が揺れているから風はある。今日あたりは北風も吹くだろうと境川にやってきた。今年は今ひとつ冬になりきれない。低気圧が過ぎて、さあいよいよと覚悟を決めれば、高気圧が西の方から流れてくる。木枯らし1号が来たという記憶もない。冬の風に吹かれた覚えもない。追い風の中を28km/hぐらいで走っていると、ところどころ前から風を感じる。東よりの風らしい。そもそも荻の穂の揺れでそれと気付く程度で強くはない。
大清水高校前で折り返して、恒例の向かい風インターバル。追い風に乗っているときは弱い風だと感じていても、向かい風になるとそれなりの風圧を感じる。何度やっても「あれ、こんなに強い風だっけ」と感じて、前もそうだったと思い出すのがお約束になっている。ギアは52×19Tを選択。向かい風でぎりぎり80回まわせるギア比だ。30km/hまで上げることはできない。心拍計は壊れてしまって使っていないが、170bpmぐらいになっている感じ。9kmを20分ぐらいのペースで走る。
今日は日は射さないけれど、ぞっとするほど寒くはない。帽子も冬用の手袋もいらない。本格的に北風が吹くようになると、この向かい風インターバルは面白くなる。スピードはたいしたことないのに、目一杯の出力で、鼻水じゅるじゅる、よだれだらだら。見た目はかなり悲惨なことになる。やってる本人はかなり楽しんでいるから心配はいらない。
大清水高校の手前にある「嘘は嫌いだ。」というポスターが貼られていた自販機で飲み物を買って、少し休んで、折り返すのも習慣である。自転車道路を外れて店まで行くのは面倒だが、往復路の脇で自販機があるのは、そこを含めて2、3か所しかない。走っている途中で止まるのもしゃくだ。製品ラインナップにコーラがないのは残念だが、12月なら熱い缶コーヒーも悪くはない。インターバル2本、1時間20分に1回の割合で休むことになる。
昨日はコーヒーの微糖ってやつを買うべく、財布から小銭を取ろうとしたときに、1円玉を落としてしまった。反射的にこれはまずいと思った。こういう状況で1円玉を落としたことを忘れてしまうのが最近の傾向としてある。キャッシュディスペンサーで現金を取り忘れ、改札で定期券を取り忘れ・・・そういう忘れ物で悔しかった記憶はありあり残っているが、かんじんの取ること自体は相変わらずぽっかり忘れている。ここでそのミスをもう1回積み重ねるのは無しとしたい。かといって、すぐに1円を拾うのもしゃくである。体はすでにコイン入れに向かっていることでもあり、ここは余裕をみせて「ふっ昨日までのオレじゃないんだぜ」と、缶コーヒーを買ったあとでおもむろに拾う方がスマートだと思った。
たまたま100円玉がなく、520円を入れて120円の缶コーヒーのボタンを押した。当然、頭の隅には足下に落ちている1円玉がはいっている。しっかり缶コーヒーをゲットしてから、確実に1円玉を拾い上げて財布に入れ、財布は背中のポケットに入れ、コンクリートブロックに腰掛けて缶コーヒーを飲む。顔見知りが幾人か通り過ぎていく。みなさん相変わらずがんばっておられる、負けてはおれないと立ち上がり、空き缶をリサイクルボックスにコンと放りこんで風に向かって走り出した。
80rpm、時速28kmで5分ほど走ると、腹が減りそうな予感がする。北の折り返し地点にあるコンビニで何か買おうと思った。自転車に乗るときには小銭しか持たないことにしている。理由は落とすのが恐いから。自転車に乗る度に何かを失っているこのごろである。自転車で走り出せば、うまく乗ることに比べて、たいていのことはどうでも良くなる。お金や携帯電話などは二の次になってしまう。財布にある小銭を概算して、さっきのおつりの400円もあるから、大福やにぎりめしが買えるだろう。そう思ったときに定例になりつつある不安感が心臓から肺のあたりに広がった。400円を回収した記憶がない。
「こりゃあかん。もう走れないのか」と青ざめるが、財布には折りたたんだ千円札も入れておいたことも思い出した。ひとまず安堵。せっかくよい向かい風なのだから、少々の金のことよりもしっかりペダルを踏む技の習得のほうが大切だ。食料は千円で調達すれば問題ない。さあ集中だと20分走って、コンビニに駆け込んでいちご大福を買ってゴミ箱の前で食う。
折り返すと追い風だから焦ってはいけない。あくまでゆっくり走って例の自販機に向かう。あの自販機は最近は人気がないはずだ。夏だと、リサイクルボックスがあふれて、売り切れも出るくらい売れているが、12月ともなればさっぱりだ。コーラがないのが敗因だと思うな。1時間ぐらいならなんとか。客が来てもおつりが出ない買い方だとOKだ。でも、誰かが先に釣り銭ボックスに手を入れてしまえばもうダメだ。120円とか130円とか半端な値段がまた良くないな。2年ぐらい前に釣り銭切れとかで買えないこともあったぞ。ああもうダメかもしれないなあ、とくよくよしはじめる。いや、そんなことで上の空になっていたら深刻な事故を起こしかねない。ここは一つ気持ちを切り替えていつものようにまっすぐ走ることを第一にしよう。早かろうが遅かろうが無いものは無いあるものはある、と割り切ろう。
われながら、しっかり走ったと思う。追い風の中、あせらず時速27kmを保った。いざ自販機が近づいたとき目の前が暗くなる思いがした。そこには3人組の自転車乗りがいて、何かを飲んでいたのだ。もうダメだとあきらめた。あきらめつつ自転車を降りて押しながら、平静を装って目標の自販機に近づいていく。無くなっていても、まさか「私の400円、知りませんか」とは聞けまい。後で考えると賢明な判断ではなかったのだが、人影を見つけた瞬間、まず釣り銭ボックスを調べるのは不自然だと思った。背中のポケットから財布を出して、自販機にコインを入れながら、ちらっと釣り銭ボックスを盗み見ると、なんと、透明なプラスチック越しに積み重なっている百円玉が見えるではないか。暗くなっていた視界がぱっと明るくなった。
半分の意識で自転車乗りたちの会話を盗み聞く。「張り切って飛び出すのはいいけど、目の前でタレないでくださいよ」「またアレだって、がっかりしますから」「黄金のタレってね」「そうそう黄金のタレ」。黄金のタレというのは、栗村修さんがベルギーのジルベール選手の走法につけた愛称だろう。そういうことはひとまず置いといて、今は奇跡の再会を果たした400円だ。ここは一つ、あくまで自然の流れでおつりを取るのといっしょに回収すべきだと思った。よりいっそう平静に130円を入れて120円の商品のボタンを押し、10円玉といっしょにしっかり400円を回収し、おまけの缶コーヒーも忘れずに取り出して、勝利を確信して指定席のブロックに腰をかけた。
そのときは気が動転していて以下のことにまで考えが及ばなかった。私のとった行為では、もし彼らが400円の存在に気付いて忘れ物だからと放置していたのなら、釣り銭といっしょに忘れ物をかすめ盗ったずるいヤツだと蔑まれる恐れがある。むしろ可及的速やかに釣り銭ボックスに手を伸ばすほうが賢明だ。その行為が、落とし主の証明になるはずである。なぜなら、そこに400円があることを知っているのは他ならぬ落とし主であるから。さらに、そこに400円がなかった場合でも、あわてて手を突っ込む行為は「私、ついさっきここで釣り銭取り忘れたんですけど・・・」と無言で主張する哀れな中年おやじを演出することになろう。ちょっと恥ずかしいかもしれないけれど、その哀れさは400円を拾ったかもしれない彼らの良心にうったえる可能性もある。「もしかして、これ取り忘れてません?」などと返してもらえるかもしれないのだ。自転車乗りはいいヤツ多いし。特に自転車に乗ってるときは。
ともあれ、昨日は事なきを得たばかりでなく、次におつりを取り忘れて戻ったときに人がいた場合の対処の方法も明らかになるという望外の収穫も得た。たかだか1円玉を落としたばっかりにずいぶん動転したものだ。この落とし物スパイラルから抜け出すことはできるのだろうか。
早朝の夢は奇妙だった。水オムニバスとでもいおうか。記憶にあるのはとある海のシーンから。港の海中で美男美女カップルが悪漢に追われている。それを果敢に潜水して誘導し逃がしてやる。当然、私は黒髪の美女を誘導する役なのだが、5分も素潜りできる超人である。お次は悲惨だ。他人妻を寝取ったと、彼女の亭主から疑われて追いかけられる羽目になる。ヤツはすでに1人の被疑者をショットガンで撃っている。身に覚えはないが、狂人の説得は不能と川の土手を走って逃げる。いよいよ追い詰められ、覚悟を決めて台風で増水している千丈川の濁流に身を投げる。ミルクコーヒー色の水中を流されながら、生き残るのは難しいかな、などと醒めている。次はなかなか気持ちがよい。どこか山奥の渓流をたくさんの人達といっしょに探検している。砂は真っ白。水は深く上高地の梓川のように澄んでおり、川の中には色鮮かなサケ科の魚類が群れている。
最後はかなりちんぷんかんぷん。ある映画の撮影現場。とうとうと流れている大河。護岸はコンクリートで固められ、テトラポッドも設置されている。そうした岸には数千人の老若男女がひしめいており、監督の合図で一斉に頭から川に飛び込む。人々は水泳の格好をしており、腹に浮き輪を巻いている子どももいる。飛び込むシーンは圧巻で、映画では多数のカメラを駆使していろいろなアングルから撮っている。引きも寄りもあおりも超高速度もある。それらのカットが次々に目の前に展開されるから、撮影現場にいたつもりがいつの間にかプロモーションビデオを見ていたことに気付く。監督は赤銅色に日焼けしたエネルギッシュな老人である。海パンにメガホン振って必死の形相で指揮をしている。画面にはその監督の名が「ロンサムボーイ○○○○」と2行になってスーパーインポーズされている。
私はなんという危険な演出をする監督か、といくぶん腹を立てて俳優たちを心配している。案の定、浮き輪をつけたまま飛び込もうとした少年2人が、川までとどかずテトラポットに落ちてコンクリートの上を滑っている。目視できる限りでは大けがをしている人はいないのだが、いくら刺激的なシーンが作れても、これを実写の一発撮りでやるべきではないとロンサムボーイ○○○○監督に腹を立て、そこで水オムニバスの夢から覚めた。
目が覚めたのは午前5時頃である。非常に印象深かったので、それから1時間ほどその夢について考えた。同じテーマの異なるシチュエーションで展開される連作の夢を見た記憶はあまりない。さらに、夢の中の文字(画面にスーパーインポーズされたロンサムボーイ<改行>○○○○)を読むというのも珍しい経験だ。しかも、○○○○の部分は全く意味がわからなかった。
目が覚めたときには○○○○は単語としてははっきりしていた。1時間の反芻の間に何か意味を見いだそうと心の中で100回はなぞった。およそ日本の人名とはほど遠く、フィンランド人をカタカナ表記したような感じだった。生涯のありとあらゆる局面でその単語に出会った記憶はなかった。結局、意味の手がかりさえ見いだせず、そのまま仕事に向かったりして、昼休みにその名を思い出して記録しておこうとして忘れていることに気がついた。4文字は確実なのだが、その中の1文字すら思い出せないのだ。
忘れたことは残念かもしれない。しかし、そのおかげで思わぬ楽しみが生まれたことにも気付いた。その○○○○とは、私の心が出生地である。何かで学んだわけではない。心で合成されて、心の目で読んで、なるほど○○○○か、と記憶したことになる。夢というのは、瞼の裏に浮かぶ光と影を解釈して記憶の像に合致させ、表象を次々に作り上げて行く部分もあるだろう。無意味な文字列にすぎない○○○○は、文字というよりは画像として現れた模様を字として表象した可能性がある。
そうなれば、真性に偶然の産物で、もう二度と会うことはできない文字列かもしれない。しかし、私は今朝の時点では明解にその単語を記憶していたから、何かの拍子に思い出す可能性もある。それを思い出したときに私がどう感じるかはまたとない見ものだろう。一般に、何かを思い出そうとして苦しんで、それがぱっと思い出されたときには晴れ晴れとよい気分になるものだ。いうまでもなく、それが誤った想起ではなく、正しいという確証あっての場合だ。私は、○○○○を正しく思い出せるか。
さて、○○○○を正しく思い出すというのはどういうことを指すのだろう。○○○○に意味は無いことは確かめた。経験にも無いことも確かめた。私の外には○○○○は存在していないのだ。すると、もし私が今朝覚えた○○○○を思い出したとして、それが本当に○○○○であることを私は確証するすべがないことになる。なにしろ、頼りになるのは朝の記憶だけなのだ。思い出そうとしてずいぶん苦しんだ○○○○だが、いざ思い出したときにユリーカ!となるのだろうか? なったらなったで興味深い。ならなかった場合は、誤想起と区別がつかず煩悶はより強くなる恐れだってある。これは滅多にない見ものである。
庭のジューンベリーは植えたときから毎日チェックしている。数年間にわたり夏も冬も毎朝その姿を見てきた。いよいよこの冬も今朝にはすべての葉が落ちた。これから2か月ほどは変わり映えのない冬枯れの姿を見ることになる。
この木は女房が植えた。観賞用というだけあって今年も期待通りきれいな紅葉を見せてくれた。ジューンベリーは9月になると、きまって何枚かの葉がフライング気味に色変わりする。夏が過ぎて全体の葉がややくたびれるころ、ひとつの枝につく数枚の葉が黄色くなって落ちるのだ。それは本物の紅葉ではないと思う。人間的に言うならば病死だ。
11月になると、すべての葉が半年の寿命をむかえる。つぎつぎに葉の紅葉していく様子は目を引くものがある。秋の浅いときには、まず葉の縁が真っ赤に隈取られる。緑と赤の境は明瞭でギザギザだ。日を追うごとに縁の赤は葉脈にそって中心部を侵食し、やがて葉の全体が赤くなる。秋の深まりにつれて紅葉にかかる時間は短くなり、その色合いはより鮮やかな真紅になる。12月になると枝に残る葉はまばらで、強い風が吹くたびに目に見えて数が減っていく。
14日、月曜日の朝、ジューンベリーは見違えるようにさっぱりしていた。たとえ少なかろうが、葉があるとないとではずいぶん印象がちがう。夜の風に全部落ちたのかと、梢をみわたし、いただきに残った3枚の葉(写真)を見つけたとき、ひとつの野心が芽生えた。もしかしたら「最後の一葉」が見られるかもしれない。
数学的には落葉樹の数だけ最後の一葉がある。落葉樹の数はほぼ無数であるから、最後の一葉も無数にある。かといって、それを見かけることはまずない。勉強嫌いの言い訳に「数学なんて生活の足しにならない」というのがある。それも一理あって、数学的には簡単に証明できる真理も、体験的に確認できることは無いといえる。たとえば、8+5=13というのはぎりぎり体験可能だが、687×2589=1778643ぐらいになるともう無理だ。1778643個の米粒を数えるのは1か月はかかるだろう。とてもそんなことはやってられない。人生を左右するのは、真理よりも生々しい体験である。体験ができない場合、その諦め材料としてやっとこさ真理が引きずり出される。人にとっての真理はどいつもこいつもネガティブ。俗に「百理は一験にしかず」と言われる(ようになるかもしれない)。ここんとこが、真理を愛し真理のみを行動の規範としている虫けらと人の違いだ。
話はそれたが、無数にある最後の一葉なのに、その1つすら見た覚えがない。なぜかというと、そもそもそんなものを真面目に見つけようなんてのは一番星探しよりも少ないこと、そして、最後の一葉が枝に留まっている時間は短いからだ。おおむね葉は強い風でいっぺんに落ちていく。少なくなればなるほど葉は落ちやすくなっている。実測データはないだろうけど、神奈川県の樹木を平均すれば、最後の一葉がある時間は数秒から数分という値がでるのではないだろうか。私の庭のジューンベリーやムクゲ、イチョウを見て来た感じではそんな気がする。小説のタイトルになるぐらい情緒的なその言葉の響きにひかれて、きまぐれに桜並木を眺めて最後の一葉が見つかったら、それはものすごく幸運なことのはずだ。いくぶん恣意的であっても、わが家のジューンベリーでそれを目にするならば、ちょっと感動ものだろう。
さて、最後の三葉になってから数日はその状態を保ち、昨日の朝には最後の二葉になっていた。よし、いよいよ最後の一葉を見るチャンスと気を引き締めていたら、昨日は冬型が強まり夜には冬の風が吹き、今朝には丸裸になっていた。そして、当たり前にあるはずのものがないという、すでに慣れ親しんだものになっているあの喪失感を味わった。一日30秒をつぎ込んできたこの一週間の努力は無駄だったかもしれない。しかし、私は明日に希望をつなぐことができる。ムクゲにバトンタッチして観察を続けよう。ムクゲがダメでもイチョウがある。今年がだめでも来年がある。希望の大きさに比べれば落胆など無いも同然だ。こんなささやかな野心など、いつしか忘れてしまうってこともありがちだ。野心のない者には落胆もないだろう。
朝、アメリカザリガニのタカハシが死んでいた。2週間ほど前に一度死にまねされたことがあった。つついても動かないときがあって、だめかなと取り上げようとすると、元気に動きだしたのだ。今回はちがった。触らなくても目から命の光がなくなっていることは明らかだった。タカハシは夏あたりからほとんど動かずエサも食わなかった。なぜ食わないのか。なぜ食わなくても生きていられるのか。ちっぽけな疑問符を残してタカハシは死んだ。
タカハシをジューンベリーの木の下に埋めて境川に出かけた。風は南から弱く吹いている。これにはちょっと驚く。冬の風が北から吹いていると予想していたからだ。見上げれば、青空を流れる積雲も北に向かっている。積雲にまじって不定形のうすらぼんやりした灰色の霧みたいな雲が空のあちこちに広がっている。冬にはよく見かける雲だと思うのだが、あいつの正体がいまいちわからない。積雲が発達して、上空の風の流れにまで達したとき、その風に吹かれて雲が分解しつつ落ちてくるものかと想像したことがある。つまりあのぼんやりした雲は、地上までは達しない雪というわけだ。今日の空を見ていると、発達する積雲が見つからず、その予想も的外れに思えてきた。
南風であれば境川は暖かい。海の暖かい空気が供給されているからだろう。今日はじめて使う毛糸の帽子と冬の手袋が場違いだ。短パンや半袖でランニングの練習をしている人もいる。それは皆、おじいさんだ。そういう格好の若いお嬢さんはいない。年寄りの冷や水とはよく言ったもので、だんだん彼らの気持ちがわかるようになってきた。年取れば、あえて無理して苦労したくなるのだ。しかし、今日はその日ではなかった。
風が弱くていまいち勝負!という気になれない、ということもある。それよりも、富士山で起きた片山隊の遭難のことが昨日からずっと気がかりだ。自転車で走っていてもついつい上の空になり、登山の意味なんかを考えてしまう。私が使っている境川サイクリングロードからも一か所だけ富士山が見えるところがある。7合目辺りから上は綿をちぎったような雲がまとわりついて山頂が見えない。下界は穏やかなのに山は相変わらず烈風が吹いているようだ。あの風が山男の命を奪った。心配事のあるときは全力で走ってはいけない。車にぶつかったり人をはねたりするのはこんなときだ。ロードレーサーに乗った30年の間に学んだ唯一の実用知識だ。意識して6割ぐらいの力で走る。子どもやお年寄りを追い越すときは、こっちにぶつかってくることを前提に走る。
イマイチ乗り切れず練習は60キロほどやって引き上げた。帰宅して風呂に入りながら、住人のいなくなった水槽を洗う。今朝、死んだタカハシを引き上げて食卓に置いておくと、女房が何を思ったかその臭いをかいで、臭い臭いと騒いでいた。まだ腐敗は来ていない。それはザリガニ臭さ、そして藻や汚泥のどぶ臭さだ。もちろん水槽もその臭いがする。私には、この臭いは不愉快なものではない。むしろ、虫けらたちとの楽しい記憶と共にある芳醇なものだ。どぶ臭さの中で魚や虫や貝やカニなど水棲の生き物はそれぞれが個性的な強い臭いを放つ。水槽を洗えばどぶ臭さは流れていくが、この臭いはタカハシの思い出と共に心に残る。そしてまたちょっとどぶ臭さが好きになる。
おもえば11月のあの日から半原越に行ってなかった。龍勢ショックというのもわかるが、私は競技選手ではないのだからシーズンが終わったわけではない。今日は気を引き締めていろいろ重いチネリで半原越だ。
天気は良くて暖かくサイクリング日和だ。ところが、自転車乗りがさっぱりいない。いつもなら清川村から半原越の入り口にかけては5人や10人は見かけるのだが、今日はどうしたことだろう。もしかして月曜? 一日寝過ごした? というわけもないがひとまずいつもの棚田。モズが遠くで高鳴きして、すっかり冬景色だ。カラムシもすっかり灰色、向かいの山の広葉樹の葉ものこりわずかだ。草むらに座り込んでアイスクリームを食っていると、タイツの太ももが熱くなる。冬至のころの太陽はこんなに力強かっただろうか。
半原越のスタートライン手前で、毛糸の帽子をぬぐ。ゴーグルもとる。ウインドブレーカーも脱ぐ。手袋もとる。一切合切を背中のポケットに押し込んで、キャットアイCC-CD300DWのボタンを押してスタートだ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'10" | 4'10" | 16.8 | - | 63 | |
| 区間2・3 | 14'22" | 10'12" | 13.9 | - | 60 | |
| 区間4 | 20'34" | 6'12" | 11.5 | - | 50 | |
| 全 体 | 20'34" | 13.8 | - | 58 | (1190) |
今日、感じたことは「ひさびさに来て再認識する登りのつらさ」という一言に尽きる。これまでに幾度となく味わった思いでもある。境川で風と戯れて遊ぶばかりでは半原越の練習にはならない。必要強度のレベルがちがう。半原越では、前に進むだけでも全力が必要だ。向かい風だとつらくなって、言い訳を考えて手抜きをしても、けっこういいスピードで前に進む。半原越では手抜きをすればそこで止まってしまう。どんなに取り繕っても止まれば残るのは後悔だ。
昨日は腰が痛かった。たいして気にするほどのものでもないが、立って電車に乗っているとけっこうつらい。全身がだるく多少のめまいもする。原因不明の不調だ。今日になって、女房から長男が新型のインフルエンザだったということを聞いた。それほど熱もなかったが、病院で検査すると新型のインフルエンザということになったのだという。ただし、簡易検査であって、A・B判定だけで新型という診断になったらしかった。それなら現状の日本では、なにもかにもA型=新型ということになっているのだろう。
新型は感染力抜群で、私もかかっているに違いないと思った。頭が重いから熱を計ってみると、35.8℃。熱があるどころか低体温っぽい。そうなると、腰の痛みだって、だるさだって身に覚えがある。きっと自転車のせいだ。日曜にはひさびさに半原越に行って高い強度のサイクリングをやった。ちなみに20分34秒というのはいろいろ重いチネリでは新記録だ。普段よりずっとがんばったのだ。無理をした日曜日の筋肉痛が火曜に来たのかもしれない。私には記憶がないけれど、年をとると筋肉痛が遅れてくるらしい。この痛みとだるさは、ウイルス性のものではなく、生命力=HPが少なくなったせいなのだ。
いつもの棚田から眺める風景は殺風景で、動くものといえばモズぐらいなものだ。なにやら獲物を探しているらしく、カラムシの枯れ枝に止まって草むらを見渡している。尻尾をぐるぐる回す仕草が上機嫌に見えてしまうのは犬の連想だろう。モズはぱっと草むらに飛び込んで程なくして飛び立ち、べつのカラムシに止まった。何かをくわえてるかと注視したけど何も見えない。食べているようにも見えなかった。
今日もチネリで半原越だ。いろいろ重いのだけど、なりゆきだ。スタートは42×21Tの2倍。区間3までそれで行くつもり。立ちこぎも多用する。また今回も区間2のラップを押し忘れた。あれっ区間2のポイントは? と気がついたときには200mほども先に行ってた。あまりに速すぎて見過ごしたわけではない。前に進むことにだけに集中していたのだ。
区間4の4kmの右コーナーでちょっと泣きそうになる。42×23Tでも重くて、ちょっとでも手を抜くと止まってしまう。泣いたぐらいでスピードが上がるのならいくらでも泣いてやるが、きっと力が抜けるだけなので泣かない。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'21" | 4'21" | 16.1 | - | 64 | |
| 区間2・3 | 14'25" | 10'04" | 14.1 | - | 56 | |
| 区間4 | 20'41" | 6'16" | 11.4 | - | 49 | |
| 全 体 | 20'41" | 13.7 | - | 56 | (1160) |
20分切りまで今回もあと40秒。各区間を10秒ずつ短縮すればよい。それだけのことだ。10秒といえば距離にして25mぐらい。小学校のプール。手が届きそうに近いようで遠い。しかし永遠の彼方ではあるまい。
下っているときに、山荘みさきの前でタヌキを見かける。半原越でタヌキに会うのは珍しい。日中にはあまり出歩かないけものだから。家を出るときに玄関のドアを開けると、そこにもタヌキがいた。まだ若い個体らしく小さかった。毛並みも悪く、あまりいい生活をしているようには見えなかった。下鶴間のタヌキは自然の山野や畑のエサを得るのも難しく、ゴミをあさるのも難しい。どこかでエサをもらいながら細々と命をつなぐしかない。ほどなくして交通事故で絶滅するだろうけど。
コンビニでアイスとコーラを買うときにレジ袋をもらったのはコケを採取するつもりだからだ。岡山県自然保護センターのサイトを見ていて、そこのヒロハツヤゴケが、ずっと気になっている清川村のコケと同種らしかった。それでは採取して確かめようと出てきた。写真のコケがそれだ。道ばたのコンクリートのいたるところにあって、しかも赤いサクを無数につけてよく目立つ。こいつはヒロハツヤゴケなんだろうか。
ヒロハツヤゴケ?とせめぎ合いながら生えていた別種のコケもついでに採取した。そっちは、非常に美しくコケらしいコケで、一応、ハネヒツジゴケということにしている。現状のようないいかげんな調べかたでは、このタイプのコケの名称が明確になることはない。ひとまず気にかけておけば、何かの偶然で明らかになることもあるかもしれない。冬になるとコケが目立つようになる。それでなくても清川村はコケの宝庫だ。名前ぐらいは少しずつ調べたい。
今日はチネリで境川。境川のいいところはなんだろうと考えると、田んぼと雑草に落ち着いた。川なのに広々した開放感はなく、おまけに両側は鉄製のフェンスという檻の中のハムスターばりのしゃかしゃか状態だ。それでもけっこう好きなのは田んぼがあるからだ。多摩川には田んぼがない。私は田んぼが好きだ。稲がすっかり枯れていても田んぼが好きだ。ついでに雑草も好きだ。境川の両脇はクズだの荻だのの雑草が伸び放題になる。草刈りの手もあまり入らない。例のフェンスが草刈りを難しくしているから、けっこう背の高い草がはびこることができる。多摩川の雑草は背の低いおとなしいものばかりで物足りない。
今年は境川に風が吹かない。今日もほとんぼ無風。しかたなく、52×16Tか17Tかで重めにして、31km/hぐらいで走る。それでケイデンスは80rpm ぐらいだ。気持ちよく走る場合は、もうちょっと軽めのギアにしてくるくる回す方がよいけれど、半原越の練習だと思えば重いギアでケイデンスを低めにしたほうがよい。
自転車に乗って10%ぐらいの坂をダンシングする場合は12km/hぐらいになる。スプリント風のダンシングは別だけど、フツーのダンシングでは12km/hぐらいしかでない。物理の法則の壁があって、どれだけ練習を積んでもそれだけの速度しか出ないはずだ。体力の向上によって12km/hを維持できる時間は延びても大した時間短縮にはならない。10%で12km/h以上出そうとすれば、田代さやかを使うことだ。それなら理論上で20km/hぐらいは出せるはずで、私ができていないのは単に弱いからだ。なかなか結果に現れずあせるけれど、75〜80rpmぐらいのくるくる走りをだんだん高い強度でできるように練習することが王道だ。境川で重めのギアを回すのもその練習のつもりだ。私の最速理論ではフツーの坂で速いやつが上級者である。こうやってときどき言い聞かせないと道を踏み外す。
今日は半原2号(写真)で境川。半原2号は当世風のとってもいい自転車だ。ハイテク装置の心拍計もついているから、どれぐらいがんばっているかを数値として確認することができる。私は170bpmあたりから息がハアハアし始めて、30分ぐらいで体が全く動かなくなる。その辺が有酸素域と無酸素域の境だろうと思っている。
低気圧が近づいているようで、境川は東よりの風がゆるく吹いている。南に下るときもときどき向かい風になる。昨日と同じく向かい風インターバルの日ではない。今日やるべき事は、自分の限界を知って、それを守って走ることだ。心拍数で最高を160bpmぐらいに押さえておけば、4時間ぐらいはなんなく走れるはずだ。ほんとうにそうなのか、ときどき心拍計をチェックしながら走る。回転数は90rpmが目安になる。そうすると、ギアは50×18Tになった。
向かい風がきつくなると無意識にがんばって、ふと気がつくと176bpmなんて数字が出ている。体のしんどさに気付く前に数字が出るから調整できる。追い風でちょっと脚が軽くなると、心拍数はすっと落ちて140bpmぐらいになる。止めれば30秒で120bpm まで落ちる。この上がり下がりがなんともうれしい。速度は30km/hを少し越えるぐらい。その辺が私の限界。平地で無風状態での巡航速度である。30km/hは境川ではちょうどいいスピードだと思う。
ちなみに、半原越ではこのぐらいの強度に押さえると25分ぐらいかかる。170bpmぐらいでがんばると21分半、160bpm以下にむりやり押さえると29分。普段はずっと180bpm以上になっている。ひとたびそこまで上げると、ちょっと力を抜いたぐらいでは心拍数も落ちず、脚の疲労もとれなくなってしまう。自転車でがんばりすぎると視野狭窄かつ頭が悪くなって危険だが、半原越なら死ぬほどがんばっても11km/hぐらいしか出ておらず、道路脇から飛び出してくるのは、サル、シカ、蛇ぐらいで危険もない。
12月31日には、上須戒から日土に至る新ルートを走って、鞍掛山一周サイクリングをやろうと目論んでいた。ところが、天気は大荒れで八幡浜には珍しい積雪になってしまった。照葉樹林に雪という美しい光景が見られたのはラッキーだけど、サイクリングどころではなくなった。しかたなく、日が暮れるまで室内でもんもんと過ごし、家族で紅白歌合戦を見て、八幡浜チャンポンを年越しそばにして、新年を迎えた。
元旦はなんとか走れそうだった。ただし、いろいろ用事もしなければならず、一日中遊ぶわけにはいかない。せいぜい2時間程度だが、今回の帰省ではこの一発しか走れない。昨日の積雪では標高が高く日当たりの悪い道が続くコースは難しそうだ。選択肢は2つしかない。海沿いに三瓶あたりまで行くか高野地に登るか。登りは暖かいから、というまっとうな動機から高野地周回コースをやることにした。ルートは松尾→古谷→高野地→大平→入寺→高野地→古谷→松尾で、高野地に2回登ることにして、正午に出発した。
松尾から古谷に至るルートの序盤にご先祖様の墓がある。新年早々素通りともいかず、墓の脇に自転車を止めて第一回目のお墓参り。後で女房子どもを連れてこなければならない。ゆっくり走って鳴滝までは15分。鳴滝神社の初詣は帰りにすることにして素通り。八幡浜にいる以上は墓と神社は外せないのだ。古谷を過ぎて高野地まで30分。やはり長谷小学校ぐらいの標高になると、路面には雪がシャーベット状にべったり残っている。幸い凍結はなく自動車の轍を選んでゆっくり走れば車輪をとられることもない。長谷小学校からは5kmの下り。毎度のことながら冬のこの下りがつらい。路面が悪いこともあって徐行するものの体を動かせないことにはどうにもならず寒い。西風をまともに受けて冷たい。大平まで下って桧谷まで来たときには足先がかじかんで痛くなっていた。とりあえず缶コーヒーなんぞを飲んで暖まる。
下りは寒くても、入寺からはまた楽しい登りが待っている。登っていれば足の冷たさは残るとしても寒くはない。八幡浜高校の前を通るとなぜだか気合いが入ってきた。せっかくだから力を入れてTTをやってみようかという気になって来たのだ。入寺→高野地コースは500回以上走った道だ。自転車は数回で残りはランニング。陸上競技の選手ではなく、あくまで趣味として毎日走っていた。その4kmの登りを力を出して走ると20分ぐらいだった。自転車では、2006年の夏にTTをやって17分半かかった。そのときは、同じ鉄パナだけど、ペダルはミニサイクル用のプラスチック、後輪のスポークも折れてホイールがぐだぐだだった。今度はビンディングペダルだ。ホイールも交換した。たとえ足がしびれていても路面に雪が残っていても3年半前の記録は楽々更新できるはずだ。この先、八幡浜で楽しく自転車に乗れるのは10回もないだろう。高野地TTだって二度とやれないかもしれない。ガツガツ走るのは不本意だけど、この機会に記録を塗り替えたっていいじゃないか、人間だもの、というノリだ。
入寺の石灯籠についたときはすっかりその気になっていた。液晶が半分かすんで見えなくなっているキャットアイのボタンを押して、2倍ぐらいのギアでスタート。1km地点の「橋」までは緩い。3分50秒ぐらいのいい感じで過ぎる。橋からはそれなりに斜度もでてくるから、38×23Tを使う。このコースの特徴は知り尽くしている。全てのコーナーのアール、傾斜。38×23Tでダンシングすべき場所は3つ。そこだけ全力であとは回していけばいい。のどが痛くなることもなく15km/h以上を維持できている。足のかじかみは全然とれないけれど、ダンシングでくる太ももの痛みはすっととれる。快調だ。
新年だからか意外にも車が多かった。2台は乗用車、1台は年賀状配達のオートバイ。交差点は皆無だが、杉林とミカン畑を縫う視界の悪い道路だ。自分の息と自転車のほかで、音をたてるのは風と鳥ぐらいなものだけど、上から降ってくる自動車の気配は直前までつかみづらい。自動車にしてみれば、自転車が来ることはもっとわからない。さらにわからないのが、なんで自転車が走っているかだ。さらに深い謎は必死の形相で路面をにらみつけてゼイゼイ走る中年おやじの心中だろう。自転車遊びは文化として存在していない地域だ。
ゴール地点はおきまりの鎌田家前。レコードを1分20秒縮めて16分10秒で楽々フィニッシュ。といっても2回目のTT。道ばたのミカン運搬用のモノレールに自転車を立てかけて記念撮影(写真)。鎌田家付近から西本家を望むポジション。この先、長谷小学校まではぐずぐずに雪が残っているからTT走りは無理だ。ゆっくり走りで高野地から古谷へ抜けて松尾に降りていく。途中、鳴滝で自転車を止めて鳴滝神社へ初詣。滝の脇にある急な階段を歩くためにクリートカバーも持ってきた。
帰宅して、女房子どもを連れ出して、一家5人でもう一度鳴滝までのコースを登る。今度は歩き。一家でお墓参りに初詣というちゃんとした元旦の行事だ。二十歳になった娘は私の黒タイツを少し嫌がっている。ただし、あからさまに離れて歩く女房ほどではない。
元旦には高野地をいい感じで走って来たので、その勢いをかって半原2号で半原越に出かけることにした。庭の池が結氷しているぐらいだから気温は高くはないが1月としては穏やかだ。風が弱く日も薄く射している。いつもの棚田脇にいるのはやはり1匹のモズ。電線に止まって獲物を物色しているようだ。鳥よりも今日は初半原越。走ることに集中しようと、1分でホットレモンを飲んで早々に再スタート。
スタートラインまでの所要時間は棚田脇休憩を除いて1時間5分。心拍計つきのV3のスタートボタンを押してゴー。もともとTTをするつもりはなかったけれど、走り始めると軽い。半原2号はよい自転車で、とりわけ緩い坂でよく伸びる。他の自転車よりも1枚重いギアを使える感じだ。速度計を見ると20km/hを越えている。追い風でもないのに珍しい。1kmいかないうちに心拍計が183bpmなんて値を出しているが、それは見なかったことにする。
半原2号はシマノの手元変速機も装備している。斜度に応じて21Tから25Tまで、こまめにギア比を変えてケイデンスを落とさない走り方ができる。半原越は道路が波打っている。短く急な坂にぶつかるたびにガツンガツンと勝負していると終盤の力を失ってしまうのだ。2km地点では7分30秒。20分を切るペースだ。竜頭蛇尾の捨て身アタックではなく、アベレージで20分を切れるかどうか試してみる気になった。区間4に入ると、4km地点でまた泣きそうになる。遅かろうと速かろうとあそこがいつも一番つらい。あと1分目安の簀の子を越えるタイミングで25Tにかけているチェーンをカシャンと21Tに落としてラストスパート。V3の細かい数字を見る余裕はない。ただ体が覚えている感覚では、全力を出し切れば区間4は6分を切るペースで来ているはずだ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 3'59" | 3'59" | 17.8 | 168 | 69 | |
| 区間2 | 8'55" | 4'56" | 13.9 | 186 | 64 | |
| 区間3 | 13'48" | 4'53" | 13.9 | 183 | 65 | |
| 区間4 | 19'39" | 5'51" | 11.5 | 189 | 59 | |
| 全 体 | 19'39" | 14.4 | 182 | 66 | (1297) |
愛媛県の八幡浜市に帰省したときに、裏山でゆかいなものを見つけた。初見では樹木の幹を竹が貫いていると思った。ただ、そういうことが起きる条件は極めて限られている。木に穴が開いており、そこにぴったり竹の子がはまりこんでしまう場合だ。作為があれば簡単に(手間はかかるぞ)できる。しかし、場所は池田川(裏の川)のほとりの急斜面で、廃棄された野壺わきの藪だから、あえてそんなことをやる人物はいないだろう。
竹は孟宗竹である。樹木の種類はヌルデだろうか。私が想像するに、写真の状況は、樹木が幹の分かれ目で竹を包み込んでできあがったものだ。股になっているところに、竹の子が伸びてきて、固い竹になった。たまたま股の伸び具合と竹の立ち具合が絶妙で、いつも股に竹が押しつけられていた。竹の節の所はけっこう固く鋭い。風に吹かれて竹が揺れると、股がこすれて傷がつく。傷は木の生命力によって癒される。そこをまた竹が削り傷がつく。さらに治癒し、傷つき、癒合する。そうしたことを数年間続けるうちに、木はこんなに太い竹を包み込んでしまったに違いない。状態からみて、完全に包み込んでからも10年はたっているものと思われる。
おたがいにずいぶん迷惑な思いをしてきたと思う。彼らの葛藤は、井伏鱒二の山椒魚や中国故事の漁夫の利を思わせるものがある。竹はすでに枯れている。一個の竹の天寿は10年程度らしいから、にっちもさっちもいかぬこの状態が竹の寿命に影響があったかどうかはわからない。
私は小さい頃から自分の回りにある木や石の観察に余念がなく、この木の存在は40年ぐらい前から知っている。けれども、こんなことになっていることは気づかなかった。この10年を振り返っても、数年に一度、回数にして5回はやつらに一瞥をくれていたはずだ。もっと早くに知っておれば過程を見届けることもできた。それは残念だが、この物語はこれで終わりではない。やがて竹は枯れ崩れて、竹の棒が刺さった樹木という光景になるだろう。それが30年ほど続いた後、竹は完全に腐ってなくなり、幹にまあるい穴があいた樹木ができることになる。
進行が早ければ、私もその状態を目にすることができるかもしれない。普通に考えればこちらの寿命が先に尽き、私は死んで木が残っているはずだ。半世紀後のあるとき、偶然この木を発見した若者が、穴のあるわけについて考え込むかもしれない。そいつが様々な仮説を立て検討した果てに、偶然この記述を見つければ、かなり笑ってもらえることだろう。
写真は初詣の鳴滝神社で発見した人面樹である。太さは私の脚ぐらいで、まだ若そうな木だ。生えているのは参道の石段のすぐ脇だから、すぐに見つかるだろう。幹にできた模様は一見して人の顔に見える。娘の見立てによると私に似ているそうだ。その真偽は別としても、それほど面白い顔とはいえない。面妖さに欠けるのが弱点だと思う。
一時期、山形県の鯉をかわきりに人面○○というのが流行したことがあった。それらも単に顔があるだけでは面白みがない。ヒトの顔検知力はたいへん高い。どうやら生得的な才能である上に繰り返し鍛えられる技能だ。丸の中に3つの点が逆三角形に並んでいれば、それはもう顔だ。だから、錦鯉の頭にも蛾の背にも人面が浮かび上がる。人面○○とはありふれたものなのだ。自殺の名所を撮った風景写真なら、心霊、地縛霊の10匹や20匹は写っているはずだ。そんなものはつまらない。ウイスキーグラスの底に顔があってもいいじゃないか、という見解に異論はないが、はっきりそんなものはつまらないと言う。
俗に人面樹というものは、いずれも妖怪変化の類で不気味だ。その辺に生えている木に浮かび上がる人の顔も恐ろしげになることが多い。これには明確な理由がある。木の幹の色はどす黒く暗い。皺が寄っている。膚がカサカサ。眼は空洞、鼻と口は引き攣り崩れている。というように、自然とデスマスクの特徴を備えてしまうのが人面樹の宿命なのだ。であるならば、むしろその特徴を際だたせて不気味であればあるほど妙味も増すというものだ。
いっぽう、樹木が作る顔にはかわいらしいものもある。落葉樹の葉の落ちた跡が顔に見えるということはよく知られている。こちらの顔は死人ではなく、赤ん坊や動物のようなほのぼのした印象を受ける。2006年1月15日のたまたま見聞録に取り上げたサンショウはおさるさんの顔のようだ。ただ、その顔は1mmほどしかなくて、肉眼ではちっともわからない。細かすぎてインパクトが薄いのが弱点だ。
最後の一葉をなんとか目撃したいものだと願っている。この写真はそのつもりで元旦に撮った。場所は松尾の西にある丘である。木の種類はわからないが、畑の中に植えられているものだから何かの作物か植木だろう。写真にも写っているように、木の半ばに枯れ葉が一枚だけひっついている。これは最後の一葉に違いないと即座にワンカットを撮った。動植物の撮影にあたっては、撮れるときにシャッターを押すのは基本だ。このシーンだって、3秒後には葉が落ちてしまうかもしれないのだから。そして、もっと情緒的また説明的なアングルを見つけるために木に近づいて調べると、最後の一葉という確信はもろくも崩れてしまった。ひっかかっているのは枯れ葉に違いないのだが、葉の付き方がどうもおかしい。ふつうに葉柄で枝についているわけではなく、枝の間に挟まりひっかかっているだけなのだ。そこに気付くともうそれを最後の一葉とは呼べなくなる。
一方、庭での挑戦はムクゲとイチョウに引き継がれているが、こちらも具合が悪いことになっている。イチョウにもムクゲにもイレギュラーな葉がついているからだ。樹木は幹の太い部分には葉をつけないのが普通だ。ところが、剪定などのかげんで幹にも直に葉がつくことがある。困ったことにそういう葉がみょうにしぶとく木にしがみついているのだ。わが家では細い枝につく通常の葉がとっくの昔に落ち葉となって土に還ろうかというのに、幹には葉の原形を失ったくしゃくしゃの小さな固まりがいくつかくっついている。それもあえて葉と呼ぶならば、最後の一葉を見るためには、そのかさぶたのようなものの最後の一個を見極めなければならない。
さようなわけで、「最後」の定義、「葉」の定義が揺らいでしまい、最後の一葉を目撃することはいっそう困難になってしまった。枝にからみついた葉は認めないのか? 虫が糸を使って枝に縛り付けている葉は認めるのか? 絵描きが煉瓦塀に描いた絵は認めるのか? 認めようが認めまいが、そもそも樹上にある葉がどのように枝についているのかを見極めるのは容易ではない。さらに、かさぶたのようなものも葉と認めるならば、幹の裏側、枝の陰にそいつが隠れているかもしれないという疑念はぬぐいきれない。
どうやら私はソクラテス以来の哲学の難問に逢着したようである。ソクラテスは美や善など明解にみえる言葉も確実な定義はできないことに気づき、どいつもこいつもぜんぜんものを知らないまま生きていると主張した。400年前にデカルトは絶対確実なものをベースに確かな筋道で考えればよいという、数学的思考法を発明した。それは一筋の光明であったものの、凡人には判明明解とは言い難く、「いいじゃないか人間だもの」という一言で捨て置かれている。葉っぱの一枚ですらこれほど不確かなのだから、どこまで行ってもにんげんは確固たる肉体に曖昧模糊とした心を宿して、理解と誤解を繰り返して場当たり的に生きていくしかないのだろうか。
私が最後の一葉を見つける場合は極めて限定的にならざるをえないようである。たとえば、庭の実生のムクゲのように背丈ほどの高さしかなく、葉も50枚ばかりの小木でしか確信は持てないだろう。そんなちまちました木が相手では、発見!の爽快感は得られないはずで、最後の一葉を見つける意味がない。かといってちゃんとした大木ならば、本当に最後?とか、本当に葉?とか疑念が起きて、発見!の爽快感が得られないだろう。智はいつも情の邪魔をする。アダムとイブに遡る根の深い問題だ。
中央林間駅に向かう途中でクマバチを見つけた。日の当たらないブロック塀にしがみついて、いかにも寒さにこごえているという風情だ。越冬の途中で何かのアクシデントにみまわれ姿を現してしまったのだろうか。さっそく胸のポケットから携帯電話を取り出して撮影する。カシオのG'zOneは200万画素の簡易なカメラを備えている。低機能なぶん操作がしやすい。携帯電話のカメラは割り切った使い方をしたいから、あえてこの機種を選んだ。マクロもボタン操作が不要で、機能上ではクマバチサイズの虫ならば画面いっぱいまで寄れる。実地にはオートフォーカスが信用できないので、そこまでは寄らない。
さて、このハチはおそらくクマバチだが、ちゃんと調べるまではマルハナバチだと思っていた。ハチの名前当ては全く自信がないのだけれど、クマバチはもっと大型だという思い込みがあり、大きくて丸くて黒くて黄色いからマルハナバチだと判断した。マルハナバチにもいろいろあるから、もっと詳しく調べるうちに、どうやらクマバチらしいということになった。
クマバチもマルハナバチも庭にも良く来る虫だ。どちらも大きな羽音をたてて飛び回り花の蜜を吸っていく。ある春の午後にマルハナバチが地面に降りて、なんの逡巡もなく落ち葉の下に潜っていくのを見て、何をするつもりか気になったことがある。コガネムシの幼虫に寄生するようなこともあるのかと思ったが、実際はモグラやネズミの空き巣を利用して巣を構えミツバチのような社会生活を営むらしい。
マルハナバチもクマバチも大型の虫にしては、この住宅地でよく見かける。花壇や庭木などの季節の花をうまく利用して命をつないでいるのだろう。
風はゆるい南風。気温は10℃ぐらいはありそうだ。暖かな冬の一日になった。今日は半原2号で半原越。朝飯はたっぷり食べているから、山田商店の自販機で飲み物だけを買う。今日は冷たいほうがいいなと、ウルトラマンサイダーを選んだ。ウルトラマンシリーズは嫌いだが、100円という価格のよさと、先日見た「はじめてのおつかい」で小さい子どもがウルトラマンサイダーをずいぶんうれしそうに買っているようすが印象に残っていたからだ。
むむ、ぜんぜんかわり映えしないなあ、というのがいつもの棚田わきの正直な感想である。モズはカラムシの枯れ枝に止まって尻尾を回しているし、猫が田の向かいの小道を歩いている。青空に積雲が流れ飛行機が飛ぶ。毎回毎回、そうそう楽しいことが起きるわけもない。今日は写メもしない。
半原越はゆっくりやってみようと決心した。それほど汗もかかないだろうから、ウインドブレーカーも毛糸帽子も冬グローブもつけたままだ。最初から39×25Tの最軽ギアにいれて、心拍計をチェックしながら170bpmぐらいで走ることにする。区間2の丸太小屋の坂では、そのギアだと10km/hで進むにしても脚を使ってしまい176bpmにあがってしまう。こうなると多少緩い所で力を抜いたとしても心臓は落ち着かない。ただし、酸欠で息がはあはあすることはないレベルで走れるから、筋トレをやれば劇的に速くなるのかなと、ふと思った。たぶんいつもの幻覚だ。とりあえず今日の22'37"は楽勝ペースである。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'58" | 4'58" | 14.3 | 156 | 73 | |
| 区間2 | 10'29" | 5'31" | 12.8 | 170 | 65 | |
| 区間3 | 15'53" | 5'24" | 13.1 | 172 | 67 | |
| 区間4 | 22'37" | 6'44" | 10.5 | 176 | 53 | |
| 全 体 | 22'37" | 12.5 | 169 | 66 | (1493) |
境川の終点の大清水高校の向かいにある桜の木が、最後の一葉をつけているようで、ブレーキを引いて引き返すことにした。自転車を止め、近づいてよく調べる。これまでに何度も裏切られている。一枚の枯れ葉はちゃんと葉柄で枝につながっている。その近くに葉柄だけがついて、葉の本体がとれている枯れ葉もあるが、それは無いことにする。よし、とばかりに携帯を取り出してアスファルトにしゃがみ込んで撮ったのがこの写真だ。大清水高校もあり境川の自転車道路らしさもあり、自転車を入れ込んで木のサイズもわかる。
まあ、それなりだな、と携帯電話をしまって、念のためにもう一度ほかに葉がついていないか調べた。すると残念なことに、この写真の裏側にあたる下の方にもう一枚ついているのを見つけてしまった。それは破れて3分の1枚ぐらいになっている葉だった。とはいえ、それを無いことにするのはいくらなんでも卑怯だ。でも残念だ。一瞬、そいつを手でちぎってやろうかと思ったぐらいだ。また来週あたりに来るだろうから、まだチャンスはあるということにして正々堂々離れることにした。
そのとき、木の奥を飛ぶ綿毛が目に入った。ずいぶん多い。川面に落ちて流れているものもある。境川のほとりに根付いた10株ほどのガマが種を飛ばしている。茶色いソーセージ状のガマの穂が開くと、もこもこした綿毛の種が現れて風に乗って飛んでいくのだ。すでに半分ほどの種は離れている。まさしく旅立ちの最盛期。いいときに立ち会ったものだ。
これはラッキーと、再び携帯電話を取り出した。しかし弱った。G'zOneのカメラで20m先のガマが撮れるだろうか。しかも黒い川の水を背景にした順光の白い綿毛。どんな高級カメラでもオートでは写らないシチュエーションだ。いつも使っているニコンなら2段ほどアンダーにして穂が白飛びしないようにできる。F11で500分の1秒ぐらいだろうか。などと考えてもしかたがない。携帯しているのは携帯電話カメラ。ピントから何からオートで露出の補正機能も(たぶん)ない。
カメラは私の気持ちをわかってくれない。穂に向けてシャッターを押したとしても、カメラには水を撮りたいのか穂を撮りたいのかわからない。黒い水か白い穂か? 私の意図が伝わらずジレンマに陥ってしまう。そして、水はつぶれ、穂は飛ぶという両方とも写っていない写真ができあがる。
私はカメラのそのジレンマがよくわかる。よい騎手が馬の気持ちがわかるように、よい写真家はカメラの気持ちがわかるのだ。わかってはいても「お前が撮るのは穂だ」と教えてやることができない。唯一の方法はガマに近づいていって、穂を画面の80%ぐらいまでおさめることだ。しかし、クリートの靴でコンクリートの護岸を降りていくのは自殺行為だ。すべって転んで境川に転落するのは目に見えている。1月の川に落ちるのはごめんこうむりたい。G'zOneは撮影はだめでも落ちたときは大丈夫。防水は万全なはずだ。ただし、今はそれを発揮して欲しいときではない。
午前5時ぐらいだと思う。軽い悪夢で目が覚めた。気温の低さで体がかじかんであちこちが痛い。これは毎度のことだから気にしないようにして眠ることにした。それにしても寒い。速やかに眠るに若くはなし。眠りに入る秘訣は夢を見ることだ。首尾良く、瞼の裏に浮かぶイメージが一人歩きをはじめ、すぐに眠りに落ちることができそうだった。ところが、見えているものが眠っている場合じゃないぐらい重要なものだと気付いて、思考力を保ったまま、次々に現れるイメージを見届けることにした。
瞼の裏のイメージになぜ驚いたかというと、はっきりと文字が見えたからだ。いつも見える光の揺らぎがたまたま文字を形成しているわけではない。主に短い直線で構成された文字が山と積まれている。文字だとわかったのははっきりと判読できるカタカナがけっこう混じっているからだ。中国の金石文字のようなものもあり、くさび形文字のようなものもある。直感的に金脈を掘り当てたと感じた。これは、ヒトの心の中にある文字の源泉だと思った。文字が、文字としてこの世に現れ機能できるのは、誰の心の中にもこうした泉があるからだ。ものまね師の夢のラテン語名、ロンサムボーイ○○○○のスーパーインポーズはここからわき出してきたものらしい。
イメージのカテゴリーでは文字の他にもいくつかあることが観察できた。とりわけ興味深かったのは女の顔というカテゴリーだ。それは、大理石の塊を彫って作った一体の彫像のようだった。ざっと100個ぐらいの大小さまざまの顔がびっしりと浮き彫りされている。松本零士の漫画に同じような絵があったと思う。彼のものとちがうのは、個々の顔が明らかにちがうこと、髪の毛がないことだ。彼の作品ならば皆同じ顔にストレートのロングになりそうだ。どの一体も誰かと特定できないぐらいはっきりしないものだったが、ともかく女の顔だということは一目見て明らかだった。私は自分の心の中に住んでいる女は一体だけだと思いこんでいたから、顔に関しては複数だということに驚いた。イメージも成長を遂げるのだろうか。
最後に確認したのは、風景というカテゴリーだ。これがほかものと決定的にちがうのは視界の全体を覆うイメージだということだ。文字も女の顔も背景は漆黒の闇だ。風景は背景と一体で、現れ方はスライドショーのように入れ替わり立ち替わりだ。色彩もコントラストもあり、かなりの現実感をもっている。ある部分に注目して詳しく見ることもできる。特筆すべきは、全て現実に見たことがある場所ばかりだということだろうか。ただし、微妙に異なる場所が合成されたり、デフォルメが入っていたりする。観察しながら、「こいつはあの谷にあそこの鶏小屋を持ってきたな」「この景色では、あの建物はこんなに大きくは見えないぞ」などと間違い探しもできる。夢の中にも風景や背景は存在する。子どもの頃、「蜃気楼」と名付けた風景を現実のものとして強く信じていたことがあったが、とうとうその出所を見つけたようだ。
風景を見て、イメージの観察は終わった。次は見たものを吟味する番だ。イメージがカテゴリー分けされて心の中に格納されていることは知らなかった。まずそこが発見だ。ヒトはおそらくカテゴリーを持って生まれ、そこに整理して経験したイメージを溜め込んで行くものらしい。直感的に記憶とは異なる機能のように思える。
今朝、私が見つけたのは夢物語の単語に相当するものだ。夢には夢の単語があり、その単語をつないで夢ができる。おそらく夢にはオリジナルな文法が存在している。今は手がかりもつかめないけれど、その文法を解明できれば、人の夢がわかり精神の基盤が明らかになる。
私は今日の体験で、虫けらの心に一歩近づいた気がする。あわれな虫けらどもが複雑で巧妙な行動ができるからくりを経験した。彼らの心の中にも私と同じように、カテゴリー分けされたイメージが格納され、彼らなりの文法によってストーリーが紡ぎ出されているのだ。経験と学習に依ることなく見たものが分かり、見たとおりに体が動く。あの本能とよばれる不可解な行動も可能だと素直に承諾できる。やつらの日常は、いわば正夢を生きているようなものなのだ。
どうしてカエルは蛇が天敵だと知っているのだろう。どうして蛇はカエルを食べ物だと知っているのだろう。この程度の疑問であれば、おそらく人類は私が納得できる解答を見つけることができるだろうと思う。残念ながら、私はその解答を知らない。まだ発明されていないのかもしれないし、私が知らないだけかもしれない。
私がアマガエルをヒバカリに会わせてみたところ、両者は特異な反応を示した。カエルはパニックに陥り全力で蛇から遠ざかろうとする。蛇は目の色を変えてカエルにねらいを定めている。カエルの反応は、何か危なそうなものから逃げるという程度のものではなかった。野外で捕獲しようとしたり、飼育ケースの中に手を入れたりすると逃げるけれど、そんなものとは明らかにレベルが違う。鉛筆サイズの蛇のほうが、100倍は強力なはずの私の手足より恐いものなのだ。両者とも、相手を目で見て反応しているのだろう。蛇のほうでも、アマガエルと同サイズのコオロギなんかには目もくれない。文字通り見もしない。頭の上を歩かれても気にしない。小さな動く虫に反応するというわけではないのだ。
気の毒な私のアマガエルは生まれてこのかた蛇を見たことがなかったと思う。上陸してから1週間ほどの若者でもあり、蛇が襲ってくるものだという経験はないはずだ。それなのに、細長い体につぶらな目をした蛇の恐ろしさを知っているというのが謎だ。
どうしたってカエルの中には蛇のイメージが巣くっていると思わざるを得ない。そのイメージは、いざ蛇の実物を目の当たりにしたときに「この顔にピン来たら逃げましょう!」という指名手配書の役割を果たすのだ。むろんカエル自身には、そうした過程は一切意識されない。心の中にあるイメージもおそらく見ることはできないだろう。蛇を見たら体は逆方向にピョンと跳ね、心はどきどきするという反射ができあがっておればよいのだ。
それでよいのだとしても、ではなぜ一度も見たことのないイメージを持てるのか、という疑問がわく。そりゃあ自動的に形成されるのよと思うしかない。オタマジャクシは、彼の意志や経験にかかわらず、自動的に足がにょきにょき伸びてきて、尻尾が縮み、手がにょきにょき生えてくる。骨と肉と神経でできている体がそうやって発生するのであれば、蛇のイメージを作り出す部分になっている肉と神経(たぶん脳)も自動的に発生し、反射運動や判断をつかさどる部分と連結するとしても不思議ではない。カエルの体がほとんど無の状態からぐんぐん成長することは観察可能だからよくわかる。同じように心、つまりヒトでいう記憶や経験みたいなものが外からの刺激がなくとも形成されると考えればよい。
さあ自転車に乗ろうと準備万端整えたところで、テレビ東京の大江アナの番組に釘付けになった。大江アナは声がきれいで好きだが、番組内容はいっそう刺激的だった。政界と政府と与党民主党と検察との権力闘争がまさに佳境という本日昼前に、原口総務大臣が生出演し小沢も鳩山もとりあえずおいといて、来世紀の初頭あたりに実現できるかもしれない地方分権のありかたについて熱く語りはじめたからだ。放送として異様だ。スタジオのテーブルには自動車の模型なんかが並べられ、床には猫がごろごろしている。その中で、今日の状況で、国家百年の計を語る大臣。すごい。これは一本とられてしまった。自転車どころではない。またテレ東さんには負けたわいと番組を最後まで見届けてしまった。
正午になって、すがすがしい気持ちで快晴の境川を走り始めた。出発が遅かったから、ちょっとスピードを上げて強めに100km未満でがんばることにした。大清水高校の向かいに来て、写真の木に気付いた。「お、そういえば最後の二葉の桜だったな」と10日に撮影した木の前で立ち止まった。はじめに目についたほうの葉が首尾良く落ちている。ならば後で見つけたよけいものの3分の1葉が残っていれば最後の一葉の目撃だとそのあたりを見れば、前の通りにしっかり残っている。かくて私は期待通りに最後の一葉をゲットしたわけである(写真)。
胸の中で小さなガッツポーズを作ったことは言うまでもない。だが、間髪おかずに「だから何?」という声が返ってきた。まさかそんな初歩的な問いが私自身から発せられるとは思わなかったが、そこは私も素人ではない。速やかに自問に自答した。
このたびの最後の一葉を見つけようプロジェクトは、抽象的に表現するならば、以下のようになる。日常の中に埋もれている課題を発見し、その課題が解決可能であることを科学的に見極め、解決のためにかかるコストとリスクを検討した上で、妥当なリソースを投入し行動した結果、幸運もあってわずか1か月たらずの期間で目標を達成した。さらに、未発見の効率的な手法をも提示したのである。
最後の一葉探しを実際にやってみると、葉が一枚だけ残っていそうな木を見ていくのは素直だが効率が悪いことに気付く。葉が残っているような木なら、1枚ではなく、おおむね2枚、3枚の葉がついているからだ。確率からしても当然のことだ。うまいやり方は全部葉が落ちているらしい木を調べて、じつは残っていたのかという1枚を見つければよい。その1枚を見つけたら、すみやかに満足し、それ以上の詮索はさっさと止めるべきだ。私はこの方法で解決をしたのではないが、そのやり方であれば、ずっと効率よくほぼ妥当な結果が得られることに思い至った。これが、今回のプロジェクトから予想できる効率的な手法である。
最後の一葉を目撃するなんてことは些細なことだ。そのために費やした時間は1日あたり10秒未満だ。しかし、些細とはいえ、問題の解決の筋道を立てて行動し結果を得るのみならず、未経験の筋道の妥当性まで検討するなんてのは、仕事のできるヤツである。私はそういう部下が欲しいし、そういう上役から業務を振って欲しい。ただし、その手のやつとは友達づきあいはしたくない。どれほど気だてがよくて艶っぽい美女であろうと、カノジョにはしたくない。まかり間違って女房なんかにした日には、半年で離婚か一生の生き地獄か、いずれかだ。
このようなわけで、私は付き合うと腹立たしいが、仕事はできるヤツだから、政治家としてはだめでも官僚としては優秀であったろう。かといって、官僚としてよい日本作りに貢献できていたかというとそれは怪しい。この30年の国作りは私の好みに合わない。地方にいても東京にいても人の幸福がない。貧乏人はきゅうきゅうで、金持ちはもっときゅうきゅうしている。国民あげてキョロキョロおろおろ、どこに向かっているのか知らないまま、とにかく進むだけ。「国やぶれて山河なし。国富んでも山河なし」である。私が官僚であれば、苦悩しながら現状そのままの日本作りに力を注いだことになったはずだ。もしかしたら10年前に首をくくって死んでるかもしれない。今朝の原口総務大臣のような、まともなビジョンのあるリーダーの下で働けたなら話は別だ。彼の主張する地方分権社会は、坂本竜馬から小沢氏、東国原氏といった明治〜昭和の古いリーダーシップが一掃され、貨幣経済の停滞結構、GDPなんて今の10分の1ぐらいでいい、中国無視、アメリカ知ったことか、温暖化なんかほっとけ、自分が足を着き見渡しているこの地を豊かに、そこから国家世界を語ろう、という気風が国民の間に100年かけ醸成されてはじめて出現する国の姿だ。
ずっと効率よくほぼ妥当な結果が得られる方法には、邂逅自体の喜びがない。そもそもなんで最後の一葉が見たいのかということを思えば本末転倒である。本来あるべきなのは、すなおに庭のジューンベリーの木の前で粘って最後の一葉を見ることだ。風が強くなりそうだったあの夜は、30分ごとに見回る必要もあったろう。じつはそれをやろうかとも考えていた。そうやって最後の一葉が見られたならば、相当の喜びが得られることを経験上知っているからだ。ただ自分に対する甘えもあり、他にもある次もある、という人間にだけ許される時空拡大の術を使って易きに流れた。
子どもは皆そうなのかもしれないが、少年の私は効率を毛嫌いしていた。作業自体、行動自体、生きること自体が喜びで、なにがしかの結果をより早く出すことに価値を見いだせなかった。早くなってもつまらないのなら楽しく長くやったほうがよいというのは真っ当な発想だ。同様に、つまらない仕事ならば早く終えたほうがよいから、効率的にやったほうがよい。白状するけれど、私は頭を使うこと体を使うことで、つまらないと感じることが滅多にない。
本末を転倒させてでも、効率を追求したくなるのは報酬がある場合だ。企業なんかはその理屈で動いているような気がする。最後の一葉を一つ見つけるごとに30万円という仕事があれば、私でも引き受けると思う。その場合は、桜の苗木畑などの確率の高い落葉樹が密集する場所をあたり、今回見つけた方法でやっていくことだろう。その結果、3日で何十万かの報酬を得ることは喜びだが、それでは水族館のイルカやオタリアと同じだ。最後の一葉を見つけることそのものの楽しみが奪われるのは不幸なことで、きっと後悔することになる。後悔している間はいいが、その感覚も麻痺するかもしれない。報酬を得る喜び、他人に勝つ喜び、業績が伸びる喜びは強いのだ。利益欲しさに効率を追求し、その結果利益が生まれ、あげくには利益を生んだ動因としての効率追求自体が善だと勘違いする。この無間地獄から抜け出すのはけっこう難しい。
半原越は半原2号で行ってきた。今日はスタートから一気に180bpmぐらいまで上げ、その強度を維持してゴールするというやり方をとってみた。どうやっても無酸素域全開になってしまう立ちこぎは使わない。この乗り方なら、太ももが痛くならないし息も切れない。ゴールに倒れ込むぐらいの全力でタイムを追求するのもいいけれど、やっぱり、今日の走り方で速いのが本当にかっこいい自転車おやじという気がする。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'22" | 4'22" | 16.2 | 162 | 76 | |
| 区間2 | 9'32" | 5'10" | 13.7 | 176 | 64 | |
| 区間3 | 14'41" | 5'09" | 13.7 | 178 | 64 | |
| 区間4 | 21'06" | 6'25" | 11.0 | 184 | 55 | |
| 全 体 | 21'06" | 13.4 | 176 | 63 | (1329) |
ところで、棚田脇でコーラとアイスというのが癖になっているのだが、今日はちょっと変えてみた。コーラが最近あまり甘くないようで、知らぬ間に砂糖が少なくなっているような気がしているからだ。だとすれば脱コカコーラも検討しなければならない。ということで選んだのが、なぜかセブンイレブンプレミアム炭酸水というやつだった。私は炭酸水のあの無機質な苦みがけっこう好きだ。88円という価格も良い。アイスも、いつものチョコレート入りモナカではない棒のついたやつにしてみた。
風を避けて南斜面に腰を下ろして、炭酸水を一口ふくむと、あの苦さがない。むしろほのかに甘い。いったいどうしたわけかと説明書きを読めば、口当たりよくストレートでもいけるように作ったというようなことが書いてある。いや、それ大きなお世話ですから、と成分表を見れば水と二酸化炭素だけしか記載がない。なにか画期的な製造法が発明されたのだろう。
そこで冷静になった。植物でもあるまいに私は水と二酸化炭素を体に入れる必要があるのだろうか。エネルギーの元は呼吸で、炭水化物を水と二酸化炭素にする過程で体の力が出るのだ。これから半原越に登ろうかというときに呼吸の老廃物を飲むのは有害ではないのか。しかも、今日はけっこう寒くて、アイスと炭酸水で腹が冷え、ちょっとつらい。夏ならこれでリフレッシュという気分にもなるが、かえって力を削がれたかもしれない。水分補給なら暖かい飲み物もある。休憩にも工夫が必要だ。
ヘビはカエルを食べるものが多い捕食者だ。しばらく飼ったヒバカリはアマガエルに執着した。ヒバカリの子は卵から出てきたときに自分でエサを探さなければならない。何を食べるべきなのかを教わることがない。きっと、ヘビの中にカエルが獲物だという仕掛けが備わっていることだろう。カエルの中に「ヘビが来たら逃げろ!」という仕掛けが備わっているように、やはり、ヘビも「こいつは要チェック!」というカエルの人相書き付き手配書を持っているのだ。
私がサイクリングの途中で拾ってきたヒバカリは主に3つの獲物を食べた。カエル、ミミズ、金魚。それぞれ異なる獲物だから、それぞれに対応する手配書があるのだろう。その全部を持って卵を割ってこの世界に出てきたのだ。3種の中で気になるのは金魚だ。ヤツを拾った環境から推理するに、ヤツはそれまでに魚を食ったことがないはずだ。ヤツの環境には魚がいなかった。小川も沼もない貧相な水世界で、田んぼにはフナやメダカはおろかドジョウすらいない所で生きていた。水の中で捕れるものはオタマジャクシだけだったはずだ。それでも、オタマジャクシとはやや異なる色と動きの金魚に対してなんの躊躇もなくアタックした。
地球上の全てのヒバカリはその3タイプの獲物の手配書を持っていると確信している。そして、生まれてこの方、見たことがない動物でも手配書に合致すれば、獲物だと気付くことができるのだ。その手配書の人相書きはどのようなものか、ヒバカリの心を覗くことができないから見ることはできない。もし、覗けたとしても見られないかもしれない。想像するに、無色だとは思う。動きもインプットされているような気がする。テクスチャはあるのだろうか。子どもが粘土細工で作るような、カエルやオタマジャクシのようなものだろうか。針金細工のようにフレームだけだろうか。もしかして、最近脳科学と称してテレビでやってるような、ドットの集合で描かれているものかもしれない。いずれにしても、外の世界で獲物を見つけたときに「あっこれ!」という反応を起こす元になるイメージを持っているはずだ。
ヘビがカエル探知に使うのは視覚像だけではない。音、体温、臭いなどがあるだろう。それらのものも視覚像と同様に体内に手配書があるに違いない。ヘビには赤外線センサーを備えたものがいる。カエルは種ごとに独特な臭みがある。たしか11月ぐらいだったが、高野地の林道脇の赤土斜面でヤマカガシかなにかの中型のヘビがカエル(シュレーゲルアオガエルか?)を捕獲したのを見たことがある。それは、越冬のために赤土に深く潜っているカエルをヘビが頭をドリルのように使って土を掘り捕まえたものだ。幸いその一部始終を観察することができたが、あれは視覚による探知が効かないハントだった。どうやって探り当てたものか、いまだにこれといって思い当たるものがない。
ひとまず、視覚以外のものも役割としては同じとして視覚に絞って考えを進めよう。ヘビの中にあるカエルのイメージがどんなものかを明らかにするためには実験によって推理するしかない。孵化したばかりのヒバカリにシンプルなカエル模型を提示して反応を調べればよいのだ。とはいっても、かなり難しい実験になる。カエルを立体的に映し出せるホログラムが欲しい。ヒバカリは水中の魚を狙える蛇だから、視覚的に似たような雰囲気のあるホログラムの映像も使えると思う。針金細工状のカエルホログラムに反応を示せば、ヘビが生まれ持っているカエルのイメージには面がついていないという推理ができる。
ヘビはずっと手配書を使い続けるわけではない。手配書にしたがって、1匹2匹とカエルを仕留めるうちに、新しくカエルのイメージを持つだろう。それはわれわれもよくやっている記憶学習のレベルだ。仕留めたカエルの色彩や動き生息場所などの記憶は探知力アップにつながるはずだ。ヒトだってカエル捕りはどんどん上達するものだ。カエルを捕ったことのない人でも、他の何かからで類推できると思う。きっとヘビにも同じことがあるにちがいない。
ただし、元の手配書が経験によって塗り替えられるとは思わない。カエルとミミズと魚と、3種類の手配書を持って生まれたヒバカリでも、たまたまその生息地にはミミズしかいないかもしれない。どうせいないからといってカエルや魚の手配書を消す必要はない。操作可能なものですらないはずだ。ミミズばかりを食うヒバカリも魚や蛙を見つけ次第に獲物として認知するだろう。手配書のイメージと獲物の記憶は、きっと格納されている領域が違っている。ヒトであれば記憶の領域にあるものは、意識して思い出すことができる。ヘビはどうだろうか。
記憶の像は個々の経験に応じて作られ、より使いやすいように変えられる。ヘビの行動範囲には、少数の種類のカエルしか生息していないだろうが、複雑な環境の中ではカエルの見え方も変わるはずだ。カエルはカムフラージュの名手でもある。アマガエルだって、一つの個体が、白、黒、緑、茶色、それらのまだら模様に色を変える。ヘビはプロとはいえ、カエルは緑だと思いこんでいるようでは茶色いアマガエルを見過ごすかもしれない。経験にあわせて柔軟に探索イメージは変わるのが自然だ。一方、手配書の像はちょっとやそっとでは変化しない。体の外見が変化しないのと同じレベルで不変だ。
ヘビがもっている、アプリオリな手配写真とアポステリオリな記憶像の2つのイメージの関係は複雑だ。そこには解かねばならず解けるかもしれないいくつかの謎が含まれている。問題のややこしさが表面化したものの一例として被捕食者の擬態がある。中南米にはヤドクガエルと一括される毒ガエルがいる。皮膚に強い毒を持つというから、捕食者であるヘビや鳥にはやっかいなカエルだろう。私はコロンビアの山中でいくつか見かけたことがある。模様の毒々しさ以外はトコトコ歩きピョンピョン跳ねる普通のカエルだった。ヤドクガエルの模様は無数といってよいバリエーションがあるようだ。しかし皆なんとなくよく似ていて、1匹見れば全部がわかる。ミュラー型なりベーツ型なりの擬態関係になっていると思う。
ヤドクガエルの擬態の成因はおそらく解けない謎だ。それがいつごろどのようにして成立したのかを語る証拠は永遠に失われているように思う。ただし、どんな力関係が働きどのような過程でできあがったのかを計算することは難しくはない。この世界には事実は不明でも数学的な問題に落とせば解決可能になることは星の数ほどある。
ヤドクガエルの模様がお互いに擬態になっていることは間違いない。その正しさは視覚的捕食者であるヒトの私がそう感じることで保証される。ヤドクガエルの毒々しさは、カエルの身体能力と捕食者であるヘビの目の協調の賜だ。いくらヤドクガエルたちが創造性を発揮してサイケデリックに体を飾っても、ヘビがそいつらをやばそうだと感じて見逃さなければ擬態は生まれない。ヤドクガエルを作ったのは鳥だと思うけれど、いまの話の流れから、ヘビに限定して考えを進める。私が問題にしているのはヤドクガエルの模様が手配写真としてヘビの間に出回っているのかどうかだ。
擬態者であるヤドクガエル群とそれを忌避するヘビという関係が一発で生じたことはありえない。その関係はじょじょにできあがったはずである。その過程はいくつか考えられる。まずはヤドクガエルがこの世に誕生する以前に、ヘビが赤黒、黄黒、白黒、青黒の縞やブチからなるいわゆる警戒色を手配書として持っていればどうだろう。この場合は、カエルのなかで芸術性を発揮して警戒色っぽい体を作ったものが生き残ることになる。ヘビにお目こぼしをもらえるグループは大繁栄してヤドクガエルグループが成立するだろう。実力(毒)はともかく見た目の第一印象で勝負だ。
これはちょっと考えるだけでもいろいろ不都合にブチ当たってしまう。一番の問題はヤドクガエル群がベーツ型の擬態者になってしまうことだ。つまり、たまたま警戒色をまとうだけで見逃されることになり毒を持つ必要がなくなるのだ。ベーツ型の擬態者は原理的に日陰者でなければならず、この仮定は不合理になってしまう。ヤドクガエルは本物の毒ガエル群、すなわちミュラー型だと思う。また、そうした「食べるな危険」という警戒色を手配書に持つためには、ヘビはヤドクガエル以前に同じような模様の被捕食者との関係を地質時代の長きにわたって築かねばならない。たとえばヤドクサンショウウオみたいなものを仮定することになる。それでは無限遡及するだけだ。
次に、いまなおヤドクガエルの毒は効果を、カエルが生き残るためだけでなく警戒色を維持発達させるためにも、持続しているとして考える。こちらを前提にするならば、ヘビは警戒色を手配書に持っていてはいけない。毒が毒として機能することが擬態の肝だからだ。
警戒色を知らないヘビは、ヤドクガエルに出会ったときに、ぱくっと噛み付く。そしてヤドクガエルの毒に当てられてひどい目にあう。かつて試しにカメムシを口にふくんだことのある私は、その哀れなヘビの気持がちょっとわかる。食べられるほうのヤドクガエルはヘビの一撃で致命傷を負うだろう。相打ちになるヘビもいるかもしれないが、ヘビの多くは生き残る。そして、二度と同じ色目のカエルには手を出さないのだ。自分は死んで仲間を助ける。人間では自己犠牲の死が種の保存にまで功を奏すことはないが、動物には死んで花実が咲くやつがけっこう多いのだ。
ちなみにベーツ型が日陰者でなければならないのは、○○○○●○○●×××××××××・・・・という理由で、ベーツ型が多ければ1匹のヘビが警戒色を学ぶまでに8匹ものヤドクガエルが犠牲になってしまうからだ。「○=やられるヤドクガエル(ベーツ型) ●やられるヤドクガエル(ミュラー型) ×=見逃されるヤドクガエル」
この辺は擬態の説明として一般に普及しているものだ。ヤドクガエルもうまく説明できると思う。では、こちらの方向でもう一歩考えを進めてみよう。このヘビはヤドクガエルが毒ガエルであることを経験で知った。つまり、毒入り危険の食べてはいけないヤドクガエルの姿を学習と記憶の領域に保持することになる。その領域にはすでにさんざん食べてきたおいしいカエル図鑑も入っている。一方で、生得的な手配書領域にはカエルのイメージは生きているから、未知のカエルに出会ったらひとまず食べてみるだろう。
あるヘビは1、2匹のヤドクガエルを試食するだけで、ヤドクガエル群を避けることを学ぶ。ヤドクガエルのデザインは何十何百とあるのに、ヘビは少ない経験でヤドクガエル色のパターンを学べることになる。だからこそミュラー型の擬態が現象として成立する。黄色い縞のヤドクガエルも赤い斑のヤドクガエルもヤドクガエルとしてひとくくりにする能力を持っていることになる。思うに、ヒトである私もそれができるのだから、ヘビにだって不可能ではないだろう。
ところで、第一の仮定では、ヤドクガエルを食べる前のヘビが警戒色というイメージを生得的に持っていることを否定した。そして、今はヘビがヤドクガエルの体色に共通するパターンを警戒色として認知することを仮定している。ということは、色彩のパターンを学習できる能力を認めることになる。そっちの能力ならば生得的に持っているということだ。カエルを見て獲物だと気づけるのと同じような仕組みで、けばい色合いの縞や斑を一括りにできる能力がある。類型化されるパターンが結びつく感情や行動は決まっていない。あくまでニュートラルで経験と学習次第だ。経験した模様がカテゴリー化されるときに、経験した感情が付加され条件反射が形成される。学習による記憶は意識化もできるし、その後の経験によって変更も可能だろう。
ここであらためて考えておかねばならないのは、学習したことは世代を越えて伝わらないということだ。進化論には「獲得形質は遺伝しない」というセントラルドグマがある。それに対する反証は見つかっていない。私もそれに逆らうつもりはない。形質といっても、肉体ばかりでなく心の進化にもそれは適用されるはずだ。記憶も条件反射も絶対遺伝しない、と言い聞かせながらヘビとカエルを考えるといろいろ難しい問題が出てくる。ヘビが生まれながらにして、カエルを獲物だと知っているなら、その起源は大問題だ。
ヘビということで思い出したが、動物園のヒグマがヘビを恐れるという事実はよく知られている。強力なヒグマがヘビを恐がる理由はないから、そのおかしな様子はテレビ放送されたりする。ヘビなんてどう考えてもヒグマの餌だ。噛み付かれても丈夫な毛皮には牙が通らず痛くも痒くもないだろうから学習によってヘビを恐れるということはあるまい。あの行動は動物園のヒグマの文化としても継承されている可能性がある。獣や鳥などは、親に保護されている間に敵を学ぶ。親元を離れた後にも仲間から様々なことを学べるかもしれない。あるヒグマがたまたまヘビがいるときにパニック発作を起こし、その空気が子どもたちに伝染して残っている可能性もある。本能だと思える反射も、じつは文化的な所産に過ぎないということはよくあるのだ。
もしヒグマが本能的にヘビを恐れるのならば、それはそれでたいへん面白い問題になる。現状のヘビとヒグマの関係ならば、ヘビが恐れられる理由はない。どうしたって両者の立場を逆転させなければならない。実際に6500万年ぐらい前には両者の立場は逆転していたと思われる。中生代には、ほ乳類は皆小型で、は虫類や恐竜のほうが羽振りが良かった。今のヘビの祖先はウワバミ、ヒグマの祖先はネズミみたいなものだろう。ネズミグマはウワバミのエサで、カエルとヘビのような関係が1億年にわたって続いたと考えられる。
中生代の終わりには陸上動物で大型のものは死滅し、恐竜が消えた跡の空間をほ乳類が占めることとなる。ネズミグマは北に生息地を拡大しつつ急速に巨大化して今のヒグマになる。その間、生き残ったウワバミの仲間は赤道付近で細々と命をつないでいた。新生代もたけなわの現代になってやっと地球も温暖化、ヘビもヒグマの生息地にまで生息地を広げることができた。そうなると、ヒグマはヘビと再会することになるのだが、5000万年にわたってヘビとヒグマとの関係は途絶えており、ヒグマの心中に刻み込まれていたヘビのイメージは触られずに残っていた。かくて、今だにヒグマはヘビを恐れるのである。というようなお伽話のようなことまで考えなければならなくなる。
自転車に行く前に先日見つけたジョロウグモ(写真)を撮りに行った。1月にジョロウグモを見ることは珍しくないけれど、大寒を過ぎてから見た記憶はなかった。この個体は成熟したメスで、サイズはざっと普通のものの半分しかない。おそらくはエサがあまりとれずに成長が遅れたものと思う。私の庭でもそうだが、この住宅地はけっして獲物に恵まれた環境ではない。ぜんぜんエサが捕まらずに餓死してしまうジョロウグモも多いと思う。このメスは成熟まではしたもののオスがおらず卵が熟さずにこうしてなすすべもなく網にとどまっているのかもしれない。破れた網を修繕するでもなく、このまま静かに命の終わりを待つのだろう。
今日の半原越は、半原2号で39×25Tでやってやろうと決心していた。データのラップタイムとケイデンスを分析して、最も有効なギアは39×25Tではないかと思いついたからだ。半原越はいやらしく波打っている。最高斜度のところでも、立ちこぎしてでも、60rpm を保持できるギアを使いたい。かといって軽すぎるギアだと、最もゆるいところでは空回しになってしまう。39×25Tであれば、60〜100rpm でその両方を満足させることができそうだ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'19" | 4'19" | 16.4 | 168 | 83 | |
| 区間2 | 9'15" | 4'56" | 14.4 | 184 | 73 | |
| 区間3 | 14'06" | 4'51" | 14.6 | 186 | 74 | |
| 区間4 | 20'03" | 5'57" | 11.9 | 191 | 61 | |
| 全 体 | 20'03" | 14.1 | 187 | 72 | (1444) |
予定通り39×25Tでスタートして、軽い軽いと区間1を快調に飛ばすけれど、ふと心拍計に目をやると170bpmを軽くオーバーしている。1kmも行かずにこれだ。先が思いやられる。脚に力を入れているわけではないのに、緩い坂でも90rpmだと負荷は相当かかる。区間2ののっけのきつい坂でも力を入れすぎないように注意する。それでも180bpmを軽く越える。そんなにしんどくないのに、なんかへんだあ、とそのままのペースを維持する。
心拍計は嘘はついておらず、区間4になるとおもいっきりしんどくなってきた。ずっと最大心拍数の193bpmに張り付いている。久しぶりに死ぬのではないかと思った。そのかわり、ギアは重くはなく、力一杯という感じはしない。立ちこぎでは太ももの前、座ったら田代さやか、と交互に使って死ぬ一歩手前ぐらいでゴール。20分を切ってないのを知ってちょっと微妙な気分。このやり方は重いギアを使うよりしんどい。ただし、筋肉への負荷は小さく回復は早い。帰宅してジョロウグモの写真とキャットアイV3のデータを確認していると走り足りない気分になって境川に行った。
くねくねと曲がる林道脇の風の当たらない日だまりを見つけて休憩することにする。雲一つない空に太陽が力強く照っている。南斜面だから3時間以上はこの調子で日が射しているのだろう。腰を下ろすと吹きだまった落ち葉が驚くほど暖かい。ことしは冬がなかったと思う。11月になってさあいよいよと覚悟を決めたら春になった。寒波が来ても春先のあがきのようなものばかりだ。
死ぬほどしんどい思いをして走るだけが半原越ではないと反省して、半原1号でやってきた。半原1号は36×27Tの軽いギアがついている。今日はこれでゆっくり走ることにした。ひとまず25分ぐらいかけて1回登る。息も脚もどってことない。寒いときは一度下ると体が冷え切って気力もすっかり萎えてしまう。とうてい登り直すなんてことはできない。今日はだいじょうぶ。何回かハーフができそうだ。どこでペダルに力を入れて、どこで抜けばよいのか。それとも、抜かない方がよいのか。いろいろ工夫して走ることにした。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 5'37" | 5'37" | 12.6 | - | 75 | |
| 区間2 | 11'37" | 6'00" | 11.8 | - | 70 | |
| 区間3 | 17'28" | 5'51" | 12.1 | - | 72 | |
| 区間4 | 24'34" | 7'06" | 10.0 | - | 59 | |
| 全 体 | 24'34" | 11.5 | - | 68 | (1671) |
動物を食べるのはよい生き方とはいえない。食べられることを避けて食べたほうが生き残る、という方法は愚かだ。数からいうと、食べられる方が多いに決まっているのだから、地上の楽園は原理的に存在しないことになる。30億年ぐらい前らしいけど、光合成という画期的な方法が発明され、この生き地獄を克服する光が天上からさした。いまや、その方法が生物の主流である。植物を筆頭に光合成生物が勝ち組としてこの地球に君臨している。海も地上も彼らの天下だ。われわれ動物は数量からいえばいないに等しい。いなくなっても地球の姿はあまり変わらないだろう。
日陰者、負け組とはいえ、人類とこの私が他ならぬ動物という理由から動物のことも無視するわけにはいかない。食物連鎖は宿命的関心事ですらある。動物界を見渡してみると、食物連鎖にも漠然と秩序がみられる。Aが食うのはB、Bが食うのはC、Cが食うのはDというように、だいたいきまっている。行動を見ると、食べるにもルールがあるようだ。なぜか動物は自分のサイズとスピードを知っており、大きな影から逃げる。高速で近づいてくるものから離れる。追いかける対象は遅くて小さいもの。というような基本ルールができあがっている。この秩序は何十億年かの間に無秩序の中から生まれてきたのだろう。
食べられないものが生き残り、食べるものが生きながらえる、となれば当然、逃げる技、追いかける技が洗練されていく。動物は他者に出会ったときに「こいつは食えるだろうか」「こいつには食われるのではないか」と反射的に考える。生命の歴史と同じだけの時間を、そのことに費やしてきた。世の中が複雑化(種分化)するにつれて食う相手を絞る方法もとられる。クロアナバチとツユムシなどのように狙うべき対象と1対1の関係を結んでいるものもある。多くの動物が、何をどうやって食べるのかを知って生まれてくる。彼らの意図は生まれながらに外見に現れ、内面に秘められている。内面に秘められているものとは、カエルの中のヘビ、ヘビの中のカエルのようなものである。どうやってそんなイメージを持てるのか、全く頭の痛いところである。
生きとし生ける者はこの世の中で出会うべき者の手配書をご祖先から引き継いでいる。その辺の虫けらを観察すれば、理屈の上でそうなっていることは明らかだ。ヘビは卵から孵ったときにカエルの姿が書かれた手配書を持っており、それをもとに食料を探せばよいのだ。
残念ながら、私は私の中にあるはずの手配書そのものはけっして見ることができない。人相書きの本人にあって「あっこいつだ!」と感じても、なぜそいつのことを知っているのかは分からないはずだ。何を見ることができたか、どんなものを見て衝撃を受けるかで、手配書の存在を推理するのみである。先日は半分眠った意識から勝手にわき出してくる文字・女の顔・風景などのイメージを観察し、それらカテゴリーごとに分類格納されているイメージの根っ子に手配書があることを直感した。あの臨死体験のような状態で体験した記憶像と同じようなものがヘビやカエルにもあると考えるならば、彼らの天敵vs獲物という本能行動も理解できる気がする。
生物だってもともとは無機物から合成されたというから、最初の食物連鎖は化学反応と同値だったにちがいない。アミノ酸や核酸から単細胞になり、多細胞生物になっても食べることは最終的には化学反応である。味も臭いも化学反応である。どんな捕食者にとっても、被捕食者はいい臭いのする旨い物に違いない。そうした経緯に思いを馳せるならば、生物の心にはまず味のイメージが有り、次に臭いのイメージが有り、うまいから食べる、いい臭いがするから近づき食べるという行動が発達する。光を感知する目という器官が発達すれば、いい臭いがして食べたらうまい物の姿が見えるようになる。臭いがわからない距離でも、そいつが見えたならば襲えばよい。それをベースに視覚像のイメージが誕生し、より獲物の発見に巧みな捕食者が生き残っていく。虫けらたちが生まれつき持っている手配書はそんなこんなを10億年続けてできあがったはずだ。進化論の文脈ではそうなる。
ヒバカリは、うまい具合に、異なる対象を主な獲物としている。カエル、ミミズ、金魚、そしてコオロギは全く相手にしない。ナメクジもだ。これらの共通項を見るだけでも、どうやって獲物を認識しているのかがわかる。水中の金魚では臭いに頼れないだろう。金魚でも動いてないものは獲物と認識しない。視覚が重要な役割をはたすらしい。カエルと同サイズのコオロギは全く相手にしない。体の上に登ってもピクリとも反応しない。私の目では、カエルとコオロギは似ている。少なくともカエルとミミズよりは似ていると思うから、カエルとミミズは別種の獲物として認識されているのだと思う。そうしたカテゴリーはどうやって成立するのだろう。
動物が持っている手配書が機能するようすは二次元バーコードを携帯電話で読み取るようなものだろうか。携帯のカメラをバーコードにかざして被写界に入れば直ちにURLが表示されてリンク機能が発現する。動物たちは食う者も食われるものも、みなが種ごとに決められている二次元バーコードを持っている。ちょっとちがうのは全てのケータイでそのコードを読み取れるわけではないということだ。動物ケータイは読めるコードが決まっている。コードを読みとれる動物には、それは機能するけれど、ほかの動物には意味不明な市松風模様にすぎない。
たとえば、ヒバカリのケータイ(目)ではミミズのバーコードは読み取れるけど、コオロギのバーコードは読み取れない。カナヘビの目には、ミミズのバーコードもコオロギのバーコードも獲物として読み取れる。でも、カナヘビの目には金魚が読み取れない。そして私の目には、ヘビもトカゲもひっくるめて、かれら虫けらは「いざとなったら食えるかもしれないけれど、いざとはなりたくないな」という対象として写る。ヒトはおそらく草食基本の雑食系であること、また高い学習能力が本能的にとって変わり、捕食すべき対象を自動的に判定する能力は薄れているのだと思う。
こうした対応関係は、両者が出会ってはじめて発現するものである。飼育環境では速やかに茶碗の金魚に餌付くから、ヒバカリの心のなかに魚の手配書があるはずだ。しかしながらその辺の山里環境をみれば、一生魚に出会うことがないヒバカリも少なくないと思う。魚の手配書はいつの日か魚に出会うまで交番の掲示板に張り出されたままだ。もしかして、魚を食べたことのないヒバカリが魚の夢を見るようなことがあるのだろうか。食ったらうまそうだけど、思い当たる対象がない。なにやら運命を感じる不思議な生き物。水中をゆらゆら漂う魚を夢に見て、よだれをたらして目が覚めて、はてあれはなんだろうといぶかしがることがあるのだろうか。
こういう疑問をもつのは、私自身の心の中にある手配書が作出したらしい夢を見て強い衝撃を受けたことがあるからだ。一度、心の中に手配書ができあがってしまえば、強い恒常性があるはずだ。少なくとも消す原因が見あたらない。ヒグマとヘビもそうかなと思う。ヒトの中にも1億年前の天敵や獲物の手配書が残っているかもしれない。本来は、そのものに出会って心と体が動き宿命に気付くものだけれども、何かの拍子にひょこっと意識に上ってくることもあるはずだ。ヒトは創作力があるから、そうした衝撃的なイメージを絵画彫刻として表すこともあるだろう。龍やリバイアサンの出生地もそこかもしれない。
いろいろな書物をひもといても、どうやって種が進化するのかについて納得できる解説が得られない。そもそもダーウィンの「種の起源」には種の起源については書かれていないらしい。種の進化は事実であり化石記録や状況証拠ならいろいろある。孤島や洞穴など、隔離された所では固有種とよばれる独特な種がいる。ガラパゴス島では、一種の小鳥がさまざまなエサに応じて分化し数種の鳥になっていることをダーウィンが見つけている。密林に蜜壺までがやたらと長いランの花があれば、彼の予言通りにやたらと長い口の蛾が見つかる。
そうした数々の事例は目を引く。しかし、それが本流ではないとやはり思える。環境の変化に対応するように、あるいは他の動物に打ち勝つように、という理由で進化するというのはどこか嘘くさい。孤島に閉じこめておけば、類人猿が人類になるだろうか? エサの種類がたくさんあれば、いろいろ食べようとして類人猿が人類になるだろうか? 森がなくなったため草原で暮らさざるをえなくなった類人猿が人類になるだろうか? トラやライオンの口を逃れようとして、類人猿が人類になるだろうか? 同じ星の下で同じ地球に住んで、ゴリラになった類人猿もおれば、オランウータンになった類人猿もいる。彼らは絶滅に瀕しているけれど、進化をミスったわけではない。ヒトになった類人猿さえいなければ、今でもきっとうまくやっていたんじゃなかろうか。
動物はどうやって変化していくのか。進化論の考え方ではランダムな変化、突然変異が積み重なる結果だという。鳥や昆虫のようなきわめて洗練された美しいデザインですら、ランダムな変化の賜だという。クロアナバチとツユムシのような奇跡的な関係ですら、ランダムな試行の積み重ねであるという。小さな変化でも1億回積み重なれば全然変わったものになる。きっとそれは正しいのだと思う。ただし、カブトムシの角がランダムに伸びたり縮んだりしていれば、1億年後も0mmにしかならないのが道理だから、そこに適者生存という理屈が必要になる。角が長いほうが強く、強いものが子孫を残すのだ。長い角を持つ父からは長い角を持つ子が生まれる。なるほどなと思う。じっさいにカブトムシを観察すると、長い角を持っている方がケンカに強くエサ場で威張っている。確かにそうだなあと納得する。
じつは動物の姿なんて速やかに変わっていく。イヌは人の手で改良されて100〜1000世代しかたっていないと思う。その時間は地質時代では無だ。それなのに、各品種の見かけの姿は、タヌキとキツネ以上に異なっている。チワワなんてのはイヌ目よりも半翅目に近い。自然交配できないチワワとセントバーナードは100万年後には別種になっているだろう。
淘汰圧という一定の力が加わり続けると種は劇的に変化するのだ。では、ゴリラとヒトを分けるほどの淘汰圧とは何だったのか。あのすばらしい翼をトカゲに与え鳥に変えた淘汰圧とは何だったのか。クロアナバチにツユムシだけを食べるべしと旧約聖書の神のような命令を下した淘汰圧とは何だったのか。それがわからないうちは種の起源がわからない。
向かい風の中、ナカガワに乗って時速28kmで走っていると、この単語が唐突に浮かんできた。コーサスイ。なんだ? 黄砂の季節だからコーサスイでもあるまいに、と反射的に心の中でおやじギャグをとばしてみたものの、全く聞き覚えのない単語でもなかった。まだ調べてはいないけれど、コーサスイというのは、有名な哲学用語のはずだ。デカルトかスピノザか、そのあたりが使っていたものだと思う。現代ではそのみずみずしい力は失われ、その単語で物思う人はいないかもしれないが、西洋哲学史には永久に残ることばだ。自発的に使ったことはないが、10年以上前に読み飛ばしていた書物でキーワードとして見たはずだ。この程度のことは10秒で思い出せた。
そこで終わればよくある愉快な想起話に過ぎなかった。ところが、コーサスイというのが「ロンサムボーイコーサスイ」として実にピッタリはまるのだ。しばらく気になって、懸命に思い出そうとしていたロンサムボーイ○○○○の○○○○に入るのがどうやらコーサスイのようなのだ。これは大事件だ。「ロンサムボーイコーサスイ、ロンサムボーイコーサスイ、ロンサムボーイコーサスイ」と心中で復唱すれば、ますますしっくりくる。もはやコーサスイ以外に○○○○を埋める単語はあり得ないという気になった。
ここで終わればよくある「思い出せてすっきり話」に過ぎない。しかし待て。私はコーサスイという単語の意味や使い方はすっかり忘れているとはいえ、それが西洋哲学の用語だと指摘できるのだ。もしかしたら全然違ってて、化学薬品とかかもしれないけれど、それなりの自信をもってそう言える。だのにあの夢を見た朝、1時間にわたって○○○○の意味を問い続けたのに、ぜんぜん思い当たるふしがなかったではないか。勝手造語だろうけど念のためにググってみるか、ぐらいの気持ちで寝床から立ち上がったのではなかったのか。しかもその3時間後には単語そのものをうっかり忘れてしまい「いや、全然記憶にないことばですから」などと自分自身に言い聞かせたではないか。
ここまで書いてきて、やっぱりあの映画監督の名前はロンサムボーイコーサスイだったと確信した。それはそれですっきりだが、なんでコーサスイに思い当たる節がなかったのか。ちょっとした悶々は残る。
あちこちの田畑からかぐわしい臭いがする。どうやら土にも春のスイッチが入ったようだ。今日は半原2号で半原越。いつもの棚田はちょっと避けて、何年か前に休憩場所にしていた休耕地に行ってみることにした。ぼうぼうの枯れ草に座って景色を眺める。杉の葉の赤さは冬の終わりだ。落葉樹の芽の赤さは春のはじまりだ。この休耕地はずいぶん広い。造作からしてかつては棚田だったらしい。今は一部が大根なんかの畑になっているだけで、何年も雑草の生い茂る荒れ地のままだ。草刈りだけは年に数回あるからこうして入っていられる。
この雑草畑をちょっともらえれば清川村で生きていかれる。米と豆と芋を作って暮らせばよい。いまは農業技術がしっかりしているから素人でもなんとかなるんじゃないか。法論堂川には上流の釣り堀から逃げてきたニジマスも野生化して住み着いている。ときどきあいつらを捕まえれば食べ物に不自由ない。この清川村だけでなく、日本全国にこういう土地が散在している。私の明日はかなり明るいような気がしてきた。
今日はあまり元気がなくてゆっくりにしようと思った。39×25Tにかけてスタートしてから、ただ単にゆっくりでは無策にすぎる、ここはいっちょ攻撃的なゆっくりにトライだ、などと言い訳がましい考えが浮かんできた。これまでは、4.7kmをバランス良く走っているつもりでも、いつのまにかオーバーペースになって、15分で燃え尽きていたように思う。燃え尽きた焼けぼっくいで10%超が連続する区間4に入るのは自殺行為だ。攻撃的なゆっくりとは、必要以上に力を入れすぎて無意識に無酸素パワーを使っているのを止めることだ。力を入れれば速くはなるけれど反動のタイムロスが大きい。むろん、半原越で39×25Tなら無酸素パワーを使わなければ前に進まない所も25%ほどある。それ以外のところでの勝負だ。これは意外と難しい。自分の脚と相談しながら注意深く走る必要がある。心拍計で気付いたときは手遅れなのだ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'50" | 4'50" | 14.6 | 147 | 75 | |
| 区間2 | 10'14" | 5'24" | 13.8 | 170 | 70 | |
| 区間3 | 15'01" | 4'47" | 14.0 | 175 | 71 | |
| 区間4 | 20'58" | 5'57" | 11.9 | 185 | 61 | |
| 全 体 | 20'58" | 13.5 | 170 | 68 | (1426) |
区間4が 5'57" で奇しくも先に20分ちょっとでフィニッシュしたときと同タイムだ。あのときは死にかけていた。ずっと最大心拍数を表示していた。今日はそれほどきつい感じはない。この調子で20分なら、ようやくホンモノではなかろうか。
種の起源は分化だろう。ある種が分かれて新種ができるのが種の起源だ。あまたある進化論の書物をひもとけば、いろいろな理由が述べられている。私にはそれらがどうも面白くない。そこで扱われている進化はどうしても受動的で、いつまでたっても画期的なことをやってくれそうにないからだ。私の回りにいる生物はどれもこれも創造的で画期的な産物としか思えないのに。
生物は1世代ごとに、微少だけど、進化している。親からみれば子はほんのちょっと進化しているはずだ。それは確かだ。とりわけ有性生殖するものは顕著だろう。5000万年ぐらいでコガネムシの角がにょきにょき伸びて5センチになってカブトムシが誕生する。その場合、1世代では 0.000001 mmだけ伸びれば良いことになる。きっと細胞1個分よりも小さい変化だろう。いま生きているカブトムシは画期的だが、それは突然現れたものではなく、ぜんぜん気付かない変化の積み重ねなのだ。その調子でやれば、翼だってヒレだって人間精神だって、何だってできるという論調もある。
種分化の直接の原因は突然変異だというのは全面的に賛成だ。がんばって変われるはずがない。努力でなんとかなるのは個人の幸福とか社会の平和とか、そういう些細なことだけだ。実体はあくまで個体だ。生き物はなんとか生きて子を残すだけだ。種だの進化だのの出る幕は現実世界にはない。変異の積み重ねに失敗した種は、一瞬の寿命しかもたぬ個体の死とともにあっさり絶滅すればよい。その辺は人間社会とちがってさばさばしている。
1世代あたりでは、いかなる変異も 0.000001 mm伸びた角程度のものだろう。そこんとこのコツコツ100円貯金は大事だと思う。ただし、角だのヒレだのの発達を手助けするのは、適応とか適者生存とか、いくぶん歯切れの悪いトートロジーふうの説明になっている。冷静にみれば角を伸ばさない方向でうまくやっているコガネムシの方が多く、どちらかというとそっちのほうが繁栄している。地球に生き残れるよう、という視点ではカブトムシという種が生まれる必然性は見あたらない。そもそも、いま生きているやつはどれも40億年命をつないできた勝者ばかりなのだから、適者に決まっている。
もうちょっといかした突然変異はないだろうか。サイエンスファンタジーでは、突然変異の子は耳が聞こえないけどサイコキネシスを持ち、目が見えないけど未来を予知し、口がきけないけど他人の心を読み、長生きできないけど知能指数が10000ぐらいあったりする。そういう者が結託して新人類を作るか作らないかということになってしまう。じつは、ヘビやカエルにもかつて、そんな劇的な突然変異が起こったと考えてはだめだろうか。
「馬鹿の考え休みに似たり」というけれど、これからあえてその馬鹿の考えをしなければならない。これまで二元論で展開される考えは概して馬鹿の考えであった。話は作りやすく理解もしやすく何でも説明できてしまうが中身がない。馬鹿が利口のふりをしたいときの道具が二元論だと感じている。とりわけ、心と体、精神と身体、魂と肉体、その2つを行き来して物を考えているものは全部インチキだとみなしている。それらがいわゆる癒しになっているのなら休みに似ているからだろう。そういう私は唯物主義者だ。
そういうガチガチの唯物主義者である私も虫けらのことを考えるときには、彼らの心を想定せざるをえない。一寸の虫にも五分の魂があるからには、虫けらの半分は心でできているはずだ。「ヒバカリは生まれつきアマガエルが大好物で、見つけると一飲みにして食べる」という記述の半分は心でできている。そして進化の直接原因である突然変異はとうぜん心と体の双方に起きるはずで、心を抜きには進化の研究はできない。ここでいう心、魂というのはいうまでもなく手配書のことだ。もう少し大きくは手配書を元に自動的に展開される反射も含めて心という。
進化につながる突然変異は手配書にも起きる。それは実際に何が変わるのだろう。くやしいけれどヘビの体にどうやってカエルのイメージが書き込まれているかを、私は想像することもできない。私はえせ唯物主義者である。カエルの知覚があり、手配書との照合があり、狙い襲撃の捕獲の反射が起きる。そのときに起きている化学反応を全然知らない。唯物主義者失格だな。そのかわり、そのときの心がどう動くかは同じ動物としてなんとなくわかる。それだけが頼りだ。
私は手配書のイメージがどのようなものか見たような気がしているし、想像もできる。しかし、それは歪んでいるものだ。ヨーロッパ人と日本人が異なる臨死体験を持つように、心の奥にあって見ることができるものは見たいものだけだ。禅坊主ではないけれど、自分の目で見たものを信用してはならない。あくまで仮の表現としてのイメージと割り切るべきだ。
その意味では手配書なんてあるかどうかもわからないものだ。ただし、一度それがあることを想定すれば、その効果はありありと見える。ヒバカリは魚と蛙とミミズに対して劇的な反応を見せる。カナヘビはミミズとコオロギに劇的な反応を見せる。試してないけど、カナヘビは水中の魚は食わないし見えもしない、視界に入っても石ころぐらいにしか見えてない、と思う。
私はヒバカリとカナヘビはおなじ虫に見える。顔つきも頭のサイズもそっくりだ。ヘビとトカゲなので体つきはぜんぜんちがうけれど、物を食う頭部はそっくりなのだから、おなじ物を食って良いと思う。ヒバカリだってコオロギを食っても良いと考えた。げんにヒバカリを拾ってきたとき、とうぜん食うものだとコオロギを投げ込んだのだ。
心も体も、どちらも同じように突然変異が起こると考える。次に、そのどっちがより進化に有効か、ということを考える。おそらく突然変異ってのは99.9%ダメなことなんだろうと思う。生物はどれも精巧にできていて40億年も生き続けているのだ。それだけの歴史にはそれなりの重みがある。極端な突然変異はだめだというのは想像に易い。突然、背中に目ができても困る。体の各器官は相互に補完しているのだから、勝手なことをする器官は使い物にならない。腹筋だけがやたら丈夫でも人としてどうだろう。肉体では、ゆるされる突然変異はほんのちょっとしたことか、皮肉なことに、役立たずだけど邪魔にはならないものだったりする。
心の突然変異について考えてみる。心は変わりやすいもの、というのは意識・記憶の方の心。そっちは全然無視して、そうめったには変わらないはずの手配書で考えてみる。ヒバカリはカエルの手配書を持っており、その人相書きにしたがって誰にも教わることなくカエルを襲って食べる。コオロギを無視するのはその人相書きを持っていないからだ。本人も気付かない心の奥底の突然変異。いわば無原因の心変わり、好みの急変がいまは問題だ。
私がみるかぎり、カエルとコオロギはよく似ている。丸っこくて地べたをとことこ歩きぴょんと跳ぶ。カエルの人相書きがあるのなら、それがちょっと変われば、コオロギはカエルの仲間になるんじゃないかという気がする。人相書きの突然変異によってコオロギも食うヒバカリができあがるとしよう。昆虫食のヒバカリなら水辺から離れても生きていかれるかもしれない。それら0.1%ぐらいのヒバカリは餌の多い乾燥したところでも生きられるようになる。生息地が分かれれば、島に新種が生まれるように、ムシクイヒバカリという種が誕生する。
手配書の突然変異は、体の変異に比べて圧倒的に有利である。まず第一に失敗の危険が小さいこと。コオロギもカエルにみえる人相書きであれば、コオロギのいないところではカエルを食えばよい。そのヒバカリは全く通常のヒバカリとして生きる。カエルがカビ病なんかで絶滅して、本来はヒバカリも一蓮托生になるところをコオロギを食えるグループは生き残るかもしれない。また、不幸にしてコオロギが口に合わない場合も中毒死の危険は回避できるはずだ。ヤドクガエルを学べるのなら、コオロギもその一種だと思えばよい。ある種の毒ガエルだと学んで避ければ良いからだ。人相書きが変わるというのは、人でいうところの好奇心の芽生えみたいなものだろう。私は進化の本当の原動力はそのような心変わりだと思っている。適応も淘汰も適者生存も種の起源を説明せず、実況見分を並べているだけだ。
ただし唯物論者の私は人相書きがどうやれば書き変わるのかを知りたい。おそらくは発生のとき、脳の神経の何かが変わればよいのだろう。それは大きな変化ではないと思う。少なくとも外から観察して違いがわかるようなものではないはずだ。肉体の変化が小さいほど突然変異も起こりやすいのじゃないだろうか。個体に起きた変異が原因で寿命が縮まなければ、その心変わりは子孫に伝わる。それこそ変な変化があったとしてもそれは発現しないまま延々と引き継がれ、100万年間、運命の出会いを待ち続けるのかもしれない。
いまはだいたいこんな所かなと思う。ちょっと気になったのはヘビの起源だ。ヘビのことを考えるたびにヘビの起源が気になる。あのさっぱりと美しいデザインはどうやってできたのか。どうして手足を捨て去ることができたのか。ひとたび発達させた手足を捨てることの難しさから、ヘビはトカゲから分かれたものではないと結論したこともある。トカゲのレゾンデートルは手足だといってもいいぐらいだからだ。さらに今回では、昆虫を食うヘビが見あたらない(当社比)ことから、いっそうトカゲ祖先説の疑問符が大きくなった。
トカゲというヤツはとにかく昆虫を食う代物である。コモドドラゴンのように巨大なものはどうか知らないけれど、昆虫を食えるサイズの口を持ったトカゲは等しく昆虫を食うものである。ワニはトカゲではないけれど、ワニだって生まれたばかりの小さいやつは昆虫を食う。ヘビがトカゲから分かれたならば、ヘビも昆虫を食っていいはずだ。そういうことを考慮してなおかつヘビはトカゲの一種なのだとするならば、よほど手足が不要で昆虫のいないところに入り込んで行ったトカゲを想定しなければならない。
こう来れば、答えは一つ。海だ。中生代の、珊瑚が群生し無数の魚が群れていた美しく澄んで暖かい海だ。トカゲは両生類から進化して乾燥に耐えるすべを身につけながら昆虫を追って陸の深いところに進出していったはずだ。敵なしで手当たり次第に虫が食える大陸というフロンティア。当時のトカゲの心はそっちに向かっていたはずだ。ところが、その一派がもう一度ふるさとの海を目指すことになる。遠い祖先が海から川へ遡上しやっとこさ手足をゲットし、乾燥に耐える卵を得て、ようやく上陸を果たしたというのに、あるトカゲは海に帰ったのだ。
海では手足はなくてもよい。珊瑚や岩場の隙を動き回るにはない方が好都合だろう。現在でも珊瑚礁にはウミヘビがいる。海には昆虫はいないかわり、珊瑚礁にはうんざりするぐらい魚がいる。しかも夜には珊瑚のかげで眠っているから、食い放題だ。だからこそトカゲはもう一度海に入ったのだ。そうこうすること1千万年。ウミヘビの中から、もう一度陸を目指すものが現れ、それがいまのヘビになった。
これはかなり無理がある。無理があるといえば、心(イメージ)が進化を牽引するという考えを、夢うつつの臨死体験状態から拾って来て、なんだかんだと理屈をこねているうちに「意志と表象としての世界」を思い出した。ショーペンハウエルの名著であり、20年ほど前にずいぶん感心して読んだ覚えがある。なんだか私の発想がその影響を受けているように思われたのだ。今一度読み返してみる必要があろう。思えば私が仏教のおもしろさを知るきっかけになったのもショーペンハウエルである。お釈迦様の掌で得意げに跳ね回った猿の心境もこんなだったろうか。
中生代の当時、トカゲがヘビになった経緯についてもう少し妄想してみよう。ヘビになったトカゲは1種類である。その名をヘビモトトカゲとしよう。いまのヘビの大成功を思えば同時多発的にいろいろなトカゲからヘビが誕生したように直感するけれど、それはきっとまちがいだ。さらに、1種類が1か所でヘビになったと考えるべきである。世界中に分布するヘビモトトカゲが一斉にヘビになるかもしれないが、ならない方が自然に思える。
さて、その場所であるが、大陸辺縁の熱帯にある島嶼だと思う。大陸棚に珊瑚が作った島々だ。どの島にも高い山はなく砂漠のような荒れ地に背丈の低い植物が生い茂っていた。海は遠浅で珊瑚礁が発達している。空から見れば、コバルトブルーの海に白い砂と緑に覆われた島々が点々と浮かぶのが見える。島の大きなものには、恐竜やワニのような大型の爬虫類もいたけれど、たいていの島で支配的な動物は小型のトカゲであった。
そのころ、地球は温暖化をはじめていた。極の氷が溶けて海進が起きる。ヘビモトトカゲの島は最も標高の高いところで50mぐらいしかない。1000万年続いた温暖化の結果、島の90%は海に沈み、無数にいたトカゲたちは小型の数種が生き残っているだけだ。その中でヘビモトトカゲだけは元気だった。海進に歩調を合わせて海に進出することに成功し、珊瑚礁を新たな住処として繁栄を築いたのだ。
やがて地球は寒冷化し海退がおきる。同時にヘビモトトカゲの島がある大陸棚は隆起が起こっていた。100万年後、島は大陸と完全に地続きになる。ヘビモトトカゲは海沿いに広がる珊瑚礁をたどって、南へ西へ広く大陸全体に進出していった。中には川を遡上して大陸の奥をめざすものが現れる。かつて大陸棚であったところは広大な湿地になって無数の川が蛇行している。そこはヘビモトトカゲにとって極めて好都合な場所だった。泥や水苔、浅い水辺はトカゲにはそれほど住みやすい所ではなかったのだ。トカゲは泳ぎが得意ではなく、手足がじゃまして泥や水苔に潜るのも上手ではない。トカゲ以外でヘビの脅威になりそうな大型の魚も入ってこれない。
陸と水の狭間はトカゲが過去の遺物と馬鹿にしている両生類の天下だった。そこにヘビが現れた。オタマジャクシ、カエル、サンショウウオは食べ放題だ。ヘビを丸呑みする体長1mの巨大ガエルもいた。しかしながら巨大ガエルは成長が遅く、オタマジャクシや幼ガエルのときは格好の獲物にすぎなかった。彼らはほどなくして地球上から絶滅するのだが、ヘビの進出がその一因であったといわれている。
ヘビの中にはさらに内陸へ進出するものも現れる。本来は海への適応だったが、そのシンプルでしなやかな体は陸の上でも無敵だった。静かに確実にあらゆる獲物をしとめることができた。ヘビにはスピードがないことが他の動物にとって唯一の幸いだった。地面に穴を掘ってうまく隠れるものも、木の上に住むものも、新たな脅威を迎えることになったのである。
やっぱりモズがいる。ここを縄張りとして一冬を過ごすのだろう。今日も暖かい。気温は10℃もなさそうだが、棚田わきの南向き斜面は風が当たらず日だまりになっている。100円という表示につられて買ったコーラがうまい。田をみると草かげに鳥がいる。なにかをしきりについばんでいる。キジバトのようだ。さて何を食べているのか? 近くの田を探ってみるが、めぼしいものは見あたらない。ハコベのつぼみがずいぶんふくらんでいる。それだろうか。キジバトはハコベの種はけっこううまそうに食う。
半原越は、チェーンホイールを変えた半原2号でやってきた。5000円で買った中古のコンパクトに34Tをつけている。区間4をもうちょっと回してもバチは当たるまいと思ったのだ。そしてギアを変えてケイデンスを一定にする方法を試す。前回と同様に前半は押さえた。TTをやったわけではないから20分43秒は悪くない。区間ごとにあと10秒。距離にして25m。ここまで来ると近そうで遠いな。いまのままの練習ならば届かない目標かもしれない。前回に見つけた中間点のひだまりに座ってホットレモンを飲みながら、そんなことを考えた。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'27" | 4'27" | 15.9 | 165 | 67 | |
| 区間2 | 9'36" | 5'09" | 13.7 | 178 | 64 | |
| 区間3 | 14'36" | 5'00" | 14.2 | 180 | 66 | |
| 区間4 | 20'43" | 6'07" | 11.6 | 184 | 65 | |
| 全 体 | 20'43" | 13.7 | 178 | 65 | (1347) |
帰宅して軽く食って境川へ。ナカガワのチェーンはしばらく9段用のデュラエースを使ってきた。高級品ではあるが、いまいちディレーラーやスプロケットとの相性が悪くしゃらしゃらうるさい。8段用のシュパーブプロとジュラだから当然の不一致ではある。それをコネックスに変更した。コネックスのチェーンは素手で切れるというアイデア物で、最初はびくびく使ってみたが、非常に具合がよい。シュパーブとの相性も悪くない。値段も安くたいしたもんだ。
境川の風は南だった。午前中は北で、それが午後から南になった。北日本に大雪を降らせた低気圧がいなくなったのだろうか。半原越に行くときと帰るときで、どちらもけっこうな向かい風になる区間(善明川沿い)があって、サギにあったような気がした。そのかわり、どちらも追い風になる区間(相模川沿い)もあるから文句は言えない。境川のいつもの道を追い風では32km/h、向かい風では30km/h。無酸素域まで上げず継続して動ける強度だ。半原越のゴール前でもういっぱいなのにギアを重くしてラストスパートをかけてみたり、向かい風をにらみつけてまっすぐ走れるのは非常に幸福なことだ。極めて人間的なこうした行為をひたむきに続けられるのは幸福なことだとつくづく思った。
通勤途上にある梅の木に毎朝スズメが群れている。その数は5から10羽といったところだ。木の上を飛び回ることはせず、なにやらしきりに会話をしている。撮影のために木の真下まで近づいても逃げない。そのかわり、会話はぴたっとやめる。それ以上近づくと逃げますよ、ということだから、さっさと離れる。10mも離れればOKだ。
動物が群れるには何かの意味がある。スズメはわりと群れで生活する鳥だ。冬には竹林などにねぐらをもって数百羽が一か所で眠ることもある。この木はねぐらではない。夜明けと共にこの梅に集まってくるのだ。餌場にはスズメも群れるが、この近くに餌がある様子はない。もともとこの地域は水田もなくスズメは少ない。メジロやシジュウカラ並みの野鳥だ。境川の大清水高校向かいの休憩所のように、自転車乗りから食べ物をもらえる場所では、近くの木に群れて様子をうかがっていることがある。そういう群れはせわしなく飛び回っているものだ。この木にいるスズメの数は冬が多いけれど一年中見られる。時間帯は朝が多く、昼にもわりといる。いまの季節なら婚活パーティーかもしれない。ただし、それぞれ微妙に距離をとっており、こいつとこいつはできてるなというカップルが見あたらない。
梅の木はようやく花がほころびはじめたところだ。しだれタイプでドーム型の枝には毎春ピンクの大粒の花がきれいに咲く。平屋建ての民家の庭にあって、背丈は屋根よりちょっと高いぐらい。周囲にはこの木を見下ろすような高い建物や木はない。見晴らしの良さは、それほどでもない。ムクドリは民家から突き出たアンテナなどに好んで群れている。スズメもそういう所にとまるけれど、この梅の木の群れの落ち着きようは見晴らし用でもないように見える。近所には100mも行けば背の高い木の林はある。そこはいろいろな鳥の餌場にもなっている。
何が良くてここに集まり、なにを話しているのだろう。この木は高くもなく、低くもなく、見下ろすでもなく、見上げるでもない、ごみごみしているわけでも、がらんとしたわけでもないという微妙なスタンスとしか言いようがない。直感的には、ご近所さんがお互いの顔を見て「やあ、お早う」「さあ餌でも探しますかな」「ところでどこかいいところを知りませんか」「いや、こっちはあきまへんわ」という、もうかりまっか?コミュニケーションをする場のような気がする。餌が少ない季節だからお互いにいい情報が欲しいはずだ。追跡しないとホントのところはわからない。
半原越は敬遠した。昨日は平野部でもこまかい雪が降っていた。峠は気温も低く日影も多い。先週もそうだったが、きっと路面が凍結しているだろう。つるつるの路面はやっぱり恐かった。そこでいつもの境川。4時間100kmぐらいなら午後からでも大丈夫だ。日曜の朝恒例のワンピース(矢口真理ちゃんの歌がいい)を見て、今日はオリンピックも見て、ゆっくり出かけた。
境川はほぼ無風だ。30km/hぐらいでいろいろ試してみる。いまの目標は回すペダリング技術の習得だ。おそらくペダリングの胆は、上死点付近でなるべく早く力をかけること、そして、下死点付近でなるべく早く引き脚を使うこと、この2つに尽きると思う。その両方ができないと、登りを高速回転で乗れない。高速回転で乗れないと回して20分切りという目標は永遠の彼方になってしまう。
もう30年もやってるのだから、上死点で早めに力をかけることぐらいはできる。下死点から引き脚を使うこともできる。70rpmぐらいの低速であれば両方ができているという感触もある。ただし、ここに踏みとどまっていては、あのプロたちの信じられない速度には近づけないはずだ。90rpmでその胆の両方を満たすことは容易ではない。クランクの1回転は0.7秒ぐらいだから、上死点で力をかけている時間は0.2秒。次の0.2秒で脱力して、続く0.2秒はちがう筋肉を使って引き脚に力を使い、次の0.2秒は脱力。これを左右の脚をあわせて3000回ぐらい正確に続けられれば目標の達成だ。いまは10回ぐらいしかできない。
回転は自転車の基本だ。90rpmを1時間というのは初心者には遠い目標かもしれないけれど、1年もやれば誰でもできるようになるだろう。私も無風の境川で2.5倍のぐらいのギア比であれば鼻歌まじりでこなせる。ただしそれはほとんど空回し状態だ。意識としてはどこにも足がかかっていないし、どこでも脱力していない。尻と太ももでぐるぐる回しているだけという感覚だ。風を受けて4倍のギアで高速巡航しているプロも傍目にはそうやっているように見えるけれど、きっと力を使っているのだと思う。空回しでそれができているなら、もっと大きなギアを使ってもっと速く走るだろう。
3時間ぐらいやってみて、その難しさにあぜんとした。ここに生まれついた天分の壁があるのか。ホントにダメかどうかは本気で1000時間ぐらいはやってみないと分からない。最初は90rpmなんて無理だと思っていた。引き脚なんてないと思っていた。70rpmでも踏みと引きと両方できるとは思えなかった。まあやってみることだ。4時間で110キロ乗った。
半原2号についているクランクはMOSTというものだ。台湾のFSAが製造し、イタリアのピナレロが自社の廉価版ロードレーサーに取り付けて販売している。これが非常に評判が悪い。ピナレロを買った人がシマノの105やアルテグラに変更しヤフオクで投げ売りする。私が5000円で買ったのもその手のものだ。で、使用インプレであるが、これがなかなかよい。カンパニョーロのコーラスから変えて、皆さん何が気に入らないのかさっぱり分からない。変速性能が悪いという人もいるが、それはクランクよりもギアとフロントディレーラーの問題。そもそもフロントを2枚にすれば、どうやったって悪夢は生まれるものだ。私はそう割り切る。アームの精度が悪くギア歯がぶれるという人もいる。それだって、20年前の超高級品のほうがずっとひどかった。コーラスだって1mmぐらいは揺れるからずいぶん良くなった。デザインが気に入らないという人もいる。カーボンクランクなんてかっこわるいに決まっている。シマノはもっとかっこわるいと思う。私の美意識では、もはやいまのロードレーサーでは何をやってもOKだ。少なくともMOSTをシマノに変えても劇的な改善は望めそうもない。
MOSTの課題はBBとの相性にあると思う。そこんとこが極めて繊細なのだ。MOSTは設計上、左クランクをシャフトに目一杯ねじ込む方式だ。そうなるとベアリングの当たりはBBの幅のみに依存する。BBハンガーシェルの幅は68mmだが、塗装がついたりフェイスカットをやり過ぎたりで、0.1mmぐらいの違いは出てくる。MOSTのQファクターは一定なので、おのずとシェルの幅が広ければ渋くなり、狭ければガタが出ることになる。一時代前のカップでベアリングを包んで縦横の当たりを調整する方式であれば0.1mmの狂いは命取りだから、絶対にそういう部品は使えない。ところが、シマノの発明したホローテックII 方式であれば、わりといいかげんでもよい。特に締めすぎには問題が起きないようだ。MOSTクランクをシマノのBBに取り付けると、これでいいのか?と感じるぐらい渋くなる。昔の方式のBBだとカップが削れるぐらい重いのだが、乗ってみると全然抵抗を感じないからそれでよいらしい。使用者が当たりを手探りする余地がない。
本家のシマノはMOSTと全く異なる方法でクランクを固定しており、玉(シール?)当たりの調整が簡単にできる。実は自転車屋でホローテックII のクランクやBBを見たとき、正直いってその構造が想像つかず、玉当たりをどうするのかが分からなかった。シマノの説明書を読んで、ちょうどアヘッド式のフォークとヘッドのようなものだと合点した。つまり、シマノのBBにシマノのクランクをつける場合はステムをフォークコラムに固定するのと同じ要領で、クランクをシャフトに2個のボルトで締め付けることになる。BBの玉当たりはクランクをシャフトに軽くねじ込むことで調節できるから、0.5mmぐらいはハンガーの幅が変化しても対応できるはずだ。
ところが、シマノのBB自体の評判が良くない。悪評はただ1点「渋い」というところにある。それはあくまでチェーンを外して手で回しての渋さだ。もともとシマノは渋いメーカーだ。カンパニョーロなんかの回転部のなめらかさは異常といってもよいぐらいだった。完成車の状態(チェーンつき)でペダルを手でもってクランクを逆回転させると5周は回ったものだ。シマノだと1周ぐらいか。いまの半原2号は手を放したところでペダルが止まる。
それが気に入らないという人や店があるようで、シマノと互換性のある台湾のTOKENというメーカーのBBが軽く回ると好評である。ウェブ上のインプレッションを見ると、シマノをTOKENに変えると登りでギア1枚違ったなどという記述もある。ギア1枚といえば婦人用軽快車とロードレーサーの差ぐらいはありそうだ。それほど違うのならTOKENがすごいというよりも、元のシマノがひどすぎる。気のせいでなければ調整がおかしかったのだ。BBの抵抗なんて、たとえ0にできたとしても自転車のスピードにそう違いはないだろう。トルクがかからない状態での軽さにそれほど意味はない。
ところが、私はそういうインプレをいろいろ読んでTOKENを注文した。TOKENはBBの幅をスペーサーで変えることができるからだ。通常のシマノホローテックII の幅を0.5mm単位で2mmまで短くできるのだ。シマノは構造上、BBの幅を変える必要がないからその設計にはなっていない。私のMOSTは幅調整ができないとジャストフィットにはならない。予測では、BBの幅を0.5mm短くすればもっとよいはずだ。現状のMOSTが渋くて使い物にならないというわけではないけれど、これって絶対ジャストフィットじゃないよね、と思いながら乗り続けるのは精神衛生上よくない。MOSTがBBの幅でしか玉当たりの調整ができないからにはTOKENも使ってみなければならないのだ。
娘がチリモンをやりたいというので、さっそく和歌山の「かね上」から、チリモン用のちりめんじゃこを取り寄せた。さすがにチリモン用というだけであって、カタクチイワシの中にアジ、イカ、甲殻類などのチリモンたちがたくさん混じっている。写真のものはおそらくメガロパとよばれるカニの幼生だろう。体長は4mmぐらいある。
私がチリモンのなかでまず見つけたいのは「ワレカラ」だ。地味でなじみのない虫だけど、古典文学の世界ではメジャーなはずだ。枕草子の「むしは・・・」という段でも枕になっている。おそらく平安時代の文化人たちは実物を見たことはなくてもその名は作品に使っていたことだろう。私がワレカラの存在を最初に知ったのは、古語辞典か広辞苑かでイラスト付きの解説を読んだときだ。子どもながらに「けったいな形の虫だなあ、こんど海にいって見つけよう」と胸躍らせた覚えがある。
枕草子では『まあ、コオロギ、ワレカラ、ホタルなんかはけっこうメジャーだけど、じ〜んと来るのはミノムシだよね。秋口になると父よ父よと親をよんで泣くんだもん』とある。ミノムシの話は枕草子を読む前から耳にしていて、ミノムシが鳴くのならその声を聞いてみたいものだと思っていた。ただし、ミノムシは鳴かない。オオシモフリスズメあたりとの勘違いなんだろう。
で、肝心のワレカラであるが、今回ゲットした資料からはきれいなものがまだ見つかっていない。それらしいものはあるが、破片ばかりできれいな標本とはいえない。これはっ!というのもいくつかあったけれど、みんな子エビかシャコのようだ。まだはじめたばかり、おいおい見つかるだろう。
クロスカントリースキーのスプリントを食い入るように見た。もちろんテレビだ。クラシカルが力強く美しい夏見円選手を応援してきたのだけれど、彼女のピークはとうに過ぎており、バンクーバーでの活躍は期待できない。それでもがんばって欲しいと手に汗握る。
クロスカントリースキーは体全体を激しく使う。腕も強くなければならない。相当疲れるだろうなあ、と感じてふと我に返った。「自転車も腕を使った方がいいんじゃないだろうか。」半原越のTTなんてたかだか20分だ。腕も肩も背中も使える力は使えるうちに全部つぎ込むほうがいいように思われた。クロスカントリースキーの選手は何十分も腕を使う。そういえば、車椅子レースの選手は車椅子でも時速30kmで駆けていく。あれは腕で走る自転車みたいなものだ。鍛えれば腕だけでもあんな出力ができるのだから使ったほうがいいに決まっている。
ここまで考えて、半原越にずいぶん明るい光が射してきたように感じた。ただし、これは幾度となく訪れた妄想の可能性が高い。いざ、腕を使うつもりで半原越にいった日には「あっ、今までもけっこう使ってたのね」と思い知らされてがっくり肩を落とす姿が目に浮かぶようだ。それでもやらないわけにはいかない。
コンコールライトというサドルと絶版になって久しい16T、15Tのギアを手に入れて、ナカガワで境川にでかけた。今日もほとんど無風でポカポカ陽気。白いチョウが視界の隅をかすめていく。モンシロチョウか? 黄色いチョウも視界に入る。モンキチョウか? そんな虫が飛んでいてもおかしくないぐらい暖かい日だ。
コンコールライトはかのアームストロングが愛用していることで有名なサドルだ。私も新発売になったときに鉄でできた一番安いのを買った。15年ぐらい前だろうか。コンコールライト以前のコンコールシリーズは非常に高価だった。私にフィットしそうだったけど、ちょっと手がでなかったのだ。そのときのコンコールは確か6000円ぐらいで本当に安かった覚えがある。ライトというのは軽量というよりも廉価版という意味かとも思ったぐらいだ。そのときのコンコールは八幡浜に置いてある鉄パナにつけてある。カーブがきついサドルだから、微妙なセッティングが必要だ。どんなに高級な自転車でも、サドルの高さ、前後位置、傾きの3つがうまくいっていないと走ってはくれない。5回ぐらい調整し直してベストポジションを出した。幸い私はどんなサドルにも合う体をしている。ただ、どちらかというとコンコールライトのようなカーブのあるタイプのほうがしっくり来るようだ。古いものだけど良いサドルだと思う。
後ろギアはこれで15・16・17・18・19・20・22・24という8段の仕様になる。一人で走る私には12・13・14は必要ない。最近のギアは12から始まることを思えば事実上の11段仕様という超高級車になった。というのは冗談にしてもフロントアウターと後ろ真ん中やや下にチェーンをかけてちょうどいいギア比にできるというのがうれしい。
帰宅して久々に庭に出てみると、もうタネツケバナ(写真)とハコベが咲いていた。しばらく冬っぽい天気が続き、庭の観察は敬遠していたから、これが最初のハコベとは断言できない。しかし、普通は1回しか咲かないハコベの花の様子からすると、どうやら初咲のようだ。これでわが家にも遅い春がやってきたことになる。
ワンピースはイワンコフというキャラクターが嫌いなので、オープニングの歌を聴いてさっさと出てきた。相模川の流域では田起こしがはじまっている。私の庭でもタネツケバナとハコベが咲いて、田んぼの季節の到来だ。なんと季節の移りの早いことか。主観的な時間経過のなんと早いことか。この先、死ぬまでまたたくまに過ぎていくことを思えば、そのへんのムクドリやカワラヒワも愛しく思えてくる。彼らは私なんぞよりも、もっと生き急ぎ死に急ぐだろう。
いつもの棚田は殺風景にはちがいないが、田起こしで攪拌された土の臭いが新鮮だ。毎回見ていたモズが今日はいない。さてどうしたものか。近くで耕耘機の音がする。田起こしで土が掘り返されると虫が出てくるから、そこに行ってたらふく食っているのだと思うことにした。あのモズもすっかり友達気分だ。今日は、半原2号でやってきた。テーマは腕を使うこと、に決まっている。走り出してすぐに18日の予想が妄想だったことに気付いている。クロカンスキーも車椅子も腕力がそのまま推進力になる。しかし、自転車ではいくら腕に力を入れても進んではいかない。腕に込めた力を脚に伝えて回転力にしなければならないのだ。このことは何年も前に気付いていた。そして上半身と下半身を連動させることの難しさも思い知らされていたのだった。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'29" | 4'29" | 15.8 | 165 | 74 | |
| 区間2 | 9'37" | 5'08" | 13.8 | 180 | 68 | |
| 区間3 | 14'35" | 4'58" | 14.3 | 182 | 70 | |
| 区間4 | 20'37" | 6'02" | 11.7 | 187 | 63 | |
| 全 体 | 20'37" | 13.7 | 179 | 71 | (1464) |
半原越のタイムは判で押したように前回とほぼ同じ。シマノのBBだから、これをTOKENに換えてギア1枚分速くなるのなら18分台ということになる。そんなはずはない。帰宅して日が高く、かっこよさに使い勝手の良さも加わったナカガワで境川にもでかけた。半原2号に比べてしなやかさや反発には不満があるけれど、ちょっと乗ってすぐに「あ、ぼくの自転車だ」と感じるところはうれしい。よせばいいのにけっこう力を出してしまい、100kmを越えたあたりから完全にエネルギー切れをおこして、ひさびさにつらい思いをしてしまった。
ブログというものが輸入される前に、日本にはウェブ日記があった。そして、あまたあるウェブ日記を趣向を凝らして一覧化するサイトもいくつかあった。10年以上前のことだろうか。それがどういう発展をするものなのか、興味深く眺めていた。インターネットは素人が手軽にテキストと画像で表現者になることができるという従来にないツールだった。ウェブ日記のサイトはボランティアが運営するもので、それを利用することで個人サイトの宣伝が簡単にできるようになった。2年ばかりその手のサイトを見ていると、数千人の登録者の中から、腕利きの表現者が次々に現れスターになっていた。ウェブ日記は広さと奥行きをもって個人の世界を構築できる。それは掲示板やネットニュースでは届かないところであり、日記のスターたちはみな表現者として尊敬できる人物だった。
スターたちの日記は命がけでやっていることぐらいは読むだけで分かる。「こりゃなかなか魅力的な文化だな、参加する事に意義あるな」と、天地無朋をいくつかの日記サイトに登録した。いざやってみると、ROMでは気づかない面白みもいくつか見つかった。ウケる素材を扱ってみようかというチャレンジ精神も起きた。人気日記の傾向はすぐつかめた。エロははウケが良かったが、それは経験不足で無理。個人攻撃をしあう喧嘩もウケがよかったが、それをするだけの心の余裕はなくて無理。せいぜいが時事ものだったが、他人(テレビ等)が流した情報に意見感想をつけるなんてのは、とても恥ずかしくて無理。時事物をひねって笑い話でも作ろうかと時折やってはみたものの息切れした。ウケる難しさに気付くのにそう時間はかからなかった。
また、当時フォントいじり系とくくられていたという記憶があるが、横書き縦スクロールというブラウザ上の制限とフォントのサイズ・色の自由さを使った表現方法が流行した。巧みなものは、読み手がテキストの内容に対してどういう感情をもつかを読み切って、それに乗ったり逆手に取ったり、融通無碍に楽しませてくれるものだった。当然、まねするべきだと、やってはみたものの、すぐにあきらめた。あれは表現手法なので、オリジナリティーがなければただのひとまねにすぎない。いくつかやってみて、ものまねの域をでなかったので早々に退散したのだ。
そんな感じで、ひとかどにはなれないことは思い知らされつつも、魅力的な文化だと正直感じていたから、ちょっとぐらいは貢献できるならとウェブ日記のサイトに数年間は参加していた。それに、参加してみると書くこと自体の意欲は想像以上に上がることがわかり、そのことが一番ありがたかった。日記でもエッセーでも、自由作文は多少無理してでもヒトとしてやっといたほうがよいからだ。
ただ残念なことに、ブログが輸入されて、あっというまに個人サイトの世界を侵食してしまった。当初は、「アメリカ人のすなるウェブログなるもの如何」「不是。わがくにウェブ日記あり。ウェブログはやらざるべし」というようなことを真面目に言ってた人もいた。口調からもわかるとおり、今は昔、二度と帰らぬ古典文学の世界だ。じつは私もそういう意見に同調していた。いまだに私はブログの仕掛けに何の魅力も感じない。友達が一人もいないことが一番の原因だが、それに加えて無限のはずの創造性にふたをするのが気に入らないからだ。私の好みと世間の動きはずれているのが常で、そうなんだふ〜んブログね(含むついった)、ぐらいの気分でいるのだけれど、ブログの隆盛のせいかウェブ日記のサイトは次々に閉鎖された。
なくなるものはしょうがない。そういう場からは撤退して、この天地無朋(そもそも日記のサイトに参加しなけりゃタイトルなんて考えない)を続けていたのだけれど、昨年12月、ひょんなことから以前参加していた「テキスト庵」がほとんど昔のままに生き残っていることを知った。シーラカンス、イリオモテヤマネコ発見時の喜びもかくやと思うぐらい感動を受けてすぐに登録した。
登録にはつまらない目論見もあった。数年来、天地無朋は虫けらが自転車に乗ってるみたいなものになっている。想定される読者は明日の自分だけだ。作文意欲の低下も明白で、一週間ぐらい書かなくても気にならなくなっている。ヒトとしてまずい状況だ。そこで、登録を契機にがんばって書いてみれば、自ずと毎日やるだけの意欲が起きるんじゃないかと他人事みたいに期待したのだ。残念なことに効果はそれほど上がらなかった。まさに他人事みたいだ。ただし、「報告」があるから、書き始めれば気合いは入る。今日は何か書こうと朝から決心していた。かといって素材はない。テレ東の「イナズマイレブン」はあと一歩。オリンピックでも、ましてや政治経済でもない。私が政権後退を語っても・・・困ったあげくにこうなった次第だ。
TOKENのBBを入手してさっそく半原2号に組み込むことにした。価格ではシマノの2倍もするが、さてそれだけの値打ちがTOKENにあるだろうか。BBシェルにねじ込むわんは軽いがやわらかい。ベアリングはかなり回りそうだ。シール部分はクランクのシャフトに対してきつくプラハンマーで打ち込んでやっと入る。シマノのアルテグラの方がフィットするようだ。これはMOSTとの相性でもあるだろう。
私がTOKENのBBを買った理由は、ただ一点、その幅を0.5mm単位で2mmまで狭くできるからだ。この調整がかなりシビアだということはやる前から予想していた。まずは、右わんに規定どおりの1mmスペーサーを入れ、左わんには全体の幅を短縮するために、0.5mmを1枚かませることにした。シールのプラスチック部品がMOSTとの相性の関係か、きつすぎてうまくシャフトが通らない。なんだかんだとやっているうちに、そのプラシールが歪んでしまった。もしかして、シールなんていらないのかと、試しにシールを外してセットしてみると非常に大きなガタが出た。どうやら、このはかない小さなパーツが全ての快適さを担っているようだ。その固さに辟易しながら無理をしてはめ込んだものの、まだ回転が渋い。幅をもう少し短くしたほうがよいように思われた。
狭くするには、左わんの0.5mmスペーサーを外すか、左右とも0.5mmにするか、2つのやりかたがある。ここで一計を案じ、いったん全部とっぱらうことにした。最初にはさんだ1mmスペーサーをとるには右わんを外さなければならない。そのとき思いのほか力が必要だった。入るときは軽かったのに、わんの塗装かアルミの柔らかさのせいで渋くなったようだ。こんなに締まらなくてもかまわないと思う。スペーサーを外して右わんを組み込む。次は左わんだが、シールがきつくてどうせうまくいかないだろうと、TOKENではなくシマノにした。右TOKEN、左シマノという混成になる。ただし、右のスペーサーを外しているから幅は1mmだけ小さい。クランクシャフトを通して、左クランクを最大までねじ込む。ホローテックII に代表される現在のラインナップではちょっとありえない方法だ。でも、これがMOSTの設計思想のはずだ。
チェーンをかけずにペダルを手でグンッと押すとぐるぐる回る。一時代前のBBみたいだ。混成にしてこれだけ回るってことは、シマノのBBが渋いってことでもない。そもそもたかだかBBである。ベアリングの精度や設計が回転に有意な差を生むわけがないだろう。ただし、この回転の軽さは幅を規定よりも1mm短くしていることで生じたものだ。左右の遊びが大きくてガタがでるようでは本末転倒だ。クランクを手で押し引きしてみるが、まあ大丈夫のようだ。乗ってカクカクすればあと0.5mm長くしてみよう。それができることにTOKENの真価がある。
今回、新型のBBを投入してみて、ついにBBも消耗品になったかという感慨を持った。いまのBBの核心は、一番大きなパーツのわんでもなく、回転の心臓部のベアリングでもなく、シールである。使ってみるまでは、まさかそんなパーツが核心を担っているとは思いもよらず、BB自体の設計思想がつかめなかった。いまでもしっかり把握できているという自信はない。ともあれ、小さく薄っぺらいプラスチックのシールがBBの重い軽いの「味」を決め、それが摩耗すればBBを交換しなければならない。しっかり乗る人だと、タイヤやチェーンみたいに年に数回の交換が必要なはずだ。シマノのBBがたいへん安価であるのも、ちょっとおかしくなったら割りきって交換せよということなのだろう。
もともと自転車なんていいかげんなもので、回転部は手触りで絶妙な位置を探りつつ調整するものだった。そこが自転車というハードウェアの楽しみのかなり大きな部分を占めていた。20世紀なら、気に入った部品を何十年もだましだまし使って「お前は走らなくなった。私も走れなくなった。」と笑って共に年老いていけばよかったのだ。いまや、車輪のハブ、ペダル、変速機、ヘッド小物、BBも調整不要になった。今世紀の自転車には気持ちが染み込まず、走らない自転車はただのゴミでしかない。
朝からいっぱいテレビを見た。録画しておいたチャンピオンズリーグのバルサVSシュツッツガルト。去年のパリツールの5、6ステージの再放送。オリンピックはカーリング女子のカナダVSスウェーデン。アイスホッケーのカナダVSスロバキア。クロスカントリースキーのリレー女子は終わっても見応えある競技はまだある。かといって部屋でうだうだするのもなんだし、ぐずぐずした天気でもやもやしていてもあれだから、ナカガワを引っ張り出して境川に行くことにした。雨は降るかもしれないが、ひどいことにはならないはずだ。
やや北風はあるが暖かい。アスファルトもほとんど乾いている。自転車に乗っていて、風というヤツは地面の上ぎりぎりには吹かないものだと気づいている。というのは、向かい風をびゅうびゅう受けるときでも、アスファルトに転がっている落ち葉は動かないからだ。きっと地面の上の1センチぐらいは風が吹かず暖かいにちがいない。2月も終わりになって日差しが強くなると急速に土が暖められる。雨が降ると土がいっぺんに軟らかくなる。地べたの虫たちはいち早く春を感覚するだろう。この季節の土の軟らかさは単に雨に濡れただけではない何かがあるように思う。
100分ほど走ったときに、ウインドブレーカーをポツポツたたく音が聞こえはじめた。雨だと思ったが顔には雨粒が落ちない。腕を見ても水滴がついていない。音は気のせいではない。ユスリカの蚊柱を抜けるときに同じ音がするけれど蚊柱でもない。どう考えても雨だ。まだアスファルトには黒い雨の跡ができていないけれど雨だ。雨だと思いたくないのだけど雨だ。音は次第に大きくなり、道ばたの水たまりを見ると波紋ができはじめた。アスファルトも濡れてくる。ほっぺたもぽつぽつしはじめた。自分ルールとして、アスファルトが全部濡れてしまわないうちはまだ雨ではないことにしている。だからといって何かの意味があるわけではないけれど。
暖かい雨に打たれて帰宅し自転車を片付けていると、庭のほうからカエルの鳴き声が聞こえたような気がした。気のせいかもしれない。今日の雨なら、カエルの声の幻聴をひきおこしても不思議はない。念のために庭に行けば、なにかが水に飛び込む音がした。あわてて池と地面の隙間に頭を隠すヤツもいる。やはりヒキガエルが来ていた。それも2頭。目覚めたばかりで人慣れしていないのかびくついている。ひとまず証拠写真を1枚。
風呂から出て、流しに置いてあるプラケースを見るとヤモリが貼りついている。冬眠させていたペットのヤモリも目が覚めた。メジロ(写真)やシジュウカラもつがいらしいのがずいぶん騒がしい。
午前中はけっこうな降りで、東京マラソンも雨の中だった。その雨も昼にはやんだ。さて津波の見物で湘南に行こうかとも思ったけれど、ハワイで1mというニュースを聞いてやめることにした。この辺だと目で見えるほどの波は来そうにない。では、予定通り半原2号で半原越だ。1時半の出発。30分走った所で後輪がパンク。雨上がりの濡れたアスファルトを走ったのだから、しかたがない。最近は予備のチューブも高性能の空気入れもまじめに携帯している。パンクもあわてることではない。5分ほどで修理できる。ただし、予備のチューブは厚いタイプだ。携帯ポンプでカンカンに入れるのはしんどいからいい加減に済ます。6.5気圧ぐらいだろうか。やや重くなるのは仕方がない。
今日、半原越に来たかったのは棚田脇に置き忘れたゴーグルを回収するためだ。予定通りゴーグルを見つけ、ホットレモンを飲む。出発するときに空を厚く覆っていた雲は消えた。白っぽくかすんだ青空が広がっている。上空を一羽の小鳥がフィギュアの選手のように舞う。ツバメだ。今年は早い。モズは見あたらない。西に傾いた日を浴びて向かいの山もなんとなく暖かそうに見える。半原越の付近に白い雲塊が林に接してゆっくり流れている。シータたちが到着したときのラピュタのようだ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'24" | 4'24" | 16.1 | 165 | 75 | |
| 区間2 | 9'24" | 5'00" | 14.2 | 180 | 66 | |
| 区間3 | 14'24" | 5'00" | 14.2 | 182 | 69 | |
| 区間4 | 20'27" | 6'03" | 11.7 | 187 | 57 | |
| 全 体 | 20'27" | 13.8 | 181 | 67 | (1370) |
BBを換えたが、その効果は当然のことながらなかった。ただ、力を入れずペダルにちょっと足をかけているときなど軽さを感じる。「これでジャストフィット」という自信を持つことがなによりだ。また、後ろ用のシフトワイヤーも交換した。半原2号は構造上からけっこうワイヤーの抵抗が大きくなる。おそらくそのせいでチェーンがギアにかからないことがあった。シマノのXTR用という高級品に換えたら、さすがによく動くようになった。値段ではなんと10倍もするワイヤーだ。効果がないとちょっと悲しい。
夕食を食べていると、娘が「イモムシ!」と叫んだ。反射的に「ヤモリのエサ!」と思った。しかし、イモムシというのは見間違いでコウガイビルだった。コウガイビルではおそらくエサになるまい。じゃまだからと女房が箸でつまんでゴミ箱に捨てた。コウガイビルはサラダボールに半分ほど残されているレタスに紛れていた。そのレタスは女房が友人たちとやっている畑で作った物だ。見栄えは悪いが味は悪くない。固くなっている部分も甘みがある。野菜は畑にあるものなのだから、いろいろな虫も混じるだろう。目で見て分かるものは間違って食わないよう注意しなければならない。
たまたまコウガイビルがいたものだからヒル談義がはじまった。コウガイビルのエサはなにか。山や川にいて血を吸うヤツとは違ってミミズなんかを食うこと。コウガイビルを食べる者は何か。カエルはミミズを食うがヒルはどうなのか。ミミズはうまそうで、ヒルは固くて苦そうだが実際はどうなのか。半原越でヒルに吸い付かれたヒキガエルを見たこと。カエルはヒルを防御できるかどうか。ヒルと鹿は寄生関係にあり、鹿の増加がヒルの増加も招いているらしいこと。以前はレタスにナメクジが混じっていたことから、ヒキガエルはナメクジを食ったこと。私はそのことを知らなかったが、娘が試して確認したらしい。
というように哀れなヒルも夕食に花を添えてくれたのであったが、そんなものを食ってはかなわないので、ヒルが混じっていないことを確かめながらレタスを食べた。「こういうのレストランで出てきたらたいへんだろうね」と女房が言う。長男次男は知らぬ顔。「大騒ぎだろうね」と私。「ほかの家庭だとどうなんだろう」と娘。「きっと全部捨てちゃうよ」と女房。「げーっとかいって吐いちゃう人もいるだろうね」と私。こういうときにお父さんはいつも悲しい目をしているのです。
春に長雨が来るのは毎年のことだ。それに期待しているヒキガエル。今年は少なくとも5匹が来て庭に埋めた収納ケースに産卵している。彼らのエネルギーはすさまじいものがあり、冬眠あけでなにも食わずによくそこまでやれるものだと感心する。やりすぎて死人がでているのもむべなるかなというところだ。卵塊はすでにざる一杯分が産み落とされた。去年は残念ながら孵化しなかったが、今年はどうだろう。一計を案じ、サルベージして夏から用意した瓶に移してある。うまく孵化すれば死んだヤツもうかばれるというものだ。
春の長雨に舌打ちしているのは自転車乗り。2ちゃんねるの境川スレが荒れているのも雨のせいらしい。それにしても「境川サイクリングロード」でスレッドが立って3万件の書き込みがあるってのはすごい。偉大なり境川と感心すべきか笑うべきか。私もこの冷たい雨の中を出て行く気はしない。そのかわりローラー台がある。いつでもセットしてあり、思いついたら2分で自転車だ。このローラーというやつがけっこうな気晴らしになる。フリーセルで壁を感じて生きる気力を失ったときに頭を冷やすのによい。最近、フリーセルについてはずいぶん天狗になっている。自慢できるぐらいの技量にあるとは思うが「おれってひとかど?」と過信するたびに、なぜか難しいのに当たり敗退する。
ローラーの作戦は仮想半原越だ。20分ほど90rpmの最弱の空回しでうっすら汗をかき、一番重くして25分回す。その重さは必死でがんばって90rpm出せる程度。それを80rpmで回す。半原越なら30分弱で登れる強度だと思う。仕上げは15分ぐらい空回ししてやめる。一回当たり1時間ぐらいのものだ。私のローラー作戦はあくまで気晴らし。トレーニングになるほどの量はしない。
かね上から取り寄せたチリモン用ちりめんじゃこの中から娘が奇妙なものを掘り当てた。どうやらエビのフィロゾーマ幼生のようだ。チリモンの中でもちょっと珍しい部類に入るようで、なかなかの人気者らしい。脚がすっかりもげているのが残念だ。
フィロゾーマはNHKのミクロワールドというテレビ番組で見たことがある。伊勢エビの発生の記録映像だった。そこに映し出されたフィロゾーマは薄氷か繊細なガラス細工という月並みな形容がピッタリの素敵な体と動きをしていた。いちどこの目で見たい生き物だ。私たちがゲットしたこの写真のものは長さ5ミリのうすっぺらいゴミクズのようなしろものだ。それでも、かろうじてそれっぽさは残っている。こうした海のプランクトンを手軽に見つけられるとチリモンとは愉快な遊びだ。
チリモンで子どもらに一番人気といわれるタツノオトシゴも2匹見つかった。タツノオトシゴもフィロゾーマも、それぞれいまいちきれいでないという点でいま一歩。次への楽しみを残している。
気がかりがあると眠れなくなるのが私の弱点である。朝、5時に起床しなければならないときに、午前3時頃まで眠れないとかなり焦る。それも1日だけならよいのだけれど、2日も3日も続けばうんざりしてくる。唯一の救いは90分ぐらい熟睡すれば日常生活に支障はきたさないということだ。
眠れぬ状況を抜ける方法は知っている。気がかりを追い払うために、どうでもよいことを思い浮かべ、そちらに集中すること。考えるだけでなく、ビジュアルな展開を目指すこと。瞼のうらにちょっとでも「光景」が見えたなら、その光景を一人歩きさせることに全力を注ぐことだ。
実際には簡単でないことは、この3日で30時間も眠ってよい時間があったにもかかわらず、5時間ぐらいしか眠っていないことが証明している。その25時間のむなしい苦闘から、もしかしたら有効なのかもしれない妄想が浮かんできた。最初は「重量0kgにして自転車に乗れば登りで早いんじゃないか。」という唖然とするものだった。もちろん無理に決まっている。無理に決まっているのに、思いついたのは、自転車に乗ってほんの一瞬なら重量を0にできるからだ。私は30年ほど前に、当時アメリカから輸入されたばかりのBMXなどという遊びのまね事をしていたこともあり、ロードレーサーでひょいひょいジャンプができる。ホントに跳ねるとしんどいだけで登る役にはたたないのだけど、その要領を生かして、若干でも浮き上がる状態でペダルを踏み込めば登りが早くなるはずだと思いついた。
登りでは重いのは不利に決まっている。私は自転車込みで70kgの静止重量があるが、ジャンプの要領で45kgぐらいにして、その瞬間にペダルを踏み込めば軽く回せるはずである。できるかどうかは別として論理的な破綻はない。左足が沈む前に右足を上げ右足が沈む前に左足を上げれば水中には落ちないみたいな理屈だが、ラルプデュエズの8%の坂を時速25kmで走る達人はそれぐらいの奥義を持っているはずだ・・・と思いたいのだ。
それはまあ冷静に考えれば眠れぬ夜の妄想に過ぎない。一時的に重量を軽くできたとしても、その後には反動が来て重くなる。体重計に乗って体を揺するとその増減を数値で見ることができる。全てのエネルギーは等価交換である。国家錬金術師ですらこの大原則は免れない。重量を増減させる力は自転車を進める上で無駄な努力になるはずだ。
ところで、わざとやるのではなくても下手なこぎ手であれば、おのずと重量の増減を起こしているのではないか。しゃかりきになっているへたくそは左右のペダルを同時に踏んでいるという。つまり前足の踏み込みを後ろ足が邪魔しているのだ。中野浩一のような達人はそうなっていなかったらしい。同じように、ランスやエラスは重量の増減を極力減らすようなペダリングをやっているのかもしれない。だったらそこを追求すべきではないか? こっちは悪くないアイデアだと思われた。
先週から体調が悪い。あまり眠れなかったということもあった。気温と室温の差が20℃ぐらいあるところで仕事をしなければならなかった。のどが痛く、鼻が痛く、節々が痛く、咳が出て、鼻水が出て、軽い下痢。完全な風邪の症状だ。発熱と頭痛がないのがありがたい。
という次第で、とても半原越で楽しめそうにない。行くことはできても行っただけになるのは目に見えている。それではと、いつもの境川でお茶を濁す。ナカガワのサドルを変更し、ちょっとハンドルのポジションも変えた方がよいように思った。境川はこういう調整に好都合だ。これまでは10cm以上あるチネリステムにチネリのクリテリウムというハンドルバーをセットしていた。20年ほど前の機材だ。ハンドルバーは変える気がしないが、ステムは短いものでよさそうだ。昨日は9cmの日東をつけて走ってみた。もっと短くても良さそうだったから、今日は8cmのジュラエースをつけてみた(写真)。ちょっと近いかな、という気もするが、旧式のステムは交換するときに、少なくとも片方のブレーキレバーとバーテープを外す必要があって面倒だ。しばらくこれでいこうと思う。
昨日は異様に暖かい風がびゅうびゅう吹いていたが、今日は北風もよわく日中には海風になった。どういうかげんか人も自転車も犬も少ない。けっこう走れる日だ。しかし体の節々が痛く鼻水が出てのども痛い。あきらめてゆっくり走る。ナカガワは前の大ギアが48Tなので、後ろを20Tに入れると2.4倍。80rpmでは24km/hになる。そのギアで25km/hぐらいにしておけばまずまずいい感じだ。なんだかんだと100kmほど走った。
さて、庭に産み落とされたヒキガエルの卵であるが、10日を過ぎても孵化する様子がない。ヒキガエルの卵は10日ほどで孵化するというから、今年もおたまじゃくし誕生は絶望的になった。庭に池を掘った者として、もっと責任をもって今後のことを考えていかねばなるまい。
まずは池の構造改革だ。収納ケースはヒキガエルが産卵するには狭くて深すぎるようだ。池はプラ船などの広くて浅い容器に変える必要があるだろう。去年は数回にわけて産卵行動があったが、今年は1回だった。ただし、連続して行われ少なくとも2頭のメスが来た。そのうち1頭の生んだ卵は土の上に落ちたため廃棄せざるをえなかった。また、池の中から死体で見つかったのはメスだという公算が高い。ほかの3頭も疲れ果てて、持ち上げてもまったく抵抗できないような状態だったが、1日休ませるとどこかに消えた。ヒキガエルはオスメスが抱き合って受精させながら卵をひりだす。産卵場所が安定しないと失敗が起き、死亡事故の危険も大きくなるだろう。
ヒキガエルの産卵行動については「トウキョウサンショウウオ研究会」などが詳細な調査を行っている。それによると、カエルは2年ぐらいで産卵できるようになり、寿命は数年あって毎年同じ所で産卵するという。普段の生息地はほぼ決まっており、うろつかないカエルらしい。生息地と産卵池は数十から数百メートル離れており、ほぼ直線的に移動する。産卵場所がどうやって決まるかは明らかではないらしい。
そういう研究とわが家に来るカエルの様子を合わせて考えると、いろいろ気付くこともある。まずは、ここに来るヒキガエルの出生地だ。この近所には、3年前まで小さな水たまりのような池があった。いまはなくなった向かいの空き家の池だ。そこでヒキガエルの繁殖は確認していないが、もしかしたらその池で生まれたカエルがわが家に来ているのかもしれない。そのほかには、数百メートル離れたゴルフ場の池と宇都宮さん宅の池が繁殖池と考えられる。どちらも自由には入れない場所で産卵は確認できていない。双方とも広い林があり、ヒキガエルを養うだけのエサも豊富そうだ。ただ、ゴルフ場など恵まれた条件のところで生きているヒキガエルがわざわざわが家に遠征して産卵するようなことはないようだ。
わが家の池には、非繁殖期にもヒキガエルが入っていることがある。トウキョウサンショウウオ研究会の調査によると、ヒキガエルは水辺に執着するカエルではなく、非繁殖期の生活場所と産卵場所は完全に分かれているらしい。非繁殖期に池に入っているヒキガエルは徘徊中の個体なんだろうと漠然と思っていたけれど、ほとんど移動をしない習性だとすれば、私の庭かその近くをホームにする個体がいるのかもしれない。
今朝、雨あがりのコケでも撮影しようと、カメラを持って庭に出た。あきらめ半分にヒキガエルの卵を入れてある瓶をのぞいた。この10日あまり毎朝続けてきた作業だ。卵の様子は昨日と変わっていないようだった。ところが、卵塊を保持するためにいれてあるケースの壁に貼りついている黒いゴミのようなものが二つ三つと目に入ってきた。それがオタマジャクシであることはすぐに分かった。衣類の収納ケースで池を作って4年、ついにわが家でオタマジャクシの誕生までこぎつけることができたのだ。
ところで、オタマジャクシの発生に気付かなかったことは反省しなければならない。これまでの知識で、チューブの中の黒くて丸いのが、ひょろ長くなってくることを知っていたから、毎朝そうなっていないかどうかを見ていた。水は濁っていることと、上から見ているだけで角度が悪いせいか、毎回同じような球形にしか見えなかった。どうやら形の変化は劇的ではないようで、もっと注意して観察しなければならないようだ。
オタマジャクシの全滅はショックだった。ここのところ慣れぬ仕事をやって忙しかったことをいいわけにしたいぐらいだ。「王貞治でもいまバット持たして打席に立ったら高校生にだって負けますから」というのがこの2週間ばかりの口癖だ。もちろん野球をやらされているわけではないのだが。
ショックの理由は全滅させたことよりも、むしろ去年の失敗を繰り返したことにある。去年の失敗は死んだ卵が腐敗したことによる。今年は一計を案じて卵の腐敗が起きにくいように工夫したつもりだった。一度はダメかと覚悟した発生がうまく運んでオタマジャクシが生まれ、そろそろ水の管理をしなければ・・・と考えていたのに対応が後手に回り、いっぺんに死滅させてしまった。やっちまったことはしょうがないから、今年のような場当たり的な対策にならぬよう来年は根本的な改善をはかろう。というようなことをちょうど1年前に決心したような覚えがある。
そのように人の歴史は繰り返し、自然の営みも繰り返される。まもなく一年のはじまりの春分だ。親ガエルの死も卵の死滅も越えて、何事もなかったかのように庭には春の花が咲き、夏の花が芽吹いている。写真はドクダミ。日影になるわが家で最も威勢がよい夏の花だ。
午前中は相模川のほとりにあるヒキガエルの産卵場を見に行った。本流のすぐ脇の河原にある水たまりなのだが、ちょうど河原が土手になっていることもあって伏流水がしみ出して3畳ほどの池になっている。そういう池が3つばかりあって、そこにヒキガエルが産卵にやってくる。去年は3月15日が産卵の最盛期だと思われた。20匹ほどが入り乱れて産卵に興じ、おびただしい数の卵が水中に沈んでいた。
今日行ってみたところ、産卵は完全に終わってヒキガエルの姿はなかった。卵は完全に孵化しており、まだ遊泳できないオタマジャクシが黒々と群れていた。ちょうどわが家のものと(生きていれば)同じぐらいの発生段階らしい。産卵は2週間ほど前だったのだろう。去年より10日ぐらい早いのだろうか。ざっとみたところでは去年よりも卵は少ないようだ。
ヒキガエルの産卵場までは往復で50kmある。南西の風が強く帰りはけっこうな向かい風だった。とちゅうで飛んだ布団を見た。布団がふっとんだということは噂には聞くが実物を見たのははじめてだ。これだけの風であれば境川にも行かねばなるまい。帰宅して、ナカガワのステムを9センチの日東にもどした。相模川を走ってみて、ちょっと短いのは許せるとして、きしみがうるさすぎるのはがまんならなくなった。そのきしみはジュラエースの設計上の欠陥だと思う。自転車の部品には良くあることだ。
境川はみごとな強風だ。今年はじめて風が吹いたといって過言ではない。南向きはやや下りなのに時速25kmぐらいしか出ない。けっこう力を出して走れる。今日気付いたのだが、風が強いと境川サイクリングロードは空いている。子どもお年寄り犬がいない。自転車も少ない。まるで雨の日のようだ。それでも人だかりができているのは水道橋。アマチュアカメラマンの砲列ができている。どうやらチョウゲンボウは今年は2つがいが営巣しているようだ。今日は撮影もしやすいだろう。強風を受けてホバリングするとポーズをとっているようなものだ。あの人達の持っている巨大なレンズもちょっと欲しかったりする。ただし100万円以上するし、冷静に考えると撮るものもない。
境川に出かけるとけっこうな北風が吹いていた。低気圧が去ったのだから、そりゃそうだろうとゆっくり走る。境川では北風フォローだとスピードが出すぎるのだ。昨夜は未明まで強風が吹き荒れた。春先によくある低気圧のせいだ。日本海を通過するときに台風並みに急成長する。特に北海道ではとんでもない風になることがある。気温はやけに高い。寒冷前線の通過後は寒くなってもよさそうなものなのに奇妙だなと思う。北の空気も入っているはずなのに。
1時間ばかり南に向かって走って正午頃になったとき、風が突然アゲンストになった。とんでもなく強い南風だ。海風のレベルではない。なぜ今日南風?と面食らってしまう。風と共に視界が悪くなった。空気に埃が混じっているのだ。最初は黄砂かと思ったがどうもちがう。黄砂にしては白っぽい。それに、神奈川の黄砂にしては量が多すぎる。ここでこれだけ舞うのなら九州だと積もってしまうだろう。埃の正体は湘南海岸の砂埃のようだ。
ただ、せっかくの風なのだから練習相手になってもらうことにした。下ハンで風をなるべく体に受けないようにして、しかもリラックスして、うまくペダルを回す練習だ。ギアは48×20Tで2.4倍。それで時速25kmが出ておればよい。今日の風は手強くて20km/hぐらいしか出ないときもあった。今年最強の風だ。そのぶんサイクリングロードが空いているのがよい。追い風を受けつつ30km/hで走っていても背中に風を感じる。試しに脚を止めて腕を広げると風だけで加速していく。自転車が風だけで進むことは珍しい。
帰宅して気象庁の天気図をチェック。この低気圧は寒冷前線が2本できていた。どうやら南風は2本目に吹き込んだものらしい。
今日もあいかわらず境川。どんだけ好きなんだよ境川。どんだけ好きなんだよ向かい風。今日の風は南から。それほど強くはなく通常の浜風という感じだ。出かけてみると意外にも風が冷たく、引き返してウインドブレーカーを羽織った。境川の貧相な河原からクビキリギスの声がするのはさすがに春分だ。ウグイスのちゃんとしたホーホケキョは今日はじめて聞いた。いよいよ春もたけなわだ。こういう季節に半原越の清川村にでかけないのはいくらなんでも天の邪鬼。
ただ、ステムを変えたりサドルを変えたりカセットスプロケットを変えたりして、いまいちナカガワに乗り切れなかった。ステムの長さはそれほど影響はない。コンコールライトは癖のあるサドルだから使いこなすのに時間がかかる。カセットスプロケットはジュラエースをシュパーブプロでディレイルしているのだから、なかなかぴったりとはいかない。通常の構成で3枚目のスペーサーを9段のもの+1mmにしてぴたりとはまった。
土曜、日曜と200kmほど走って最後の20kmはいい感じになっていると思っていた。ところが今日走り始めてみるとどうもいけない。とくに左脚の動きに違和感があり力を入れると膝が痛くなりそうな不安感がある。あまり力を使わないようにして、向かい風で25km/h、追い風で30km/hを守って走る。いつも通り高鎌橋と大清水高校を行ったり来たり。ぜんぜん乗り切れない。ちょっとやめられないぞと100kmほど走ったところでようやく快調になってきた。左脚の付け根、股関節の動きがよくなり、脚がスムーズに回るようになる。そうなるとペダルに自然に力がかかるから膝が左右に振れない。前傾姿勢でも腰、背中、肩がよけいな緊張をしない。サドルに触れる部分も変な当たり方をせず痛みも起きない。なんで最初から回ってくれないかなあ、といつも思うのだ。
この3日間はおもいっきり自転車に乗れた。300kmといえばミラノサンレモの距離だ。日本だと神奈川新潟ぐらいだろうか。選手は6時間台で走りきるが私は3日かかる。
ある女性が硬直化した財団法人を皮肉って「変われないものは生き残れない」というようなことを言った。彼女によると、それはダーウィンの進化論からの引用ということでオヤッと思った。彼女は進化論どころかチョウとトンボも区別できそうにない生物素人だからだ。きっと著名人が何か言ったのを真に受けたのだろうとずっと気になっていた。今日になって、小泉元総理が以下のように述べたことが、彼女がそのアイデアを得る契機になったらしいことが判明した。小泉氏の発言は「進化論を唱えたダーウィンは、生き残るのは力の強いものでも頭のいいものでもない、変化に対応できる生き物だと言った。」というものだった。進化論の一般的な誤解は「より強いもの賢いものが生き残る」という最適者生存の曲解からくるものだから、それに異を唱えた上でさらに曲解しているのだから面白い。
もっともダーウィン自身もその手のことを述べている。私の手元にある岩波文庫の「種の起源」下巻の50ページに「変化しないものは絶滅にいたる」と書かれてある。原文は不明だが言葉のあやで口を滑らせたみたいだ。ダーウィンの全発言をしらべれば、それに類するものは3つや4つは見つかるだろう。ただし残りの10000言ぐらいはその逆のことを伝えることに費やされている。彼が生涯をかけて力説したのは「変化するものは死ぬ」ということのほうだ。彼は進化はきわめて緩やかなものだと口を酸っぱくして繰り返し言う。子は親より孫は子より一世代分進化しているのは事実だが、その変化は個体差程度であって進化は目に見えるようなものではない。私は、親と違っている子は生き残れないということをベースに進化を考えたのがダーウィンの偉大さだと思っている。親というのは何十億年かの間、親のやり方で生き続けて来たのだから、それをそっくりまねるのが子の生きる秘訣だ。その最も確からしいことから目を背けることなく個体が変わり新種が生まれるというのはどういうことかを考えたのだ。
ちなみに「より強く賢いものが生き残る」というのも「変化に対応できるものが生き残る」というのも真理だ。似たようなのに「強いものが勝つのではない。勝ったものが強いのだ」というのもあるが、それも正しい。いわゆるトートロジーというやつで理屈では反論できない。小泉元総理のような勝ち組だけが使っていい無意味で力強いことばだ。みっともないから負け組は追従しないほうがいい。
ダーウィンの「種の起源」には親が子を産み子が孫を産みということの連続だけが書かれている。それ以外のことは書かれておらず、比喩や類推も極力避けられている。そこがダーウィンの科学者としての偉いところだ。進化論は人間の人生や社会とは無関係だという主張が慎重な言い回しから見て取れる。例外的に、多くの種類の生物でもまれる場所では種の変化が大きい傾向にあるという部分で、南米あたりでは海岸部に比べて山奥のほうに野蛮人が多いというようなことを言っている。200年前のことだから南米の土人は人間扱いしなかったからかもしれない。
思えば、ダーウィンの頃にはまだ恐竜がほとんど知られていなかった。中生代の終わりに全地球規模の天変地異があり、恐竜が絶滅したということをダーウィンは知らなかった。彼は種はおおむね緩やかに絶滅すると言っているが、アンモナイトのように突如消え去るものもいるとしている。環境の激変による大量絶滅よりも、普通の絶滅、種が新種に緩やかに置き換えられるというタイプの方に興味を示していたのだ。
当時、天変地異として知られていたのは氷河期だ。ダーウィンも氷河についてはよく研究しており、生物の地理的分布を氷河期との関係で鮮やかに説明している。ただし、氷河の成長によって海退が起き、地続きになる陸地があることは知らなかったようだ。また、ウェゲナーの大陸移動説が出されるのもまだ先のことだった。大陸移動説を使わなければ生物の地理的分布はなかなか説明のつかないことが多い。それでもダーウインは、大西洋を挟んでアフリカとアメリカに共通の軟体類がいることなどに、無理な仮説を持ち出すことなく地道に推理を重ねている。
「種の起源」を読んでも肝心の種の起源についてはいまいちよく分からない。それもしかたがない。当時はDNAはもちろんのこと、遺伝についての知見もようやく家畜の品種改良から得られるに過ぎなかった。いまでもどうやって種が誕生するのか、そのメカニズムが解明されているわけではない。ましてや、綱や門など古い時代に誕生したものの起源が明らかになるかどうかは心許ない。もし明らかになるときが来たとしても、私のような素人にもぴんと来るような解説にはならないような気がする。写真は今日午後の庭のコケ。
衛星放送でお遊びの企画として、内藤選手が箱根駅伝のコースを走るというのをやっていた。そういう24時間テレビ的バラエティー番組には全く興味がないのだが、真剣に見てしまった。というのは、マラソンではなく自転車だということ、それをボクシングの内藤選手がやるところに意義がある。箱根駅伝のコースは今回初めてしったが往路5区の23.4kmには登り坂がある。平均4%で20kmぐらいだ。その程度の坂になると自転車初心者にはけっこうきついからだ。
私は高校時代には高野地のランニングスペシャリストだった。高野地は5%ほど4kmの登りだ。当時ランニングで自転車に負けたことは一度もない。高野地に住み自転車通学をしていたバレー部の鉄人西本君ですら置き去りだ。ただし、無敗伝説も相手が自転車素人だったからだ。私は50歳の冬に自転車で高野地TTをやり、高校時代の私に大差をつけて勝っている。
番組の企画は内藤選手が駅伝選手に勝てるかというものだ。駅伝5区の記録は1時間17分というから、ちょっと走れる自転車乗りなら勝てるだろう。私が駅伝選手に勝てるかというと、そうとうしんどそうだがやってみないと分からないというレベルだ。内藤選手といえば一流のアスリートだ。まだ現役だからトレーニングは怠ってないだろう。ボクサーとしての反射神経やパンチ力だけでなく化け物じみた筋持久力と圧倒的な心肺能力があるはずだ。それに、体が小さいから体重が少ないうえに体脂肪率も低い。まさに登り坂むきの身体だ。
内藤選手は駅伝のコース通りに東京を出発して箱根へ向かう。総距離は108km。初心者でもたいした距離ではない。内藤選手はそれぞれの区間で駅伝選手よりも圧倒的に早い。平地なのだから当たり前だ。自転車はすごいのだ。そのへんのおばちゃんだってマラソン選手に3分ぐらいならついて行ける。ただし、内藤選手の走り方を見ればド素人だということはいっぺんでわかる。土踏まずでペダルを踏んで膝が開いている。脇見とケータイが似合うフォームだ。乗り慣れないロードレーサーだろうけど、サイズやポジションはまちがっていないから、それなりのアドバイザーはついている。はんぱねぇ身体能力の自転車ド素人。予想通り5区の登りは面白いことになりそうだった。
内藤選手は登りにかかるとからっきしだめだった。よたよたと蛇行して前に進めない。何度も止まる。1時間かかっても半分も行けない。雨が降って日も暮れる。並みの精神力ならリタイアするところだ。素人でビンディングも使えず、ペダルを力任せに踏みつけている。使った力が推進力になっていない。テレビを見ている女房ですら「ちゃんと乗り方教えてあげればいいのに。あれでは内藤さんかわいそうよ」と同情する始末だ。残念ながら、ことばで教えられてはいそうですかと乗れるほど自転車は甘くない。いいかげんで情けない番組ではあったが見て良かった。自転車に乗る技術がいかに大切であるかを内藤選手が身をもって教えてくれた。体力が急下降している私も技術を磨けば半原越のタイムが上がるかもしれないという夢も与えてもらった。
今なら私は内藤選手に勝てる。しかし内藤選手が本気で自転車に乗ればどうなるか。1か月後には箱根のコースを走りきり、3か月後には駅伝選手のタイムをやぶり、半年後には半原越でらくらく私を置き去りにするだろう。よーいドンから1分ぐらいしか彼の背中を見ることができなくなると思う。
じつに1か月ぶりの半原越だ。春だから最小で26×27Tの軽いギアを装備した半原1号で出てきた。春だからレンゲが咲いて蝶が飛ぶ。ツグミも繁殖地への渡りを控えてそわそわしているように見える。やや冷たい南風が強い。長袖とタイツにはしている。けれど、アンダーウエアかウインドブレーカーを着た方が良かったと後悔した。コンビニで100円のコーラを買っていつもの棚田に着く。ちょうど雲で日がかげり風がますます冷たい。飲む気が失せ、缶をフレームに刺して半原越へ急ぐ。
半原越はいつもの春の景色だ。ただ、先日の嵐の跡はしっかり残っている。路上には大小の石が散乱している。大きいものは一抱えもある。角が尖っており踏むとパンクの恐れがある。風で折れたらしい木の枝も転がっている。西端コーナー付近のソメイヨシノは太い枝がバキバキ折れて哀れな姿をさらしている。最初から軽いギアを使って慎重に走ってきた。スタートは26×19Tだった。ところが、区間4に入るあたりでも妙に快調でわりと大きなギア比でもやれそうな気がした。そこで、区間4は26×17Tにしてみた。それでも良く脚が回る。もしかして、強くなってる?
ゴールしてCC-CD300DWでタイムを確かめてみる。21分37秒は平凡だが、区間4が6分を切っていた。いまだかつてこれほど楽に6分を切ったことはなかったと思う。いつの間に力がついたのだろうか。ちょっといい気分で頂上の咲き始めた桜を写メする。下りはじめると向かい風だ。それもけっこう強い。強くなったのは錯覚。5'57"は春風がプレゼントしてくれたタイムだったようだ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 5'12" | 5'12" | 13.6 | - | 79 | |
| 区間2 | 10'32" | 5'20" | 13.3 | - | 77 | |
| 区間3 | 15'40" | 5'08" | 13.8 | - | 76 | |
| 区間4 | 21'37" | 5'57" | 11.9 | - | 62 | |
| 全 体 | 21'37" | 13.1 | - | 67 | (1448) |
帰宅して、CC-CD300DWを操作してラップを記録しようとボタンを操作していたら記録を消してしまった。今日のデータは記憶を頼りの推計値だ。サイクルコンピュータというやつもしばらく使わないと、すっかり操作を忘れてしまう。パソコンなんかもそうだけど、ボタンに必然性がない機械は操作が全然身につかない。
午前中、庭のヘビイチゴが咲いているはずだとカメラを携えて出かけてみるが、薄黄色のその花は紙風船のように閉じたままだった。寒い日が続いているからなのだろうか。そのかわりシャガの花を見つけた。こういう白い花は難しい。花びらをちゃんと写せば背景は真っ暗になる。色温度がちょっとでも怪しいと花びらに嫌な色がのってしまう。
テレビのドラゴンボールで「クリリンのことかぁ〜!」という名台詞を聞いて、なるべく早く出かけた方がよいだろうと、今日も半原1号で半原越。天気予報は雨は降らないと言っているけれど、どう見ても雨が降ってきそうな空だ。丹沢大山には黒雲がかかっており、すでに雨になっている模様だ。最近どうも週末の天気予報が甘いように思える。うがちすぎかもしれないが、予報が「経済」に配慮しているような、いやな気がする。近年の天気予報は非常に良く当たり、空よりも予報を信じてしまうという悪い習慣もついている。天気は自己責任でなければならない。
今日も寒いからコーラはやめた。紅茶花伝レモンティーホットをいつもの棚田で飲む。水路脇のホソウリゴケらしいコケが薄緑のかわいらしいサクをつけている。向かいの林もずいぶん萌えてきた、さて出発、とそのとき雨が落ちてきた。小粒だが数が多い。うっと一瞬つまってしまった。このまま雨の中を登るか、引き返すか、5秒考えてそのまま半原越に向かう。冷たいとはいえ春雨だ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'42" | 4'42" | 15.1 | - | 76 | |
| 区間2 | 9'56" | 5'14" | 13.5 | - | 71 | |
| 区間3 | 15'03" | 5'07" | 13.8 | - | 66 | |
| 区間4 | 21'13" | 6'10" | 11.5 | - | 60 | |
| 全 体 | 21'13" | 13.3 | - | 68 | (1443) |
区間4は昨日と同じく26×17Tだ。13秒ほど遅い。やはり昨日の快走は追い風がもたらした幻想であった。今日は無風。この1.5倍程度のギアでは、坂がきついところで若干踏み込み過ぎていることに気付く。しかも膝が左右に揺れている。まだまだ甘い。
1回だけ登ってとっとと帰ることにした。さすがにこの気温で濡れ鼠は勘弁だ。荻野川縁を下ハンですいすい走る。方々で田起こしが行われ、まもなく水を引き入れる準備が整う。荻野川では川筋にそって水田が作られている。田に水をひくために堰堤が作られ川の水をせき止めている。荻野川では可動型堰堤はけっこうな数になり、そこにはかなりの量の草が生えている。私流にいう謎の草だ。堰を完全に下ろす事が少ないから多年草が定着しているのだろう。堰で止められた深く静かな川に雨粒が波紋を広げている。そこをツバメが低く飛んでいる。冷たくても春雨。それなりの情緒があって、たしょう濡れてもまあよろしい。
ついつい昼寝をしてしまい目が覚めると正午に近かった。日が差して気温が高く庭の動植物もけっこう動いているだろうとカメラを持って出ていった。カメラは自慢の改造レンズをつけた接写専用のニコンだ。庭に咲くのは例年通りの春の花。種類は変わらなくともその勢力は少しずつ変化している。去年の夏に壁の塗り替えをやったときにクサイチゴが壊滅的な打撃を受け、今年はどうなることかと心配していたけど、少しばかりは花もついて復活の兆しはある。プラケースの池は推定透明度10cmの青水になっておりメダカが生きているかどうかも確認できない状態だ。餌をまくとそれなりに食いに来る。全滅はしていない。青水が濃くなり過ぎない対策は必要だろう。池の上にはアシナガグモが巣をはっている。毎年1匹だけこうしてやって来る。いつの間にか現れて冬が来ると消えている。どういう生き方をしているのか生活環は不明だ。
花咲き誇る春爛漫の清川村を通り半原越へ。今日も半原1号。ひとまず26×17Tで通すことにした。ギア比を変えないで乗るならばこのギアが最適なはずだ。するすると普通に走って20'48"。緩いところは空回しの感じがあり、区間4ではちゃんと回ってないという自覚がある。先日、技術は大切だと内藤選手が身をもって教えてくれた。区間4はもう少し軽いギアの方がよさそうで、19Tと21Tで1回ずつ登りなおしてみた。その辺で回して6分切れればよいのだけど。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'31" | 4'31" | 15.7 | - | 81 | |
| 区間2 | 9'37" | 5'06" | 13.5 | - | 72 | |
| 区間3 | 14'35" | 4'58" | 13.8 | - | 74 | |
| 区間4 | 20'48" | 6'13" | 11.5 | - | 59 | |
| 全 体 | 20'48" | 13.6 | - | 68 | (1414) |
今日はよく日が当たりチョウも見られた。ルリタテハが道路でひなたぼっこをしており、走っていると迷惑そうに飛びたつ。アスファルトに小型のシジミチョウが落ちていた。半原越では初見のトラフシジミだ。交通事故にでもあったのか、せっかくだから拾って帰ろうと翅に触ると動き始めた。生きているものまで持って行ってもしょうがない。携帯電話を取り出して撮影しておいた。トラフシジミは春羽化組。ルリタテハは成虫越冬組だ。
天気予報ではくもりのち雨。では境川でお茶でも濁すか、と半原2号で出かけた。ところがやたらと天気が良くて暖かく風もない。これはやっぱり半原越だと転回して半原越に向かった。相模川の近くの田んぼでぽつぽつとアマガエルを聞く。彼らはこれからの天気の崩れに気づいている。空には青空が広がり飛行機雲ができている。私の感覚ではまだ雨の予感は全くない。田にはまだ水が来ていないものの、アマガエルたちはもうやる気になっているようだ。
いつもの棚田脇の草むらにごろんと寝転がって虫たちの羽音を聞く。草むらは春の花が咲き乱れ羽虫が這い飛び交っている。向かいの山はちょうど山桜が盛りだ。赤白緑にさまざまな木々が萌えている。なんだ、ちっとも心配ないじゃないか。日本も人類もぜんぜん問題ないとふと感じる。ちょうど去年の今頃も同じような気分になった。なんだか奇妙だ。花々の蜜の臭いに幻惑されているのかもしれない。
半原2号は反則的に乗りやすい。素直に脚が回る。今日は背中を使うことを特別に意識した。とりわけ左側がうまく使えていないようだ。ふだんまったく意識しない筋肉を急に使おうとしてもうまくいくものではない。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'31" | 4'31" | 15.7 | 160 | 77 | |
| 区間2 | 9'40" | 5'09" | 13.7 | 177 | 74 | |
| 区間3 | 14'31" | 4'51" | 14.6 | 184 | 78 | |
| 区間4 | 20'31" | 6'00" | 11.8 | 189 | 69 | |
| 全 体 | 20'31" | 13.8 | - | 72 | (1477) |
半原越から帰っても日はまだ高かった。あの太陽がちょうどあの高さでヨーロッパを照らすころパリルーベが佳境を迎えているはずだ。ことしの注目はカンチェラーラが北のクラシックを連勝するかどうか。カンチェラーラは圧倒的に強いが、強いだけでは勝てないのがパリルーベ。そういうことを思うともうちょっと走りたくなって境川へ行った。暖かくなって人も犬も多い。ゆっくり走る。カンチェラーラごっこはもうできない。
写真はわが家のヒメオドリコソウ。もちろん雑草で勝手に生えてきているものだ。今年はこいつの様子がちょっとおかしい。写真でもわかるように葉に白斑がついている。この株だけではなくわが家のヒメオドリコソウのことごとくがこうなっている。近くに生えているホトケノザも同様に白化している。
この白化は花が咲く以前、葉が広がると同時であったから、気にはしていた。遠目に見て「ああ、白くなってるな」ってなもんで、いわゆる斑入りの葉だと思ってきた。ヒメオドリコソウには斑入りのグループがあって、それがわが家にはびこったのだろうというぐらいの認識だった。
それなりに他所のヒメオドリコソウも注意しておいた。一例では、清川村の棚田脇の草むらにも同様の葉をもつヒメオドリコソウがある。その草むらの山側は水路があるコンクリートになっており、そのコンクリートのそばのヒメオドリコソウ群落は「斑入り」っぽく白い部分がある。いっぽう、田んぼに近い側の群落には斑が入っていない。そのことから推理して、コンクリートの影響、たとえば土壌のアルカリ化によって斑が入るようなこともあるんだろう、去年の夏にはわが家の壁を塗り替えたから、洗浄や塗装の影響でこうなったのだろう、などと考えていたのだ。
ところが、こうして写真に撮ってアップにしてみると様子が違う。白い部分は大福の粉をこぼしたような感じだ。いわゆる斑入りは脱色して白く見えるのだが、この写真ではカビか何かの病的なものに思える。いったい何が起きているのだろう。
雑草は伸び放題がわが家の建前ではあるけれど、いくつかは気に入らないものもある。写真のヤマブキはその数少ない害草扱い植物だ。ここに引っ越して来る前から生えていて2年ばかりは我慢していた。ある朝、それも限界に達して根本からのこぎりで切り、切り株はスコップで掘りだした。それで駆除したつもりだった。
ところが、半年もすると根っこのあったところから1mほど離れた地面から芽が出てあれよあれよという間に成長をとげた。これはうっとうしいとすぐにのこぎりで根元から切る。切ってもまたすぐに芽が出る。地上部をとっぱらっても地中に残っている根の部分から次々に発芽してくるようだ。札幌にいるときに、役所がアパートの近くのハリエンジュの林を皆伐したことがあった。翌年の春には地面から無数の芽が出て、速やかに成長し、もとの10倍ぐらいの密生になった。ハリエンジュの生命力にたまげたのだが、ヤマブキもしぶとい。
もともと辛抱強い方ではないから、2年ほども切った伸びたを繰り返し、いまは休戦状態だ。こうして花を見ていると、そもそも何が気に入らなくて駆除しようとしたのか、そのことを忘れてしまっていることに気づいた。かわいげはないが憎むほどのこともない。退治できないということだけで意地になっていたのだろうか。
評論家の勝間和代さんの講演を拝聴する機会を得た。内容は日本のデフレ対策。退屈な1時間半であった。私は彼女の発言の一片すら納得いかなかったから、デフレを自分で考えてみる必要が出てきた。オーソリティを否定するならば、自分を納得させられるのは自分しかいないからである。
もちろん私は経済素人である。経済学を学問と認めていないほどのもの知らずである。経済学をどれほど知っているかというと、ボクシングの内藤選手の自転車理解程度のことと白状しなければならない。私は現金やクレジットカードで買い物が不自由なくできるレベルの技能は持っている。知識としても中学時代に社会でインフレ、デフレを習った。そのときの記憶として、日本のような先進工業国ではクリーピングインフレーションという緩やかなインフレが起きるというのが定説のはずだった。それが現在の日本はデフレだというから、異常事態なのだろう。
デフレというのは、私の理解では、給料よりも速く物品の価格が下がる現象を指している。それが危険な状態だということはいくら素人でもわかる。デフレになって得ができるのは消費者だが、日本には純粋な消費者がいない。現在の日本人には生産者-消費者の区別はなく、ピュアな消費者といえるのは皇居に住む数名ぐらいしか思い当たらない。その一方の純粋な生産者も3人ぐらいしかいないと思うが。
士農工商の時代には百姓は生産者であった。自分たちの食い扶持の余剰を消費者に提供していた。現代の日本では士農工商の区別がなくなった。それは身分制度として消滅した(名称が変更された)だけではなく、全国民が商人になったからだ。農家ですら、石油等のエネルギーや物資を購入して土に投入し、商品作物を作り販売している。自分でつくっている農産物と近所とのぶつぶつ交換だけでは農家が餓死してしまう。椎茸が見かけは植物だけど、やってることは動物と変わりないのと同様に、日本の農家も見かけは生産者だけど実態は商人なのだ。そして武士(政治家、官僚)も商人だというのは説明無用だろう。いまや1億総商人時代であり、デフレの恐怖は日本人全員を包み込んでいるのだ。
もう少し詳しく商人の定義をしてみよう。商人とは経済で生きる人間である。有形無形の物を金で買い商品としてもっと高い値で売る。その利益で生きている。生きる価値は金だけで決まる。より安く仕入れ、より高く売ることだけを問題にする。取り扱っている物が何か、どう売るかは問題ではない。利益だけが問題となる。
この商人の定義とデフレの定義から明らかなように、デフレになると商人はかならず損をする。なぜならば、仕入れと販売にはタイムラグがあり、仕入れたときよりも売るときのほうが商品価値は下がるからだ。商売が大きくなればなるほど損は大きくなる。仕入れから販売までの期間が長ければ長いほど損をする。デフレでは商人は悲しむばかりである。
日本がまだ持ちこたえているのは、国民全体が商人であると同時に消費者でもあるからだ。いま脱落しているのは商売の下手な消費者たちだ。彼らにも失業保険や生活保護、年金などの経済的な保護制度がある。憲法はまじめな国民には最低限度の健康で文化的な生活を保障しているからだ。残る者たちも何年もは持ちこたえられない。商人は手を変え品を変えして、利ザヤを大きくする努力をするだろう。しかし、何をやっても時間とともに利益は落ちる。それがデフレ。有能な商人も消費者であるから、商売の先行き不安を抱えており消費を控える。こうして時間を追ってデフレは進む。
消費を控えることには限界がある。健康で文化的な生活には必要最低限の物が必要だ。日本は開発途上国とちがって、必要最低限の物資ですら経済に依存している。日常の食料をほぼ100%の国民が金で買っているという異常な国だ。けっこうな期間のデフレに持ちこたえられているのは潤沢に物が流通してきたからである。食料でいえば、現状では国民が食べているのと同じぐらいの量が人間の体を通ることなく土と空気にかえっている。つまり、いまでも皆が儲けすぎているのだ。食料は人が食べてはじめて値打ちがでるのが本来である。しかし、商売でいえば、それが売れるかどうかだけが問題で食糧の行方なんて関係ない。人が食べられる量には限度があるから、なるたけ多くのゴミがでるほうが経済としては善ということになる。
どこまでデフレが進めば立ちゆかなくなるのか。もし一人あたり一日に必要な食べ物の量が玄米4合と味噌と少しの野菜であれば、流通量はざっと必要量の100倍だろう。衣類は東京の様子を見ていると必要量の1000倍が売られているようだ。経済(金)的に行き詰まって死ぬ国民は自殺者も含めてまだ年間数万人程度であり、けっこう余裕があるから政府も抜本的な対策をとっていないのだと思われる。
夜明け前に目覚めるとしとしと雨の音が聞こえていた。「こりゃだめだな」とふて寝して次に目覚めたときは夜が明けきっていた。雨はやんでいた。毎朝恒例の庭チェックをするとけっこうな雪が庭に融け残っている。もう一度「こりゃだめだな」と思った。しかたなく録画していたFAカップ準決勝のビデオを見ていると日が差してきた。雲がみるみる消えていく。「こりゃだめだけどな」と希望が出てきた。だめなのは半原越に行けないことだ。昨夜の天気ではけっこうな積雪があるはずで、そういう場所に出かけていくほどの根性はない。ただし晴れていれば境川には行ける。
昼頃には完全に青空が広がり路面が乾いた。そこでいそいそとナカガワを引っ張り出して境川に向かう。今日のナカガワは一味違う。サドルを新調した。タイオガのスパイダーツインテールの赤だ(写真)。こういう物をつけると最近のあんちゃんみたいだ。それでも、このサドルは試してみたかった。乗らなくても個性的であることはわかる。乗ればどれほどの個性を発揮するのか楽しみだ。私はどんなサドルでも使えるという特異体質だから1万円の出費は無駄にはなるまい。
乗れば、まずは予想通りの感触が伝わってきた。座った感じが確かに網だ。プラスチックの堅い網だからけっこう痛い。むろん他のサドルだってけっこう痛いから、特別痛いわけではない。痛さの種類が変わっただけだ。特殊な反り方をしているから、ポジションは固定されると予想していたが、その予想は外れた。前後に座ってもだいじょうぶだ。特に前に座ったときに安定するのは意外だ。そして何よりも大事な脚の回り具合は満点といっていいだろう。確実に支持されながら、どこにも引っかからずに360度回っている感じだ。
ひとまず110km走ってみて、最良のサドルだという評価を下したい。もっと良い物は現状でもあるだろうけど、それはこいつよりもずっと複雑で高価なもののはずだ。スパイダーツインテールはチタンのレールとプラスチックを組み合わせただけのシンプルな構造だ。自転車の部品は同等の性能機能であればシンプルなほうがよい。製造にあたっても、プラスチックの素材や型を変えるだけで、柔らかいもの硬いもの広いもの狭いのもの長いもの短いものが簡単にできるだろう。皮革というデリケートな素材からサドルを解放する可能性をもっているのだ。これまで20個ぐらいのサドルを試してきたが、こいつで遍歴に終止符を打つ気になった。
もうこいつは全国区になっているのだろうか。道ばたではナガミヒナゲシが今を盛りと咲いている。最初はヒナゲシが花壇から逃げ出して野生化したものだと思っていたけれど、どうやらもともとナガミヒナゲシという種類があるらしい。神奈川県の道ばたでも年々数を増やしている感じはある。けっこうたくましい花にはちがいない。
写真は今朝のもの。近所の道路までカメラをもって出かけて撮影してきた。大和市の消防署の前の街路樹の花壇?に密生しているナガミヒナゲシだ。ここが花壇かどうかは実はわからなくて、植えたらしい草もあるが、現状ではナガミヒナゲシなど外来の雑草に覆われている。花壇を管理している皆さんは、この手の意図せず生えてくる雑草は大嫌いだから、そのうち撤去されるのだろう。
ナガミヒナゲシは自転車に乗っているときに視界の脇をかすめる程度でしか見ていなかった。その花はけっこうかわいく愛嬌があるんじゃないかと思っていた。あらためて被写体としてじっくり見ると不細工な花だ。ぺらぺらの紙のような花弁がいけない。つやつやしすぎているのもいけない。色ののりがいけない。最初から脱色している感じがあるのもいけない。華やかさがないのは雑草だからしかたないにしても、清楚や可憐という感じからもほど遠い。ヒナゲシなんかは花もゴージャス、かつちょうど割れたつぼみが淫猥で魅力的だ。
また、ヒナゲシというとアグネスチャンの「ひなげしの花」を思い出す。その歌詞では少女が丘の上でヒナゲシを使って恋を占う。その花占いが桜田淳子ふうに花びらを「愛してる」「愛してない」「愛してる」とむしり取るものならば、ナガミヒナゲシではやめたほうがよい。花弁が4枚しかないので、「愛してる」から始めると何度やってもすぐに悲しい結末をむかえてしまう。
経済は人の属性である。属性とは人の本質が必然的に有している性質である。人が人である以上、経済は必ずついて回る。じつは経済とは精神である。人には創意工夫がある。何かを作り出すときによりよい物を作ろうとする。人が欲しがり利益があがる物を作ろうという習性はよく考えれば奇妙だけれど、普通それは良いことされている。人には所有欲がある。何かを得るときによりよいものをよりたくさん得ようとする。それが過度になると嫌われるかもしれないが、正当なこととされる。その2つの精神が健全に働いていればインフレになる。人の世は本来インフレのはずだ。今の日本のようにデフレであれば何かが狂っているはずなのだ。
もしかしたら、デフレを当然のことだと思っている人がいるかもしれない。日本には必要な分量の10倍から1000倍の物が流通しているから物の値段は安くなってあたりまえ。無駄は省くのが自然だから、無駄な物を買わないようにすれば余剰物の価格が下がるようにも思える。それがデフレの正体だと勘違いする人もいるかもしれない。しかし、それはちがう。そもそもインフレ、デフレ以前に経済的なものは無駄、すなわち無くてもかまわないものなのである。経済は本来は無用であるけれど、人が人であるからには、経済が太るように突き進んでしまうものなのだ。ときに経済の有用性が説かれる場合があるが、そのときは商業のごく一部を占めている必需品の流通をことさらに強調してごまかしている。
たしかに今の日本が経済的に破綻すればいっぺんに1000万人ぐらいが死ぬかもしれない。日本は電気もガソリンも食料も商業に依存している。明日から日本円には価値がありません、預金も0円です、ということになれば生命線がずたずただ。その昔、ソ連が経済的に破綻したことがある。都市に物がない状態が続き、パン1個を買うのに半日も並んでいる、などという異常事態が我が国にも伝えられた。それでも餓死者があふれることはなかった。テレビの画像をよく見ればく、パンに行列を作っているおばちゃんたちはよく太っていた。そのからくりは不明だけど旧ソ連の人たちは経済に依存しなくても生きていかれたのだ。社会の体制によってはなんとかなるもんだ。
俗に人の心や愛は金で買えないといわれるように、経済は人に幸福をもたらすことはないし、安心を与えることもできない。幸福や安心は経済とはぜんぜん関係がない。もちろん経済は不幸と不安には直結している。不幸になる方法は星の数ほどあるけれど、貧乏は不幸と不安への最短コースだ。今の日本では金がないというだけのことでひもじく寒い思いをしなければならない。腹が減り寒くて死にそうな状態は不幸だ。そういうあからさまに気の毒な状態は金で解決できるから、生活保護の法をつくって憲法を守っているのだろう。しかしながら、食べ物が余って暖かければ幸福で安心というわけではないことは日本人の大半が自覚している。さらに一部の人は有り余る金を持っていても不幸で不安である(ように見える)。私はそこまで富貴ではなく長者の気持ちはわからない。
話はちょっとそれてしまったが、デフレを社会の成熟の必然などととらえるのは大間違いだと思う。人間は欲を拡大して喜びを追求するという本性がある。もちろん、その欲というのはいろいろな方向があり、経済を抑制する欲もあり得る。つまり、節制や節約への欲望だ。人の欲の本性はもともと物理的に無色透明である。何らかの目的を抱きその目的の達成から喜びを得ればよいのだ。だから、欲しがらないことや欲しくても手を出さないという経済的に負の欲望で喜びを得ることもあろう。
しかしながら、俗に「晴美なくして寂聴なし」といわれるように、人の欲望が節制に向かうのは、欲にまみれた暮らしに疲れ切ってからのことである。凡人が出家になるためには肉欲、物欲、名誉欲に踊らされる自分に辟易することが必要なのだ。しかも有能な人間はなかなか目が覚めない。新しい物を開発したいし、一番になりたいし、それを世間も賞賛する。大勢は経済発展に向かうはずだ。
だから日本がデフレというならば何かが狂っているのだ。勝間さんは政策の失敗だとおっしゃるが、経済学音痴の私は何が失敗なのかさっぱり理解できない。ただ自分のことを振り返るならば、確かに物は買わなくなっていることに気づく。自転車も私ほど入れ込んでおれば、50万ぐらいのフレームを買うべきである。しかし、最近買った半原1号も2号も5万円しなかった。昔は高級品を試したくてチネリを買いナカガワのプロミネンスをオーダーした。いまでは安物の自転車に乗っていることが引け目にもならず、高級車もうらやましくない。自転車はすでに寂聴に入っているかもしれない。
そしてカメラ。私は現在4台の一眼レフを使っている。しかし3台はタダ(自転車と交換)で、1台は2万円で買った中古だ。全部がちょっと壊れている4世代ぐらい前の代物で経済的な価値は無といってよい。私ぐらい写真に入れ込んでいる者は、50万円のニコンを所有すべきであると思う。ところが全然新型が欲しくならない。一眼レフカメラの進歩はあまりにも早く、旧モデルが色あせるような新型機が2年ぐらいで登場してくる。それらは確かによい機械だと思うが、私は10年前のもので事足りている。暗いところが写るとか、手ぶれを補正するとか、ファインダーが広いとか、魅力的な機能は満載なのだけど「どちみち2年もすれば・・・」という意識がはたらいて買う気にはなれない。そしてパソコン。かつてはモデルチェンジの1個おきにマックを買い換えていた記憶がある。それも5年前にやめた。いまは何というどんなものが最新モデルなのかを知らない。実機に触りに行く気もなければカタログを見る気すらない。ソフトもこの数年全く買っていない。カメラ、パソコン、テレビ(ブラウン管タイプ)などの電気製品はとうの昔にオーバースペックになってしまったのだ。
この10年の政府の経済政策は誤りだった。デフレが悪いというのであれば、政策が悪かったに決まっている。よい政策は悪い結果を生まない。よい結果を生んでおれば、それがどのような代物であれ、よい政策なのだ。ただ論理的な帰結として悪いことは明らかでも、私には何がどうだったから悪いということがわからない。政府や行政にアドバイスできないのが残念だ。ちょっとずつ考えれば何かアイデアも見つかるだろうか。
私が子どもの頃は経済は急成長し、無限大に膨張すると信じられていた。その頃によく言われていたことがある。「21世紀になれば仕事はロボットがやってくれるから人間は遊んでいられる。」私はそれを信じていた。今は押しも押されもせぬ21世紀である。そしてかつての夢がかなり現実のものとなったことを知って苦笑いをしている。
デフレでは製造業はたいへんだ。だいたいのメーカーはなくてもかまわない商品を作っているのだからたまったものではない。倒れそうになった会社がどこでもやるのが人員の整理だ。いまでは必要なことは機械化されており社員はいらない。仕事はロボットまかせで人間がくびきられる21世紀になった。
デフレでは商人への実入りが減るから会社は赤字になる。おおむね9割がたの会社は世間的にはなくともかまわないものだ。しかしながら社員、特に重役にとってはそういう会社でも大切で、倒産はいやだから人員の整理を行う。あまった人は失業保険や生活保護にたよって健康で文化的な最低限度の生活をしなければならない。
社員が減って会社が黒字になるってのは、どこか奇妙な気がする。その昔、ゴンドワのシータが「国が滅びて王だけが生きているなんて滑稽よ」といったが、それと同じことではないか。会社が黒字になれば、それで税金を納めて、その税金がくびきられた人々の福祉に使われる。そうやって金は天下を回る。その金は回るたびに悲しみを生む。
相模川の流域では夏の始まりに凧をあげる風習があるらしい。相模川の河原だけでなく田んぼでもおじさんたちが大小様々な凧揚げに興じている。毎年この季節になると強い風が海から吹いてくるようで、その風を利用したものだと思う。ただこの風は自転車にはやっかいだ。
清川村のゆるい登りがずいぶん楽だ。強いフォローになっていることなんかすっかり忘れていい気になって走っている。これなら半原越も楽々だと2倍のギアで入った。2倍は重すぎるのはいうまでもない。しかも半原越では南風だとけっこう向かい風がきつい区間が多くなる。山荘みさきの前では風にたたきつぶされそうになる。今日もまた風にだまされた。何年やってんだと自分を叱りたい。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'28" | 4'28" | 15.9 | 164 | 63 | |
| 区間2 | 9'26" | 4'58" | 14.3 | 179 | 63 | |
| 区間3 | 14'28" | 5'02" | 14.1 | 179 | 62 | |
| 区間4 | 20'38" | 6'10" | 11.5 | 187 | 56 | |
| 全 体 | 20'38" | 13.7 | 178 | 59 | (1217) |
帰宅して庭の雑草を撮影して、自転車はちょっといまいちだなあと境川にも行くことにした。海からよい風が吹いているけれども戦う気力がわいてこない。50×21Tに入れて90rpmでゆるゆる走る。境川では暖かくなって強い風が吹くと競争する連中が多くなる。向かい風のほうがスリップストリームが効くので、競技では向かい風で車列ができて我慢比べと牽制が始まる。境川の素人たちがやってるのは逆で、追い風で車列ができる。歩行者も自転車も犬も多い境川ではしょっちゅうブレーキをかけなければならない。スタートダッシュストップアンドゴーで追い風でも35km/hぐらいしか出せないから、ちぎれた非力な者もすぐに追いついてしまう。向かい風だと力のない者はいったんちぎれると追いつけない。力のばらつきが大きい自転車素人集団では向かい風や登りだとすぐに勝負がついて競争にはならないのだ。たまに走って追い風でスピードを出せる快感はわかるが、自転車道路でしかも追い風での競争はみっともないからやめたほうがいい。
その昔、「お金儲けは悪いことですか?」と国民に向かって問いかけた人がいる。欽ちゃんファンドなどと揶揄されていた何かのマネージャーだったと思う。お金儲けは悪いことだとは思わないけれど、それを後ろめたく感じている人も多いはずだ。商人は10円で仕入れたものを15円で売る人だ。できれば16円か17円かで売りたいだろう。そういう野心を抱かない者は商人ではない。商人にとってお金儲けは良いことで、成功者は立派だといわれる。日本では国民の100%が商人だといってよいが、その中にいくらか詐欺師が混じっている。詐欺師になるとお金儲けは悪いことになり、罰金を払わされたり牢屋に入れられることになる。問題は詐欺師と商人の境界だ。
500ミリリットルの水を120円で売る商売は微妙なラインだと思う。どう考えても利ザヤが大きすぎるし、相当うまくやらないと庶民には買ってもらえないからだ。ペットボトルの水売りに比べれば、多摩川で拾った石を売るほうがまともな商売に思える。多摩川にはチャートが転がっている。その中には磨けば光る物もあるから、一つ買おうかという人がいるかもしれない。多摩川で拾った雑草を売るのはさらにましな商売だ。世田谷のスーパーでは多摩川の水たまりに浮いている雑草を1つ150円で売っている。私はそれを2つほど買おうと思っている。その草がどのあたりに行けばいやというほど拾えるかは知っているけど、それをやるのはかなり面倒だからだ。多摩川の石だの雑草だのを欲しがる人は希有で、そのものの値打ちを熟知して購入するのだから、詐欺ではないような気がする。飲料水はどうなんだろう。
海外ではペットボトルの水を買って飲むけど日本では飲まない。25年ぐらい前に「六甲のおいしい水」というのを買って飲んだことがある。神戸の水はうまいという評判を子どもの頃から聞いていて、あこがれていたからだ。「六甲のおいしい水」は予想以上においしい水だった。しかし、いくらうまいといっても高価すぎて、とうてい2つめには手が出せなかった。いま各種売られている水もそれなりにうまいのだろう。表示を見ると、殺菌は薬品ではなく熱を使っているようであるし、炭酸塩を添加して味付けもしているようだ。海水の塩抜きをしたという水もある。
私は若い頃から日本全国のわき水を飲み歩いた。この世の中でいちばんうまい水は八幡浜市にある鞍掛山の標高550mあたりの杉林のわき水である。いまでも5年に一度ぐらいはわざわざその水を飲みに行く。その水に比べれば、さすがの「六甲のおいしい水」もふつうの水にすぎない。活性炭に通して冷やした水道水とタメだ。
ペットボトルの水を買う人はそんなに飲料水に困っているのだろうか。日本では行政が責任をもって安価な上水を国民に届けている。井戸やわき水を飲んでいる人もいるが、その水だって定期的に検査をしている。私は大和市の水道水を飲んでいるが、けっこううまい。私の生活圏では境川にある遊水池のビジターセンターの手洗い場の水がそうとうまずい。わが家と水源は同じだと思われるのになぜかまずい。2回飲んで2回ともまずかったのでもう飲まないことにしている。丹沢のヤビツ峠の水もけっこうまずい。わき水にはうまいものが多いけれど、ヤビツの水はわざわざ自転車を止めて飲むほどのものではなかった。半原越の水もまずい。沢になって流れているのはまあ飲めるが、水汲み場になっている所の水は飲めたものではない。ご丁寧にも「飲み水には適しません」という立て札が立っているが、同感である。蛇口からその手の水が出てくるみなさんは悩み深いだろう。それでも飲料水が500ミリリットルで120円というのは高すぎる。
簡単にいうと、まっとうな商売と詐欺の違いは商品の料金が客観的に妥当かどうかで決まる。商人の主観で妥当であってもあやふやだ。買い手が喜んでいても怪しい。両者納得ずくの取引であっても詐欺ではないとは言い切れない。あくまで第三者が見て妥当な料金でなければならない。私はミネラルウォーターについて第三者で、あれは詐欺だと思っている。自分では買わないし、友だちが買っているとやめなさいという。そして、おおきなお世話とけむたがられる。よく考えると、私は第三者の総意の反映ではなく、変人その1に過ぎないのだ。ともあれ、日本では9割方は不必要なものが取引されているのだから、多かれ少なかれ商売は詐欺みたいなもんだ。詐欺も飲料水程度であれば見逃される。
競輪やパチンコや宝くじも現象面からは詐欺である。か弱い庶民の射幸心をあおりなけなしの金をくすめるふとどきな所行だ。あの手のものが詐欺になっていないのは、お上が許しているからだ。ちゃんと法律でルールを事細かく決めて、商売人たちはそれを守り、インチキをせずに妥当な利益をあげる約束があるからだ。
ただいくら国が許しているからといって、科学的には詐欺行為でしかないことを商売にしている人は、内心穏やかではないのではないか。パチンコ屋としても、儲かるのはよいとして、いい若者が朝から行列するのを見て、田んぼでも耕せよといらいらしているのではないかと心配している。
詐欺みたいな商売だと赤字になればそれこそ全く意味がない。利益のでない詐欺ってのは定義上の矛盾。丸い三角なみにイミフだ。逆に昔の国鉄みたいに赤字でも尊敬され愛されていれば商売人として誇りもあるだろう。地方の駅のホームを隅々まで掃き清めツツジやアジサイで飾る余裕もあるってもんだ。そういう駅があり、仕事があるというだけでも清々しかった。もとより公務員は原理的に赤字を出す人だ。税金を使って公民に奉仕をするのだから、詐欺ではないという自覚があるかぎりいかなる赤字も無駄ではない。商売上の赤字は相対的なもので、誰かが赤字になっているということは、彼らとつきあいのある誰かが黒字になっていることになる。その両者がお天道様の下で恥ずかしくなければそれでOKというもんだ。
いま盛んにやっている事業仕分けのあれも詐欺だから対象になっているんだろう。むろん、これまではずっと法律的にまた慣例的にまっとうとされてきた詐欺だ。お役人やその仲間たちがちゃんとルールに基づいて公金で商売をしてきたのだ。詐欺行為かもしれないけれど、競馬や宝くじみたいなもんだ。つい昨日までは必要悪っぽく扱われていたのに、急に掌をかえされたのだから「そりゃないよ」と文句の一つも言いたいだろう。
国民全員(数名をのぞく)が甘い汁を吸って(経済に依存して)生きている現状であるから、一部の特権階級(仕分けの対象者)がいい思いをしているからといって、怒りが噴出するものでもないだろう。むしろ、事業仕分けで無駄といわれるようなものごとを自社や自身にあてはめて、うしろめたさを増進させているのではないだろうか。東京オリンピックのプロモーションのようなものがまかり通りさらし者にならない(システム上の都合があるために)世の中において、国政に携わる者が彼らの内輪とはいえ、善良な商人もからんでいる事業をつるし上げさらし者にするような行為はカタルシスにはならない。国民は改革だの合理化だの無駄だのと聞くたびに「次はオレ?」とびくついているのだから。
子ども手当てというのも怪しい。少なからぬお金をもらえばうれしくなって物を買って子どもを育てようという気になるだろうというのが狙いらしいが本当だろうか。もし経済が伸びることが必須なのなら、人口と消費は伸びなければならない。だったらお小遣いをあげればよいということなのだが、肝心のお小遣いの出所が問題だ。お父さんがいろいろくれるのは良いのだけど、それが借金から出てくるらしい。お父さんは明日にはたいへんなことになるに決まっている。お父さんは子どもの目にも頼りなくて、のちのちにはその借金の肩代わりをさせられそうだ。そんなことに感づいている子どもが無邪気に喜べるはずがない。
環境問題は経済のカンフルだ。テクノロジーの開発と普及はこの200年の経済発展の原動力だった。近年、第2段階のエネルギー革命を迎え、新技術に立脚した文明が始まろうとしている。というわけで未来は明るいはずなのだが、なぜだかすっきりしない。どうもあの「エコ」ってやつのうさんくささが元凶のようだ。エコが経済にとって後ろ向きなのか前向きなのか、はたまたあっち向きなのかがはっきりしない。
エネルギー革命を進めるためのプロパガンダとして「エコ」だの「地球にやさしい」だのという甘ったるいスローガンは不必要であり有害だ。地球は温暖化しているのは確かなのだが、それが本当に恐ろしいことなのかがはっきりしない。温暖化の原因が二酸化炭素なのかどうかがはっきりしない。二酸化炭素を減らすとうたっている物や行為の中にはあからさまなインチキがまじっているため、何を信用すべきかはっきりしない。オゾンホールなるものがすっかり影をひそめ、二酸化炭素も同じなんじゃないかと疑いはじめている。国民の視界にはすっかり霧がかかってしまい、せっかくの明るい未来が見えなくなっている。
そのまま水と二酸化炭素にしてしまうには石油は惜しい資源だ。石油には石油のポテンシャルにあった使途がある。米や麦も燃料になるが食べる方が有効、みたいなもんだ。ガソリンを爆発させて進む自動車はばかげていると思う。かといって、石油を燃やして作った電気でバッテリーを充電させて進む自動車はもっとばかげている。電気自動車が量産化に入ったのは原子力や太陽光パネル、燃料電池の普及が必要十分レベルに達したと見られているからだろう。エネルギー革命ののちにも石油が地球の宝であることには変わりがないけれど、エネルギーの石油依存を押さえれば産油国を牽制することができる。私程度の者でもこのくらいの事情はわかっているのだから、政府はインチキはやめて本気のビジョンを示すほうがよいと思う。
午前中は庭の草撮り。草取りではないのがわが家らしい。カラスノエンドウは日陰が多いわが家では貴重品である。好きな草の一つなのに、これまで撮影するといつも失敗している。その特徴をとらえるのが思いの外難しい。
昼頃降ってきた雨はそのまま室内でやり過ごし、午後から半原2号で半原越。サドルをスパイダーツインテールに変更した。やはりスパイダーツインテールは最高のサドルだと確信する。考えてみればレーパンには皮だのなんだのでクッションがあるのだから、サドルにクッションは不要だ。スパイダーツインテールが誕生するまで、プラスチックベースに革張りが主流だったのは、もともと自転車のサドルが革製品だったことの名残に過ぎないことに気づいた。また、サドルの試行錯誤が続いているのは自転車乗りの間に「もしかしたら尻がまったく痛くならないサドルがあるのかもしれない」という幻想があるからだ。考えてみるとよい。上半身の体重を支えて1分間に90回、5時間、計2万7000回もこすり続ける尻が痛くならないわけがない。皮ぐらいはむけるのが当たり前で、痛くても集中力が持続できるレベルにあれば良いサドルだとみなしてかまわない。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'27" | 4'27" | 15.9 | 170 | 78 | |
| 区間2 | 9'32" | 5'05" | 13.9 | 182 | 68 | |
| 区間3 | 14'27" | 4'55" | 14.4 | 183 | 71 | |
| 区間4 | 20'31" | 6'04" | 11.7 | 189 | 63 | |
| 全 体 | 20'31" | 13.8 | 182 | 68 | (1395) |
さあ夏だ。いつもの棚田にはシュレーゲルアオガエルが鳴きチョウが飛び交っている。ほとんどはモンシロチョウのようだが、スジグロシロチョウ、モンキチョウがまじっている。小型でせわしない飛び方をしているのはツマキチョウかもしれない。今年はじめてウスバシロチョウを見る。この季節になるときまって、あれっギフチョウ?とだまされる。だいたいは春型のアゲハだ。今日もだまされた。清川村にギフチョウがいてもよいとは思うが、開けた田んぼの上をぱたぱた飛んでるとやっぱり変だ。それでも小さいアゲハが地面近くからびゅっと飛んでくるとどきっとするのだ。
今日の半原越はゆっくり行こうと決めている。ゆっくり走るために重いギアを選択した。半原2号の34×16Tだから2倍よりも重い。このギアだとラスト1.5kmは座れるところがない。ただし守備的なダンシングだから、階段を普通に登っているぐらいの感覚だ。ケイデンスは平均で50rpmを越えない。走った感覚では重いギアのほうが楽だが、心拍計の数値を過去の速度のデータと比べてみると正直に比例していることがわかる。楽なのは単に30秒遅かったからのようだ。あとほんの少しがんばるだけで死ぬほどしんどくなるのだろう。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'45" | 4'45" | 14.9 | 160 | 56 | |
| 区間2 | 10'09" | 5'24" | 13.1 | 175 | 49 | |
| 区間3 | 15'03" | 4'54" | 14.4 | 184 | 54 | |
| 区間4 | 21'05" | 6'02" | 11.7 | 190 | 44 | |
| 全 体 | 21'05" | 13.4 | 178 | 49 | (1033) |
半原越を下っていると、道路に大きめのアオダイショウが転がっていた。近づく自転車を嫌って道路脇のコンクリブロックの斜面を垂直に上がろうとする。「あんた、そりゃだめっしょ」と笑っていたが、蛇の方はほとんど手こずる様子もなく1.5mの壁を30秒で登ってしまった。急いでケータイを出してその勇姿を写メした。
昼頃に帰宅して女房が用意してくれたおにぎりを4つ食べて庭のカラスノエンドウに再チャレンジして境川へ。今日は夏の午後の風が南から涼しく吹いている。フォローもアゲンストも25km/hほどでひたすらのんびり走った。今日の走行距離は120km。終始ゆっくりでぜんぜん疲労感がない。
午前中はドラゴンボールとワンピースを見て、そのあとPowerMacintosh MDDの調整をした。MDDは電源がいかれていてしばらく放置していたのだが、7000円で電源を売ってくれる業者が見つかり復活の運びになった。ところが、届いた電源をインストールすると通電はするのだが起動ディスクを認識しなくなった。いろいろ点検したものの原因が見つからす途方にくれていた。それが昨夜になってようやく動きはじめた。復調の原因もわからないが、どこかに引っかかりがあったようだ。ターゲットディスクモードで動かしてみたのがよいきっかけにはなったようだ。
さあもう12時だ。なんやかんやで半原越に行く気も失せて、境川を100kmばかり流すことにした。100km程度なら午後からでも楽勝だ。風は昨日よりもゆるく暖かい。浜風らしい。境川でも凧揚げをしている。大きなやつを太いロープでひっぱって勇壮だ。凧にはびよ〜んびよ〜んと音が出る装置がいている。白土三平の忍術を思い出す。音波の共鳴を利用してターゲットをノイローゼにするやつ。
境川で凧を揚げているのは、立石風神会という団体らしい。風神といえば40年ほど前に「風神」という愛称のついた電気掃除機を三菱電機が販売していた。なんでそんなことを覚えているかというとプロレス中継に頻繁に登場したからだ。マッチの合間にその風神なる掃除機がリング上に登場し、おもむろにマットの掃除を始める。実況アナウンサーも「ほんのちょっとしたゴミや埃でも試合に大きく影響しますからねえ」などと解説していた。
わが家にまだ電気掃除機がなく、あれはいったいどんな装置なのだろうと興味津々だった。あのころは掃除機もインスタントラーメンも欲しかった。ちなみに大人になってもプロレスラーにだけはなりたくなかった。外人はしょっちゅう卑怯な反則攻撃を行い、馬場選手たちがとっても痛そうだったからだ。ああいう辛い仕事はいやだった。まだまだ世間も私もおっとりしていた頃だ。プロレスラーというのは、恵まれた体をもち運動神経抜群で演技力があり、かつ物語構成力もある選ばれた者だけがなれるということを知ったのはずっと後のことになる。
強い南風を顔にうけていつもの棚田脇に座っている。田んぼは代掻き前の荒起こしが完了している。まもなく水が引き入れられるだろう。田の上をモンシロチョウが飛んでいる。前回は田にも少しばかりの春の花があって、いろいろなチョウがそこで蜜を吸っていた。いまはすっかり土になってしまったものだから、チョウは田には用がない。畑の菜の花を求めてさっさと渡っていくことになる。
渡るといっても、あのか弱い体で向かい風だとたいへんなはずだ。ところが、モンシロチョウが次々に渡っていく。驚いたことにあまり苦労している様子がない。いったいどういう技を使っているのかとしばらく観察していた。私の目にはその翅の使い方がよく見えない。ただ一点、ぱぱっとはばたいて上昇し、次の瞬間、翅を閉じたまますすっと前進しているように見えた。
今日の半原越は軽いギアで楽に登ることにした。半原2号で34×21T。1.5倍程度のギアで入る。区間1の終わり、区間2のはじめ、区間4では迷わず25Tを使う。心拍計の数値にも表れているように、かなり楽をした。区間4でもぐるぐる回して座り立ちこぎもいらない。ただし、タイムは22分。この感じで20分ならいっぱしだ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'50" | 4'50" | 14.6 | 155 | 72 | |
| 区間2 | 10'16" | 5'26" | 13.0 | 168 | 65 | |
| 区間3 | 15'25" | 5'09" | 13.7 | 171 | 69 | |
| 区間4 | 22'04" | 6'39" | 10.6 | 177 | 62 | |
| 全 体 | 22'04" | 12.8 | 169 | 66 | (1456) |
帰宅してタケノコご飯を食べて境川。南から良い風が吹いている。90rpmで気持ちよくAT以下で走れるのは50×21Tだった。それで27km/hになる。モンシロチョウが向かい風をものともせずに進んで行くように、自転車でも風をうまくあしらう方法があるのだろうか。下ハンはかなり上達して体のどこにも無理がかかっていないという自覚がある。
毎年のことながらこの季節の山の色の移りの早さに驚く。いつもの棚田から眺める向かいの山腹はもうすっかり緑だ。新緑の頃の赤や白はほとんどみられなくなった。草刈りの入った草むらに座っていると、ハネカクシやらアリやらが脚に登ってくる。噛みつくやつもいるからうっとうしい。この辺も夏だ。
今日は軽く回していこうと半原2号で34×23Tで行くことに決めていた。区間1ではやはり空回し感がある場所もあるけれど、そういうことに惑わされてはいけない。元気のあるときの空回しはすぐにいっぱいになるものだ。結局のところは、この辺のギアで75rpm回せるようになるのを目標にするのがよいのだろう。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'41" | 4'41" | 15.1 | 160 | 81 | |
| 区間2 | 09'51" | 5'10" | 13.7 | 175 | 74 | |
| 区間3 | 14'54" | 5'03" | 14.0 | 177 | 75 | |
| 区間4 | 20'58" | 6'04" | 11.7 | 185 | 63 | |
| 全 体 | 20'58" | 13.5 | 175 | 71 | (1489) |
午後からはチネリに乗り換えて境川。ときどきは本物のロードレーサーに乗らないと自転車の楽しさを忘れてしまう。ここのところ連続して毎日100km以上乗っており、しょっぱなから快調に脚が回る。チネリはまっすぐ走る自転車で、半原2号などと比べると2km/hぐらいスピードが出る感覚がある。また、速度が上がれば上がるほど安定するようになる。乗り手に速く走ることを要求する愉快な自転車だ。妖刀っていうのがあるけど、それに近いものがあるかもしれない。
仮面サイダーという飲み物が売られている。いつもサイクリングで使う境川の折り返し地点の自動販売機では100円で売られている。ネーミングも缶のデザインも鬼面人を驚かすものだけど、中身はサイダー以上でも以下でも以外の何物でもない普通のサイダーだ。仮面サイダーには何種類かあって、今日はついに当たりが出た。当たりは仮面ライダーV3デザイン(写真)だ。
私の場合、変身アクションシリーズ「仮面ライダー」ではV3がぴったりフィットだった。中学生であり、フィクションとしてストーリー展開や演出技術を楽しめた。カメラワークや編集は時代劇の殺陣とは一線を画してテレビらしいおもいっきりの良さが小気味よかった。そして戦闘シーンにモンタージュされるV3の前方抱え込み宙返りや後方伸身宙返りがかっこよくて、良い子ではない私は、おもいっきりまねをした。
本来ならトランポリンでやるべきだがそういう気の利いたものは近所にはなかった。私は当時垂直跳びで90cmを記録していたが、それではV3の跳躍力には不足だった。そこで少々お馬鹿な仲間とつるんで学校の砂場にダンプカーの古タイヤを引っ張り出して踏切板の代わりにして跳んだ。タイヤがあれば宙返りも楽々だった。上村愛子選手が昔やっていたコークスクリュー720が得意なやつもいた。そいつは前方宙返りが怖くていろいろごまかしているうちにできた技だと言ってた。後方宙返りは入り方に無理があってできなかったが、半ひねりの伸身宙返りは私のもっとも得意とする技になった。両手を広げて胸をはって脚をピーンと伸ばして宙に浮く。気分は仮面ライダーV3だった。
ちなみに中学校では英語の教科書にクラウンあたりを使っており、中にはボブだのトムだののイラストが入っていた。それを赤と緑のボールペンを駆使して仮面ライダーV3にしていたのは言うまでもない。一部、赤と青でキカイダー01にもしていた。
仮面サイダーをケータイで撮りつつたわいもないことを思い出して、ふと足下を見るときれいな脚線美があった(写真)。いうまでもなく私の脚だが、ちょうど日の当たり具合がよかったものと思う。こりゃ江角マキコなみだぞ、とついでに撮っておいた。残念ながら私の脚は長くもまっすぐでもない。ドラゴンボールの3つめの願いは、あと3センチ脚を長くしてください、というのにするかもしれないぐらい残念なので、影だけでも足長おじさんになるとちょっとうれしい。
予報でも雨だというので勇んで半原1号をひっぱりだして半原越にでかけることにした。去年の夏は天気に恵まれず雨の半原越を気持ちよく走った覚えがない。今年は梅雨入り前に早くもチャンス到来だ。1回目はキャットアイのボタンを押して時間を計りながらもゆっくり走る。半原1号はゆっくり走れるのがよいところ。22分半という最近では遅いペースで上まで登る。雨はまだ落ちてこない。何往復かするうちに雨になるだろうとすぐに折り返す。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'58" | 4'58" | 14.3 | - | 70 | |
| 区間2 | 10'39" | 5'41" | 12.5 | - | 74 | |
| 区間3 | 16'04" | 5'25" | 13.1 | - | 75 | |
| 区間4 | 22'23" | 6'19" | 11.2 | - | 66 | |
| 全 体 | 22'23" | 12.7 | - | 71 | (1589) |
雲は重く林道は妙に静かだ。虫がいない。蝶も蜂も飛ばない。フジの花が満開なのにクマバチも来ていない。ただ、鳥だけがやたらと賑やかだ。縄張りを主張するウグイス、センダイムシクイ。ヒヨドリはヒヨヒヨといつも通りうるさい。ツツドリも少しだけ鳴いた。麓の方ではソウシチョウも鳴いている。木々の葉はすっかり広がって鳥の姿はめったに見えない。林の奥からアマガエルのような声が聞こえる。はて、半原越にアマガエルはいないはずだがと耳を澄ませる。やはりカエルではない。何というやつか知らないけれど鳥のようだ。
今日は平日、しかも午後からは雨の予報。半原越は貸し切り状態だ。2本目の登りでさあっと葉をたたいて雨粒が落ちてきた。背中のポケットに入れておいた自慢の500円雨合羽をはおる。杉木立を背景に雨粒が白い線を引く。半原1号の最も軽いギアは26×23T。時速6kmぐらいであればほとんど力を使わない。軽くしたり重くしたりいろいろギア比を変えて5回登った。
地球上で最も美しい森はこの季節のブナ林だと思う。ちょうどいまごろ、東北地方の奥山では深い残雪の中でブナの葉が爆発的に開いていく。連休にあわせて山に入ると、冬枯れの林の中を雪を切って歩いたはずが、下山するときには若葉の森を歩くことになる。残雪の白さと空の青さと、ブナ独特のまだらの幹と、この世のものとは思えない新緑の風景がそこにある。
東京で勤め人をやっていると東北の山に入るのは贅沢がすぎる。清川村の裏山だって捨てたものではないと、耕作放棄地の草むらに座ってコーラを飲みながら思う。今日は上空に薄く雲が広がっているわりには視界がきく。3km先の半原越の青葉もよく見える。足下はギシギシやハルジオンが満開でダイミョウセセリが飛んでいる。いまの私にはこの場所でじゅうぶんだ。
さて、今日は半原2号でやってきた。区間1を34×21T、区間2と3を34×23T、区間4を34×25Tでやってみようと決めている。スタートすると脚が重い。半原越にかかるまでは軽いのに突然重くなるのはいつものことだが、今日はとくに悪い。びゅんびゅんと脚が回るはずの緩いところでも80rpmぐらいにしかいかない。そのかわり、きついところがそれなりに走れている。心拍計の数値も異常だ。170bpmを超えない。毎日走り続けて心臓もいいかげんうんざりしているのだろう。
区間4の4kmのところでロードレーサーに抜かれた。当然追いかける気はない。後ろからもう一人、はあはあと荒い息づかいが聞こえてくる。わざと荒くしているしているにしてもそうとう追い込んでいる。どうやら登りっこをしてるらしい。抜いたほうの人もそれほどスピードが上がらず10mほど先にいる。息づかいはしだいに近づいてきて、10秒並んで、抜かれた。
2人目のロードレーサーにはちょっとたまげた。おそらく私の娘ぐらいの年頃のお嬢さんだ。小柄で細身、膝下なんかは野球のバットみたいだ。よくこんな華奢な体で走れるものだと感心する。白い自転車もぴかぴかだしギア比の選択も確かでフォームもきれい。スムーズに脚が回っているから息づかいほどにはいっぱいではないはずだ。少しは付いてみようかとやってみたら意外と走れた。今日は不調という思いこみからか、余力を残しすぎていた。きれいな娘さんを追いかけたのは20年ぶりだ。
今日のデータは特異だ。区間4は競争的な走りをしたから異例としても、ケイデンスがそろっていることと低い心拍数が異常だ。狙ってこの数字を出せるならけっこういい感じだと思う。次回からやってみよう。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'48" | 4'48" | 14.8 | 147 | 72 | |
| 区間2 | 10'13" | 5'25" | 13.1 | 163 | 70 | |
| 区間3 | 15'34" | 5'21" | 13.2 | 164 | 71 | |
| 区間4 | 21'14" | 5'40" | 12.5 | 178 | 71 | |
| 全 体 | 21'14" | 13.3 | 164 | 71 | (1508) |
午後はチネリに乗り換えて境川。やっぱりいい自転車だなあとゆっくり80kmほど流す。
10年ぶりぐらいに自由なゴールデンウィークだった。仕事も家庭の用事もない。しかも9連休。こうなるといきあたりばったりにのんびり過ごしてしまう。もともと極度の貧乏性で、まさに最近はやりの安近短という過ごし方になった。
安=安いというのは私にとっては鉄則ともいえる。とにかく高価なものには気後れする。食べ物なんか高いというだけでまずく感じてしまうという悲しい体質だ。たとえそれが接待等でただだとしても、たったこれだけで○万円・・・などと思っただけでつらくなる。ゴールデンウィークの期間中で使ったお小遣いは1日500円ぐらいの食費のみ。
近=近い。毎日外に出かけて遊んでいたのだけど、ぜんぶ自転車の日帰りで半径30km以内をうろうろしていた。毎日100kmほど乗ってトータルでは1000kmを超えた。京都に往復するぐらいの距離だ。京都に行きたいかというと全くそんな気は起きない。近頃は自転車で新しいところや遠くへ行きたいと思わない。
短=毎日昼ぐらいに家を出て日が落ちる前に帰ってくる。午後は毎日境川を走っていた。午後5時ぐらいに傾いた日を見て蟲師の大禍時を思い出すのが日課。6時間ぐらいの日帰り旅行。
| 項目 | 数値 | 備考 |
| 走行距離 | 1000km | 半原越と境川 |
| 食費 | 5000円 | コーラ、仮面サイダー、アイス、おにぎり、かりんとう他 |
| 交通費 | 0円 | 定期も使わず |
| ガソリン代 | 0円 | いかなる車にも乗らず |
| かけた電話 | 0本 | |
| かかった電話 | 0本 | |
| 受けたメール | 20件 | ほとんどダイレクトメール |
| 送った写メ | 1本 | 半原越で撮ったヘビをメル友に送って顰蹙 |
| もらった写メ | 0本 | 半原越で撮ったヘビをメル友に送ったのが失敗か |
| 解いたフリーセル | 375個 |
普天間もこれだけ空騒ぎが続くと、アメリカ軍の基地を誘致したい自治体が手を挙げられなくなるのではないかと心配だ。どうしたかげんか、今は何が何でも基地に反対するのが正義みたいなことになっている。沖縄や徳之島が嫌がるのはわかる。特に徳之島なんかは知らぬ間に押しつけられるという格好だから嫌に決まっている。私だって沢尻エリカとはいわず堀北真希でもいつのまにか嫁に来ることになってたら嫌だ。いいお嬢さんなのかもしれないが、立場上は断固拒否せざるをえまい。
アメリカ軍の基地ってほんとに悪者なんだろうか。私はいま基地の町に住んでいる。アメリカ軍がいることを承知の上で、軍用機が頭上をぶんぶん飛び回るところに引っ越してきた。治安も悪く、ひったくりなんかは全国一らしいという噂も聞いて引っ越してきた。教育の荒廃も著しいと同僚におどされつつ引っ越してきた。そんなやつだから、普天間が俗に厚木基地と言われるところにやってきても、まいいんじゃない、と賛成できる。
基地より嫌なものはいっぱいある。今の家の半分ぐらいのを買おうとしても東京の世田谷だと1億円ぐらいする。たかだか住居にそんな金は使いたくない。極度の貧乏性だから基地があって土地が安い大和市のほうがいい。それに世田谷あたりは、漫画家がウォーリーを探せみたいな家を建てようとしたぐらいで反対する人々がいる地である。私はとうていそんな何を考えているかわからないような人の間では暮らせない。赤白縞の家を嫌う人の気持ちはわからないが、貧乏ゆえにひったくりをする人の気持ちはわかる。どちらかというと後者のほうが親しみを持てる。
堀北真希をお嫁さんにしたい人も多いように、アメリカ軍の基地を欲しい自治体もあるだろう。我が国には、産業が廃り人が流出し、事実上倒産している市町村もある。基地を誘致すれば、土建業も必要であり、基地に依存している商業も必要であり、インフラも必要であり、病院学校警察などの公共施設も必要になる。日本国は当然ながらそうした一切合切に責任を持たねばならない。
アメリカ軍の基地は町おこしのネタとしては三つ星、AAAの最高ランクといってよい。原子力発電よりも持続性が高い可能性だってある。もしかしたら悪魔に魂を売ることになるかもしれないが、イベント屋がしかける詐欺まがいの建造物やイベント、キャラクター、利用客の見込みがない飛行場などなどに比べればまだ可能性がある箱物ではないか。政府もそうした利点を売り込みつつ、返還と移設を検討すればよかったのに、普天間問題をあえて迷宮に落としこんでしまった。どんな腹づもりなのだろう。今では誘致に手を挙げるのは狂気の沙汰と言われかねない。
今でも世界のかなりの部分がそうなのだが、つい数十年前までは日本でも健康で文化的な生活を営む上で最低限の物資が国の隅々にまでは行き渡っていなかった。そうした場合は経済成長は盲目的に善である。作れば作っただけ物が売れる。まだ我が国に経済成長が必要ならばインフレになっていなければおかしい。行政も国会も景気回復を唱えているのだから現状のデフレは悪だということは間違いない。では経済政策でインフレにできるのだろうか。勝間さんはインフレにするためには通貨の増刷が手っ取り早いとおっしゃる。そうすれば確実にインフレにはなるだろう。物も回るかもしれない。そこで私が疑問に感じたのは、物が回ってどこに行くのだろう? ということだ。食料が余っているこの国にさらに食料を回すのだろうか。お金は数字であり量であるからその質は問われない。食べずに捨てられた食品もそれが高額で取引されたものであれば、経済的な効果は大である。食品は人の体を通過しなければ無意味なのに。空虚に物が浪費されるならば、そのインフレは数字上の幻覚ではないかと思ったのだ。
日本国では全国民(数名をのぞく)が商人である。インフレで得をするのは商人だから日本人全員が得をする。逆に、消費者はインフレで損をする。日本国では全国民が消費者であるから日本人全員が損をする。こう考えると、インフレになれば賢い商人が得をすることになる。空虚なインフレであれば、ますます得をする商人が増えるだろう。もちろん損をするのは愚鈍な消費者だ。結果として賢い商人かつ愚かな消費者、すなわちガンガン儲けて無用な高級品を買い捨てる個人が一番インフレに合っている。
商人の利益はお金という数字で表される。10円の原資で1000円儲けるよりも1億円の原資で1億1000万円儲けるほうが値打ちがある。10円で1000円儲けることは誰もが今日からチャレンジできるけど、それはきっと難しい事だと思う。達成したら喜びは大きいだろうが、そんなことをやってるようでは商人として失格である。1億円で1億1000万円を買うほうがずっと簡単なはずだ。具体的な方法は知らないけれどそういう商売もあるようだ。そして、そういうことがあるのだったら、経済は安定するよりも不安定なほうがエリートたちにとっては都合がよいはずだ。順風逆風を嗅ぎ分けて、多くの人がやっちまった細かい損をかき集め、デフレもインフレも関係なく、物の回り方も無関係に利益を上げることができる。
走り出してみると涼しいというよりも寒かった。これは早く登りに行かねば凍えてしまうと、いつもの棚田脇もパス。おりしも水が入り一番上の田の代掻きが行われているところだった。風は南からだから清川村の坂は快調だ。半原越でも大半の区間は追い風になる。ただし、清川村からもよく見える赤い屋根の山荘みさきの手前はかなりの向かい風だ。
先週の感触が良かったから、今日も34×21Tで入る。追い風もあって区間1は快調だ。区間2に入って23Tを使う。心なしか丸太小屋の坂が楽だ。ただし今日は心拍数は180bpm近くまで上がっている。しっかりと異常を感じたのは区間3の南端コーナーだった。いつもここが死ぬほどしんどいその1なのだが、今日はどうってことない。区間4に入りギアを25Tに落とす。落としながらも23Tで行けそうだと感じている。そして、いつも死にそうになる4kmの杉の木のコーナーですらすいすいと抜けていく。ここではっきりと異常を自覚した。これまでになく快調だ。体の状態とスピード感からいまだ見たことのない景色を見ている。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'19" | 4'19" | 16.4 | 163 | 80 | |
| 区間2 | 09'27" | 5'08" | 13.8 | 175 | 74 | |
| 区間3 | 14'28" | 5'01" | 14.1 | 176 | 76 | |
| 区間4 | 20'20" | 5'52" | 12.1 | 184 | 70 | |
| 全 体 | 20'20" | 13.9 | 176 | 74 | (1505) |
ケイデンスの数値にも表れているこの快調が9日連続合計1000kmの練習の成果なのだろうか。それとも追い風参考記録に過ぎないのか。近々結果はでるだろう。長袖に着替えて境川で軽く40km流す。
神奈川の田舎道を走っているとほうぼうから夏の臭いがする。夏の臭いといっても、春色の汽車みたいなもので確たる対象はない。おそらく雑草の蜜の臭いなのだろう。例の棚田は今日田植えだった。濁った水の中で稲の苗が南風に揺れている。さっそくツバメのカップルが田に降りて巣作り用の泥を拾っている。風は昨日と同じく強い。半原2号で34×21Tに入れてスタート。今日は区間4も23Tで行こうと決めている。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'25" | 4'25" | 16.0 | 158 | 79 | |
| 区間2 | 09'37" | 5'12" | 13.6 | 172 | 73 | |
| 区間3 | 14'43" | 5'06" | 13.9 | 172 | 75 | |
| 区間4 | 20'39" | 5'56" | 11.9 | 181 | 64 | |
| 全 体 | 20'39" | 13.7 | 172 | 71 | (1466) |
昨日よりも各ラップで数秒ほど遅く心拍は数拍だけ少ない。心拍数というものは信用できる数字らしい。区間4でも64rpmになっているのだから23Tでも良いように思う。もしくは斜度に応じたギアを細かく選択して走った方が良いのかもしれない。
儲からない商売=無駄であり、商人がやってはいけない事とされる。たとえ儲からなくとも世間に必要だからやっているのだ、というのは屁理屈だ。それは商売ではなくボランティアであり消費だ。たとえ必要であっても儲からない事業はカットだ。米を作ることは絶対善であるが、それを売っているからには利益が出なければならない。利益がでない以上は百姓ですらやめざるをえない。百姓というのは古来より代わりがいくらでもいるとされる産業だ。1個や2個倒れてもそれで困るのは数人にとどまる。社会の根幹を支える産業であっても個々の商売としては脆弱だ。
商売は利益を出すために自転車操業をしいられている。会社は赤字が続けば資金繰り不能となり商売ができなくなる。薄利でも売れないよりはましと安売り競争に走りデフレが加速する。安売りも行き過ぎると共倒れになる。会社の規模が小さければ誰も助けてはくれない。ビールはなくてもかまわない商品であり景気が悪いと売れなくなる。ビールは不用品であるというその商品の性格上、安売りに走ると危険だ。ちょっとしたミスでいっぺんに倒産しかねない。ただしビールは法的に大企業でしか扱えない商品であったから、今でも数社でしか製造販売していない。彼らはカルテルを結べば安売り競争を避けることができる。カルテルもすぎるとまずいというのであれば、いっそのこと合併すればよい。ビールを製造しているのが世界に一社だけとなると、ビールが好きな人も少なからずいるのだからそう簡単にはつぶれない。しかも尻すぼみにビール生産を縮小させることも可能だ。もともと独占商品であった日本のたばこはそうした経過をたどって消滅するはずだ。
自転車操業はもうたくさんだ、不用品をだましだまし高く売る競争なんてまっぴっらだ、という考え方もある。いわゆるニートという方向だ。つまりは自転車を止めて競走の群れから降りるということだ。経済の流れからはみ出した所で生きることは、世界ではまだ主流かもしれない。地球上の過半数の人間はお金を使わないでも生きている。いわゆる「貧しい」人たちだ。日本でいうニートはそちらの生き方とはまた違う。彼らはお金がないと1日も生きていられない。商人のしぼんだやつ、競走ならば回収車行きだ。
自転車操業ということばは、いっぱんに自転車は走っていないと倒れることからきている。ところが、スタンディングスチルという技を身につければすっくと立っていられる。初級者の私は坂を利用して1分ほど続けるのが精一杯だが、鍛えれば1時間でも2時間でも体力の許す限り続けられるという。すごい技なのだが、その成果となると意味不明だ。競走車の群れの中では自転車から降りた者もスタンディングスチルを続ける者も結果は同じだ。両者ともDNFの失格になる。
拡大再生産を余儀なくされる日本で経済的にスタンディングスチルをすることは可能なのだろうか。鎌倉時代なら出家という制度があって禅僧にでもなれば人々からの少々の施し物を受けつつ悟りをめざせばよかった。植物ではない我々が、解脱し生けとし生けるもの全てを救済しようなどという野心を抱けば、禅僧にでもなるほかはない。自転車に乗って進むよりも止まっているほうが難しいように、その世界は普通に商人をやるよりも厳しいはずだ。坐禅は高度な技であり絵的にもスタンディングスチルに似ている。真のニートたらんとすればそこを目指すべきであるが、平成の僧侶にそうできている人がいるのかどうか私は知らない。
庭に生えているオニタビラコ(写真)が種をつけて意外な美しさを発揮している。午前中は庭に出てメダカに餌をやったり好みに合わない雑草を抜いて過ごす。クサイチゴの実の成長がいまいちよくない。近所の宅地開発が進んだせいか虫が少なくなっているのを感じる。
11時頃から半原越へ。今日はチネリで行くことにした。なんだかチネリの方が速く走れそうな気がしたからだ。チネリは乾燥重量が10kgもあり、リアの歯数は6枚しかない。前時代的な代物ではあるがまっすぐ走り、いつの間にか速度が上がる魔法の自転車だ。昨日までは最小ギアが42×23Tだったが、それではあまりにも重いだろうと前ギアを換装して50・39Tに変更した。じつは、後ろに25Tか26Tをつけようと試みたがねじが固くて断念した。一時代前の部品にはよくあることだ。
いつもの棚田に水が入って1週間。その気になったシュレーゲルアオガエルが田の脇で鳴いている。もちろん姿は見えない。静かに歩いて鳴き声のする地面のあたりに腰を下ろして、声の場所の特定を試みた。10分も息を殺しているとケロケロ鳴き声が聞こえてくる。そこにあるのは雑草の生えた地面。穴も見あたらず穴を掘った形跡もない。まるで草か土が鳴いているようだ。こいつの生活史を記録できたら楽しいだろう。
半原越は39×21Tで入る。回転数は上げられないけれど、スピードの乗りは良い。区間2からは23Tを使う。区間3のラップをみれば14分あたり。20分が切れるペースだ。そう思うとめったにないチャンスだからと無理をする気になった。
頂上についたときは息も絶え絶えだったがチネリで19分台ははじめてだ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'19" | 4'19" | 16.4 | - | 70 | |
| 区間2 | 9'17" | 4'55" | 14.4 | - | 67 | |
| 区間3 | 14'04" | 4'50" | 14.6 | - | 69 | |
| 区間4 | 19'45" | 5'41" | 12.5 | - | 58 | |
| 全 体 | 19'45" | 14.3 | - | 66 | (1304) |
下り始めるとすぐにアサギマダラに会う。今季初だ。ふと気づいて上を見上げるとずいぶん夏の花が咲いている。ミズキにはウスバシロチョウも来ている。帰宅して少し休んでから境川を40kmばかり流した。
暖かくて気持ちの良い雨の朝になった。こういうときには半原1号で半原越なのだが、午後早くに野暮な用事がありあまり自転車には乗れない。というわけで境川でお茶を濁すことにする。雨対策としてジャージの下に長袖シャツを着る。濡れた服でも素肌よりはましだ。脚はそれほど冷えないから通常のレーパン。そして自慢の500円雨合羽が活躍する。500円雨合羽はノースリーブタイプで両腕は完全に露出する。夏の雨ならこれで十分。写メもしないからケータイは置いていく。
雨のときに市街地を走るメリットはあまり感じず、これまでほとんど雨の境川を走ったことがなかった。来てみるとこれがなかなかいい感じだ。アマガエルはゲロゲロ鳴き、田植えがすんだばかりの田に雨粒の波紋が広がる。境川に圧迫感をもたらす白い鉄柵にクズががんがん巻き付いている。ちょっと応援したい光景だ。ときおりカタツムリがはっている。殻に角張った斑点模様があるタイプを見かける。サイズは通常のマイマイぐらい。これまで見たことがない種類だ。
雨だから境川サイクリングロードは人が少ないだろうと予想していたものの、まさか人っ子一人いないとは思わなかった。ここは生活道路ではないのだとあらためて思う。30km/hほどを維持して楽に走る。ブレーキもぜんぜん使わずすいすい走る。こりゃ快適だ。3時間走って、すれ違った自転車は3台、ランニングの練習をしている人は3人、犬の散歩をしている人は2人。いまや境川にもウシャウシャいるロードレーサーなど影も形もない。みんな雨にうかれて半原越に集結しているとも思えない。雨で走る習慣をつけておかないと梅雨どきには乗れないぞ。
今日は時間がなく60kmで終了。帰宅してざぶざぶ水道水をかけて自転車を洗う。バーテープも薄汚れているから石けんをつけてたわしでこする。自転車掃除はめったにやらない。雨で乗るとさすがにびちゃびちゃの砂々になるから洗わずにいられない。かえって自転車がきれいになる。掃除が済んでふとラベンダーかなにかを植えてある花壇を見るとドクダミが咲いていた。毎年この花に夏本番を感じる。
ワールドカップイヤーでわが代表もめでたく出場するのだが弱い。連戦連敗。本戦でも絶対だめだろうという臭いがぷんぷんしている。セルビア戦も韓国戦も完敗だ。それらの試合で気になったのは、スピードでも技術でも持久力でも戦術でも体力でも根性でもなかった。ベスト4に勝ち進むというからには、それらのうち1つぐらいは世界一でなければならないはずだが、そこまでは望むまい。代表監督のベスト4発言なんて最低でも県外議員でも金ぐらいのレベルなのだから。
こりゃあかんと私が感じたのは会場の雰囲気だ。代表選手がミスしたときに落胆の声があがったり、逆にピンチになったときに悲鳴があがっている。あれではホームアドバンテージがないばかりか、よけいなプレッシャーを選手に与えることになるだろう。
ワールドカップでベスト4を狙えるぐらいの国では会場の雰囲気がぜんぜんちがう。敵の攻撃のときには会場はし〜んと静まりかえり、味方の攻撃のときには思いっきり盛り上がる。味方の選手がいいプレーをしたらそれが得点に無関係な場合でも大きな拍手があがる。敵がハンドでもしようものなら、会場からはいっせいに「ハンドー」の声が上がり、汚いファールをした選手がボールを持つたびに容赦ないブーイングをあびせる。敵選手が死角からボールを盗みに来たら会場からも注意を喚起する声が上がる。選手が誤審に抗議すれば退場になるが、観客ならばいくら審判を非難してもOKだから容赦なくプレッシャーをかける。観客はまさにサポーターなのだ。
わが日本代表を強くするためには観客も鍛えなければならないなあと感じる。観客もサッカーを知り尽くさねばならないし、どこでどういう声をあげれば勇気づけられるのか、プレッシャーになるのか、そういうことを体験している者が大勢いなければならない。観客の育成はある意味チームを強くするよりも難しい。いい監督やコーチ陣ならばお金で雇えるかもしれない。選手の育成もそれなりの手法があるだろう。Jリーグがスタートしてからプロサッカー選手の地位も固まり、世界レベルの選手もぽつぽつ出ている。ホームチームを勝たせる観客育成は日本の急務であると思うけれど、大衆文化に属することだけに10年20年では無理かもしれない。
もちろん岡田監督以下代表チームは自分たちが格下だということは承知している。ワールドカップではどのチームに対しても、ふつうに戦うと10回の内1回ぐらいしか勝てないだろう。ベスト4に行くためには、5連勝するとして10の5乗分の1つまり0.001%の奇跡に期待するしかない。サッカーはサイコロを振るゲームではないのだから、奇跡を起こすにしても一つ一つ試合をこなしていなかければならない。
先日岡田監督は「蝿のようにチャレンジする」戦術をとると言った。強いチームにはかならず何人か蝿のような選手がいるものだ。器用ではないけれど化物のようなスタミナがあり、死に物狂いでボールにアタックを繰り返す、私が好きなタイプの選手だ。そいつのハードワークで得点の芽が出たり、敵の反撃を遅らせたりすることができる。それを全員でやるつもりで、それができる選手を集めているのだろう。ワールドカップではどの国のチームも寄せ集めである。個々の選手が強ければ強いほど急造チームにならざるを得ない。メッシは世界最高のアタッカーだが、アルゼンチン代表で世界最高のプレーができる保証はない。つけいる隙はある。本番でその蝿たかり戦術をやれば万に一つの勝ち目がある。
もちろん一人一人の運動量やスピードは敵のほうが上なのだから、人数をかけて圧力をかけ、その回りでは敵の配置にあわせてパスコースやスペースを消す動きをしなけれならない。蝿のようにチャレンジといっても無駄な動きをしていればすぐに息切れする。選手全員が心を一つにしてはじめて成功する戦術だ。
気になるのはその蝿戦術がこのところの数試合で全く見られないことだ。最後にその戦術をみたのはオランダとの練習試合だ。あの試合の序盤では確かに全員が蝿のようにしつこくボールにからんでいた。私はテレビで観戦しながら「あんたらそりゃ無茶でしょ。続けられたらオランダにだって勝てるかもしれんけど・・・」と感じていた。あんな動きが90分できる選手は世界に5人ぐらいしかいなくて、日本には1人もいなさそうだから。あんのじょう先制点を許したあたりからはボロボロでボコボコにやられてしまった。
蝿戦術は動きが止まった時点で終りだ。飛べない蝿はただの蝿。あっさりたたきつぶされるに決まっている。たとえ2、3点リードしていても残り10分であっさり逆転を許したり、10対0の屈辱的な大敗を喫したり、失敗したときはたいへん惨めなことになるだろう。オランダ戦以後はあきらかに動きがちがうから、ハイリスクの蝿戦術はあきらめて何か別の方法を模索しているのだと思っていた。結局立て直しもうまくいかずに、ずるずるとスイスに出発しちまったんじゃないか・・・監督は口では蝿戦術でベスト4と言ってるけど、普天間で既視感があることだし・・・というのが最悪の結果なのだが、わが日本代表にかぎってそんなことはないと信じたい。
蝿戦術は奇策だ。格上の相手をまずは驚かせ、嫌がらせ、戸惑わせ、焦らせて成功する。いまはきっと隠しているに違いない。チェルシーだってインテルだってチャンピオンズリーグでは奇策にでることもある。カップ戦は一期一会。何をやっても本番で勝てばいいのだ。カメルーンは多少なりともなめてかかってくれるだろうから、本番で蝿作戦が炸裂し日本まさかの勝ち点3を期待したい。
石川選手がかっこいい。彼女が中学生の頃からの大ファンである。去年から卓球を始め草試合に出たりするお調子者であるが、その意図は彼女のまねをすることに他ならない。石川選手のよいところは攻撃的なドライブ、とりわけバックハンドは剣術の居合い抜きを思わせるような鋭さがある。私は卓球の妙味はスピードボールの打ち合いにあると感じている。前陣でカンカンカンと激しく打ち合っているとき、反射的に体が動いて返せないはずの玉が返せたりすると夢心地の高揚感を感じる。そんなときにテーブルの向こうにいる相手が自分の分身になったかのような不思議な一体感を感じることもある。卓球には格闘技に通じるおもしろみもあるようだ。私のようなスローな打ち合いでも愉快なのだから、ワールドクラスの選手たちは凡人には知り得ない境地を体験していることだろう。石川選手は今年の世界卓球でも大活躍している。世界卓球の中継はたまたまジロデイタリアと重なっていることが多いため、団体戦は彼女のゲームだけを選択して見ている。
半原越は半原1号で行ってきた。半原1号は乾燥重量で8kgほど。チネリよりも2kgほど軽いのはやはり魅力がある。登りの距離が長くなると効いてくるはずだ。
半原1号に装備している軽いギアを使って回す乗り方の練習をする。区間1をあえて26×19Tというマウンテンバイクのようなギアでスタート。80rpm以上で20分以下ならけっこうなもんだと勝手に決めている。ところどころ路面にピンクのラッパ型の花びらがかたまって落ちている。まずは走ることに集中して花びらの落ちてきた先には目をやらない。落花でタニウツギの満開を知る。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'30" | 4'30" | 15.7 | - | 91 | |
| 区間2 | 9'28" | 4'58" | 14.3 | - | 85 | |
| 区間3 | 14'18" | 4'50" | 14.6 | - | 85 | |
| 区間4 | 20'14" | 5'56" | 11.9 | - | 75 | |
| 全 体 | 20'14" | 14.0 | - | 83 | (1679) |
全体で83rpmで20分台だからけっこうな記録といってよい。少し強くなっている気がする。区間4は6分を切っているけれども最後の1分は16T(ギア比にして1.6倍程度)に入れて立ちこぎしている。タイムが欲しくて焦ったのだ。26×23Tだと13km/h出すにも100rpm近く回さねばならず、無理があるからだ。そのへんはまだだめだ。
けっこう寒いなと感じつつ昨日と同じように半原越。スタートラインをきると左手からホトトギス、右手からカジカガエル、頭上にはタニウツギ。こんなすてきなロケーションを独り占めしてよいものかと思う。今日は回す作戦だ。昨日もそうだったが、ゆるいところで回しすぎ、区間4は我慢できずに立ちこぎをしてしまった。任意のギアを選択して80rpmで乗り切ろうとしている。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'25" | 4'25" | 16.0 | - | 85 | |
| 区間2 | 9'26" | 5'01" | 14.1 | - | 80 | |
| 区間3 | 14'18" | 4'52" | 14.5 | - | 75 | |
| 区間4 | 20'20" | 6'02" | 11.7 | - | 78 | |
| 全 体 | 20'20" | 13.9 | - | 79 | (1606) |
おおむねこのぐらいの感じで80rpm20分で行けるようになれば完成だ。夕方には境川に行って40km流す。
私が若い頃、日本には新人類といわれる子どもたちが育っていた。ちゃんと育っていればいま四十半ばの中年おやじ、おばんたちである。彼らは新人類とはいわれたが種としてはホモサピエンスである。私と交わり子を残すこともできる。単にコミュニケーションが正常にとれないから新人類などともてはやされただけで、科学的に新種と決められたわけではなかった。
この先、人類が生き残っていけばきっと新種の人類が生まれるだろう。100万年後には人類はすっかり滅んでいるか、いまの人類にけっこう似ている新人類に置き換わっているはずだ。運が良ければ3種類ぐらいに増えているかもしれない。そこで困るのは、もしホンモノの生物学的新人類が生まれるとすれば、それはどんなやつがどのように生まれてくるのかということだ。
ヒトの進化というのはおおむね左の図のように説明される。下から上に時間がたつにつれて、猿グループからヒトグループが分かれ、ヒトグループには何種類かの原始人が生まれ、その一つが現代人でいまだに生き残っている。オランウータンとヒトは何百万年か前には同種であったと言われるし、原始人には北京原人とかネアンデルタール人とかいろいろいたらしい。それが人類との競争に負けて滅んだとかなんとかで絶滅し、ホモサピエンスは一種になっている。こういう説明はもっともらしく、かつ間違ってはいないのだろう。しかし、実際のところ何がどうなったのかというのをアリアリと想像しようとしても無理だったりする。
種が起源するといっても、種という生き物がいるわけではないのだから、生まれるのは個体だ。それが新種だというのなら、親とは違う子が生まれることになる。トンビがタカを生むようなものだ。この図では、ある猿が原始人を生み、ある原始人が現代人を生むことになる。もちろん、毛むくじゃらで猫背の棍棒を持った原始人の母親からいきなり木村カエラのようなつるつるが生まれることは想定していない。毛むくじゃらの母親から生まれるのはやっぱり毛むくじゃらの子だと思う。ただし、それはどれほど親に似ていようと新種でなければならない。それは単に定義上「新種」だという理由からだ。ぎゃくに、木村カエラのようなつるつるが突然生まれて来て、それが同種の原始人ということはあり得ると思う。そのつるつるの子が普通に原始人たちと交わり普通に繁殖できるならば、どんなに変わり者であろうとそれは原始人だ。もし、原始人のなかから現代人ができたなら、それは原始人とは正常な交雑ができないものでなけれなばならない。そこがゆいいつ新・旧を分ける目安のはずだ。
種の起源は定義の上からはこうなってしまうのだが、私が知らない決定的な何かがあるのだろうか。いきなり母が別種の子を産まなくても新種は誕生できるのだろうか。ここんとこでひっかかっている。
原始人から現代人に進化した原因として、宇宙人のモノリス、神の御技、強力なウイルス・・・等々の説明がある。いずれも否定しきることはできないと思われるが、仮説として採用することは難しい。それら荒技に共通しているのは一気に成ったということだろう。まるで種から種が生まれるかのような説明は無理があると言わざるをえない。
広く支持されている原因(状況証拠)として、種が互いに交流のない複数の群れに分裂して進化(種分化)が起きるというものがある。これはダーウィンも気づいていたことだ。われらの日本列島にも固有種が多い。日本は新生代に大陸と地続きだったり島になったりしていた。それゆえ大陸と祖先を同じくする動植物が隔離されて独自の進化をとげているというものだ。沖縄では島ごとに違うハブがいたりいなかったりするらしい。さらに小笠原諸島には本土にすらいない希少な動植物が多いという。
では、地理的な隔離は進化(種分化)の条件といってよいのだろうか。地理的な環境が変われば生態系も変わり、それに対応して種も変わる。そのことは想像に易いが、その種がいつの時点で変わったのかということを知るのは簡単ではない。まず、離れ小島に隔離された時点の個体群は数こそ少ないものの体や生態は大陸のものと同じだとする。その時点から大陸のものと同じペースで世代交代を繰り返し、100万世代後には姿形も食べ物もすっかり変わった。遺伝子を調べれば200万年前は同種であることがわかるが、大陸と島のものは遺伝的に交配不能になっており種分化したと結論される。素人の創作ではあるが、ありがちな話だと思う。
さて、私が困るのは島に渡ってきた時点のやつと、100万世代後に別種とされたものがいつの時点で別種になったかだ。1万世代目だろうか132065世代目だろうか。島の個体群が別種の血を受け入れ交雑したのでないとすれば、彼らは自ら進化したことになる。島の環境に合わせて淘汰と適応があり化石を比較してもわかるぐらい体も変わるだろう。ただし、それは島に限ったことではないはずだ。島の群れに起きることなら、大陸の個体群にも起きるだろう。であれば地理的な隔離は進化(種分化)には必要でも十分でもない条件ということになる。種は多かれ少なかれ時間的な隔離で変わるのだ。孤島の固有種は希少で歴史も調べやすいために、進化したことが運よく目立っているだけとしか見えない。
半原1号の仕様をちょっと変えてみた。フロントフォークをチタンにしてハンドルバーをブルホーンにした。カーボンからチタンにしたのはバーの位置を下げるためだ。ブルホーンではカーボンのフォークでは高すぎる。ならばフォークコラムをカットすればよいはずだけど、コラムの構造上いろいろめんどうなことが付随して起きそうで躊躇しているのだ。
ブルホーンバーの最大のウリは座り立ちこぎが全力でできることだ。その他のポジションは必ずしもフィットするとは言えないけれど、座り立ちこぎのときにバーをぐっと握って上半身の力を最大限に発揮できる。半原越のタイムアップにはまず座り立ちこぎだ。というわけで、今日の半原越は座り立ちこぎの日になった。
ギアは26×16Tを選択する。39×24Tあるいは36×22Tあるいは34×21Tに匹敵する。私にはちょっと重い。くるくる回しで行けるのは区間3まで。しかもその3割程度だろうか。区間4に入るとこのギアでは全編くるくる回しはできない。ゆるいところは田代さやか、きついところは今日のねらいの座り立ちこぎ。田代さやかの引き脚はイマイチ感がある。それは半原1号のせいというよりも技術の未熟さゆえ。あれは難しいのだ。座り立ちこぎはばっちりだ。試験は合格。サドルの角度とハンドルバーの角度を変えてベストポジションも得られそうだ。70rpmで19分46秒というタイムもなかなかよい。区間4で60回ほど回っていることはデータを見てから驚いた。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'17" | 4'17" | 16.5 | - | 81 | |
| 区間2 | 9'06" | 4'49" | 14.7 | - | 72 | |
| 区間3 | 13'54" | 4'48" | 14.8 | - | 72 | |
| 区間4 | 19'46" | 5'52" | 12.1 | - | 59 | |
| 全 体 | 19'46" | 14.3 | - | 70 | (1384) |
いつもの棚田ではオタマジャクシがごっちゃりと泳いでいた。彼らは勝ち組だ。あと3週間ほどもすると中干しが入りオタマジャクシは干上がってしまう。ここでは最初に産まれたものしか生き残れないのだ。振り返るとカラムシが大きく成長しラミーカミキリの姿があった。半原越はウツギやエゴなど白い花の盛り。夏っぽいぞ。
神奈川の自転車乗りとしていっぺんぐらいはヤビツ峠にも登らなければならないだろう。今年は登坂20kmの乗鞍に参戦することでもあり、表ヤビツのタイムを持っていないのはやはりまずいのではないかと思い始めた。ヤビツ峠はプロアマ含めて健脚自慢がタイムを競う坂だ。プロだと20分台の後半。アマの健脚自慢は30分から35分というところだろう。むろん私には縁のない時計だ。半原越の記録から概算して50分から1時間ぐらいだろうなと予想していた。ま、とりあえずやってみようかと、ドラゴンボールとワンピースを見てから出かけることにした。
ヤビツを嫌っていた理由にアプローチのめんどくささがある。私は246が嫌いなのだ。俗に言う裏ヤビツは何度か行ったことがあり、表も浅間山林道からは入ったことがある。今日も246をさけて普段半原越に行くのに使っているルートで東京工芸大学の脇を走る県道63号線を使ってみた。そいつがトリッキーで道がよくわからない。行き当たりばったりの宅地開発が災いしているのだ。舗装が悪い。短くきついアップダウンが連続する。自動車が多い。さんざん迷ったあげく東名と246が交差する地点にたどり着いたときにはかなり参っていた。途中でひきかえそうかと思ったぐらいだ。
ヤビツ自体のタイムアタックは246からなので、最後は嫌でも246に出なければならない。ところが、しかたなしに走る246の善波峠が妙に気持ちよい。4%ぐらいなのだろうか一定した斜度で舗装がよい。最初から246にしとけばよかったと後悔した。善波峠を下るといよいよ名古木のスタート地点。キャットアイのスタートボタンを押して出発だ。今日は参考タイムを計る日だから、半原越を22分で登るぐらいの強度で走ることに決めている。
区間1は名古木の交差点からコンビニのデイリーヤマザキまで。区間2は蓑毛のバス停先の橋まで。区間3は菜の花台まで。区間4はゴールの看板まで。
アプローチの疲労もなんのその、途中までは快調だ。なんだかんだといって登り坂はうれしい。うわさ通り自転車が多い。半原越とちがって若者がいる。さすがヤビツと感動する。そういう若者たちもおじいさんもすいすい追い越して快調だったのは菜の花台まで。区間4は笑っちゃうぐらい脚が動かなかった。呼吸が楽なのに脚が動かない。力のかかりもおかしい。知らぬまに座り立ちこぎを多用して筋肉がまいっているみたい。いつも仲良しの田代さやかちゃんはどこに行ったのですか? 平坦にしかみえないラスト3km。20km/hは出ないとおかしいはず・・・。いつも4.72kmで勝負している身に12kmのコースは長い。ヤビツなんて嫌いだぁ。
ほうほうのていでゴールして看板前に自転車を立てて写真を撮る。これはヤビツ峠のお約束らしい。3分後にやってきたお嬢さんもやってたぞ。これでヤビツ族の仲間入り決定。さっそくメル友に写メ。ただし圏外。
| ラップ | タイム | 距離 | km/h | rpm | ||
| 区間1 | 5'09" | 5'09" | 1.58 | 18.4 | 73 | |
| 区間2 | 15'57" | 10'48" | 2.82 | 15.7 | 74 | |
| 区間3 | 32'55" | 16'58" | 4.08 | 14.4 | 75 | |
| 区間4 | 47'19" | 14'24" | 3.31 | 13.8 | 71 | |
| 全 体 | 47'19" | 11.82 | 15.0 | 73 | (3454) |
タイムは思いの外よくて47分台。50分を切っていた。ただ、区間タイムを見て?な気分になった。たしか表ヤビツは区間2が一番きついはずだ。そんなところで15.7km/hを出して区間4よりも平均速度が高いのはいかがなものか。無理に前半飛ばしたつもりはなかった。半原越のつもりで「これぐらいなら行けるはず」と押さえたつもりが、それでもオーバーペースだったらしい。長い登りの走り方がぜんぜんできていないことが区間タイムからも明らかになった。乗鞍の前にやっておいてよかった。
帰りは全線246を使う。追い風に自動車の列のスリップストリームもきいて35km/h以上で突っ走る。半原1号はフロントのアウターが36Tだからそれがほとんど精一杯の速度。246はコーナーもアップダウンもなくてスピードが出るのはいいのだが、調子に乗って交通量の多い道をびゅんびゅん走る自分が嫌だ。自転車を移動手段として割り切ればそれでもいいのだけど。
そういえば、ヤビツ峠を登っていたときに菜の花台のあたりでハルゼミを聞いた。四国にいたときにはわりと普通種だったという記憶があるが東京、神奈川ではあまり聞かない。菜の花台は標高550m。ただし、あれは山地の蝉というわけではないはずだ。このあたりでは局所的に発生するのだろうか。
ヤビツ峠のラップタイムを見返してみて、やはり腑に落ちないところがあったため標高の記載がある地図を見て斜度を計算してみた。名古木が105m、デイリーヤマザキが165m、蓑毛のバス停が210m、菜の花台が550m、ヤビツ峠が761m。ということで、区間1が3.8%、区間2が5.1%、区間3が5.9%、区間4が6.4%。上の方が斜度があることになる。これは実感とずいぶんずれがある。蓑毛のバス停から降りるときはジェットコースターのようであり、同じ坂が登りのときは壁のようだ。
どうやらヤビツは下の方がけっこう波打っているらしい。たしかに区間2の終わりは激坂だが、そこまでには下りもある。蓑毛から菜の花台には短い10%超がある。下りや平坦から上りを見ると数値以上に急に見えるものだ。菜の花台から上はそれほど波打っていないから見かけ上は緩くなるのだろう。そういうアンジュレーションをしっかり頭にたたき込んで、冷静に出力するのがタイムアップの秘訣だ。
外国のテレビ局がヒトの誕生の謎について、宇宙人と原始人の混血説があると紹介していた。半分冗談の番組だと思うが、たまたま人類の起源のことを考えているから、それなりに注意をはらって見た。どうやら宇宙人混血説はよっぽどのことがないとこれほど賢いつんつるてんの猿が生じるわけがないという素朴な疑問が発想の元で、根拠を猿と原始人の中間型の化石が見つかっていないということに求めているらしい
中間型の化石が見つからないということはダーウィンの昔から反進化論者から指摘されている。ダーウィン自身もそのことにちゃんと反論している。おそらく今はその指摘に科学的な回答が用意されているのだと思う。私はその点はよく知らないのだが、人間の化石が少ないことは想像できる。そもそも原始時代はヒトの数が少なかっただろうと思う。現代の日本ですら少子化対策が必要なように、ヒトは根本的に繁殖力が旺盛な動物ではない。また、中型の動物なので死体は大型のイヌネコ類によってかじらればらばらにされることが多かっただろう。大群を作る習性もなく、かたまって死んで埋もれるような間抜けなこともまれだろう。
そもそもヒトと猿の中間型の化石ってのがよくわからなかったりする。素人目にはチンパンジーですらヒトと猿との中間の骨格をしているように見える。証拠はともかくとして、人類が100万年前に地球上に登場したのは確かであろうし、黎明期は猿みたいな動物だったと思う。
ダーウィン流の進化論からすると、人類も宇宙人との混血とか遺伝子工学とかでいっぺんに生まれるのではなくじょじょに進化したのだということになる。もちろん私もその考え方を支持する。ただその漸進的な進化というやつはどうにも歯切れが悪い。キリンの首が長い理由なんてのはまだ許せるとして、新種の誕生についてはなかなか納得できない。とりわけ人類の誕生はイメージが難しい。
最近は正直言ってコカコーラをもてあまし気味であった。清川村のコンビニでは増量しているのに安いという私の琴線に触れる100円缶コーラがある。今年の冬からそれを買って棚田脇で飲んでいる。缶だから一度あけたらやっつけてしまわなければならない。残ったのを背中のポケットに入れて、というわけにはいかないのだ。半分ぐらいになると仕方なし感が漂う。飲み過ぎは先の勝負にマイナスになるのではという不安感もある。かといって、陳列棚の近くにある値段が高くおしゃれな缶を買うのはしゃくだ。だったら捨てればよいようなものだけど、量が多くて得だからと100円缶を買うぐらいの貧乏性がコーラを捨てられるわけがない。
その増量100円缶コーラが今日はすんなり腹に入っていった。体から水分がけっこう抜けているということだろう。気温は30℃ぐらい。1時間あまり走って汗はかいていないものの体は乾いているのだ。こういうところにも夏を感じる。田にはおびただしい数のオタマジャクシがわいて、水の上をギンヤンマが飛んでいる。あのきれいな水色のヤンマは少年時代のあこがれだった。
今日も半原1号だ。4.72kmで燃え尽きる走り方ではなくて、あくまで20kmの4分の1を走るつもりでやってみようと思っている。じつは昨夜までは26×23Tでぶん回してやろうと決心していた。それは死ぬほどつらいやりかただから先送りして逃げた。ちょっと手抜き気味の力加減で、75rpmでいける最適ギアを選んで走る。区間3まではそれでよかったが、区間4になるとけっこう全力だった。疲労がたまって出力できなくなったところに10%超だから手抜きでは前に進まないのだ。20kmをきっかり走るならばもっと手抜きでないとだめなのだろうか。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'27" | 4'27" | 15.9 | - | 74 | |
| 区間2 | 9'31" | 5'04" | 14.0 | - | 75 | |
| 区間3 | 14'24" | 4'53" | 14.5 | - | 75 | |
| 区間4 | 20'32" | 6'08" | 11.5 | - | 70 | |
| 全 体 | 20'32" | 13.8 | - | 73 | (1499) |
帰宅して庭の目障りな雑草を抜いて、秋田の農家からもらった稲をスイレン鉢に植える。トマトの苗ももらったのだが、さあどこに植えよう。全体的に日当たりが悪くじめじめした庭だ。トマトにはちょっと向かない。ひとまず山梨県から運んできた土から芽生えたヌルデを2本抜き捨てた。そこに植えるにはシャガも3株ほど抜かねばならない。
庭をいじって半原2号に乗り換えて境川へ。南からよい風が吹いている。50×21Tに入れて100rpmにするとちょうど30km/hになる。向かい風の中、30km/hから落とさないように走っているといつの間にか185bpmなんていう数値になっていた。それほどムキになっていなかったのだが。
さてもういっぺんということでヤビツ峠に行ってきた。今回は割り切ってずっと246を使うことにした。246ぐらいになると半端な道路よりはずっと走りやすい。右折車、左折車がない。歩行者自転車がいない。まちがっても交差点から何かが飛び出してくる心配がない。まさか脇見をしているドライバーもいないだろう。というわけで、時速35kmぐらいですいすい走る。ずっと横風区間、相模川を越えると向かい風。
表ヤビツも2回目だからコースの感じはおおむねつかんでいる。名古木から蓑毛の坂の下まで続くアップダウンも登りの距離をしっているからダッシュで行ける。ヤビツTTの記述を読んでいるとよくチェーンを落としたというのが出てくる。最初はイミフだったが、この下り区間でフロントアウターを使っているのだろう。インナー36Tもあれば40km/h付近までは出せるから、フロントのチェンジはしないほうがいいだろう。
ただし、半原1号はアウターが36T、インナーが26T。区間2の登りはインナーに落として、バス停前の12%でためらわず26×23Tを使う。半原1号はまずチェーンが落ちないような仕様にしている。あそこの坂は軽いギアを使って80rpmぐらいで越えた方がのちのち有利なように思う。半原越の丸太小屋(なくなったらしい)の坂で得た教訓だ。
今日は20km用のヤビツではなく、10kmを力を出して走りきるつもりだ。そうだとしても、蓑毛から菜の花台までが精神的につらい。22分ぐらいすると「あれ、もうゴールじゃないんですか?」という心の声が聞こえる。はっと気がつくとチャレンジする気が失せて漫然と走っている。
菜の花台からは正気を取り戻す。前回走ってラストの2kmほどがかなり緩いことがわかったから、2倍ぐらいのギアをつかってぐんぐん踏むことにした。10kmで終わりでよいのならそのほうがタイムは断然よくなるからだ。
| ラップ | タイム | 距離 | km/h | rpm | ||
| 区間1 | 4'32" | 4'32" | 1.55 | 20.5 | 80 | |
| 区間2 | 15'05" | 10'33" | 2.86 | 16.3 | 77 | |
| 区間3 | 31'17" | 16'12" | 4.08 | 15.1 | 73 | |
| 区間4 | 44'06" | 12'49" | 3.28 | 15.4 | 73 | |
| 全 体 | 44'06" | 11.83 | 16.1 | 75 | (3308) |
時計を見ながら走ったわけではないけれど、今日は45分を切った。デイリーヤマザキからは40分を切った。コースを知った上での持ちタイムだ。下りは裏ヤビツを使う。路面は相変わらずがたがただけどこっちのほうが好きだなと思う。10台ぐらいの自転車とすれちがった。
10万年も前の地層から現代人とも類人猿とも異なる化石が出てくると、それは猿人とか原人とか、人類の祖先であろうということになる。世界の各地から同様の特徴を持った化石がいくつか発見されれば、それはもう大繁栄した祖先だとみなして間違いない。その場合、化石人は絶滅種である。化石人は日本のトキやカワウソのように独立した種であってもう二度と地球上には現れない生物ということになる。樹形図で示す場合、人類の幹から伸びて中空で終わる枝の1本だ。(※3日の図を参照)
私はその表現には問題があると感じている。進化の本筋を見誤っているかもしれないからだ。その樹形図がトキのことを表すのであればかまわないと思う。トキ(ニッポニア・ニッポン)はトキグループの中から刺のようにちょんと伸びた小枝だったと思う。日本海ができたことによって日本でオリジナルに進化したトキの一種だ。日本のトキは中国のトキとも交配が可能とされていたほど若い種であった。若いと言っても数万歳。互いに交配する可能性が小さいまま10万年を経た群は別種とみてよいだろうと思う。親類と交配の可能性がないのなら樹形図上で異なる枝として表現してもかまわない。
その一方で、亜種群がオリジナルな種群と交わりながら進化(種分化)することを無視するわけには行かないと思う。おそらく種は生き続けるかぎり変わっていくはずのものだからだ。地理的な隔離が起きなくても種分化は起きる。きっと日本のトキはその直接祖先である日本の古トキとも別種になっていただろう。こうしたことを考慮するならば、人類の進化の枝は左の図のように塗り分けるほうがイメージしやすい。
黒いのは類人猿に進化していく枝。人間に進化していく枝は上に伸びる形にしている。図は上に行くほど時代的に新しく枝の幅は個体数を表す。ヒトは猿人、原人、現代人として3色で書き分けた。現代人と猿人の中間が原人にあたる。すなわち、ヒトは猿人→原人→現代人と進化してきたことにしている。それが定説かどうかは知らない。それぞれの境界は斜めになっている。斜めにした理由は、ある世代を切ってみれば、原人の中に何パーセントか現代人が混じっていたことがあった、というような状況を表したかったからだ。たとえば線分ABは「10万年前には地球上に現代人と原人が半々だった」というようなことを示している。なお、このことがもっとも重要なのだが、種と種を区切る斜めのラインはあくまでデジタルの実線のつもりだ。
デジタルな実線というのは交配できないという意味だ。ここでは別種の定義を交配できないということにしている。つまり、原人と現代人は交配ができないという1点で別種になる。交配不可能性をもっと厳密に定義すると、受精できず発生できないということになる。現象として原人と現代人の間では性交しても子どもが生まれない。それのみをもって別種だということにする。そうでなければホンモノの新種とはいえないはずだ。私が問題にしているのはこの意味での新種はどうやって誕生するのかということ。それは本当に可能なのか? どうやれば突然変異で新種の子が誕生できるのだろうか。ただし、この命題は根本的に偽問題のおそれがある。
すでにお気づきのように、私が採用している種の定義は理にかなっているように見えても科学的な実用性はない。化石人Aと化石人Bが交配可能であったかどうかなど調べる方法はない。それは化石人に限らない。現代人としていま生きている世代のヒトと平安時代のヒトの交配可能性を特定することはできない。日本人とイギリス人が完全に交配可能かどうか特定することもできない。もっと極端には私の職場で隣にいるお嬢さんが私の子を宿せるかどうかすらもわからない。もしかしたら私は旧人類で彼女は新人類かもしれないから。
実用的な科学では厳密な交配可能性までは考慮しない。化石を比べて形態が違えば別種にするしかない。ふつう化石では骨の形しかわからないが、とりあえず原始人だとオランウータンと人間の中間ぐらいの体にして毛むくじゃらにして棍棒を持たせれば、それっぽい。そういう毛むくじゃらのお嬢さんが私の子を宿せるかどうかは神のみぞ知る。
今生きている動植物でも事実上交配しないのなら別種として扱うことがある。日本のトキと中国のトキは別種のはずだった。タイワンザルとニホンザルはよく似ているけれども数十万年の隔離があり形態、生態での差異も大きいから別種として扱われる。ところが両者は容易に交配可能で、現状ではタイワンザルとニホンザルの混血が生まれ、日本の山野でやんちゃをするものだからタイワンザルが駆除の対象になっているという。
人間の都合によって潜在的な交配可能性が顕現することもあるけれど、それは無視して10万年も別居しておれば事実上の別種として実用上は問題ないだろう。その間に両者には乗り越えがたい障壁が生じるはずだ。高等動物であれば「あいつには色気を感じない」という心理的な障壁がわりあい簡単にできるだろう。鳥ではあの男は歌や踊りのセンスが悪いとか、昆虫だとあれはババ臭いだとか、些細なことで交配ができなくなる。また、形態上の差異から交配ができなくなることもあるだろう。チワワとセントバーナードは同種だが、自然交配は不可能だろう。彼らはたかだか数百世代、時間にして1000年ほどの品種改良によって作られた犬だ。野生動物も離れ離れに100万年もすれば形態上から交配できなくなる。昆虫類では外見では区別がつかず交尾器の形態が同定の決め手になる場合が少なくない。交尾器の変化が種分化を生むことは容易に想像できる。
実用的な進化に目を向けるのもよいけど、もっとも大きな問題を先送りすることになってしまう。事実上の交配不能と遺伝的な交配不能では決定的な差があるからだ。くどいようだけど進化を重ねるうちに、いつかは遺伝的な交配不能の子が生まれるのだ。そしてその子が生き残り新しい種として分化する。大進化ではこのことは絶対に起きなければならない。また説明のごまかしもきかない。無限の時間と無数の試行錯誤に自然選択が働けば翼も眼球もできるだろう、という類のなんとなく理解できたような気にさせてくれる話では収まりがつかない。
いまの進化論では進化の大元は突然変異であり、変異した形質が自然選択によって種の中に広まっていくということらしい。私もその説を支持したい。宇宙人やウイルスによってある世代からいきなり新人類ばかりが生まれてきたというような考え方はロマンチックではない。ダーウィン流の進化論がトートロジーというだけでなく実情を正しく説明するというならば、その文脈で遺伝的な分化の起源も語る必要がある。
一般に突然変異は脈絡を欠き珍しいものだ。それはあるときある子どもに突然起きる。形に現れている形質かもしれないし、形になっていない性質の場合もあるだろう。原始人から現代人に進化するときに、毛が生えなくなってつんつるてんになっていったはずだ。1234・・・・という1からはじまって一つずつ増えて無限に大きくなる「自然数」というアイデアを使いこなすような進化も起きたろう。それらは形に現れる形質だ。現代人を象徴するでかい頭、裸の体、直立歩行などについては、たぶんよいものだったが、もしかしたらわるいものもたくさんあるだろう。
進化論の文脈で悪い突然変異といえば、交配不能性は第1級だと思う。どれほど力が強く、どれほど頭がよくても子を残せないものは負け組である。ある日ある所に突然生まれた時速200kmで飛行できるスーパーマンでも彼に子どもができなければ進化の敗者だ。種の誕生を過去の種と交わらない新種という点におけば必ずこのジレンマがついてくる。
新種になる突然変異とは、旧種とのあいだに子ができず、新種間だけで子ができる変異を指す。突然変異は(おそらく)脈絡なくある個体に起きる。原始人の10000人に1人の割合で新人類が生まれるとして、彼に子が残ることはほとんどあり得ないことになる。新人類は最適者どころか最不適者なのだから絶滅への道を一直線にたどるはずだ。原始人と現代人が交配不能の別種と主張するならば、そこに横たわる難題を解いて示す必要がある。ヒトに限らずこのことが進化の最難題だと思っているのだが、どうなんだろうか。
いつもの棚田は中干しが入っていた。主水路から水をひくパイプが上げられて田に続く導水路はカラカラに乾いている。田には水がたまっているけれどそれは昨日までの雨水で、田の土にはひび割れが入っている。最初のオタマジャクシが上陸するにもちょっと早いからほぼ全滅したのだろう。見物するには値しない田になった。
今日の半原越は立ちこぎ縛りに決めていた。半原1号のギアを36×16T、2倍よりも重くセットしてスタート。立ちこぎといっても守備的なものだからケイデンスは低い。感覚的には階段を一歩ずつ登る感じだ。2.25倍のこのギアでは、もっとも緩いところではペダルがスコンと落ちるが、それは数十メートルに過ぎない。もっともフィットするのは4%ぐらいの緩いところだ。17〜18km/h出ている。区間2ののっけの坂や区間4では重すぎる。じゃっかん腕で引く必要もある。総回転数は980回だから、2000段ぐらいの階段をゆっくり登ったようなものだ。
「そういやしばらく立ちこぎってしてないね」というのがこの暴挙の動機だが、やってみて立ちこぎは体重と斜度とギア比のハーモニーだということを再認識した。立ちこぎのしんどさは緩いところも急なところもあまり変わらない。脚が落ちるスピードが変わるだけだ。だから、休みたいけど速度も落としたくないとき、塩梅良いギアを選択して使うのがいい。心臓も脚も売り切れたときのとっときにもなる。また、自転車初心者でも登りである程度のタイムは出せるので、体力自慢だけど乗りこなせていない人はやってみるのがよいだろう。ただし立ちこぎで出せる速度には物理学的な限界があるから、上達したい人は回す技術をマスターしなければならない。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'48" | 4'48" | 14.8 | - | 52 | |
| 区間2 | 10'09" | 5'21" | 13.2 | - | 47 | |
| 区間3 | 15'28" | 5'19" | 13.3 | - | 47 | |
| 区間4 | 22'16" | 6'48" | 10.4 | - | 37 | |
| 全 体 | 22'16" | 12.7 | - | 44 | (980) |
実は先週、神奈川の自転車乗りに名高い「道志みち」にいってみようとして失敗した。ヤビツ峠から行こうとしたのだが、道を間違えてひどい目にあった。その心の傷もすっかり癒えて、半原越を下っているときに再挑戦しようという気になった。ちょっとくたびれているから土山峠は休憩登りだ。26×23Tに入れて60rpmぐらいだと平地を時速20kmで走っている感じで峠を越えられる。ちょっと嫌いな宮ヶ瀬ダムの周辺の道を通って、今日は間違いなく県道64号線をつかって鳥屋から青野原へ。非常に気持ちの良い道だった。道志みちも悪くない。ただ帰りは下り基調でスピードが出すぎるのが難点か。今日は半分のところで引き返したがいつか山中湖までいってみよう。
途中、アオゲラの雛をみつけた。巣立ち直後らしいが何らかのトラブルに見舞われたらしく、道路脇でばたばたしていた。放っておくと日が暮れる前にタイヤの下敷きになってぺしゃんこになるだけだろうから拾い上げて谷側の栗林に投げた。石のように落ちるとおもいきや、けっこう力強くはばたいて栗の木に止まった。道路で死ぬのは犬死にで二次災害も心配だが、畑で死ねば何かの餌になる。キツツキが落ちているとはさすが道志、山の向こう側ならムクドリあたりだなと妙なところで感心した。
朝目を覚まして笑ってしまうぐらい疲れていることに気づく。眠りについた昨日の夜の疲労をそのまま引きずっている。昨日はちょっと走りすぎちまったかという反省もありつつ半原1号で半原越に向かう。エリアリンクすすがや店の裏山でニイニイゼミを聞く。ちょっと早い気がする。あいつは梅雨の最盛期の蝉だと思っていた。棚田は今日は遠目に観察。例のやつはまた水が引き込まれた。2週間もすればまた賑やかになるだろう。ここも遠目に見れば、田は20枚ほど。かつては全域が田だったようだが、いまは半分になっていることがわかる。残りの半分は畑、半分は荒れ地だ。
多少は疲れが残っていても走っているうちになんとかなることもある。今日はそううまくはいかなかった。50%回復というところだろうか。朝見たドラゴンボールでいえば仙豆を半分食ったぐらいだ。半原越は普通に。おもに36×21T、36×23Tを使う。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'20" | 4'20" | 16.3 | - | 70 | |
| 区間2 | 9'29" | 5'09" | 13.7 | - | 66 | |
| 区間3 | 14'32" | 5'03" | 14.0 | - | 67 | |
| 区間4 | 20'33" | 6'01" | 11.8 | - | 58 | |
| 全 体 | 20'33" | 13.8 | - | 65 | (1336) |
半原越から帰って性懲りもなく境川へ。多少しんどくても1日に100kmは走っておいた方がよいように思う。この疲れが8月にみのりをもたらすのだと信じておこう。
道路にはけっこう雀の死骸が多い。みな巣立ったばかりの雛である。十中八九交通事故だ。満足に飛べない状態で餌を探したり親を追っていて迫る危険を避けられなかったのだろう。
帰宅して庭のドクダミを見る。花にはアリが多い。数種類が来ている。おそらく蜜が目当てだ。ドクダミの受粉にはアリが一役買っているようだ。自慢のスーパーマクロで撮ったのが今日の写真。花穂の中にアブラムシも見える。虫世界は細かいところにある。
写真は今日午後7時の夕焼け空。日が落ちて勢いを失ない千々に乱れた層積雲が赤く染まってきれいだ。梅雨の晴れ間の夕焼けは格別に赤いような気がする。
まだ梅雨に入る前の6月初旬のことだ。世田谷のビルの10階で仕事をする機会を得た。窓の外をみると黒い大きな虫が飛んでいる。その正体はすぐに判明した。クマバチである。周囲をうかがいながら上下左右にゆっくり動いている。ときおり何かを発見し加速装置のスイッチをいれてビュッと飛んでいく。ヒヨドリにまで反応して追う仕草を見せる。どうやら窓の外20mの空間がやつの縄張りらしい。
夏のはじめ、丘の上空でクマバチが縄張りを張る姿をよく見かける。少年時代によく登っていた松尾の西の丘もクマバチの名所だった。青空を背景にホバリングしているその勇壮な姿は心に残っている。クマバチは東京周辺の住宅地では決して珍しいハチではない。私の庭にもよく来る。藤棚でもあればきっとその姿が見つかるはずだ。ただし、縄張りを張る姿はふだんは目にしたことがなかった。
仕事で入ったその建物は世田谷区の住宅地のなかにありひときわ高くそびえている。クマバチが縄張りを張っているところは地面からの高さが40mほどあり、下は芝生と駐車場になっている。風はどうかとその飛び方から想像すれば、建物を巻き込むようにやや強い上昇気流が発生しているようだ。ひらけて上昇気流がある場所という条件がマッチしているのかもしれない。
動物が縄張りを持つのはメスを待っていると相場は決まっている。メスが徘徊する時間帯と場所で待機して彼女をゲットしようと目論むのだ。当然、同じ目論見のオスもいるわけだから、喧嘩も起きる。この場所は少なくとも2頭のオスが競合しているようだ。数分おきに衝突して追いつ追われつしている。そのやり方を見ていると、下に回り込んで上空に追い払うのが基本のようだ。それが正しいのなら、メスが来たときには下に追って地表か樹上に降りて交尾するのかもしれない。
仕事をしながらときおり窓の外を観察していたが、午後にはハチの姿は見られなくなった。午前10時頃には終息するようである。いまの私はクマバチの生活にあわせて何時間も何日も観察することはできない。せいぜい10分ほど眺めるのが精一杯だ。
私がリアルに知っている人に相撲取りはいない。アマチュアで成績を残した人もいない。それどころか、相撲が強そうな人すらいなかった。それもそのはず、テレビに出てくるような相撲取りは傑出した人物であってそんじょそこらにいるものではないのだ。全く相撲に興味がなく、なかば嫌悪している私が知っているほどの相撲取りであれば100万人に1人ぐらいの逸材であろう。
おそらく相撲の強さは正規分布をとる。年齢、性差を補正して国民すべて(多少のモンゴル人なども含む)が相撲取りだとするならば、私は国民の中間からかなり下あたり、偏差値でいえば40ぐらいになるだろうか。おおむね40から60ぐらいに大半の国民が入る。私が子どもの頃に部落対抗相撲で無敵の横綱だった「さまくん」という郵便配達の青年は偏差値60あたりだと思う。
ところで、正規分布のグラフというのは面白いもので、裾野が富士山のように伸びている。とりわけ上位の方はどんだけ〜と心配するぐらい伸びる。グラフは数学的な計算を視覚可したものだが、現実にも当てはまる。1億人のうち、幕内になれるのは100人、三役以上になれるのは10人。大横綱になれるのは0.5人である。問題はX軸と区別できないぐらい少数派の大横綱だ。私から見れば幕内でも怪物なのに、大横綱というのは幕内たちですら化け物と認め、がちでは絶対に勝てないと内心であきらめているぐらい力の差がある。しかも上位の相撲取りのレベルは等間隔で並ぶのではなく、大横綱は断絶的に強いのだ。上位の相撲取りの強さは完全に生まれつきといってかまわない。大横綱はいわゆる天才である。
相撲にかぎらず、スポーツや勝負事、文芸、学問の世界にはかならず天才がいる。100年に一度の天才がなぜか100年おきに生まれて来る。それはもちろん偶然ではない。正規分布の曲線が天才を予想している。天才の誕生自体はサイコロを振るようなもので、たまたま1ダースのサイコロが全部ピンになったのが、大鵬でありイチローであり羽生なのだ。ちなみにこのたとえでは、1個だけがピンではない今一歩の逸材は天才の60倍いる。相撲でいえば大乃国クラスだろうか。
天才が出ないタイプの勝負事は面白みがなく文化にはならない。相撲は単純な勝負であるがちゃんと天才の活躍の場がある。大関レベルの才能のものが天才レベルにしょっちゅう勝てるようなルールだったり、天才レベルのものが運悪く負け続けるタイプの勝負であれば文化として発展できない。まるで社会は手間ひまかけて天才が活躍できる土壌を作り天才を待っているようにすらみえる。
天才が活躍する構図はスポーツや音楽、文学などの目立つ分野だけでなく、社会全般にあてはまることだ。生活のなかのちょっとした知恵や道具であっても、もとは天才的な発明が複製され改善され伝搬したものである。天才ではない人間も天才のやることなすことに共感ができる。それもなかなかの能力であり、ヒトという種の強みがここにある。
荻野川縁を走りながら、ふと「本当の種の起源はやっぱりダーウィン流の考え方では解決がつかないなあ」と思い直した。新種が突然変異でふいに現れるものならば、それは進化の上での最弱者であり何事も起こらなかったかのように淘汰されてしまう。そいつには配偶者がいないのだから。なにかランダムではない恣意的なメカニズムが遺伝には隠されているはずだ。ちょっと困り顔のダーウィン信者(私も含まれる)をあざ笑うかのように、この世界は数百万とも数千万ともいわれる種がいる。タイヤで踏みそうになったミミズも道ばたのカラムシも、なにやら未知のメカニズムによって現れてきたはずだ。
さて今日も半原1号で半原越。雨はぽつぽつと落ちているけれど本降りにはなりそうもない。雨の用意は全くせずケータイも背中のポケットに入れてきた。いつもの棚田で一枚撮影。被写体としてけっしてよい風景とは思えないが愛着がある。この写真を撮った場所の近くに自動販売機があり、仮面サイダーを売っている。最近いろいろな所で目にするようになった。それなりに人気があるのだろう。
半原越は26×17Tで行ってみることにした。帯に短したすきに長しというギアで、本当はかちゃかちゃ変速した方がいいのだろうけど、めんどうだから固定にした。半原越は梅雨時がきれいだ。ただ路面にミミズが出てくるのがうっとおしい。乾いたアスファルトはやつらにとってはサハラ砂漠も同じで横断なんて命がけの冒険だ。手遅れだろうが、半分乾きそうなシーボルトミミズを拾って谷に投げてやった。ミミズはカエルやヘビの餌になるのだから命を粗末にしてほしくない。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'25" | 4'25" | 16.0 | - | 83 | |
| 区間2 | 9'19" | 4'54" | 14.4 | - | 75 | |
| 区間3 | 14'15" | 4'56" | 14.4 | - | 74 | |
| 区間4 | 20'20" | 6'05" | 11.6 | - | 60 | |
| 全 体 | 20'20" | 13.9 | - | 72 | (1464) |
達人は体重を使わなくても大きな力が出せる。体重をかけて無理やり登るのと同じパワーをシッティングで出せるから大きいギアを使うことができる。したがって、シッティングとスタンディングでギア比やケイデンスを変える必要がない。スタンディングをうまくやるこつは結局シッティングでの出力を上げることだと悟った。ヒルクライム計算というサイトによると、半原越での私の出力は200wそこそこだ。それはプロの半分ぐらいであり、最適な走り方をするならば、スタンディングのたびにシフトチェンジをしなければならない。今日のように1.5倍程度に固定しておくと帯に短したすきに長しということにならざるをえないのだ。この程度のことに気づくのに3年ぐらいかかっている。
今の若者が無気力であるのは、自分がどれほどでもないことを重々承知しているからである。おのれが取るに足らない存在であること、いなくなっても全然問題ないと感じているからである。そうして目先の何かと無理やりつながろうとしたり引きこもったり逃げたりし、通常はごまかしごまかしなんとなく生きている。そういうことになるのも無理からぬことだ。なにしろ本当に個々人には生きる値打ちがないからである。
無価値の自覚がなければ、ひとかどだと思っていられるかもしれない。40年前なら部落の相撲チャンピオンはひとかどであった。私は水切りを楽々30回ぐらいできる無敵のチャンピオンであったが、それも世界記録には遠く及ばないものであることが容易に明らかになる。今ではなんでもかんでも自分のランクが簡単にわかってしまう。竹を薄くはいでかごを上手に作れる人間は重宝されたが、今ではそれ以上の機能をもつプラスチックのかごを150円で買える。勝負事でも勉強でも普通の人は普通だとわかってしまう。生まれつきそうしたことができる者がいて、それは誰それということが皆わかる。俗に言う情報化社会だ。
情報化社会というのはよいことで天才を取り逃す危険が少ない。大横綱になれるかもしれない少年はアメリカやモンゴルからでも調達できる。日本であれば義務教育によってマラソンの天才は小中学校のころからその存在が広く知られる。残念ながら日本人にはマラソンの天才はまだ生まれていないが早晩見つかることだろう。科学や文学の天才も取りこぼさない。大江健三郎を殺さなかったことをわれわれは誇りに思って良いと思う。
人間社会を牽引する100年に1人の天才はいろいろな分野にいて、その分野では天才を引き立てる100人の逸材がいる。偏差値90以下の凡人たちは皆で力を出し合って、逸材と天才が活躍できるシステムを維持しなければならない。そこに凡人の役割がある。むろんそのシステムから凡人は楽しみを得ることができる。音楽を創ることはできなくても音楽を聴くことならできるから。
地球はこのままでは有限の時間の中で太陽系とともに滅ぶことが明らかになっているが、もしかしたら人類は地球を捨てて宇宙に進出できるかもしれない。それをなすためには天才が星の数ほど必要だ。天才は確率的な存在であって作ろうとして作れるものではない。母集団は1億人よりも50億人のほうが見つかる可能性が高くなる。どんなにしょうもないやつでも命を大事にして子どもを育てたほうがよい理由の一つがそこにある。
電話機のコマーシャルだが、選挙に立候補した犬の親族がマニフェストとエベレストを言い間違うというのがある。私の記憶が正しければ同ネタで2本以上のコマーシャルフィルムが放送されているはずだ。そのことが奇妙だ。マニフェストとエベレストはそもそも間違えるおそれがない。それは放送する前からわかる。少なくとも1回放送すれば設定が無理だったことぐらいはわかるだろう。どうして明らかな失敗作が放送されているのだろう。
地口には単語のあいうえおが似ている以上に語感の一致が求められる。大きい小さい、固い柔らかい、丸い四角い、強い弱い。マニフェストは丸くて柔らかい語感を持った単語だ。一方のエベレストは四角くて固い印象がある。それはエベレストという単語が指す山の印象以前に言葉自体がかもしだすにおいだ。日本語を操る者は無意識に感覚する味だ。イオン化傾向でいうならば、エベレスト>マゾヒスト>フェミニスト>マニフェストといったところか。
その昔、スケルトンデザインが日本ではやったことがある。あのときのスケルトンというのは「透明」という意味でとらえられていた。それは日本語だけで起きたことだ。英語圏ではスケルトンという単語で透明というニュアンスはないらしい。日本語でその誤解が起きたのはスケルトンのスケルを「透ける」と連想したからだという者がいた。それは意味の意の方に引きずられてうがちすぎた考えだ。言ってる本人の腑に落ちているかどうかすら怪しい。真の理由は、スケルトンが薄い、軽い、はかない、細いという語感を持っているからであった。
ふとした言い間違いには語感の一致が不可欠である。さらに地口は意味の不一致、一歩進めて意味的矛盾が思いもよらぬ諧謔味を出す場合がある。誰にも明らかなように、エベレストと聴いたときに起きるイマジネーションは、マニフェストと矛盾するものではない。その両者は互いに無縁の存在なのだ。
あの一連のコマーシャルは以前から理が勝ちすぎる懸念があった。そもそもエベレストが国民的関心事であったのは半世紀ほど前のことだ。日本語にとってエベレストという単語自体が瀕死語であり、年に一度心に浮かぶかどうかというところだろう。あの犬シリーズは桂浜に行ったり選挙に出たり・・・時事に頼ることは行事に走るちびまるこちゃんを思わせる息切れ感が漂う。無駄なあがきはやめて打ち切るほうがよいだろう。
GARMIN EDGE500を買ったものだから勇んで半原越に出かけていった。EDGE500はいわゆるGPSである。もともと測定系の機械が好きで、その手のものはずっと欲しかったのだがいかんせん高価だ。それがついに2万円になって手が届くところまでやってきた。EDGE500は賢い。私なら1年かかっても解けないかもしれない難しい連立方程式を毎秒毎秒解いて地球上での自分の位置を把握できる。だから原則的には速度も高度も道路の傾きもわかる。EDGE500にはケイデンス計や心拍計もオプションとして用意されているが、肝心の本体が本当につかえるやつかどうか信用できないものだからまだ買っていない。
さて半原越での実証実験だが、いまいちEDGE500の使い方が分かっておらず信用できない。まずはデータをちゃんと取るためのデータ(使用経験)が必要だ。ひとまずタイムとラップはこれまで通りキャットアイ300DWにまかせる。こいつは最悪でもストップウォッチにだけはなるというすぐれものなのだ。
半原越を走っていると、ところどころでEDGE500の示す速度が1km/hぐらいになってしまう。人工衛星からの電波をうまく拾っていないらしい。EDGE500は地図がないというあっけらかんとしたGPSで、どれほど正確なのかはリアルタイムにはわかならい。半原越の道路はこの季節だと樹木の葉で厚く覆われている。そうなると回折だの反射だのいろいろ面倒も起きるのだろう。急峻な山の斜面であるから使える衛星も少なくなっているかもしれない。その辺はGPSの宿命だ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'15" | 4'15" | 16.7 | - | 76 | |
| 区間2 | 9'07" | 4'52" | 14.5 | - | 75 | |
| 区間3 | 13'55" | 4'48" | 14.8 | - | 77 | |
| 区間4 | 19'56" | 6'01" | 11.8 | - | 61 | |
| 全 体 | 19'56" | 14.2 | - | 73 | (1455) |
帰宅してEDGE500のデータを表示させてみると、空が開けているところはかなり正確に位置が示されている。半原越でもグーグルアースに重ねてみれば道路とのずれは20mほどしかないことがわかった。そうなると猛レースでレースを開催して足跡を残したくなる。さっそくトライしたけれど、いくつかの細かい障害があってうまくいかなかった。次回またデータを取りなおしてチャレンジしてみよう。今日のはちょうど20分ぐらいで、好記録であったがしかたない。
境川の自然も決して単調なものではない。梅雨の季節、境川サイクリングロードは両脇の白いフェンスが見えなくなるぐらいの緑の壁になっているところもある。暑苦しさと寒々しさの違いはあっても、様相としては雪国の除雪した道路のようだ。私は風が水稲の葉をたたいて渡っていくのを見るだけでうれしくなってしまうお手軽人間だが、道ばたの夏草がこれでもかとのびっこをして、ぼうぼうになっているといっそううれしさも増すというものだ。
最近、境川で目立つ花は写真のアレチハナガサだろう。見慣れぬフォルムで異彩を放っている。背が高く美しい花だ。おおむね目立つ草は外来種と相場が決まっている。ご多分にもれずこいつも外来だ。アレチハナガサは園芸種として移入されたものの溢出だろう。ナガミヒナゲシ、ハゼラン、ハナハマセンブリ、ヒルザキツキミソウ、メキシコマンネングサ、ツルニチニチソウ・・・境川でおやっと目を引く花はみんな外来種。私の庭の半分以上が外来種。この20年ほどは新着の頻度が上がっているようだ。最初はみんな羽振りがよいが、30年後にどれだけのものが強者としてはびこることができるか。私が子どもの頃の河原ではツキミソウやオナモミが天下をとっていたものだ。つわものや夏草どもがゆめの跡。ちょっと芭蕉パクリ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'26" | 4'26" | 16.0 | - | 78 | |
| 区間2 | 9'30" | 5'04" | 14.0 | - | 73 | |
| 区間3 | 14'26" | 4'56" | 14.4 | - | 70 | |
| 区間4 | 20'44" | 6'18" | 11.2 | - | 65 | |
| 全 体 | 20'44" | 13.7 | - | 74 | (1534) |
今日もEDGE500をつけて半原越にいってきた。2度目ということもあり、だいぶ機械にも慣れて存在が気にならなくなってきた。昨日の反省を生かしてスタートボタンとストップボタンを押す場所を変えてみた。終始データを取る必要はないばかりか、garmin connectというサイトでは部分的な切り出しに対応していない。EDGE500が最高に威力を発揮するのは迷ったときだろう。いつものコースでは特段必要なものでもない。ちょっとした試行錯誤をして猛レースに昨日と今日のデータを登録して競走させてみた。ちょっと笑える。
半原1号は何を隠そう泥だらけである。今年の梅雨はタイミングが悪い。「雨の中を走ったら洗ってやろう」と決意しているのだが、天気とこちらの走れる時間が合わない。ちょっと降られて泥をかぶっても、また明日も走るからこのままで・・・などと無精を決めていると、雨が降らなかったりする。そうなると、まあこんぐらいならいいかな・・・などと無精を決めていると、今日も晴れたりする。日差しはけっこうなものだが涼しい風が強い。自転車日和だ。
ほうぼうから夏の虫の声がする。林からニイニイゼミ。草むらからキリギリス。いつもの棚田脇にぼうっと座っていると次第にいろいろな虫が目に入ってくる。ウスバキトンボもずいぶん増えた。オレンジ色はまだ浅い。シロテンハナムグリが草刈りがはいって芝生のようになっている荒れ地に飛んできた。草の上に降りて潜っていこうとしている。産卵でもする気なのだろうか。歩いたり飛んだり、しばらくうろうろして再び飛んでいった。潜り込める隙間がなかったのかもしれない。乾燥して背の低い草が生い茂るような環境は日本では多くないのだろうなと思う。百姓が草を刈り続けることで、その手の環境が維持され、その手の環境を好む虫が生きる。ベニシジミなんかも人間がいなくなったら希少種になるような気がした。
半原越はEDGE 500をゲットして以来、ちょっと無理して走った感がある。今日は無酸素パワーを使わないように注意して走ってみることにした。心拍計はつけていないけれど、平均して170bpm以下になるような感覚だ。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'44" | 4'44" | 15.0 | - | 68 | |
| 区間2 | 9'58" | 5'14" | 13.5 | - | 66 | |
| 区間3 | 15'00" | 5'02" | 14.1 | - | 69 | |
| 区間4 | 21'23" | 6'23" | 11.1 | - | 54 | |
| 全 体 | 21'23" | 13.2 | - | 63 | (1369) |
この強度であれば90分ぐらいは行けそうな気がする。登りだと力を使い果たすと回復が難しい。20kmもある登りでは力をセーブする走り方も重要だ。2本目はさらにゆっくりで26×23Tを使って時速10kmで登った。さすがにその強度では登っている意味がない。昨日の雨に濡れたコンクリ壁のコケがきれいだ。
ぎりぎりぎりぎりぎりりぃぃぃっと鳴いている虫は季節と場所と声の大きさからキリギリスだろうと思っていた。しかし、私が最初にキリギリスの声を確認したときは、いわゆるチョンギースと聞きなしされるシャープなものだった。声だけではその主の特定に不安がある。今日も半原越の途中の草むらでやつらはずいぶん鳴いている。半原1号を止めてその姿を確認するため近づいた。やはり声の主はキリギリスだった。歩きながら鳴いている。キリギリスは状況によって鳴き分けるのか、方言のようなものがあるのだろうか。
例の棚田は水がもどされ何事もなかったかのように虫が泳いでいる。オタマジャクシも数匹いる。もしかしたら上流から流れてきたものかもしれない。アマガエルなんかは数回産卵してもよさそうに思うが、どうやら年に1回の産卵のようだ。100万年続く伝統をかたくなに守り続けているのだろう。水の中にはコオイムシっぽいのやハイイロゲンゴロウもいた。ゲンゴロウはシャープに泳ぐかっこいい虫だ。聞くところによると、ナミゲンが東京の区部で絶滅宣言されたらしい。なにをいまさらという感がある。30年ほど前からいなかったと思う。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'44" | 4'44" | 15.0 | - | 71 | |
| 区間2 | 10'02" | 5'18" | 13.4 | - | 73 | |
| 区間3 | 15'03" | 5'01" | 14.1 | - | 71 | |
| 区間4 | 21'21" | 6'18" | 11.2 | - | 65 | |
| 全 体 | 21'21" | 13.3 | - | 70 | (1495) |
半原越は昨日と同様にゆっくり。ただし軽いギアを使った。タイムはほとんど変わりない。ヒルクライム計算によるとこの速度でちょうど200wの出力らしい。ようはこの200wという出力を90分間維持すればよいのだ。できないことではない目標だと思う。
雨は半原越からぽつぽつ降り始め帰宅すると本降りになった。7月の雨だから合羽は必要ないと、そのまま境川に出かけた。泥よけだけはつけておいた方が良かったなとすぐに後悔した。時速25キロの南風を利用して200w(推定)走行を練習する。向かい風で時速28キロぐらいを維持すればよい。境川は人が少ない。ランニングの練習をする人がちらほら。自転車は少ないが、傘を差して併走するバカ中学生がいるから、ぶつからないように、キレないように気をつけなければならない。境川の主役はあくまでバカ者たちなのだから。
35年前なら、夏の雨の楽しみといえば、濡れた女子高生だった。さすがに今日は天気予報からして雨であり、境川サイクリングロードは場所も悪い。そんなものはまずおるまいと何の期待もしなかった。だから、濡れた女子高生が自転車に乗ってこっちに向かってきたときは目を疑った。イヤホンで音楽を聴き手で拍子をとってノリノリ上機嫌である。制服で、自転車のカゴには荷物もあるから、日曜とはいえ学校帰りだろう。午前中はくもりで、たかをくくって雨の用意をしておらず、いざ帰宅という段になって雨、というシチュエーションだったはずだ。さて彼女の上機嫌の理由とは? まさか夏の雨に濡れるのが好きなわけではあるまい。
センター街を抜けて渋谷駅でバスに乗ろうと思った。バス停に近づくとすでにバスは停車していたため小走りに駆け寄った。そのとき梅雨の臭いがした。梅雨の臭いというのはもう少し具体的にはビワの実の臭いだ。渋谷駅にはビワの木はなくビワを売る店もない。本物のビワが臭ったのか、ビワの臭いをまねた何か人工物なのか、幻覚なのかわからない。
私の家の畑には数本のビワの木があった。毎年、普通の農家がやるように新聞紙を袋にして実を包み夏の収穫を心待ちにしていた。今の季節になると私は毎日虫取りに山に通った。山ではそこらじゅうでビワを育てている。ビワは新聞紙の袋越しにも日々大きくなっているのがわかった。商品として売るために本格的に作っている畑のものは立派でうらやましい。40年前も「売っている」ビワは高価で私の食べられるものではなかったのだ。虫取りには暑い日もあれば雨の日もある。畑の中の道を行くとセミの声がやかましい。雨でもニイニイゼミは元気に鳴いていた。あいつは私と同じくビワの木が好きで、1本の枝に5匹、10匹と止まって鳴いている。セミの足下では筋をひいて雨が流れていく。そういうシーンとともに熟れたビワの臭いが梅雨のイメージを作っている。
蒸し暑さも雨も本質的に嫌うべき対象ではない。いまの程度であればじゅうぶんおつきあいできる。テレビでは揮発油を湿して体を拭く紙、汗を固着させるスプレー、室内干しでも衣類の臭いが取れる洗剤などを盛んにコマーシャルしている。そういう製品が悪とはいえないけれど、蒸し暑さや雨を悪者として表現する行為はあからさまな悪である。
生理的な嫌悪があったとしても冷静に対処すれば気にしないこともできる。その嫌悪の原因を科学的に明らかにし人体に無害だということを証明もできよう。梅雨程度のものはうまくやれば好きになることもできる。好きになる近道は梅雨ならではの何かを発見し、その何かをよく知り、その何かを好きになることだ。ヒトに特異のこの力をどれだけ伸ばせるかで幸福が決まる。生理的不愉快を嫌うことは犬猫にもできるのだから。
近所に謎のお宅がある。といっても世間的にはなんらヘンテコなものではなく、違和感を感じているのは私だけだと思う。家屋は大きめの木造モルタル2階建て。50平米ほどの広めの庭がある。都内なら豪邸かもしれないが、このあたりでは珍しいものではない。毎日通勤でそのお宅の脇を通っており、そこの庭木でキリギリスを聴いた。清川村で確認したぎりぎりぎりぎりぎりぃぃぃと鳴くタイプだ。わが家の自慢はエンマコオロギが鳴くことだが、キリギリスとなると負けを認めなければならない。また、そのお宅では毎年同じ所にオニグモが巣を張る。どういう具合でオニグモがそこを気にいるのかまったく不明だ。しかし、たまの不在を挟んで10年近く続いているからには、特別の原因が秘められているに違いない。
キリギリスやクモが野生ならば、そこに虫がいる原因は庭の自然環境にあるはずだ。それも人間から見た環境のよさではなく虫から見た環境の良さだ。キリギリスにオニグモといったVIPが集う魅力はなんだろう。その庭には各種の草花が栽培されている。路地植えも、鉢植えもたくさんある。小さいガラス温室もある。ビニールネットで囲まれた畑もある。目立つ花ではタチアオイ、ケナフ、コダチダリア。木はタニウツギやクチナシなどの低木。鉢植えではセンニチコウやワタ。それらの管理をしているのは家の主人と思われるおじいさんだ。
彼には独特の庭哲学があるはずだ。その象徴が水槽だと思う。軒下の、ちょうど道路から見える場所に60センチのガラス水槽がセットされている。直射日光が差し込む屋外なのに青水にならずガラス面にコケもついていない。毎日メンテしないとあれは維持できない。装備も完璧で、エーハイム型の外部フィルターが取り付けられ、水槽の4面が保温のためか特製の発泡スチロール板で覆われている。しかし、その中で泳ぐのは20匹ほどの廉価な金魚。1匹10円ぐらいで売られているエサ金が大きくなって過密飼育されている。以前はドジョウが入っていたこともある。室内からは全く見えない場所にある金魚鉢。投入している器材と労力に全く見合わない駄魚。観賞用でもなく、銘品の作出でもなく、飼育器材の実験でもない。通行人Aにはその意図を推理することすら難しい。
そのお宅では水槽と同様に全ての植物がよく手入れされ完璧に育っている。いずれも注意深く管理されこぎれいだ。ただし素人目にもよくみかける普通の植物ばかりで、特別珍しかったり、高価だったりするものはないようだ。さらに、種類にも庭の設計にも統一感がない。キク科にこだわりがあるとか山野草を集めているとか、菜園として功利的に管理している、というような感じは全くない。全体の雰囲気も、オランダ風の花壇だとか、イングランドのナチュラルだとか、日本の庭園だとか、そのたぐいの設計思想はない。雑草の侵入は我慢ならないようだ。そういえば、敷石も美意識なく漫然と純白の玉砂利がしかれたり、レンガがおかれたりしている。
何を育てるかは、思いつきの手当たりしだい。そのかわり手がけたものは完璧に育て上げる。たとえ行き当たりばったりでも飽きっぽさや妥協は感じられない。木を見て森を見ないタイプの庭づくりと見た。
そういうお宅だから、キリギリスがいたりオニグモが巣を張ったりするのは不自然だ。オニグモは室内の明かりがもれる古ぼけた農家の軒が似合う。この付近は夜明かりに来る虫が皆無だ。キリギリスはススキに代表される背の高い草や潅木の茂る所を好む。遷移の途中の雑然とした場所だ。両者ともにこぎれいな家屋と完璧に管理された庭はふさわしくない。ただそれも私が人間目線で庭の環境を眺めての印象でしかない。殺風景で味気なく見えるあの庭が、虫けらにとってみれば案外豊かなのかもしれない。
いよいよ追い詰められて新しいパソコンを購入しなければならなくなった。よさげなアプリがどいつもこいつも私が使っている旧式マックに対応しないのだ。選択肢は2つ。いわゆるPC互換機を買ってウインドウズを使う。インテルマックを買う。新しいアプリをあきらめるのは選択肢から省くとしてだ。
これまでの流れからすれば当然インテルマックを買うことになろう。ところが、最近のアップルに感じる嫌悪から、マックを買う気が起きない。
私がはじめてマックを手にしたのは20年ほど前だ。モノクロ4階調表示のプアなものだったが、他のコンピューターとは異次元のおもしろさを感じた。マウスというハードとファインダーというソフトが生理的な感覚にフィットしている。記憶に頼ることなく、ファイルを見つけて開くことができた。小技を身につけることなくコンピューターの操作ができた。ファインダーとマウスのハーモニーがポインタとカーソルを通して目と指先に心地よく響く。カーソルがしかるべき位置にあり、ポインターが動いて欲しいように動く。平凡なことだが、やつらの仕事はそれがすべてだ。マックのファインダーは芸術的なセンスのある天才エンジニアによって創作されたものだ。95以来、ウインドウズもファインダーを模倣しているけれども、使用感は完全に似て非なるものだ。
iPod、iPhone、iPadおまけにソフトのiTunes・・・近年アップル社が次々にリリースしているiで始まる製品はどうにも具合が悪い。見た目や使用感に生理的な心地よさが感じられないのだ。iPod、iPhone、iPadについてはちょっといじっただけで「こりゃあかんわ」と捨ててしまったから食わず嫌いかもしれない。iTunesはリリース時から使い倒している。そのうち慣れるだろう・・・と使い続けているけれど、何かしようとするたびにいらいらする。時をかける少女のように「ここはどこ? あなたはだれ?」と何度も機械に問わねばならない。どうして曲を再生するだけの操作で小さくイラッとしなければならないのだ。マックのファインダー下で動いているのにあの気持ちの悪さは何なのだろう。10年使っていまだになじめないウィンドウズと同レベルだ。
ファインダーを発明した気概というか魂が引き継がれてないならアップルは見限ったほうがよい。であれば、投げ売りか?と感じるほど廉価なPC互換機を買って、必要なアプリを使うときだけ起動すればよいという気がするのだ。
それほど暑くはないぞという印象で走り出す。いつものように西へ向かい半原越に行く予定だったが、すぐに気が変わりヤビツ峠に行くことにした。長い登りをこなすスキルがついてないという不安があるからだ。246号線を一路西へ。けっこう渋滞して走りにくいが他の道路よりはたぶんましだ。風は南からけっこう強い。
善波峠の登りは足慣らしにちょうどいい。Edge500は斜度を最も大きい所で5%と表示している。これぐらいだとおおむね15km/hで楽に登れる。名古木の交差点から県道70号線へ。デイリーヤマザキを過ぎるあたりまではアップダウンがある。今日は押さえてゆっくり登るつもりなので下りは力を入れない。蓑毛の急坂もインナーをつかってゆっくり。
蓑毛橋までは順調だと思っていたけれど、菜の花台が近づくにつれて妙な感じになった。ゆっくり登るには重めのギアを使うのが楽だと信じていたが、5kmも行かないうちに全然力が入らなくなってきた。善波峠だと2倍ぐらいのギアを使って時速15kmで楽勝なのだが、それを30分以上続けるのは無理らしい。やっぱり長い峠は難しい。こう反省したときには時すでに遅く、心拍数はいっぱい(たぶん)で、脚は他人のじゃないかと思うぐらい重い。楽々登るつもりが耐久走になってしまった。21Tにチェーンがうまくかからないという調整ミスにも腹が立つ。
10kmの登りをなめてはいけない。ちょっと歯車が狂うとペダリングががたがたになり、悪いペダリングは疲労と速度の低下を招き、さらに歯車が狂ってパニックになるという悪循環に陥る。結局、疲労困憊状態で到達したゴールのタイムは48分。ゆっくり登るつもりだったのだから50分でもよかったのに、あせって無理をしてこれだ。下りながらも反省しきりで、こんなことではダメだと、蓑毛のバス停からUターンして登り直し裏ヤビツに下った。
昨日の反省もあって、境川にでかけゆっくり走ることにした。自転車は半原2号を使い、心拍計もつけた。いつの間にか力んでたというのはよくあることで、心拍計の数字が力を押さえる目安になる。私の場合、回復走、いわゆるダイエット走りの場合は心拍数が138bpm以下ということになっている。それを守ってなるべく長時間走る。意識するのは上手なペダリング。90rpmが目安だ。南から時速25kmぐらいの風が吹いているから、ケイデンスと心拍計と相談して、ギアは50×23Tに決めた。今日はアウターが使えるぎりぎりの風だ。
梅雨が明けて気温は30℃以上あるだろう。こうなると境川の日中は私のものだ。自転車も少ない。とくに動きが読めないお年寄りと子どもがいないのがありがたい。犬もいないのがうれしい。あいつらは日中は足をやけどするからアスファルトを歩けない。実は何を隠そう境川は涼しいのだ。熊谷や高崎といった地獄とちがって、こちらは「湘南」である。海から冷たい風がびゅうびゅう吹いてくる。25℃の風が時速25kmで吹いてくれば涼しいに決まっている。直射日光にだけは気をつける。
138bpm以下と決めればホントに楽だ。この強度であれば、脚の重さだけで走るというやり方でOKだ。意識して使うのは腹の奥にあるはずの太ももを持ち上がる筋肉。動くのは太ももだから、太ももの筋肉を使っているのだろうと誤解して、ペダルを踏みつけるのはNG。脚を上げれば脚の重さでペダルは落ちていく。それぐらいの軽いギアでないと138bpm以下は維持できない。風と勝負して知らぬ間に150bpm近くまで上がっていると脚の付け根の外側が痛くなってくる。これが乳酸というやつだろう。
Edge500の記録によると、走行時間は5時間半、走行距離は130km。消費カロリーは3600だからやせたい人はこれをやるといいだろう。3600キロカロリーなんて定食4つ分だ。この間、腹は減らさないようにコーラ2本、アイス2個、おにぎり1個、大福1個を消費している。自転車を降りて体に痛いところもコリもない。腹も減っていないから特別たくさん食べたくない。運動の後のビールがうまいなんていう心境は30年ぐらい前にあったようなかすかな記憶がある。
ただし、こういう練習では足首とウエストがきゅっとしまったかっこいい体は手に入るが、登りには対処できないんじゃないかという焦りはある。低負荷と高負荷の走り方はぜんぜん別物のはずだ。200wの出力を無理なく90分間維持できるテクニックが欲しい。こんだけ執着しているんだから、川の中からペダリングの神様かなんかがふわっと出てきて画期的な技を授けてくれないものだろうか。自転車が嫌いになるほどのつらいトレーニング以外ならなんでもする。高価な機材が必要だっていうのなら買う。150万のデローザでなんとかなるってんだったらそれを買う。このさいだから、壺とかハンコとかでも買うから。できれば8月の中旬までになんとかならんもんですか?
写真は境川縁のアレチハナガサ。伸び放題。オギやクズも伸び放題。海風を受けてわさわさ鳴る雑草の壁の中を走っていくのは夏の快感。ペダルを止めると安物ホイールのラチェットがジジジジジジジと鳴ってキリギリスのようだ。暑苦しいこの音がぼうぼうの草むらに効果音として合っている。
今日は気合いを入れて半原越へ。スタートからよく脚が回る。ちゃんと体と自転車が一体化している。ただし、力は出てこない。2日で200kmほど乗ってエネルギーが枯渇しているのだろう。筋肉痛などの嫌な症状はまったくないのだが、エネルギーがすぐに回復するような立派な体ではない。
それならそれで、あまり力を使わない走り方で半原越を登ってみる手がある。昨夜からそれをねらっていた。20キロもある登りはがんばるだけでは対処できない。ぎりぎりの所まで力をセーブする技も必要だ。ギアはまず26×19Tを選択した。これで75rpmを維持して走りきれば平均で200w出力できているらしい。半原1号には昨日のうちに心拍計もセットしている。今日は170bpm台のミドル領域を守る日だ。160台に落ちる心配はないが、180を越えないように注意を払う必要がある。区間3までは19Tでも良い感じで行けた。区間4ではきっと180bpmを越えてしまうだろうと思い、21Tに落とした。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 5'32" | 5'32" | 12.8 | 147 | 74 | |
| 区間2 | 11'22" | 5'50" | 12.1 | 164 | 70 | |
| 区間3 | 17'10" | 5'48" | 12.2 | 169 | 71 | |
| 区間4 | 24'30" | 7'20" | 9.7 | 174 | 62 | |
| 全 体 | 24'30" | 11.6 | - | 69 | (1691) |
69rpmで24分半だから、目標には2分半ほど及ばない。この強度なら90分でも行けそうな気はするけれど、90分ではゴールを切っていないはずだ。無酸素パワーを使って走れるのは15分なのだから、いろいろ作戦も必要だ。午後からは境川に行く。今日も境川は涼しい南風が吹いている。自転車日より。ただし日差しは強くアスファルトの照り返しはつよい。汗が一筋顔を流れた。珍しいことだ。そういえば土曜日のヤビツ峠では脚にも汗をかいていた。サイクリングでも汗をかける体質になってきたのだろうか。LSDのつもりだったが1時間でエネルギーが切れてしまった。こういう経験も身の程を知れてありがたい。日が傾くと漂う夏の夜の臭い。その正体はオシロイバナ。
近所の道路でケセランパサランを捕獲した。ケセランパサランはわれわれの世代にはたいへんなじみの深い妖怪だ。みんなが知っているものの、正体は不明であるし何を目途としているのかもわからない。毛玉のような風体でただふわふわしている。
ふつうケセランパサランと見えるのは、たいてい草の種だったりする。今日捕まえたのは最近やたらと目にする。この季節にその辺をふわふわ飛ぶ毛玉があれば、まずこいつと見てまちがいないだろう。アメリカオニアザミという巨大でとげとげでなんとも情緒のない草だ。やはりこれも外来で、歩道の隙間などの乾燥したところにも強いらしい。こいつの種が意外とかわいい毛玉になって夏風に舞っているのだ。
今日の写真のものもアメリカオニアザミの可能性が高いが、早合点は禁物である。ケセランパサランとて妖怪の端くれである。こっそり草の種に偽装することぐらいはできるだろう。ケセランパサランと草の種は、その出会いがターニングポイントになるかどうかで区別することができる。思い起こせば、私がいわゆるホームページなるものを始めたのも1998年の夏にケセランパサランをみつけたことが契機になっている。あいつは今日のに比べ、段違いにかわいかった。夏が来るたび、再会を期して野山を探し回っている。草の種であればとっくに似たやつを見つけているはずだ。見つからないのはちょっとしたミステリーだ。
半原1号で半原越にむかったが、このケセランパサランがたくさんいるあたりで気が変わってヤビツ峠へ。今日は心拍計を装備して、170bpmを越えない強度で登ってみることにした。最小で26×27Tを用意し、ゆっくり走ればできない相談ではなかった。ただし、やたらと遅い。これはこれでしんどいもんだ。ヤビツ峠だとけっこう追い越され、弱いやつだと思われるのはしゃくだったりする。そこも辛抱だ。ところで何の練習? というのは明確ではないのだけど、絶対に必要だという直感はあった。
小一時間走ると腰が痛くてやってられなくなった。これまでの経験で、この痛みはサドルが高すぎるからに違いないと思われたので、3ミリほど下げた。登りをゆるく長時間やれば、少なくともポジションやフォーム、力の入れどころは確認できる。それはまず第一の発見だった。
| ラップ | タイム | 距離 | km/h | rpm | ||
| 区間1 | 8'23" | 8'23" | 1.58 | 11.1 | 64 | |
| 区間2 | 24'11" | 15'48" | 2.82 | 10.9 | 63 | |
| 区間3 | 49'19" | 25'08" | 4.08 | 9.7 | 62 | |
| 区間4 | 67'35" | 18'16" | 3.31 | 10.8 | 62 | |
| 全 体 | 67'35" | 11.82 | 10.5 | 62 | (4190) |
半原越に行こうと善明川沿いを走っていると、ギーッスという聞き覚えのある虫の声。40年ぐらい前に聞き覚えたキリギリスだ。こっちのほうにも四国風の鳴き方をするやつがいるらしい。ミンミンゼミは鳴き始めている。私の感覚では早いように思う。やはり四国での記憶によるがミンミンゼミは晩夏のセミだった気がする。もともと数が少なく声を聞く機会もあまりなかった。セミなんてものはその生活環境からするともっともっといて良さそうだが、どんな圧力がかかっているのだろうか。それにしても「アブラゼミの一生は何年?」という問いにいつ正解が出されるのだ。これってけっこう偉大なテーマだと思うが。だれもやんないなら私がやっちゃうぞ。
近頃いつもの棚田に行ってない。脇を通り過ぎるだけだ。あの草むらは太陽が照りつけいかにも暑そうだ。先にある墓場の木陰で休みながら作戦を練っている。作戦といっても簡単なもので、思いっきり行くか、ゆっくり行くか、普通に行くかという決心をつけるだけのことだ。今日はゆっくり。最近はず〜っとゆっくり作戦が続いている。さあ、今日は36Tのアウター縛りで、心拍数は180bpm以下でやってみよう。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'46" | 4'46" | 14.9 | 160 | 62 | |
| 区間2 | 10'16" | 5'30" | 12.9 | 173 | 62 | |
| 区間3 | 15'47" | 5'31" | 12.8 | 174 | 62 | |
| 区間4 | 22'54" | 7'07" | 9.9 | 178 | 59 | |
| 全 体 | 22'54" | 12.4 | 172 | 61 | (1397) |
このスピードでも自分に正直になるとそれなりにしんどい。90分続けられるかと問われると、言葉に詰まらざるをえない。午後は境川に行って南風と遊ぶ。今日もがらがら。その点では太陽ばんざいなのだが、上腕が日焼けの水ぶくれだらけになってしまった。
自転車はエコである。半原越を登るのに200kcalあまりを消費するようなのだが、これは麓でマルナガアイスクリームが製造販売している北海道産小豆を用いた九州銘菓の贅沢あいすまんじゅうという150円ぐらいする高級アイスを1本食べれば事足りる。贅沢あいすまんじゅうは袋の表示だと267kcal得られるらしい。150円で麓の煤ケ谷から上まで往復できるのだ。
自転車とはいえ走行時に二酸化炭素は排出する。燃料は主に炭水化物(体脂肪もたぶん炭水化物の一種)であり、呼吸によって炭水化物が水と二酸化炭素になる過程でペダルをこぐエネルギーが得られる。つまり私は吐息として水と二酸化炭素を撒き散らしながら走っていることになる。水はともかく二酸化炭素は温室効果ガスとして目の敵にされている。その点では用もないのに峠の山道でハァハァするのはエコではないかもしれない。
むろん自動車に比べればましなはずである。世間でも自転車のほうがエコというのが常識だ。たいていの自動車は石油という化石燃料を燃やして走るのだからエコなわけがない。自動車の燃料は1リットルあたり8000kcalのエネルギーがあるという。それを贅沢あいすまんじゅうの質量に換算すれば1500kcalとなり、実に5倍のポテンシャルをもつ計算になる。やるなガソリン。それだけのパワーがあれば環境負荷だって高いはずだ。
そもそも自動車は重い。人+自動車は人+自転車のざっと10倍の質量がある。それだけの装備がないとガソリンのポテンシャルを活かしつつ快適安全に走れないのだ。ガソリンというきわめてカロリーの高いものを食べながらも、デブな体のせいでアイス1本分の燃費で半原越を往復というわけにはいかない。標高差350m、距離は15kmほどであるから、乗用車でも1リットルは使うだろう。そうなると、ガソリンは贅沢あいすまんじゅうや体脂肪やグリコーゲンにくらべて炭素の割合が少ないとしても、10倍ぐらい(面倒なので計算していないが、もしかしたらもっと)二酸化炭素を出しているのだろう。やっぱり自転車はエコだ。
しかしながら、現代人ならば経済という視点をないがしろにしてはいけない。マルナガアイスクリームの贅沢あいすまんじゅうは、この時代にあえて瀕死語の「贅沢」とつけられていることからも明らかなように、贅沢品である。定価は150円。赤城乳業のガリガリ君60円に比して一桁上の贅沢である。ガソリン1リットルが150円に高騰した日には国民的一大事。贅沢あいすまんじゅう1コ150円で往復するか、レギュラーガソリン1リットル135円で往復するか。自転車で煤ケ谷と半原越を往復するのと自動車で煤ケ谷と半原越を往復するのと、経済的には同等かあるいは自動車が勝っているかもしれない。
近頃ゆっくり走ることに執着しているのは理由がある。焦りの裏返しだ。しかもその焦りがちょっとした誤解に基づいていたことを昨夜になって気づいた。私は卓球仲間に誘われて8月の「全日本マウンテンサイクリング in 乗鞍」というちょっと恥ずかしいタイトルのイベントにエントリーしている。コースは6%の勾配を20km走り普通に自転車で行ける日本最高点に到達しようってものだ。トップクラスは1時間で走る。そういう奴らは敵ではないとして、自分の実力を十二分に発揮できれば1時間30分では行けるのではないか、行けなくてもそれぐらいの高い望みは持った方がよい。乗鞍は標高も高ければ、旅費や宿泊料、エントリーフィーもけっこう高いのだから。
なにかにつけて高めの乗鞍なんて近づいたこともなく、6%の勾配を20km走った経験もない。どうなるかわからない。それでも準備は必要だ。練習には目安になるスピードが必要だ。乗鞍の20kmを1時間で走れば時速20km。そんな強度では3分しか走れない。乗鞍の20kmを2時間で走れば時速10km。そんな強度で短い距離を走っても楽すぎて意味がないだろう。目標タイムは1時間30分なのだから、時速20kmと10kmの中間の15kmで走り続ける必要がある。6%の坂で15km/hといえば経験上ぎりぎりっぽい力が必要だ。ぎりぎりで1時間半行けるのだろうか? 乗鞍で試せればいいのだが、旅費がもったいないから、手近でシミュレーションだ
半原越は5kmもなくて物足りない。幸いなことにヤビツ峠のいわゆる表ヤビツコンビニスタートってやつは距離が10km ほどで勾配も6%近くある。ちょうど乗鞍ハーフだ。半乗鞍といってもよい。これまでに3回走ってタイムを取った。最遅で1時間。息がハァハァしないレベルだ。最速で40分。こちらは10キロ完全燃焼モードであり、その強度で1時間半は無理だ。もしあれを乗鞍でやると後半の10kmは最遅の1時間以上は必至。合計したら1時間40分さえ切れないことになる。
ところで、手元のサイクルコンピュータによると、ヤビツの40分のときが平均時速15kmだった。わざわざコンピュータに見せてもらうまでもない簡単な計算だ。6%を15km/hでというのは短時間でもぎりぎりっぽかったが、どうやらその速度では行けても10kmだということが厳然と示されたことになる。これは戦力外通告にも等しかった。すなわち実力を出し切っても乗鞍を平均時速15kmで駆け抜けることは私には無理なのだ。
この結果に焦ったのはいうまでもない。ダメと知っても何とかならないかと模索するのが人情だ。その焦りから生まれた発想が「焦って自滅はダメだ。ゆっくり走って早く到達する方法を探るのだ」というものだった。矛盾しているようだが本気だった。登り坂でもっともタイムを失うのは高負荷をかけてしまい全然力が出ない状態になってしまうときだ。最悪まったく進めなくなったり痙攣を起こすこともある。ともかく1時間30分続けられる最大の強度を知って、そいつを体にたたき込ませて本番にのぞみたい。そして得られた結果が100%と信じるしかないと決意した。
まがいなりにも心拍計などをつけてAT値とかLSDレベルとか聞きかじって悪戦苦闘を続けた。真剣な苦闘とはいえ正直なところ楽だった。これまでは、半原越では毎回そのときどきに応じて力を出し尽くしていた。境川では向かい風になると、カンチェラーラごっこと称してぐいぐい踏み込んでいた。それが「ゆっくり走って早く到達する」というものすごい目標を掲げたものだから、じっさいは楽をしていた。何しろちょっとでも力が入っている自覚があれば「だめだめ押さえて押さえて。こんなんじゃ90分もたないでしょ」と心のリミッターがかかるのだ。100km以上走っても物足りないぐらいで、猛暑になってようやくその強度で帳尻があってきたのだ。
だけどこんな練習じゃだめだよなあ、時速15kmって早すぎね、1時間45分ぐらいに目標変更かな、などと毎晩もんもんとし続けていた。そして昨夜午前2時ごろ、20kmを1時間30分で走ったときの平均時速は15kmではない、という事実にはっと気づいていっぺんに気持ちが明るくなった。思えば小学校のときもこの算数が大の苦手だった。正解は13kmちょいなのだから、今の力でも届かない目標ではない気がする。それはそれでしんどいのだけど。
メンデルの遺伝の法則について、高等学校の授業以来(授業中も)まじめに考えたことがなかった。その気にならなかったのは、遺伝の法則が比の問題だからだ。一般的に比とか割合というものは小学校算数の最難関である。いまだに距離と自転車の速度で計算ミスをやらかしているぐらいで、そのへんはちっともできなかった。比とか割合について本質的で直感的な理解はできていなくても、大学に入学できる程度の理数の問題は解けるようになっている。そこはノープロブレムで過ごしてきた。だからなおさら遺伝が理解できない。
ところが、新人類はどうやって誕生するのかというような問題を解こうとすれば、遺伝の法則を無視するわけにはいかない。とりわけ優性、劣性についての理解は必須とみえる。
簡単に、人類の性質はAで新人類の性質がaだとすると、人類と新人類が交雑している集団には遺伝的にAA、Aa、aA、aaという体質をもった個体がいる。優性なのが人類の性質A(たとえば毛むくじゃら)で劣性なのが新人類の性質a(たとえばつんつるてん)だとすると、ホモのAAとヘテロであるAa、aAは毛むくじゃらだ。新人類の特徴であるつんつるてんの体をもつことになるのは劣性のホモであるaaだけだ。
劣性の形質は群れの中であまり表に現れず数が少なく見える。よく似た単語でいえば劣勢だ。もし、「人類にとって不利な環境変化」が起きた場合、淘汰されるのは優勢な優性のほうである。普通に人類といった場合は優性の方をさすからだ。そして、優性のほうが淘汰されるとなると、AA、Aa、aAがいなくなり人類全体に打撃となる。絶滅するか、数少ないaaの奮起に期待するしかない。逆に「劣性な形質の人類にとって不利な環境変化」が起きても、それは劣勢な群れに対しての淘汰圧だから、人類全体に大きな影響はないかもしれない。注意すべきは、劣勢なホモのaaが滅んでも、ヘテロのaは残るのだから、aという性質は残されることだ。氷河時代につんつるてんの体は不利で、生まれても生まれても死んでしまう状態が続いたとしても、生まれ続けることができる。適者生存ということばの印象とは裏腹に劣性はしぶとく生き残るのだ。
「新人類の母と新人類の父との交配でしか子どもを残せないのが本物の新人類」とした場合に、そんなものは速やかに滅ぶだろうと想像してきたが、遺伝の法則を考慮すればそう単純なものでもないという気になってきた。現代では遺伝子をDNAの実体として特定して操作したり、コンピューターを使ってシミュレーションをしたりして、遺伝の暗号がどんどん解かれているらしい。そういうエキサイティングな現場にいられないのは残念である。
むろん、比とか割合が理解できない者はその手の職に必要ない。小学校からこのかた周辺を見渡して思うに、比とか割合のことを直感的に把握できないほうが人類としては普通のはずだ。比のセンスを持った者は劣性らしい。
午前8時頃、近くの林でクマゼミが鳴いている。少なくとも2頭いる。クマゼミは新参者で数が少ない。それほど移動するわけでもないだろうから、毎年数を数えておけばクマゼミの幼虫期間が推定できるのではないかと考えていた。最近では2006年に多かった。その後も聞けないわけではないが、数は少なかった。去年も決して多いわけではなく、私のクマゼミ幼虫期3年説は裏付けが得られなかった。今年多ければ4年説に変更しよう。そもそもこんなやり方ではどうにもならぬが。
半原越に向かうべく、半原1号で荻野川から小鮎川に抜ける丘の道を登る。すると、休耕地の草むらからけっこうな数のキリギリスが聞こえてくる。一様に、ギーッスという切れのいい方の声だ。ギーッスのあとにチョンをつけるやつもいる。どうやらキリギリスの鳴き方は変化するようだ。縄張り宣言、誘い鳴き、というようなことがあるのだろうか。
さて今日は快調である。体から力がわいてくる。奥さん、このパワー感ですよ。若返ったピッコロ大魔王の心境だ。ペダルへのかかりもよい。半原越なんて17分ぐらいで登っちゃうんじゃないかと、夢を抱いて36×19Tでスタート。区間1はいい感じ、区間2もいい感じ、区間3もいい感じ、区間4もいい感じ。けっこう追い込んだ。ゴールしてさてと時計を見ると21分を大きくオーバーしている。これには唖然。途中の予想より1分以上遅い。これほど狂ったのも珍しい。
| ラップ | タイム | km/h | bpm | rpm | ||
| 区間1 | 4'28" | 4'28" | 15.9 | 166 | 66 | |
| 区間2 | 9'42" | 5'14" | 13.5 | 180 | 63 | |
| 区間3 | 14'53" | 5'11" | 13.7 | 181 | 63 | |
| 区間4 | 21'21" | 6'28" | 10.9 | 186 | 60 | |
| 全 体 | 21'21" | 13.3 | 179 | 63 | (1345) |
ちょっと調子は狂ったが、気を取りなおして境川へ。こちらにもキリギリスがいる。鳴き方はぎりぎりぎりぎりぎりぃぃぃ。彼らには彼らの事情があるのだろう。最近の虫けらは「聞いた」ばっかり。自転車に入れ込んで虫の相手を忘れている。ともあれLSDで80キロほど流して終了。境川からみる夕景色は蟲師の大禍時っぽい寂しさがあってけっこう好きだ(写真)。
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