柳田國男著『遠野物語』パロディ
大野物語 第七回
六六 『山大黒』は、一人の女王が治めていたと伝わっている。その女王の名を民弥呼という。民弥呼の墓と伝えられている場所には、毎秋野菊が咲き乱れる。大野郷の人々は、この墓を『野菊の墓』と呼んでいる。
六七 蚕の神様といえば遠野郷のオシラサマが名高い。大野郷にも蚕を飼う農家が多く昔はオシラサマを祀っていた。しかし三代城主家光の時代に、遠野郷のオシラサマを祀ることが禁止された。ところが、オシラサマに対する信仰は根強く、信者の数はなかなか減なかった。家光は、信者に対しての弾圧を強めた。大野郷では、信仰を捨てない隠れオシラタンが明治維新まで存在したという。
六八 藩ではオシラサマの画像の彫られた踏み絵を踏ませた。隠れオシラタンが見付かると処刑される。男の信者に対しては、信仰を捨てると誓うまで、両手両足を縛り数人の役人がくすぐりまくった。そのため息が吸えず死んでしまう者、気が狂ってしまう者、数知れなかったといわれている。女の信者に対しては、猿のおっ立ちの入った檻に閉じ込め、餌食にした。しかし、こちらの方はこの檻に入りたいばかりに、にせ隠れオシラタンに扮する後家達が増え、役人を悩ませたという。
六九 五代城主綱吉は、落語好きの殿様として名高い。時折、城下に出かけては、町の人を集めて落語を披露する。人々は、殿様のご機嫌を損じてはと、無理にでも笑おうと掛ける。綱吉は、そんな人々の中から一番笑ったものに憐れみを掛け褒美を与える規則を定めた。これを『笑類憐れみの令』という。
七〇 綱吉の時代、大野郷では大いに笑えば褒美がもらえるというので、日夜笑い方の練習に励む人々が絶えなかった。この綱吉の明るい時代は、大野元禄時代とよばれている。
七一 十一峠に続く曲がりくねった長い坂道を七曲りという。旅人や村人たちはこの七曲りを登りきると疲れきってしまう。そして十一峠にある茶店を見てほっとしてつぶやく。
「セブンイレブンいい気分。あいててよかった。」
七二 普段、天狗は山奥に住んでいて、人前には決して姿を現すことはない。しかし、里に天狗が現れると、必ず女がさらわれる。竹中村の某女、天狗にさらわれ数年の後、山から逃げ帰って来た。その女の話によると、天狗は山奥にいる時には鼻も低く、普通の人間と変わらないという。ところが年に一回か二回、決まった時期になると、鼻がむくむくと伸びてくる。そうすると里に降りて行き女をさらってくる。そして、その長い鼻で女を犯し子をつくる。つまり、天狗の鼻は性器で、里の人間の見る真っ赤な顔の長い鼻の天狗というのは、発情期になり興奮し鼻が勃起している状態だということである。
七三 『遠野物語』に、天狗に相撲をいどみ手も足も一つ一つ抜き取られて死んだ男の話がある。しかし、里人に姿を見せる時の天狗といえば、発情期の興奮状態。こんな時、色気も何もない男がいどみかかれば、天狗でなくてもねぇ・・・・。大野郷では、天狗の発情期のことを遠野郷に秘密にしている。
七四 大野にストリップ小屋が掛かった時の話である。ショーの最中、観客の一人の男がすっくと立ち上がり、一声「うぉー!」と叫び、舞台に駆け上って行った。その男の顔はと見ると、真っ赤な顔に長い鼻。そして、今や全裸の踊り子の股をこじあけ、その中に鼻を入れたり出したり・・・・。ほかの観客は、この天狗ショーに大喜び。踊り子のうごめく顔も生々しい。しばらくして、天狗の顔の動きが止まった。股の中から顔を上げた男 は、顔の色も鼻も普通の人間と変わらない。このトリックに観客は総立ちの大歓声。男はその歓声の中、舞台の上で失神している踊り子を残し小屋から出て行った。後で、関係者の話を聞くところによると、この日は天狗ショーの出し物はなく、男の正体を知る者もいなかった。これは、本物の天狗の仕業ではないだろうかといわれている。今から四五年前の話である。