PERCIPIO

※このサイト利用上の注意
ゲーム「野菜 七」をプレイするには、Macintoshというパソコンと HyperCard または HyperCard Playerというソフトが必要です。
なお、私のサイト(/percipio/) 以下のデザイン及びコンテンツ(ゲーム、画像、テキストなど)の著作権は日本国の法律によって、自動的に丁akeda(ちょーたけだ)と武 田 にありますが、その決まりは認めません。すなわちここの著作物に関する全ての権利と責任を永久に放棄しています。肖像権を犯さぬ限り、あなたの名のもとに無断でコピー、改編、商業利用等すべて自由です。

最新は3月16日 オタマジャクシが生まれる

2010.1.23(土)晴れ 半原越20分3秒

ジョロウグモ

自転車に行く前に先日見つけたジョロウグモ(写真)を撮りに行った。1月にジョロウグモを見ることは珍しくないけれど、大寒を過ぎてから見た記憶はなかった。この個体は成熟したメスで、サイズはざっと普通のものの半分しかない。おそらくはエサがあまりとれずに成長が遅れたものと思う。私の庭でもそうだが、この住宅地はけっして獲物に恵まれた環境ではない。ぜんぜんエサが捕まらずに餓死してしまうジョロウグモも多いと思う。このメスは成熟まではしたもののオスがおらず卵が熟さずにこうしてなすすべもなく網にとどまっているのかもしれない。破れた網を修繕するでもなく、このまま静かに命の終わりを待つのだろう。

今日の半原越は、半原2号で39×25Tでやってやろうと決心していた。データのラップタイムとケイデンスを分析して、最も有効なギアは39×25Tではないかと思いついたからだ。半原越はいやらしく波打っている。最高斜度のところでも、立ちこぎしてでも、60rpm を保持できるギアを使いたい。かといって軽すぎるギアだと、最もゆるいところでは空回しになってしまう。39×25Tであれば、60〜100rpm でその両方を満足させることができそうだ。

ラップタイムkm/hbpmrpm
区間14'19"4'19"16.416883
区間29'15"4'56"14.418473
区間314'06"4'51"14.618674
区間420'03"5'57"11.919161
全 体 20'03"14.118772(1444)

予定通り39×25Tでスタートして、軽い軽いと区間1を快調に飛ばすけれど、ふと心拍計に目をやると170bpmを軽くオーバーしている。1kmも行かずにこれだ。先が思いやられる。脚に力を入れているわけではないのに、緩い坂でも90rpmだと負荷は相当かかる。区間2ののっけのきつい坂でも力を入れすぎないように注意する。それでも180bpmを軽く越える。そんなにしんどくないのに、なんかへんだあ、とそのままのペースを維持する。

心拍計は嘘はついておらず、区間4になるとおもいっきりしんどくなってきた。ずっと最大心拍数の193bpmに張り付いている。久しぶりに死ぬのではないかと思った。そのかわり、ギアは重くはなく、力一杯という感じはしない。立ちこぎでは太ももの前、座ったら田代さやか、と交互に使って死ぬ一歩手前ぐらいでゴール。20分を切ってないのを知ってちょっと微妙な気分。このやり方は重いギアを使うよりしんどい。ただし、筋肉への負荷は小さく回復は早い。帰宅してジョロウグモの写真とキャットアイV3のデータを確認していると走り足りない気分になって境川に行った。


2010.1.24(日)晴れ 半原越24分34秒

くねくねと曲がる林道脇の風の当たらない日だまりを見つけて休憩することにする。雲一つない空に太陽が力強く照っている。南斜面だから3時間以上はこの調子で日が射しているのだろう。腰を下ろすと吹きだまった落ち葉が驚くほど暖かい。ことしは冬がなかったと思う。11月になってさあいよいよと覚悟を決めたら春になった。寒波が来ても春先のあがきのようなものばかりだ。

死ぬほどしんどい思いをして走るだけが半原越ではないと反省して、半原1号でやってきた。半原1号は36×27Tの軽いギアがついている。今日はこれでゆっくり走ることにした。ひとまず25分ぐらいかけて1回登る。息も脚もどってことない。寒いときは一度下ると体が冷え切って気力もすっかり萎えてしまう。とうてい登り直すなんてことはできない。今日はだいじょうぶ。何回かハーフができそうだ。どこでペダルに力を入れて、どこで抜けばよいのか。それとも、抜かない方がよいのか。いろいろ工夫して走ることにした。

ラップタイムkm/hbpmrpm
区間15'37"5'37"12.6-75
区間211'37"6'00"11.8-70
区間317'28"5'51"12.1-72
区間424'34"7'06"10.0-59
全 体 24'34"11.5-68(1671)

2010.1.25(月)晴れ 動物としての宿命

動物を食べるのはよい生き方とはいえない。食べられることを避けて食べたほうが生き残る、という方法は愚かだ。数からいうと、食べられる方が多いに決まっているのだから、地上の楽園は原理的に存在しないことになる。30億年ぐらい前らしいけど、光合成という画期的な方法が発明され、この生き地獄を克服する光が天上からさした。いまや、その方法が生物の主流である。植物を筆頭に光合成生物が勝ち組としてこの地球に君臨している。海も地上も彼らの天下だ。われわれ動物は数量からいえばいないに等しい。いなくなっても地球の姿はあまり変わらないだろう。

日陰者、負け組とはいえ、人類とこの私が他ならぬ動物という理由から動物のことも無視するわけにはいかない。食物連鎖は宿命的関心事ですらある。動物界を見渡してみると、食物連鎖にも漠然と秩序がみられる。Aが食うのはB、Bが食うのはC、Cが食うのはDというように、だいたいきまっている。行動を見ると、食べるにもルールがあるようだ。なぜか動物は自分のサイズとスピードを知っており、大きな影から逃げる。高速で近づいてくるものから離れる。追いかける対象は遅くて小さいもの。というような基本ルールができあがっている。この秩序は何十億年かの間に無秩序の中から生まれてきたのだろう。

食べられないものが生き残り、食べるものが生きながらえる、となれば当然、逃げる技、追いかける技が洗練されていく。動物は他者に出会ったときに「こいつは食えるだろうか」「こいつには食われるのではないか」と反射的に考える。生命の歴史と同じだけの時間を、そのことに費やしてきた。世の中が複雑化(種分化)するにつれて食う相手を絞る方法もとられる。クロアナバチとツユムシなどのように狙うべき対象と1対1の関係を結んでいるものもある。多くの動物が、何をどうやって食べるのかを知って生まれてくる。彼らの意図は生まれながらに外見に現れ、内面に秘められている。内面に秘められているものとは、カエルの中のヘビ、ヘビの中のカエルのようなものである。どうやってそんなイメージを持てるのか、全く頭の痛いところである。


2010.1.27(水)晴れ 手配書はどうやって作られたか

生きとし生ける者はこの世の中で出会うべき者の手配書をご祖先から引き継いでいる。その辺の虫けらを観察すれば、理屈の上でそうなっていることは明らかだ。ヘビは卵から孵ったときにカエルの姿が書かれた手配書を持っており、それをもとに食料を探せばよいのだ。

残念ながら、私は私の中にあるはずの手配書そのものはけっして見ることができない。人相書きの本人にあって「あっこいつだ!」と感じても、なぜそいつのことを知っているのかは分からないはずだ。何を見ることができたか、どんなものを見て衝撃を受けるかで、手配書の存在を推理するのみである。先日は半分眠った意識から勝手にわき出してくる文字・女の顔・風景などのイメージを観察し、それらカテゴリーごとに分類格納されているイメージの根っ子に手配書があることを直感した。あの臨死体験のような状態で体験した記憶像と同じようなものがヘビやカエルにもあると考えるならば、彼らの天敵vs獲物という本能行動も理解できる気がする。

生物だってもともとは無機物から合成されたというから、最初の食物連鎖は化学反応と同値だったにちがいない。アミノ酸や核酸から単細胞になり、多細胞生物になっても食べることは最終的には化学反応である。味も臭いも化学反応である。どんな捕食者にとっても、被捕食者はいい臭いのする旨い物に違いない。そうした経緯に思いを馳せるならば、生物の心にはまず味のイメージが有り、次に臭いのイメージが有り、うまいから食べる、いい臭いがするから近づき食べるという行動が発達する。光を感知する目という器官が発達すれば、いい臭いがして食べたらうまい物の姿が見えるようになる。臭いがわからない距離でも、そいつが見えたならば襲えばよい。それをベースに視覚像のイメージが誕生し、より獲物の発見に巧みな捕食者が生き残っていく。虫けらたちが生まれつき持っている手配書はそんなこんなを10億年続けてできあがったはずだ。進化論の文脈ではそうなる。

ヒバカリは、うまい具合に、異なる対象を主な獲物としている。カエル、ミミズ、金魚、そしてコオロギは全く相手にしない。ナメクジもだ。これらの共通項を見るだけでも、どうやって獲物を認識しているのかがわかる。水中の金魚では臭いに頼れないだろう。金魚でも動いてないものは獲物と認識しない。視覚が重要な役割をはたすらしい。カエルと同サイズのコオロギは全く相手にしない。体の上に登ってもピクリとも反応しない。私の目では、カエルとコオロギは似ている。少なくともカエルとミミズよりは似ていると思うから、カエルとミミズは別種の獲物として認識されているのだと思う。そうしたカテゴリーはどうやって成立するのだろう。


2010.1.28(木)晴れ一時雨 手配書はどう使われるか

動物が持っている手配書が機能するようすは二次元バーコードを携帯電話で読み取るようなものだろうか。携帯のカメラをバーコードにかざして被写界に入れば直ちにURLが表示されてリンク機能が発現する。動物たちは食う者も食われるものも、みなが種ごとに決められている二次元バーコードを持っている。ちょっとちがうのは全てのケータイでそのコードを読み取れるわけではないということだ。動物ケータイは読めるコードが決まっている。コードを読みとれる動物には、それは機能するけれど、ほかの動物には意味不明な市松風模様にすぎない。

たとえば、ヒバカリのケータイ(目)ではミミズのバーコードは読み取れるけど、コオロギのバーコードは読み取れない。カナヘビの目には、ミミズのバーコードもコオロギのバーコードも獲物として読み取れる。でも、カナヘビの目には金魚が読み取れない。そして私の目には、ヘビもトカゲもひっくるめて、かれら虫けらは「いざとなったら食えるかもしれないけれど、いざとはなりたくないな」という対象として写る。ヒトはおそらく草食基本の雑食系であること、また高い学習能力が本能的にとって変わり、捕食すべき対象を自動的に判定する能力は薄れているのだと思う。

こうした対応関係は、両者が出会ってはじめて発現するものである。飼育環境では速やかに茶碗の金魚に餌付くから、ヒバカリの心のなかに魚の手配書があるはずだ。しかしながらその辺の山里環境をみれば、一生魚に出会うことがないヒバカリも少なくないと思う。魚の手配書はいつの日か魚に出会うまで交番の掲示板に張り出されたままだ。もしかして、魚を食べたことのないヒバカリが魚の夢を見るようなことがあるのだろうか。食ったらうまそうだけど、思い当たる対象がない。なにやら運命を感じる不思議な生き物。水中をゆらゆら漂う魚を夢に見て、よだれをたらして目が覚めて、はてあれはなんだろうといぶかしがることがあるのだろうか。

こういう疑問をもつのは、私自身の心の中にある手配書が作出したらしい夢を見て強い衝撃を受けたことがあるからだ。一度、心の中に手配書ができあがってしまえば、強い恒常性があるはずだ。少なくとも消す原因が見あたらない。ヒグマとヘビもそうかなと思う。ヒトの中にも1億年前の天敵や獲物の手配書が残っているかもしれない。本来は、そのものに出会って心と体が動き宿命に気付くものだけれども、何かの拍子にひょこっと意識に上ってくることもあるはずだ。ヒトは創作力があるから、そうした衝撃的なイメージを絵画彫刻として表すこともあるだろう。龍やリバイアサンの出生地もそこかもしれない。


2010.1.29(金)晴れ 種の起源がわからない

いろいろな書物をひもといても、どうやって種が進化するのかについて納得できる解説が得られない。そもそもダーウィンの「種の起源」には種の起源については書かれていないらしい。種の進化は事実であり化石記録や状況証拠ならいろいろある。孤島や洞穴など、隔離された所では固有種とよばれる独特な種がいる。ガラパゴス島では、一種の小鳥がさまざまなエサに応じて分化し数種の鳥になっていることをダーウィンが見つけている。密林に蜜壺までがやたらと長いランの花があれば、彼の予言通りにやたらと長い口の蛾が見つかる。

そうした数々の事例は目を引く。しかし、それが本流ではないとやはり思える。環境の変化に対応するように、あるいは他の動物に打ち勝つように、という理由で進化するというのはどこか嘘くさい。孤島に閉じこめておけば、類人猿が人類になるだろうか? エサの種類がたくさんあれば、いろいろ食べようとして類人猿が人類になるだろうか? 森がなくなったため草原で暮らさざるをえなくなった類人猿が人類になるだろうか? トラやライオンの口を逃れようとして、類人猿が人類になるだろうか? 同じ星の下で同じ地球に住んで、ゴリラになった類人猿もおれば、オランウータンになった類人猿もいる。彼らは絶滅に瀕しているけれど、進化をミスったわけではない。ヒトになった類人猿さえいなければ、今でもきっとうまくやっていたんじゃなかろうか。

動物はどうやって変化していくのか。進化論の考え方ではランダムな変化、突然変異が積み重なる結果だという。鳥や昆虫のようなきわめて洗練された美しいデザインですら、ランダムな変化の賜だという。クロアナバチとツユムシのような奇跡的な関係ですら、ランダムな試行の積み重ねであるという。小さな変化でも1億回積み重なれば全然変わったものになる。きっとそれは正しいのだと思う。ただし、カブトムシの角がランダムに伸びたり縮んだりしていれば、1億年後も0mmにしかならないのが道理だから、そこに適者生存という理屈が必要になる。角が長いほうが強く、強いものが子孫を残すのだ。長い角を持つ父からは長い角を持つ子が生まれる。なるほどなと思う。じっさいにカブトムシを観察すると、長い角を持っている方がケンカに強くエサ場で威張っている。確かにそうだなあと納得する。

じつは動物の姿なんて速やかに変わっていく。イヌは人の手で改良されて100〜1000世代しかたっていないと思う。その時間は地質時代では無だ。それなのに、各品種の見かけの姿は、タヌキとキツネ以上に異なっている。チワワなんてのはイヌ目よりも半翅目に近い。自然交配できないチワワとセントバーナードは100万年後には別種になっているだろう。

淘汰圧という一定の力が加わり続けると種は劇的に変化するのだ。では、ゴリラとヒトを分けるほどの淘汰圧とは何だったのか。あのすばらしい翼をトカゲに与え鳥に変えた淘汰圧とは何だったのか。クロアナバチにツユムシだけを食べるべしと旧約聖書の神のような命令を下した淘汰圧とは何だったのか。それがわからないうちは種の起源がわからない。


2010.1.30(土)晴れ コーサスイ

向かい風の中、ナカガワに乗って時速28kmで走っていると、この単語が唐突に浮かんできた。コーサスイ。なんだ? 黄砂の季節だからコーサスイでもあるまいに、と反射的に心の中でおやじギャグをとばしてみたものの、全く聞き覚えのない単語でもなかった。まだ調べてはいないけれど、コーサスイというのは、有名な哲学用語のはずだ。デカルトかスピノザか、そのあたりが使っていたものだと思う。現代ではそのみずみずしい力は失われ、その単語で物思う人はいないかもしれないが、西洋哲学史には永久に残ることばだ。自発的に使ったことはないが、10年以上前に読み飛ばしていた書物でキーワードとして見たはずだ。この程度のことは10秒で思い出せた。

そこで終わればよくある愉快な想起話に過ぎなかった。ところが、コーサスイというのが「ロンサムボーイコーサスイ」として実にピッタリはまるのだ。しばらく気になって、懸命に思い出そうとしていたロンサムボーイ○○○○の○○○○に入るのがどうやらコーサスイのようなのだ。これは大事件だ。「ロンサムボーイコーサスイ、ロンサムボーイコーサスイ、ロンサムボーイコーサスイ」と心中で復唱すれば、ますますしっくりくる。もはやコーサスイ以外に○○○○を埋める単語はあり得ないという気になった。

ここで終わればよくある「思い出せてすっきり話」に過ぎない。しかし待て。私はコーサスイという単語の意味や使い方はすっかり忘れているとはいえ、それが西洋哲学の用語だと指摘できるのだ。もしかしたら全然違ってて、化学薬品とかかもしれないけれど、それなりの自信をもってそう言える。だのにあの夢を見た朝、1時間にわたって○○○○の意味を問い続けたのに、ぜんぜん思い当たるふしがなかったではないか。勝手造語だろうけど念のためにググってみるか、ぐらいの気持ちで寝床から立ち上がったのではなかったのか。しかもその3時間後には単語そのものをうっかり忘れてしまい「いや、全然記憶にないことばですから」などと自分自身に言い聞かせたではないか。

ここまで書いてきて、やっぱりあの映画監督の名前はロンサムボーイコーサスイだったと確信した。それはそれですっきりだが、なんでコーサスイに思い当たる節がなかったのか。ちょっとした悶々は残る。


2010.1.31(日)晴れ 半原越20分58秒

あちこちの田畑からかぐわしい臭いがする。どうやら土にも春のスイッチが入ったようだ。今日は半原2号で半原越。いつもの棚田はちょっと避けて、何年か前に休憩場所にしていた休耕地に行ってみることにした。ぼうぼうの枯れ草に座って景色を眺める。杉の葉の赤さは冬の終わりだ。落葉樹の芽の赤さは春のはじまりだ。この休耕地はずいぶん広い。造作からしてかつては棚田だったらしい。今は一部が大根なんかの畑になっているだけで、何年も雑草の生い茂る荒れ地のままだ。草刈りだけは年に数回あるからこうして入っていられる。

この雑草畑をちょっともらえれば清川村で生きていかれる。米と豆と芋を作って暮らせばよい。いまは農業技術がしっかりしているから素人でもなんとかなるんじゃないか。法論堂川には上流の釣り堀から逃げてきたニジマスも野生化して住み着いている。ときどきあいつらを捕まえれば食べ物に不自由ない。この清川村だけでなく、日本全国にこういう土地が散在している。私の明日はかなり明るいような気がしてきた。

今日はあまり元気がなくてゆっくりにしようと思った。39×25Tにかけてスタートしてから、ただ単にゆっくりでは無策にすぎる、ここはいっちょ攻撃的なゆっくりにトライだ、などと言い訳がましい考えが浮かんできた。これまでは、4.7kmをバランス良く走っているつもりでも、いつのまにかオーバーペースになって、15分で燃え尽きていたように思う。燃え尽きた焼けぼっくいで10%超が連続する区間4に入るのは自殺行為だ。攻撃的なゆっくりとは、必要以上に力を入れすぎて無意識に無酸素パワーを使っているのを止めることだ。力を入れれば速くはなるけれど反動のタイムロスが大きい。むろん、半原越で39×25Tなら無酸素パワーを使わなければ前に進まない所も25%ほどある。それ以外のところでの勝負だ。これは意外と難しい。自分の脚と相談しながら注意深く走る必要がある。心拍計で気付いたときは手遅れなのだ。

ラップタイムkm/hbpmrpm
区間14'50"4'50"14.614775
区間210'14"5'24"13.817070
区間315'01"4'47"14.017571
区間420'58"5'57"11.918561
全 体 20'58"13.517068(1426)

区間4が 5'57" で奇しくも先に20分ちょっとでフィニッシュしたときと同タイムだ。あのときは死にかけていた。ずっと最大心拍数を表示していた。今日はそれほどきつい感じはない。この調子で20分なら、ようやくホンモノではなかろうか。


2010.2.1(月)雪 突然変異

種の起源は分化だろう。ある種が分かれて新種ができるのが種の起源だ。あまたある進化論の書物をひもとけば、いろいろな理由が述べられている。私にはそれらがどうも面白くない。そこで扱われている進化はどうしても受動的で、いつまでたっても画期的なことをやってくれそうにないからだ。私の回りにいる生物はどれもこれも創造的で画期的な産物としか思えないのに。

生物は1世代ごとに、微少だけど、進化している。親からみれば子はほんのちょっと進化しているはずだ。それは確かだ。とりわけ有性生殖するものは顕著だろう。5000万年ぐらいでコガネムシの角がにょきにょき伸びて5センチになってカブトムシが誕生する。その場合、1世代では 0.000001 mmだけ伸びれば良いことになる。きっと細胞1個分よりも小さい変化だろう。いま生きているカブトムシは画期的だが、それは突然現れたものではなく、ぜんぜん気付かない変化の積み重ねなのだ。その調子でやれば、翼だってヒレだって人間精神だって、何だってできるという論調もある。

種分化の直接の原因は突然変異だというのは全面的に賛成だ。がんばって変われるはずがない。努力でなんとかなるのは個人の幸福とか社会の平和とか、そういう些細なことだけだ。実体はあくまで個体だ。生き物はなんとか生きて子を残すだけだ。種だの進化だのの出る幕は現実世界にはない。変異の積み重ねに失敗した種は、一瞬の寿命しかもたぬ個体の死とともにあっさり絶滅すればよい。その辺は人間社会とちがってさばさばしている。

1世代あたりでは、いかなる変異も 0.000001 mm伸びた角程度のものだろう。そこんとこのコツコツ100円貯金は大事だと思う。ただし、角だのヒレだのの発達を手助けするのは、適応とか適者生存とか、いくぶん歯切れの悪いトートロジーふうの説明になっている。冷静にみれば角を伸ばさない方向でうまくやっているコガネムシの方が多く、どちらかというとそっちのほうが繁栄している。地球に生き残れるよう、という視点ではカブトムシという種が生まれる必然性は見あたらない。そもそも、いま生きているやつはどれも40億年命をつないできた勝者ばかりなのだから、適者に決まっている。

もうちょっといかした突然変異はないだろうか。サイエンスファンタジーでは、突然変異の子は耳が聞こえないけどサイコキネシスを持ち、目が見えないけど未来を予知し、口がきけないけど他人の心を読み、長生きできないけど知能指数が10000ぐらいあったりする。そういう者が結託して新人類を作るか作らないかということになってしまう。じつは、ヘビやカエルにもかつて、そんな劇的な突然変異が起こったと考えてはだめだろうか。


2010.2.2(火)くもり 虫けらの二元論

「馬鹿の考え休みに似たり」というけれど、これからあえてその馬鹿の考えをしなければならない。これまで二元論で展開される考えは概して馬鹿の考えであった。話は作りやすく理解もしやすく何でも説明できてしまうが中身がない。馬鹿が利口のふりをしたいときの道具が二元論だと感じている。とりわけ、心と体、精神と身体、魂と肉体、その2つを行き来して物を考えているものは全部インチキだとみなしている。それらがいわゆる癒しになっているのなら休みに似ているからだろう。そういう私は唯物主義者だ。

そういうガチガチの唯物主義者である私も虫けらのことを考えるときには、彼らの心を想定せざるをえない。一寸の虫にも五分の魂があるからには、虫けらの半分は心でできているはずだ。「ヒバカリは生まれつきアマガエルが大好物で、見つけると一飲みにして食べる」という記述の半分は心でできている。そして進化の直接原因である突然変異はとうぜん心と体の双方に起きるはずで、心を抜きには進化の研究はできない。ここでいう心、魂というのはいうまでもなく手配書のことだ。もう少し大きくは手配書を元に自動的に展開される反射も含めて心という。

進化につながる突然変異は手配書にも起きる。それは実際に何が変わるのだろう。くやしいけれどヘビの体にどうやってカエルのイメージが書き込まれているかを、私は想像することもできない。私はえせ唯物主義者である。カエルの知覚があり、手配書との照合があり、狙い襲撃の捕獲の反射が起きる。そのときに起きている化学反応を全然知らない。唯物主義者失格だな。そのかわり、そのときの心がどう動くかは同じ動物としてなんとなくわかる。それだけが頼りだ。

私は手配書のイメージがどのようなものか見たような気がしているし、想像もできる。しかし、それは歪んでいるものだ。ヨーロッパ人と日本人が異なる臨死体験を持つように、心の奥にあって見ることができるものは見たいものだけだ。禅坊主ではないけれど、自分の目で見たものを信用してはならない。あくまで仮の表現としてのイメージと割り切るべきだ。

その意味では手配書なんてあるかどうかもわからないものだ。ただし、一度それがあることを想定すれば、その効果はありありと見える。ヒバカリは魚と蛙とミミズに対して劇的な反応を見せる。カナヘビはミミズとコオロギに劇的な反応を見せる。試してないけど、カナヘビは水中の魚は食わないし見えもしない、視界に入っても石ころぐらいにしか見えてない、と思う。

私はヒバカリとカナヘビはおなじ虫に見える。顔つきも頭のサイズもそっくりだ。ヘビとトカゲなので体つきはぜんぜんちがうけれど、物を食う頭部はそっくりなのだから、おなじ物を食って良いと思う。ヒバカリだってコオロギを食っても良いと考えた。げんにヒバカリを拾ってきたとき、とうぜん食うものだとコオロギを投げ込んだのだ。


2010.2.3(水)晴れのち雨 心変わり

心も体も、どちらも同じように突然変異が起こると考える。次に、そのどっちがより進化に有効か、ということを考える。おそらく突然変異ってのは99.9%ダメなことなんだろうと思う。生物はどれも精巧にできていて40億年も生き続けているのだ。それだけの歴史にはそれなりの重みがある。極端な突然変異はだめだというのは想像に易い。突然、背中に目ができても困る。体の各器官は相互に補完しているのだから、勝手なことをする器官は使い物にならない。腹筋だけがやたら丈夫でも人としてどうだろう。肉体では、ゆるされる突然変異はほんのちょっとしたことか、皮肉なことに、役立たずだけど邪魔にはならないものだったりする。

心の突然変異について考えてみる。心は変わりやすいもの、というのは意識・記憶の方の心。そっちは全然無視して、そうめったには変わらないはずの手配書で考えてみる。ヒバカリはカエルの手配書を持っており、その人相書きにしたがって誰にも教わることなくカエルを襲って食べる。コオロギを無視するのはその人相書きを持っていないからだ。本人も気付かない心の奥底の突然変異。いわば無原因の心変わり、好みの急変がいまは問題だ。

私がみるかぎり、カエルとコオロギはよく似ている。丸っこくて地べたをとことこ歩きぴょんと跳ぶ。カエルの人相書きがあるのなら、それがちょっと変われば、コオロギはカエルの仲間になるんじゃないかという気がする。人相書きの突然変異によってコオロギも食うヒバカリができあがるとしよう。昆虫食のヒバカリなら水辺から離れても生きていかれるかもしれない。それら0.1%ぐらいのヒバカリは餌の多い乾燥したところでも生きられるようになる。生息地が分かれれば、島に新種が生まれるように、ムシクイヒバカリという種が誕生する。

手配書の突然変異は、体の変異に比べて圧倒的に有利である。まず第一に失敗の危険が小さいこと。コオロギもカエルにみえる人相書きであれば、コオロギのいないところではカエルを食えばよい。そのヒバカリは全く通常のヒバカリとして生きる。カエルがカビ病なんかで絶滅して、本来はヒバカリも一蓮托生になるところをコオロギを食えるグループは生き残るかもしれない。また、不幸にしてコオロギが口に合わない場合も中毒死の危険は回避できるはずだ。ヤドクガエルを学べるのなら、コオロギもその一種だと思えばよい。ある種の毒ガエルだと学んで避ければ良いからだ。人相書きが変わるというのは、人でいうところの好奇心の芽生えみたいなものだろう。私は進化の本当の原動力はそのような心変わりだと思っている。適応も淘汰も適者生存も種の起源を説明せず、実況見分を並べているだけだ。

ただし唯物論者の私は人相書きがどうやれば書き変わるのかを知りたい。おそらくは発生のとき、脳の神経の何かが変わればよいのだろう。それは大きな変化ではないと思う。少なくとも外から観察して違いがわかるようなものではないはずだ。肉体の変化が小さいほど突然変異も起こりやすいのじゃないだろうか。個体に起きた変異が原因で寿命が縮まなければ、その心変わりは子孫に伝わる。それこそ変な変化があったとしてもそれは発現しないまま延々と引き継がれ、100万年間、運命の出会いを待ち続けるのかもしれない。


2010.2.5(金)晴れ 意志と表象としての世界

いまはだいたいこんな所かなと思う。ちょっと気になったのはヘビの起源だ。ヘビのことを考えるたびにヘビの起源が気になる。あのさっぱりと美しいデザインはどうやってできたのか。どうして手足を捨て去ることができたのか。ひとたび発達させた手足を捨てることの難しさから、ヘビはトカゲから分かれたものではないと結論したこともある。トカゲのレゾンデートルは手足だといってもいいぐらいだからだ。さらに今回では、昆虫を食うヘビが見あたらない(当社比)ことから、いっそうトカゲ祖先説の疑問符が大きくなった。

トカゲというヤツはとにかく昆虫を食う代物である。コモドドラゴンのように巨大なものはどうか知らないけれど、昆虫を食えるサイズの口を持ったトカゲは等しく昆虫を食うものである。ワニはトカゲではないけれど、ワニだって生まれたばかりの小さいやつは昆虫を食う。ヘビがトカゲから分かれたならば、ヘビも昆虫を食っていいはずだ。そういうことを考慮してなおかつヘビはトカゲの一種なのだとするならば、よほど手足が不要で昆虫のいないところに入り込んで行ったトカゲを想定しなければならない。

こう来れば、答えは一つ。海だ。中生代の、珊瑚が群生し無数の魚が群れていた美しく澄んで暖かい海だ。トカゲは両生類から進化して乾燥に耐えるすべを身につけながら昆虫を追って陸の深いところに進出していったはずだ。敵なしで手当たり次第に虫が食える大陸というフロンティア。当時のトカゲの心はそっちに向かっていたはずだ。ところが、その一派がもう一度ふるさとの海を目指すことになる。遠い祖先が海から川へ遡上しやっとこさ手足をゲットし、乾燥に耐える卵を得て、ようやく上陸を果たしたというのに、あるトカゲは海に帰ったのだ。

海では手足はなくてもよい。珊瑚や岩場の隙を動き回るにはない方が好都合だろう。現在でも珊瑚礁にはウミヘビがいる。海には昆虫はいないかわり、珊瑚礁にはうんざりするぐらい魚がいる。しかも夜には珊瑚のかげで眠っているから、食い放題だ。だからこそトカゲはもう一度海に入ったのだ。そうこうすること1千万年。ウミヘビの中から、もう一度陸を目指すものが現れ、それがいまのヘビになった。

これはかなり無理がある。無理があるといえば、心(イメージ)が進化を牽引するという考えを、夢うつつの臨死体験状態から拾って来て、なんだかんだと理屈をこねているうちに「意志と表象としての世界」を思い出した。ショーペンハウエルの名著であり、20年ほど前にずいぶん感心して読んだ覚えがある。なんだか私の発想がその影響を受けているように思われたのだ。今一度読み返してみる必要があろう。思えば私が仏教のおもしろさを知るきっかけになったのもショーペンハウエルである。お釈迦様の掌で得意げに跳ね回った猿の心境もこんなだったろうか。


2010.2.6(土)晴れ ヘビモトトカゲ

中生代の当時、トカゲがヘビになった経緯についてもう少し妄想してみよう。ヘビになったトカゲは1種類である。その名をヘビモトトカゲとしよう。いまのヘビの大成功を思えば同時多発的にいろいろなトカゲからヘビが誕生したように直感するけれど、それはきっとまちがいだ。さらに、1種類が1か所でヘビになったと考えるべきである。世界中に分布するヘビモトトカゲが一斉にヘビになるかもしれないが、ならない方が自然に思える。

さて、その場所であるが、大陸辺縁の熱帯にある島嶼だと思う。大陸棚に珊瑚が作った島々だ。どの島にも高い山はなく砂漠のような荒れ地に背丈の低い植物が生い茂っていた。海は遠浅で珊瑚礁が発達している。空から見れば、コバルトブルーの海に白い砂と緑に覆われた島々が点々と浮かぶのが見える。島の大きなものには、恐竜やワニのような大型の爬虫類もいたけれど、たいていの島で支配的な動物は小型のトカゲであった。

そのころ、地球は温暖化をはじめていた。極の氷が溶けて海進が起きる。ヘビモトトカゲの島は最も標高の高いところで50mぐらいしかない。1000万年続いた温暖化の結果、島の90%は海に沈み、無数にいたトカゲたちは小型の数種が生き残っているだけだ。その中でヘビモトトカゲだけは元気だった。海進に歩調を合わせて海に進出することに成功し、珊瑚礁を新たな住処として繁栄を築いたのだ。

やがて地球は寒冷化し海退がおきる。同時にヘビモトトカゲの島がある大陸棚は隆起が起こっていた。100万年後、島は大陸と完全に地続きになる。ヘビモトトカゲは海沿いに広がる珊瑚礁をたどって、南へ西へ広く大陸全体に進出していった。中には川を遡上して大陸の奥をめざすものが現れる。かつて大陸棚であったところは広大な湿地になって無数の川が蛇行している。そこはヘビモトトカゲにとって極めて好都合な場所だった。泥や水苔、浅い水辺はトカゲにはそれほど住みやすい所ではなかったのだ。トカゲは泳ぎが得意ではなく、手足がじゃまして泥や水苔に潜るのも上手ではない。トカゲ以外でヘビの脅威になりそうな大型の魚も入ってこれない。

陸と水の狭間はトカゲが過去の遺物と馬鹿にしている両生類の天下だった。そこにヘビが現れた。オタマジャクシ、カエル、サンショウウオは食べ放題だ。ヘビを丸呑みする体長1mの巨大ガエルもいた。しかしながら巨大ガエルは成長が遅く、オタマジャクシや幼ガエルのときは格好の獲物にすぎなかった。彼らはほどなくして地球上から絶滅するのだが、ヘビの進出がその一因であったといわれている。

ヘビの中にはさらに内陸へ進出するものも現れる。本来は海への適応だったが、そのシンプルでしなやかな体は陸の上でも無敵だった。静かに確実にあらゆる獲物をしとめることができた。ヘビにはスピードがないことが他の動物にとって唯一の幸いだった。地面に穴を掘ってうまく隠れるものも、木の上に住むものも、新たな脅威を迎えることになったのである。


2010.2.7(日)晴れ 半原越20分43秒

やっぱりモズがいる。ここを縄張りとして一冬を過ごすのだろう。今日も暖かい。気温は10℃もなさそうだが、棚田わきの南向き斜面は風が当たらず日だまりになっている。100円という表示につられて買ったコーラがうまい。田をみると草かげに鳥がいる。なにかをしきりについばんでいる。キジバトのようだ。さて何を食べているのか? 近くの田を探ってみるが、めぼしいものは見あたらない。ハコベのつぼみがずいぶんふくらんでいる。それだろうか。キジバトはハコベの種はけっこううまそうに食う。

半原越は、チェーンホイールを変えた半原2号でやってきた。5000円で買った中古のコンパクトに34Tをつけている。区間4をもうちょっと回してもバチは当たるまいと思ったのだ。そしてギアを変えてケイデンスを一定にする方法を試す。前回と同様に前半は押さえた。TTをやったわけではないから20分43秒は悪くない。区間ごとにあと10秒。距離にして25m。ここまで来ると近そうで遠いな。いまのままの練習ならば届かない目標かもしれない。前回に見つけた中間点のひだまりに座ってホットレモンを飲みながら、そんなことを考えた。

ラップタイムkm/hbpmrpm
区間14'27"4'27"15.916567
区間29'36"5'09"13.717864
区間314'36"5'00"14.218066
区間420'43"6'07"11.618465
全 体 20'43"13.717865(1347)

帰宅して軽く食って境川へ。ナカガワのチェーンはしばらく9段用のデュラエースを使ってきた。高級品ではあるが、いまいちディレーラーやスプロケットとの相性が悪くしゃらしゃらうるさい。8段用のシュパーブプロとジュラだから当然の不一致ではある。それをコネックスに変更した。コネックスのチェーンは素手で切れるというアイデア物で、最初はびくびく使ってみたが、非常に具合がよい。シュパーブとの相性も悪くない。値段も安くたいしたもんだ。

境川の風は南だった。午前中は北で、それが午後から南になった。北日本に大雪を降らせた低気圧がいなくなったのだろうか。半原越に行くときと帰るときで、どちらもけっこうな向かい風になる区間(善明川沿い)があって、サギにあったような気がした。そのかわり、どちらも追い風になる区間(相模川沿い)もあるから文句は言えない。境川のいつもの道を追い風では32km/h、向かい風では30km/h。無酸素域まで上げず継続して動ける強度だ。半原越のゴール前でもういっぱいなのにギアを重くしてラストスパートをかけてみたり、向かい風をにらみつけてまっすぐ走れるのは非常に幸福なことだ。極めて人間的なこうした行為をひたむきに続けられるのは幸福なことだとつくづく思った。


2010.2.9(火)晴れ 梅にスズメ

スズメ

通勤途上にある梅の木に毎朝スズメが群れている。その数は5から10羽といったところだ。木の上を飛び回ることはせず、なにやらしきりに会話をしている。撮影のために木の真下まで近づいても逃げない。そのかわり、会話はぴたっとやめる。それ以上近づくと逃げますよ、ということだから、さっさと離れる。10mも離れればOKだ。

動物が群れるには何かの意味がある。スズメはわりと群れで生活する鳥だ。冬には竹林などにねぐらをもって数百羽が一か所で眠ることもある。この木はねぐらではない。夜明けと共にこの梅に集まってくるのだ。餌場にはスズメも群れるが、この近くに餌がある様子はない。もともとこの地域は水田もなくスズメは少ない。メジロやシジュウカラ並みの野鳥だ。境川の大清水高校向かいの休憩所のように、自転車乗りから食べ物をもらえる場所では、近くの木に群れて様子をうかがっていることがある。そういう群れはせわしなく飛び回っているものだ。この木にいるスズメの数は冬が多いけれど一年中見られる。時間帯は朝が多く、昼にもわりといる。いまの季節なら婚活パーティーかもしれない。ただし、それぞれ微妙に距離をとっており、こいつとこいつはできてるなというカップルが見あたらない。

梅の木はようやく花がほころびはじめたところだ。しだれタイプでドーム型の枝には毎春ピンクの大粒の花がきれいに咲く。平屋建ての民家の庭にあって、背丈は屋根よりちょっと高いぐらい。周囲にはこの木を見下ろすような高い建物や木はない。見晴らしの良さは、それほどでもない。ムクドリは民家から突き出たアンテナなどに好んで群れている。スズメもそういう所にとまるけれど、この梅の木の群れの落ち着きようは見晴らし用でもないように見える。近所には100mも行けば背の高い木の林はある。そこはいろいろな鳥の餌場にもなっている。

何が良くてここに集まり、なにを話しているのだろう。この木は高くもなく、低くもなく、見下ろすでもなく、見上げるでもない、ごみごみしているわけでも、がらんとしたわけでもないという微妙なスタンスとしか言いようがない。直感的には、ご近所さんがお互いの顔を見て「やあ、お早う」「さあ餌でも探しますかな」「ところでどこかいいところを知りませんか」「いや、こっちはあきまへんわ」という、もうかりまっか?コミュニケーションをする場のような気がする。餌が少ない季節だからお互いにいい情報が欲しいはずだ。追跡しないとホントのところはわからない。


2010.2.14(日)晴れのちくもり 自転車の練習

半原越は敬遠した。昨日は平野部でもこまかい雪が降っていた。峠は気温も低く日影も多い。先週もそうだったが、きっと路面が凍結しているだろう。つるつるの路面はやっぱり恐かった。そこでいつもの境川。4時間100kmぐらいなら午後からでも大丈夫だ。日曜の朝恒例のワンピース(矢口真理ちゃんの歌がいい)を見て、今日はオリンピックも見て、ゆっくり出かけた。

境川はほぼ無風だ。30km/hぐらいでいろいろ試してみる。いまの目標は回すペダリング技術の習得だ。おそらくペダリングの胆は、上死点付近でなるべく早く力をかけること、そして、下死点付近でなるべく早く引き脚を使うこと、この2つに尽きると思う。その両方ができないと、登りを高速回転で乗れない。高速回転で乗れないと回して20分切りという目標は永遠の彼方になってしまう。

もう30年もやってるのだから、上死点で早めに力をかけることぐらいはできる。下死点から引き脚を使うこともできる。70rpmぐらいの低速であれば両方ができているという感触もある。ただし、ここに踏みとどまっていては、あのプロたちの信じられない速度には近づけないはずだ。90rpmでその胆の両方を満たすことは容易ではない。クランクの1回転は0.7秒ぐらいだから、上死点で力をかけている時間は0.2秒。次の0.2秒で脱力して、続く0.2秒はちがう筋肉を使って引き脚に力を使い、次の0.2秒は脱力。これを左右の脚をあわせて3000回ぐらい正確に続けられれば目標の達成だ。いまは10回ぐらいしかできない。

回転は自転車の基本だ。90rpmを1時間というのは初心者には遠い目標かもしれないけれど、1年もやれば誰でもできるようになるだろう。私も無風の境川で2.5倍のぐらいのギア比であれば鼻歌まじりでこなせる。ただしそれはほとんど空回し状態だ。意識としてはどこにも足がかかっていないし、どこでも脱力していない。尻と太ももでぐるぐる回しているだけという感覚だ。風を受けて4倍のギアで高速巡航しているプロも傍目にはそうやっているように見えるけれど、きっと力を使っているのだと思う。空回しでそれができているなら、もっと大きなギアを使ってもっと速く走るだろう。

3時間ぐらいやってみて、その難しさにあぜんとした。ここに生まれついた天分の壁があるのか。ホントにダメかどうかは本気で1000時間ぐらいはやってみないと分からない。最初は90rpmなんて無理だと思っていた。引き脚なんてないと思っていた。70rpmでも踏みと引きと両方できるとは思えなかった。まあやってみることだ。4時間で110キロ乗った。


2010.2.15(月)雨 クランクとBB

半原2号についているクランクはMOSTというものだ。台湾のFSAが製造し、イタリアのピナレロが自社の廉価版ロードレーサーに取り付けて販売している。これが非常に評判が悪い。ピナレロを買った人がシマノの105やアルテグラに変更しヤフオクで投げ売りする。私が5000円で買ったのもその手のものだ。で、使用インプレであるが、これがなかなかよい。カンパニョーロのコーラスから変えて、皆さん何が気に入らないのかさっぱり分からない。変速性能が悪いという人もいるが、それはクランクよりもギアとフロントディレーラーの問題。そもそもフロントを2枚にすれば、どうやったって悪夢は生まれるものだ。私はそう割り切る。アームの精度が悪くギア歯がぶれるという人もいる。それだって、20年前の超高級品のほうがずっとひどかった。コーラスだって1mmぐらいは揺れるからずいぶん良くなった。デザインが気に入らないという人もいる。カーボンクランクなんてかっこわるいに決まっている。シマノはもっとかっこわるいと思う。私の美意識では、もはやいまのロードレーサーでは何をやってもOKだ。少なくともMOSTをシマノに変えても劇的な改善は望めそうもない。

MOSTの課題はBBとの相性にあると思う。そこんとこが極めて繊細なのだ。MOSTは設計上、左クランクをシャフトに目一杯ねじ込む方式だ。そうなるとベアリングの当たりはBBの幅のみに依存する。BBハンガーシェルの幅は68mmだが、塗装がついたりフェイスカットをやり過ぎたりで、0.1mmぐらいの違いは出てくる。MOSTのQファクターは一定なので、おのずとシェルの幅が広ければ渋くなり、狭ければガタが出ることになる。一時代前のカップでベアリングを包んで縦横の当たりを調整する方式であれば0.1mmの狂いは命取りだから、絶対にそういう部品は使えない。ところが、シマノの発明したホローテックII 方式であれば、わりといいかげんでもよい。特に締めすぎには問題が起きないようだ。MOSTクランクをシマノのBBに取り付けると、これでいいのか?と感じるぐらい渋くなる。昔の方式のBBだとカップが削れるぐらい重いのだが、乗ってみると全然抵抗を感じないからそれでよいらしい。使用者が当たりを手探りする余地がない。

本家のシマノはMOSTと全く異なる方法でクランクを固定しており、玉(シール?)当たりの調整が簡単にできる。実は自転車屋でホローテックII のクランクやBBを見たとき、正直いってその構造が想像つかず、玉当たりをどうするのかが分からなかった。シマノの説明書を読んで、ちょうどアヘッド式のフォークとヘッドのようなものだと合点した。つまり、シマノのBBにシマノのクランクをつける場合はステムをフォークコラムに固定するのと同じ要領で、クランクをシャフトに2個のボルトで締め付けることになる。BBの玉当たりはクランクをシャフトに軽くねじ込むことで調節できるから、0.5mmぐらいはハンガーの幅が変化しても対応できるはずだ。

ところが、シマノのBB自体の評判が良くない。悪評はただ1点「渋い」というところにある。それはあくまでチェーンを外して手で回しての渋さだ。もともとシマノは渋いメーカーだ。カンパニョーロなんかの回転部のなめらかさは異常といってもよいぐらいだった。完成車の状態(チェーンつき)でペダルを手でもってクランクを逆回転させると5周は回ったものだ。シマノだと1周ぐらいか。いまの半原2号は手を放したところでペダルが止まる。

それが気に入らないという人や店があるようで、シマノと互換性のある台湾のTOKENというメーカーのBBが軽く回ると好評である。ウェブ上のインプレッションを見ると、シマノをTOKENに変えると登りでギア1枚違ったなどという記述もある。ギア1枚といえば婦人用軽快車とロードレーサーの差ぐらいはありそうだ。それほど違うのならTOKENがすごいというよりも、元のシマノがひどすぎる。気のせいでなければ調整がおかしかったのだ。BBの抵抗なんて、たとえ0にできたとしても自転車のスピードにそう違いはないだろう。トルクがかからない状態での軽さにそれほど意味はない。

ところが、私はそういうインプレをいろいろ読んでTOKENを注文した。TOKENはBBの幅をスペーサーで変えることができるからだ。通常のシマノホローテックII の幅を0.5mm単位で2mmまで短くできるのだ。シマノは構造上、BBの幅を変える必要がないからその設計にはなっていない。私のMOSTは幅調整ができないとジャストフィットにはならない。予測では、BBの幅を0.5mm短くすればもっとよいはずだ。現状のMOSTが渋くて使い物にならないというわけではないけれど、これって絶対ジャストフィットじゃないよね、と思いながら乗り続けるのは精神衛生上よくない。MOSTがBBの幅でしか玉当たりの調整ができないからにはTOKENも使ってみなければならないのだ。


2010.2.17(水)くもり チリモン

メガロパ

娘がチリモンをやりたいというので、さっそく和歌山の「かね上」から、チリモン用のちりめんじゃこを取り寄せた。さすがにチリモン用というだけであって、カタクチイワシの中にアジ、イカ、甲殻類などのチリモンたちがたくさん混じっている。写真のものはおそらくメガロパとよばれるカニの幼生だろう。体長は4mmぐらいある。

私がチリモンのなかでまず見つけたいのは「ワレカラ」だ。地味でなじみのない虫だけど、古典文学の世界ではメジャーなはずだ。枕草子の「むしは・・・」という段でも枕になっている。おそらく平安時代の文化人たちは実物を見たことはなくてもその名は作品に使っていたことだろう。私がワレカラの存在を最初に知ったのは、古語辞典か広辞苑かでイラスト付きの解説を読んだときだ。子どもながらに「けったいな形の虫だなあ、こんど海にいって見つけよう」と胸躍らせた覚えがある。

枕草子では『まあ、コオロギ、ワレカラ、ホタルなんかはけっこうメジャーだけど、じ〜んと来るのはミノムシだよね。秋口になると父よ父よと親をよんで泣くんだもん』とある。ミノムシの話は枕草子を読む前から耳にしていて、ミノムシが鳴くのならその声を聞いてみたいものだと思っていた。ただし、ミノムシは鳴かない。オオシモフリスズメあたりとの勘違いなんだろう。

で、肝心のワレカラであるが、今回ゲットした資料からはきれいなものがまだ見つかっていない。それらしいものはあるが、破片ばかりできれいな標本とはいえない。これはっ!というのもいくつかあったけれど、みんな子エビかシャコのようだ。まだはじめたばかり、おいおい見つかるだろう。


2010.2.18(木)雪のちくもり クロスカントリースキー

クロスカントリースキーのスプリントを食い入るように見た。もちろんテレビだ。クラシカルが力強く美しい夏見円選手を応援してきたのだけれど、彼女のピークはとうに過ぎており、バンクーバーでの活躍は期待できない。それでもがんばって欲しいと手に汗握る。

クロスカントリースキーは体全体を激しく使う。腕も強くなければならない。相当疲れるだろうなあ、と感じてふと我に返った。「自転車も腕を使った方がいいんじゃないだろうか。」半原越のTTなんてたかだか20分だ。腕も肩も背中も使える力は使えるうちに全部つぎ込むほうがいいように思われた。クロスカントリースキーの選手は何十分も腕を使う。そういえば、車椅子レースの選手は車椅子でも時速30kmで駆けていく。あれは腕で走る自転車みたいなものだ。鍛えれば腕だけでもあんな出力ができるのだから使ったほうがいいに決まっている。

ここまで考えて、半原越にずいぶん明るい光が射してきたように感じた。ただし、これは幾度となく訪れた妄想の可能性が高い。いざ、腕を使うつもりで半原越にいった日には「あっ、今までもけっこう使ってたのね」と思い知らされてがっくり肩を落とす姿が目に浮かぶようだ。それでもやらないわけにはいかない。


2010.2.20(土)晴れ 春来る

タネツケバナ

コンコールライトというサドルと絶版になって久しい16T、15Tのギアを手に入れて、ナカガワで境川にでかけた。今日もほとんど無風でポカポカ陽気。白いチョウが視界の隅をかすめていく。モンシロチョウか? 黄色いチョウも視界に入る。モンキチョウか? そんな虫が飛んでいてもおかしくないぐらい暖かい日だ。

コンコールライトはかのアームストロングが愛用していることで有名なサドルだ。私も新発売になったときに鉄でできた一番安いのを買った。15年ぐらい前だろうか。コンコールライト以前のコンコールシリーズは非常に高価だった。私にフィットしそうだったけど、ちょっと手がでなかったのだ。そのときのコンコールは確か6000円ぐらいで本当に安かった覚えがある。ライトというのは軽量というよりも廉価版という意味かとも思ったぐらいだ。そのときのコンコールは八幡浜に置いてある鉄パナにつけてある。カーブがきついサドルだから、微妙なセッティングが必要だ。どんなに高級な自転車でも、サドルの高さ、前後位置、傾きの3つがうまくいっていないと走ってはくれない。5回ぐらい調整し直してベストポジションを出した。幸い私はどんなサドルにも合う体をしている。ただ、どちらかというとコンコールライトのようなカーブのあるタイプのほうがしっくり来るようだ。古いものだけど良いサドルだと思う。

後ろギアはこれで15・16・17・18・19・20・22・24という8段の仕様になる。一人で走る私には12・13・14は必要ない。最近のギアは12から始まることを思えば事実上の11段仕様という超高級車になった。というのは冗談にしてもフロントアウターと後ろ真ん中やや下にチェーンをかけてちょうどいいギア比にできるというのがうれしい。

帰宅して久々に庭に出てみると、もうタネツケバナ(写真)とハコベが咲いていた。しばらく冬っぽい天気が続き、庭の観察は敬遠していたから、これが最初のハコベとは断言できない。しかし、普通は1回しか咲かないハコベの花の様子からすると、どうやら初咲のようだ。これでわが家にも遅い春がやってきたことになる。


2010.2.21(日)晴れ 半原越20分37秒

ナカガワ

ワンピースはイワンコフというキャラクターが嫌いなので、オープニングの歌を聴いてさっさと出てきた。相模川の流域では田起こしがはじまっている。私の庭でもタネツケバナとハコベが咲いて、田んぼの季節の到来だ。なんと季節の移りの早いことか。主観的な時間経過のなんと早いことか。この先、死ぬまでまたたくまに過ぎていくことを思えば、そのへんのムクドリやカワラヒワも愛しく思えてくる。彼らは私なんぞよりも、もっと生き急ぎ死に急ぐだろう。

いつもの棚田は殺風景にはちがいないが、田起こしで攪拌された土の臭いが新鮮だ。毎回見ていたモズが今日はいない。さてどうしたものか。近くで耕耘機の音がする。田起こしで土が掘り返されると虫が出てくるから、そこに行ってたらふく食っているのだと思うことにした。あのモズもすっかり友達気分だ。今日は、半原2号でやってきた。テーマは腕を使うこと、に決まっている。走り出してすぐに18日の予想が妄想だったことに気付いている。クロカンスキーも車椅子も腕力がそのまま推進力になる。しかし、自転車ではいくら腕に力を入れても進んではいかない。腕に込めた力を脚に伝えて回転力にしなければならないのだ。このことは何年も前に気付いていた。そして上半身と下半身を連動させることの難しさも思い知らされていたのだった。

ラップタイムkm/hbpmrpm
区間14'29"4'29"15.816574
区間29'37"5'08"13.818068
区間314'35"4'58"14.318270
区間420'37"6'02"11.718763
全 体 20'37"13.717971(1464)

半原越のタイムは判で押したように前回とほぼ同じ。シマノのBBだから、これをTOKENに換えてギア1枚分速くなるのなら18分台ということになる。そんなはずはない。帰宅して日が高く、かっこよさに使い勝手の良さも加わったナカガワで境川にもでかけた。半原2号に比べてしなやかさや反発には不満があるけれど、ちょっと乗ってすぐに「あ、ぼくの自転車だ」と感じるところはうれしい。よせばいいのにけっこう力を出してしまい、100kmを越えたあたりから完全にエネルギー切れをおこして、ひさびさにつらい思いをしてしまった。


2010.2.24(水)晴れ テキスト庵に登録したこと

ブログというものが輸入される前に、日本にはウェブ日記があった。そして、あまたあるウェブ日記を趣向を凝らして一覧化するサイトもいくつかあった。10年以上前のことだろうか。それがどういう発展をするものなのか、興味深く眺めていた。インターネットは素人が手軽にテキストと画像で表現者になることができるという従来にないツールだった。ウェブ日記のサイトはボランティアが運営するもので、それを利用することで個人サイトの宣伝が簡単にできるようになった。2年ばかりその手のサイトを見ていると、数千人の登録者の中から、腕利きの表現者が次々に現れスターになっていた。ウェブ日記は広さと奥行きをもって個人の世界を構築できる。それは掲示板やネットニュースでは届かないところであり、日記のスターたちはみな表現者として尊敬できる人物だった。

スターたちの日記は命がけでやっていることぐらいは読むだけで分かる。「こりゃなかなか魅力的な文化だな、参加する事に意義あるな」と、天地無朋をいくつかの日記サイトに登録した。いざやってみると、ROMでは気づかない面白みもいくつか見つかった。ウケる素材を扱ってみようかというチャレンジ精神も起きた。人気日記の傾向はすぐつかめた。エロははウケが良かったが、それは経験不足で無理。個人攻撃をしあう喧嘩もウケがよかったが、それをするだけの心の余裕はなくて無理。せいぜいが時事ものだったが、他人(テレビ等)が流した情報に意見感想をつけるなんてのは、とても恥ずかしくて無理。時事物をひねって笑い話でも作ろうかと時折やってはみたものの息切れした。ウケる難しさに気付くのにそう時間はかからなかった。

また、当時フォントいじり系とくくられていたという記憶があるが、横書き縦スクロールというブラウザ上の制限とフォントのサイズ・色の自由さを使った表現方法が流行した。巧みなものは、読み手がテキストの内容に対してどういう感情をもつかを読み切って、それに乗ったり逆手に取ったり、融通無碍に楽しませてくれるものだった。当然、まねするべきだと、やってはみたものの、すぐにあきらめた。あれは表現手法なので、オリジナリティーがなければただのひとまねにすぎない。いくつかやってみて、ものまねの域をでなかったので早々に退散したのだ。

そんな感じで、ひとかどにはなれないことは思い知らされつつも、魅力的な文化だと正直感じていたから、ちょっとぐらいは貢献できるならとウェブ日記のサイトに数年間は参加していた。それに、参加してみると書くこと自体の意欲は想像以上に上がることがわかり、そのことが一番ありがたかった。日記でもエッセーでも、自由作文は多少無理してでもヒトとしてやっといたほうがよいからだ。

ただ残念なことに、ブログが輸入されて、あっというまに個人サイトの世界を侵食してしまった。当初は、「アメリカ人のすなるウェブログなるもの如何」「不是。わがくにウェブ日記あり。ウェブログはやらざるべし」というようなことを真面目に言ってた人もいた。口調からもわかるとおり、今は昔、二度と帰らぬ古典文学の世界だ。じつは私もそういう意見に同調していた。いまだに私はブログの仕掛けに何の魅力も感じない。友達が一人もいないことが一番の原因だが、それに加えて無限のはずの創造性にふたをするのが気に入らないからだ。私の好みと世間の動きはずれているのが常で、そうなんだふ〜んブログね(含むついった)、ぐらいの気分でいるのだけれど、ブログの隆盛のせいかウェブ日記のサイトは次々に閉鎖された。

なくなるものはしょうがない。そういう場からは撤退して、この天地無朋(そもそも日記のサイトに参加しなけりゃタイトルなんて考えない)を続けていたのだけれど、昨年12月、ひょんなことから以前参加していた「テキスト庵」がほとんど昔のままに生き残っていることを知った。シーラカンス、イリオモテヤマネコ発見時の喜びもかくやと思うぐらい感動を受けてすぐに登録した。

登録にはつまらない目論見もあった。数年来、天地無朋は虫けらが自転車に乗ってるみたいなものになっている。想定される読者は明日の自分だけだ。作文意欲の低下も明白で、一週間ぐらい書かなくても気にならなくなっている。ヒトとしてまずい状況だ。そこで、登録を契機にがんばって書いてみれば、自ずと毎日やるだけの意欲が起きるんじゃないかと他人事みたいに期待したのだ。残念なことに効果はそれほど上がらなかった。まさに他人事みたいだ。ただし、「報告」があるから、書き始めれば気合いは入る。今日は何か書こうと朝から決心していた。かといって素材はない。テレ東の「イナズマイレブン」はあと一歩。オリンピックでも、ましてや政治経済でもない。私が政権後退を語っても・・・困ったあげくにこうなった次第だ。


2010.2.26(金)雨 TOKENのBB

TOKENのBBを入手してさっそく半原2号に組み込むことにした。価格ではシマノの2倍もするが、さてそれだけの値打ちがTOKENにあるだろうか。BBシェルにねじ込むわんは軽いがやわらかい。ベアリングはかなり回りそうだ。シール部分はクランクのシャフトに対してきつくプラハンマーで打ち込んでやっと入る。シマノのアルテグラの方がフィットするようだ。これはMOSTとの相性でもあるだろう。

私がTOKENのBBを買った理由は、ただ一点、その幅を0.5mm単位で2mmまで狭くできるからだ。この調整がかなりシビアだということはやる前から予想していた。まずは、右わんに規定どおりの1mmスペーサーを入れ、左わんには全体の幅を短縮するために、0.5mmを1枚かませることにした。シールのプラスチック部品がMOSTとの相性の関係か、きつすぎてうまくシャフトが通らない。なんだかんだとやっているうちに、そのプラシールが歪んでしまった。もしかして、シールなんていらないのかと、試しにシールを外してセットしてみると非常に大きなガタが出た。どうやら、このはかない小さなパーツが全ての快適さを担っているようだ。その固さに辟易しながら無理をしてはめ込んだものの、まだ回転が渋い。幅をもう少し短くしたほうがよいように思われた。

狭くするには、左わんの0.5mmスペーサーを外すか、左右とも0.5mmにするか、2つのやりかたがある。ここで一計を案じ、いったん全部とっぱらうことにした。最初にはさんだ1mmスペーサーをとるには右わんを外さなければならない。そのとき思いのほか力が必要だった。入るときは軽かったのに、わんの塗装かアルミの柔らかさのせいで渋くなったようだ。こんなに締まらなくてもかまわないと思う。スペーサーを外して右わんを組み込む。次は左わんだが、シールがきつくてどうせうまくいかないだろうと、TOKENではなくシマノにした。右TOKEN、左シマノという混成になる。ただし、右のスペーサーを外しているから幅は1mmだけ小さい。クランクシャフトを通して、左クランクを最大までねじ込む。ホローテックII に代表される現在のラインナップではちょっとありえない方法だ。でも、これがMOSTの設計思想のはずだ。

チェーンをかけずにペダルを手でグンッと押すとぐるぐる回る。一時代前のBBみたいだ。混成にしてこれだけ回るってことは、シマノのBBが渋いってことでもない。そもそもたかだかBBである。ベアリングの精度や設計が回転に有意な差を生むわけがないだろう。ただし、この回転の軽さは幅を規定よりも1mm短くしていることで生じたものだ。左右の遊びが大きくてガタがでるようでは本末転倒だ。クランクを手で押し引きしてみるが、まあ大丈夫のようだ。乗ってカクカクすればあと0.5mm長くしてみよう。それができることにTOKENの真価がある。

今回、新型のBBを投入してみて、ついにBBも消耗品になったかという感慨を持った。いまのBBの核心は、一番大きなパーツのわんでもなく、回転の心臓部のベアリングでもなく、シールである。使ってみるまでは、まさかそんなパーツが核心を担っているとは思いもよらず、BB自体の設計思想がつかめなかった。いまでもしっかり把握できているという自信はない。ともあれ、小さく薄っぺらいプラスチックのシールがBBの重い軽いの「味」を決め、それが摩耗すればBBを交換しなければならない。しっかり乗る人だと、タイヤやチェーンみたいに年に数回の交換が必要なはずだ。シマノのBBがたいへん安価であるのも、ちょっとおかしくなったら割りきって交換せよということなのだろう。

もともと自転車なんていいかげんなもので、回転部は手触りで絶妙な位置を探りつつ調整するものだった。そこが自転車というハードウェアの楽しみのかなり大きな部分を占めていた。20世紀なら、気に入った部品を何十年もだましだまし使って「お前は走らなくなった。私も走れなくなった。」と笑って共に年老いていけばよかったのだ。いまや、車輪のハブ、ペダル、変速機、ヘッド小物、BBも調整不要になった。今世紀の自転車には気持ちが染み込まず、走らない自転車はただのゴミでしかない。


2010.2.27(土)雨 春雨だ

メジロ

朝からいっぱいテレビを見た。録画しておいたチャンピオンズリーグのバルサVSシュツッツガルト。去年のパリツールの5、6ステージの再放送。オリンピックはカーリング女子のカナダVSスウェーデン。アイスホッケーのカナダVSスロバキア。クロスカントリースキーのリレー女子は終わっても見応えある競技はまだある。かといって部屋でうだうだするのもなんだし、ぐずぐずした天気でもやもやしていてもあれだから、ナカガワを引っ張り出して境川に行くことにした。雨は降るかもしれないが、ひどいことにはならないはずだ。

やや北風はあるが暖かい。アスファルトもほとんど乾いている。自転車に乗っていて、風というヤツは地面の上ぎりぎりには吹かないものだと気づいている。というのは、向かい風をびゅうびゅう受けるときでも、アスファルトに転がっている落ち葉は動かないからだ。きっと地面の上の1センチぐらいは風が吹かず暖かいにちがいない。2月も終わりになって日差しが強くなると急速に土が暖められる。雨が降ると土がいっぺんに軟らかくなる。地べたの虫たちはいち早く春を感覚するだろう。この季節の土の軟らかさは単に雨に濡れただけではない何かがあるように思う。

100分ほど走ったときに、ウインドブレーカーをポツポツたたく音が聞こえはじめた。雨だと思ったが顔には雨粒が落ちない。腕を見ても水滴がついていない。音は気のせいではない。ユスリカの蚊柱を抜けるときに同じ音がするけれど蚊柱でもない。どう考えても雨だ。まだアスファルトには黒い雨の跡ができていないけれど雨だ。雨だと思いたくないのだけど雨だ。音は次第に大きくなり、道ばたの水たまりを見ると波紋ができはじめた。アスファルトも濡れてくる。ほっぺたもぽつぽつしはじめた。自分ルールとして、アスファルトが全部濡れてしまわないうちはまだ雨ではないことにしている。だからといって何かの意味があるわけではないけれど。

暖かい雨に打たれて帰宅し自転車を片付けていると、庭のほうからカエルの鳴き声が聞こえたような気がした。気のせいかもしれない。今日の雨なら、カエルの声の幻聴をひきおこしても不思議はない。念のために庭に行けば、なにかが水に飛び込む音がした。あわてて池と地面の隙間に頭を隠すヤツもいる。やはりヒキガエルが来ていた。それも2頭。目覚めたばかりで人慣れしていないのかびくついている。ひとまず証拠写真を1枚。

風呂から出て、流しに置いてあるプラケースを見るとヤモリが貼りついている。冬眠させていたペットのヤモリも目が覚めた。メジロ(写真)やシジュウカラもつがいらしいのがずいぶん騒がしい。


2010.2.28(土)雨のち晴れ 半原越20分27秒

午前中はけっこうな降りで、東京マラソンも雨の中だった。その雨も昼にはやんだ。さて津波の見物で湘南に行こうかとも思ったけれど、ハワイで1mというニュースを聞いてやめることにした。この辺だと目で見えるほどの波は来そうにない。では、予定通り半原2号で半原越だ。1時半の出発。30分走った所で後輪がパンク。雨上がりの濡れたアスファルトを走ったのだから、しかたがない。最近は予備のチューブも高性能の空気入れもまじめに携帯している。パンクもあわてることではない。5分ほどで修理できる。ただし、予備のチューブは厚いタイプだ。携帯ポンプでカンカンに入れるのはしんどいからいい加減に済ます。6.5気圧ぐらいだろうか。やや重くなるのは仕方がない。

今日、半原越に来たかったのは棚田脇に置き忘れたゴーグルを回収するためだ。予定通りゴーグルを見つけ、ホットレモンを飲む。出発するときに空を厚く覆っていた雲は消えた。白っぽくかすんだ青空が広がっている。上空を一羽の小鳥がフィギュアの選手のように舞う。ツバメだ。今年は早い。モズは見あたらない。西に傾いた日を浴びて向かいの山もなんとなく暖かそうに見える。半原越の付近に白い雲塊が林に接してゆっくり流れている。シータたちが到着したときのラピュタのようだ。

ラップタイムkm/hbpmrpm
区間14'24"4'24"16.116575
区間29'24"5'00"14.218066
区間314'24"5'00"14.218269
区間420'27"6'03"11.718757
全 体 20'27"13.818167(1370)

BBを換えたが、その効果は当然のことながらなかった。ただ、力を入れずペダルにちょっと足をかけているときなど軽さを感じる。「これでジャストフィット」という自信を持つことがなによりだ。また、後ろ用のシフトワイヤーも交換した。半原2号は構造上からけっこうワイヤーの抵抗が大きくなる。おそらくそのせいでチェーンがギアにかからないことがあった。シマノのXTR用という高級品に換えたら、さすがによく動くようになった。値段ではなんと10倍もするワイヤーだ。効果がないとちょっと悲しい。


2010.3.2(火)くもり コウガイビル

夕食を食べていると、娘が「イモムシ!」と叫んだ。反射的に「ヤモリのエサ!」と思った。しかし、イモムシというのは見間違いでコウガイビルだった。コウガイビルではおそらくエサになるまい。じゃまだからと女房が箸でつまんでゴミ箱に捨てた。コウガイビルはサラダボールに半分ほど残されているレタスに紛れていた。そのレタスは女房が友人たちとやっている畑で作った物だ。見栄えは悪いが味は悪くない。固くなっている部分も甘みがある。野菜は畑にあるものなのだから、いろいろな虫も混じるだろう。目で見て分かるものは間違って食わないよう注意しなければならない。

たまたまコウガイビルがいたものだからヒル談義がはじまった。コウガイビルのエサはなにか。山や川にいて血を吸うヤツとは違ってミミズなんかを食うこと。コウガイビルを食べる者は何か。カエルはミミズを食うがヒルはどうなのか。ミミズはうまそうで、ヒルは固くて苦そうだが実際はどうなのか。半原越でヒルに吸い付かれたヒキガエルを見たこと。カエルはヒルを防御できるかどうか。ヒルと鹿は寄生関係にあり、鹿の増加がヒルの増加も招いているらしいこと。以前はレタスにナメクジが混じっていたことから、ヒキガエルはナメクジを食ったこと。私はそのことを知らなかったが、娘が試して確認したらしい。

というように哀れなヒルも夕食に花を添えてくれたのであったが、そんなものを食ってはかなわないので、ヒルが混じっていないことを確かめながらレタスを食べた。「こういうのレストランで出てきたらたいへんだろうね」と女房が言う。長男次男は知らぬ顔。「大騒ぎだろうね」と私。「ほかの家庭だとどうなんだろう」と娘。「きっと全部捨てちゃうよ」と女房。「げーっとかいって吐いちゃう人もいるだろうね」と私。こういうときにお父さんはいつも悲しい目をしているのです。


2010.3.7(日)雨 ローラー作戦

春に長雨が来るのは毎年のことだ。それに期待しているヒキガエル。今年は少なくとも5匹が来て庭に埋めた収納ケースに産卵している。彼らのエネルギーはすさまじいものがあり、冬眠あけでなにも食わずによくそこまでやれるものだと感心する。やりすぎて死人がでているのもむべなるかなというところだ。卵塊はすでにざる一杯分が産み落とされた。去年は残念ながら孵化しなかったが、今年はどうだろう。一計を案じ、サルベージして夏から用意した瓶に移してある。うまく孵化すれば死んだヤツもうかばれるというものだ。

春の長雨に舌打ちしているのは自転車乗り。2ちゃんねるの境川スレが荒れているのも雨のせいらしい。それにしても「境川サイクリングロード」でスレッドが立って3万件の書き込みがあるってのはすごい。偉大なり境川と感心すべきか笑うべきか。私もこの冷たい雨の中を出て行く気はしない。そのかわりローラー台がある。いつでもセットしてあり、思いついたら2分で自転車だ。このローラーというやつがけっこうな気晴らしになる。フリーセルで壁を感じて生きる気力を失ったときに頭を冷やすのによい。最近、フリーセルについてはずいぶん天狗になっている。自慢できるぐらいの技量にあるとは思うが「おれってひとかど?」と過信するたびに、なぜか難しいのに当たり敗退する。

ローラーの作戦は仮想半原越だ。20分ほど90rpmの最弱の空回しでうっすら汗をかき、一番重くして25分回す。その重さは必死でがんばって90rpm出せる程度。それを80rpmで回す。半原越なら30分弱で登れる強度だと思う。仕上げは15分ぐらい空回ししてやめる。一回当たり1時間ぐらいのものだ。私のローラー作戦はあくまで気晴らし。トレーニングになるほどの量はしない。


2010.3.8(月)くもり フィロゾーマ

フィロゾーマ

かね上から取り寄せたチリモン用ちりめんじゃこの中から娘が奇妙なものを掘り当てた。どうやらエビのフィロゾーマ幼生のようだ。チリモンの中でもちょっと珍しい部類に入るようで、なかなかの人気者らしい。脚がすっかりもげているのが残念だ。

フィロゾーマはNHKのミクロワールドというテレビ番組で見たことがある。伊勢エビの発生の記録映像だった。そこに映し出されたフィロゾーマは薄氷か繊細なガラス細工という月並みな形容がピッタリの素敵な体と動きをしていた。いちどこの目で見たい生き物だ。私たちがゲットしたこの写真のものは長さ5ミリのうすっぺらいゴミクズのようなしろものだ。それでも、かろうじてそれっぽさは残っている。こうした海のプランクトンを手軽に見つけられるとチリモンとは愉快な遊びだ。

チリモンで子どもらに一番人気といわれるタツノオトシゴも2匹見つかった。タツノオトシゴもフィロゾーマも、それぞれいまいちきれいでないという点でいま一歩。次への楽しみを残している。


2010.3.12(金)晴れ 眠れぬ夜の妄想

気がかりがあると眠れなくなるのが私の弱点である。朝、5時に起床しなければならないときに、午前3時頃まで眠れないとかなり焦る。それも1日だけならよいのだけれど、2日も3日も続けばうんざりしてくる。唯一の救いは90分ぐらい熟睡すれば日常生活に支障はきたさないということだ。

眠れぬ状況を抜ける方法は知っている。気がかりを追い払うために、どうでもよいことを思い浮かべ、そちらに集中すること。考えるだけでなく、ビジュアルな展開を目指すこと。瞼のうらにちょっとでも「光景」が見えたなら、その光景を一人歩きさせることに全力を注ぐことだ。

実際には簡単でないことは、この3日で30時間も眠ってよい時間があったにもかかわらず、5時間ぐらいしか眠っていないことが証明している。その25時間のむなしい苦闘から、もしかしたら有効なのかもしれない妄想が浮かんできた。最初は「重量0kgにして自転車に乗れば登りで早いんじゃないか。」という唖然とするものだった。もちろん無理に決まっている。無理に決まっているのに、思いついたのは、自転車に乗ってほんの一瞬なら重量を0にできるからだ。私は30年ほど前に、当時アメリカから輸入されたばかりのBMXなどという遊びのまね事をしていたこともあり、ロードレーサーでひょいひょいジャンプができる。ホントに跳ねるとしんどいだけで登る役にはたたないのだけど、その要領を生かして、若干でも浮き上がる状態でペダルを踏み込めば登りが早くなるはずだと思いついた。

登りでは重いのは不利に決まっている。私は自転車込みで70kgの静止重量があるが、ジャンプの要領で45kgぐらいにして、その瞬間にペダルを踏み込めば軽く回せるはずである。できるかどうかは別として論理的な破綻はない。左足が沈む前に右足を上げ右足が沈む前に左足を上げれば水中には落ちないみたいな理屈だが、ラルプデュエズの8%の坂を時速25kmで走る達人はそれぐらいの奥義を持っているはずだ・・・と思いたいのだ。

それはまあ冷静に考えれば眠れぬ夜の妄想に過ぎない。一時的に重量を軽くできたとしても、その後には反動が来て重くなる。体重計に乗って体を揺するとその増減を数値で見ることができる。全てのエネルギーは等価交換である。国家錬金術師ですらこの大原則は免れない。重量を増減させる力は自転車を進める上で無駄な努力になるはずだ。

ところで、わざとやるのではなくても下手なこぎ手であれば、おのずと重量の増減を起こしているのではないか。しゃかりきになっているへたくそは左右のペダルを同時に踏んでいるという。つまり前足の踏み込みを後ろ足が邪魔しているのだ。中野浩一のような達人はそうなっていなかったらしい。同じように、ランスやエラスは重量の増減を極力減らすようなペダリングをやっているのかもしれない。だったらそこを追求すべきではないか? こっちは悪くないアイデアだと思われた。


2010.3.14(日)晴れ ステム交換

ナカガワ

先週から体調が悪い。あまり眠れなかったということもあった。気温と室温の差が20℃ぐらいあるところで仕事をしなければならなかった。のどが痛く、鼻が痛く、節々が痛く、咳が出て、鼻水が出て、軽い下痢。完全な風邪の症状だ。発熱と頭痛がないのがありがたい。

という次第で、とても半原越で楽しめそうにない。行くことはできても行っただけになるのは目に見えている。それではと、いつもの境川でお茶を濁す。ナカガワのサドルを変更し、ちょっとハンドルのポジションも変えた方がよいように思った。境川はこういう調整に好都合だ。これまでは10cm以上あるチネリステムにチネリのクリテリウムというハンドルバーをセットしていた。20年ほど前の機材だ。ハンドルバーは変える気がしないが、ステムは短いものでよさそうだ。昨日は9cmの日東をつけて走ってみた。もっと短くても良さそうだったから、今日は8cmのジュラエースをつけてみた(写真)。ちょっと近いかな、という気もするが、旧式のステムは交換するときに、少なくとも片方のブレーキレバーとバーテープを外す必要があって面倒だ。しばらくこれでいこうと思う。

昨日は異様に暖かい風がびゅうびゅう吹いていたが、今日は北風もよわく日中には海風になった。どういうかげんか人も自転車も犬も少ない。けっこう走れる日だ。しかし体の節々が痛く鼻水が出てのども痛い。あきらめてゆっくり走る。ナカガワは前の大ギアが48Tなので、後ろを20Tに入れると2.4倍。80rpmでは24km/hになる。そのギアで25km/hぐらいにしておけばまずまずいい感じだ。なんだかんだと100kmほど走った。


2010.3.15(月)くもり ヒキガエルの卵

さて、庭に産み落とされたヒキガエルの卵であるが、10日を過ぎても孵化する様子がない。ヒキガエルの卵は10日ほどで孵化するというから、今年もおたまじゃくし誕生は絶望的になった。庭に池を掘った者として、もっと責任をもって今後のことを考えていかねばなるまい。

まずは池の構造改革だ。収納ケースはヒキガエルが産卵するには狭くて深すぎるようだ。池はプラ船などの広くて浅い容器に変える必要があるだろう。去年は数回にわけて産卵行動があったが、今年は1回だった。ただし、連続して行われ少なくとも2頭のメスが来た。そのうち1頭の生んだ卵は土の上に落ちたため廃棄せざるをえなかった。また、池の中から死体で見つかったのはメスだという公算が高い。ほかの3頭も疲れ果てて、持ち上げてもまったく抵抗できないような状態だったが、1日休ませるとどこかに消えた。ヒキガエルはオスメスが抱き合って受精させながら卵をひりだす。産卵場所が安定しないと失敗が起き、死亡事故の危険も大きくなるだろう。

ヒキガエルの産卵行動については「トウキョウサンショウウオ研究会」などが詳細な調査を行っている。それによると、カエルは2年ぐらいで産卵できるようになり、寿命は数年あって毎年同じ所で産卵するという。普段の生息地はほぼ決まっており、うろつかないカエルらしい。生息地と産卵池は数十から数百メートル離れており、ほぼ直線的に移動する。産卵場所がどうやって決まるかは明らかではないらしい。

そういう研究とわが家に来るカエルの様子を合わせて考えると、いろいろ気付くこともある。まずは、ここに来るヒキガエルの出生地だ。この近所には、3年前まで小さな水たまりのような池があった。いまはなくなった向かいの空き家の池だ。そこでヒキガエルの繁殖は確認していないが、もしかしたらその池で生まれたカエルがわが家に来ているのかもしれない。そのほかには、数百メートル離れたゴルフ場の池と宇都宮さん宅の池が繁殖池と考えられる。どちらも自由には入れない場所で産卵は確認できていない。双方とも広い林があり、ヒキガエルを養うだけのエサも豊富そうだ。ただ、ゴルフ場など恵まれた条件のところで生きているヒキガエルがわざわざわが家に遠征して産卵するようなことはないようだ。

わが家の池には、非繁殖期にもヒキガエルが入っていることがある。トウキョウサンショウウオ研究会の調査によると、ヒキガエルは水辺に執着するカエルではなく、非繁殖期の生活場所と産卵場所は完全に分かれているらしい。非繁殖期に池に入っているヒキガエルは徘徊中の個体なんだろうと漠然と思っていたけれど、ほとんど移動をしない習性だとすれば、私の庭かその近くをホームにする個体がいるのかもしれない。


2010.3.16(火)晴れ オタマジャクシが生まれる天地無朋

今朝、雨あがりのコケでも撮影しようと、カメラを持って庭に出た。あきらめ半分にヒキガエルの卵を入れてある瓶をのぞいた。この10日あまり毎朝続けてきた作業だ。卵の様子は昨日と変わっていないようだった。ところが、卵塊を保持するためにいれてあるケースの壁に貼りついている黒いゴミのようなものが二つ三つと目に入ってきた。それがオタマジャクシであることはすぐに分かった。衣類の収納ケースで池を作って4年、ついにわが家でオタマジャクシの誕生までこぎつけることができたのだ。

ところで、オタマジャクシの発生に気付かなかったことは反省しなければならない。これまでの知識で、チューブの中の黒くて丸いのが、ひょろ長くなってくることを知っていたから、毎朝そうなっていないかどうかを見ていた。水は濁っていることと、上から見ているだけで角度が悪いせいか、毎回同じような球形にしか見えなかった。どうやら形の変化は劇的ではないようで、もっと注意して観察しなければならないようだ。


ちょっとだけ前の天地無朋
←少し前の天地無朋
←←もっと前の天地無朋
←←←いちばん古い天地無朋
←金山サイクリング
←半原越サイクリング
←高野地サイクリング
←夜昼峠サイクリング
←古薮サイクリング
←古谷
HyperCard Game 野菜七 ダウンロード

メールを送る

カタバミ  テトラ  ナゾノクサ

たまたま見聞録→